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カテゴリ:オーケストラ( 451 )
TCHAIKOVSKY/The Nutcracker, Symphony No.4
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Valery Gergiev/
Mariinsky Orchestra
MARIINSKY/
MAR0593(hybrid SACD)




昨年にはロンドン交響楽団からミュンヘン・フィルへと「転職」したように、ゲルギエフは世界中のオーケストラとの共演を果たしています。しかし、それらはあくまで「側室」としての位置づけ、「本妻」であるマリインスキー劇場の芸術監督のポストは、1988年以来30年近く続いています。もうすぐ真珠婚式ですね。今の時代にこれだけ長期の在任なんて、しんじゅられません(信じられません)。
ですから、やはりこのオーケストラとは、格別の親密度で接しているのでしょう。この最新アルバムでのチャイコフスキーも、とても素晴らしい演奏が期待できるはずです。
ところが、まずはSACDということですし、以前のこのレーベルでは元DECCAのエンジニアが作った「Classic Sound」が録音を担当していたので、音に関してはまず間違いはないだろうと聴きはじめると、なんかとても物足りない気分にさせられてしまいました。実は最近、ここの録音でウラジミール・リアベンコ(?)という人がエンジニアとしてクレジットされるようになってから、それまでと全く音が変わってしまっていました。具体的には、弦楽器の音がとてもまろやか、というか、完全にエッジがなくなった甘ったるい音になっているために、パートとしての主張が全く感じられなくなっています。金管楽器が鳴り響いている間でも、前の録音ではしっかり聴こえてきたものが、ここでは完全に埋もれてしまっています。チャイコフスキーでは、こういう場面でこそ弦楽器の芳醇な響きを味わいたいのに、それが全然叶わないしょぼいサウンドになっているんですよね。
このエンジニアに最初に接したのが「ワルキューレ」のSACDを聴いた時。その時に抱いた違和感が、ここに来てまた頭をもたげてきたという感じです。
「くるみ割り人形」は、組曲版で満足している人がほとんどでしょうから、いまさら全曲版を聴くのもかったるいな、と思ってしまうかもしれませんが、今回のSACDを聴くと、やはり一度は全曲を通して聴いてみたいものだ、と痛切に感じてしまいます。組曲には入っていないナンバーが、全体のテーマとして重要な意味を持っていることがよく分かりますし、組曲版のそれぞれの曲の役割もきちんとわかります。
一つ、面白いのは、チェレスタの扱いです。チャイコフスキーは、この新しい楽器を他の作曲家に先駆けてこの作品の中で初めて披露しているのですが、それがメインでフィーチャーされている「金平糖の踊り」は殆ど終わり近くになって登場します。しかし、彼はあたかも「伏線」のように、もっと前の曲(第2幕の1曲目)の中で使っているのですね。これはかなり印象的に聴こえますから、ここで「この楽器は何だろう」と思った聴衆が、「金平糖」で初めてソロを聴いたら、その美しい音色に必ず酔いしれるはずだ、というしたたかな計算を、チャイコフスキーだったらやりかねないな、とは思いませんか?
「くるみ割り」全曲はハイブリッドSACD1枚にはちょっと収まらないので、これは2枚組、そのカップリングで「交響曲第4番」が入っています。これが、とっても柔軟な、自由度の高い演奏です。ゲルギエフは2002年にウィーン・フィルと同じ曲を録音していますが、その時のものとはとても同じ指揮者とは思えないような、細やかで思いの丈を存分に込めた演奏に仕上がっているのです。特に第2楽章では、演奏時間がウィーン・フィルでは9分35秒だったものが今回は11分28秒ですから、全く別のテンポでとても濃厚な音楽を味わうことが出来ます。
第4楽章は、演奏時間はそれほど違っていないのに、こちらの方が表情は豊か、フルートが難しいオブリガートを付ける部分では、まるで指揮者とフルート奏者がお互いの出方をうかがっているような絶妙のコンタクトが感じられます。こんなことをやられたら、フルート奏者はとても吹きやすかったことでしょう。録音のことを考えなければ、これは超名演。

SACD Artwork © State Academic Mariinsky Theatre
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by jurassic_oyaji | 2016-10-22 20:35 | オーケストラ | Comments(0)
BEETHOVEN/Complete Symphonies
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Ricarda Merbeth(Sop), Daniela Sindram(MS)
Robert Dean Smith(Ten), Günther Groissböck(Bas)
Philippe Jordan/
Chœrs de l'Opéra National de Paris(by José Luis Basso)
Orchestre de l'Opéra National de Paris
ARTHAUS/109 249(BD)




