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Sun, Moon, Sea, and Stars/Songs and Arrangements by Bob Chilcott
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Nigel Short/
Tenebrae Consort
BENE ARTE/SIGCD903




ナイジェル・ショートが指揮をしている合唱団「テネブレ」は、2014年に自らのレーベル「Tenebrae Records」を創設しました。そのレーベル名が「BENE ARTE」、こっそりお教えしますが(それは「ネタバレ」)「よい芸術」という意味のイタリア語です。ただ、ディストリビューターは今まで所属していたSIGNUMなので、品番はそれと同じ「SIGCD」で始まるものになっています。おそらく900番台が彼らに与えられた番号でしょうから、これは彼らのレーベルの3番目のアイテムということになるのでしょう。
今現在、彼らはこのレーベルから4枚のアルバムをリリースしています。そのうちの2枚は今までおなじみだった「テネブレ」という合唱団のものですが、あとの2枚は「テネブレ・コンソート」という団体名になっています。「テネブレ」には20人ぐらいのメンバーがいましたが、「コンソート」の方はそのピックアップ・メンバーによって編成されていて、人数も各パート2人ぐらいの小さなもののようです。
「コンソート」が2014年にリリースしたデビュー・アルバムは、中世のプレイン・チャントやタリスの「エレミア哀歌」などを収めた渋いものでしたが、今回はぐっとくだけた、ボブ・チルコットの作品と、彼の編曲したものを集めたアルバムでした。チルコットといえば、指揮者のショートとともにあの「キングズ・シンガーズ」に在籍していたことで有名ですが、この二人はまさに1994年から1997年までは同時にこのグループのメンバーだったんですね。チルコットはテナー、ショートは第2カウンターテナーでした。それが、今や大人気の合唱作曲家と、卓越した合唱指揮者という立場でこのようなアルバムに参加しているのですから、面白いものです。
本体の「テネブレ」も素晴らしい合唱団ですが、それが「コンソート」になると、ガラッと変わった顔を見せることになりました。最初のトラック、ラテン感覚満載のリズミカルな「En La Macarenita」では、ほとんどキングズ・シンガーズのノリでそれぞれのメンバーがお互いに楽しみながら演奏しています。そこでは「ヴォイパ」まで披露されていますから、なんという芸風の広さ、と驚かないわけにはいきません。もちろん、こちらは女声も入っていますから、さらに華やかな味が加わります。それは、たとえば「ヴォーチェス8」とか「カルムス・アンサンブル」のような今最も旬なグループと同じような新鮮な味です。
全部で22曲もの小品がここでは演奏されていますが、正直ほとんどは(もちろん、チルコットの自作も含めて)知らない曲なのに、それぞれになにか懐かしさというか、どこかで聴いたことがあるような思いになれるのは、こういうアンサンブルのツボを押さえたチルコットの編曲の妙のおかげでしょう。多くの曲でソロを立てているのも、ここでは名手揃いですからさらに効果的です。中でもソプラノのソロは、ピュアな上に表情が豊かなので、とても引き込まれます。ただ、バリトンあたりのソロになると、ちょっと「教養が邪魔をしている」ような歌い方になっていて、ほんの少し違和感がありますが(これは、キングズ・シンガーズのバリトンにも感じたことです)。
チルコットのアレンジには、独特の和声感がありますが、それが最もハマっていると感じられたのが、ガーシュウィンの「Fascinating Rythm」です。これはもうジャズ・コーラスの原点とも言うべきテンション・コードの展開が見事で、まるでマンハッタン・トランスファーみたいなノリの良さがありました。
それと、こちらで別の曲が聴けた「Furusato」という日本の歌を集めた曲集からも3曲紹介されているのもうれしいことです。ここではしっかり「日本語」で歌っていますから、なおさらです。
最後の3曲だけ、別な日に別な会場で、さらにメンバーも少し変えて録音されています。これは、録音もすこしオフ気味ですし、人数が増えた分演奏も大味になっているように思えました。

CD Artwork © Tenebrae Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2016-06-18 21:24 | 合唱 | Comments(0)
私もご飯は固めが好き
 今年の春のドラマは、一応「ラヴソング」と「世界一難しい恋」と「99.9」を見てました。もちろん、リアルタイムで見るのではなく、一旦録画しておいて、それをCMをチャプターで飛ばしながら見るんですね。特に、こういう民放のドラマは後半にはCMの方が長いんじゃないか、と思えるほど頻繁にCMが入りますから、これをやればストレスなく楽しむことが出来ます。本当に便利な機能ですが、いつも不思議に思うのは、このチャプターは誰が付けているのか、ということです。放送局、でしょうか。でも、放送局(民放)の仕事はドラマを放送することではなくCMを流すことですから、そのCMをこんなに気持ちよくスパッと切れるところにチャプターを入れたりしたら、それこそスパッと首を切られてしまいますね。
