おやぢの部屋2
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高齢者の集まりです
 職場のインクジェット・プリンターは、確か今年の1月の末に新しいのに買い替えていました。それが、半年もたたないのに故障してしまいました。いや、ちょっと使い方が悪かったのかもしれませんが、ちょっと薄めの紙にプリントしようとしたら紙詰まりを起こしてしまい、それがどこに行ったのか分からなくなってしまったのですね。スキャナーなんかが付いていると前の機械のように全部を開けて見ることが出来ないので、どこが詰まっているのか全く分からないのですよ。仕方がないので、買ったところに持って行って修理してもらうことにしました。まだ保証期間中ですから、お金はかからないでしょうし。
 その時には、直るまで3週間はかかると言われました。それでも早い方で、PCなんかだとそれ以上かかるのだそうです。まあ、しばらく使うことはないから大丈夫だろう、とその時は思ってました。ところが、その直後に、毎年の行事とは違うものが今年は行われるということで、それ用の往復はがきを印刷しなければならなくなりました。まだ、修理に出して1週間も経ってませんから、焦ってしまいましたね。最悪手書きで作ろうか、というほどに悩んでしまいましたが、何とかコピー機でもできそうな見通しが立った時、「修理が出来ました」という電話がかかった来たではありませんか。それが先週の金曜日、修理に出したのがその前の日曜日ですから、5日後には完了してしまったのですね。全く予想外の早さなので、もちろん往復はがきの印刷は余裕で間に合いました。それは〇ャノン製のプリンターだったのですが、お店に受け取りに行った時に「ずいぶん早いですね」と聞いたら、店員さんは「私の家のプリンターは〇プソンで、3週間ぐらいかかったので、年賀状に間に合いませんでした」なんて話をしてくれました。メーカーによって、そんなにサービスに違いがあるんですね。
 でも、その〇ャノンは修理は早いものの、なにか使い勝手になじめないところがありました。前の機種と同じことが出来ないのですよね。この往復はがきの場合は、あて名は「筆まめ」、本文は「WORD」で作って、それを表裏、計4回プリンターを通すのですが、ソフトによって同じハガキでも印刷される向きが違うのですよ。そんなことでもう失敗だらけ、何枚ハガキを無駄にしたことでしょう。
 その時に、今のハガキと50円時代のハガキの両方があったので、その切手の部分を見比べていたら、こんな面白いことが分かりました。
 分かりますか?古いのは行きも帰りも同じですが、新しい往復はがきでは、鶴さんが「行って帰って」来ているんですよね。最近は、年賀はがきでも「羊がセーターを編み上げた」みたいな遊びを取り入れたものがありますが、これもなかなか粋ですね。
 ひと仕事終わったので、この間中のCD棚の続きをやってみました。残っていた横板をさらに短く切って、この間の向かい側の、以前は空箱で埋まっていたスペースに挟み込んだのです。
 これは、その右側のフルート用の棚がもう一杯になってしまったので、その救済策。ゴールウェイのCDだけをこちらに移して、空いたところにはみ出していたCDを入れても、まだ十分のスペースが出来ましたよ。
 まだ、これだけ残っていますから、もう1か所ぐらいどこかに棚が出来そうです。
 そして、さっきまで、8月のニューフィル内の「アンサンブル大会」で演奏するためのメンバーとの、初めての練習をしていました。その人たち(弦楽器)とアンサンブルをするのは全く初めてだったので、正直どうなることかと思っていたのですが、予想に反してきちんと合奏ができて、とても楽しいひと時を過ごせました。一人だけで練習していてもうまく行かなかったところでも、他のパートを聴きながら吹けばきっちりできるという、まさにアンサンブルの醍醐味を味わえましたよ。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-08 22:37 | 禁断 | Comments(0)
Clossing Over
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Matthew Guard/