2009年からパリの国立オペラ座の音楽監督のポストにあるフィリップ・ジョルダンが、このオペラハウスのオーケストラを指揮してベートーヴェンの交響曲の全集を作りました。2014年の9月から2015年の7月にかけてのコンサートの映像を収録した、3枚組のBDです。演奏以外に、指揮者のジョルダンのインタビューがスペシャル・フィーチャーとして加わっています。
そのインタビューでは、彼が若いころにウルム歌劇場でコレペティトゥールを勤めていた時の映像が挿入されていますが、そこではベルクの「ヴォツェック」のオーケストラパートをピアノで弾きながら歌唱指導をしている様子を見ることが出来ます。それは、はた目にはものすごいスキルを要求されるもののように見えます。このような実直な「下積み」の経験が、フランス最高のオペラハウスのシェフを長く務められるポテンシャルとなっていたのでしょうね。
ご存知のように、このカンパニーは主に2つの劇場を使って連日オペラやバレエの公演を行っています。それは、1875年に作られた「ガルニエ宮」と、1989年に作られた「オペラ・バスティーユ」です。したがって、付属のオーケストラも2セット必要になりますから、普通のコンサート・オーケストラのほぼ2倍の団員を抱えています。
このベートーヴェン・ツィクルスの場合、5回のコンサートが収録されていますが、そのうちの4回はバスティーユ、1回はガルニエ宮で行われたものです。
最近ではベートーヴェンはほとんど室内オケ程度の人数で演奏されることが多くなっていますが、ジョルダンとオペラ座のオーケストラはまずは普通のコンサート・オーケストラがとっている編成を採用していました。1番だけはちょっと少なめの12型(12-10-8-6-4と、30人の弦楽器)ですが、2番から8番までは14型(40人)、そして9番ではフル編成の16型(50人)になっています。
さらに、弦楽器の配置も、1番から8番までは下手からファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと並び、上手の奥にコントラバスという標準的なものですが、9番だけはセカンド・ヴァイオリンが上手に来て、チェロとコントラバスは下手という「対向型」を取っています。もちろん、コントラバスの弓は全員「フレンチ・ボウ」ですね。
管楽器でも、今ではフランスのオーケストラでもなかなかその姿を見ることが出来なくなった「バソン」というフランス式のファゴットを使っている人が、ここにはまだいることが分かります。ただ、収録された5回のコンサートの中で、バソン奏者だけが参加していたのは2回だけ、そして2回はファゴットだけですが、残りの1回では、なんと1番がファゴット、2番がバソンという変則的なシーティングでした。
ジョルダンが使った楽譜は、おそらくベーレンライター版でしょう。9番の第4楽章でヴィオラがテーマを弾き始める時のバックでのファゴット(いや、バソン)のオブリガートのリズムが、ベーレンライター版以外にはない形でしたから。ですから、慣用版にあった明らかなミスプリントはすべて正しくなっています。さらに、ブライトコプフ新版にある5番の第3楽章のダ・カーポも、採用されています。これにはちょっとびっくり。
そのような楽譜によって、快速なテンポで運ばれていく演奏は、まず現代では最も標準的で受け入れやすいスタイルなのではないでしょうか。フォルテピアノからクレッシェンドという「臭い」表現が随所で頻発しているのは、我慢していただきましょう。それよりも、演奏者の中にまでカメラを入れて作り上げられた躍動的な映像には、興奮させられます。1、3、4、5、9番では、40年間首席フルート奏者を務めているカトリーヌ・カンタンの姿も、簡単に見られますよ。3番の大ソロで音をはずしているのは、ご愛嬌。

BD Artwork © Arthaus Musik GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-10-20 20:30 | オーケストラ | Comments(0)
MOZART/Le Nozze di Figara
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Luca Pisaroni(Figaro), Christiane Karg(Susanna)
Sonya Yoncheva(Contessa), Thomas Hampton(Conte)
Angela Brower(Cherubino), Roland VIllazón(Bartolo)
Yannikc Nézet-Séguin/
Chamber Orchestra of Europe
DG/00289 479 5945




