おやぢの部屋2
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カテゴリ:合唱( 626 )
Sun, Moon, Sea, and Stars/Songs and Arrangements by Bob Chilcott
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Nigel Short/
Tenebrae Consort
BENE ARTE/SIGCD903




ナイジェル・ショートが指揮をしている合唱団「テネブレ」は、2014年に自らのレーベル「Tenebrae Records」を創設しました。そのレーベル名が「BENE ARTE」、こっそりお教えしますが(それは「ネタバレ」)「よい芸術」という意味のイタリア語です。ただ、ディストリビューターは今まで所属していたSIGNUMなので、品番はそれと同じ「SIGCD」で始まるものになっています。おそらく900番台が彼らに与えられた番号でしょうから、これは彼らのレーベルの3番目のアイテムということになるのでしょう。
今現在、彼らはこのレーベルから4枚のアルバムをリリースしています。そのうちの2枚は今までおなじみだった「テネブレ」という合唱団のものですが、あとの2枚は「テネブレ・コンソート」という団体名になっています。「テネブレ」には20人ぐらいのメンバーがいましたが、「コンソート」の方はそのピックアップ・メンバーによって編成されていて、人数も各パート2人ぐらいの小さなもののようです。
「コンソート」が2014年にリリースしたデビュー・アルバムは、中世のプレイン・チャントやタリスの「エレミア哀歌」などを収めた渋いものでしたが、今回はぐっとくだけた、ボブ・チルコットの作品と、彼の編曲したものを集めたアルバムでした。チルコットといえば、指揮者のショートとともにあの「キングズ・シンガーズ」に在籍していたことで有名ですが、この二人はまさに1994年から1997年までは同時にこのグループのメンバーだったんですね。チルコットはテナー、ショートは第2カウンターテナーでした。それが、今や大人気の合唱作曲家と、卓越した合唱指揮者という立場でこのようなアルバムに参加しているのですから、面白いものです。
本体の「テネブレ」も素晴らしい合唱団ですが、それが「コンソート」になると、ガラッと変わった顔を見せることになりました。最初のトラック、ラテン感覚満載のリズミカルな「En La Macarenita」では、ほとんどキングズ・シンガーズのノリでそれぞれのメンバーがお互いに楽しみながら演奏しています。そこでは「ヴォイパ」まで披露されていますから、なんという芸風の広さ、と驚かないわけにはいきません。もちろん、こちらは女声も入っていますから、さらに華やかな味が加わります。それは、たとえば「ヴォーチェス8」とか「カルムス・アンサンブル」のような今最も旬なグループと同じような新鮮な味です。
全部で22曲もの小品がここでは演奏されていますが、正直ほとんどは(もちろん、チルコットの自作も含めて)知らない曲なのに、それぞれになにか懐かしさというか、どこかで聴いたことがあるような思いになれるのは、こういうアンサンブルのツボを押さえたチルコットの編曲の妙のおかげでしょう。多くの曲でソロを立てているのも、ここでは名手揃いですからさらに効果的です。中でもソプラノのソロは、ピュアな上に表情が豊かなので、とても引き込まれます。ただ、バリトンあたりのソロになると、ちょっと「教養が邪魔をしている」ような歌い方になっていて、ほんの少し違和感がありますが(これは、キングズ・シンガーズのバリトンにも感じたことです)。
チルコットのアレンジには、独特の和声感がありますが、それが最もハマっていると感じられたのが、ガーシュウィンの「Fascinating Rythm」です。これはもうジャズ・コーラスの原点とも言うべきテンション・コードの展開が見事で、まるでマンハッタン・トランスファーみたいなノリの良さがありました。
それと、こちらで別の曲が聴けた「Furusato」という日本の歌を集めた曲集からも3曲紹介されているのもうれしいことです。ここではしっかり「日本語」で歌っていますから、なおさらです。
最後の3曲だけ、別な日に別な会場で、さらにメンバーも少し変えて録音されています。これは、録音もすこしオフ気味ですし、人数が増えた分演奏も大味になっているように思えました。

CD Artwork © Tenebrae Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2016-06-18 21:24 | 合唱 | Comments(0)
Urgency of Now
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Rythm Art Duo
(Daniel Berg, Fredrik Duvling)
Jan Yngwe/
Vocal Art Ensemble of Sweden
FOOTPRINT/FRCD 080




