おやぢの部屋2
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カテゴリ:オーケストラ( 470 )
MENDELSSOHN/Symphonien Nr.4, Nr.5
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Ola Rudner/
Württembergische Philharmonie Reutlingen
ARS PRODUKTION/ARS 38 111(hybrid SACD)


メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」と第5番「宗教改革」という、なんの変哲もない名曲アルバムなのですが、いずれの曲も普通に使われているものとは違った楽譜によって演奏されているという興味深いSACDです。ただ、これは2012年頃にリリースされたもので、人に教えられてこれを知った時には、もはや入手困難な商品になっていました。
「4番」の楽譜に関しては、今でこそ1833年に作られた、現在普通に演奏されているものが「第1稿」で、翌1834年にそれの第2楽章から第4楽章まで改訂を行った楽譜が「第2稿」であることがはっきりしていますが、ちょっと前まではかなりの混乱がありました。「第2稿」の自筆稿は、1878年からプロイセンの国立図書館に保存されていたのですが、研究者はほとんど関心を示していませんでした。それを、1960年に、「これは、『交響曲第4番』の初期の楽譜だ」と主張する学者が現れたため、それを真に受けた様々な資料が出回ることになりました(1998年に世界で初めてこの楽譜で録音したガーディナーの国内盤の解説とか)。結局、1997年にファクシミリ、2001年にジョン・マイケル・クーパーの校訂による楽譜が出版されて、それが「未完の『改訂稿』」(=第2稿)だということが明らかになったのです。2010年には、トマス・シュミット=ベステの校訂で、ブライトコプフ&ヘルテルから、新全集のコンテンツとしても出版されています。
第1楽章は改訂されていなかったので、それはそのまま「第1稿」を使って、第2楽章以下が「第2稿」で演奏されるため、これは「1833/34年稿」とも呼ばれます。
「5番」の方は、こちらでご紹介したクリストファー・ホグウッド校訂のベーレンライター版が2009年に出版されています。これは、この1冊で「第1稿」と「第2稿」がともに手に入るというお買い得な編集になっていますし、ホグウッドが修復をあきらめた「第1稿」の第4楽章のソースも、楽譜やファクシミリで掲載されています。こちらは「第2稿」の方が普通に演奏されているものになりますね。
1953年生まれ、パガニーニ・コンクールの入賞者で、ヴァイオリニストとしてソリスト、コンサートマスターと華々しい活躍をしていたスウェーデンの指揮者、オーラ・ルードナーが、2008年から首席指揮者を務めるロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルを率いて、メンデルスゾーンのこの2つの交響曲の録音を行ったのは、「4番」が2009年の7月28-29日、「5番」が2009年の4月14-15日のことでした。ブックレットによれば、「4番」は「1833/34 version」、「5番」は「The Bärenreiter Urtext edition by Christopher Hogwood, published in February 2009, was used instead. Ola Rudner decided to use the 1830 facsimile of the very first ending of the symphony for this recording.」によって演奏されたとなっています。「instead」というのは、別の原典版がこの時点ではまだ完成していなかったため、代わりにこのような措置を取った、ということです。
したがって、これは「5番」の「第1稿」の世界初録音(リンクにあるCOVIELLO盤は2009年4月21日以降の録音)、さらに「4番」の「第2稿」とカップリングされたものとしても世界初になるはずです。
その上、「5番」で「ファクシミリによる最初のエンディング」を商用メディアとしてリリースしたものもこれが初めてのものだったのではないでしょうか。最後の「神はわがやぐら」のコラールがなくなってしまっているのですから、初めて聴いた人はびっくりしてしまうことでしょう。ホームレスの歌はどこに?(それは「カフェはわがねぐら」)。
もう一つの相違点は、そのコラールで始まる終楽章に入る前に、フルート・ソロによる長大なカデンツァが入っていることです。ここでのフルート奏者は、そのソロは立派に吹いているものの、「4番」も含めてトゥッティになると、もっとフルートが聴こえてもいいのに、と思ってしまうような人でした。そのように感じたのは、DSDだった音源をNMLのAACというしょぼい音で聴いたからなのかもしれません。でも、ティンパニのモヤモヤとした音は、元々のものなのでしょう。

SACD Artwork © Arte Produktion

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by jurassic_oyaji | 2017-09-12 22:48 | オーケストラ | Comments(0)
SHOSTAKOVICH/Syphony No.7 "Leningrad"
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Andris Nelsons/
City of Birmingham Symphony Orchestra
ORFEO/C 852 121 A(hybrid SACD)


