おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2013年 05月 ( 29 )   > この月の画像一覧
WEBER/Der Freischütz
c0039487_20323321.jpg

Christine Brewer(Agthe), Sally Matthews(Änchen)
Simon O'Neill(Max), Lars Woldt(Kasper)
Colin Davis/
London Symphony Chorus & Orchestra
LSO LIVE/LSO0726(hybrid SACD)




サー・コリン・デイヴィスは、この4月に85歳で故人となられました。最後のポストとなったロンドン交響楽団の首席指揮者・総裁として、このLSO LIVEレーベルからは50枚近くのSACDをリリースしてきましたが、その最新のものが、この、2012年4月に録音された「魔弾の射手」です。実は、それよりもっと新しい、同じ年の6月に録音されたベルリオーズの「レクイエム」は、すでに市場に出回っています。はたして、それ以降に録音されたものは残っているのでしょうか。
ウェーバーの「魔弾の射手」といえば、「最初のドイツ・オペラ」として有名な作品ですが、序曲や第3幕で歌われる「狩人の合唱」などが独立した曲として親しまれている割には、オペラ本体はそれほど頻繁に上演されているわけではありません。でも、序曲の中に登場するテーマが、物語の中では何度も聴こえてきますから、初めて聴いた人でもある意味「デジャブ感」によって簡単に入って行けるのではないでしょうか。ただ、冒頭のホルン四重奏による本当に有名なテーマは、いくら待っても出てきませんからご用心。
ただ、「オペラ」とは言っても、この作品はモーツァルトの「魔笛」と同じように、「ジンクシュピール」という、普通のセリフの間に音楽が挟まっている形をとっています。この辺がイタリア・オペラとの最大の違い、あちらはレシタティーヴォ・セッコとして全てのセリフを歌にしていますが、ドイツ人にはそんなことはちょっと恥ずかしくてできなかったのでしょうか。セリフはセリフ、歌は歌、ときっちり分けたい性分なのかもしれませんね。
という、ある意味この作品のキャラクターであるセリフが、このSACDではすべてカットされています。いや、そもそもこのライブ録音の元の演奏自体が、コンサート形式ということもあってセリフの部分はカットしていたのですよね。確かに、セットの中で衣装を着た人たちがセリフをしゃべっているのなら分かりますが、燕尾服を着た人が譜面台を前にしてセリフというのは、かなり恥ずかしいものなのでしょう。その代わり、コンサートでは英語のナレーションが入っていたそうですが、それもSACDではカットされました。
そうなると、本来は物語の進行がセリフで語られているので、歌だけを聴いているとあまりの唐突な展開に戸惑ってしまうことでしょうが、それは「お約束」ということで、前もってきちんとあらすじなどは頭に入れておく必要があります。なんたって、クラシックを聴くときには、それなりの「予習」が必要なのですから。
ですから、逆にこのような録音では、物語にとらわれずに純粋に音楽を楽しむことが出来ることになります。素朴な、まるで民謡のような有節歌曲から、本格的なアリア、さらには合唱と、振れ幅の大きな音楽が目白押しですから、対訳を見なくても十分に楽しめるはずですよ。
ここでは、コンサートということで、かなりの大人数の合唱が用意されています。正規の団員以外のメンバーも加えた120人の合唱は、それはものすごい重量感で、オペラハウスではなかなか味わえない迫力を届けてくれます。「婚礼の合唱」や「狩人の合唱」はまさに聴きものです。
ソリストでは、マックス役のオニールが伸びのある声でさすがですし、カスパー役のヴォルトが巧みな表現を聴かせてくれています。それに比べると、女声たちはちょっと張り切り過ぎて音程がヤバくなっていたりして、いまいち、これはライブならではの疵でしょうか。
録音は、今までのこのレーベルの音から一皮むけて、アナログ的な生々しさが加わったものになっていました。最近では「high density DSD」というクレジットが見られるようになりましたが、これはおそらくサンプリング周波数がSACDで使われている2.8MHzではなく、その倍の5.6MHzDSDということなのでしょう。まさに最強のスペックで、何のストレスもない素晴らしい音が楽しめます。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-31 20:45 | オペラ | Comments(0)
Geegle
 「あまちゃん」の快進撃は続いています。もうやることなすことが、すべて決まって、どんどんエネルギーが貯まっていく、という感じですね。これが、すべての点で墓穴を掘っていた前回との違いなのでしょう。最近の小技では、ビールの缶に「旬生」とあったのはウケましたね。NHKだから商品名は出せない、という「掟」を逆手にとっての暴れっぷりは爽快です。そう言えば、最初の頃に「Yokatube」というのもありましたね。
 そして、今日も新たな小ネタです。
c0039487_2242756.jpg

