おやぢの部屋2
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WAGNER/Die Feen
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Alfred Reiter(Feenkönig)
Tamara Wilson(Ada), Burkhard Fritz(Arindal)
Sebastian Weigle/
Frankfurter Opern- und Museumsorchester
Chor der Oper Frankfurt(by Matthias Köhler)
OEHMS/OC 940




ワーグナー・イヤーのご利益でしょうか、普段はまず聴くことのないワーグナーが最初に完成させたオペラ「妖精」の全曲CDなどというものが発売されました。2011年にフランクフルトのアルテ・オーパーで行われたコンサート形式による演奏のライブ録音です。指揮は、2007年にバイロイトにデビュー、あのカタリーナ・ワーグナー演出の「マイスタージンガー」のプロダクションに2011年まで5年間みっちり付き合った、フランクフルト歌劇場の音楽総監督セバスティアン・ヴァイグレです。彼はすでにこのレーベルから「指環」をリリースしていますが、このような初期作品にも関心を寄せていて、2012年にはすでに「恋愛禁制」を同じようにコンサート形式で上演していますし、2013年には5月17日と20日に「リエンツィ」が予定されています。いずれ、それらもCDになるのでしょうから、楽しみですね。
このオペラを作ったのが1834年といいますから、ワーグナーはまだ21歳の「若造」でした。カルロ・ゴッツィの寓話劇「蛇女」を元にワーグナー自身が台本を書いています。もうこのころから、彼の終生のテーマとなる様々なモティーフが、その台本にはちりばめられています。その最も重要なものが「オランダ人」や「タンホイザー」に端的に現れる「救済」でしょう。なんでも、ワーグナーは、この台本を作る10年以上前から、それが頭にあったそうです(「9歳」ね)。
それはともかく、トラモント国の王子アリンダルは、狩りの途中で牝鹿に姿を変えた美しい妖精のアーダと出会い結婚して2人の子供までもうけますが、「8年間は素性を尋ねてはならない」という掟を破ったためにアーダと別れなければならなかったり、彼女を呪いさえしなければ復縁出来るという猶予まで与えてもらったのに、結局アーダが2人の子供を火中に投げ込むという幻影を見せられて、彼女を呪ったあげくに石に変えてしまうという、やはり後の「ローエングリン」や「指環」に登場する「掟」も満載です。
音楽は、それこそウェーバーあたりの「初期のドイツオペラ」の様式をそのまま取り入れた、きっちりとアッコンパニャートやアンサンブル、アリアが分かれている分かりやすいものです。第2幕あたりはかなりスペクタクルなシーンで、最後にはステージに用意された2台のスピーカーから雷鳴まで流されます。
それに比べると、最後の第3幕はもっとおちついた音楽で、なかなか楽しめます。呪いを解くためのアリンダルのアリアでしょうか、竪琴をかきならしながら(つまり、ハープの伴奏に乗って)歌われるナンバーは、まるで「タンホイザー」の「夕星の歌」みたいですし、それによってアーダが蘇るシーンなどは、「ジークフリート」でブリュンヒルデが目覚めるシーンと重なります。
とは言っても、やはり「若き日の習作」というイメージは拭い去ることはできません。これを聴くと、「オランダ人」でさえ全く別の人が作ったもののようにしか思えません。なにしろ、ワーグナー自身が、序曲だけは演奏したものの、オペラ本体を生前に上演することはなかったのですからね。その後の作品を世に出した後では、もうこれは「なかったことにしたい」と思ったとしてもおかしくないような気がします。
ブックレットでは、あらすじは英語で読めるものの、リブレットはドイツ語しかありません。せめて英訳ぐらいは載せて欲しかったものです。
この上演は5月の3日と6日というように、間に2日間の休みを入れて行われていますが、日本の代理店(NAXOS)が付けた帯には「3-6日」と、あたかも4日間連続だったような書き方になっています。アリンダル役のフリッツなどは、最後のあたりはもうスタミナがなくなってバテバテ、とてもそんな過酷なスケジュールはこなせません。些細なことですが、こんな小さなミスが、代理店の印象をいたく貶めることになるのです。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2013-03-30 22:23 | オペラ | Comments(0)
BACH/St. John Passion
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Janette Köhn(Sop), Mikael Bellini(CT)
Mikael Stenbaek(Ten), Håkan Ekenäs(Bas)
Gary Graden/
S:t Jacobs Kammarkör
REbaroque(CM:Maria Lindal)
PROPRIUS/PRCD 2065




またまた「ヨハネ」です。「もうよさね?」なんて言わないでください。なんたって今は「聖週間」ですからね。
この曲のタイトルは、もちろん福音書のタイトルでもあるわけで、それは聖人ヨハネのことです。ラテン語では「Joannes」、ドイツ語では「Johannes」と堅苦しいものが、英語になると「John」ですから、急に親しみがわいてきます。これがイタリア語だと「Giovannni」ですから、なんだか女好きみたいな気がしますね。フランス語は「Jean」、スペイン語は「Juan」ですから「ホワン」と発音します。だから、「聖ヨハネ」は「サン・ホワン(San Juan)」、宮城県に住む人にとっては、ちょうど400年前にメキシコに向けて出港した「サン・ホワン・バウティスタ」という船の名前が思い浮かぶことでしょう。
