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大晦日
 今年ももう少しで終わろうとしています。今年の私が出演する演奏会は春(4/26)と秋(10/26)のニューフィルの定期演奏会しかなかったはずなのに、7月20日には市内のアマオケのメンバーを集めてチェロのNさんが指揮をするという演奏会に、なんと全曲トップで出演するという、とても充実した体験が飛び込んできました。これはもう今までずっとやりたかったことですから、大満足です。さらに、8月23日には、急遽「マタイ受難曲」のフルートを頼まれ、指揮者練習を半日休んで出演、これも念願だったあのソロを吹けたので、個人的には大満足でした。でも、年末に思ってもみなかったようなライブがあったのは、数に入れません。来年は3月に久しぶりに合唱のステージが予定されているので、楽しみですね。
 そんな1年を締めくくろうと、きのうはニューフィルの公式サイトのマイナーチェンジを行ってみました。まあデザイン的には何の不満もないのですが、ちょっと使い勝手が悪いところがあったものですから。

 これが今までのトップページ。現物は最下段にFacebookページが埋め込んであるのでサイトではそれが見られます。問題なのは、メニューのボタンです。これがかなり下にあるので、普通はこれを出すためにはスクロールしないといけませんでした。まあ、そんなに面倒くさくはないのですが、他のサイトを見てみるとほとんどはまず何をしなくても分かるところにきちんとメニューがあるのですね。それに気が付いてしまうと、うちのサイトがもろ欠陥品に思えてしまいます。
 そこで、このメニューをタイトルのすぐ下に持ってくることにしました。これだったら文句を言われることはないでしょう。

 と、言うのは簡単ですが、実際の作業はかなり大変でした。いえ、私もこの小さいメニューの部分は他のところで使っているので、そのままタグを張り付ければ出来るのではないかと考えていました。同じ階層にあるので、リンクも問題ありませんし。ところが、それはそんな甘いものではありませんでした。ここではボタンの画像にポインターを置くと別の画像に変わるというスクリプトを使っているのですが、その画像の指定がちょっと面倒くさかったのですね。仕方がないので、最初から手動でやり直しをしましたよ。
 それだけでなく、このメニューを置いた部分のバックグラウンドが、それまでのものだとまずいことも分かり、ここに関係したテーブルの素材も新たに作らなければいけませんでした。結局、出来上がったのは夜中すぎでしたよ。まあ、かわいがってみてください。

 一応大晦日なので、おそばを買いに街に行ってきました。いつもは横目で通り過ぎる「さん竹」の前にはいつものように各社のテレビカメラが群がっていました。ですから、それが終わった頃を見計らって、並んでそばとそばつゆをゲットです。

 さらに、「お茶の井ヶ田」の前では、初売りのためにすでに泊まり込みの人が座っていましたね。毎年同じことが、またこれからも繰り返されて、1年が過ぎていくのでしょう。でも、確実に来年は今年とは別のものになるというのが、面白いところです。今年は友達を1人減らしてしまいましたが、来年はどんな友達と巡り合えることでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-31 22:30 | 禁断 | Comments(0)
Jurassic Awards 2014

お待ちかね(笑)、第3回目の「ジュラシック・アウォード」の発表です。例によって、カテゴリーごとのエントリー数の順位です。

  • 第1位:合唱(今年51/昨年54)→
  • 第2位:オーケストラ(49/39)→
  • 第3位:フルート(19/16)↑1
  • 第4位:書籍(18/16)↑1
  • 第5位:オペラ(13/24)↓2
  • 第6位:現代音楽(6/11)→
  • 第6位:ポップス(6/6)↑1

オペラ部門の凋落が著しいですが、これは最近何かと忙しくて、じっくりオペラを観ているような時間がなかなか取れなかったのが原因でしょうね。ほんと、時間がないために聴けなかったものがどんだけあったことでしょう。ペンデレツキの交響曲全集が2組手元にありますが、いつになったら全部聴くことが出来ることやら。
■合唱部門
今年もたくさんの名演に出会えましたが、あえて1点を選ぶとすればコレギウム1704の「ロ短調」でしょうか。こういう演奏を聴くと、もうこの世界では、「1パート1人」などという主張は過去のものになったのだと、心から思えてしまいます。
■オーケストラ部門
「レコード・アカデミー大賞」などという恥さらしなものをもらうなんて許せないロトの「春の祭典」は別格としても、シュットゥトガルト・ウィンズの「グラン・パルティータ」は全くの不意打ちで驚かされました。BAならではの素晴らしい音が、最高の録音と相まってまさに理想的な響きを醸し出しているうえに、とても自発的な演奏で、音楽の喜びを与えてくれています。
■フルート部門
なんと言っても、ゴールウェイ・ボックスでしょう。RCA時代のアルバムが、ほぼ全て初出のジャケットでこんなに安く手に入るなんて、夢のようです。もう一つ、ウィーン・フィルの2人の若い首席奏者によるドップラーで初めて知ったシュッツのすごさにも、驚かされました。
■書籍部門
フォーレの「レクイエム」と、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」の、ともに初めて目にすることになる楽譜は、今年最大の収穫でした。この2点が「大賞」ということになります。
■オペラ部門
昨年のザルツブルク音楽祭での「後宮」は、発売になる前からなにかと情報が入ってきてその斬新さには驚かされました。そんな中で、放送の音質がいかに粗悪なものであるかも知らされました。
■現代音楽部門
ライヒの新作が、いろいろのことを考えされられるものでした。変わりかけている「現代音楽」のシーンを象徴するようなアルバムです。
■ポップス部門
竹内まりやの久々のオリジナルアルバムと、リイシューのLPによって、彼女の変貌をまざまざと知らされたことは、一つの事件でした。

