おやぢの部屋2
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カテゴリ:ピアノ( 54 )
IMAGINARY PICTURES
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Kirill Gerstein(Pf)
MYRIOS/MYR013(hybrid SACD)




このMYRIOSというのは、2009年に創設されたというまだ出来立てほやほやのレーベルです。これを作ったのは当時35歳の若者、シュテファン・カーエン。

彼はエンジニアにしてプロデューサー、さらにはジャケットのデザインまで手掛けるという、まさにこのレーベルを一人で切り盛りしている人物です。同じようにすべて自分一人でやらなければ気が済まなかったのは、ノルウェーの「2L」レーベルの創設者、モーテン・リンドベリでしょうか。
2L同様、このレーベルが打ち出しているのが「よい録音」です。あちらは「DXD」という超ハイレゾのPCMが売り物ですが、こちらはもっぱらDSDにこだわっているようですね。ご存知のように、DSDというのは編集が簡単にはできないというフォーマットですから、なかなか最初からDSDで録音するエンジニアは少なく、まずPCMで録音、それを編集してからDSDにしたものが、普通はSACDのマスターになっています。ですから、最初からのDSDということは、編集することをあまり考えないで、ライブ感を大切にした録音を行うということにつながるのではないでしょうか。まあ、中にはDSDで録音したものを一旦PCMにして編集、再度DSDに戻す、というやり方をする人もいるかもしれませんが、それだったら最初からPCMで録ればいいのですからね。
最初の数アイテムはCDでのリリースでしたが、最近ではすべてSACDとなって、カーエンのこだわりはそのまま聴く者に伝わるようになっています。しかし、そんな、まさに「手作り」によるアルバムですから、5年目に入っても、品番で分かるように今回で13枚しか出ていません。このレーベルを扱っているのが、あのNAXOS。毎月何十枚と新譜を出している会社が、こんなゆったりとした歩みのレーベルの面倒を見ているというのも、なんか救われる思いです。
今回のアーティストは、このレーベルの常連、ロシア出身のピアニスト、キリル・ゲルシュタインです。なんか辛そうな名前ですね(それは「キリキリ、下痢したいん」)。いや、彼は1979年生まれの若手、かつてバークリー音楽院でジャズ・ピアニストを目指していたこともあるというユニークな経歴の持ち主です。今回は「想像上の絵画」というタイトルを掲げて、ムソルグスキーの「展覧会の絵」と、シューマンの「謝肉祭」を披露してくれています。いずれの曲も絵画的なイマジネーションが元になって作られている、ということなのでしょうか。
まずは、「展覧会」から。もう冒頭の単音から、この録音のすばらしさがはっきりと伝わってきます。細やかなタッチや、ペダルによる音色の変化が、まさに手に取るようにくっきりと聴こえてくるのですからね。それでいて、まわりの残響も過不足なく取り入れられていて、ほんのりとした存在感が味わえます。
この「プロムナード」でゲルシュタインがおそらく意識して取り入れているテンポ・ルバートは、この曲のオーケストラ版を聴きなれた人にとってはちょっとした違和感を誘うかもしれませんが、そもそもあのラヴェル版のようなきっちりとしたパルスの中で語られる音楽ではないのだ、ということが、ここからは分かるのではないでしょうか。これは、あくまでもロシア風の「歩き方」なのでしょう。もしかしたら、少しお酒が入っている人なのかもしれません。
そんなルバートの妙は、「テュイルリー」あたりではさらにいい味になってきます。細かい十六分音符のパッセージは、オーケストラではオーボエ奏者とフルート奏者がくそ真面目に書かれた通りのリズムで演奏しますが、ピアノではもっと自由に、「ちょこまかと動く子供」をリアルに表現できるはずです。リズム通りに走り回る子供なんていませんからね。そんな、久しぶりに聴くピアノ版の楽しさを、存分に味わいました。
それがシューマンになったら、ピアノの音色が全く別物のように変わってしまったのにはびっくりです。これも、カーエンのマジックなのでしょう。

SACD Artwork © Myrios Classics
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by jurassic_oyaji | 2014-07-23 20:54 | ピアノ | Comments(0)
The Rite of Spring
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The 5 Browns
STEINWAY & SONS/30031




