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名曲の真相/管楽器で読み解く音楽の素顔
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佐伯茂樹著
アカデミア・ミュージック株式会社刊
ISBN978-4-87017-095-7




いつもその博識さで驚かせてくれる佐伯さんの新刊です。とは言っても、全くの書き下ろしというわけではなく、だいぶ前に音楽之友社から刊行されて、今は絶版になっている「名曲の『常識』『非常識』~オーケストラのなかの管楽器考現学」という本を、「現在でも通用すると思われるネタを流用しつつ新規で書き下ろした」のだそうです。
今回の版元は、アカデミア・ミュージックという、楽譜の専門店として有名なところです。ここでは毎月月報を作って無償で配布していますが、その内容はとことんマニアック、ですから、こんな佐伯さんのようなものに関してはお手の物に違いありません。ちょっと製本が雑で、無線綴じが剥がれたりしますが。
もちろん、佐伯さんの書かれたものには、そんな粗悪なところなどは微塵もありません。これまでは全く気が付かなかったような、オーケストラの管楽器に関する疑問が、次から次へと明快に解かれていくのには、いつもながらのスッキリ感が味わえます。
全体は、時代順に「バロック時代」、「古典派時代」、「19世紀」、「20世紀」4つのパートに分けられています。そこでは、それぞれの時代での様々な要因が楽器にもたらした歴史が語られています。最初の「バロック時代」では、「楽器の制限」というキーワードが用いられています。しかし、その「制限」という意味が、ネガティヴなものではなくポジティヴにとらえられているのが、ユニークな視点ですね。いや、実はそのような視点の方が今では「普通」になっているのですが、それは保守的なクラシック・ファン全体にはなかなか浸透することはない、という意味で「ユニーク」なわけです。
それは、例えばバロック時代のフルートであるフラウト・トラヴェルソには、指穴以外のキーがほとんど付いていないので、均一な半音階を吹くのは非常に難しいのですが、それを機能的な現代フルートには及ばない欠点ととらえるのではなく、調によって音色を変えることができるという「長所」ととらえるというような視点です。
「バロック時代」と「古典派時代」、さらに「19世紀」にも登場しているのが、トロンボーンです。常々、この楽器については疑問に感じている点が多々ありました。その最大のものは、この楽器自体はバロック以前からあったというのに、オーケストラの典型的なレパートリーである「交響曲」というジャンルの作品で最初に使われたのは、やっとベートーヴェンの交響曲第5番が作られた時なんですからね。そんな疑問に対する著者の答えは明快です。それは、「トロンボーンは教会というフィールドを中心に使われていた」というものです。ですから、作曲家がこの楽器を使う時には、少なからず「宗教的」なイメージが伴う、とも述べられています。
ただ、そうなると、あれだけ教会のための音楽を作ったバッハがこの楽器を使っていなかったのはなぜか、という新たな疑問が湧いてきます。それに対しても、著者は「バッハはプロテスタントだったから」と説明しています。トロンボーンが入るような華麗な音楽はカトリックだけのもので、プロテスタントではそのようなものは演奏されることはなかったのだ、と。うん、まさに目からうろこが落ちる思いです。
さらに、特殊なトロンボーンについても、以前の著作を参考に作らせていただいたこちらのコンテンツに関して、さらに深い考察を見せてくれているだけではなく、実際に「バスホルン」を演奏している写真を見ることができるのは感激ものです。
最後の「20世紀」では、ジャズバンドやミュージカルのピットでの「マルチリード」が扱われています。これも興味深いテーマですが、それに関連させて、ワーグナーが同じ発想でホルン奏者が持ち替えて演奏できるような楽器「ワーグナーチューバ」を開発していたのだ、という佐伯さんの視線もとても新鮮です。

Book Artwork© ACADEMIA MUSIC LTD.
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by jurassic_oyaji | 2016-07-19 20:21 | 書籍 | Comments(0)
別の色のシャツを買いました
 きのうは、「杜の都合奏団」の練習でしたが、いつもの市民センター系ではない、ちょっと珍しいところで行われました。それは、こんなところ。立派なオルガンまで設置されているとある礼拝堂です。
 これは、さる大学のキャンパスにある礼拝堂、よくコンサートなどにも使われているのですが、私はここに来たのは初めてです。というか、だいぶ前にBCJがここでコンサートを開くと聞いて、間近でもチケットは入手できるだろうと多寡をくくってプレイガイドに行ってみたら、「だいぶ前に売り切れましたよ」とバカにされてしまいました。
 というわけで、なんか因縁のある場所なのですが、やっとそんなところに実際に入っただけではなく、そこで演奏までできるということになったのですよ。木管が少しパートが欠けていたのでつらいところはありましたが、ソロなどはとても豊かな残響があって気持ちよかったですね。
 もちろん、そんなことが出来たのは、何らかのコネがあったから、メンバーの中にこの大学の職員の方がいらっしゃったのですよ。実はきのうは最初に弦楽器だけの練習があって、私たちは後から参加するようになっていました。少し早目に行ったら、この礼拝堂の地下にある「音楽室」が待合室になっていて、そこで時間まで待機したり音出しができました。その部屋の隣は準備室になっていて、職員の方に入れていただいたら、そこにはCDやLDが保存してあるのですが、その中になんとLPや、さらにはSPまでありましたよ。とても保存状態が良く、袋は無傷でしたね。
 そのSPは、ワインガルトナー指揮の「第9」。数えてみると14枚のSPがそれぞれ袋に入れられて、それらが本のようになって綴じてありました。こういうパッケージ、なにかに似てません?そう、これはまるで写真のアルバム。1曲分をまとめるとまるでアルバムのようになるので、それがLPになって1枚に収まるようになった時、それを「アルバム」と呼ぶようになったのです。ためになったでしょ?
