おやぢの部屋2
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LIVE IN JAPAN, 1967
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Peter Paul and Mary
RHINO/R2-533277




「ピーター・ポール・アンド・マリー」と言えば、1960年代に一世を風靡した3人組のフォーク・グループです。「PP&M」あるいは単に「PPM」という略称で呼ばれてもいましたが、その後環境問題関係のタームとしてこの「PPMparts per million)」が登場し、空気中の汚染物質や食品中の有害物質含有量などの単位として大活躍を始めるころには、彼らは世の中から忘れ去られるようになってしまいました。いや、彼らだけではなく、同じようにメッセージ性を前面に出した泥臭い「フォーク・ミュージック」というジャンル自体が、「ロック」や「ニューミュージック」の波にのまれて廃れていったのです。
とは言え、「PPM」が何度目かの来日を果たした1967年には、まだまだ彼らの人気は絶大でした。コンサートは超満員、街中に張り出された彼らのポスターは、一夜にしてすべて持ち去られてしまったと言いますから、すごいものです。
その時に、1月16日の新宿厚生年金会館と、17日の京都会館でのコンサートの模様が当時の彼らのレコードの発売元であった東芝音楽工業(彼らが所属していたWARNERレーベルは、1970年までは東芝から発売されていました)によって録音され、同じ年の11月に「Deluxe/Peter Paul and Mary in Japan」というタイトルでLPが発売されました。これは、日本国内のみでのリリースで、本国アメリカでは発売されることはありませんでしたし、CD化されることもありませんでした。
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それが昨年、彼らのデビュー50周年を記念して、日本のWARNERから1960年代のオリジナルアルバムが紙ジャケット仕様で発売された時に、このアルバムも45年ぶりにCDとして日の目を見ることになりました。さらに、この時に、アルバムには使われなかった音源が大量に倉庫に眠っていたことが発覚するのです。それらがWARNER傘下の、リマスタリングにかけては定評のあるRHINOレーベルによって2枚組、全24曲収録のCDとして全世界で発売されました。1枚目にはかつての日本盤と同じ12曲、そして、2枚目には全世界のPPMファンがここで初めて耳にする12曲が収録されています。
実は、この初出テイクも入っているアルバムの存在を知ったのは、山下達郎がホストを務めているラジオ番組でした。彼が所属しているWARNERの話ですから、これが出ると決まった時に、国内盤のサンプルを放送したのですね(3分ぐらい)。そこでの目玉は、そのコンサートの時にアーティストと一緒にステージ上にいた司会者のMCでした。そういう時代だったのですね。こういう「外タレ(死語)」のコンサートには、必ず通訳も兼ねた司会者がいたのですよ。PPMの場合は、歌詞の理解が必要だということで、曲が始まる前に歌詞の日本語訳を朗読していたのですが、そこまで入っていたものが放送では紹介されていました。いかにも当時の音楽事情を物語るような光景ですが、正直これはかなりうざったいものでした。でも、そんな珍しいものなら欲しかったので、同じものが輸入盤ではるかに安く手に入ることを知って、これを購入したのです。
ですから、まずそんな聴きたくもない司会者の声が入っていることを覚悟して聴き始めたら、ごく普通に演奏が始まったので逆に拍子抜けです。ライナーを読んでみると、このMCは日本盤だけのサービスだったそうです(というか、日本盤LPにあったMCもカットした、と)。まずは一安心、彼らの全盛期の演奏を、堪能しました。写真を見ると、マイクは2本か3本しか使っていませんが、素晴らしい音で録音されています。恐らく、リミックスの際に手を加えたのでしょうが、マリーの声がパン・ポットしているところもありましたしね。
そのマリーも2009年に亡くなりました。さらに、このジャケット写真の隅にかすかに写っている、ずっと彼らのコンサートではサポートを務めていたベーシストのリチャード・クニッシュも、昨年お亡くなりになったそうです。でも、彼らの音楽は、このように「最高の音質」で残ることになりました。

