おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2007年 03月 ( 19 )   > この月の画像一覧
MOZART/Il Sogno di Scipione
c0039487_19424835.jpg
Blagoj Nacoski(Scipione)
Louise Fribo(La Constanza)
Bernarda Bobro(La Fortuna)
Iain Paton(Publio)
Robert Sellier(Emilio)
Anna Kovalko(Soprano soli nella licenza)
Robin Ticciati/
Chor des Stadttheaters Klagenfurt
Kärntner Sinfonieorchester
DG/00440 073 4249(DVD)



「シピオーネの夢」は、そもそもCDですら2、3種類しか出ていないというレアなもの、それが映像で見られるというだけでも、このDVDは価値を持っています。それにしても、このクレジットに現れている名前のレアなこと、私が知っているものは一つとしてありませんでした。そもそもこれは「M22」とは言っても「クラーゲンフルト歌劇場」との共同制作なのですが、その「クラーゲンフルト」からして分かりません。健康食品でしょうか(それは「コラーゲン」)。調べてみるとこれはオーストリア南部、殆どスロヴェニアとの国境近くの町でした。そして、指揮者のロビン・ティツィアーティ。これも全く初めて聞く名前ですが、それもそのはず、1983年生まれといいますから、まだ20代の若者なのだそうです。
この作品、物語の基本は英雄シピオーネが富の女神フォルトゥーナと貞節の女神コンスタンツァのどちらを選ぶかを迫られるという、男にとっては大変おいしいお話です。そんな贅沢な悩みなど到底自分だけでは解決出来ずに、天上の祖先にアドヴァイスを求めるというのが、サブプロットになっています。元々は上役(というか、雇い主)のごますりのために作られた音楽劇、主人公のシピオーネをその上役に見立てておおいに盛り立てようというコンセプトで制作されたものです。もちろん、現代ではそんなものはなんの意味も持ちませんから、様々な読みかえを行って一つのドラマに仕立てるというのがお約束です。
そこで、このプロダクションが用意したのが、まるでアメリカのテレビドラマのような設定でした。2人の女神は、それぞれシピオーネの奥さん(すでに子供が2人!)と、愛人というもの、当然のことながら奥さん役は「貞節の女神」です。物語の中心はこの2人がシピオーネにアピールする姿となり、それが究極のリアリティをもって描かれています。つまり、直接的な「愛」の形、ベッドシーンが頻繁に登場して観客を喜ばせてくれるのです。9番の奥さんコンスタンツァのアリアなどは、その直前にダンナが愛人フォルトゥーナといちゃいちゃしている現場を見てしまった反動でしょうか、とことん積極的。シピオーネをベッドに押し倒して、ズボンのファスナーを開け、騎乗位でまたがりながら歌い出しましたよ。そのコロラトゥーラが激しいよがり声に聞こえてしまうのは当然のことでしょう。これは痛快。
エピローグでは、ちょっとしたどんでん返しが仕込まれています。本来はここでおべんちゃらの種明かしをして上役の徳をたたえるというアリアを歌うソプラノが、実は今までベビーシッターとして登場していた目立たない女性だったのです。ソリス家のメイドだったシャオ・メイが、代理出産することになってガブリエルと立場が逆転したようなものでしょうか(「デスパレートな妻たち」というドラマがネタです。見てない人、すみません)。さらに、次のコーラスが現れると、彼らはこちら向きに観客席に座っているというセット、この話全体が劇中劇だった、というオチになっているのです。確かに、これはハリウッドあたりでも使えそうな手の込んだプロットです。もちろん、いくら策を弄そうがそこからはなんの感銘も与えられないのは、テレビドラマと全く共通した薄っぺらさのせいでしょう。
歌手の中では、女神を演じたフリボとボブロが出色の出来でした。その安定したコロラトゥーラも見事ですが、それこそテレビドラマに出演してもおかしくない程の美貌は特筆ものです。ブロンドのフリボの下着姿と腰の使い方は、今でも目に焼き付いています。これで隠れ女神のコヴァルコの声にもっと張りがあれば、終幕での効果は抜群だったでしょうに。
