おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
カテゴリ:フルート( 208 )
MOSCHELES/Music for Flute and Piano
c0039487_2125939.jpg



瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
NAXOS/8.573175




モーツァルトが亡くなった3年後に生まれ、シェーンベルクが生まれる4年前に亡くなったイグナツ・モシェレスは、今ではピアノ関係者以外にはほとんどその名前は知られていないようですが、生前はピアニスト、作曲家、そして指揮者としてヨーロッパ中の音楽家から尊敬された存在でした。特にメンデルスゾーンとは、最初は音楽教師として出会い、生涯変わらぬ友情で結ばれていました。晩年は、メンデルスゾーンが作ったライプツィヒ音楽院の院長も務めています。グリーグの若いころのライプツィヒ留学の際の教師が、モシェレスです。
彼の作品は、彼の楽器であるピアノのためのものが圧倒的に多くなっていますが、フルートが加わった協奏曲や室内楽も少し残しています。そんな、フルートとピアノのための作品の大多数を収めたものが、このアルバムです。おそらく、これだけまとまってモシェレスのフルートのためのレパートリーを集めたCDは今までにはなかったのではないでしょうか。さすがはそういうものにかけてはお得意のNAXOSです。
ここでフルートを演奏しているのは、瀬尾和紀さん。瀬尾さんと言えば、デビュー・アルバムがやはりNAXOSからリリースされたホフマンのフルート協奏曲全集という、こちらもそれまでにはなかった珍しいレパートリーのアルバムでしたね。それは2000年ですから、ずいぶん昔のことになってしまいました。
このアルバムは、一昨年に三重県のホールで録音されたものです。ピアニストは上野真さんですし、エンジニアは日本人、そして瀬尾さんがプロデューサーも務めているので「純国産」なのですが、なぜか日本盤ではなく、いつものNaxosと同じアメリカ盤でした。もちろんライナーも英語のものしか読めません。まあ、世界の市場を目指したものなのでしょうから、それは仕方がありませんが、それを補う意味でつけられた「帯解説」ではまたまたこんな面白いことをやらかしているのですから、困ったものです。

これは原題は「Die Schweizerfamilie」ですから「スイスの家族」が正解、何よりライナーには「The
Swiss Family」という英訳が載っているというのに。
その曲が入っている作品のタイトルが「ディヴェルティスマン」とあるように、ここにはただの「フルート・ソナタ」というシンプルなものは全くなく、「協奏的ソナタ」とか「協奏的変奏曲」といった大仰な名前が並んでいます。おそらく、モシェレスにとってはピアノがソロ楽器を「伴奏」するような形の「ソナタ」などは彼にとっては「その他」で、どんな曲でもピアノが堂々とソロ楽器と張りあうほどの存在感を主張しているものを作ってやろうという意気込みが常にあったのではないでしょうか。
それが単なる「憶測」ではないことは、ここで演奏されている全ての作品で、ピアノがどんな時にでも大活躍しているのを見れば明らかです。ほんと、このピアノは、隙あらばソロ楽器を食ってやろうという魂胆がミエミエ、常に最高の手技を繰り出して暴れまわっているのですからね。すごいのはOp.21の「6つの協奏的変奏曲」です。型どおりの変奏曲に違いはないのですが、終わり近くの変奏ではフルートの出番はなく、ピアノだけで華麗な演奏を聴かせるというのですからね。どこが「協奏的」なのでしょう。
そんな曲ばかりですから、つい耳はピアノの方に行ってしまいます。そうすると、ここでのピアニスト上野さんの、まさに水を得た魚のような生き生きとした演奏に心底ほれ込んでしまうことになります。それに比べると、フルートの瀬尾さんはなんとも精彩を欠いた演奏に終始しています。ここでは、かつての瀬尾さんには確かにあったはずの煌めくほどの輝きが全く感じられません。それが、常に低めで不安定なピッチと、振幅の大きなビブラートばかりが強調され、フルートの美しさが全く捕えられていない最悪の録音(小島幸雄)のせいだけであればいいのですが。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-01-16 21:06 | フルート | Comments(0)
DEVIENNE/Flute Concertos Nos. 1-4
c0039487_2217224.jpg



Patrick Gallois(Fl)
Swedish Chamber Orchestra
NAXOS/8.573230




フルーティストのパトリック・ガロワは、フィンランドの室内オーケストラ「シンフォニア・フィンランディア・ユヴァスキュラ」の指揮者(音楽監督)としても活躍していました。もちろん、彼がこのオケとフルート協奏曲を演奏する時には、自らフルートを吹きながら指揮をしていたのですね。ところが、今回ドヴィエンヌのフルート協奏曲の全集の録音が進められているというニュースを聞いて、その第1巻となるこのCDを購入してみたら、そこではなぜかオーケストラは「ユヴァスキュラ」ではなく、「スウェーデン室内管弦楽団」になっていましたよ。いったい何が起こったのかと思ってライナーを読んでみると、どうやらガロワは音楽監督をクビにな・・・いや、退任したようですね。でもなあ、その部分を読んでみると、ちょっと不思議なことになっているんですよね。