CD Artwork © Warner Bros. Records Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-01-30 21:48 | ポップス | Comments(0)
お粗末な不良品対応
 この前、「おやぢの部屋」で不良品のCDをご紹介しましたね。レーベル面やジャケットに印刷されていた曲順と、実際のCDの曲順が違っていた、というものです。ただ、CDの場合は一度に何千枚もまとめてプレスするのでしょうから、私が買ったものだけたまたまそのような不良品だったなどということはあり得ません。おそらくマスタリングの段階で曲順を間違えて、全然チェックされずに多量に製品が出来てしまったのでしょう。ですから、世界中で流通しているこのCDがすべて不良品なわけですから、「良品に交換」なんてできっこないのですよ。これが、何十万枚も売れるものなら、プレスをやり直して交換するのかもしれませんが(以前、ゲルギエフのアルバムでそういうことがありました)、NAXOSの場合、そもそもあんなレアな曲目ですから、とてもそんな無駄なことはやっていられません。まあ、一番いいのは、インレイを印刷し直すことでしょうね。これだったら、そんなに手間もかからないでしょうし。
 いずれにしても、こういう不良品に対してこのメーカーはどんな態度をとるのか興味があったので、まず、NAXOSのしかるべき部署にメールを出してみました。もしかしたら、あんな帯原稿を書くぐらいですから、不良品だということすら気づいていないかもしれませんからね。ところが、それに対する返事はいくら待ってもありませんでした。なんか、ずいぶん悠長なメーカーなんですね。なんせ、毎月何十枚もの新譜を出し続けていますから、そんな細かいことにはいちいち構ってられないのでしょうか。まあ、事情は分からないでもありませんが、そんなことでは困りますよね。いくら買った人は少ないとは言っても、お金を出して買ったものが不良品なのですから、何らかの対応があってしかるべきです。なんといい加減なメーカーなのでしょう。
 さらに、これを買ったところにも問い合わせてみることにしました。しかし、そのHMVの通販サイトは、以前何度も同じようなクレームを送ったことがありますが、満足な対応をしてくれたことがありません。というか、最近のものは返事すら来ていません。ですから、「問い合わせ」といういい加減なツールではなく、「レビュー」を書くことにしました。これだったら、書いたものがコメントみたいにすぐサイトに出るはずですからね。今レビューを寄せるとポイントがつく、みたいなキャンペーンもやっているみたいですし。
 レビュー自体はあたりさわりのないことを書いて、最後に「トラックに間違いがあります」と軽く付け加えたものでした。別に不良品だから交換しろとか、強硬なことは何一つ書いてません。それを投稿したら、「通常は24時間以内にレビューが反映されます」という案内が出ました。しかし、それから丸1日以上経っているのに、コメントは出てきません。その代わりに、いつの間にか「この商品は廃盤のため購入できません」という案内が出るようになりました。コメントはアカウントを登録している人しか出来ませんから、私のメールアドレスは分かっているはずなのに、もちろん、そのことに関して私には何の連絡も来ていません。
 これって、かなりヤバいことなのではないでしょうか。せっかく不良品だということを教えてあげたのに、廃盤扱いにして販売を止めることしかしていないのですよね。HMVは。これから買おうとする人はこれでいいのでしょうが、私みたいに買ってしまった人には、何かしらの案内を送るのがまっとうな商売というものなのではないでしょうかね。
 私は、こういう変わったCDが大好きですから、別に不良品だからと言って正規品に交換して欲しいなどとはさらさら思っていません。逆に、こんな面白いミスをしてくれたおかげでネタが出来て感謝しているぐらいです。ですから、今回の一連の行動は、あくまでメーカーやショップがこういう事態に際してどのような態度をとるのか試してみたかっただけなのですよ。彼らは、見事に最悪の対応ぶりを見せてくれました。これが、NAXOSジャパンやHMVの正体です。
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by jurassic_oyaji | 2013-01-29 23:42 | 禁断 | Comments(2)
BACH/Matthäus-Passion
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Fritz Wunderlich(Ten), Christa Ludwig(Alt)
Wilma Lipp(Sop), Walter Berry(Bas)
Karl Böhm/
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde, Wien
Wiener Sängerknaben, Wiener Symphoniker
ANDROMEDA/ANDRCD 9117