DGのモーツァルト・オペラのセミ・ツィクルス、順調に回を重ねて4作目となりました。全7作の予定ですから、ちょうど折り返し点ということで、これから場踏ん張りどころ、何か問題があれば今のうちに修正しておいた方が良いという時期ですね。
このプロジェクトが始まった時の告知では、指揮者がネゼ=セガンだということ以外は決まっていないような感じでしたが、今回のブックレットを読むと、「ネゼ=セガンとヴィリャゾンのプロジェクトだ」と書いてありました。これには驚いてしまいましたね。確かに、これまではキャストはほとんど重なることはなかったのに、なぜかヴィリャゾンだけが全ての演目で歌っていたので変だとは思っていたのですが、そういうことだったとは。
幸いなことに、今回の「フィガロ」ではテノールはあまり活躍しません。一応第4幕にアリアがあるのですが、実際のステージではその前のマルチェリーナのアリアとセットでカットされることが多くなっています。さる指揮者のご意見では、この2曲は「ほんとうにつまらない」からなのだそうです。とは言っても、やはり最近の原典主義の流れの中では、きちんと全曲演奏されるようになっていますから、このCDでもヴィリャゾンは歌っていますが、そんなものは慣例に従ってスキップしてしまいましょうね。
ただ、それ以外のアンサンブルでは何か所かの出番がありますから、そこではもう彼の異質なキャラの歌がはっきり聴こえてしまいます。困ったものです。ヴェルディやプッチーニだったら少しは我慢できるのかもしれませんが、モーツァルトでこういうことをやられると、どうしようもありません。
ですから、このシリーズの残りの3つの作品では彼がイドメネオとタミーノとティトゥスを歌うことなのでしょうが、それはいくらなんでもちょっとヤバいのでは。今ならまだ間に合います。どうか、そんな無茶なことはやめてください。というか、せっかくだから最後まで付き合ってやろうと思っていましたが、そういうことだったら、もうこれでお別れにしてもいいかな、と思い始めていますから。
メインキャストでは、ハンプソン以外の人はここで初めて声を聴きました。最近は、どんどんフレッシュな人が活躍を始めていますから、付いていくのが大変です。特に、伯爵夫人のソーニャ・ヨンチェヴァはいい感じでしたね。ありがちなちょっと重ためな声ではなく、とても若々しいすがすがしさに惹かれます。スザンナのクリスティアーネ・カルクと、ケルビーノのアンジェラ・ブラウアーも、やはり素直で軽快な歌い方が心地よく感じられます。こんな素晴らしい人がいくらでもいるのに、なぜヴィリャゾンなんかにこだわっているのか、本当に不思議です。
そして、オペラ全体を支えていたのが、いつものように思いっきりピリオド感を前面に押し出したネゼ=セガン指揮のヨーロッパ室内管です。もちろん、やはりいつものようにジョリー・ヴィニクールのフォルテピアノによる通奏低音が奏でる即興的なパッセージが、ここそこに新鮮な味を演出していました。
それと、合唱が素晴らしかったですね。これは、コンサート形式のメリットでもあるのでしょうが、芝居をしたりせずにオーケストラの後ろにきちんと並んで歌っていますから、本来の力が更にしっかり発揮できています。
そんな中で、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターがマルチェリーナというのも、やはり時代の流れなのでしょうか。写真で見ると、まるで魔女のようになってしまった彼女にとっては、もはや第4幕のアリアは荷が重いものになっていたのでしょう。
いつものことですが、これはコンサートのライブなので、お客さんの笑い声などはしっかり入っているのに、最後の拍手だけはきれいにカットされています。それがとても唐突に思えます。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-10-13 22:02 | オーケストラ | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique
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Daniele Gatti/
Royal Concertgebouw Orchestra
RCO/16006(hybrid SACD)




前にも書きましたが、このレーベルの品番は、最初の2ケタがリリースの年、そのあとの3ケタがその年のアイテムの番号となっているはずです。ですから、これは2016にリリースされた6番目のアルバム、ということになります。このレーベルが年間にリリースするものはせいぜい多くて2ケタでしょうから、見栄を張って3ケタも用意しているのかな、と思ったら、最初の1ケタには映像ソフトの時には「1」が入るようでした。それだったら十分に間に合いますね。まあ、1年に多くても10タイトルというのは、作る方にしてもちょうどいいペースなのではないでしょうか。
そんな厳選されたリリースを貫いているRCOレーベルのジャケットデザインが、「地味に」リニューアルしたようです。今までは全体を水平に横切る何本かの帯に演奏情報が記入されていたものが、ここではセンターの正方形の中にまとめられています。これは、このオーケストラの首席指揮者が変わったことを強烈に印象付ける意図が込められたデザイン変更なのではないでしょうか。
これまで11年に渡って首席指揮者を務めてきたマリス・ヤンソンスの後を受けて2016/2017年のシーズンからロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のシェフとなったのは、ダニエレ・ガッティでした。これは、この新しいチームによる最初のSACD、まだ正式に就任する前の2016年3月と4月に渡って行われた3日間の同じプログラムによるコンサートでのライブ録音です。
この、新しい門出を象徴するようなアルバムのリリースでは、SACDだけではなく、DVDとBDという映像ソフト、さらにはLPまでも動員するという力の入れようです。ただ、映像ではコンサートでのすべての演奏曲目が入っていますが、SACDとLPでは「幻想」だけです。LPではそれが2枚組になっていて、かつてのLPには必ずあった。第3楽章の途中で再生を一旦中断してA面からB面に裏返さなければいけないという「欠点」を解消しています。もちろん、外周だけでカッティングを行っていますから、SACDに匹敵する音質も確保されているのでしょう。ついでですが、このアルバムのあたりから、録音フォーマットもそれまでの96kHzからDXD(おそらく384kHz)へとグレードアップしているようですね。
ガッティの演奏は、前任オケであるフランス国立管弦楽団と同時に音楽監督を務めていたロイヤル・フィルとの録音で何種類か聴いたことがあります。最初に聴いたのはマーラーの5番だったのですが、その、聴く者をいつの間にか音楽の中に引きこんでしまう、まるで魔法のような語り口にはとても感心した記憶があります。ただ、その後、一連のチャイコフスキーの交響曲を聴いた時は、曲によってはちょっと疑問を感じるようなところもありました。
今回の「幻想」の演奏も、そんな語り口のうまさが裏目に出てしまっていて、なんとも居心地の悪いもののように感じられます。特に、第1楽章の前半「夢」の部分が、あまりにも作為的過ぎるんですね。気持ちはわかるけど、そこまでやることはないだろう、という感じ、おそらくオーケストラもちょっと嫌気がさしていたのではないか、と思えるほど、全員の気持ちが一つにはなっていないようなアンサンブル上の齟齬を感じる場所が多々ありました。実は、このあたりの演奏について、ブックレットの中のインタビューでガッティはその意図を「詳細に」語ってしまっているのですね。いわば「確信犯」なのですが、結果がこんなものでは興ざめです。
同じインタビューで、第3楽章の冒頭のコールアングレとバンダのオーボエの掛け合いの部分を、ビブラートをかけて演奏していたプレーヤーに指示をしてもっと「ナチュラル」なノン・ビブラートにしてもらった、というようなくだりも、わざわざ他人に話すようなことではないように思えるのですが。というか、最近のオーケストラでは、どこでも同じようなことをやっているのではないでしょうか。

