おやぢの部屋2
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仙台一のとんかつ
 この間入手した12月に行われる角田市での「第9」のチラシを見ていたら、実際にこの新しい会場に行ってみたい衝動に駆られてしまいました。かつては同じ市内の体育館でやっていたコンサートですが、その体育館はあまりにも劣悪な環境だったので15年ほど前から大河原町にある「えずこホール」を使うようになっていました。それが、今年角田市内に念願のコンサートホールが完成したので、今回はその「かくだ田園ホール」で演奏することになっています。
 ですから、今のニューフィルのメンバーの大半は、入った時には「えずこ」でおこなわれるようになっていたので、この角田時代の「第9」を知っている人はあまりいないはずなのです。私だって、そんな昔に行った時に通った道なんかもすっかり忘れていますから、この際一度行ってみて、私のためと、そんな、まだ角田に行ったことのない人のために目印などをきちんと書いた地図を用意して、今度の「かいほうげん」に載せてみようと思ったのです。ちょうどそのぐらいのスペースは確保できそうでしたし。
 基本的には、4号線の船岡バイパスから分岐した道を南下して、そのまままっすぐ行けば角田市内に入る、という感じでした。ですから、まずは最初のチェックポイントはその分岐点になるわけです。一応Googleのストリートビューでチェックしてみると、そこには大きな標識があるようなので、ちゃんと行けそうでした。それで、最初に「角田」という標識が見えたので、ちょっと前とは様子が違っているようなのですがそこを入って、川を渡ってしまいました。しかし、やはりこれは全く通ったことのない道だと気づきます。もっと先で分かれるところがあって、普通はそこを行くものだったんですね。
 でも、引き返すのもしゃくなので、とりあえず「角田」とか「丸森」という標識を頼りにそのまま走り続けます。しかし、一応「県道」とはなっていますがかなり辺鄙な道で、本当に角田まで行けるのか心配になってしまったのは事実です。
 結局、その道は本来の道と平行に、阿武隈川の対岸を走っていたものでした。ですから、しばらく行くと、昔の懐かしい体育館が正面に見えてきましたよ。ですから、そこから橋を渡れば、角田市内に行けるはず。あとは、目印の警察署の前を曲がれば、目的地の「かくだ田園ホール」に着くはずです。この場所、ストリートビューで見ると、まだ工事中でしたね。ホールの部分はまだ基礎工事も終わっていません。
 しかし、実際に行ってみると、当たり前ですがちゃんとホールの建物が建っていましたよ。
 実は、この建物はかなり遠くからでも見えるので、車で来るときにはちゃんと目印になることも分かりました。これはやはり実際に来てみないことには分からないことでした。そのあたりは、いずれ地図を作った時にご紹介。
 ホールの前には、ちゃんと「第9」のポスターが貼ってありましたね。
 そのお隣には、なんと仙台フィルのコンサートのポスターが。曲目は「田園」ですって。うちが最初のオーケストラではなかったのが、ちょっと残念。
 帰り道はちょうどお昼時だったので、なんでも「仙台で一番おいしいとんかつ屋」と言われているお店に寄って行こうと思いました。私にとっての「仙台一」は櫻家ですから、それよりもおいしいのだったらぜひ食べてみたいじゃないですか。着いたのは一時頃でしたが、お店の前には長蛇の列、確かにすごい評判ですね。
 でも、確か2時まではやっているはずなので、待っていれば入れるでしょう。と思って待っていると、奥から店員さんが出てきて、「すみません。こちらの方で終わりなんですよ」と、私と私の前の人の間に線を書きました。えーっ。そんなぁ。だったら、ちゃんと前もって言ってくれないと。
 でも、確かに、こんな紛らわしい札はかかっていましたね。なんでお店は開いているのに準備中なのかな、と思っていたのですが、こういう仕掛けだったとは。そういえば、のれんも外されていますね。まあ、そこまで人をコケにするぐらいですから、きっと櫻家よりおいしいとんかつを食べさせてもらえるのでしょう。待ってろよ。いつか必ず、私の舌でその真偽をあばいてやるからな。
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by jurassic_oyaji | 2015-10-31 21:05 | 禁断 | Comments(0)
あしたはハロウィン
 最近、車でラジオを聴いていると、やたらと「スリラー」が聴こえてきます。あのマイケル・ジャクソンの大ヒット曲ですよね。じっくり聴いてみると、この曲はほとんどがワンコードなんですね。ベースのパターンがずっと変わっていませんでした。あるいは、オルゲル・プンクト?