 気になったので調べてみたら、これはどうやらレコーダーが勝手に判断して付けているようですね。CMの場合はドラマ本体と何かが違っているので、そこを検知して機械が自動的にチャプターを付ける、という機能があるみたいです。そして、それは、メーカーによって精度がかなり違うということですね。たしかに、私が使っているSONYあたりは、なかなかきっちりと「CMカット」の仕事をしてくれますが、もう1台、昔から使っていたPANSONICでは全然ダメでしたね。それと、コンサートの映像、特にクラシックなどでは、どうも変なところにしかチャプターがないので、常々おかしいとは思っていたのですが、そういうことだったら納得です。レコーダーが提示部と展開部の間を判別してチャプターを入れる、なんて高度なことなんかできるわけがありませんからね。
 ということで、前回書いたように「ラヴソング」は散々でした。もう1回目からなんだこれ?という感じだったので、見るのはやめようかと思ったのですが、まあ一応音楽がらみだし、なんでも新しい曲を作るシーンなどもあるそうなので我慢して見ていました。そうしたら、話はどんどんつまらなくなってしまうし、その「曲を作る」シーンにしてもなんか余計なエピソードを絡めてしまったためにとても素直に楽しめませんでしたね。というか、あんなに都合よくDTM一式を貸してくれる人がいたという時点で、ウソくさかったし。何よりも、藤原さくらには、ミュージシャンとしての魅力が全く感じられませんでした。
 「99.9」は、まあ見て損をしたということはありませんでしたね。情報で、何やら「小ネタ」が毎回入っている、というようなところもあって、たとえばこんなのには、なかなか、という気がしました。
 分かりますか。これは本当は「BOSE」というスピーカーなんですが、それがなぜか「RONGE」になっているんですよね。「ボーズ」が「ロンゲ」。あともう一つ笑ったのは、岸部一徳が松潤に差し入れしたTシャツが「タイガース」というやつ。それって、岸部が昔いたバンドの名前ですよね。ただ、そんな小ネタとか、ギャグにしてもいかにもただ笑わせたいという魂胆がミエミエですし、カメラワークも凝っている割には効果が少ない無駄なことばかりやっているという印象は免れませんでしたね。せっかくの榮倉奈々がなんか存在感に欠けていたのもちょっと、でした。
 「世界一~」は、その点とても素直に笑えるドラマでしたね。大野くんのへたくそな演技すらも、笑えるものでしたし。結局は男女の気持ちの擦れ違いという陳腐なテーマを、丁寧に描いた泥臭さの勝利、でしょうか。もちろん気になったところもたくさんありますが、なんといっても大野くんの自宅では普段はだれが家事をやっているのか、というのが、最大の疑問点でした。あと、MISSIONのMX-5では、落語以外のものを聴くことはあるのでしょうか。
 それと、波留ちゃんの衣装は彼女の魅力を十分に引き出したものではなかったような気がします(あくまで個人的な感想です)。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-17 22:25 | 禁断 | Comments(0)
BAUKHOLT/Ich muß mit Dir reden
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CIKADA
2L/2L-116-SABD(hybrid SACD, BD-A)




このアルバムで演奏されているのは、ドイツの作曲家、カロラ・バウクホルトという人の作品です。タイトルは曲名ではなく、アルバム全体のコンセプトなのでしょう。二人称の代名詞である「du」の3格の「dir」の頭文字が大文字なのはネイティヴの人にとってはすこし古臭く感じられるはずですから、「そなたと話さねばならぬ」でしょうか。べつにソナタが演奏されているわけではありませんが。
演奏しているのは、「チカーダ」という10人のメンバーが集まって1989年に作られたノルウェーのアンサンブルです。その内訳はフルート、クラリネット、弦楽四重奏、コントラバス、ピアノ、打楽器、そして指揮者です。「現代音楽」に特化したレパートリーで継続して演奏活動を行っていて、創設以来、メンバーは全く変わっていないのだそうです。
彼らとバウクホルトとの出会いは、2007年にケルンで行われたコンサート。実は、彼らはその2年ほど前からバウクホルトの作品を演奏していたのですが、そこで彼女の「Keil(くさび)」という2000年に作られた曲が演奏された時には、作曲者自身も含めてその周りの人たちは、この曲のことすらもほとんど忘れかけていたそうです。しかし、その演奏を聴いて、今までになかった新しい息吹が作品の中あることにに気づいて驚いてしまったのだそうです。
そして、2009年にはチカーダからバウクホルトに正式な委嘱のオファーが届きます。それに応えて2011年に作られた「Laufwerk(運転機関)」と、2013年に作られた「Sog(引き波)」、さらに、先ほどの「Keil」と、1995年の作品「Treibstoff (燃料)」の4つの作品が、ここでは演奏されています。委嘱作の2つは彼らの本来の編成で作られていますが、それ以前の作品ではヴァイオリンが1人少ない9人編成になっています。
いずれの作品も、ピアノはプリペアされていますし、管楽器も弦楽器も特殊な奏法が使われていて、サウンド自体がとても刺激的ですが、おそらく弦楽器奏者あたりが、「声」で参加しているシーンが時折現れます。それが、先日の「Song Circus」とは全く別の個性を発揮していて、何か温かさのようなものを感じさせてくれています。決して「聴きやすい」作品ではありませんが、この素晴らしい録音でそのような未知のサウンドに包まれているうちには、なにかとても新鮮な感情が心の中に湧き起ってくるはずです。騙されたと思って、そんな体験に身を委ねてみて下さい。
