おやぢの部屋2
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少しの誤差はありますが、台風の進路はほぼ予想通り
 台風10号は、あわや宮城県に上陸、と言われていました。そもそも東北地方に台風が上陸するのが観測史上初めてのことだというので、そんなものが来る可能性があるということであれば、やはり最悪の事態を考えないわけにはいきません。まず、きのうは早々と県内の学校がすべて休校ということが決定されていました。それを受けて、ニューフィルでも予定されていた練習をどうするのか、決断を迫られます。確かに、おとといの時点での予報では、まさに練習をやっている時間にその真上を台風が通過するということでしたから、これはとても練習どころではないというのは誰でも考えることでしょう。
 そういう時に、どういう順序で物事が決定されるのか、というようなマニュアルはニューフィルにはありませんから、とりあえず事態を見守っていたら、団長から「自由参加」という指示が伝わってきました。まあ、妥当な決断でしょうね。こういうことはニューフィル始まって以来のことかと思っていたら、私が入る前に大雪が降って、練習が中止になったことがあったのだそうです。
 私の場合は、ちょっと前に大雨が降って道路が冠水、その結果、車で自宅に帰ることが出来なかったという苦い経験がありますから、とりあえず朝のうちのまだ雨も降り始めていないころに職場に行って、作りかけの「かいほうげん」のフォルダーだけをHDDに入れて、お昼前には自宅に帰ってきました。あとは、その「かいほうげん」を作りながら自宅でひたすら台風の風雨をしのぐ、という方針です。当然、練習なんかに行けるわけもありませんから、楽器も職場に置いたままです。いや、万が一台風の被害に直撃しなくて練習ができるようになっても、それから行こうと思う人なんかいないはずですし。
 それからは、テレビをつけっぱなしにして台風の情報をチェックしていました。そのうち、ものすごい風が吹き始めて、雨も激しくなってきたので「来たな」という感じになってきたのですが、なんだかそれはあんまり長くは続きません。なんだか肩透かしを食らったような気分になってきましたね。しばらくすると、どうやら台風は宮城県ではなく、もっと北寄りの岩手県に上陸するのでは、と、進路が変わっていました。そして、予報では台風が真上に来るあたりの5時半ごろになったら、きれいな青空まで出てきましたよ。
 もうこうなれば、間違いなく台風はそれてしまったことが分かります。風はまだ少し吹いているものの、雨はすっかり上がってしまいましたよ。そうなると、別に練習に行くのに何の支障もなくなるのですが、私の場合はさっきのように楽器をまた職場まで取りにいかなければいけませんし、どうやらフルートパートで他に来る人はいないみたいですから、行ってもしょうがないのでは、という感じ、予定通りお休みすることにしました。
 ただ、台風が来なければ、きのうは絶対に行っていなければいけない日でした。「かいほうげん」の原稿も順調に集まり、あとは新入団員の写真さえそろえば、来週には発行できるという予定だったんですよね。でも、おそらく、その写真が必要な人たちが全員来る可能性はまずありませんから、写真だけ撮りに行く、という選択肢も排除されます。まあ、仕方がありませんね。今日になって、練習の状況が伝わってきましたが、やはり合奏が出来るほどの集まりはなく、何人か集まったパートはパート練習をやったり、そのほかの人は個人練習をしたり、という感じだったようですね。予想通り、私が写真を撮ろうと思っていた人たちは来ていなかったようですし。
 そのあと岩手県に上陸して、北海道まで向かった台風は、ご存知のように大きな被害をその地方にもたらすことになりました。被害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。というか、実は身内が北海道に行っていて、このために帰ってこれなくなって、停電になってしまったホテルに泊まらなければならなくなった、という悲惨な知らせも届いて、他人事とは思えなかったのですけどね。
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by jurassic_oyaji | 2016-08-31 21:50 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Messe en si mineur
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Anne Ramoni(Sop), Jean-Michel Humas(CT)
Frédéric Grindraux(Ten), Fabrice Hayoz(Bas)
Michel Jordan/
Chapelle vocale de Romainmôtier
Ensemble Musica Poetica
GALLO/CD-1453/54




スイス、ローザンヌの北西、フランス国境に近いジュラ山中に、ロマンモティエ=アンヴィーという村があります。そこには中世の街並みが広がり、11世紀に建てられたという教会が観光名所となっています。このCDには、その教会で演奏された、バッハの「ロ短調ミサ」のライブ録音が収められています。
ジャケットにあるのが、その教会の外観です。2つの尖塔がかわいいですね。石造りの建物の中では、祭壇付近がステージになっていて、合唱団がかなり急勾配の雛段に立っています。その前にはオーケストラ。お客さんは信者席だけでは入りきらず、祭壇の脇にも椅子を出して座っているようです。おそらく、この村中の人たちがみんな集まってきているのでしょう。