 7時半の回を見た時には、当たり前に「Google」だと思って気にもかけなかったのですが、NHKでそれはまずいだろう、と思い直して、8時の回をみたら、やっぱりこんなうれしいことをやってくれていましたからね。これは当然「ジェーグル」でしょう。
 ただ、視聴率ランキングは、「あまちゃん」の独走だと思っていたら、いつの間にか「ガリレオ」が割り込んできて、なかなかのデッドヒートを展開するようになってきました。どちらの番組もお気に入りなので私としてはとてもうれしいのでがね。でも、やはり「ガリレオ」の台本の粗さというか、テレビならではのいい加減さが、ちょっと目立つような気がしないでもありません。あの、毎回の数式を書きなぐってポーズをとる、というパターンは、なんとかならないのでしょうか。ところで、先週の「烏天狗」では、宮司さんは結局どうなってしまったのでしょう。
 そんなことを言ったら、「あまちゃん」だって穴がないわけではありません。そもそもアキちゃんが登場した時にすでに「天野アキ」になっていましたが、その時点ではまだ両親の離婚は成立していなかったので、本当は「黒川アキ」のはずですからね。まあでも、そんないい加減なところも許せるだけの勢いが、この作品にはあるということなのでしょう。
 「勢いがあるから許せる」というのは、音楽の場合にもあてはまります。最近は原典版の楽譜がしっかり出回るようになって、確実に作曲家が意図したことが伝わるような下地が整ってきつつあります。ですから、楽譜に正確な演奏を心がけるための材料には、事欠きません。ものによっては、作曲家の自筆稿のファクシミリがネットで簡単に見ることが出来たりしますからね。
 ただ、楽譜というのはあくまで設計図に過ぎないわけで、それを実際に組み立てて形のあるものにするのは演奏家の仕事、つまり、演奏家には楽譜に音楽としての「命」を吹き込む役割を任されているのです。ですから、なによりも大切なのはそこに込める「勢い」なんですよね。音楽全体の「流れ」から来る「勢い」を殺がれる場合には、楽譜に少しぐらい背いても許されます。大切なのはそのような「勢い」から生まれる得も言われぬ「熱気」です。魂のほとばしり、と言ってもかまわないかもしれません。それさえあれば、その演奏は間違いなく「感動」を呼び起こすことでしょう。
 例えば、今私が取り組んでいるヴェルディの「レクイエム」の、最後の最後、ヴォーカル・スコアだと、「Libera me」の最後から4ページ目から始まる、最後の盛り上がりを導くための「Dum veneris judicare」で始まるベースと他の3パートとの掛け合いの場面です。
c0039487_2244224.jpg

 ご覧のように、ベースは4拍目の裏から始まり、それと同じ音形を上の3パートが受けているのですから、そこも本当は「裏」から入らなければ「楽譜通り」ではありません。赤枠の部分では、本当はパートによって音が半拍ずれるはずなのですよ。しかし、そんなチマチマしたことに気を取られていては肝心の「流れ」が滞ってしまいますから、ここは全員4拍目の頭で揃えましょう。そのような「豪快な」やり方で「感動」をもぎ取ろうというのが、今回のヴェルディなのですからね。せめて、楽譜に書いてあることぐらいはきちんと守って歌いたいな、などと思っている人には、そんな「感動」を味わう資格はありません。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-30 22:05 | 禁断 | Comments(0)
PENDERECKI/Piano Concerto・Flute Concerto
c0039487_20444971.jpg

Barry Douglas(Pf)
Lukasz Dlugosz(Fl)
Antoni Wit/
Warsaw Philharmonic Orchestra
NAXOS/8.572696