 ここに行く前に、わりとそばにある大きなユニクロに行ってみました。お気に入りのリネンのシャツが、そろそろ安売りをしているんじゃないか、と思ったのですね。そうしたら、確かに1000円引きになっていたのですが、それは一部だけ、欲しかったブルーは下がってなかったんです。仕方がないので、こんな、「レーベル」がプリントされたTシャツを買ってきましたよ。
 見る人が見れば、私がこれを欲しがったわけが分かるはず。DECCAのこの品番は、ストーンズの「Let It Bleed」なのだそうです。
 これを見た愚妻が、「ひとりで行ったのはずるい!」と言い出したので、今日も同じユニクロに連れて行きました。そうしたら、バッタリFくんに遭遇。おしゃれな彼がこんなところで買い物してるなんて。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-17 21:32 | 禁断 | Comments(0)
REICH/Sextet, Clapping Music
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LSO Percussion Ensemble
LSO LIVE/LSO5073(hybrid SACD)




このLSO LIVEというレーベルは、かなり初期の段階からハイレゾPCMやDSDで録音を行っていました。もちろん、その頃はSACDと同じフォーマットのDSD、つまり「DSD64」を採用していました。
今回の、2015年10月に録音された新しいアルバムでは、入手したものでは初めて、その録音フォーマットが「DSD128」と明記されていました。同じ年の1月に録音されたものではまだ「DSD」という表記しかありませんでしたから、その頃はまだ「DSD64」だったのでしょうね。いよいよこのレーベルもSACDを超える「ハイ・サンプリング・レート」を採用するようになったのでしょう。
そうなると、ハイレゾ音源の配信サイトでは、そのDSD128の音源が入手できるのではないか、という期待が高まるのですが、DSDを専門に扱っているサイトでも、DSD64しか扱っていませんでした。残念(もちろん、日本のサイトではDSDそのものがリリースされていません)。
スティーヴ・ライヒの初期の作品がLSO LIVEのようなレーベルから出るなんてちょっと意外な気がしますが、このオーケストラではマイケル・ティルソン・トーマスが首席指揮者だった時代(1990年代)から、ライヒの作品は良く演奏していたのだそうです。という情報は、このライナーノーツに掲載されている、首席打楽器奏者のニール・パーシーからのもの、その中で彼は、この、彼が中心になって打楽器パートだけで録音されたこのアルバムは、ライヒの80歳の誕生日のためのオマージュだと述べています。紅白ですね(それは「おまんじゅう」)。
そうですか、もう80歳になるのですか。ということは、この前のペンデレツキとは3つしか違わないということになるんですね。とてもそんな風には見えません。しかし、それぞれにジャンルの異なるアーティストからのリスペクトを受けている、という共通点はあります。ただ、ペンデレツキに関しては、それはかつての「前衛音楽」時代の作品のみに対するものなのですが、ライヒの方はすべての時代のもの、さらに、もしかしたらクラシックの人よりはロック、さらにはヒップ・ホップ系の人の方がよりシンパシーを持っているのではないか、というほど、境界を超えたところでの人気を誇っているような気がします。というより、彼の作品ははたして「クラシック」なのか、というもっと掘り下げたところでの問いかけも必要なのでしょう。
そう、ライヒの場合は、「クラシック」とか「現代音楽」といった枠にはめて議論されること自体が、あまりふさわしくはないのですよ。そこにとどまっているうちは、たとえばこちらのような見当違いの評価にさらされてしまうことは避けられません。
このアルバムで演奏されているのは、まずは有名な「Clapping Music」です。ライヒの出発点は最初期の「「ピアノ・フェイズ」に見られるような、2人の演奏家が全く同じ繰り返しの音型を同時に始めて、それを片方がほんの少しテンポを速めるために生じるズレを体験するという「フェイズ・シフト」の技法だったわけですが、この頃になると、その「ズレ」を生じさせる遷移的で不確定な部分がなくなって、いきなり音符一つ分シフトする、というやり方に変わっています。おそらく、この時点でライヒは「現代音楽作曲家」から「ジャンルを超えた作曲家」に変わったのではないでしょうか。
そんな、リズム感さえ良ければ、面倒くさいクラシックの音楽教育(「教育とは偏見を植え付けること」と高橋悠治が言ってました)を受けなくても演奏できる作品のあとに、もう少し複雑になった「Music
for Pieces of Wood」を経て、「Sextet」を聴きはじめる頃には、ライヒがこの1985年あたりにたどり着いた豊かなハーモニーを持つ一つの確かな成果を味わうことが出来ることでしょう。
期待していた録音は、ライブということでマイクのセットに問題があったのでしょう、「Music for Pieces of Wood」あたりでは変な干渉が起こっていてちょっとノイズっぽい音になってしまっています。これだったら、別にDSD128で聴く必要はありません。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra
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by jurassic_oyaji | 2016-07-16 21:11 | 現代音楽 | Comments(0)
明日は、オルガンのある礼拝堂で練習
 1年以上前に「タケノコ掘りたいかい?」の写真を撮ってサイトにアップしたら、なんだか服装のせいなのでしょうか、ちょっとおなかがうっすらと膨らんでいるように写っていました。まあ、それは私の目の錯覚だろうと思っていたのですが、それを見た知人が「なんだか、おなかが出てきたんじゃない?」なんて言い出したものですから、俄然そんな現実に直面しなければならなくなってしまいました。
 考えてみれば、毎年の定期検診の時のメタボ検査でも、胴回りがあと1センチで許容量を超えるというところまで来ていましたから、どうやらそんな体型に本当になってきているようなのですね。体重も、ヘタをしたら65㎏ぐらいになっている時もありましたし、風呂上がりの体を横から鏡に映してみると、それは紛れもない「肥満体」なんですよね。昔からそんなに太れない体質だと勝手に思っていたので、別に食べるものとかにはあまり気にしないでいたのに、やはり人間、太るときは太るもんなんですね。
 それからというもの、別にダイエットというわけではないのですが、極力甘い炭酸飲料などは控えるようにしてみました。今までだと、ジンジャエールの500mlボトルを1日1本ぐらい飲んでいたものをスッパリとやめて、炭酸水だけを飲むことにしたんですね。それと、マンションの階段を、昇りはちょっと辛いので、せめて下りだけでも、と、階段を使うようにしました。下りとは言っても7階から降りますから、手すりにつかまって踊り場を遠心力で曲がったりすると、けっこうな運動になるんですね。
 そんなことを続けていたら、なんだか体が軽くなったような気がしてきました。実際、ジーンズなどはもうウエストがユルユルになってますしね。あと、ステージ用のタキシードを買った時に、「あなたの体型ではAB体でなければ入りませんっ!」と言われて、仕方なくそのサイズにしたのですが、最近はもうなんだかダブダブのような感じがするようになってきましたし。
 ですから、体重計に乗るのが楽しみになってきました。特に、オケの練習が終わった後などは、もう神経を使い切ってヘトヘトになってますから面白いように体重が少なくなっているのですね。それが最近はほぼ60㎏台に落ち着いてきました。最少だと60.3㎏、あと少しです。
 そして、火曜日に練習が終わってから、家へ帰ってお風呂に入り、体重を測ってみました。そうしたら、
 ついに、私にとっては、何年ぶりかの50㎏台になっていましたよ。この数字を見ただけで、もう別人になったような気分ですね。
 でも、これはあくまで練習後に測った時の体重であることは忘れてはいけません。おそらく、普通の日に夕ご飯をおなか一杯食べた時にはもっと増えているはずなのでしょうね。でも、そういう時には私は決して体重計には乗りませんから、それがどのぐらいなのかは全く分かりません。
 今日は少し時間があったので、3月にやった室内オケの録音を編集してCDにするという作業をやってみました。今までずっと私がこの仕事をやらせてもらっているので、誰よりも早く(指揮者よりは後ですが)・・・とは言っても、もうだいぶ経ってしまいましたが・・・録音を聴くことができるのが楽しみです。この時にはシューベルトの「グレート」で1番を吹いていたのですが、最初にフルートが出てくるところで私の音が聴こえてくると、なんだかとてつもないエネルギーみたいなものが感じられたのには驚きました。たぶん、このホールの音響が素晴らしいのでそんな風に聴こえるのでしょうが、自分のことながら「このフエすごい!」って思ってしまいましたね。
 これも含めて、この室内オケの録音は全部HDDに入れてあって、それをついでにfoobar2000で聴いてみたら、別のホールで録音した最初のコンサートの時のフルートは、それほどのことはありませんでしたね。8月6日のシベリウスは、どんなふうに録音されているのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-15 22:05 | 禁断 | Comments(0)
Penderecki Conducts Penderecki Vol.1
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Joanna Rusanen(Sop), Agnieszka Rehlis(MS)
Nikolai Didenko(Bas)
Krzystof Penderecki/
Warsaw Philharmonic Choir(by Henryk Wojnarowski)
Warsaw Philharmonic Orchestra
WARNER/08256 4 60393 9 5