今年は、長年購読していた「レコード芸術」を買うことをやめた年でもありました。あのような愚かしい雑誌は、いつになったらなくなるのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-30 22:09 | Comments(2)
ハイドンの作品番号
 さて、「大掃除」の季節がやってきました。新しい年を迎えるにあたって家の中、ひいては心の中までもきれいにしようという年中行事です。1年間の汚れを落とし、まっさらな状態に(リセット)して次の年を迎えようということなのでしょう。ですから、1年経ってしまえば、その年の悪行までも消えてなくなる、という便利な行事です。1年で消えるものですから、10年も経ってしまえばもうそんなことがあったことすら当人は憶えていない、ということになってしまいます。これは辛いですね。
 我が家の大掃除は、そんなに大したものではありません。仏壇や照明器具などにたまったほこりを払うぐらいのことでしょうか。ところが、なにげなく天井を見たら、照明からエアコンの間に立派なクモの巣がかかっているではありませんか。いやあ、家の中でクモが巣を張るような環境になっていたなんて、ちょっとショックです。まあ、でもクモは世界中に巣(web)を張りめぐらすものですから、仕方がないのかもしれませんが。

 部屋もきれいになって、テレビをかけていたら、やたらと「期待の超新星」という言葉が聞こえてきました。どうやら、フィギュアスケートの生放送があったみたいですね。その中でとても若い選手が活躍していたので、そんな呼び方をしていたのでしょう。普通は「新星」ぐらいのいい方をするものを、さらにインパクトを強めるために「超」を付けたのでしょうね。「新星」よりもずっと「若い」星、ということで作られた「新語」だという認識ですね。でも、気持ちは分かりますが、「超新星」という言葉は昔からありました。とは言っても、それはそんな意味ではなく、例えば「太陽」のような「恒星」がなくなってしまう前の状態をあらわす天体用語として知られていました。つまり、「死ぬ一歩手前」ですから、「若い」どころか、めちゃめちゃ「年寄り」をあらわす言葉なのですよ。
 でも、これはテレビのアナウンサーが今回最初に使い始めた言葉ではありません。スケート選手と同じ意味でこの言葉を使っているCDの「帯原稿」を見たことがありますからね。もちろん、それは〇クソス・ジャパンの製品です。
 そのレコード会社で作っているCDでは、日本語の帯だけではなく、そもそも本国で使っている作品の番号でちょっと不思議なことをやっていることにも、最近気づきました。ハイドンの弦楽四重奏曲の番号が、普通のものとちょっと違っているのですよね。

 これを見ると、同じ曲に3通りの番号が付けられています。私は、あまり詳しくないのですが、実際にこのあたりの曲に親しんでいる「現場」の方に聞いてみると、普通はホーボーケン番号(Hob.)か作品番号(Op.)を使っていて、この一番最初にあるような番号はまず使うことはない、ということでしたね。そんな、誰も使わないような番号を、いったいナ○ソスはどこから引っ張り出してきたのでしょう。しかも、このメーカーは「NML」というストリーミングのサービスを行っているのですが、そこでは他のメーカーの製品まで全てこの番号で統一しています。おそらく、「番号」を頼りに検索しているユーザーには、かなりの混乱が強いられるような気がします。それが気になったので、こんな問い合わせをしてみました。

ハイドンの弦楽四重奏の番号についてお伺いします。NMLの番号表記は、一般に用いられているホーボーケン番号とは異なった、真作のみを作曲年代順に数える番号になっているようです。このような表記は、他では見ることはできませんが、この番号を設定した人物なり研究機関の名前がお分かりでしたら、お教え下さい。

