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DVORAK/Symphony No.9
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Claus Peter Flor/
Malaysian Philharmonic Orchestra
BIS/BIS-1856 SACD(hybrid SACD)




BISの品番の付け方が変わりましたね。今までは「BIS-SACD-○○○○」もしくは「BIS-CD-○○○○」だったものが、上のように「SACD」や「CD」が最後に来るようになりました。どうでもいいことですが、この方が並べたときには凸凹がなくなってきれいですね。というより、BISはこれで今までのようにCDSACDとをランダムに出していくという方針を、はっきり示しているのではないでしょうか。SACDに一本化すれば、こんなことをする必要もないのに。
リリースされたのはこの前の「8番」よりも後ですが、録音はこちらの方が2年ばかり前の2009年です。ただ、最近は正直に録音フォーマットを記載するようになったライナーによると、どちらも24bit/48kHzのPCMなのだそうです。SACDで出すのなら、ちょっとこれでは物足りないスペックですね。実際、時折SACDを聴いていて不満に感じられる弦楽器の質感が、ここではかなりスカスカに感じられてしまいます。ただ、同じレーベルで同じスペックのベルゲン・フィルの場合は、もっと高密度の音が楽しめているので、一概にスペックだけで左右されるものではないのかもしれません。現に、ショルティの「指環」(こちらはBDオーディオですが)などは、同じスペックでも全く不満は感じられませんからね。
録音データをもっと詳しく見てみると、「新世界」と、カップリングの「チェコ組曲」を録音したのが、2009年の8月、もう1曲、「わが故郷」序曲は翌年2010年の9月です。つまり、「新世界」などは、クラウス・ペーター・フロールがこのオーケストラの音楽監督に就任した最初のシーズンが終わったオフの時に録音が行われたことになりますね。
確かに、ここで聴かれる「新世界」には、なにか指揮者とオーケストラが完全には一体化していないもどかしさのようなものが感じられます。基本的に、このオーケストラは湿っぽい情緒といったものには無縁の表現でサラッと演奏しようとしているところを、指揮者がなにか「重み」を付けたくて小技を要求しているような気がするのですね。その結果、全体の流れがとても整合性にかけたような仕上がりになっているところが、なんとなく目についてしまうのです。
ただ、第1楽章などではそんなチグハグなところがあったものが、曲が進むにつれてそれほど気にならなくなっていきます。もしかしたら、指揮者がそんな流れを悟って、あまり抑えつけずに団員の好きなようにやらせようと思うようになって行ったのかもしれません。いや、これはあくまで憶測にすぎませんが。でも、第3楽章のスケルツォの軽やかさや、トリオののびのびとした歌い方などは、まさにオーケストラの自発性が満開という感じがしてしまいます。
フィナーレも、最初のファンファーレからして何の気負いもなく軽々と吹いているあたりは、金管奏者の余裕のようなものを感じてしまいます。そう思って聴いていると、このオーケストラのメンバーは、誰もいっぱいいっぱいになって演奏しているようなところはないのですね。がむしゃらにならなくても、あっさり弾けてしまうような名手の集まりなのでしょうから、すべてのフレーズが「余裕」にあふれているように感じられます。
「チェコ組曲」も、そんな意味で、臭さたっぷりの「民族性」などは全く見当たらない、スマートさにあふれています。それでいて、しっかりドボルジャークらしさは感じられるのですから、これは恐るべきことです。もちろん、甘ったるいところなんかはありません(それは「チョコ組曲」)。
その1年後に録音された「わが故郷」では、後半の生き生きとした部分で、そんなオーケストラにだいぶ指揮者が馴染んできたことがうかがえるような、もはやなにも迷わずに突進する潔さが現れているのではないでしょうか。
とは言っても、「8番」のようにさらに伸びやかな演奏になるまでには、もう少し時間が必要だったのかもしれませんね。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2012-11-29 19:40 | オーケストラ | Comments(0)
音響技術史~音の記録の歴史~
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森芳久、君塚雅憲、亀川徹共著
東京藝術大学出版会刊
ISBN978-4-904049-25-9