おなじみ、ヴィットとワルシャワ・フィルによるペンデレツキ、今回は割とメジャーな、ということは、すでにほかの録音があるピアノ協奏曲とフルート協奏曲とのカップリングです。まずは例によって「帯」についてのツッコミから。ここではピアノ・ソロはバリー・ダグラスというバリバリに有名なアイルランドのピアニストですが、フルーティストに関しては全く聞いたことのない名前、ポーランド生まれといいますから、それっぽいスペルで表記されています。実はここに書いた「L」は、文字に斜め線が入ったPCでは下手をすると文字化けしてしまうポーランド語特有のアルファベットなのですよ。これは「エル」ではなく「エウ」という文字で、英語の「W」に近い音の子音です。ですから、このフルーティストの名前は決して「帯」に書かれているように「ルーカス」などと呼ばれることはなく、「ウーカシュ」という、ほとんど別人の名前のように発音しなければなりません。フルネームだと「ウーカシュ・ドウゴシュ」ですね。確かに、さるフルートメーカーのサイトに、この帯のような「ルーカス・ドゥルゴスツ」という表記が見られますが、別の、もっと信頼のおけるメーカーでは、ちゃんと「ウーカシュ・ドウゴシュ」となっていますから、これはそんないい加減な表記を信用した担当者の完全なミスですね。
「帯」への突っ込みは続きます。ここで担当者は、ピアノ協奏曲でこのチャイコフスキー・コンクールでの優勝者がペンデレツキなどを演奏していることにさも意外なフリをしていますが、実は、彼がこの曲を演奏したCDは、すでに2003年に録音されているのですよ。このサイトでもこちらで現物を紹介しているぐらいですから、プロである帯原稿担当者がこれを聴いていないわけはないのですね。ただ、この時には改訂前のものを演奏していたものが、今回は2007年に改訂された楽譜を使っています。プロならば、むしろそのあたりきっちり押さえるべきなのに。
手元に楽譜があるわけではないので、初稿と改訂稿の違いを正確に語ることは不可能ですが、とりあえず耳で聴いただけではっきり分かる違い、それも、かなり重大な変更があることは確認できました。それは、曲の大詰め近く、今回のCDではトラック8の「Andante maestoso」の終わりの部分です。ここでは、まるでチャイコフスキーの「1812年」のクライマックスのように、ロシアの聖歌のようなものが壮大な盛り上がりを見せるのですが、初稿ではそのあとに前もって録音されていたたくさんの鐘の音が鳴り響きます。ところが、改訂稿ではその部分がスッパリとカットされているのです。ペンデレツキとしては、つい調子に乗ってすっかりチャイコフスキーの世界に入り込んでしまったのでしょうが、あの鐘の音があったのでは、あの部分がもろ「1812年」のパクリであることが誰にでも分かってしまいますから、冷静になった時にこれではいくらなんでもまずい、と気が付いたのでしょう。これは、とても賢明な判断でした。今さらそんなことにこだわってどうするのだ、と言う気もしますがね。
そして、そのあとも、初稿ではこれももろラフマニノフのパクリである冒頭のテーマが現れて、そのまま終わるのですが、改訂稿ではそのあともうひとくさり、いかにも深い情感をたたえたように聴こえる部分が演奏されてから終わっています。
フルート協奏曲の方は、1992年にランパルのソロによって初演されています。実は、この曲は、「なんと」このNAXOSレーベルにすでに1997年にペトリ・アランコによって録音されたものがあるのですね。今回の「ドウゴシュ」の演奏は、アランコ盤とは録音のポリシーが全然異なっていて、ソロや、それに絡む別の楽器がとてもはっきり聴こえますから、同じ曲なのに全く別の味が楽しめます。「帯」の担当者は、自社製品なのにきっとこのアランコ盤(8.554185)は聴いたことがなかったのでしょう。
c0039487_20472860.jpg


CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-29 20:48 | 現代音楽 | Comments(0)
指揮者練習
 最近、我が家のマンションの駐車場に燕が何羽か飛びまわっているようになりました。雨模様の時などは、まさに「黒く曇天の下を飛び交って」いるというわけです(男声合唱ファンだったら、分かるはず)。そうしたら、管理人さんが、「燕の巣にご注意ください」などという張り紙を掲示するようになりました。どうやら、ゴミ捨て場の天井に付いている蛍光灯の裏側に、巣を作っているようなのですね。ゴミを捨てに行った時などに、急に燕が飛び込んできたりしますから、気を付けろ、ということなのでしょう。今朝、その蛍光灯を見てみたら、確かに巣らしきものが出来つつありましたので、写真に撮ってみました。もちろん、新しいNEX-6を使って、です。
c0039487_23242015.jpg

 これから、雛などが顔を出すようになるのでしょうかね。無事に育ってくれればいいのですが。
 この前の週末は、ヴェルディの合唱が初めてオーケストラとの合わせをやることになっていました。まず土曜日は、指揮者がオケだけの練習をやっているので、その時間に合唱団の団長が細かいところの練習をすることになっていました。でも、その予定が決まったのが間際だったので、参加者はかなり少ない状態でしたね。テナーなどは半分もいなかったのではないでしょうか。結局、そこでは、「なんで今さら」というような、お粗末なところが露呈されてしまったのですが、これは今までやるべきことをやっておかなかったツケが回って来た結果なのですから、どうしようもありません。
 それから、歩いても行けるほどのところにある市民センターに、みんなで移動することになります。私は車で来ていたのですぐ向かいの駐車場に車を置いて、会場の前に行くと、なんだか、リクルート・スーツに身を固めた真っ黒な一団がそのあたりにたむろしていました。このそばで就職セミナーでもあったのかな、と思っていると、その一団はみんなその市民センターに入っていきます。中には楽器ケースを持った人もいるので、どうやら一緒にヴェルディを演奏する大学のオーケストラの人たちだったようですね。みんな、たまたま就活の帰りだったのでしょうか。揃いも揃って。
 ところが、次の日も、今度はエルパークのシアターホールでやはりオケ合わせだったのですが、その時も全員ダークスーツ姿だったのですよ。中は暑いので、みんな上着は脱いでますが。
c0039487_2324296.jpg

