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RIMSKY-KORSAKOV/Scheherazade
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Leopold Stokowski/
London Symphony Orchestra
DECCA/4787667(LP)




UNIVERSALDECCA部門では、今までに録音を売り物にしたCDのボックス・セットを何種類か出していました。それは「DECCA SOUND」というのが2巻、「MERCURY LIVING PRESENCE」というのがやはり2巻です。それらは40枚以上の、紙ジャケットでオリジナル・ジャケットを再現したCDと、さらにはそれぞれ6枚組のLPボックスとがセットになっていました。もちろん、LPはジャケットからレーベルまでオリジナルを忠実に復刻したものです。
今回、同じような規格で「フェイズ4」が、やはり40枚組のCDと、6枚組のLPとが同時期に発売になりました。タイミング的にはCDの方がリリースは先だったのですが、ちょっとした手違いでまだ届いていないところに、遅く出たLPの方が先に着いてしまいましたよ。それはそれで、とてもうれしいことでした。というのも、このボックスの最大の期待は、ストコフスキーの「シェエラザード」がオリジナル・ジャケットで手に入るということでしたからね。それが、縮小サイズでおもちゃみたいなCDではなく、「原寸大」のLPを最初に手に入れることになりました。
1965年にリリースされたこのLPは、おそらくしばらく経ってから国内盤のLPが発売になりました。その時にDECCAと提携していたキングレコードが用意したジャケットは、オリジナルとは全く異なる、全体が真っ黒の中にストコフスキーの指揮姿が入っている、というデザインだったと思います(もしかしたら、記憶が多少ゆがめられているかもしれませんが)。それははっきり言って「つまらない」デザインのジャケットでした。それが、ある日輸入レコード屋さんでオリジナルのイギリス盤をみて、そのあか抜けたデザインにすっかり魅せられてしまいました。さらに、こんな素敵なジャケットを、なぜキングはこんなひどいものに変えてしまったのか、と、怒りに似た思いも抱いたことをはっきりと覚えています。
そんな、ずっと欲しくてたまらなかったLPが、やっと自分のものになりました。この思いは、きっとわかる人にはわかってもらえることでしょう。
もちろん、これ1枚だけではなく、他の5枚と一緒になったものには、このサブレーベルについての詳細な解説が掲載されている豪華ブックレットが付いています。それを読んでみると、なぜ「フェイズ4」というのか、という積年の問題が解けました(クイズ4)。この「phase」という単語は、よく技術的な現場で「位相」などと訳されていますし、この方式では10チャンネル(のちに20チャンネル)のコンソールを使って、まず4チャンネルのテープに録音されますから、そのあたりのテクニカルな意味合いがあるのだと思っていたのですが、実際はもっと観念的なもののようでした。ここでの「phase」は「段階」という意味だったのですね。曰く、世界で最初にステレオ・レコードが発売された1958年が、「第1段階」、その後、ステレオ録音の様々な技術が開発されるごとに新たな「段階」に入り、1962年にこの録音方式が開発されて、それは「第4段階」に突入したのである、という具合ですね。具体的にはたくさんのマイクを使って一つ一つの楽器を録音、それを様々な音場に設定して、迫力のあるサウンドを作り上げる、といったことなのでしょう。
元々はポップスの録音用に開発されたこの方式は1963年から徐々にクラシックの録音にも用いられるようになり、1964年にはついにストコフスキーという大物までが参加するようになります。
今回のLPでは、まず保存されていたマスターテープの「転写」がものすごいことになっていました。音楽が始まる前に、盛大に「プリエコー」が聴こえてきます。さらに、もともとかなり歪みがあった金管や打楽器は、さらに派手に歪んでいることが分かります。ストコフスキーがレコードに求めたものがどんなものだったのか、それがさらに増幅されて感じられる音でした。CDではこれがどのように聴こえるのか、比較するのが楽しみです。

LP Artwork © Decca Music Group Limited
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by jurassic_oyaji | 2014-09-29 20:32 | オーケストラ | Comments(0)
パウエルとパリンカ
 今回の「おと休パス」を消化しようと思って、最初に思い立ったのは青森で行われる合唱コンクールの東北大会でした。私が前に入っていた合唱団が、今年はかなり勢いがあるような感じだったので、今年こそは全国大会に駒を進められるのでは、という気がしていました。ですから、その瞬間をできれば実際に味わいたいな、と思ったのですよ。まあ、新幹線で青森にはまだ行ったことがありませんから、そんな初体験もふくめて。
 ただ、それだけではせっかく4日間乗り放題なのですから、まあ青森1往復だけでも十分元は取れるのですが、もう一品追加したいな、とも思いました。そこで、まずはそのコンクールの前日にはフルートの調整をやってもらいに東京まで行ってみることにしました。もう3年ぐらいほったらかしですから、そろそろガタがきている感じがしますし、前からちょっと気になっていたところもきちんと見てもらいたかったものですから。そこで、修理担当の人に予約を取って、最後のコマ、それも、少し手間取りそうな様子なので2時間見て、5時から7時ということになりました。
 そうなると、それまではずっとヒマになるので、この際だから楽譜やCDを漁って、前もって地図で調べておいたメーカーのストア(まだ行ったことがありませんでした)に行ってみました。そこは、管楽器全般のお店で、一番奥がフルートのブースになっています。ムラマツほどではありませんが、楽譜やCDも置いてありましたね。レッスン室もあるようで、N響の神田さんがレッスンの合間に顔を出したりしていましたね。
 楽器は、ピカピカになって帰ってきました。これで、しばらくは快適に吹くことが出来るはずです。すっかり忘れていたのですが、別の楽器を買った時のポイントなどがちゃんと残っていて、それで修理代は殆どまかなえてしまいましたよ。