なんと、ガロワは「2102」まで音楽監督を務めたことになっていますよ。まだ辞めてないじゃん。
フルートにおけるフレンチ・スクールの祖師とも言われているフランソワ・ドヴィエンヌは、多くのフルート協奏曲を作っています。ドヴィエンヌの楽譜の出版譜はかなりいい加減なようですが、ここではNaxosではおなじみのアラン・バッドリーの校訂による楽譜が用意されているようですから、そのあたりはきちんとリサーチが行われているのでしょう。たとえば、「第2番」を、手元にあるランパル校訂の大昔のIMC版と比べてみるとかなりの部分で違いが見つかりますからね。ただ、バッドリーが書いたライナーによるとフルート協奏曲の総数は13曲なのですが、ガロワは「12曲」の全集を録音しているところなのだそうです。
これを録音するにあたってのガロワの「心構え」のようなものを、同じライナーで読むことが出来ます。それによると、彼は今までのフルート界でのドヴィエンヌに対するアプローチはちょっと違っているのではないか、と言ってます。そこで彼は、まっさらな状態からこの作曲家に向き合い、今までとは一味違ったドヴィエンヌ像を描き出すことに務めたのだそうです。要は、「帯コピー」でも使われている「フランスのモーツァルト」という先入観をまずは取っ払って頂こう、ということなのでしょう。なんたって、彼自身はまさに「フランス人」だったのですから、後のフランスの作曲家(プーランク、ミヨー、イベールを挙げています)との類似性までをも考慮しなければいけないという、グローバルな視点ですね。
そして、やはり重要なのは時代様式へのアプローチでしょうか。彼のフルートは限りなくその時代を反映した音色に似せられているようで、時には「フィンガー・ビブラート」のようなものまで織り込んで、聴くものを驚かせてくれます。そして、なによりも装飾的なフレーズの見事なことには舌を巻くしかありません。このあたりが、「フランス人」であるガロワ自身のバランスの表れなのでしょう。
ここで演奏されている「1番」から「4番」までの4曲の協奏曲の中では、「2番」が最も有名なものでしょう。ここでのアクセントは真ん中の短調で作られた「アダージョ」楽章かもしれません。これはその前に作られた「1番」と同じコンセプトで、両端が長調の楽章に挟まれた中で、メランコリックな情緒を目いっぱい披露してくれています。
これが、次の「3番」と「4番」になると、その楽章は短調に変わることはなくタイトルも「ロマンス」となってもっと瀟洒な音楽に仕上がります。ただ、そのモティーフが、「3番」は「後宮」のベルモントのアリア、「4番」はニ長調のフルート協奏曲(あるいはハ長調のオーボエ協奏曲)のロンドという、いずれもモーツァルトの作品に酷似しているのはなぜでしょう。やっぱり、彼の本質は「フランスのモーツァルト」だったのかもしれませんね。たかが「帯コピー」だからって、侮ってはいけません。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-01-10 22:18 | フルート | Comments(0)
PLEYEL/Flute Quartets
c0039487_1958164.jpg

Pál Németh(Fl)
Piroska Vitárius(Vn)
Gergely Balázs(Va)
Dénes Karasszon(Vc)
HUNGAROTON/HCD 32727




1757年に生まれたイニャス・プレイエルは、モーツァルトとは1歳しか年の違わない、いわば「弟分」にあたりにゃす。とは言っても実際に師弟関係にあったわけではありませんが、お互いに同時代の作曲家として注目し合っていたことは間違いありません。プレイエルはモーツァルトのピアノ・ソナタやヴァイオリン・ソナタを弦楽四重奏に編曲して出版していますし、モーツァルトが父に送った手紙の中でプレイエルのことを褒めているくだりは有名です。その1784年の手紙では、「最近、プレイエルとかいうハイドンの弟子の弦楽四重奏曲が出版されましたが、もしまだご存知なければ、ぜひ入手することをお勧めします。ちょっと苦労するかもしれませんが、それだけの価値はありますよ。それは、とてもよく書けていて、心地よい音楽です」と、なかなか同業者を褒めることのないモーツァルトにしては異例の持ち上げようです。
プレイエルの作品については、1977年に出版された、リタ・ベントンという人が作った作品目録によって付けられた作品番号が、最近では広く使われています。普通は「Ben」という略語であらわされます。これは、ケッヒェルのような年代順の通し番号ではなく、ジャンル別につけられたもので、スタートは101番ですが、別のジャンルに移る時には途中を飛ばして次の10番台になるという形を取っています。つまり、101番からの「単一楽器のための協奏曲」は8曲しかないので、次の「協奏交響曲」は111番から始まる、という具合です。おそらく、新しい作品が発見されても間に入れられるようにとの配慮なのでしょう。
モーツァルトが褒めた「弦楽四重奏曲」は、301番から始まって、370番まで続きます。そのあと、381番からは、その他の楽器による「四重奏曲」が始まります。今回のCDでは「フルート四重奏曲」が6曲演奏されていますから、その中の曲なのでは、と思ってしまいますが、そのベントン番号は319番から324番まででした。つまり、もともとは1786年頃に作られた弦楽四重奏曲だったものを、フルート四重奏曲に作り直したものなのですね。
当時はなんと言ってもアマチュアの市民が家庭やサロンで演奏するという需要が多かったでしょうから、同じパートをヴァイオリンでもフルートでも演奏できるような配慮は欠かせなかったのでしょう。先ほどの「四重奏曲」の中には「フルートまたはヴァイオリン」というパート指定のものも見られます。ただ、この曲の場合は、一応弦楽四重奏のために作られていますから、重音を単音にしたり、フルートでは出ない音域を1オクターブ上げたり、伴奏にまわった部分ではセカンド・ヴァイオリンのパートと差し替えたりといった細かい手直しがあちこちに加えられています。
ここで演奏しているのは、指揮者としても幅広く活動しているフルーティストのパール・ネーメトを中心にしたハンガリーの音楽家たちです。ネーメトが使っているのは明らかにベーム・システムではない木管のマルチ・キーの楽器、ただ、ピッチはモダンのA=440Hzあたりになっています。おそらく、弦楽器もピリオドではないまでもガット弦あたりにはなっているのではないでしょうか、素朴なフルートの音色によく溶け合う響きが作られています。
全く初めて聴いた曲ばかりですが、その中にはまさにモーツァルトの時代の雰囲気が存分に漂っていて、とても懐かしい思いにさせられるものでした。いや、正直、モーツァルトそのもののフレーズなども耳をよぎり、この作曲家の作風があくまで時代の様式を超えていない穏健なスタイルであることがうかがえます。ただ、展開部でいきなり短調に変わるといったような、それなりの「個性」もなくはありません。
ネーメトのフルートは、そんな様式を、ピッチのあいまいさまで含めて再現しているようでした。和みます。