以前ご紹介した同じレーベルのこんなアルバムと、とてもよく似たジャケットですね。いずれもほとんど聞いたことのない名前の合唱団のアルバムですが、ジャケットだけではなく、取り上げている作品の傾向も、そして歌っている合唱団の資質までもとてもよく似ていることに驚かされます。
このアルバムの合唱団の名前は「ヴォーカル・アート・アンサンブル・オブ・スウェーデン」ですが、指揮をしているヤン・ユングヴェによって1978年に作られた時には「プロ・ムジカ室内合唱団」という名前でした。それが2013年に創立35周年(なんだか半端ですが)を迎えたことを記念して、新しい名前に変えたのだそうです。そして、2014年の3月と5月に録音されたこのアルバムが、新しい名前による最初のものとなりました。
このタイトルは「今の緊急事態」とでもいうような意味なのでしょうか、そもそもは、作曲家でもある指揮者のユングヴェが委嘱を受けてこのアルバムのために書き下ろした、マルティン・ルーサー・キングの有名な演説をテキストにした作品の最後に現れる言葉なのですが、それはアルバム全体のコンセプトとしても使われているのです。それは、「音楽を通してのマニフェスト」だと、指揮者はライナーノーツで語っています。
そんな、とても「重い」テーマを背負っての演奏は、このところあちこちで評判のエシェンヴァルズの2012年の新作「The New Moon」で始まります。最近はずいぶん丸くなってしまったような印象を受けるこの作曲家ですが、この曲はまだまだ芯の強さが感じられる、まさにこのアルバムの冒頭を飾るにふさわしい「力」を持ったものでした。
しかし、次の、やはり同じ作曲家による2009年の作品「O salutaris hostia」では、それとは正反対のもっと穏やかな情感が広がります。ここでは女声のソリストが2人、とてものびやかな声でまるでポップス・チューンのようなキャッチーなデュエットを披露してくれますし、それを取り巻く合唱もあくまで穏やかです。どうやら、ここでは先ほどの「マニフェスト」というのはかなり幅広い内容を持っているのでしょう。ちょっと身構えて聴き始めた人は、そんな必要はさらさらなかったことに気づくはずです。ここで、ア・カペラの合唱のバックに鳴り響いているのは水を入れたワイングラスの縁をこすって出される音。いわゆる「グラス・ハーモニカ」ですね。そのあくまで無垢で透明なハーモニーは、心底癒しを生むものです。ちなみに、そのグラスはメンバーの自前です(「わいのグラス」)。続くサンドストレムの「To See a World」もとことん穏やかな音楽ですし。
しかし、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」の最後の曲「妖精の園」がティエリー・マシュエルによって合唱に編曲されたヴァージョンを聴くころには、そんな穏やかさは単に選曲に由来しているものではなく、この合唱団のキャラクターそのものが反映されたものなのではないか、という思いに駆られてきます。それほどに、この曲での歌い方はなんともだらしなく聴こえてきます。さっきのソリストたちの声は、どうやらこの合唱団の中ではきわめて特殊なものだったのだということを、軽い失望とともに知ることになったのです。録音会場が非常に残響の多い教会ですから、ハーモニーなどはいかにもきっちり決まっているようには聴こえるのですが。
そうなってくると、メインの曲である「Urgency of Now」での前衛的な手法も、2人のシンガー・ソングライターの曲を合唱にアレンジした「Hymn of Acxiom」と「Hide and Seek」のシンプルさも、なにか空々しく感じられてしまいますし、キューバの作曲家アルバレスの「Lacrimosa」や、フィリピンの作曲家パミントゥアンの「De Profundis」の持つ逞しさも影が薄くなってしまいます。
結局、かろうじて彼らの手におえるのはバーバーの「Agnus Dei」や、やはりグラス・ハーモニカの心地よいナインス・コードに助けられたエシェンヴァルズの「Stars」程度のヒーリング・ピースなのでしょうか。

CD Artwork © Footprint Records AB
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by jurassic_oyaji | 2016-06-11 21:02 | 合唱 | Comments(0)
Clossing Over
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Matthew Guard/
The Skylark Vocal Ensemble
SONO LUMINUS/DSL-92200(CD, BD-A)