 そして、今日がコンクールの当日。初体験の盛岡以北の東北新幹線は、殆どトンネルに入っているのであまり景色を楽しむことはできませんでした。ただ、盛岡を出てすぐに岩手山が目の前に迫って来たのは、インパクトがありましたね。写真を撮ろうと思ったら、すぐトンネルに入ってしまって、トンネルと出る頃には、もうすっかり見えなくなってしまいましたよ。そこで、帰り道にちょっと暗くなっていましたが狙いをつけて撮ってみました。

 初めて降りた新青森の駅は、なかなか近代的な建物でしたね。

 中には型どおりのお土産品売り場などとともに、飲食コーナーがあるのですが、その一角がちょっと素敵な内装になっていました。ネブタなどが飾ってある上に、なんたって「NEWDAYS」の看板がこんなことになっているんですから、凝ってます。

 その奥に、活きのいい魚料理を食べさせるお店がありました。そこでマグロとホタテとウニのどんぶりを食べたら、あまりのおいしさに感動してしまいました。ここに来れただけで満足でしたね。

 コンクールでは、一般の部の殆どの演奏を聴くことが出来ました。制度が変わって、「同声」というカテゴリーが出来たのに、それに相当する団体が私がいたところと青森県の女声合唱団しかいないので、必然的にその2団体のどちらかが全国大会へ進めるということになっていました。ですから、うちの合唱団は、「打倒〇とう(その女声合唱団)」を合言葉に頑張っていたようです。しかし、去年全国大会に行ったその女声合唱団は、去年よりもさらに磨きがかかっていたようです。しかし、そのすぐ後に歌ったうちの合唱団も、ひところに比べたらずいぶん洗練されてきて、とても美しい響きが出せるようになっていました。自由曲も本当にこなれた演奏だったと思います。ですから、このどちらが「勝つ」のかは、もう審査員の「好み」以外にはないのではないか、と思いましたね。ただ、コンクールの審査員はなによりも「合唱」としての美しさを評価するような傾向がありますから、この自由曲のような「難解な」ものはあまり好まれません。なんたって、審査員ともあろう人が「私には難しい」と公言するような情けない世界ですからね。
 予想通り、「勝った」のは「○とう」の方でした。まあ、「好み」が相手ですから、これは仕方がありません。でも、私の中では合唱団パリンカの素晴らし演奏は、忘れられないものとなりました。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-28 22:47 | 禁断 | Comments(0)
DURUFLÉ, V. WILLIAMS, HOWELLS, TAVENER,MOORE/Music for Remembrance
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Christine Rice(MS), Roderick Willams(Bar)
Robert Quinney(Org)
James O'Donnell/
Britten Sinfonia
The Choir of Westminster Abbey
HYPERION/CDA68020




1997年にイギリス王室のダイアナ妃が亡くなった時に、その葬儀が執り行われたのがイギリス国教会である「ウェストミンスター寺院(Abbey)」でした。その時に、式典の音楽を担当していたのが、ここの聖歌隊、「ウェストミンスター寺院聖歌隊」です。ところが、ロンドンにはもう一つ、こちらはカトリックの教会である「ウェストミンスター大聖堂(Cathedral)」というのがあります。当時のその聖歌隊の指揮をしていた人が、このCDでの指揮者、ジェイムズ・オドネルだったのです。オドネルは、2000年にマーティン・ニアリーの後任者として、「ウェストミンスター寺院聖歌隊」の指揮者に就任したのでした。なんとも紛らわしい。
もっと紛らわしいことに、オドネルは「ウェストミンスター大聖堂聖歌隊」時代の1994年に、今回と同じデュリュフレの「レクイエム」を録音しているのです。しかも、同じこのHYPERIONレーベルに!