CD Artwork © Fotexnet Kft.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-01-04 20:00 | フルート | Comments(0)
HAYDN/The Sonatas for Flute and Piano
c0039487_2191376.jpg



Nicola Guidetti(Fl)
Massimiliano Damerini(Pf)
DYNAMIC/CDS 7698




「ハイドンのフルート・ソナタは、ありまぁす!」と記者会見で明言した人がいるように、確かにそういうものは存在していますし、もちろん出版もされていますから、実際に演奏したことのある人だっているはずです。しかし、かつて「ハイドンのフルート協奏曲」と言われていたものが、実際はハイドンと同じ時代にウィーンで活躍していたレオポルド・ホフマンの作品だったというように、この頃の作曲家のクレジットに関してはかなりいい加減なところがあります。そもそも、当時は「著作権」などという概念はありませんでしたから、名の知れた作曲家の名前で他の作曲家の曲を出版するというのは日常茶飯事だったのです。あるいは、人気作曲家の曲を勝手に編曲して出版したところで、なんの罪に問われることもありませんでした。
そして、この「フルート・ソナタ」も、そんなたぐいの限りなく「贋作」に近い代物です。ただ、贋作者には贋作者なりのプライドがあったとみえて、ハイドンの「真作」を素材にする、というところで最低限のモラルは果たしたつもりにはなっているところが、かわいいというか、図太いというか。
その「贋作者」の名前はアウグスト・エバーハルト・ミュラー。ライプツィヒの聖トマス教会のカントールを務めたという立派な音楽家ですが、有名な音楽出版社、ブライトコプフ・ウント・ヘルテルの顧問としての「仕事」も数多く手がけていました。そのひとつが、この「ハイドンのフルート・ソナタ」と言われるものです。
ハイドンのウィーンでの晩年は、まさに「人気作曲家」で、弦楽四重奏曲の楽譜などはとてもよく売れたそうです。ですから、出版社としてはさらに「新作」でウハウハ儲けたいところなのですが、もはや作曲家は多作には耐えられないような健康状態だったために、なかなか思い通りの「原稿」は手に入りません。そこで、出版社は「顧問」の力を借りて、作曲家のすでに出版されていた弦楽四重奏曲の中から3曲を選んで、それをフルートとピアノのためのソナタに編曲した楽譜をでっちあげ、それを「ハイドン作曲」ということにして出版したのです。もちろん、その際には今まで付けてきた作品番号に続けて、「ハイドンの新作」としての作品番号を付けたことはいうまでもありません。それぞれの「元ネタ」は、1797年に出版したハ長調のソナタ「Op.87」は、1793年に出版されたOp.74-1(Hob.III:72)、1803年に出版した変ホ長調のソナタ「Op.90-1」とト長調のソナタ「OP.90-2」は、それぞれ1797年のOp.76-6(Hob.III:80)と1799年のOp.77-1(Hob.III:81)という弦楽四重奏曲です。
ミュラーの作った「フルート・ソナタ」は、元の弦楽四重奏曲をほぼ忠実にフルートとピアノに編曲したもので、それぞれの楽器がほど良く活躍するようになっている、なかなかの「職人技」が感じられるものです。ただ、その際にオリジナルの第3楽章のメヌエットをカットして、4楽章形式だったものを3楽章形式にしてあります。
そんないわくつきの作品の全曲をこのイタリアのレーベルに録音したのは、イタリア国内では確固たる名声を誇っているフルーティストのニコラ・グイデッティと、自身も作曲家で現代曲の初演なども手掛けているピアニストのマッシミリアーノ・ダメリーニです。このピアニストの名前を見ただけで、なんだか力が抜けてしまいますが、フルーティストのもはやピークは過ぎたテクニックと音楽性は、いかにもこのレーベルらしい薄っぺらな音と相まって、これらの「贋作」を聴くも無残な姿にさらけ出していました。
ちなみに先ほどのホーボーケン番号にも反映されている83番まである弦楽四重奏曲の番号は、もはや現在では偽作があったり作曲順ではなかったりと、正しい番号とは言えなくなっていますが、それがきちんと直された68番までの番号が広く使われるようになることは、まずあり得ないでしょう。だから、別に「贋作」だからと言って騒ぎ立てることもないんですよ。