永六輔さんが亡くなられましたね(ええっ!)。1933年にお生まれになっていますから、83歳でご逝去ということになります。しかし、同じ年に生まれたポーランドの作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキさんは、こんな自作を指揮したアルバムを作ってしまえるほどですから、まだまだお元気なようですね。これが「Vol.1」というのですから、このまま全作品を録音していこうというのでしょうか。それはちょっと無謀なような気がしますがね。まあ、好きなように余生を送るのは、悪いことではありません。
ただ、ここで録音されている曲の中では、おそらくこれが初録音となる「Dies illa」以外は、全て割と最近NAXOSのアントニ・ヴィットによる一連のシリーズによって、今回と全く同じオーケストラと合唱団によって録音されているのですね。「聖ダニエル聖歌」は2005年、「聖アダルベルト聖歌」は2010年、「ダヴィデ詩編」は2006年です。しかも、これらは録音スタッフも今回と同じCD ACCORDなのですから、先に録音をしたヴィットは気を悪くしたりはしなかったのでしょうかね。
2014年の11月9日にベルギーのブリュッセルで初演されたペンデレツキの大曲「Dies illa」は、その後翌2015年3月にはワルシャワでポーランド初演が行われます。これは、その直後の6月にやはりワルシャワで録音されたものです。2014年というのは第一次世界大戦がはじまって100年という年ですから、彼はその戦争の犠牲者を悼むためにこの曲を作ったのだそうです。彼の大昔の作品に「広島の犠牲者のため」という言葉が入る有名な曲がありますが、今回はそのような「後付け」ではなく、ちゃんと「悼む」気持ちをもって作っていたのでしょう。
3人のソリストと合唱、そして大編成のオーケストラという、なんでも初演の時の演奏家は全部で1,000人にもなっていたというこの作品は、日本語のタイトルが「怒りの日」と呼ばれるのだ、と、代理店のインフォにはありますが、それは厳密な意味では正しくはありません。ペンデレツキがここで採用した、「レクイエム」の2つ目のパートに当たる「セクエンツィア(続唱)」の長大なテキストは、それ全体が「怒りの日」と呼ばれていますが、それは、最初の言葉が「Dies irae」で始まるから、その日本語訳を用いてそのように呼ばれているのです。しかし、この作品のタイトルは「Dies illa」、なんか、微妙に違います。
これは、そのテキストの最初が「Dies irae, Dies illa」で始まるところから、その2つ目のフレーズをタイトルにしたのでしょう。これは「怒りの日なり、その日こそ」と訳されていますから、「Dies illa」だけだったら「その日」と訳さなければいけないのではないでしょうか。でも、「ペンデレツキ作曲『その日』」なんて、なんだか間抜けですね。
実は、彼はそもそもこの部分のテキストは使ってはいません。そこはカットして、モーツァルトの作品で言うと、「セクエンツィア」の2曲目、「Tuba mirum」でバスのソロに続いてテノールのソロが歌い始める「Mors stupebit et natura」というテキストの部分から作り始めているのですよ。そうなると「Dies illa」はないじゃないか、と思われるかもしれませんが、安心してください(ふ、古い)、最後の方の有名な「Lacrimosa」に続くのが、「dies illa」なんですね。「涙の日なり、その日こそ」です。
ということは、彼がメインに考えていたのは冒頭の「Dies irae」ではなく、最後のこの部分だったのでしょうか。あるいは、単に1967年にすでに「Dies irae」のタイトルで別の曲を作っていたので、それとの差別化を図っただけのことなのでしょうか。いずれにしても、まさに彼の最近の作風にどっぷりつかった「親しみやすい」曲であることだけは確かです。いまだに「チューバフォン」という、太い塩ビ管を束ねた楽器を使っているのが、笑えます。
当然のことですが、他の曲でヴィットの演奏から聴こえてきたシニカルな視点は、ここではきれいさっぱりなくなっています。

CD Artwork © Warner Music Poland
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by jurassic_oyaji | 2016-07-14 23:46 | Comments(0)
マーラーの「巨人」は演奏しません
 きのうは、「かいほうげん」の印刷の日でした。できるだけ早い時間から始めたかったので少し早目に職場に向かいます。前の日に家に持ち帰っていたゲラに最後のダメを押したものを元に、最終校を作って、いよいよ印刷が始まります。なんせ今回はいつもより4ページ多い20ページ、5枚の両面印刷ですから、時間もかかりそうです。
 手順としては、プリンターの横に長机を置いて、印刷が終わった紙を1枚ずつ折り、それを5枚まとめてホチキスで綴じる、というものです。4枚の場合は、その手順でやっているとだんだん印刷のペースが早くなって紙がたまってくるので、ホチキス綴じを一時中断して折り方作業に戻るということになります。結局は、印刷が全部終わった時には、まだ折られてもいない紙がたくさん残ってしまう、という状態ですね。