スウェーデン語でも、「ヨハネ」は「Johannes」のようですね。このCDは、ストックホルムにある聖ヤコブ教会で毎年この時期に行われているヨハネ受難曲の演奏会を、2011年にライブ録音したものです。なんでも、この教会のこの年中行事は、1945年からもう70年近くも続いているそうなのです。その時の教会のカントルは、あの有名なテノールの、セット・スヴァンホルム、そして、1949年に新しくカントルに就任したのが、先日お亡くなりになった「合唱の神様」エリック・エリクソンでした。ただ、彼の場合は非常に多忙なスケジュールだったため、25年間の任期の中で「ヨハネ」を演奏出来たのは17回だけだったそうです。
1974年からは、ステファン・ショルドがエリクソンを引き継ぎます。彼は、ドロットニングホルム・バロック・アンサンブルと共演、そして、1990年からは、ここで演奏しているゲーリー・グラーデンがカントルに就任、聖ヤコブ教会室内合唱団と一緒に演奏することになりました。最近は、やはりこの録音で聴くことのできるリバロック・アンサンブルが伴奏を担当しています。
グラーデンと聖ヤコブ教会室内合唱団と言えば、1992年に録音されたデュリュフレの「レクイエム」で素晴らしい演奏を聴かせてくれるチームとして心に残っています。北欧ならではのクリアな響きと、確かな音楽性に打ちのめされたような記憶がありました。今回、ブックレットにある指揮者の写真を比べてみたら、その当時とはまるで別人のように容姿が変わっていたのには驚いてしまいました。以前はお茶の水博士みたいなヘアスタイルだったものが、サンプラザ中野みたいな完璧なスキンヘッドになっているのですからね。
合唱団のサウンドも、デュリュフレの時よりはだいぶ変わっているようでした。まあ、曲がバッハですからなんとも言えないのですが、この合唱団の持ち味だったピュアな響きが、あまり感じられないのですね。コラールあたりでは、きちんとそんな音楽にして欲しいのに、何か物足りなさが残ります。
そうなってしまったのには、共演しているアンサンブルとの兼ね合いもあるのでしょう。マリア・リンダルがコンサート・マスターを務めるこのバンドは、変な言い方ですがかなり「現代的」なアプローチを心がけているようです。通奏低音にリュートやファゴットが入っているのですが、それがとても積極的にアンサンブルに参加してきます。リュートなどは、まるでロックバンドみたいなノリで、バリバリとリズムを刻んできますし、ファゴットによって強調された低音のラインは、この曲から一度も聴いたことのないような音色を引き出していますよ。
なんと言ってもすごいのが、最後から2番目の合唱「Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine」の最後、普通はきちんとハ短調の和音で終わるはずなのに、ヴァイオリンが「シ~ド」と、まるで「マタイ」の最後のように一旦不協和音を作っているのですよ。そうそう、第2部が始まる時には、先日のバット盤みたいにオルガンの演奏がありましたし。
こんなことをやられては、合唱の影が薄くなってしまっても仕方がありません。

CD Artwork © Proprius
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by jurassic_oyaji | 2013-03-28 21:29 | 合唱 | Comments(0)
ヨハネ受難曲のスコア
 きのうの「おやぢ」では、バッハの「ヨハネ受難曲」の楽譜についても触れました。今まで、この曲の楽譜についてはいろいろ調べたり、実際にさまざまの稿による楽譜を入手したりしていたのですが、その中で「未完のスコア」というものの位置づけがいまいち納得できないところがあったのです。これは、バッハが実際に「ヨハネ」を3回演奏(それぞれ、第1稿、第2稿、第3稿という別のバージョンを使用)した後、もう1度演奏する前の1739年に作られたものなのですが、それは途中で中断されていて、残りの部分はほかの人が1749年に完成させたといわれているものでした。1749年といえば、この曲が4回目に演奏(第4稿を使用)された年ですから、当然このスコアを使って演奏したと思ってしまいます。現に、高名なバッハ研究家で、指揮者でもある樋口隆一氏は彼がこの曲を演奏したCDのライナーノーツの中で、「バッハは最晩年(1794年)に至って≪ヨハネ受難曲≫を再演し、その際、上述の未完の総譜を、助手のヨハン・ナタエル・バムラーを使って完成させている。これが最終稿とみなされるべき第4稿にほかならない。」と言い切っているぐらいですからね。
 しかし、実際に「第4稿(1749年稿)」と表記されている楽譜(CARUS)と、「未完の総譜」を元に校訂が行われた新バッハ全集の楽譜(BÄRENREITER)を比べてみると、実際にバッハが書いたとされる最初の10曲は、レシタティーヴォのメロディ・ラインが違っていたり、コラールの最後がピカルディ終止になっていたり、アリアの後奏がカットされたりと、全く別物であることが分かります。しかし、この新全集を校訂したアーサー・メンデル自身が、前書きで「第4稿にたいしては、総譜の浄書が、写譜家によって完成された。」などと言っているのですから、さらにそんな誤解は助長されかねません。
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 そんな時に、やはりこの間「おやぢ」でご紹介した「伝統稿」(CARUS/2012年)の前書きを読んでいたら、校訂者のペーター・ヴォルニーがそんなあいまいさをきれいに拭い去ってくれるようなことを書いていることが分かりました。その骨子は、

