おやぢの部屋2
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VERDI/Macbeth
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Giuseppe Altomare(Macbeth)
Giorgio Giuseppini(Banco)
Dmitra Theodossiou(Lady Macbeth)
Dario Di Vietri(Macduff)
Dario Argento(Dir)
Giuseppe Sabbatini/
Schola Cantorum San Gregorio Magno
Orchestra Filarmonica del Piemonte
DYNAMIC/57689(BD)



イタリア北東部、ピエモンテ州のノヴァーラ市にある歴史あるオペラハウス、テアトル・コッチャで2013年に上演されたヴェルディの「マクベス」のライブ映像です。このオペラの原作はもちろんシェイクスピアによる英語の戯曲です。同じシェイクスピアの作品のオペラ化でも、「オセロ」はきちんとイタリア語読みに「オテロ」と呼ばれているのに、こちらは英語読みの「マクベス」が定着しているのはなぜでしょう。実際に、歌っている人たちはみんな「マクベット」と発音しているというのに。
魔女の予言を真に受けて、自らの野望のために先王を殺害して国王と王妃の地位を獲得したマクベス夫妻、しかし、妻は良心の呵責から狂死、夫も先王の家臣に首をはねられてしまうという、これはなんともやりきれないお話です。いや、ちょっと先走りました。確かに、マクベスは最後には殺されますが、別に「首をはねられる」というわけではありません。それは、ここで演出を担当した、ホラー映画の世界ではとても有名な映画監督、ダリオ・アルジェントのアイディアだったのです。反乱兵たちに囲まれ、椅子に座らわされたマクベスの首を切り落とし、その生首を高々と差し上げる、マクベスに追放された貴族のマクダフ、首のなくなったマクベスの肩口からは、まるで噴水のように血が噴き出すという、なんともグロテスクなシーンは、完全にB級ホラー映画の手法を取り入れたものです(ほら、よくあるでしょ?)。この「全身から血が噴き出す」という陳腐な演出は、同僚のバンコーが殺された時にすでに使われているので、なんの新鮮味もないのですがね。
第1幕と第3幕に登場する「魔女」も、今まで見た映像ではそれぞれにアイディアが凝らされているものでした。ここでこの映画監督がとったのは、「3人の全裸の女性」を登場させるというやり方でした。幕開けにいきなりこんなものが出てくるのですから、インパクトから言ったらこれはかなりのものがあります。しかし、BDのボーナストラックでのインタビューでこの件について語っている時の映画監督の目には、ただのエロジジイのいやらしさしかありませんでしたよ。これは、その程度の底の浅い演出です。しかも、「全裸」と言いながらしっかり前貼りがあるのですからね。何より腹が立つのは、カーテンコールで彼女らが出てきた時には、みんなワンピースを羽織っていたということです(え?)。
もう一つ、彼が誇らしげに自画自賛していたのが、マクベス夫妻の愛の深さを描くために設けたという第2幕のセックス・シーンです。妻が夫の上に馬乗りになり、腰を使うと夫は白目をむいて悶えるという、ここでもエロオヤジ度全開の意味のない演出です。そもそも、時代を現代に置き換えたのは戦争の悲惨さを伝えたかったからなんですって。そんなもん、このエロの猛攻の中では、どこかにすっ飛んでしまっています。
そもそも、この監督は舞台での演出というものにはそれほどのスキルがないようで、合唱などはいったい何をしたらいいのかわからずにうろうろしているだけ、バンコーの亡霊が出てくるシーンなどは、まるで学芸会でしたね。極めつけは、その合唱団の歌のあまりのヘタさ。そしてオーケストラも、最初のチューニングでとんでもない集団であることが分かってしまい、もうはらはらのしっぱなし、大詰めのフーガの部分などは完全に崩壊していましたね。サッバティーニって、いつの間に指揮者に転向していたのでしょう。譜面台をあんなに立てて指揮をする指揮者なんて、初めて見ました。
それでも、ソリストたちがきちんと自分の仕事をしていれば何とかなるというのが、オペラの面白いところです。テオドッシュウもアルトマーレも、とても楽しめました。
あ、ちゃんと日本語字幕も付いてます。でも、それを選択するときには「日本人」というところを選ばなければいけません。

BD Artwork © Dynamic Srl
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by jurassic_oyaji | 2015-07-31 21:22 | オペラ | Comments(0)
夜のベストヒットテン
 「あまちゃん」の再放送も100回目を過ぎて、いよいよ話は佳境に入ってきましたね。段々と明らかになる春子の過去、それを知ったアキと太巻との関係は、どのようになっていくのでしょう・・・って、本当はもうわかっているはずなのですが、それをあえて知らないモードにしておいてまっさらな状態で見るというのが、再放送の正しい味わい方ですから。
 そして、今やすっかり売れっ子になった有村架純がいよいよレコーディングを行うシーンももう終わりましたが、やはりその声は小泉今日子でしたね。ということは、彼女は二重の意味での「影武者」を演じていることになりますね。そして、テレビの生番組でも吹き替えをやるときには、こんなシーンが出てきました。
 モニターに使っているヘッドフォンが、私が愛用しているMDR-CD900STなんですよ。
 さすがにメーカーのロゴは消してありますが。このころから、現場で使われていたロングセラーということになりますね。でも、ちょっと待ってください。このシーンは、確か1985年のことだったはず、
 しかし、このヘッドフォンが発売されたのは、実は1989年なんですよね。これは、時代考証の間違いです。でも、そんなことを言えば、後部座席のシートベルトの着用が義務付けられたのは2008年からですから、あのタクシーの中で二人ともシートベルトをするというのも、ほんとはインチキなんですけどね。
 その時の、「ザ・ベストテン」っぽい番組の中で、その週のランキングがボードに現れるところで、ガラガラ回っているところがありましたが、普通は早くて読み取れないのをコマ送りで一個一個キャプチャーしてみました。なかなか面白いですよ。
 ここから、一番上の欄だけが回っていきます。







