 そうではなく、なんでこんなに頻繁にこの曲が流れているかというと、今が「ハロウィン」の季節だからなのでしょうね。いつの間にか、実態も伴わないままにこの行事がほとんど年中行事になっていたんですね。まあ、これにちなんだお菓子とか人形を売り出すぐらいでしたらかわいいものなのですが、最近はコスプレのパレードとかパーティーが盛大に、他人をはばかることなく行われるようになっているのですから、本当にみっともないことになっています。よくテレビでそんなパレードの様子を見せていますが、そういうところで得意げにカメラに収まっているような人を見ると、心底軽蔑したくなってしまいますね。あんなものは、真昼間に公道で行うものではありません。やりたければこっそり場末の酒場かなんかでやってくださいよ。
 本当は、そういう社会の迷惑をたしなめるのが大人の役目なのに、逆にこれを奨励している地位も権力もある大の大人がいるのですから、問題は深刻です。そこで登場するのが、いつもの「経済効果」、ハロウィンはついにヴァレンタインデーを抜く経済効果があることが分かったんですってね。儲かりさえすれば、どんな恥知らずなことをやってもいいのだ、というのが、この国の大人のスタンスなのでしょう。私には到底ついていけません。
 私に限らず、この行事(もちろん、本来の伝統行事とは似てもに使わない、ただの仮装大会)を苦々しく思っている人は多いのではないでしょうか。クリスマスやヴァレンタインデーは、確かに本来の意味を超えて広まってしまいましたが、今ではほとんど抵抗なく社会に受け入れられているようになったはずです。しかし、ハロウィンがそういう意味での市民権を獲得することは絶対にないのでは、と、私は強く信じています。
 そのように信じられる根拠を考えてみると、ハロウィンにはほかの2大行事には必ず付随しているものがないことに気づきます。それは、プレゼントです。プレゼントは単なる品物の受け渡しではなく、そこには確かな人間同士のつながりがあるはずです。お互いの気持ちに安らぎを与えることで幸せになれる(あるいはなれない)という、ヒューマニックな側面がある限り、そこにはお金には代えられない価値が存在しているのです。しかし、今のところ、ハロウィンの陰の仕掛け人が用意してきたものはただの醜い仮装大会だけ、そこにはプレゼントの入り込む余地は全くないように見えます。これは、とても大きなミスだったのではないでしょうか。仕掛け人たちが、嘘でもいいからプレゼントを交換するようなシチュエーションをこの行事に与えていたならば、もう少し社会からの冷ややかな視線も少なくできたのではなかったかと、今さらながら憂えています。
 そう、今は何も知らずに盛り上がっているかもしれませんが、この行事にはこの先社会的に容認されるための決定的な要素が欠けている限り、あとは衰退の一途をたどることは目に見えているのですよ。そう思えば、昨今のバカ騒ぎも容認できなくはありません。今あんなことをやっているやつらが、しばらくして大人になって過去を振り返った時に、恥ずかしくて死にたくなっているところを見て、我々は大笑いできるのですからね。
 なんてことを、ジャック・オ・ランタンをスマホの待ち受けにしている人に言われたくはない?
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by jurassic_oyaji | 2015-10-30 21:02 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Saint Matthew Passion
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David Lloyd(Ev), William Wildermann(Jes)
Adele Addison(Sop), Betty Allen(MS)
Charles Bressler(Ten), Donald Bell(Bar)
Leonard Bernstein/
The Collegiate Chorale etc., New York Philharmonic
SONY/SICC 1919-20




バーンスタインが「マタイ」を録音していたなんて、初めて知りました。それもそのはず、これは「日本初発売・初CD化」なのだそうです。しかし、調べてみるとUSA盤のCDが1999年にリリースされていましたね。ですから、「初CD化」はウソだということになります。とは言っても、もはやUSA盤は廃盤でしょうし、なんたって今回の国内盤はおそらくオリジナルのLPを復刻したジャケットでしょうから、価値はあります。さらに、ここにはボーナス・トラックとしてアメリカ盤にも入っていたバーンスタインの「解説」が日本語の対訳付きで収録されています。
そうなんですよ。これが録音されたのは1962年、ニューヨーク・フィルの音楽監督として大活躍していたバーンスタインは、「ヤング・ピープルズ・コンサート」にかかわるなど、音楽の啓蒙活動に余念のない頃でしたから、レコードでも嬉々としてこのような解説を行っていたのですね。