それに比べると、男声陣は思わず笑いがこぼれてしまうようなお粗末さでした。車椅子で登場、最後はとうとう棺に入ってしまうという設定のプブリオなどは、そんな瀕死の役柄が歌に出てしまっているのですから、笑うに笑えません。
レベル的にかなり怪しいところのあるオーケストラをきっちりまとめていたティツィアーティくんは、これからも期待できそうです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-30 19:49 | オペラ | Comments(0)
Crazy Cats
 他のネタがあったのですっかり忘れていましたが、ブログのカウンターがいつの間にか5万になっていました。このところ3ヶ月で1万というペースが定着しています。つまり「のだめ」が終わってもそのペースは変わらなかったということになります。「おやぢ」中心という本来のエントリーでこのアクセスというのはなかなか嬉しいものです。
c0039487_2124377.jpg
 「5万」と言えば、「5万節」。なんてことがすんなり出てくるというのはよっぽどの「クレージーキャッツ」のファンだけのことになってしまいました。おととし結成50周年を迎えたこの不世出のバンド(そう、彼らはバンドだったのですよ)のフロントマン、植木等が亡くなりました。何と言ってもリアルタイムで彼らの姿を見てきたものとしては、感慨深いものがあります。これで7人いたメンバーのうちの4人が鬼籍に入ってしまいました。あと3人(谷啓、犬塚弘、桜井センリとすぐ名前が出てくるのが悲しいところです)残っているとはいえ、これで名実共にこのバンドが終焉を迎えたことは、誰の目にも明らかでしょう。心からご冥福をお祈りいたします。
 植木等、そしてクレージーキャッツは数多くの映画に出演していました。最近はBSなどで繰り返し放映されていますが、なぜか私が昔見た時の印象が強烈に残っていて、ぜひもう1度見てみたいと思っている作品は、見る機会がありません。それは、北杜夫の原作による「怪盗ジバコ」。
c0039487_212521.jpg
 もちろん、この原作自体がパステルナークの「ドクトル・ジバゴ」のパロディ(「ジバゴ」ではなく「ジバコ」)なのですが、映画の方はまた原作に忠実でなかったような印象がありました。それがなかなか確かめられないでいるのが、ちょっともどかしいところです。「怪盗」対策で集まった総理大臣などが、屎尿処理かなんかで話し合ったあと「お昼ご飯にしましょう」といって出てきたのがカレーライスだったというようなつまらないギャグに、当時はウケてしまったという思い出しかないもので。もう一つ、ラスヴェガスでロケを敢行したというとてつもないスケールの作品も、ぜひ見てみたいと思っているものです。
 クレージーの映画はどれを見ても面白かったのに、同じ頃にやっていたドリフの映画は本当につまらないものでした。というか、初めて見たドリフのものがあんまりつまらなかったので、それ以後は全く見てはいないのですが。クレージーが都会的で洗練されて、言ってみれば「夢」を与えてくれたものに対し、ドリフはとことん貧乏くさく、垢抜けないというというのがその映画の印象だったのです。その印象は、もちろん今でも変わってはいません。いったい「バカ殿」のどこが面白いというのでしょう。
 どうでもいいドリフのことはおいといて、植木等のことでいまだに気になっていることがあります。それは「ハイそれまでョ」というヒット曲について。ご存じのように、この曲は前半にバラード調のゆったりした部分があってそれがいきなりアップテンポに変わるというものなのですが、その4ビートのバラードにハンパな小節があるのです。「おねがい~、おねがい」のあとが、どう聞いても2拍多いのですよ。こういう音楽でこんな「変拍子」が入るのはとても落ち着かないもの、これは意図して入れたものなのか、ぜひご本人にお聞きしたかったのですが(いや、生きていても無理だったはず)。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-29 21:02 | 禁断 | Comments(0)
FAURÉ/Requiem
c0039487_2063845.jpg
Ana Quintans(Sop)
Peter Harvey(Bar)
Michel Corboz/
Ensemble Vocal de Lausanne
Sinfonia Varsovia
MIRARE/MIR 028