 こんなにあったんですね。スタッフが一生懸命考えたのでしょう。私のお気に入りは「ピンクのベートーベン」です。
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by jurassic_oyaji | 2015-07-30 21:58 | 禁断 | Comments(0)
Jewels of Ave Maria
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田村麻子(Sop)
福本茉莉(Org)
NAXOS/NYCC-27290




「アヴェ・マリア」というタイトルの曲ばっかりを集めた、ユニークなCDです。そして、編成が、ソプラノ・ソロとオルガンという、とてもユニークなものです。歌っているのはニューヨーク在住、世界中のオペラハウスで活躍されている田村さん、そこに、やはり世界中でご活躍、このレーベルからもソロアルバムをリリースしている福本さんのオルガンが加わります。
これは、今まで誰も聴いたことがなかったようなレアな「アヴェ・マリア」が含まれている、というとても意義深いアルバムではあるのですが、第一義的にはオーディオ的な側面を押し出したものであることは、ブックレットに高名なオーディオ評論家、麻倉怜士氏のエッセイが掲載されていることでも分かります。そこでは、録音フォーマットが5.6MHzのDSDであると述べられています(これは、本来なら録音クレジットで掲載されるべきデータなのでしょうが、そこにはフォーマットはおろか、こういうものを目指しているCDであれば必須のマイクロフォンなどの録音機材に関する記載は全くありません)。これは、SACDで採用されている規格の倍のサンプリング周波数ですから、ほぼハイエンドのハイレゾ録音であることが分かります。
もちろん、それをきちんと味わうためには、このCDではなく、配信サイトで入手できるハイレゾ・データを聴かなければいけません。そのあたりの誘導の役割を果たすのも、この麻倉氏の文章なのでしょうが、その部分の書き方がかなりいい加減なのには、ちょっと「?」です。配信サイトでは、オリジナルの5.6MHzのDSDと、24bit/192kHzのPCMのデータが入手できるのに、「DSD2.8MHzファイル」などと書いてありますし、もっと分からないのが「CD用の48kHz/24bitのPCM」という、オーディオ評論家とは思えないような荒っぽい言い方です。
とりあえず、参考のために24/192のデータを1曲分だけ(ビゼー)購入して、このCDの同じトラックと比較してみましたが、その差は歴然としています。ここではアルバムの趣旨に従ったのでしょう、ホールに備え付けの大オルガンを、あえてストップを少なくしてまるでポジティーフ・オルガンのようなコンパクトな音色で聴かせようとしています。そのあたりの繊細さがCDでは全く伝わってこないのですね。ソプラノ・ソロも、高音がCDでは何とも押しつけがましく聴こえてきます。ハイレゾ・データではそのあたりがソリストの個性としてとても美しく感じられたものを。とは言っても、CDで最後のトラックのピアソラを聴くと、そのエンディングでソプラノのビブラートとオルガンとが共振して、なんともおぞましい響き(はっきり言って録音ミス)が聴こえてきます。そんなところまではいくらハイレゾでも世話を見切れないのかもしれませんね。
そのピアソラをはじめとして、まだ世の中にはこんなに美しい「アヴェ・マリア」があったのだ、と気づかされたのは、間違いなくこのアルバムの恩恵です。あの有名なオルガニスト、マリ=クレール・アランの兄である、やはりオルガニストで作曲家であったジャン・アランの作品などは、オルガンの響きとも見事にマッチしたモーダルなテイストがとても新鮮に感じられます。アルバムの冒頭を飾るミハウ・ロレンツという人の作品も、初めて聴きましたがとても美しいものでした。ただ、この人のファーストネームの欧文表記は、「Michal」ではなく「Michał」となるのでしょうね。
そんなレアなものではなく、世の中には「4大アヴェ・マリア」などというものがあることも、さっきの麻倉氏の文章から知ることも出来ました。でも、バッハ/グノー、シューベルトは分かりますが、残りのカッチーニとマスカーニというのは、どうなのでしょう。「カッチーニ」がジュリオ・カッチーニの作品でないことは周知の事実ですし、「マスカーニ」は言ってみれば「替え歌」ですからね。