The Skylark Vocal Ensemble
SONO LUMINUS/DSL-92200(CD, BD-A)




「光り輝く音」みたいな意味の名前を持つレーベルですから、そもそも音に関しては自信を持っているのでしょう、中でもCDと一緒にBD-Aもパックされているものには、裏切られたことはありません。ただ、それはあくまで「音」についてのことであって、一応合唱曲ということでこちらなんかも聴いてみたのですが、本当に音だけは素晴らしいのに演奏がひどいものだった、などという残念なものにも出会ってしまうこともあります。
このアルバムも、やはりBD-A同梱、音に関してはとても期待できそうな感じがしたので、とりあえず買ってみました。しかし、現物を手にしてジャケットを見たとたん、軽い戸惑いが。2行にわたって並んでいる文字がいったい何を意味するのかが理解できませんでした。インレイを見てみても、そこには演奏されている曲のタイトルと作曲家の名前はあるものの、肝心の合唱団とその指揮者の名前がどこにもないのですよ。ある意味スタイリッシュな作り方なのでしょうが、腹が立ちますね。
まあ、ブックレットを見れば、「スカイラーク」というのが合唱団の名前で(正確には「ザ・スカイラーク・ヴォーカル・アンサンブル」)、指揮者がマシュー・ガードという人だ、ということは分かります。なんでも2011年に出来たばかりの団体のようですね。ファミレスではありません(それは「すかいらーく」)。
そして、「Clossing Over」というのが、アルバムのコンセプトなのでしょう。ブックレットの最初のページには、「これは、私たちが最後の時間を迎える時にはいったいどんなことが感じられるのかを音楽で語らせた、様々なイメージをのぞき見ることができる窓だ」みたいなことが書かれていますからね。そして、それに続くページでは、それぞれの曲に関する情報を、間接的に語っているテキストが掲載されています。まさに「イメージ」としてそれぞれの曲を味わってほしい、という願いが込められているのでしょう。
それはもう、とろけるように素晴らしい録音(もちろん、BD-Aで聴いたときは、です)によって聴こえてくるこの合唱団は、とても素晴らしい演奏でそれを的確に表現してくれていますから、そういった「聴かされ方」であっても何の不安もなく最後まで聴き続けてしまえるほどの魅力があります。いや、本心で、このアルバムのトータルなコンセプトには感服させられてしまいました。「最後の時間」というのは、もちろん死を迎える時でしょう。そこへ向かっての不安感、その時に思い出されるさまざまな体験、そして、おそらく「あちら側」にたどり着いた時に感じるであろう平安な感情、そういったものが、何の抵抗もなく体中にしみこんでくるのですからね。
それはそれで、このアルバムの一つの聴き方ではあるのでしょう。でも、やはりもう少し「知的」な聴き方もしないことには、ただの「洗脳」になってしまいますから、ブックレットには決して書かれることのなかったデータも調べたくなりました。そんな時に役に立つのが代理店が作ったインフォなのでしょうが、そこには何と「20世紀の合唱作品集」などといういい加減なサブタイトルが付けられていましたよ。確かに、この中にはウィリアム・シューマンとか、ヨウン・レイフスといった、間違いなく「20世紀」にしか作品がない人もいますが、それ以外の全く初めて聞くアメリカのダニエル・エルダーやロバート・ヴィチャード、そしてアイスランドのアンナ・ソルヴァルドスドッティルなどの作品は、この作曲家たちの生年を見る限り「21世紀」になってから作られたもののはずです。ソルヴァルドスドッティルなどは「自作の録音に立ち会った」そうですし。
少なくとも、この中で唯一聴いたことのあるジョン・タヴナーの「Butterfly Dreams」は、2003年に作られています。それを聴いたのは、こちらの世界初録音盤。今回のアメリカでの初録音からは。イギリスの合唱団とは根本的に異なるタヴナーへのアプローチが、はっきり感じられます。

CD & BD Artwork © Sono Luminus, LLC.