 それが5枚になった時にはどうなるのでしょう。予想としては、印刷するのが1枚多いのでそれだけ時間がかかるのに、綴じる時間はそんなにかかりませんから、うまくしたら印刷が終わることには、綴じ待ちの状態になってしまっているのでは、という感じでした。実際に作業を始めると、ほぼ、作業が全く待ち時間がなく続くという状態でしたね。つまり、全く手を休める暇はないけれど、どこかで作業が滞るということはなく、見事な流れ作業(一人でやってますが)が展開されていたのです。
 ただ、途中で本来の仕事の打ち合わせなどでちょっと手を休めてそっちに向かなければいけない時がありました。そうすると、どんどん印刷された紙がたまっていって、いくら製本してもたまる量の方が上回る、という「平衡がくずれた」状態になってしまいましたね。ほんの数分だったのに、このロスは大きかった。結局、印刷が終わった時には、まだ綴じていないものが10部ぐらい残っていましたね。その時時計を見たら始めてからちょうど2時間。脇目も振らないで作業をしていたら、たった2時間で終わってしまうんですね。いつの間にか、という気がします。正直、作業をやっている時の記憶があまりありません。無意識にトランス状態になっていて、時間がたつのが分からなかったのでしょうね。こんなのって、いいですね。夢中になってフルートを練習していたら意識がなくなっていて、気が付いたらシベリウスの「ファシラファレファレシラ」という高音のパッセージが吹けるようになっていた、なんてことがあるといいのですがね。
 印刷が終わったころにメールを確認してみると、今度の定期演奏会のチラシのゲラが届いていました。さっそく間違いをチェックして、練習の時に担当の方に口頭で伝えました。ですから、それはまだ公表できるものではなかったのですが、団長あたりは「今日あたり、ネットに上げてくれるでしょう」と、みんなの前で私のことを煽っていましたね。その時はもちろんまだアップする気はなかったのですが、ちょっと別のやり方で、チラチラ露出していくのもいいかな、と思えてきたので、訂正が入っていない部分だけを撮った写真をFacebookページにアップしておきました。これで、チラシに対する期待はいやが上にも高まってくることでしょう。
 今日になったらちょっと時間が空いたので、今度はそのFacebook用のカバーを作ってみることにしました。素材はチラシの中にあるので、それを組み合わせて、カバー独自のレイアウトにうまく合致するように作ってみました。私のFacebookでは、8月のコンサートが終わったらこれに差し替える予定です。ニューフィルのファンの方は、ぜひご自分のカバーに使ってみては。
 ただ、これは、私のPCでは思った通りの配置に収まるのですが、OSやブラウザによってはこんな風に表示されるものもあるそうなのですね。
 でも、こんなのにいちいち対応していたのではどうしようもないので、これは無視することにしました。不愉快なことがあった時には、無視するのが一番です。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-13 22:23 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/Requiem
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Margareta Hallin(Sop), Anne-Marie Mühle(Alt)
Brian Burrows(Ten), Magnus Lindén(Bas)
Stefan Sköld/
The Choir of S:t Jacob
Musicians from Stockholm Concervatory
2xHD-NAXOS/No Number(FLAC/ 24/192)




前回の2xHDの音があまりに素晴らしかったので、今度はアナログ録音からハイレゾにトランスファーされたものを聴いてみたくなりました。なんでも、このレーベルがアナログ録音のリマスタリングを行う時には、同時に同じ音源のLPを聴いて、それに近づけるように音を仕上げるのだそうですね。公式サイトにはものすごいターンテーブルの写真が載っていました。

そこで目についたのがこのアイテム、ステファン・ショルド指揮の聖ヤコブ教会の合唱団によるモーツァルトの「レクイエム」です。これはNaxosではなくスウェーデンのPropriusレーベルによって1979年の1月に録音されたものです。もちろん、最初はLPでリリース(PROP7815)されました。一応2005年にCD化(Prophone 015)もされています。
実は、このLPは「クラシック名録音106究極ガイド」でも取り上げられていたのですね。この2xHDというところは、そんな「名録音」と定評のあるものを探し出してきて、それをリマスターしてリスナーに届けるというのがポリシーなのでしょう。
このアルバムは、前回のドヴィエンヌを入手した「e-Onkyo」で扱っていました。しかし、なぜか今回はDSDはリリースされていなくて、24/192のPCMしか入手できないようになっていたのですよ。どんなフォーマットで販売するかというようなことは、あくまでレーベルの方針で決まるのだと思っていましたから、ちょっと残念ではあったのですが、仕方がないのでこの192FLACで全曲ダウンロードしてしまいました。