CD Artwork © Naxos Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-07-29 21:08 | 歌曲 | Comments(0)
選挙用の掲示板にニューフィルのポスターを貼ってはいけません
 ニューフィルの演奏会のチラシやポスターを持って行く場所はリストアップしてあって、今日の練習の時にそれぞれの担当のところにお願いするように、その担当一覧のリストを渡しました。そうしたら、箱一杯に入っていたポスターなどは、もう残りわずかになってしまいましたよ。それだけのものが、確実にこれから町中にばらまかれる、ということになるのですね。
 ですから、私も、この間のような大きなものを貼りつけるだけではなく、もっとこまめに貼れるところを見つけてみようと思いました。そうして職場への行き帰りに道路わきを注意してみていると、ポスターを貼るには格好のボードが、かなり目立つところにあちこちに用意されているではありませんか。そこには何やら名前が書かれたポスターがたくさん貼られていますが、なぜか半分近くのスペースが空いています。ここを宣伝に利用しない手はありませんから、さっそくそのボードの一つにポスターを貼ってきましたよ。まわりのものが顔写真や名前だけを大きく書いただけの、デザイン的には何とも美しくない中にあって、このニューフィルのポスターはひときわ目立っていますね。
 なんて、実際にそんなことをしたら、公職選挙法違反で逮捕されてしまいますからね。本気にして貼ったりしないでくださいね。
 今日の練習は、来週はパート練習なので指揮者練習前の最後の合奏となっていました。「レニングラード」は通したらそれだけで終わってしまいますから、4楽章と1楽章だけでしたが、「モルダウ」はひとまず最後に全曲を通してみました。この曲は私の担当はピッコロ。これは最後にしか出てきませんから、それまではヒマ、そんな、「待っている時間」の過ごし方も、この通しでシミュレーションとなります。
 ところで、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、このピッコロ・パートが、最近出版されたベーレンライター版では、今までのものとかなり違っているのですよ。
 このように、いたるところで、今までより1オクターブ高く吹くように変わっているのです。末廣さんも「ベーレンライター版も参照」というようなことをおっしゃっているので、もしかしたらここをそんな風に吹かされるかもしれないのですね。正直、私はピッコロは苦手ですから、これはかなりつらいところ、でも、一応「もしも」の時に備えて、今日の通しで試しに吹いてみました。まあ、微妙でしたね。末廣さんが今までどおりにやってくれることを祈るだけです。
 練習が終わったら、共同購入をした新田さんの本が届いたので、みんなに渡していました。私はとっくに買っていたので、この割引の恩恵にあずかることはできませんでしたが、いいんです。ほかの人より先に読めたというところで、優越感を持っていたいものですから。実は、きのうの「おやぢ」を書くにあたっても、この本を参考にさせていただいてましたからね。とにかく、ここではシベリウスに関しては最新の研究成果が反映されていますから、作曲や改訂の年などが、今まで、例えばWIKIなどに書かれていたものとは大幅に違っていたりします。もちろん、正しいのは新田さんのデータですから、ますますWIKIなどをあてにすると痛い目に遭うことも増えることでしょう。と思っていたら、同じ本の中でタイトルに要約されていた年代が、そのWIKIのようなデータで、本文とは違っていることに気づきました。おそらくこれは、著者の知らないところで誰かが気を利かして古いデータを加えてしまったのでは、という気がしたので、さっそく新田さんに聞いてみたら、やはりこれは本人が書いたものではなく、校正の際にも見落としていたのだそうです。さっそく正誤表を作るようなことをおっしゃっていたので、余計なおせっかいではなかったようですね。
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by jurassic_oyaji | 2015-07-29 00:10 | 禁断 | Comments(0)
SIBELIUS/Lemminkäinen Legends, Pohjola's Daughter
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Hannu Lintu/
Finnish Radio Symphony Orchestra
ONDINE/ODE 1262-5(hybrid SACD)




2013年にサカリ・オラモのあとを継いでフィンランド放送交響楽団の首席指揮者に就任したハンヌ・リントゥは、このフィンランドのレーベルからはリゲティ、べリオ、メシアンといった、いわば中央ヨーロッパの「現代音楽作曲家」のアルバムを作ってきました。それぞれに今までになかったような新鮮な味わいを体験させてくれたリントゥは、満を持して、というか、記念年にちなんでというか、やっと自国の作曲家、シベリウスのアルバムを作ってくれました。しかし、そこは今までの流れを裏切らない、何とも渋~い選曲ですね。「レンミンカイネン」と「ポホヨラの娘」ですから。逆に「フィンランディア」なんかを持ってこられても、怒ってしまうでしょうけど
今までのアルバム同様、これはライブ録音ではなく録音のためのセッションで作られたものです。その会場は、彼らのホームグラウンドである、ヘルシンキに2011年にオープンしたばかりの「ミュージック・センター」というところです。ここは、ヘルシンキのもう一つのオーケストラ、ヘルシンキ・フィルのホームグラウンドでもあるばかりではなく、なんとシベリウス・アカデミーという音楽大学まで同居(一部ですが)しているという、まさにフィンランドの音楽文化の中心地です。オーケストラの録音やコンサートが行われるのは座席数1704のコンサートホールですが、その写真を見ると、あちこちに見慣れた部分があることが分かります。

そう、これは世界中でコンサートホールの音響設計を手掛けてきている豊田泰久さんの手になるものです。日本のホールでは、ミューザ川崎のシンフォニーホールとそっくりですね。