ここで彼が語っている「マタイ」の姿は、当時としては画期的な見解だったのではないでしょうか。おそらく「宗教曲」の最高峰として敬われていたこの作品の中に「ドラマ」があると説いていたのですからね。現在でこそ、それはこの曲に対する正統的なアプローチとなっていますが、バーンスタインは当時の音楽状況・時代様式の中で、それをやろうとしていたのですから、今となってはややちぐはぐな感じは否めません。しかし、出来上がったものには確かな熱気が感じられます。
その「熱気」、例えば最後の合唱などは、まさに人間的な熱さを思い切り込めたものになって現れています。遅めのテンポで始まった序奏では、コントラバスが普通の楽器では出せない最低音のCをこれでもかというぐらいの気迫を込めて弾いています。そんな強固なサウンドの中で、合唱もオーケストラも渾身の力をひねり出しているようです。しかし、その最後のアコードでは、なんと「フェイド・アウト」を行っています。この曲、あるいはバッハの永遠性を、これほど如実に表した演出は、この時代だからこそ可能だったのでしょうね。
これをもって、「メンゲルベルクの再来」というような評価を耳にしますが、それはちょっと的外れ。全体的には、バーンスタインはもっとクールな演奏を心掛けています。特に、ソリストのアリアでは、メンゲルベルクのようなテンポの揺らしは皆無で、今のピリオド楽器の演奏家の方がよっぽどベタベタした表現をおこなっているくらいです。ただ、コラールではかなりの表情づけを合唱に要求していることは感じられます。
いかんせん、ここで歌っている合唱団は、この指揮者の要求を叶えるだけのスキルは持ち合わせていないために、そこでは何とも言えない齟齬が生じているのが興味深いというかおかしいというか。ただ、そんなダメな合唱団が唯一その魅力を発揮させているのが、62番(旧番号は72番)のコラールです。音程もバラバラ、出だしもバラバラというその悲壮感が、イエスの死に対する悲しみを痛いほどに伝えていますよ。
バーンスタインの意向でしょうか、ここではかなりのカットが入っています。そのせいで、ブックレットの曲目表示はデタラメ。エヴァンゲリストは31番(旧番号37番)のレシタティーヴォを5小節歌っただけで、コラールやアリアをすっ飛ばして38番a(45番)の「ペテロの否認」に進んでいるのに、それが全く表示に反映されていません。ま、ソニーの国内盤スタッフにそれを望むのは、そもそも無理なことなのでしょう。なんせ、ニューヨーク・フィルの首席フルート奏者の名前を「ジョン・ワマー」などと書いているのですからね。そんな人、いたかな、と思って49番(旧番号58番)のソロを聴いてみたら、今だったらどこのオーケストラにも雇ってもらえないほどの縮緬ビブラート満載の、紛れもない「ジョン・ウンマー」の音でした。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2015-10-29 20:23 | 合唱 | Comments(0)
12月にはニューフィルの本番が2回
 きのうはニューフィルの練習再開の日でした。いや、「再開」とは言っても、別に1か月ぐらい休んでしまうとかそういうのではなく、たった1週間しかお休みはなかったんですけどね。しかし、あの「レニングラード」をやってしまった演奏会が終わって、次のレパートリーに頭と体を切り替えるには、1週間では全然足りませんね。
 私の演奏会の残務は、写真の公開でした。一応「週末までには」などと大口をたたいてしまいましたが、結局時間切れになってしまい、ギリギリきのうの朝にリンクが完成したというわけです。練習から帰ってきて、いつもの通り、公式サイトの日程表の一番下から、写真集にリンクできるようにしましたので、ご利用ください。この告知を掲示板とFacebookページに出したところ、今現在のアクセス状況はこんな感じです。
 これは、同じカウンターをリセットして使っていますから、それまでの前回の写真集へのアクセスの総数も分かるのですが、半年公開してみても結局全アクセス数は200ちょっとでしたから、まあスタートしてすぐぐらいにはほとんどの人は見てしまうというパターンなのでしょうね。もちろん、このページには団員専用なので認証がかかっていますから、公式掲示板と同じIDとパスワードがないとアクセスできませんが、写真集の場合は特別に掲示板には使っていないもうワンセットのパスワードなども用意してありますので、ぜひニューフィルの写真を見てみたいという方はお知り合いの団員に聞いてみてください。全くそういう縁のない方には、残念ですがあきらめていただくほかはありません。
 でも、朗報です。もしあなたがヴァイオリンに少しでも親しみがあるのでしたら、ニューフィルに入団していただければ無条件でパスワードが与えられますから、写真は見放題になりますよ。ぜひご検討を。
 ということを、前にも書いたことがありますね。実は、きのうの練習の後には恒例の「懇談会」という名の反省会があったのですが、その場で今のヴァイオリンパートの切実な要望を聞いてしまったものですから。それは「ご近所にヴァイオリンを弾く人がいたら、ぜひお誘いください」というほどの切実さでしたから、なにかの足しにはなるのではないかと、一応書いてみました。これで入団希望者が殺到したらすごいですね。
 Facebookページの告知に使った写真をよく見てみたら、うまい具合にタキシードを着てステージに乗った人が私を含めて4人、すぐ近くに集まっていましたね(赤い線で結んでみました)。というか、これ以外にタキシードを着てた人は、ホルンのKさんとトロンボーンのKさんぐらいじゃなかったですかね。もっと増えてくれるとかっこいいんですけどね。でも、この写真、楽器や弓がみんな同じ向きになっているのがおかしいですね。