 どうやら、これは「たまたま」着てきたわけではなく、この練習のために「わざわざ」スーツを着た、という気がしてきました。そこで、団員の一人に聞いてみたら、やはり、「先生がいらした時には、みんなスーツを着ることになっているんです」という答えが返ってきましたよ。そうなんですね。学生オケの間では、そんな風習というか伝統みたいなものがあったのですね。私は学生オケで演奏した経験は全くありませんから、そんなことは全然知りませんでしたよ。
 そこで、学生オケ出身の人がたくさんいるFacebookの友達に向けて、「どうなんですか?」という書き込みをしてみました。そうしたら、「昔はそんなことはなかった」とか、「かつて、指揮練では正装という伝統があったが、今は自然消滅している」とか、いろいろな情報が寄せられました。ということは、別にこれは世の学生オケすべての風習ではなく、単にこの団体に限ったことのようですね。でも、そこの最近の卒業生まで「悪しき習慣です」と言っているぐらいですから、どうなのでしょう。
 私は、正直、これは実に気持ちの悪い光景のように感じてしまいました。というか、今の若者がこんなヘンなことに神経を使うなんて、信じられない思いです。なんか、敬う対象を間違えているのでは、と思うのですが、どうでしょう。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-28 23:23 | 禁断 | Comments(0)
WAGNER/Organ Fireworks
c0039487_20585234.jpg




Hansjörg Albrecht(Org)
OEHMS/OC 690(hybrid SACD)




ワーグナーの作品をオルガンで演奏しようというアルブレヒトの企画、今回は以前の「リング」に続いて、ワーグナーの舞台作品の序曲や前奏曲を集めて一つの作品のように聴かせるという、ユニークなものでした。ちょっと変則的な交響曲のような5楽章の構成で、第1楽章は「Introduktion」で「タンホイザー」序曲、第2楽章は「Adagio」で「パルジファル」前奏曲、第3楽章は「Scherzo」で「オランダ人」序曲、第4楽章は「Intermezzo」で「トリスタン」前奏曲、そして第5楽章は「Finale」で「マイスタージンガー」前奏曲という割振りです。まあ、なんとなく分かるような、分からないような当て方ですが、このようなアイディアはアルブレヒト自身のものなのでしょう。
彼のアイディアはもう一つあって、ライナーの中では、なんとアルブレヒトとワーグナーとの「対談」が実現しているのですから、驚きます。「今のオルガンの技術はすごいですよ!」みたいなことを「巨匠」と語っているのですからね。
そのライナーのトラックリストを見て気になったのが「WWV」という文字です。ホームページじゃないですよ(それは「WWW」)。おおかた察しがつくはずですが、これはワーグナーの作品番号ですね。「Wagner-Werk-Verzeichnis」の頭文字をとったもので、最近新しく録音されたCDではよく見かけられます。実際は、ジョン・デスリッジ、マルティン・ゲック、エゴン・フォスという3人の音楽学者にはよって編纂され、1986年にSchottから出版された「Verzeichnis der musikalischen Werke Richard Wagners und ihrer Quellen(リヒャルト・ワーグナーの音楽作品の目録と、その資料)」という書籍に掲載されている作品リストで、作曲年代順に番号が付けられています。文字通り、ここにはワーグナーが作ったすべての曲が収められていて、その数は全部で113曲にも上ります。しかも、「リング」などはそれだけで「WWV86」と一つの番号、それぞれの作品は86aから86dとなっていますから、今普通に上演されるオペラだけでは番号は10個もないことになります。他の作品がそんなにたくさんあったのですね。せっかくのワーグナー・イヤーなのですから、そんな「オペラ以外」の作品の全集みたいなものを作るレーベルがあってもいいのでしょうが、今のところ、そんな話は聴こえては来ません。WWV113は児童合唱なのだそうです。ぜひ聴いてみたいものです。
ということで、WWV63の「オランダ人」からWWV111の「パルジファル」までが並んでいるわけですが、実際にそれぞれの曲の編曲を行ったのはアルブレヒトではなく、20世紀初頭にアメリカで活躍したイギリスのオルガニスト、エドウィン・ヘンリー・ルメアと、ブルックナーのオルガン曲(オリジナルと編曲)を演奏したCDなどをリリースしている現代のオルガニスト、エルヴィン・ホルンの2人です。誰がどの曲の担当なのかまでは分かりませんが、「パルジファル」あたりはちょっとセンスが違うような気がするので、もしかしたらホルンさんの仕事なのかもしれません。
確かに、この「アダージョ」は、編曲も演奏もとても素晴らしいもので、比較的珍しい曲ですので、コアなワーグナー・ファンでなければ、最初からオルガンのために作られたものだと思うかもしれないほど、オルガンに馴染んでいます。聴きなれた人でも、ここからまるでフランクのオルガン曲のような味わいが感じられて、驚かされるかもしれませんよ。
ただ、その他の曲は、やはり本来のオーケストラ・バージョンをなぜわざわざオルガンで聴かされなければならないのか、という思いについかられてしまうような、ありふれた、というか、ちょっとインパクトに欠けるものでした。トランペットの合いの手は、いったいどこに行ってしまったのだろう、とか、有名な曲ならではの辛さがつい露わになってしまいます。
それと、相変わらず「帯」の校正はいい加減。
c0039487_2102221.jpg