我々消費者が入手する輸入CDの中には、ストアが直接輸入しているアイテムもなくはありませんが、ほとんどのものは専門のCD輸入業者というものがいて、そういうストアは、そこを通して品物を入手しています。ですから、どんなストアの店頭にも、同じような新譜が並んでいるはずです。
最近では、そういうリアル・ストアではなく、ほとんどネット通販で購入するようになっていますから、新譜に関しては、そういう輸入業者がストア向けに送っているアイテムの情報がネットには掲載されますから、それを頼りに目星をつけて購入することになります。
ただ、レーベルによってはそのような輸入業者が、ある日突然に別の業者に変わってしまうことがあります。ふしだらな女性が離婚してすぐ再婚するようなものですね。もちろん、そんな恥ずかしいことはあまり大っぴらにはしないものですから、そんな業者の変更も消費者には知らされることはなく、買ってみたらいつの間にか別のパートナーになっていた、と気づくだけのことです。
今回のORFEOレーベルもそんな感じで、ごく最近輸入業者が変わっています。この、ネルソンスが指揮をした「レニングラード」は、その「前のパートナー」の時、2012年にリリースされたものでした。それを引き継いだ「新しいパートナー」は、ネルソンスがもうすぐボストン交響楽団と来日することに目を付けて、それに絡んでひと儲けしようと、こんな昔のアイテムをもう1度リリースしようとしました。ただ、それだけでは何のインパクトもないので、SACDで発売するために、わざわざ日本での販売だけのためにレーベルに新たにハイブリッドSACDを作ってもらったのだそうです。そんなに売れる見込みがあるのでしょうか。まあ、日本のファンは音にうるさい人が多いので、それなりの需要があるのでしょう。
ただ、それが「本物」のSACDであるかどうかというチェックは必要です。実際に、かなりの大レーベルでも、オリジナルの録音はCDのフォーマットだったものを、見かけだけハイレゾ風にアップ・サンプリングを行って、平気でSACDとして販売しているところがありますからね。
そこで、前のCDは持ってなかったので、今回のSACDのCD層とSACD層を聴き比べてみました。確かに、弦楽器のトゥッティの音は、SACDの方がよりテクスチャーがはっきり感じられるものになっていますし、高音も無理なく伸びていますから、CDとははっきり異なっていることが分かります。ひとまず、きちんとしたハイレゾ音源が提供されていることだけは確かなのではないでしょうか。少なくとも、これを聴いてCD特有の余裕のない音にストレスを感じることはありません。ただ、これはあくまで個人的な感想ですから、ブックレットに正確な録音フォーマットが記載されていない限り、真実は闇の中であることに変わりはありません。
現在ではボストン交響楽団とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団という、2つの超Aクラスのオーケストラのシェフとなって、いわば指揮者としての頂点を極めた感のあるネルソンスですが、これが録音された2011年当時は、サイモン・ラトルという超大物が去ったあとのバーミンガム市交響楽団を引き継いだ2人目の無名の指揮者(1人目はサカリ・オラモ)という程度の認識しかなかったのではないでしょうか。そんな時に彼が見せたショスタコーヴィチの解釈は、なんとしても自己の存在を強烈に印象付けたいという若者の気負いがこもったものでした。彼は、第1楽章の延々と続く同じテーマの繰り返しを、すでにその時点で「おふざけ」として聴かせようとしています。それは、バルトークが行った挑発(それこそが、ショスタコーヴィチが仕掛けた挑発だったはず)を真に受けた、愚かな行動です。
輸入業者の思惑とは違って、この新装なったSACDは、よりクリアな音でそんな「若気の至り」の傷口に擦り込まれた塩のようなものになっていました(どうでしお?)。

SACD Artwork © ORFEO International Music GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-09-09 22:19 | オーケストラ | Comments(0)
WAGNER/Der Ring ohne Worte
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Hansjörg Albrecht/
Staatskaoelle Weimar
OEHMS/OC1872