CD Artwork © DYNAMIC S.r.l.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-12-20 21:12 | フルート | Comments(0)
PROKOFIEV, HINDEMITH, LAUBER, MARTIN/Flute Sonatas
c0039487_20372263.jpg



Karl-Heinz Schütz(Fl)
赤堀絵里子(Pf)
CAMERATA/CMCD-99081




来年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートはメータが指揮をするのだそうですが、さるレコード会社のFacebookを見ていたら「2015年ニューイヤー・コンサート・プログラム(指揮:メータ)」などというタイトルでNMLのプレイリストがリンクされていました。普通こういうタイトルだとメータがウィーン・フィルを「指揮」した今度のニューイヤー・コンサートの音源が聴けると思ってしまうじゃないですか。でもそこで聴ける音源は、全てNMLで提供されている別の録音ばかりでしたよ。当たり前の話ですね。でもここで、「指揮:ナータ」ぐらいのことをやってくれれば、笑って済ませられたのに。
そのニューイヤー・コンサートの中継の楽しみの一つが、管楽器のトップが誰なのか、というものではないでしょうか。例えばウィーン・フィルのフルートには現在はフルーリー、アウアー、シュッツという3人の首席奏者がいますが、それが毎年変わるので、それだけでオーケストラの音色まで変わってしまうのですよね。今度は、誰が「出番」なのでしょうか。
ここに書いた3人の順序は、ウィーン・フィルの公式サイトのメンバー表と同じで、おそらくこのポストの在任期間が長い順なのでしょう。ただ、これはあくまで私見ですが、今の時点では「腕」の順番はちょうどこの逆になっているような気がします。
そんな、今までのアンサンブルのCDを聴いた限りでは間違いなくウィーン・フィルの中では最高の演奏を聴かせてくれていたカール=ハインツ・シュッツのソロ・アルバムが登場しました。ただ、これは2011年と2012年に録音されたもので、おそらくシュッツ自身がプロデュースしてリリースしたCDの音源を日本のメーカーが買い取って、自社製品として再リリースしたものです。4人の作曲家の代表作が収められています。
まずは、プロコフィエフのソナタです。ヴァイオリン・ソナタとしても知られていますが、こちらの方がオリジナルです。第1楽章のテーマがずいぶんとおとなしい感じだったので、ちょっと意外だったのですが、しばらく聴いているとそれは意図的に抑えた表現であることが分かります。続く展開部になったとたん、フルートの音色がまるで変っていたのですよね。特に低音が、それまではほんのりとした柔らかい音だったものが、とても鋭角的でエネルギッシュなものに瞬時に変わってしまったのですよ。こんな見事な使い分けができる人なんて、なかなかいませんよ。しっとりとした第3楽章も素敵。特に三連符だけのフレーズでの低音のピアニシモなどは、この世のものとは思えないほどの美しさです。そして、その演奏は決して感情に溺れることはなく、冷静に自分自身を見つめてコントロールしているもう一人の自分の姿がはっきり感じられるという、とても次元の高いものなのですから、すごいです。
ヒンデミットのソナタも、これまで聴いてきた演奏で与えられた「なんてつまらない音楽なんだ」という印象を根本から覆すような鮮やかなものでした。
ところが、次のヨゼフ・ラウバーという初めて聴くスイスの作曲家のソナタになったら、音がガラリと変わっていました。アルバムの中でこれだけ2011年の録音で、会場もエンジニアも他の曲とは異なっているせいなのですが、これがあまりにもひどい音なのですよ。ピアノはまるでおもちゃみたいな安っぽい音ですし、フルートも妙にキンキンしていて、さっきまでの繊細さなどは全く伝わらない乱暴な音に録れていたのです。曲自体は後期ロマン派の音楽にフランス印象派の要素が少し加わっている、とても技巧的なものですから、これからはリサイタルなどでは需要が出てくるのではないでしょうか。
最後のマルタン(実は、ラウバーの弟子)の「バラード」も、多くの凡庸な演奏とは一線を画した、考え抜かれた表現と、それを音にできるスキルが融合した素晴らしいものでした。