SACD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest
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by jurassic_oyaji | 2016-10-08 21:35 | オーケストラ | Comments(0)
MENDELSSOHN/Symphony No.1, No.4'Italian'
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John Eliot Gardiner/
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0769(hybrid SACD, BD-A)




ロンドン交響楽団の自主レーベル「LSO LIVE」では、DECCAを離れて独立したニール・ハッチンソンやジョナサン・ストークスなどがエンジニアを務めていて、ハイレベルの録音を行っていることが売りになっています。しかも、かなり早い段階から録音フォーマットのクレジットが「DSD」と明記されていました。それが、2015年の録音分からは「DSD128fs」と、ひと品多い表記になりました。つまり、それまではSACDと同じフォーマットである「DSD64fs」だったものが、サンプリング周波数(fs)が倍の、より解像度を増したフォーマットを採用することになった、ということです。
今回のガーディナーとロンドン交響楽団のメンデルスゾーン・ツィクルスの3枚目、交響曲第1番と第4番「イタリア」では、それぞれ録音時期が違っていたために、2014年の「4番」は「DSD64fs」、2016年の「1番」は「DSD128fs」によって録音されていました。もちろん、SACDではどちらも64fsになってしまうので違いは分かりませんが、同梱のBD-Aは24/192というフォーマットですから、間違いなくSACDよりもハイスペックのはず、もしかしたらそこにトランスファーされたDSD128fs(5.6MHzDSDとも言う)とDSD64fs(2.8MHzDSD)との違いを実際に体験できるかもしれませんよ。
確かに、DSD64fsの「4番」では、SACDとBD-Aの違いはほとんどありませんでした。しかし、DSD128fs「1番」では聴いてすぐに分かってしまうほどの違いがあったのには、逆に驚いてしまいましたよ。ここでは、おそらくガット弦をノン・ビブラートで演奏しているのでしょうが、その生々しさがSACDとは全然違うんですよ。それと、やはり木管楽器の存在感ですね。最近の体験から、DSDは128fsになって初めて真価が発揮できるのでは、と思うようになっていましたが、やはり64fsと128fsの間には、このぐらいはっきり分かる違いがあったのでした。ですから、やはりSACDのフォーマットも最初から128fsにしておけばよかったんですよね。というより、SACDが出来た時には、CDと同じことでこれが最高のフォーマットだと思われていたのですから、仕方がないのかもしれませんが。
この演奏では、ガーディナーはどちらの交響曲にも普通に使われている楽譜以外のものを使っていると、輸入元のキング・インターナショナルのインフォにははっきり書いてありました。確かに、「1番」の第3楽章については、1829年にイギリスで演奏した時に、1824年に作っていた第3楽章の「メヌエット」の代わりに、1825年に作った「弦楽八重奏曲」からの「スケルツォ」にオーケストレーションを施したものを使ったという史実に則って、二通りの「第3楽章」を演奏しています(実際にライブで並べて演奏したのだそうです)。
しかし、「4番」に関しては、なんの変哲もない「現行版」、つまり「1833年版」で演奏しているのに、それがさっきのインフォではあたかも現行版とは別のものであるかのように書かれているのには絶句です。少なくとも、音を聴いた時点でその間違いに気づくはずですよ。なんと恥ずかしい。これは、ガーディナーが1998年にウィーン・フィルと録音したDG盤で、初出の国内盤に「茂木一衞」という人が書いたデタラメなライナーノーツを、2011年のリイシュー盤でもそのまま使いまわしているユニバーサルと同様の恥ずかしさです。
その、1998年に鳴り物入りで「改訂版」(もちろん、1833年以降に作られたもの)を「世界初録音」したガーディナーですが、それは単なる物珍しさで終わったようで、もはや何の関心もなくなっているのでしょう。
そんな些細なことではなく、少なめの弦楽器(ファースト・ヴァイオリンもセカンド・ヴァイオリンも10人)を対向配置にして、それをノン・ビブラートで弾かせるという、もう少し本質的な点に目を向けるようになったガーディナーの「成長」ぶりこそを、ここでは味わうべきでしょう。キング・インターナショナルのインフォは、それを削ぐことにしかなりません。すぐ、直しましょうね。

SACD & BD-A Artwork © London Symphony Orchestra

(11/8追記)
どうやら、キングインターナショナルはインフォを訂正したようですね。元の文はこちらのHMVのインフォに残っていますから、比較してみて下さい。

現時点でのインフォは、

キング
なお、ガーディナーは、ウィーン・フィルと、1997年に1833年版、そして98年には1834年版の第2楽章から第4楽章をセッション録音しましたが、今回は1833年版を採用しての演奏となっています。

