おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 630 )
A CAPELLA I, II, Four of Us
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Singers Unlimited
MPS/HRA 234500(88.2/24FLAC)




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Singers Unlimited
MPS/HRA 234536(88.2/24FLAC)




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Singers Unlimited
MPS/HRA 124885(88.2/24FLAC)




シンガーズ・アンリミテッドの「A Capella」については、以前こちらで取り上げていましたね。このレーベルは、日本では最初は日本コロムビアから発売されていたので、LPも当然コロムビアがプレスしていました。それが、すぐに提携先がテイチクに変わってしまったので、それ以降のアルバムはテイチクでプレスされるようになったのですが、その音が全然違っていました。コロムビア盤はカッティング・レベルも高く、とても生きのいい音だったのに、テイチク盤はなんともおとなしく地味な音だったんですね。ということで、全てのアルバムをLPが出た時点で買っていたのですが、音に関しては何か満足できないでいました。一応全タイトルがCDにはなりましたが、アルバムごとにすべてがCD化されることはありませんでしたし、そもそも、このグループの音はCDに収まりきるようなものではありませんでした。ですから、さっきのレビューの中でも、「全15枚のアルバムがSACD化される日を、首を長くして待ちたいところです」と書いてましたね。さらに前回も「残りの13枚のアルバムが、すべてハイレゾで聴くことができるようになれば、本当にうれしいのですが」と。
ところが、そんな日はすでに2年前に訪れていたのですよ。前回「Christmas」の新しいLPを入手したのを機にハイレゾ配信サイトを調べてみたら、国内では2タイトルしか出ていなかったものが、ドイツの「HIGHRESAUDIO(ハイレゾオーディオ)」というサイトには、なんと13タイトルものハイレゾ音源が用意されていたではありませんか。「Christmas」と、1974年の「Sentimental Journey」が抜けていますが、それは大した問題ではありません。
おそらく、最近までMPSレーベルを管理していたUniversalは、彼らのアルバムにはそれほど関心がなかったのかもしれません。それが、Edelに移ってリリースに対する環境が変わったのでしょう。これらの音源は、すべてその時期、2014年にリリースされています。長年の夢は、とっくの昔にほとんど叶ってしまっていたのですね。
ただ、いずれは全部入手するにしても、まずはお試しできちんと聴いておかなければいけません。そこで、とりあえず、最も気に入っていた順にこの3枚のアルバムをダウンロードしてみました。
「A CAPELLA I」の音は、まさにCDとは別物の緻密で存在感にあふれるものでした。たぶん、最初に聴いたコロムビア盤のLPがこんな音だったのではないか、という気がしましたね。「A CAPELLA II」では、1曲目の「Clair」のイントロで出てくる口笛の音が、テイチク盤のLPでさえものすごいインパクトがあったのですが、それはCDでは何とも情けない音になっていました。それが、今回のハイレゾではそのLPさえも超えるほどの芯のある音で聴こえてきましたよ。
「A CAPELLA I」を、手元にある何種類かのCDと聴き比べている時に、とんでもないことに気づいてしまいました。リマスターによって、実際の演奏時間が違っているものがあったのです。それはB面の1曲目、CDではトラック6の「The Fool on the Hill」。ハイレゾ音源と単品の2種類のCDでは全て4分31秒なのに、かつてのMPSのプロデューサーで、すべてのアルバムのプロデュースとレコーディングを行ったハンス・ゲオルク・ブリュナー=シュヴェアによって1997年にリマスタリングが行われたボックス・セット「Magic Voices」に収録されているトラックだけ4分12秒だったのですよ。こんなに短くなっているのは、エンディングの「♪spinning round~」という部分のループが途中でカットされて本来14回あったものが9回に減っているからです。ここは、同じ音型を何度も繰り返しながら他の声部が入ってきてとてつもないクレッシェンドを演出した後にフェイド・アウトする、というカッコいいところなのですが、「Magic Voices」盤ではその盛り上がりがとてもしょぼくなっているのですよね。これだけのことで、このボックス全体に対する信頼感が、もろくも崩れ去ってしまいましたね。どこかの工事現場みたい(それは「とよす」)。

FLAC Artwork © HIGHRESAUDIO UG
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by jurassic_oyaji | 2016-09-27 23:29 | 合唱 | Comments(0)
Christmas
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Gene Puering/
The Singers Unlimited
MPS/0209875MSW(LP)




シンガーズ・アンリミテッドの「クリスマス」というアルバムは、もちろん最初はLPで買ったのですが何か音が歪っぽかったので、CDが出たのと同時に手放してしまっていました。そのCDも、誰かに貸したのに返してもらえていないのか、いくら探しても見当たりません。そんな時に、このアルバムがLPで新しくプレスされているということを知りました。なんでも、2014年に180gの重量盤でリリースされていたのだとか、そこで、コレクションを完成させておくために、せっかくなのでCDよりはLPを購入してみようと思いました。こちらにまとめたように、他のアルバムはすべてリマスター盤のCDが揃っていましたから。
手元に届いたLPの現物は、ずっしりとした重さがありました。プレスの状態もとても良好、特に縁の部分が垂直にカットされていて、厚みが感じられるのがいいですね。カッティングのレベルも高く取ってありますから、サーフェス・ノイズもほとんど聴こえません。もちろん、スクラッチ・ノイズも全くありません。
ジャケットの裏面には、オリジナルのライナーノーツがそのまま印刷されている上に小さなシールが貼ってあって、そこにはこういう表記がありました。

