おやぢの部屋2
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Jurassic Awards 2012
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今年も「おやぢの部屋2」をご覧いただき、ありがとうございました。おかげさまで、2日に1本というペースをきっちり守って書き続けた結果、本年中には全部で182本の「おやぢ」をアップすることが出来ました。これも、ひとえにご声援を賜りました皆様のおかげです。
そこで、今年からは、「ジュラシック・アウォード」というものを設立して、この1年間に見たり聴いたりしたアイテムを振り返ってみることにしてみました。某レコード芸術の「レコード・アカデミー賞」などには絶対に登場しないヘンなラインナップをお楽しみください。
カテゴリーは、ブログで便宜上付けているものに従って、7つの部門を用意しました。実はブログのカテゴリーはもっとあるのですが、作ってはみたけれど、実際に当てはまるものがあまりにも少なかったものは割愛させていただきます。「室内楽」とか。
カテゴリー・ナンバー1:合唱曲(エントリー数52
バッハの「マタイ受難曲」(4/5アップ/BD)はラトル指揮のベルリン・フィルのライブ映像です。ピーター・セラーズの演出で、フィルハーモニーの客席まで使ったシアター・ピースとしての「マタイ」を見せてくれました。なによりもすごいのは、オーケストラのメンバーまでがしっかり「演技」していたことでしょう。ソリストに寄り添うようにオブリガートを暗譜で演奏していたのは感動的でした。次点はトルミス(8/15アップ)と、久しぶりのデュリュフレ(12/15アップ)です。
カテゴリー・ナンバー2:オーケストラ(エントリー数50
アラン・ギルバート指揮のニューヨーク・フィルによるニールセンの交響曲第2、3番(12/5アップ)では、なによりも、しばらくCDのリリースから遠ざかっていたかに見えたアメリカのメジャー・オケの演奏が、SACDで聴けたことに感激。しかも、SACDのスペックを最大限に生かした素晴らしい録音にも感激です。当然のことながら、次点のティツィアーティの「幻想」(4/19アップ)とリットンの「火の鳥」(3/2アップ)も、SACDならではの音の良さでのランクインです。
カテゴリー・ナンバー3:フルート(エントリー数17)
本当の意味でインパクトのあるアルバムはありませんでしたが、寺本さん(12/23アップ)、デュフォー(2/18アップ)、故フォーグルマイヤー(9/4アップ)あたりが、素晴らしい出来を見せていました。
カテゴリー・ナンバー4:現代音楽(エントリー数14
ヴィット指揮のペンデレツキが3枚(11/48/95/3アップ)出ましたが、いずれもが選曲の妙でこの作曲家の問題点を暴いてくれていました。「ビサイズ・フェルドマン」(1/19アップ)とジャック四重奏団(8/27アップ)は、エンターテインメントとしての側面が光っていました。
カテゴリー・ナンバー5:オペラ(エントリー数13
ショルティの「リング」(12/26アップ)は、今年最大の収穫でした。本来は再々リマスタリングのCDのパッケージなどですが、「おまけ」について来たBD-Audioがとんでもないものでした。今までのCDや、そしてSACDは一体何だったんだろうという気にさせられるほどのものすごいリアリティあふれる音でした。「オペラ座の怪人」のロイヤル・アルバート・ホールでのライブ(1/29アップ)と「ドン・ジョヴァンニ」(9/22アップ)はそれぞれコンサートホールで演奏されたプロダクション。新しい可能性を示していました。
カテゴリー・ナンバー6:書籍(エントリー数13
ビートルズのエンジニアであったジェフ・エメリックの著書(1/15アップ)は、貴重な資料としての価値が満載、サンフランシスコ響のレポートをまとめた本(10/20アップ)では、最新のオーケストラ事情を知ることが出来ます。マーラーの交響曲第2番の新校訂スコア(8/5アップ)のようなものまで、簡単に入手できるようになった時代にも感謝。
カテゴリー・ナンバー7:ポップス(エントリー数11
LPでリリースされたビートルズの「サージェント・ペッパー」(11/17アップ)と「アビ―・ロード」(11/15アップ)を、昔のLPと何種類かのCDと聴き比べることによって見えてくるマスタリングやアナログ磁気テープの劣化の問題は深刻です。後世に残すには、CDというフォーマットはお粗末すぎます。山下達郎のベスト(9/26アップ)では、そんなCDでも最高のものを作ろうとする愛情がひしひしと感じられます。


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by jurassic_oyaji | 2012-12-31 23:37 | Comments(2)
自分新聞
 私がFacebookを本格的に使い始めてから、丸1年経ったことになります。いや、前にも書きましたが、実際に登録したのは去年の3月11日だったんですけどね。ちょうど登録を終えたところに、あの地震が起きて、そこでPCの電源も落ちてしまい、それからはずっと休眠状態でした。それが、12月になってたまたま知り合いから「友達リクエスト」が届いたので、また始めることになりました。あとでその人に会ったら、「間違えてリクエストボタンを押してしまった」と言ってましたね。彼が間違わずにいたら、私はまだ一人も友達のいない状態が続いていたかもしれません。