かつてはこのレーベルからバッハのオルガン曲や、オルガンのために編曲されたさまざまな作曲家の曲をリリースしていたオルガニストのハンスイェルク・アルブレヒトは、いつの間にかミュンヘン・バッハ管弦楽団の指揮者になっていましたが、さらに最近では普通のシンフォニー・オーケストラも指揮する、「普通の」指揮者にもなっていましたね。なんでも、今ではモーツァルトのオペラの指揮まで行っているそうですから、その才能はもはやオルガンにはとどまらない広範なジャンルへと及んでいるのでしょうね。
ですから、今回ワーグナーの「指環」の全曲を収録したアルバムが出ても、別に意外な感じはありませんでした。まあ、なるべくしてなった当然の帰結だ、と思いましたね。ただ、「指環」のアルバムなのに1枚しか入ってなかったので、変だと思ってタイトルをよく見てみたら、「Der Ring des Nibelungen」ではなく「Der Ring ohne Worte」、「Der Ring」までは同じですが、そのあとが違ってます。そう、これは前にも聴いたことのある、「言葉のない『指環』」という、指揮者のロリン・マゼールが作った「ハイライト版」でした。これはマゼールが自分で演奏するために作った版なのでしょうから、よもや他の指揮者が指揮をするというケースなどありえないと思っていたのですが、それをアルブレヒトがやってしまったんですね。
ですから、本来だとCDでは14枚ぐらい必要なものが、たった1枚に圧縮されてしまいました。ところが、なぜか日本の代理店が貼付したバーコードでは「2枚組」となっていますね。
確か、マゼールのBDでは演奏時間は「83分」もありましたから、これを作った人は、まさか、この曲がCD1枚に収まるとは思っていなかったのかもしれませんが、現物はそれより10分も短くなっていましたから、楽々1枚に収まっていたのでした。別にマゼール版をカットしたような形跡は見られませんでしたから、これは単に全体のテンポが速かったからなのでしょう。
ただ、部分的に比較してみると、中にはマゼールの方が速いところもありました。しかし、「ワルキューレ」の「ヴォータンの別れ」のシーンや、「神々の黄昏」の「ジークフリートの葬送行進曲」といったゆったりしたところでは、アルブレヒトがかなりあっさり目に演奏しています。おそらく、マゼールの演奏では、テンポの変化を際立たせるように、速いところはより速く、遅いところはより遅くと、大きな起伏を作っていたのでしょう。
ですから、マゼールを聴いた後にこのアルブレヒトの演奏を聴くと、なんかのっぺりとしていて、その中に入って興奮したり、しっとりした情感を味わったり、ということが出来にくくなっているのではないでしょうか。それと、どちらもライブ録音なのですが、今回のワイマール・シュターツカペレの場合は、金管楽器が終わりごろになると明らかにばてているような感じになっています。彼らは通常はオペラのピットに入っているオーケストラですから、それこそ「指環」全曲を演奏したことだってあるのでしょうが、やはりオペラの中で休み休み吹いているのと、このマゼール版のように最初から最後まで全力で吹きっぱなしというのでは、スタミナの配分が違うのでしょうね。その点、BDのベルリン・フィルは決して途中で力がなくなることはありませんでした。
なんせ、超短縮版ですから、この曲だけで物語のあらすじをたどろうというのは無理な話です。今回改めてその「編曲」の実態を調べてみると、最後の「神々の黄昏」だけで半分近くの時間を費やしていることが分かりました。ですから、「ワルキューレ」などは15分しか時間がもらえてませんし、その中でも第1幕はたった4分で終わってしまいます。ジークムントとジークリンデは1分ちょっと経って出会うのですから、彼らは愛の語らいもそこそこに、その3分後にはベッドインしているということになりますね。なんという早さ。丸亀製麺みたい(それは「イートイン」)。

CD Artwork © Deutschelandradio/OehmsClassics Musikproduktion GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-09-07 21:18 | オーケストラ | Comments(0)
IRELAND/Music for String Orchestra
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Raphael Wallfisch(Vc)
David Curtis/
Orchestra of the Swan
NAXOS/8.571372


イギリスの作曲家、ジョン・アイアランドって知ってますか?スーパーヒーローじゃないですよ(それは「アイアンマン」)。先日、さるアマチュア・オーケストラの飲み会でその名前が出た時に、彼のことを知っていた人は20人ほどの出席者の中に3人ぐらいしかいませんでしたね。
ジョン・ニコルソン・アイアランドは、1879年に生まれて、1962年に亡くなっています。ですから、年代的にはヴォーン・ウィリアムズ(1872年生まれ)やホルスト(1874年生まれ)といった作曲家と近い世代になります。王立音楽院(RCM)で学びますが、のちに母校で教鞭を執ることになり、ベンジャミン・ブリテンが彼の生徒となっていたりします。
ただ、彼の作風は、いわゆる「イギリス風」というものとは少し違っているのだそうです。彼は、フランスの印象派やバルトーク、ストラヴィンスキーといった作曲家にも興味を示していて、その影響は作品の中に見られると言われています。それでいて、なにかとても洗練された味わいが感じられるのが、彼のアイデンティティなのだとか。
そんな作曲家の作品ばかりを集めたアルバムが、なぜか手元にありました。1年以上前にリリース(録音は2015年)されたものですが、おそらく誰かから譲り受けたものなのかもしれません。その存在自体、すっかり忘れていたものが、それが、もうすぐ、所属する団体がこの中にある曲を演奏することになったとたん、未聴CDの山の中から顔を出したのですから、何か不思議な力が働いているような気がしてなりません。
このジャケットにある作曲家のイラストは、彼の写真を元に描かれたものなのでしょうが、その、日本の作曲家Nさんにとてもよく似た顔立ちは、そのNさんと同じように、なにか育ちの良さと、それとは裏腹に何かびっくりさせれられるような「秘密」を抱えているように見えてしまいます。
このアルバムは、アイアランドの弦楽オーケストラのための作品を集めたものです。ただ、ここで演奏されているものは、すべてオリジナルは別の形だったものが、弦楽合奏、あるいは弦楽合奏とチェロ独奏のために編曲されているのです。ですから、ほとんどはこれが世界初録音となります。ただ、最後の「牧草地組曲」だけは、何種類かの録音が出ています。でも、それらはすべてイギリスの演奏家によるものですから、レアな曲目であることに変わりはありません。
最初に演奏されているのは、1923年に作られた「チェロとピアノのためのソナタ」をチェロと弦楽合奏のために編曲したものです。3楽章から成る堂々たるソナタで、かなり骨太なダイナミックさが感じられる作品です。その中に、フランス風のテンション・コードや、哀愁を帯びたテーマが現れます。
そのあとには小品が6曲続きますが、後半の3曲はヴァイオリンとピアノのための作品だったものを、チェロと弦楽合奏に編曲したものです。これらはかなり若いころ、1902年から1911年にかけて作られていますが、軽快なたたずまいはまるでルロイ・アンダーソンの一連の作品のようなテイストを持っています。中には、それこそイギリスの作曲家エルガーの代表作、「愛のあいさつ」を思い起こされるようなものもありました。
そして、最後が4つの曲から成る「牧草地組曲」です。そもそもは1932年に、ブラスバンドのコンテストのための課題曲として作られたものですが、そのうちの2曲目の「エレジー」と3曲目「メヌエット」が、作曲家自身の手によって弦楽合奏に編曲され、残りの2曲が彼の死後、弟子のジェフリー・ブッシュによって同じ編成の曲に仕上げられています。「エレジー」は、まるでマーラーの「アダージェット」のような息の長い美しいメロディを持つ、情感深い作品です。これが吹奏楽のために作られたものだとは、信じられないほどです。「メヌエット」は、とても都会的で上品な佳曲、オーケストラのアンコール・ピースなどには最適なのではないでしょうか。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-08-29 22:29 | オーケストラ | Comments(0)
GADE/Symphonies Nos. 3 & 4
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新田ユリ/
愛知室内オーケストラ
AICHI CHAMBER ORCHESTRA/ACO-001, 002


