おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 658 )
BACH/St. John Passion
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James Gilchrist(Ev), Neal Davies(Jes), Sophie Bevan(Sop)
Iestyn Davies(CT), Ed Lyon(Ten), Roderick Williams(Bas)
Stephen Dleobury/
The Choir of King's College
Academy of Ancient Music
CHOIR OF KING'S COLLEGE/KGS0018(hybrid SACD)


ケンブリッジのキングズ・カレッジ合唱団の起源は15世紀までさかのぼるのだそうです。それが、レコードなどによって広く知られるようになったのは、1957年から1974年まで音楽監督を務めた故デイヴィッド・ウィルコックスの時代あたりからでしょうか。ウィルコックスの引退後にそのポストを譲り受けたフィリップ・レッジャーの後任として、1982年に音楽監督に就任したのが、現在のスティーヴン・クリーブリです。このDleoburyという方の日本語表記は「クレオベリー」や「クロウベリー」など何種類かあるようですが、どうやら「クリーブリ」というのが最も近い発音のようですね。コーヒーには入れません(それは「クリープ」)。例によって、こういう「正しい」表記が今までのものと置き換わることはめったにありませんが。
今回の「ヨハネ」は、キングズ・カレッジの2016年のイースターでのライブ録音です。クリーブリとキングズ・カレッジ合唱隊が演奏したバッハの受難曲は、「マタイ」が1994年、「ヨハネ」が1996年のそれぞれやはりイースターでライブ録音されたCDが、BRILLIANTのバッハ全集としてリリースされていました。さらに、こちらにあるように、「ヨハネ」ではCDとは別テイクのDVDも、別のレーベルから出ていました。ここで興味を引いたのは、CDでは普通の新バッハ全集の演奏の後に、1725年の第2稿で新たに作られた曲が演奏されていたことでした。それだけではなく、DVDでは最初からその第2稿で演奏されていたのです(厳密には、第2稿そのものではありませんでしたが)。クリーブリは、ちょっと詰めが甘いところはありますが、「ヨハネ」の異稿についても彼なりのアプローチを行っていたのでした。
ですから、今回彼らのレーベルで初めてバッハの作品を取り上げた時に、その「ヨハネ」のバックインレイにこんなことが書いてあれば、ちょっと期待をしてしまいます。
ここには、確かに「1724年稿」、つまり「第1稿」によって演奏されている、と書かれていますね。しかし、その次の行には「ベーレンライター社の新バッハ全集」とも書いてあります。この2つの言葉は、全く異なる別の楽譜を指し示すはずなのですが、それが並べられているというのはいったいどういうことなのでしょう。
一つの可能性として、「新バッハ全集」の「付録」が関与しているのではないか、という考え方があります。この楽譜の後半には「新バッハ全集」では採用しなかった「初期稿」と「第2稿」と「第4稿」などの情報が収められているのですよ。ですから、それを使えば、「1724年稿」で演奏することも不可能ではありません。同じようにクリーブリがこの「付録」を見ながら演奏していたのが、先ほどのDVDでの「第2稿」だったのですからね。
ところが、このSACDを聴いてみると、最初の10曲は「1724年稿」ではなく「新バッハ全集」でした。もちろん、「付録」ではなく本体を使っての演奏です。つまり、「1724年稿」という表示は全く事実無根、もっと言えば、「1724年稿」が聴きたくてこのアルバムを買った人にとっては、「偽装表示」という「犯罪行為」にほかなりません。
ここで演奏しているアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックのメンバーとエヴァンゲリストのギルクリストは、2013年に「1724年稿」のようなものを実際に演奏しているのに、この間違いには気づかなかったのでしょうか。
この合唱団の場合、メンバーの入れ替えが激しいので時期によっての出来不出来の差が大きいのですが、今回はどうなのでしょう。とりあえず1996年の録音と比較してみると、こちらの方は限りなく「不出来」に近いようでした。トレブルは仕方がないとして、アルトのパートがかなり悲惨なんですね。それは、コラールなどではごまかすことは出来ても、「Wir haben ein Gesetz」とか「Lasset uns den nicht zerteilen」といったポリフォニーで各パートがソロになると、隠しおおせなくなくなってしまいます。

SACD Artwork © The Choir of King's College, Cambridge

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by jurassic_oyaji | 2017-05-27 20:22 | 合唱 | Comments(0)
PENTATONIX/Vol.IV Classics
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Pentatonix
Dolly Parton
RCA/88985423412