先日、さる合唱団のコンサートでブラームスの「ドイツ・レクイエム」を2台ピアノによるバージョンで聴きました。それは本当に素晴らしい合唱だったのですが、その時のピアノのアインザッツが非常におおらかだったのには参ってしまいました。実は、だいぶ前ですが、マルタ・アルゲリッチとネルソン・フレイレによるデュオをテレビで見たことがあったのですが、その時には、このブラームスよりもっとひどいアンサンブルでしたから、そもそもこういう編成でピッタリ合わせることなどは至難の業なのだな、と思っていました。
ですから、もう10年近く前に騒がれた、なんと「5人」のピアニストのユニット「ザ・ファイブ・ブラウンズ」などは、最初から聴く気にもなれませんでした。そもそも、彼らが日本で紹介された時には、いわゆる「ライト・クラシック」という忌むべきカテゴリーでの売り込みでしたからね。
この5人のピアニストは、ブラウン家の女3人、男2人の5人の子供たちです。最年長はジャケ写右から2人目の1979年生まれの長女、末っ子は右端、1986年生まれの次男ですね。全員がジュリアード音楽院を卒業、2002年にチームを組んで初めてのコンサートを開き、大成功をおさめます。アルバム・デビューは2005年、RCAからの「The 5 Browns」という、バーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」などが収められたCDでした。それはビルボードのクラシック・チャートの1位を占め、2008年までに全部で4枚のアルバムをRCA/SONYからリリースします。2010年には、E1 Entertainmentという、以前はカナダのKochだったレーベルに移籍しての映画音楽集、そして昨年10月、彼らがアーティスト契約を結んでいるスタインウェイのレーベルからこんなタイトルのアルバムがリリースされました。
これは、2013年5月に行われたコンサートのライブ録音です。ですから、メンバーも全員「アラサー」を迎えていたことになりますね。それにしてはみんな若い!真ん中の次女などは、ほとんどヤンキーですね。
タイトルは「春の祭典」ですが、演奏はまずホルストの「惑星」から始まります。その1曲目、「火星」が始まった時、その5台のピアノの音がまるで一人で弾いているように完全に「合って」いたのには驚いてしまいました。もうこれだけでほとんど信じられないものを聴いていしまった思い、圧倒されてしまいます。2人でも合わないものが、5人でこれほどまでに揃っているとは。やればできるものなんですね。というか、陳腐な言い方ですが、これが「血の絆」ってやつなのでしょう。
もちろん、それは単にきれいに合っているというだけのものではありませんでした。原曲をかなり自由にアレンジして、聴いたことのないようなフレーズがあちこちで絡み付いてきますが、そのどれもがとても生き生きしていて、本当に楽しんで演奏していることが伝わってきます。
そのあと、曲は切れ目なく最後の「海王星」に続きます。と、なんだかピアノとは思えないような音が聴こえてきましたよ。なんかキンキンした、プリペアされた音、瞬時に弦になにかを乗せたのか、手で触っているのか、こんな小技もきかしているんですね。いや、それだけではなく、最後に出てくる女声合唱まで、誰かが歌っていますよ。曲はそのあとに「木星」に続くという仕掛け、やはり聴かせるツボは押さえています。
そして、サン・サーンスの「死の舞踏」を挟んで、いよいよ「春の祭典」です。2台ピアノのバージョンは何度か聴いたことがありますが、これは「5台」という条件を目いっぱい生かした、とてもいかした編曲が素敵です。全員でガンガン弾く時にはオーケストラをもしのぐほどの大音響、そして、多くのパートが絡み付くところでは煌めくばかりの色彩感、弾き終わった時の会場のやんやの喝采も納得です。いや、すでに第1部の終わり近くで、待ちきれず歓声を上げていた人もいましたね。

CD Artwork © ArkivMusic LLC
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by jurassic_oyaji | 2014-04-24 20:20 | ピアノ | Comments(0)
A Tribute to Oscar Peterson
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Andrew Litton(Pf)
BIS/SACD-2034(hybrid SACD)




かなり前のことですが、2001年9月にアップした「おやぢの部屋」でこんなCDを紹介していました。「ホロヴィッツへのオマージュ」というタイトルのそのCDでは、ヴァレリー・クレショフというピアニストが、ホロヴィッツが自ら編曲したとても難度の高い曲を何どしても弾いてみたいと、楽譜が公になっていないその演奏の録音を聴きとって楽譜を書き下ろし、それを録音した、というものでしたね。
これがアップされた時には、ある「疑惑」がささやかれていました。