今年、2017年は、デンマークの作曲家ニルス・ウィルヘルム・ゲーゼが生まれてから200年という記念の年です。しかし、例えばバッハやモーツァルトの記念年のように盛大にお祝いされるということが無いのは、ひとえにこの作曲家が一般の人にはほとんど知られていないからです。なんせ、名前すら最近でこそきちんと「ゲーゼ」と呼ばれるようになっていますが、少し前までは「ガーデ」とか、もっとひどいのは「ガーゼ」でしたからね。お前は救急箱か。
つまり、ゲーゼさんは1817年に生まれたことになります。時代的にはメンデルスゾーン(1809年)やシューマン(1810年)といった有名なロマン派の作曲家と同時代、ということですね。
実際、ゲーゼはメンデルスゾーンとは深い関係にあって、1842年に作られた彼の「交響曲第1番」をライプツィヒで初演してくれたのは、ほかならぬメンデルスゾーンだったのです。ゲーゼはそのままライプツィヒへ赴いてメンデルスゾーンの弟子となり、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の副指揮者として1845年には、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」の初演の指揮を任されるほどになります(この時、本来指揮をするはずだったメンデルスゾーンは、体調不良でした)。さらに1847年にメンデルスゾーンが亡くなると、その首席指揮者のポストを引き継ぎました。しかし、1848年にデンマークとプロイセンとの戦争が勃発したために、ゲーゼはデンマークに戻ります。それ以後は、故国の音楽発展に寄与、さらにニルセン、ノルウェーのグリーグといった、多くの北欧の作曲家を育て、「北欧音楽の父」とも呼ばれています。
彼の交響曲は、全部で8曲あります。いずれも演奏時間は20分から30分のもので、古典的な4楽章形式をとっていますが、「5番」だけにはソロ・ピアノが加わっているのがちょっとユニークなところでしょうか。
今までに、その8曲全部が録音されたセットは、おそらく3種類あります。それは、1980年代のネーメ・ヤルヴィ指揮のストックホルム・シンフォニエッタ(BIS)、1990年代のミハエル・シェンヴァント指揮のコペンハーゲン・コレギウム・ムジクム(DACAPO)、そして2000年代のクリストファー・ホグウッド指揮のデンマーク国立放送交響楽団(CHANDOS)です。
そこに、史上4番目の交響曲ツィクルスを目指して、新田ユリさんと愛知室内オーケストラとの録音のリリースがスタートしました。新田さんは、かつてフィンランドでオスモ・ヴァンスカの薫陶を受け、現在は日本シベリウス協会の会長を務められているというまさにシベリウスのスペシャリストですが、シベリウスだけには限らない、北欧音楽全般に対する広範な視野をお持ちになっている方です。その一端はこちらの著書に反映されています。
新田さんは2015年にこのオーケストラの常任指揮者に就任されましたが、その就任記念演奏会として2月27日に開催された第14回定期演奏会で演奏されたのが、「交響曲第3番」(ACO-001)です。さらに、就任前の2012年9月28日の第11回定期演奏会で演奏されたのが「交響曲第4番」(ACO-002)です。
先ほどの書籍の中では、新田さんは「正直なところ『第1番』と『第8番』の間に、大きな変化は見られない...8曲とも同じような色合いに聞こえてしまう」と書かれていますが、どうしてどうして、「3番」の持つまるでチャイコフスキーのような哀愁、そして「4番」が醸し出すとても甘美で上品なテイスト、それらはこの録音ではそれぞれに印象深く伝わってきます。
ただ、これはCDではなく、NML、Spotify、iTunesなどでの配信によるリリースで、品番もそれらのアートワークのものです。ですから、音源はAACレベルで、ちょっと物足りないところはあります。ハイレゾでの配信は期待出来るのでしょうか。それとも、裏切られる?(それは「背信」)。
今年3月の第18回定期演奏会では、「交響曲第1番」が演奏されました。この堅実な歩みが続きますように。