SACD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-27 21:00 | オルガン | Comments(0)
かやの木本番
 きのうはヴェルディの「レクイエム」を、3時間立ちっぱなしで歌うという非常に過酷な体験をして、もう足はパンパンでした。久しぶりに朝起きたら立ちあがれないほどでしたから、相当のダメージだったのでしょう。でも、今日は「かやの木コンサート」ですから、そんな体調でも休むわけにはいきません。もう朝から受付の準備とか、コンサート会場に設置するテントの業者への指示など、休む暇もありません。
 今まで、このコンサートの時にはなぜかお天気が良くて、カンカン照りの中を耐えて聴いているお年寄りなどの姿を見ていましたから、もう少し快適な環境を、と、今年はもう一張テントを増やすことにしました。そうすれば、客席を全部カバーできるはずです。
 前もって測っておいたので、3つのテントはピッチリ駐車場の中に収まりました。

 と、だれかが、「トラックが出られねえっちゃ」と言い出しました。たしかに、椅子やらテントを載せてきた、かなり大きなトラックが、テントの奥に置かれたままです。このままでは絶対に出られません。なぜ、今まで誰も気が付かなかったのか不思議ですが、プロでもこんな間抜けな間違いを犯してしまうこともあるのですね。

 でも、さすがはプロ、テントを解体することはなく、巧みに空いたところにテント全体を移動して、なんとかトラックが通れるようにしてしまいましたね。お見事。ただ、そんな無駄なことをやっていたので、設営は大幅に遅れてしまい、金管のメンバーもそろそろ集まってしまいました。

 リハーサルがはじまる頃には、本来の行事のお客さんも来始めますから、私は受付の体制に入ります。お土産用に用意した4色のポットを窓口に置いておいて、希望する色のものを持って行ってもらおうというのですね。しかし、予想していたことですが、「4色の中からお選びください」と言うと、みんな一様に迷い始めるのですね。でも、そんな、いつもと違うことをやっているのに、みんなは新鮮な思いを持ったことでしょう。予想外のこともありました。「わたし、これが良い」と言って、箱から出して見本に置いてあった裸のポットを持って行こうとする人がかなりいるのですね。そのたびに、「それは、サンプルですので」と言って、箱入りのと交換してやらなければいけませんでした。まあ、今後は、もうこんなことをすることはないでしょう。ちなみに、最も希望が多かった色はブルーでした。
 コンサートの本番は、Hさんの軽妙なMC(楽器紹介が、受けてました)もあって、お客さんには楽しんでもらえたのではないでしょうか。

 私にはそのあとまだ予定が残っていて、ヴェルディのオケ合わせの2日目です。今日の会場はエルパークのスタジオホール、ニューフィルで何回か使ったことがありますが、オケだけでも窮屈だったのにそこに合唱が入るのですから、きのう同様合唱用の椅子などはとても置くことはできません。2日連続で、合唱団員は苦行に耐えなければいけませんでした。いや、正直な話、そんなのんきなことを言っている場合ではないのではないか、という気がしませんか?本番ならまだしも、練習の時に、合唱団が座る椅子を用意しないというのは、はっきり言ってあり得ないことです。普段の合唱団だけの練習の時に、椅子を使わないでずっと立ちっぱなしのままなんていう合唱団なんて、お江コラぐらいしかないんじゃないでしょうか。オケ合わせの時は、普通の指揮者だったら合唱団を座らせてオケだけの練習をする、と言う場面も数多くあるはずですからね。もちろん、仙台ニューフィルも、合唱団とは何度も共演していますが、椅子を用意しなかったことなど一度もありません。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-27 00:12 | 禁断 | Comments(0)
WAGNER/Der fliegende Holländer
c0039487_22425231.jpg
Dietrich Fischer-Dieskau(Holländer)
Marianne Schech(Senta), Gottlob Frick(Daland)
Sieglinde Wagner(Marie), Friz Wunderlich(Steuermann)
Franz Konwitschny/
Staatskapelle Berlin
BRILLIANT/94664