このオーケストラは、「アンサンブル・ムジカ・ポエティカ」という団体、1982年にチェリストのオーギュスト・オーギュスタンという人が設立したものです。ピリオド楽器を用いて、17世紀から18世紀にかけての音楽を演奏していますが、特にバッハの宗教曲などが主なレパートリーになっています。おそらく、基本的に室内楽のような小規模なものを演奏する団体で、曲目によって必要なメンバーを適宜追加する、というようなスタイルを取っているのでしょう。この「ロ短調」では、通奏低音がチェロとコントラバスの他はオルガンだけというシンプルなものでした。
オーケストラのレベルはかなりの高さ、時折トランペットに問題が発生していたりしますが、それはライブならではの「事故」でしょうから別に構いません。フルートのオブリガートもなかなか端正で、全く不満は感じられません。
ソリストは、本当は5人必要なのですがここでは4人しか用意されていませんでした。まあ、ソプラノ2のパートは代わりにアルトが歌えば済むことですからこれも別に問題になるようなことではありません。実は、この演奏では「Credo」の中の「Crucifixus」という合唱のナンバーだけが、ソリストだけによって歌われています。合唱のパート構成が複雑なこの曲ですが、「Credo」の場合は一応ソプラノが2声部に分かれていて5声部で歌うようになっています。ですから、それをソリストだけで歌うと1人足らなくなるはずです。ブックレットにもちゃんとこう(↓)とありますからね。

でも、安心してください。楽譜では、この曲だけソプラノ1がお休みなんですね。4人でも大丈夫。


このソリストたちの声は、なんだかずいぶんオフ気味に聴こえます。というか、エンジニアがソリスト用のマイクを用意していなかったような、バランスの悪さです。一発録りのライブだったとは言っても、リハーサルの段階で分かりそうなものなのですが。
どうやら、ここでの「主役」は、この教会の名前を自分たちの名前に入れている合唱団のような気がします。ここでの指揮者、ミシェル・ジョルダンによって1966年に創設されたという由緒ある団体です。メンバーは60人を超える人数ですし、男声の比率も高くてバランス的にも理想的なパートの編成になっています。
ところが、彼らが歌う声といったら、何ともハスキーで芯がないんですよね。それを各々が勝手な歌い方をしているものですから、パートとしてのまとまりが全くありません。ソプラノ1のパートなどは、高音を専門に担当するはずなのに、G(実際はG♭)あたりでもう出なくなっていますよ。そして最悪なのがポリフォニー。ほとんど練習なんかしなかったのでしょう、メリスマなどは音すら取れていませんし、テンポは全く収拾がつかない状態です。「ジョルダンさん、これはいったい何の冗談ですか?」と言いたくなるほど、親類縁者にタダで配るのならいざ知らず、こんなCDを4000円近くで販売するなんて、許されないことなのではないでしょうか。「暮らしの手帖」(いや、「あなたの暮らし」)の商品テストだったら、「決して買ってはいけないCD」という烙印を押されることは間違いありません。

CD Artwork © VIDE-GALLO
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by jurassic_oyaji | 2016-08-30 20:13 | 合唱 | Comments(0)
予定が大幅に狂ってしまいました
 この週末は、愚妻が合唱団のコンクール全国大会のために青森まで行っていたので、私は一人取り残され、丸2日いろんな所へ行ってみました。まず土曜日はニューフィルのチラシを配りに、ちょっと遠くまで。そこに行ったら、事務室の受付の前に「田んぼアート」の案内が置いてありました。毎年のイベントですが、今年はいつも駐車場に使っているところに病院が建ってしまったので、どうなっているのかな、と思っていたのですが、どうやらちゃんと見学者用の駐車場も確保されているみたいですね。
 これを見るとちゃんとしたスペースがあるようですが、行ってみると歩道のちょっとした空地に入れるようになっていただけでした。行ってみたけど分からない、という人も多いのでは、と思ってしまいます。
 そして、去年までは看板が邪魔で見えにくかったのを解消するために、ちゃんとした見学スペースが作られていましたね。足場はしっかりしていますが、床に渡した板が薄っぺらで乗るとしなりますから、ちょっと怖いですね。
 田んぼはこんな感じ、両脇にたくさん案山子が立ってるのがかわいいですね。でも、デザインはいまいち、渋すぎてインパクトに欠けるのは、青森あたりのものを見てしまったからでしょうか。まあ、ああいうものとは違うところを目指しているのでしょう。
 そして、日曜日は、こんな時でもないと一生行くことはないだろうという「JAOフェス」を覗きに千葉県まで行ってきました。前もって調べておいた会場の大きなホールは、ものすごく不便なところにあるので、実際にそこまで一人で行けるのか、と不安でしたが、実際に行ってみるとストリートビューと同じだったので迷うことはありませんでした。
 要所要所にちゃんと案内板がありましたし。ここから、新京成線の下を通る歩道に向かいます。
 しばらく歩くと、目指すホールが現れます。
 ここに来るまでに17分かかってしまいましたね。私は歩くのは早い方で、途中で同じ行き先に向かう人を何人か追い抜いていたのですが、それでもこんなにかかりました。案内には「徒歩15分」とありましたが、それはウソでしたね。