 きのうの練習では、12月に予定されている2つの演奏会のチラシが入手できました。一つは角田の「第9」。そして、その2週間後には今練習場を使わせていただいている市民センターでのクリスマスコンサートです。いずれも、会場がそんなに大きくはないので、特に宣伝する必要もないのですが、いちおう公式サイトの演奏会のページにはそのチラシをアップしておきましたし、Facebookページにはもっと大きな画像もアップしてあります。
 市民センターの方は、入場無料ですのでお客さんが殺到すると予想されていますから、もう少し間近になってからそういうところに公表する予定です。いや、なにしろまだ正式な演奏曲目も決まっていませんからね。大雑把に、最近の演奏会で演奏したものの中からピックアップするという形ですから、練習も前々日に1回と当日の午前中のGPだけという薄さです。でも、フルートの場合、本番とは微妙にメンバーが変わっているので、ここで吹いたことのないパートをやる人も出てくることになりますから、それなりの準備は必要、結構大変な年末になりそうです。
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by jurassic_oyaji | 2015-10-28 21:50 | 禁断 | Comments(0)
PENTATONIX
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向かうところ敵なしの5人組ア・カペラ・グループ「ペンタトニックス」の、6枚目となるオリジナルアルバムです。今までにリリースされたのは3枚のミニアルバムと、2枚のクリスマスアルバムですが、国内盤はなんだか最初の2枚のミニアルバム(輸入盤では「EP」という言葉が使われていました)が変なコンピレーションになっていたりして、ちょっとオリジナルの姿が見えてこないのが困ったものです。
今回のニュー・アルバムも、もちろんそんなバカ高いDVDとの抱き合わせの特別盤や、ボーナストラックをてんこ盛りにした通常盤といった国内盤ではなくシンプルな輸入盤を入手です。もっとも、こちらはあまりにシンプルすぎてクレジットしかありませんが、それが本来の姿なのですから我慢しましょう。
上のジャケット、小さな黒い丸が付いていますが、これはパッケージのフィルムの上に貼られていたもので、その中に「FULL LENGTH DEBUT」という文字が書いてあります。これは、今まではミニアルバムしか出していなかったものが、晴れて正規のフルアルバムを出した、という意味なのでしょう。今まではせいぜい6曲か多くても8曲、しかも大半はカバー曲だったものが、今回は全13曲、そのうちの12曲がオリジナル・ナンバーだという、初めて「アルバム」と呼ぶにふさわしいCDが出た、という気持ちまでが込められている言葉です。もっとも「フル・レングス」と言っても、収録時間は「たったの」42分しかありませんが、これがかつての「LP」の「フル・サイズ」だったと感じられる人は、少なくなってしまいました。
最後のトラックだけ4分台の長さですが、ほかの曲は全て3分足らず、中には2分台のものもありますから、これはほとんど「オールディーズ」の時代の曲の長さです。ア・カペラの場合、そんな長さで十分な満足感が与えられます。
1曲目の「Na Na Na」は、アフリカ風のテイストで迫ります。途中で往年のヒット曲「ダンス天国(Land of 1000 Dances)」のようなフレーズが出てくるのには和みます。
2曲目の「Can't Sleep Love」が、リード・シングルとしてヒットチャートをにぎわしている曲、けだるいイントロと、キャッチーなフックとの対比が素敵です。
3曲目は「Sing」、シャウトっぽい歌い方が、ちょっと彼らとしては珍しいのでは。ラップも入っていますが、全く違和感はありません。それよりも、フックでの転調がとても新鮮です。
4曲目の「Misbehavin'」は、まさに王道のドゥー・ワップ、ベースのパターンは名曲「Stand by Me」を思わせるような感じです。
5曲目の「REF」はリズム主体のパターンで、ミッチとカースティンが元気に迫ります。
6曲目も「First Things First」も、同じようなコンセプトですが、レゲエ風のテイストも。
7曲目の「Rose Gold」は、サンプリングによるリフのシンコペーションが、最後に2拍3連になるという意外性が魅力。こんなリズムは、ポップスの世界では稀です。
そして、8曲目が唯一のカバー曲、1992年のSHAIの大ヒット「If I Ever Fall in Love」です。基本はオリジナルのア・カペラ・バージョンの完コピ、そこに後半で軽くベースとヴォイパが加わるという粋なアレンジです。今はホットで(それは「缶コーヒー」)。ジェイソン・デルーロがゲスト・ヴォーカルで参加。ミッチのファルセットが素敵です。
9曲目からは、それまでとはちょっと雰囲気が変わります。この「Cracked」は、まるでスピリチュアルズのような泥臭さを持っています。
10曲目の「Water」は爽やかな高音のイントロが印象的。
11曲目の「Take Me Home」は、彼らの持ち味のホモフォニーで、シンプルに迫ります。