 当初は、ブログの「おやぢ」へのリンクだけで成立させるつもりで、それ以上のややこしい間柄は極力避けようと思っていたのですが、やり始めてみるとSNSならではのレスポンスの速さに惹かれて、ついついどうでもいいようなことまで「発信」してしまうようになっていましたね。恐ろしいことです。
 最近、あちこちのFacebookで、「自分新聞」というアプリを使って、それぞれの1年間を振り返ったような「新聞」をアップしている人を見かけるようになりました。こういうアプリの中には悪質なものもあって、なにもしていないのにその人がいやらしい写真をタイムラインにアップしたようになるような、かなりヤバいものに引っかかった人を何人も見ています。ですから、極力この手のものには手を出さないようにしていたのですが、これはかなりまっとうなものだというような書き込みもあちこちで見かけたので、ためしに私もやってみましたよ。結構横長で、ブログにアップすると縮小されて字が見えなくなってしまうので、ちょっと編集して縦長にしてあります。
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 やってみて分かったのは、これはその人の1年間の「いいね!」やコメントのランキングが的確に表示されている、とても役に立つアプリだということでした。リンクなどはカウントしないで、あくまで自分がタイムラインに書き込んだものだけが対象になっているようですがね。それを、ただデータを羅列するだけではなく、「新聞」の体裁をとって面白おかしく仕上げているあたりが、とてもよく出来ています。まあ、文章は定型が出来ていてそれを適当に組み合わせているだけなのでしょうが、そのデタラメさがシュールで、笑えます。
 こうしてみると、私のFacebookへの書き込みは、割とバランスが良いような気がしませんか?毎月結構満遍なく色んなネタが並んでいますしね。しかし、もちろんこれらのランキングは、あくまで他人が反応した度合に比例しているわけで、本人の望んだものとはほとんど一致していないあたりも、やはり笑えます。トップ記事などは、合唱団の「友達の友達」までが連鎖的に「いいね!」を押したので、これだけのことになっていただけなのですがね。なんせ、この写真はそのままその合唱団のホームページを飾ることになりましたから。
 その結果、私はなんだか合唱にかなりの思いを込めつつ1年間を過ごしたかのように思えてしまえるかもしれませんね。案の定、この新聞の画像に合唱団の指揮者からのコメントが寄せられました。それは、「待っているので、そろそろ復帰してみては」というものでした。とてもありがたいお言葉で、感激してしまいましたが、実は勘違いをさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。合唱の仲間だと思っていたさる若造が、奴のブログに「のさばり初めて、迷惑な話だ」と書いて以来、私は自分で合唱に参加する気持ちがすっかり萎えてしまっています。今はニューフィル一筋で、他の団体に所属することは全く考えていませんから。
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by jurassic_oyaji | 2012-12-30 21:48 | 禁断 | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies 5 & 7
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Jonh Eliot Gardiner/
Orchestre Révolutionnaire et Romantique
SDG/SDG 717




ガーディナーとORR1991年から1994年にかけて様々な場所でのライブ録音も含めてベートーヴェンの交響曲全集を録音していました。当時のレーベルは、もちろんDGのサブレーベル、ARCHIVでしたね。このレーベルは、本来はバロック以前の音楽を専門に扱っていたものでしたから、ぎりぎりモーツァルトぐらいはカタログにありましたが、ベートーヴェンまでも含めるようになったのは、レーベルの性格がそれまでの「研究」的なものから、もっと普遍的なものに変わらざるを得なかったからなのでしょう。ただ、あくまでピリオド・オーケストラの演奏に限っていたあたりが、レーベルの意地だったのでしょうか。
そのDGと袂を分かったガーディナーが、20年近く経って自分のレーベルSoli Deo Gloriaにベートーヴェンの交響曲を新たに録音しました。これは、201111月にニューヨークのカーネギーホールで行われたコンサートのライブ録音です。ただ、これも最近ここで取り上げることの多い、放送局が自分の番組のために制作したものをCDにしたというものです。実際にマイクを立てて生放送を行ったのは、「WQXR」という、ニューヨークの老舗クラシック専門FM局のスタッフで、このレーベルのいつものエンジニアは、その録音ソースの編集やマスタリングを担当しただけなのでしょう。楽章間のどよめきなどははっきり聴こえますが、最後の拍手は、きれいになくなっています(放送では、もちろんきちんと流したのでしょうね)。そんな、「たまたま」あった機会に乗ってリリースしたCDなのでしょうから、これがさらに2度目の全集に発展するかどうかは、分かりません。