AAC Artwork © Aichi Chamber Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2017-08-17 20:54 | オーケストラ | Comments(0)
DVOŘÁK/Symphony No.9
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Kevin John Edusei/
Chineke! Orchestra
SIGNUM/SIGCD515


「チネケ! オーケストラ」という、聴きなれない名前のオーケストラのデビュー・アルバムです。熱血漢が集まっているのでしょうか(それは「血の気」)。
最初、このジャケットを見た時には、この10人ぐらいのメンバーだけで「新世界」などを演奏しているのかな、と思ってしまいました。実は普通の編成のシンフォニー・オーケストラだったんですね。ブックレットにはメンバー表もありますが、きっちり14型、2管編成で、総勢71人です。
「チネケ」は、英語では「Chineke」という表記、これは、ナイジェリアあたりで使われている言語「イボ語」で、「神」という意味の言葉なのだそうです。「神!」なんですね。そもそもは、2015年にイギリスで設立された「チネケ!財団」というNPOが母体になっていて、そこにはこの「チネケ! オーケストラ」と、「チネケ! ジュニア・オーケストラ」の2つの団体が所属しています。
そして、最も重要なのは、ここに属するのは全て「黒人と少数民族」だということです。そのような人たちがイギリスのみならず、ヨーロッパ全土から集まって、これらのオーケストラのメンバーになっています。最近では、有名なオーケストラでこのようなマイノリティの奏者を見かけることは良くありますから、以前は確かにあった「壁」というか「差別」は少なくなっているのでは、と思っていたのですが、実情はそんなに甘いものではないのでしょうね。なんとしてもマイノリティだけによるオーケストラを、という切実な思いがあったのでしょう。
この財団の創設者は、ナイジェリア人とアイルランド人のハーフ、チチ・ンワノクというコントラバス奏者です。なんでも幼少のころはスプリンターとして世界大会にも出場したこともあるアスリートだったのだそうです。彼女は、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の創設メンバーの一人でもありました。もちろん「チネケ! オーケストラ」でも首席コントラバス奏者を務めています。
指揮者のケヴィン・ジョン・エドゥセイも、もちろんマイノリティの方。ミュンヘン交響楽団と、ベルン市立劇場オーケストラの首席指揮者のポストにあります。
このCDは、彼らが2016年9月4日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行ったコンサートのライブ録音、収録されている「フィンランディア」と「新世界」には、それぞれ彼らのルーツに寄せる思いと共鳴するところがあるのでしょうか。
1曲目は、そのシベリウスの「フィンランディア」です。まずは、録音がなんとも乾いた音になっていて、弦楽器の響きがとても薄っぺらなのが気になります。それと、全体の演奏が盛り上がっても、なにか方向性がバラバラで音としても、音楽としても目指すものが良く見えてこないようなところがあります。ですから、この曲でよく見られる熱い思いのたぎるさまは、まず感じることはできません。
メインとなるドヴォルジャークの「交響曲第9番(新世界より)」も、なにか全体のアンサンブルがちぐはぐなような感じが付いて回ります。というより、この曲を演奏する時に絶対に外せないようなポイントで、ことごとく予想外の歌い方やパート間のバランスのとり方が出現しているのですね。たとえば、第1楽章でのフルートのソロなども、普通のヨーロッパのオーケストラだったら絶対にやらないような、ちょっとした「いい加減」なところがあったりします。
たとえば、われわれ日本人は、西洋音楽に関しては紛れもない「マイノリティ」です。そんな人が集まったオーケストラは、見事に「西洋風」の演奏を聴かせてくれます。ところが、同じ「マイノリティ」でも、この「チネケ!」はおよそ「西洋」のしきたりとはかけ離れた音楽を聴かせてくれました。「マイノリティ」の進むべき道は、本当はどちらが「正しい」のか、そんなことを考えさせられるという意味で、これは興味深いCDです。

CD Artwork © Signum Records

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by jurassic_oyaji | 2017-08-10 21:31 | オーケストラ | Comments(0)
CALANDRELLI, FREIBERG, BEAL/Concerto for Clarinet & Orchestra
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Andy Miles(Cl)
Wayne Marshall, Rasmus Baumann/
WDR Funkhausorchester Köln
CPO/555 154-2