最近ではテレビCMにも出演して、「お茶の間デビュー」を果たしたペンタトニックスの最新アルバムです。タイトルが「第4巻」というのは、4番目のEPということですね。それぞれ6,7曲しか入っていないアルバムなので、かつての7インチ径、45回転のレコードの名前を転用してそのように呼ばれています。でも、この言い方は「EP=シングル盤」という認識が刷り込まれている人にとっては馴染めないでしょうね。
それはともかく、きちんと10曲以上が収録された彼らの2015年の「フル・レングス」のアルバムの冒頭を飾っている「NA NA NA」というオリジナル曲までが、日本ではビールのCMの中で使われていますね。ですから、このEPの国内盤には、この曲がボーナス・トラックとして収録されています。もちろん、アルバムを持っている人にはこんなものは要りませんから、輸入盤で十分です。
このEPは、全曲カバーということで「クラシックス」と、今まで彼らのCDにはクリスマス・アルバム以外には付いていなかったサブタイトルが付けられています。もちろん、これは「クラシック音楽」とは全く別の意味の言葉で、「ポップス界の名曲」といったぐらいの意味です。まあ、「クラシック音楽」は全てカバー曲なので、完全に「別」とは言えないのかもしれませんが。
ここでカバーされている名曲は、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」、ジョン・レノンの「イマジン」、アンドリュー・シスターズの「ブギ・ウギ・ビューグル・ボーイ」、ジュディ・ガーランドの「オーバー・ザ・レインボウ」、A-haの「テイク・オン・ミー」、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない」の6曲と、輸入盤ではボーナス・トラックになっているドリー・パートンの「ジョリーン」の、計7曲です。「好きにならずにいられない(Can’t Falling in Love)」はそれ自体がカバーですね。
彼らは、もちろん今までも数多くのカバーを手掛けてきましたが(Perfumeまで!)、多くの場合、オリジナルを大切にしたアレンジを施す、という姿勢がとられているのではないでしょうか。彼らを一躍有名にした「ダフト・パンク」にしても、それぞれの曲はかなりオリジナルに近いもの、それをいかにア・カペラで再現するかというところが聴きどころだったはずです。
ですから、最初の「ボヘミアン・ラプソディ」では、オリジナルの複雑な構成とサウンドがそのまま5人だけのアンサンブルで再現されていることに驚かされてしまいます。そこでは、フレディがピアノの弾き語りで左腕を交差させて高音フレーズを弾いている映像までが眼前に広がってくるようでした。
「イマジン」では、オリジナルは正直あまり良い曲だとは思っていませんでした。構成があまりにシンプルすぎて嘘くさいんですね。忙しい人が強いて聴くほどのものではない、と(「暇人」だったらいいのかも)。ところが、今回のバージョンでは、そんなシンプルさを逆手にとってとても細かいところで心に突き刺さってくるような憎いアレンジになっています。何より、コーラスで歌い上げられた時のメッセージの強さと言ったらジョンの貧弱なボーカルの比ではありません。まさにオリジナルを超えたカバー、聴きながら涙がこらえられないほどのすばらしさです。
最後の曲は、オリヴイア・ニュートン・ジョンのカバーも有名ですが、作ったのはドリー・パートン、ここではなんと彼女自身がフィーチャーされているというサプライズ付きです。ご存知でしょうが、このトラックは2016年9月にYouTubeにアップされたもので、今年のグラミー賞を受賞しています。カテゴリーは「最優秀カントリー・デュオ/グループ・パフォーマンス」ですね。これで、ペンタトニックスは3年連続グラミーを受賞なのだとか、「カントリー」まで制覇して彼らはますます凄さを増しています。
ただ、1日1回は目にする「パズドラ」のCMからは、おそらく、この凄さは伝わってくることはないでしょう。あれはオリジナルがひどすぎます。

CD Artwork © RCA Records

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by jurassic_oyaji | 2017-05-25 20:19 | 合唱 | Comments(0)
MANSURIAN/Requiem
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Anja Petersen(Sop)
Andrew Redmond(Sop)
Alexander Liebreich/
RIAS Kammerchor
Münchener Kammerorchester
ECM/481 4101