  • バッハは、以前「マタイ」でも行ったように、「ヨハネ」でも決定稿を作るために1739年から作業を始めた。
  • 第10番のレシタティーヴォの途中、20ページまで書き終えたときに、その年の「ヨハネ」の上演を中止するよう勧告を受け、作業を中断する。
  • 10年後の1749年に、弟子であったコピスト(写譜家)、ヨハン・ナタエル・バムラーJohann Nathanael Bammlerにスコアの未完部分の作成を依頼、バムラーは当時はまだ残っていた(現在は消失)第1稿のスコアをほぼ忠実にコピーして、新しいスコアの21ページ以降を完成させる。
  • このスコアを用いて、バッハは1749年の演奏を指揮したが、その改訂は演奏家のパート譜には反映されてはいなかった。したがって、ここではバッハの改訂は音にはなっていない。しかし、バッハ自身は、将来はこの改訂稿で演奏することを考えていたはず。

 つまり、ヴォルニーは、「実際に演奏されたことのない稿」ということで何かと批判されることの多い新バッハ全集の形を、しっかり「オーセンティック」であると弁護しているのですね。そうなると、この楽譜のタイトル「Traditionalle Fassung(1739/1749)」の持つ意味がよくわかります。確かにこれはバッハ(1739年)とバムラー(1749年)の二人の手になる稿なのですからね。つまり、普通に「第4稿」と同じ意味で使われている「1749年稿」とは全く別物だと解釈しなければいけないのですよ。これも、輸入楽譜の専門店、アカデミアが、「第10曲までは未完の改訂スコア(1739)に基づき、それ以降は第4稿に依っています。」と、見事に誤解していましたね。実際は、第4稿の第20曲などは「バムラー稿(笑)」とは歌詞が違っていますからね。ただ、楽器編成などは新全集にならって第4稿のものになっています。
 バッハ自身の手によって最初に作られた(ヴォルニーは「スケッチ」と言ってます)全体のスコアは失われてしまいました。したがって、この「バッハ/バムラー稿」が現存するこの曲の唯一の自筆稿(?)となるため、19世紀の「旧全集」では、これがそのままスコアとして採用されました。その後、実際に使われたパート譜などの研究が進み、現在のような詳細な稿の変遷が明らかになってきたのです。はたして、「バッハ/バムラー稿」は、先日お亡くなりになった小林義武さんが言うように「第3.5稿」としての地位を獲得することができるのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2013-03-27 21:41 | 禁断 | Comments(0)
BACH/John Passion
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Joanne Lunn(Sop), Clare Wilkinson(Alt)
Nicholas Mulroy(Ten), Matthew Brook(Bas)
John Butt/
Dunedin Consort
University of Glasgow Chapel Choir(by J. Grossmith)
LINN/CKD 419(hybrid SACD)




一筋縄ではいかない版を取り上げるのが好きなジョン・バット率いるダンディン・コンソート(正確には「ダニーデン・コンソート」と表記されるようだに)が、バッハの「ヨハネ」を演奏すると、こんなことになりました。ご存知のように、この曲はバッハが教会で典礼の「一部」として作ったものですから、現在のように「受難曲」だけを単独で演奏することはあり得ませんでした。そこで、その典礼のすべてを聴いてもらおうとこんな録音を作ってしまったのですね。
まず、教会に集まった人たちは、オープニングにオルガンでコラール・プレリュードが演奏されるのを聴きます。そのあとは、席から立ち上がって、今演奏されたオルガン曲で使われたコラールを、全員で歌います。さらにもう1曲オルガンの演奏があって、やおら「ヨハネ」の第1部が始まるのです(この部分はかなりショッキング)。
それが終わったところで、「お説教」です。ただし、この部分はSACDには入ってません。聴きたい人は、無料でダウンロードしてくれ、ということですね。たしかに、これは妥当な措置でしょう。長~いお説教が終わって、やっと「第2部」が始まります。
もちろん、「ヨハネ」が終わってもそのまま帰るわけにはいかず、さらにひとくさりオルガン演奏やらコラールの斉唱があって、やっとこの典礼が終了するのですね。なかなか大変です。ここでは、教会にいる会衆が全員でコラールを歌う様子を再現するために、ダンディン・コンソート以外にもう一つの聖歌隊と、さらに、50人ほどのアマチュアの合唱団員を集めて、「全員合唱」を聴かせてくれます。
そんな、バッハの時代にタイムスリップして典礼を体験してみましょう、みたいな企画には、バットならではの明確なタイム・ポイントがありました。それは、「1739年の聖金曜日」です。実はこの年、バッハは彼にとっては4度目となる「ヨハネ」の上演に向けて、楽譜の改訂に余念がありませんでした。ところが、新しい五線紙を前に、今まで演奏してきたこの曲の細かいところを直す作業に励んでいるところに、ライプツィヒ市当局から「上演を中止せよ」というお達しがあったため、10番のレシタティーヴォまで清書した時点で、スコア作りの作業をやめてしまうのです。もちろん、この年に「ヨハネ」は演奏されてはいません。もしかしたらバットは、バッハに成り代わって「もし、実際に上演されていたら、その典礼はこんな風になったであろう」という観点で、この復元作業を行ったのかもしれませんね。