最近の録音技術は日々進歩をしていますから、それに関する資料もすぐヒビが入って古くなってしまいます。インターネットの情報はあまりにもいい加減ですし、専門的な書籍の大半は、あまりにも出版されてから時間が経ち過ぎていて(この世界、5年前の知識など全く役に立ちません)何の価値もありません。そんな中で、たまたま見つかったこの本は、1年半ほど前に出版されたもの、ギリギリで現在でも通用する情報が載っているのでは、という期待を持って入手してみました。
出版社が「藝大」というのが気になるところですが、恐らくこれはそのような芸術系大学での教科書として作られたものなのでしょう。ところが、いかにも教科書っぽい地味な装丁のなかに、恐らく、この教科書を使って「音響学」あたりの講義を受けるであろう大学生などは、その現物すら見たこともないようなオーディオ・パーツである「ムービング・コイル」タイプの「カートリッジ」の超拡大断面図などというものがあったのには、ただならないものを感じないわけにはいきません。
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期待通り、本文は、最新の技術情報まできちんと網羅した、とても丁寧に作られたものでした。それは、エジソンが「フォノグラフ」を発明する以前に、すでに音を記録する機械「フォノトグラフ」を発明したレオン・スコットという人物の存在から始まります。ただ、それは単に「記録」するだけで「再生」はできなかったものが、今世紀になってコンピューター処理によって再生もできるようになったのだそうです。このあたりから、すでに音響史を塗り替えるような記述です。
それに続く歴史は、今までに多くの資料からすでに得られていた事柄が並ぶことになるのですが、著者(大半は森さんが執筆しています)の語り口には単に文献をなぞるだけの素っ気なさは全くなく、何か実況中継を見ているような生々しさが込められているものですから、とても楽しく読めてしまいます。辛抱の足らない学生たちも、これにはきっと飽きることは無いでしょう。それは、先ほどのエジソンの発明の場面もそうですし、さらにはLPレコードを発明したピーター・ゴールドマークの仕事ぶりの記述などにもいかんなく発揮されています。
そのような、歴史的な出来事の一つとして、「デジタル録音」も語られています。NHKによる世界初のデジタル録音機のデモの様子や、その後ソニーによって開発され、やはり世界初の共通規格によるデジタルメディアとなったCDの誕生の経緯などは、筆者が当事者と極めて近い立場もあったことによって、劇的な記述となりました。これはまさに「当時」ならではの生々しい語り口です。なんせ、その時に共同開発者のフィリップスが主張したのは、14bitという規格だったのですからね。それを、あくまで将来的な望みを託して最後まで16bitを譲らなかったソニーの姿勢は、立派だったというほかはありません。その頃は、開発に携わった人たちが、このフォーマットがLPよりすべての点で優れたものであり、それまでになかった最高のクオリティのものであることを信じて疑わなかったことも、ここからはまざまざとうかがえます。これは、当時の様子を伝える、まさに「一次資料」です。
もちろん、筆者はそんな過去の事例にはこだわらず、より高音質のフォーマットであるSACDについても、しっかり言及します。ただ、ここではあくまでそのソースがDSDによるものと限定しているのは、やはり1年半前の認識なのでしょう。現在のSACDのソースや配信ソフトの大半を占めるハイレゾPCM音源についてもきちんと語られていたならば、言うことはなかったのですが。
いずれにしても、いやしくも録音メディアに関わっている人ならば、ここに示されている情報ぐらいは最低限知っておかなければいけません。

Book Artwork © Tokyo Geidai Press
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by jurassic_oyaji | 2012-11-28 00:18 | 書籍 | Comments(0)
最新クラシックのSACDカタログ&ガイドブック
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レコード芸術&Stereo
音楽之友社刊(
ONTOMO MOOK
ISBN978-4-276-96223-1



2000年頃に日本のソニーとオランダのフィリップスによって共同で開発された、それまでのCDよりもはるかに広いダイナミック・レンジと周波数レンジを持つ新しい音楽メディアSACD(言うまでもなく、「Super Audio Compact Disc」の略称、「Sex And the City DVD」ではありません)は、その2つのメーカーの主導で華々しくデビューを飾り、SONYUNIVERSALのレーベルから一時期かなりの数のアイテムがリリースされました。しかし、ほどなくして、そのようなメジャー・レーベルは、ぱったりとSACDに対しての興味を失ってしまいます。CDというフォーマットはすでに音楽再生の媒体としてはすっかり成熟していましたから、少しぐらい音がよくなったとしても、CDとの互換性のない製品のために消費者がそれ以上の投資をすることは期待出来なかったのでしょうね。
ただ、そんな中にあって、外国のマイナー・レーベルでは、しっかりその可能性を認めて、細々とSACDをリリースしてくれていました。さらに、その頃相次いで創設されたオーケストラの自主レーベルが、多くのところで最初からSACDを採用していたことも、見逃すわけにはいきません。
一方、日本国内では、一部のマイナー・レーベル以外ではほとんど黙殺されていたSACDですが、さるオーディオ・メーカーが、メジャー・レーベルの音源の積極的なSACD化を進め、2009年には、なんとあのDECCAの古典的な名録音、ショルティの「指環」全曲をSACD化するという偉業(当時は、誰しもそう信じていました)を成し遂げました。そこで、一気にオーディオ・ファンを中心にSACDへの熱が高まり、それまでの、CDも同時に演奏できる2層のハイブリッド・タイプだけではなく、SACDのみのシングル・レイヤー・タイプが、メジャー・レーベルから大量にリリースされるようになったのです。
そんな流れに乗って、こんなムックが発売されました。まさに格好のタイミングで、誰もが求めていた「ガイドブック」が出た、と喜ぶべきなのでしょう。
ところが、今までにリリースされたSACD全体の中では、国内で作られたものなどほんのわずかしかないというのに、このムックでは「国内盤」、つまり、国内のメーカーが製造したものか、外国で作られたものを日本向けに品番を変えて販売したものだけしか扱わないという、なんとも不思議なことが行われています。つまり、このページでも頻繁にご紹介してきた「2L」、「BIS」、「CHALLENGE」、「CHANNEL」、「DA CAPO」、「LINN」、「LSO」、「PENTATONE」、「RCO」・・・といった、SACDを語る上では欠かすことのできないレーベルの製品については、一部の国内仕様品を除いては全く触れられていないのです。これは、「片手落ち」などというハンパなものではなく、ほとんど「手足をもがれた」状態に等しいのですよ。一体、これを編集した人たちは、本気でSACDの「ガイド」を作ろうと思っていたのでしょうか。
ただ、彼らが国内盤を偏愛している理由については、思い当たらないわけでもありません。国内盤のSACDというのは、輸入盤に比べると価格が異常に高いのですね。例えば、EMIのハイブリッド盤などは、全く同じ曲目でマスターも全く同じものが輸入盤では国内盤の四分の一の価格で購入できますし、ほとんどが国内盤でしか手に入らないシングル・レイヤーのSACDに至っては、1枚4500円という、ベラボーな価格設定なのです。お分かりでしょう?そんなぼったくりに、利益を共有するこのお粗末なジャーナリズムが加担しないわけがないのですよ。
お粗末なのは、原稿を寄せている「センセー」方も同じことです。「当初から、デジタル・サウンドは、最低でもSACDの規格以上のものがタタキ台になってほしかった」などと、バカなことを口走っている人に、「デジタル・サウンド」を語る資格はありません。そもそも、CDが出来た「当初」には、SACD並みの規格など、どこにも存在していませんでしたし、その頃の「評論家」はこぞってCDの音質を褒めそやしていたのですからね。

