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カテゴリ:ピアノ( 56 )
SCHIFRIN/Piano Works
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Mirian Conti(Pf)
GRAND PIANO/GP776


ラロ・シフリンと言えば、点の場所を間違えると大変なことになる(それは「ラロ氏・不倫」)名前の人ですが、「ミッション・インポッシブル」のテーマを作った人として、映画界ではとても有名な作曲家です。今年でもう85歳になりますがまだまだ元気。半年間に「新作」を10曲近くも作り上げて、こんなアルバムが出来ることになりました。
1932年にアルゼンチンのブエノス・アイレスで生まれたシフリンは、最初はクラシック音楽と法律を勉強していました。1950年代の前半に、専門の音楽家となるためにパリのコンセルヴァトワールに留学、そこであのオリヴィエ・メシアンの生徒となります。彼は同時にジャズのピアニスト、作曲家、編曲家としてヨーロッパで演奏と録音活動を行っていました。1950年代後半にはアルゼンチンに帰り、ブエノス・アイレスで自分のバンドを結成します。そこに訪れたジャズ・トランぺッターのディジー・ガレスピーに自分のバンドの作曲家と編曲家になってほしいと頼まれ、1958年にアメリカに渡ります。
それからのシフリンは、ジャズの世界にはとどまらず、映画音楽の分野でも売れっ子の作曲家として大活躍するのですが、それだけではなく彼のルーツであるクラシック音楽でも多くの作品を残すことになります。たとえば、1990年に行われた最初の「3 Tenors」のコンサートで、ズビン・メータの指揮によって演奏された「グランド・フィナーレ」あたりで、クラシック・ファンもシフリンの名前を聞くことになりました。
LAで1993年に初演された「ピアノ協奏曲第2番『The Americas』」もそんな1曲、そこで、作曲家の指揮のもと、ソリストを務めたのが、このアルバムのピアニスト、同じアルゼンチン出身のミリアン・コンティだったのです(と、ブックレットに彼女自身が書いていますが、シフリンの公式サイトでは初演はワシントンDCで1992年に行われていて、その時のピアニストはクリスティーナ・オルティスだということになっています。多分、コンティの時は「西海岸初演」だったのでしょう)。
そんな、シフリンとは縁のあった彼女が、2016年の1月にシフリンに電話をかけて、「アルバム1枚分のピアノ曲はないかしら?」と聞いたのだそうです。彼はすぐ「そんなに多くはないけど、なにか書いてあげるよ」と返事をくれて、6か月後にはこのアルバムに収録された曲が出来上がったのです。
その中には、1963年に作られた「ジャズ・ピアノ・ソナタ」を改訂したものや、「ミッション・インポッシブル」のように過去の映画音楽をピアノ・ソロのために書き直したもののほかに、新たに作られた「オリジナル・テーマによる10の変奏曲」という、それぞれの変奏は1分程度で終わってしまうかわいらしい作品がありました。
この変奏曲のテーマは、まるでベートーヴェンのようなロマンティックなメロディとハーモニーを持っていますが、それに続く変奏曲は、それぞれ有名な作曲家の作風を模倣している(つもり)という、粋な作り方になっています。それが誰の模倣なのか考えるのも楽しいのではないでしょうか。第9変奏などはウェーベルンみたいな無調の世界のように聴こえます。
「ジャズ・ピアノ・ソナタ」は、3楽章から出来ていて、全曲演奏すると24分という超大作です。タイトルに捕らわれると「どこがジャズ?」と思ってしまうかもしれませんが、これはシフリンならではのジョークなのでしょう。実際はメシアンの和声や旋法がふんだんに盛り込まれた、まぎれもない「現代音楽」です。
そして最後には、これも新作の「ジャックへの子守唄」という、シフリンのお孫さんのために作った、まさに赤ちゃんが聴いても喜ぶような曲が入っています。シフリンは、コンティに「この曲を録音したら、まず孫に聴かせたいので送ってくれ」という「ミッション」を与えました。もちろん彼女はそれを完遂し、赤ちゃんは毎日これを聴きながらスヤスヤ眠っていたのだそうです。

CD Artwork © HNH International Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2018-01-02 20:54 | ピアノ | Comments(0)
HÄSSLER/360 Preludes in All Major and Minor Keys
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Vitraus von Horn(Pf)
GRAND PIANO/GP686-87