「光り輝く音」みたいな意味の名前を持つレーベルですから、そもそも音に関しては自信を持っているのでしょう、中でもCDと一緒にBD-Aもパックされているものには、裏切られたことはありません。ただ、それはあくまで「音」についてのことであって、一応合唱曲ということでこちらなんかも聴いてみたのですが、本当に音だけは素晴らしいのに演奏がひどいものだった、などという残念なものにも出会ってしまうこともあります。
このアルバムも、やはりBD-A同梱、音に関してはとても期待できそうな感じがしたので、とりあえず買ってみました。しかし、現物を手にしてジャケットを見たとたん、軽い戸惑いが。2行にわたって並んでいる文字がいったい何を意味するのかが理解できませんでした。インレイを見てみても、そこには演奏されている曲のタイトルと作曲家の名前はあるものの、肝心の合唱団とその指揮者の名前がどこにもないのですよ。ある意味スタイリッシュな作り方なのでしょうが、腹が立ちますね。
まあ、ブックレットを見れば、「スカイラーク」というのが合唱団の名前で(正確には「ザ・スカイラーク・ヴォーカル・アンサンブル」)、指揮者がマシュー・ガードという人だ、ということは分かります。なんでも2011年に出来たばかりの団体のようですね。ファミレスではありません(それは「すかいらーく」)。
そして、「Clossing Over」というのが、アルバムのコンセプトなのでしょう。ブックレットの最初のページには、「これは、私たちが最後の時間を迎える時にはいったいどんなことが感じられるのかを音楽で語らせた、様々なイメージをのぞき見ることができる窓だ」みたいなことが書かれていますからね。そして、それに続くページでは、それぞれの曲に関する情報を、間接的に語っているテキストが掲載されています。まさに「イメージ」としてそれぞれの曲を味わってほしい、という願いが込められているのでしょう。
それはもう、とろけるように素晴らしい録音(もちろん、BD-Aで聴いたときは、です)によって聴こえてくるこの合唱団は、とても素晴らしい演奏でそれを的確に表現してくれていますから、そういった「聴かされ方」であっても何の不安もなく最後まで聴き続けてしまえるほどの魅力があります。いや、本心で、このアルバムのトータルなコンセプトには感服させられてしまいました。「最後の時間」というのは、もちろん死を迎える時でしょう。そこへ向かっての不安感、その時に思い出されるさまざまな体験、そして、おそらく「あちら側」にたどり着いた時に感じるであろう平安な感情、そういったものが、何の抵抗もなく体中にしみこんでくるのですからね。
それはそれで、このアルバムの一つの聴き方ではあるのでしょう。でも、やはりもう少し「知的」な聴き方もしないことには、ただの「洗脳」になってしまいますから、ブックレットには決して書かれることのなかったデータも調べたくなりました。そんな時に役に立つのが代理店が作ったインフォなのでしょうが、そこには何と「20世紀の合唱作品集」などといういい加減なサブタイトルが付けられていましたよ。確かに、この中にはウィリアム・シューマンとか、ヨウン・レイフスといった、間違いなく「20世紀」にしか作品がない人もいますが、それ以外の全く初めて聞くアメリカのダニエル・エルダーやロバート・ヴィチャード、そしてアイスランドのアンナ・ソルヴァルドスドッティルなどの作品は、この作曲家たちの生年を見る限り「21世紀」になってから作られたもののはずです。ソルヴァルドスドッティルなどは「自作の録音に立ち会った」そうですし。
少なくとも、この中で唯一聴いたことのあるジョン・タヴナーの「Butterfly Dreams」は、2003年に作られています。それを聴いたのは、こちらの世界初録音盤。今回のアメリカでの初録音からは。イギリスの合唱団とは根本的に異なるタヴナーへのアプローチが、はっきり感じられます。

CD & BD Artwork © Sono Luminus, LLC.
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by jurassic_oyaji | 2016-06-07 23:03 | 合唱 | Comments(0)
EŠENVALDS/St Luke Passion
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Ieva Parša(MS), Jānis Kurševs(Ten)
Daumants Kalniņš(Bar)
Sigvards Kļava/
Latvian Radio Choir
Sinfonietta Rīga
ONDINE/ODE 1247-2




ラトヴィアの作曲家、エリクス・エシェンヴァルズの最新の合唱作品を集めたアルバムです。この人の名前は例によって北欧系のヘンテコな読み方が必要とされるのですが、その日本語表記はやはり混乱を極めています。「S」の上には「ˇ(ハーチェク)」が付いているので「ス」ではなく「シュ」と発音されますから、「エシェンヴァルズ」がより本来の発音に近い表記のはずなのですが、どうやらそれは「エセンヴァルズ」という似非表記によって駆逐されてしまっているようです。
このジャケット、なんだか見覚えがあると思ったら、同じ演奏家が同じレーベルから出したシルヴェストロフのアルバムととてもよく似た写真が使われていたのでした。教会のガラス窓越しに差し込む光、という、なんともベタなコンセプトですが、確かにこれは両方のアルバムに共通しているモードを的確に表現しているのではないでしょうか。ただ、そのアルバムと決定的に違うのは、今回はSACDではないということです。このレーベルのSACDは毎回とてもハイレベルの音を聴かせてくれていたのですが、そんな最大の楽しみを奪われてしまった感じです。
エシェンヴァルズの合唱曲は、こちらのレイトンとポリフォニーとの演奏でも聴いたことがありました。そこでも演奏されていた「A Drop in the Ocean」という、無伴奏の合唱のための作品がここにも収録されていたので、まずはそれからチェックです。この作品の出だしは、「Pater noster」のラテン語の歌詞がほとんど語りに近い歌い方で歌われる中で、同時にアッシジの聖フランシスの言葉の英語訳がきれいなハーモニーの合唱で歌われる、というものなのですが、レイトンの演奏ではその二者は相対する要素として扱われているようでした。それが、このクリャーヴァ指揮のラトヴィア放送合唱団では、いとも自然にお互いが馴染み合っている、という印象を受けます。やはり、このあたりは「現代音楽」ととらえるか、あるいはもっとシンパシーを伴った「仲間の音楽」ととらえるかの違いなのかもしれません。
このトラック、ジャケットやブックレットのクレジットではオーケストラが加わることになっていますが、もちろんこの作品には合唱以外のものは参加していません。これはかなりみっともないミスプリント、例えば、唯一この作曲家の名前を「正しく」表記していた権威あるさるショップのサイトでさえ、これを真に受けて誤った情報を掲載しているのですから、困ったものです。
もっとも、「The First Tears」という、イヌイットの民話をテキストにして2014年に作られた、基本的に合唱だけで歌われる曲に参加しているミュージシャンが演奏している楽器を「リコーダーとハープ」としているのは、レーベルの落ち度ではありません。ジャケットには「ジョー・ハープ」と書いてあるものを、代理店が単に「ハープ」と思い込んだだけなのでしょう。そういう珍しい楽器を知らなかったのでしょうね。ただ、「リコーダー」というのはちょっと違うような気がします。ここで聴こえてくるのは、ほとんど「尺八」に近い音を出す楽器なのですから。
そんな珍しい楽器だけではなく、なんと「テープ」が使われている作品が、2011年に作られた「Litany of the Heavens」です。そこには、実際に教会で唱えられた古い聖歌が録音されていて、その音を流しながら合唱が演奏する、というスタイルがとられます。ということは、この曲を演奏する時にはその「テープ」(たぶん「CD」でしょうが)が必要になってくるのでしょう。スコアやパート譜はレンタルのようですから、そこに一緒に付いてくるのでしょうね。
タイトル曲の「ルカ受難曲」は、8つの部分に分かれた30分という大曲です。オーケストラは雄弁にダイナミックな情景を描き、ソリストは地声で情感を込めて歌うという、まるでミュージカルのようなエンターテインメントの世界です。