その、「旧盤」では、オルガン伴奏の「第2稿」が用いられていましたが、今回2013年2月に録音された「新盤」ではオルガンと室内オケという編成の「第3稿」で演奏されていますし、「Pie Jesu」のソロも、少年のトレブルだったものが大人のメゾ・ソプラノに変わっています。このソリストの変更には、この作品の成立に関する基本的な認識が、以前と少し変わっていることが関係しているのかもしれません。
このCDのタイトルは「追憶のための音楽」、そしてここに集められているのは、明らかに2つの大戦の犠牲者に対する「追憶」の意味の強いメッセージが込められた作品です。つまり、デュリュフレの「レクイエム」にも、はっきりと第2次世界大戦の犠牲者への思いが込められているという認識です。これは別に観念的な話ではなく、はっきりとした「証拠」が最近になって発見されたということなのです。1990年代の後半に、アメリカの音楽学者Leslie Sproutが第二次世界大戦時のフランスの政権であった「ヴィシー政権」の資料の中から、今まで知られていなかった、作曲家に対する「委嘱」活動の記録を見つけたのだそうです。それによって、ヴィシー政権は、第3帝国に対しての「文化的なプロパガンダ」として、81人もの作曲家に作品を委嘱していて、その中にこのデュリュフレの「レクイエム」も含まれていたことが分かりました。ただ、1941年に委嘱されたのは「交響詩」なのですけどね。
ちなみに、「委嘱料」は最初は「交響詩」ということで1万フランの予定でしたが、このような大作になったために、結局3万フランが支払われたのだとか。そして、「レクイエム」は、194711月2日に、戦没者の追悼のために作られたほかの2つの作品と一緒にラジオ放送という形で初演されました。
ですから、今までの解説などには必ず登場していた「楽譜出版社からの委嘱によって作られた」というフレーズは、正確ではなかったことになります。もちろん、楽譜に記された「à la mémoire de mon père 父の想い出のために」という献辞も、額面通りには受け取れないでしょう。「鎌倉幕府の成立年代」ではありませんが、こういう新しい史観が出てくると、ちょっとドキドキしますね。いや、「キャバクラ」じゃなくて・・・。
オドネルが、「Pie Jesu」のソリストにクリスティン・ライスという「カルメン歌い」を起用したのも、そのような強い意志をこの曲に求めたのであれば納得できます。このような成り立ちを知ってしまっては、もはや少年のか細い声はとてもこの曲にふさわしいとは思えなくなってしまいます。
もちろん、カップリングのヴォーン・ウィリアムズ、ムーア、ハウエルズ、タヴナーたちの作品も、「追憶」、もっと言えば「反戦」のメッセージが込められたものばかりです。タヴナーの「The peace that surpasseth understanding」での、ロシア正教の聖歌が一瞬途切れた後に襲うオルガンの強奏は何を意味しているのでしょう。

CD Artwork © Hyperion Records Limited
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by jurassic_oyaji | 2014-09-27 22:41 | 合唱 | Comments(0)
酔拳
 今週は、火曜日に休日があったので、なんだか落ち着かない一週間でした。とはいっても、やはり祝日は本来の日にお休みにしなければ、その趣旨が理解されない、と主張する人がいるわけですから、全てを「ハッピー・マンデー」にするわけにはいかないのでしょう。なんだか、一旦「ハッピー・マンデー」で落ち着いたものを、また元の日に戻せ、というようなことも最近なったみたいですし。その「海の日」というのは、いまいち由来がはっきりしていなかったような気がしたので調べてみたら、案の定、明治天皇かなんかが絡んでいた日だったんですね。第1次東京オリンピックの開会式の日を動かすのには何の抵抗もないのに、こんな風に「天皇さま」が関係してくるとむきになる人が多いというのが、この国の風習なのですから、仕方がありません。
 いや、そんなことはどうでもいいのですが、そういうわけでニューフィルの練習は昨日の木曜日になった、というだけのことなのですがね。それで、そういう日の恒例行事となった、東仙台のフォレオでの晩ご飯ということになるのです。なんでそんな遠くで、と思われるかもしれませんが、そこに通じる道路が全くの渋滞知らずで走りやすいものですから、しっかり練習が始まる時間に間に合うように行って来れる、という利点があるからなんです。1回、自宅の近所で食事してから練習に行こうと思ったら、ひどい渋滞で危うく遅刻するところでしたからね。
 そのエリアの中にはたくさんの食べ物屋さんがありますが、山中屋はちょっと敷居が高いし、すきやは本当にどれを食べてもおいしくないですし、ということで、手ごろなモスバーガーがほぼ固定化していました。でも、いつもだとさすがに飽きてしまうので、その同じ並びにある中華やさんは前から気になっていました。ただ、外から中をのぞいてみると、なんだか薄暗い店内で、お客さんも少なく、ちょっと一人で入る勇気が出て来なかったので、つい入りそびれていました。なんか、メニューも分からなくて不安でしたし。
 でも、きのうは、なんだかえらく店内は賑わっていますし、今まで見かけなかったメニューの看板も外に出ていたので、思い切って入ってみることにしました。値段もそんなに高くもなさそうでしたからね。
 ちょっと無愛想な店員さんがメニューを置いて行ったので見てみると、ものすごい種類の料理の写真が載ってます。およそ、普通の「中華料理」と言われるものは、全て揃っていそうな感じです。値段も、かなり安め。そこで、他の店との比較の意味で、青椒肉絲を頼んでみました。そうしたら、即座に厨房の方で鍋を振る音が聴こえたかと思ったら、もう出来上がって持ってきましたよ。いくら炒めるだけとは言っても、こんなに早く出来るのはちょっと信用が出来ませんね。でも、食べてみるとピーマンの生さ加減も絶妙ですし、味付けも結構なもので、とてもおいしく頂きました。ちょっとこれは掘り出し物ではないか、という気がしてきましたよ。少なくとも、あの「とらの子」よりはずっとおいしい青椒肉絲でした。しばらくは、ここのメニューの探索が楽しめそうな予感です。店員さんはどうやら中国の人みたいですしね。ただ、テーブルには堂々と灰皿が置いてありましたから、隣の席でタバコを吸われたりしたら、ちょっと困りますね。写真は撮れなかったので、ネットにあったものを使わせてもらいました。