 これがホールの中、2000人収容のシューボックスです。ステージの反響版などはオーチャードホールとそっくりでしたから、同じ設計者なのでしょうね。それにしても、この内装は何とも成金趣味で、馴染めませんね。まあ、あるだけいいんですが。何度も言いますが、私の住んでいるところにはこういうものが一切ないにもかかわらず、おおっぴらに「楽都」だと宣言しているのですから、その厚かましさは驚かされます。もう慣れましたが。
 どうやら2階と3階は出演者たちの席のようで、出番ではないオケのメンバーがいましたね。私も、本当は2階席あたりから聴きたかったのですが、最初からそこへ行く階段は通行禁止になっていました。それで座ったのが、この1階のバルコニーです。ちょうど萩ホールのバルコニーみたいで、音もよかったですね。ただ、始まる前に陰アナが「ホール内での写真撮影は固く、固く禁止させていただきます」みたいなことを言っていたので、肝心のステージは全然撮れませんでした。外国のオペラハウスなどでは、カーテンコールではフラッシュを使って写真を撮っているお客さんもいるというのに、相変わらずの不思議な感覚です。おそらく、ちゃんとした写真はニューフィルから参加しているBさんがいずれ提供して下さることでしょう。
 それより、普通のお客さんがこれしかいなかったのには意外でしたね。1階席にしか入っていないのに、両脇はガラガラでしたからね。
 一番心配だったのは、お天気でしたが、雨も降らず、かといってあまり暑くもなく、ホールまでの往復はとても楽でした。でも、明日はこのあたりは台風の直撃を受けそうで、もうすでに学校は全てが休校になることが決まっています。そのため。ニューフィルも明日の練習は「自由参加」になることが決定しました。といっても、実際に行く人はまずいないのではないでしょうか。私も行かないつもりです。こんなことは、おそらくニューフィルにとっては初めてのはず。いや、震災の時は別ですが。
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by jurassic_oyaji | 2016-08-29 22:12 | 禁断 | Comments(0)
TCHAIKOVSKY/Symphony No.6"Pathétique"
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Manfred Honeck/
Pittsburgh Symphony Orchestra
REFERENCE/FR-720SACD(hybrid SACD)




常に何か新鮮な驚きを与えてくれる、このレーベルのホーネックとピッツバーグ交響楽団との録音による新譜です。音を聴く前にライナーや録音データなどを一通りチェックするのは、いつものこと、そこで目を引いたのがここで録音を担当している「Soundmirror」というボストンの録音プロダクションによる「この録音とポスト・プロダクションは、DSD256によって行われている」というコメントでした。DSD256というは、サンプリング周波数がCDの256倍、SACDのフォーマットが64倍ですから、それのちょうど4倍になるという、デジタル録音としては非常に解像度の高いフォーマットです(「4倍の」という意味で、「クワドDSD」とも呼ばれます)。録音の際にこれを使っているものは、実際には数えるほどしかありません。ついに、このレーベルも、ここまでのクオリティを持つことになったのだな、という感慨にふけるには十分な数値です。もっとも、世の中には「DSD512」という、さらに上位のフォーマットもあるそうです。SACDの8倍で「オクタDSD」でしょうから、もはやオタクの領域です。
そこで、この前に出たSACD、品番では2番しか違わない昨年リリースのアルバムのデータを見てみると、そこにはまだ「DSD64」だということが明記されていました。ということは、ごく最近、このフォーマットに変更されたということなのでしょうね。
そうなってくると、確かクワドDSDに対応していたはずのこちらのサイトでも、その元の録音を入手できるかもしれません。いまのところ、クワドDSDが聴ける環境にはないのですが、その半分のDSD128(ダブルDSD)なら聴けますので、それだったらSACDよりも良い音を体験できるはずです。思った通り、こちらにあるように、ここでは普通のDSDの他に、「ダブル」と「クワド」も販売されていました。さっそくダウンロードして聴き比べてみようと思ったのですが、その価格が、2チャンネルステレオの場合、すべて20.65ユーロであることに気づきました。以前こちらで買った時には、「DSD」は24.79ユーロでしたが、「ダブルDSD」では28.09ユーロと、フォーマットによって価格が異なっていました。これが当たり前の姿、ということは、このアルバムの場合は、価格から言ってもレーベルから供給されたものは単なる「DSD」で、「ダブル」と「クワド」はただのアップサンプリングではないのか、という疑問が湧いてきます。オリジナルが「DSD」だった先ほどのベートーヴェンも、やはり「クワド」まで揃っていましたが、すべて価格は同じでしたから、これは間違いなくアップサンプリングのはずです。しかし、ちゃんと「クワド」で録音された今回のアルバムも、すべて「DSD」並みの音になっているというのは(いや、単に価格からの推測ですが)、いったいどういうことなのでしょうね。