このパッケージには、いつもの通りSACDとBD-A(24/192)の両方が入っています。もちろん、今までの経験ではBD-Aの方がはるかに優れた音が聴けることが分かっているので、SACDはまず聴くことはなかったのですが、最近5.6MHzのDSDが聴ける環境が整ったので、比較の意味で2.8MHzのDSDであるSACDも聴いてみました。
聴き比べたのは、「Treibstoff」の冒頭部分、まるでタンゴのようなリズムを産み出すコントラバスに乗ってミニマルっぽいパルスが続くという音楽ですが、そこに先ほどの「声」によって「ツッツクツッ、ツッツクツッ」というヴォイパが加わっています。それが、BD-Aと5.6DSD(ダウンロード)でははっきり人の声と認識できるのですが、SACDではそれがよく分からないのですよ。この部分だけで、SACDはオリジナルの情報からの欠落がかなりあることが分かります。
それをさらに確認するために、同じレーベルのアイテムでもリリースされたのが2005年という、まだ24bit/48kHzのフォーマットで録音されていた音源をSACDにしたものの中の「Immortal Bach」のトラックを、ネットにサンプルがあった5.6DSDのファイルと比較してみたら、全然別物の音でした。つまり、24/48のPCMでさえ、DSDにトランスファーした際に5.6では受け継がれた情報が、2.8では欠損していた、ということになります。2.8DSDは24/48PCMよりも劣っていたのです。そしてそれは、ショルティの「指環」が、24/44.1のBD-Aの方がSACDよりいい音だったという事実と見事に合致するのです(あくまで、個人的な感想です)。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS
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by jurassic_oyaji | 2016-06-16 20:44 | 現代音楽 | Comments(0)
「むず恋」の方が、まだ楽しめました
 きのうは、ニューフィルはパート練習の日でした。木管はいつものように私の職場が会場になります。ここは、あくまで私が個人的に自分の趣味として使っているという趣旨で貸していただいているわけですから、管理はすべて私がやることになっています。ですから、この間練習の日に仙台フィルの合唱のリハーサルが重なって休まなければいけなかった時には、鍵を開けてから仙台フィルの方に行って、それが終わってからまた職場に戻って鍵を閉める、ということをやっていましたね。
 それほどのことがなくても、パート練習で降り番の曲をやったりするときでも、私は最初と最後には必ずいなければいけませんから、ちょっと時間が半端になってしまうこともあります。きのうがそんな感じ、後半に私は本番には乗らない「未完成」が予定されていたので、それをやっている1時間半ぐらいの間はヒマになってしまいます。それでも、家まで帰ってなにかするほどの時間はありませんから、いっそ、その時間に同じところで普通家でやっていることをやってみようかと思いました。具体的にはこのサイトの更新です。この時間は、もう職場は閉まっているのでそこのPCは使えませんから、自宅のノートPCを持っていきました。ただ、そこで問題になるのがネット接続です。職場はそういう点では全くの後進地帯ですから、もちろん社内WIFIなんてありません。ですから、私はモバイルWIFIを使ってます。
 ただ、それは、前のものよりは格段に感度は上がっているとはいえ、条件が悪い時にはネットにつながらなくなってしまうほど、電波状態に左右されてしまいます。きのうなどはその最たるもので、もう5分おきに「圏外」になってしまったりしますから、ちょっと往生しましたね。普段はそこまでひどくはないのですが、やはり雨が降ったりするとダメなものなのでしょうか。
 ですから、それを、練習に使う会館に持って行ったら、もっとひどいことになるのが予想されていました。普通の携帯電話でも、なんだか感度が悪そうなんですよね。やっぱりお墓が近いからなのでしょうか。まあ、ですから、最悪更新だけはやっておいて、転送は家へ帰ってからでもいいかな、ぐらいの気持ちで、練習の私の出番が終わった時には考えてみました。ところが、いざWIFIをつないでみると、こんな感じでアンテナ表示が立っているんですよね。
 いやあ、この実物のディスプレイでこんな風にフルで立っているところなど、初めて見ましたよ。同じ敷地でも、こちらだと全然ネットの感じもサクサクできますから、いままで職場で苦労していたのはなんだったのか、という気になってしまいました。もちろん、1時間もかからずに更新は終わり、転送も全部済ませることが出来ましたよ。
 ですから、今朝になって実際にそのあたりを確かめてみようと、このWIFIを持って建物の中の電波状態を細かく調べてみました。そうしたら、やはり会館はきれいに3本立っていますが、私の部屋のあたりの少し前で、ガクンと感度が下がってしまうことが分かりました。さらに、外に出てみて建物のまわりも調べたのですが、やはり、私の部屋の前、つまり、建物の南側では感度が低くなっているんですよね。逆に北側だと感度が良くなるという。ということは、北の方にアンテナ(実物)が立っているのでしょうか。まあ、今日はいくらか雲も少なかったようで、それほどネットが止まるようなことはありませんでしたけど。