 それから、職場の会館で行われている管分奏に向かいます。もう夜ともなれば外は肌寒いぐらいですが、部屋の中ではなんと冷房を入れて練習をしていましたよ。やはり、20人以上の人が入れば、相当温度が上がるのでしょうね。トレーナーの先生の要所を押さえたレッスンで、きっちり予定の曲目をこなすことが出来ました。そこで明らかになったのは、ラフマニノフのソリストが、コンクールの時にはものすごくテンポが速かった、という体験談です。これがきのうの最大の収穫、どんなテンポでも対応できるような柔軟性のある仕上がりが、要求されるのでしょう。もう一頑張りです。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-26 23:20 | 禁断 | Comments(0)
The Golden Age of Danish Partsongs
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Paul Hillier/
Ars Nova Copenhagen
DACAPO/6.220568(hybrid SACD)




このレーベルでSACDで出ている合唱曲だったら、どんな時でも期待以上のものを聴くことが出来ました。それは、演奏ももちろんですが、録音の素晴らしさには、いつもほれぼれとさせられてしまいます。ですから、今回も「パートソング」なんてそんなに面白みはないレパートリーのはずなのに、まずは、このプレベン・イヴァンの手になるDXD録音の冴えを聴くだけでも損はないと、買ってみました。
データを見てみると、このアルバムでは2011年の5月と2012年の5月の2回に分けて、同じ会場でセッションが行われています。さらに、それぞれのセッションの時のメンバーの違いも、しっかり記載されています。それによると、2012年のセッションでは、それぞれのパートで1人ずつメンバーが増えていることが分かります。まず、その辺の違いが聴き分けられるか、試してみましょう。
これは、かなりはっきり音が違っているのが分かります。やはり2012年の方が人数が増えた分、全体の厚みが増しています。さらに、録音自体も、2012年の方がよりピュアな音が聴こえます。2011年の分はやや細部のフォーカスが甘く、合唱の音も少し薄っぺらだったものが、2012年の分では音の密度がより高まっています。いや、もちろんこれはあくまでも比較の問題で、どちらも卓越した録音には違いありません。2011年のものだって、すでにその辺のありきたりの録音が裸足で逃げ出すほどの凄さを持っているのですからね。当然のことですが、それはあくまでSACDレイヤーで味わえるもの、CDレイヤーでは「ありきたり」の音に変わります。
「パートソング」というのは、イギリスあたりで盛んに歌われた、仲間が数人集まって楽しく合唱できる曲、という理解しかありませんでした。それが、実はこのデンマークあたりでも、大きな勢いで盛んに作曲され、歌われていたのですね。その「黄金時代」と言われているのは、19世紀の前半ごろだったということです。
しかし、あのポール・ヒリアーが、そんな、言ってみれば歌っては楽しいけれども、真剣に聴くだけの価値があるかと問われたらちょっと躊躇しそうな曲ばかりを集めてアルバムを作るなんて、まずあり得ません。現に、ここで歌われているのはそんな「19世紀」の作曲家のものだけではなく、20世紀、それもかなり「現代」に近いところで作られたものも含まれています。そう、ヒリヤーがここで本当に聴いてほしかったのは、そのような、陳腐な「パートソング」の精神を受け継いで、現代でも鑑賞に耐えうるものを作り上げた人たちの作品だったのでしょう。まさに「心の歌」(それは「ハートソング」)。
とは言っても、そんな鋭い視点からの演奏を聴いていると、19世紀の作品の中でも、すでに単なる「パートソング」にはとどまらない、もっと未来を見据えた確かな志を見ることもできます。それが、1817年生まれのニルス・ゲーデの「5つの歌 op.13」です。ここではその中から3曲だけ演奏されていますが、2曲目にあたる「睡蓮」などは、高度な対位法を駆使した緊張感あふれる作品に仕上がっていて、そこからは確かなメッセージが伝わってきます。同じゲーデの作品で、このアルバム中唯一の男声合唱曲「ヴァルデマール王の狩り」で、彼らはこの6/8拍子の勇壮な曲をとことん「美しく」歌っています。これは、もしかしたらヒリヤーの仕掛けた「ジョーク」だったのかもしれませんね。
そして、「現代」の視点からの「パートソング」の再創造とでも言えるのが、1931年生まれのイブ・ネアホルムの1994年の作品「Mine denske kilder」(英訳から推測すると「私のデンマークの原点」といった意味でしょうか)です。5つの小さな曲から出来ていますが、ここからはかつての「ロマンティック」な姿は消え去り、もっとローカリティを強調した民族的な素材が、逆に現代的なテイストを主張しています。これなどは、まさに「合唱組曲」として、普遍的な命を持ち得るものなのではないでしょうか。