カール・ベームが1962年のイースターにウィーンのムジークフェラインで行った「マタイ」の演奏会のライブ録音です。そもそもベームがバッハを演奏していたことなど全く知りませんでしたが、この音源は以前から出回っていたようで、今回新しくリマスタリングされたものが、こんな聞いたことのないレーベルからリリースされました。
もはやプロの現場ではステレオ録音は一般的になっていた時期ですが、これはモノラル録音、しかも、すぐそばの人の咳払いのようなノイズがたっぷり入っていますから正規の放送音源とも思えません。もちろん、そのあたりの正確なデータなどは全く記載されていません。テープのドロップアウトも激しく、合唱は常に飽和していて、お世辞にも「いい音」とは言えません。いや、それにしても、この大人数の合唱は耐えられないほどのひどさです。
普通に演奏すれば3時間以上、CD3枚は必要な「マタイ」なのにこれは2枚に収まっています。最近ではテンポも速くなっていますし、CDの収録時間も伸びていますから、思い切り早く演奏して全曲2時間40分しかかからないものを2枚のCDに収録するような場合もありますが、このベーム盤はトータル・タイムが2時間27分、いくらなんでも速すぎます。
いや、いくら昔のベームのテンポは速かったからと言って、これは不可能、実はこの演奏には大幅なカットが施されているのですよ。コラールが6曲もカットされているのを筆頭に、アリアも5曲、さらにレシタティーヴォ・セッコも細かいところでカットが入っています。コンサートだから仕方がないと言えばそれまでですが、ほとんどのアリアはレシタティーヴォとワンセットになっているもので、レシタティーヴォが終わったところで肝心のアリアがちょん切られていますから、なんとも残尿感が募ります。
ソリストには、エヴァンゲリストとアリアの両方をこなしているヴンダーリッヒを始めとして、素晴らしい歌手が勢ぞろいです。それぞれに、あくまでもオペラティックな歌い方ではあるものの、バッハらしく節度をわきまえているところが好感をもてます。
この時代の事ですから、まだまだウィーン交響楽団のような普通のオーケストラが「ピリオド・アプローチ」などを手掛けることはあり得ません。今聴くとかなりヘンなところもありますが、それは我慢するしかありません。しかし、例えば39番のアルトのアリアに付けられたとても美しいヴァイオリンのオブリガートのソルフェージュが、今の演奏からはとても考えられないようないい加減なところは、かなり気になってしまいます。逆に、このようなだらしない譜割りで弾かれることによって、はからずもバッハのリズムの重要性に気づかされるのでしょうね。ただ、これはコーラス1のコンマスですが、コーラス2のコンマスがソロを弾いている42番のオブリガートはとてもきっちりしていて素敵でした。
もう1か所、60番の合唱が入るアルトのアリアでは、オーボエ・ダ・カッチャ(もちろん、コール・アングレで演奏してるんだっちゃ)2本のオブリガートが付きますが、その2人の奏者が掛け合いで同じフレーズを吹くときに、トリルを入れるタイミングが全然違うんですね。これも、当時はバロックの演奏法がオーケストラ奏者のレベルまでは浸透していなかった名残なのでしょう。49番のフルート・ソロは、完全に開き直って華麗そのもののテイスト、これはこれで許せます。
なんと言っても、このCDはヴンダーリッヒを聴くためのものなのではないでしょうか。高音でも決して抜かず、フルヴォイスで歌いきっている彼のレシタティーヴォ・セッコを聴いていると、それだけでモーツァルトのアリアを聴いているような気がしてくるから不思議です。なんたって、ジャケットがヴンダーリッヒですからね。


CD Artwork © Archipel Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-01-28 20:14 | 合唱 | Comments(0)
テッド+クリニックス
 週末は久しぶりに映画とコンサートに行ってきました。まず、きのうの土曜日は、あの大雪の中、愚妻はなんと富沢の市民センターで練習だというので、車で送っていきます。たっぷり1時間以上かかってしまいましたね。練習は3時間なので、それから家まで往復しても無駄に時間を使うだけ、そこで、通り道のMALLで晩ご飯を食べたりして時間をつぶそうと思いました。いや、うまくいけば、映画の1本も見てみようかとも思っていました。今やっている中では3本ぐらい見たいのがありますから、どれか1本ぐらいはうまく時間内に収まっているかもしれません。
 カウンターに着いたのが、5時45分、上映時間の案内を見てみると、「さよならドビュッシー」が5時40分に始まったばかりでした。あとで考えたら、この時間はまだ予告編をやっているので本番には間にあったのですが、6時半から「テッド」というのがあったので、迷わずそれにします。これだったらご飯を食べる時間もありますし。いや、これはWOWOWの映画番組で予告編を流しまくっていましたから、ぜひ見たいと思っていたのですよ。最近見てきて人たちの評判も上々でしたし。
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 これはもう、予想していた通りの面白さでした。かわいいはずのテディベアの人形が、「発禁(死語)用語」を連発して、いけないことばかりをするという、とんでもないギャップに無条件に笑えるのですね。また、CGのテディベアがかわいいんですよね。そして、殆どアメリカ人にしか通用しないきわどいセリフを、見事に日本でも通用させてしまった字幕にも拍手です。ネットで調べると、この件に関しては詳しく知ることが出来ます。なんせ、「七五三」や「星一徹」がアメリカ映画(の字幕)に登場するのですからね。こういう字幕が作られてしまえば、もう戸田奈津子の出番はないでしょう。
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 そして、今日行ったのは、新しく出来たホールです。宮城野区文化センターの中にある「パトナホール」という、コンサート専用ホールです。ほんとに小さなホールですが、天井の高いシューボックスタイプ、壁面の反響板も木製で、見るからに音のよさそうなホールです。
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 そこで聴いたのが、知り合いが入っている小編成の混声合唱団。以前、教会でのコンサートを聴いたことがあるのですが、とてもピュアな響きを持つ素晴らしい合唱団だという印象がありました。彼らの声は、この新しいホールではとても柔らかく、暖かい響きとなって聴こえてきました。東京のオペラシティのような感じの音ですね。あそこも天井が高い、というか、ピラミッド状に抜けていますが、このホールもそれをそのまま小さくしたような形なので、似たような音になっているのでしょう。客席数も少なく、そんなに無理をしなくても満席に出来るでしょうから、こんなちょっとしたアンサンブルには格好のホールが出来たのではないでしょうか。ただ、山台や指揮台が木製ではなくスチール(アルミ?)製というのが、ちょっと気になりますが。
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 来月になると、今度はニューフィルの金管セクションのメンバーによるコンサートがあります。このホールだったら、金管合奏もとても楽しめるのではないでしょうか。楽しみです。
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by jurassic_oyaji | 2013-01-27 22:18 | 禁断 | Comments(0)
MARTIN/Intégrale des oeuvres pour flûte
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Emmanuel Pahud(Fl)
Francesco Piemontesi(Pf)
Tobias Berndt(Org)
Thierry Fischer/
Orchestre de la Suisse Romande
MUSIQUES SUISSES/MGB CD 6275