 突然ですが、「ラヴソング」終わりましたね。始まる前はとても楽しみにしていたのに、見終わったら失望以外には何も残りませんでした。全然「ドラマ」になっていなかったじゃないですか。いったい何があったというのでしょう。例えば、「スープ」の位置づけ。あの曲はもっと深い意味があって、それが最後にあかされて泣けるのかと思っていたのに、肝心の結婚式の場面は中途半端だったし、さらにフルコーラスを空一に歌わせるなんて耐えられません。そしてあのエンディングでしょ?直前にあんだけの伏線があってあれはないですよ。神代があまりにもかわいそう。ただ、そこまでの神代の描き方があまりにぞんざいだったので、あれでも構わないのかな、とも思えますがね。結局、すべてにおいてぞんざいだったんですよ。このドラマは。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-15 22:31 | 禁断 | Comments(0)
Anatomy of Sound
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Song Circus
2L/2L-117-SABD(hybrid SACD, BD-A)




このジャケットの不気味なこと。一見、最近はやりの「羽根のない扇風機」のようですが、これは女性の顔の表皮を切り取ったら、その先は漆黒の闇だったという、まるでダリのようなシュールな世界ですね。あんなにしつこくはありませんが。このジャケットにだけ魅せられて、全く未知の演奏家と作曲家にもかかわらず、注文したものの、発売日は何度となく延期されてなかなか入手できないでいたアイテムです。それにしても、「サウンドの解剖学」などというタイトルも、とてもそそられるものですね。
やっと手元に届いて、その全貌が分かった時には、何ともとらえどころのない気がしました。演奏している「ソング・サーカス」というのは、リヴ・ルーネスダッテルという人が芸術監督を務め、彼女自身もメンバーであるノルウェーの女声アンサンブルの名前です。一応メンバーとして6人の名前がクレジットされています。演奏されている作品は、どちらもこれが初録音となるノルウェーの2人の作曲家による2つの作品、ルーベン・スヴェッレ・イェットセンの「Landscape with Figures」と、オーレ=ヘンリク・モーの「Persefone」です。そして、それぞれの曲には、「ソング・サーカス」とは別の人が「バトニスト」というクレジットで指揮を担当していることも分かります。「バトニスト」などという言葉は初めて聞きましたが、要は「棒振り」ですね。このように言うと、ただ棒を振って指示をしているだけのような、なにか機械的な作業のような感じがしてしまいます。そのような演奏家の布陣、そして曲目についてのかなり抽象的なコメントと、それだけの情報ではいったいどんな音楽がここから聴けるのかは全く想像できません。
イェットセンの作品のタイトルは、「Landscape with Figures(形のある風景)」という、全部で12の部分から成る45分ほどの大曲です。ここでは、「ソング・サーカス」のメンバーと一緒に、作曲者のイェットセン自身がエレクトロニクスで演奏に参加しています。具体的には電子音源や、録音された自然の音源などを適宜流すということ、それと、もしかしたらシンガーたちの声の変調にも関わっているのかもしれません。
ここでの「声」の扱いは、今となっては懐かしいかつての「前衛音楽」でよく見られたようなものでした。例えばリゲティの「アヴァンチュール」やべリオの「セクエンツァ」のように、それは決してメロディを歌い上げることはなく、単なる「音」として扱われているのです。それでも、これらの前世紀の作品にはまだかろうじて残っていた声帯を通して出てくる音(つまり「声」)をメインに使うという姿勢さえも、ここではきっぱり放棄され、口のまわりのあらゆる器官を総動員して出されるさまざまなパーカッシブな音の方を重視するというスタンスがとられます。これは、リゲティやべリオの時代には存在していなかった「ヴォイス・パーカッション」の影響もあるのかもしれません。
一応テキストらしいものは用意されているそうですが、それはおそらくあまり深く考える必要はないのではないでしょうか。聴く者は、あくまで「風景」と化した音の中を、バックに流れる具体音とともにさまよっていれば、これらの全く「意味」を剥奪された「声」の中から、逆に「声」にとって「言葉」、あるいは「意味」がいかに不可分のものであったかを悟るはずです。
この曲の終わりには、叩きつけるような雨音が聴こえてきます。それも、これまでにあった具体音と同じものか、と思っていると、全く切れ目なしに次の曲が始まっていました。その、モーの「Persefone」という作品は、5人の女声と、この前エシェンヴァルズの曲を聴いたときにも登場していた「ワイングラス」のために作られています(ということは、メンバーは1人外れる?)。こちらは、前の曲よりはもう少し「声」を大切にした作られ方がされていると感じるのは、おそらくそのワイングラスのピュアな響きのせいでしょう。

SACD & BD-A Artwork © Lindberg Lyd AS
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by jurassic_oyaji | 2016-06-14 21:06 | 現代音楽 | Comments(0)
不本意ながら、PCオーディオに手を染めてしまいました
 先日のDSDのファイルをOPPOのBDP-105Dで再生しようという企ては、いよいよ本日敢行されました。再生ソフトなどは全てフリーでダウンロードできるのでお金は全くかかりませんが、唯一、PCとプレーヤーをつなぐUSBケーブルだけは買わなければいけません。こういうものは普通の電気屋で買うのよりネットを利用した方が品数も豊富ですしお値段もお安くなるというのは経験上分かっていますから、適当なものを注文してあってもう届いていました。プレーヤーの端子が「B」だというのと、結構長いものが必要でしたが、梱包を開けてみると全く問題のないものだったので、まずは一安心。
