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カテゴリ:オーケストラ( 476 )
GADE/Symphonies Nos. 3 & 4
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新田ユリ/
愛知室内オーケストラ
AICHI CHAMBER ORCHESTRA/ACO-001, 002


今年、2017年は、デンマークの作曲家ニルス・ウィルヘルム・ゲーゼが生まれてから200年という記念の年です。しかし、例えばバッハやモーツァルトの記念年のように盛大にお祝いされるということが無いのは、ひとえにこの作曲家が一般の人にはほとんど知られていないからです。なんせ、名前すら最近でこそきちんと「ゲーゼ」と呼ばれるようになっていますが、少し前までは「ガーデ」とか、もっとひどいのは「ガーゼ」でしたからね。お前は救急箱か。
つまり、ゲーゼさんは1817年に生まれたことになります。時代的にはメンデルスゾーン(1809年)やシューマン(1810年)といった有名なロマン派の作曲家と同時代、ということですね。
実際、ゲーゼはメンデルスゾーンとは深い関係にあって、1842年に作られた彼の「交響曲第1番」をライプツィヒで初演してくれたのは、ほかならぬメンデルスゾーンだったのです。ゲーゼはそのままライプツィヒへ赴いてメンデルスゾーンの弟子となり、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の副指揮者として1845年には、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」の初演の指揮を任されるほどになります(この時、本来指揮をするはずだったメンデルスゾーンは、体調不良でした)。さらに1847年にメンデルスゾーンが亡くなると、その首席指揮者のポストを引き継ぎました。しかし、1848年にデンマークとプロイセンとの戦争が勃発したために、ゲーゼはデンマークに戻ります。それ以後は、故国の音楽発展に寄与、さらにニルセン、ノルウェーのグリーグといった、多くの北欧の作曲家を育て、「北欧音楽の父」とも呼ばれています。
彼の交響曲は、全部で8曲あります。いずれも演奏時間は20分から30分のもので、古典的な4楽章形式をとっていますが、「5番」だけにはソロ・ピアノが加わっているのがちょっとユニークなところでしょうか。
今までに、その8曲全部が録音されたセットは、おそらく3種類あります。それは、1980年代のネーメ・ヤルヴィ指揮のストックホルム・シンフォニエッタ(BIS)、1990年代のミハエル・シェンヴァント指揮のコペンハーゲン・コレギウム・ムジクム(DACAPO)、そして2000年代のクリストファー・ホグウッド指揮のデンマーク国立放送交響楽団(CHANDOS)です。
そこに、史上4番目の交響曲ツィクルスを目指して、新田ユリさんと愛知室内オーケストラとの録音のリリースがスタートしました。新田さんは、かつてフィンランドでオスモ・ヴァンスカの薫陶を受け、現在は日本シベリウス協会の会長を務められているというまさにシベリウスのスペシャリストですが、シベリウスだけには限らない、北欧音楽全般に対する広範な視野をお持ちになっている方です。その一端はこちらの著書に反映されています。
新田さんは2015年にこのオーケストラの常任指揮者に就任されましたが、その就任記念演奏会として2月27日に開催された第14回定期演奏会で演奏されたのが、「交響曲第3番」(ACO-001)です。さらに、就任前の2012年9月28日の第11回定期演奏会で演奏されたのが「交響曲第4番」(ACO-002)です。
先ほどの書籍の中では、新田さんは「正直なところ『第1番』と『第8番』の間に、大きな変化は見られない...8曲とも同じような色合いに聞こえてしまう」と書かれていますが、どうしてどうして、「3番」の持つまるでチャイコフスキーのような哀愁、そして「4番」が醸し出すとても甘美で上品なテイスト、それらはこの録音ではそれぞれに印象深く伝わってきます。
ただ、これはCDではなく、NML、Spotify、iTunesなどでの配信によるリリースで、品番もそれらのアートワークのものです。ですから、音源はAACレベルで、ちょっと物足りないところはあります。ハイレゾでの配信は期待出来るのでしょうか。それとも、裏切られる?(それは「背信」)。
今年3月の第18回定期演奏会では、「交響曲第1番」が演奏されました。この堅実な歩みが続きますように。

AAC Artwork © Aichi Chamber Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2017-08-17 20:54 | オーケストラ | Comments(0)
DVOŘÁK/Symphony No.9
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Kevin John Edusei/
Chineke! Orchestra
SIGNUM/SIGCD515