それは、このジャケット写真は合成ではないのか、というものです。そんな「憶測」に基づいて、このレビューの「初稿」には、その「疑惑」に関する無責任な言及が含まれていました。しかしその後、「ホロヴィッツが亡くなる直前にクレショフはニューヨークでホロヴィッツに会っていたとライナーに書かれている」という外部からの「告発」がありました。たしかに、きちんと読みなおすとそのようなことが書いてあります。その写真は「本物」だったのですね。その「告発」に従い、本文を書き直したのは、言うまでもありません。このレビューの最後にある注釈は、そのあたりの混乱ぶりを反映したものだったのですね。
今回、似たような「疑惑」を持たれたのは、指揮者のアンドリュー・リットンでした。彼はピアニストとしても活躍していて、このたびピアノ・ソロのアルバムをリリースしました。そこで取り上げているのが、著名なジャズ・ピアニストであるオスカー・ピーターソンの即興演奏なのですね。そのジャケットを飾っているリットンとピーターソンが並んで写っている写真が、そんな「疑惑」の対象でした。どうですか?もちろん、リットンの写真はかなり若いころのものなのでしょうが、これはミエミエの「合成写真」ではないでしょうか。
しかし、12年半前の轍を踏むことだけは避けたいものだ、と、今回はリットン自身が執筆しているライナーノーツを、きっちり読んでみたところ、「ジャケット写真は、1985年の7月に撮ったものだ」という証言があるではありませんか。危ない、危ない。ヘタをしたら、このBISレーベルのおかげで2度目の大恥をかくところでした。
なぜリットンがオスカー・ピーターソンを?と思うのも当然のことでしょう。そんな疑問も、彼のライナーによって晴れることになります。ニューヨーク生まれのリットン少年は、クラシック音楽の英才教育を受け、ブロードウェイ・ミュージカルに親しむという中で育ちますが、「ジャズ」に関してはほとんど未体験でした。しかし、16歳の誕生パーティーで同級生のデヴィッド・フランケル(後の「プラダを着た悪魔」の監督)からもらった1枚のレコードによって、彼の人生は変わります。それは、オスカー・ピーターソンの「TRACKS」という1970年のソロ・ピアノのアルバムだったのですが、それを聞いたとたんにリットン少年は彼のピアノにハマってしまったのです。
やがてリットンは指揮者となり、実際にピーターソンとの共演も果たします(その時に楽屋で撮ったものが、ジャケット写真)。そしてしばらくすると、それまでは聴くだけだったピーターソンのピアノを、自分でも弾くようになってしまいます。それは、ロンドンでのさるパーティーで、スティーヴン・オズボーンがピーターソンを弾いているのを聴いたからです。楽譜など出ていないはずなのに、と、オズボーンに聞いてみたら、彼は自分でCDからコピーしたというのに驚き、早速その譜面を送ってもらい、それからはそれを弾くことが彼の「趣味」となりました。その「趣味」の集大成が、このアルバムなのです。
ピーターソンが一番好きだというベーゼンドルファーをわざわざ借りて録音したというほどに、まさに本人としてはピーターソンになりきって演奏している数々のソロ・プレイ、しかし、なぜかそこにはオリジナルのもつクールさが、見事に欠如していました。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2014-03-05 20:28 | ピアノ | Comments(0)
PROKOFIEV/Piano Concerto No.3, BARTOK/Piano Concerto No.2
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Lang Lang(Pf)
Simon Rattle/
Berliner Philharmoniker
SONY/88883773809(BD)




ラトル/BPOとランランという組み合わせによる新し目のピアノ協奏曲の新録音です。同じデザインのCDも出ていますが、こちらはBD。ちょっとややこしいのですが、そのCDBDの違いについて、まず。
このコンビが演奏しているのはプロコフィエフの3番とバルトークの2番という2曲のピアノ協奏曲です。それは、最近では珍しくなったセッション・レコーディングによって作られたもので、CDにはその成果の音源が入っています。もちろん、普通のCDですから、16bit/44.1kHzという、標準的なスペックのPCMです。それに対して、BDでは、その同じ音源が24bit/96kHzのハイレゾPCMで収録されています。このレーベルとしては初めての「ブルーレイ・オーディオ」ですね。
ただ、ジャケットの表側では、それに関しては全く触れられておらず、あくまで「映像」としてのBDのコンテンツの紹介にとどまっています。それは、「The Highest Level」というタイトルの、このレコーディングのメイキングと、プロコフィエフを全曲通した時のランスルーの映像です。ですから、それだけを見ると、ここにはバルトークは入っていないのだ、と誤解を招きかねない表記ですね。もちろん、裏側を見ればそれはきちんと書かれているのですが、それもかなり不親切な書き方です。
いかにも映像作品の方がメインで、ハイレゾの音声データは「おまけ」みたいな扱い、ただCDよりもいい音のハイレゾを聴きたかっただけなのですから、そんな映像はどうでもいいのですが、それも値段のうちなので一応見てみることにしましょう。
メイキングの方は、型通り関係者へのインタビューやフィルハーモニーでの録音風景などが組み合わされた構成です。あいにく日本語字幕はありませんが、英語字幕を出しておけばほぼ理解はできます。そこで最も興味深かったのは、ランランの余裕たっぷりの振る舞いなどではなく、録音のプレイバックを聴きながら演奏家とスタッフがディスカッションしてそれをさらに現場にフィードバックする、という光景でした。これこそがセッション・レコーディングの醍醐味ですから、そこを重点的に紹介してくれたのにはうれしくなりました。
そこで、現場を仕切っていたプロデューサーが、クリストフ・フランケという人です。ベルリン・フィルでは、2009年ごろから「デジタル・コンサートホール」というライブ映像のネット配信事業を始めていますが、彼はそのプロデューサーなのですね。そして、エンジニアが、なんとTELDEX STUDIOSのルネ・メラーではありませんか。すごい人が参加していたんですね。映像でも、メラーはフランケの後ろに立っていました。実は、この二人は、2010年に録音され、もちろんEMIからリリースされたマーラーの2番のCDでも、すでにスタッフとしてクレジットされていました。その前のほぼ10年間は、EMI Classicsの副社長のスティーヴン・ジョーンズがずっとラトル盤のプロデュースをしていたのですから、もうその時点で制作はEMIの手を離れていたのですね。この映像でのラトルとフランケの親密な様子を見るにつけ、EMIの凋落ぶりを思い知らされます。ラトルのクレジットで、いまさら「appears courtesy of EMI Classics」とあるのが、なんとも白々しいですね。もうそんな名前の会社はどこにもないというのに。
映像を一通り見終わって、メニューからブルーレイ・オーディオを選択したら、モニターの画面が消えてしまいました。これは初めての経験、普通はきちんとガイドの画面が出るというのに、「おまけ」扱いもここまで来ると腹も立ちません。もちろん、その音は到底CDや、それまで聴いていた映像の圧縮された音声チャンネルとは別格の瑞々しさを持っていました。それは、プロコフィエフの冒頭のクラリネットの存在感が全く違っていることで実感できますし、ランランの爛々ときらめく変幻自在なタッチもより生々しく伝えるものでした。