CD Artwork © Camerata Tokyo, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-12-18 20:41 | フルート | Comments(0)
TRE VOCI/Works by Takemitsu, Debussy, Gbaidulina
c0039487_2038555.jpg


Kim Kashkashian(Va)
Sivan Magen(Hp)
Marina Piccinini(Fl)
ECM/481 0880




いかにもECMらしい、「3つの声」という謎めいたタイトルのアルバムです。もちろんこれは、ここで演奏されている作品がすべてヴィオラ、ハープ、フルートという3つの「声部」で出来ているものだ、という意味なのでしょう。さらにもう少し勘ぐれば、そのような作品が「3つ」集まった、という意味も含まれるのでしょうね。
この中で最も先に出来ていたのが、1915年に作られたドビュッシーの「ソナタ」です。古典的な「三重奏」とは全く無縁の、なんともユニークな楽器編成は、まさに「印象派」ならではの音色を醸し出すものでした。そして、1980年に、この編成を受け継いで作られたのが、グバイドゥーリナの「喜びと悲しみの庭」です。もちろん、ここではドビュッシーの作品と同じ編成ではあっても、彼女の目指すところとはかなりの隔たりがありました。そして、1992年になって武満徹が作ったのが、まるでドビュッシーの作品の精神をストレートに受け継いだかのような「そして、それが風であることを知った」です。実は、このアルバムを手にしたときには、武満の方がグバイドゥーリナより先に作っていたような気がしていたのですが、正確に作曲年代を調べてみたらこんなことになっていたことが分かったということです。このように、時間軸と継承の度合いが必ずしもパラレルではないというのは、「現代音楽」の流れが常に同じ向きではありえないことをよく物語っています。ある時から、「現代音楽」はやみくもに「進歩」することをやめ、決して悪い意味ではない「退行」への道を歩み出していたのかもしれません。
ここで最初に演奏されている武満の作品は、まさにそのドビュッシーからの「継承」をストレートに感じられるものでした。まず、フルートが何と伸び伸びと歌っていることでしょう。このマリーナ・ピッチニーニという人は初めて聴きましたが、イタリア人とブラジル人を父母に持つという彼女の音楽は、あくまで伸びやかですし、ベイカーやバックストレッサーに師事したという経歴を裏切らないテクニックの冴えも見事です。実は彼女はニコレにも師事しているということですが、そのニコレによって1993年に初めて録音されたPHILIPS盤と聴き比べてみると、そのテイストの違いは明確に分かります。ニコレたちの演奏は、まるで「現代音楽がこんなに楽しいものであっていいのか」とでも言わんばかりのストイシズムに支配されているようです。その結果、なんの呪縛も感じない中での今回の演奏は、かつては13分弱の長さだったものが2分以上も長くなっています。
「御本家」ドビュッシーの「ソナタ」こそは、そんな演奏家たちによって目いっぱい音楽の喜びに浸れるものでした。ここでは、ヴィオラのカシュカシアンはドビュッシーのフレーズにポルタメントまでかけて、なにか妖艶さのようなものまで漂わせてはいないでしょうか。もちろん、フルートはあらん限りのパッションをふりまいています。
ここではそのとっつきにくい語法で孤高の存在感を見せつけているグバイドゥーリナでさえも、この3人にかかればいとも魅力的な作品に変わります。冒頭で現れるのは、ハープによるチョーキングという超レアな奏法、これをイスラエルの俊英シヴァン・マゲンはそれこそギターのチョーキングのノリで楽しませてくれます。いっそフラジオレットだけやらされてフラストレーションがたまっているカシュカシアンも、最後の最後にメロディアスなカデンツァが与えられた時には、とても分かりやすく発散してくれていますし。この作品、ほとんどが楽器同士は独自に主張を展開するというシーンが多いのですが、唯一、終わり近くにホモフォニックなアンサンブルを見せるところがあります。そこでは、3人とも意地でもピッタリ合わせてやろうじゃないか、というような「気合」を見せたりするのですから、かわいいじゃないですか。

CD Artwork © ECM Records GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-11-22 20:40 | フルート | Comments(0)
The Man with the Golden Flute
c0039487_20345223.jpg