Book Artwork © Ongaku no Tomo Sha Corp
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by jurassic_oyaji | 2012-11-25 20:08 | 書籍 | Comments(2)
合唱「コンクール」
 Facebookでリンクを見つけた、日本有数の合唱指揮者、三澤洋史さんのブログは、私が常々「合唱コンクール」に対して抱いていた問題点とまさに同じことを指摘してくれていましたね。日本の合唱業界の中にも、きちんとこのコンクールの「負」の部分を認識している人がいることを知って、少しは救われた思いになっているところです。
 今でこそ、もう「合唱」の現場からは完全に足を洗っていますが、ほんの数年間ほどどっぷりこの世界に入ってみて、コンクールを実際に体験したり、すぐそばで眺めていたりすると、本当にここに書かれているようなことを実地に体験することが出来ました。技術的な欠陥が全くないのに、音楽は全然つまらない、というところが、必ず上位に入賞しているのですよね。まあ、それは私の審美眼がかなり偏ったものである、という点のほうが、大きな要因なのでしょうが、それは必ずしも間違ったことではなかったのでは、と、すこしホッとしています。
 このブログは中高の部に関してのものでしたが、今日あたりは富山で一般の部も始まっているはずです。宮城県からは、去年全国で金賞を取って、さらには「シード権」まで獲得した団体が出場していますから、きっと今年も良い成績を残してくれることでしょう。ただ、もうだいぶ前に指摘していたことですが、この「シード権」という、おそらく日本の合唱業界の中でしか通用しないような制度については、なんとかならないものでしょうかねえ。
 そもそも、全国で1位になった団体が、次の年に予選なしでいきなり本選に出られる、という制度自体が、とても不思議なものだとは思いませんか?いや、その前に、いやしくも「コンクール」で最高の賞を獲得したのなら、もうそれで十分だとは思わないのでしょうか。これが、例えば学生であれば、次の年にはメンバーが入れ替わりますから、まあ毎年挑戦するのも分かりますが、「一般」の場合はまず大多数のメンバーは同じはずですから、「金賞」の次の年に「銀賞」になったりしたら、恥かしくてしょうがなくなってしまうのではないでしょうかね。ですから、せっかく最高の賞をもらったのですから、もうそれでコンクールは「卒業」する、というのが、まっとうな神経なのでは、と、ずーっと思っています。
 もう一つ、せっかく「シード」で予選は免除されているというのに、県大会でも東北大会でもしっかり出てきて歌っている、というのが、とても不思議でなりません。ふつう、高校野球などの「シード」と言えば、1回戦は戦わなくても良くなる制度ですよね。野球の場合は、「戦わなくてもいい」というのは、当然「試合に出なくても勝ったものとみなす」ということでしょう?合唱業界でも、それは同じことですよね。しっかり審査員がいる前で、多くの団体が同じ条件で歌わされて優劣を競うというのがコンクールのはずです。そんな場所に、全く審査の対象にならないところが出てきて歌うことに、いったい何の意味があるというのでしょう。
 こういう不思議な制度に納得のいく解答を見つけようとした時にたどり着いたのが、こと合唱に関しては、「コンクール」という年中行事は、いわゆる「コンクール」とは似て非なるものだ、という結論でした。少なくとも、「一般」の部に関しては、これは決して「コンクール」などと呼んではいけないものなのですよ。だいたい、ここに厳密に「コンクール」の定義をあてはめてしまえば、それこそ「金賞」を取ったところはみんないなくなってしまって、そういう行事そのものが成立しなくなってしまいますからね。しかし、その「行事」は、なまじ「コンクール」のような形を取ってしまったばっかりに、音楽性ではなく、単に「技術」を極限まで磨く場ともなってしまったのでしょう。三澤さんのブログを、そのような観点から読んでみるのも、一興なのでは。
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by jurassic_oyaji | 2012-11-24 21:30 | 禁断 | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphony No.3, MENDELSSOHN/Symphony No.4
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Bruno Weil/
Tafelmusik Baroque Orchestra
TAFELMUSIK/TMK1019CD