ここには、重要な意味が2つ含まれています。まず「A|A|A」というのは、録音とミキシング、そしてカッティングを全てアナログで行っている、という意味です。つまり、このLPのマスターには、最近では主流となったデジタルマスタリングが施されたものではなく、オリジナルのアナログ・マスターテープがそのまま使われている、ということです。そして、もう1点は、もはやこのMPSというレーベルは、この「Edel」という、クラシックでもおなじみのドイツの会社が保有するようになっていた、ということです。
MPS(Musik Produktion Schwarzwald)というのは、1968年にレコーディング・エンジニアのハンス・ゲオルク・ブリュナー=シュヴェアが、それまで属していたSABAレーベルがなくなったために新たに創ったドイツのレーベルでした。オスカー・ピーターソンなど多くのジャズ・ミュージシャンを抱えたレーベルとして、多くの名盤を世に送り出しますが、1983年にブリュナー=シュヴェアはその権利をPHILIPSに売って、別のスタジオを作ります。ですから、シンガーズ・アンリミテッドの音源もPHILIPS、さらにはUNIVERSALへと移ります。1998年にはブリュナー=シュヴェアの手になる先ほどのリマスターCDボックス「MAGIC VOICES」がUNIVERSALからリリースされています。
しかし、2012年になって、Universalはこのレーベルを手放してしまいます。それに対して、2014年にEdelが権利を獲得、新たにリリースを始めます。その際には、CDだけではなく、この「Christmas」のようにLPだったり、さらには「In Tune」と「A Capella」のデビュー・アルバムは88.2/24のハイレゾ音源のような形でリリースされているようです。さらに、なんと38cm/secのオープンリール・テープまで。
今回のLPは、まさに期待通りの音でした。特に外周部分ではCDでは決して味わえないしっとりとしたヴォーカルが再現されています。残念なことに、LPの弱点である内周での歪に対してはないしゅう(なす)すべもなく、CD並みかそれ以下の音でしかありません。このアルバムを含めた残りの13枚のアルバムが、すべてハイレゾで聴くことができるようになれば、本当にうれしいのですが。
このLPで、初めて本来のクレジットを見ることが出来ましたが、アルバムのプロデュースにはブリュナー=シュヴェアはまだ関わっていなかったのですね。つまり、MPSからのリリースは「3番目」ということになっていますが、録音されたのはMPSと契約する前だったことになります。それは先ほどのボックス・セットのブックレットにしっかり書かれてありました。なぜ、ボックスにこれだけが収録されていなかったのか、やっとわかりました。
さらに、アレンジも、ここではジーン・ピュアリング以外の人も行っていたことにも気づきました。キャロルなどは昔からあるグラディス・ピッチャーの編曲、そんな聴きやすさも、このアルバムの人気につながっていたのでしょう。

LP Artwork © Edel Germany GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-09-24 20:43 | 合唱 | Comments(0)
BARTÓK/Choral Works(1)
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Kristián Kocsis(Pf)
Zoltán Kocsis/
Hungarian National Choir(by Mátyás Antal)
Slovak Philharmonic Choir(by Jozef Chabroň)
HUNGAROTON/HSACD 32522(hybrid SACD)