1970年にジュネーヴで生まれた生粋のスイス人であるエマニュエル・パユは、デビュー・アルバムをスイスのレーベルからリリースしていました。1993年、弱冠23歳の若者がレコーディングしたものは、エマニュエル・バッハからブライアン・ファーニホーまでという、とてつもなくヴァラエティに富んだアルバムでした(MGB CD 6107)。驚くべきことに、この20年前の商品はいまだに現役盤として流通しています。
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その後パユはEMIとアーティスト契約を結びますが、昨年、久しぶりに古巣のレーベルに録音を行いました。スイスを代表する作曲家、フランク・マルタンの「フルート作品全集」という2枚組のCDです。全部で7つの作品が収録されていますが、マルタンが最初からフルートのために作ったものは1曲しかありません。
その唯一のオリジナル曲である「フルートとピアノのためのバラード」は、1939年にジュネーヴ国際音楽コンクールの課題曲として作られました。その時にこれを演奏して優勝したのがアンドレ・ジョネだったんじゃね。さらに、1948年にも、オーレル・ニコレが同じ曲を演奏してやはり優勝しており、現在では、フルーティストにとっては欠かせないレパートリーになっています。
1939年9月のコンクールでの「初演」を聴いた指揮者のエルネスト・アンセルメは、すっかりこの作品のファンになってしまい、自分でオーケストラとフルートのための編曲を行い、同じ年の11月には今回のアルバムでも演奏している彼のオーケストラ、スイス・ロマンド管弦楽団と、当時の首席奏者アンドレ・ペパンのソロによって「アンセルメ版」の初演を行いました。しかし、マルタン自身はこの編曲はあまり気に入らなかったようで、1941年に自ら弦楽器とピアノのための編曲を行っています。ところが、1944年にUNIVERSALから出版されたピアノ版の楽譜には、先にオーケストラ版があったようなタイトルの表記になっています。これはいったい何なのでしょう。
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そんな、いわく付きの3つのバージョンが、このアルバムでは一度に並べて聴くことが出来ます。確かに、アンセルメの編曲はあまりに色彩的過ぎて、ちょっと引いてしまいますね。たしか、ペパン自身の録音(Cascavelle/VEL 2001)もマルタン版のようですから(未確認)、これは貴重です。
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もっと貴重なのは、ごく最近になってやっとその存在が明らかになったという「バラード第2番」です。マルタンはいろいろな楽器のソロによる「バラード」というシリーズをたくさん作っていますが、1938年に最初に作られた「アルト・サックス、弦楽オーケストラ、ピアノ、ティンパニ、打楽器のためのバラード」を、1940年頃にフルートのためにソロの音域を縮めて編曲したものです。ただ、その自筆稿は2008年にマルタンの未亡人マリア・マルタン(この方はフルーティストだそうです)によってやっと発見されました。世界初演は2009年に行われ、楽譜もUNIVERSALから出版されました。このパユの録音が、恐らく世界初録音でしょう。聴いた感じは「1番」より演奏はやさしそうな気がします。これも、ピアノ・リダクション版が一緒に収録されています。
もう1曲、オリジナルはヴィオラ・ダモーレ(!)とオルガンという「教会ソナタ」も、オルガン版と、デザルツェンスという人が編曲した弦楽オーケストラ版が演奏されています。緩-急-緩-急という4つの楽章で出来ているのが本来のバロック時代の「ソナタ・ダ・キエザ」ですが、ここではゆったりと流れる部分が、軽やかな舞曲を挟むという形になっています。フルート版はマリアさんのバースデイ・プレゼントだったそうですね。
放送局が制作したためでしょうか、何の潤いもない録音は長時間聴き続けるには辛いものがあります。そんな音によって、パユのルーティンな演奏で同じものを2回も3回も聴かされるのは、レアな曲目に対する好奇心がないことにはとても耐えられるものではありません。

