おやぢの部屋2
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BELIEVE
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Che'Nelle
EMI/TOCP-71400




車を運転しながらラジオを聴いていると、ちょっと気になる曲がかかったりすることがあります。その曲も、1度聴いたら忘れられないインパクトを持っていました。よくあるしっとりと聴かせるバラードで、コード進行もオーソドックスな、キャッチーな曲だな、と思っていたら、サビに入ったところでいきなり半音高く転調したのですよ。一瞬、なにが起きたのか分からないほど、それはショッキングな転調でした。それがそのままエンディングを迎えて、2コーラス目に戻る時に、そのままでは最初のAメロまで半音高くなってしまいますから、そこでまた半音下げるための強引な転調が行われていたのですから、すごいものです。
こういう、元に戻れない一方通行の転調は、ポップスの場合なかなかお目にかかれるものではありません。こんな大胆な(というか、恐れを知らぬ)ことを堂々とやっているのは誰なのか、気になってしまいました。でも、おそらく最初に曲の紹介があったのでしょうが、そんなものは憶えていません。アーティストの名前なんて、知っていれば気が付きますが、全く知らなければ聞いても絶対に憶えてなんかいるわけがありません。なんせ、最近のアーティスト(そもそも、「歌手」なんて言葉は今では死語です)ときたら、「ジュジュ」だの「スーパーフライ」だの、とても「名前」とは思えないようなネーミングで通していますからね。歌いだしが「Destiny」というのだけは憶えていましたから、それを頼りにネットで検索してみても、引っ掛かるのは似ても似つかない曲ばかりでした。
でも、ある時、やっと、その曲が終わった時のMCで、その曲が紹介されたので、あわててメモを取ります。それが、「シェネル」の「ビリーヴ」でした。何でも、映画「海猿」の最新版のテーマ曲なんですってね。
「シェネル」なんて日本人離れした名前ですから、外人?それにしては日本語の歌詞が上手(いや、今の「日本人」の歌う歌詞ほど下手くそなものはありません)、などと思っていたら、確かに彼女は外国人でした。アメリカで活躍しているR&Bシンガーなんですって。でも、それにしては、この友近のようなルックスは、と思ったら、生まれはシンガポールだとか。
そもそもは、普通にアメリカで「洋楽」のシンガー、あるいはソングライターとして活躍していたのが、日本からのリクエストで久保田利伸の「Missing」をカバーしたら大ヒット、日本向けのカバー・アルバム(なんと、「上を向いて歩こう」までカバー)までリリースされてしまいました。そして、今回は「ビリーヴ」をタイトルにした、日本人の作家チームによるオリジナル・アルバムです。もっとも、前作からの流れで、カバー曲も2曲入っています。
驚いたことに、彼女は日本語が全くしゃべれないのだそうです。ただ、同じアジアの語感は共通しているので、歌うことにはあまり苦労はなかったそうですね。「ビリーヴ」にしても、日本語の歌詞の間に英語がちりばめられているという手法が、なかなか素敵です。2曲目に入っている「フォール・イン・ラヴ」という曲では、なんだか聴いたことのあるメロディだと思ったら、それは「大きな栗の木の下で」という、あの遊び歌ではありませんか。その歌詞の部分は英語で、「あなたと、わたし」というところを日本語で歌うという、シュールな引用です。カバー曲のアレンジも、中島美嘉の「STARS」をレゲエ風の後打ちのリズムに変えて、オリジナルとは全く違ったテイストに仕上げていますし。
彼女は、伸びのあるとても素直な声です。この手の「張って歌う」人たちにありがちな過剰なビブラートがないのが、とても新鮮な印象を与えてくれます。かと思うと、最後の「トゥ・ユー」などは、オブラートでくるんだような、とてもソフトに抑えられた声を使って、しっとりとした味を出しています。アルバムの最初から最後まで、これほど味わい深く楽しめたなんて、久しぶりのことです。

CD Artwork © EMI Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-30 20:32 | ポップス | Comments(2)
BACH/Hunt Cantata
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Sophie Junker, Johnne Lunn(Sop), Damien guillon(Alt)
櫻田亮(Ten), Roderick Williams(Bar)
鈴木雅明/
Bach Collegium Japan
BIS/SACD-1971(hybrid SACD)




バッハが教会の礼拝に用いるためではなく、様々な祝い事(場合によってはお葬式のような弔事)のために作った、いわゆる「世俗カンタータ」は、きちんと楽譜が残っているものだけでも20曲程度、断片などを含めると50曲以上のものが知られています。実際にはほかのジャンルの曲同様散逸してしまったものも多くあるはずですから、彼の生涯にはさらにたくさんのものが作られていたことでしょう。
しかし、「教会カンタータ」に比べると、これらの作品はあまり録音には恵まれていないような気がするのですが、どうでしょう。「教会」の方はいくらでも「全集」が出来ている、あるいは出来つつある状態なのに、「世俗」の全集と言ったらとりあえず思いつくところではだいぶ前のシュライアーとリリンクぐらいしかありません。コープマンは「教会」、「世俗」を区別しないで全集化を進めていたようですが、あれは完成したのでしょうか。
着々とカンタータ全集を作り続けている鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパンですが、やはりこちらも「世俗」に関しては2004年に210番(結婚カンタータ)と211番(コーヒー・カンタータ)がカップリングされたアルバムを出したきりでした。