「チネケ! オーケストラ」という、聴きなれない名前のオーケストラのデビュー・アルバムです。熱血漢が集まっているのでしょうか(それは「血の気」)。
最初、このジャケットを見た時には、この10人ぐらいのメンバーだけで「新世界」などを演奏しているのかな、と思ってしまいました。実は普通の編成のシンフォニー・オーケストラだったんですね。ブックレットにはメンバー表もありますが、きっちり14型、2管編成で、総勢71人です。
「チネケ」は、英語では「Chineke」という表記、これは、ナイジェリアあたりで使われている言語「イボ語」で、「神」という意味の言葉なのだそうです。「神!」なんですね。そもそもは、2015年にイギリスで設立された「チネケ!財団」というNPOが母体になっていて、そこにはこの「チネケ! オーケストラ」と、「チネケ! ジュニア・オーケストラ」の2つの団体が所属しています。
そして、最も重要なのは、ここに属するのは全て「黒人と少数民族」だということです。そのような人たちがイギリスのみならず、ヨーロッパ全土から集まって、これらのオーケストラのメンバーになっています。最近では、有名なオーケストラでこのようなマイノリティの奏者を見かけることは良くありますから、以前は確かにあった「壁」というか「差別」は少なくなっているのでは、と思っていたのですが、実情はそんなに甘いものではないのでしょうね。なんとしてもマイノリティだけによるオーケストラを、という切実な思いがあったのでしょう。
この財団の創設者は、ナイジェリア人とアイルランド人のハーフ、チチ・ンワノクというコントラバス奏者です。なんでも幼少のころはスプリンターとして世界大会にも出場したこともあるアスリートだったのだそうです。彼女は、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の創設メンバーの一人でもありました。もちろん「チネケ! オーケストラ」でも首席コントラバス奏者を務めています。
指揮者のケヴィン・ジョン・エドゥセイも、もちろんマイノリティの方。ミュンヘン交響楽団と、ベルン市立劇場オーケストラの首席指揮者のポストにあります。
このCDは、彼らが2016年9月4日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行ったコンサートのライブ録音、収録されている「フィンランディア」と「新世界」には、それぞれ彼らのルーツに寄せる思いと共鳴するところがあるのでしょうか。
1曲目は、そのシベリウスの「フィンランディア」です。まずは、録音がなんとも乾いた音になっていて、弦楽器の響きがとても薄っぺらなのが気になります。それと、全体の演奏が盛り上がっても、なにか方向性がバラバラで音としても、音楽としても目指すものが良く見えてこないようなところがあります。ですから、この曲でよく見られる熱い思いのたぎるさまは、まず感じることはできません。
メインとなるドヴォルジャークの「交響曲第9番(新世界より)」も、なにか全体のアンサンブルがちぐはぐなような感じが付いて回ります。というより、この曲を演奏する時に絶対に外せないようなポイントで、ことごとく予想外の歌い方やパート間のバランスのとり方が出現しているのですね。たとえば、第1楽章でのフルートのソロなども、普通のヨーロッパのオーケストラだったら絶対にやらないような、ちょっとした「いい加減」なところがあったりします。
たとえば、われわれ日本人は、西洋音楽に関しては紛れもない「マイノリティ」です。そんな人が集まったオーケストラは、見事に「西洋風」の演奏を聴かせてくれます。ところが、同じ「マイノリティ」でも、この「チネケ!」はおよそ「西洋」のしきたりとはかけ離れた音楽を聴かせてくれました。「マイノリティ」の進むべき道は、本当はどちらが「正しい」のか、そんなことを考えさせられるという意味で、これは興味深いCDです。

CD Artwork © Signum Records

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by jurassic_oyaji | 2017-08-10 21:31 | オーケストラ | Comments(0)
CALANDRELLI, FREIBERG, BEAL/Concerto for Clarinet & Orchestra
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Andy Miles(Cl)
Wayne Marshall, Rasmus Baumann/
WDR Funkhausorchester Köln
CPO/555 154-2



