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MOZART/Don Giovanni
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Alan Titus(D.G.), Thomas Moser(D.O.)
Julia Varady(D.A.), Arleen Augée(D.E.)
Edith Mathis(Zerlina), Rolando Panerai(Leporello)
Rafael Kubelik/
Chor und Orchester des Bayerischen Rundfunks
SONY/88875194802




SONYから続々リリースされている過去のオペラ録音のアーカイヴ、その中にまだ聴いたことのなかったクーべリックの「ドン・ジョヴァンニ」がありました。オリジナルはEURODISC、BMGの時代には「RCA」などと表記されていたりしましたが、今ではきちんとそのあたりが明記されるようになっているのはうれしいですね。
1985年に録音されたもので、オーケストラは彼がこの数年前まで首席指揮者を務めていたバイエルン放送交響楽団です。確か、1980年にはこのコンビでモーツァルトの後期の交響曲も録音していましたね。デジタル録音の黎明期で、そのCDは物珍しさも手伝って、なかなか魅力的でした。当時のこのオーケストラの首席フルート奏者はアンドラーシュ・アドリアンとイレーナ・グラフェナウアーでしたが、この二人の音色や音楽性は全く異なっていて、どちらが吹いているのかはすぐわかりました。この交響曲集でも、曲によって奏者が違っていましたから、もっぱらグラフェナウアーが乗っている方の録音だけを聴いていましたね。
この「ドン・ジョヴァンニ」では、10日間以上の録音セッションが組まれていたようですが、カラヤンのように序盤に吹いていた人が後半では別の人になるようなことはなく、最初から最後までそのグラフェナウアーの音が聴こえてくるのが、このアルバムの最大の魅力です。このオペラには、例えば「魔笛」のようにフルート・ソロが活躍するような場面は全くないのですが、時折オーケストラから聴こえてくるさりげないフルートのフレーズが、とてものびやかで心を奪われてしまうのです。たとえば第2幕のフィナーレの直前のドンナ・アンナのアリアの中で一瞬聴こえてくるだけのフルートのソロでさえ、言いようのない感銘を与えられるものでした。
クーべリックにはコンサート指揮者というイメージがありますが、実際は多くのオペラハウスでの経験も持っている人でした。ただ、彼が指揮するオペラは、初めて聴いたような気がします。おそらく、モーツァルトではこれ以外の録音はないのではないでしょうか。ただ、この「ドン・ジョヴァンニ」を聴く限りでは、彼の資質はやはりコンサート向きなのではなかったのかな、という印象を強く受けてしまいます。それは、彼の持っている様式感がそうさせるのでしょうが、とても重みと深みを感じさせる彼の指揮からは、音楽そのものが持つ崇高さは十分に伝わってくるものの、「ドラマ」としてもエネルギーが決定的に欠けているのでは、と思えてしまうのです。要は、あまりにもくそまじめに音楽に向き合っているな、という感じ、今の時代にこれを聴くと、やはりダ・ポンテ/モーツァルトを味わうにはもっと切迫感や、洒脱さが欲しくなってしまいます。
録音もなんだかきれいすぎ、そんな中でかなり音場を操作してステージ感を演出しているような工夫が見られますが、それがあんまり成功しているとは思えないのは、なにか中途半端なところが見られるからでしょうか。墓地で石像が現れるシーンのサウンドの、なんとしょぼいこと。
そんな指揮者をフォローするかのようにふるまっていたのが、レポレッロのパネライです。彼はレシタッティーヴォ・セッコだけではなく、アリアでさえ存分に羽目を外して楽しんでいましたね。「カタログの歌」では、まるでロックのヴォーカルのようにフレーズの最後を下げたりしていましたから。
タイトル・ロールはアラン・タイタス、この人のラストネームは「Titus」ですから、モーツァルトとはゆかりがあるのでしょうが(笑)、なんせもっぱらバーンスタインの「ミサ」の初演を担った人としての記憶が強いものですから、いくら将来はバイロイトの常連になるとは言ってもこの時点での貫録のなさにはほほえましいものがあります。というか、そのタイタスをフィーチャーしたオリジナルのジャケットが不気味すぎ。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2016-03-31 23:15 | オペラ | Comments(0)
かつてあった「VHD」や「LD」の二の舞です