タイトルが「すべての長調と短調のための360の前奏曲」ですよ。のけぞりますね。バッハの「平均律」という曲集が、やはり「すべての長調と短調のための前奏曲とフーガ」でしたよね。長調も短調も12ずつ存在しますから、全部で24曲、バッハはそれを2セット作りましたからそれでも48曲に「しか」なりませんよ。いったいどうやったら「360曲」も作れるのでしょう。
バッハの場合は、鍵盤の順番にハ長調→ハ短調→嬰ハ長調→嬰ハ短調と並べていますが、このヘスラーさんの場合は、ハ長調→ハ短調の次は、その5度上(シャープが一つ増えます)のト長調→ト短調というように「5度圏」で進んでいます。そうすると、これは「円」で表わすことが出来るようになりますから、その円の一回りの角度である「360度」にちなんで360曲作ってしまおう、という発想ですね。ほとんど「しゃれ」ですが、あまり笑えん
ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラーという人は、1747年にドイツのエアフルトに生まれたオルガニスト兼作曲家です。バッハの最後の弟子の一人であったヨハン・クリスティアン・キッテルの弟子ですから、バッハの孫弟子になります。若いころはヨーロッパ中を渡り歩いていましたが、その後ロシアに永住し、1822年にモスクワで亡くなりました。
現在では作曲家としては全く忘れられた存在ですが、彼はモーツァルトのお蔭でかろうじて音楽史に足跡を残すことが出来ました。それは、モーツァルトが1789年にベルリンへ向かう途中で立ち寄ったドレスデンでのこと、モーツァルトはそこに滞在していたヘスラーと、オルガンとピアノでの「弾き比べ」を行ったのです。その時の様子をモーツァルトはコンスタンツェに宛てた手紙の中で「彼は古いセバスチャン・バッハの和声と転調をおぼえているだけで、フーガを正しく演奏することはできない」とか「ぼくが、ヘッスラーにピアノをきかすことになった。ヘッスラーもひいた。ピアノではアウエルンハンマーだって、これと同じ位よくひく」(吉田秀和訳)とか、ぼろくそに書いています。
モーツァルトにしてみればそんな残念なヘスラーでしたが、彼はモスクワ時代にはなにか生まれ変わったようになって、それまでに作っていた作品に新たに「Op.1」から作品番号を付けて書き直したりしています。このアルバムにカップリングされている「Op.26」の「Grande Sonate」などは、ほとんどベートーヴェンの初期のピアノソナタのような高みに達しているのではないでしょうか。
この「360の前奏曲」は、それより後、彼の晩年の1817年にOp.47として出版されています。CDでは1枚半に収録されていますが、トラック数は24しかありません。つまり、一つの調の中にはそれぞれ15曲が入っているのです。24×15=360ですね。ところが、それぞれのトラックの演奏時間は4分とか5分といったとても短いものでした。ですから、前奏曲「1曲」はほんの10秒か20秒ほどで終わってしまうのですね。これはもうワンフレーズを演奏しただけのものですから、言ってみれば究極の「ミニマル・ミュージック」ではないですか。この世にそういう名前の音楽が生まれる1世紀半も前に、こんなことをやっていた人がいたんですね。
とはいっても、いくら短くても、それぞれが全く異なる「360個」のフレーズを作るなんて、ある意味ものすごい作業ですね。ただ、ヘスラーさんは意気込んで作り始めたものの、すでに「ト長調」のあたりではかなり投げやりな作り方になっているようですね。無理もありません。全体的に、長調よりも短調の方が楽想が豊かなのは、ロシア風の素材が使えたからでしょうか。
そして、何とか24トラック目の「ヘ短調」にたどり着くと、最後の気力を振り絞って、10分3秒という最長のトラックを作り上げました。その中の5曲目などは、なんと1分48秒「も」ありますよ。なんたって、一番短い前奏曲は3秒で終わってしまいますから、これは「大曲」です。

CD Artwork © HNH Intrnational Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-09 22:36 | ピアノ | Comments(0)
Vers la Lumière
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Jens Harald Bratlie(Pf)
David Bratlie(Ele)
2L/2L-132-SABD(hybrid SACD, BD-A)