 手順としては、まずプレーヤーに信号を送るためのドライバーのインストールです。これは、必ずケーブルをつないで、かつ、プレーヤーの電源を入れておく、ということが必要なのだそうです。さらにもう一つ、電話で言われていましたし、OPPOのサイトの手引きにも書いてあったのが、リモコンを使って入力を「USB」に切り替えておく、ということでした。これは、何事もなく出来てしまいました。
 次が、再生ソフトの「Foobar2000」のインストールです。実は、これは別のPCでFLACファイルを聴く必要に駆られて既にインストールしたことがありますから、なんと言うことはありません。そして、最後に行うのが、プラグインのインストールです。Foobar2000だけではDSDは再生できないので、そのためのコンポーネントを新たに付け加えなければいけないんですよね。このソフトは、そういうことができるということで、多くの人に使われているものなのだそうです。手順としては、別のところにあるプラグインをダウンロードしてまずインストール、それを、Foobar2000に取り込むということになるのですが、ここでOPPOのサイトの説明が非常に分かりにくい書き方になっている上に、指示も間違っていたりしますから、ここだけ見ていたのでは絶対にうまく行かなかったはずなんですね。前もって読んでみて、なんだか意味が分からないところがあったので、他のところで、やはり同じようにこのプラグインをインストールする手順を案内しているサイトを参照してやっと意味が分かるようになっていました。
 それだけの準備をして臨んだのですが、やはり2つ目のプラグインでつまずいてしまいましたね。いくら手順通りにやっても、コンポーネントの中に表示されないのですよ。ま、それでもきちんと解凍をやり直したりして、何とか最後はうまく行きましたけど。
 それで、インストールの手順は全て終わり、そのあとは設定になります。そこで、DSDの詳細な設定のためのウィンドウを開いて、ドロップメニューから数値を選ぶことになります。
 この赤枠の中に、DSDのフォーマットを入れるのですね。ここでは「DSD128」となっていますが、これが5.6MHzDSDのことです。「128」というのは、CDのサンプリング周波数の倍率で、44.1kHz×128=5.6448kHz≒5.6MHzになるわけですね。ですから、SACDのような2.8MHzDSDは「DSD64」となります。さらに、現在最上位のフォーマットである11.2MHzDSDは「DSD256」になります。麻雀の点数計算みたいですね。さらに、この赤枠の中は、「DSD512」というのも選択できるようになっています。そんな先のことまで、ちゃんと用意されているんですね。
 ということで、思いもかけず「PCオーディオ」のシステムが完成してしまいましたよ。こういうのはあくまで途中の段階であって、いずれはこのような超ハイレゾでも、今のOPPOの製品のようにPCにつながなくてもファイルだけで再生ができるようになるのだと思っていますから、そういうものが出来上がるまでは下手に手を出すまいというスタンスだったのですが、必要に迫られてこんなことになってしまいました。
 いずれにしても、これで、ダウンロードしてあった2種類のDSDの比較を実際にできるようになりました。その結果、やはり5.6MHzDSDの音は、2.8MHzのものとははっきり違っていました。同時に96kHzと192kHzのPCMとも比較したのですが、しっとり感というか、瑞々しさの点では、2.8DSDは96PCMにも及ばないのですね(このあたりは、いままでSACDとBD-Aを聴いてきた経験から、納得です)。それが5.6DSDになると、192PCMの持つ瑞々しさの上に、さらに繊細さが加わるんですからね。
 ま、あくまで「個人的な感想」ですから、そんなに気にすることはないとは思いますが、やはりSACDのフォーマットは最初から5.6にしておけばよかったのに、と、ひそかに悔しがっているところです。SONYは、CDで犯した間違いを、SACDでも繰り返していたのでした。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-13 21:37 | 禁断 | Comments(0)
真向いの席にBさんが
 今日は、愚妻はお母さんコーラスの東北支部大会があるというので、朝早く名取に行ってしまいました。コンクールみたいなものでここで選ばれると全国大会に行けるのだそうですが、そんな結果が出るわけはないというのが、愚妻の観測です。
 私は、午後からはコンサートに行く予定があったので、午前中はごろごろした後、まずはお昼を食べてからコンサートへ向かおうと家を出ました。行った先は、この間載せたこんな(↓)不思議な看板を出しているいつものとんかつ屋さんです。
 この「美味」の隣にある文字はいったいなんと書いてあるのだろう、というのが、以前の問題でした。それからいろいろ考えてみたのですが、ここに当てはまる言葉は全然思い浮かびません。普通に読むと「どさら」みたいですが、「美味どさら」っていったいなんなんでしょう。
 ですから、そうなればこれは書いたご本人に聞かないことにはらちが明かないのでは、ということがあって、この際だからお店に行って聞いてみようと思ったのです。まずは、カウンターに座ってメニューを見ると、これと同じものが印刷されていました。ですから、それを、注文を取りに来たおねえさんに見せて、「これ、なんて書いてあるんですか?」と聞いてみました。そうしたら、「私は分からないので、店主に聞いてみますね」と言って、カウンターの奥の調理場にメニューを持っていきました。そこで店主が答えるのを聞いていると「なんて書いたんだか、忘れた」なんて言ってますね。それはないでしょう。そうしたら、しばらくして思い出したようで、「あれは『どうきう』、漢字で『道求』です」と言ってました。なるほど、「美味道求」ですか。「どうきゅう」ではなくて「どうきう」とか、普通は「道求」ではなく「求道」なのではないか、という理屈を超えたところでの、有無を言わせぬ崇高な志が感じられますね。