 きのうの練習は、一人お休みだということが分かっていたので、私がその人の代わりにブルックナーのトップを吹くことになっていました。今まで何度か代わりに吹いていたことがあるのですが、それはまだほかの人がそんなに慣れていないころですから、そこに普段は吹いていない私が入っていてもそんなに目立つことはありませんでした。かなりひどいミスをしても、笑って許してもらえる、みたいな。しかし、この時期、もう本番まで1か月を切ってしまったところで、代吹きというのは、かなりの緊張を伴います。実際、いざ吹いてみるとオケ全体としてもかなりまとまりが出てきていますから、各方面からのプレッシャーがもろに感じられるようになっています。これは、やはり最初からトップを吹いていた人でないと、このプレッシャーに対抗するのは大変です。私は、もう全くの初心者になったような気分で、小節番号を数えるのでも絶対に間違えないように集中しなければいけませんでした。やはりこのあたりが、プロとアマチュアの違いなのでしょうね。プロだったら、どんな時にでもその場でベストを尽くすことができるのに、私あたりは時間をかけてこのポジションに徐々に慣らしていかないと、全く気持ちにゆとりがなくなってしまいますからね。
 そんなわけで、久しぶりにグッタリするほどの緊張感を味わった1日でした。まあ、それはそれでなかなか気持ちのいいものなんですけどね。
 練習の前には、いつも晩御飯を食べていくのですが、同じ敷地内にある本屋さんでまずこの間中に企画書を送っておいたタウン誌などをチェックです。そろそろ、ニューフィルの定期演奏会の案内が入った号が店頭に並ぶ頃ですからね。すでに、一つの新聞はもうそれを掲載してくれて、それを送ってもらったのをFacebookにはアップしてありますね。
 それは写真はモノクロでしたが、本屋さんで見つけた2種類の雑誌では、ちゃんとカラーで印刷されていました。実は、今回企画書と一緒に送った指揮者の写真は、普通に使われている公式のプロ写ではなく、私が指揮練の時に撮ったものでした。結構いい写真が撮れて、篠崎さんにも気に入ってもらえたようなので、ちょっと今までの殻を破ってみたのですね。そうしたら、新聞も雑誌も、全部その写真を使ってくれましたよ。私が撮った写真が、こんな公の印刷物に載るというのも、ちょっと新鮮な感じです。おそらく、その掲載紙の案内の部分は、次回の「かいほうげん」に掲載されることでしょう。
 その本屋さんには、新しい「レコード芸術」も置いてありました。こんなものを見ても悲しくなるだけなので、最近では立ち読みすらもしなくなりましたが、ちょこっと最初のあたりを見ていたら、なんだか不思議な広告が目に入りました。それは、「iVDR」の広告だったのです。これは、私は初めて聴いた言葉、また何か新しい再生メディアが出来たのでしょう。実体はHDDなので、もちろんPCにつなぐこともできますが、それをカセットのようにしてレコーダーに挿入すれば、大容量の映像ソフトになるというのですね。確かに、BD1枚では収まり切らないものもありますから、これはそれなりの価値はあるはずです。容量は最大1.0TBと言いますから、BD40枚分ですね。でも、そう考えるとそれほど大容量とも言えなくなってしまいますね。それよりも、一応「国際規格」にはなっているようですが、まだまだこれを全面的に採用しているメーカーは少ないようなので、果たして将来的に生き残れるものなのかは全く未知数です。私は、これはまず今のBDのような汎用性は期待できないのでは、と思っているのですがね。
 というのも、そのレコ芸の広告は、その映像ソフトのものだったのですが、それがベルリン・フィルの今まで何度も放送されてきたようなコンサートを集めたものなのですよ。実際、半分以上は私の手元にDVDやBDになって保存されているものですから、おそらくこれを買うような人はそんなにはいないのではないでしょうかね。なんせ、価格が19万円というのですから、ちょっとね。なんでも、このソフトには再生用のプレーヤーがセットになって付いてくるのだそうです。さらに、機械に詳しくない人のために、セッティングのサービスに自宅まで来てくれる(離島は除外とさせていただきます)というのですから、そこまでしなければ売れないものは、将来も売れるわけがありませんよ。1年後には間違いなく姿を消していると、断言しておきましょう。何よりも、このロゴの不細工なこと。
 そんなものを「とても便利です」みたいにオーディオ評論家に言わせているあたりが、やはりこの雑誌は終わっていることの証です。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-30 22:21 | 禁断 | Comments(0)
周/陳/Symphony 'Humen 1839'
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Darrell Ang/
New Zealand Symphony Orchestra
NAXOS/8.570611




1953年生まれの中国の作曲家周龍(ジョウ・ロン)の作品は、こちらで1回聴いたことがありました。西洋音楽に媚びることなく、中国人のアイデンティティを前面に押し出した立派な作品だったような気がします。今回は、その周の作品集です。ただ、タイトルの交響曲はもう一人、やはり1953年に生まれた妻である作曲家陳怡(チェン・イ)との共作です。この二人の共作というのは、これが唯一のものなのだそうです。
このタイトルにある「Humen」とは、「虎門」という広東省東莞市にある地区の名前です。下半身の名前ではありません(それは「肛門」)。そこで「1839年」に起きたのが、「アヘン戦争」という歴史の教科書には必ず出てくる中国(当時は「清」)とイギリスとの戦争の発端となった「アヘン焼却事件」です。イギリスが清に持ち込んだ大量のアヘンを、当時の大臣林則徐がすべて没収して虎門で焼却したという事件です。