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by jurassic_oyaji | 2016-06-07 23:03 | 合唱 | Comments(0)
中央通にはダイソーが多いですね
 最近はもうやっていませんが、かつてはこのサイトのためにMIDIでいろいろな音源を作っていました。ですから、その頃に作ったコンテンツには、至る所にこのMIDIが再生できるようなリンクが付いています。ただ、最近ではもうMIDIのシークェンサーはOSを変えたら使えなくなってしまったので、作ることはなくなっています。それよりも、なにか音が欲しい時には、実際の音を切り取ってmp3にした方が簡単ですからね。
 ただ、そういう、前に作ったMIDIを聴くことはあったのですが、最近、今の環境ではもはやMIDIの再生が出来なくなっていることに気が付きました。たしかに、以前はOSの中にすでにMIDI再生のプラグインが入っていたようなのですが、今のOSではもうなくなっているのかもしれません。ですから、もっと別のやり方でMIDIを再生できるようにいろいろタグを書き換えて試してみたのですが、どうにもなりませんでした。
 ところが、たまたまブラウザをいつも使っているCHROMEからIEに替えてみたら、なんと、何もしなくてもMIDIが鳴り出したではありませんか。OSではなく、ブラウザのせいだったんですね。最近できたCHROMEでは、もはやMIDIなどは無視されてしまっているのでしょう。今となっては、MIDIというのは時代遅れの音源なのでしょうね。
 CHROMEがIEとは異なった機能を持っていることも、ついきのう気が付きました(おやぢではありません)。それは、PDFをウェブで開いたときの表示です。IEでは、タブに表示されるのはファイル名なのですが、CHROMEでは「タイトル」が表示されるのです。ふつうは、ファイル名というのはそのファイルの内容を示すものですから、全く問題はないのですが、問題が出てくるのは「タイトル」の方。つまり、例えばWORDを保存する時にはファイル名を付けますが、それをPDFに変換すると、確かにファイル名はそのままなのに、「タイトル」には別の名前がついていることがあるのです。つまり、なにか別のファイルの書式をそのまま使って別のファイルを作ろうとすると、ファイル名を新しくしても前のファイル名がメタ・データとして残ってしまうんですね。それをPDFにすると、それが「タイトル」になってしまうのですよ。
 ですから、私が作っているニューフィルのサイトで、WORDで作った「かいほうげん」のページをそのままPDFにしたもので、そんなことがしっかり起こっていたのですよ。演奏会の写真集なのに、タブを見ると「技術委員会からのお知らせ」とか、全く関係のないタイトルがついてしまっていたのですね。これも、IEでは起きないのに、CHROMEだと起こってしまうという事例です。これは本当にみっともないので、今日1日かけて目立つところは全部直しましたよ。なにかと使いやすいCHROMEですが、なにかこういう基本的なところでなじめない機能があるのは問題ですね。というか、今まで気が付かなかったのが、とても悔しいですね。
 夕方になって、街に出かけました。毎年の恒例行事、さる音楽祭にニューフィルのチェロパートの人たちが参加するのを見に行きました。今までだと藤崎の前でやっていたのですが、今年は地下鉄の駅も出来て、別のイベントが行われているので、「追い出され」て、ずっと駅に近いところになっていました。でも、こちらの場所の方が人通りも多かったので、なにかと盛り上がったのではないでしょうか。


 少し早目に行ったら、誰もいなかったので不安になりましたが、時間つぶしに入った向かいの荒物屋で、探していた強力なタワシを見つけました。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-05 20:59 | 映画 | Comments(0)
SIBELIUS/Symphonie Nr.2
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900144




先日、惜しまれて亡くなったニコラウス・アーノンクールを追悼する番組が放映されていました。そこには、この巨匠がオーケストラとともに2006年に来日した時の2種類のライブ映像が押し込まれていましたね。最初はウィーン・フィルとサントリー・ホール、もう一つがウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとの、NHKホールでの演奏会です。
それを続けて聴いてみるとびっくりするぐらい音が違っているんですね。もちろん、それぞれに使われている楽器も、そして楽器編成も全く違っているので、そもそもの音が違うのは当たり前のことなのですが、それと同時にやはりホールの音がまるで違っているのが、大きな要因だったのでしょう。