いずれにしても、ただのDSDであるSACDで聴いただけでも、この録音のすごさは十分に伝わってきます。その端的な例が、とても自然な音場感でしょうか。いつものように、このオーケストラはファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンが左右に分かれた配置を取っていますが、それがまさに作曲家の意図したとおりに、お互いに主張している部分などではきっちりと聴こえてきます。そして、これには本当に驚いたのですが、「悲愴」の第4楽章の冒頭の、テーマの1音ごとにパートが変わっているという不思議なオーケストレーションの部分では、そのテーマがパン・ポットで聴こえてくるのではなく、しっかり弦楽器全体の中で包み込まれて一体化しているように聴こえていたのです。
カップリングは、ホーネックがコンセプトを決めてトマーシュ・イレがその指示に従って仕上げた、ドヴォルジャークのオペラ「ルサルカ」による幻想曲でした。聴きものは、最後の方に登場する、有名なルサルカのアリア「月に寄せる歌」をヴァイオリン・ソロに仕立てたところでしょうか。ここでソロを弾いていたコンサートマスターのノア・ベンディックス=バルグリーは、この録音を最後にピッツバーグを去り、ベルリン・フィルの第1コンサートマスター(樫本大進と同じポスト)に就任したそうです。

SACD Artwork © Reference Recordings
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by jurassic_oyaji | 2016-08-27 20:03 | オーケストラ | Comments(0)
ハイレゾ配信系のいい加減さは目に余ります
 朝ドラは快調に高視聴率を維持しているようですね。毎週のランキングで1位にならなかったことなんてなかったのではないでしょうか。オリンピックなんかがあっても全く関係なく独走を続けていましたね。1回だけ、10分ちょっとでしたが全局同時に放送していたトーク番組があったので、あれには負けたかな、と思ったのですが、なぜかそれは視聴率はカウントされていなかったようですね。なぜなのでしょう。というか、あれはそもそも「番組」ではなかったのかもしれませんね。なんたって「玉音」ですから。
 視聴率が高いのはいいのですが、ドラマと現実との間にかなりの隔たりがあるのが気になります。でも、逆にこれはドキュメンタリーではないのですから、あまり「史実」にこだわるのもどうかな、という気はしますね。
 ですから、今週の朝ドラは、商品テストも始まって、これからいよいよ「暮らしの手帖」の最も輝いていた時期が描かれていくのでしょうが、その波に乗って行われた「クラシックレコード」の「テスト」に関しては、決して扱われることはないはずです。それがどんなものなのかは、こちらにまとめてみました。要は、あくまで「商品」としての「レコード」に優劣をつける、というやり方です。いろいろご意見はあるかもしれませんが、私自身はこの記事にいたく感銘し、今でも影響を受けていると思っています。やはり、CDやら、ダウンロードの音源は「商品」であることに変わりはないのですから、消費者の満足のいくものを作ることが絶対に必要です。もちろん、音楽それ自体は全く個人的な趣味に作用されるところが大きく、これを一つの基準で決めつけて優劣をつけるのは明らかに間違っています。そうではなくそれ以前のところで全く消費者のことを顧みていない「商品」があまりにも多すぎると、いつも感じています。編集ミスで音が途中でなくなっているようなものを平気で売り付け、そのことを指摘しても何の対応もなされない、というレコード会社はいくらでもありますからね。
 ちょっと微妙なところでは、単なる身内だけの間で聴かれる程度のお粗末な演奏なのに、普通の販売ルートに乗っている商品というのもありますね。かつては「レコードになっているのだから、一応の水準に達しているものだ」という認識があったはずなのに、そんな認識は完全に今ではなくなってしまいました。こういうものも、やはり縁もゆかりもない人にまで買ってもらおうという図太さには、しっかり釘をさす必要があるのでは、と思っています。実は、今日聴いた、合唱団もオーケストラも、そして指揮者も全く聞いたことのない人たちが演奏した「ロ短調」のCDなどは、一応オーケストラはまともなのですが、合唱が完全なアマチュアで、練習もしていないし、そもそも団員のレベルがかなり低いものですから、もう聞いていられないほどのひどさなんですよ。それが、普通のレーベルから、2枚組ですから4000円ぐらいで売られているのですね。まあ、そんなに有名なレーベルではありませんし、輸入盤ですから、買うのはかなりのマニアだけ、こんな演奏でも笑ってすまされるぐらいに寛容な人たちなのかもしれませんが、もし、今まで「ロ短調」を聴いたことがなくて、試しに聴いてみようとこのCDを買った人がいたとしたら、それは悲劇以外のなにものでもありません。だから、わたしはこういうCDを見つけた時には、「買ってはいけないCD」として、その劣悪さを知ってもらうためにネットにエッセイをアップすることにしています。
 そんなラディカルなことをやっていた人を演じているのが唐沢寿明だと聞いたときには、ちょっと違うのでは、と思ったのですが、とりあえずさまにはなっているようですね。ただ、あまりに頑固な面だけを強調しているあたりが、やはりドラマだな、という気にはなってしまいます。
 彼の妻を演じているのが奥貫薫だというのも、なんだか変な感じです。この二人は三谷幸喜の「ラヂオの時間」という映画で共演していましたよね。もう20年近く前に作られたものですが、この機会にもう1回見直してみようと録画してあったのを見てみたら、唐沢はあまり変わっていなかった(役の上でも)のに、奥貫は全くの別人になっていましたね。映画を見た時にはとても魅力的だったのですが、今ではすっかり輝きがなくなってしまって、「影の女」みたいな役回りが多くなっているのが、とても残念です。