このアルバムのタイトルは、「Symphonic Jazz with Andy Miles」です。「シンフォニック・ジャズ」という言葉は、あのガーシュウィンに「ラプソディ・イン・ブルー」を作らせ、それを演奏したポール・ホワイトマンが目指したコンセプトなのでしょうが、それは、今回のアルバムのコンセプトとは微妙に異なっているようです。「元祖」の方はあくまで主体はジャズバンド、それにストリングスを少し加えて「シンフォニック」に迫ろうというものですが、こちらはクラシックの伝統的な編成による「シンフォニック・オーケストラ」を使って、ジャズのイディオムをふんだんに使った曲を作ろう、というものなのでしょうから。
そして、今の時代は最初からジャズとクラシックの垣根がないところからキャリアをスタートさせている音楽家がたくさんいます。ここで聴くことのできる3つの「クラリネット協奏曲」を作ったり演奏しているのも、それぞれに日常的にジャンルを超えた活動を行っている人ばかりですからね。
ここで演奏しているオーケストラはWDR(西ドイツ放送)に所属している2つのオーケストラの一つ、WDRケルン放送管弦楽団。もう一つの「ケルン放送交響楽団」の方はクラシック専門ですが、こちらはもっと幅広い音楽をいつも演奏しています。それで儲けるんですね。そして、その首席クラリネット奏者であるアンディ・マイルズが、このアルバムの主人公です。
ジャケットの写真で、彼がクラリネットを演奏していますが、その楽器を見ると「エーラー管」であることが分かります。これは、世界中でメインに使われている楽器(ベーム管)とは全く別のタイプの楽器で、主にドイツのオーケストラ奏者だけによって使われているものです。その渋い音色は、まさにドイツ・オーストリア古典派の音楽には最も適した楽器だと言われています。そんな楽器で演奏されるジャズ、ちょっと気になりますね。
最初に演奏されている協奏曲は、1939年生まれの、アメリカの編曲の世界では名前を知らない人はいないという大御所、ホルヘ・カランドレリの作品です。いかにもクラシック的なアレグロ-アダージョ-プレストという典型的な楽章配置になっていて、第1楽章あたりは近代の例えばイベールあたりの作品とよく似た、技巧的なパッセージと色彩的なオーケストレーションが魅力的なものに仕上がっています。しかし、途中からそれがガラリと変わって、小粋なジャズ風のリズムに乗った軽快なものになります。そして最後には「カデンツァ」が用意されていますがおそらくそれは演奏者に即興演奏が任されている「ソロ」のパートなのでしょう。
第2楽章は、まさにスタンダード・ナンバーのジャズ・ヴォーカルの世界が広がります。まるでムード・ミュージック(死語)のようなサウンドが、ジャジーに迫ります。しかし、最後の楽章あたりでは、弦楽器に打楽器のような演奏をさせる「現代的」な奏法まで繰り出して、ハードさも主張しています。
2曲目はこのオーケストラの委嘱によって、特にマイルズのために作られた、1957年生まれ、映画やテレビの世界で活躍しているダニエル・フライバーグの「ラテン・アメリカン・クロニクルス」という、スペイン風のテイストを持った作品です。ここでは、クラリネットのソロがオーケストラのフルート奏者と掛け合いをするシーンもありますが、そのフルートもしっかりジャズっぽいビブラートで応戦しています。
3曲目はトランペット奏者から作曲家に転身した1963年生まれのジェフ・ビールの「Riches to Rags」と「Famines to Feasts」という2つの部分から成る作品。シンコペーションのリズムが各所で大活躍です。
マイルズは、胸のすくようなテクニックで、見事にソロのパッセージを吹きまくっています。エーラー管ならではの落ち着いた音色と、控えめなビブラートが、ジャズの中にもしっかりクラシックのセンスを感じさせてくれています。
 
CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2017-08-05 20:34 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphonie Nr.5
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900155(hybrid SACD)


ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団のマーラーでは、この前の「9番」で日本向けにだけSACDが提供されるというサービスがありましたが、今回の「5番」でもやはりSACDのスペシャル・イシューです。ただ、ハイレゾ配信だと、フォーマットが24/48のFLACなのでオリジナルの録音がその程度なのでしょうから、SACDとCDとの差はそれほど大きくはありません。まあ、そのほんの少しのところに命を懸けるのがオーディオ・マニアなのでしょう。
ただ、このレーベルは音そのものはとても生々しくて厚みのある豊かなものなのですが、ギリギリのゲインで勝負しているために時折入力オーバーで音が歪んでしまっているところが出てきます。それが、SACDではCDに比べてより「生々しく」聴こえてしまうのですね。もともとハイレゾとは言えないものを、こんな風に歪みだけが目立つようにしているのでは、SACDとしてのメリットはほとんどありません。
しかし、ヤンソンスの演奏は素晴らしいものでした。なによりも、第1楽章の「タタタター」のテーマとペアになっていて、最初はヴァイオリンとチェロで出てくるゆったりとしたテーマでのアウフタクトの扱いが絶品です。小節線を超えるところでの絶妙の「間」、そこには確かに「愛」が感じられます。ハープと弦楽器だけで演奏される、有名な「アダージェット」というタイトル(殺虫剤ではありません・・・それは「アースジェット」)の第4楽章も、よくある甘ったるい歌い方ではなく、まるですすり泣くような演奏を、ヤンソンスは弦楽器に要求しています。
マーラーがこの交響曲を完成させたのは1902年のこと、1904年には初演が行われ、同じ年に出版されます。しかし、その出版に際しては、マーラーは妻アルマの意見も取り入れて楽譜を改訂しています。さらに、出版後も亡くなる1911年まで、しつこく改訂を行っていました。現在では、その最終稿を後の人が校訂した形で出版されているはずです
その1904年の初版は、インターネットで容易に見ることが出来ます。それは1ページ目からすでに、同じパッセージでも今の楽譜と比べると演奏する楽器が違っているところが見つかるのですから、全体では膨大な量の訂正が行われていたはずです。さらに、同じサイトではパート譜も見られるようになっていますが、それがすでにスコアとは違っているのですから、ひどいものです。
マーラーの楽譜そのものは、とっくの昔に著作権は切れているのですが、「後の人が校訂」した場合に、その校訂楽譜に対しての著作権が発生します。ですから、それを避けるためにお金のないアマチュアのオーケストラが、原則パブリック・ドメインのインターネットの楽譜をダウンロードして使うような場合は、注意が必要です。この「交響曲第5番」での訂正箇所は膨大ですから、指揮者は貴重な練習時間を楽譜の訂正のような無駄なことに使わなければならなくなりますからね。
もちろん、プロのオーケストラの場合は、きちんとそれなりのお金を払って最新の楽譜を用意して演奏なり録音なりを行っていることでしょう。今回のヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団も、メンバーの譜面台にはちゃんと購入するか、レンタルしたパート譜が乗っていたはずです。
それでも、場合によっては楽譜に問題があることもあります。第4楽章の113小節目(赤枠、02:22付近)では、木管楽器のユニゾンのはずなのに、フルートとそれ以外の楽器が微妙にリズムが違っています。
ですから、普通聴かれる演奏では、この部分はオーボエとクラリネットのリズムに合わせています。というか、フルートだけ楽譜通りに吹いたとしても、まず分かりません。
ところが、このヤンソンスの録音では、そこが「楽譜通り」に演奏されているのがはっきり分かるのですよ。ちょっとびっくり。でも、それでマーラーのヘンテコなオーケストレーションの一端が感じられたような気がします。

SACD Artwork © BRmedia Service GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-08-01 22:49 | オーケストラ | Comments(0)
MENDELSSOHN/Symphonies 1-5
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Karina Gauvin, Regula Mühlemann(Sop)
Daniel Behle(Ten)
Yannick Nézet-Séguin/
RIAS Kammerchor
Chamber Orchestra of Europe
DG/479 7337


フィラデルフィア管弦楽団と、メトロポリタン歌劇場という、アメリカを代表するオーケストラとオペラハウスの音楽監督を兼任、まさに現代の若手指揮者の筆頭に躍り出た感のあるヤニック・ネゼ=セガンですが、ヨーロッパ室内管弦楽団とはDGのモーツァルト・オペラ選集などの録音もあり、この団体の桂冠指揮者に任命されています。今回は、RIAS室内合唱団とソリストも参加した「賛歌」も入っているメンデルスゾーンの交響曲全集を、この室内オーケストラと録音してくれました。
これは、2016年2月の20日と21日の2日間にわたって、フィルハーモニー・ド・パリで行われた交響曲ツィクルスのライブ録音です。1日目は「3番(スコットランド)」と「2番(賛歌)」、2日目には「1番」、「4番(イタリア)」、「5番(宗教改革)」が演奏されています。録音データでは、その次の22日もクレジットされていますが、おそらくその日には、本番でミスをした部分を録り直したのでしょう。いや、「本番」の方も、客席のノイズがほとんど聴こえていないので、大半はゲネプロの段階で収録は完了していたのかもしれません。
この新しいツィクルスで特徴的なのは、新しい原典版の楽譜が使われているということです。1番と2番はブライトコプフ&ヘルテル版、3、4、5番はクリストファー・ホグウッド校訂のベーレンライター版という表記があります。ブライトコプフでは、最新のメンデルスゾーン全集が刊行されていますが、ベーレンライター版はホグウッドが亡くなってしまったために、交響曲はこの3曲しかありません。
そして、楽譜とともに重要なのが、ブライトコプフ版の全集に含まれている、2009年に刊行された「メンデルスゾーン作品目録(MWV)」による作品番号が、おそらく市販CDとしては初めて採用されていることです。MWVは、正式には「Felix Mendelssohn Bartholdy: Thematisch-systematisches Verzeichnis der musikalischen Werke」という長ったらしい名前ですが、この全集の「交響曲第1番」の校訂を行ったラルフ・ヴェーナーによって編纂されたもので、メンデルスゾーンの作品(Werke)をジャンル別、作曲年代順に整理した目録(Verzeichnis)です。
この目録では、全作品が「A」から「Z」までの26のカテゴリーに分類されていますが、「交響曲」は14番目の「N」のカテゴリーに入っています。これによって、今まで使われていた単に出版順につけられていた番号が、きちんと作られた順に呼ばれるようになりました。ただ、その中にはいわゆる「弦楽器のための交響曲」も含まれているので、今までの「交響曲第1番」は「MWV N 13」になっています。そのほかの交響曲のMWV番号は、5番→N 15、4番→N 16、3番→N 18です(13と17は未完の交響曲の断片)。なお、「交響曲第2番」は、交響曲ではなく「大編成宗教声楽曲=A」にカテゴライズされて「MWV A 18」という番号が与えられています。タイトルも「交響的カンタータ『賛歌』」と変わりました。詳細はこちら
ブライトコプフ版は現物を見ていないので分かりませんが、ホグウッドが校訂したベーレンライター版では改訂が行われた作品では、改訂前と改訂後の楽譜を同時に見ることが出来るようになっています。ですから、「ホグウッド版」という表記があっても、それがどの稿による演奏なのかは分かりません。ここでは、ネゼ=セガンは全て「初稿」の形で演奏しているようです。もっとも、「3番」と「4番」は普通に演奏されるのが初稿なので、特に変わったところはありません。しかし「5番」は現行版が改訂後の「第2稿」なので、「第1稿」は非常に珍しく、多分これが2番目か3番目のCDなのではないでしょうか。
「第2稿」との最大の違いは、第3楽章と第4楽章の間に長大なフルート・ソロがフィーチャーされたカデンツァが入っている点です。これを吹いているのはクララ・アンドラーダ・デ・ラ・カッレでしょうか。とても渋い音色が魅力的です。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-07-29 22:28 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphony No.5
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Osmo Vänskä
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-2226(hybrid SACD)