彼らのARCHIV時代の全集の録音が終わった直後の1996年に、例の「ベーレンライター版」の刊行が敢行されたのは、偶然ではありません。この楽譜の校訂を行ったジョナサン・デル・マーは、単に古文書をひもとく様な学究的な作業だけではなく、その頃のピリオド・オーケストラの演奏家たちとも密接にコンタクトをとって、実践的な面からもアプローチを行っていましたが、ガーディナーたちもそんなスタッフの一員だったのですね。ですから、当時の全集に向けての演奏の中には、逆にデル・マーの研究成果も反映されていたはずです。ただ、「5番」に関してその頃問題になっていた「第3楽章のスケルツォでは、トリオが終わった後に頭までリピートするのかどうか」という点に関しては、ガーディナーは「リピートあり(S-T-S-T-S')」という方針をとっていたようです。しかし、1999年に出版されたデル・マー校訂の「5番」の楽譜では、その点については「証拠不十分」ということで従来通りの「リピートなし(S-T-S')」になっていましたね。
今回の録音には、明確に「Edition:Bärenreiter」というクレジットがありました。ですから、当然前の録音の後に出版された楽譜に従って「リピートなし」で演奏していると普通は思うものですが、そうではありませんでした。以前と同じ「リピートあり」だったのですね。だったら、そんなクレジットは載せなければいいものを、とは思いませんか?実際、ピリオド楽器で演奏された場合、トリオの最後に出てくるフルートの高音のソロはちょっと辛そうに聴こえるものですが、ここでのソリストはとびきり悲惨、それを2度聴かされるのはちょっとした苦痛です(ブライトコプフの新版には「アド・リブ」の注釈つきでリピートの指示があります)。
とは言っても、この演奏全体は、まさにライブ録音ならではの熱の入ったものでした。特にトランペットやホルンの生き生きとしたドライヴ感には圧倒されます。それに触発されたのでしょうか、「5番」のフィナーレでは、最後から2番目のアコードで、ピッコロが1オクターブ高い「C」をものの見事に決めています。もちろんこれは楽譜にはないスタンドプレーですが、それはさっきのリピートの問題とは全く次元の異なる話です。

CD Artwork © Monteverdi Productions Ltd
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by jurassic_oyaji | 2012-12-29 20:54 | オーケストラ | Comments(0)
シベリウスのジャケット
 ニューフィルで、来年の秋の定期演奏会の指揮者に5年ぶりとなる新田さんをお願いすることに決まったのは、だいぶ前のことでした。それから演奏曲目の打ち合わせに入り、こちらで夜遅くまでかかってまとめた団員の希望曲の中から、シベリウスの交響曲第1番をメインに演奏することに合意、その他の曲についても、一応双方で意見の交換が行われている、といったところが現在の状況でしょうか。いずれにしても、シベリウスの1番はもう確定なので、私としてはさっそくスコアを入手してみました。実は、シベリウスの7曲の交響曲のうち、この1番だけまだ手元になかったのですよね。
 何回も聴いたことのある有名な曲なのですが、スコアを見て初めて、第4楽章でフルートが2人ともピッコロに持ち替えるところがあることを知りました。曲を決める話し合いの時に、その資料として全部の曲の楽器編成の一覧表を作るのが私の仕事だったのですが、その時この曲の希望パートが出した編成では木管は「2.2.2.2」だったので、それを信用してしまっていました。ネット編成表にはちゃんと「2(2).2.2.2」とあったのに。
 もちろん、スコアを見ながらこの曲を聴いたことはなかったので、なにかコレクションの中から聴いてみようと思ったら、もう少ししたらEMIのバルビローリ盤という往年の名盤がSACDになって発売されるという情報が見つかったので、せっかくなのでそれまで待ってみることにしました。このCDは持ってましたが、かなりマスタリングの際にいじられているような音だったので、せっかくだからSACDとも聴き比べてみようと思ったのですね。予想通り、このSACDは、CDとはまるで別物の音でした。
 これはいずれ「おやぢ」で詳しく書くつもりですが、そのSACDのジャケットが、オリジナルのLPをそのまま使ったものであったところに、私あたりは反応してしまいます。
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 厳密には、これは確かにLPと同じジャケットなのですが、SACDとはEMIのロゴマークが違っています。こういう黒いロゴではなく、現在の赤地に白抜きの「EMI CLASSICS」というロゴに変えてあったのですよ。他のメーカーのSACDはそんなことをしてはいないのに、なぜなのでしょう。ですから、これはネットで見つけたLPの画像にあったロゴを貼り付けてあります。
 この美しいジャケットを眺めているうちに、これを「かいほうげん」の記事に使えないかと思い始めました。もうすぐ出す予定の新しい号では、演奏会のメイン曲が決まったことをトップに載せるつもりでしたから、その時にこのジャケットを使えるはずです。そこで、指揮者とオーケストラの名前、それから指揮者の写真を差し替えて、こんなのを作ってみました。
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 これは、すでにFacebookにはアップしてあるのですが、それよりもさらに進化して、演奏会の日にちと会場まで入っています。ただ、会場の名前を東京なんたらという長ったらしいのにするとこの幅に収まらなかったものが、呼び慣れている県民会館にしたらピッタリ収まってしまいましたよ。なんか、すべてが気持ちよく収まって、素晴らしい演奏会になりそうな気がしませんか?