カナダのターフェルムジーク・バロック・オーケストラが新たに立ち上げた自主レーベルについては、先日ご紹介しました。その時は以前SONYから出ていた昔のアイテムの移行品だったのですが、今回はこのレーベルによる最新録音、言ってみればデビュー作です。なんせ、今年の5月のコンサートのライブ録音ですからね。まだ、湯気が立っているほどですよ。
録音を担当しているのは、SONY時代に引き続き「TRITONUS」だったのは、嬉しいことです。というか、彼らはレーベルに関係なく、ずっとこの録音スタジオのクライアントだったようですね。現在では、かつてあったようなレーベル独自のサウンド・ポリシーというものは失われてしまいましたが、このようにアーティストがどのようなプラットフォームでも常に同じスタッフに録音を任せるということで、しっかり独自の「音」を主張できるようになっているのでしょう。そういう意味で、オーケストラの自主レーベルというものも、結果的に大レーベルの言いなりではない自分たちのサウンドを打ち出せる絶好の場となりうるものなのかもしれません。
収録曲はメンデルスゾーン、ベートーヴェンの順に入っているのですが、あえて「エロイカ」から聴いてみましょうか。なんせ、このオーケストラの編成は、弦楽器が7.6.4.4.3という、通常のモダン・オーケストラの半分以下の陣容ですから、この曲のような堂々としたイメージが固定化されているものではどんなことになるのか、とても興味がありますからね。
予想通り、この「エロイカ」はとても小気味よいものでした。いや、それはすでに20世紀後半の多くのピリオド・オーケストラによって味わっていたものではあったのですが、そのような流れがいったんモダン・オーケストラでも試みられた後での、まさに一皮むけた21世紀の「ピリオド」の新しいスタイルがここでは感じられたのです。
それがどういうものなのかを的確に言い表すのは困難ですが、なにか、すべての面で吹っ切れた奔放さのようなものは、その一つの表れなのではないでしょうか。ここでは、長い年月をかけて培われてきたであろう、ベートーヴェンの演奏の「伝統」のようなものは、ものの見事に消え去っています。
そんな風に思える一つの例は、第1楽章の展開部のちょうど真ん中あたり、次第に合奏が盛り上がって最後はFmaj7の緊張した和音で終止した後、その緊張を解くかのように弦楽器だけで減7くずれ→属7と解決していく4小節間の間です(280-283)。この部分を、今までの「伝統的」な演奏ではかなりの「ドラマ」を演出していたものでした。それは、「ピリオド」の先駆けであった「ハノーヴァー・バンド」や「ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ」であっても少なからず行われていました。しかし、ここでのヴァイルの指揮は、いとも淡々と楽譜通りに進んでいくだけ、余計な仕草は一切差し挟まない潔さです。どんな場面でも一瞬たりとも立ち止まらず突き進むスタイルは、ありそうでなかったもの、おそらく、このあたりがこれからの「世界標準」になってくるのでは、という思いに駆られるほどです。
トリトヌスの録音は、ヴァイオリンのガット弦の繊細さを、しっかりとした力強さに変えていました。そこからは、ベートーヴェンに対する明晰な意図さえ受け止めることが出来るでしょう。そんな流れの中で、第2楽章で聴こえてくる鄙びたオーボエの音色などは、的確なインパクトとなっています。
ところが、なぜかカップリングの「イタリア」では、テンポはもたついているし、管楽器のテクニックは冴えないし、徒(いたずら)に鈍重な表現に終始しているのが不思議なところです。ライブだからこんなこともあるのでしょうが、もしかしたら、ヴァイルはメンデルスゾーンにこそ「重み」を持たせたかったのかもしれません。しかし、それはちょっと賛同しかねる企てです。