2007年頃からリリースが始まった、HUNGAROTONレーベルの「バルトーク・ニュー・シリーズ」という、バルトークの作品全集は、おそらく全部で30枚ほどのSACD(一部はノーマルCD)で完結される予定で、現在進行中のプロジェクトです。そこでメインとなっているアーティストが、かつてはピアニスト、現在は指揮者として活躍しているゾルターン・コチシュです。チゲには欠かせません(それは「コチジャン」)。
彼は、音楽監督を務めているハンガリー国立フィルと管弦楽曲や協奏曲などの録音を行うだけでなく、室内楽でもピアノ・パートに参加するなどと、ほとんど全ての作品に関与しているというほどの入れ込みようです。ただ、オーケストラ作品で最も有名な「管弦楽のための協奏曲」だけは、同じメンバーでこの企画が始まる前の2002年に録音してしまっているので、まだこのシリーズでの録音はありません。
ただ、ピアノ・ソロのための作品は、新たに録音したのではなく、コチシュがかつて、まだSACDが出来ていなかった頃にPHILIPSに録音していたものを、そのまま使っています。したがって、その分の何枚かだけは普通のCDでのリリースです。
今回は、「合唱作品」の「第1集」というものがリリースされました。それをやはりコチシュが指揮をしている、というのが面白いところです。実は、合唱曲に関しては「2集」の方がすでに2009年にリリースされていました。そちらは児童合唱のための作品を集めたもので、指揮はデーネシュ・サボーでした。
そんな、たった2枚のCDですべてが収まってしまうのが、バルトークの合唱作品です。同じ時代のハンガリーの作曲家コダーイに比べるとそれは何とも物足りない気がします。そもそも、バルトーク自身は合唱の経験はほとんど持っていない人でした。ですから、初期の作品は外部の団体からの依頼によって作られた、というケースがほとんどでした。それは、ハンガリー周辺諸国の民謡を素材にしたものでした。
しかし、「第2集」に入っている児童合唱のための「27の合唱曲」や、このアルバムの男声合唱曲「過ぎ去った時より」などの後期の作品はそのような依頼ではなく、コダーイの勧めに従ってテキストも自分で編集して自発的に作ったものです。
ここでは、2つの合唱団が登場しています。「4つのスロヴァキア民謡」と、「5つのスロヴァキア民謡」はスロヴァキア・フィルハーモニー合唱団、残りの曲はハンガリー国立合唱団が歌っています。混声合唱で歌われる「4つのスロヴァキア民謡」だけにはピアノ伴奏が付きますが、それはクリスティアーン・コチシュという人が弾いています。あいにく、この人は指揮のコチシュとは何の関係もない人のようです。なんでも、同じピアニストの日本人の奥さんと一緒に、仙台市に住んでいるのだとか。
そのピアノの前奏に続いて聴こえてきたスロヴァキアの合唱団は、しばらくぶりに味わう素朴なテイストを持っていました。とても上手、なにしろ、最初のソプラノのチューンは丸ごと終わるまでに完全にカンニング・ブレスで歌いきっていたのですからね。その上で、やはり北欧やイギリスとは全く異なる「泥臭さ」が満載なのですよ。それは、バルトークには絶対に欠かせないファクターでしょう。というか、この「ニュー・シリーズ」全体が、ことさらバルトークの「泥臭さ」を強調しているような演奏で統一されているのでは、と思えて仕方がありません。
他の曲を歌っているハンガリーの合唱団は、もう少し洗練された味がありますが、基本的な「泥臭さ」はやはり健在でした。特に、ハンガリーの音楽に特有な「タ・ター」というリズムは、やはりとても自然に歌われています。
男声合唱のための「4つの古いハンガリー民謡」は、そもそも1910年に作られ、それを1926年に改訂して出版したものですが、ここにはその両方が収録されています。その違いは、なかなか興味深いものがあります。

SACD Artwork © Fotexnet Kft
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by jurassic_oyaji | 2016-09-17 20:45 | 合唱 | Comments(0)
RUTTER/Psalmfest
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Elizabeth Cragg(Sop), Pascal Charbonneau(Ten)
Mike Allen(Tp), Tom Winpenny(Org)
Andrew Lucas/
St Albans Cathedral Choir and Abbey Girls Choir
Royal Philharmonic Orchestra
NAXOS/8.573394




ジョン・ラッターが1993年に作った「Psalmfest」という曲集を2014年に世界初録音したCDです。イギリス合唱界の重鎮作曲家として、多方面からの作曲の委嘱が殺到しているラッターですから、今までに「詩編(Psalm)」をテキストにした合唱作品も数多く作っています。そんな、ほとんど20年もの間に渡って紙片に書きためたそれぞれ独立した「詩編」から8曲を選び、さらに1曲新しいものを加えて、教会での礼拝ではなく、コンサートの場で演奏されるように50分ほどの長さにまとめたものが、この曲集です。
その9曲は、元々キャッチーなラッターの作品の魅力を最大限に発揮させるために、まず真ん中(5曲目)には無伴奏で歌われる曲をおいて、その前後には華麗な編曲のオーケストラの伴奏に乗ったアップテンポの曲とバラードっぽいものとを交互に配置するという曲順がとられています。その効果は絶大なもの、とてもリズミカルで心躍るような曲のあとに、しっとりと歌い上げる曲が来る、という絶妙の配置で、そこには一気に最後まで聴けてしまうような楽しさが潜んでいます。
ですから、タイトルはこのレーベルでは「祝祭詩編」と訳されていますが、そんな堅苦しいものではなく(正直、このタイトルを見たら、どんだけつまらない曲が並んでいるんだ、と、引いてしまいましたよ)、素直に「詩編祭り」あたりにした方が、この作品全体の雰囲気と、ラッター自身の意図がよりよく伝わってくるはずです。
ここで演奏しているのは、セント・オールバンズ大聖堂付属の合唱団です。ここには少年と成人男声による合唱団と、少女だけの合唱団があって、今回はその2つが合同で録音に参加しています。1曲目の「詩編100(O be joyful in the Lord)」で、とても賑やかなオーケストラの前奏に続いて聴こえてきたトレブルの声が、あまりに情けなかったのでどうなることかと思ってしまったのですが、それ以降は何の問題もない素晴らしい声に変わったのはなぜでしょう。いずれにしても、ア・カペラの「詩編96(Cantate Domino)」では、とても力強い歌声を聴くことが出来ます。この曲の後半には、プレーン・チャントの「Veni Creator Spiritus」が引用されているという、ラッターにしては珍しい作り方になっています。
「詩編祭り」ならではの配慮なのでしょう、オリジナルは合唱だけのために作られたものが、ここではソプラノとテノールのソロに置き換わっている部分があります。そのうちの1曲、「詩編23(The Lord is my shepherd)」は、1985年に作られた彼の「レクイエム」のための曲です。この2つのバージョンを比べてみると、ソロが入ったことによってまるでミュージカルの中のナンバーのような味わいが出てきます(実際、テノールのソリストはミュージカル・シンガー)。この曲はオーボエのオブリガートがとても素敵ですが、それもさらに甘く響きます。
この曲集のために新しく作られた最後から2番目の「詩編84(O how amiable are thy dwellings)」は、最初から2人のソリストしか歌いません。それはまるで「West Side Story」の中の「Tonight」のように聴こえます。そして、それが静かに終わった後に聴こえてくる終曲「詩編148(O praise the Lord of heaven)」には、同じミュージカルの「America」のリズムがてんこ盛り。
そのほかに、2011年のウィリアム王子の結婚式の時に歌われて全世界の人が聴いた「This is the day」など、華やかな式典のための曲が3つ収められています。
録音エンジニアはサイモン・イードン。1970年にDECCAに入社、数々の名録音を世に送りますが、1997年にDECCAの録音部門が閉鎖されたために、かつての同僚たちと独立して「Abbas Records」という録音プロダクションを設立し、フリーランスのエンジニアとして活躍している人です。ここでは、合唱やオーケストラの質感が圧倒的に感じられる、まさに「DECCAサウンド」そのものを聴くことが出来ます。そのあまりのすばらしさに、やはり彼の手になるジンマンの「復活」を改めて聴きなおしてしまいましたよ。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-09-15 20:58 | 合唱 | Comments(0)
DURUFLÉ/Complete Music for Choir and Organ
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Benjamin Sanders, Daniel Justin, Adriana Falcioni(Org)
Thomas Leech/
The Choir of Leeds Cathedral
Skipton Building Society Camerata
BRILLIANT/9264