HMV
なお、ガーディナーは、ウィーン・フィルと、1997年に現行版、そして98年には1833年版の第2楽章から第4楽章をセッション録音しましたが、今回は1833年版を採用しての演奏となっています。
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by jurassic_oyaji | 2016-10-01 23:02 | オーケストラ | Comments(0)
RIMSKY-KORSAKOV/Scheherazade, TCHAIKOVSKY/Piano Concerto No.1
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Martha Argerich(Pf)
Kirill Kondrashin/
Royal Concertgebouw Orchestra
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
TOWER RECORDS/PROC-1978(hybrid SACD)




タワーレコードの復刻盤SACDシリーズで、初めてユニバーサル系のレーベルが登場しましたわー。ユニバーサルでもSACD化は頻繁に行われているのですが、そちらはシングル・レイヤー、こちらはハイブリッド盤です。
音源に関しては、ユニバーサルと全く同じ手順でマスターが作られているようです。DECCAとPHILIPSは、イギリスのClassic Soundによってオリジナル・アナログ・マスターテープからDSD64に変換されたマスターが使われているそうです。ところが、なぜかDGの場合には、Emil Berliner StudiosからDSDではなく24/192のPCMのマスターが提供されているのだとか。ユニバーサルでのリリースの時にはこちらもDSDだったはずなのに、なぜなのでしょう。それより、この「Classic Sound」というのは、おそらくかつてのDECCAのエンジニアが関係しているスタジオなのでしょうが、ネットで調べるとなぜかその情報が全く見つかりません。不思議ですね。
今回、その中にこのコンドラシンのアルバムがあったので、聴いてみたくなりました。実は、さるオーディオ・ショップの展示会で、試聴用のサンプルとしてこの「シェエラザード」のLPが置いてあったのですよ。それを実際に、最高級のオーディオ機器によって再生するという、なかなか興味深いデモンストレーション、一体どんなすごい音が聴けるのか、と期待したのですが、聴こえてきた音には完全に失望させられました。それは、なんとも薄っぺらで冴えない音だったのです。世の「オーディオ・マニア」は、こんな音で満足しているのでしょうか。お店の人は、おそらく名録音と信じてそのLPを用意したのでしょうが、どうやらその時の何百万円ものシステムからは、それを引き出すことが出来なかったのでしょう。ですから、それがSACDになって目の前にあれば、いったいあのデモはなんだったのか、という検証も含めて聴いてみたくなるじゃないですか。
いやあ、それは、その時に聴いた音とはまるで違っていて、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の美点を余すところなく引き出したというとても素晴らしいものでしたよ。デモの音は全体にのっぺりしていて起伏に乏しいものだったのですが、ここではそれぞれの楽器が輝いています。しかも、それは全体としてはとても繊細な響きとしてのまとまりを見せているのです。弦楽器はあくまで柔らか、コンサートマスターのソロはよく聴くほとんどコンチェルトのソリストのような押し出しの強いものではなく、きっちりオーケストラの中で弾いているという雰囲気が伝わってくるバランスです。もちろん、他の管楽器のソロもでしゃばったところは全くありません。さらに、ホールトーンの美しいこと。
そして、コンドラシンの指揮も、例えばストコフスキーのような脂ぎった演奏になじんだ耳にはちょっと物足りないものの、逆にこのいかにもロシア的な重心の低さからは、この作品の本来の姿がしっかり伝わってくるように思えてきます。とても上品な味わい、おそらく、こういうものは何度聴いても飽きが来るということはないはずです。
カップリングのアルゲリッチとのチャイコフスキーのピアノ協奏曲のジャケットも、ブックレットに忠実に再現されていました。

タイトルは「Hommage à Kirill Kondrashin」、録音された時には生きていた(当たり前!)コンドラシンですが、LPが出たのは急死した後だったので「追悼盤」という意味合いが込められていたのですね。そんな、まさに「一期一会」的な売られ方だったので、ものすごいセールスを記録したといういわくつきのライブ録音です。しかし、これはそのようなあくまで「記念」として聴かれるべき音源なのでしょう。指揮者がコンドラシンというだけで、こちらはバイエルン放送交響楽団、会場もヘルクレス・ザール、しかも弦楽器の並び方は対向配置ですから、「シェエラザード」との共通項は殆ど見つけらません。というより、あちらが「繊細」ならば、こちらは「がさつ」の極みです。

SACD Artwork c Decca Music Group
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by jurassic_oyaji | 2016-09-22 20:54 | オーケストラ | Comments(0)
TCHAIKOVSKY/Symphony No.6"Pathétique"
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Manfred Honeck/
Pittsburgh Symphony Orchestra
REFERENCE/FR-720SACD(hybrid SACD)