アルメニアの作曲家、ティグラン・マンスーリアンは、毎月新作を発表していますが(それは「マンスリー」)、2011年には「レクイエム」も作っています。
この年号を見て「もしや」とも思ったのですが、この年に日本で勃発した大災害とは何も関係はないようです。というより、作り始めたのは2010年ですから、まだあの悲劇は起こってはいませんでした。作曲家によれば、ほぼ1世紀前、1915年から1917年にかけての、トルコによるアルメニア人の虐殺の被害者の想い出のために作られたのだそうです。それは、彼自身の家族へもおよんだ事件だったのです。
委嘱は、このCDで演奏しているRIAS室内合唱団とミュンヘン室内管弦楽団からのものでした。初演はもちろんリープライヒの指揮するこの団体によって、2011年11月19日に、ベルリンのフィルハーモニーの室内楽ホールで行われました。それに続いて、23、24、25の3日間ドイツ国内で演奏が行われ、2013年1月16日には同じメンバーによるアルメニア初演も行われました。
それ以降、今日までに韓国、アメリカ、ポーランド、メキシコ、オーストリア、エストニア、スイスなど、世界中で演奏されています。
今回の録音は、作曲家の立会いのもと、献呈者、つまり初演メンバーによって2016年1月に行われました。会場はかつてカラヤンとベルリン・フィルが使っていたベルリンのイエス・キリスト教会です。ブックレットに写真がありますが、オーケストラは弦楽器だけが6.5.4.4.2で、左からVnI、Va、Vc、VnIIと並び、Vcの後ろにCbが来るという、変則的な対向配置になっています。合唱も、左からベース、アルト、テナー、ソプラノというやはりちょっと珍しい並び方です。楽譜には特に配置に関しての指定はないようなので、これは演奏家のアイディアなのでしょうか。特にオーケストラでヴァイオリンが左右に分かれているのは、同じ音のロングトーンを受け渡すようなシーンでとても効果的です。
まずは、その会場の響きを熟知し、完璧な音を記録した「トリトヌス」のペーター・レンガーとシュテファン・シェルマンの2人のエンジニアの仕事ぶりに圧倒されました。全体はしっとりと落ち着いたモノトーンに支配され、豊かな残響に包まれています。オーケストラはそれほどの人数ではありませんが、とても充実したサウンドが広々とした音場で広がっています。そして、合唱は40人ほどですが、全く歪のない透き通った音は驚異的です。
この「レクイエム」は、伝統的なラテン語のテキストによって作られています。ただ、作品は演奏時間が45分程度とちょっと短め。それは、テキストのうちの長大なSequentiaからは、「Dies iras」、「Tuba mirum」、「Lacrimosa」の3つの部分しか使われていないからです。
なんでも、アルメニアというのは、世界で初めてキリスト教を「国教」と定めた国なのだそうです。作曲家によれば、全く同じテキストでも、ローマ・カトリックの教会での受け止め方とはかなり異なっているということです。おそらく、それはこの曲を聴いたときにはっきりと聴衆には伝わってくるはずです。時折ユニゾンで聴こえてくる聖歌のメロディは、カトリックでの音楽がベースとしたグレゴリア聖歌とは、微妙なところで雰囲気が別物です。
とは言っても、やはり死者を悼む気持ちを表現する時には、そのような些細なことはあまり問題にならなくなってきます。「Reqiem aeternam」の冒頭の和声は、まるでメシアンのように響きますし、次の「Kyrie」でのリズミカルな変拍子の応酬は、まるでバーンスタインの音楽かと思ってしまうほどです。そして、全体の雰囲気が、大好きなデュリュフレの作品とどこかでつながっているような気がしてなりません。またお気に入りの「レクイエム」が増えました。
中でも、ヴァイオリンのソリストのグリッサンドによる下降音から始まる「Lacrimosa」は、直接的に「悲しみ」が伝わってくる感動的な曲です。心の震えを抑えることが出来ません。

CD Artwork © ECM Records GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-05-23 22:57 | 合唱 | Comments(0)
ARIAS FOR ALL
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Julian Reynolds/
Ave Sol Choir
Latvian Opera Orchestra
SONY/88985370282


「アヴェ・ソル」というなんともなつかしい名前がSONYの新譜の中にあったので、思わずチェックしてしまいました。総理大臣が威張っていたわけではありません(それは「安倍、反る」)。正式な名前は「リガ室内合唱団『アヴェ・ソル』」。ラトヴィアの首都リガで1969年にこの国の合唱界のリーダーだったイマンツ・コカーシュによって創設されたプロの合唱団です。ラトヴィアは近隣のエストニア、リトアニアとともに「バルト三国」と呼ばれていて、それぞれに合唱音楽のレベルの高さで広く知られています。「アヴェ・ソル」は、そんな中でも「ラトヴィアでは最高峰の合唱団」と言われていました。
2003年にはビクター・エンタテインメントから「バルト三国の合唱音楽選集」という5枚のCDのシリーズがリリースされましたが、その中の2枚をこの「アヴェ・ソル」の演奏が占めていたということが、この合唱団の実力を端的に物語っています。このうちの男声合唱と混声合唱を収めたCDを聴いてみると、その素晴らしさには言葉を失います。男声はあくまでソフトな音色でとても繊細な響きを出していますし、女声はとことんピュアな声で迫ります。もちろん全曲ア・カペラで歌われていて、混じりけのない極上のサウンドが堪能できました。
そんな合唱団がオペラ・アリアを「合唱」で歌う、という触れ込みのCDを作りました。一瞬、これはオペラ・アリアをア・カペラの合唱で歌っているのだな、と思ってしまいました。あの澄んだハーモニーで、有名なオペラ・アリアを歌えば、そこにはまた新たな魅力が加わることでしょう。というか、普通にオーケストラをバックに合唱でアリアを歌ったって、なんにも面白くないじゃないですか。
ところが、そんな期待は完全に裏切られてしまいました。ここではまさにその「な~んにも面白くない」事をやっていたのですよ。バックインレイを見てみると、そこには12曲の非常に有名なオペラ・アリアのリストとともに、「ジュリアン・レイノルズの指揮によるラトヴィア・オペラ管弦楽団」という文字があったではありませんか。
ジュリアン・レイノルズは、世界中のオペラハウスで指揮をしているオペラのスペシャリストです。ネーデルランド・オペラとかモネ劇場といった渋いところで活躍しています。そして、このオーケストラはリガにあるラトヴィア国立歌劇場のオーケストラのピックアップ・メンバーによってこの録音のために用意されたものなのでしょう。ブックレットの写真ではフルートには首席奏者ミクス・ヴィルソンスの顔も見られますが、弦楽器はおそらく8型程度の少人数のようですね。
最初の、「トゥーランドット」の「Nessun dorma」あたりは、なかなかのもののように思えました。この曲にはもともと合唱も入っていますが、それとソロとの歌いわけも納得できるような編曲で、それほど抵抗なく聴くことが出来ます。しかし、合唱のサウンドは、先ほどのア・カペラのCDとは雲泥の差でした。それぞれのメンバーがとても立派な声を持っているのはよく分かるのですが、合唱としてのまとまりがほとんど感じられないのです。創設者のイマンツ・コカーシュはもう亡くなっていて、今では息子のウルディスが指揮をしているそうですが、そのせいなのか、あるいはこんな適当なセッションなのでろくすっぽリハーサルもしていなかったのか、それは分かりません。
いや、これは決して「適当」なものではなく、それぞれの曲は合唱が映えるように指揮者のレイノルズによってかなり手が加えられているのですが、それはどうやら逆効果だったようです。「カルメン」の「ハバネラ」でティンパニが堂々と鳴り響くアレンジなどは、あまり聴きたくはありません。そして、弦楽器があまりにしょぼすぎます。
不思議なのは、写真とは反対の定位で合唱が聴こえてくること。オーケストラでも、弦楽器はそのままの定位ですが、ティンパニだけ写真とは反対側から聴こえてきます。なんか、いい加減。