このアルバムのタイトルは、「Symphonic Jazz with Andy Miles」です。「シンフォニック・ジャズ」という言葉は、あのガーシュウィンに「ラプソディ・イン・ブルー」を作らせ、それを演奏したポール・ホワイトマンが目指したコンセプトなのでしょうが、それは、今回のアルバムのコンセプトとは微妙に異なっているようです。「元祖」の方はあくまで主体はジャズバンド、それにストリングスを少し加えて「シンフォニック」に迫ろうというものですが、こちらはクラシックの伝統的な編成による「シンフォニック・オーケストラ」を使って、ジャズのイディオムをふんだんに使った曲を作ろう、というものなのでしょうから。
そして、今の時代は最初からジャズとクラシックの垣根がないところからキャリアをスタートさせている音楽家がたくさんいます。ここで聴くことのできる3つの「クラリネット協奏曲」を作ったり演奏しているのも、それぞれに日常的にジャンルを超えた活動を行っている人ばかりですからね。
ここで演奏しているオーケストラはWDR(西ドイツ放送)に所属している2つのオーケストラの一つ、WDRケルン放送管弦楽団。もう一つの「ケルン放送交響楽団」の方はクラシック専門ですが、こちらはもっと幅広い音楽をいつも演奏しています。それで儲けるんですね。そして、その首席クラリネット奏者であるアンディ・マイルズが、このアルバムの主人公です。
ジャケットの写真で、彼がクラリネットを演奏していますが、その楽器を見ると「エーラー管」であることが分かります。これは、世界中でメインに使われている楽器(ベーム管)とは全く別のタイプの楽器で、主にドイツのオーケストラ奏者だけによって使われているものです。その渋い音色は、まさにドイツ・オーストリア古典派の音楽には最も適した楽器だと言われています。そんな楽器で演奏されるジャズ、ちょっと気になりますね。
最初に演奏されている協奏曲は、1939年生まれの、アメリカの編曲の世界では名前を知らない人はいないという大御所、ホルヘ・カランドレリの作品です。いかにもクラシック的なアレグロ-アダージョ-プレストという典型的な楽章配置になっていて、第1楽章あたりは近代の例えばイベールあたりの作品とよく似た、技巧的なパッセージと色彩的なオーケストレーションが魅力的なものに仕上がっています。しかし、途中からそれがガラリと変わって、小粋なジャズ風のリズムに乗った軽快なものになります。そして最後には「カデンツァ」が用意されていますがおそらくそれは演奏者に即興演奏が任されている「ソロ」のパートなのでしょう。
第2楽章は、まさにスタンダード・ナンバーのジャズ・ヴォーカルの世界が広がります。まるでムード・ミュージック(死語)のようなサウンドが、ジャジーに迫ります。しかし、最後の楽章あたりでは、弦楽器に打楽器のような演奏をさせる「現代的」な奏法まで繰り出して、ハードさも主張しています。
2曲目はこのオーケストラの委嘱によって、特にマイルズのために作られた、1957年生まれ、映画やテレビの世界で活躍しているダニエル・フライバーグの「ラテン・アメリカン・クロニクルス」という、スペイン風のテイストを持った作品です。ここでは、クラリネットのソロがオーケストラのフルート奏者と掛け合いをするシーンもありますが、そのフルートもしっかりジャズっぽいビブラートで応戦しています。
3曲目はトランペット奏者から作曲家に転身した1963年生まれのジェフ・ビールの「Riches to Rags」と「Famines to Feasts」という2つの部分から成る作品。シンコペーションのリズムが各所で大活躍です。
マイルズは、胸のすくようなテクニックで、見事にソロのパッセージを吹きまくっています。エーラー管ならではの落ち着いた音色と、控えめなビブラートが、ジャズの中にもしっかりクラシックのセンスを感じさせてくれています。
 
CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2017-08-05 20:34 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphonie Nr.5
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900155(hybrid SACD)


ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団のマーラーでは、この前の「9番」で日本向けにだけSACDが提供されるというサービスがありましたが、今回の「5番」でもやはりSACDのスペシャル・イシューです。ただ、ハイレゾ配信だと、フォーマットが24/48のFLACなのでオリジナルの録音がその程度なのでしょうから、SACDとCDとの差はそれほど大きくはありません。まあ、そのほんの少しのところに命を懸けるのがオーディオ・マニアなのでしょう。
ただ、このレーベルは音そのものはとても生々しくて厚みのある豊かなものなのですが、ギリギリのゲインで勝負しているために時折入力オーバーで音が歪んでしまっているところが出てきます。それが、SACDではCDに比べてより「生々しく」聴こえてしまうのですね。もともとハイレゾとは言えないものを、こんな風に歪みだけが目立つようにしているのでは、SACDとしてのメリットはほとんどありません。
しかし、ヤンソンスの演奏は素晴らしいものでした。なによりも、第1楽章の「タタタター」のテーマとペアになっていて、最初はヴァイオリンとチェロで出てくるゆったりとしたテーマでのアウフタクトの扱いが絶品です。小節線を超えるところでの絶妙の「間」、そこには確かに「愛」が感じられます。ハープと弦楽器だけで演奏される、有名な「アダージェット」というタイトル(殺虫剤ではありません・・・それは「アースジェット」)の第4楽章も、よくある甘ったるい歌い方ではなく、まるですすり泣くような演奏を、ヤンソンスは弦楽器に要求しています。
マーラーがこの交響曲を完成させたのは1902年のこと、1904年には初演が行われ、同じ年に出版されます。しかし、その出版に際しては、マーラーは妻アルマの意見も取り入れて楽譜を改訂しています。さらに、出版後も亡くなる1911年まで、しつこく改訂を行っていました。現在では、その最終稿を後の人が校訂した形で出版されているはずです
その1904年の初版は、インターネットで容易に見ることが出来ます。それは1ページ目からすでに、同じパッセージでも今の楽譜と比べると演奏する楽器が違っているところが見つかるのですから、全体では膨大な量の訂正が行われていたはずです。さらに、同じサイトではパート譜も見られるようになっていますが、それがすでにスコアとは違っているのですから、ひどいものです。
マーラーの楽譜そのものは、とっくの昔に著作権は切れているのですが、「後の人が校訂」した場合に、その校訂楽譜に対しての著作権が発生します。ですから、それを避けるためにお金のないアマチュアのオーケストラが、原則パブリック・ドメインのインターネットの楽譜をダウンロードして使うような場合は、注意が必要です。この「交響曲第5番」での訂正箇所は膨大ですから、指揮者は貴重な練習時間を楽譜の訂正のような無駄なことに使わなければならなくなりますからね。
もちろん、プロのオーケストラの場合は、きちんとそれなりのお金を払って最新の楽譜を用意して演奏なり録音なりを行っていることでしょう。今回のヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団も、メンバーの譜面台にはちゃんと購入するか、レンタルしたパート譜が乗っていたはずです。
それでも、場合によっては楽譜に問題があることもあります。第4楽章の113小節目(赤枠、02:22付近)では、木管楽器のユニゾンのはずなのに、フルートとそれ以外の楽器が微妙にリズムが違っています。
ですから、普通聴かれる演奏では、この部分はオーボエとクラリネットのリズムに合わせています。というか、フルートだけ楽譜通りに吹いたとしても、まず分かりません。
ところが、このヤンソンスの録音では、そこが「楽譜通り」に演奏されているのがはっきり分かるのですよ。ちょっとびっくり。でも、それでマーラーのヘンテコなオーケストレーションの一端が感じられたような気がします。