この史実をモティーフにして、広東州の広州市出身である陳怡が、広東に伝わる民謡などを素材にして第1楽章を構成します。これが、いわばこの事件の背景となる街の雰囲気を提示する、という楽章になるのでしょう。しかし、それらのテーマは安直に民族性に訴えかけるようなものではなく、独特の作曲技法によってとても厳しい音楽となって、深いところで聴く者への心へ届くような形に仕上がっています。
第2楽章は、この事件のヒーローとして登場する林則徐のキャラクターを表現したものなのだそうです。まるでストラヴィンスキーの「春の祭典」のような複雑なリズムと厚ぼったいオーケストレーションに支配された前半は、彼の力強さの反映なのでしょう。しかし、後半はうって変わって透明性あふれるオーケストレーションによる、とてもリリカルな音楽が繰り広げられます。ここでは、それまでは決して表には出てこなかった「中国風」の情緒がたっぷり味わえます。
第3楽章に流れるのは、とても悲しげなテーマ。それは、この戦争に打ちひしがれた中国の人たちの悲しみが表現されたものなのでしょう。しかし、やはり後半になるとそれに打ち勝つ力のようなたくましさが現れます。そして、最後の楽章では、ご想像通り、戦争を乗り越えて力強く突き進む人たちを高らかに歌い上げる「感動的」な音楽となります。正直、それまでの音楽と比べてあまりに明るすぎるこの楽章には引いてしまいますが、確かに聴いていてとても心が湧きあがるのは事実です。もしかしたら、これはショスタコーヴィチの交響曲第7番(いわゆる「レニングラード」)から何らかの影響を受けているのではないか、と、全く根拠のないことを思い浮かべてしまいました。
この交響曲は広州交響楽団からの委嘱で作られ、2009年に初演されました。
周龍が単独で作曲に携わったあとの2曲は、もう少し抽象的なテーマが元になっています。シンガポール交響楽団からの委嘱によって作られ、この交響楽団によって2003年に初演された「The Rhyme of Taigu」は50歳のバースデイ・プレゼントとして妻陳怡に献呈されたのだそうです。「Taigu」というのは日本の太鼓のこと、実は、この作品は以前作られたクラリネット、ヴァイオリン、チェロと3人の日本の太鼓奏者のために作られた「Taigu Rhyme」という作品のコンセプトを継承しているもので、ここでは日本の太鼓ではなく、中国の古代の太鼓と、それによってもたらされたエネルギーと精神とを、西洋のオーケストラを使って再現したものなのだそうです。3つの部分に分けられる曲の中間部ではクラリネットやオーボエがあくまで中国風の奏法でしっとりとその「精神」を歌い上げますが、その前後では圧倒的なエネルギーが、リズミカルに表現されています。
もう一つの、カンザスシティ交響楽団からの委嘱によって作られ、2005年に初演された「The Enlightend」では、フルートの中国風奏法が聴きものです。いずれもこれが世界初録音、とても素晴らしい録音で、中国の「今」の音楽を伝えてくれています。

CD Artwork © Naxos Rights Us, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-03-29 23:28 | 現代音楽 | Comments(0)
PS-2410はDDではなくベルトドライブだったんですね
 この前シュガーベイブのハイレゾを買った時には、実はCDではアルバムは持ってませんでした。持っていたのはLPなんですよね。もちろん、最近プレスされた2枚組の方です。オリジナルのLPを持っていそうな人が身近にいたのできいてみたら、あいにくそれは買ってなかったんですって。ですから、とりあえずハイレゾとの比較でその最新のLPを聴いてみたのですが、なんだか前に聴いた時とは全然音が違います。まず、左のチャンネルから音が出ていないんですよ。これはだいぶ前から起こっていたことで、ヘッドシェルとアームとの接点の具合でそんな風になることがよくありました。そんな時はいったんシェルを外して接点を掃除すれば正常に聴けるようになるのですが、何回掃除をしても全然回復しません。さらに針圧とかオーバーハングとか、すべてのデータをチェックしてみたのですが、どうにもなりません。というか、もうこれ以上トラブルに巻き込まれるのはいい加減にしてほしい、と思ってしまいますね。なんせ、このプレーヤーを買ったのは40年ぐらい前のことですから、もはや終わっていたのですね。私たちの関係は。
 となると、これまで買いためていたLPはどうなってしまうのでしょう。これが聴けなくなってしまうのではたまりませんから、即刻新しいパートナーを手配することにしました。それにしても、今の世の中、レコードプレーヤーなんて売ってるんでしょうか。まあ、最近はLPの人気も盛り返していると言いますから、プレーヤーだって復権を果たしているのではないでしょうか。LPだけあってもプレーヤーがなければ音は聴けませんからね。
 そんな時、新聞に2面見開きのこんな広告が出ました。
 テクニクスの往年の名機、SL-1200は、すでに何度もモデルチェンジをしてきてもはや製造を終了していたのですが、それがまた新たなバージョンとなって発売されることになったというのですね。こういうことをこういう形で宣伝するということ自体が、もはやレコードプレーヤーはマニア向けではない一般の人を対象にした商品として再度認知されようとしている、という今の世の中を象徴しているのではないでしょうか。