今年、2016年は、モーリス・デュリュフレが亡くなって30年という記念の年です。それにしては世の中ではそれに関したイベントやコンサートが大々的に行われるような情報は伝わってこないような気がしますが、どうなのでしょう。レコーディングの方では、新しい、ピリオド・オーケストラによる録音がリリースされているそうなので、それはいずれご紹介できることでしょう。今回は、かなり前に録音された、彼の合唱曲とオルガン曲を「全て」収めた2枚組のアルバムですが、つい最近目についたものですからこれも聴いてみることにしました。
ご存知のように、デュリュフレが残した作品は非常に少なく、作品番号が付けられて出版されたものは14点しかありません。その中の10曲までが合唱とオルガンのための作品です。その内訳は合唱曲が4曲、オルガン曲が6曲です。今回のアルバムでは、遺作となった「Méditation」と、未出版の「Hommage à Jean Gallon」という、作品番号の付いていないオルガン曲も2曲演奏されています。この「8曲」入りのオルガン全集は、今までには2006年のフェアーズ盤や2012年のクロウセー盤などがありましたね。
ところで、この2つのジャンル以外の作品は4曲ありますが、そのうちの「作品3」が「前奏曲・レシタティーヴォと変奏」というフルートとヴィオラとピアノのための作品です。これは、ピアノをハープに替えればドビュッシーのソナタと同じ編成になりますが、まさにドビュッシー風の前奏曲に、フルートとヴィオラによるレシタティーヴォを挟んで、グレゴリオ聖歌風のテーマによる技巧的な変奏が続くという、なかなか魅力的な曲です。
このアルバムは、2012年の3月に、たった4日間のセッションで録音されたものです。なんたって、目玉は「レクイエム」でしょうね。こんなセッションですからてっきりオルガン版(第2稿)だと思って聴きはじめたら、小編成のオーケストラが入った第3稿による演奏でした。なんと贅沢な。やはり、金管楽器やティンパニがしっかり入っていた方がこの曲の味がきちんと出てきます。
その代わり、というわけでもないのでしょうが、ソリストのパートは合唱団員の担当です。「Pie Jesu」のメゾ・ソプラノはソロですが、「Domine, Jesu Christe」と「Libera me」のバリトンはパート全員で歌っています。
1曲目のテーマがテナーで出てきた時、普通の合唱の声ではなく、まるでオリジナルのグレゴリア聖歌のようなダミ声が聴こえてきたので、もしかしたらそのようなアプローチの演奏なのかな、と思ってしまいました。そんな演奏が一つぐらいあってもいいですよね。しかし、それは単に合唱団の声が揃っていないだけなのだということが、しばらくすると分かります。一応、トレブルは少年少女、男声パートは「セミプロ」が集まっているのだそうですが、どうも合唱としての訓練はあまり行われてはいないような気がします。トレブルはまあこんなものでしょうが、男声はおそらく個人的には良い声の持ち主なのでしょうが、それが全体の中に溶け合わないのが困ったところです。
それでも、デュリュフレの場合は結構聴けてしまうのが不思議です。確かに、フル・ヴォイスで歌うところでは破綻していますが、軽めの声で歌っている分には、ハーモニーもきれい、いや、ひょっとしたらされるような部分があるかもしれません。ですから、「4つのモテット」などはなかなかいい感じ、でも、さすがに男声合唱の「Cum jubilo」はこの男声には荷が重くなっています。ソロはとても立派ですが。
オルガン作品でのソロは、アドリアーノ・ファルチオーニというイタリアの方、アランにも師事していたそうですが、録音がちょっとおとなしいために、デュリュフレの魅力があまり伝わっては来ません。