ですから、ここでバットは、その未完に終わってしまったスコアを仕上げるという仕事も、バッハから引き継いだことになります。当然、それは現在最もよく用いられている「新バッハ全集」とは、微妙なところで異なったものになっています。具体的には、まず、19番のバスのアリオーソ「Betrachte, meine Seel」と20番のテノールのアリア「Erwäge, wie sein blutgefäbter Rücken」の楽器編成が、第1稿に準拠した新全集で使われていたヴィオラ・ダモーレやリュートではなく、それ以降の演奏で使われた弱音器付きのヴァイオリンとオルガンに変わっています。さらにもう1曲、35番のソプラノのアリア「Zerfließe mein Herze」の9小節目から管楽器に付けられたスタッカートを、旧全集のような2音ずつのスラーに直しています。このスタッカートは、この後1749年に演奏する際にフルートとユニゾンで加えたヴァイオリンのためだ、という主張からです。もちろん、ここではヴァイオリンは加わっていません。
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基本的に、声楽のソリストに各パート一人ずつのリピエーノを加えて合唱の部分を歌うというスタイル、最近よくある形ですが、女声パートに比べて男声のインパクトが強すぎるため、ちょっとこの曲のイメージが変わってしまっているのが気になります。コラールなどは、典礼で歌っているグラスゴーの聖歌隊の方が、気持ち良く聴けます。

SACD Artwork ©c Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2013-03-27 00:35 | 合唱 | Comments(0)
スコア探し
 だいぶ前、そう、震災が起きたちょっと前に、私の部屋には大きな薄手の本立てが運びこまれて、CDやら楽譜やらがやっと整理出来るようになりました。それ以来、今まで雑多に並べていたCDを、ある秩序の元に並び変える、という作業をやって、いかにもシステマティックな検索が出来るような環境が整った、と思っていました。ところが、そのようにきちんと法則を決めて収納した結果、目的のCDを探し出すのには以前以上に時間がかかるようになってしまったのは、なぜなのでしょうか。おそらく、ああいうものは、手に入れた時にしまった場所が、その時点で頭の中に刷り込まれてしまうようになっているのではないでしょうか。いくらそれをきれいに並べ変えてみても、いざそれを探そうという時にはつい最初にあった場所に目が行ってしまうのですね。あの山下達郎も、「レコードを整理したら、かえって分かりづらくなった」と言ってましたから、これはそういうコレクターには共通の悩みなのかもしれません。
 楽譜なんかも、悲惨です。こちらはCDと違って大きさがまちまちですから、なかなか「定位置」というものを確保できません。いきおい、棚に入れないでその辺に重ねて置いておく、なんてことになりかねません。こうなってしまうと、もう、それがあったことすら忘れられてしまいますから、恐ろしいことです。
 今日などは、新しい「ヨハネ」のCDが届いたので、その資料として「第2稿」の楽譜を見てみようと思ったのが、そもそもの間違いでした。これは、間違いなく買ってあった、という記憶だけはありました。しかも、それはポケットスコアがまだ出ていなかったので、大判を買ったのも覚えています。そんな大きなものですから、本棚の一角にそういうサイズのものをまとめていたところあたりにあるはずだ、と思ったのですが、そこには確かにモーツァルトの「ハ短調ミサ」のシュミット版とか、それこそ「ヨハネ」のドーヴァー版はあるのに、めざすCARUSの「第2稿」はありません。となると、そんなきちんとしたところではなく、いつの間にか合唱の楽譜までが混じって収拾がつかなくなっている、あのあたりでしょうか。最近では、ダウンロードしたものを印刷したスコア、などというのもどんどん増えていて、そんなのは片っ端から積み上げてありますから、もう触るのも恐ろしい地帯になっています。
 でも、そこを探索しないことには、前へ進むことはできません。真横から眺めてみると、ちゃんとした大判のスコアがあるのは分かりました。でも、それは最近買ったメンデルスゾーンの「5番」ですし、こういうものは往々にして変なところに隠れているものですから、面倒くさくても1冊1冊点検して行かなければ、結局またここに戻ってきてしまうことになります。それを上からどけて行くと、その中に薄っぺらなポケットスコアがありました。まさに埋もれている、という感じで挟まっていたのは、ブライトコプフ新版のベートーヴェンの「1番」でした。えーっ。これは、今練習の時に毎回持ち歩いているはずだから、カバンの中にあるはずなのにーっ。しかも、開けてみるとなんの書き込みもないまっさらな印刷面。ということは、どうやらやってしまったようですね。だいぶ前にネットでドイツから買ってあったことをすっかり忘れて、今回のためにアカデミアから買っていたのですね。CDでは今まで何度もそんなことがありましたが、ついに楽譜でもやってしまいました。
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 これは、送料込みで12ユーロで買ったものだと、挟んであった伝票で分かりました。アカデミアで買った時は1440円でしたね。もし、欲しい方がいれば、「時価」でお譲りしますよ。全くの新品ですから。この楽譜は、パート練習などでとても重宝しています。なんせ、旧版のスコアもパート譜もいい加減ですから、何か問題があった時に、すぐこちらで「正しい」情報が分かるのですからね。第2楽章の133小節目にあるヴァイオリンのタイも、原典版ではなくなっていることが分かりますよ。
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 「ヨハネ」の「第2稿」は、なんとLPに挟まれて置いてありました。そう言えば、そんなところにとりあえずしまったような記憶が。