フランス語で「光へ向かって」という意味を持つ言葉がタイトルになったアルバムです。なんでも、ここでは「闇」と「光」がテーマになっていて、普通にピアノ・ソロの作品を演奏する間に、電子音でこのタイトルと同じ「光へ向かって」という作品が演奏(録音)され、結果的に頭から終わりまで音楽は全く途切れずに聴こえてくることになっています。クラシックのアルバムとしては珍しい構成ですが、これは最近では「リミックス」というカテゴリーで広く使われている技法です。
ここでの演奏家は、ノルウェーのイェンス・ハーラル・ブラトリというベテランピアニスト(1948年生まれ)ですが、その「つなぎ」の部分を作ったのが、彼の息子のダーヴィド・ブラトリ(1972年生まれ)です。
最初の曲は、ノルウェーの現代作曲家(故人)アントニオ・ビバロのピアノソナタ第2番「夜」という、15分ほどの単一楽章の作品です。とは言っても、それに先だってやはりダーヴィド・ブラトリが用意した電子音のイントロがまず聴こえてくるので、そこでイメージが予測できることになります。そのイントロがまだ続いている中から、おもむろにピアノ・ソロが始まる、という仕掛けです。それは、ピアノの鍵盤をフルに使って音の粒子がちりばめられた、まるで万華鏡のような情景を見せてくれる音楽でした。その音の粒立ちを、この2Lのエンジニアは、細大漏らさずマイクでとらえてくれました。もう、ピアノの弦の一本一本が生々しく迫ってくる有様は、ほとんど奇跡です。
これは、いつもの通り教会の豊かなアコースティックスの中で録音されたもの、そのレコーディングの時の写真を見ると、メインはDPAのマイクが9本設置された9.1サラウンド用のアレイですが、ピアノの屋根は取り外されていて、そのむき出しになった弦のすぐ上にもう1本マイクが立っています。これが間近で弦の音を拾っているのでしょう。それと、その写真ではペダルの周りの床の上に、薪のような木片が何本も並べられています。想像ですが、これは固い床からの反響を抑える意味があるのではないでしょうか。
正直、斬新なサウンドではあっても手の内が分かってくると多少退屈さが襲ってくるこのソナタが終わると、そこに重なって電子音による「光へ向かって1」が始まります。と、今度はそれとは全く異質なリストの「オーベルマンの谷」が始まります。確かに、超絶技巧の粋を凝らしたこの作品からは、ピアノの機能を最大限に引き出した成果は感じられますが、そのあまりに秩序立った古典的なたたずまいには、この流れの中では違和感しかありません。ここはひたすら、押し寄せる極上の音の洪水に身を任せて時が過ぎるのを待つしかありません。と、突然現れる燦然たる光。それまでホ短調を基調としていた音楽が、ここでホ長調に変わったのですね。ほう、なんというサプライズでしょう。
この後の「光へ向かって2」では、この長調のテーマがサンプリングされてその変調されたものが流れます。そして現れるのがこのアルバムのメイン、メシアンの「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」です。まずは第10曲の「喜びの精霊のまなざし」。メシアン特有のギラギラとした和声がこれでもかというように襲いかかります。そこに広がるのは、もはやピアノという楽器を超えた極彩色の世界、それは聴く者の理性さえ奪い去ってしまうほどのものです。
「光へ向かって3」で一息ついた後に訪れるのは、1曲目の「父なる神のまなざし」による、この上ない癒しの世界です。ここまで来るとちょっと予定調和という感じもしてきますが、アルバム全体で語りたかったことは明白に伝わってきます。
このようなゴージャスなサウンド・メッセージは、BD-Aでははっきり聴き取れますが、同梱のSACDではそこから「くどさ」が失われ、ありきたりのものに変わります。それがDSDのキャラクターなのかもしれません。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS

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by jurassic_oyaji | 2017-03-25 20:40 | ピアノ | Comments(0)
BACH/The Complete Keyboard Works
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Zuzana Růžičková(Cem)
Josef Suk(Vn)
Pierre Fournier(Vc)
Jean-Pierre Rampal(Fl)
ERATO/0190295930448




ズザナ・ルージッチコヴァーというチェコのチェンバロ奏者の名前を懐かしく思い浮かべられるのは、ある年代より上の人だけのはずです。1927年生まれでまだご存命ですが、今では演奏活動からは全く遠ざかっていますから、もはや完全に「過去の人」になっています。
とは言っても、現役で活躍していたころには、FMの音楽番組ではかなり頻繁にその名前を聞くことが出来ました。なんせ「ルージッチコヴァー」などという、一度聞いたら忘れられない(いや、正確には「一度聞いても覚えられない」)不思議な名前ですからね。ラジオで彼女の名前を告げるアナウンサー(たとえば後藤美代子さん)や音楽評論家(たとえば大木正興さん)の口調には、この難しい名前を流暢に発音できることに対するなにか自慢げなニュアンスが感じられましたね。
彼女がそのようなメディアで紹介され始めた頃は、チェンバロ奏者と言えばヘルムート・ヴァルヒャかカール・リヒターといった重厚な演奏家が人気を博していたようですが、そんな中にちょっと「傍系」といった感じで、彼女は紹介されていたのでは、というぼけっとした印象があります。
チェコのミュージシャンですから、やはり当時の国営レーベルだったSUPRAPHONEへの録音がメインだったのでしょうが、なぜかフランスのERATOレーベルのプロデューサー、ミシェル・ガルサンは、彼女を使ってバッハのチェンバロ作品の全集を作ることを考えました。そして、1965年から1973年にかけて録音が行われ、1975年から22枚(品番はERA 9030からERA 9051)のLPとしてリリースされました。手元には1975年に発行されたERATOのカタログがありますが、そこにはマリー=クレール・アランが最初に作ったLP24枚組のオルガン曲全集と並んで、このルージッチコヴァーのチェンバロ全集が大々的に紹介されています。当時としては、それほど画期的な偉業だったのですね。確か、同じような全集では、DG(ARCHIV)のカークパトリック、EMIのヴァルヒャに次ぐ3番目のものだったのではないでしょうか。