 だいぶ経ってから、こんな返事がきました。なぜ返事が遅れたのかは、この回答の中に書かれています。

ナクソス・ミュージック・ライブラリーのご利用、ありがとうございます。ナクソス・ジャパン株式会社サポートセンターです。お問い合わせいただいておりました件、お返事が遅くなりまして大変に申し訳ございません。
NML内で表記しておりますハイドンの弦楽四重奏曲の番号表記ですが、ご指摘の通り、真作のみをカウントしたものとなっております。その出典ですが、オリジナルデータを作成している海外本社の担当者に問い合わせましたところ、「ニューグローヴ音楽大辞典」で採用されている表記であるとのことでございました。その項目の執筆者、あるいは作成した研究機関については返答がございませんでしたが、世界で最も詳しく、また歴史の長い音楽辞典での表記であることから信頼に足る情報と判断し、掲載しているようでございます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 いかがでしょうか?まず、日本の担当者には答えられない問題だったというところがヤバいですね。その結果、誰も使っていない番号で表記していたことに何の疑問も抱かなかった、と。本当に、このメーカーは大丈夫なのでしょうか。これは、言ってみればモーツァルトの最後の交響曲をたとえば「55番」とかに読み替えることを強要しているようなものです。今さらそんなことを言われても、だれも相手にしないでしょうね。あの「K6」ですら、今では使っている人はほとんどいないというのに。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-29 21:53 | 禁断 | Comments(2)
SIBELIUS/Violin Concerto
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Edited by Timo Virtanen
Jean Sibelius Complete Works/
Series II, Volume 1
Breitkopf & Härtel/SON 622
ISMN979-0-004-80324-0(full score)




1996年にフィンランド国立図書館とフィンランドのシベリウス協会とによって編纂が開始されたシベリウスの作品全集は、ブライトコプフ社から順次刊行が進められています。完成の暁には、9つのシリーズ、およそ52巻に及ぶ全集が完成することになります。その内容は、

  • 第1シリーズ:オーケストラ作品
  • 第2シリーズ:ヴァイオリン(チェロ)とオーケストラの作品
  • 第3シリーズ:弦楽オーケストラと管楽器オーケストラの作品
  • 第4シリーズ:室内楽作品
  • 第5シリーズ:ピアノのための作品
  • 第6シリーズ:舞台作品
  • 第7シリーズ:合唱作品
  • 第8シリーズ:独唱曲
  • 第9シリーズ:その他

となっています。現在のところまだその半分も出版はされていません(交響曲については、4番、5番、6番がまだ出ていません)。
今回22番目のアイテムとして出版されたのは、第2シリーズの第1巻、ヴァイオリン協奏曲です。この全集のコンセプトは、初期稿や編曲なども含めてすべての作品を刊行するというものですから、ここには当然現行版のほかに、初稿である1904年版も収録されています。この楽譜は今回初めて公に日の目を見ることになったという、非常に貴重なものです。この曲は、初演の時の評判があまりに悪かったので、シベリウスは直ちに改訂を施し、そちらの方はめでたく「名曲」として今では多くの人に聴かれているものになっています。ですから、彼としてはもはや初稿は「無かったこと」にしたかったのでしょう。ただ、もちろん楽譜が出版されることはありませんでしたが、自筆稿によってたった1度だけ、特別に遺族の承諾を得て録音されたものはあります。

(BIS/CD-500)

このCDよって、その粗削りではあっても現行版にはない魅力をたたえたヴァイオリン協奏曲の初稿の姿は知ることが出来てはいましたし、掲載されていたライナーノーツによって、大まかな構造上の違いも、何とか理解は出来ていました。しかし、やはり楽譜の現物は見てみたいものだ、という願いが、やっとかなったことになります。
そこで、大まかですがその違いを見てみましょうか。上の数直線が初稿、下が現行版です(数字は小節)。

第1楽章は、こんな感じ、542小節あったものを499小節に削っています。そこでカットされたのが初稿の394小節目から458小節目までの2つ目のカデンツァです(1つ目のカデンツァは206小節目から258小節目まで)。そのほかにも、色のついた部分はモチーフの形も構成も大幅に改変されています。ほとんど同じ形の白い部分でも、オーケストレーションはかなり変わっています。
第2楽章は、小節数(69小節)も構成も全く変わっていません。変わったのは32小節目から41小節目までのソロの音型と、細かいオーケストレーションだけです。

第3楽章は、色のついた部分が別な音楽になっていて、326小節が268小節にまで削られています。ここもオーケストレーションはかなりの違いがあります。たとえば冒頭もこんな感じです。

(↑初稿)

(↑現行版)

今回のきちんと校訂された楽譜によって、さっきのCDでの演奏が必ずしも初稿に忠実ではなかった箇所も見つかりました。一番はっきりわかるのが第2楽章の65小節目(最後から5小節目)のヴァイオリン・ソロです。

CDではこのような細かい音符によるカデンツァのようなものが弾かれていますが、この楽譜では現行版と同じものになっています。これは、参考のために掲載されている自筆稿のファクシミリを見れば明らかなことで、最初に書いたこの細かい音符を、後に作曲家が鉛筆で消した跡がはっきり分かります。そこを、CDの演奏家は見落としたのでしょう。ちなみに、この部分の校訂報告で「Facsimile VII」とあるのは、「Facsimile VIII」の間違いでしょう。
全集版とは言いながら、版権はブライトコプフではなく、最初に出版したロベルト・リーナウが所有しています。ですから、将来スタディ・スコアやリダクション・スコアが出版される見込みはないのだそうです。すこあ(そこは)ちょっと不思議ですね。