ただ、このミュージック・センターの場合は、全体がガラス窓で覆われていて、本番の時こそはカーテンで覆われたりしますが、リハーサルの模様などは自由に外から見学できるようになっているのだそうです。そういう発想のホールは、おそらく日本にはまだないのかもしれませんね。
シベリウスが北欧叙事詩「カレヴァラ」をモティーフにして1896年に発表した、4つの部分からなる「レンミンカイネン」は、その時点ではここで演奏されているものとはかなり姿が異なっていました。それから何度も改訂が加えられ(演奏曲順も変わります)、最終的に現在の形になったのは、1954年にブライトコプフから出版された時でした。最後の「レンミンカイネンの帰郷」などでは、長さがほぼ半分になっているそうです。
最近さる音楽雑誌で見たのですが、このオーケストラの弦楽器奏者は、全てフィンランド人で占められているのだそうですね。それこそ、「シベリスス・アカデミー」の出身者などが中心になっていて、奏法なども近いものがあるのでしょう。SACDではほかの楽器があまりに立っているので時として弦楽器がうずもれて聴こえることもあるのですが、ここではそんなことは全くなく、強靭な主張がストレートに伝わってきます。実は、外国人の中で最も多いのが4人の日本人(フルート、トランペット、打楽器×2)なのだそうです。フルートの小山さんは、この録音に参加していたのかどうかは分かりませんが、時折聴こえてくるソロは、音色も渋く、あくまでオーケストラ全体の中の1楽器というスタンスのように感じられます。このオーケストラの弦楽器のパワーに圧倒されていたのか、他の人が吹いていたのでしょう。
リントゥの指揮は、シベリウスの巧みな自然描写を前面に出して、物語に推進力を与える、といったようなものだったのかもしれません。卓越した録音によって、それは的確に聴き手の耳に届くはずです。
もう1曲の「ポホヨラの娘」の日本語表記は、このSACDの帯でもそうですが、いまだに「ポヒョラの娘」というカレイの仲間(それはオヒョウ)みたいな言い方が横行しているのは残念です。「ポッヒョラの娘」と促音が入ればまだ許せますが。

SACD Artwork © Ondine Oy
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by jurassic_oyaji | 2015-07-27 20:56 | オーケストラ | Comments(0)
今年も、超大判ポスターを貼らせていただきました
 暑い日が続くと、美容室が繁盛するんですってね。今日行った旭ヶ丘の美容室の店長さんが言ってました。確かに、私が行ったときには店内にある6脚ほどの椅子は全部埋まっていましたね。そもそも、水曜日に予約を入れた時にも、朝一番の時間帯は埋まっていて、そのあとからしか空いてませんでしたからね。
 もうすっかり、辞めてしまったかつての店長さんのことなんか忘れてしまって、おしゃべり好きな今度の店長さんのしょうもないおしゃべりに付き合います。その前に、シャンプーをやってくれたのが少し初々しさの残る男の美容師さんでした。「暑いですねぇ」などと愛想のよさそうなところもアピールしています。ところが、です、いざシャンプーが始まると、どんな時にでも必ず寄せられる3つの質問、「お湯加減はどうですか?」、「痒いところはないですか?」そして「流し足りないところはないですか?」という3種のフレーズを聞くことが出来ませんでした。いつも、これが楽しみでシャンプーしてもらっているんですけどね。特に、最後の「流し足りないところはないですか?」という、いったいどのように答えたらいいのか、真剣に考え始めたら大変なことになる質問には、常に喜ばされているものですから。実際、流し足りないかどうかなんて、洗われている本人には絶対に分かりませんよね。
 おそらく、この美容師さんも、彼らのマニュアルにはあるはずこんな質問のばかばかしさに気づいて、そんなことを言ってお客さんを悩ませるようなことはもうやめようと固く決心していたのではないでしょうか。美容師業界にも、新しい波が。
 実は、きのうの夜に、旭ヶ丘の小ホールで、新しく出来上がったニューフィルの演奏会のチラシとポスターを、それぞれの機関に配達するためにチラシは袋に詰め、ポスターは丸めて持ち運びしやすいようにする作業を行っていました。掲示板で呼びかけたら、私が今まで持って行っていたところを引き受けてくれた方がいっぱいいたので、私の担当は劇的に少なくなってしまいました。ですから、私が持っていくものを駐車場まで運ぶのも、かなり楽でしたね。
 それを、まずきのうの帰りがけに旭ヶ丘の市民センターに置いてきたのが、初仕事でした。そして、今日行った美容室も旭ヶ丘なので、その途中で青年文化センターにも置いてきました。さらに、美容室の2階にはイタリアン・レストランが入っているのですが、この間行ったときにレジの横にコンサートのチラシがいっぱい置いてあったので、飛び込みでここにも置かせてもらおうか、と思ったのですが、カットが終わってもまだお店は開いてなかったので、改めてランチを食べにやってきました。
 このお店、とてもおいしいのですが、いまだに全席禁煙にしていないという欠陥レストラン、今日も、一番端のテーブルに座ったのに、すぐ隣に座ったお一人様の女性がタバコを吸いだしたので、お店の人に言って、奥の丸いテーブルに移動させてもらいましたよ。さもわざとらしく、その女性の前をコップを持ったりして歩いて行ったのは、言うまでもありません。そこで、ちょっと恐縮している店員さんに「仙台ニューフィルですけど、チラシを置かせてもらえませんか?」と言ってみたら、快く引き受けてくれましたね。
 こんな感じ、これからも、ここに置いてもらうようにしましょうね。このお店には、音楽関係の人が良く来るはずですから、かなりの効果は期待できますよ。
 もう1か所、前回に次いで目立つところにも特大のポスターを貼らせてもらいました。ここは、なんとライトアップ用のライトまで付いていますから、夜でもしっかりポスターが見えるはずですから。

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by jurassic_oyaji | 2015-07-26 21:37 | 禁断 | Comments(0)
SCRIABIN/Symphony No.1, The Poem of Ecstasy
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Svetlana Shilova(Sop), Mikhail Gubsky(Ten)
Vladislav Lavrik(Tp), Norbert Gembacka(Org)
Mikhail Pletnev/
Chamber Choir of the Moscow Conservatory
Russian National Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 514(hybrid SACD)