2005年に来日した時に東京のオペラシティで録音されたCD(AVEX)の記憶もまだ消えていないというのに、またまたコルボがフォーレの「レクイエム」を新しく録音してくれました。合唱は前回と同じローザンヌ・ヴォーカル・アンサンブルですが、オーケストラがシンフォニア・ヴァルソヴィアに変わっています。実はこのメンバーは今年の「熱狂の日」、そう、あの屋台も出てお祭り騒ぎとなる音楽祭(そんなのやだい、と顔をしかめるへそ曲がりは、もう居ません)に出演するために5月に来日するそうですが、その顔見せの意味合いも、このCDにはあるのでしょうね。もう剥がしてしまいましたが、ジャケットには「ラ・フォル・ジュルネ」のロゴシールがしっかり貼ってありました。初めて見るこの「MIRARE」というレーベルも、本拠地はフランスのナントですからこの音楽祭に何らかの関係があるのかもしれませんね。
AVEX盤は「レクイエム」1曲だけという超経済的な(もちろんこれは皮肉です)コンテンツでしたが、こちらには「熱狂」でのレパートリーでもある、メサジェとの共作の「ヴィレルヴィルの漁師たちのためのミサ曲」と、モテットが3曲カップリングされていますから、「商品」としては「良心的」と言えるのかもしれません。しかし、たった1年後に(正確なデータは表示されていませんが、おそらく2006年の録音)同じ曲を録音するという神経には、ちょっとムカつきます。
というのも、東京ライブではちょっと詰めが甘いのではないか、と感じた部分が、ここではもっと練られたものに仕上がっているように思えたからなのです。それは「Libera me」での7分48秒という異常とも言える東京盤のテンポ設定です。それは遅いテンポで表現するという必然性の乏しい、単に情緒が上滑りしてコントロールがきかなかったという、はっきり言ってライブでの「事故」としか思えないようなものだったのです。しかし、今回の録音では6分21秒とかなり引き締まったものとなって、その「遅さ」が、実はしっかりとした意志に基づいたものであることがはっきり伝わってくる演奏に、確実にバージョン・アップしていました。後半、シフトダウンしてじっくり迫ってくる合唱、好き嫌いはともかく、これでしたらコルボが描いた設計図が見事に再現されている事が感じられます。東京ではまだリハーサルの段階だったものを、収録時間は少ないは、値段は高いわというちょっとした「欠陥商品」として買わされてしまった「消費者」の立場は、微妙です。
それとは逆に、オーケストラが変わった事によってちょっとした不満が生まれる部分もあります。シンフォニア・ヴァルソヴィアは、東京でのローザンヌのアンサンブルと比べると、かなり自発的な音楽を仕掛けてくれています。それはそれで魅力的なのですが、この曲の中で最も美しい部分であるはずの「Agnus Dei」から「Lux aeterna」に移る部分のエンハーモニック転調で、合唱の和声が変わる前にハープが盛大なアルペジオで、先の和音を聴かせてしまっているのです。ここでのハープのパートは、最近コルボが使うようになった「ネクトゥー・ドラージュ版」にしか入っていませんが、指定はアルペジオではなくアコード、もっと慎み深く弾いて合唱を立てて欲しかったところです。
その版の問題ですが、確かにオケのパートはきちんと演奏しているのに合唱パートが今までの第3稿のものをそのまま使っているというのも、不思議なところです。今回はただ「version 1893」と表記されているだけ、東京盤も「第2稿に『準拠』」という言い方でしたから、単に「参考にした」という程度のノリだったのでしょうか。そういういい加減さが、演奏に反映されていなければいいのですが。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-28 20:12 | 合唱 | Comments(0)
MOZART/WENT/Opera for Flute and String Trio
c0039487_20363034.jpg