CD Artwork © Tafelmusik Media
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by jurassic_oyaji | 2012-11-23 20:46 | オーケストラ | Comments(0)
BD vs. SACD
 この間からずっと時間を見つけてやっていた、定期演奏会の写真集が、やっと出来上がりました。公式サイトのトップページと、練習日程のページの一番下の2ヶ所からリンクしていますので、行ってみてください。もちろん、団員限定ですから、アクセスには掲示板のIDとパスワードが必要です。これは、二次会での末廣さん。
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 今回は、写真の枚数が大幅に増えて、300枚近くになっていました。いろんな人に頼んだのでしょうね。ファイルの名前を見てみると頭の文字列が5種類ぐらいありましたから、そのぐらい別のメーカーのカメラで撮ったものが集められたことが分かります。中には、写真係から受け取ったものだけではなく、あとで加えた団員のFacebookに載っていた客席からの本番の写真もあります。そう、これは、いつも私が降り番の時に客席で撮っていたのですが、今回はそんなこともできず、あきらめていたら、たまたまご家族の方が撮っていたものがあったそうなのですね。これで、公式ページも全員が写っているものが使えます。
 そんなたくさんの写真を、いちいち手作業でリンクを入れていく、という作業を行っていたので、こんなに時間がかかってしまいました。もっと楽にやってくれるサイトもあるのでしょうが、とりあえずこれが一番使いやすいのでは、ということでやってます。一応確認はしましたが、リンク切れなどを見つけた方はご一報ください。
 ほとんどは自宅でやっていたのですが、最後の追い込みは職場に持って行って仕上げました。あちらの方がモニターが大きいので疲れないのですよ。それと、こういう単純作業をやっている時のBGMには、とっておきのものがありますからね。
 それは、最近すっかりハマってしまった、ショルティの「指環」のBDです。いや、BDと言っても映像ではなく(そんなんだったら、仕事になりません)、音声だけのBDオーディオです。なんせ、「指環」全曲14時間半が1枚のBDに収まっていますから、プレーヤーに入れっぱなしにしておいて好きなところだけを聴くことが出来ますからね。なんだったら14時間ぶっ通しで聴くことだって出来ますし。
 そんな使い勝手の良さの上に、これは、音がすごく良いのです。「良い」というのは、オリジナルのLPの音に非常に近付いているということ、それに加えて、LP特有のスクラッチ・ノイズなどは皆無ですから、これはCDや、さらにはSACDよりも「良い」音なのですね。これは、実際いBDを聴きながらものすごく生々しい音が聴こえたところで、同じ個所をSACDで逐一聴き比べていますから、間違いのない話、SACDでは、その「生々しさ」がきれいさっぱりなくなっているのですね。そんなことに気付いたのは、今回が初めてではなく、以前この「指環」のハイライトのLPを聴いた時でした。金管のクライマックスでの咆哮が、何回聴いてもLPの方がずっと生々しいのですよ。
 なぜそうなのかは、こちらに書いたように、そもそもSACDのために提供されたマスターが、SACDのスペック以下だったからなのでしょうが、そのマスタリングを行った人は、それをなんともお上品な音に作り変えてしまったのですね。確かに繊細さは強調されてはいますが、それと引き換えにもとの録音が持っていた「生々しさ」が、なくなってしまいました。
 今月号の「レコード芸術」でも、このBDと他のパッケージとの比較が行われていました。その結果、200万円のSACDプレーヤーでかけたSACDが、10万円のBDプレーヤーでかけたBDに負けていましたね。これは、メディアの違いではなく、SACDのマスタリング(いや、ひょっとしたら、DECCAから渡されたマスターそのもの)の違いによる結果なのでしょう。
 この結果について、「ホールの違いのようだ」と言っている人がいました。好みの問題とでも言いたいのでしょうか。実は、別な業界人が同じようなことを言っていたのでびっくりしたことがあるのですが、これほど本質から目をそらそうという意図の明らかな、お粗末な議論もありません。
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by jurassic_oyaji | 2012-11-22 21:32 | 禁断 | Comments(0)
DEBUSSY/Orchestral Works
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Jos van Immerseel/
Anima Eterna Brugge
ZIG-ZAG/ZZT313