今まで幾度となく再発が繰り返されていた旧東ドイツのレーベル、「VEB Deutsche Schallplatten Berlin」原盤の「オランダ人」が、ついにBRILLIANTから発売されてしまいました。まとめ買いをすると、この2枚組の全曲盤が税込911円で買えてしまうのですから、まだ聴いたことがなければ手が伸びてしまうのは当然のことです。なにしろ、フィッシャー・ディースカウがオランダ人を歌っているというユニークなキャスティングですからね。
これが録音されたのは1960年、さっき書いたこのレーベルは、当時の東ドイツの唯一のレコード会社、つまり、国営企業でした。頭にある「VEB」というのが、そのことをあらわす「Volkseigener Betrieb(人民公社)」の略号ですね。つまり、企業の名前としてはその後の「Deutsche Schallplatten Berlin」ということになるわけで、多くの場合「Berlin」は省かれて単に「Deutsche Schallplatten」と呼ばれていて、それがレーベル名にもなっています。「ドイツ・レコード」ですね。そんな風に言う人は誰もいませんが(「このレコード、どいつんだ」「おらんだ」とか)。ところが、日本ではなぜか「VEB」がレーベル名だと思っている人が多いのですね。何か別の言葉の略号だと勘違いしているのでしょうが、これはとてもみっともないことです。
もちろん、現在はこの企業は存在していません。ここが保有していた音源は、基本的には「Berlin Classics」というところが引き継いでいるのでしょうが、こんな風に流れ流れてBRILLIANTからリリース、などというケースも出てくることになります。
そんな素性ですから、音はあまり期待できないのでは、と思って聴き始めたら、これが意外に素敵な音だったのにはちょっとびっくりしてしまいました。確かに、いい加減なマスタリングでオーケストラなどはちょっとキンキンした音になっていますが、これは最近の大レーベルのCDでもありがちなことで、もしきちんとしたマスタリングを施したSACDで聴けば、さぞ素晴らしい音なのだろうな、と思えるような音だったのですね。歌手の声などは、ヘタなCDよりずっと存在感が感じられますし。
実は、このレーベルは音に関しては昔から定評がありました。大昔ですが、わざわざ2トラサンパチのオープンリールにして販売されていたほどですから、かなりハイグレードのオーディオファイルの鑑賞にも耐えうるクオリティを持っていたわけです。その片鱗を、こんな格安なCDでも味わえるのは、とても幸せなことでした。
さらに、これはスタジオ(ベルリンのグリューネヴァルト教会)でのセッション録音で、音場設定などにもかなり配慮されていることも良く分かります。それこそ、同じ時代のカルショーのDECCA盤を彷彿させるような、人物の動きまでがきちんと分かるような録音ですから、嬉しくなってしまいます。
そして、なんと言ってもキャストが豪華。なんせ、ヴンダーリッヒが「舵とり」の役なのですからね。最初に出てくるモノローグは絶品、この役はここしか出番がないと思っていたのですが、最後の方にももう一声堪能できる場所があることを、初めて知ったぐらいの、ものすごい存在感です。同じテノールの役であるエリックが、なんとも情けなく聴こえてしまいます。
そして、フィッシャー・ディースカウの「オランダ人」の登場です。いやあ、これはものすごい「オランダ人」、おそらく、彼はこの役の「不気味さ」を出すために、あえて少し抑えた歌い方をしていたのでしょうが、それでもなおかつとてつもない感情のほとばしりが伝わってきます。往年の名ソプラノ、マリアンヌ・シェヒのゼンタが聴けるのもうれしいことです。
ベルリン・シュターツオーパーの合唱団は、ことさら荒っぽい歌い方を強調していますし、オーケストラの管楽器も今では聴けないような骨太の音色で力強く迫ります。それらはコンヴィチュニーの武骨な音楽と見事にマッチして、言いようのない迫力を放射しています。

CD Artwork © Brilliant Classics
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-25 22:44 | オペラ | Comments(0)
かやの木コンサート
 毎年私の職場では、今頃になると境内で小さなコンサートが開かれます。たくさんお客さんが集まる催し物のアトラクションとして国の天然記念物に指定されている「マルミガヤ」という大きな木のすぐ前でやるので、「かやの木コンサート」と呼ばれています。というか、そういう名前を付けたのは私なんですけどね。最初のうちは私も混ざって「仙台フルートの会」というところがフルート・アンサンブルを演奏していましたが、いろいろなつながりから、ハワイアン・バンド、マリンバ・ソロ、和太鼓、さらには南米のパラグアイ出身のアルパ奏者まで、色んなグループが登場するようになりました。去年は、津軽三味線でしたし。そう言えば、合唱も私が入っていた男声合唱団が出たことがありましたね。本当は、愚妻が入っている合唱団にもお願いしたかったのですが、それは愚妻から強硬に反対されたので、実現はしていません。
 私としては、だいぶ前からニューフィルの人たちに演奏してもらいたいと思っていました。ただ、屋外ということもあるので、やはり管楽器の方が音の通りはいいので、管楽器のアンサンブルなんかはどうかな、と、ずっと考えていました。でも、なにしろみんな忙しい人たちばかりですから、それも大変だな、と、なかなか具体的にお願いするところまではいきません。そんな時に、金管のメンバーがアンサンブルの演奏会を開くというので、その流れで出てもらうことは出来ないかな、と、打診してみたら、少人数ならなんとかできそうだということで、ついに今年のコンサートは、ニューフィルの金管アンサンブルの出演が実現することになりました。
 やがて、メンバーや曲目も決まり、そのリハーサルを、コンサート会場のすぐ前の会館、つまり、以前ニューフィルが練習に使っていた大広間で行うことになりました。それがきのうの夜のこと、私は、鍵だけ開けておいて、リハーサルが終わる頃にまた行って鍵をかけて帰る、という段取りです。
 私が行った時には、ちょうど全部の曲を曲順に通しているところでした。
c0039487_21375446.jpg