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by jurassic_oyaji | 2016-08-26 20:26 | 禁断 | Comments(0)
SIBELIUS/Symphonies Nos 3・6・7
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Osmo Vänskä/
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-2006(hybrid SACD)




ヴァンスカによるシベリウスの交響曲ツィクルスは、かつて音楽監督を務めていたフィンランドのラハティ交響楽団とのものが、今でも好評を博しています。それは1995年から1997年にかけて録音されたもので、その新鮮な演奏とともに、「第5番」では通常の改訂版の他に改訂前の初稿の形での演奏が録音されていました。商業的なCDとしては、これが現在までで唯一の録音で、とても貴重なものです。最近、アマチュアのオーケストラであるアイノラ交響楽団が、指揮者の新田ユリ氏が特別に楽譜を手配してこの初稿版を演奏していますから、そのライブ録音などもぜひ聴いてみたいものですね。
ヴァンスカは2003年にはラハティを去り、ミネソタ管弦楽団のシェフとなりました。新たな任地での録音も今まで通りBISの元で行われ、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスなどを完成させ、2011年からは新たにシベリウスのツィクルス作りに着手することになります。同じ指揮者が同じレーベルで別のオーケストラによって2度シベリウスの交響曲を全曲録音するというのは、今回のヴァンスカが初めてのことなのではないでしょうか。
しかし、今回の録音には、とんでもない障害が立ちふさがることになりました。2011年に「2番」と「5番」、2012年には「1番」と「4番」が録音され、そのまま順調に進むかに見えたものが、なんと労使交渉のもつれから、オーケストラ自体が存亡の危機を迎えるという事態になってしまったのです。その結果、ヴァンスカは2013年に音楽監督を辞任してしまいます。当然、残りの「3番」、「6番」、「7番」はまだ録音されていませんでしたから、この2度目のツィクルスはあわや空中分解、という状況だったのです。
しかし、奇跡的に労使間の和解が成立し、ヴァンスカは再度音楽監督に就任、2015年の5月と6月には晴れてこれらの交響曲の録音セッションがもたれることとなりました。
この3曲は、演奏時間を合わせると全部で82分ちょうどかかります。これは、SACDであれば何の問題もありませんが、CDと共用されているハイブリッド盤では、普通のCDの容量をはるかにオーバーしているのですが、なんせこのレーベルは過去にこんな、なんと82分26秒も入れてしまったCDを作っているのですから、これは軽いものでしょう。参考までに、旧録音でもこの3曲のトータルは82分1秒でした。ただ、曲ごとの時間の差はあって、「6番」は遅くなっていますが「3番」と「7番」は速くなっています。

(BIS/CD-862)

実は、最近「3番」を実際に演奏する機会があって、非常に親密な関係になれたので、この曲について新旧の録音の比較をしてみましょう。まず、新録音で大きく変わっているのが、オーケストラの配置です。弦楽器の並び方が、以前は普通の左側に高音楽器、右側に低音楽器というもので、チェロが前に出てきています。それが、今回は対向配置で、ファースト・ヴァイオリンは左、セカンド・ヴァイオリンは右に来て、チェロとコントラバスも左側になっています。これは、ベートーヴェンを録音していた時からこの配置でしたね。ですから、この曲の最初に低弦で出てくるテーマがちょっと左に寄った中央付近の奥から聴こえてくる、というのが、何か神秘的な感じがしていいですね。
ヴァンスカの演奏では、曲全体は旧録音より速くなっているのですが、実際に速くなっているのは第2楽章だけ、ここでははっきり曲のとらえ方が異なって感じられます。旧録音はまさにゆったりとした「子守歌」ですが、新録音ではもっと切実な、それこそ息子の死を悼む情感のようなものまで漂っているのではないでしょうか。
管楽器セクションのアンサンブルにも、違いが感じられます。ベートーヴェンを聴いたときにはこのオーケストラの木管は良く溶け合っているという印象があったのですが、今回シベリウスでフィンランドのオケと比べるとやはり個人芸が勝っているように聴こえます。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2016-08-25 21:43 | オーケストラ | Comments(0)
雨が降りそうなので・・・
 もうだいぶ前のことのような気がしますが、ちょっと興奮してしまうような「発見」があったもので、それをお伝えしておきましょう。ニューフィルでは毎年12月に角田市の合唱団の方々と一緒に「第9」を演奏させていただいています。毎回その前プロとしてオケ付きの合唱曲も加わります。それが、今年は今まで演奏したことのない曲をやる予定だ、と聞かされていたのですが、タイトルだけ分かってもそれがどういう曲なのかは全く分かりませんでした。そもそもオリジナルなのか、楽譜が発売されているものなのかも分かりません。でも、今頃はもうすでに合唱の練習は始まっている時期でしょうから、なにか情報があるのでは、とおもって、その団体のサイトを探してみたら、団員の方のブログがリンクされていて、そこにしっかり初練習の模様がレポートされていたではありませんか。どんぴしゃですね。