Mozart Ensemble of the Vienna Volksoper
NIMBUS/NI 5805



CDの創生期、世界中を数えてもCDを作ることが出来る場所は4、5ヵ所、しかも、そのうちの1つがドイツのハノーヴァーにあるポリグラム(今ではそんな名前もありません)だった以外は、全て日本のメーカーの工場だったという時代の1984年に、CDの可能性を信じて自らCD製造のための工場を造ってしまったレーベルがありました。それがイギリスのNIMBUSです。ここは、ヴィクトリア朝の素敵な古いお屋敷を改造したものを、録音スタジオとして持っていました。つまり、録音からCD製造まで全てを自らの手で行うことが出来たという、何ともこだわりの強いマイナー・レーベルだったのです。
しかし、2001年に、突然この会社の倒産のニュースが伝えられました。ここで働いていた父さんは失業してしまったのです。ちょうどアダム・フィッシャーの指揮によるハイドンの交響曲全集が進行していたところでしたから、その成り行きが注目されたのですが、結局あのBRILLIANTが権利を買い取って、格安の値段の「全集」がリリースされたのは、ご存じの方も多いことでしょう。
c0039487_20381496.jpg

そんなNIMBUSが、いつの間にかまた新譜を出すようになっていました。「Wyastone Estate」という会社の一部門として再スタートしたようですね。パッケージのデザインも、そして音のポリシーも全く変わっていなかったのが、嬉しいところです。
さて、モーツァルトの時代には、オペラの序曲やアリアなどを管楽器の合奏に編曲した「ハルモニー・ムジーク」というものが多く作られていました。ウィーン宮廷の管楽合奏団でコール・アングレを吹いていたボヘミアの音楽家ヤン(ヨハン)・ヴェントという人は、モーツァルトのオペラだけではなく、他の作曲家のものも数多くそんな「管楽器バンド」のために編曲し、人気を博していました。著作権などという概念のなかった時代ですから、これは先に作ったものの勝ち、そんな状況はモーツァルトの1782年の手紙にも「早くオペラを管楽器のために編曲しないと、他の人に先を越されて、ぼくの代わりに儲けられてしまいます」と記されています。
その様なもっぱら屋外で演奏されるための編曲以外に、ヴェントはフルートと弦楽器3丁という「フルート四重奏」の編成でオペラを編曲していたことが、ごく最近分かりました。その楽譜を「発見」したウィーン・フォルクスオーパーのフルート奏者、ハンスゲオルク・シュマイザーが1996年にそれを演奏するために同僚達と「モーツァルト・アンサンブル」を結成、NIMBUSに録音すると同時に楽譜も出版したために、この、ちょっとエレガントなセンスの編曲が日の目を見ることになったのです。
その「倒産前」にリリースされた「第1集」には、「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」、「後宮」が収録されていましたが、今回の新録音では「ティートの慈悲」、「コジ・ファン・トゥッテ」と「フィガロの結婚」が演奏されています。他の編曲ものでも滅多に登場しない「ティート」が含まれている、というあたりが、当時のこの作品の人気を示すところなのでしょうか。ただ、今のところ、出版楽譜には「ティート」が含まれていないのが、ちょっと気になります。
先ほどの「ハルモニー・ムジーク」には、基本的にフルートは含まれていないことでも分かるように、この楽器はそもそも屋外で演奏するようなものではありませんでした。ですから、この編成はもっぱら部屋の中でしっとりと味わうという状況を想定して作られたものなのでしょう。ここには「ハルモニー」にたまに見られるようなちょっと「粗野」な一面は全くありません。管楽器だけの場合は全く曲のキャラクターが変わってしまって、単なるBGMに成り下がっているという印象は拭いがたいものがあるのですが、この編成では単にサイズダウンしただけ、音楽そのものは何も変わっていない、という印象に変わります。やはりケルビーノの「Voi que sapete」にはピチカートが入らないことには。
フルートのシュマイザー、師匠のシュルツ譲りのちょっと低めの音程は気になるものの、強引にアンサンブルをリードせずに弦楽器と見事に溶け合う心地よさが聴きものです。何よりも、全てのメンバーが元のオペラをよく知っていることが良く分かる、歌い方、そして隠れ方が見事です。
「コジ」の「Un'aura amorosa」のような、ぜひ聴きたい曲が抜けているのはヴェントのせい?
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-26 20:38 | フルート | Comments(0)
BACH/Mass in B Minor
c0039487_19453388.jpg
Dorothee Mields, Jonette Zomer(Sop)
Matthew White(Alt)
Charles Daniels(Ten), Peter Harvey(Bas)
Jos van Veldhoven/
The Netherlands Bach Society
CHANNEL/CCS SA 25007(hybrid SACD)