CD Artwork © Ondine Oy
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by jurassic_oyaji | 2016-05-26 20:43 | 合唱 | Comments(0)
HEROLDT/Matthäuspassion, CLINIO/Passio Secundum Joannem
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Michael Paumgarten/
Ensemble Triagonale
CPO/555 025-2




16世紀の末に、オーストリアとイタリアで作られた2つの受難曲です。ヨハネス・ヘロルトの「マタイ」が1594年、テオドーロ・クリニオの「ヨハネ」が1595年に作られています。あのシュッツの「マタイ」が作られたのが1665年ですから、それより70年前の受難曲には、こんなのがありました、というようなサンプルです。
ヘロルトにしてもクリニオにしても、全く知らない名前の作曲家でした。「流氷の天使」とは違うし(それは「クリオネ」)。おそらく、当人同士も全く面識はなかったのでしょうね。聴いてみればわかりますが、この2つの受難曲は使われている言葉も、作曲の様式も全く違っていますからお互いの関連性は皆無。ほぼ同じ時期に作られた受難曲でも、「カトリック」と「プロテスタント」というだけでこんなにも違ったものが出来てしまう、ということを示したかった、というのがこのアルバムのコンセプトなのでしょうか。
オーストリアの作曲家ヘロルトが作った曲のタイトルは、正確には「我らが主であり救い主であるイエス・キリストの苦難と死の物語」ですが、歌い出しの歌詞に「聖マタイによって語られた」とありますから、マタイによる福音書がテキストであることが分かります。これはドイツ語の訳、シュッツとかバッハでおなじみの言葉が聴こえてきます。ですから、内容自体はそのバッハの、演奏時間が3時間近くかかる「マタイ受難曲」とそれほど変わらないというのに、こちらはたった15分で終わってしまいます。ちゃんとコラールまで入っているというのに。
つまり、ここでは福音書の受難の部分のテキストが、ポリフォニックなマドリガルという当時イタリアで隆盛を誇っていた形にギュッと押し込んで歌われているのです。それは6声による無伴奏の合唱だけで歌われます。まるで早回しの映像を見ているようなせわしなさですが、セリフの部分にはシンコペーションが埋め込まれていたりと、それぞれに印象的な手法が使われていて、あっという間に「物語」が終わってしまいます。全部で3つの部分に分かれていますが、最後のキリストの死を扱ったパートでは、それまでの明るさが消えて暗い情感も漂っていますし。
そして、その間に2曲、全く同じメロディのコラールが、別の歌詞で歌われます。それがユニゾンだというのも、何か重苦しい感じを秘めています。
一方の、イタリアの作曲家クリニオの受難曲は、当時のカトリックの伝統であった「応唱受難曲」という形で作られています。ここでは、テノールの殆ど語りに近い詠唱によって福音書の地の文が朗読され、登場人物が語る部分は多声部の合唱で歌われています。そして、その人物によってパートの数が異なっているというのが特徴になっています。つまり、イエスの言葉は3声、それ以外の登場人物は4声、そして群衆は6声で作られているのですね。ソプラノのパートは群衆の部分だけに登場しますから、音色的にも華やかなサウンドになっています。
文献には登場してもまず実際に音を聴くことは出来なかったこの2つの受難曲は、おそらくこれが初録音なのでしょう。演奏しているのはオーストリアのテノール、ミヒャエル・パウムガルテンが2001年に結成した「アンサンブル・トリアゴナーレ」という6人編成の声楽アンサンブルです。意図されたものなのかどうかは分かりませんが、メンバーの中で2人のテノールのうちの一人(おそらくパウムガルテン自身)の声だけが歌い方も音色も全く異質なのが、とても気になります。ヘロルトでは、その人の声だけがとても目立ちますし、同じ人がクリニオではエヴァンゲリスト。それは、プレーン・チャントとしての歌い方のようにも思えますが、アンサンブルになっても同じ歌い方なので、とても耳障り。かつてキングズ・シンガーズの中で歌っていたボブ・チルコットが、まさにこんな感じでした。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2016-05-24 23:07 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Matthäus-Passion
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Hannah Morrison(Sop), Sophie Harmsen(Alt)
Tilman Lichidi(Ten)
Peter Harvey, Christian Immler(Bas)
Frieder Bernius/
Kammerchor Stuttgart, Barockorchester Stuttgart
CARUS/83.285