 さらに、そこにはその日に練習した曲の楽譜の写真までアップされていました。確かに「第9」と、「ふるさとの四季」という楽譜の表紙です。ちょっと小さくてよく分からなかったのですが、確かにそれは印刷されて出版されている楽譜のようでした。
 そこで、そのタイトルを元に検索してみたら、すぐにそれがカワイ楽譜から出版されているものだということが分かりました。表紙が全く同じだったんですよね。それはピアノ伴奏の楽譜でしたが、カワイのサイトでは、オーケストラ用のレンタル譜も用意されているということで、楽器の編成もしっかり書いてありましたよ。これだけで、情報としては十分です。フルートパートが何人か、というのは微妙な問題ですからね。
 さらに、編曲者の名前を頼りに検索してみたら、それを実際に演奏している映像が山ほど見つかりました。それは殆どピアノ伴奏のものでしたが、そこからリンクされて、なんとオケ伴奏の映像まで見つかってしまいましたよ。それを両方聴き比べてみると、オケ版はピアノ版よりイントロや間奏が長くなっているようですね。さらに「村祭」ではピッコロの長いソロまで入っていますよ。これはいったい誰が吹くことになるのでしょう。
 その映像は、カメラを3台使って適度にアングルを変えたカットに切り替えたりしている、かなり高度なものでした。これが、メインの中央からの画像です。
 ピアノまで入ってますね。これはさっきの編成に確かにありました。合唱専門の人がオーケストレーションを行うと、よくピアノが入ります。ただ、面白いことに、さっきの楽器編成にはなかった楽器がここには見られます。
 少し下手よりのカメラからの画像だと、それがよく分かります。バリトン・サックスと、ユーフォニアムでしょうか、あるいはチューバ?。金管にはあまり詳しくないので、よく分かりません。このオケにはどうやらオーボエとファゴットが足らないようで、おそらくファゴットのパートをバリトン・サックスで代用させているのでしょうか。そんな、いかにも「手作り感」満載の映像です。
 さらにもう1台のカメラで指揮者の顔もアップにされています。演奏はともかく、曲全体のイメージはとてもよく分かる映像ですから、何度も見ることはありませんが、一度ぐらいは見てみたらいいのではないでしょうか。ニューフィルのFacebookページからリンクされています。
 そういえば、今度の日曜日には千葉県でJAOのフェスティバルがあるんですね。入場ハガキだけは入手してあったのですが、なんせ会場がアクセスのとても不便なところなので、行くかどうかはギリギリまで待ってみました。でも、最寄りの駅からホールまでの道をストリートビューでシミュレーションしてみたら、どうやら地下道を通って線路を横切る場所があるようなので、行ってみることにしました。それでも「徒歩15分」ですって。でも、いくら遠くて不便でも、まともな音楽ホールがあるだけ、ましだとは思いませんか?宮城県でこのフェスが開催されないのは、そんなホールがないせいなんですから。
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by jurassic_oyaji | 2016-08-24 20:56 | 禁断 | Comments(0)
British Music for Harpsichord
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Christopher D. Lewis(Cem)
NAXOS/8.573668




こちらこちらで、チェンバロという楽器についての様々な問題を投げかけてくれたクリストファー・D・ルイスの、NAXOSへの3枚目のアルバムです。1枚目では「ヒストリカル」、2枚目では「モダン」の楽器を演奏していたルイスですが、ここではなんとその2種類の楽器を同じアルバムの中で弾き分けています。おそらく、今までにそんなことをやった人はほとんどいないのではないでしょうか。ということは「ヒストリカル・チェンバロ」で演奏されていた曲に続いて、「モダン・チェンバロ」で演奏された曲が弾かれているのですから、その違いはどんな人にでもはっきり分かるということです。なにしろ、この楽器は非常にデリケートですから、会場の響きやマイクのセットの仕方で音が全く違って聴こえてしまいます。その点、このアルバムでは、おそらく全く同じ条件でその2種類の楽器を聴き比べることができるはずですからね。
ここで使われている楽器は、「ヒストリカル」は1638年に作られたリュッカースのフレミッシュ・モデルのコピー、「モダン」は1930年代に作られたプレイエルです。さらに「おまけ」として、1曲だけヴァージナル(1604年に作られたリュッカースのミュゼラー)で演奏されたトラックも加わっています。
まずは、レノックス・バークリーの2つの作品がモダン・チェンバロで演奏されます。彼がチェンバロのための曲を作るきっかけとなったのが、オクスフォード大学時代に同室だったヴェレ・ピルキントンというおせち料理のような名前(それは「クリキントン」)の友人でした。彼はアマチュアの音楽家で、みずからチェンバロを弾いていましたから、彼のために何曲かのチェンバロ曲を作ったのです。「ピルキンソン氏のトイ」というのは、バロック時代のチェンバロ曲のタイトルとして使われた「トイ」をそのままタイトルにした、いかにもバロッキーな舞曲、「ヴェレのために」は、もう少しモダンなフランス風のテイストを持った作品です。これらが作られたのは1930年ごろ、まさに伝説の楽器チェンバロが、モダン・チェンバロという形をとって復活したころですね。バークリーはこの楽器にいにしえの時代を感じながら、「モダン」な曲を作ったのでしょう。その楽器の音は、まさに「新しい」、言ってみれば「文明的」な音がしていました。