今回のCDボックスでは、その22枚が17枚のCDに収まっています。さらに、同じ時期にやはりERATOに録音したヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ(チェロで演奏)とヴァイオリン・ソナタの全曲、そして、トリプル・コンチェルトとブランデンブルク協奏曲第5番のアルバムも、3枚のCDになっていて、ちょうど20枚組のボックスとなっています。協奏曲に登場するフルーティストはランパル、彼はすでに1962年にロベール・ヴェイロン=ラクロワとのフルート・ソナタのアルバムを作っているので、ルージッチコヴァーとの共演はこれだけです。
彼女がこの録音を始めた頃は、世の中はモダン・チェンバロ一辺倒の時代でした。もちろん彼女も、ドイツのメーカー、アンマー、ノイペルト、そしてシュペアハーケという3種類の楽器を使っています。しかし、次第に訪れるヒストリカル・チェンバロの波にも敏感だった彼女は、このツィクルスのセッションの終わりごろ、1973年(資料によっては1972年)には「小さなプレリュード」(ERA 9049)と「組曲」(ERA 9050)のLP2枚分を、1754年と1761年に作られた2台のジャン=アンリ・エムシュの復元楽器を使って録音しています。
スリーブには録音年代と使用楽器が詳細に記載されていますから、モダンとヒストリカルの違いをはっきり確かめることが出来ます。最近ではほとんど聴くことのできないモダン・チェンバロの音はどういうものだったのか、これではっきり知ることが出来ることでしょう。こういう時代もあったのです。しかし、それに対してヒストリカル・チェンバロだとされている録音を聴いても、音色は確かに別物であるにもかかわらず、そのあまりにも非現実的な録音レベルの高さに驚かされます。モダンに慣れ親しんだエンジニアが、ヒストリカルの音を聴いて取った行動は、こういうものだったという、まさに「歴史的」な記録がここには残されているのです。

CD Artwork © Parlophone Records Limited
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by jurassic_oyaji | 2016-10-27 20:51 | ピアノ | Comments(0)
British Music for Harpsichord
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Christopher D. Lewis(Cem)
NAXOS/8.573668




こちらこちらで、チェンバロという楽器についての様々な問題を投げかけてくれたクリストファー・D・ルイスの、NAXOSへの3枚目のアルバムです。1枚目では「ヒストリカル」、2枚目では「モダン」の楽器を演奏していたルイスですが、ここではなんとその2種類の楽器を同じアルバムの中で弾き分けています。おそらく、今までにそんなことをやった人はほとんどいないのではないでしょうか。ということは「ヒストリカル・チェンバロ」で演奏されていた曲に続いて、「モダン・チェンバロ」で演奏された曲が弾かれているのですから、その違いはどんな人にでもはっきり分かるということです。なにしろ、この楽器は非常にデリケートですから、会場の響きやマイクのセットの仕方で音が全く違って聴こえてしまいます。その点、このアルバムでは、おそらく全く同じ条件でその2種類の楽器を聴き比べることができるはずですからね。
ここで使われている楽器は、「ヒストリカル」は1638年に作られたリュッカースのフレミッシュ・モデルのコピー、「モダン」は1930年代に作られたプレイエルです。さらに「おまけ」として、1曲だけヴァージナル(1604年に作られたリュッカースのミュゼラー)で演奏されたトラックも加わっています。
まずは、レノックス・バークリーの2つの作品がモダン・チェンバロで演奏されます。彼がチェンバロのための曲を作るきっかけとなったのが、オクスフォード大学時代に同室だったヴェレ・ピルキントンというおせち料理のような名前(それは「クリキントン」)の友人でした。彼はアマチュアの音楽家で、みずからチェンバロを弾いていましたから、彼のために何曲かのチェンバロ曲を作ったのです。「ピルキンソン氏のトイ」というのは、バロック時代のチェンバロ曲のタイトルとして使われた「トイ」をそのままタイトルにした、いかにもバロッキーな舞曲、「ヴェレのために」は、もう少しモダンなフランス風のテイストを持った作品です。これらが作られたのは1930年ごろ、まさに伝説の楽器チェンバロが、モダン・チェンバロという形をとって復活したころですね。バークリーはこの楽器にいにしえの時代を感じながら、「モダン」な曲を作ったのでしょう。その楽器の音は、まさに「新しい」、言ってみれば「文明的」な音がしていました。
それに続いて、ヒストリカル・チェンバロによるハーバート・ハウエルズの「ハウエルのクラヴィコード」という曲が聴こえてきた時には、誰しもが「これが同じチェンバロか?」と思うはずです。その繊細な音の立ち上がり、鄙びた音色、まさにこれこそが昔からあったチェンバロそのものの響きです。ただ、ちょっと気になるのが、マイクアレンジ、あるいは録音レベルの設定、まるで楽器の中に頭を突っ込んで聴いているようなあまりに近接的な音場です。ですから、これでも明らかにモダン・チェンバロとは異なる音であることはしっかり分かりますが、もっと適切な録音方法であったならば、その違いはさらに決定的なものになっていたことでしょう。
この作品は、20年以上にも渡って書き溜められた20曲から成る曲集ですが、ここではその中から13曲が抜粋されて演奏されています。それぞれには、まるでエルガーの「エニグマ変奏曲」のように作曲者の友人などの名前が実名(エルガーの場合は匿名)でタイトルになっています。サーストン・ダートとか、ジュリアン・ブリームといった、我々にもなじみのある名前も登場するのには親しみが感じられますが、作風はとても生真面目でとっつきにくい面がありますね。全体のタイトルにあるように、この曲集は本来クラヴィコードのために作られたものです。ですから、その雰囲気をと、最後のトラックでは1曲目だけヴァージナルで演奏されています。しかし、これもやはりマイクが近すぎるために、この楽器の本当の味が分からなくなっているのが残念です。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-08-23 23:14 | ピアノ | Comments(0)
20th Century Harpsichord Music
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Christopher D. Lewis(Cem)
NAXOS/8.573364