 いっそ、これが出るまで待ってみようか、とも思いましたが、これが結構高いんですね。昔の同じ品番の製品の数倍の価格設定ではないですか。ですから、ここまでのものではなくても、そこそこ使えそうなものが現行品の中にないか、探してみることにしました。
 その結果、DENONのDP-1300MK2だったら、おそらく後悔することはないだろうという感触が得られたので、さっそく注文したら、もうきのうには届いていました。これは開梱してターンテーブルを乗せたところです。後ろにあるのが、右のラックから切り離した、今まで使っていたSONYのPS-2410です。もう何の未練もありません。たまたまヤフオクを検索してみたらこれと同じものが出品されていて、その説明に「稀にトーンアームとカートリッジ接続コネクターの接触が良くないことが有ります。」なんてありましたね。この「稀に」は、もう少しすると「常に」に変わってしまうのは、目に見えています。
 そして、シェルを取り付け、アームの調整を行ってLPをかけてみます。もちろん「SONGS」です。いやあ、この前まで聴いていたのはなんだったのか、と思ってしまうほどの音が出てきたのには一安心です。やっぱり、SONYは我慢して使い続ける価値なんてありませんでしたよ。これだったら、「SONGS」の場合は自信を持ってハイレゾよりもLPの方が音がいい、と言い切ることが出来ますよ。
 棚を探してみたら、50年近く前に買ったイ・ムジチの「ブランデンブルク」の2枚組LPが出てきました。出してみたら、盤面は新品同様、それをかけてみると、ノイズはほとんど聴こえません。あの時代ですから使われているのはモダンチェンバロ、そのガリガリとした音とともに、まさにあの時代ならではの音がよみがえってきました。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-28 21:24 | 禁断 | Comments(0)
「カルミナ」の指揮は山田和樹
 久しぶりに萩ホールに行くことになったので、車を駐車場に入れた後、最近できたという「遊歩道」を探してみることにしました。なんでも、「地下鉄の国際センター駅から石段を上って萩ホールのすぐ横までまっすぐ行けるようになった」ということなのですが、まだ実際に現物を見たことがなかったものですから。
 そこで、見当として萩ホールの後ろ側に確か遊歩道があったはずなので、そこから逆にたどってみました。弓道場の横に、こんな看板が立っていますから、ここに間違いはないのでしょう。
 ただ、確かにそこは自然がそのままの遊歩道ではありましたが、舗装も何もしていないのでかなり歩きにくそう。というか、こんな道を来るんだったら今までのバス通りの方が楽なような気がしますが。
 と思っていたら、いきなりこんなきれいな道が現れました。先に行ってみると。
 確かに、長い石段がまっすぐ地下鉄駅の前まで伸びています。これのことだったのですね。
 さらに、その石段の先を見てみると、もう萩ホールのすぐ横じゃないですか。ということは、さっきみたいに裏から来るのではなく、堂々と表から来れば簡単にここに出たのでした。うん、これなら国際センターからの「直結道」と言っても構いませんね。ただ、この石段は、下るのは楽ですが上るのはちょっと大変なような気がします。
 萩ホールに来たのは、こんなコンサートを聴くためでした。関西の楽譜屋さんが中心になって毎年行っていた「復興コンサート」を、やはり地元で、ということで実現したものです。バッハの「ロ短調」を、全国から集まった総勢200人の合唱で演奏しようという企画です。もちろん仙台からも知り合いがたくさん出演していますから、だいぶ前から楽しみにしていました。
 しかし、200人の合唱でバッハというのは、ものすごいものがありました。正直、音楽的にはかなりバランスの悪いいびつなものになっていました。しかし、やはりこれはコンサートの趣旨を考えると、「多くの人が心を一つにしてバッハを歌う」というところに意義を見出すべきなのでしょう。そういう意味では、間違いなく訴えてくるものはあったのではないでしょうか。まあ、私はこういう形ではこの曲は歌いたくはありませんが。
 そんなことを考えていたら、隣に偶然座った知り合いの〇教音楽合唱団の人が、「カルミナ・ブラーナ、歌いませんか?」なんて聞いてきました。仙台フィルが10月にその曲を演奏することになって、そのメインの合唱団がそこなのですが、それだけでは足らないらしく、こんな高飛車なオーディションの案内を出してきたものですから、正直ドン引きしていたのですが、この合唱団の団員なら、フリーパスで出演できるよ、ということなのだそうです。ま、私はこの時期はちょっと無理でしょうけどね。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-27 21:29 | 禁断 | Comments(0)
JANÁČEK/Mládí
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Woodwinds of the Royal Concertgebouw Orchestra
Emily Beynon(Fl), Macías Navarro(Ob)
Olivier Patey(Cl), Davide Lattuada(BCl)