フリーダー・ベルニウスの演奏をCDで初めて聴いたのは、もう20年近く前のことです。その時には、定職に就かないで指揮をしているのか(フリーター・ベルニウス)とか、ペット関係のお仕事なのか(ブリーダー・ベルニウス)と思いましたね。
彼が生まれたのは1947年。自分の合唱団「シュトゥットガルト室内合唱団」を作ったのが1968年のはずですから、その時はまだ21歳の若造だということになりますからね。実際、これは彼がシュトゥットガルトの音楽大学の1年生の時だったそうです。さらに、このCDのブックレットの中で彼は「この録音についての個人的な意見」というエッセイを書いていますが、それによると1970年代の初頭には、あのヘルムート・リリンクの合唱団「ゲヒンガー・カントライ」のメンバーとしてアメリカ・ツアーに参加したそうですから、他の合唱団で修行中の身でもあったということも分かります。
さらに彼は、1985年にはピリオド楽器の団体「シュトゥットガルト・バロックオーケストラ」も設立します。そこでぶち当たったのが、例の「バッハでは合唱は1パート1人で演奏すべき」という「都市伝説」です。しかし、ベルニウスはこの方式の可能性自体は認めつつも、やはりその人数での物足りなさも感じていたようですね。このエッセイの中でもそれを暗に批判しています。
そのあたりが、彼がバッハを演奏するにあたっての基本的な姿勢なのでしょう。いたずらにバッハの時代の慣習をなぞるのではなく、作品を通して作曲家が伝えたかったことこそを演奏で生かしたい、と。
そんなベルニウスの思いが、この、彼にとっては初めてとなる「マタイ」の録音には込められているのでしょう。もちろん、それを後押ししたのが、このレーベルの母体である出版社が2012年に出版した新しいクリティカル・エディションであることは間違いありません。なんせ、新バッハ全集(Bärenreiter)が出版されたのがその40年近くも前の1974年ですから、長年ゲッテインゲンのバッハ研究所に籍を置き、新バッハ全集の編纂にも関与していたクラウス・ホフマンによって校訂されたこの楽譜はまさに待望のものです。もちろん、これは初稿ではなく改訂稿の方です。
まさに「満を持して」録音されたことがよく分かるこのCDは、ライブ録音のようなお手軽なものではなく、しっかり教会で5日間のセッションを設けて録音されています。マイクアレンジも、「コルス・セクンドゥス」の方を合唱もオーケストラも少しオフ気味に右奥から聴こえるように設定してあります。ただ、ソリストは常に中央に定位しています。つまり、アリアを歌うソリストはソプラノ、アルト、テノール、バスがそれぞれ一人ずつしかいません。さらに、テノールのソリストはエヴァンゲリストも歌っていますから、こんなこともセッション録音だから可能になっているのでしょう。
その、テノールのリヒディこそが、この演奏の落ち着いたたたずまいを支配している立役者ではないでしょうか。あくまで伸びやかなその声には、ことさら個性を発揮するというのではなく、歌っている中に自然と表現したいことが込められているという賢さが秘められています。他のソリストたちも、それぞれに同じような方向を目指しているように思えます。その中で、ソプラノのモリソンの澄み切った声は、まさに至福のアリアを届けてくれています。
合唱も、大げさな身振りをせずに音楽そのものにすべてを語らせるという、やはり賢さの極みを見せています。「バラバを!」という群衆の叫びも、減七の和音だけでなんの力みもなくすべてを語らせていますし、最後の長大な合唱のエンディングもいともあっさりとしたものです。
長年「マタイ」を様々なシーンで体験してきたベルニウスがたどり着いたのが、こんなに風通しが良くて爽やかなものだったことが、とてもうれしく感じられます。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2016-05-19 20:17 | 合唱 | Comments(0)
SMOLKA/Poema de Balcones
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Marcus Creed/
SWR Vokalensemble Stuttgart
WERGO/WER 7332 2(hybrid SACD)