CD Artwork © Sony Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2017-05-16 22:56 | 合唱 | Comments(0)
ジャズっぽい曲もありました
 RADIKOの「タイムフリー」はとても役に立つ機能ですが、いつでも聴けると思っていると、つい聴き逃してしまうことがままあったりします。「フリー」といっても、その期限は1週間しかないので、それを過ぎるともう聴けなくなってしまうんですよね。先週の日曜日に放送された仙台フィルの番組も、今週は何かと忙しくてまとまった時間がとれなくて(なんせ、3時間という時間制限があって、それを過ぎると聴けなくなりますから、一気に1時間とか聴かないといけません)聴けないでいたら、もう日曜日になってしまったではありませんか。今日中に聴かないことには、もう一生この回は聴くことが出来ませんよ。
 それで、最後の手段、車での移動の時にiPhoneをカーオーディオにつないで聴くことにしました。今日はちょっと遠いところ(市内ですが)まで知り合いの知り合いの合唱団のコンサートを聴きに行くことになっていましたが、駐車場が混んでて入れないことも見越して、かなり早い時間に出発しましたから、これを聴く時間は十分にあるはずです。
 新年度になってMさんが出演することになってこれが2回目になるのですが、もうすっかりMさんはDJ稼業が板についたようですね。前回はちょっと硬いところがあったものが、今回は普段通りのノリの良さで、とても面白い話を聴かせてくれていましたよ。次回も楽しみです。相方のアナウンサーがなんとも間抜けな受け答えしかできないのが、ちょっと痛いところですがね。一番ウケたのは、「鉄腕アトム」のイントロに全音音階が使われている、という指摘。これは、前から私も気が付いていましたが、そこから「未来に向けてのメッセージ」みたいな意味を感じるのは、さすがMさんです。これがスティーヴィー・ワンダーの「You are the Sunshine of my Life」だとどうなるのでしょうね。
 コンサートの会場にはすぐ着いてしまったので、そのまま駐車場で最後まで聴いてから、ホールに向かいます。この合唱の今回のプログラムは、全部仙台の女子大の先生で作曲家のA先生の作品だけを取り上げていました。さらに、後半のステージではA先生自身がピアノ伴奏も担当していました。そして、最後のステージではこの合唱団が委嘱した新作の初演もありました。なんと贅沢な。
 この方の作品は合唱界では全国的に有名で、色んなところで聴いたことがあります。とてもキャッチーなメロディで、親しみやすい曲なのですが、その親しみやすさとは裏腹にピアノ伴奏がとても難しそう、という印象がありました。以前も別の合唱団で先生がピアノ伴奏を弾いていたことがありましたが、それはさすがに自分の作品ということで、とても伸び伸びとかっこよく弾いていましたね。ですから、普通の伴奏者がこれをそのまま弾いたのでは、とても大変だろうなあ、という気にはなりました。
 今日の前半のステージでは、伴奏はそんな「普通の」人。まさにそんな危惧が現実のものとなっていました。最初の曲でピアノ伴奏が聴こえてきた瞬間から、これはどうしようもないな、と思ってしまいましたよ。音は外すし、リズムは合わないし、変なところでアクセントを付けるし、そして一番いけないのは、合唱と全く合っていないんですね。いや、合わせる以前の問題、ピアニストはAさんの書いた難しい音符と格闘するのに精いっぱいで、とても他人の演奏なんか聴いている余裕はなかったのでしょう。
 それが、後半にAさんの伴奏になったら、もう別物、まさに余裕で、その曲の味が最も美しく出てくるような絶妙のピアノが聴けました。軽々と弾いているので、合唱の声もよく聴こえるようになりました。これはもう至福の瞬間ですね。初演の曲はいつもと同じ親しみやすい作風ですが、最後の曲ではなんと「パッサカリア」が使われていたりして、とても楽しめました。
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by jurassic_oyaji | 2017-05-14 21:15 | 合唱 | Comments(0)
BACH/St. John Passion
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Nicholas Phan(Ev), Jesse Blumberg(Jes), Jeffrey Strauss(Pil)
Amanda Forsythe(Sop), Terry Wey(CT), Christian Immler(Bar)
Jeannette Sorrell/
Apollo's Fire(The Cleveland Baroque Orchestra)
Apollo's Singers
AVIE/AV2369