CD Artwork ©c Fédération des coopératives Migros
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by jurassic_oyaji | 2013-01-27 00:04 | フルート | Comments(0)
Facebookページ
 前回、「FacebookとFacebookページは別物」みたいなことを書きましたが、本当はどんなところが違うのか、実際にFacebookページを運営(そんなたいしたことではありませんが)してみて分かったことなどを、ダラダラと書いてみましょうか。私はそちらの方の専門家でもなんでもありませんから、あくまで私の印象だけですけどね。
 Facebookというのは、基本的に個人対個人のお付き合いになるのでしょうね。せっせと「友達」を作って、その間で情報をやり取りするというのが一般的な使い方でしょうか。友達になっていない人のところには、コメントを書きこんだり「いいね!」は出来ませんね。Facebookページ(名前そのものが紛らわしいのですが、以前は「ファンページ」と言っていたそうです)では、「友達」という概念はなく、Facebookに登録していない人でも制限がかかっていない写真や書き込みは自由に閲覧できます。さらに、Facebookに登録していれば、自由にコメントを書いたりコメントに対する「いいね!」をクリックできます。ここでは「友達」に相当するものは「ファン」と呼ばれ、カバーの下にある「いいね!」をクリックするだけで「ファン」になれます。「友達」のように承認は必要ありません。「ファン」になれば、「友達」と同じように、自分のFacebookのホームのニュースフィードに、ファンになったFacebookページの新しい書き込みがフィードされるようになります。これはあくまで一方通行、自分のFacebookへの書き込みがFacebookページに反映されることはありません。
 Facebookページでは、最初にページを作った人が、まず「管理者」として認定されます。管理者は、私だったら「仙台ニューフィル」の名義で写真を投稿したりコメントを書きこんだりできます。さらに、管理者ならではの特典で、ページのさまざまな情報を入手することが出来ます。例えば、「いいね!」をクリックした人、つまり「ファン」のすべての人が分かります。管理者でない人は、ファンの中の自分の友達しか分からないはずです。それと、こんな風に、
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 それぞれの書き込みに対して、何人がアクセスしたかが分かります。これは、先日アップしたチラシの画像ですが、このアクセス数はページ始まって以来のものになりました。しかも短時間で。いかに、このチラシのインパクトが強かったかということが、如実に表れているのではないでしょうか。例えば、去年の12月6日にアップした「多賀城第9」の告知などは、いまだにアクセスが80人しかありませんからね。
 それで、管理者というのは何も1人だけに限られているわけではありません。普通の団体では複数の管理者がいて、それぞれに情報をアップ出来るようになっているみたいです。ですから、ニューフィルでも、私以外に管理者をやってみたいという方がいれば、ぜひやっていただきたいと思っています。これも管理者の権限で、私がファンの一覧表から、「管理者にする」というボタンをクリックするだけで、簡単にその人を管理者に任命することが出来るのですからね(たぶん)。われこそは、と思う方は、ぜひ私までご一報ください。
 先日お願いしたカバー写真の件は、おかげさまで私が確認しただけで私以外に3人の方にご協力いただけたようです。ありがとうございます。出来ればもっと、まだカバーを作っていない方などにもお願いしたいと思うのですが、やり方は、こちらを右クリックして画像(対象)をPCに保存した後、Facebookのカバーのあたりにある「カバーを追加」→「写真をアップロード」でさっきの画像を選んでダブルクリックすれば、完了するはずですから。トライしてみてください。
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by jurassic_oyaji | 2013-01-25 22:28 | 禁断 | Comments(0)
XIAN/The Yellow River Piano Concerto, CHEN, HE/The Butterfly Lovers Piano Concerto
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Chen Jie(Pf)
Carolyn Kuan/
New Zealand Symphony Orchestra
NAXOS/8.570607




洗星海のカンタータをもとに、殷承宗などが「集団編曲」したとされるピアノ協奏曲「黄河」の新録音が出たので、さっそく聴いてみようと思ってCDに針を下ろしたら(あくまで比喩ですからね)、冒頭から素敵なフルート・ソロが聴こえてきました。え~っ、「黄河」の頭って、こんなんだったの、と思ってしまいましたよ。確か、第1楽章の始まりは荒々しいイントロのあと「レ・ミ・レミ・シ」と一本指でも弾けそうな舟歌のテーマが出てくるはず、こんなかわいらしい始まり方ではありませんからね。でも、ジャケットを見ると、確かにトラック1からトラック4が「黄河」、トラック5が「バタフライ・ラバーズ」と書いてあります。もしかしたら、別のCDが入っていたのでしょうか。たまにそんなことがありますからね。
あわてて次のトラックに飛ばします。すると、そこからはちゃんと「黄河」の第1楽章が聴こえてきました。ということは、これは改訂版?そういえば、第3楽章は竹笛のソロで始まったはずですから、それをフルートで吹いて、順序を変えたのでしょうか。でも、もう少し飛ばして先のトラックの頭を聴いてみると、そのソロはトラック4で、竹笛ではなくピッコロによって演奏されていました。さっきのフルート・ソロとは全然別の音楽です。念のため、最後のトラック5に飛ばすと、そこからは、「黄河」4楽章のあのノーテンキなテーマが聴こえてきましたよ。ということは・・・
なんのことはない、この「黄河」は別に改訂版でもなんでもなく、単にトラックがカップリングの「バタフライ・ラバーズ」と入れ替わっていただけなのですよ。つまり、