Score Artwork © Breitkopf & Härtel
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by jurassic_oyaji | 2014-12-28 20:32 | 書籍 | Comments(0)
「なごり雪」はスリーコードだけでは弾けません。
 夕べは、私にとっては今年唯一の忘年会でした。ニューフィルではこのところ公式行事としての忘年会は行われていないので、各パートでやりたいところがそれぞれやっているようですが、今年はヴァイオリンとヴィオラが合同でヴァイオリンのメンバーの送別会も兼ねて行うことになったので、そこに混ぜてもらうことにしました。私としてはその送別会の方がメインという位置づけで。
 会場は、かつては東北大学の北門のそばにあったお店なのですが、そこが震災でもう営業できなくなったものが、今年になってやっと別の場所でリニューアル・オープンしたというところです。サイトで前もって調べてみたら、なんだか生バンドが演奏できるようなステージや機材が店内に備えてあったりして、ちょっと面白そう。
 場所は「光のページェント」で賑わう街中ですから、車は置いて地下鉄で行ってみました。ですから、地下鉄を降りて外に出たら、そのあたりはものすごい人だかり、実はまだ実物は見ていなかったので私には初ページェントです。



 しかし、あいにく結構な雪が降り始めています。本当はこのページェントの中を会場まで歩いて行きたかったのですが(もちろんひとりで)、少しでも濡れないように一番丁のアーケードを経由して細横丁まで向かいます。そのあたりは「仙台の歌舞伎町」と呼ばれているホテル街ですから、こんな日でも結構人があふれていますが、どの入り口にも「満室」の表示がありますから、どうなんでしょう。
 ヘタをしたら、間違えてそんな中に入っていきそうにもなりましたが、前もって場所の詳細は確認してあったので何事もなくお店に到着です。入ってみると奥の方に座敷があってお客さんがいるみたいですが、土間にはまだ誰もいません。貸切のようですね。サイトで見たステージもちゃんとあって、マーシャルのアンプなんかも置いてあります。かなり本格的ですね。クラヴィノーヴァですがピアノもありますし。このパートは圧倒的に女性が多いので、私は目立たないように端のテーブルに座ります。
 結局、集まったのは30人ぐらいでしょうか。出てきた料理は、皮ごとまるまんま茹でたジャガイモとか、30センチぐらいの長さのある特大コロッケとか、なんか家庭的で素朴なものばかり、終わりごろにまるでボウリングのボールぐらいの大きさの味噌焼きおにぎりが出て来た時はびっくりしましたね。そもそも、割りばしの袋にはお店の名前がハンコで押してありますし。

 盛り上がってくると、最初にわざわざ楽譜まで用意してギターを演奏した人を皮切りに、なんだか隠し芸大会みたいな感じになってきました。

 そして、宴会の仕掛け人N岡さんが用意したビンゴの時間となりました。なにしろ、iPadでビンゴ用のアプリまで持ってきているのですからすごいものです。もちろん、賞品も彼が用意しました。ところが、もうかなりの人がビンゴを出しているというのに、私はなかなか上がれません。そのうちに、まだビンゴを出していない人はもう2、3人になってしまいました。そうしたら、進行役のK苗ちゃんは「最後に残った人は罰ゲームで一発芸」なんて言い出しましたよ。まさか、私がそんなことになるなんて、あり得ませんが。
 しかし、そのまさか、あと2人となったところで他の人がビンゴになってしまったので、私は一発芸を披露しなければいけなくなってしまいましたよ。いやあ、マジでパニックです。もう泣きだしたいくらい。こうなったらヤケで、「ピアノを弾きます」と言って、ピアノの前に座ります。最初はバッハの平均律の最初の曲(グノーの「アヴェ・マリア」の伴奏)でも弾こうかと思いましたが、ちょっと最後まで弾く自信はなかったので、とっさに作戦変更、これだったらなんとか弾けそうな気がするサティの「ジムノペディ」にしました。しかし、これは「一発芸」だったと気が付いて、そんな真面目なことをやってドン引きされるよりはと、イントロの4小節だけを弾いて、そこでやめてしまいました。これが意外と好評、まずはなんとかなりました。次回はちゃんと全曲弾きますからね。
 もうそれ以上目立つことをやるつもりは全くなかったのですが、このお店のマスターが弾くギターをバックにカラオケ大会が始まると、ついついこんな感じで、もう1ステージ披露してしまいました。人前でギターを弾くなんて、何十年ぶりだったでしょう。もちろん、ニューフィルの人たちは絶対に見たことのない姿です。

 それにしても、このパートは芸達者揃い、これもN岡さんが持ち込んだヴァイオリンで、もう盛り上がること。
 そういえば、ここにいた人のほとんどは知らないはずですが、だいぶ前には「忘年パーティー」という、これはきっちりと前もって仕込んだアンサンブルなどを演奏しつつ、持ち込みの料理を楽しむという公式行事を、旭ヶ丘の大ホールで何回かやっていたことがあったことを思い出しました。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-28 10:33 | Comments(0)
STRAVINSKY/Le Sacre du Printemps
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David Zinman/
Tonhalle Orchestra Zurich
RCA/88843095462