12曲目はゴスペル風の「New Year's Day」で、シンプルなフレーズを壮大なハーモニーで盛り上げます。
そして、最後の「Light in the Hallway」は、まるで子守歌のようなハイム。深い癒しが、心に突き刺さります。
相変わらずの幅広い音楽性、彼らのソングライティングの才能には脱帽です。もちろん、完璧なパフォーマンスにも。

CD Artwork © RCA Records
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by jurassic_oyaji | 2015-10-27 23:15 | 合唱 | Comments(0)
折り返し地点は、交差点のだいぶ手前でした
 きのうは、劇団四季の「美女と野獣」の初日でした。県民会館で午後3時から、というのが開演時間なのですが、その前にはすぐ前の道路が大学女子駅伝のコースになっていますから、いろいろ交通規制がかかっていました。その時間と場所をチェックしてみると、どうもその時間に県民会館の駐車場に車で行くのは、極めて困難なように思えました。どんなコースを使っても、必ず規制のある路線を横切らなければいけないのですよね。案内によると、どの道路がどの時間に規制されっるかという詳細な時間帯が書いてあります。おそらく、その時間だけでなく、その前後もかなりの渋滞が予想されるのではないか、という気がします。なんせ、そこは神聖なマラソンコース、アスリートたちの晴れ舞台なのですからね。例えば、陸上競技場のトラックでは、ランナー以外のものが競技中にその中に入ることは絶対に許されないはずです。我々のフィールドで考えてみると、オーケストラが演奏しているステージに上がってきて、指揮者のまわりを歩き回るぐらいの、許されざる行為なのではないでしょうか。ですから、最短で市役所前の駐車場に行くためのコースの途中である北四番丁などを、競技の最中に横断することなど、絶対にありえませんから、ほかの道を行って、例えば地下鉄のそばに車を置いて地下鉄を使うほかはありません。ところが、そんな便利な地下鉄の駅である旭ヶ丘に行くためには、やはりコースである旧四号線を横断しなければいけないのですよね。
 ただ、自宅からだと、北根交差点を渡っていくという経路もあります。しかし、コースを見てみると、どうやらそこはちょうど折り返し点になっているようです。それが、小さな地図なので、果たして交差点の手前なのか、中なのかが判然としません。交差点の中だったら、やはり通れませんからね。
 いろいろ考えあぐねた末に出した結論は、規制がかかる時間より前に通る、という単純なことでした。それだと開演までかなり時間がありますが、まあ何とかしてつぶしましょう。
 それでも、やはり開演1時間ぐらい前に、もう何もすることがなくなってしまったので、一番町から県民会館へ行こうと思ったら、なんと、定禅寺通りを人間が横断することも出来なくなっているではありませんか。結局、一番町から細横丁まで歩かされて、やっと横断、そこからまた県民会館まで戻ってくるという、とんでもない遠回りをさせられてしまいましたよ。そういうことだったんですね。
 「美女と野獣」は、前に仙台でロングランをやった時にも1回だけ見ましたが、なんだかとても退屈したような記憶がありました。今回も、前半は何とも流れがモタモタしていて中に入っていくことが出来ず、ついウトウトとしてしまう時間がありましたね。でも、後半は持ち直してずっと起きていられたのですが、そうすると今まで見たことのなかったようなシーンがたくさん出てきますし、最後のクライマックスあたりもきちんと楽しめました。ということは、この部分は前回は寝ていたんですね。まあ、もう1回、千秋楽の日にも来る予定ですので、その時には全部起きていられるようにしましょう。
 なんせ初日ということで、会場は満席でした。ただ、私の席は中央通路から2列目だったのですが、1列目にはなんだか協賛企業の関係者とそのご家族と思しき人が座っていましたね。すぐ前の席などは、開演しても空席でしたが、始まってから堂々と入ってきましたし。それが、終わってお約束のスタンディング・オベーションになっても、その1列だけが誰も立たないんですよね。そんな人たちのためにこんないい席を用意しているのが、すごくもったいないような気になりました。終わると、もうホールの前は普通の道路になっていましたが、そこに大型バスが何台も停まっていて、「パーティーへ行かれる方はこちらへ」とか叫んでいます。これも、普通のファンには縁のない世界です。
 あとで、録画してあった駅伝の中継を見てみたら、交差点などでは、ランナーが来ない時を見計らって車や人を横断させている様子が見えました。それと、道路を使う時間をなるべく少なくするためでしょうか、「繰り上げスタート」という、先頭から10分以上遅れたチームは、そこで次のランナーが出発するというシステムがあったんですね。それだったら、普通に車で来ても大丈夫だったのに。
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by jurassic_oyaji | 2015-10-26 21:06 | 禁断 | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique, Lélio