昨年の「シベリウス・イヤー」に、ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団がミュンヘンで行った何回かのシベリウスのプログラムによるコンサートの中から、超有名な「フィンランディア」、「カレリア」組曲、そして「交響曲第2番」を収録したこのCDでは、前半はガスタイク・フィルハーモニー、後半はヘルクレスザールと、録音された会場が異なっていますから、やはりホールの響きを比較することができるはずです。
「フィンランディア」では、冒頭の金管のアンサンブルが、たっぷりとした響きを伴って聴こえてきます。それはとても余裕を持って広い空間に響き渡っているような印象を受けます。弦楽器が入ってくると、その音もとてもしっとり聴こえてきて、これがノーマルCDであることを忘れそうになるほどです。ヤンソンスは、ライブならではのノリの良さで、繰り返しの部分では一層のシフト・アップを行ってグイグイ盛り上げるという分かりやすさです。
「カレリア」では、アップテンポの1曲目「間奏曲」と3曲目「行進曲風に」に挟まれた、2曲目のその名も「バラード」という曲が、しっとりとした情感を漂わせていてとても魅力的に仕上がっています。そして、真ん中あたり(スコアの「C」近辺↓)の弦楽器だけのコラールが始まるところで、ヤンソンスはちょっとしたサプライズを用意していました。

その前までは、音楽は「morendo」という表情記号に従って消え入るように音を小さくしていくのですが、「C」以降には音量の指定が何もありません。ですから、その指定に忠実に、ここからを本当に小さく演奏している指揮者(オスモ・ヴァンスカなど)もいますが、大抵の場合は指揮者の裁量でここではいくらか大きな音でたっぷりと演奏しています。ところが、ヤンソンスは最初は大きな音で堂々と演奏したのち、繰り返しになったら今度は超ピアニシモになっているのです。
「交響曲第2番」からヘルクレスザールになると、やはりかなり音が変わっていました。このシューボックス・タイプのホールならではの豊かな残響のために、オケの音がほんの少し甘くなってしまっているんですね。その結果、弦楽器からは輝きが失われてしまっています。ただ、これはおそらくSACDで聴けばもっと繊細な音として聴こえるはずなのですけどね。
第2楽章などは本当にたっぷりとした演奏、これこそはぜひともSACDで聴いて豊かなサウンドを味わいたかったものです。第3楽章は落ち着いたテンポでとても丁寧な演奏、よくある技巧だけを競うようなものとは無縁です。そして、そこから終楽章になだれ込む瞬間は、まさに大家の貫録、たっぷりと「泣き」を入れて興奮を誘います。久しぶりに、スカッとさせられる演奏を聴いた思いです。
全ての曲で、終わってからの拍手までがカットされずにそのまま収録されています。それを聴いていると、日本のようなまるで一番乗りを競争しているような子供じみたみっともない拍手では全然なくて、あくまで一旦音がなくなってからの控えめの拍手に続いて、それが次第に盛り上がってくる、という「大人の」拍手が沸き起こっているのが分かります。もしかしたら、この拍手が最も感動的だったかもしれません。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-06-04 20:43 | オーケストラ | Comments(0)
丸2日かかりました
 さて、いよいよ「CD入れ替えプロジェクト」の開始です。まずは、棚の中のCDを一時的に保管しておくスペースの確保。フルートの楽譜が入っているキャスター付きの収納棚を、別の場所に動かして、そこにCDを、曲目ごとに積み重ねます。一番高いのは「マタイ」ですかね。
 そこでだいぶ棚が空いたので、残りのものを、棚からあふれていたものも全部一緒にして、きちんとレーベルのアルファベット順に並べ替えます。ちょうど5段に収まりましたね。
 それを、やはり順序を変えないで積み上げます。これが、今までの棚の中、そして上にあったすべてのCDです。
 まず、この棚を運び出さなければいけません。中身がなくなれば片手でも持ち上がるだろうと思っていたら、とんでもない、片方だけ持ち上げるのがやっとです。仕方がないので、下に絨毯を敷いて引きずって外に出します。
 そして、それを一旦分解します。白いのが棚板、横になっている茶色い側板を、新しく買った棚の上に置くために、きちんと長さを測ってのこぎりで切っておきます。
 新しい棚は、スペースの都合で違う幅のものを2つにしました。もちろん、ばらばらになって届いたものを組み立てなければいけませんが、最初はちょっと手間取っても2回目は全く同じ手順ですから、作業は順調に進みます。しかし、説明書通りにやると作業がうまく行かないところも発見したので、2回目にはもっといい手順を採用します。