James Galway(Fl)
Various Musicians
RCA/88843026332




ゴールウェイがRCAからリリースしたすべてのアルバムが、初出のジャケットデザインですべてそろうという、夢のようなボックスの登場、CD71枚、DVDが2枚というものすごいボリュームです。
もちろん、これらのものはほとんどがすでに何度も何度も発売になっているものですが、今ではオリジナルの形ではLPはもちろん、CDでも入手することはまずできません。現在流通されているものは、オリジナルの収録曲を微妙に変えたり、コンピレーションとして、何の脈絡もなくあちこちの音源から寄せ集めたりと、ヒットメーカーならではの「売らんかな」の姿勢が輸入盤、国内盤を問わず見え隠れしていたものばかりです。それが、こんな風にすべてのアルバムがきちんとリリースされた時のままの姿で入手できるようになったということの意味は、かなり大きいはずです。添付された2センチ以上の厚さのあるブックレットには、録音データがきちんと記載されているのも貴重です。ゴールウェイのディスコグラフィーとして、これほど完璧なものもないでしょう。
ただ、一部のデータに間違いが見つかったのと、正確を期すという観点からは、ちょっと疑問なところも。ゴールウェイがRCAの専属アーティストとして最初に録音セッションに臨んだのは1975年のこと、ロンドンのキングズウェイ・ホールで5月20日と21日の2日間にマルタ・アルゲリッチと録音したプロコフィエフとフランクのソナタが、第1弾アルバムとしてその年の11月にリリースされます。そして、同じセッションで、5月の22日から24日にかけて録音され、翌年の5月にリリースされたのが、フルートの小曲を集めた「Showpieces」というタイトルのアルバムです。しかし、このアルバムは数年後のリイシューの際に、品番(LRL1-5094)はそのままに、タイトルを「The Man with the Golden Flute 黄金のフルートをもつ男」という、ジェームズ・ボンド・シリーズのタイトル「The Man with the Golden Gun 黄金銃を持つ男」をもじったものに変えられています。もちろん、ジャケットそのものも別のものになりました(写真の真ん中)。ですから、ブックレットでこのタイトルのLPが「Released May 1976」となっているのは間違いなのですよ。後にこのタイトルはゴールウェイその人の代名詞として使われるようになり、つまりはこのボックスのタイトルともなるわけで、いまさら変えることもできない事情は分かりますが、「資料」としては最初のタイトルとジャケット(↓)を使ってほしかったものです。

実は、これ以前にも、ゴールウェイは他のレーベルで何枚かのアルバムを作っていました。それらのもののうち、後にRCAレーベルとして発売されたものも、ここには含まれています。写真の左、1973年にPICKWICKというレーベルに録音され、1982年にRCAからLPが出たモーツァルトの協奏曲もそんなものです。翌、1974年にEURODISCに録音されたやはりモーツァルトの協奏曲も、1977年にはRCAレーベルとしてリリースされています。このうちの1973年のものが、1986年のPICKWICK1999年のRCA「還暦ボックス」、そして今回と、3種類のCDが手元にありましたので、聴き比べてみました。1986年盤は問題外の鈍い音ですが、1999年盤ではヒス・ノイズを消したうえで、イコライジングによって生々しい音に変えています。しかし、今回のマスタリングでは、ヒス・ノイズは聴こえるものの、自然な艶やかさが味わえます。全部のタイトルを聴いたわけではありませんが、一応「24/96でアナログテープからトランスファー」というのは本当のようで、他のものもおおむねあまり手を加えていない自然な音が聴こえます。
このボックスの途中で、録音はアナログからデジタルに変わります。その第1作が、写真の右の1981年に録音されたライネッケのソナタと協奏曲です(このカップリングでCD化されたのは、これが初めてでらいねっけ?)。いかにも「デジタル」を思わせるジャケットのデザインとともに、「SONYの機材を使用」というクレジットが、時代を感じさせてくれます。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-09-19 20:36 | フルート | Comments(0)
Romantic Works for Flute and Piano
c0039487_2162361.jpg