それが、思い出したように208番(狩りのカンタータ)の入ったアルバムをリリースしてくれました。カップリングは、BWV134aという、ちょっとマイナーな1719年の新年を祝うために作られたカンタータです。後に、アリアを一つカットして、1724年の復活祭第3日目に教会カンタータ134番としてリサイクルされます。BWVにはそのあたりの事情が反映されているのでしょう。
208番の方は、なんたって9曲目のソプラノのアリア「Schafe können sicher weiden(羊は安らかに草を食み)」が、かつてのNHK-FMでのバロック音楽の番組のテーマ曲というヘビー・ローテーションで、すっかり有名になってしまいました。この曲の2本のリコーダーによるイントロは、おそらく「バッハ」や「カンタータ」という概念を超えて「名曲」として聴かれているはずです。
作られたのはヴァイマール時代の1713年(1712年という説もあり)という、バッハがまだ20代のころですから、なかなか「元気」なアイディアが満載。さる貴族の誕生日のために作られたものですが、その方の趣味が「狩猟」と「イタリア・オペラ」だということで、その両方の要素をふんだんに盛り込んだりもしています。まずは、「シンフォニア」から、2本のコルノ・ダ・カッチャが大活躍です。これは、仙台限定のいやらしい楽器ではなく(ポルノだっちゃ)、「狩りのホルン」という意味の名前を持つピリオド楽器です。「ロ短調ミサ」にも登場しますね。しかし、このまさに「狩り」そのものの音楽は、聴きおぼえがあります。実は、これは「ブランデンブルク協奏曲第1番」の初稿の1曲目、作られたのがこのカンタータと同じころで、楽器編成も同じだということから、シンフォニアとして使われたのだろう、と推測されているのだそうです。
そのあとは、ソリストたちのレシタティーヴォとアリアが続くというお決まりの進行になるのですが、そのレシタティーヴォの後半には、ものすごいメリスマ、というか、コロラトゥーラが披露されるというサプライズが待っていました。これが「イタリア・オペラ」の趣味を取り込んだものなのでしょう。特にソプラノとテノールの2人による5曲目のレシタティーヴォなどは、櫻田さんの神業とも相まって、まさに息つく暇もないほどの華麗な世界が味わえますよ。1976年に録音されたマティスとシュライアーの演奏に比べると、速度はほぼ倍、そんな時代もあったのですね。
ほんと、2曲とも、その櫻田さんの歌をひたすら堪能するためのようなSACDでした。合唱などは、相変わらずの取り澄ましたクールさには、ちょっと引いてしまいます。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2012-07-28 18:45 | 合唱 | Comments(0)
GOULD/Orchestral Works
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Jeffrey Silberschlang(Tp)
Gerard Schwarz/
Seattle Symphony
NAXOS/8.559715




新譜だと思って買ったら、実は1994年にDELOSからリリースされていたものの移行盤でした。確かに帯には本当に小さな字でそんなことも書いてありましたね。全く気づきませんでした。新録音でなければ、少しお安くご提供してもいいような気がしますが、どうでしょう。
モートン・グールドのアルバムは、前にこちらで聴いていました。今回重なっている曲は「パヴァーヌ」だけですから、さらにグールドの別の面がたっぷり味わえることになります。いや、その「パヴァーヌ」にしても、まるで別の曲ではないかと思えるほどの、こちらは軽やかな演奏でした。というのも、このアルバムではジェフリー・シルバーシュラグという、おそらくこういう「軽め」の曲を得意としているトランペット奏者がフィーチャーされていて、それがとてもポップな雰囲気を出しているのですよ。この「パヴァーヌ」も、本来は別のパートが吹く部分までトランペットで演奏するように手直しをして、より「シルバーシュラグ節」が際立つようになっています。
ここでは、最初の1曲を除いて、すべてにそのトランペットが入っています。それらの曲は、まず、グールドのメインのフィールドだった「劇伴」としての音楽です。彼は映画やドラマ、さらにはドキュメンタリー番組までと、広範に音楽を作り続けていましたが、ここでそれらをまとめて聴くと、そこにはまさに、今の日本のお茶の間で日々流されているテレビドラマの音楽の要素がすべて含まれているように感じられます。あくまでキャッチーなメロディを前面に出して、本来の「伴奏音楽」としてだけではなく、このように単独で演奏しても十分味わえるものになるように仕上げる、という手法です。おそらく、グールドの場合は、結果的に独立した音楽にもなりうるクオリティを備えるようになったのでしょうが、日本の場合は、最初から「サントラCD」としての需要をあてにしている、という点が、かなり大きな違いではあるのでしょうがね。
「第一次世界大戦」という、CBSのドキュメンタリーのために作られた音楽は、その時代が彷彿とされるような作られ方をしています。それは、いまだに「世紀末」を引きずっているような少し退廃的な雰囲気を持ったものです。特に、「Sad Song」というナンバーには、そんなちょっと怪しさを秘めた魅力が満載です。
一方、NBCで作られた、ドイツのユダヤ人家族が主人公のドラマ「ホロコースト」の音楽は、グールド自身もユダヤ人移民の子であるということもあってか、さらに深みのあるものに仕上がっています。このドラマはエミー賞を獲得したのだそうですね。
最後に演奏されているのは、「マーチング・バンドのためのフォーメーション組曲」です(帯のインフォメーションには「マーチング・バンドよりフォーメーション組曲」ですって。校正ミスですね)。こんなジャンルの曲も作っていたのですね。これは本当に楽しい曲でした。文字通り、マーチング・バンドがフォーメーションを変えるごとに、曲も変わってヴァラエティあふれる演奏を繰り広げるためのものなのですが、そんな「実用音楽」にしておくのはもったいないほどの、まさにアメリカの明るさを終結したようなその数々の「マーチ」には、思わず引き込まれてしまいます。「森のくまさん」も登場しますし、「Twirling Blues」というのが渋くていいですね。