去年、2013年は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が初演されてから100年目ということで、世界中でこの曲が演奏され、録音もされていました。そんな中には、その初演の時に使われていた楽譜は、現在出版されているものとは多くの点で異なっていたことに注目して、その当時の資料を用いて演奏したというものもありました。それが、以前聴いていたロトの録音ですね。それは、なんせ「レコード・アカデミー賞」という、国内では最も権威のあるクラシックのレコードに対する賞の中でも最高位の「大賞」を獲得してしまったのですから、すごいものです。まだ国産ウィスキーも完成したばかりだというのに(それは「大将」)。個人的には、この賞や、この賞を主催している出版社に対しては業界べったりの胡散臭さを感じているものですから、素直には喜べないのですが、まあ多くの人にこんな地味な仕事を聴く機会を与えてくれたことは間違いないので、その点だけは評価できるでしょう。
ところが、同じ時期に同じような「地味な仕事」をやっていたもう一人の指揮者がいたのですね。その指揮者の名はデイヴィッド・ジンマン、あの「ベーレンライター版のベートーヴェン」の録音を世界で最初に発表したことで一躍有名になった男です。「春の祭典」の初演の日時は、正確には1913年5月29日ですが、ロトが演奏したのは5月14日、ジンマンは6月7日ですから、今回はロトに「1番」の名誉を奪われて、さぞかし悔しかったことでしょうね。
それなら、別のことで目立ってやろうと考えたのかどうかは分かりませんが、ジンマンの場合はその「1913年版」と、現行の出版譜である「1967年版」とを、同じ日に並べて演奏するというとんでもないアイディアを打ち出しました。コンサートの前半は1913年版、休憩をはさんで後半に1967年版というものです。もちろん、ただそんなことをやってもお客さんは退屈するだけでしょうから、それに先立ってそれぞれの版の一部分を実際にオーケストラを使って演奏してもらい、その違いを実際に耳で確かめていただこうという、まるで「題名のない音楽会」みたいなこともやっています。そんなお茶目なことも、この人は出来るんですね。なんせ、そこではわざわざフランス国立管弦楽団のバソン奏者、フィリップ・アノンを連れてきて、冒頭のファゴット・ソロの部分をチューリッヒ・トーンハレのファゴット奏者と「聴き比べ」までさせてくれるのですからね。
そんなコンサートの全容を、ここでは2枚組のCDにすべておさめています。それでいて価格は1枚分というのは良心的。ただ、そのトークの部分で、英語、ドイツ語、フランス語が飛び交っているのは、ちょっと辛いですね。これは国内盤も出るようですから、その時にはきちんと翻訳されたテキストが添付されることでしょう。
同じ1913年版と言っても、ジンマンはロトとはほんの少し異なるものを用意していたようです。ロトは、あくまで初演の時に鳴り響いた音を再現するのだ、というコンセプトで、自筆稿だけでなく、ほかの資料も参照して初演までに改訂された部分まで含めてきっちりと再現しようとしていますし、もちろん楽器もその当時のものを可能な限り用意していました。しかし、ジンマンはその自筆稿にあくまで忠実に演奏しようとしていたようです。つまり、作曲家の書いた間違いまでもここでは再現されているのです。これは、冒頭のファゴット・ソロが2回目に現れる部分の最後ですから、すぐに気づくはずです。
そんな些細なことはどうでもいいのですが、結局こんな過酷なことを強いられたオーケストラの苦労はどんだけのものがあったのでしょう。あくまでそれぞれの楽譜に「忠実に」演奏することにとらわれた挙句、全く「死んだ」音楽しか作りだすことが出来なかった責任は、もちろんこんな無謀なことを企てたジンマンが負うべきものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment Switzerland GmbH
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by jurassic_oyaji | 2014-12-27 00:59 | オーケストラ | Comments(0)
シベリウスのヴァイオリン協奏曲の初稿の楽譜が手に入りました。
 前回の看板の文字、読めましたか。Facebookに同じ写真をアップしたら、意外と読めなかった人がいたようで、ちょっと意外でした。あの文字は篆刻などに使われる篆書体(てんしょたい)というフォントなのですが、それをさらにデフォルメしてあったために、分かりにくかったかもしれません。基本的な篆書体が見つかったので並べてみましょうか。こんな風になります。

 これだったら分かりますね。「定禅寺通緑地」です。あの通りの真ん中にある中央分離帯のことを、正式にはこのように呼ぶのだそうです。それをみんなに知ってもらうためにこの看板を立てたのでしょうが、逆にこれだと凝り過ぎて分からなくなってしまっているという、あいにくの結果になっていました。でも、これを書いた人(ちゃんと、それこそ篆刻が押してありますね)は本当はどういうつもりだったのでしょう。