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by jurassic_oyaji | 2013-03-25 21:58 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Matthäus-Passion
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Ernst Haefliger(Ev)
Heinz Rehfuss(Jes)
Eduard van Beinum/
Het Toonkunstkoor Amsterdam
Het Concertgebouworkest
AUDIOPHILE/APL-101.302




今年のイースターは3月31日なのだそうです。復活祭ともいわれるこのキリスト教の年中行事は、結婚相手を探すために景気を付けるお祭り(それは「婚活祭」)ではなく、イエス・キリストが磔刑の後お墓の中から甦ったという「故事」を記念するもので、この日にはよく受難曲が演奏されます。今から55年前、1958年のイースターは4月6日でしたが、オランダのアムステルダムにあるコンセルトヘボウでは、その1週間前の3月30日にバッハの「マタイ受難曲」が演奏されました。その模様は、午後0時から4時15分までの間に、ラジオで生放送されています。
その時の録音が、なぜか今頃になってCDとして発売されました。演奏はそのホールのオーケストラ、コンセルトヘボウ管弦楽団、指揮者はこのオーケストラの3代目の首席指揮者、エドゥアルト・ファン・ベイヌムです。このオーケストラの演奏する「マタイ」といえば、ベイヌムの前任者、メンゲルベルクの指揮によって1939年の4月2日、やはりイースターの1週間前に演奏されたものの録音が非常に有名ですね。
メンゲルベルクの録音から20年近く経っているというのに、この初出音源の音ときたら、信じられないほどのひどいものでした。ダイナミック・レンジなどは、メンゲルベルク時代とほとんど変わらないのでは、と思えるほどですし、ノイズも盛大に乗っています。最後の大合唱などは、マイクのそばで何かがぶつかるような音がかなり長い間連続して聴こえるので、邪魔でしょうがありません。もちろん、録音はモノラルです。これが、当時のオランダの放送局の技術水準だったのでしょうか。
1958年といえば、すでに世の中ではステレオ録音が始まっており、もう少しすると、ミュンヘンでやはり「マタイ」の全曲ステレオ録音が、ドイツ・グラモフォンによって敢行されることになります。この、カール・リヒターによる最初の録音と比べてみると、オランダの放送録音はとても同じ年に作られたものとは思えないほどの貧しい音です。
余談ですが、このリヒター盤のCDでも、さすがに今聴くと音が濁っているところが見られます。それを改善すると称して、2012年にPROFILからリマスター盤が出ましたが(PH12008)、これは「改善」どころか、もっとひどい音になっています。おそらく、すでにマスターテープが劣化してしまっているのでしょう。
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メンゲルベルクの「マタイ」は、どっぷり「ロマンティック」の世界を引きずっているものでしたが、ベイヌムの演奏は全く別物、それこそリヒターのような当時としては「新しい」様式をしっかり持ったものです。冒頭の合唱などはリヒターより速め、現代のバッハ・シーンでも十分に通用するほどのサクサクとしたものになっていますからね。ただ、このあたりはなぜか合唱がかなりドライな歌い方に徹しているような気がします。もしかしたら、ベイヌムは意識してあまり感情を込めない歌い方を要求していたのかもしれませんね。というのも、ここで歌っているトーンキュンスト合唱団は、メンゲルベルクその人が1898年から指揮者を務めていて、毎年の「マタイ」コンサートでもすっかり彼の音楽が染み付いてしまっているところですから、そんな「癖」、言ってみればメンゲルベルクの「呪縛」を解くには、そのぐらいの荒療治が必要だったのでしょう。もちろん、オーケストラも「まっさら」の状態から仕込みなおしたのでしょうね。
そんなベイヌムの努力は、見事に報われているようでした。素っ気なかった合唱も、終わりごろにはしっかりと豊かな感情、もちろんそれはメンゲルベルク流のゆがんだものではない、時代を超えて納得のできる自然な表情が出せるようになっていましたからね。
エヴァンゲリストが、リヒター盤と同じヘフリガーだったことも重要なファクターです。イエス役のレーフスともども、素晴らしいレシタティーヴォが展開されています。これで音さえもっとよければ、余裕でリヒター盤と肩を並べることもできたのに。

CD Artwork © IMC Music Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-03-24 20:53 | 合唱 | Comments(0)
 最近、渋谷駅が大幅に変わったということで、大騒ぎをしていましたね。東急東横線の駅が、今まで地上2階にあったものを地下5階に移動、さらに、一夜にして線路を付け変えて翌日の始発からはそのまま新しい駅を使うというとてつもないことをやっていたのですから、確かにこれだけ騒ぐ価値はあるのでしょう。もちろん、そんなことは私にはなんの関係もありません。あんな、迷路のようになった駅で何万人という人が右往左往している姿は、なんだか哀れさを誘うもの、あんな人たちの仲間には決してなりたくないな、という思いの方が先に立ってしまいます。