こちらで、20世紀のチェンバロのための協奏曲を演奏していた、ウェールズで生まれアメリカで活躍しているチェンバロ奏者のクリストファー・D・ルイスの、NAXOSへの2枚目のアルバムです。前回はオーケストラをバックにした演奏でしたが今回は彼だけによるソロ、さらに、大きく異なるのは使っている楽器です。前回の楽器は「ヒストリカル・チェンバロ」と呼ばれている、現在世界中でほぼ100%使われているバロック時代の楽器を復元したタイプのものでしたが、今回は「モダン・チェンバロ」が使われています。このアルバムに登場するプーランクやフランセが「チェンバロ」のための曲を作った時にはこの世には「モダン・チェンバロ」しかありませんでしたから、それは当たり前のことなのですが、今ではこの楽器自体が非常に貴重なものになっています。
ここでルイスが使っているのは、そんな「モダン・チェンバロ」の代表とも言える、プレイエルのランドフスカ・モデルです。おそらく、このジャケットの写真と同じものなのでしょう、2弾鍵盤ですがストップは16フィート、8フィート×2、4フィートという4種類、さらに、音色を変える「リュートストップ」やカプラーなども加わっているので、それを操作するには、足元にある7つのペダルが必要です。このペダルの中には、ピアノの右ペダルと同じ「ダンパー・ペダル」も含まれています。なんせ、ピアノに負けない音をチェンバロで出そうとして開発された楽器ですから、ダンパーがないと音を切ることが出来ないほどの大きな音が出るのですね。
そんな楽器の音を、まずプーランクの「フランス組曲」で味わっていただきましょう。オリジナルはブラスバンドにチェンバロという編成ですが、それをチェンバロだけで演奏しています。バロック時代の宮廷舞曲をモデルにした7つの曲から成っていますが、ここでのストップの切り替えによる音色やテクスチャーの変化には驚かされます。そこに、朗々と響き渡る残響が加わるのですから、これはまさに「ピアノを超えた」新しい楽器という印象を与えるには十分なものがあります。
次の、これが世界初録音となるフランセの「クラヴサンのための2つの小品」になると、その音色に対するチャレンジには更なる驚きが待っています。1曲目の「Grave」という指示のある曲は、まるで葬送行進曲のような重々しい歩みで進んでいきますが、もっぱら使われるのが16フィートのストップを駆使した超低音です。それも、ヒストリカルでは絶対に出すことのできない分厚い音ですから、その「ビョン・ビョン」というお腹に響くビートは、例えば最近のダンスミュージックにも通じるものを感じさせます。クラヴサンによるクラブサウンドですね。
チェコの作曲家マルティヌーの作品も、ここには3曲収められています。その中で最も初期に作られた「クラヴサンのための2つの小品」では、やはり「モダン・チェンバロ」ならではの鋭い打鍵を駆使した音楽が聴かれます。
もう一人、「6人組」のメンバーの中では最も知名度の低いルイ・デュレが、様々な2つの楽器のために作った「10のインヴェンション」をピアノソロに編曲したものをが、チェンバロで演奏されています。タイトル通りのバッハを意識したポリフォニックな2声の曲ですが、中には半音階を駆使した無調を思わせるようなものも有り、それが妙にこの楽器とマッチしています。
かつて、「モダン・チェンバロ」が「ヒストリカル・チェンバロ」の代わりを務めることが出来なかったように、「ヒストリカル」では「モダン」のために作られた曲を演奏することはできません。これは全く別の楽器として共存すべきものなのに、今では「モダン」はすっかり衰退してしまい、絶滅の一歩手前です。こんなCDを聴くにつけ、このまま博物館の中でしか見られない楽器になってしまうのは、あまりにもったいないような気がします。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-11-29 19:58 | ピアノ | Comments(0)
Music in Life
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Umi Garrett(Pf)
NAXOS/NYCC-10004




「8歳でオーケストラと共演」とか、「9歳でアルバムをリリース」といった騒がれ方をされているまさに「天才少女」、ウミ・ギャレットが、「12歳」の時に録音したセカンド・アルバムです。もともとは2013年に録音されて、アメリカのインディーズ・レーベルからリリースされたものですが、それが2年も経ってからナクソス・ジャパンからリリースされた時には、彼女はもう「14歳」になっていましたね。ちょっと「天才少女」として売り出すには、微妙な年齢です。