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by jurassic_oyaji | 2012-12-28 21:40 | 禁断 | Comments(0)
Pater Noster:A Choral Reflection on the Lord's Prayer
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The King's Singers
NAXOS/8.572987




NAXOSというレーベルは全世界でCDを制作していますが、これはアメリカで制作されたもの。録音場所はナッシュビルの教会、アーティストはあのキングズ・シンガーズです。キングズ・シンガーズと言えば今まではEMIRCAなどのメジャーどころを遍歴、やっと最近イギリスのSIGNUMに落ち着いたという印象がありますが、まだこんなやくざなレーベルと浮名を流そうとしているのでしょうか。そういえば、彼らにはTELARCとたった一度だけの関係を持ったという「過去」がありましたね。
NAXOSとの関係が単なる火遊びなのかどうかは分かりませんが、彼ら自身が新たなパートナーと再出発したというのは本当のことです。このグループに19年間在籍していたバリトンのフィリップ・ローソン(禿げ頭の人ですね)に代わって、新たにグループ史上初となるイギリス人以外のメンバーが参加することになったのです。その人は、ニュージーランド出身のクリストファー・ブルーアートン。写真を見ると、赤ちゃんではなく(それは「乳児ランド」)いかにも爽やかな好青年、平均年齢もかなり下がったことでしょう。
彼が正式にシンガーズの一員としてデビューしたのは、2012年2月に行われたオーストラリアのアデレードでのアデレード交響楽団とのコンサートでした。しかし、彼はその前にも、SIGNUMから2012年にリリースされた「Royal Rymes & Rounds」というアルバムのための2011年7月のセッションにも参加して、メンバーに馴染むように努力していたようです。ただ、その時には、まだ前任者のローソンがいましたから、彼はアルバムの23曲中の2曲で実際に歌っているだけでした。ですから、このNAXOSのアルバムが、彼にとっての実質的なデビュー作となるのでしょう。
このアルバムのコンセプトは、タイトルの通り、新約聖書の「マタイによる福音書」の第6章にあるイエスの言葉、「Pater Noster」で始まるいわゆる「主の祈り」が、古今の合唱音楽に反映された諸相を眺めてみよう、というものなのでしょう(このテキストは「ルカによる福音書」の第11章にも登場しますが、このアルバムのブックレットにはそれが「第2章」となっています。どこまでもいい加減なNAXOSです)。
まず最初に、ユニゾンでプレーン・チャントの「Pater Noster」が歌われた後、古くはジョスカンから、まだ存命中のタヴナーまで、全部で20の作品が歌われます。このグループは、ライブなどではとてもサービス精神に富んだエンタテインメントを繰り広げてくれますが、やはり根っこはこのようなシリアスな曲なのだったのだなあ、と、つい感慨深げになってしまいます。しかし、そんなくそまじめな曲の中にも、彼らはとても豊かな表現力を駆使して、作曲家の「肉声」に迫ろうとしています。それは、もしかしたら「正当」からはちょっと離れたアプローチなのかもしれませんが、聴く者にとってはとても楽しめるものです。ほんと、最後に置かれたラッススの「Ad te levavi」でのドラマティックな表現には、思わず引きずり込まれてしまいます。
最近の作品では、そんな「肉声」がよりリアリティをもって迫ってきます。プーランクの「4つの小さな祈り」では、この編成ならではのかゆい所に手が届く様な心憎いまでの細やかな表現が光ります。さらに、ルネサンスのコンテクストの中で、この曲をまさにハーモニーを最大限に大切にして演奏していることも良く分かります。それがさらに昇華されたデュリュフレの「Notre Père」は絶品です。
最後にもう1度プレーン・チャントが演奏される時には、主音が最初の時より全音高くなっているだけではなく、なんとそれは輝かしいカウンター・テナーに彩られたオクターブ・ユニゾンに形を変えていました。アルバムを頭から続けて聴けば、それがどういう意味を持つのかはおのずと分かるはずです。アーメン。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-12-27 20:28 | 合唱 | Comments(0)