このジャケ写、真ん中の赤い部分は「タスキ」、紙のテープが巻いてあります。本体はしっかりとしたボックスセットになっていて、厚さは3センチほど、まるでバレンタインデイにどっさりもらった可愛らしいチョコレートの箱のように見える立派な物です。その中にはCD2枚組のデジパックに加えてなんと192ページに及ぶという堂々たるハードカバーのブックレットが収まっていました。同じ内容が英語、オランダ語、ドイツ語、フランス語と4ヶ国語で書いてあるのでテキストが多い事もありますが、それだけではなくここにはユトレヒトにある「カタリーネコンフェント」という往年の歌手のような名前の(それは「カテリーナ・ヴァレンテ」・・・似てねえ!)博物館のコレクションの写真がたくさん載っていて、ちょっとした美術書のような体裁になっています。つまり、このCDは、その博物館とのコラボレーションの結果生まれたもの、多少値段が高くなっていますが、それに見合うだけの付加価値はある商品なのです。フェルトホーフェンとオランダ・バッハ協会のこの超豪華装丁のシリーズ、他にも「クリスマス・オラトリオ」と「ヨハネ受難曲」がリリースされています。
最近もリリンクの新しい演奏を聴いたばかりの「ロ短調」ですが、この曲の場合単にモダン楽器とオリジナル楽器という違いだけではなく、様々なアプローチが試みられていますから、それぞれに個性的な味わいを楽しむ事が出来ます。その中でも、ポイントは合唱の人数の設定ではないでしょうか。ソロも含めて全てのパートを一人だけというものから、大人数の合唱、ソロも同じパートでも曲によって別の人が歌うというものまで、多種多様なセッティングのものが発表されています。そんな中で、フェルトホーフェンがとったのは、基本的に1パート一人ですが、リピエーノとしてもう2人ずつ用意して、適宜加わってもらう、というやり方でした。
これによって、曲の持つキャラクターがとても立体的に表現されているのを感じるはずです。ここで参加しているソリスト達は、それぞれアンサンブルも非常にうまい人たちですので、それだけの合唱でも見事なフォルムを形づくっています。特に「Cum Sancto Spiritu」のような複雑なメリスマなどは胸のすくような鮮やかさです。かと思うと、「Crucifixus」では、一人一人の細かい表情がストレートに現れてきて、直接的に胸に刺さるような精密な表現が可能になっています。そして、そこにある部分だけさらに人が加わる事によって、音色も肌触りも全く異なる新たな風景が広がります。ちょうどオルガンでストップを変えるように、瞬時に編成が変わる事によってもたらされる効果は、絶大なものがありました。
ソリストの中で最も感銘を受けたのはアルトパートを歌っているカウンターテナーのホワイトです。バロック・オペラの世界でも、かつてカストラートによって歌われていたパートを歌って活躍している人ですが、ファルセット特有の弱々しさの全くない、強靱な力はとてつもない魅力を放っています。ほんの少しビブラートがかかる時の何とも言えないニュアンスには、思わず惹き付けられてしまいます。彼のアリア「Agnus Dei」は、「古楽系」の演奏の一つの到達点なのではないでしょうか。
ソリストたちの完璧さに比べると、オーケストラも、そしてリピエーノの合唱も、さらにフェルトホーフェンの指揮ぶりも、ちょっとした「拙さ」が顔をのぞかせるのが、妙に暖かい印象を与えてくれています。へたに隙のない演奏よりも、この方がとても音楽として満たされたものを感じるのが不思議なところ、もし、最初からそれねらっていたのなら、それはそれでまた驚異的な事です。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-23 19:48 | 合唱 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 5
 プラネタリウムは40分程かかりました。あと少しすると、今度は安野さんのサイン会が始まります。私は別にミーハーではないので、「今さらサインなんか」と、大して乗り気ではなかったのですが(実際、買う本はありませんし)、愚妻は意気込んで物色しています。その間きのうコンサートがあったあたりをブラブラしていると、そこへひょっこり安野さんが現れたではありませんか。そばにペンション組のMさんがいたので、一緒に近づいて話をしてみました。きのうの宴会の時は、人がたくさんいたのでとうとう話をすることはできなかったのですよ。かなり緊張して、口ごもりながら「デビューの時からの先生のファンでした」とか言ってみると、Mさんも「この人は、安野さんのことなんでも知ってるんですよ」と助け船を出してくれます。安野さんは「ああ、そうですか」と平然としたものです。うん、その気持ちはよく分かります。私もほんの少し前、ショップで仲間から「『ジュラシック』、すごいですね。とても分かりやすいです」とか言われて、「いや、あれがウリなんですよ」なんて謙遜して見せたばっかりでしたからね。もちろん、全く次元の違う世界の話ですが。
 間近でお話しした安野さん、とても81歳とは思えないような若々しいオーラが漂っている方でした。「握手してくださいますか?」と言って手を差し出すと、気さくに握り替えしてくださいました。その手を伝わって、安野さんのオーラが少しは私に入り込んできたのかもしれない、と思ったのは、まさに「信者」の心境のなせるわざでした。
 サイン会の会場は「教室」です。この美術館には、昔の小学校の教室を再現したところがありますが、そこにも安野さんの「仕掛け」が満載でした。
c0039487_22122135.jpg

c0039487_22123162.jpg

 お分かりでしょうが、これらは全て安野さんの作ったものです。「藤本先生」は絵本にも登場しますね。「ごますり」が効いてます。
c0039487_22124011.jpg