SACD Artwork © BRmedia Service GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-08-01 22:49 | オーケストラ | Comments(0)
MENDELSSOHN/Symphonies 1-5
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Karina Gauvin, Regula Mühlemann(Sop)
Daniel Behle(Ten)
Yannick Nézet-Séguin/
RIAS Kammerchor
Chamber Orchestra of Europe
DG/479 7337


フィラデルフィア管弦楽団と、メトロポリタン歌劇場という、アメリカを代表するオーケストラとオペラハウスの音楽監督を兼任、まさに現代の若手指揮者の筆頭に躍り出た感のあるヤニック・ネゼ=セガンですが、ヨーロッパ室内管弦楽団とはDGのモーツァルト・オペラ選集などの録音もあり、この団体の桂冠指揮者に任命されています。今回は、RIAS室内合唱団とソリストも参加した「賛歌」も入っているメンデルスゾーンの交響曲全集を、この室内オーケストラと録音してくれました。
これは、2016年2月の20日と21日の2日間にわたって、フィルハーモニー・ド・パリで行われた交響曲ツィクルスのライブ録音です。1日目は「3番(スコットランド)」と「2番(賛歌)」、2日目には「1番」、「4番(イタリア)」、「5番(宗教改革)」が演奏されています。録音データでは、その次の22日もクレジットされていますが、おそらくその日には、本番でミスをした部分を録り直したのでしょう。いや、「本番」の方も、客席のノイズがほとんど聴こえていないので、大半はゲネプロの段階で収録は完了していたのかもしれません。
この新しいツィクルスで特徴的なのは、新しい原典版の楽譜が使われているということです。1番と2番はブライトコプフ&ヘルテル版、3、4、5番はクリストファー・ホグウッド校訂のベーレンライター版という表記があります。ブライトコプフでは、最新のメンデルスゾーン全集が刊行されていますが、ベーレンライター版はホグウッドが亡くなってしまったために、交響曲はこの3曲しかありません。
そして、楽譜とともに重要なのが、ブライトコプフ版の全集に含まれている、2009年に刊行された「メンデルスゾーン作品目録(MWV)」による作品番号が、おそらく市販CDとしては初めて採用されていることです。MWVは、正式には「Felix Mendelssohn Bartholdy: Thematisch-systematisches Verzeichnis der musikalischen Werke」という長ったらしい名前ですが、この全集の「交響曲第1番」の校訂を行ったラルフ・ヴェーナーによって編纂されたもので、メンデルスゾーンの作品(Werke)をジャンル別、作曲年代順に整理した目録(Verzeichnis)です。
この目録では、全作品が「A」から「Z」までの26のカテゴリーに分類されていますが、「交響曲」は14番目の「N」のカテゴリーに入っています。これによって、今まで使われていた単に出版順につけられていた番号が、きちんと作られた順に呼ばれるようになりました。ただ、その中にはいわゆる「弦楽器のための交響曲」も含まれているので、今までの「交響曲第1番」は「MWV N 13」になっています。そのほかの交響曲のMWV番号は、5番→N 15、4番→N 16、3番→N 18です(13と17は未完の交響曲の断片)。なお、「交響曲第2番」は、交響曲ではなく「大編成宗教声楽曲=A」にカテゴライズされて「MWV A 18」という番号が与えられています。タイトルも「交響的カンタータ『賛歌』」と変わりました。詳細はこちら
ブライトコプフ版は現物を見ていないので分かりませんが、ホグウッドが校訂したベーレンライター版では改訂が行われた作品では、改訂前と改訂後の楽譜を同時に見ることが出来るようになっています。ですから、「ホグウッド版」という表記があっても、それがどの稿による演奏なのかは分かりません。ここでは、ネゼ=セガンは全て「初稿」の形で演奏しているようです。もっとも、「3番」と「4番」は普通に演奏されるのが初稿なので、特に変わったところはありません。しかし「5番」は現行版が改訂後の「第2稿」なので、「第1稿」は非常に珍しく、多分これが2番目か3番目のCDなのではないでしょうか。
「第2稿」との最大の違いは、第3楽章と第4楽章の間に長大なフルート・ソロがフィーチャーされたカデンツァが入っている点です。これを吹いているのはクララ・アンドラーダ・デ・ラ・カッレでしょうか。とても渋い音色が魅力的です。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-07-29 22:28 | オーケストラ | Comments(0)
MAHLER/Symphony No.5
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Osmo Vänskä
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-2226(hybrid SACD)