 ただ、棚板は鉄板なのですが、塗装面に保護のために貼られているフィルムをはがすのが、とても時間がかかりました。1段に前後2枚ずつの棚板がありますから、全部で36回そんな作業をやったら、気が狂いそうでしたね。
 それでも、時間をかけさえすればすべての作業は完了します。出来上がったものは、こんな風に前後に段差が付いた棚になっています。
 そして、「匠」の手によって先ほど切られていた前の棚の側板が、このように再利用されることになりました。長さはピッタリ天井まで届いていますから、見事に空間を生かし切ってますね(「ビフォー・アフター」調)。
 もちろん、これはしっかり固定されて、耐震性も問題はありません。
 さらに、横方向にもしっかりつっかえ棒が入ります。
 あとは、決まった法則に従って棚にCDを収めるだけ、左の棚はレーベル別、右の棚は枚数の多い曲のコーナーです。上から「マタイ」、「ヨハネ」と「ロ短調」、「モーツァルトのレクイエム」ですね。
 楽譜棚も元の位置に戻って、すべての作業が終了しました。
 ここでは、前の棚の上半分を再利用していますが、残りの下半分も別なところにちゃんと置く予定です。そのためには、今そこにあるものを処分しなければいけません。大半は空箱なので、来週にはそこにもフルート曲用の追加のCD棚が出来ていることでしょう。
 床に膝をついたり、重たいものを持ち上げたりしたので、体中が痛くてたまりません。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-03 21:51 | 禁断 | Comments(0)
HAYDN/Symphony No.101
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Robin Ticciati/
Scottish Chamber Orchestra
LINN/CKH 600(45rpm LP)




去年の8月に入手したこちらのSACDは、同時にLPもリリースされていました。それがただのLPではなく「45回転」でカットされたものでしたから、迷わず買っと、いや、買ってしまいました。
普通LPと言えば、33回転のアナログレコードのことです。45回転というのは、LPと同じころに誕生した「EP」という規格のアナログレコードの回転数です。アメリカのコロムビア(CBS)が開発したLPに対抗して、競争相手のヴィクター(RCA)が提案した方式で、LPは直径が12インチと大きかったものを7インチというサイズにしてコンパクトさを主張、そのままでは音質が劣るので、回転数を45回転に上げて「小さくても、良い音」を主張していました。その二つは、うまい具合にLPはアルバム、EPはシングルというように用途によって棲み分けがなされ、共倒れすることなくそれぞれに現在まで生き延びているのです。
LPは、確かに最外周ではEPよりも良い音ですが、内周に行くにしたがって冴えなくなってきます。

このように、LPの溝の内周部は、EP全体のゾーンにすっぽり入ってしまいますから、このあたりではEPの音の方がLPよりもずっと良くなっているはずです。そこで、LPの音質向上のために考えられたのが、この「45回転LP」です。

このように、どのレコードプレーヤーでもLPとEPが再生できるように、必ず回転数を選択できるようになっていますから、「互換性」に関しては何の問題もありません。そこで、まずフランスの「Quarante-cinq(45)」というレーベルが1962年ごろに世界で初めて45回転LPを発売し、それを追うようにして、オーディオ・ファンの間では有名な「Connoisseur Society」もこれを出しています。このあたりは、岡俊雄さんの著書「マイクログルーヴからデジタルへ(1981年ラジオ技術者)」を参照していますが、それによると、1966年になってやっとこのコニサー盤を入手した岡さんの許に、日本コロムビアの人が遊びに来てこのレコードを聴いたそうなのです。そして、数か月後の1967年の5月には、コロムビアから日本で初めて45回転LPが発売されることになります。その時の雑誌広告がこれです(クリックすると、PDFが見れます)。

これを見て、当然他の国内メーカーも45回転LPを発売するのですが、それは単なる一過性のブームで終わってしまったようですね。その後も散発的に音が売り物のレコードとして出ることはありましたが、やがてCDが現れると、LPそのものが作られなくなってしまいますから。
しかし、そのCDに凋落の影が見えるころになって、このフォーマットは新たなハイレゾ・ツールとして甦りました。ただ、すでにジャズではかなりの数の「45回転」がリリースされていますが、クラシックに関してはまだ数はきわめて少ないのが現状です。そのうちの貴重な1枚が、これだったのです。さっそく今のレコードプレーヤーにとっては初めてとなる「45回転」モードにして再生を行ってみると、これはとてつもない音でした。ノン・ビブラートのヴァイオリンの生々しさ、ピリオド楽器による金管やティンパニの深みのある肌触り、さらには低音の豊かさ、それらが一体となって、それこそ一人一人の奏者の息遣いまでわかるほどのリアルさで迫ってくるのです。これは、先ほどのSACDを聴き比べるまでもなく、格の違う音です。そのあとで聴いたSACDの音の、なんとしょぼかったこと。