1992年に創設されて、今年25周年を迎えたのが、アメリカのピリオド・アンサンブルが「アポロズ・ファイア」です。同時に「アポロズ・シンガーズ」という合唱団も結成され、バロックのレパートリーに限らずモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトまでの演奏を行い、全世界で絶賛を博している団体なのだそうです。CDも、これまでにAVIEとKOCHから30枚近くリリースしています。
この団体を創ったのはジャネット・ソレルという1965年生まれの女性です。なんでも、彼女は指揮をレナード・バーンスタインとロジャー・ノリントン、チェンバロをグスタフ・レオンハルトに師事したのだそうです。1991年にはアトランタで開催された国際チェンバロ・コンクールで優勝しています。
この団体は、2016年の3月に、本拠地のクリーヴランドとニューヨークで7回「ヨハネ受難曲」のコンサートを行いました。その中で、3月7日から9日までのクリーヴランドのセント・ポール教会での演奏がこのCDには収録されています。このコンサートは映像でも撮影されていて、彼らのサイトでその一部を見ることが出来ます。それは、ちょっとほかでは見られないようなユニークな点がたくさんある、興味深いものでした。
まず、ここでは指揮者のソレルが、ポジティブ・オルガンを演奏しながら指揮をしています。それが、普通こういうキーボードを弾きながらの「弾き振り」だと座って演奏するものですが、彼女はオルガンを指揮台の上に乗せて、その前でずっと立ったまま指揮をしたりオルガンを演奏したりしているのです。彼女はパンタロンのような裾の広がったパンツを穿いているので、絵的にはなんとも華やかというか。
彼女の他にもオルガン奏者がもう一人アンサンブルの中にいて、そちらは指揮にはきちんと両手を使わなければいけない合唱の部分での演奏を担当しているようです。彼女は、ですからレシタティーヴォやアリアなどでの低音を担当しています。これがとてもいい感じ。エヴァンゲリストとの呼吸がぴったり合うんですね(阿吽の呼吸)。
合唱のメンバーは20人ほどですが、その中にはソリストも含まれています。彼らは普段は後の合唱団の中にいて、自分の出番になると前の方に設けられたステージのようなところに来て歌い始めます。唯一、エヴァンゲリストのニコラス・パーンだけは、常に前の方に立っています。そこに、イエスのジェシー・ブルームバーグやピラトのジェフリー・ストラウスが絡む時には、その二人は楽譜も持たずに登場して、ステージの上でちょっとしたしぐさを交えながら物語を進めていきます。後ろの壁にはプロジェクターで字幕が投影されていますから、英語圏の人にもその物語の内容ははっきり伝わることになります(確か、日本でも字幕付きでこの曲を演奏していたところがありましたね)。
パーンの声は、とても伸び伸びとした心地よいものでした。さらに、彼はテノールのアリアも歌います。それももちろん素晴らしかったのですが、やはりライブで両方とも全部歌うというのは大変なことですから、ちょっと苦しいところがあったのが残念です。そのほかのソリストも粒ぞろい、ソプラノのアマンダ・フォーサイスはとてもキュートですし、カウンターテナーのテリー・ウェイも深みのある声、そしてバリトンのクリスティアン・イムラーは完璧です。
合唱は、あえて感情を表に出さない、とてもクールな歌い方でした。それが、逆に恐ろしいほどの迫力を感じさせられるのですから、これはただ事ではありません。時折、指揮者の裁量でコラールがア・カペラで歌われるところなどは、背筋が凍りつくほどのインパクトがありましたよ。
常にオルガンのモーター音が聴こえているのと、CD2のトラック7の00:49から00:52にかけて録音機材に由来するノイズが聴こえるのが、ちょっとした瑕です。編集で気が付かなかったのでしょうか。

CD Artwork © Apollo's Fire/Jeannette Sorrell

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by jurassic_oyaji | 2017-05-13 20:32 | 合唱 | Comments(0)
BACH/St John Passion(sung in English)
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Sophie Bevan(Sop), Robin Blaze(CT),
Benjamin Hulett, Robert Murray(Ten)
Andrew Ashwin, Neal Davies, Ashley Riches(Bar)
David Temple/
Crouch End Festival Chorus, Bach Camerata
CHANDOS/CHSA 5183(2)(hybrid SACD)