スクリャービンという作曲家には、一時期ピアノ・ソナタを通じてかなり親密だった頃がありました。特に後期のものは、「白ミサ」とか「黒ミサ」などといったタイトルが付けられた、何かドロドロしたものが込められているような雰囲気を持っていて、とても魅力的に感じられたものです。その辺をあまり強調しないで、サラッと演奏していたルース・ラレードの録音が、愛聴盤でした。
彼の代表作と言えば、なんと言っても「法悦の詩」でしょう。一応これは「交響曲第4番」ということにはなっていますが、それはのちの人が付けたもので、この後の「プロメテ」(交響曲第5番)と同様、作曲家自身は「交響曲」とは呼んでいなかったようですね。まあ、別に呼び名などはどうでもいいことなのでしょうが、クラシックの世界では「交響曲」という呼び名はある種のステータスとみなされるようですから、作曲家、あるいは出版社などはなんとしてもこの名前を付けて、その作品に「箔」をつけたいと考えるのでしょう。あのS氏がかたくなに「交響曲」を世に出したいと願っていたのが、その端的な実例です。ペンデレツキが、ただの「歌曲集」に過ぎないものに「交響曲第8番」という名前を付けたのも、同じような願望の帰結でしょう(マーラーも似たようなことをやっていましたが、彼は番号を付けることはしませんでした)。
1872年に生まれ、14歳でモスクワ音楽院に入学し、ピアノと作曲を学んだスクリャービンは、当初はピアノのための作品を作り続けますが、1900年に初めて作った本格的なオーケストラのための作品が「交響曲第1番」です。これを聴くのは初めてですが、曲全体にみなぎる伸び伸びとした抒情性にはとても惹かれます。形式的には、古典的な4楽章の交響曲を踏襲した上で、最初と最後にさらに1小節ずつ追加するという形になっています。この、いわば「額縁」にあたる部分がとても爽やかな雰囲気にあふれています。最初の楽章などは、まるで「自然のアルバム」のBGMに使われてもおかしくないほどの、自然の描写の音型が頻繁に現れる美しいものです。
そして、最後の楽章には、なんと「声楽」が加わります。しかし、これはベートーヴェンの「第9」のような押しつけがましいものではなく、基本的にさっきの第1楽章のテイストを引き継いだ曲調の中で、ひたすらこの世に調和をもたらした神を賛美する言葉が、ソプラノとテノールの対話のような形で歌い交わされます。そして、最後に合唱が「高貴な芸術」をほめたたえる、というシナリオですね。
その間の楽章も、とても分かりやすい表現に終始しています。短調で始まるドラマティックな第2楽章、息の長いテーマでやはり自然の描写に余念のない第3楽章、型通りのかわいらしいスケルツォの第4楽章、そしてまるで映画音楽のような壮大さを持った第5楽章です。
ですから、それからほんの8年後に完成した「法悦の詩」をこの曲に続けて聴くと、その落差に驚かされることになります。まあ、そんな多面性があるからこそ、逆にその中にとても強い主張を感じることが出来るのでしょう。つまり、定訳であるこの曲のタイトルの中の「法悦」という言葉を、そんなお上品なものではなく、「絶頂感」と言い換えることで、それは難なく腑に落ちることになるのです。
プレトニョフは、しかし、そんな下世話な好奇心をあざ笑うかのように、極めて冷静に「音楽としての絶頂感」を築きあげているように思えます。それでもなおかつ下半身がムズムズするような感覚が体内に生じたとしたら、それはあまりにもリアルな音像を再生することを可能にしたPolyhymniaのレコーディング・スタッフのおかげなのでしょう。ほんと、このトランペットのリアルさときたら、まさに「絶倫」ものです。そのまま「蜜林」まで突き進んで行ってください。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.
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by jurassic_oyaji | 2015-07-25 22:05 | オーケストラ | Comments(0)
メンデルスゾーンのプログラム・ノーツ
 今年の夏は最初から暑さをとばしてますから、大変ですね。でも、今年から私の伴侶となった「ウィルキンソン・タンサン・クリアジンジャ」のお蔭で、いとも爽やかに生きていられます。いくら飲んでもあとに残らないのがいいですね。
 この間のコンサートは月曜日に本番だったので、なんだか今週は早く過ぎてしまったような気がします。あの時N岡さんに撮ってもらった写真を見直していたら、すごい絶妙なシャッターチャンスを捕えたのが見つかりました。
 かわいいお嬢さんが、突然の知り合いに出会ってびっくりしているという瞬間ですね。
 彼女が手に持っているのが、当日のプログラムです。今回も私が曲目に関する原稿を頼まれたので、公開させてください。
演奏曲に寄せて
 本日の演奏会では、フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディの作品を3曲演奏します。交響曲が2曲と、ヴァイオリン協奏曲が1曲です。
 メンデルスゾーンといえば、おそらく結婚式の代名詞として、実際の結婚式だけではなく、テレビドラマなどでもまさに結婚式のシーンに広く使われている「結婚行進曲」の作曲家として有名なはずです。しかし、彼の作品全体が正当に評価され、今まで埋もれていた作品までが演奏されるようになったのは、ごく最近のことなのです。
たとえば、彼の「交響曲」というジャンルの作品についても、かなりの混乱があったようです。普通にCDなどで「メンデルスゾーンの交響曲全集」を買ってくると、そこには5曲の交響曲が入っていたはずです。確かに、いわゆる「交響曲」と呼ぶにふさわしい管楽器も入ったフル編成の作品はそのぐらいになるのかもしれませんが、そういう編成の「交響曲」を作る前に、彼は13曲ほど「シンフォニア(=交響曲)」というタイトルの弦楽器だけによる作品を作っているのです。
ユダヤ人の銀行家というお金持ちの家に生まれたメンデルスゾーンは、小さいころから両親が雇った家庭教師のもとでしっかりとした教育を受けますが、とりわけ音楽の才能を認められて、まずは母親から、さらには高名な音楽家から指導を受けることになります。「シンフォニア第1番」を作ったのは1821年、彼が12歳の時でした。それから3年にわたって、家庭内で行われるコンサートのために「シンフォニア」を作り続けます。そして、13番目の「シンフォニア」(これは楽章が1つしかない習作のようなものだったので、彼は番号を付けていません)を作った3か月後に、「シンフォニア第13番」というタイトルで、フル編成のオーケストラのための「交響曲」を作ります。出版された際にこれが「交響曲第1番」という名前で発表されたため、それ以後の「交響曲」も、出版された順に5番まで番号が付けられ、普通に「交響曲」という時にはその5つの作品を指すことになりました。それに対して、それまでの12曲(あるいは13曲)のシンフォニアは、「弦楽のための交響曲」と呼ばれるようになっています。
 ただ、その5曲の交響曲でも、その番号は単に出版順に付けられただけのものですから、「1番」以外は作曲年代とは全く無縁の番号になってしまっています。きちんと作曲順に並べ直すと、「1番」、「5番(宗教改革)」、「4番(イタリア)」、「2番(賛歌)」、「3番(スコットランド)」となるのですからね。
 そんな不都合を解消しようと、メンデルスゾーンの生誕200年の記念の年である2009年に刊行された全作品目録(MWV)では、「交響曲」として先ほどの「弦楽のための交響曲」も含めて、全部で19の作品(断片なども含む)がほぼ作曲順にカウントされています。もし将来「交響曲」の番号が、この作品目録に従って作曲年代順に付けられる日が来た時には、本日演奏される2つの交響曲のうちの「1番」は「13番」、もう一つの「4番(イタリア)」は「16番」と呼ばれるようになっていることでしょう。