つまり、2.8DSD というSACDのフォーマット自体が物足りないものであることが明らかになってしまったのではないか、と思えるほどの、この45回転LPの音のすごさでした。
しかし、このフォーマットにも難点はあります。それは、収録時間が短いこと、そして、価格が高すぎるということです。SACDでは3曲聴けた交響曲が、ここには1曲しか入っていないのに価格はSACDの約2倍、つまり、1曲あたりの価格は6倍になっているのですからね。それともう一つ、「45回転LP」で検索するとたぶん最初に出てくるこんな間抜けなことが起こる危険性もありますから、ご注意ください。

LP Artwork © Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2016-06-02 20:56 | オーケストラ | Comments(0)
それもいっぱいになったら、どうしよう
 私の部屋のCDは、とどまることなく増殖を続けています。10年以上前ですが、そうなることを予想してかなり大きめのCD棚を買っていました。正確には13年前、その時に撮った写真がこれです。
 その時の「禁断」では、「いずれはこの隙間も全部埋まってしまうでしょう」みたいなことを書いていましたが、そんな日はとっくに訪れていて、実は、これを買ってしばらくして、これと同じぐらいの棚を買って、そちらに「合唱曲」以外のものは全部移してありました。ですから、この棚は合唱曲専用になったので、まあ、これだけの大きさだったらかなり持ちこたえてくれるだろうと思っていました。余裕も出来たので、きちんと曲目別に分けたり、そこに入らないものはレーベル順に並べたりと、なにか必要なものがあった時にはすぐに取り出せるように整理をしてみました。しかし、しばらくすると次第にそんなきれいごとは言ってられなくなりました。かなりあったはずの隙間は埋まってしまって、きちんとレーベル別に並べるためには大幅に入れ替えを行わないと入れる場所がなくなってきます。ついには、もうどう動かしても入らなくなってしまって、結局整理もされずにただ積み上げる、という最悪の状態になってしまっています。これが、最近の姿です。
 ですから、こうなってしまうともうなにかCDを探し出すのも一苦労です。確かにあったはずなのに、と思って探してみても、結局出てこなかったものが何枚あったことでしょう。これではいけない、と思っても、もうこの部屋の収納可能な空間は殆どCDで埋め尽くされているので、新しい棚を入れることすらできません。かといって、不要なCDを処分するのもためらわれます。勢いで売っぱらってしまおうと思ってDUなどに送っても、きっと後悔するだろうな、という気持ちが働いてしまうものですから、それは、いずれはある程度は出すことはあるかもしれないけれど、今はまだ、という気持ちが先に立ってしまって、なかなか決心がつかないんですよね。
 だったら、この現状を改善する事なんかは出来ませんから、何か方法はないかと、ネットでCD棚を探してみたら、大きさの割に収容枚数が多いものがあったので、ちょっと興味が湧いてきました。なぜそんなに入るのかと思ったら、どうやら棚の前後に2列にCDを入れるようなのですね。もちろん、後ろの棚は少し高くなっているので、かろうじて何があるのかは分かるようです。その分、奥行きが少し長くなりますが、これだったら間違いなく今はみ出しているものを入れてもまだまだ余裕が出来そうな気がしてきました。後ろの列に入れたものを出すのに苦労しそうだというネックはありますが、そこには中身のよく分かっているボックスものとか、どう考えても普通は聴かないようなものを入れておけば大丈夫な気がしますし。
 さっそく、それを注文したら、もう届いてしまいました。もちろん、自分で組み立てる必要がありますが、そうなると困ったことが起きました。前に買った時は、置く場所には何もなかったので、ただ組み立てればそれでよかったのですが、今回は、そんな隙間は全然ありません。ですから、まずは中身を全部出して、空っぽになったこの棚を別のところに持っていかなければいけないのですよ。一大プロジェクトですね。
 さらに、この棚をどうするかも考えなければいけません。まあ木製ですから、そのまま燃やしてしまおうか、とも思ったのですが、うまくすれば、新しい棚の上に、適当な長さに切ってしまえばピッタリ収まりそうな気がしてきました。それだったら、収容枚数はさらに増えますから万事OKですね。はたして、そんなにうまく、事が運んでくれるのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-01 21:27 | 禁断 | Comments(0)