常に何か新鮮な驚きを与えてくれる、このレーベルのホーネックとピッツバーグ交響楽団との録音による新譜です。音を聴く前にライナーや録音データなどを一通りチェックするのは、いつものこと、そこで目を引いたのがここで録音を担当している「Soundmirror」というボストンの録音プロダクションによる「この録音とポスト・プロダクションは、DSD256によって行われている」というコメントでした。DSD256というは、サンプリング周波数がCDの256倍、SACDのフォーマットが64倍ですから、それのちょうど4倍になるという、デジタル録音としては非常に解像度の高いフォーマットです(「4倍の」という意味で、「クワドDSD」とも呼ばれます)。録音の際にこれを使っているものは、実際には数えるほどしかありません。ついに、このレーベルも、ここまでのクオリティを持つことになったのだな、という感慨にふけるには十分な数値です。もっとも、世の中には「DSD512」という、さらに上位のフォーマットもあるそうです。SACDの8倍で「オクタDSD」でしょうから、もはやオタクの領域です。
そこで、この前に出たSACD、品番では2番しか違わない昨年リリースのアルバムのデータを見てみると、そこにはまだ「DSD64」だということが明記されていました。ということは、ごく最近、このフォーマットに変更されたということなのでしょうね。
そうなってくると、確かクワドDSDに対応していたはずのこちらのサイトでも、その元の録音を入手できるかもしれません。いまのところ、クワドDSDが聴ける環境にはないのですが、その半分のDSD128(ダブルDSD)なら聴けますので、それだったらSACDよりも良い音を体験できるはずです。思った通り、こちらにあるように、ここでは普通のDSDの他に、「ダブル」と「クワド」も販売されていました。さっそくダウンロードして聴き比べてみようと思ったのですが、その価格が、2チャンネルステレオの場合、すべて20.65ユーロであることに気づきました。以前こちらで買った時には、「DSD」は24.79ユーロでしたが、「ダブルDSD」では28.09ユーロと、フォーマットによって価格が異なっていました。これが当たり前の姿、ということは、このアルバムの場合は、価格から言ってもレーベルから供給されたものは単なる「DSD」で、「ダブル」と「クワド」はただのアップサンプリングではないのか、という疑問が湧いてきます。オリジナルが「DSD」だった先ほどのベートーヴェンも、やはり「クワド」まで揃っていましたが、すべて価格は同じでしたから、これは間違いなくアップサンプリングのはずです。しかし、ちゃんと「クワド」で録音された今回のアルバムも、すべて「DSD」並みの音になっているというのは(いや、単に価格からの推測ですが)、いったいどういうことなのでしょうね。
いずれにしても、ただのDSDであるSACDで聴いただけでも、この録音のすごさは十分に伝わってきます。その端的な例が、とても自然な音場感でしょうか。いつものように、このオーケストラはファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンが左右に分かれた配置を取っていますが、それがまさに作曲家の意図したとおりに、お互いに主張している部分などではきっちりと聴こえてきます。そして、これには本当に驚いたのですが、「悲愴」の第4楽章の冒頭の、テーマの1音ごとにパートが変わっているという不思議なオーケストレーションの部分では、そのテーマがパン・ポットで聴こえてくるのではなく、しっかり弦楽器全体の中で包み込まれて一体化しているように聴こえていたのです。
カップリングは、ホーネックがコンセプトを決めてトマーシュ・イレがその指示に従って仕上げた、ドヴォルジャークのオペラ「ルサルカ」による幻想曲でした。聴きものは、最後の方に登場する、有名なルサルカのアリア「月に寄せる歌」をヴァイオリン・ソロに仕立てたところでしょうか。ここでソロを弾いていたコンサートマスターのノア・ベンディックス=バルグリーは、この録音を最後にピッツバーグを去り、ベルリン・フィルの第1コンサートマスター(樫本大進と同じポスト)に就任したそうです。

SACD Artwork © Reference Recordings
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by jurassic_oyaji | 2016-08-27 20:03 | オーケストラ | Comments(0)
SIBELIUS/Symphonies Nos 3・6・7
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Osmo Vänskä/
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-2006(hybrid SACD)




ヴァンスカによるシベリウスの交響曲ツィクルスは、かつて音楽監督を務めていたフィンランドのラハティ交響楽団とのものが、今でも好評を博しています。それは1995年から1997年にかけて録音されたもので、その新鮮な演奏とともに、「第5番」では通常の改訂版の他に改訂前の初稿の形での演奏が録音されていました。商業的なCDとしては、これが現在までで唯一の録音で、とても貴重なものです。最近、アマチュアのオーケストラであるアイノラ交響楽団が、指揮者の新田ユリ氏が特別に楽譜を手配してこの初稿版を演奏していますから、そのライブ録音などもぜひ聴いてみたいものですね。
ヴァンスカは2003年にはラハティを去り、ミネソタ管弦楽団のシェフとなりました。新たな任地での録音も今まで通りBISの元で行われ、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスなどを完成させ、2011年からは新たにシベリウスのツィクルス作りに着手することになります。同じ指揮者が同じレーベルで別のオーケストラによって2度シベリウスの交響曲を全曲録音するというのは、今回のヴァンスカが初めてのことなのではないでしょうか。
しかし、今回の録音には、とんでもない障害が立ちふさがることになりました。2011年に「2番」と「5番」、2012年には「1番」と「4番」が録音され、そのまま順調に進むかに見えたものが、なんと労使交渉のもつれから、オーケストラ自体が存亡の危機を迎えるという事態になってしまったのです。その結果、ヴァンスカは2013年に音楽監督を辞任してしまいます。当然、残りの「3番」、「6番」、「7番」はまだ録音されていませんでしたから、この2度目のツィクルスはあわや空中分解、という状況だったのです。
しかし、奇跡的に労使間の和解が成立し、ヴァンスカは再度音楽監督に就任、2015年の5月と6月には晴れてこれらの交響曲の録音セッションがもたれることとなりました。
この3曲は、演奏時間を合わせると全部で82分ちょうどかかります。これは、SACDであれば何の問題もありませんが、CDと共用されているハイブリッド盤では、普通のCDの容量をはるかにオーバーしているのですが、なんせこのレーベルは過去にこんな、なんと82分26秒も入れてしまったCDを作っているのですから、これは軽いものでしょう。参考までに、旧録音でもこの3曲のトータルは82分1秒でした。ただ、曲ごとの時間の差はあって、「6番」は遅くなっていますが「3番」と「7番」は速くなっています。