そんな中で異質なのが、最初に演奏されている「コンチェルト・グロッソ」です。もともとは「オーデュボン」という、バレエのための音楽を作ったところが、それは上演されることが無くなったので、4人のソロ・ヴァイオリンとオーケストラのために書き直したものだそうですが、これが聴いていて全然つまらないのですね。これもグールドの「シリアス」な一面なのでしょうが、彼が本気でこちらの道に進まなかったのは、我々にとっては幸せなことでした。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-26 20:07 | オーケストラ | Comments(0)
PIAZZOLLA/Histoire du Tango
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Cécile Daroux(Fl)
Pablo Márquez(Guit)
HARMONIA MUNDI/HMG 501674




今年は、タンゴ界の巨星、アストル・ピアソラが亡くなってから20年目という記念の年なのだそうです。もうそんなに経ったの、という気がするのはなぜなのでしょう。そういうアニバーサリーに敏感なこの業界では、これにちなんで数々の企画が展開されているのでしょうね。
そんな時にピアソラの「タンゴの歴史」というタイトルのCDが出たりすれば、やはりそんな「お祭り」にちなんだ新録音だと思ってしまいます。ジャケットも、今まで見たことのないものでしたし。そもそも、こんな、いかにも情熱的な風貌の美人フルーティストのCDなんて、見ればすぐわかります。
しかし、あいにくこれはそんな「ピアソラ・イヤー」とは全く無関係なアイテムでした。最近のこのレーベルのミド・プライスのシリーズ「hmGold」の一環としてリリースされた、もともとは1998年に録音されたものなのでした。オリジナルのジャケットにも同じ写真が使われていたようでしたが、当時は気が付かなかったようです。
この美しい方はセシル・ダルーというフランスのフルーティストです。一部では「ダロー」という表記も見られます。いったい、どちらが正しいんだろー1966年に生まれています(代理店によるインフォでは「1969年」となっていますから、初期の資料ではサバを読んでいたのでしょう)から、録音した時は30代に入ったばかり、当然この写真もそれ以前に撮られたものなのでしょうが、美貌とともにこのアダルトな貫禄もすごいものです。ところが、彼女は昨年、45歳の若さで亡くなってしまったそうなのです。なんともったいない。「美人薄命」とは、まさにこの人のためにあるような言葉ではないでしょうか。
パリのコンセルヴァトワールを卒業した彼女は、多くのコンクールに入賞して一時はルーアンのオペラハウスのオーケストラの首席奏者も務めていたそうですが、録音では現代音楽の分野で何点かのものがありました。その中に、クセナキスの「Nyu-yo」という1985年に作られた曲があったので、ちょっと驚いたことがあります。クセナキスがフルート曲を作っていたとは。しかし、これは実は日本語のタイトル「入陽」を欧文表記したもので、そもそもは尺八、三弦、2台の琴のために、「邦楽4人の会」から委嘱された作品だったのですね。それを、ダルーの依頼で作曲家自身がフルートと3本のギターのために編曲したものを、そこでは演奏していたのです。ここでは、ダルーは完璧に尺八を模倣したフルートで、クセナキスには珍しい東洋的な情感を表現していました。
もはや、フルーティストにとっては定番のレパートリーとなったピアソラの1986年の作品「タンゴの歴史」は、タイトルの通り、時代とともに様相を変えていったタンゴの姿を、フルートとギターによってピアソラなりの解釈で描いたものです。ただ、このような元来「非クラシック」であったものを楽譜にあらわした時には、おのずと演奏者のアプローチが試されることになります。この曲を委嘱し、初演したマルク・グローウェルズあたりの演奏を聴くと、楽譜はただのガイドに過ぎず、そこから離れたダンス音楽である「タンゴ」としての躍動感をより大切にしているような、おそらく作曲家も望んだに違いない表現が感じられるのではないでしょうか。
しかし、ダルーの場合は、あくまで「楽譜に忠実に」というスタンスを崩そうとはしていません。いや、そこそこ軽めのフェイクを入れてみたり、自由なカデンツァがあったりはしますが、それはあくまで「クラシック」、いや、「現代音楽」の範疇としてのレアリゼーション、ピアソラを「現代音楽の作曲家」としてとらえるという姿勢は頑として貫かれています。最後の「現代のコンサート」が、ピアソラが感じた当時の「現代音楽」を反映させたものであることは、そんなアプローチでなければ気づくことはなかったことでしょう。

CD Artwork © Harmonia Mundi s.a.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-24 22:55 | フルート | Comments(0)
FLAGELLO/Passion of Martin Luther King
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Ezio Flagello(Bar)
Nicolas Flagello/
Ambrosian Singers
London Philharmonic Orchestra
I Musici di Firenze
NAXOS/8.112065




イタリア系のアメリカの作曲家、ニコラス・フラジェッロという人が作った「受難曲」です。彼の3つ下の弟が、エツィオ・フラジェッロ、カール・ベームが1967年にプラハで録音した「ドン・ジョヴァンニ」でレポレッロを歌っていましたが、このアルバムでもソロを担当しています。