 でも、その週の「サンデーソングブック」を聴いていたら、達郎が意外なことを言っていたので、ちょっと驚いてしまいました。竹内まりやが作った「駅」という歌は、あの東急東横線の旧渋谷駅をモデルにして作っていた、というのですね。まりやがその思い出の駅をしのんで、この「駅」をかけてくれるように達郎に頼んだのだそうです。もちろん、そのあとにこの名曲がかかっていました。
 竹内まりやは、昔から好きなアーティストでした。どちらかというとRCA時代の「アイドル」としてのほうがポップで好きなのですが、結婚後WARNERに移籍して、自分の作品を歌うようになってからも、もちろん大好きです。その中で最も好きな曲と言われれば、私はためらいなくこの「駅」をあげるでしょうね。ご存じのない方は、こちらで。歌詞も付いてます。
 この曲は、1987年に、移籍後の2番目のアルバムとしてリリースされた「REQUEST」に収録されています。まりやが他の人のために作った曲のセルフカバーが中心になっていますが、この曲は中森明菜が最初に歌っていましたね。いかにも「歌謡曲」然とした循環コードが、ちょっとそれまでのバタ臭いものとは違っていて、妙に心をそそられる曲です。
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 実は、私がこれまで抱いていた、この曲に現れる「駅」は、郊外の小さな駅のようなイメージでした。昔好きだった男と偶然同じ電車に乗り合わせ、同じ駅で降りてそれぞれに自分の今の世界に帰っていくという雨上がりの情景が、そんな住宅地の駅前のような感じがしたのですね。ですから、これが本当はあんな渋谷の雑踏の中だったのには、ちょっとショックを受けてしまいました。あの哀愁を含んだモトカレが、渋谷駅から歩いて行けるところに住んでいたなんて。
 でも、その前から、この歌詞の意味がちょっと分からないところがありました。最初に見覚えのあるレインコートのモトカレを見つけた「たそがれの駅」と、「改札を通ると雨がやんでいた」駅とは、別の駅のような気がするのですよね。だから、一つ隣の車両に乗って、気づかれないように横顔を見ている、というシチュエーションが成り立つわけですね。その辺の時系列が、ちょっとこの歌詞からは判然としないと思うのは、私だけでしょうか。
 いや、そんなことはどうでもいいんですよ。だったら、その横顔を見ていただけで、「私だけ愛していた」ことを知るののも、なんという自己中と思うしかないじゃないですか。
 正直、私にとっては、ヒット曲の歌詞の内容などはあまり耳に入ってきません。もっぱらメロディとかコード進行がまず入ってきます。この曲の場合、確かに単純な循環コードではあるのですが、そこにちょっとインパクトのある工夫が感じられました。この曲のキーはC#minorですが、簡単にするためにAminorに直すと、Aメロのコードは、「Am-Dm7-G7-Cmaj7-Am-Dm7-B7-E7-Am」となっています。ここで注目したいのが、「胸が震えた」という歌詞の部分の「B7-E7」というコード、普通はその前のDm7からすぐE7になるのに、その間にB7を挟んだのがとても新鮮です。これは、「ドッペル・ドミナント」ですよね。コードはカッコいいのですが、それに乗ったメロディはかなり難しいものになってしまいます。私などは、初見では歌えないでしょうね。
 さっきのYoutubeとは別のところで、この曲がダニエル・ビダルの「小さな鳩」という曲のパクリだ、という書き込みがありました。確かに良く似たメロディですが、ここのコードは「駅」のようにB7が入ったりはしていない、ごく当たり前のコード進行、「パクリ」というのは、悪質な言いがかりに過ぎません。私は、ダニエル・ビダルも大好きなんですが。
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by jurassic_oyaji | 2013-03-23 23:18 | 禁断 | Comments(1)
TSCHAIKOWSKY/Symphonie Nr.2, Rokoko-Variationen
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Leonard Elschenbroich(Vc)
Dmitrij Kitajenko/
Gürzenich-Orchester Köln
OEHMS/OC 669(hybrid SACD)




「マンフレッド」を含めてのチャイコフスキーの交響曲ツィクルスが進行中のキタエンコとケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団によるSACD、第5弾は「2番(小ロシア)」です。今までの1、5、6、マンフレッドは聴いていませんが、なかなか評判が良いので、これを買って聴いてみることにしました。まず、SACDだという点が高ポイントになりますからね。
その音は、期待どおりでした。SACDならではの粒の立った楽器の音がそちこちから聴こえてきますし、何よりも弦楽器の瑞々しさは格別です。そして、スケールの大きな音場、例えば第4楽章の序奏の最後に現れるバスドラムの強打には、度肝を抜かれてしまうはずです。今まで数多くのSACDを聴いてきて、期待を裏切られたことの方が多かったような気がしますが、これは間違いなく「当たり」でした。
そして、キタエンコの指揮も、こちらは予想していたのとはちょっと異なって、とてもスマートな仕上がりにびっくりです。第1楽章は、スペクタクルな楽器群を縦横にさばいて、とてもカラフルな音響を引き出していますが、演奏自体はどっしりと腰の据わった堅牢なものです。それは、ロシアの指揮者だからといって何か土臭いものを感じさせるものでは全くなく、もっと音楽としての堅牢さを前面に出したもののように思われます。