WERGOという名前を聞いただけで、なんだか難しそうな音楽ばかり扱っていて、聴く前からぐじゃぐじゃの音の攻撃に耐えなければいけないようなイメージが付きまとっているレーベル、という気にはならないでしょうか。
そのような大雑把なイメージのせいで、このアルバムもちょっと敷居が高いような先入観を持ってしまいますが、注意深くクレジットを見てみると、これはレーベルこそWERGOですが、実際に制作したのは、ここで歌っているマーカス・クリード指揮のSWRヴォーカルアンサンブルというおなじみの顔触れの演奏の録音をいつもリリースしているSWRそのものであることに気づくはずです。プロデューサーやエンジニアにはおなじみの名前が見られますしね。しかもSACDだというのですから、これはもうWERGOなんて余計な肩書を考えずに聴けば、さぞや素晴らしい体験ができることでしょう。それにしても、なぜWERGOだったのでしょう。親会社のSCHOTTから楽譜が出ているのでしょうか(おや、この作曲家の楽譜はすべてブライトコプフから出版されていますよ)。
このアルバムの作曲家、マルティン・スモルカは、1959年にチェコのプラハで生まれました。プラハ芸術アカデミー(Academy of Fine Arts)で作曲を学び、1980年代初めごろから、前衛音楽の旗手として作曲活動を開始します。彼が影響を受けたのはポスト・ウェーベルン、ミニマリズム、ケージのようなエクスペリメンタル・ミュージック、そしてペンデレツキなどのポーランド楽派だといいます。まさに当時の「前衛」の王道ですね。そして、1992年のドナウエッシンゲン音楽祭で演奏された「Rain, a window, roofs, chimneys, pigeons and so… and railway bridges, too」という18人のアンサンブルのための作品で、一躍国際的な舞台へと登場したのです。
これは彼が2000年以降に作った合唱のための作品集、最初に聴こえてくるのはフェデリコ・ガルシア・ロルカの詩集からの断片をテキストとして2008年に作られた「Poema de balcones(バルコニーの詩)」です。録音は2009年の3月17日と18日に行われていますが、彼らによって世界初演が行われたのが同じ年の3月21日ですから、初演に先立って録音されていたということになります。テキストはほとんど聞き取れないほどのヴォカリーズ的な声で歌われています。穏やかなクラスターが終始鳴り響くという、まるでリゲティの「Lux aeterna」を思わせるような曲想ですが、それよりはもっと具体的な情景を描写しているように感じられるやさしさが漂っています。それは、浜辺に打ち寄せる波の音とも、深い森の奥に吹き渡る風のざわめきとも思えるような、なにか心の深いところに直接イメージを送り込んでくる力を持ったサウンドです。ある時は口笛なども使って、それはより具体性を持つことになります。
2曲目の「Walden, the Distiller of Celestial Dews(ウォールデン、星の雫を蒸留する人)」は、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの著書「ウォールデン、森の生活」からテキストが採られています。こちらは、5つの曲から成っていて、それぞれに技法も印象もまるで異なっている、ヴァラエティに富んだ曲集です。その中の4曲目「Blackberry」がとても印象的でした。とても緩やかな優しいテイストの部分とリズミカルな部分が交互に現れるのは、人間の二面性の投影でしょうか。
これは、ドナウエッシンゲンで2000年に初演されたもので、その時の、やはりこの合唱団(指揮はルパート・フーバー)による録音と、もう一つ、ペーテル・エトヴェシュ指揮のバイエルン放送合唱団による録音(NEOS)がすでに出ています。
3曲目の「塩と悲しみ」はタデウシュ・ルジェヴィッチのポーランド語のテキストによって2006年に作られラトヴィア放送合唱団によって初演されていますが、録音はこれが初めてのもの。これも、幅広い情景描写が魅力的です。
そのような振幅の大きい表現を、この合唱団は的確に表現しています。それは、SACDならではの素晴らしい音で聴く者にはストレートに迫ってきます。

SACD Artwork © WERGO
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by jurassic_oyaji | 2016-05-14 20:03 | 合唱 | Comments(0)
L'ESTRANGE/On Eagles' Wings
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Nigel Short/
Tenebrae
SIGNUM/SIGCD454




1974年に生まれたイギリスの作曲家アレグザンダー・レストレンジの宗教的な合唱作品を集めたアルバムです。彼は合唱曲の作曲家、あるいは編曲家としては今や超売れっ子の存在、その編曲のクライアントとしては、「スウィングル・シンガーズ」、「ヴォーチェス8」そして「キングズ・シンガーズ」といった最強のア・カペラのグループが名を連ねています。
レストレンジ自身も、幼少のころからオクスフォードのニュー・カレッジの聖歌隊の一員としてエドワード・ヒギンボトムの指揮のもとでボーイ・ソプラノとしての演奏活動を行っていました。それと同時にジャズにも関心を示し、ピアノで即興演奏なども行っていたそうです。あるときなどは、聖歌隊でハーバート・ハウエルズの有名な聖歌「汚れなきバラ」を歌った時に、ホ長調の三和音で終わるその曲の最後に他の聖歌隊員と共謀して9音であるF♯の音をハミングで歌って、ジャズ風の「ナインス・コード」にしてしまうといういたずらをやったりしたのだそうです。
そんなレストレンジ少年は、幼少期の興味をそのままに伸ばして、それを職業とする幸せな生涯をたどっているところなのでしょう。現在では作曲家であると同時に、ジャズ・プレーヤーとしても、ピアノと、さらにはベースまで演奏するようになっているのだそうです。
このCDには、彼の、主に実際に礼拝に用いるために作られたもの以外にも、例えば結婚式のお祝いのために作られたものなど、最近の作品が収められています。最も古いものでは2001年、そして、最も新しいのが、2014年に、彼の古巣ニュー・カレッジの礼拝のために作られた2曲、「Magnificato」と「Nunc Dimittis」です。これらは英語の歌詞に直されていますが、その年にこのチャペルのオルガニストと指揮者のポストから引退することになっていたヒギンボトムのためのお祝いという意味が込められています。
それは、単に「お祝いの意味を込めた」という抽象的な「気持ち」ではなく、もっと具体的な技法として示されています。例えば、ホ長調で作られた1曲目の冒頭のオルガンのイントロが、最初に9度の跳躍が登場するというとてつもないテーマで始まり、それが続く合唱でのメインテーマとなるのですが、それは移動ドで読めば「ド・↑レ」、つまり「1度」と「9度」、そのあとに続く音が「シ・ラ」ですから、その4つの音で「1976」となります。これは、ヒギンボトムがこのチャペルのオルガニストに就任した年なのだそうです。さらに、もう一つのテーマがドイツ語読みで「E-H」(つまり「ド・ソ」)から始まるのですが、これはエドワード・ヒギンボトムのイニシャルですよね。2曲目でも、「レ・シ・ド・ファ」というテーマが使われていますが、それは「2014」(「シ」は「ド」の前なので「0」になります)という、まさにその引退の年になるわけです。
そして、そこにとっておきのジョークが加わります。この2曲目の最後のコードは、30年前にレストレンジ少年がヒギンボトムから大目玉をくらった「E9th」そのものだったのです。
オルガンの伴奏が付いたり、ア・カペラで歌われたりと続くレストレンジの作品は、やはり基本的にジャズのイディオムがあちこちに感じられるものです。アルバムタイトルとなっている「On Eagles' Wings」は、決して楽天イーグルスの応援歌ではなく聖書の中の「Eagle」がらみのフレーズを集めたものですが、オルガンと女声合唱で歌われるまさにジャズ・コーラスそのものです。最後のコードはメージャーセブンスから派生した高度なものですし。
そんな手の込んだ、しかしあくまで柔らかな肌触りを持つ曲を、「テネブレ」の、まさにかゆいところに届くような行き届いた演奏で聴いてきたら、最後になっていきなりピアノ伴奏のなんともシンプルな曲が現れました。この「An Irish Blessing」という曲は、実は彼の奥さんのジョアンナさんが作曲したものなんですって。