この「マーティン・ルーサー・キングの受難曲」は、キング師のことを敬愛していたフラジェッロが、1968年の暗殺事件に衝撃を受けて作ったものです。1953年に作ってあったオーケストラと合唱のための5曲のモテット集の間に、バリトン・ソロによって歌われるキング師の演説集の中の言葉をテキストにした音楽を挟み込むという構成が、なかなか効果的です。ラテン語の合唱のパートは、華やかなオーケストレーションの中、合唱がハイテンションに歌いあげるという曲調、しかし、バリトン・ソロによるキング師のテキストのパートでは、ソロはあたかもレシタティーヴォのような趣でしっとりと言葉の意味を伝えています。しかし、そのシンプルなソロを彩るオーケストラの、なんと雄弁なことでしょう。いわばバロック時代の「レシタティーヴォ・アッコンパニャート」を現代に置き換えたような、それは美しいナンバーです。
しかも、例えば4曲目の「In the Struggle for the Freedom」などでは、そのレシタティーヴォは歌われていく中で次第に高揚感を増し、後半には殆ど「アリア」と言ってもいいほどのメロディアスなものに変わります。このあたりは、「オラトリオ」というよりはほとんど「ミュージカル」と言っても構わないほどのキャッチーな魅力にあふれています。
最後の曲となる「I Have a Dream」は、1963年にワシントンで行われた大集会での有名な演説「私には夢がある」をテキストとした、やはり非常に美しいオーケストラをバックに淡々と語られるレシタティーヴォです。「私には夢がある。いつの日かこの国が立ちあがり『すべての人間は平等につくられている』という言葉の真の意味を貫くようになるだろう」といったような崇高な訴え、先ほどの4曲目の最後に出てきた「Crucify」という言葉の繰り返しとともにこれを聴くと、まさにこの曲はキング師をイエス・キリストと置き換えた、「受難曲」そのもののように感じられてきます。
ニコラスの指揮、エツィオのバリトン・ソロによって、1969年にロンドンでこの曲はレコーディングされました。しかし、それを発売してくれるレーベルは見当たらず、この録音はお蔵入りになってしまうのです。実際に初演を行ったのは、フラジェッロの作品に深いシンパシーを持っていた指揮者のジェームズ・デプリーストでした。しかし、1974年のワシントンでの初演に際しては、デプリーストは作曲者の了承のもとに、最後の「I Have a Dream」と、その前の「Jubilate Deo」を、当時の現状では「時期尚早」としてカット、3曲目の「Cor Jesu」のテーマによる新たなフィナーレに差し替えて演奏しました。のちに1995年にKOCHに録音したものも、そのバージョンによっています。
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2008年にバラク・オバマが大統領に就任したことで、キング師の「夢」はかなえられました。そして、オリジナル・バージョンの世界初録音が、ここに43年ぶりに日の目を見ることになったのです。
そんな、これが「初出」であるという情報は、ジャケットには何もなく、ライナーノーツを読むまでは分かりません。さらに、カップリングがやはりエツィオのソロによる、これは1963年にリリースされたことのあるニコラスの歌曲集なのですが、これがとんでもなくひどい音なのです。声が完全にひずんでいて、とても不快、おそらく、マスターテープはもうなくなっていて、LPからの板起こしなのでしょう。スカイツリーのお土産ではありませんよ(それは「雷おこし」)。それはそれで「ヒストリカル音源」なのですから仕方ありませんが、一言「おことわり」があってもいいはずです。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-22 20:32 | 合唱 | Comments(0)
仙台フィル・山響の「復活」
 この間、チケットを買いに行った時に外側からだけ見ていた県民会館に、きのう、やっと演奏会を聴きに行くことが出来ました。なぜか、なかなか改修工事が始まらなくて、やっと最近完全復旧したのですよね。なにしろ、ニューフィルでも11月に使うことになっていて、以前ははたしてそれまでに工事が終わっているのかどうかとやきもきしていたものですが、まるで何事もなかったように、そのホールは開いていましたよ。中に入った感じは、震災前と全く変わらないようでした。市民会館などはホール内の壁を全部新しいものに貼り替えたりしていましたが、ここではそんなことはなかったのでしょうか。あるいは、全く同じ素材を使って「復元」したとか。
 私の席は2階の一番前でした。本当にしばらくぶりだったので、階段を上ってもどこの扉から入るのか、分からない感じになっていましたね。ここから行けるはずだ、と思って開けたら、テレビカメラにふさがれて目的地まではいけませんでしたし。そうなのですよ。このコンサートはNHKが録画を行っていて、いずれ(9月30日朝6時~)BSで放送されるのだそうです。
 席に行く前に、2階のロビーには打楽器やらモニターが置いてある一角がありました。そういえば、演奏されるマーラーの交響曲第2番にはバンダが入るんでしたね。普通はステージの裏などで演奏するのに、こんなところで一体聴こえるのでしょうか。確かに、このホールは二重扉ではありませんから、ここでも充分なのかもしれませんが。
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 なにしろ、マーラーの生演奏なんてなかなか仙台では聴く機会がありませんから、2階席は満員でした。私のすぐそばに2人、ニューフィルの団員がいましたね。ただ、1階席の前の方と左右の花道の前は、かなり空席があります。ニューフィルがここでラフマニノフをやった時には、このあたりまで満席でしたよ。