(BIS/CD-862)

実は、最近「3番」を実際に演奏する機会があって、非常に親密な関係になれたので、この曲について新旧の録音の比較をしてみましょう。まず、新録音で大きく変わっているのが、オーケストラの配置です。弦楽器の並び方が、以前は普通の左側に高音楽器、右側に低音楽器というもので、チェロが前に出てきています。それが、今回は対向配置で、ファースト・ヴァイオリンは左、セカンド・ヴァイオリンは右に来て、チェロとコントラバスも左側になっています。これは、ベートーヴェンを録音していた時からこの配置でしたね。ですから、この曲の最初に低弦で出てくるテーマがちょっと左に寄った中央付近の奥から聴こえてくる、というのが、何か神秘的な感じがしていいですね。
ヴァンスカの演奏では、曲全体は旧録音より速くなっているのですが、実際に速くなっているのは第2楽章だけ、ここでははっきり曲のとらえ方が異なって感じられます。旧録音はまさにゆったりとした「子守歌」ですが、新録音ではもっと切実な、それこそ息子の死を悼む情感のようなものまで漂っているのではないでしょうか。
管楽器セクションのアンサンブルにも、違いが感じられます。ベートーヴェンを聴いたときにはこのオーケストラの木管は良く溶け合っているという印象があったのですが、今回シベリウスでフィンランドのオケと比べるとやはり個人芸が勝っているように聴こえます。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2016-08-25 21:43 | オーケストラ | Comments(0)
MELARTIN/Traumgesicht, Marjatta, The Blue Pearl
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Soile Isokoski(Sop)
Hannu Lintu/
Finnish Radio Symphony Orchestra
ONDINE/ODE 1283-2




シベリウスが生まれてから10年後の1875年に、現在はロシア領となっているカレリア地方のカキサルミで生まれたのが、エルッキ・メラルティンです。正直、このあたりの北欧の作曲家にはそれほどなじみがありませんから、この人の名前も今まで全く知りませんでした。それが、CDを出せば必ずチェックしていたハンヌ・リントゥとフィンランド放送交響楽団とのONDINE盤でこの人が取り上げられていたのと、さらに、その曲目の中に「マルヤッタ」というタイトルがあったので、俄然興味が湧いてきました。
実は、最近シベリウスの「交響曲第3番」に関していろいろ調べる機会があったのですが、その時に、同時に作曲を進行していた「マルヤッタ」というタイトルのオラトリオのことを知りました。結局それは完成には至らなかったものの、そこで用いられていたモティーフがこの交響曲の中で「再利用」されているということで、同じ素材がこのメラルティンの作品ではどのように扱われているのかを知りたくなったのですね。
「マルヤッタ」というのは、フィンランドの長編叙事詩「カレヴァラ」の最後に登場するエピソードです。なんでもマルヤッタという名前の少女が野に生えていたベリーの実を食べたことで男の子を出産し、その子がそれまでの王だったヴァイナミョイネンに替わって王となる、というような話なのだそうです。もちろん、それはキリスト教の要素がこの民話にも影響を及ぼした結果なのだ、と説明されています。
シベリウスの場合はその物語の中の「救世主の誕生」や「受難と死」、そして「復活」といったモティーフが、交響曲第3番の中に反映されているのだ、とされています。
それがメラルティンの場合は、ソプラノ・ソロとオーケストラのための、15分にも満たない曲に仕上がっていました。それは、まるでアニメのサントラのような、情景描写に主眼を置いた音楽のように思えます。冒頭からカッコーの鳴き声の模倣が聴こえるのは、確かにマルヤッタがカッコーと語り合うシーンと呼応しています。テキストはもちろんフィンランド語ですが、対訳の英語でそのあらましは理解できます。それによると、ここでは先ほどの「受難」や「復活」といった場面は登場せず、いきなりヴァイナミョイネンが現れて、カンテレを男の子に手渡して去っていく、といった情景で曲が終わっているようでした。シベリウスの場合は3つの部分から成る大オラトリオだったと言われていますが、それに比べるとずいぶんコンパクトな感じがしてしまいます。音楽も常に明るく、耳にすんなり馴染むものでした。
アルバムには、もう2曲収録されています。まずは、「マルヤッタ」の少し前に作られた「Traumgesicht」というドイツ語のタイトルが付いたオーケストラのための作品です。「夜の情景」といった意味でしょうか。サンクト・ペテルブルクでの、アレクサンドル・ジローティの指揮するコンサートのために作られたものです。これは、ヨーロッパ音楽の伝統をそのまま受け継いで、あえて民族的な要素は取り入れていないような作風です。オーケストレーションもとても色彩的な響きを重視していて、ほとんど映画音楽のような派手な作りになっています。そんな中で、それぞれのエピソードが何の準備もなしに唐突に登場するというあたりが、サプライズとしての面白さになっています。時々聴こえてくるドビュッシーのようなモーダルなテーマが、隠し味。初演後に何度か演奏された後はすっかり忘れ去られていたものが、2013年にリントゥとフィンランド放送交響楽団によって81年ぶりに甦演されたのだそうです(もう疎遠ではありません)。
もう1曲のバレエ曲「青い真珠」は、海を舞台にしたおとぎ話。作曲家の晩年の作品で、まるでチャイコフスキーのバレエ曲のようなキャッチーな作品です。最後から2番目の「ヴェールをかぶった魚」というナンバーが、ファンタスティックで素敵です。