c0039487_22124911.jpg

 ただサインをするだけだと思っていたら、安野さんが教壇に座って「授業」が始まりましたよ。いえ、ちょっとした雑談なのですが、それは安野さんならではの知的なひらめきが随所に感じられるものでした。立ち上がってチョークで黒板に書いた文字が、まさに「安野フォント」だったのにもびっくりです。それが終わって一人一人に丁寧にサインをして下さいました。中には自分が書いた水彩画を持ち込んで、安野さんのコメントをもらっているというすごい人もいましたね。いや、実はきのうのコンサートの時に一緒に歌っていた人が、そこにいたのですよ。この人はもっとすごい完璧な「追っかけ」、北九州からやってきて、コンサートとサイン会を満喫していたようです。こんな「同士」に会えたのも、「聖地」ならではのことでしょう。
 肝心の展示室に行っていなくても、これだけでもう十分、時間もなくなってきたので美術館に別れを告げました。また来ることもあるでしょうし。
 それから向かった、夕べのタクシーの運転手さんに聞いておいた「わらじや」というお店で食べた天丼は、ちょっとすごいものでした。大きな海老が3本も入っていて、それがご飯の上に高々と積み上げられています。それだけではなく野菜がもう5品、そのままではとてもご飯が食べられませんから、天ぷらを一旦置いておく皿が一緒についてました。その海老が、もうプリプリ、あっさりしていておいしいのなんの、もしかしたら今まで食べた中で最もおいしい天丼だったかもしれません。それで値段は1100円! 信じられない安さです。
 残った時間で町の中を歩き回っていると、知った顔に何度会ったことでしょう。こんなに楽しい時間を作ってくれた合唱団の仲間には心から感謝です。私にとってはまさに「聖地巡礼」だったこの旅によって、もしかしたら今まで引きずっていた煩わしいものからの決別ができたのかもしれません。リニューアル・ジュラシックが津和野で誕生しました。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-22 22:12 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 4
 打ち上げの会場からタクシーに相乗りでペンションに帰ってきた時には、もう12時を過ぎていました。誰かが「ここでは11時を過ぎれば、もう寝てしまいます」と言っていた通り、その時間に外を歩いている人は「流れ」で二次会へ向かう合唱団様ご一行以外には誰もいませんでした。空を見上げると星の多いこと、仙台では絶対に見ることの出来ない美しい星空でした。
 次の朝、窓の外に広がっていたのは、まさに安野さんの作品の中の世界でした。西日本とは言え標高100メートルという山中ですから、駐車場にあった車の窓にはしっかり霜が降りていましたよ。
c0039487_20505910.jpg

 7時半になると、インターホンで「朝ご飯が出来ました」とオーナーの声が聞こえてきました。食堂に行ってみると、すでにテーブルには食事の用意が整っています。久しく食べたことのない純和風の朝ご飯です。目玉焼きにはソースが欲しいところですが、我慢しましょう。そして、テレビではお約束通り、きのうのコンサートのビデオが流れていました。いやぁ、これは素晴らしいと思わず聴き入ってしまう程、声が良く出ています。昨日歌っていて感じた不安は全く消えてしまいました。これだったら、会場で聴いていた人は満足したことでしょう。実はこのペンションは森ミドリさんのお薦めで今回使うことになったのだとかで、オーナーとも親しい間柄です。そのせいか、森さんのピアノのアップが頻繁に登場していました。ピアノの後が中庭を望むガラスになっているのですが、それが鏡になってソプラノの人の顔が映っています。そこで、森さんのすぐ後ろに映っていたのが愚妻の顔、得をしていましたね。
 レンタカーで帰る人もいるので、ひとまずお別れを言いつつオーナーの奥さんに駅まで送ってもらいます。きのうは慌ただしくコンサートで出入りしただけですから、今日はゆっくり安野光雅美術館を見学、帰りの列車は2時ですから、少しは観光もできることでしょう。白壁の蔵を模した美術館の前の通りには、しっかりロゴの入った旗が翻っています。よく見ると(実は、写真を見直して今気がついたのですが)通りの名前と美術館のロゴが裏返しになっています。これも安野さんのアイディアだったのでしょうか。
c0039487_20511236.jpg

c0039487_20512475.jpg

 美術館では、まずショップでお買い物。ここには安野さんの著作が今手に入るものは全て揃っています。もちろん、絵本に関してはほぼ全て持っているものばかりですから今さら買う必要はありませんが、ここでしか売っていないグッズに注目です。親しい人へのお土産もありますが、私自身のお土産に、トランプを4種類全部買ってしまいましたよ。まわりを見ると、殆どが合唱団のメンバーでした。ついさっきお別れをしたばかりのペンション組も。みんな考えることは一緒なのですね。
 展示室を見る前に、プラネタリウムが始まる時間だったので、そこへ向かいます。安野さん自らナレーターをやっている楽しいもの、もちろん、最初に現れるのは「津和野の星座」です。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-21 20:51 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 3
 演奏は、会場での声だしが全くないというブッツケ状態で始まりました。自分たちの声が一体どのように届いているのか全然分からないのが不安です。歌っていると、自分の声すら良く聞こえない感じ、他のパートもあまり聞こえてこないので、果たして正しいハーモニーで歌っているのか、とても不安になってしまいます。
 後の方を見ると、先ほど車で送り迎えをしてくれたペンションのオーナーが、本格的なカメラを構えているのが分かりました。このオーナーはカメラマンだそうで、ペンションには彼の作品がたくさん展示してありました。今録っている映像は、翌日の朝食の時に見せてもらえるそうなので、楽しみです。
c0039487_23281465.jpg