 開演10分前に、指揮者の飯森さんが出てきて、お話を始めました。それによると、何でも、今回はギルバート・キャプラン版を使って演奏するのだそうです。これはラッキー、話には聞いていましたが、その現物にこんなところでお目にかかれるなんて。
 そして、いよいよオケの団員が入場してきます。仙台では普通はなかなか見ることのできない「16型」の弦楽器に、4管編成+合唱ですから、もうステージの前の縁にまで椅子が並べられています。でも、出てきたのはオケだけ、合唱はいつ入るのでしょう。2楽章の前でしょうか。
 いよいよ、改修後のこのホールでは最初となるはずのフル編成のオーケストラの音が響き渡ります。しかし、その音には期待していたほどの豊かさはありませんでした。ここではこのサイズのオケは何度も聴いていますし、自分たちでも頻繁に演奏してきましたが、16型でこの響きか、という、ちょっとした失望感がありました。見ると、ファースト・ヴァイオリンなどは、最前列に7プルトも並んでいます。あまりにも広がり過ぎてなんだか音も演奏もまとまらない、という感じがします。あるいは、日ごろやり慣れていない編成に戸惑っているのかもしれませんね。そんなもどかしさは、1楽章の間中、付いて回りました。でも、木管などはとても素敵でしたね。実は、この日はプログラムの他に、ファンクラブの人たちが作った、すべてのオケのメンバーの配置図が配られていました。
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 ちょっと見にくいかもしれませんが、全部の楽器のところに名前と団が書いてあります。書き忘れましたが、このコンサートは仙台フィルと山形交響楽団との合同演奏なのです。ですから、どちらの団の人がどの席次か、ということが分かります。それで木管のトップを見てみると、すべて山響のメンバーによって占められていました。やはり、アンサンブルですから、いつも一緒にやっている人がチームになった方が良いに決まってます。その代わり、コンサートマスターは仙台フィルの神谷さんでしたね。
 そんな、ちょっと危なげな弦楽器でしたが、2楽章に入ったら見違えるように瑞々しい音に変わっていたので一安心。やっと慣れてきたのでしょう。しかし、この楽章の前にかなり長いポーズをとったのに、合唱が入ってくる気配はありません。4楽章の前なんかに入って来られたらいやだな、と、ちょっと不安になってきます。
 その不安は的中、合唱とソリストは、3楽章が終わったところでおもむろに入ってきたのですよ。これには、怒りに近いものがこみ上げてきました。私が、この曲の中で一番好きなのは4楽章の頭なんです。3楽章が終わったところで、さりげなくアルト・ソロが聴こえてくるのが、なににも代えがたい感動を与えてくれるのが、こんなに間を開けてごちゃごちゃやった後に始まったのでは、ぶち壊しです。いや、別に合唱団が悪いのではなく、これは合唱団員が座って待っていられるだけのスペースを確保できなかったこのホールの責任なのですがね。あるいは、ステージが狭くても、それを取り囲む客席に合唱団が座れるようなホールも、他の都市にはいくらでもあるのに、建設計画だけはあってもそれを実行できなかった仙台市の責任なのかもしれません。つまり、マーラーの「復活」を満足のいく環境のもとに聴くことが出来るようなホールは、仙台市にはないのです。それで「楽都」なんて言っているのですから、笑えますね。
 しかし、そんな悪条件にもかかわらず、アルトの加納さんの第一声は、素晴らしいものでした。以前BSでこの人の演奏を聴いて、これなら、と思っていた予感は、見事に的中してくれました。
 そして、長い長い終楽章、もうこの辺になると体力勝負で、金管あたりはかなり疲労が目立ってきましたが、起伏の激しい音楽はそんな傷などお構いなしに、どんどんパワフルなテンションを送りこんできます。問題のバンダも、どこから聴こえてきたのか分からないような不思議な効果を出していましたし、合唱が入る前のフルートとピッコロの掛け合いも、完璧でした。ほんと、このピッコロの人みたいな滑らかなフレーズは、なかなか聴けないものですよ。
 続いて、合唱が入って来ると、それまでの演奏は一体何だったのか、という、まるで異次元にでも迷い込んだような、極上の音楽に変わりました。150人の人が心を合わせて放ったピアニシモは、こんなとてつもない力を秘められるものなのですね。まさにこれこそこの演奏の白眉です。それがフォルテの場面になると、決してオケに隠れることなく、いや、それどころかオケをも圧倒するほどの存在感を示しているのですからね。
 こんなすごい合唱の後に出てくるホルンやトランペットのソロは、かわいそうですね。でも、しっかり合唱の緊張感を受け継いでくれないことには、とてもプロとは言えません。合唱のバックになっていたホルンも、なんと汚いピッチだったことでしょう。こんなところで合唱の足を引っ張るなんて。
 とはいえ、飯森さんのダイナミックな指揮ぶりに煽られて生み出される最後のクライマックスは、それこそ会場全体が熱狂の坩堝と化したような、ものすごいものでした。初めて「生」で体験したマーラーの交響曲第2番「復活」、堪能しました。
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 でも、最後の飯森さんのスピーチは余計でしたね。言いたいことは全部音楽が語ってくれていました。そこに言葉など、邪魔なだけです。それにしても、このコンサートのプログラムの裏表紙に全面広告を出して「協賛」しているのが「東北電力」だというのは、なにかのジョークなのでしょうか。飯森さんが最後に「私たちに力を貸してください」と言った相手は、まさかこの電力会社ではないでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2012-07-21 22:39 | 禁断 | Comments(3)
さよならビートルズ/洋楽ポップスの50年は何だったのか
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中山康樹著
双葉社刊(双葉新書043)
ISBN978-4-575-15395-8