フィンランドの指揮者、オスモ・ヴァンスカは、今ではアメリカのオーケストラの音楽監督に就任して、インターナショナルな活躍をしています。ただ、このBISレーベルからリリースされているCDでの彼のレパートリーは、お世辞にもインターナショナルとは言えません。やはり、なんと言っても突出しているのはシベリウスでしょう。かつての手兵だったフィンランドのラハティ交響楽団との共演では、シベリウスに関してはかなりマニアックなものまでレコーディングを行っていましたし、交響曲ではラハティ、ミネソタ両方のオーケストラとの全集を完成させていますからね。なんたって、その中には双方に「クッレルヴォ交響曲」まで含まれているのですから、これはそうとう画期的。
ただ、その他の作曲家では、交響曲全集を完成させたのは同じ北欧のニルセン(BBCスコティッシュ管)とベートーヴェン(ミネソタ管)しかなかったような気がします。そんなところに、いきなりマーラーの交響曲のツィクルスを始めたという情報が入ってきました。その第1弾として登場したのがこの「5番」です。
もちろん、オーケストラのコンサートでは今までにマーラーを取り上げたことはあったことでしょうし、1994年には室内楽版(シェーンベルク版)で「大地の歌」を録音していますから、別にマーラーが苦手だったわけではないのでしょうね。
この曲では、冒頭でのインパクトで、どれだけお客さんを引きつけられるかが、最大のポイントなのではないでしょうか。たった1本のトランペットから始まったものが、瞬時にとてつもない音響にまでたどり着くという場面、これは指揮者の腕の見せ所でしょう。そのトランペットのソリストは、素晴らしい音でその「運命のモティーフ」を吹いていました。そこには、どんな奏者でも見せるようなナーバスなところは全く感じられません。それどころか、まるでそれはニニ・ロッソの「夜空のトランペット」のようなリラックス感さえも持っていたのです。いかにもアメリカのオーケストラらしいという気はしますが、もうちょっと緊張感があってもいいような。
そして、すぐに最初のクライマックスがやってきます。この部分は、最近生で何度も聴いているので期待していたのですが、そのあまりのしょぼさには完全に失望させられてしまいました。SACDのダイナミック・レンジだったら、バスドラムの低音などはもっと重量感をもって聴こえてくるはずなのに(そういう音源はたくさん知っています)この、いかにも安全運転然とした録音はいったいなんでしょう。
そのあと、ヴァイオリンとチェロで現れるゆったりとしたテーマも、なんか薄っぺらな音で、ハイレゾならではの質感が全く伝わってきません。最近のBISの録音では、こういう弦楽器がとてもおざなりなものがよくあるのですが、これもそんな傾向が強く出てしまった、あまり感心できない録音なのでしょう。
ヴァンスカの指揮ぶりも、そういう録音のためなのかもしれませんが、なんか受け身に回ってしまった消極性のようなものが感じられてしまいます。あまり自分の主張を出さずに、もっぱらプレーヤーの自主性に任せる、みたいな感じ。
第2楽章も、同じようになんとも気の抜けた、戦闘意識の全く感じられない演奏です。第3楽章も、変に整っていて、マーラー特有の「汚なさ」が見られません。録音のせいもあるのかもしれませんが、クセのあるへんてこなメロディをあっさりと隠してしまっているので、とてもお上品になってしまっています。そして、第4楽章も、陶酔感からは程遠い乾いた音と歌いまわし、第5楽章も、何か居心地がよくありません。正直言って、こういうマーラーは嫌いです。
この後には「6番」と「2番」が控えているのだそうですが、とても購入する気にはなれません。というか、この程度の音だったらSACDでなくても構わないので、NMLで聴くぐらいが相応なのでは。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-07-25 23:12 | オーケストラ | Comments(0)
The Venice Concert
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Sergej Krylov(Vn)
Ezio Bosso/
Orchestra Filarmonica della Fenice
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最近、センセーショナルなほどの注目を集めている音楽家、エツィオ・ボッソは、1971年にイタリアのトリノに生まれ、最初はバンドのベーシストとして音楽活動を始めます。その後、クラシックの音楽家を目指して、ウィーンで学び、現在では指揮者、作曲家、ピアニストとして大活躍、映画音楽でも、2003年に公開された「ぼくは怖くない」などで高い評価を得ています。
初期のアルバムでは、ベーシストとしてボッテシーニの室内楽を集めたものが1995年にSTRADIVARIUSからリリースされていますし、映画音楽のサントラ盤もありました。ピアニストとしては、2015年にリリースされた「The 12th Room」という、自作を含む多くの作曲家の名曲を集めたアルバムでデビューしています。さらに2016年には、SONYから2004年から現在までの音源を集めた2枚組のアンソロジーが、最新の映像のDVDと一緒にリリースされています。
今回のアルバムは、2016年10月17日にヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で、そこのオーケストラを指揮したコンサートのライブ録音です。1曲目のバッハの「ブランデンブルク協奏曲第3番」では、自らチェンバロを弾きながら指揮をしています。2曲目は2006年の彼の作品「ヴァイオリン協奏曲第1番」を、初演者であるセルゲイ・クリロフのヴァイオリンで、そして最後はメンデルスゾーンの「交響曲第4番(イタリア)」という、ヴァラエティに富んだプログラムです。
最初のバッハは、ドイツ風の厳格なものではなく、まさにバッハがお手本にしたイタリアの協奏曲のような明るく自由な雰囲気に満ちていました。彼はクラウディオ・アバドとも親密な関係にあったそうで、彼のスタイルには心酔していたようですから、このあたりの演奏家の自発性をとことん重視するという姿勢が現れることになるのでしょう。ただ、アバドの場合はこの「ブランデンブルク」もソリスト級の人が集まっていてアンサンブルも完璧でしたが、このイタリアのオーケストラではそこまでのスキルはないようです。第3楽章になるとテンポもかなり速くなり、ちょっと収拾がつかなくなるところも出てきますが、ノリの良さでカバー、でしょうか。楽章間のカデンツァは、アレッサンドロ・マルチェッロの「オーボエ協奏曲」をバッハがクラヴィーア用に編曲した「協奏曲BWV974」の第2楽章を、そのまま移調して演奏していました。このあたりが、ボッソの作曲家としての立ち位置を象徴しているように感じられます。
次に演奏される彼の「ヴァイオリン協奏曲」は、全3楽章、演奏時間は30分という大作です。とは言っても、時間的な長さに比べて、そこに用いられている素材があまりにも少ないのには、ちょっとひるんでしまいます。言ってみれば「ミニマル・ミュージック」の世界、そうなると、聴く者としては身を構えて音に込められた作曲家の思いを受け止めるというよりは、ひたすら意識を殺した音の流れの中に身を任せる、という姿勢が求められるはずです。中でも、真ん中に置かれたゆっくりした楽章はそれだけでほぼ半分の時間を費やしていますから、これはもうほとんど極上の「ヒーリング」の世界です。途中でトイレに行きたくなるかもしれません(それは「ご不浄」)。いつの間にか無意識のかなたに連れて行かれそうになると、突然元気のよい第3楽章が始まって、目を覚ます、という体験が待っています。
メンデルスゾーンの「イタリア」も、良く聴くことが出来る引き締まったスマートな演奏には程遠い、まるで晩年のチェリビダッケのような持って回った表現です。おそらく、もっと上手なオーケストラだったら、この気まぐれな指揮に順応して素晴らしいものが生まれていたのでは、という感慨だけが残ります。
彼は、2011年に筋萎縮性側索硬化症(ASL)を発症したのだそうです。現在ではピアノを弾く時にはとても高い椅子に座って、ほとんど立った状態で演奏していますし、指揮もやはり椅子に座ったまま、指揮台には車椅子のためのスロープが設けられています。