交響曲第1番ハ短調(MWV N 13)
 1824年に作られたこの交響曲は、メンデルスゾーンにとってはそれまでに作っていた「シンフォニア」とは一線を画した、新しいジャンルへの挑戦という意味を持っていたのではないでしょうか。この曲からは、そんな15歳の若者の少し背伸びをしてでも先人たちの作り上げた偉大な「交響曲」に迫るものを作りたいという気概が存分に感じられます。ここからは、彼がモデルにしたであろうベートーヴェンやウェーバー、さらにはモーツァルトなどの作品に寄せる思いが痛いほど感じられます。そうして出来上がったものは、おそらくメンデルスゾーンは聴くことのなかったシューベルトの作品ととてもよく似たテイストを持っていました。
 第1楽章の短調によるメインテーマは、例えばモーツァルトのト短調交響曲(第40番)を思わせるような深刻なものです。このテーマ、この後の「ヴァイオリン協奏曲」の第1楽章で、最初のヴァイオリンのソロが終わった後にオーケストラだけで演奏される部分に現れる堂々としたテーマとよく似ていますから、注意して聴いてみてください。それとは対照的に、長調に変わってヴァイオリン→オーボエ→フルートと受け継がれるサブテーマは、何と屈託のない美しさを持っていることでしょう。
 第2楽章では、まさにシューベルトのような歌心に満ちたテーマが、様々な楽器によって朗々と奏でられます。個人的には、このテーマの2番目の音が減和音で彩られているところにノスタルジーを感じたりします。
 第3楽章のメヌエットは、まさにモーツァルトのト短調交響曲のテイストをそのまま借りてきた趣です。そしてそれは最後の楽章にも引き継がれています。さらに、後半に出てくる弦楽器だけによるポリフォニックなやり取りは、同じモーツァルトのハ長調交響曲(ジュピター)をも彷彿とさせるものではないでしょうか。

ヴァイオリン協奏曲ホ短調(MWV O 14)
 長い準備期間を経て、1844年という、メンデルスゾーンの早すぎる晩年に完成した、数あるヴァイオリン協奏曲の中でも間違いなく上位にランキングされる超名曲です。実は、この作品は彼の2番目のヴァイオリン協奏曲です。「第1番」のニ短調の協奏曲は1822年に作られていますが、当時の作曲家が作った協奏曲を巧みに真似たような「習作」で、オリジナリティや存在感は、このホ短調協奏曲には及ぶべくもありません。
 第1楽章は、たった2小節のオーケストラの序奏のあとに、いきなりヴァイオリン独奏がメインテーマを奏するという、まさに「直球勝負」のオープニングです。しかも、そのテーマが短調ならではの心の琴線に触れる魅惑的なメロディ(まるで「演歌」)なのですから、たまりません。今までどれほどの人がこのテーマに酔いしれ、この曲の虜になってしまったことでしょう。
 そんな、聴く人を飽きさせない工夫が、第2楽章のつなぎ目に設けられています。普通はここで一旦演奏が止まりますから、客席は少しざわついてそこで緊張感が途切れてしまうものですが、そこに「まだ終わってないぞ」と言わんばかりのファゴットとフルートのロングトーンが入れば、お客さんは耳をそばだてないわけにはいかなくなってしまいます。そして、それに導き出されて、波に揺られるようなリズムに乗って現れるのが、期待通りの甘美なメロディです。
 さらに、この楽章が終わるやいなや、間髪を入れずに現れるヴァイオリンのレシタティーヴォによって準備される最後の楽章では、浮き立つような軽快なソロが、木管楽器に絡み付かれて登場します。それはまさにジェットコースター、華やかなソロの技巧に聴きほれているうちに、曲は終わりを迎えます。