ところが、他のサイトを調べてみると、アメリカの「DSD Native」という、名前の通りDSDに特化して「商品」を扱っているところで、なんとこのアルバムの128DSDをちゃんと扱っているではありませんか。レーベルからはちゃんとDSDは提供されていたのに、なぜかe-Onkyoは独断でそれを販売していなかったのですね。
悔しかったので、DSD Nativeで「Lacrimosa」だけを買ってみました。そうしたら、1曲しか買っていないのに、ブックレットのPDFが付いてきましたよ。これは、このレーベルが制作したもの。そこにはしっかりジャケット画像や、トランスファーの際に使ったテープレコーダーやコンバーターの機種などのデータが記載されていましたよ。e-Onkyoはここでも、レーベルがきちんと用意していたものを消費者に届けることを怠っていたのですね。本当に、このサイトにはあらゆる面でがっかりさせられることばかりです。これでは「イー・オンキョー」ではなく、「イーカゲン・オンキョー」。
肝心の「レクイエム」の音はどうなのでしょう。それはもう、録音された聖ヤコブ教会の豊かなアコースティックスを完全に手の内に収めた素晴らしい音場が眼前に広がります。特に、ティンパニとトランペットのリズム隊が左奥に潜んでいて、ここぞという時にその存在感を示すあたりが、とてもドラマティック。主役の合唱は、左からソプラノ、ベース、テノール、アルトという北欧スタイルの並び方ですが、その外声と内声同士が程よく重なり合ってうまくブレンドされている上に、ポリフォニーではそれぞれの声部がきっちりと立っているという、エキサイティングな音場設定です。時折男声にはちょっと頑張りすぎの声が混ざりますが、それが音楽を停滞させることにはなっていません。
そんなサウンドに支えられたショルドの指揮ぶりは、基本的にとても穏やかで安心して聴いていられるものでした。ただ、「Rex tremendae」で合唱にも複付点を要求しているあたりは、この頃にしては先進的なアプローチが見られます。さらに、「Recordare」では冒頭のチェロがソロで弾いているように聴こえますし、曲によって弦楽器のプルトを減らしているところもあるようでした。「Lacrimosa」では間違いなくヴァイオリンの人数が減っているのでしょう。それはさっきの唯一のDSDで、よりはっきり分かります。やはり、DSD128は、192PCMを明らかに上回っているのですね。返す返すも残念なことをしました。

FLAC Artwork © Proprius Music AB
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by jurassic_oyaji | 2016-07-12 23:23 | 合唱 | Comments(2)
どちらの合唱団も、出来た時は同じ
 このところ、週末には必ず練習が入っています。半年ごとに行っている、室内オケの練習ですね。なんせ、はぼ1ヶ月で曲を仕上げてコンサートを開催するのですから、毎週やっても時間が足らないほどなのですが、いくらなんでも社会人でそれ以上の日程を入れることはできません。もちろん、みんなそれ以外にもずっと続けている団体での練習も他の日にはきちんとやっているのですからね。
 きのうは、その3回目の練習だったのですが、今回は曲目がかなり大変で、私はいまだにちゃんと吹けないところがあるという情けない状態です。まあ、本番までには何とかなるはずですので、もしおヒマなら、8月6日(土)の2時からパトナホールにいらしてみてください。
 そして今日は、合唱のコンサートです。いや、もちろん私が出るのではなく、聴きに行く方ですけどね。会場はなんと萩ホール、キャパ1200人といいう大ホールですから、普通の合唱団がそこを満席にするのはかなり大変なことですが、今日の合唱団は最近は団員も増えたようですし、今回のコンサートにはゲストも参加するというので、そちらの関係者なども当てにできるのでしょう。
 確かに、私はかなり早く着いたので2階席の一番前に座っていましたが、下の1階席を覗き込んでみると開演時にはほぼ満席になっていましたから、これは先月の〇民響と同じぐらいの入り具合なのではないでしょうか。2階席の埋まり方などを見て総合的に判断すると、800人前後というところでしょうか。
 ただ、今回のゲストの一人(一団体)として名前があった「〇葉〇址男声合唱団」というのは、今まであちこちで名前を聞いていた割には、私は実際に一度もその演奏を聴いたことがない、という不思議な合唱団でした。それが、私も前に入っていた「〇リンカ」という男声合唱団と一緒に演奏するというのですから、どんなことになるのか全く予想が付きませんでした。
 でも、2階席に座って文庫本を読んでいると、後ろから私の名前を呼ぶ人がいました。それは、この間一緒に「レリオ」を歌った〇枝くん、なんでこんなところに、と思ったら、彼はこの〇葉〇址と関係がある(団員だった?)のだそうです。そこで、私の疑問に答えていろいろと教えてくれましたよ。なんでも、この合唱団は主に「ストリートライブ」をやっているそうで、こんな風に普通のホールでコンサートの舞台に立つのはこれが初めてのことなのだそうです。そんな面白い団体だったんですね。
 まずは、本体の〇リンカの演奏が始まります。