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Gérard Depardieu(Nar)
Mario Zeffiri(Ten)
Kyle Ketelsen(Bar)
Riccardo Muti/
Chicago Symphony Orchestra & Chorus
CSO RESOUND/CSOR 901 1501




シカゴ交響楽団の自主レーベル「CSO RESOUND」は、2007年発足当時はそれぞれのアイテムでCDとSACD(ハイブリッド)を両方リリースするという不思議なことを行っていましたが、最近ではCDだけになってしまったようですね。
このレーベルの品番は非常に分かりやすくなっていて、末尾の4ケタ、もしくは3ケタがリリースの年と、その年のシリアルナンバーになっています。ということは、この「1501」という品番は、今年はもう終わろうという頃にやっと1枚出ました、ということなのでしょうか。なんだか、ずいぶんゆったりとしたペースになってしまったものですね。しかも、これは5年も前の2010年に録音されたものですよ。SACDは見限るわ、新録音は出来ないわでは、この自主レーベルの先行きもなんだかおぼつかないですね。
そう、これは2010年の9月、ムーティが前任者のバレンボイムが退任してから4年間の空白ののちにシカゴ交響楽団の音楽監督に就任した記念演奏会の時のライブ録音なのです。その時の、ベルリオーズの「幻想交響曲」と「レリオ」を続けて演奏するという2時間近くの模様が2枚組CDにすべて収録されています。
「レリオ」のフルネームは「レリオ、あるいは生への復帰」、「幻想交響曲」とは密接な関係を持つ作品です。とはいっても、「幻想」ほど頻繁に演奏されることはなく、録音も、この作品の存在を初めて世に知らしめた1967年録音のブーレーズ盤の他にほんの数種類あるだけなのではないでしょうか(「幻想」とのカップリングでこのブーレーズ盤が発売された時には、かなりの大騒ぎになっていました)。
しかし、この作品はあくまで「幻想」のスピンオフ、「幻想」と一緒に演奏しなければほとんど意味がないような内容ですから、単独で演奏される機会などほとんどありません。作品自体は、三分の一がナレーションで占められているという、ほとんど「音楽劇」のような体裁です。そこでは、役者さんなどがおそらくしぐさなども交えて、この、作曲家自身を投影した人物による「幻想」の後日談を語り始めることになるわけです。そして、そのあとにまず演奏されるのが、ピアノ伴奏によるテノールの歌というのですから、「オーケストラ」を聴きに来た人は唖然としてしまうことでしょう。もちろん、そのあとには普通にオーケストラの演奏や、合唱も加わってのある種オラトリオのようなものが披露されることになるのですが、そこに使われている音楽は全て自作の焼き直しというところに、やはり物足りなさを感じることでしょう。それは、作曲家にしてみれば十分に意味のあることには違いないのでしょうが。
ムーティは、この「幻想」-「レリオ」という、作曲家が本来目指したカップリングのコンサートを、これ以前に何度も行っているそうです。その時には、常にこのCDと同じジェラール・ドゥパルデューがナレーターを務めていたということで、ここではその熱演ぶりにまず注目です。確かに、的確な「間」と、圧倒的な表現力には驚かされます。そして、いかにもライブ録音らしい、客席との間のコミュニケーションもしっかり味わえます。最後の曲である「シェークスピアの『テンペスト』による幻想曲」が演奏される前のシーンで、かすかにカーテンが開くような音がしますから、実際に指定通りにオーケストラとナレーターの間はカーテンで遮られていたのでしょう。そこでオーケストラや合唱に練習を付けるところで、客席から盛大な笑い声が起こるのが、聴きものです。
ただ、このあたりのやり取りは、もちろんフランス語ですから対訳の英語を見てもいまいちピンときません。これを日本語で聴いてみたいな、と思う方は、来年4月に行われる仙台フィルのこのカップリングによるコンサートで、日本語訳のナレーションを楽しんでみてください。これは、東京のサントリーホールでも同じものが演奏されるはずです。

CD Artwork © Chicago Symphony Orchestra
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by jurassic_oyaji | 2015-10-25 20:46 | 合唱 | Comments(0)
劇団四季の「美女と野獣」は明日が初日です
 明日は市内の目抜き通りをコースとする駅伝大会が開催されるとあって、あちこちに交通規制の案内が出ています。そういえば、去年は定期演奏会の日と駅伝の日がもろにぶつかってしまったんでしたよね。しかも、会場がゴール地点のすぐそばのホールだったものですから、くれぐれも混雑に巻き込まれないように来てくれと、お客さんたちには連絡していたんでしたっけ。
 実は、今年もその駅伝の日に、同じホールに行くことになっています。ですから、くれぐれも混雑に巻き込まれないようにしなければ。
 今日は前日ですから、その準備があちこちで行われていましたね。ゴールの市役所前の広場には、おおきなLEDディスプレイが設置されていました。