それに続いて、ヒストリカル・チェンバロによるハーバート・ハウエルズの「ハウエルのクラヴィコード」という曲が聴こえてきた時には、誰しもが「これが同じチェンバロか?」と思うはずです。その繊細な音の立ち上がり、鄙びた音色、まさにこれこそが昔からあったチェンバロそのものの響きです。ただ、ちょっと気になるのが、マイクアレンジ、あるいは録音レベルの設定、まるで楽器の中に頭を突っ込んで聴いているようなあまりに近接的な音場です。ですから、これでも明らかにモダン・チェンバロとは異なる音であることはしっかり分かりますが、もっと適切な録音方法であったならば、その違いはさらに決定的なものになっていたことでしょう。
この作品は、20年以上にも渡って書き溜められた20曲から成る曲集ですが、ここではその中から13曲が抜粋されて演奏されています。それぞれには、まるでエルガーの「エニグマ変奏曲」のように作曲者の友人などの名前が実名(エルガーの場合は匿名)でタイトルになっています。サーストン・ダートとか、ジュリアン・ブリームといった、我々にもなじみのある名前も登場するのには親しみが感じられますが、作風はとても生真面目でとっつきにくい面がありますね。全体のタイトルにあるように、この曲集は本来クラヴィコードのために作られたものです。ですから、その雰囲気をと、最後のトラックでは1曲目だけヴァージナルで演奏されています。しかし、これもやはりマイクが近すぎるために、この楽器の本当の味が分からなくなっているのが残念です。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-08-23 23:14 | ピアノ | Comments(0)
シイタケは食べられません
 ニューフィルの恒例行事としては、春には「たけのこ、掘りたいかい?」がありますが(これは非公式行事)、夏の恒例行事は去年から始まった「あんさん、ぶりたいかい?」ではなく「アンサンブル大会」でしょう。きのうは、そのイベントの当日でした。スケジュールとしては朝のうちからリハーサルがあって午後1時半から本番が始まる、というものですが、ご存知のように私はリハがお昼すぎだったのでその頃までに行っていればいいということ、その前にまずマンションの防火訓練の「避難訓練」(外階段を使って駐車場まで避難)だけに参加して、出席を取った後、前もって別の所に置いてあった車に乗って会場に向かいます。そのタイミングで車を正規の駐車場から出そうとすると、そこは消防車が邪魔をしているので出られなくなってしまうことが分かっていましたから、朝早く隣のパチンコ屋に移動してあったのでした。
 旭ヶ丘についてもまだ時間があったので、いつもの広場で軽く練習です。いちおうモーツァルトを全曲通しておかないと不安ですからね。リハがおわったメンバーなどが何人か来てましたね。そして、上の交流ホールに行って、まずはフルートだけのアンサンブルのリハーサル。去年はこの段階でかなりヤバいところがあったのですが、今回はそんなことのないようにしっかり練習をしてきましたから、何の心配もありません。
 そして、別のグループを挟んで、モーツァルトのリハです。結果的に、D-durの全楽章をやることになっていたので、参加グループの中での最長の演奏時間になってしまいました。練習の時にはそんなに大変だとは思わなかったのですが、リハとはいえ周りに聴いている人がいるとなんだか余計なところに力が入って、すぐにばててしまいますし、なんてことのないところでミスをしたりして、こうなるとただの「ヘタな人」になってしまったな、という気がしてしまうほどの演奏になってしまっていました。恐ろしいですね。ここで、第2楽章には休むところが1ヵ所もないことに、ハタと気が付きました。今までそんなことはなかったのに、もう楽章の後半は全く初心者以下のアンブシャーになってしまいましたよ。
 それから、あわてて買っておいたパンをその場で食べて、本番に臨みます。出番は最後近くですが私は最初から写真を撮らなければいけませんからね。去年も思いましたが、みんな本当に素晴らしいですね。もちろん上手なんですが、それが高い次元で音楽になっているという感じが、間違いなく伝わってくるものばかりですよ。こうなると、私の演奏なんかがこんなところで披露できるものなのか、自信が全くなくなってきます。
 本番はモーツァルトの方が先、さっきのようなふがいのない演奏にはならないように、適度に緊張感をもって臨みます。それでも2楽章はちょっと怖いので、極力無駄な力は使わないように、伸ばすところは早めにブレスを取ってひたすら休むことだけを考えていました。まわりの人たちもちゃんとついてきてくれていますし、全体の演奏に破綻はないはずです。まるで本当のコンサートのように、楽章の間の拍手も起きず、とうとう最後まで一気に演奏してしまいました。
 そのあとは、フルートだけの「くるみ割り人形」。私のパートから始まる曲だったのに、2つ目で一瞬メガネがずれて楽譜が読めなくなり、別の音を出してしまうというハプニングがありましたが、まあまあ大事故もなくいったことでしょう。