SACD Artwork © Dacapo Records
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by jurassic_oyaji | 2014-09-25 23:13 | 合唱 | Comments(0)
バチカン・レクイエム合唱団
 今日も眼科に行って手術を受けてきました。先週は右目、今日は左目です。1回で両方ともやってしまえば手間が省けていいのでは、と思いますが、やはりそれはまずいのだそうです。なんたって「手術」ですから、とりあえず片目だけは通常通りに働くようにしておかなければ、なにかあった時に困ってしまうのでしょう。いわれてみれば確かにそうでした。
 今日も、手術自体はいともあっさり、痛みも全く感じずに終わってしまいましたが、そのあとで手術をやりやすくするために虹彩を拡散させたおかげで、左目だけ瞳孔が小さくなったままなのには、ちょっと気持ちが悪かったですね。もし、これが両眼だったら、かなり辛かったはずです。この前写真に撮ろうと思っても、うまく瞳孔が写らなかったのですが、今回フラッシュを使ってみたら簡単に、こんなはっきりした写真が撮れました。瞳孔の大きさが全然違いますね。

 これで、やっと全部の手術が終わりましたが、検査の途中でメガネが合っていないのだ、と言われました。「過矯正」になっているのだそうです。確かに、今のメガネはメガネ屋さんで検眼して作ったのですが、出来るだけ遠くが見えるようにリクエストしたのでした。それで何の不都合もなかったのですが、眼科医に言わせるとこれはよくないのだそうです。そこで、この際検眼もしっかりやってもらって、眼科的にも問題のないメガネにしようと思いました。それをするには、一度、今度は今日みたいに瞳孔を縮めるのではなく、逆に瞳孔を全開にして検査を行わなければいけないのだそうです。そんなことはメガネ屋さんでは絶対にやりませんよね。ですから、本当は、しっかり病院で検査して出してもらった処方箋でメガネを作るのが、正しい作り方なのですね。いや、私も最初はそうやっていたのですが、だんだん面倒くさくなって、最近はメガネ屋任せにしていましたからね。そこでの間違いを指摘されてしまったのでしょう。
 順調に行けば、新しくなった目とメガネで、今度の演奏会を迎えられるかもしれませんね。
 その、ニューフィルの演奏会が終わった頃に、今度は合唱の練習が始まるかもしれません。去年ヴェルディの「レクイエム」を歌った時の中心的なメンバーから、間接的に今度はモーツァルトの「レクイエム」の合唱団への参加のお誘いが届きました。なんでも、震災がらみで、イタリアのオーケストラと一緒に演奏するという予定があるのだそうです。予定を見てみたら、ニューフィルとはほとんど重なっていません。まあ、2回ほどは休むことになるでしょうが、たぶん満足のいくだけの練習は確保できそうなので、エントリーしてみました。日常的な合唱活動はもう無理ですが、こういうものだったら、出来るだけ参加したいと常々思っていましたからね。
 なによりも、合唱指揮者が、ヴェルディの時とは全然別の人ですから、おそらくあんないい加減な練習にはならないだろうな、という期待があります。前にこの曲をやった時には、それまでに歌ったこともなかったのに、たった数回の練習だけで本番を迎えてしまって、なにかと悔いの残った演奏でしたから、今度はみっちり歌いこんで、納得のいく演奏にしたいものです。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-24 21:22 | 禁断 | Comments(0)
Alles Hat Seines Zeit
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Lalá Vocalensemble
HÄNSSLER/CD 94.702