 そして向かったコンサートは、萩ホールでのオーケストラ、そこに知り合いが合唱で参加するので、これはいかねば、と。というか、普通だったらその「合唱」に私自身も加わっていてもおかしくはなかった状況だったのですが、これを入れてしまうといくらなんでもスケジュールが詰まりすぎなので、今回は遠慮させてもらっていました。
 合唱の関係者もいたからなのでしょうか、会場は1階席とバルコニーはほぼ満席、2階席も半分ほどは埋まっていたので、確実に1000人は超えるお客さんだったのではないでしょうか。このオーケストラのコンサートには何度か来たことがありますが、こんなに入っていたのは私にとっては初めてのことでした。
 合唱はもちろんですが、弦楽器にも知り合いがたくさんトラで乗っていました。そのせいなのでしょう、弦はとても深みのあるしっとりとした響きでしたね。でも、管ではちょっと不安なところもあったような。そして、合唱は正直予想を大きく裏切るほどの好演でした。この団体の力は分かっていたはずですが、こんなに素晴らしい演奏ができるなんて。
 こんな感じで、男声もたくさんいてバランスも良かったですね。
 この曲が終わったら、合唱がいたところに打楽器などを入れてしまったので、もう完全に合唱の出番は終わったのだな、と思っていたら、いきなりアンコールで登場したのには驚きましたね。
 こんな風に、それこそ「レリオ」みたいにオケの前に合唱が入ってきたのですよ。だから、最前列にはお客さんを座らせなかったんですね。なんと楽しいサプライズでしょう。全く聴いたことがない曲でしたが、これが終わって駐車場が混まないうちにと早めに席を立ったら、合唱団員がはけてきたのと鉢合わせ、そこで知り合いに曲目を聞いたら、彼は「この次はニューフィルですね」なんて言ってましたね。ニューフィルの人もたくさん聴きに来ていましたが、みんなにはこの合唱はどのように聴こえたのでしょうね。
 そういえば、愚妻の合唱団は全国大会に行くことになったんですって。こちらもサプライズ。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-12 20:53 | 禁断 | Comments(0)
Urgency of Now
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Rythm Art Duo
(Daniel Berg, Fredrik Duvling)
Jan Yngwe/
Vocal Art Ensemble of Sweden
FOOTPRINT/FRCD 080




以前ご紹介した同じレーベルのこんなアルバムと、とてもよく似たジャケットですね。いずれもほとんど聞いたことのない名前の合唱団のアルバムですが、ジャケットだけではなく、取り上げている作品の傾向も、そして歌っている合唱団の資質までもとてもよく似ていることに驚かされます。
このアルバムの合唱団の名前は「ヴォーカル・アート・アンサンブル・オブ・スウェーデン」ですが、指揮をしているヤン・ユングヴェによって1978年に作られた時には「プロ・ムジカ室内合唱団」という名前でした。それが2013年に創立35周年(なんだか半端ですが)を迎えたことを記念して、新しい名前に変えたのだそうです。そして、2014年の3月と5月に録音されたこのアルバムが、新しい名前による最初のものとなりました。
このタイトルは「今の緊急事態」とでもいうような意味なのでしょうか、そもそもは、作曲家でもある指揮者のユングヴェが委嘱を受けてこのアルバムのために書き下ろした、マルティン・ルーサー・キングの有名な演説をテキストにした作品の最後に現れる言葉なのですが、それはアルバム全体のコンセプトとしても使われているのです。それは、「音楽を通してのマニフェスト」だと、指揮者はライナーノーツで語っています。
そんな、とても「重い」テーマを背負っての演奏は、このところあちこちで評判のエシェンヴァルズの2012年の新作「The New Moon」で始まります。最近はずいぶん丸くなってしまったような印象を受けるこの作曲家ですが、この曲はまだまだ芯の強さが感じられる、まさにこのアルバムの冒頭を飾るにふさわしい「力」を持ったものでした。
しかし、次の、やはり同じ作曲家による2009年の作品「O salutaris hostia」では、それとは正反対のもっと穏やかな情感が広がります。ここでは女声のソリストが2人、とてものびやかな声でまるでポップス・チューンのようなキャッチーなデュエットを披露してくれますし、それを取り巻く合唱もあくまで穏やかです。どうやら、ここでは先ほどの「マニフェスト」というのはかなり幅広い内容を持っているのでしょう。ちょっと身構えて聴き始めた人は、そんな必要はさらさらなかったことに気づくはずです。ここで、ア・カペラの合唱のバックに鳴り響いているのは水を入れたワイングラスの縁をこすって出される音。いわゆる「グラス・ハーモニカ」ですね。そのあくまで無垢で透明なハーモニーは、心底癒しを生むものです。ちなみに、そのグラスはメンバーの自前です(「わいのグラス」)。続くサンドストレムの「To See a World」もとことん穏やかな音楽ですし。