 その時に街中で見かけたのが、こんな、毎年やってくるサンタです。この写真を撮った時には、サンタさんと一緒に写真を撮ってもらおうという人がたくさん並んでいたのですが、帰りに同じところを通ったら誰もお客さんがいなくて、ちょっとさびしそうなサンタさんでした。まあ、クリスマスなんてそんなものです。というか、私の場合は2週間前に、愚妻がぜひ見たいというので2回目となる「デビクロくん」を見ていたので、もうその時点でクリスマス気分満開、見終わった時にはもうクリスマスも終わったような気になっていましたからね。
 今日も、別に平日なので職場にいましたが、そこにいる86歳になる母親が大きな荷物を持ってヨロヨロと私の部屋に入ってきました。通販の商品は、いつもここ宛てに送ってもらっているので、大体母親が気を利かして持ってきてくれます。いつもはCDとかそんなに重くないものですが、今日の荷物はやたらと大きくて重たそうです。でも、その箱のロゴを見て私にはなんだか分かりましたから、すぐに受け取って開けてみます。でも、「それ」にしてはなんだか大きすぎますね。そうしたら、その中にもう1個箱が入っていましたね。まるでマトリョーシカですね。

 そして、きちんとくるんであった紙をはがすと、出てきたのは立派な布張りの楽譜でした。
 これは、1週間前に注文してあった楽譜。ドイツからですが、一番安いシッピング・コストでも、こんなに早く着くんですね。今でこそ知ってますが、最初にこの「shipping」という言葉を見た時には、マジで「船で」送ってくるのではないかと思いましたよ。確かに、昔は注文しても届くまでにはかなり日にちがかかっていましたからね。でも、今ではこの「ship」というのは単に「輸送する」という意味であることは分かるようになりました。ですから、当然飛行機で運んできたのですが、そこまでして届いたその楽譜は、日本の輸入楽譜屋さんから買うのよりは、そんなシッピング・コストを含めても、ほぼ半額近くで済んでしまいましたよ。でも、同じ「B」から始まる社名でも、もう一つの有名な楽譜出版社は、なぜかネットで直接買うことが出来ないのですね。注文しても、日本の代理店を紹介してくれるだけ、もちろんその中にはさっきのぼったくりのお店もありましたね。
 この楽譜は、シベリウス全集の最新刊、ヴァイオリン協奏曲です。そこに、初めて見ることが出来る「初稿」の楽譜も一緒に入っているのですよ。去年新田さんとニューフィルがこの曲を演奏した時に、この楽譜がもうすぐ出るはずだという話を聞いて、ずっと待っていたものがやっと手に入ったことになります。ところが、この写真をFacebookに載せたら、その新田さんのところにはまだ届いていないようなコメントが寄せられましたね。私の方が先に入手できたなんて、なんか素敵。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-25 21:54 | 禁断 | Comments(3)
MOZART/Piano Concerto No.27, BRAHMS/Symphony No.2
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Emil Gilels(Pf)
Karl Böhm/
Berliner Philharmoniker
TESTAMENT/SBT2 1499




カール・ベームとベルリン・フィルとの1970年のザルツブルク音楽祭での録音が、初めて世に出ました。年代とオーケストラを見てピントきた方もいるかもしれませんが、これはジェームズ・ゴールウェイが参加しているコンサートです。この日のプログラムはモーツァルトの交響曲第28番とピアノ協奏曲第27番、そしてブラームスの交響曲第2番です。モーツァルトの交響曲にはフルートがありませんからゴールウェイの出番はないのですが、残りの2曲では彼の演奏を聴くことが出来ます。ですから、おなじみ「Galway in Orchestra」あたりではすでにリストアップされているのでは、とお思いでしょうが、確かにピアノ協奏曲では海賊盤がありましたが、ブラームスに関してはこれが正真正銘の初音源となります。もちろん、これはオーストリア放送協会の放送用公式音源で、それに定評あるTESTAMENTによるきちんとしたリマスタリングが施されたものです。ほんと、以前もカラヤンとの録音がリリースされたりしていて、このレーベルには足を向けて眠ることなどできません、と持ちあげて・・・(それは「ゴマスリング」)。
ゴールウェイが在籍中のベルリン・フィルの録音といえば、もちろんカラヤンとのものが圧倒的に多いのですが、ベームとの録音もごくわずかですが残っています。DGからの正規CDとして最も有名なのは、同じ1970年に録音されたモーツァルトの「ポストホルン・セレナーデ」でしょうね。この中で聴けるソロは、まさに絶品です。それと、シューベルトの交響曲全集の中で、最後の1971年に録音された地味な2番、3番、4番、6番といったところでしょうか、有名な曲は、その前に前任者のツェラーが録音してしまっていたのですよね。
1970年の8月15日に行われたコンサートの会場は、祝祭大劇場でした。ここはもっぱらオペラの上演用に作られたホールですから、コンサートとしての響きはそれほど豊かではありません。そこへもってきて、おそらくマイクアレンジも個々の楽器が強調されるようなものだったのでしょうから、前半のモーツァルトはかなり鋭角的な音で録音されています。中でも弦楽器はもろに生の音が聴こえてきて、ふくよかさの全くない貧しい音ですから、ちょっと印象は良くありません。ピアノ協奏曲でのギレリスのピアノの音も、なんかむき出しの打鍵の音がそのまま聴こえてくるような乱暴な音に聴こえます。
ですから、その中でのゴールウェイの音も、何か「裸」でさらされているようなゆとりのない音のように聴こえてしまって、ちょっと辛いものがあります。演奏しているゴールウェイも、ちょっと窮屈そうな感じがしますが、本当はどうだったのでしょうね。
しかし、後半のブラームスでは、編成が大きくなったせいなのか、きっちりオーケストラとしてのまとまりのある響きが聴かれるようになっていました。こうなれば、ゴールウェイのフルートは本領を発揮、あの輝かしい音と、有無を言わせぬフレージングで、オーケストラ全体をリードしていっているのがはっきりわかります。
ベームも、この頃はまだまだエネルギッシュな推進力は健在でしたから、ゴールウェイの煽りにたじろぐことはありません。終楽章などは、まさに炎のように燃え上がるエンディングに向かって、まっしぐらの快演です。ほんと、フルート一本でこれほどオーケストラをリードできるフルーティストなど後にも先にもいないのではないかと、改めて感じさせられますよ。こんな録音を聴いてしまうと、今のオーケストラのメンバーはなんて小粒になってしまったんだ、と思わずにはいられません。
そのゴールウェイも、先日75歳の誕生日を迎えました。ネットでは、そのお祝いのテレビ番組を見ることが出来ますが、そこにはそんな100人のオーケストラの中でもとびぬけた存在感を誇っていたかつての彼の姿はありませんでした。