CD Artwork © Sony Music Entertainment Italy SpA

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by jurassic_oyaji | 2017-07-20 22:50 | オーケストラ | Comments(0)
BACH/Ich ruf' zu Dir, Herr Jesu Christ
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Stephan Genz(Bar)
Alya Vodovozova(Fl)
Hilarion Alfeyev/
Russian National Orchestra
PENTATONE/PTC 5196 593(hybrid SACD)


ロシア正教会の要職にある音楽家、イラリオン・アルフェイエフ様は、ごく最近行なわれ、世間の注目を集めたバチカンのローマ法王とロシア正教会の総主教との会談の「陰の立役者」なんだそうですね。そんな偉いお方が下々の民のためにこんなアルバムを作ってくださいました。かつては、このお方が作曲なさった「マタイ受難曲」などもご紹介させていただきましたが、今回はバッハの作品を指揮なさっておられるアルバムです。中には、御自らオーケストラのために編曲なさっておられる曲もございます。
まずは、オルガンのためのコラール「Ich ruf' zu Dir, Herr Jesu Christ」BWV639です。これは1972年、ソ連時代に作られたアンドレイ・タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」の中で使われて有名になった曲ですね。映画の中ではシンセサイザーのような音で聴こえてきますが、当時のソ連にはまだシンセサイザーはなく、電子音を使って作られていたのだそうです。それを、アルフェイエフ様はオーケストラのために編曲なさいましたが、テーマは最初にトランペット、続いてオーボエで歌われるように作られておりました。その最初のトランペット・ソロの感じが、日本の下々の作曲家、富田勲が作ったNHK-BSの「プレミアム・シアター」のオープニング・テーマととてもよく似たテイストのように感じられるのはただの偶然なのでしょうか。もちろん、下賤な富田の曲はとてもだらしのない、何の魅力も感じられないものですが、アルフェイエフ様の編曲は一本芯が通っているようで、崇高さまで感じられてしまいます。
それに続いて、バッハのオリジナルの作品が演奏されます。まずはカンタータ「Ich habe genug」BWV82です。このカンタータは、何回か再演されて、そのたびにソリストがソプラノやメゾソプラノに替えられて、それに伴い調性も変わるのですが、ここでアルフェイエフ様が選んだのは初演のハ短調、ソリストがバスのバージョンです。これは、昨今良く聴かれるようなピリオド楽器系のちょっととんがった演奏とは対極をなす、なんとも伸びやかで安らぎが与えられるような演奏でした。バリトンのシュテファン・ゲンツは、とてもやわらかい声でしっとりとアリアやレシタティーヴォを歌っています。最初のアリアは、マタイ受難曲の39番のソプラノのアリア「Erbarme dich」とよく似ていますね。これだけ丁寧に歌われていると、メリスマの持つ意味が全く変わって感じられますし、レシタティーヴォさえもとても抒情的に思えてきます。
次は、フルートに若手のアリヤ・ヴォドヴォゾワを迎えて、「組曲第2番」BWV1067です。これは冒頭の序曲から、なんとも懐かしい、今では絶えて聴かれることのなくなったスケールの大きな音楽が現れていました。これは、おそらくバッハが現代に生きていたらこんな演奏をしていたのではないか、というアルフェイエフ様の「忖度」が反映されたものなのではないでしょうか。ひたすら「原典」を追い求めてやまない現代人の視野の狭さに対する、これはアルフェイエフ様の痛烈な皮肉なのかもしれませんね。もう、ただひれ伏すしかない、崇高な演奏です。
最後は、やはり原曲はオルガン・ソロだった「パッサカリアとフーガ」BWV582のオーケストラへの編曲です。これは、下々の指揮者、レオポルド・ストコフスキーが行った編曲も有名ですが、アルフェイエフ様は金管楽器だけのユニゾンでバス声部を提示するという、まるでこれ自体が教会の中の典礼のようなやり方で曲を始めていました。しかし、それから先の展開は、ありえないほどにぶっ飛びまくられているのには、思わずおののいてしまいました。ストコフスキーでさえも使うことをためらったチューブラー・ベルやタムタムの応酬、我々日本の田舎、奥州に住む下々のものには到底予想もできないような世界が、そこには広がっていたのです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-07-18 22:27 | オーケストラ | Comments(0)