 私達の演奏は前半がこの前のコンサートの最後のステージで歌った色々な曲を「時を超えて」というテーマでまとめたものです。オペラシティでの時には小原孝さんがピアノを弾いて、それこそただの伴奏ではない、インプロヴィゼーションも交えつつのぶっ飛んだコラボレーションが展開されていたのですが、津和野には同行してはいないので森ミドリさんのピアノです。小原さんに負けじと森さんが考えたのは(誰のアイディアかは分かりませんが)、津和野の小学校や中学校の「校歌」を、それぞれの曲のイントロとして使う、というものでした。多分、ここに聴きにきている人たちにはお馴染みに違いないメロディーが森さんの手によってちょっとおしゃれに響いたあと、「少年時代」とか「さくら」が始まる、という趣向です。
 その森山直太郎の「さくら」が始まった時、一番前に座っているおばさんが、とても気持ちよさそうに歌い始めたのが目に入りました。その瞬間、なんだかとても熱いものがこみ上げてくるような気持ちになってしまったのです。お客さんが一緒に歌い出すなどという現場には何度も遭遇していたはずなのに、このときばかりは涙さえ出てきて、しばらく歌が歌えない程になってしまいましたよ。なんというのでしょう、音楽を通して確かなコミュニケーションが成立した瞬間に立ち会えたような、殆ど感動に近いものがあったのです。その頃にはちょっと違和感のあった会場の音響にもだいぶ慣れてきて、一体感は深まるばかり、終わって先ほどの控え室に引っ込むと、指揮者は「すごく声が出てる」と言っていました。我々には分からなくても、向こう側にはきちんと声が通っているというのです。恐らく、後の「魔法陣」のタイルが、良い反響板になっていたのでしょう。
 後半、この曲のためにここまでやってきた「津和野」は、一番前に座っている安野さんの表情ですっかりメッセージが伝わっている事が分かりました。全曲が終わった瞬間には、安野さんは立ち上がって拍手を送ってくださいました。
 この演奏会には、安野さんの誕生日(実際は20日)という意味もあったので、打ち合わせ通り「ハッピー・バースデイ」を歌ってプレゼントを差し上げました。斜めがけにしているショルダー・バッグがそのプレゼントです。
c0039487_23283097.jpg

 会場は大盛り上がり、最後に安野さんは「何か、校歌のようなものはないんですか?」と聞いてきました。確かに学生時代には「青葉もゆる」という学生歌を定期演奏会のオープニングで歌っていましたので、まさに勢いで「ああ、東北大」で終わるこの曲を、津和野の安野さんの前で大声で歌うという予想外の事が、そこで行われてしまうことになります。ちょっとしたこだわりがあったもので、これは決してオペラシティでは歌う事はなかったのですが、こんな形だったらすんなり歌えてしまいます。これを知ったら、悔しがる人が出てくる事でしょう。
c0039487_23284156.jpg

 打ち上げは、なんと宴会形式、でも、安野さんにサインをねだったり、一緒に写真を撮ったり、とっても楽しいものでした。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-20 23:28 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 2
 なんせ大人数ですから、着替えも大変です。大半の人は美術館のすぐそばにある旅館に泊まったので、男声はそこで着替えて、ステージ衣装で歩いてきます。我々ペンション組と女声は、美術館の中で着替えます。男声にはなんと「館長室」が用意されていました。その広い部屋の中にはもちろん安野さんの本なども置いてありますが、何より目を引いたのが、この「つわのいろは」のオリジナルです。
c0039487_1955373.jpg

 いろは48文字を全て1度だけ使ってつくられた「いろはうた」、安野さんはその中に故郷津和野を見事に歌い込んでいます。この歌が、何と言っても今回のプロジェクトの出発点、感慨もひとしおです。ここに出てくる「しろあと」は、今でも山の上に残っている「城跡」のことですが、「この歌を城跡で歌ってみたいね」と誰かが言ったために、津和野でのコンサートが実現しました。実際に城跡で歌うのは無理ですから、せめて城跡へ向かって、というのが、前回の小学校の校庭でのパフォーマンスだったわけです。
 着替えが終わって、実際に「城跡コンサート」が行われる美術館のエントランスへ行ってみると、開場のセッティングはすっかり出来上がっていました。壁一面に描かれた巨大な「魔法陣」をバックに歌うというプランです。ただ、問題は合唱団が乗るための山台です。場所が狭いものですから、そこには写真屋さんが集合写真を撮る時に使う、ちょっと狭くて乗るのにはおっかないスタンドが用意されていたのです。かなり段差のあるものですから、女声がドレスの裾を引っかけたりしないように、立ち方のリハーサルです。本当は全員が並んでみて、一度でも声を出してみれば良かったのでしょうが、そんな時間はありませんでした。
c0039487_19555393.jpg