SMETANA/The Barterd Bride
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Dana Buresová(Marenka), Tomás Juhás(Jenik)
Josef Benci(Kecal), Ales Verácek(Vasek)
Jirí Belohlavek/
BBC Symphony Orchestra
HARMONIA MUNDI/HMC 902119.20




スメタナの「売られた花嫁」という、なんだか人身売買か美人局のような恐ろしいタイトルのオペラは、もちろんそんな変な「邦題」から連想されるような暗~い内容ではなく、もっとあっけらかんとした言わばドタバタ・コメディ、最後には愛し合うものがめでたく結婚できるハッピーエンドを迎えるお話です。というより、「チェコの国民的オペラ」と呼ばれるこの作品は、もう少し前の時代の「オペラ・ブッファ」そのものの形式を踏襲しているようにさえ思えます。「実は、私はあなたの息子なんです」などという、モーツァルトの「フィガロの結婚」にも似たようなオチがある他愛のない物語を、レシタティーヴォ、アリア、アンサンブル、そして合唱を連ねて進行させる、極めて古典的な音楽劇そのものの形をとっていながら、その音楽にはチェコ独特の情緒にあふれたフレーズに彩られているとても楽しいものです。
日本で、このオペラの人気が高まったのは、おそらく1965年にNHKが招聘した「スラブ・オペラ」のおかげではないでしょうか。その時には、「ボリス」、「イーゴリ公」、「オネーギン」といった格調高いロシア・オペラに混じって、唯一「軽め」のこのチェコ・オペラが上演されていました。もちろん、それらはすべてNHKのテレビで繰り返し放送されましたから、そこでこの作品の魅力にとりつかれた人も多かったはずです。
その割には、このオペラは、最近では録音にはあまり恵まれてはいないようです。一番新しい全曲盤は、おそらく2005年にリリースされたマッケラス指揮のCHANDOS盤でしょうが、これはチェコ語ではなく、英語で歌われているものでしたね。なんでも、チェコ語による録音は、1981年のコシュラー盤(SUPRAPHON)以来全く行われていないそうなのですね。それが、今回30年ぶりに最新のチェコ語盤の登場です。とは言っても、これはこのオペラがコンサート形式で演奏された時にBBCが放送用に録音したものを転用してCDにしたものです。音を聴く限りこの前のRAIの録音のような会場ノイズは全く聴こえませんし、残響の感じもなんだか空席のホールのようですので、おそらくゲネプロなどを編集したものなのでしょう。いや、実際この録音はCDにしておくにはもったいないほど素晴らしい音ですから(このレーベルは、SACDから撤退したという噂は本当なのでしょうか)かなり手間をかけて収録されたものなのでしょう。
演奏しているのは、ビエロフラーヴェク指揮のBBC交響楽団、歌手は全員チェコかスロバキアの人たちです。2011年5月の録音当時はこのオーケストラの首席指揮者だったビエロフラーヴェクも、今では古巣のチェコ・フィルのシェフに舞い戻っていますから、またとないタイミングで録音できたことになります。そんな、いくつもの要素が重なって素晴らしい全曲盤が完成しました。
オーケストラは、有名な序曲にしても、劇中に演奏されるダンスにしても、とことんドライブ感にあふれた演奏を聴かせてくれます。それは、チェコの指揮者がチェコの音楽を指揮することへの期待を見事に裏切ったもののようにも感じらます。いや、もしかしたら、これがスメタナが求めた、民族的な素材を使って、全世界に通用する音楽を作るということだったのでは、と思わせられるような、まさに「世界標準」とも言える音楽がここからは聴こえてきます。
全曲を聴いたのは、それこそ「スラブ・オペラ」以来だったのですが、信じられないことに、アリアの細かい部分までしっかり記憶に残っていて、とても楽しめました。ただ、そうなってくると、以前はフラーニョ・パウリックという人がとてもエモーショナルに歌っていた「うすのろ」のヴァシェクの役は、ここではイケメンのイェニークを歌っている人の方が適役なのではないか、などといういえにくい(言いにくい)おせっかいをさしはさみたくなってしまいます。

CD Artwork © Harmonia Mundi s.a.