1987年にジョス・ファン・インマゼールによって創設された「アニマ・エテルナ」は、今年創立25周年を迎えることになりました。初めて知ったのですが、この名前は創設者インマゼール(Immerseel)の名前を、ラテン語に訳したものだったんですってね。Immer=eterna(永遠の)、Seel=anima(魂)ということになるのでしょうか。そうなると、この団体はまさにインマゼールあってのユニットなわけですから、単独でほかの指揮者とコンサートやレコーディングを行うことはできないのでしょうね。「ヴァン・ヘイレン」や「ボン・ジョビ」みたいなものでしょうか。
しかし、かつてCHANNELレーベルでインマゼールのフォルテピアノの伴奏をしていたころは、ごく普通のピリオド・オケだったものが、今ではインマゼールは専業指揮、守備範囲もロマン派まで広がっていたな、と思っていたらもはやこんな印象派まで手掛けるようになっていたとは。
もちろん、時代が変わっても、「その当時演奏されたのと同じもの」を目指すというコンセプトには変わりはありません。今回のドビュッシーでも、そんな、19世紀と20世紀をまたぐ頃にフランスで使われたであろう楽器が使われています。もちろん弦楽器はすべてガット弦を使用、ハープは「エラール」、チェレスタは「ミュステル」と、メーカーまでしっかりクレジットされていますよ。
さらに、弦楽器のサイズでも、ファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンがともに「12人」で演奏されているのも、ドビュッシーの指定にしっかり従ったものになっています。ここでの曲目「映像」の中の「イベリア」では、その真ん中の「夜の薫り」という部分で弦楽器が細かく分かれている(ディヴィジ)のですが、そこをドビュッシーはしっかり12人分のパートを指定しているのですね。「幻想」あたりではヴァイオリンは10人以下で済ませていましたが、ここでは最低12人はいないことには、楽譜通りの音が出てこないのですから、仕方がありません。ついでに、その「映像」の曲順も、通常の「ジーグ」、「イベリア」、「春のロンド」ではなく、「春のロンド」、「ジーグ」、「イベリア」という、作曲者の死後、1922年にアンドレ・カプレが演奏した時に採用した順番になっています。カプレはドビュッシーと親密な関係にあった人ですから、この曲順にはおそらく作曲家の意向が反映されているのでは、というのと、この方がより音楽的だというのが、インマゼールの主張です。
最初に演奏されているのは、「牧神の午後への前奏曲」です。フルート・ソロはかなり渋い音色、現代のコンサートではかなり目立って聴こえてくるはずのものが、ずいぶん奥まった感じになっていて、ほかの楽器が入ってくると、このフルートは完全に目立たなくなってしまいます。というよりは、この録音ではあえてドビュッシーが用いたすべての楽器がきちんと聴こえてくるようなバランスにしたのでは、と思えるほど、普通はあまり気にならないフレーズや音色が印象深く伝わってきます。これは、ちょっとすごい録音ですよ(「TRITONUS」が手がけたものです)。そこからは、ドビュッシーのまさに天才的なオーケストレーションの極意が、透けて見えるようです。特に、打楽器のほんのちょっとした扱いが全体の響きにもたらす影響は絶大であることがはっきりわかります。有名なのは、最後に現れるサンバル・アンティークでしょうが、それ以外にも「隠し味」は数知れず、ドビュッシーの魔術に酔いしれるひと時でした。
続く「海」と「映像」という大曲も、そのような感覚的な魅力は満載です。やはり、チェレスタはミュステルに限ります(今はもう製造されていません。見捨てるには惜しい楽器です)。しかし、何か流れに背いたフレーズの作り方とか、ほとんど生気が感じられない「イベリア」とか、いつもながらインマゼールの指揮ぶりにはがっかりさせられてしまいます。

CD Artwork © Outhere Music France
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by jurassic_oyaji | 2012-11-21 20:40 | オーケストラ | Comments(0)
Christmas Choral Highlights 2012
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Bob Chilcott/
The Oxford Choir
OUP/MCDXMAS12




11月に入るか入らない頃になると、もう街はクリスマスモードに変わってしまうというのが、最近の日本での一般的な風物詩です。いくらなんでもそれは早すぎるのではないか、などと思っている人は、すでに世の中からは取り残されてしまっています。ここはどっぷりそんなお祭りに浸りきるのが、賢い生き方と言えるでしょう。そうすれば、美容室のスタイリストさんから、帰り際に「良いクリスマスを!」などと声をかけられたとしても、それを単なるマニュアル通りのあいさつではなく、もっと暖かい心のこもったものと受け取ることだってできるようになるはずです。
もちろん、そこまで覚悟を決めた人にとっては、イギリスの楽譜出版社が以前ご紹介したボブ・チルコットの作品集のサンプラーと同じ体裁でクリスマスの合唱曲を集めた「音見本」を無料で配布しているものを入手するのは、いとも自然な成り行きです。
そんなわけで、やはり「パナ・ムジカ」という楽譜屋さんが「先着300名!」と煽っていたオクスフォード・ユニバーシティ・プレスの販促グッズを、嬉々として手元に引き寄せるのでした。
前回同様、ここではボブ・チルコットが指揮をした「オクスフォード・クワイア」という、恐らくこの録音のためだけに集められたメンバーによる20人ちょっとの合唱団が演奏しています。女声は殆ど既婚者(オクサンホド・カワイイヤ)でしょうが、メンバーの名前を見てみると、前回も歌っている人が各パートに1人ぐらいずついるようですし、ソプラノにはあの「ポリフォニー」でも歌っている人の名前も見つかりました。いずれにしても、それぞれにきちんとした経歴を持っているシンガーの集まりなのでしょう。
それでも、前回はそれほど引き込まれるような合唱団ではなかったような印象があったのですが、今回はちょっと違います。それこそ、「ポリフォニー」みたいな、かなりハイテンションの歌い方で迫ってきます。まあ、曲がクリスマスがらみのものばかりですから、やはり張り切ってお祝いしよう、ということなのでしょうか。
ここでは、全部で17曲が歌われています。しかし、それらはほとんど知らないものばかり、作曲家の名前も、指揮をしているチルコットと、例によってプロデュースを手掛けている(今回は録音は自分ではやっていないようです)ジョン・ラッターしか、聞いたことのあるものはありません。しかし、何も心配はいりません。それぞれに2、3分の曲は、みんなとても親しみやすく、全く構えることなく、素直に心に入ってくるものばかりなのですからね。恐らく、これらの曲の大部分は、演奏会で「聴かせる」ために作られたものではなく、教会で礼拝の時に「歌う」ために作られたものなのでしょう。それは、音楽的に技巧を凝らすことよりは拙いなりにも自分で「参加」出来るような懐の深さが感じられるものです。合唱音楽が生活の中に自然に入ってきているイギリスならではのことですね。
伴奏が、ほぼ1曲おきにオルガンとピアノの二本立てというのも、変化があっていいものです。特にオルガンの録音が非常に素晴らしいことも、このアルバムの魅力を高めています。
ちょっと気にかかったのが、マルコム・アーチャーという1952年生まれの教会音楽作曲家の「When Christ was born of Mary free」という曲。7拍子という変拍子なのにとてもキャッチーなテーマが、何回も繰り返すたびにどんどん深みを増していく作品です。
最後の2曲は、このセッションではなく、ラッターが自分の合唱団と録音した以前のクリスマスCDCOLLEGIUM/COLCD 133)からコンパイルされたものです。最後のオーケストラも入って派手に盛り上がる「Esta Noche」という曲には「ラッター作曲」みたいなクレジットがありますが、これはトラディショナルをラッターが編曲したものでした。これだけ、ちょっと毛色が違ってますが、アルバム全体の心地よさを損なうほどのものではありません。