SCHUBERT/Symphony No.8 "Unfinished"
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Mario Venzago/
Kammerorchester Basel
SONY/88985431382


いろいろ突っ込みどころ満載のジャケットです。まず、曲のタイトルとして最初に「The Finished "Unfinished"」、つまり「完成された『未完成』」という、不思議なセンテンスが掲げられています。いわゆる「未完成」というニックネームで広く親しまれている、シューベルトのあのロ短調の交響曲は、その名の通り本来なら4つの楽章があるはずなのに前半の2つの楽章しか作曲されていないという作品なのですが、それを「完成」させてしまったというのですね。完成すればもう「未完成」ではなくなるのに、ちゃんと「交響曲第8番『未完成』」と、理不尽なタイトルなのが、まず笑えます。
ジャケットの写真の方も、普通に見ると重苦しく漂う雲を撮ったものだと思ってしまいますが、ブックレットを裏返すと、そこにはまだつながっていない工事中の橋が。これで「未完成」を表現しているのでしょう。でも、曲の方はもう「開通」しているのに。
「未完成」を「完成」させたのは、何も今回が初めてのことではありません。1981年から1984年にかけて、ネヴィル・マリナーがPHILIPSにシューベルトの交響曲全集を録音した時には、イギリスの音楽学者ブライアン・ニューボールドによって、多くの交響曲が「復元」されていましたが、1983年に録音されたこのロ短調の交響曲でもしっかり4楽章までの「フルサイズ」のものになっています。ご存知のように、この曲のスケルツォ楽章は最初の20小節はオーケストレーションが完了していますし、そのあともトリオの断片までがピアノ譜で残されていますから、ニューボールドは一応シューベルトが望んだであろう形に復元することは可能でした。ただ、フィナーレの楽章はそのような下書きめいたものは残されてはいませんから、ほぼ同じ時期に作られた劇音楽「ロザムンデ」の間奏曲第1番をそのまま使っています。
今回は、指揮者のヴェンツァーゴが自らの仮説をもとにこの2つの楽章を復元したものが演奏されています。ただ、「ヴェンツァーゴ版」はここで初めて披露されているわけではなく、すでに2007年に録音されたジョアン・ファレッタ指揮のバッファロー・フィルの録音(NAXOS)でも使われていました。ここでは第3楽章がニューボールド版、第4楽章がヴェンツァーゴ版によって演奏されています。ただ、同じヴェンツァーゴ版と言っても、今回自らが指揮をして演奏しているものとは少し異なっている部分がありますから、この10年の間に「改訂」が行われているのでしょう。
ヴェンツァーゴの説によれば、シューベルトは最初からこの交響曲は4つの楽章まで作っていたそうなのです。そして、「ロザムンデ」の注文を受けて急いで仕上げなければいけなかった時に、この交響曲の第3、第4楽章からモティーフを転用したのですが、その際に交響曲の楽譜が散逸してしまった、というのです。ですから、その逆の手順、つまり「ロザムンデ」の中の何曲かの素材を組み合わせることによって新たに復元された第3、第4楽章が、ここでは演奏されています。
今まで首席客演指揮者のジョヴァンニ・アントニーニとの演奏でベートーヴェンの交響曲などを聴いてきたこのバーゼル室内管弦楽団は、ここでも7.6.5.4.3という編成の弦楽器と、木管楽器以外はかなりピリオドに近い楽器を用いるというやりかたによって演奏を行っていました。特にユニークなのは、第1楽章をきちんと楽譜通りの「アレグロ」のテンポにしていることでしょう。確かに、これによってこの曲の新たな姿は浮かび上がってきます。ただ、それを受ける「新しい」楽章たちからは、逆に冗長な印象を与えられてしまいます。第3楽章で、第2トリオを新たに「ロザムンデ」の素材で付け加えていますが、それを間にスケルツォを挟まず第1トリオのすぐ後に置いているのはあまりに風変りですし、第4楽章もコーダで第1楽章のテーマが再現されているのには、違和感が募るだけです。だれも、原曲がこうだとは思わないでしょう。