第2楽章は、ゆっくり目のテンポで、とても慈しみ深い世界が広がります。弦楽器の音色がとても暖かいのが印象的で、このかわいらしいテーマのキャラクターがふんわりと伝わってきます。
第3楽章では、「スケルツォ」というイメージを覆すような、もっと重みのある大きな力に支配された音楽が聴かれます。フィナーレはまさに圧倒的、ちょっと「展覧会の絵」に似ているロシア民謡のテーマと、もう一つのとぼけた味のある民謡とが複雑に絡む様を見事にコントロールして、極上の高揚感を作り上げています。
録音はライブではなく、スタジオでのセッションでした。理想的なマイクのセッティングが可能な中、きっちりと作り上げられた音響が、非常に心地よいもの、考え抜かれた演奏と相まってとても完成度の高いアルバムであるという印象が伝わってきます。
ところが、カップリングの「ロココ・ヴァリエーション」になると、音がガラリと変わって、なんともあか抜けないものになっていました。ソリストのエルシェンブロイヒは、とても繊細な演奏を聴かせているのですが、その音がなんとも繊細さに乏しく輝きがないのですね。録音データを見ると交響曲と変奏曲とでは、会場は一緒ですがエンジニアと、そして日にちが違っています。ただ、エンジニはが誰がどの曲の担当かは分かるのですが、「2009年8月」と「2012年3月」という2種類の表記が、どの曲についてのものかは分からないのです。
そこで、どこか別のところで正確なデータが得られないかと、NMLを見てみたら、そこには確かに曲ごとのデータが書いてありました。しかし、これはこのアルバムのブックレットのデータとは全然違います。調べてみたら、これは、2010年にリリースされた「マンフレッド」のデータではありませんか。相変わらずいい加減なNAXOSなのでした。
そもそもNMLをあてにしたのが間違いだと気づき、別の方向からリサーチを試みます。すると、同じレーベルの同じ演奏家で、やはり音が全く違っていたものがあったことに気づきました。それは、シュテンツがやはりケルン・ギュルツェニヒを指揮している「復活」「千人」です。それぞれ2010年の10月と2011年9月に、同じ会場で同じエンジニアによって録音されていますが、その音は「雲泥の差」でした。この1年の間に、きっと何かがあったのでしょう。
ですから、今回のアルバムでは、絶対「小ロシア」が2012年、「ロココ」が2009年だと思うのですが、どうでしょうか?もし間違っていたら、もっと耳を鍛えんと

SACD Artwork c OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2013-03-22 20:28 | オーケストラ | Comments(0)
TDKオリジナルコンサート
 この間アップした、渡邉暁雄とヘルシンキ・フィルのシベリウスは、もっと書きたいことがあったのですが、字数の関係で大幅にカットしてました。ですから、ちょっと残念だと思っていたところに、きのう発売になった「レコード芸術」でのそれに関してのレビューがちょっと私の情報と異なっていたもので、この際その書き足らなかったことをここで付けくわえてみようと思いました。
 このSACDは、「おやぢ」にも書いたように、以前はCDで出ていたものでした。それを今回シングルレイヤーのSACDで再発したのですね。もちろん、一番の関心は、どれだけ音が変わったか、ということです。ただ、録音されたのが1982年というのが、ちょっとした不安をかきたてられるものでした。この時期は、世の中はそれまでのアナログ録音に代わって、徐々にデジタル録音が主流になっていた頃ですから、これはもしかしたらデジタル録音かもしれないのですね。今となっては笑い話ですが、その当時は本気で「デジタル録音の方がアナログ録音より優れている」と信じられていました。なんと言っても、いくらダビングを繰り返しても音が劣化しない、というのが最大の売り物だったような気がします。それは確かにそうなのですが、今となってみれば、元の音は明らかにアナログ録音の方が優れていたのですね。つまり、当時の「デジタル」録音で用いられていた機材は、殆どSONYのPCM-1610(のちにPC-1630)というデジタル・プロセッサーで、そのフォーマットはCDと同じ16bit/44.1kHzだったのですよ。
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 ということは、この頃「デジタル録音」されたものは、すべて16/44.1だと考えていいのですね。ということは、SACDのフォーマットは、PCMに置き換えると24/96程度となるものなのですから、そこにCD並みのフォーマットで録音されたものを入れたとしても、まさに「CD並み」の音しか期待できないことになります。収録時間は伸びますが、音質的にはSACDとしてのメリットは何もないことになってしまいます。実際、このシベリウスのSACDのマスタリングを行ったALTUSというところは、今までにこのような「CD並みのSACD」を数多くリリースして来ていて、そのたびに「SACD並み」の音を期待していたユーザーを裏切ってきているのですね。
 そこで、まずこのSACDのブックレットを隅から隅まで見てみましたが、そこには録音のフォーマットは何一つ書かれてはいませんでした。かつてのCDには必ず「AAD」とか「DDD」といった、元の録音がアナログかデジタル化という表示が入っていたものですが、それすらもありません。ただ、実際に聴いた音からは、かすかにヒスノイズのようなものが聴こえてきたので、たぶんアナログだろうな、という気はしました。しかし、アナログをSACDにした時に感じられるような立体感が全くありません。まあ、それは元の録音のせいなのだろうと思いました。