CD Artwork © Oxford University Press
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by jurassic_oyaji | 2012-11-19 20:32 | 合唱 | Comments(0)
Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
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The Beatles
EMI/PCS 7027(LP)




前回の「Abbey Road」では、昔のLPが手元になかったので、2009年のリマスターCDとの比較しか出来ませんでしたが、今回は「Sgt. Pepper」の国内盤、1969年のセカンド・プレス(東芝音楽工業/AP-8163)がまだ散逸を免れていたのでそれとも聴き比べることが出来ました。
長い時間の中で、ジャケットの色はかなりくすんでしまっていたことが、「新しい」LPと比べるとよくわかります。
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もちろん、レーベルは当時はイギリスでは「PARLOPHONE」、日本では「APPLE」でした。
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ご存知のように、この時期の東芝のLPは、帯電防止剤を多量に混入した粗悪な(いや、当時これを開発した人は最高級品だと思っていたのでしょう)コンパウンドが原料でしたので、経時変化によってそのような添加剤が表面に浮き出し、音質に悪影響を与えていました。今回も、片面をかけていると、次第に針先にゴミがたまって、音が歪んでいくのが分かります。逆に、一度そうやって表面を掃除すると、しばらくはまともな音で聴けるのですがね。
ビートルズのLPは、最初はもちろんアナログのマスターを使ってカッティングが行われていました。ですから、この東芝盤も当然アナログマスターによって作られたものです。その後、1987年に全タイトルがCD化されたことに伴い、LPCD用のデジタルマスターによってカッティングされるようになったのだそうです。1度カッティングを行って作られたラッカー・マスターからは、せいぜい数万枚のLPしかプレスできませんから、それ以上製造する時には、新たにカッティングを行う必要があるのですね。今考えれば、そこで使われたのは16ビットのマスターのはずですから、かなりクオリティは落ちていたのではないでしょうか。この時期のLPがあれば聴いてみたいものです。そして、今回は2009年に新たにハイレゾ(24/192)でマスターテープからトランスファーされたデジタルマスターによるLPということになるのです。
ですから、東芝盤は、そんな最悪なコンディションであっても、オリジナルのアナログマスターの音を反映させているはずです。それは、若干の歪みと、決して無視はできないスクラッチ・ノイズの中からも、確かにうかがえるものでした。何よりも、ヴォーカルの存在感が、デジタルマスターによるものとはまさに一線を画しています。さらに、アコースティック楽器の音色や肌触りの違いは歴然としています。このアルバムの中でそんな編成のものはA面6曲目の「She's Leaving Home」ですが、録音時にすでに歪んでいたイントロのハープは仕方がないとして、そのあとに出てくる弦楽器のふんわりとした空気感は東芝盤でなければ味わえないものでした。今回の「新しい」LPでは、その「ふんわり」がなくなって、ちょっと硬質の部分が露出している感じ、CDでは、もはやアコースティック楽器とは思えないほどの音になっています。つまり、これはあくまで個人的な好みも含まれた評価になるのですが、「1969年のLP」>「2012年のLP」>「2009年のCD」という順位になっているのです。
LPCDよりも音が良いのは当たり前の話ですが、16ビットならいざ知らず24bit/192kHzというハイレゾでトランスファーされたデジタルマスターがアナログマスターと同程度でなかったのは、やはりマスターテープの劣化のせいなのでしょう。そんな劣化の跡は、B面の4曲目「Good Morning, Good Morning」の右チャンネルのブラスに顕著に表れています。1969年の時点では、トロンボーンのペダル・トーンはそんなに歪んではいませんでした。デジタル・テクノロジーの進歩は、マスターテープの劣化に追いつくことはできなかったのですね。
ただ、今回のLPでは、こちらで明らかになった、イギリス盤のファースト・プレスでしか聴くことが出来なかった「仕掛け」が、初めて味わえることになりました。針を上げない限り永遠に続く「Never needed any other way」というポールの声、これはクセになります(「ポルノ声」ではありませんからね)。