フィンランドの指揮者、オスモ・ヴァンスカは、今ではアメリカのオーケストラの音楽監督に就任して、インターナショナルな活躍をしています。ただ、このBISレーベルからリリースされているCDでの彼のレパートリーは、お世辞にもインターナショナルとは言えません。やはり、なんと言っても突出しているのはシベリウスでしょう。かつての手兵だったフィンランドのラハティ交響楽団との共演では、シベリウスに関してはかなりマニアックなものまでレコーディングを行っていましたし、交響曲ではラハティ、ミネソタ両方のオーケストラとの全集を完成させていますからね。なんたって、その中には双方に「クッレルヴォ交響曲」まで含まれているのですから、これはそうとう画期的。
ただ、その他の作曲家では、交響曲全集を完成させたのは同じ北欧のニルセン(BBCスコティッシュ管)とベートーヴェン(ミネソタ管)しかなかったような気がします。そんなところに、いきなりマーラーの交響曲のツィクルスを始めたという情報が入ってきました。その第1弾として登場したのがこの「5番」です。
もちろん、オーケストラのコンサートでは今までにマーラーを取り上げたことはあったことでしょうし、1994年には室内楽版(シェーンベルク版)で「大地の歌」を録音していますから、別にマーラーが苦手だったわけではないのでしょうね。
この曲では、冒頭でのインパクトで、どれだけお客さんを引きつけられるかが、最大のポイントなのではないでしょうか。たった1本のトランペットから始まったものが、瞬時にとてつもない音響にまでたどり着くという場面、これは指揮者の腕の見せ所でしょう。そのトランペットのソリストは、素晴らしい音でその「運命のモティーフ」を吹いていました。そこには、どんな奏者でも見せるようなナーバスなところは全く感じられません。それどころか、まるでそれはニニ・ロッソの「夜空のトランペット」のようなリラックス感さえも持っていたのです。いかにもアメリカのオーケストラらしいという気はしますが、もうちょっと緊張感があってもいいような。
そして、すぐに最初のクライマックスがやってきます。この部分は、最近生で何度も聴いているので期待していたのですが、そのあまりのしょぼさには完全に失望させられてしまいました。SACDのダイナミック・レンジだったら、バスドラムの低音などはもっと重量感をもって聴こえてくるはずなのに(そういう音源はたくさん知っています)この、いかにも安全運転然とした録音はいったいなんでしょう。
そのあと、ヴァイオリンとチェロで現れるゆったりとしたテーマも、なんか薄っぺらな音で、ハイレゾならではの質感が全く伝わってきません。最近のBISの録音では、こういう弦楽器がとてもおざなりなものがよくあるのですが、これもそんな傾向が強く出てしまった、あまり感心できない録音なのでしょう。
ヴァンスカの指揮ぶりも、そういう録音のためなのかもしれませんが、なんか受け身に回ってしまった消極性のようなものが感じられてしまいます。あまり自分の主張を出さずに、もっぱらプレーヤーの自主性に任せる、みたいな感じ。
第2楽章も、同じようになんとも気の抜けた、戦闘意識の全く感じられない演奏です。第3楽章も、変に整っていて、マーラー特有の「汚なさ」が見られません。録音のせいもあるのかもしれませんが、クセのあるへんてこなメロディをあっさりと隠してしまっているので、とてもお上品になってしまっています。そして、第4楽章も、陶酔感からは程遠い乾いた音と歌いまわし、第5楽章も、何か居心地がよくありません。正直言って、こういうマーラーは嫌いです。
この後には「6番」と「2番」が控えているのだそうですが、とても購入する気にはなれません。というか、この程度の音だったらSACDでなくても構わないので、NMLで聴くぐらいが相応なのでは。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-07-25 23:12 | オーケストラ | Comments(0)