Gustavo Núñez, Jos de Lange(Fg)
Fons Verspaandonk(Hr), Jeroen Bal(Pf)
RCO LIVE/RCO 15008(hybrid SACD)




ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の管楽器の首席奏者たちが集まって録音した室内楽のアルバムです。だいぶ前に、同じように首席奏者たちの協奏曲集がPENTATONEから出ていたことがありましたが、今回はコンセルトヘボウの自主レーベルです。しかし、録音スタッフを見ると担当しているのはお馴染みのPOLYHYMNIAの面々ですから、内容的には同じ作られ方をされていると考えていいのでしょう。もちろん、SACDですし。
ここで演奏されているのは、全て20世紀に作られた木管楽器が中心になったアンサンブルのための曲です。管楽器だけではなくピアノが加わっているものも有ります。ただ、木管楽器のアンサンブルといえば真っ先に思い浮かべる「木管五重奏」(オーケストラで使われる4種類の木管楽器+ホルン)の編成によるものは1曲もない、というのがユニークなところです。ヤナーチェクの「青春」は、その木管五重奏にバス・クラリネットが加わった六重奏ですし、ピアノが加わるマルティヌーの六重奏曲は5本の管楽器の内訳がフルート、オーボエ、クラリネット+ファゴット2本という編成です。一番まともなのは、普通の木管五重奏にピアノが入ったプーランクの六重奏曲ということになるのでしょうか。そしてもう1曲はシャンドール・ヴェレシュのオーボエ、クラリネット、ファゴットのためのトリオです。これは、リードを持った管楽器のアンサンブルということで、フランス語では「トリオ・ダンシュ」と呼ばれます。呑兵衛や女性には出来ません(「トリオ断酒」または「トリオ男子」)。
ただ、とても不思議なことですが、ジャケットやブックレットの曲目紹介の部分では、それぞれの編成が全く記載されていません。確かにライナーノーツを読めばその少し変則的な編成に関してはいくらか述べられてはいますが、これではあまりにも片手落ち。
ブックレットに写真がありますが、この録音は彼らの本拠地のコンセルトヘボウで行われました。それぞれの楽器に補助マイクは立っていますが、あくまでメイン・マイクが主体、ホール全体の響きの中でのアンサンブルが感じられるような音に仕上がっています。適度にブレンドされた音場の中で、それぞれのソロ・プレイもくっきり味わえるという、優れた録音です。
もちろん、ここでのお目当てはフルートのエミリー・バイノンです。彼女のフルートが聴こえてくると、アンサンブル全体のテンションが一気に高まるという、かつてのベルリン・フィルでのアンサンブルの中でゴールウェイが示していたような役割が、ここでも感じられてしまいました。それでいて、彼女の音色や表現はしっとりと落ち着いたものですから、決して浮き上がってしまうことはありません。
マルティヌーの六重奏曲の第3楽章(スケルツォ)は、フルートとピアノだけで演奏されます。ここでのバイノンののびのびしたテクニックと歌い口は、まさに絶品です。最近のこのオーケストラの映像ではもう一人の首席奏者のマッコールの方が演奏する機会が多いような気がしますが(あくまで個人的な感想です)こういうすごいソロを聴くとやはりバイノンの方が魅力的に感じられます。ヤナーチェクで持ち替えて演奏しているピッコロも素敵ですし。
もう一人とても気になったのが、ピアニストのイェルーン・バルです。コンセルトヘボウ管弦楽団とは関係の深いピアニストで、「ペトルーシュカ」など、オーケストラの中のピアノのパートなどをよく演奏している方だそうですが、いかにも気心の知れた間柄という感じで、とてもセンスの良いピアノを聴かせてくれています。プーランクの六重奏では、圧倒的なドライブ感も見せて、この曲から新鮮な味わいを引き出していましたね。
リゲティの先生であるハンガリーの作曲家ヴェレシュのトリオでは、第2楽章のアンダンテで聴こえてくるヌニェスのソフトなファゴットが聴きものです。

SACD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest
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by jurassic_oyaji | 2016-03-26 20:52 | フルート | Comments(0)
配信ハイレゾのクレジットは、とてもいい加減
 職場でのハイレゾ音源のダウンロードがうまく行ったので、もう少し本格的にハイレゾ対応のシステムを構築してみようと思いました。今までは、レコーダーのD-100をDACとして使って聴いていたのですが、それはどうにも使い勝手がよくありません。それより、少し前からメインのプレーヤーとなっていたOPPOのBDP105DのUSB端子にUSBメモリーを差し込んで聴く方がずっと使いやすいことは分かっていたので、いっそそこに外付けのHDDをつないで、その中に音源を入れてみることにしました。そのHDDは、写真のバックアップ用に買っておいたスマホを少し大きくしたぐらいのコンパクトなものでしたから、PCとプレーヤーの間ではケーブルを差し替えるだけで簡単に移動できますし。