バッハの「ヨハネ受難曲」を録音する時には、どんな楽譜を使ったのかが最初に気になるものですが、この最新のSACDでの表記は「1724, revised 1725, 1732 and 1749」というものでした。
これは確かに「ヨハネ」が初演された年と、その後何度も改訂が施されて演奏されたとされる年が明記されていますね。今までこの曲の数多くの演奏に接してきましたが、こんな表記は初めてお目にかかりました。確かに、他の作曲家の曲でも、発表後に改訂されたものでは、このように最初に作られた年の後にスラッシュを入れて改訂の年を記すのは普通のことです。そして、そのように表記した時には、その演奏は例外なく「改訂後」の形で行われるものです。
しかし、今回のこの年号は、そのような意味は全く持っていないようでした。しかも、最初のあたりの曲は、ここに挙げられている4種類の年号以外の年、1739年に改訂されたものの、バッハの生前には演奏はされなかった楽譜による演奏なのですから、訳が分かりません。
しかも、この録音の場合はオリジナルのドイツ語のテキストではなく、それを英語に訳したものが使われています。その英訳を行った人の名前(ニール・ジェンキンス)だけは書いてありますが、当然これも楽譜が出版されているのでしょうから、バッハの改訂についてこれだけの年号を羅列するのであれば、その英訳の年号もきちんと表記するのが筋というものではないでしょうか。調べてみたら、それは1999年に翻訳されたもので、NOVELLOから出版されていましたね。ジェンキンスという人は歌手で音楽学者なのだそうです。
そんな、バッハの時代には存在していなかった20世紀に新たに作られた楽譜を使うのですから、当然オーケストラも20世紀のスタイルだと思ったら、そちらはピリオド・オーケストラだというのですから、ちょっとびっくりしますね。まあ、「マタイ」でも「Ex Cathedra」がこんな「英語版ピリオド」を演奏していましたけどね。
ところが、その「マタイ」では合唱の人数はリピエーノを除くと50人ほどと、様式的にはぎりぎりバッハの時代に即したものでしたが、今回の合唱団員はなんと110人なんですって。モダン楽器のオーケストラを使う時でも、いまどきこんな大人数の合唱が歌うのは、極めて稀なことなのではないでしょうか。
ここで演奏している「クラウチ・エンド・フェスティバル合唱団」というのは、1984年に合唱指揮者のデイヴィッド・テンプルによってロンドン北部の街クラウチ・エンドに創設されました。主にオーケストラ(もちろん、モダン・オーケストラ)との共演を目指していて、最近ではビシュコフ指揮のブリテンの「戦争レクイエム」とか、ロト指揮のベルリオーズの「レクイエム」といった大人数の合唱を必要とする作品のコンサートに参加しています。テンプル自身の指揮でも、マーラーの「交響曲第8番」を演奏しています。エンニオ・モリコーネやハンス・ジンマーなどの映画音楽作曲家ともつながりがあって、彼らのサウンドトラックを手掛けたり、さらにはロックのミュージシャンとの共演なども手掛けているのだそうです。
そんな、大人数を身上とする合唱団と、20人ほどのピリオド・アンサンブルという不自然なバランスは、まず録音の面での不都合となって現れていました。このレーベルでも最近とみにリリースが少なくなってきたSACDだというのに、なにか精彩に欠けています。オーケストラはともかく、合唱の音が完全に飽和しているのですね。
演奏も、合唱はとことんドラマティック、コラールは目いっぱい熱い思いを伝えようとしていますし、後半の群衆のポリフォニーなどもストレートに感情が現れています。それが英語で歌われていることで、その生々しさは極まります。ただ、それとピリオド楽器との齟齬は、最後まで解消されることはありませんでした。そごが、最大の問題です。

SACD Artwork © Chandos Records Ltd

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by jurassic_oyaji | 2017-05-09 23:18 | 合唱 | Comments(0)
HILARION/St Matthew Passion
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Soloists
Vladimir Fedoseyev/
The Moscow Synodao Choir(by Alexei Puzakov)
The Tchaikovsky Symphony Orchestra
MELODIYA/MEL CD 10 02366