CD Artwork © Brilliant Classics
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by jurassic_oyaji | 2016-09-13 21:12 | 合唱 | Comments(0)
Christmas Songbook
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The King's Singers
SIGNUM/SIGCD459




まだまだ暑い日が続きますが、すでに「クリスマス商戦」は始まっていて、こんなクリスマスアルバムがリリースされました。その前から録音はされていて、それは今年の1月から始まっていたようです。ということは、クリスマスが終わったと思ったら、もう次の年のクリスマスの準備にかかっているということになりますね。でも、これはどんなお祭りでも見られることで、例えば仙台の七夕なども、8月にお祭りが終わると、次の年の飾り物のデザインなどを考え始めるのだそうです。青森の「ねぶた」なんかもそうですよね。
最近、この「キングズ・シンガーズ」は、急速にメンバーチェンジが進んでいるようです。本当につい最近、今年の9月初めには、26年間このグループに在籍して、これまでにアラステア・ヒューム(カウンターテナー)とサイモン・カーリントン(バリトン)が持っていた25年という記録を破ったカウンターテナーのデイヴィッド・ハーレイが、ついに引退したというニュースが伝わってきたばかりですが、これでメンバーはすべて21世紀になってから加入した人ばかりになってしまいました。しかも、2014年にはイギリス人と日本人のハーフであるジュリアン・グレゴリーがテナーのパートに新加入するという、基本的に純血主義を貫いてきたこのグループを見てきた人にとっては、うれしい反面ショッキングなメンバー交代があったばかりです。
しかし、今回引退したハーレイの後任者は、生粋のキングズカレッジ出身者、それこそ「キングズカレッジ合唱団」の最近のアルバムにも参加していたPatrick Dunachie(パトリック・ダナシー、でしょうか)というカウンターテナーなのですから、まだまだ伝統は生きていたということなのでしょう。
ということで、おそらくハーレイにとっては最後のアルバムとなったこのアルバムを楽しむことにしましょうか。グレゴリーくんのテナーがどんなものか、こういうレパートリーではソロの場面もたくさんありそうですから、きっちり聴き取ることが出来そうですし。
6人のメンバーは、左から順にカウンターテナー、テナー、バリトン、ベースと1列に並んでいるという音場でした。まず聴こえてきたとてもやわらかい声のソロは、一瞬テナーかと思うほどの明るさでしたが、やや右寄りに定位、どうやらこれはバリトンのソロのようでしたね。もう一人のバリトンの声もやはりソロで出てきますが、この二人はかなり音色が違うようです。テナーのソロは、きっちり左寄りのところから聴こえてきました。ちょっと想像していたのとは違っていて、なんとなくハスキーでそれほど張りのある声ではありません。個人的には2代目のビル・アイヴスが一番好きなのですが、ちょっとそこまでのレベルには達していない感じです。でも、まだ入りたてですから、そんなに出しゃばらないようにしているのかもしれませんね。実際、3代目のボブ・チルコットのような「邪魔になる」声ではなかったのには、一安心です。
カウンターテナーも、やはり二人の声はここでソロを並べて聴くとずいぶん違っています。しかし、どちらの人もとても立派な声なので、まだまだ引退するには惜しいような気がします。次のアルバムではダナシーくんの声が聴けるはず、どんな感じなのでしょうね。キンキンとした早口だったりして(それは「ふなっしー」)。
曲目は、それこそ「きよしこの夜」とか「ホワイト・クリスマス」さらには「サンタが街にやってくる」といったベタな曲が、何ともハイブロウな編曲で歌われているのが素敵です。さらには、「雪だるまのフロスティ」と「赤鼻のトナカイ」をマッシュアップした「リブート」などというしゃれたアレンジもありますよ。ホルストが作ったという「In the Bleak Midwinter」というのも、初めて聴きましたがいい曲ですね。
ブックレットのクレジットで「そりすべり」の作曲者がミッチェル・パリッシュというのは間違いでしょう。彼は作詞家、作曲はルロイ・アンダーソンです。

CD Artwork © Signum Records
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by jurassic_oyaji | 2016-09-06 23:23 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Messe en si mineur
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Anne Ramoni(Sop), Jean-Michel Humas(CT)
Frédéric Grindraux(Ten), Fabrice Hayoz(Bas)
Michel Jordan/
Chapelle vocale de Romainmôtier
Ensemble Musica Poetica
GALLO/CD-1453/54