 これで、きちんとフォルダーを作っておけば選曲も簡単、別にNASとかがなくても十分使えます。ディスプレイも、とても見やすくなっています。
 これは、WAVファイルを再生しているところですが、メタ・データが文字化けしてますね。やはり、こういうところはFLACのようにはうまく行かないようです。
 フォルダーを開くと、このようにアルバムの中の曲が表示されます。買った時のファイル名は長すぎるので、適当に縮めると見やすくなりますね。
 これを再生している時の壁紙が、ちょっと粋ですね。最初、これがなんだかわからなくて、間違ってなんか汚れた画像が紛れ込んでいたんだと思ってしまいましたが、よく見てみると何のことはない、レコードプレーヤーのカートリッジの部分ですよね。アナログに近い音が出ますよ、というような暗示にかけられそう。
 これは何のアルバムかというのは、FLACにはちゃんと入っているジャケット写真でわかりますね。以前こちらでご紹介した、シュガー・ベイブの「ソングス」ですね。最近、達郎のアルバムでは初めてこれがハイレゾで配信されたというので、買ってしまったのですよ。それの、CDでは2種類あったバージョンの「リミックス」の方だけが、配信の対象となっていました。というのも、このバージョンはオリジナルの16チャンネルのアナログ・テープから24/48でトランスファーして、そこからデジタルでリミックスされたものですから、それがそのままの形で聴けることになります。でも、このフォーマットは何とも中途半端な気がしませんか?ビートルズなどは24/192でトランスファーを行っていますから、この間の「1」のように見違えるようなリミックスが出来ていたのですが、これだとCDよりはほんの少しまし、ぐらいの感じですからね。せめて24/96以上でないことには「ハイレゾ」とは言えないんじゃないでしょうか。
 このリミックス・バージョンは初めて聴いたのですが、手元のベスト盤にあったリマスター・バージョンとはかなり音が違っています。まず、ヒスノイズがかなり減っていますし、リバーブも少なめ。いや、確かに付いてはいるのですが、これを聴くとリマスターの方はちょっとやり過ぎ、というか、今の時代にはちょっと合わない気がしてしまいますね。
 もっと厳密に比較してみたかったので、とうとうCDリミックス・バージョンも買ってしまいましたよ。やはり、「ハイレゾ」の方が一枚皮がむけた感じはしますが、例えば「雨は手のひらにいっぱい」のストリングスなどは、24/192だったらもっとふくよかな味が出てくるのではないか、と思うのですが。
 ついでに、「ハイレゾで聴くマーキュリー・リヴィング・プレゼンス」というサンプラーみたいなのがあったので、買ってしまいました。なんと言っても聴きたいのは「1812年」ですよね。ところが、勇んでこれを聴き始めると、なんだか音がしょぼすぎます。それはモノーラルになっていたのですよ。他のトラックはちゃんとステレオだというのに。もちろん、CDやLPだってステレオです。こんなこともあるんですね。さっそくe-Onkyoにクレームを言ったら、その日のうちに返事が来て、「現在、関係部署に確認中」ということでした。いったいどんな返事が返ってくるか、楽しみです。ここは以前も初歩的なミスを犯していたことがありましたからね。対応次第では、もうここは使わなくなるかもしれませんよ。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-25 21:41 | 禁断 | Comments(2)
海鮮丼はお代わりはできないでしょうね
 以前、ニューフィルのチケットを置いてもらおうと業者さんがエスパルのプレイガイドに行ったらば、先方の勝手な都合で一方的に拒否された、ということを書きましたが、それはどうやら今回のリニューアルが関係していたようですね。この間見に行った時にもらってきたフロアガイドを見たら、以前プレイガイドだったあたりが「休憩所」みたいなところになったようなんですね。さらに、ネットで「チケットぴあ」を調べたら、宮城県内の店舗からは以前あったこのエスパル内のお店が消えていましたから、間違いないでしょう。そういえば、あそこのぴあは、だいぶ前に達郎のチケットを買うために並んでいたかもしれないところでした。なぜかその日に熱を出したので、行きませんでしたが、ですから、今でもまだあそこにあると思っている人は多いのではないでしょうか。でも、今ではそんなお店に並ぶなんてことはないのかもしれませんね。全部ネットで出来ますから。というか、その頃は確か店舗販売の枠があったはずでしたが、今はそんなものはもうなくなっているでしょうし。
 そんな風に、隅々まで変わってしまったエスパルですが、そこに入った東急ハンズでちょっと気になるトートバッグを見つけたので、買ってしまいました。まずは見た目のかっこよさ。今のよりちょっと小ぶりで、同じ形のものが4つの色で出ていました。迷いに迷った挙句、この色にしたんですけど、これよりももっと明るい水色があったので、最後までどちらにしようかという葛藤が私の中ではありました。
 それと、前に買ったのは何かと使い勝手が悪かったんですよね。大きいのはいいのですが、逆に大きすぎてなんでも入れられてしまうので、中がごっちゃになってしまうんですよ。その点、この新しいのは中に仕切りが入っていますから、書類と他の小物をきちんと分けて入れられて、とても重宝してます。前のバッグを買ったのは去年の7月でしたから、まあ半年ちょっとで捨てられた、ということになりますね。まあ、欠点があればいずれは他のものにとって替わられるのは当然の成り行きです。