CD Artwork © Sony Music Entertainment Switzerland GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-07-11 22:32 | オーケストラ | Comments(0)
RAVEL/Daphnis & Chloé
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François-Xavier Roth/
Ensemble Aedes
Les Siècles
HARMONIA MUNDI/HMM 905280


ロトとレ・シエクルのアルバムのレーベルが、これまでのActes SudからHarmonia Mundiに変わりました。とは言っても、制作スタッフは以前と同じですし、今までもディストリビューションはHMが行っていたのですから、それほど重要なことではないのでしょう。前回の「レ・ディソナンス」と同様、音源はレーベルではなくアーティストがしっかり管理している、ということなのでしょうね。
ですから、彼らは今までとは何ら変わらない、非常に価値のあるコンサート、そしてそのライブ録音によるアルバムのリリースに邁進することになるのです。最初に耳にした「幻想交響曲」こそ、演奏も録音もいまいちでしたが、その後バレエ・リュスのレパートリーに着手したあたりから、彼らはどんどん進化を始めていますからね。ただ、ジャケットのデザインは確実につまらなくなりましたし、彼らの新しいロゴマーク(右)からも、以前(左)のスタイリッシュな味はなくなっています。
今回のラヴェルの「ダフニスとクロエ」も、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が上演される1年前の1912年にバレエ・リュスの公演で初演されています。現在では3部から成る全曲から、部分的に連続して切り取った2種類の「組曲」が用意されていますが、なんと言っても第3部の冒頭を少しカットして最後まで演奏される「第2組曲」がオーケストラの重要なレパートリーとなっていて、頻繁に演奏されます。もうひとつ、やはり全曲からの第1部の最後と第2部の最初の部分を抜き出した「第1組曲」は、古い録音がいくつかあるようですが、現在ではまず演奏されることはありません。コンサートでは「全曲」か「第2組曲」という選択肢しかないようですね。
もちろん、ロトたちは全曲を演奏してくれています。例によって、楽器に対するこだわりはハンパではなく、弦楽器はガット弦、管楽器も極力20世紀初頭にフランスで作られたものが集められています。ちょっと興味深いのが、キーボード・グロッケンシュピールの表記です。ラヴェルの楽譜には「Jeu de Timblesジュ・ド・タンブル」と書いてありますが、このCDの楽器リストでは「Glockenspiel à clavier Mustel」つまり「ミュステル製の鍵盤グロッケンシュピール」となっています。私見ですが、「ジュ・ド・タンブル」といった場合には、普通はトイ・ピアノのような外観の平べったい楽器を指し示すような気がしますが、ミュステルの楽器はそうではなく、チェレスタと同じような縦型なので、そのあたりを正確に記したかったのではないでしょうか。
さらにロトは、楽譜そのものもきっちり検証し、多くの間違いを正しています。さらに、合唱の位置に対する細かい指示(「ステージの後ろで」、「ステージの上で」、「近づいて」といったもの)も、ステージの両翼を使って実現させているのだそうです。ただ、この録音では合唱が「ステージの後ろ」で歌っている部分でも、とてもくっきりと聴こえてきますから、おそらく実際の音響ではなく視覚的な効果によってその位置を表現していたのでしょう。第1部の最後で合唱がア・カペラで歌われる時には、ステージは真っ暗になっていたのだそうです。
おかげで、コンサートホールを埋め尽くした聴衆も、その録音をこのDCで聴いている人たちも、このアンサンブル・エデスという2005年に結成されたばかりの若々しい合唱団の卓越した演奏を存分に味わうことが出来ることでしょう(とてもええですよ)。この曲で、合唱がこれほど重要なパートだということに、初めて気づかされました。
オーケストラでは、管楽器は言うまでもありませんが、弦楽器のなんとも言えないソノリテはやはりこの曲からは初めて味わえるものでした。
フルート・ソロのマリオン・ラリンクールは、いつものルイ・ロットから甘い音を引き出しています。ただ、「パントマイム」の大ソロは、あくまで、アンサンブルの中のフルートという感じで、それほどの存在感はありません。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

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by jurassic_oyaji | 2017-06-13 23:00 | オーケストラ | Comments(0)