CD Artwork © Testament
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by jurassic_oyaji | 2014-12-24 21:54 | オーケストラ | Comments(0)
「黄河」の中身違いのLPは交換してもらえました。
 先日送ったゆうメールは、結局何の問題もなく発送されたようでした。やはり担当者が多忙だったようで、その日のうちには集金に来れないという連絡があったのだそうですが、翌日にはちゃんとやってきたみたいで。それで、まあ金曜日に発送したとしても、そのあとは土日ですから実際に配達されるのは週明けだろうと思っていたら、もうその前にしっかり届いていたようで、顧客の方からご丁寧に電話をもらっていたりしていたそうです。ということは、休みの日でも配達は休まないのでしょうか。だとしたら、安いし早いし、しかも集荷までしてくれるなんて、いいことづくめではないですか。でも、なんか無理してサービスしているような気がしてしょうがないのは、なぜでしょう。
 実はもう一つ、配送がらみでの懸案がありました。以前の「禁断」でLPの中身が違っている不良品が見つかったのに、もうとっくに期限を過ぎているのであきらめたということを書いたら、ブログへのコメントで「問い合わせだけでもしてみたら?」という御忠告を頂いたので、ダメモトで連絡を取ってみました。もちろん、全く期待はしていませんでしたが、それは同じような案件での苦い経験があったからです。奇しくも、同じ「黄河」の、そちらはCDでしたが、これは製品そのものがトラックの順番を間違えていたという、マスタリングの際のミスによる不良品でした。そういうものは販売店に聞いてもらちが明かないと、直接メーカーに問い合わせたのが悲劇の始まり、素直に非を認めて交換に応じればいいものを、「アメリカ盤では不良がありましたが、ドイツ盤では問題はありませんでした」などと、とても身勝手な言い訳を始めたのには、あきれるというか情けないというか。現に私の手元には不良品があるのに、そんなどこで作ったなんて、全くこちらには関係のないことをしゃあしゃあと言い出すなんて、完全にどこかのネジがゆるんでいるとしか思えませんでしたよ。
 ですから、そういうスタンスがこの業界のスタンダードだと思わせられたので、今回も到底すんなり対応してくれることなんかあり得ないと思ってしまいますよね、交換期限だって遥かに過ぎてますし。ところが、このLPを購入したところは、間髪いれずに「良品の手配をしましたので、不良品を梱包してお待ちください。良品が入手でき次第連絡します」と、さっきのレコード会社とは全く異なる良心的な態度を示してくれたではありませんか。考えてみれば、不良品を販売したのは、どんな理由にせよ売った側の落ち度なのですから、それに対しては無条件に対応するのは本来あるべき姿ですよね。やはり、どんな業界にも「良心」というものはあったのですよ。さっきの○クソス・ジャパンは、そんな最低限の社会のルールすら持ち合わせていなかったというだけのことだったんですね。
 さらに、翌日には「良品を発送しました」というメールが届きましたよ。なんという迅速さ。それを受け取ったら、配達員に不良品を渡してくれ、ということでした。ただ、ここでちょっと心配なことがありました。最初のメールで、「交換するのは不良品の1枚だけ」とあったのですよ。ま、そのLPが入っていた6枚組のボックス全体を交換するわけではなかったのはちょっとがっかりですが、でも、それはまず妥当なやり方でしょう。ただ、その不良品には、同じボックスの別のLPが入っていたということで、LP盤が1枚足らなくて同じものがダブっていたという状態だったのです。で、そのメールには「不良品のLPを発送して、代わりにダブったLPを受け取ります」というようなことが書いてあったのですね。ということは、ジャケットだけは全部揃っているので、中身のLP盤だけを交換するのではないか、という疑問が起こりませんか?ジャケットに入っていないLPだけを送ってくるという可能性です。
 ですから、配達が届いた時には、配達員を待たせておいてまず荷物を開けてみましたよ。そうしたら、ちゃんとジャケットに入った商品だったので、こちらもジャケットに入ったままのダブったLPを梱包したものを、渡しました。これだって当たり前の話なんですけど、どうしてもあのナ○ソスの対応が頭にこびりついているものですから、素直に考えることが出来なかったのでした。やはり、一度そういうひどい目に遭ってしまうと、なかなかそこから抜け出すことはできません。
 そんな懸案が全て解決したので、久しぶりに街に出かけたら、例の「光のページェント」の会場に、こんな真新しい看板が立ってました。