 実は、私は、例えば野球を球場で見たりしたことはないので、これの現物を生で見るのは初めて、さっそく後ろに回ってみると、いくつものモジュールがつなぎ合わされているんですね。その設置が終わって、係員が調整をしているところでした。
 そのほかにも、東京から持ってきた中継車が実際にコースを走るために試験をしていたり、ヘリコプターがやはりリハーサルを行ったりと、ごく一部でとても盛り上がっているのが分かります。でも、結局コースと規制時間を考えてみると、明日は車でホールに来るのはちょっと難しそうなので、別のルートを使わなければいけません。「初日」を楽しみにしている人のために、もう少しきめ細かな案内があってもよかったのではないか、と思っているのですが、どうなりますことやら。
 ところで、最近Facebookへの投稿で知ったのですが、こういう本が映画になるそうですね。
 タイトルを見てピンとくる人は、おそらく私のまわりにはたくさんいらっしゃることでしょう。これは、老人が集まっているアマオケを舞台にした小説なのです。その投稿では、著者は実際にアマオケで楽器を演奏したことのある人で、その知り合いの人が身近にいることが分かりました。ですから、もうこれはなんといっても読んでみるしかない本なのですよ。
 単行本が出版されたのは2008年、文庫本になったのも2010年とかなり前のことなのですが、あいにく私は全く気づきませんでした。読んでみると、確かに実際にアマオケを経験している人でなければ書けないような描写があちこちにあって、うれしくなってしまいます。例の「のだめ」とか、この手のものはたくさんありますが、ここまで読んでいて違和感のないものも珍しいのではないでしょうか。ほんとに、ここには「のだめ」のように著者の無知ぶりを突っ込むところが全く見当たらないのですよ。それだけでも、この小説の存在価値があるのではないかと思えるほどです。
 その上に、ストーリーの運びが軽快で、特に前半などはどんどん引き込まれていってしまいます。ただ、中盤を過ぎるあたりでちょっと余計なエピソードが登場したりするのですが、それは最後に強引に結末を迎えるための伏線になっているという仕掛けだったので、許しましょう。
 そして、そんなアマオケの物語とは全く別に、もう一つのストーリーが展開するという、ちょっと手の込んだこともやってます。ここで仕掛けられているミスリーディングはとても秀逸、私もすっかり騙されてしまいましたよ。このあたり、詳しいことを書いてしまうとネタバレになってしまいますね。
 ただ、それを映画化するときに、男性だった主人公が女性になるというのですね。そうなると、これは原作のテイストが大幅に変わってしまいそうな予感がしてしまいます。それがうまい方に働いて、原作以上の面白さを出してくれればいいのですが。
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by jurassic_oyaji | 2015-10-24 21:13 | 禁断 | Comments(2)
REVOLUTION
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Emmanuel Pahud(Fl)
Giovanni Antonini/
Kammerorchester Basel
WARNER/0825646276783




ベルリン・フィルの首席フルート奏者、エマニュエル・パユの久しぶりのソロアルバムは、なんと「革命」というタイトルでした。そういえば、少し前に彼が世界に羽ばたくきっかけとなった神戸国際フルートコンクールへの公的援助が打ち切られることに対しての、自治体への嘆願書みたいなものをネットで見かけましたね。そんな貧しい日本の文化政策を立て直すために、まずは「革命」を起こして腐りきったアベ政権を倒そう、という意気込みが込められたアルバムなのでしょうか。
もちろん、そんな勇ましいことを考えるようなパユではありませんから、それはあり得ません。この「革命」というのは、ほとんど固有名詞として使われる「革命」、つまり「フランス革命」のことです。そういえば、分かりにくいかもしれませんが、このジャケットの背景となっているのは、その「革命前夜」の象徴的な出来事「球戯場の誓い」を描いたジャック=ルイ・ダヴィッドの有名な絵画の下書きですね。完成された作品はもちろんみんなちゃんとした服を着ていますが、この下書きではみんな全裸なのが興味深いですね。その前で、パユはそれこそ「レ・ミゼラブル」にでも出てきそうないでたちで空中浮遊をしています。
そう、ここでは、そんなフランス革命の時代に作られたフルートのための協奏曲が演奏されているのです。このような、ある時期を切り取ってその時代の作品を取り上げるという企画は、以前ベルリンのフリードリヒ大王をキーワードとした「The Flute King」に続いてのものとなります。今回はそれよりも少しあとの時代のフランス、という設定です。
そういうコンセプトで取り上げられたのが、ドゥヴィエンヌの協奏曲第7番ホ短調、ジアネッラの協奏曲第1番ニ短調、グルックの協奏曲ト長調、そしてプレイエルの協奏曲ハ長調です。この中ではドゥヴィエンヌの曲がかなり有名で多くのCDが出ていますが、それ以外はなかなか聴く機会はないはずです。