  • ジャケット表示/I-IV:Yellow River
            V:Butterfly Lovers

  • CDのトラック/I:Butterfly Lovers
           II-V:Yellow River

ということです。
もちろん、レーベル面にもジャケットと同じトラックが印刷されていますし、日本の代理店が付けた「帯」にも、この件に関しては一切触れられていません。でも、もしこのCDを聴いていれば当然発売前に回収していたでしょうから、そもそも現物を聴いていなかったのでしょうね。いや、聴いても気がつかなかったとか。情けないですね。そんな人が解説の中で、「豊かな文化に支えられた中国、どのような状況に於いても、美しいものを愛する心は不変であることを願うばかりです」などと、偉そうに最近の日中関係にまで言及しているのには、大爆笑です。これでは小学生の作文以下、帯解説をなんだと思っているのでしょう。
今まで、男性ばかりによる勇壮な「黄河」しか聴いていませんでしたから、今回の指揮者もピアニストも女性という演奏はなにか新鮮なものがありました。何しろ、いきなりさっきの「舟歌」のテーマで、2回目の「レ」にしゃれたトリルがかかるのですからね。この曲から、なにかソフトな情緒を味わうのも悪くはありません。
1958年に陳剛と何占豪によって作られた「バタフライ・ラバーズ」は、中国に古くから伝わる梁山伯と祝英台との悲恋の物語(死後、二人は蝶になるのだそうです)を描いた単一楽章のヴァイオリン協奏曲でした。それを1985年に陳剛がピアノ協奏曲に作り直したものが、ここでは演奏されています。そう言えば、さっき聴こえたフルート・ソロは、まるで軽やかに飛び回る蝶のように聴こえなくもありません。迂闊でした。今まで一度も聴いたことはありませんでしたが、ヴァイオリン版はこのレーベルや系列のMARCO POLOレーベルには、CEO夫人西崎崇子のソロで何度も何度も録音されています。その最新のものは2003年録音のNAXOSですが、その時のプロデューサー、バックのオーケストラ、さらには録音会場まで全く今回と同じ、つまり、このアルバムは西崎盤の流れを汲むものだったんですね。それでこんなミスを犯すなんて、CEOの顔に泥を塗るようなものではないでしょうか。関係者には、女子はバタフライ・ショーツ一枚になって踊り、男子はバタフライ100mを泳ぐという過酷な罰ゲームが待っています。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-01-24 20:48 | 現代音楽 | Comments(0)
ニューフィル定期のチラシが完成!
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 すでにFacebookではお知らせしたように、4月のニューフィル第56回定期演奏会のチラシが出来上がりました。いや、正確にはチラシそのものではなく、印刷用の画像が出来上がった、ということなのですがね。もちろん、ネットで宣伝するには画像だけあれば十分ですから、これを使ってすでに広報活動が開始されています。「臨戦態勢」に入った、ということでしょうね。まだ指揮者練習も行われていないというのに。
 このデザインは、私がやったわけではありません(あたりまえ)。ニューフィルの団員には、こちらの方面の「プロ」もいらっしゃってて、前回から全面的にお願いするようになりました。今回も素晴らしい仕上がりですね。この前の「禁断」の時点ではまだいろいろと手直しがあったのですが、こちらが希望したところは全部即座に直していただけましたからね。もちろん「近郊」も。
 この画像は、ニューフィルの公式ウェブサイトでは、サイト用の小さな画像の他に、そこからリンクして表も裏もPDFでアップしてあります。印刷もできますから、その気になればペーパー版のチラシだって作ることが出来ますから、必要な方はご利用ください。この前の55回定期の時には、ちょうど今ぐらいのタイミングでJAOのフェスティバルがあったので、たくさん刷って出演される方に持って行ってもらったんですよね。
 さらに、今回からは、Facebookページのための「カバー」も、同じ方に作ってもらいました。「カバー」というのは、Facebookの一番上に表示される幅広の画像のことです。なんたって、開いてすぐ目に入るものですから、そのスペースを使ってしっかり宣伝を行おうということです。実は、前回もカバー自体は作っていました。
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 でも、これは私がチラシの画像を重ねて、無理やり横長にしただけのものでしたから、あんまり美しくはありませんね。しかし、今回は最初からカバー用のレイアウトで作っていただいたので、こんなかっこいいものが出来ました。
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 これは、すでにニューフィルのFacebookページと、私のFacebookのカバーとして、もう公開されています。もし、よろしかったら、演奏会までの間で結構ですから、Facebookに登録されている方は、この画像をご自分のFacebookのカバーにしてみてください。それだけで、宣伝効果は絶大なものになるはずですよ。
 ところが、これを作った方から、「カバーに宣伝用の文字は入れてはいけないそうです」というような、情報が寄せられました。実際、最初に送られてきた画像には、文字が全然入っていませんでした。そんな話、初めて聞きましたから、調べてみたら、確かに、Facebookページのカバーでは、規約によって次のようなことが禁止されていました。