CD Artwork © Ondyne Oy
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by jurassic_oyaji | 2016-08-13 20:27 | オーケストラ | Comments(0)
Nilsson/Celibidache
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Birgit Nilsson(Sop)
Sergiu Celibidache/
Swedish Radio Symphony Orchestra
WEITBLICK/SSS0186-2




ワーグナー歌いとして一つの時代を築いたビルギット・二ルソンが、そのキャリアの絶頂期、まさに脂ぎっていた頃に母国のスウェーデン放送交響楽団の演奏会に出演した時のライブ録音です。その時の指揮者がセルジウ・チェリビダッケだったという、今考えればとてつもなく貴重な顔合わせです。
これは、1967年の9月にストックホルムで行われたコンサートでのワーグナーと、翌年のやはり9月に同じ会場でのコンサートで歌われたヴェルディのアリアを収めたCDです。
ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲」と「愛の死」、それに「ヴェーゼンドンクの5つの歌」のオーケストラ伴奏版(フェリックス・モットル編曲)からの3曲が演奏されています。二ルソンのイゾルデといえば、その年の前年、1966年のバイロイト音楽祭で録音されたカール・ベーム指揮の全曲盤が有名ですね。DGから出たLPに使われたヴィーラント・ワーグナーのステージの写真がとてもインパクトのあるものでした。その年の10月にヴィーラントは亡くなってしまったので、このLPのボックスには、追悼文が同梱されていました。二ルソン自身はそのヴィーラントの演出には心酔していたことが、彼女の自伝では述べられています。


今回のCDでのコンサートが録音された1967年には、バイロイトでは「トリスタン」の上演はありませんでした。しかし、この年の4月にはなんと大阪でバイロイトの引っ越し公演があり、二ルソンがイゾルデを歌っていたのですね。信じられないでしょうが、本当にそんなことがあったのですよ。もっとも、「引っ越し」とは言っても、やってきたのは指揮者とソリストと、そして舞台装置だけ、オーケストラ(N響)と合唱は現地調達というしょぼさでした。もちろん、演出家のヴィーラントも来られるわけはありません。
ただ、あの薄暗いバイロイトのステージが、実際に大阪で再現されていたのは感動的だったことでしょう。そして、この時の指揮者がピエール・ブーレーズという、1966年に「パルジファル」でバイロイト(本場)にデビューしてはいても、当時の日本ではワーグナーに関しては全くの未知数の人だったのも、すごいことでした。
一方のチェリビダッケがワーグナーを演奏した録音などというものも、かなり珍しいのではないでしょうか。まず聴こえてくる「トリスタン」の前奏曲は、まさにそんな「初物」を味わうには十分な、いかにも彼でなければなしえないようなワーグナーでした。それは、彼のブルックナーにも通じる、とことん細部を磨き込んだ、奥の深いものだったのです。ただ、そのような演奏にはとてつもない緊張感が要求されるのでしょう、管楽器のプレーヤーなどはもうコチコチなっているのがはっきり分かるほどの切羽詰まった演奏ぶり、アインザッツさえまともに揃えられないという恐ろしさです。
そのような中でのニルソンも、やはりいつもとは違って、ほんの少しいつもの伸びやかさが見られないな、というところがありましたね。でも、「ヴェーゼンドンク」の方は、もう少し楽に歌っているような気はします。こちらでも、オーケストラは委縮の極み、「Schmerzen」の最後でのトランペット奏者は、かわいそうなぐらいの失態を演じていました。
ところが、翌1968年のヴェルディでは、この指揮者はそれほどの締め付けは行わなかったのかもしれません。二ルソンはとても伸び伸びと、ちょっと普通のソプラノとは格の違うヴェルディを聴かせてくれています。
最後にはボーナストラックとして、「トリスタン」のリハーサルが収録されています。なぜか、これはモノーラル、こちらの二ルソンの方がコンディションが良かったように感じられるので、これも本体と同じステレオで録音されていればよかったのに。そういえば、先ほどのバイロイトの「トリスタン」のLPには、リハーサルももちろんステレオで録音されたものがおまけで入っていましたね。

CD Artwork © Weitblick
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by jurassic_oyaji | 2016-07-07 21:08 | オーケストラ | Comments(0)