他のEMIのアーティスト同様、パユもレーベルの名前が変わったことには何の影響も受けなかったかのように、以前と同じかつてのEMIのプロデューサー、スティーヴン・ジョンズのもとで今回もアルバムを制作しています。ただ、ちょっと興味を引くのが、フィリップ・ホッブスとロバート・カミッジというエンジニアの名前です。この二人はLINNのプロデューサー兼エンジニアと、そのアシスタントではありませんか。LINNのスタッフが元EMIの録音を行うなんて時代になってしまったのですね。
聴こえてきたのは、まさにLINNのきめ細かなサウンドだったのでうれしくなりました。まさか、パユをこんな素敵な録音で聴けるなんて、思ってもみませんでしたよ。いや、まずパユが出てくる前のオーケストラの序奏で、その刺激的なサウンドとアグレッシブな音楽性に引きつけられてしまいました。実は、バックのオケがどこかなんてことは全くチェックせずに聴きはじめたのですね。改めてクレジットを見ると、それはジョヴァンニ・アントニーニ指揮のバーゼル室内オーケストラでした。どうりで、すごいはずです。彼らの演奏するベートーヴェンに衝撃を受けたことを、いまさらながら思い出しました。
そのオーケストラは、コンチェルトのバックにはあるまじきハイテンションの演奏で音楽をぐいぐい引っ張っていきます。もちろん彼らはノン・ビブラートの弦楽器と、びっくりするような音色のピリオドの金管楽器でめいっぱい迫ります。正直、こうなってくるとフルート・ソロなんかどうでもよくなってくるほどの存在感です。全く思いがけないところで、お腹がいっぱいになってしまいましたよ。
パユ?・・・。早い楽章での目の覚めるような軽業には圧倒されますが、ゆっくりとした楽章でのいつもながらの無気力な(本人はしっかり「抑えた」音楽を演出しているつもりなのでしょうが)吹き方には、まるでおかゆしか食べなかったあとのような空腹感しか味わうことが出来ませんでした。

CD Artwork © Parlophone Records Limited
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by jurassic_oyaji | 2015-10-23 20:21 | フルート | Comments(0)
7年先を見越していました
 この前は、郵便受けにCDでしたが(というか、結局入れないで持ってきてもらいましたが)、今度はこんな封筒に入ったものがありました。
 開けてみると中身はCD-R、写真の画像がたくさん入っていました。もちろんこれはこの前の定期演奏会の時のもの、私は全乗りで客席から撮ることが出来なかったので、「モルダウ」で降り番だったKさんに、ご自分のカメラで撮ってもらっていたのですよね。客席からのオケの写真だけではなく、ステージの袖から撮った指揮者の姿もありました。
 これなんかは、末廣さんが目をつぶって指揮しているのがよく分かるのではないでしょうか。
 でも、この封筒は実は私が用意したものでした。生のCD-Rを入れて、あて名と切手を貼って、Kさんに前もって渡しておいたのでした。
 そして、誰も降り番のいない全員勝負の「レニングラード」でも、客席からの写真は撮れていました。それは、そのためだけにわざわざ遠く青森から駆けつけてくれたこの方のお蔭です。
 そのほかに、MちゃんとKちゃんというフレッシュなお二人に私のお古のコンデジを預けて撮ってもらった、ちょっと意外性に満ちたショットもたくさん集まりました。これをまたいつものように私のサーバーにアップして、誰でもダウンロードしてもらえるようにするのが、私の仕事です。おそらく、この週末には出来ていることでしょう。
 本当に印象的な演奏会だったので、まだその余韻に浸っているという、私にしては珍しいことが起こっている状態ですが、そんなところで立ち止まっているわけにはいきません。次のステップに進まないことには。さしあたって、この次の練習の時に行われる「懇談会」の時の議事録を載せたりして新しい「かいほうげん」を出さなければいけません。演奏会の写真とこの議事録で半分のページは埋まるとして、あとはさっきのKちゃんの原稿と、久しぶりに新入団員が紹介できそうなのでそのページ、それにあと一品あれば完成するはずだ、と思っていたら、それにおあつらえ向きのものが見つかりました。
 この次の定期演奏会の曲目はご存じのようにブルックナーの7番なのですが、これについての、例によっていろいろな「版」を比較したトークを、2008年の「かいほうげん」に載せていたのですよね。そんな昔のことですからもうすっかり忘れていたのですが、それをサイトに転載したものを見つけた人がFacebookで取り上げてくれたので、そういえばそんなのもあったな、と思い出しました。もちろん、ニューフィルではまだこの曲を演奏したことはありませんから、これはCDを聴いてちょっと疑問に思ったところを調べてまとめていたものでしたね。私が忘れていたぐらいですから、団員の人も覚えているわけはありませんから、これをそのまま使えば、見事に残りのページが埋まってしまいますよ。もう完成したも同じですね。
 もちろん、「そのまま」というのではあまりにも芸がありませんから、ほんの少し新しいことを書き加えておきました。なにかの役には立つはずです。
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by jurassic_oyaji | 2015-10-22 21:33 | 禁断 | Comments(0)