  • 「40%オフ」、「弊社のウェブサイトからダウンロード」といった価格または購入情報
  • ウェブアドレス、メールアドレス、郵送先や、Facebookページの[基本データ]セクションに記載するその他の情報などの連絡先情報
  • 「いいね!」や「シェア」などのユーザーインターフェイス項目や、その他のFacebookサイト機能への言及
  • アクションを強く促す言葉 - 「今すぐゲット」、「友達に伝えよう」など

 でも、チラシの文字情報がこれに抵触するとはとても思えません。強いて挙げれば入場料ぐらいでしょうか。そこで、そんな心配をしないで、入場料以外の文字を全部入れてくださいとお願いして、出来上がったのが上の画像です。
 しかし、ネットでは、「Facebookのカバーには、いっさい文字を入れてはいけない」などというデマが飛び交っていますから、困ったものです。そもそも、さっきの規約は「Facebook」ではなく「Facebookページ」だけに適用されているものですし(この違い、ぜひ分かってください)、「文字を入れるな」などという規制はどこにもないのですからね。
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by jurassic_oyaji | 2013-01-23 21:08 | 禁断 | Comments(0)
PETRASSI/Magnificato, Salmo IX
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Sabina Cvilak(Sop)
Gianandrea Noseda/
Orchestra & Coro Teatro Regio Torino
CHANDOS/CHAN 10750




ノセダがCHANDOSレーベルで展開している「Musica Italiana」というシリーズでは、20世紀のイタリアの作曲家をシリーズで紹介しています。音楽用語がすべてイタリア語であることからわかるように、かつては音楽の中心地はイタリアでした。あのモーツァルトも、まず身に着けたのはイタリアの様式だったのですね。しかし、時代が進むにつれて「音楽=イタリア」という図式は次第に意味を持たない概念となっていきます。20世紀初頭の作曲家の作品に対してわざわざ「Musica Italiana」などと言わなければならなくなったのは、まさに「イタリアの音楽」の凋落ぶりを象徴しているのではないでしょうか。ブルーノ・マデルナ、ルイジ・ノーノ、ルチアーノ・ベリオといった「現代音楽」のスターが現れるのは、もう少し先のことです。
いずれにしても、ダラピッコラやカゼッラといった、中途半端な知名度を持つ作曲家に続いてノセダが取り上げたのが、ゴッフレード・ペトラッシでした。この作曲家は、少なくともイタリア人の間では、新しく出来たホールに名前が付けられるぐらいですから、かなりの人気があるのでしょう。1904年に生まれ、2003年に亡くなったという長寿ぶりも、あるいは功を奏したのかもしれません。ストラヴィンスキーに影響を受けた「新古典主義」をベースに、イタリア的な色彩感を加味した作風、というのが一般的な評価のようですね。合唱曲では、エドワード・リアのナンセンス・ライムをテキストにした「ナンセンス」という作品が有名でしょうか。中世のマドリガルを模した軽妙な佳作ですが、グリッサンドなどを多用して独特な効果をあげているのが当時としての「新機軸」だったのでしょう。
「ナンセンス」は第二次世界大戦後の作品ですが、このアルバムには大戦前、1930年代の2つの作品が収録されています。いずれもオーケストラと声楽のための大規模な宗教曲、1940年に完成した「マニフィカート」と、1936年の作品「詩篇第9篇」です。
ソプラノ・ソロと混声合唱、オーケストラのための「マニフィカート」は、なんとこれが世界初録音、作られてから70年以上も経ってやっと「お茶の間」で聴けるようになったのですね。まず、冒頭の弦楽器の応酬から、いかにもイタリア的な明るい音楽が現れますが、続く合唱はそんなノーテンキなものではなく、ちょっと退廃的な陰を落としているあたりが、「新古典主義」と言われる所以でしょうか。これを、もしさらりと「現代的」に処理をしていれば、あるいは得も言われぬ魅力が漂ったのかもしれませんが、このオペラハウスの合唱団はなんとも情感たっぷりに、というか、殆どコントロールがきかないほどの厚ぼったい表情で歌っているものですから、なんとも暑苦しい音楽に終始しています。
ソプラノ・ソロは、わざわざ「ソプラノ・レッジェーロ」という指定がある通り、軽やかな声でコロラトゥーラを披露することが期待されています。しかし、この人もやはり軽さには程遠いドラマティックな声の持ち主でした。その声で歌われるかなり無調のテイストの強いメロディは、なんとも重たい印象しか与えてくれません。4曲目のソロなどは、オーケストラの木管による繊細な伴奏に彩られた、とてもきれいな曲なんですけどね。ジャズ風のリズムに乗ってひっそりと終わる最後の曲も、肩透かしを食らったようで印象的。
「詩篇」になると、音楽は一変して分かりやすいものに変わります。まず、編成がオーケストラから木管楽器がなくなり、メインは金管の響き、そこにピアノが2台加わります。このオケのサウンドはとてもきらびやか、それがミニマル風のオスティナートを繰り返すと、そこに広がるのはまるでオルフの「カルミナ・ブラーナ」の世界です。オルフの作品も完成したのは1936年、この2曲の間には、何か関連性があったのか、ご存知の方はおるふ