古賀敦子(Fl)
宮田真夕子(Pf)
GENUIN/GEN 13540




2012年に録音され、2013年にリリースされたという、だいぶ前のCDですが、このレーベルの古賀さんが参加している他のアルバムと一緒に、日本の代理店がまとめて国内販売をかけたので、今頃の発売となりました。日本人アーティストのアルバムということで、英語、ドイツ語の他に日本語のライナーノーツも付いています。
そのライナーによると、フルーティストの古賀敦子さんは福岡市の生まれ、桐朋学園高校からパリのコンセルヴァトワールに進み、大学院にも進学、多くのコンクールで賞を得ているそうです。現在はドイツを中心に活躍なさっているようですね。ピアニストの宮田さんも、やはりドイツを本拠地にして活躍されているそうです。
このアルバムは、タイトルの通り「ロマン派」のフルートとピアノの作品が集められています。まあ、実際は20世紀になって作られた曲もありますが、あくまで「ロマン派の作曲技法で」といった意味合いなのでしょう。それは、まるで一晩のリサイタルのセットリストのように、お客さんに様々な体験をしてもらおうとの配慮がうかがえる、しゃれた選曲です。
まず、最初はヴィドールの「組曲」で、宮田さんの持つテクニックと音楽性を、存分に披露してくれます。彼女の音は、それほどのパワーは感じられませんが(特に低音)、その繊細さは聴くものを驚かせてくれます。この曲は非常に難易度の高いもので、まずは運指の段階でかなりのハードルの高さが設けられていますが、彼女はそんなものはごく当たり前のようにクリアしています。その上で、実に細やかな表情を施しているのですね。おそらく彼女の最大の「武器」は、とことんまで磨き上げられたピアニシモなのではないか、と思えるほど、頻繁に駆使しているそのピアニシモの音色には魅力があります。
そのあとに、見かけは優しい小品をはさむというのが、この選曲の粋なところです。まずは、バッハ+グノーの「アヴェ・マリア」です。これを、グノーが編曲の際に付け加えたイントロと22小節目の繰り返しを省いて、あくまでバッハのオリジナルをベースにした「アヴェ・マリア」を演奏しています。その繰り返しの部分で一瞬びっくりしますが、これが「バッハ派」としてのスタイルなのでしょう。
もう1曲の「小品」は、マスネの「タイスの瞑想曲」です。別名「ずんだ瞑想曲」(それは「大豆」)。こういう「名曲」を取り上げるのには、逆に勇気が必要なのでしょうが、案の定彼女の演奏はちょっと淡白すぎて、これぞという魅力に欠けているような気がします。
そして、さらに技巧の限りを尽くしたボルヌの「カルメン幻想曲」へとつながります。これは、まずイントロのピアノの雄弁さに驚かされます。あくまでフルーティストの華やかさを目立たせるために、あえて目立たないように弾くピアニストが多い中にあって、この主張の強さはかなりのインパクトを与えてくれます。したがって、普段この曲を聴く時のように、フルーティストの技巧に耳がいくというのではなく、次々に新鮮なアイディアを提供してくれているピアニストの方に、より注意がはらわれることになります。もし、このピアニストに拮抗するほどの主張をフルーティストが持っていたのなら、どれほどすさまじい演奏が実現したことでしょう。
さらに、「箸休め」の、ゴーベールの「マドリガル」(これも、あっさりとした、センスの良い演奏)を挟んで、おそらくこのアルバムのメインとなる正真正銘の「ロマン派」の作品、シューベルトの「しぼめる花変奏曲」が演奏されます。ここではもう、うらやましくなるほどのピアニシモが、表現にとてつもない深みを与えてくれていました。特にテーマでは、フルート曲というよりも、元のリートのテイストが強く感じられました。
最後は、まさに「アンコール」という体裁でサン・サーンスの「白鳥」、考え抜かれたプログラミングに脱帽です。

CD Artwork © GENUIN Classics
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-09-15 21:08 | フルート | Comments(0)
”Si suona, a Napoli" 18th Century Neapolitan Flute Music
c0039487_20422864.jpg


Renata Cataldi(Fl)
Egidio Mastrominico/
Le Musiche da Camera
DYNAMIC/CDS 7674




このCDのタイトルは、「ナポリでは、なんていい音楽が聴けるんだ!」といったほどの意味です。なんでも、コレッリがナポリで演奏した時に、その街の音楽家の腕にとても満足して放った言葉なのだそうです。多分におべんちゃらの意味が含まれてはいるものの、これは当時のナポリの音楽的な水準の高さを後世に伝えるものとなっています。なんたって、和声法の教科書には「ナポリの6」という言葉まで登場するのですからね(これは、由紀さおりの「手紙」のBメロ、「二人で育てた 小鳥を逃がし」の「小鳥を逃が」の部分で現れるカッコいいコードのことです)。
そのナポリで、18世紀に活躍した5人の作曲家のフルート協奏曲が、ここでは紹介されています。しかし、当時こそ一世を風靡していた作曲家たちも、今となっては完璧に忘れ去られていますから、ここに並ぶ5人の名前はいずれも初めて耳にするものばかりです。そのうちの3人の作品は、これが世界初録音となるのだそうです。
演奏しているのは、ピリオド楽器のオーケストラとソリストです。1曲目は1698年生まれのニコラ・ログロスチーノの「5声の協奏曲ト長調」。ソロ・フルート+第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、低音という「5声部」から出来ています。低音にはチェロ、コントラバス、チェンバロの他に、ここではリュート(曲によってはバロック・ギター)が加わっています。このレーベルならではの素人っぽい録音のせいでしょうか、あるいはソリストのカタルディの、ちょっとあか抜けない演奏のせいでしょうか(写真では、ちょっと美しさからは隔たった容姿のぽっちゃり系、それが丸出しのドレスなのでいかにも鈍重に見えます)、それとも、華麗さには程遠いこの曲の作風からでしょうか、なんとも重苦しいものに聴こえてしまいます。短調になる第2楽章では、もっと装飾を付けて技巧をひけらかした方が、より味が出るのではと、余計な心配もしてしまいます。
2曲目は1711年生まれのダヴィッド・ペレスの、今度はヴィオラが抜けた「4声の協奏曲ト長調」です。これ以降の曲はすべてこの編成になります。この曲は通常の3楽章形式の協奏曲の前に、もう一つ「カンタービレ」という楽章が加わった4楽章形式ですが、緩徐楽章である第3楽章が、伝バッハの「シチリアーノ」という、かつて「フルート・ソナタ第2番変ホ長調」と呼ばれていた作品の第2楽章と、微妙に似ています。「元ネタ」の真の作曲者であるエマニュエル・バッハはペレスのまさに同時代人ですから、何らかの形で「参考にした」のかもしれませんね。あるいはその逆だとか。
3曲目以降が世界初録音。その3曲目を作ったアニエッロ・サンタンジェロという人は、生年の記録がどこにもないそうですが、1737年に初めてヴァイオリニストとして文献に登場しているので、ほかの人たちと同じ時期に活躍した作曲家です。これも、第2楽章に注目です。そこでは、なんとも斬新なコード進行が聴こえてきて、ちょっとびっくりさせられますが、良く聴いてみるとそれは「ナポリの6」ではなく「ドッペル・ドミナント」でした。
4曲目はジュゼッペ・セリット(1700年生まれ)の協奏曲。これは、今までのものとはガラリと様子が変わって、かなり華やかな技巧が表面に出てきています。ソリストも、まるで別人のように生き生きとした演奏を聴かせてくれますよ。正直、退屈なアルバムだと思っていたのに、ここまで聴いてやっと楽しめるものが出てきました。
そして、最後のアントニオ・ペレッラ(1692年生まれ)の作品も、そんなわくわくするような曲でした。ここでは第2楽章がトリオ・ソナタになっていて、フルートとヴァイオリンのソロのやり取りが楽しめます。ほんとに、最後まで聴かないと良さが分からないということはあるものですね。