CD Artwork © Signum Records
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by jurassic_oyaji | 2016-05-12 20:22 | 合唱 | Comments(0)
BACH/Johannes-Passion
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Julian Prégardien(Ev), Tareq Mazmi(Je)
Christina Landshamer(Sop), Ulrike Malotta(Alt)
Tilman Lichdi(Ten), Krešimir Stražanac(Bas)
Peter Diykstra/
Chor des Bayerischen Runfunks, Concerto Köln
BR/900909




ペーター・ダイクストラとバイエルン放送合唱団は、バッハの大規模な宗教曲のうちすでに「マタイ受難曲」と「クリスマス・オラトリオ」を録音しています。そして今回は「ヨハネ受難曲」の新しい録音ですから、これで「ロ短調ミサ」を録音してくれれば、今までのバッハの大家と言われていた偉大な指揮者たちと肩を並べることになります。しかし、そのような精神的にストレスの多い仕事を続けていると、やはり頭髪への影響も並々ならぬものとなっているのでしょうね。ほんとに、彼の額がひたいに(次第に)上に広がっていく早さには、驚くばかりです。彼の師であるエリクソンと同じ風貌になるのには、そんなに時間は要らないことでしょう。
この録音は、今までと同じミュンヘンのヘルクレスザールで2015年の3月に行われたコンサートでライブ収録されたものです。しかし、ブックレットを見てみると、そのホールではなく別の教会で演奏されている写真が載っています。それは、単に会場が異なるという以上に、オーケストラや合唱とソリスト、さらには指揮者の配置がとてもユニークになっていることに驚かされます。演奏家たちは指揮者を囲むように座っていて、指揮者はその真ん中に立っています。さらに、エヴァンゲリストが歌う場所が一段高くなった廊下のようになっていて、彼はその上を歩いて歌っているようなのですね。どのようなコンセプトでこんなパフォーマンスが行われていたのか、知りたいものです。今までだと、CDだけではなくDVDもリリースされていましたが、そちらの映像ではこの教会バージョンが使われていることを期待しましょう。
このような、いわば「メジャー」なリスナーをターゲットにしているアルバムだからでしょうか、この受難曲を演奏する時の一つの試金石となる「版」の選択も、特に目新しいことはやらずに一般的な新全集版が使われています。クレジットでも「出版社 ©ベーレンライター」という表記がありますし、一応その楽譜の素性についてのコメントもきちんとライナーノーツで述べられていますから、これは正しい姿勢です。少なくとも、先日のヤーコブス盤でのダウンロード・アイテムのような「偽装」とは無縁でしょう。
エヴァンゲリストは、このところすっかりこのロールが板についてきたプレガルディエン(もちろんユリアンの方)ですし、そのほかのソリストも若い人たちが揃っています。プレガルディエンの伸びのある軽めの声に合わせたように、それぞれが爽やか目の声でとてもすがすがしい歌を聴かせてくれています。特に、もう一人のテノール、アリア担当ティルマン・リヒディが、本当にリリカルな歌い方なのには癒されます。ただ、アルトのウルリケ・マロッタが同じように軽めなのは、さすがにやりすぎ。「Es ist vollbracht」では、やはりもっと深みのある声が欲しかったところです。
その、ヴィオラ・ダ・ガンバのオブリガートが付く30番のアリアでは、使われているベーレンライター版では中間部ではガンバはソリストとユニゾンになるはずなのに、ここでは通奏低音のパートが演奏されていました。実はこの部分は、なぜかこの版の元となった「1739/1749年版」の自筆稿「↓」とは違っていて、あえて1732年稿(第3稿)の形に変えられているのですね。