BD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2013-11-21 20:07 | ピアノ | Comments(0)
GOUNOD/The Complete Works for Pedal Piano & Orchestra
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Roberto Prosseda(Ped.Pf)
Howard Shelley/
Orchestra della Svizzera Italiana
HYPERION/CDA67975




「ペダル・ピアノ」と言えば、以前にもこちらで、そんな楽器のために作られた作品のCDを聴いていました。あの時は、それらの作品が作られた時代に存在していた「本物」のペダル・ピアノを使って演奏されていましたね。その時の写真を見ると、普通のグランド・ピアノとはかなり違う形をしています。足元にオルガンと同じような足鍵盤(ペダル)があり、そこから操作される低音用のピアノ線が収納されているケースが、縦になって足元に設置されていました。もちろん、こんな楽器は19世紀の中ごろに現れて、すぐに消えてしまいますから、現在では同じ形の「新品」は存在してはいません。
HYPERIONレーベルの貴重なアンソロジー「The Romantic Piano Concerto」の最新アルバムで取り上げられていたのが、このペダル・ピアノを使ったグノーの作品でした。おそらく「アヴェ・マリア」やオペラの作曲家としての認識しかないシャルル・グノーは、こんなジャンルの作品も残していたのですね。もちろん、グノーもさっきのリンク先で登場する作曲家たちと同じ時代の人ですから、やはりあのエラールやプレイエルの楽器を使って演奏するためにそれらの曲を作ったのでしょうが、このアルバムでは、そのようなヒストリカルな楽器ではなく、「モダン楽器」としてのペダル・ピアノが用いられているという点が、まず注目されるのではないでしょうか。実際にロベルト・プロセダが演奏している楽器の写真が、これです。
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これは、スタインウェイのフル・コンサート・グランドの「D」タイプを2台、上下に並べた物です。下に置かれたスタインウェイは、脚を取り外してキャスターだけの状態、その上に、イタリアのオルガン製作者クラウディオ・ピンチが考案した「ペダル」がセットされています。そう、「ペダル・ピアノ」という名前から、ペダルの部分で演奏される音は本来のピアノよりも低い音であるかのように思いがちですが、ピアノはそれ自体でオルガンのペダルに相当する低音を出すことが出来るのですね。ですから、このピンチのペダル・システムでは、足鍵盤によって低い方の鍵盤を操作するだけのものなのです。ただ、鍵盤としてのペダルの数は37しかありません。これでは3オクターブしか出せませんが、実際には5オクターブ、低音寄りの61の鍵盤をこのペダルを使って操作することが出来るそうなのです。つまり、足鍵盤である「ペダル」のほかに、「ペダル」が3本付いていて、それでピアノの鍵盤にハンマーが当たる場所を1オクターブずつ移動させているのです。ですから、これはオルガンの「ペダル」というイメージではなく、連弾の時の第2奏者、みたいなものになるのでしょうね。
ここでの演奏を聴いてみても、そんな感じは伝わってきます。「ペダル」とは言っても要は同じピアノの低音部を弾いているだけなのですから、音色も全く一緒、特に1886年に作られた「協奏的組曲イ長調」の方は、独立してペダルのパートが聴こえてくることはほとんどありません。両手両足を使って一生懸命弾いていても、音を聴くだけではそれが報われない、ちょっと悲しい使われ方です。
しかし、1889年に作られた「ペダル・ピアノのための協奏曲変ホ長調」では、全然様子が変わって、ペダルのパートがきちんと別の声部に割り当てられて、ポリフォニックに扱われていますから、存分にその威力を聴きとることが出来ます。「ロシア国歌による幻想曲」では、テーマである、あの「1812年」にも登場するメロディが、絶対に両手だけでは弾けない豊かな低音を伴って披露されています。
グノーの曲自体は、まさにオペラのエッセンスが詰まった、カラッとした明るさ満載のキャッチーなものです。こんな楽しい曲で、ソリストが体全体で名人芸を披露してくれれば、パリのサロンはさぞや華やぐのーでしょうね。聴いていたマダムたちもうっとりだったことでしょう。