タイトルが「さよならビートルズ」で、帯のコピーが「ビートルズはダサい!?」とくれば、これはもはやビートルズは今の人にとっては必要のない時代遅れの音楽であることを説いた本のように思われてしまいそう。というか、この帯コピーは著者とは全く関わり合いのないところで作られたもののような気がします。この本のどこを読んでみても、そんな、ビートルズを貶めるような記述は見当たりませんからね。こんな風に、ただ売りたいがために必ずしも内容に即してはいないコピーを使うことは、CD業界に限ったことではなかったのですね。ほんと、○クソス・ジャパンの帯コピーなんかひどいものです。これなんか、あまりにお粗末で悲しくなりますね。
この本は、サブタイトルにもあるように、ビートルズがEMIからメジャー・デビューした1962年を日本における「洋楽元年」と位置づけ、それからちょうど50年目にあたる2012年現在から「洋楽」シーンを振り返ろう、というものなのです。われわれクラシック・ファンにとっては、「洋楽」の歴史はたった50年ではないだろう、と思うのは当然のことですが、もはやこの言葉は「明治時代に西洋から入ってきた音楽」という意味でつかわれることは極めて稀だ、という認識は必要です。そのあたりは著者も心得ていて、前書きでまずこの言葉の意味をしっかり定義してくれていますから、安心できます。
そのような、「安心感」は、著者が1952年生まれの、もはや還暦を迎えた分別のある大人であることから生まれるのでしょうか。最近ネットなどで雑な文章を書きなぐっている若いライターの文章とは一線を画した、いたずらに煽り立てることのない文体には非常に好感が持てます。しかも、ここで語られている「50年」というのは、まさに著者がリアルタイムに「洋楽」に接してきた時期と重なっているのですから、その記述には重みがあります。「事実」を語るだけならば、資料を繙くことによってある程度のことは可能ですが、その時代の「空気」を実際に体験している人には、その「事実」の「意味」までをも的確に綴ることができるのですから。
例えば、1964年のラジオ番組でのリクエストランキングの曲目が羅列されているページを見てみるだけで、おそらくそのころに「洋楽」を聴いていたことがある人ならば、それは単なる曲目のリストというだけではない、当時の生活の匂いまでも蘇らせてくれるタイトルの集まりと感じられるのではないでしょうか。
そんな、まるでタイムマシンに乗せられたかのようなリアリティあふれる回想に交えて語られる「洋楽」受容史、そこで登場するビートルズの来日公演の「意味」を語るパートこそが、この本の一つのハイライトであることは間違いありません。この公演では、「前座」として日本人のミュージシャンも演奏を行ったのですが、そこに出演した人たち、出演を依頼されたのに断ったバンド、さらには「出る」よりも「聴く」方を選んでバンドを脱退した人などに、その後のそれぞれの人たちの姿を重ね合わせると納得のいくことが思い当ったりしませんか?内田裕也って、いったいなんだったんでしょう。
そのような、まさにノスタルジーなくしては語れない輝くばかりの日々の体験の後に、あまりにも唐突に現れるのが、「現代」の「洋楽」シーンを嘆く著者の姿です。まあ、気持ちは分かりますが、こればっかりは時代の流れなのですから、受け入れるほかはありません。「洋楽」は文化である前に「商品」なのですからね。
でも、「ラップは意味がわからないからこそかっこいい」という著者の主張には、無条件に賛同してしまいます。「和訳ポップス」が消滅したように、「日本語ラップ」が消え去る日は、遠くはありません。いや、去らないかな(それは、「去らんラップ」)。

Book Artwork © Futabasha Publishers Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-07-20 22:43 | 書籍 | Comments(0)
HAYDN/The Creation
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Amanda Forsythe(Sop)
Keith Jameson(Ten)
Kevin Deas(Bar)
Martin Pearlman/
Boston Baroque
LINN/CKD 401(hybrid SACD)




PCオーディオ機器でも積極的な展開を行っているLINNですから、当然CDSACDといったフィジカル媒体だけでなく、ダウンロードによるリリースも行っています。公式サイトに行ってみると、自社製品だけではなく、DECCAあたりのアイテムまで扱っているのですから、すごいですね。ただし、DECCAの場合は権利の関係でしょうか、日本から購入(ダウンロード)することはできませんとさ。
そこで販売されているのが、「スタジオマスター」と呼ばれている3種類のハイレゾデータ、最高位のものはなんと24bit/192kHz(FLAC)という、LPCMでは今の時点で普通に扱えるものの中ではこれ以上はないというスペックになっています。ということは、もともとの録音も、このスペックで行われているということなのでしょうか。その下に24bit/96kHz(FLAC, WMA)のものも有るのですが、価格は同じでいずれも24USドルというのですから、もしかしたらアップ・コンバート?ちなみに、CDと同等の16/44.1のデータは13ドルですって。このハイドンの「天地創造」の場合はSACDでは2枚組になっているので25ドルと、ハイレゾデータの方がお安くなってますね。でも、マルチチャンネルは入っていないのでしょうね。