このアルバムのジャケットは、インディーズ時代のデザイン(↑)がそのまま使われています。ただ、その時にはあった作曲家の文字が、今回はなくなっていました。ショパンから始まってベートーヴェン、ドビュッシー、ガーシュウィン、モーツァルト、そして最後にもう一度ショパンで締めくくるというラインナップです。ここには、おそらく今回のリリースに合わせて書かれたであろう、アーティスト自身のライナーノーツを読むことが出来ます。ここで演奏している曲への思いとともに、2013年に来日した際に訪れた東日本大震災の被災地のことなどが、そこには語られています。
彼女はアメリカ在住のピアニストですが、写真を見ればわかるようにアジア系の顔立ち、もしかしたら岩手県民なのかもしれませんが(それは、「ウニ・ギャレット」)、そのあたりのことはプロフィールでは全く触れられていません。でも、確実に日本人にとっては親近感のわくルックスであることは間違いありません。
こういう「天才」の演奏を聴くときには、その人が将来どんなピアニストになるのかということを考えないわけにはいきません。単に「若い」というだけでもてはやされて終わってしまうのか、真の巨匠へと成長するのか、というのをこの「原石」から予想するのは、とても楽しみなことです。
正直、最初にとても豊かな残響の伴った音でショパンのエチュードが聴こえてきたときには、なにか真綿にくるまれたようなふわふわとした印象を受けてしまいました。その「黒鍵」というニックネームの付いた曲は、刺激的なところが全くない、つるつるしたものだったのです。続くノクターンも、あまりにあっさり演奏されているので、そこからはショパン特有の「いやらしさ」がほとんど感じられません。
次のベートーヴェンの「月光ソナタ」でも、やはり薄味の印象は免れません。そつなくまとめてはいるのだけれど、そこから一歩踏み込んだ表現がほとんど見られないようなのですね。例えば最後の激しい楽章で、最初のテーマが終わって次のちょっとイメージが変わる優美なテーマに移るときに、彼女は何もしていないように感じられてしまうのですよ。聴いているものにとっては、これだけ楽想が変わるシーンなので、それがはっきり分かるような方向付けが欲しいところなのに、そのまんまの状態で連れて行かれるような、とてもちぐはぐな感じを受けてしまいます。そのあとで聴こえてきてほしいトリルも、ほかの声部とのバランスのとらえ方の違いでしょうか、ほとんど聴こえなくなっていたので、別な楽譜を使っているのでは、と思ってしまったほどです。
そのあとに、唐突にドビュッシーの「月の光」が演奏されています。まあ、そういう「名曲集」なのでしょうから別にいいのですが、それが「ドビュッシー」である必然性が感じられない、ほとんどベートーヴェンの流れの中の音楽だったのには、ちょっと失望させられます。メロディラインだけが聴こえてきて、ハーモニー感がとても稀薄なんですよね。次のガーシュウィンの「前奏曲」も、ブルースっぽい感じは皆無ですし。
ただ、最後に演奏されているもう1曲のショパン、「スケルツォ第1番」は、今までのものとはちょっと別格、そこからは確実に迷いのない彼女自身の音楽が聴こえてきました。これが彼女のポテンシャルだとしたら、いいピアニストに育つかもしれませんね。

CD Artwork © Naxos Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-08-08 21:19 | ピアノ | Comments(0)
GRIEG, EVJU/Piano Concertos
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Cars Petersson(Pf)
Kerry Stratton/
Prague Radio Symphony Orchestra
GRAND PIANO/GP689