交響曲第4番イ長調(MWV N 16)
 1830年にイタリアを訪れた時から構想は始まっていた交響曲が、1833年に完成します。それは、間違いなくメンデルスゾーンでなければ作ることのできなかった機知にあふれた作品です。第1楽章のオープニング、弦楽器の明るい響きのピツィカートにはじき出されるように聴こえてくる管楽器のパルスは、まるでファンファーレを思わせるものです。それに乗って登場するヴァイオリンのテーマの、なんと軽快なことでしょう。しかし、この楽章の後半に現れる、装飾音符を伴った短調のテーマは、ポリフォニックな処理も相まってさらに深みのある側面を演出しているようです。
 第2楽章では、最初は重々しい低音の歩みに乗って、やはりちょっと深刻ぶったコラール風の旋律が歌われます。これはまさしく、メンデルスゾーンが愛してやまなかったバッハの世界です。しかし、しばらくして突然現れる、楽園を思わせるような光り輝く世界は、まるで夢の中のよう。最後にはまたコラールの断片が現れて、そのはかない夢は終わります。
 第3楽章は安らぎに満ちています。中間部で出てくるホルンのコラール、それにまとわり付くヴァイオリンとフルートのオブリガートは、深く心に染み入るものです。
 そして第4楽章では怒涛のような乱舞が始まります。それは、何もかも忘れて踊り明かすカーニバルの情景でしょうか。そんな華やかな音楽が、短調で作られているのが、とても意外な気がしませんか?
 この交響曲の出来については、メンデルスゾーン自身は満足していなかったようで、何度も改訂を試みていますが結局彼の生前に出版されることはありませんでした。現在出版されている楽譜は、改訂前の初稿をそのまま印刷したものです。最近では改訂後の楽譜も発見され、それを使った演奏を実際に聴くこともできます。それは確かに、ある意味整った形を持っているものではあるのですが、なぜかそこからは初稿にあった意外性のようなものが消え去っていて、音楽としての勢いがなくなっています。そんなところに、メンデルスゾーンの音楽の秘密があるのかもしれませんね。
 正直、メンデルスゾーンは私の守備範囲外、ということで、次回は3月にシューベルトですが、その時には、もっと的確なコメントが書ける人にお任せした方がいいような気がします。
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by jurassic_oyaji | 2015-07-24 21:13 | 禁断 | Comments(0)
STRAUSS/Sinfonia Domestica, ELLINGTON/A Tone Parallel to Harlem
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Kristjan Jãrvi/
MDR Leipzig Radio Symphony Orchestra
NAÏVE/V 5404




お父さんにもお兄さんにも似ないで頭髪がふさふさのクリスティアン・ヤルヴィは、現在はライプツィヒ放送交響楽団の音楽監督ですが、そのポストでもかなりユニークな企画を敢行しているようですね。このレーベルからは、「クリスティアン・ヤルヴィ・サウンド・プロジェクト」というタイトルのアルバムをすでに2枚リリースしていて、これがその第3弾となるのだそうです。ここでは「Parallel Tones」というキーワードで、リヒャルト・シュトラウスとデューク・エリントンという、全くジャンルの異なる作曲家の間の「類似性」を、「音」として味わっていただこう、というコンセプトで迫ります。
かたやドイツの後期ロマン派の重鎮、かたやビッグ・バンド・ジャズの巨人、この二人の間には何のつながりもないような気がしますが、それは「サックス」という楽器でつながっているのだ、というのがヤルヴィの見解です。1903年に完成したシュトラウスの「家庭交響曲」は、1904年に作曲者自身の指揮により、ニューヨークのカーネギー・ホールで初演されました。シュトラウスは、この曲の中に「アメリカの音」の象徴として4本のサックス(ソプラノ、アルト、テナー、バリトン)をオーケストラの編成の中に加えていたというのですね。とは言っても、これらのサックス群はソロ的な部分があるわけではなく、あくまでトゥッティの時にほかの管楽器と一緒に使われているだけなので、これは単にドイツではなかなか見つからないサックス奏者も、アメリカだったら使えるだろう、という発想だったのではないか、と思うのですが、どうでしょうか?
それから半世紀経った1950年に、デューク・エリントンは、NBC交響楽団の指揮者、アルトゥーロ・トスカニーニからオーケストラ曲の委嘱を受けます。それに応えて作ったのが、この「A Tone Parallel to Harlem(ハーレム組曲)」です。これもヤルヴィによればシュトラウスつながり、エリントンは、シュトラウスのような交響詩を作ってみたい、という野望を持っていたのだそうです。あちらは「上流階級」、こちらは「底辺の階級」の、それぞれの生活を描いたものなのでしょう。もちろん、彼にシンフォニー・オーケストラのスコアを書くスキルはありませんから、オリジナルはビッグ・バンドのスコア、それに、彼の右腕のオーケストレーター、ルーサー・ヘンダーソンがオーケストレーションを施しています。ただ、トスカニーニはそれを演奏することはなく、結局エリントン自身のビッグ・バンド版による録音が、最初に音となって聴衆に達するものとなりました。オーケストラ版が初演されたのは1955年のことです。これは、何人かの指揮者が録音を行っていて、ラトルとバーミンガム市響との1999年の録音を取り上げたこともありました。
この2曲を同じコンサートで演奏したというのであれば、ヤルヴィのコンセプトもはっきりするのでしょうが、どうやら全く別の時期に行われたそれぞれの曲を含むコンサートのライブ録音(しっかり拍手が入っています)を、アルバムとしてカップリングした、というあたりが、なんか中途半端なような気がします。それよりも問題なのは、「家庭交響曲」での編集ミスです。それは、トラック4のタイムコード05:16付近。そこで誰が聴いても分かるような「音飛び」が起こります。正確には、それから22秒前に戻るという「音戻り」なんですけどね。楽譜だと、練習番号「64」の8小節目の頭から、3小節目の頭に戻って、そのまま演奏が続く、という状態です。つまり、ここではその5小節分がまるまる繰り返されているのです。原因として、マスタリング・エンジニアが酔っぱらっていたことが考えられます(それは「仮定交響曲」)。さらに、つまらないことですが、録音のクレジットでもマイクアレンジに関してのミスプリントがあります(誤:outtrigger → 正:outrigger)。これだけのことで、このレーベルに対する信用は地に堕ちます。