やはり録音を売り物にしたレーベル、TELARCのアーティストだと思っていたボストン・バロックが、今回はLINNからのリリースです。ただ、録音データを見ると今までのLINNでは見かけない人、というかプロダクションの名前がありました。それは「5/4 Productions」というものです。しかし、個々のプロデューサーやエンジニアの名前を見ると、トーマス・ムーアとかロバート・フリードリッヒ、マイケル・ビショップといった、馴染みのある名前がありますよ。そう、彼らは、まさにTELARCのクルーではありませんか。調べてみると、2009年に、以前からCMG(Concord Music Group)に買収されていたTELARCの主だったスタッフが大量に解雇されてしまったそうなのですね。それで、そこのエンジニアたちが独立して作ったのが、この「5/4」でした。「125%のクオリティ」という気持ちが込められた社名なのでしょう。元PHILIPSPOLYHYMNIAとか、最近はこういう風に、おかしくなってしまったレーベルからエンジニアが独立するというケースが多くなっていますね。
そういえば、このころ買ったTELARCが、今までと品番のつけ方が変わっていたことを思い出して、やはりボストン・バロックが演奏している現物を見てみたら、そのクレジットには同じ名前がすでに「5/4」名義で載っていましたね。ということは、ボストン・バロックはこれ以上TELARCにいてもしょうがないと、録音スタッフ込みで、LINNに移籍したということなのでしょうか。そうなると、こちらには録音機材のコメントはありませんが、TELARC時代には彼らはDSDで録音していたはずなので、さっきのハイレゾデータは、DSDからLPCMへのコンバートなのかもしれませんね。
しかし、同じ演奏家が同じ会場で、同じスタッフによって録音されているのに、今回のSACDからは、TELARCCDとは全然違う印象が与えられます。正直、今まで聴いてきたロンドン・バロックの録音は、なんか焦点の定まらないふわふわした音で、全く魅力がなかったものが、今回は全く別の団体を聴いているようでした。音の密度は格段に上がって、テクスチャーがはっきり分かるようになっていますし、何よりもボーカルのバランスがとてもに良くなっていて、オケに溶け込みながら、しっかり存在感を示しています。SACDになったことが、その最大の要因なのでしょうが、もしかしたら「LINNのブランドを背負うのだから」と、しっかりチェックが入っていたのかもしれませんね。
そんな音のおかげで、今まで退屈だと思っていた「天地創造」でも、最後まで楽しんで聴くことができましたよ。やはりウォシュレットはいいですね(それは、「便器TOTO」)。基本的にかなりロマンティックな演奏ですが、ソリストが変なくせのない、アンサンブルでも美しく歌える人たちだったのも、勝因です。

SACD Artwork © Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2012-07-18 20:43 | 合唱 | Comments(0)
地に落ちた意見聴取会と「とらの子」
 きのうの朝、テレビのワイドショーを見ていた愚妻が「○○さんが出てるよ!」と大声で叫びました。確かに、そこには合唱仲間の△△さん(愚妻は、いまだに名前を覚えられません)らしき人が写っていましたね。最初は、よく似ているけど、まさかこんな所に、という感じでしたが、その映像は繰り返しあちこちで流れたので、何回も見ているうちにその人に間違いないことが分かりました。念のため、Facebookを見てみたら、「意見を述べてきました」という書き込みもありましたし。
 その映像は、今日になっても繰り返し登場していましたから、△△さんはすっかり有名になってしまいました。いや、本当に有名になったのは、そこからずっと離れた所に座っていた人なんですがね。
 「意見聴取会」ですか。なんだかずいぶん盛り上がってますね。そんなものが行われていることすら知りませんでしたよ。知っていたとしても、別に「公聴会」と同じようなもので、単に手続きのためのみんなの意見を聞くふりをする会合だ、ぐらいに思ったでしょうね。結局、あれは政府は全く知らないうちに、電力会社の社員が発言者に紛れ込んでいた、ということになったようですが、本当のところはどうなんでしょうね。それにしても、電力会社はバカなことをやったものです。当然、社員であることは分かってしまうのですから、そうなった時のマイナスイメージはかなりのものだ、ということに気付かなかったのでしょうかね。まあ、「原発事故の放射能で死んだ人は1人もいない」などと言い切れるような人が社員をやっているようなところですから、そもそも今の事態が全く把握できていないのでしょう。というか、こんな風に、あれだけのことがあった後でも全く変わろうとしていない会社が日本の電気を作っているということが、あんな小細工からはっきりしたことになりますね。いや、そんなことは、だいぶ前の「株主総会」ですでに分かっていたことでした。ですから、それが分かったからと言って、すぐに「脱原発」が実現することは決してないというのが、悲しいところです。
 そんな風に、本当に大切なことはなにか、ということが分かっていないのは、政府や電力会社だけではありません。私が、もう20年以上も贔屓にしている中華料理店、「とらの子」が、それ以上に愚かな人によって経営されていることがわかって、とてもがっかりしているところです。
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 そんな予兆は、だいぶ前からありました。確かに出される料理はどれを食べてもおいしいものですから、最近はとみにお客さんも増えたようで、休日などはかなり待たないと座れないような状態が続いていました。それでも、一人で行った時などは、真ん中の大きなテーブルに座れるので、あまり待つことはありません。その日はそんなに混んではいなかったので、その真ん中のテーブルの空いている席に適当に座りました。そうしたら、店員がやってきて「席を詰めて座ってください」と、無理やりちょっと脂ぎった男の隣に移動させられてしまいました。その時はすごく嫌な気がしましたね。そこまでして、客を詰め込みたいのか、と。
 そして、おとといのこと、今度は愚妻と2人で行ってみました。2人の時は、出来れば真ん中のテーブルではなく、相席ではない小さなテーブルに座りたいと思っていても、その時には相席の大きなテーブルしか空いていませんでした。ただ、以前来た時には、前もって言っておけば、もし料理が出来上がる前に小さなテーブルが空くとそっちに移させてくれることもあったので、今回もそれを期待して、まず大きなテーブルに座ります。