このレーベルのジャケットは、なんだか意味不明のものが多いような気がしますが、これは全くの例外、このアルバムの作曲家の似顔絵という、意表をつくものでした。手前の髭の人は誰でも知っているノルウェーの大作曲家エドヴァルト・グリーグ、その後ろは、おそらく誰も知らないヘルゲ・エヴユという、やはりノルウェーの作曲家です。グリーグは1843年生まれですが、このエヴユさんはそのほぼ100年後、1942年に生まれています。
実は、このアルバムでは、もう一人の作曲家が登場しています。それは、1882年にオーストラリアに生まれたピアニスト/作曲家のパーシー・グレインジャーです。グレインジャーとグリーグとは1906年にロンドンで会った時からすっかり「いい友達」になり、グリーグの指揮、グレインジャーのピアノで、グリーグのピアノ協奏曲を引っさげてコンサート・ツアーを行う計画を立てたのだそうです。しかし、翌年にはグリーグは没してしまい、それは実現されませんでした。ただ、そこで残されたのが、グレインジャーが校訂を行ったピアノ協奏曲の楽譜です。そこには、若いころに作った出世作であるこの作品に、晩年のグリーグがその時点での思いを込めたものになっていたと言われています。
日本語の「帯」には、「オーケストレーションやリズム処理など、至る所に斬新さが感じ取れる」とあったので、スコアを見ながら聴いてみたのですが、特段そのようなところはありませんでした。もしかしたら、見逃したのかもしれませんが、全体的な印象でも特に「斬新」とは思えませんでしたし。ただ、演奏自体は非常にキビキビした、余分な情感を廃したようなものだったので、そのような指示が楽譜に加えられていたのかもしれません。確かに、カデンツァなどでは、演奏家に任せてちょっとだれてしまうようなところがきっちりとしたリズムで書き直されているのでは、と思われるようなところがあったような気はします。
それだけではない、2つ目のサプライズが、このアルバムには込められています。お待たせしました。やっとさっきのエヴユさんの登場です。グリーグは、生前に2つ目のピアノ協奏曲の構想を練っていたそうで、そのためのスケッチの断片や、大まかな楽章構成などを書いたものが残されています。それに関しては、こちらをご覧ください。そこで取り上げた、1996年にリリースされたCDでは、最後のトラックにこの「断片」が収録されていました。それと全く同じものが、今回のCDにも収められていますが、エヴユさんは、この断片を元に、きちんとしたフルサイズのピアノ協奏曲を作ってしまったのだそうです。その「ヘルゲ・エヴユ作曲:グリーグの断片によるピアノ協奏曲ロ短調」という作品は、ですから幻の「グリーグ作曲:ピアノ協奏曲第2番ロ短調」を、グリーグが残したわずかな断片から、その全体像を修復したものなのかもしれません。なんだか興奮しますね。
しかし、実際に聴いてみると、これはやはり「グリーグ作曲」と明示しなかったのがまさに正解だった、と言わざるを得ないようながっかりさせられるものでした。この曲は全部で5つの楽章で出来ていて、モデラート・トランクィロ-スケルツォ-アダージョと来た後にカデンツァが第4楽章とされ、そのあとにフィナーレが置かれるという構成です。しかし、さっきのグリーグ自身のスケッチは、このカデンツァのなかにそのまんまの形で「断片的」に出てくるだけで、他の部分でそのテーマが展開されているという形跡は見られません。かろうじて、カデンツァの最後を飾る3番目の断片のタランテラ風のリズムがフィナーレに受け継がれている、というだけのようですね。それだけでは、ちょっと足らんてら
ですから、これは「グリーグ」という名前を外しさえすれば、なんかとても盛り上がる作品として愛されることもあるのではないでしょうか。エンディングなどはチャイコフスキーそっくりですし。
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by jurassic_oyaji | 2015-08-02 20:11 | ピアノ | Comments(0)
HOFMANN/Piano Works
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Artem Yasynskyy(Pf)
GRAND PIANO/GP675




アルテョム・ヤスィンスキイさんは、1988年にウクライナで生まれた若いピアニストです。これまでに多くの国際コンクールで入賞された経歴を持っていますが、2013年に開催された第5回仙台国際音楽コンクールのピアノ部門で第3位に入賞されたという点で、仙台市民にはおなじみの方です。このコンクールでは、上位入賞者に対して演奏の場を提供するというアフターケアを行っていますが、その中にはアマチュアのオーケストラとの共演という素晴らしいプロジェクトも含まれています。世界的なレベルにあるピアニストやヴァイオリニストとの共演を、ギャラや滞在費をすべて負担してくれた上で実現してくれるのですから、これはアマチュア・オーケストラにとってはとっても得難い機会となります。
そのプロジェクトの一環として、ヤスィンスキイさんは2014年10月に、仙台ニューフィルハーモニー管弦楽団との共演のために来仙しました。本番の1週間前にオーケストラとのリハーサルを行ったほかに、市内の小学校を巡ってミニ・リサイタルを行うなど、精力的に演奏を披露しています。小学校の校歌をヤスィンスキイさんの伴奏で生徒全員が歌う、といったようなサービスもあったそうですね。
仙台ニューフィルと演奏したのは、ラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディ」でした。この難曲を、彼は軽々と弾ききっていましたね。その模様は、こちらで見ることが出来ます。オーケストラがそのグルーヴにちょっとついていけてなくて足を引っ張っているところがありますが、彼のピアノの素晴らしさは伝わってくることでしょう。
この演奏の後に、アンコールとしてドビュッシーの「エチュード第11番」が演奏され、さらに盛大な拍手で呼び戻されてピアノに座ったヤスィンスキイさんは、お客さんに向かって、「20世紀の偉大なピアニストではあるが、誰もその作品を聴いたことが無いというヨゼフ・ホフマンの『マズルカ』を演奏します」と言って、「マズルカ Op.16-1」を弾きはじめました。実は、彼はこのコンサートの半年前に、ポーランドのスタジオでその「ホフマン」のピアノ曲をアルバム1枚分録音していたのです。それは、世界初録音を含む、とてもレアなアルバムとなりました。仙台で演奏されていた「マズルカ」は、おそらく日本初演だったはずです。
ポーランドのクラクフ(当時はオーストリア=ハンガリー帝国クラクフ大公国)の近郊に1876年に生まれたヨゼフ・カシミール・ホフマンは、まさに「神童」として、幼少のころからピアニストとして活躍していました。同時に彼は作曲にも天才ぶりを発揮し、なんと4歳の時に最初の作品「マズルカ」を作曲しているのです。そしてその6年後には、このアルバムにも入っているロ短調とニ短調の「マズルカ」を作曲しています。この楽譜は、もう1曲ニ長調の「マズルカ」とともに、当時彼が演奏していた他の作曲家の作品と一緒にまとめられてアメリカで出版されました。その表紙を飾っていたのは、ピーター・パンのような衣装の、かわいらしいホフマン少年のグラビアです。先ほどの作品番号のついた「マズルカ」は、それからさらに5年ほど経ってから作られています。
これらは、いずれも同郷のショパンの影響を色濃く受けた仕上がりになっています。さらに、1893年に出版された4楽章から成る「ソナタ」では、あちこちにシューマンのピアノ協奏曲のモティーフのようなものが顔を出しています。しかし、1903年に出版され、レオポルド・ゴドフスキーに献呈された「4つの性格的スケッチ Op.40」では、ほのかに印象派風の半音階なども見え隠れする、彼独自の個性を感じることが出来ます。
ヤスィンスキイさんは、一音たりともおろそかにしないテクニックと溢れるほどの歌心をもって、これらの作品に命を吹き込んでいます。