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by jurassic_oyaji | 2012-12-25 20:22 | オペラ | Comments(0)
牧神から吹いた風
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寺本義明(Fl)
野平一郎
(Pf)
FONTEC/FOCD 20090




もうだいぶ前のことですが、テレビで音楽コンクールのフルート部門の入賞者の演奏を放送していた時がありました。その時に出ていたのが、寺本義明さんです。いったい何位に入ったのかなどはすっかり忘れてしまいましたが、その、あまり華のない、はっきり言って野暮ったい風貌と、そんな外観を裏切らないとても素朴で手堅い演奏だけは、なぜだか覚えています。その時の寺本さんのポストは名古屋フィルの2番奏者だったはずです。コンクールに入賞しても、首席奏者にはなれないのだなと、その時思ったことも覚えています。
そして、ごく最近、東京都交響楽団がマーラーの交響曲第8番を演奏した模様をやはりテレビで見たときに、その寺本さんがトップの席に座っているのに気づきました。やはり、この人はしっかりと頭角を現していたのですね。
正確には、2000年からこのオーケストラの首席奏者を務めている寺本さんは、音楽大学ではなく、京都大学の文学部を卒業していたことを、今回のアルバムのプロフィールで初めて知りました。大昔ならいざ知らず(日本フルート界の草分け、吉田雅夫さんや、日本フィルの初代首席奏者峰岸壮一さんなどは、慶應義塾大学卒業)音楽大学を出てさえも、オーケストラの団員として「就職」できる人などほとんどいない今の時代に、首席奏者のポストを得るだけではなく、こんな風にCDまで出せるのですから、世の音大生はさぞや悔しがっていることでしょう。しかし、音楽の修行などというものは言ってみれば「芸事」ですから、本当は、才能さえあれば学歴などはあまり関係がないものなのでしょう。というか、そもそも音楽なんて「大学」で学ぶようなものではないのかもしれませんね。
このアルバムのタイトルは、たぶん寺本さんが付けられたのでしょう。いかにも「文学的」なフレーズ、どこぞとは言いませんが、某ナクソスのキャッチ・コピーとは雲泥の差です。「牧神」というのは、もちろんここで最初に演奏されているドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」のことです。「吹いた風」というのも、もちろん「風」である「息」を使ってフルートを演奏することを指しているのでしょうが、それだけではなく、もっと形而上的な意味まで含まれているに違いありません。そんな、ドビュッシーからピエール・ブーレーズに至るまでのフランスのフルート音楽の系譜を、「風」に乗せて辿ろうというのが、寺本さんの思いなのでしょう。
その「牧神」は、まさに新しい「風」にふさわしい、まるで音の原初ともいえるサイン・カーブのような音色のフルートで始まりました。野球の話をしているのではありませんよ(それは「カーブのサイン」)。極力ビブラートを抑えられたドビュッシーのフレーズは、まるで水墨画のような世界を思わせるものです。と、そこに野平さんのピアノが、控えめに「色」を付け始めると、そこは紛れもないフランスの世界に変わります。
続く、ミヨー、オネゲル、プーランクといった、いわゆる「6人組」の音楽になると、寺本さんの明晰なフレージングが、これらの作品をほんの少し「フランスらしさ」から遠のけているような印象が与えられます。それは、「エスプリ」などと称されるこじゃれた趣味からは、出来ることなら逃れたいという演奏者の意思のようにも思えます。もしかしたら、それは、次のジョリヴェ、メシアンといったハードな音楽を経て、あくまで最後のブーレーズを目指しているという意思だったのかもしれません。
そう、このアルバムでの目的地は、あくまでこの「ソナチネ」だったのではないか、と思えるほどの、それはハードでパワフルなブーレーズでした。拍手。
ちなみに、使用楽器が「19.5K Gold/10K Gold」と、まるで2種類のフルートを使い分けているような表記になっていますが、これは本体には19.5K、メカニズムには10Kの金が使われている楽器という意味です。

CD Artwork © Fontec Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-12-23 21:20 | フルート | Comments(0)
レコード芸術にも!
 この間の「音楽の友」は、ニューフィルのことが載っているというので買ってきただけのことで、普段はせいぜい立ち読みするぐらいの浅~い付き合いです。そもそも私の場合は、同じ出版社の「レコード芸術」という雑誌は毎月買ってますから、2冊も買うわけにはいきません。ただ、それは単に資料として買っているようなものですから、一度目を通したらあとはただ積んでおくだけなんですけどね。
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 最新の1月号も、そんな感じ、まあ、私が輸入盤で聴いたCDがもう国内盤になっていたので、それの講評などを楽しく拝見させていただいたりは出来ました。宇野センセーは相変わらず無茶苦茶なことを言ってますし、金子センセーは雑な資料の扱いでしたね。そんな感じでパラパラと最後まで眺めていくと、読者の投書欄に「アマチュア・オケの奮闘」などというタイトルが目に入りました。うん、確か、だいぶ前にも自分が聴いたアマチュアのオーケストラの素晴らしさをとくとくと述べていた投書がありましたね。そりゃあ、今のアマオケのレベルはかなり高くなっていますから、中にはそんな、わざわざ投書したくなるようなところもあるでしょう。ニューフィルも、いつかはそんなオケになりたいものです。と、読み飛ばそうと思ったら、投稿者が「仙台市青葉区」とあるので、まさか、と思ってしっかり読んでみると、まさにその「まさか」でした。この間のブルックナーの8番をほめちぎっているのですね。第3楽章などは「ついぞ体験したことのない25分間」とまで言ってますよ。さらに、3年前のマーラーの9番でも「客席でただ涙をながすばかり」と、ニューフィルと末廣さんに最大限の賛辞を送っているのです。全文はこちらにリンクしてあります。