 しばらくして、小さなテーブルが2つも空きました。新しいお客さんが来る様子もなかったので、「移れませんか?」と店員に聞いてみると、そいつは「休みの日には、お席の移動はお断りしています」と、信じられないようなことを言い出しました。前は、休日でもなんでも移らせてくれましたよ。なおもしつこくお願いすると、奴は調理場に行って店長あたりにお伺いを立てているようでした。でも、結局、それは出来ないの一点張りです。
 このお店は、なまじ繁盛してしまったために、本当にお客さんにとって必要なことをすっかり忘れてしまったに違いありません。それが分かったからには、もうこの店にいるだけで不快になってきました。食事など、とんでもないことです。「じゃあ、注文はキャンセルします」と言って、席を立ってきましたよ。もう私は二度とこの「とらの子」に来ることはないでしょう。
 そんなことがあったからといって、この店が態度を改めることはないのと同じことで、いくら正論を説いたからと言って、この国の政府や電力会社、そして業界団体が「変わる」ことは、決してあり得ません。
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by jurassic_oyaji | 2012-07-17 21:35 | 禁断 | Comments(0)
UEDA/Requiem ・ Never forget the day and you
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本宮廉子, 北爪かおり(Sop), 横町あゆみ(Alt)
坂口寿一(Ten), 熊谷隆彦(Bas)
上田益/
The Kühn Choir of Prague
Prague Philharmonia
REQUIEM PROJECT/SVRP1201




「レクイエム・プロジェクト」というものがあることを、最近知りました。老人会ではありませんよ(それは、「レクリエーション・プロジェクト」)。なんでも、2010年に阪神・淡路大地震から15年目を迎えることから、それに向けて、数多くのテレビドラマの音楽などで知られる作曲家、上田益(すすむ)さんが中心になって2008年から始まった活動なのだそうです。そのために上田さんによって作られたのが、この、「自然災害、戦争、テロなどで亡くなった多くの尊い命のためのレクイエム~あの日を、あなたを忘れない~」なのだそうです。
図らずも、2011年に起こってしまった大震災によって、この活動はさらに大きな広がりを持つようになります。ついこの前の3月には、福島でこの「レクイエム」を演奏するとともに、福島県在住の今を時めく震災詩人、和合亮一さんの詩をテキストにした上田さんの新作合唱曲も演奏される機会がありました。そのように、単に「レクイエム」を演奏するだけではなく、その土地で新たな創作を行ったり、制作の段階から地元のスタッフとの触れ合いを大切にするというのが、このプロジェクトの特徴なのだそうです。今の時点では、2015年に東京でオペラ仕立ての「レクイエム」を上演する計画までが明らかになっています。そのような活動が、明るい未来を作っていくことにつながれば、これほど素晴らしいことはありません。
さらに、このプロジェクトは、日本国内を飛び出して外国にも活動の場を広げています。今年の4月1日には、チェコのプラハで東日本大震災追悼のための「チャリティ・コンサート」が開かれ、その最後に「レクイエム」が演奏されました。会場はあの「ドヴォルジャーク・ホール」、5人のソリストは日本から参加、オーケストラはプラハ・フィル、合唱はキューン合唱団です。前プロのバッハの「アリア」や、モーツァルトの「交響曲第40番」は、チェコのピルゼン放送交響楽団の音楽監督、川本貢司さんが指揮をして、メインの「レクイエム」は上田さんが指揮をする、という構成でした。
この演奏会の写真が、キューン合唱団のサイトに掲載されていますが、合唱団の最前列には日本人とおぼしきメンバーの顔があります。日本でこの曲を歌ってきた合唱団の人までも、この演奏会に参加するためにプラハまで行っていたのですね。
そして、この演奏会の前日と前々日に、プラハのスタジオで行われたのが、このCDのためのレコーディングでした。コンサートのライブではなく、しっかりセッションで録音したというのは、単なるイベントの記録ではなく、作品としてより完成度の高いものを残したかったからなのでしょうか。
この「レクイエム」は、一見普通のテキストで作られているように感じられますが、実はラテン語の歌詞の中になんだか初めて見るような言葉があります。それもそのはず、全部で10曲から成る作品の中の4曲は、上田さん自身が作った日本語の歌詞をラテン語に翻訳したものだったのです。例えば「夢をあきらめないでほしい」といったような、それこそ和合さんのようなクサいテキストも、「Ut speciem non relinquere」とラテン語で歌われると、なんだか本物の「レクイエム」みたいに聴こえるから不思議です。ただ、その音楽は、suspended 4の経過和音を多用した、まさにどんなテレビドラマの中でも垂れ流されている甘ったるいものであるのは、作曲家の資質の問題ですから、致し方のないことなのでしょう。でもご安心ください。自分で作れないものはどこかよそから借りてきて、「レクイエム」らしさを強調する配慮に、怠りはありません。そのために「Lacrimosa」で動員されたモーツァルトや伝カッチーニにとってはいい迷惑でしょうが。
いえいえ、しっかり、「聴くためのレクイエムではない」と開き直っているのですから、その志はくんであげないと。

CD Artwork © Requiem Project
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by jurassic_oyaji | 2012-07-16 20:15 | 合唱 | Comments(0)