そこで、今確認してみたら、ここには「あるいは、通奏低音と同じように」という注釈がありました。

ダイクストラは、きちんと自筆稿まで参照していたのですね。
彼は、やはり合唱に関してはとても緻密なアプローチに徹しているようです。特に第2部になってからの群衆の合唱の劇的な振る舞いには、思わず興奮させられてしまいます。24番のバスのアリア「Eilt,
ihr angefochtnen Seelen」での合唱の合いの手の「wohin?」でも、途中のフェルマータをやめて「急ぐ」気持ちを抑えられないでいますし。
「おまけ」のCDに収められているレクチャーは、対訳がない限り全く何の意味もなしません。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-04-30 21:14 | 合唱 | Comments(0)
Rheinmädchen
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Raphaël Pichon/
Pygmalion
HARMONIA MUNDI/HMC 902239




最近のこのレーベルのCDには、ハイレゾ音源がダウンロードできるようなヴァウチャーが入っています。どうやらもうごく限られたアイテム以外はSACDではなくCDに移行しようという意向が固まったかのように、このところSACDでのリリースが激減していることと関係しているのでしょうね。パッケージはCDだけど、ご希望のお客様にはハイレゾもご提供できますよ、という「暖かい」配慮なのでしょう。確かに、スタート当初は44.1/24という中途半端なフォーマットだったものが、今ではしっかり96/24というSACD並みのクオリティが確保できるものになっていますから、これはありがたいものです。なにしろ、今のハイレゾ音源の販売体制と言ったら、音源のデータだけ送ればそれでいいだろうという杜撰極まりないものですから、しっかり従来のパッケージがそのまま保障されたうえで、音だけはハイレゾが入手できるというこのシステムは大歓迎です。
入手方法もいたって簡単、ヴァウチャーに示されたサイトに行って、カードに書かれたパスコードを入れるだけでOK、会員登録などの面倒くさい手続きは一切要りません。もちろん無料です。オリジナルのCDがリリースされてから2年間はダウンロードが可能ですし、同じパスコードが3回までは使えますからね。
「ラインの乙女」というタイトルのこのアルバムは、最近何かと気になるラファエル・ピション率いる「ピグマリオン」の演奏ですが、ここでは合唱は女声だけが歌っています。「乙女」ですからね。伴奏も、ピアノは使われずホルン4本、コントラバス2本、そしてハープが用意されています。このフル編成で最初に聴こえてきたのが、ワーグナーの「ラインの黄金」というよりは4部作「ニーベルンクの指環」全体の前奏曲でした。編曲者のクレジットはありませんが、原曲の混沌感を見事に表現したものになっています。特に、ハープの低音が不気味さを演出しています。もちろん、オリジナルには合唱は入っていませんが、最初に聴こえるか聴こえないかという感じでうっすらと歌われているものが、次第に盛り上がってくるのは圧巻です。
ワーグナーの「指輪」はそのあとも登場します。「ジークフリート」からは、第2幕第2場でジークフリートが角笛を吹くシーンで演奏されるホルンのソロ、もちろん、それはホルン1本だけで、合唱は加わりません。さらに「神々の黄昏」では、第3幕の第2場と第3場をつなぐ、いわゆる「葬送行進曲」がホルン4本だけで演奏されます。これらのホルンは、全部で6種類の19世紀から20世紀初頭にかけて作られた楽器が用いられています。合唱のアルバムだと思っていたら、楽器でもしっかり「ピリオド」にこだわっていたのですね。そして、ワーグナーの「指環」からはもう1曲、同じ「神々の黄昏」の第3幕冒頭の前奏曲まで遡ります。ジークフリートのホルンに続いてラインの乙女の合唱がホルン2本とハープに伴われた編曲で演奏され、その最後に、またホルンのソロでその曲が終わったかと思うと、それがなんと次のブラームスの「4つの歌」のホルンによるイントロにそのまま続くという、憎すぎる演出が施されています。
そんな手の込んだ骨組みの中で、メインであるシューベルト、シューマン、そしてブラームスの女声合唱が歌われます。中にはリートを合唱に編曲したものも含まれていて、興味は尽きません。そんな中で、ブラームスの「女声合唱のためのカノンによる民謡集」(ふつうは「13のカノン」と呼ばれていますが、このCDでの表記はこうなってます)の最後の曲「Einförmig ist der Liebe Gram」は、シューベルトの「冬の旅」の最後の曲「Der Leiermann」と全く同じ曲なんですね。あの曲はずっとシューベルトのオリジナルだと思っていましたが、本当は「民謡」だったのでしょうか。あるいは、ブラームスがシューベルトの曲を「民謡」と解釈して引用したとか。
女声合唱のまろやかさと、他の楽器の肌触り、それらがきちんと聴こえてくるのは、やはりCDではなくハイレゾの方でした。

CD Artwork © Harmonia Mundi Musique S.A.S.
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by jurassic_oyaji | 2016-04-26 21:01 | 合唱 | Comments(0)