スイス、ローザンヌの北西、フランス国境に近いジュラ山中に、ロマンモティエ=アンヴィーという村があります。そこには中世の街並みが広がり、11世紀に建てられたという教会が観光名所となっています。このCDには、その教会で演奏された、バッハの「ロ短調ミサ」のライブ録音が収められています。
ジャケットにあるのが、その教会の外観です。2つの尖塔がかわいいですね。石造りの建物の中では、祭壇付近がステージになっていて、合唱団がかなり急勾配の雛段に立っています。その前にはオーケストラ。お客さんは信者席だけでは入りきらず、祭壇の脇にも椅子を出して座っているようです。おそらく、この村中の人たちがみんな集まってきているのでしょう。
このオーケストラは、「アンサンブル・ムジカ・ポエティカ」という団体、1982年にチェリストのオーギュスト・オーギュスタンという人が設立したものです。ピリオド楽器を用いて、17世紀から18世紀にかけての音楽を演奏していますが、特にバッハの宗教曲などが主なレパートリーになっています。おそらく、基本的に室内楽のような小規模なものを演奏する団体で、曲目によって必要なメンバーを適宜追加する、というようなスタイルを取っているのでしょう。この「ロ短調」では、通奏低音がチェロとコントラバスの他はオルガンだけというシンプルなものでした。
オーケストラのレベルはかなりの高さ、時折トランペットに問題が発生していたりしますが、それはライブならではの「事故」でしょうから別に構いません。フルートのオブリガートもなかなか端正で、全く不満は感じられません。
ソリストは、本当は5人必要なのですがここでは4人しか用意されていませんでした。まあ、ソプラノ2のパートは代わりにアルトが歌えば済むことですからこれも別に問題になるようなことではありません。実は、この演奏では「Credo」の中の「Crucifixus」という合唱のナンバーだけが、ソリストだけによって歌われています。合唱のパート構成が複雑なこの曲ですが、「Credo」の場合は一応ソプラノが2声部に分かれていて5声部で歌うようになっています。ですから、それをソリストだけで歌うと1人足らなくなるはずです。ブックレットにもちゃんとこう(↓)とありますからね。

でも、安心してください。楽譜では、この曲だけソプラノ1がお休みなんですね。4人でも大丈夫。


このソリストたちの声は、なんだかずいぶんオフ気味に聴こえます。というか、エンジニアがソリスト用のマイクを用意していなかったような、バランスの悪さです。一発録りのライブだったとは言っても、リハーサルの段階で分かりそうなものなのですが。
どうやら、ここでの「主役」は、この教会の名前を自分たちの名前に入れている合唱団のような気がします。ここでの指揮者、ミシェル・ジョルダンによって1966年に創設されたという由緒ある団体です。メンバーは60人を超える人数ですし、男声の比率も高くてバランス的にも理想的なパートの編成になっています。
ところが、彼らが歌う声といったら、何ともハスキーで芯がないんですよね。それを各々が勝手な歌い方をしているものですから、パートとしてのまとまりが全くありません。ソプラノ1のパートなどは、高音を専門に担当するはずなのに、G(実際はG♭)あたりでもう出なくなっていますよ。そして最悪なのがポリフォニー。ほとんど練習なんかしなかったのでしょう、メリスマなどは音すら取れていませんし、テンポは全く収拾がつかない状態です。「ジョルダンさん、これはいったい何の冗談ですか?」と言いたくなるほど、親類縁者にタダで配るのならいざ知らず、こんなCDを4000円近くで販売するなんて、許されないことなのではないでしょうか。「暮らしの手帖」(いや、「あなたの暮らし」)の商品テストだったら、「決して買ってはいけないCD」という烙印を押されることは間違いありません。

CD Artwork © VIDE-GALLO
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by jurassic_oyaji | 2016-08-30 20:13 | 合唱 | Comments(0)
GRIGORJEVA/Nature Morte
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Conrad Steinmann(Rec)
YXUS Quartet
Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
Theatre of Voices
ONDINE/ODE 1245-2