CD Artwork © HNH International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2015-06-12 19:58 | ピアノ | Comments(0)
TCHAIKOVSKY/Piano Concerto No.1, PROKOFIEV/Piano Concerto No.2
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Kirill Gerstein(Pf)
James Gaffigan/
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
MYRIOS/MYR016(hybrid SACD)




以前、その音の良さに衝撃を受けたMYRIOSレーベルのゲルシュタインのアルバムの続編は、チャイコフスキーとプロコフィエフのピアノ協奏曲でした。今までこのレーベルからリリースされたアルバムはほとんどソロか室内楽、オーケストラが加わったとしても小編成のものでしたから、フル編成の大オーケストラの録音は、これが初めてのものとなります。シュテファン・コーエンがオーケストラを録るとどうなるのか、聴きものです。
今まではオリジナルはDSDで録音されたという表記があったのに、今回は「24/192」というスペックになっていました。やはり、オーケストラでは編集が必要なので、PCMで録音を行ったのでしょうか。
これは、さっきのソロ・アルバムと同じ、ベルリンのスタジオで録音されています。聴こえてきた音は、ソロの時と同じようなとても緻密なものでした。ただ、相対的にピアノの音像は小さくまとまって、全体の中の一つの楽器、という扱いです。オーケストラのソロ楽器も、それほど浮き上がって聴こえるようなことはなく、全体としてまとめられた音作りのようでした。
このアルバムの「目玉」は、チャイコフスキーで新しい楽譜が使われている、ということでしょう。その件については、ゲルシュタイン自身が詳細にライナーノーツで述べてくれています。それによると、チャイコフスキーがこの作品を完成させたのは1875年ですが(第1稿)、何度か演奏する中で音楽の形は全く変えずにピアノ・パートにだけ少し手を加えます。そして、この改訂が反映されたものが、1879年にユルゲンソンから出版された「第2稿」です。チャイコフスキー自身が関わった楽譜は、この2つの稿のみなのです。しかし、彼の死後、1894年以降に出版されたとされる「第3稿」には、かなり大きな改訂が加えられています。聴いてすぐ分かるのが冒頭のピアノソロが出てくるところ。

↑第2稿


↑第3稿


それまでの稿では2拍目と3拍目が「アルペジオ」だったものが、「第3稿」では「アコード」になっています。しかも、1拍目と3拍目はそれぞれ1オクターブ上下に移動しています。もう1ヵ所、第3楽章の108小節のあとの12小節がカットされています。ゲルシュタインは、このような「改竄」を行ったのは、アレクサンドル・ジローティだろうと言っています。ジローティはピアノ協奏曲第2番でも同じようなことをやっていましたね。しかし、この、必ずしもチャイコフスキーの意志が反映されたとは言えない「第3稿」は、「決定稿」として世界中で使われるようになってしまいました。
実は、今年2015年は、チャイコフスキーの生誕175周年であると同時にこのピアノ協奏曲の初演140周年でもあります。それに向けて、ロシアではチャイコフスキーの原典版の刊行が進められていますが、そこではチャイコフスキー自身が演奏で使い、多くの書き込みをした1879年版の出版譜が重要な資料として採用されています。この録音時にはまだそれは出版されてはいませんでしたが、それを特別に提供してもらって「世界で初めて」音にしたのが、このSACDなのです。
ただ、ずっと気になっていた第2楽章のフルート・ソロは、現行版のままでしたね。自筆稿ではしっかり訂正されているというのに。

このレーベルを販売しているのはナクソス・ジャパン、これには「帯」は付いていませんが、それに相当するものを公式サイトで見ることが出来ます。そこには「チャイコフスキーも1879年と1888年の2回に渡ってこの作品を改訂しています。現在広く演奏されているのは、実は1888年に改訂された最終稿であり、実はチャイコフスキーの最初の構想とは違うものなのです。」という「解説」が載っています。これは、ゲルシュタインのライナーとは全然事実関係が違っていますね。自社製品の最大の目玉も分からない人に解説を書かせるなんて、この会社は大切なことを忘れています。
それにしても、この文章のひどいこと。

SACD Artwork © Myrios Classics & Deutschlandradio Kultur
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by jurassic_oyaji | 2015-05-11 20:59 | ピアノ | Comments(0)