前回と同じシリーズ、品番も1番しか違わない連番です。このプロジェクトの母体である「Interkultur」のサイトでは、なんと合唱の「ワールド・ランキング」などというものが公開されています。その最新チャートによると、この「ララ・ヴォーカルアンサンブル」は総合トップ100では4位、そして「ポップ、ジャズ、ゴスペル、スピリチュアルズ」では1位というランキングです。
オーストリアのリンツで2005年に結成された4人組のア・カペラ・グループで、編成はまさに「古典的」なソプラノ、アルト、テナー、ベースという「四声体」です。ですから、まずこのCDで聴けるのが、レーガー、シューベルト、メンデルスゾーン、ブラームス、そしてブルックナーの「無伴奏混声合唱」を4人だけで歌っているトラックです。ブルックナーなどが入っているところは、さすがご当地リンツのグループですね。
録音は、明らかにポップス寄りのエレクトロニクスを駆使した音になっています。リバーブももちろんデジタル・ディレイなどが使われているのでしょうし、極端なオン・マイクでブレスの音もとてもはっきり聴こえます。そういう音で、こういう「クラシック」を演奏すると、確かに音的にはちょっと違和感がありますが、音楽そのものは紛れもなくシューベルトやブルックナーなのですから、逆にそのミスマッチを楽しめてしまいます。おそらく、オーストリアの若者たちの体の中には、しっかりとそういった「ご先祖」たちの作品がひとつの「財産」として脈打っているのでしょう。こういう、基本的にポップスを志向している人たちでも、ごく自然にそういう昔の歌を口ずさめるような、ある意味文化的なバックボーンがあるのでしょうね。それでこその「クラシック」、メンデルスゾーンの「Abschied vom Walde」(「緑の森~よ」という訳詩で有名)が、例えば日本の某混声合唱団がくそまじめに歌っているのとは全く別次元の、まるで鼻歌のようなアプローチであっさりと歌われているのを聴くと、「クラシック」に対する彼此の根本的な心構えの違いを感じないわけにはいきません。
いや、「鼻歌」と言ったのはものの喩えでして、彼らの歌はハーモニーからディクションから、そしてニュアンスから「合唱」として完璧なのですから、いやになってしまいます。さらに、ソプラノのイリア・フィアリンガーさんの、ピュアそのものなのに、その中には男の一番弱いところを刺激するようなはかなさを秘めている声には、完全に打ちのめされてしまいます。
アルバムは、そのあとにオーストリア民謡による合唱曲に続いて、なんと「ヨーデル」までが登場しますよ。「こんなものまで、よう出るな」と思っていると、続いて聴こえてきたのは、前回のアルバムでも登場していた「ニューヨーク・ヴォイセズ」ではありませんか。こちらでは、彼らの1989年のGRPからのデビュー・アルバムの最後を飾っていた、ピーター・エルドリッジの方のオリジナル曲「Come Home」の完コピ(いや、きちんと楽譜が出ているようです)が演奏されていました。なんという偶然でしょう

そのあとに、まさに彼らの本領発揮と言えるオリジナル、「Fawada」が歌われます。オーバー・ダビングも駆使して、まさにさっきのランキングのチャンピオンにふさわしい、ア・カペラの極致によるアフリカ音楽の世界が繰り広げられます。このアレンジがあまりにすごいので、それに続くポップスの「クラシックス」、トトの「ロザンナ」やアースの「セプテンバー」が、ちょっと陳腐に感じられてしまうというとても贅沢な不満も。多分、これはアレンジャー(アルヴィン・ステイプル)のせいでしょう。
これを録音した時には、ジャケ写でも分かるようにテナーのメンバーがドレッド・ヘアのちょっと「合唱」のイメージから遠い人でしたが、現在では普通のあっさりとしたヘアスタイルの人に替わっています。

CD Artwork © hánssler CLASSIC im SCM-Verlag GmbH & Co.KG
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by jurassic_oyaji | 2014-09-23 20:35 | 合唱 | Comments(0)
「レオノーレ」と「ゴールウェイ」
 昨日までの指揮者練習は、連日の秋晴れの下の週末、外の光などは届かないホールの中で行われました。ロビーに出るとブラインドを閉めていてもしっかり入ってくる外光、ちょっと癪に障ります。
 私は最後の「レオノーレ」は降り番なので、少し早く外に出ましたが、まだ暑さを感じるほどのいいお天気でした。と、夜になって、練習を終えたAっちゃんからメールが。「『レオノーレ』のブライトコプフの新しいスコア、持ってますか?」というものでした。橘さんと最初に楽譜の版の話をした時には、確か「普通のブライトコプフ版」を使う、ということだったので、当然今までずっと使われて、渡されたパート譜にもなっている昔のブライトコプフだと思っていました。それに「新版」が出ているなんて、思ってもみませんでしたよ。確かに、ここはベーレンライターみたいな派手なことはやりませんが、着々と今までの古い楽譜を原典版に差し替えてきているのでした。で、橘さんの楽譜が、パート譜とかなり違っているというのですよ。
 調べてみたら、それは2007年に出版された、クリスティアン・ルドルフ・リーデルの校訂による原典版でした。私は降り番で、前回の指揮練の時にも「レオノーレ」には立ち会っていなかったので、全く気付きませんでしたよ。もし知っていたら、今頃はそのスコアを取り寄せて、「正誤表」を作っていたものを。ブライトコプフのサイトに行ったら、サンプル・ページの画像があったので見てみたら、1ページ目ですでに旧版とは全然違ってましたよ。
 こちらが旧版。

 そして、こちらが新版です。

 もう一つ、そんなマニアックな話。先日のゴールウェイの全アルバムを収録したボックスには、全てのアルバムの録音データがしっかり記載されているので、資料としてとても価値が高い、と思っていたのですが、よくよく見ていくとちょっと怪しげなものがあったりしますから、「やっぱりな」という気になってしまいます。いや、確かにそのデータは、オリジナルのLPなりCDにあったものを、忠実にコピーしているという点では、なかなかのものがあるのですが、そのおおもとのデータがちょっと不正確なものまでをきっちりチェックする、というほどの仕事はされてはいないのですね。これはある意味当たり前のこと、なんたって、この「RCA」というレーベルは、もはやSONYに吸収されて実体のないものなのですから、いままでここで資料の管理などをした人もおそらくリストラされてしまっているでしょうから、もはやそのようなことをやる人がいなくなってしまっているのでしょうからね。
 そこで気になったのが、この2枚のアルバムのデータです。