 達筆過ぎて最初は「定禅寺通」しか読めなかったのですが、ちょっと考えたら残りもすぐ分かりました。でも、根性の腐ったナク○スの人には、これはハードルが高いでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-23 21:08 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Jonannes-Passion
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Mark Padmore(Ev)
Roderick Willims(Jes)
Camilla Tilling(Sop)
Magdalena Kozená(Alt)
Topi Lehtipuu(Ten)
Christian Gerhaher(Bas)
Simon Rattle/
Rundfunkchor Berlin
Berliner Philharmoniker
BPR/BPHR 140031(BD, DVD)



以前の「マタイ」に続いて、今回は「ヨハネ」でピーター・セラーズの舞台演出による映像が届きました。もしや、と思ったのですが、セーラー服のキャストはいませんでした。
「マタイ」の時とは、パッケージのデザインがすっかり変わっていますが、これはその間にベルリン・フィルが正式なレーベルを発足させたからです。これに合わせて、「マタイ」の方もこの新しいパッケージでリイシューされています。
このパッケージは、表紙が布張りという豪華なもの、なんか、ものすごい存在感を主張しています。これを開くと、こんな感じで右側がブックレットになっているのですが、肝心の左側がいったいどうなっているのか、しばらく分かりませんでした。普通だと引き出しみたいにトレーが出てくるのでしょうが、どこを押しても動く気配がありません。いろいろやっているうちに、何かのはずみで下から開くことが分かりました。ただ、これは普通は開かないように磁石で固定されているので、意識して力を入れないと開きません。知らない人がいたら自慢して開けてあげたいような「特別な」仕掛けですが、ちょっとこれはやり過ぎ。それより、BD1枚とDVD2枚が、間に紙は入っていますが、そのまま重ねられているというのは、ちょっと嫌な感じです。





出演者は、先頃引退を宣言してしまったクヴァストホフの代わりにロデリック・ウィリアムスが入っている他は、「マタイ」の時と全く同じです。ただ、前回イエス役だったゲルハーエルが今回はペテロとピラトの部分を演じ、替わったウィリアムスがイエスを演じています。つまり、「きちんと演技が出来る」バス歌手が2人揃ったために、演出の自由度ははるかに増して、これにパドモアのエヴァンゲリストが絡んだ3人の演技は、殆ど「オペラ」と変わらないほどのリアリティを持つようになりました。いや、この3人が床に這いつくばって歌っているシーンなどは、オペラ以上の緊張感に包まれていましたね。
そんな特殊な演技を要求されても、ソリストたちの声はとても明瞭に録音されていました。そもそも、パドモアがステージの下から登場してきた時からきっちりとオンマイクならではの音だったので、気を付けて見てみたら、やはりみんなおそらく客席からは絶対に見えないほどの巧妙さでピンマイクを装着していましたね。多分、これは録音だけではなく、ホール内でもしっかりPAで流していたのではないでしょうか。オペラでは鬘の中にマイクを仕込むのはもう常套手段になっていますが、パドモアではそれは無理ですから、こういう形を取ったのでしょう。もちろん、これで「演技」と「演奏」の両立が図れるのですから、こういうことをやるのは大歓迎です。




ソリスト以上に熱心に「演技」が付けられていたのが合唱団です。サイモン・ハルジーの指揮するベルリン放送合唱団は、「マタイ」の時には後ろの方で楽譜を見ている人もいたぐらいのユルさでしたが、今回はそんなことは決して許されないほどの、徹底した「振り」が施されていました。それも、世のお母さんコーラスのような単純なものではなく、ひょっとしたら間違えているのかと思えるほどの複雑なことが要求されますから、大変です。その上で、完璧な演奏をしていたのですから、これは驚異的。逆に、オーケストラのソリストは「マタイ」ではほぼ暗譜で演奏していたのに、ここでは堂々と譜面台を用意していたのはちょっと甘やかしすぎ。その譜面台の出し入れが、どれだけこのステージの緊張感を殺いでいたことでしょう。
ラトルは、時折聴きなれない表現で観客を驚かせていたようですが、それらは全部最近の他の演奏家の録音で聴いたことのあるものばかりでした。特に、11番のコラール「Wer hat dich so geschlagen」で、2番の時にア・カペラにするというのは、レイトンのアイディアを「参考にした」と思われても仕方がありません。

BD & DVD Artwork © Berlin Phil Media GmbH
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by jurassic_oyaji | 2014-12-22 21:04 | 合唱 | Comments(2)