しかし、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」の最後の曲「妖精の園」がティエリー・マシュエルによって合唱に編曲されたヴァージョンを聴くころには、そんな穏やかさは単に選曲に由来しているものではなく、この合唱団のキャラクターそのものが反映されたものなのではないか、という思いに駆られてきます。それほどに、この曲での歌い方はなんともだらしなく聴こえてきます。さっきのソリストたちの声は、どうやらこの合唱団の中ではきわめて特殊なものだったのだということを、軽い失望とともに知ることになったのです。録音会場が非常に残響の多い教会ですから、ハーモニーなどはいかにもきっちり決まっているようには聴こえるのですが。
そうなってくると、メインの曲である「Urgency of Now」での前衛的な手法も、2人のシンガー・ソングライターの曲を合唱にアレンジした「Hymn of Acxiom」と「Hide and Seek」のシンプルさも、なにか空々しく感じられてしまいますし、キューバの作曲家アルバレスの「Lacrimosa」や、フィリピンの作曲家パミントゥアンの「De Profundis」の持つ逞しさも影が薄くなってしまいます。
結局、かろうじて彼らの手におえるのはバーバーの「Agnus Dei」や、やはりグラス・ハーモニカの心地よいナインス・コードに助けられたエシェンヴァルズの「Stars」程度のヒーリング・ピースなのでしょうか。

CD Artwork © Footprint Records AB
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by jurassic_oyaji | 2016-06-11 21:02 | 合唱 | Comments(0)
そろそろ泥沼の様相を・・・
 新しいBDプレーヤーを買ったのは、去年の9月のことでした。それから半年以上経って、もはやこのプレーヤーは私にとってかけがえのないものになり切ってしまいました。最初はそれこそBD-Aだけでもちゃんとした音で聴ければ、という感じで導入してみたのですが、実際に音を出してみると他のメディアでももうランクの違う音が出てきます。特に、CDなどでも、こんなにすごい音が本当は入っていたんだな、と思わせられるものがたくさんありましたね。そして、SACDだと、それよりさらにすごい音になるのですから、もうこうなるとプレーヤーに関してはこれ以上のものはないというスタンダードになってしまいましたね。それまで使っていたSACDプレーヤーは、今ではまず使うことはありません。
 そして、もっとすごいのが、USB経由でハイレゾデータをそのまま聴くことができるという機能です。最初のうちは試験的にUSBメモリーにコピーしてちまちま聴いていたのですが、今では専用のHDDに、生録から何から全部放り込んで、その至福のハイレゾを思う存分、何のストレスもなく楽しめるようになっています。そのハイレゾも、PCMだけではなく、SACDに使われているDSDというタイプのデジタル音源までサポートされているんですね。これは、今ではハイレゾ再生には常識となっていて、単品のDACではほぼ標準的な仕様になっていますが、プレーヤーでそこまで対応しているものはなかなかありません。
 ただ、そこまですごい音が聴けるようになっているというのに、これも最近入手した新しいレコードプレーヤーでLPを聴くと、それよりももっとナチュラルで滑らかな音がするのですから、嫌になります。特に、この間聴いた45回転のLPなどになると、もうこれは間違いなくSACDをも超えているな、という気になってしまいますね。ただ、不思議なのは、今のLPは録音自体はデジタルで行われているのですから、それをそのままデータで聴けば、それは間違いなくワンクッション変化されているLPよりもいい音で聴こえるはずなのに、なぜそうはならないか、ということです。あ、もちろん、LPの場合は、残念ながらサーフェス・ノイズが聴こえるのは、どうしようもありません。あと、「プリエコー」という現象も、避けられないもののようです。これは、普通はアナログの録音テープを保存している時に、重なったテープの間で磁気転写が起こって生じるものですが、同じようなことがLPを作る最初の「カッティング」の段階で発生することもあるそうなのです。つまり、柔らかいラッカーの表面をカッターで「掘って」行くときに、すでに溝のあるところにいくらか押し出されていって、それがかすかな音になって聴こえてしまうのですね。さっきの45回転LPでも派手に聴こえてきましたから、技術的には解決は難しいことなのでしょう。まあ、これも我慢するしかありません。そういう、LPの宿命であるもろもろのノイズは、もちろんデジタル録音のデータからはきれいさっぱりなくなっていますが、そこに録音されている「音」自体は、条件さえよければLPの方がずっと素晴らしいのですよ。
 それと、いろいろパッケージのハイレゾを聴いているうちに、SACDよりもBD-Aの方がずっといい音なのも分かってきました。そもそもは例のショルティの「指環」でしょうが、BD-Aを聴いたら、今まで素晴らしいと思っていたSACDが突然色あせて見えた時の驚きは、今でも忘れません。ということは、SACDのフォーマットである2.8MHz/1bitのDSDというのが、まだまだ、例えばPCMの192/24などには及ばないということなのでしょうか。
 そんな中で、最近ではサンプリング周波数が今までの倍の5.6MHZとか、さらに倍の11.2MHzのDSDというのも現れています。そのぐらいだったら、もしかしたらLPにも拮抗できるような音になっているのでしょうか。実は、私は5.6MHzのDSDというのは、まだ聴いたことがありません。でも、今のBDプレーヤーのスペックを見ると、取説にはDSDは2.8MHzと5.6MHzに対応している、としっかり書いてあります。そこで、実際に5.6MHzの音源を2.8MHzのものと一緒にダウンロードして、聴きくらべてみることにしました。