 今度のリニューアルオープンで、レストラン関係も新しいお店がたくさんできましたが、それらの中でも、いずれはこんな風に淘汰されてしまうところもあるのでしょうね。今のうちは、入ろうと思っても長蛇の列で何時間も待たされる、なんて感じですが、そのうち、プレイガイドみたいに姿を消すお店も出てくることでしょう。
 でも、一応見た目はおいしそうだったので、並んで入ってみたのがこのお店です。売りは「ごはん」だそうで、目の前でお釜を使ってご飯を炊くというデモをやってましたね。ただ、並んでいる途中で見ていると、そのお釜がすぐ空になって、また新しいお米を入れたりしていますが、その間は「炊き立て」は食べられないのでは、という疑問が湧いてきます。奥にかなり大きなジャーがあるようなので、そこで一旦保存しておくのでしょうか。
 こんな感じの料理で、ご飯は3種類あってどれでも好きなだけお代わりが出来るのだそうです。でも、最初についてきた白米が、なんだかもう冷めているんですよね。少し固いし。まあ、これは何かの手違いだろうと思って、お代わりをしたら、その時には本当に炊き立ての、まさに「米が立っている」ご飯が来たので許しましょう。もう1杯、今度はタケノコご飯をもらいましたが、それもおいしかったですね。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-24 21:01 | 禁断 | Comments(0)
Carnet de bord
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Daniel Hill(Pf)
Sofi Jeannin/
Maîtrise de Radio France
RADIO Franc/FRF 036




タイトルといいアーティストといい、フランス語尽くしのアルバムです。「カルネ・ド・ボール」は「航海日誌」、「メトリーズ・ド・ラジオ・フランス」は、「フランス国立放送児童合唱団」というのが日本語訳だ、というのが代理店による一つの提案です。ここでちょっと問題なのが、「児童合唱団」という訳し方。確かに辞書を引くと「聖歌隊」のような訳語が出ていますから間違いではないのかもしれませんが、フランスの合唱に詳しい方に言わせれば、これは「児童」とは言っても「女声」だけに限られた団体を指す言葉なのだそうです。「少女合唱団」ですね。
そんなことを知ったのは、大昔に「メトリーズ・ガブリエル・フォーレ」という合唱団が歌ったアンリ・トマジの「コルシカの12の歌」というLPが出た時に、音楽雑誌でそのようなことを書いていた人がいたからです。余談ですが、このアルバムはいまだにCD化されず、「幻の名盤」になっています(その後、再録音されたCDが出ましたが、それは同じ人たちが歌ったとは思えないお粗末な演奏でした)。確かに、この合唱団は高校生ぐらいの少女だけがメンバーでした。さらに余談を重ねると、この団体のウェブサイトが見つかったので覗いてみたら、そこにあった写真には絶対に「少女」ではありえないおばはん、というか老婆たちが写っていました。この「少女合唱団」には年齢制限がなかったのでしょうね。かつての少女たちは、年を重ねても居座っていたために、こんな団体名とは背くような現実が待っていたのでした。
この、1946年に創設されたラジオ・フランスの少女合唱団では、そんなことはなくきっちりとまだ「少女」である内に「卒業」してくれるのでしょう。なんでも、オーディションによってフランス全土から集められた少女たちは、奨学金をもらって小学校レベルから大学卒業レベルまでの教育を受けつつ、音楽関係の多彩なカリキュラムによって日々訓練されているのだそうです。現在、そのような「生徒」は170人ほどいるそうですから、コンサートやレコーディングではその中から選抜されたメンバーが歌うのでしょうね。厳しい世界です。
ですから、その音楽的なレベルはかなり高く、昔からメシアンなどはその演奏を気に入っていて、自作にも起用していました。ピアノやオンド・マルトノが加わったオーケストラと女声合唱による「神の現存のための3つの小典礼」という彼の作品が、1959年に彼女たちによって演奏されたこともありました。さらに、合唱団からの作曲家に対する委嘱も積極的に行われたようで、クセナキスが作ったいくつかの児童合唱を含む作品はその結果生まれたものです。
初代の指揮者はマルセル・クーローが務めました。そして、7代目となる現在の指揮者が、2008年に就任したスウェーデン生まれのソフィ・イェアニンです。
最初に歌われているのはアンリ・デュティユーの「航海の歌」という、船乗りの歌などの伝承歌を無伴奏女声合唱のために編曲した多くの曲集から、第1巻と第2巻からの抜粋です。我々にはなじみのない歌ばかりですが、きっとフランス人だったら誰でも知っている歌ばかりなのでしょう。それを、この合唱団はとても訓練の行き届いた声で楽しそうに歌っています。確かに、日々の訓練が実っているな、という感じがしますし、それでいて適度にアバウトなところも残しているあたりが好感が持てます。というか、この年頃の女声でなければ絶対に出せない雰囲気を、見事にくみ取って音楽に生かしているという感じです。このあたりのテイストが本物の「メトリーズ」なのでしょう。男の子では消臭が必要(それは「ファブリーズ」)。