CD Artwork © Hyperion Records Limited
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by jurassic_oyaji | 2013-10-26 20:03 | ピアノ | Comments(0)
GERSHWIN/Piano Meets Percussion
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Johanna Gräbner, Veronika Trisko(Pf)
Flip Philipp, Thomas Schindl(Perc)
PREISER/PR 91226




外国のテレビドラマに登場しそうな「濃い」顔の人たちが並んでいるジャケット写真は、かなりインパクトがありますね。左端の人は「エイリアス」のジャック役のヴィクター・ガーバーそっくりですし、2人目は「デスパレートな妻たち」のリネット役、フェリシティ・ハフマンでしょうか。見てない人にとっては何の事か、ですね。すみません。
ジャケットを開くと、この4人がスプレーを吹き付けてバックの壁にピアノとドラムスのグラフィティを描いている、という設定であることが分かります。なんだか、とてもポップ。
ただ、彼ら自身はバリバリのクラシックのアーティスト、ヨハンナ・グレープナーとフェロニカ・トリスコというピアノの二人(女性)はともにオーストリア人、ウィーンを拠点にクラシックのデュオとして活躍していますし、フリップ・フィリップとトーマス・シンドルという打楽器の男性たちは二人ともウィーン交響楽団の打楽器パートの団員です。「死んどる」なんて縁起でもない名前ですが、もちろんウィーンの人はだれも気にしません。ただ、もう一人の「フリップ・フィリップ」というのは、いかにも芸名っぽい感じがしませんか?調べてみたら、本名は「フリードリヒ・フィリップ=ペゼンドルファー」といういかにもなお堅い名前でした。なんでも、彼はポップス関係の仕事(「くるり」がウィーンで録音したアルバムでは、ストリングス・アレンジで参加)もしているそうで、そんな関係でこんなポップな芸名を使っているのでしょう。そんな彼らがなんとガーシュウィンの名曲をこの編成で演奏しています。音楽の方はどれだけポップな仕上がりなのか、ちょっと期待してしまいます。
まずは、「パリのアメリカ人」。ここで、「打楽器」の中身が明らかになります。それはマリンバ、グロッケン、ヴィブラフォンといった「鍵盤打楽器」が大々的にフィーチャーされたものでした。つまり、ここではリズムだけではなく、メロディのかなりの部分を打楽器が担っているのですね。逆に、ピアノがリズムを担当してたりしていて、想像していたのとはまるで違ったサウンドが聴けるのには驚いてしまいました。中でも、ヴィブラフォンの雄弁さは光っています。うまい具合に音を伸ばすような弾き方をさせると、まるで管楽器のような味が出てくるのですね。この曲は、オーケストラとはまた違ったアプローチで、楽しさを見せてくれています。
「ラプソディ・イン・ブルー」では、グレープナー(リネットに似た方)がソロ・パートを担当しています。あまりソリストっぽくない繊細なタッチで迫りますが、そのプレイはあくまで華麗、よくあるジャズ風に崩したような弾き方はせずに、格調高く迫ります。ところが、そこに打楽器群が加わると、なんとも不思議な雰囲気が漂います。それは、同じジャズでもガーシュウィンの時代のジャズではなく、もっと後の時代、いわゆる「モダン・ジャズ」と言われるあたりのものととてもよく似たテイストが生まれているのですよ。おそらく、ヴィブラフォンの独特の味が、そんな雰囲気を作るのにかなりの寄与をしているのではないでしょうか。そうなると、ガーシュウィンがとっても「新しい」ものに感じられてくるから不思議です。
最後の「ピアノ・コンチェルト・インF」では、トリスコ(こちらは「SATC」のキャリーでしょうか)がソリスト担当。彼女はさらに繊細なピアノで、正直あまり魅力のないこの曲から、思いもよらなかったような「クラシカル」な面を発見させてくれます。特に、今までは退屈だとしか思えなかった第2楽章では、いたるところでまるでドビュッシーのような響きが聴こえてくるではありませんか。もしかしたら、ガーシュウィンは自分のへたくそなオーケストレーションで、この曲の魅力を台無しにしていたのかもしれませんね。

CD Artwork © Preiser Records
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by jurassic_oyaji | 2013-07-12 20:42 | ピアノ | Comments(0)
WAGNER/Complete Piano Music
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Pier Paolo Vincenzi(Pf)
BRILLIANT/94450