 ところが、いざ再生しようとすると、2.8は何の問題もないのに5.6は全く再生できないのです。そこで、メーカーのサービスに電話で問い合わせてみました。そうしたら、USBで再生できるのは2.8までで、5.6はそのままでは再生できず、PCで専用の再生ソフトを使って再生し、それをUSBケーブルでプレーヤーの「DAC」端子につないで、初めて再生が可能になるのだ、と教えてくれました。確かに、取説には何も書いてなかったことが、メーカーのサイトに行くとちゃんと書いてありましたね。その端子は「USB-B」なので、そのケーブルを用意して、さらにそのサイトの案内に従ってドライバーやら再生ソフトやら、そのプラグインやらをインストールしなければいけません。なんか、サイトの案内が間違っているようなところもあるので、きっとまた電話でサービスの人に教えてもらいながらの作業になるのでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-10 23:47 | 禁断 | Comments(0)
DVOŘÁK/Symphonie Nr.8, SUK/Serenade
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900145




ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団との最新のCDは、今年の初め、1月のコンサートのライブ録音でドヴォルジャークの「交響曲第8番」がメインです。この間のシベリウスではより伸びやかな音を聴くことが出来たガスタイクのフィルハーモニーでの録音ですから、おそらく存分に楽しめることでしょう。
その交響曲は、やはりCDとは思えないほどのすばらしい音で録音されていました。音が良いというのは、もちろん単なるオーディオ的なことではなく、演奏者の気持ちまでがきっちりと伝わってくる音になっている、ということです。ここでのヤンソンスの曲の作り方は、そのシーンで活躍するパートにスポットライトを当てて、思い切り歌ってもらうという、まるでドラマを見ているような気にさせられるものでした。確かに、この曲には至る所にソロやパートで目立つ役者のような楽器がたくさんありますからね。それが、単にメインのテーマを歌っているパートだけではなく、時にはそれを助ける役割のパートの方をクローズアップしているようなところもありますから、この、聴きなれた音楽に新鮮な味わいが加わることになるのです。たとえば、第1楽章のテーマをトランペットが高々と歌い上げているところで、本来は「脇役」であるはずのうねるような弦楽器を立てようとしていますから、これはそういう全体を見据えた演出だな、と気づくことになるのです。
カップリングとして、珍しいことにこのコンサートの数日前に「スタジオ録音」が行われた、スークの「弦楽セレナーデ」が収録されています。やはり、放送局のオーケストラですから、需要に応じて番組用の録音を放送局の「スタジオ」で行ったのでしょうか。だとしたら、ホールで録音されたものよりもデッドな音が聴けるのではないでしょうか。
と思いながら、交響曲の後の盛大な拍手に続いて聴こえてきた弦楽合奏の響きを味わってみると、なんかとてもふんわりとした瑞々しい音がするのでちょっと意外な気がしました。実は、「スタジオ録音」というのは「帯」に「ミュンヘン/スタジオ・レコーディング」と書いてあった情報なのですが、元々のクレジットを確認したら、「Studio Recording/München, Philharmonie im Gasteig」とあるではありませんか。何のことはない、コンサートと同じホールで録音していたのですよ。それなら、このしっとりとした音は納得です。別に「スタジオ」を使わなくても、ホールにお客さんを入れないで録音する「セッション録音」のことを「スタジオ録音」と呼ぶのは、この世界の常識でした。
スークが18歳という、まだドヴォルジャークの指導を受けていた頃に作られた「弦楽セレナーデ」は、師であり、後には義父となるドヴォルジャークの同名の作品をモデルにして作られたことがはっきり分かる、チェコの民族性を大切にした音楽です。しかし、こちらではその「民族性」が、もっと普遍的な西洋音楽の範疇に拡大されているようなスマートさが感じられないでしょうか。それは、ある種の「土臭さ」からは解放された、よりグローバルな聴かれ方にも対応できるもののような気がします。ということは、今の時代に作られている「現代音楽」(もちろん、こちらのような身勝手な定義とは別の次元の音楽)にも通じる情感までもたたえているな、と思えてしまうのは、ヤンソンスがとても良いセンスを発揮させているからなのでしょう。特に、第3楽章の心地よい甘ったるさは、まさに「現代」の受容にも耐えうるものです。
あんまり気に入ったので、この第3楽章だけ、ハイレゾで聴いてみました(@300円)。とは言っても、このファイルのフォーマットは24bit/48kHzというSACDには及ばないものなので(だからSACDは出ていない?)それほどの違いはないだろうと思っていたのですが、聴いてみたらCDとはまるで別物でした。最初に「CDとは思えない」などと書いてしまいましたが、やはりCDはCDでしかありませんでしたね。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-06-09 20:26 | オーケストラ | Comments(0)