 ここまで私たちの演奏をしっかりと受け止めてくれている人がいることを知って、なんとも言えない気持ちです。確かに、褒められてうれしくないはずはありませんが、逆に、これだけの期待を持って聴いてくれる人に対して、とてもいい加減な演奏は出来ないな、というプレッシャーもふつふつとわき上がってきます。今以上に、責任の持てる演奏が出来るように、しっかり練習をしなければいけないと自覚を新たにするのでした。それと、こんなことを書いてくれた方はがっかりするかもしれませんが、本当に自信を持って他人に聴かせられるようになったのはせいぜい本番の1週間前ぐらいのことでしたからね。普段の練習の時でも、この方が書いているほどのレベルの演奏が出来るようになっていたい、というのが、理想ですね。いずれにしても、この2つの記事で、次回の「かいほうげん」は盛り上がることでしょう。
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 もう1冊、本屋さんで見慣れない音楽雑誌を見つけました。「GAUDIO」というガウディとオーディオを一緒にしたようなタイトルで、なんと読むのかもわからないオーディオ雑誌です。なんでも、今まであった「AUDIO BASIC」という雑誌と「PCオーディオfan」という雑誌が一緒になって再出発したものなのだそうです。後者のタイトルでも分かるように、出版元は共同出版です(「FMfan」というのがありましたね)。これも、パラパラと眺めていたら、ショルティの「指環」の最新リマスター盤の「講評」があったので、しっかり読んでみると、こちらでは諸石センセーがやはり不思議なことを書いていましたね。資料に「1997年のマスターが使われている」と書いてあったことを引用して、「だから、エソテリックのSACDの方がいい音だ」などと言っているのですが、その同じ資料には、「エソテリックのSACD」に使われたのも、同じ1997年のマスターだったことも書かれてあったことには、気付かなかったのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2012-12-22 22:37 | 禁断 | Comments(0)
MAHLER/Symphonie Nr.8
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9 Soloists
Markus Stenz/
Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom
Chor des Bach-Vereins Köln, Domkantorei Köln etc.
Gürzenich-Orchester Köln
OEHMS/OC 653(hybrid SACD)




マルクス・シュテンツとケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団とのマーラー・ツィクルス、交響曲としてはこれが6枚目となるのでしょうか。この曲は何しろ編成が大規模で合唱やソリストも大人数が必要とされていますから、そう簡単に演奏するわけにはいきません。そこで、何か特別の機会で演奏されたものを録音するしかないのでしょう。そんな「機会」というのが、このオーケストラの本拠地、ケルンの「フィルハーモニー」が1986年の9月にオープンしてから25年経ったお祝いのコンサートでした。
そんなわけで、2011年の9月に行われた「記念演奏会」では、ステージとその後ろの客席いっぱいに演奏者が並ぶことになりました。写真を見てみるとコントラバスが管楽器の後ろに横一列になって10本あることが分かりますから、恐らく「18型」の弦楽器の編成なのでしょう。ソリストもオーケストラの後ろに8人並んでいます。ん?8人?この曲は、楽譜の指定ではソリストは「全部で8人」必要なはず、そのうちの1人のソプラノは「栄光の聖母」という役で第2部の最後だけ、普通は客席のバルコニーあたりで歌いますから、ステージ上には「7人」しかいないはずなのですが。
クレジットを見ると、2人目のソプラノ、オルラ・ボイランには、第2部での役が与えられておらず、第2ソプラノが歌うことになっている「懺悔する女」役は、3人目のソプラノ、クリスティアーネ・エルツェになっています。実際の演奏では、恐らく第1部の第2ソプラノなどはボイランが歌って、エルツェはあくまで「懺悔する女」のパートだけに専念しているのでしょう。このマーラー・ツィクルスではすべての曲でソプラノ・パートを歌っているエルツェは、確かにこの「かつてグレートヒェンと呼ばれていた女」にふさわしい清楚な声をしていますから、この役にはうってつけなのですが、それ以外の第2ソプラノのパートではもっと強靭な声が求められているような気がします。そのために、シュテンツはあえてここを「ダブル・キャスト」にしたのではないでしょうか。ここでのボイランはかなり悲惨な歌い方ですので、結果的には成功しているとは言えませんが、試みとしてはおもしろいところです。もちろん、こんな措置を取った演奏は初めて聴きました。そのほかのソリストでは、バスのギュンター・グロイスベックが素敵でした。テノールのブランドン・ジョヴァノヴィチはいまう゛ぃち(いまいち)。