 このホールでこの合唱団を聴いたのは初めてのことになるのでしょうか。オケの弦楽器などはとても柔らかに聴こえてきますが、男声合唱でも同じようにふくよかな響きがホール一杯に満ちています。これだけの人数ですから、それはかなり重厚なものでした。久しぶりに深みのある男声合唱の響きが堪能できたような気がします。
 そして、これが〇葉〇址。本当にみんな若いですね。オープニングも、「筑波山麓~」で始まるのかと思ったら、いきなりカットされて軽妙なMCが始まる、というエンターテインメントに徹した演出、さすが、ストリートで鍛えた合唱団です。演奏もとても緻密で、適度にネタを入れながらも決して肝心なところは外さないという手堅さ、まるで「お江コラ」のようなキャラですね。音色もとても明るくて、爽やかです。
 〇リンカは、負けじとファッションで勝負、ソリストの〇橋さんは、最初はタキシードでしたが、最後の曲になってこんな風に化けてました。
 そして、合同演奏です。いやあ、70人近くの、とてもよく訓練された男声合唱、最高でした。私が合唱を始めたのは大学に入った時でしたが、その最初の演奏会がこのホール(内装が変わる前)でした。その時には、おそらくこのぐらいのメンバーがいたはずです。そんな思い出も重なって、なにか胸が熱くなるようなコンサートでした。
 プログラムを見たら、団員の中にもう遠くに転勤になって団を離れたはずの人の名前がありました。わざわざ新幹線で練習に通ったのかな、と思って顔を探したのですが、ずっと見つけられませんでした。歌っていれば絶対に分かる顔なので、出演は取りやめたのかな、と思ってたら、この合同ステージにだけ乗ってました。
 あのソフトなバリトンが聴こえてくるようですね。
 客席からロビーに出た時にいきなり呼び止められたので顔を見たら、どっかで見た顔なのにその人のことを思い出せませんでした。でも、適当に話を合わせているうちに、大学の時の合唱団の同期だと分かりました。彼は、今でも合唱を続けているはずです。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-10 22:55 | 禁断 | Comments(0)
DEVIENNE/Flute Concertos Vol.1
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Patrick Gallois(Fl)
Swedish Chamber Orchestra
2xHD-Naxos/No Number(DSD128)




こちらに書いたように、いつの間にか5.6MHzDSD、つまりDSD128(またはDSD 2、あるいはDSD double)を聴ける環境が整ってしまいました。殺虫剤じゃないですよ(それは「DDT」)。そこで一度でもそのフォーマットの凄さを体験してしまうと、今までCDで聴いてきたものをこれで聴き直したくなってきます。そこで、そういうものを扱っているサイトでいろいろ探してみると、あるレーベルが、配信専用でこのような超ハイレゾの音源を多数用意していることに気づきました。それが「2xHD」というカナダのレーベルです。
このレーベルは、アンドレ・ペリーというプロデューサーと、ルネ・ラフラムというエンジニアが共同で運営しています。それぞれ華々しいキャリアを持った人たちですが、ここでは名前の通り、普通の「HD(High Definition)」の2倍の鮮明度の音源を目指しているようです。「これを聴いてしまうと、あなたはもはやMP3には戻ることはできない」などという挑発的なコピーが、彼らのサイトには踊っています。
実は、彼らは基本的に「録音」という作業は行わず、すでにリリースされている音源に手を加えて、ハイレゾ用のデータを作り上げるという作業をもっぱら行っているのです。ここは、そういう「リマスタリング」専門のレーベルです。
実際の彼らの作業は、まず音源をDXD(24bit/352.8kHzPCM)かDSD(あるいは DSD 2 )にトランスファーするところから始まり、それにリマスタリングを行い、一般的なハイレゾ音源の24/48から最高は24/192、そしてDSD 2までのデータを提供するということになるのでしょう。特に、NAXOSの音源を用いた時には、このように「2xHD-Naxos」というレーベル名を付けています。ただ、この場合、扱うのはNAXOSレーベルだけではなくNAXOSが販売に関わっているPROPRIUSなどのレーベルも含まれているようです。
ということで、このレーベルの5.6MHzDSDのラインナップを見てみたら、だいぶ前にCDで聴いていたこちらのアルバムがつい最近そんなリマスタリングを施されて配信が始まっていたことが分かりました。そこで、それがどの程度のものなのか聴いてみようと、フルアルバムではなく「フルート協奏曲第2番」だけを買ってみて、CDの音と比べてみることにしました。
それは、冒頭のしなやかな弦楽器の音を聴いただけで、CDとは全く別物であることが分かりました。まず、弦楽器の音色が違います。CDでは高音がとても硬い、はっきり言って長い時間聴いているのは苦痛に感じられる音なのですが、このDSDはそんな硬さは微塵もない、あくまで伸びやかな音です。当然、いつまでもこの音の中に浸っていたいという欲求が、ごく自然に生まれてきます。音を聴くだけで幸せになれるという安らぎ感、それはなかなかCDでは味わうことが出来なかった感覚です。