 これは、Facebookに載せたのとはちょっと違う写真です。とても和やかにリハは進められていました。リーダーのHさんの的確な指示で、細かいところがどんどん良くなっていきます。これが最初の合わせのはずですが、演奏は完璧、さすがです。なんか、ものすごいものを目の当たりにしている感じ、これが、ニューフィルの土台を支えている金管セクションの実力なんですね。これで、あさっての本番は成功間違いなし、きっと、お客さんは大満足のことでしょう。
 その日は、私はいつものように会場のセッティングや受付で忙しく動き回っているはずです。そこで、お客さんに渡すお土産の準備も、すっかり整いました。
c0039487_21381170.jpg

 今年用意したのは携帯ポットなのですが、なぜか色が4種類届いてしまいました。最初は無作為に袋に詰めて、そのまま持って行ってもらおうとも考えましたが、せっかくなので見本を4つ並べておいて、好きな色を持って行けるようにしてみました。まあ、その場の混雑具合でどうなるかは分かりませんが、早く来た人には確実に色を選んでもらえるはずです。あとは成り行き次第、どの色が先になくなるか、興味がありますね。ただ、中にはどの色が良いのか選べないでマゴマゴしている人が必ずいるはずですから、そういう人には迷う前にこちらから渡してしまう、というようなテクニックも必要になってきますね。全く初めての試みなので、いったいどうなることやら。
 あ、その、日曜日の2時からのコンサートは誰でも聴けますから、ご都合がよろしい方はぜひ。お土産は出ませんが。 
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-24 21:38 | 禁断 | Comments(0)
MENDELSSOHN, A./Choral Works
c0039487_20115680.jpg



Frieder Bernius/
SWR Volkalensemble Stuttgart
HÄNSSLER/SACD93.293(hybrid SACD)




メンデルスゾーンの無伴奏合唱曲を集めたアルバムですが、有名な「おお、ひばり」などは入っていません、なんてね。実は、「メンデルスゾーン」とは言っても、あのフェリックスではなく、アルノルト・メンデルスゾーンという人の作品集なのでした。もちろん、そんな珍しい名前ですからフェリックスに関係がないわけではなく、ご想像通りの同じ一族のメンバーです。正確には、フェリックスの父親の弟(叔父さん)の孫ですから、いとこの子供、こういうのはなんというのでしょう。少なくとも、代理店のインフォに登場する「はとこ」でないとこだけは確かです。
常々思うのですが、音楽家の名前というのは、なんと特徴的なことでしょう。つまり、現在普通に見られる名前で、有名な作曲家と同じ名前の人は異常に少ないのでは、と思うのですが、どうでしょう。メンデルスゾーンさんも、だいぶ前にウラジーミル・メンデルスゾーンというヴィオラ奏者を見かけたら、やはりその方はこの一族の子孫でしたしね。あとは、「ブラームス」さんも珍しいのでは。映画監督でヘルマ・サンダース=ブラームスという人がいますが、この人だってやはりあの「ブラームス」の子孫なのだそうです。「モーツァルト」なんて名乗る人がいたら、絶対に関係者だと思ってしまいますしね。
日本人でも、作曲家にしかいないような珍しい名前がありますね。「伊福部」とか「黛」とか、最近では「佐村河内」なんて、読み方すらわからないようなのもありますし。でも、日本人の場合「山田」とか「佐藤」、「高橋」といった、ごくありふれた名前もありますから、許しましょう。
アルノルトが生まれたのは1855年ですから、マーラーが生まれる5年前ですね。すでにフェリックス・メンデルスゾーンは8年前に他界していて、世の中は「後期ロマン派」へ向かおうとしていた頃です。
彼は、最初は法律家を目指しますが、後に音楽家への道を進み、フランクフルトの音楽院の教授なども務めます。この時の生徒の一人に、パウル・ヒンデミットがいたそうです。作品は、オペラや交響曲などそれなりにあるようですが、メインは教会音楽のようですね。
この特徴的なデザインのジャケットでおなじみのSWRヴォーカルアンサンブルの作曲家シリーズは、確かずっと芸術監督のマルクス・クリードの指揮で録音されてきていたはずですが、今回は重鎮、フリーダー・ベルニウスの指揮です。ここで彼が選んだアルノルト・メンデルスゾーンの作品は、「ドイツ・ミサ」と、「宗教的合唱音楽Geistliche Chormusik」です。
「ドイツ・ミサ」は、文字通りドイツ語によるミサ曲。ラテン語の典礼文をそのままドイツ語に訳したテキストが使われています。「Gloria」は「Ehre sei Gott in der Höhe」、「Credo」は「Der christliche Glaube」といった具合です。ただ、「Sanctus」に相当する「Heilig」では、最初の方に見慣れないテキストが入っていたり、「Christe, du Lamm Gottes(=Agnus Dei)」のあとにもう1曲「Schlußgesang」が加わっています。これはもう、もろルネサンスあたりの音楽をリスペクトしていることがすぐ分かる、対位法を前面に押し出した作品です。
「宗教的~」の方は、タイトルからも分かる通り、シュッツの作品の精神をその時代に再現したような仕上がりです。なんでも、シュッツはアルノルトのアイドルなのだとか。ここでは「待降節のモテット」、「クリスマスのモテット」、「公現祭のモテット」の3曲が演奏されていますが、それぞれ合唱、ソリ、コラールなどが組み合さわれていて、楽しめます。「待降節」では、バッハでおなじみのコラールが、その時代からバロックを眺めているような装飾が施されて、この作曲家の立ち位置が明確に示されています。
この合唱団の硬質のサウンドが、何のストレスもなく伝わってくる素晴らしい録音、やはり、合唱はSACDでなくては、と、痛感させられる音でした。