 打ち上げは、久しぶりに料理がとてもおいしいところでした。最初の冷しゃぶが絶品、これだったら期待できるな、と思っていたら、ここの専門である焼き鳥が期待通りのおいしさ、さらに、厚揚げなどというサプライズまで。これは、定義山にはかないませんが、なかなかでした。演奏についても、お互いに相手を褒めあっているという和やかさ、とりあえず、聴いている人に何らかの印象は確実に与えられたことだけは分かって、ほっとしているところです。
 思いがけなく、モーツァルトの四重奏曲をきちんとやる機会が出来たので、私としてはベストを尽くしたつもりですが、やはり場数を踏まないことには解決できないところもあることを痛感です。たぶん、来年も、こんどはC-durあたりを演奏できそうですから、楽しみです。
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by jurassic_oyaji | 2016-08-22 21:32 | 禁断 | Comments(0)
GRIGORJEVA/Nature Morte
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Conrad Steinmann(Rec)
YXUS Quartet
Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
Theatre of Voices
ONDINE/ODE 1245-2




エストニア・フィルハーモニック室内合唱団の新しいアルバムが出ました。指揮をしているのが、かつての首席指揮者のポール・ヒリアーです。彼がそのポストにあったのは前任者のカリユステから引き継いだ2001年から2007年まで、意外と短かったのですね。2008年からはダニエル・ロイスが後継者になったというところまでは知っていましたが、2014年からはラトヴィア人のカスパルス・プトニンシュという人に替わっているのだそうです。
今回のアルバムは、エストニアの作曲家ガリーナ・グリゴリエヴァという、初めて名前を聞く人の作品集です。6曲収録されているうちの5曲までが合唱曲、あとの1曲はリコーダーのソロのための作品です。1962年にウクライナに生まれ、1992年からエストニアに住んでいるというグリゴリエヴァは、写真で見ると名前に似ず(ガリグリゴリ)とてもソフトな感じの女性です。
それを聴く前に、このCDにはエンジニアとしてプレベン・イワンの名前がクレジットされていたのには驚いてしまいました。まさか、このレーベルで彼の名前にお目にかかれるとは。デンマークのDACAPOレーベルでの数々の名録音ですっかりファンになってしまったこのエンジニア、特に合唱にかけては裏切られたことはありませんから、とても楽しみです。そこで、まずCDで最初の曲を聴き始めたのですが、録音会場が教会だったために、ものすごい残響を伴った音でした。もちろん、それはイワンの狙ったことなのでしょうが、そんな残響の中でもくっきりと浮かび上がってくる合唱はとても魅力的でした。ただ、やはりCDの限界も見えてしまいます。なぜSACDにしなかったのでしょう。確かに、このレーベルでは最近のリリースを見ると以前SACDで出していたアーティストでもCDになっていたりしますから、もうSACDには見切りをつけたのかもしれませんね。なんともったいない、と思ってさるハイレゾ配信サイトを見てみたら、ちゃんと24/96のハイレゾ音源がリリースされているではありませんか。せっかくの録音なのですから、CDで聴くのは時間の無駄、即刻ハイレゾをダウンロードしてしまいました。ハイレゾ音源は、もちろんCDとは比べ物にならない、素晴らしいものでした。合唱の声の瑞々しいこと、残念ながら、これだけはCDで味わうことはまずできません。HARMONIA MUNDIのように、CDでリリースしたものでも、自社のサイトでハイレゾ音源を無料でダウンロードできるようなところもあるのですから、他のレーベルもそれを見習ってほしいものです。
そんな、最高のコンディションで聴くことが出来たグリゴリエヴァの作品には、写真で見る外観からは想像できないようなエネルギッシュな音楽が詰まっていました。最初の「Svjatki」という、ロシアの暦でクリスマスの時期を表わす言葉をタイトルにした6曲から成る曲集は、彼女の学生時代から追及していたテーマ、民族的な素材を、そのまま使うのではなく彼女の語法で再現するという手法が結実したものです。そこからは、大地に根付いた叫びと同時に、懐かしさのようなものがじわじわと感じられてきます。女声合唱だけで歌われる曲でも、とても暖かい情感が聴かれます。
次の「Salva Regina」という、弦楽四重奏と4人の重唱による作品は、うって変わってペルト風の作風が前面に押し出されたものです。最近の曲では、この路線が貫かれているようで、最後に収録された2012年の作品「In paradisum」などは、まるでバーバーの「Agnus Dei」(つまり、弦楽のためのアダージョ)のようなテイストです。男声だけによる2011年の「2部作」なども、静謐の極致。地を這うようなベースの凄いこと。しかし、2008年に作られた3曲から成る「Nature Morte」の1曲目では、まさに「現代音楽」という尖がった手法が見られるのが、興味深いところです。
さらに、ルネッサンス・リコーダーによる「Lament」では、信じられないような超絶技巧が満載、エンターテインメントとしての味さえ感じられます。

CD Artwork © Ondyne Oy
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by jurassic_oyaji | 2016-08-20 20:36 | 合唱 | Comments(0)