CD Artwork © Chandos Records Ltd
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by jurassic_oyaji | 2013-01-22 23:10 | 合唱 | Comments(0)
Gloria in excelsis Deo
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Sky du Mont(Narr)
Ulfert Smidt(Org)
Jörg Breiding/
Knabenchor Hannover
RONDEAU/ROP7011




タイトルの「グロ~~~リア・イン・エクシェルシル・デ~オ」というのは、ご存じクリスマスには必ずどこからか聴こえてくる有名な讃美歌の一節ですね。この部分はミサの通常文からとられたラテン語ですが、曲は確か「荒野(あらの)の果てに」とかいったはずです。ちょっと気のきいた人だったら、このサビの部分を二部合唱にして歌ったりしていたことでしょう。
なんで今頃クリスマス?でしょうが。これはハノーファー少年合唱団がおととしのクリスマス、というか、その1ヶ月前から延々と続く「アドヴェント」の期間に行われたコンサートで演奏したものを、CDのために去年の1月にもう一度演奏して録音したものなのです。だから、1月に聴いても問題なんかありません。
1929年生まれのハノーファー在住の作曲家、ジークフリート・シュトローバッハという人が、このコンサートのために作った一連のクリスマス・キャロルのコンピレーションが、この「Gloria in excelsis Deo」です。もちろん、その辺の出来合いの寄せ集めでしかないコンピレーションCDのような志の低いものではなく、これはかなり手のかかった、それ自体が「作品」と言えるようなものでした。全体は「アドヴェント」、「聖マリア」、「キリストの誕生」、「牧人」、「どこでもクリスマス」という5つのテーマにそって進行、古今東西のクリスマス・キャロルを編曲したものばかりではなく、シュトローバッハ自身のオリジナル曲も入っています。合唱だけではなく、オルガンの伴奏やソロも交えて、バラエティを持たせることも忘れてはいません。極め付きは、曲の間に入る、スカイ・ダモントという渋い声の俳優(キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」に出演していたそうですが、写真を見ても思い出せません)による、聖書からのクリスマスの物語の朗読です。これがまるで受難曲のエヴァンゲリストのように聴こえます。
この合唱団は「少年合唱団」とは言っても、テナーとバスのパートには「青年」やかなり高年齢の「大人」まで加わっていますから、いわゆる「児童合唱」に見られるような不安定なところは全くありません。大人の声もとても若々しく、少年の声とよく混ざって柔らかい響きを醸し出しています。たまに団員によるソロも現れますが、これもとても安定した声で楽しめます。
そんな、ハイレベルの合唱に対して、シュトローバッハの編曲もなかなか手の込んだところを見せてくれます。例えば、最初のキャロル「Macht hoch die Tür」では1回目はとてもきれいなユニゾンでシンプルに歌われたものが、2回目では見事なハーモニーが加わったものが聴かれます。3回目ではさらに趣を変えて、ソプラノパートがキャロルとは全く別のオブリガートを聴かせてくれますよ。
「マリア」の中では当然登場する「アヴェ・マリア」と「マニフィカート」はシュトローバッハ渾身のオリジナル作品です。「アヴェ・マリア」では、テノール・ソロがプレーン・チャント風のナレーションを歌う中、ソプラノ・ソロとメゾ・ソプラノ・ソロのデュエットが聖母マリアと天使ガブリエリの対話を歌います。そのバックにはもちろん「Ave Maria」のテキストによる美しい合唱が流れているという、見事な構成です。
「マニフィカート」は、このアルバム中最も長大な作品となりました。これはじっくり聴いてみてちょうだい。二重合唱によって歌い交わされるポリフォニーには、圧倒されますよ。
後半の「牧人」あたりからは、タイトルの「荒野の果てに」などの聴き慣れたキャロルが目白押し、それぞれが、ユニークなオルガンのイントロや、ていねいなコーラス・アレンジで、とても聴きごたえのあるものになっています。
ザルツブルク発のキャロル「Still, weil's Kindlein schlafen will」でソロを歌っているレナート・イーバーハイムというボーイソプラノの歌はすごすぎ、あのボブ・チルコットみたいに、何年か後には、別の形で音楽シーンに登場しているかもしれませんね。

CD Artwork © Rondeau Production
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by jurassic_oyaji | 2013-01-20 21:21 | 合唱 | Comments(0)