CD Artwork © NAÏVE
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by jurassic_oyaji | 2015-07-23 23:23 | オーケストラ | Comments(0)
Facebookの仕様も、仙台駅周辺もどんどん変わっていきます
 私はニューフィルの広報係ということで、いろいろな広報活動を担当しています。最初のうちは団内の広報紙である「かいほうげん」の発行だけがメインの仕事だったものが、そのうち「ホームページも作りましょう」という声が出てきました。でも、その頃はまだ私はパソコンを使ったことがなかったのですね。とりあえず「かいほうげん」を作るために「ワープロ」は使っていましたけど、それ以上のことはできませんでした。それは、Win95がまで登場していなかった頃の話で、当時はまさかこんなにパソコンが一般的になるなんて、思いもしませんでしたからね。ですから、そのホームページの話は、それを言い出した、そっちの方面に詳しい団員にすべてお任せでした。私は、もちろんインターネットにアクセスも出来ませんでしたから、知り合いに頼んでそのページをプリントしてもらい、それを「かいほうげん」に載せて紹介する、という、何とも屈辱的なことしかできなかったのが悔しかったですね。
 でも、しばらくして、やはりパソコンが出来ないことにはもはや広報の仕事は出来ないのだと思い立ち、たしか1998年の3月に思い切ってパソコンを職場の備品として買うことにしました。一旦使い始めると、そのあとのことはもう驚くほどのスピードで進んでいきます。3か月後には、自分のウェブサイトを作ってしまっていましたからね。
 そのうち、今まであったニューフィルのホームページ(その頃は、ほとんど更新されない状態でした)も引き継いで、私が新たに構築して運営を始めるようになりました。そんな感じで、これまで主に私のサイトと、ニューフィルの公式サイトの運営をずっとやってくる間には、「ブログ」とか「Facebook」などというものも新たなツールとして広まってきたので、それも適宜取り入れつつの運営ですね。ですから、ニューフィルのFacebookページも、当然私が登録する、ということでスタートしています。
 その、ニューフィルFacebookページへの「いいね!」が、今の時点では236件になっています。これが多いのか少ないのかは分かりませんが、このところはポツポツと新しい「いいね!」が定期的に増えている、という感触がありますね。ただ、Facebookの仕様はどんどん変わっていって、この「いいね!」もかつてはすべての人(あるいは団体)の名前が分かるようになっていたのに、最近では管理者(つまり私)の「友達」の中のごく一部の人しかわからないようになっているみたいです。ですから、友達でない人が「いいね!」をくれても、それは「お知らせ」で知らせられるだけで、そのあとはもうわからないようになってしまうのですよ。なんで、こんなことになってしまったのか、全く理解できません。
 というのも、最近はこんなところがよく「いいね!」をよこしているのですね。
 登録者の名義として、不動産の案内をそのまま使ったFacebookページです。先方は広告媒体としてFacebookページを使おうとして、ニューフィルのFacebookページに「いいね!」をしているのでしょうね。でも、あいにく、いくら「JR仙石線・・・・」やら「JR仙山線・・・」とか一生懸命名前を付けて「いいね!」をよこされても、あいにくそれはどこにも表示はされないのですよね。ご苦労様なことです。というか、もしかしたらこういうものが出てきたから、Facebookの仕様を変えられてしまったのでしょうかね。なんたって、ここほど時代の動きに敏感なところもありませんからね。
 おとといのコンサートの打ち上げは、東口で行われました。少し時間があったので、今まさに工事中の東口の、どんどん変わっていく姿を撮ってみました。こうやって、ちょっと目新しいと思っていたものが、瞬時に古臭いものに変わっていくんですね。

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by jurassic_oyaji | 2015-07-22 22:08 | 禁断 | Comments(0)