少し前に「いくらワーグナー・イヤーでも、彼の全作品を録音するレーベルはないだろう」みたいなことを書きましたが、実はそれに近い動きはあったのですね。そうですよ、いくらCD不況だからって、そんなレアなものを出してワーグナーの布教を行う機会は、今を逃すと当分ありませんからね。
ということで、ピアノ曲に限ってのことですが、現存する全作品を録音したものが同じ時期に2種類もリリースされてしまいました。一つはDYNAMICからのダリオ・ボヌチェッリの演奏、そしてもう一つが、このヴィンチェンツィのものです。「全作品」と言っても、時間にしたら「ラインの黄金」1曲よりも短いものですから、CDに目いっぱい収録すれば2枚に収まってしまいます。それが、このBRILLIANTではDYNAMICの三分の一の値段で買えるのですから、なんと言ってもお買い得、しかも2012年の5月の最新録音ですし、使っている楽器はFAZIOLIF278なのですから、何の問題もありません。
ワーグナーのピアノ作品は、このアルバムの場合は全部で15曲収録されていますが、おそらくそれですべてを網羅しているのでしょう。ごく初期に作られたピアノソナタもあるようですが、それらは楽譜が散逸してしまっているようですし。
現存する「ソナタ」で最も早い時期の作品は、演奏に30分近くかかる4楽章のソナタ(変ロ長調 WWV21)です。1831年に完成していますから、ワーグナーは18歳ぐらいでしょうか。ベートーヴェンあたりの様式を巧みに取り入れた大作ですが、いかにも修行中の習作といった感じがミエミエのほほえましいものです。まるで交響曲のような楽章構成で、第3楽章はメヌエットになっていますが、その教科書通りの楽想には思わず笑いたくなってしまうほどです。なんと素直な音楽なのでしょう。
この時期には、WWV22とされている「幻想曲嬰ヘ短調」という、やはり30分近くの曲が作られています。これは、構成はソナタよりも自由な、めまぐるしく楽想が変わる作品ですが、モティーフや和声はいともオーソドックスな、その時代の様式がそのまま反映されたものです。
ところが、翌1932年に作られたイ長調の「大ソナタ」(WWV26)になると、いきなり音楽としての成熟度が増しているのに驚かされます。前のソナタがベートーヴェンの初期の模倣だとすれば、これは同じベートーヴェンでも後期のような充実ぶり、たった1年で、交響曲で言えば「1番」から「9番」までのレベルに到達してしまうほどの「進歩」を遂げているのですね。やはり、ワーグナーはただの女たらしではなかったんですね。
このソナタの最後の楽章は、Maestosoの堂々たる序奏に続いて、まるでウェーバーのような軽やかなテーマが登場するAllegroとなるのですが、実は、最初の構想ではこの間にフーガの部分がありました。出版の際にはそれは削除されたのですが、このCDにはその「フーガ付き」のバージョンも別に「おまけ」で演奏されています(これは、DYNAMIC盤にも入っています)。それは、出だしこそ「マイスタージンガー」になんとなく似ているテーマによる4声の堂々たるフーガですが、途中からポリフォニーではなくなっているので、やはり公にしない方が正解のような気はしますが。
こんな曲を作っていた若者が、それから四半世紀も経って「トリスタン」を作るころになると、全く彼独自の和声の世界を手に入れることになるのですから、驚きはさらに募ります。その時期の作風が反映されているのが、ヴィスコンティの「ルートヴィヒ」に使われて(オーケストラ版)有名になった「エレジー変イ長調 WWV93」です。
この時代の作曲家は、このように生涯をかけて新しい音楽、つまり、より複雑な音楽を作ることを目指していました。しかし、いつしかそれは行き場を失った結果、たとえばペンデレツキのような現代の作曲家は、逆に生涯をかけてよりシンプルな音楽を作るようになっているのですから、面白いものです。

CD Artwork © Brilliant Classics
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by jurassic_oyaji | 2013-06-16 20:17 | ピアノ | Comments(0)
MOZART/Piano Concertos Nos. 20 & 21
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Arthur Schoonderwoerd(Fortepiano)
Cristofori
ACCENT/ACC 24265