エストニア・フィルハーモニック室内合唱団の新しいアルバムが出ました。指揮をしているのが、かつての首席指揮者のポール・ヒリアーです。彼がそのポストにあったのは前任者のカリユステから引き継いだ2001年から2007年まで、意外と短かったのですね。2008年からはダニエル・ロイスが後継者になったというところまでは知っていましたが、2014年からはラトヴィア人のカスパルス・プトニンシュという人に替わっているのだそうです。
今回のアルバムは、エストニアの作曲家ガリーナ・グリゴリエヴァという、初めて名前を聞く人の作品集です。6曲収録されているうちの5曲までが合唱曲、あとの1曲はリコーダーのソロのための作品です。1962年にウクライナに生まれ、1992年からエストニアに住んでいるというグリゴリエヴァは、写真で見ると名前に似ず(ガリグリゴリ)とてもソフトな感じの女性です。
それを聴く前に、このCDにはエンジニアとしてプレベン・イワンの名前がクレジットされていたのには驚いてしまいました。まさか、このレーベルで彼の名前にお目にかかれるとは。デンマークのDACAPOレーベルでの数々の名録音ですっかりファンになってしまったこのエンジニア、特に合唱にかけては裏切られたことはありませんから、とても楽しみです。そこで、まずCDで最初の曲を聴き始めたのですが、録音会場が教会だったために、ものすごい残響を伴った音でした。もちろん、それはイワンの狙ったことなのでしょうが、そんな残響の中でもくっきりと浮かび上がってくる合唱はとても魅力的でした。ただ、やはりCDの限界も見えてしまいます。なぜSACDにしなかったのでしょう。確かに、このレーベルでは最近のリリースを見ると以前SACDで出していたアーティストでもCDになっていたりしますから、もうSACDには見切りをつけたのかもしれませんね。なんともったいない、と思ってさるハイレゾ配信サイトを見てみたら、ちゃんと24/96のハイレゾ音源がリリースされているではありませんか。せっかくの録音なのですから、CDで聴くのは時間の無駄、即刻ハイレゾをダウンロードしてしまいました。ハイレゾ音源は、もちろんCDとは比べ物にならない、素晴らしいものでした。合唱の声の瑞々しいこと、残念ながら、これだけはCDで味わうことはまずできません。HARMONIA MUNDIのように、CDでリリースしたものでも、自社のサイトでハイレゾ音源を無料でダウンロードできるようなところもあるのですから、他のレーベルもそれを見習ってほしいものです。
そんな、最高のコンディションで聴くことが出来たグリゴリエヴァの作品には、写真で見る外観からは想像できないようなエネルギッシュな音楽が詰まっていました。最初の「Svjatki」という、ロシアの暦でクリスマスの時期を表わす言葉をタイトルにした6曲から成る曲集は、彼女の学生時代から追及していたテーマ、民族的な素材を、そのまま使うのではなく彼女の語法で再現するという手法が結実したものです。そこからは、大地に根付いた叫びと同時に、懐かしさのようなものがじわじわと感じられてきます。女声合唱だけで歌われる曲でも、とても暖かい情感が聴かれます。
次の「Salva Regina」という、弦楽四重奏と4人の重唱による作品は、うって変わってペルト風の作風が前面に押し出されたものです。最近の曲では、この路線が貫かれているようで、最後に収録された2012年の作品「In paradisum」などは、まるでバーバーの「Agnus Dei」(つまり、弦楽のためのアダージョ)のようなテイストです。男声だけによる2011年の「2部作」なども、静謐の極致。地を這うようなベースの凄いこと。しかし、2008年に作られた3曲から成る「Nature Morte」の1曲目では、まさに「現代音楽」という尖がった手法が見られるのが、興味深いところです。
さらに、ルネッサンス・リコーダーによる「Lament」では、信じられないような超絶技巧が満載、エンターテインメントとしての味さえ感じられます。

CD Artwork © Ondyne Oy
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by jurassic_oyaji | 2016-08-20 20:36 | 合唱 | Comments(0)
VERDI/Requiem
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Herva Nelli(Sop), Fedora Barbieri(MS)
Giuseppe di Stefano(Ten), Cesare Siepi(Bas)
Arturo Toscanini/
The Robert Shaw Chorus(by Robert Shaw)
NBC Symphony Orchestra
MEMORIES/MR2482




ヴェルディの「レクイエム」では極めつけの名盤と言われてきた、1951年1月27日にカーネギーホールで行われたNBCの公開録音によるトスカニーニ指揮のNBC交響楽団の録音は、本来はラジオ放送のためのものでした。そこでNBCによって設置されたマイクから独自に録音を行ったRCAは、リハーサルと本番の演奏から編集をして、レコードとしてリリースします。それは、全世界でリリースされましたが、今ではもちろんCDによっても何種類かのものが発売されています。さらに、わざわざイギリスでプレスされたLPを使って板起こしを行い、CD化されたものも、日本で作られていたりします。それを、以前こちらで聴いていましたね。
トスカニーニの演奏は、最晩年の1954年ごろになると最初からステレオで録音されたものも出てきます。ただ、この「レクイエム」のころはまだそんなことはとても無理な時代でしたから、これは当然モノーラルで録音されたものです。
それが、突然こんなヒストリカルのレーベルから、この有名な録音の「World Premire Stereo Recording」というものがリリースされました。しかし、このCDから得られる情報は、そのクレジットが黄色い文字でレーベルのマークの前に横たわっているだけで、それ以外のことは何も書いてありません。

ところが、なぜかこのCDを販売している日本の代理店が作った「帯」には、「偶然にもマイクが二か所に同時に立っていたので、それを合成してステレオ録音が出来上がった」というようなことが書かれています。レーベルが公開していない情報を、この代理店がなぜ入手できたのか、という点で、まずこのコメントは信用する気にはなれませんが、それ以前に、全く別のマイクで、別のレコーダーに録音されたものを使って録音されたもので「ステレオ録音」を実現させるなんてことが、いかに技術が進歩したからといっても可能だとは到底思えないのですけどね。
逆に今の時代、かつてのモノーラルの録音をステレオに作り直すなんてことは、とても簡単なのではないでしょうか。いや、現実に、かなり昔からそういう技術はありましたからね。EMIの「ブライトクランク」などはかなり良くできた「疑似ステレオ」だったはず、それは、今のテクノロジーをもってすれば、さらに「本物らしい」「疑似ステレオ」を作ることなど、わけもないはずです。
そんな、最初から疑いの目をもって聴くというのは良くないことかもしれませんが、なにしろこの業界はこんなふうにあてにならないことばかりですからそうせざるを得ません。この「レクイエム」、オリジナルに比べるととても耳あたりが良くなっていて、確かに楽器群やソリストの定位もはっきりしていますから、リアル・ステレオのように聴こえますが、逆にその定位がはっきりしすぎているのが怪しいんですね。一番よく分かるのは、「Dies irae」のバスドラム。これが、はっきり右の端から聴こえてきます。こういう音場にするためには、ほとんどバスドラムだけで1本マイクを使う必要があるはずです。「偶然同時に立っていた」マイクが、バスドラの真ん前にあったなんてありえません。オリジナルでも、この楽器の音は際立っていますから、これだけを抽出して右チャンネルに振り分けるのはとても簡単だったのではないでしょうか。
それと、全体的に低音がオリジナルよりも大幅に減衰しています。これは、もしかしたら楽器を振り分ける際の位相がうまく合わなくて、低音が打ち消しあってしまった結果なのではないでしょうか。
いずれにしても、レーベルはこの録音の出自について、自ら説明を行う責任があるはずです。絶対に誰にも信用されないようなデマで飾るのは最悪です。
最後の拍手だけは、なぜかモノーラルになっています。これは、この前で、「もう一つのマイク」の音がなくなっていたと思わせたい小細工にしか聴こえません。モラルを疑います。