2006年にロシアで作られた「マタイ受難曲」です。作曲者はジャケットでは「Metropolitan Hilarion Alefeyev」となっていますが、いったいどこが苗字なのでしょう。実は、この方は1966年に生まれたグリゴリー・アルフェエフという名前の人なのですが、作曲の勉強をした後聖職者となったという変わり種です。そこで、聖職者としての名前が「Hilarion(イラリオン)」、その役職が「Metropolitan(府主教)」なので、こんな英語表記になっています。日本語だと「イラリオン府主教(アルフェエフ)」となるのだそうです。「瀬戸内寂聴大僧正(俗名晴美)」みたいなものですね。
この「マタイ」は、2007年の初演の模様がライブ録音としてリリースされていますが、それを今回はスタジオ録音で再録したのでしょう。指揮者は初演の時と同じフェドセーエフです。
この不思議な人のイメージが全く湧かなかったので、まず、彼自身が指揮までやっているアルバム(PENTATONE)を聴いてみました。
そこでは、合唱曲だけでなく、器楽曲も聴くことが出来ました。それは「合奏協奏曲」という、まるでバロック時代の作品のようなタイトルの曲でしたが、それはまさにバロックの巨匠たちの作品の完璧なパクリでした。通奏低音にチェンバロまで加わっているのですから、すごいものです。
この「マタイ」は、やはりバッハあたりの同名曲を下敷きにしているのでしょう。テキストはもちろん新約聖書のマタイ福音書から取られていて、最後の晩餐から埋葬までが4つの部分に分かれています。とは言っても、それはロシア語に訳されたものです。ブックレットには対訳はありませんが、一応英語でそれぞれのナンバーのタイトルは書いてあるので、内容はなんとなく分かります。
やはり、福音史家は登場、それはバリトンが担当していますが、ほぼその歌手のソロで歌われます。それはほとんど抑揚のない、まるで「お経」のようなものでした。そして、合唱やアリアも歌われます。バックのオーケストラは弦楽器のみの編成です。先ほどのソロ・アルバムでは、管楽器や打楽器も入ったフル編成の曲もあったので、オーケストレーションが出来ないのではなく、この曲にふさわしい編成として弦楽合奏を選んだということなのでしょう。
確かに、このモノトーンのオーケストラは、いたずらに劇的な盛り上がりを作ることは決してなく、ひたすら深いところからの悲哀、慟哭といった情感を表現してくれているようです。ただ、サウンド的にはとても抑制されたものであるのに、それが奏でる音楽にはかなり俗っぽい和声が使われているのが気になります。あまりに見え透いたコード進行で、とても心地よく聴こえる半面、その先には意外性というものが全くありません。
ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バスの4人のソリストが、この曲の4つの部分に分かれた中でそれぞれ1曲ずつ歌っている「アリア」が、まさにそんなスタイルを最大限に駆使したものでした。それらは、一度聴いただけで虜になってしまうようなシンプルな中にツボを押さえたメロディが、クリシェ・コードの上で歌われるという、それ自体はとても安らかな幸福感が味わえるものです。ですから、ソプラノが歌う第3部の中の「アリア」などは、こんな立派な声ではなく、もっとピュアな声で聴きたいものだと、贅沢な不満まで持ててしまいます。
合唱でも、ア・カペラで歌われるやはり第3部の中の「35番」などは、まさに完璧な美しさで迫ってくるものでした。
ところが、最後の「48番」で聴こえてきた合唱には、言葉を失いました。それはなんと、あの「カッチーニのアヴェ・マリア」ではありませんか。今では、この「迷作」はさるロシア人が20世紀に作曲したものであることは広く知られていますが、この、21世紀にやはりロシアの「自称作曲家」が作った2時間に及ぶ大曲は、それとまったく同じ精神を持っていたのでしょう。とんでもない駄作です。あんたは木でも切ってなさい(それは「与作」)。

CD Artwork © Metropolitan Hilarion (Alefeyev)

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by jurassic_oyaji | 2017-04-29 21:27 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Messe in h-Moll
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Chriatina Landshamer(Sop), Anke Vondung(MS)
Kenneth Tarver(Ten), Andreas Wolf(Bar)
Peter Dijkstra/
Chor des Bayerischen Rundfunks
Concerto Köln
BR/900910


ダイクストラの指揮によるバッハの宗教曲、これまでの「クリスマス・オラトリオ」(2010年)、マタイ受難曲(2013年)、ヨハネ受難曲(2015年)に続いてついに「ロ短調」の登場です。これで、一応「全集」が完成したことになります。というか、すでに昨年のうちにこれらが収められたボックスがリリースされていましたね。ボックスが単品より先に出るというのは、ちょっとビックリしますよね。
2005年にバイエルン放送合唱団の芸術監督に就任したダイクストラは、2007年にはスウェーデン放送合唱団の首席指揮者にも就任、その他のヨーロッパの多くの合唱団とも深い関係を持って、大活躍をしてきました。しかし、2016年には、バイエルン放送合唱団のポストはイギリスの合唱指揮者ハワード・アーマンに譲り、10年以上に渡ったこの合唱団との関係にピリオドを打ちました。この「ロ短調」は、2016年4月に行われたコンサートのライブ録音ですから、彼の芸術監督としてのほとんど最後の録音ということになるのでしょう。
共演は、おなじみコンチェルト・ケルンです。ダイクストラは、この合唱団との初期の録音ではモダン・オーケストラであるバイエルン放送交響楽団との共演で「マタイ」を録音していましたが、最近ではバッハはピリオド・オーケストラで、というスタンスに変わったのでしょうね。かといって、ありがちな少人数での合唱という形は取らず、あくまでフルサイズの合唱で少人数のピリオド・アンサンブルと対峙する、という姿勢は堅持しています。
この「ロ短調」の場合、写真で見る限り、合唱団はほぼフルメンバーの45人ほど、それに対して弦楽器は全部で14人というオーケストラですから、バランス的には合唱がかなり多いという感じです。ピリオド楽器は、それ自体音も小さいですし。ですから、おそらくダイクストラはそのような形での合唱の在り方には、かなりな慎重さをもって演奏に臨んでいたのではないでしょうか。そして、その結論めいたものが、この録音からはしっかり感じられるような気がします。
それは、極限まで磨き抜かれたホモジーニアスな響きとなって現れています。冒頭の「Kyrie」のアコードで聴こえてきたのは、そんなあくまで各パートが均質な塊となったまさに大人数の合唱団としては理想的なサウンドでした。そこからは、「個」としてのメンバーたちの声は全く感じられません。これは、例えば最近聴いたガーディナーのモンテヴェルディ合唱団の姿勢とは対極にあるものなのではないでしょうか。
正直、それはうっとりするような美しさを持ってはいますが、なにか訴えかける力には欠けているような気がしてなりません。おそらく、それはダイクストラがバッハに対して抱いているイメージの反映なのでしょう。これはこれで、一つのすばらしいバッハのあり方です。ですから、この合唱団が「Et resurrexit」でのベースの長大なパートソロをどのように歌うのかとても興味があったのですが、ダイクストラはそこをソリストのアンドレアス・ヴォルフに歌わせていましたね。
他のソリストでは、テノールがケネス・ターヴァーというのが目を引きました。彼はモーツァルトのオペラのロールでは、まさに理想的な声を聴かせてくれていましたから、バッハではどのような姿を見せてくれるのは、期待が高まります。しかし、彼の「Benedictus」は、そんな期待に必ずしも応えてくれたものではありませんでした。まず、フルートのイントロがあまりに雑、というか、そもそもテンポが速すぎて、ターヴァ―はちょっと歌いづらそう。彼自身の歌も、ちょっと甘さが勝っていてバッハには合っていないような気がします。
トランペットの3人は、これもダイクストラのコンテクストに従ってのとても爽やかなアクセントを提供しています。これも、そもそもこの曲にふさわしい振る舞いなのかは、なんとも言えません。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH.