次のダニエル=ルシュールの「3声の有名な歌」は、各地の民謡などの、やはりよく知られた曲を編曲したものです。スイス民謡の「ホル・ディ・リ・ディ」だけ知ってました。
そして、最後がベンジャミン・ブリテンがウィーン少年合唱団のために作ったオペラ(作曲家は「ボードヴィル」と呼んでいたそうです)「ゴールデン・ヴァニティ号」です。「少年」のために英語で書いたものが、ここでは「少女」が「フランス語」で歌っているというあたりが、なかなかなところでしょう。ピアノ伴奏がかなりヘンタイ。

CD Artwork © Radio France
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by jurassic_oyaji | 2016-03-23 21:15 | 合唱 | Comments(2)
やんごとなきお方は、後半はお聴きにならずにお帰りあそばすのでしょうか
 職場のWIFIはとても順調なようです。なぜか最近では1本ぐらいはアンテナが立つときもあるようになって、安定性はかなり向上しているように思えます。もう普通のネット生活には全く支障がないようになったので、ここで一つハイレゾ音源のダウンロードでもやってみようと思いました。そこで、何か適当なものはないかとe-Onkyoのサイトに行ってみたら、この前「おやぢ」で取り上げた佐渡のアルバムがもう配信されているではありませんか。記事の中で「おそらくハイレゾ・データでもリリースされるのでしょう」と言っていた私の予言が見事に的中したことになりますね。とは言っても、これは普通に今のCD業界の動きを見ていれば簡単に予想できることでした。もはや、「品物」としてのCD売りあげは危機的な状況になっているというのが現実なのですからね。そうなれば、こういう配信、特にハイレゾに力を入れて、CDより先にリリースという売り方は当然の成り行きになってくるのでしょう。価格も、CDの通常価格が3229円なのに、192/24のハイレゾは2800円ですからね。それにしても、このCDの価格はなんという強気の設定なのでしょう。こんな値段だったら、絶対に買いませんね。以前はこの手のものはサンプルが入手できたのですが、もはやそんな伝手もありませんし。
 そんな、買ってもいないものをどうやって聴いたのかというと、お察しの通りNMLです。ここのQ&Aでは、「CDと比べてほとんど遜色ありません」と豪語していますが。それは嘘っぱちに決まっています。私は、何度も聴き比べてここの音はとてもCDには及ばないことは知っていますから、やはりハイレゾでちゃんとした音を聴いてみたいですし。
 ということで、その「CD並」の音と、ハイレゾの音とを聴き比べてみることにしました。NMLで聴いていた時にも他のものに比べると結構いい音でしたが、やはりハイレゾとは格が違います。それこそ、CDとカセットテープぐらいの違いはありますね。
 このアイテムにはかなり力を入れているようで、ここのサイトには、録音の時の詳細なレポートが掲載されています。それによると、この録音では「デッカ・ツリー」が使われていた、というのですね。こんな写真もありました。
 確かに、NMLでも見ることができるCDのブックレットにあった録音セッションの時の写真を見ると、ちょっと不鮮明でしたが、なんだか「デッカ・ツリー」が使われているような気がしましたから、おそらくそれであのふくよかな弦楽器の音が聴けるのでは、とも思っていました。やはり、大好きなマイクアレンジの音は分かるものなんですね。自分の耳の確かさを再確認です。
 ハイレゾと言えば、この間仙台フィルの「第9」のハイレゾ音源もやはりこちらで取り上げましたが、これと同じことを、今度の「レリオ」の時にも行うのだそうです。まあ、とても商品とは思えないような音でしたから、もう買う気はしませんが、それよりもその時と同じワンポイントのマイクだと、この曲を録音するにはちょっと無理があるのではないかと思えてしまいます。ネタバレになりますが、合唱が最初に歌う曲は、客席の中を歩きながら歌うことになっています(本番までに変わるかもしれませんが)。ですから、それをあんなちゃちなシステムできちんと録音するのはまず不可能なのですよ。
 それよりも、このコンサートに関してはもっとすごい情報があって、東京でのコンサートではCDのための録音も行われるのだそうです。NHKのテレビで放送されることは知っていましたが、なんとCDまで。サントリーホールでは合唱はちゃんとオケの後ろに座っていますから、仙台よりはちゃんとした録音ができるでしょう。でも、合唱がまずくて発売はボツになったりしたらいやですね。頑張らなくっちゃ。
 それともう一つ、そのコンサートには皇族関係者もご来場くださるのだそうです。そっちの方が緊張しますね。その情報源によると、そのためにステージ裏の警備も厳しくなっているので、「幻想」のバンダのオーボエ奏者が挙動不審で捕まえられて演奏できなくなってしまっても、演奏は続けるようにとのお達しが回っているのだとか。
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by jurassic_oyaji | 2016-03-22 23:41 | 禁断 | Comments(0)