アルテュール・スホーンデルヴルトという、一度言われただけでは絶対に頭に入らない名前のオランダのフォルテピアノ奏者は、数年前ベートーヴェンのピアノ協奏曲を全部「1パート1人」という編成のオーケストラ(?)をバックに録音して、話題になりましたね(レーベルはALPHA)。さすがにベートーヴェンではオーケストラだけの部分ではあまりにしょぼ過ぎる音でちょっと無理があるように感じられましたが、今回はレーベルをACCENTに移して、モーツァルトの協奏曲を録音してくれました。これは、とても素晴らしい演奏、そして録音です。確かに春への一歩を踏み出そうとしている、まさに今の季節にぴったりの爽やかな印象を与えてくれるものでしたよ。
使われている楽器は1782年のアントン・ワルターのコピーということですが、まずこの音の素晴らしさに惹きつけられてしまいました。「20番」のイントロでは楽譜にある低音だけではなく右手のコードまでしっかり弾いているのですが、その音がとてもすっきりしているのです。フォルテピアノ特有の、ちょっと鈍目のアタックではなく、まるでチェンバロのようなくっきりとした音の立ち上がりなのですね。そして、そのままの音でソロが登場するわけですが、裸になって現れたその楽器の音は、録音会場であるブザンソンのノートル・ダム教会の豊かなアコースティックスにも助けられて、倍音成分がまるで高い天井に昇っていくような魅力的な響きを放っていたのです。常々フォルテピアノを聴くときには、まるでホンキー・トンク・ピアノのような濁った響きがいつもつきまとっていて、なにかこの楽器に「不完全さ」を感じていたものでした。しかし、それはまさに今まで「不完全」な状態の楽器しか聴いたことがなかったことを、この「完全に」チューニングが行われている楽器を体験して、初めて知るのでした。これは、なんという魅力的な楽器だったのでしょう。
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もう一つ、このCDで初めて知ったことがありました。スホーンデルヴルトが指揮も行っているこの「クリストフォリ」というアンサンブルは、写真のようにフォルテピアノのまわりを取り囲んでみんな立ったままで演奏しています。そして、ベートーヴェンの時と同じように「1パート1人」のはずが、なぜかヴィオラだけ「2人」の奏者がいます。なぜだろうとスコアを見ると、確かに「第1ヴィオラ」と「第2ヴィオラ」の2つのパートに分かれているではありませんか。交響曲でも、「32番(K318)」から「38番(K504)」の間は、全て「Viola I,II」という表記なんですね。この2曲の協奏曲はK466-467ですから、ちょうどこの間のものです。この時代に弦のパートが「6部」になっていたなんて、知ってました?
この写真で分かるとおり、これは「協奏曲」というよりはちょっと大きめのアンサンブルという感じで、お互いに相手を聴きながら演奏が進んでいきます。「20番」の第1楽章などは、ソロが出るところは完全にビート感による拘束がなくなり、フォルテピアノは思う存分に歌い上げてくれます。こういう自由さが思う存分発揮されて、今まで聴いてきたのとは全く違ったモーツァルトの世界が拡がります。もちろん第2楽章のフォルテピアノは、装飾満載、アルペジオを多用したかわいいフレーズが、とってもキャッチーです。そして、第3楽章のユルさには、思わず「やられた」という感じですね。この楽章でこれほど和むことが出来るなんて。
弦楽器が1本ずつでも、なんの違和感もありません。盛り上がるところでは、しっかり金管やティンパニが助けてくれますしね。それよりも、「21番」の第2楽章で、あの素敵なテーマがヴァイオリン・ソロで歌われるときの、なんと美しいことでしょう。
ACCENT(アクサン)ではこのアルバムを皮切りに、全集の完成を目指しているのだそうです。こんな驚きがもっとタクサン味わえるなんて、本当に楽しみです。

CD Artwork © Accent
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by jurassic_oyaji | 2012-03-12 20:52 | ピアノ | Comments(0)
The Red Piano
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Yundi(Pf)
Chen Zuohuang/
China NCPA Concert Hall Orchestra
EMI/0 88658 2




2000年のショパン・コンクールで優勝した中国出身のピアニスト、ユンディ・リは、鳴り物入りでDGの専属アーティストに迎えられ、何枚かのアルバムをリリースしていましたが、2010年からはEMIに移籍、アーティスト名もただの「ユンディ」となっていました(ユンディと呼んで)。でも、せっかくEMIに来たというのに、そこがDGの親会社であるユニバーサルに買収されてしまったのですから、移籍の意味がありませんね。
とりあえず、EMIからの3枚目となるアルバムでは、それまでのショパン路線からガラリと変わって、なんと「ピアノ協奏曲『黄河』」などというとんでもない曲と、中国の伝承歌をアレンジしたもののカップリングという、「中国路線」になっていました。ほんの数年前には、彼のライバル(?)であるラン・ラン(この人がEMIに来ると「ラン」になるのでしょうか)が、やはり「黄河」をメインにした同じようなアルバムを出していましが、これが中国のアーティストのトレンドなのでしょうか。
ピアノ協奏曲「黄河」と言えば、ほぼ半世紀近く前の中国での「プロレタリア文化大革命」との関連なしには語れない、と思っている人は、もはや少なくなってしまっているのかもしれません。この作品が1973年に初めて「西側」のアーティストによって録音された時には、作曲家の名前すら表記されることはなく、ただ「中央楽団集団創作」となっていました。「紅衛兵」によって「自己批判」を強いられた文化人が多かった中で、なんとも「プロレタリアート」的な作曲のされ方に、言いようのない嫌悪感を抱いたものでした。実際、最後の楽章では毛沢東賛歌である「東方紅」や、なんと「インターナショナル」までが引用されているのですからね。
しかし、今回のCDでは、この曲にはしっかり「洗星海が作曲した『黄河カンタータ』をもとに、殷承宗、触望?、盛禮洪、劉荘が編曲」と、ある程度の個人名が表記されたクレジットがあるので、一応「作品」としての体裁は整っているように見えてしまいます。とは言っても、「元ネタ」である1939年に作られたカンタータは、日本軍の中国侵略に対する抵抗の意味が生々しく込められた曲なのですから、そもそも「芸術的」なモチベーションは二の次、といったイメージはぬぐえません。
ところが、そんな怪しげな作品を、ユンディくんとこの「中国国家大劇院コンサートホール管弦楽団」は、いとも誇らしげに演奏しているのですね。実は、我々にとっては「ゲテモノ」に思われてしまうようなこの作品は、1969年に作曲された時から、まさに中国の近代化を象徴するような「名曲」として、多くの国民に親しまれてきたものなのですね。例えば、編曲者に名を連ねている、初演の時のピアニスト、殷承宗は、中国国内だけではなく、MARCO POLO(現在はNAXOSに移行)などというインターナショナルなレーベルにまでこの曲の録音を行っています。
そして、この正体不明のオーケストラは、紛れもない「西洋音楽」の音を出していました。そこに、ショパン・コンクール・ウィナーが加わるのですから、演奏自体は「西洋音楽」そのものです。終楽章でしつこく繰り返される変奏曲のテーマも、まるでラジオ体操のように元気が良いだけ、と思っていると、テーマの後半がまるでマーラーの交響曲第1番の第3楽章のテーマのようには聴こえてはきませんか?
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この曲のオーケストレーションは、普通の2管編成に、フルート奏者の持ち替えで「竹笛」が加わるほか、オプションで「琵琶」が入ることがあります。1973年のオーマンディ盤(↑)では、その琵琶はまさに「中国」をしっかり演出していましたが、今回の録音には用いられてはいません。確かに、ここにそんなものが入ってしまったら、せっかくの「西洋音楽」が台無しです。なんたって、このアルバムのターゲットは全世界なのですから。