 こちらは「カノン」というアルバムにしておきましょう。1981年6月にリリースされていますが、録音は1曲目が1981年の4月、残りが何月かは分かりませんが1981年なのだそうです。しかし、これだけの曲を、同じ年にリリースするのは、かなり大変なような気はします。それよりも、オーストラリアで録音されたもので、指揮者が2人いるのが気になります。たった1曲の録音だけのために、ルイ・フレモーなどという大物がわざわざやってくるでしょうか。

 こちらは、1985年の4月にリリースされた「フェニックス」です。マルPが1981年と1985年の2通りあるように、このアルバムの中には1981年にリリースされたものが含まれています。それはもちろん、「カノン」に収録されていた「スレドボ」と「モリー」と「ジャマイカ」の3曲になるわけです。ジョン・カーマイケルと、クリフォード・アボットのフルート協奏曲が、ここで新たにリリースされたことになりますね。つまり、このデータによれば、1977年の4月1日と2日の2日間に、このアルバム1枚分の曲を「2人の」指揮者を使って行ったことになりますね。でも、「カノン」の中の3曲は、その中のデータによれば、確か1981年に録音されたはずだったのでは。
 ただ、ここでもう一つのデータがあります。それは、ここでルイ・フレモーが指揮をしている曲のうちの、ジョン・カーマイケルの「スレドボ」と「フルート協奏曲」が作られたのは、1980年だ、という事実です。作曲家のサイトにあるのですから、それは間違いないのでしょう。ですから、この「1977年」というのは、このアルバムではなく「カノン」の中の大部分の曲のものなのではないか、と思うのですがね。おそらく、1曲目だけはリリース直前にニューヨークで録音されたのでしょう。そして、フレモーがが指揮をした「スレドボ」も「フェニックス」の曲目と一緒に、1980年以降に録音されたのではないでしょうか。
 整理すると、「カノン」の録音データは、
New York City, April 8, 1981[1]
Sydney Opera House, Sydney, April 1/2, 1977[2-11/13]
Sydney Opera House, Sydney, ca. 1981[12]

 そして、「フェニックス」のデータは
Sydney Opera House, Sydney, ca. 1981[1-6]
Sydney Opera House, Sydney, April 1/2, 1977[7/8]

 となるのではないでしょうか。つまり、デヴィッド・ミーシャムは1977年に、そしてルイ・フレモーは1981(?)年に録音を行ったのですね。
 その裏付けを取ろうと思って、録音時期によって音が変わっていないかどうか確かめてみたのですが、どちらもなんとも精彩のないこもった音で、録音時期よりはエンジニアの個性の方が強く出ていて、区別はできませんでした。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-22 21:57 | 禁断 | Comments(0)
TUESDAYS
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Christoph Mac-Carty/
Dekoor Close Harmony
HÄNSSLER/CD 94.701