CD Artwork © Dynamic S.r.l.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-08-12 20:44 | フルート | Comments(0)
Alone
c0039487_20541747.jpg




Vincent Lucas(Fl)
INDÉSENS/INDE057




パリ管の首席フルート奏者、ヴァンサン・リュカのソロ・アルバムです。いや、これは文字通りの「ソロ・アルバム」、登場するのはフルーティストだけという、「フルート1本だけの曲」を集めたものです。
リュカは1966年(たぶん)生まれ、理科はあまり得意ではなく、幼少から音楽家を目指し、なんと14歳でパリの高等音楽院(コンセルヴァトワール)に入学したという「神童」です。卒業後は1984年から1989年まではトゥールーズ国立管、そして1989年から1994年まではベルリン・フィルに在籍していました。しかし、これらは首席奏者としてではなく、2番奏者としての契約だったようですね。ベルリン・フィルの首席は、この時期はツェラー、ブラウ、パユ以外にはいなかったはずですから。晴れて首席となったのは、パリ管に入団した1994年のことでした。それ以来、このオーケストラで活躍するかたわら、母校でも教壇に立っています。
このジャケット写真を見ると、普通のフルーティストとは違って、リッププレートをかなり内向きにセットしていることが分かります。まあ人それぞれですが、そうなると楽器全体を外側に回すことになり、右手などは手首が完全に楽器の上に来るという、見るからに吹きずらそうな形になってしまいます。でも、本人としてはこの方が吹きやすいのでしょうから、文句は言えません。そういえば、ベルリン・フィルのライブ映像を見た時に、そんな窮屈な格好で演奏しているフルーティストがいたような気がします。
フルート・ソロの曲で1枚のCDを作る時の、ひとつの見本のような曲目が、ここには並んでいます。まず外せないのはバッハの「無伴奏パルティータ」でしょうが、これを最初に持ってきて、さらに一番最後にバッハ・ジュニア(カール・フィリップ・エマニュエル)の「無伴奏フルート・ソナタ」を置くという、両端を18世紀に作られた曲で挟む趣向が、まず粋ですね。もちろん、その間はまさに「フルートの黄金時代」というべき20世紀の作品が並びます。
このバッハが、なんとものびのびとしたスタイルであるのには、なごみます。これがフランス人のエスプリというものなのでしょうが、堅苦しいと思われているバッハの音楽が、なんか、間に潤滑油でも垂らしたようにとても滑らかに聴こえます。彼、というか彼の国の人が大切にしているのが、垂直方向ではなく、水平方向の動きだという点も、とてもはっきり分かります。もちろん、そういうバッハに不満な人もたくさんいるでしょうから、あまりお勧めはできませんが、その流れの良さにはついそそられてしまいます。ただ、時折聞こえるトリルが、なんだか聴覚の限界を超えるほど早いのが、かなり耳触りではあります。これは、彼の楽器の構え方に関係しているのでしょうか。正直、この時代の音楽には全くふさわしいものではありません。
20世紀の部では、さぞやフランスものが集まっているだろうという予想を裏切って、ヒンデミットと、カルク・エラートというドイツ勢が幅をきかせていました。となると、さっきのバッハでの不満がやはり同じように襲ってくるのが分かります。ヒンデミットの「8つの小品」あたりは、やはりもうちょっとストイックな表現で迫ってほしいと思いますし、カルク・エラートの「ソナタ・アパッショナータ」も、この、ちょっと癖のある音列がここまであっさり吹かれていると、あまりに爽快すぎて物足りません。
となると、やはりイベールの「小品」とか、フェルーの「3つの小品」あたりが、まさに本領発揮ということになるのでしょう。豊かなビブラートに支えられて、「流れる」ように飛びまわる音たち、これぞ「おフランス」です。
そのフェルーの3曲目、「端陽」(12トラック)の冒頭で、ハムのようなノイズが入っています。これは明らかにエンジニアのミス、録音そのものも、演奏ノイズが変に強調されていて、とてもプロの仕事とは思えません。

CD Artwork © Indésens Records
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-08-08 20:55 | フルート | Comments(0)