そんな「9人」のソリストの名前や、本当は6つの団体が集まっている合唱団のすべての名前などは、とてもここには収められませんから、ほとんど割愛しています。しかし、代理店の「帯」ではそうもいきませんから、例によってこんな小さな文字の「力技」で全部のメンバーを収めています。ご苦労さんとしか言いようがありません。
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ところが、この小さい字をよく見てみると合唱団が一つ足りません。「Kartäuserkantorei Köln」という団体ですね。日本語だと「ケルン・カルトジオ=カントライ」でしょうか。これだけ入れるには、もっとポイントを下げなければいけませんから、カットしたのでしょう。ヴァルヒャの時はもっと小さな字を平気で使っていたのに、変なところで気を使ったものです。
演奏は、さっきのソプラノの扱いにもみられるように、とても細かいところまで行き届いた素晴らしいものでした。第1部で合唱が終わってオーケストラだけになる部分の直前でのフェルマータの異常な長さには驚かされますが、確かにこの場面転換にはそれだけの時間が必要なのかもしれません。そして、何よりも素晴らしいのが録音です。SACDの特性をフルに使いきった精緻極まりない音、そこにはアナログ録音にも迫る瑞々しさと、アナログ録音を超えたダイナミック・レンジがあります。前に聴いた「2番」と同じ録音スタッフですが、聴こえてきた音は雲泥の差です。

SACD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2012-12-21 20:52 | オーケストラ | Comments(0)
ニューフィルが「音楽の友」に
 震災以来、数々のメディアに登場してきた(いや、地方紙と全国紙に写真入りの記事が載ったというだけのことですが)ニューフィルが、ついに月刊誌、それも音楽専門誌に登場しました。それは、「音楽の友」という、歴史のある音楽雑誌です。最近はもっぱら音大生の愛読誌、みたいな位置づけがもっぱらで、コアな音楽ファンにとってはちょっと物足りないところもあるようですが、なんと言っても「蛙の子は蛙」・・・ではなく、「腐っても鯛」でしょうから、まだまだ侮れません。
 前から掲載予告の情報は入っていたので、さっそくきのうの発売日にわざわざ本屋さんに行って買ってきましたよ。「わざわざ」というのは、この雑誌はもちろんコンビニなどでは手に入りませんし、かなり大きな書店でも置いてない場合があるからです。それは、日ごろからリサーチ済みですから、確実に置いてあるフォレオせんだい宮の杜の「ヤマトヤ書店」へ向かいます。もっと近い「ツタヤ」や「ブックス湘南」や「未来屋書店」には絶対ありませんから。
 実は、この雑誌の記事を書いているライターさんが取材に来たのは9月でした。ですから、最短で先々月号には出るかもしれないとチェックしていたのですが、この記事はオーケストラと合唱団が交代で登場するローテーションで、その時は合唱団の番でした。そして、先月号では、隅から隅まで立ち読みしたのですが、結局このコーナー自体がどこにもありませんでした。ですから、もうこの企画は「打ち切り」になってしまったのだと思いましたよ。なんせ、音大生向けの雑誌ですから、アマオケや合唱団の記事なんて誰も読まないでしょうからね。あの取材も、結局ボツになってしまったのだろう、と。
 ですから、今月号に載るのだ、という連絡があった時には、とてもうれしくなりましたね。まあ、打ち切るにしても、ニューフィルの分だけは出してからにして欲しい、と願い続けていた甲斐がありました。
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 まずは、目次から見てみます。そうすると、何やら「オーケストラ」という名前があって、「山野なんたら」というそこそこのライターの名前がありました。いや、この間来たのは、そんな奴ではなかったはずなのに。でも、それはプロのオーケストラの記事、この雑誌には、同じような企画でプロオケとアマオケの2通りの記事があるのですね。なんと紛らわしい。
 目指す記事は、企画のタイトルだけで、内容は目次にはありませんでした。でも、そのページを見てみると、確かに見慣れたニューフィルの写真が目に入りました。しかも2枚も。そのうちの1枚はこれです。
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 一応私もしっかり写っているのですが、私本人が見ても最初はどこにいるか分からなかったぐらいでした。一度見つけてしまえば実はかなり目立つ位置だと分かるのですが、この写真だけで私のことを見つけられる人は、よっぽどのマニアでしょうね。
 記事の方は、知らない人が読めばニューフィルは本当に素晴らしいオーケストラだと思えるようなものでした。「弦楽器が不足している」と、ライターの人にしゃべったこともしっかり書かれてありますから、これを読んで入団希望者が殺到することを切に望みたいところです。私としては、「『かいほうげん』の内容の濃さは瞠目もの」と書いてもらえたのがとてもうれしいことです。ただ、本当は「8ページの冊子」ではなくて、「16ページの冊子」なんですけどね。
 まあ、機会があれば実物を本屋さんでご覧になってみてください。もっとも、来月号が出る頃には、今は一部の人しか見られないようになっている紙面のPDFを、誰でも見られるようにするつもりですけどね(「ばっくなんばあ」には、リンクがあります)。
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by jurassic_oyaji | 2012-12-20 21:15 | 禁断 | Comments(0)