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by jurassic_oyaji | 2017-04-20 20:18 | 合唱 | Comments(0)
LUTHER Collage
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Calmus Ensemble
CARUS/83.478


ドイツの5人組コーラス・グループ、「カルムス・アンサンブル」のニューアルバムです。同じ人数のグループと言えばイギリスの「キングズ・シンガーズ」が有名ですが、こちらはドイツのグループ、かつてバッハが勤務していたライプツィヒの聖トマス教会聖歌隊のOBが集まって1999年に作られました。
デビュー当時は男声5人だけだったのですが、そこに女声が一人加わって6人編成となります。その後、男声が一人減って、現在では女声1、男声4という5人編成になりました。女声が一人いることでサウンド的には無理なく高音まで音域が広がって、とてもソフトな音色が得られるようになっています。このあたりが、「キングズ・シンガーズ」との違いでしょうか。
今回のアルバムのジャケット写真を見て、いつの間にかみんな年を取ったな、という思いに駆られました。最初に買った、まだQUERSTANDからリリースされていたアルバムの写真(左)と比べると、ほとんど別人のようになっている人もいますね。昔は左端、今は真ん中のカウンターテナーのクラウゼとか(昔は頭が黒いぜ)。
さらに、本当に「別人」になってしまったパートもあります。ベースのパートが、2015年にレスラーからヘルメケという人に替わっています。どちらも右から2番目、今は一番背の高いメガネの人ですね。
ただ、他の4人も、創設メンバーはクラウゼとバリトンのベーメ(右端)の2人だけ、テナーのペッヒェは2006年に加入しています。彼はソプラノのアニャ・リプフェルトと「団内結婚」(どちらの写真も並んでいます)、2010年と2016年にはお子さんも生まれています。その間彼女は産休を取り、別のソプラノがメンバーとなってアンサンブルの活動は続けていました。どんなグループでも、いろいろと出入りがあるものですね。
毎回、ユニークな企画で楽しませてくれているカルムス・アンサンブルですが、今回は「ルター・コラージュ」というタイトルのアルバムです。「ルター」というのは、宗教改革でおなじみのマルティン・ルターのことですが、今年はその宗教改革から500年という記念の年なのだそうです。音楽史の上では、彼は多くのコラールを作ったことで知られています。そのコラールは、プロテスタントの作曲家の素材として用いられ、「ルター」という名前は知らなくてもそのコラール自体のメロディは多くの人に親しまれています。バッハのオルガン曲や、教会カンタータ、受難曲には頻繁に登場していますね。
このアルバムのコンセプトは、そのようなルターの元のコラール、あるいはもっとさかのぼってルターが引用したグレゴリア聖歌から始まり、その後の作曲家がそれを用いて作った曲を一緒に演奏するという、まさに「コラージュ」の手法によって、その時代を超えた広がりを体験する、というものなのでしょう。
1曲目は、まさに宗教改革のシンボルともいえる、有名な「Ein feste Burg ist unser Gott」が、ルターが出版したそのメロディだけがソロで歌われます。そのオープニングのソロを任されたのが新加入のバス、ヘルメケだというのも、なんか思いやりのようなものが感じられませんか?コーラスではなかなか聴くことのできないこのパート、彼の声はとてもやわらかですね。それに続いて、同じ時代のハプスブルク家に仕えていたカトリックの作曲家ステファン・マフの合唱バージョンが歌われます。
そんな正攻法ではなく、それ以降の選曲には、それぞれユニークな工夫が加えられています。次の「Nun komm, der Heiden Heiland」では、まずルターの200年後に生まれたバッハのオルガンのためのコラール前奏曲が、ヴォカリーズで歌われます。それが、別のコラール前奏曲では、まるでスゥイングル・シンガーズのように、軽快なベースラインに乗ってスキャットでコラールの変奏が歌われます。このコーナーにはまだご存命のグンナー・エリクソンという人の、ちょっとニューステッドの「Immortal Bach」のようなテイストの曲も入っています。
そんな感じで、どのコーナーも驚きの連続、最後にはペルトなども登場しますから、油断はできませんよ。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2017-04-18 23:19 | 合唱 | Comments(0)