そして、それぞれの楽器がとても立体的に聴こえるという、これはハイレゾでまず感じることですが、それがこれほどはっきりしているものもなかなかお目にかかれないでしょう。変な喩えですが、CDではそれぞれの音がコールタールのようなものでべったりくっつきあっているものが、このDSDでは、そんなベタベタがきれいさっぱり洗浄されて、ピカピカになった音だけがくっきりと聴こえてくる、みたいな感じでしょうか。長い前奏が終わってやっと出てくるガロワのフルートは、ひときわ輝いてピチピチしています。
第3楽章のロンドでは、まるでマルチチャンネルからリミックスしたみたいに、楽器のバランスまでが違って聴こえてくるところがありました。それは、最後の方でフルートソロに絡み付くソロ・ヴァイオリン。DSDだと、まるでスポットライトを浴びたように、くっきり聴こえてきますよ。
これは、録音する時にハードディスクに収められたはずの音がCDになるといかに「汚れて」しまっているかが、端的に分かってしまうという、ある意味恐ろしいものです。それにつけても、この業界ではそういうファイルになぜ識別用の「品番」を付けようとはしないのでしょうか。

DSD Artwork © 2xHD-Naxos
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by jurassic_oyaji | 2016-07-09 21:21 | Comments(0)
新入団員は5人です
 キャノンの欠陥プリンターのせいで、いきなりひどい目に遭った今週でしたが、何とか仕事は期日までに終わらせることが出来ました。結局、あて名の印刷もプリンターでやるだけの時間はあったのですが、せっかくあて名シールを作ったので、それを無駄にしないためにそれを貼ることにしました。実は、職場にPCを導入する前には、この「シール貼り」の仕事は毎回行っていました。それは、全部手書きでシールの枚数だけ書いた鉛筆書きの「原紙」を作っておいて、それをタック紙にコピーする、というやり方でした。鉛筆ですから、住所が変わったりしたときには消して書き直します。
 でも、それをやっていたのは20年近く前のこと、その間に顧客の数もかなり増えていますから、ただ貼るだけとは言ってもかなり大変な作業でしたね。正直、もう二度とやりたくはないので、次回からはプリンターに頑張ってもらいましょう。というか、プリンターなんていつ突然に具合が悪くなるか分からないということをいやというほど味わった後ですから、本気で同じものをもう1台スペアで買っておこうかと考えているところです。こんな、印刷しかできないプリンター(いや、それが本来の姿なのですが)なんて、いつ廃盤になるか分かりませんからね。
 ニューフィルの仕事、「かいほうげん」の制作も、何かトラブルがあっても対応できるように、幾重にもバックアップをとった上で臨んでいます。とは言っても、今回は、他の人からの情報がメインですから、まずそちらをいただかなければ。でも、トップページに載るはずの案内は、きちんとWORDでレイアウトされたもの(フォントまで、同じにしてくれました)をいただけましたから、それをそのまま使えばいいのでとても楽です。そして、もう一つ、ほぼ隔号で連載されているコンサートのレビューも、おそらくこの週末には届くはずですから、普通だったら次の火曜日には印刷が出来上がっているはずです。ただ、これが実際に何ページになるかというのは、届いてみなければ分かりませんから、どんな長さになっても大丈夫なように用意をしておく必要があります。
 そこで、私が担当しているページをどうするか、ということで、まずは今練習しているマーラーについて、これを最初にやった時に、やはり「かいほうげん」に書いた昔のコンテンツを、ほぼそのまま横流ししてページを埋めることを考えました。ただ、いくらなんでもそのまんまでは面白くありませんから、その頃は出来なかった手法を駆使して、「音の出る」ページにしてみました。こんな感じのQRコードを印刷して、これをスマホでスキャンすれば音が聴けるという、いつか演奏会のプログラムでも使った手です。これ、実際に聴けますよ。
 それに加えて、前に載せた楽譜も一緒に載せるので、これだけで6ページも使ってしまいました。そうなると、届く原稿の長さ次第では、16ページには収まらなくなってしまいます。というか、いつも通りのものが来ることを考えると、すでにはみ出しているので、私の「おやぢの部屋」は載せないことにしています。ですから、ちょっと長めの原稿だったら、そもそも16ページでは足らないので、「おやぢ」を復活させ、もう1枚増やして20ページになってしまうかもしれません。
 そうなんですよ。こういうものは、4ページ単位で増減するものなんですよね。ですから、朝ドラの雑誌も1部あたりに紙を8枚使って「32ページ」になるんですね。ですから、300部印刷するには2400枚の紙が必要なはずですが、闇市で買ったあれだけの紙で足りたのでしょうか。半分に切ったってまだ足らないような。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-08 21:16 | 禁断 | Comments(0)