 しかし、帯にも宣伝の入っていた「伝説のクラシックライブ」という本を読み返してみると、そこには、この録音が「TDKオリジナルコンサートでは最初となるデジタル録音」と誇らしげに書いてあるではありませんか。やはりそうだったのですね。ヒスノイズのように聴こえたのはラインノイズかなんかだったのでしょう。
 そこで「レコ芸」です。「新譜月評」として歌崎さんという方が、同じ時期に出たALTUSとTOKYO
FMのSACDを紹介しているのですが(99ページ)、これについてはしっかり「82年の(アナログ)録音」と書かれていました。かっこ付きというのが、なんかいい加減でいいですよね。
 でも、そもそもはFM放送をカセット・テープで「エアチェック」して満足していたような音源ですから、そんな細かいことを言う必要はないのかもしれませんけどね。データを明記しなかったのは、最初から音に自信がなかったからなのでしょう。

(3/22追記)
「CDにはAADと表記されている」というコメントが寄せられました。ということは、このSACDもアナログのマスターだったのでしょうか。しかし、SACDにはそのようなデータが一切掲載されていないので、真相は分かりません。こちらが、「伝説のクラシックライブ」の原文です。
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by jurassic_oyaji | 2013-03-21 21:42 | 禁断 | Comments(2)
HOLTEN/Venus' Wheel
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Bo Holten/
Flemish Radio Choir
DACAPO/8.226062




1948年生まれのデンマークの作曲家、指揮者のボー・ホルテンは、音楽大学では音楽学とファゴットを学んでいて、現在の仕事である作曲や指揮法は独学で勉強したのだそうです。そもそも音楽という「芸事」自体が、学校教育とは無縁なものなのですから、そういう道も大いにあり得ます。日本の作曲家の中では間違いなくトップクラスにランクされている武満徹だって、作曲に関してはアカデミズムとは全く無縁なのですからね。
ホルテンは、今までに合唱指揮者としては多くの合唱団と関わってきました。まず1979年には、このDACAPOレーベルでもおなじみの卓越した合唱団「アルス・ノヴァ・コペンハーゲン」を自ら創設して、その常任指揮者となります。そのポストを1996年まで務めた後、その年に今度は「ムジカ・フィクタ」という合唱団を創設します。
同時に、世界中の合唱団からの要請にこたえて、1990年から2005年まではイギリスのBBCシンガーズの首席客演指揮者、2008年から2011年まではこのCDで共演しているフランダース放送合唱団の首席指揮者を務めていました。
作曲家としては、古い音楽から新しい音楽まで吸収したうえで、独自の親しみやすいスタイルで曲を作り上げているのでしょう。日本の作曲家だと、信長貴富みたいな感じでしょうか。
このアルバムでは、ほとんどが世界初録音となるホルテンの合唱曲が自作自演で紹介されています。最初の、ゲーテのテキストによる「ローマ悲歌」も初録音、1曲目はチェロの低音に乗って緊張感あふれるハーモニーが古代ローマへの思いを語ります。2曲目はメンバーによるバリトン・ソロが、ローマで出会った女性の肉体をたたえる、ちょっとエロティックな歌を歌います。ちなみに、このタイトルはゲーテ自身のローマ旅行に関連した著作のものですが、代理店(NAXOS)の解説では「ロマンティックなエレジー」と、相変わらず間抜けな「邦題」が付けられています。
クリトゥス・ゴットヴァルトの編曲で、合唱界ではすっかり有名になっているマーラーの「リュッケルト歌曲集」からの「私はこの世に捨てられて」を、ホルテンが編曲したものも、ここで初めて聴くことが出来ます。ゴットヴァルト版よりもあっさりとしたハーモニーの処理で、かなりイメージが変わって聴こえます。さらに、ここではバリトン・ソロが入ります。このソロの比重がかなり高くなっているので、「合唱曲」としてはあまり面白くありません。というより、ここからはゴットヴァルト版が持っていた「深み」が見事になくなっています。
Handel with Care」という、やはり初録音の曲は、タイトルがなかなか笑えます。なんせ「取り扱い注意」という意味の「Handle with Care」のおやぢギャグなのですからね。ホルテンもなかなかのおやぢ、炭火には気を付けましょう(それは「ホルモン」)。なんでも、ヘンデルの没後250年にあたる2009年に委嘱されたそうですが、この年は同時に、チャールズ・ダーウィンの生誕200年と、彼の著作「種の起源」が出版されてから150年という「ダーウィン・イヤー」だったことから、ホルテンはヘンデルとダーウィンをマッシュ・アップすることを考えました。その結果、合唱によってハーモナイズされたダーウィンのテキストに乗って、ソプラノ・ソロがヘンデルの作品たとえば「私を泣かせてください」とか「水上の音楽」などを何の脈絡もなく歌うという、痛快な作品に仕上がりました。
最後の初録音曲は、アルバムタイトルにもなっている「ヴィーナスの車輪(Rota Veneris)」です。中世の作者不詳のモテットに新たなパーツを加え、別のテキストを付けるという手法で出来上がった作品、サンドストレムがパーセルの作品を使って同じようなことをやっていましたね。
演奏は、心なしか雑な感じがします。というより、録音で破綻をきたしているところも見受けられます。このレーベルだったらもっと良い音を、SACDで聴かせてほしいものです。

CD Artwork © Dacapo Records
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by jurassic_oyaji | 2013-03-20 21:50 | 合唱 | Comments(0)