追記1:
実は、このCDは、別の音源の海賊盤のようでした。オリジナルのテクニカル・ノーツが見つかりましたが、それによるときちんとしたものであるようですね。


追記2:
この「修復」を行った方は、過去にこんなところで有名になっていたそうです。だからと言って、彼の仕事を鵜呑みにすることはできません。

CD Artwork © Memories Excellence
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by jurassic_oyaji | 2016-08-11 22:36 | 合唱 | Comments(0)
THOMPSON/Requiem
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David Hayes/
The Philadelphia Singers
NAXOS/8.559789




ランドール・トンプソンという名前の作曲家など、初めて聞いたのでは、と思っていたら、実はこちらですでに彼の作品を聴いていました。そこで取り上げられていたのは「Alleluia」という無伴奏の合唱曲でしたが、それを初めて聴いた時には、言いようのない新鮮な感じを持ったことを憶えています。とても深いところで心に訴えるものを持った、「本物」の音楽です。
もう一つ、彼はあのバーンスタインの先生だった、ということで知られています。ただ、巷間(たとえばWikipediaとか、それをコピペしたと思われるこのCDのインフォ)、「レナード・バーンスタインはハーバード大学での生徒の1人であった」とされている情報は誤りです。バーンスタインはハーバードを卒業した後、カーティス音楽院のオーケストレーションのクラスでトンプソンに師事していたのですから。
そんな、他人に「管弦楽法」を教えるほどのスキルがあり、自身の交響曲もいくつか作っているトンプソンですが、彼は主に合唱作品の作曲家としてアメリカでは広く知られています。とは言っても、実際にその作品を聴く機会はほとんどなく、この1958年に作られた「レクイエム」も、これまでに部分的に録音されたものはありましたが、全曲録音としてはこのCD(録音されたのは2014年)が世界で初めてのものとなります。
20世紀以降に作られた「レクイエム」では、もちろん伝統的なテキストによる作品もたくさん作られてはいますが、それにはあまりこだわらないもっと自由な形式のものもあります。例えば1962年のブリテンの「戦争レクイエム」では、オリジナルのラテン語の典礼文の他に、別の現代詩人の詩が用いられています。もっと時代が近い1985年のジョン・ラッターの作品でも、やはりそのような自由詩が挿入されています。しかし、このトンプソンの「レクイエム」では、そのタイトルの由来ともいえる「Requiem aeternam」というテキストすらもどこにも見られなくなっていました。彼が用いたテキストは、すべて英訳された聖書からの引用だったのです。
これはなかなかユニークな発想ですが、過去にそんな例がなかったわけではありません。それは、これより1世紀近く前、1868年に作られたブラームスの「ドイツ・レクイエム」です。したがって、このトンプソンの「レクイエム」は、誤解を招かないように「アメリカ・レクイエム」とでも言った方がいいのかもしれませんね。
もちろん、トンプソンが選んだ聖書のテキストは、ブラームスのものとは何の関係もありません。彼は、彼自身のインスピレーションに基づいて言葉を選び、再構築しているように見えます。そして、それらのテキストを、2つの無伴奏の混声合唱に振り分けたのです。そこで彼は、「第1コーラス」を、愛する人を失って悲しみにくれる「嘆きの合唱」、「第2コーラス」を、その人たちに死者の永遠の安息(これが「Requiem aeternam」)を信じさせて慰めを与える「信仰の合唱」と位置づけ、それぞれの合唱の「対話」という形で音楽、あるいはそこで描かれる「ドラマ」を進行させているのです。
そのような作曲家の意図を最大限に表現するために、演奏家と録音スタッフはそれぞれの合唱の性格を際立たせるように細心の注意を払っています。特に、録音面では、2つの合唱をそのまま録るのではなく、「第2コーラス」にはリバーブを深めにかけて、「第1コーラス」との距離感がはっきり分かるようにしています。
それだけの準備に応えられるだけのとてつもない力を、この、デイヴィッド・ヘイズが指揮をしているフィラデルフィア・シンガーズは持っていました。その芯がある音色と、完璧なハーモニー、そしてポリフォニーにおける目の覚めるようなメリスマ、それらが一体となって、この「レクイエム」は確かな命を吹き込まれ、言いようのない感動を引き起こすことになったのです。録音も超一流、機会があればぜひ24/96のハイレゾ音源で聴いてみて下さい。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-08-06 21:54 | 合唱 | Comments(0)