SACD Artwork © SWR Media Services GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-23 20:14 | 合唱 | Comments(0)
新しいカメラ
 新しくカメラを買うことになって、機種も決定、いざお店で買おうと思ったら、あまりに価格が高かったので、ネットで買おうと決めたのが、これまでのあらすじでした。なんたって2万円の違いですからね。これは大きいです。そこで、AMAZONに注文したら、それはカメラのキタムラの扱いになっていました。なんでも、香川県から発送するそうで、こちらに着くまでに1週間以上かかりそうな予定を言ってきましたね。ヘタしたらもっとかかってしまいそう。そうなると、来週の「かやの木コンサート」に間に合わなくなってしまうかもしれません。どうせ買うのなら、なんとしても、このイベントではちゃんとしたカメラを使いたいと思っていましたから、これは困ったことになりました。
 宅急便の追跡番号があったので、それで追跡してみると、その香川のお店からは、すぐ発送されているようでした。しかし、それから先が、何度見に行っても先に進む気配がありません。どこかで荷物が迷子になっているのでしょうか。あるいは、瀬戸内海にトラックが沈んでしまったとか。
 そうしたら、いきなりきのうの朝になって「配達中」なんて表示になっていました。朝の7時からもう配達に回っているんですって。結局、お昼前には手元に届きましたね。これは、あちらが言ってきた配達予定日の最も早い日よりも1日早いタイミングでした。
 さっそく、それを持って練習に行きます。最初は降り番だったので、指揮者の姿なんかを撮ってみました。これが新しいカメラでの最初の記念すべきショットです。
c0039487_21461920.jpg

 今度のカメラはファインダーが付いていますから、構えがとても安定します。というか、昔はみんなこういうカメラだったのに、デジカメが普及すると、カメラを腕だけで支えなければならない不思議なスタイルが当たり前のようになってしまいました。あの姿勢で手ぶれをさせずに望遠をきちんと撮るのは至難の業です。でも、これだと、難なく指揮者のアップもきれいに撮れました。これがフルサイズです。
c0039487_21465651.jpg

 今私の手元にあるカメラを並べてみました。左からF30、F300EXR、そして最新のNEX-6です。実は、今まで使っていたコンデジは、2年半前に買ったものでした。真ん中のやつですね。その前までは左のF30を使っていたのですが、画素数が多いのが欲しくなって買い替えました。でも、なんだか画質自体は、この古いコンデジの方が良いような気が、ずっとしていたんですよね。今でも、私が乗っている演奏会などを、このカメラを他の人に貸して撮ってもらったりしているのですが、そのたびに、性能がいいはずの新しいカメラより間違いなくきれいな写真が撮れているので、ずっと不思議に思っていました。
 今回、スペックを見直してみて、やっとその謎が解けました。
F30:画素数=630万 撮像素子=1/1.7型
F300EXR:画素数=1200万 撮像素子=1/2型

 「新しい」機種は、画素数が倍になっているのに、センサー(撮像素子)の大きさは小さくなっているのですよ。つまり、画素一つあたりの面積は狭くなっているということ、これでは、画像が汚くなるのは当たり前です。
 そして、今度買ったのは、画素数は1600万でセンサーははるかに大きなAPS-Cタイプですから、さらにきれいになっているということです。実際に、パソコン上で100%の画像(72dpi)を比べてみてください。
c0039487_21473421.jpg

↑F30

c0039487_21475263.jpg

↑F300EXR

c0039487_2148834.jpg

↑NEX-6

[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-05-22 21:48 | 禁断 | Comments(0)