LP Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-11-17 19:53 | ポップス | Comments(1)
Abbey Road
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The Beatles
EMI/PCS 7088(LP)




最近のLPに対する新たな見直しは、なんだかすごいことになっています。なんでも、日本のUNIVERSALが材質やプレス、さらにはマスタリングなど凝りに凝ったLPを近々発売するのだとか、このブームはさらなる広がりを見せるのでしょうか。なんと言っても、ここではクラシックのアイテムが全くないというのがイマイチなところですが、とりあえずクラシックはシングルレイヤーのSACDに集中ということなのでしょうか。究極の再生音を求めた結果が、ハイレゾのデジタル音源と、昔ながらのアナログ音源という、全く反対方向を向いている二つの流れになって表れているというのが、実に面白いところです。
そんな流れの中で、今度は「ザ・ビートルズ」の全アルバムがLPとなって発売されました。例によって最初に聴いてみるのはやはり「Abbey Road」ということになります。
まず、このLPの品番を見て、驚きです。この「PCS 7088」というのは、このアルバムが最初に発売された1969年に付けられた品番なのですよ。驚いたのは、「そこまでこだわって復刻したのね」ということではなく、イギリスで今まで頻繁にリイシューされた時には、ずっとこの品番が付けられてきていた、という事実です。恐らく、イギリスでは今までもずっとこのLPは製造されていて、店頭でも販売されていたのでしょうね。それが、新しいマスタリングでまたリイシューされた(もちろん、同じ品番で)、今回のLPはそんな扱いなのですね。
しかし、これは今までのLPとは異なり、2009年に鳴り物入りでリリースされたデジタル・リマスターCDで用いられたデジタルのマスターが使われている、というのがセールス・ポイントになっているようです。もはや、オリジナルのマスター・テープは劣化が進んでいますから、現時点では、危なっかしいアナログ・マスターよりは、丹念に修復が施されたデジタル・マスターの方が、よっぽど信頼できるのでしょう。そのデジタル・トランスファーが、すべて24bit/192kHzで行われていたのも幸運でした。かえすがえすも、DECCAの「指環」のトランスファーが24bit/48kHz(あるいはそれ以下)でしか行われなかったことが悔やまれます。
今回のLPを、2009年のCDと比べてみると、とても同じマスターから作られたものとは思えないほどの違いがありました。それを「アナログとデジタル」の違いと言ってしまっては身も蓋もないのですが、LPの方がはるかにソフトで滑らかな感じがするのですね。CDは、ちょっと聴くととても細かいところまで精緻に再現出来ているような気がするのですが、LPを聴いた後には、それはなにか不自然なものに感じられてしまうのです。まるで、最初はなかったものを新たに付け加えたような感じでしょうか。それと、ヴォーカルの暖かさとか存在感は、間違いなくLPCDを凌駕しています。
そんな違いが特にはっきり分かるのが、A面の5曲目「Octopus's Garden」です。リンゴのヴォーカルは立体的に浮かび上がっていますし、それに絡むポールとジョージのコーラスの明瞭さも、全然違います。圧巻は間奏のギター・ソロ。LPでは突き抜けるような高音がまさに「浮き出て」聴こえてくるのに、CDではとても平板、音色までも全然地味になっています。
もう1曲、B面メドレーの最後の方の「Golden Slumbers」では、ポールが「Once there's a way」と歌い出すところで背後に流れるストリングスのテクスチャーが、まるで違います。LPではきちんと弦楽器のほんのり感が出ているのに、CDではまるでシンセみたい、そのあとのブラスも、やはり別物のように聴こえます。これらは、まさに16/44.1というCDのスペックから来る限界をまざまざと感じさせるものに他なりません。
今回のLPの盤質の良さも驚異的です。普通にスピーカーで聴いていると曲間のサーフェス・ノイズは全く聴こえないほどです。これで、盤面の経時変化さえなければ完璧なのですが、それはあと何年かしないことには分からないことです。

LP Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-11-15 20:23 | ポップス | Comments(0)