CD Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-02-20 21:07 | ピアノ | Comments(0)
GERSHWIN/Rhapsody in Blue, BERNSTEIN/West Side Story
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Katia & Marielle Labèque
KML/KML 1121




ともに還暦を過ぎてもとびきりの美貌とお色気を保ちながら演奏活動を続けているラベック姉妹を見ていると、やはり同じような年齢で若い頃と変わらないお色気を振りまいているデュオ、「ピンク・レディ」を、つい思い浮かべてしまいます。彼女たちが若さを保っているのは、いったいどんな魔法を使ったからなのでしょう。
ピンク・レディがもっぱら昔のヒット曲を歌っているように、ラベック姉妹もかつて録音していたものを新たに録音し直す、ということで、昔からのファンを喜ばせているように見えます。今回の新録音、あいにく正確な録音データはどこにもないので、いつ演奏されたのかは知る由もありませんが、「ラプソディ・イン・ブルー」にしても「ウェストサイド・ストーリー」にしても、1980年頃に一度録音されていたものです。
「ラプソディ・イン・ブルー」を、1980年の録音と今回のものを比べてみると、その間には大きな「成長」のあとを見いだすことが出来るはずです。旧録音では、若々しい感情にまかせて、それまでのクラシックの演奏家がためらっていたような大胆な表現を軽々と持ち込んだことがはっきり感じられます。例えば、楽譜では八分音符が並んでいるようフレーズを、ことさら「ジャズ」を意識して付点音符で「スウィング」して演奏する、といったようなところです。それは、もちろん全ての部分でその様なことをやっているのではなく、ごく限られたところで、極めて印象的に、場合によってはかなりあざとく「違い」を強調しているものでした。
しかし、新録音では、その様な部分的なサプライズは全くなくなっています。その代わりに、曲全体に渡ってほんのわずかだけ前の音を長目に演奏するという、極めて精密かつアバウトなことを行っているのですよ。その結果、この曲からは、決してこれ見よがしではないほのかな「スウィング感」が漂うようになりました。小手先だけの技巧ではなく、もっと深いところでこの作品の「ジャズ」としての本質を表現するすべを、彼女たちは手に入れたのでしょう。
「ウェストサイド・ストーリー」に関しては、この録音の2台ピアノと打楽器のための編曲を行ったのがアーウィン・コスタルだという点が、興味を引きます。あいにく前回の録音を聴いたことはありませんから、その時と同じものなのかは確かめようがないのですが、コスタルは1994年に亡くなっていますから、今回の録音のための編曲ではあり得ません。おそらく、かなり以前に彼女らのために作られた編曲なのではないでしょうか。
コスタルといえば、シド・ラミンとともに、この名作ミュージカルのオーケストレーターとして知られている人です。いわば、サウンド面でこの作品に寄与していた人物、彼の編曲であれば、この編成でもオリジナルの持つグルーヴがそのまま反映されたものに仕上がっているはず、ただの「仮装」で終わるわけはありません(それは「コスプレ」)。確かに、「プロローグ」などは、口笛の導入から始まる歯切れのよいピアノが、まさにオリジナルそのものでした。次の「ジェット・ソング」では、いきなり4ビートのジャジーな仕上がりで戸惑ってしまいますが、それ以降は期待を裏切らない出来になっています。面白いのは、こういうバージョンで聴いてみると、バーンスタインの音楽は歌詞がなくてもしっかり作品としての完成度が保たれているのが分かる、ということです。これは、先日のBDで、ソンドハイムが「バーンスタインの曲は、あくまでインストとして完結している」と語っていたことと見事に符合します。
ジャケットが、映画版の「ウェストサイド・ストーリー」のエンド・タイトルに呼応したものになっているのも、楽しめます。こちらはスプレー・アートによるグラフィティ風のデザイン、「半世紀後」の「ウェストサイド」です。

CD Artwork © KML Recordings
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by jurassic_oyaji | 2011-12-12 21:12 | ピアノ | Comments(0)