合唱コンクールのシーズン真っただ中ですね。日本で「合唱コンクール」と言えば、たいがい日本合唱連盟と朝日新聞が主催するもののことなのでしょうが、同じ時期にNHKが主催する「Nコン」も行われ、両方に出場する団体などもいたりしますから、ちょっとややこしくなってしまいます。しかし、どちらのコンクールも、朝日新聞といい、NHKといい、全く別の意味での問題を抱えた組織のお世話になっているのですから、なんだか心配になってきますね。
世界に目を向けると、「Interkultur」という組織が、全世界のアマチュア合唱団を集めて大規模なコンテストなどを行っているようですね。そんなコンテストで優勝した合唱団に、CDを録音させて全世界で聴いてもらおうというプロジェクトが、「The Choir Project」というもの、このHÄNSSLERレーベルがそれに協力してCDをリリースすることになったのだそうです。その第1弾として、2枚のCDが紹介されました。まずは、このオランダの団体、「Dokoor Close Harmony」というところを聴いてみることにしましょう。
本当は、この名前をきちんと日本語で表記すればいいのでしょうが、オランダとか北欧の固有名詞の読み方はかなり不思議ですから、これを正確に発音する自信はありません。「クロース・ハーモニー」は普通の合唱用語ですが。
ですから、「DCH」と頭文字を並べるのが、最も無難で姑息なやり方でしょう。ダイエット食品会社ではありませんよ(それは「DHC」)。この合唱団は、オランダのユトレヒト大学の学生による30人ほどの合唱団です。日本だと「〇〇大学混声合唱団」みたいな言い方になるのでしょうね。創立されたのは1985年ですが、その時からもっぱらジャズやゴスペルなどを中心に演奏する団体でした。もちろん学生ですから毎年メンバーは入れ替わりますが、初代の指揮者ヨハン・ローゼは長い時間をかけてハイレベルの合唱団に育て上げました。
そして、2008年からは、クリストフ・マカーティが指揮者として雇われます。1969年生まれのマカーティは、ジャズ・ピアニストとして活躍していましたが、2005年から合唱の指揮も始めるようになったのだとか。彼によってDCHはさらに飛躍的にレベルアップがなされました。
この「ご褒美」のCDは、2011年9月と2013年6月の2回に分けて録音されています。ですから、当然この間にはメンバーが変わっているはずですが、そんな違いは全く感じられない、いずれも素晴らしい演奏を聴くことが出来ます。彼らのレパートリーはジャズが基本で、その上にゴスペルや、さらにはヒップホップまでと幅広いものになっているようですが、その前にまず「合唱」としてのクラシカルなトレーニングがしっかりなされているように感じられます。文字通り「クロース・ハーモニー」の一点の曇りもない見事な響きは、「普通の」合唱団よりもしっかりしたものをもっているのではないでしょうか。そして、その上に、今度はあくまで「ジャズ」や「ソウル」のテイストをふんだんに漂わせたソロが加わります。このソリストたちの見事な歌い方は、とても「大学生」が「趣味」でやっているとは思えないほどの、「プロフェッショナル」なものを感じることが出来ます。これは恐るべきことです。
演奏されている曲は、ほとんど知らないものばかりですが、その見事なハーモニーとグルーヴ感には圧倒されてしまいます。そんな中で有名なディジー・ガレスピーとフランク・パパレリの「チュニジアの夜」などは、指揮者のマカーティ自身のアレンジも冴えわたって、まさに感動的です。彼のピアノ・ソロも素敵。
DCHは「ニューヨーク・ヴォイセズ」のダーモン・ミーダーとも交流があるようで、彼が書いた「Love Psalm」という曲がここで「世界初録音」されています。タイトル通りのしっとりとした「愛の聖歌」が、リズミカルな曲の多いアルバムの中でひと時の安らぎを与えてくれています。

CD Artwork c hänssler CLASSIC im SCM-Verlag GmbH & Co.KG
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by jurassic_oyaji | 2014-09-21 20:46 | 合唱 | Comments(0)
パトナ・シアター
 前回、「写真が届けば」などと書いていたことが、現実のものとなりました。昨日のうちに「かいほうげん」を印刷しておきたかったのですが、午前中はなにかと忙しくて、印刷を始めることができませんでした。その時点で、写真が届くような気配はなかったので、午後になって、まず試しに1部だけ印刷してみたところで、その写真が届いてしまったのですよ。いやあ、危ないところでした。もし、午前中に印刷が終わってしまっていたら、全部廃棄しなければいけないところでしたよ。だから、ほんとに何が起こるか分かりません。
 それはとてもいい写真だったので、少しでも大きく載せたかったものですから、差し替えに結構時間がかかってしまいましたね。それでも、これで「世紀のスクープ」が写真入りで実現することになりました。
 そんな荷物もあるものですから、今日の指揮者練習にはぜひ車で行きたいと思っていました。午前中はなにしろお彼岸の入り日ですから、職場に行って、お昼ご飯を食べ終ったらすぐに会場の駐車場に向かいます。なんでも、同じ建物の別のホールではピアノの発表会があるというので、少しは待つ覚悟で早めに行くしかありませんでしからね。
 でも、1時ごろに着いたら、まだ空車がかなりありました。やはり早めに来たのは正解。とりあえずまだ開場まで時間はあったので、ロビーで待っていようと思ったら、もう一人早めに来た人がいて、その場で鍵を開けてもらいましたよ。そうしたら、なんとホールの駐車場に無料で2台分停められるというパスがもらえたので、さっそく1時間分の料金だけ払ってさっきの駐車場から車を出して、そっちを使わせてもらうことにしました。早く来ると、こんないいことがあったのですね。その頃には、その駐車場はすでに満車になっていました。

 これが、今日の会場。お隣のコンサートホールは何回も来てますが、ここは初めてです。

 ホワイエ(ロビー)もなかなか広々としてますね。

 そして、これがそのシアターホールの内部です。ステージから客席を見渡したところですが、可動式の客席を、このように後ろの壁に収納するというタイプです。だいぶ前に使った「141」のシアターホールと同じ構造ですね。


 そのうち、楽器が届いたので椅子を並べます。このように、横に広げて並べてみました。

 練習風景。フラッシュを使わなかったので、ちょっと暗くなってます。音もなかなか良くて、使いやすいホールという印象でしたね。なによりも、いろいろセッティングをしてくれた文化センターの人が、とても親切でした。

 わざわざ、こんな案内版まで用意してくれましたし。

 ホールから歩いて行けるところにスーパーがありました。ちょうど休憩が夕食時だったので、ここでパンを買ってきました。
 今日の橘さんは、すこし風邪気味だったようですが、せき込みながらもいつもながらのダイナミックな指揮ぶりで、とても密度の濃い練習になりました。でも、「宿題」は各パートで出されたので、まだまだ完成形は先の話です。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-20 23:25 | 禁断 | Comments(0)