 本番前に待機している場所は、「展示室」です。さっきまでは美術館を訪れた人たちが最も神経を集中して展示物に見入っていたであろう、メインの部屋の中を、今は自由に歩き回って、そこの安野さんの原画を心ゆくまで見る事が出来るのですよ。そこにあったのは最近「改訂版」が出たばかりの「旅の絵本2」の原画、印刷された本も従来版と改訂版の両方が置いてありますから、それぞれを比べて見る事も出来ます。確かに今回のものは印刷の精度は上がっていますが、色合いなどは原画と比べてしまうといまいちというのが良く分かります。これはもう印刷技術の限界なのでしょうね。
 私の「安野マニア」ぶりはもはやメンバーの中に浸透していますから、原画を前にしながら色々聞いてくる人もいます。「聖地」のまっただ中に今自分がいるのだというだけで舞い上がっているというのに、そんな風に頼りにされるなんて、つくづく長年のファンであった幸せを噛みしめる私でした。
 いよいよ演奏の始まり、不謹慎だとは思いましたが、一応デジカメをポケットに忍ばせて山台に立ちます。機会があれば客席の様子を撮ってみようという「編集長」精神です。しかし、そんな心配は無用、曲が始まる前に森さんがMCをやっていると、安野さんも立ち上がって話を始めたり、とても和んだ雰囲気でしたから、写真を撮ってもなんの邪魔にもなりませんでした。こんな風に、エントランスは150人程のお客さんでいっぱいになっていました。
c0039487_195672.jpg

[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-19 19:56 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 1
 「聖地」巡りは終わりました。それは私にとって、かけがえのない体験となった、とてつもない旅でした。この2日間のことは、一生忘れる事はないでしょう。
 なにしろお彼岸間近の週末ですから、まるまる休んでしまうのはちょっと気が引けるものです。ですから、金曜日にはしっかり準備を整えて、他の人でも代わりにできるような段取りを付けるのに余念がありませんでした。そして夕方に出発、その夜は東京に一泊です。
 土曜日の朝は久しぶりの東海道・山陽新幹線です。これに乗るのは妹の結婚式で岡山まで行った以来ですから、一体何年ぶりになるのでしょう。そもそも5時間も同じ席に座りっぱなしなんて、東京までの新幹線が1時間半で終わってしまうのに慣れた身には、かなり応える事のはずです。「腰」もあることですし。
 しかし、車窓から見える景色は、ちょっと曇りがち、一部では雨が降っているというお天気では、ちょっと富士山は見えなくて残念ではありましたが、昔々、このあたりに住んでいた思い出を蘇らせるのには十分なものがありました。中でも静岡のお茶畑などは、なんか原体験をつつかれてしまう程のインパクトのあるものでしたよ。
 何ごともなく新山口まで行ったあとは、まさに初めての体験、「山口線」へ乗り換えます。新幹線を降りたホームには、同じ列車に乗っていた合唱団のメンバーがたくさん、殆どの人がこれで来たようですね。
c0039487_14262859.jpg

 山口線のホームまでは階段があります。もちろん、エスカレーターなどというものは付いていませんから、重たい荷物もそうそう愚妻に持たせる訳にはいきませんから、腰に負担がかからないように半分だけ持ち上げてみます。どうやらこの程度だったら大丈夫、しばらくは急な腰痛もない事でしょう。ホームは、沢山の人でごった返していました。特急「スーパーおき」という名前とは裏腹に、この車両は全部で2両しかありません。1両が指定席、もう1両は自由席です。もちろん私達は指定席を買ってあったので、その人垣をかき分けて自分の席へ向かいます。しかし、自由席の方はなんだかとんでもない事になっているようです。一緒に来た人の中には指定席が買えなかった人にいたようで、見慣れた顔の人がデッキに立っていました。普段はそんなに人が乗る事はないこのローカル線にとっては、こんな大人数に人が押し寄せるのはどうやら予想外の事態だったようですね。「本日はご迷惑をおかけしております」みたいなアナウンスもありましたし。
 1時間程で、目指す津和野に到着です。駅にはペンションのオーナーが来るまで迎えに来てくれていました。1回では運びきれないので、2回に分けてのピストン輸送、最初に乗ってしまった私達は、オーナーの観光案内を聞きながら、ちょっと遠くにあるペンションへ向かいます。
 一服する暇も惜しんで、リハーサル会場の小学校へ向かいます。そこでは、予定していなかったイベントが待っていました。校庭にいる安野さんと森さんの前で、城跡へ向かって歌を歌うということになったのです。いよいよ、「城跡コンサート」の幕開けです。
c0039487_142703.jpg

c0039487_14273386.jpg

[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-03-19 14:28 | 禁断 | Comments(0)