おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2016年 10月 ( 26 )   > この月の画像一覧
子孫ではないようですね
 最近「バッハ」さんがニュースを賑わしていますね。あの「JSバッハ」や「CPEバッハ」、あるいは「PDQバッハ」あたりの末裔かなんかなのでしょうか、「IOCバッハ」さんは。きっと、フルネームは「インゴ・オットー・クリスティアン・バッハ」あたりなんじゃないでしょうか。
 そんなこととは関係なく、先日の「ラジコ」があまり調子が良くない件について、一応メールで先方に「何とかなりませんか?」というようなことを書いて送っておきました。もちろん、それに対して回答なんかが来ることは全く期待はしていません。別件ですが、地下鉄のエレベーターの件でやはりメールを出したのに、いまだに何の返事もありませんからね。でも、一応気持ちだけでも届ければそのうちアップデートに反映されるかもしれませんから。ところが、しばらくしてその回答が来てしまったではありませんか。そういうところもあるんですね。
 それによると、まずはiPhoneの中で動いている他のアプリを全部閉じてみろ、という指示がありました。ホームボタンを押したり、さらに電源を切ったりしただけでは、アプリはまだ開いたままなんですって。もう3年も使っているのに、こんなことも知らなかったんですね。確かに、ホームボタンをダブルタップしてみると、どっさり稼働中のアプリが現れましたよ。今まではこんなに無駄に開いたままにしていたんですね。ですから、それのせいでアプリによっては動きにくくなることもあるのだそうです。
 これを上にスワイプすると、やっとアプリが閉じるんですって。それをやって空っぽにして、「ラジコ」を開いてみると、確かにサクサク動き出したような気にはなりました。でも、やはりしばらくするとなんだか止まってしまいます。ですから、そんな時は、さっきのようにダブルタップした後にスワイプしてアプリを閉じた後、再度開けばまた復帰するんですって。まあ、なんとかこれでしのげるでしょうが、やはり根本的なバグはなくなっていないのでは、という気がします。早いとこ、アップデートしてほしいものです。せっかく回答してくれたのですから、あと一歩頑張ってくださいね、ラジコさん。
 おとといはサイト更新がお休みの日だったので、ニューフィル向けのページを新しく作っていました。このたびニューフィルに復帰したNさんが、打ち上げで撮った楽しい写真を届けてくださったので、それを組み合わせてちょっとほかの人には見せられないような写真集を作ろうという企画です。名付けて「禁断の写真館」。ウェブの「ロールオーバー」という機能を使って、写真にポインターを置くと別の写真に変わる、というのがミソです。まあ、ですから、たくさん撮った写真で同じ人が別のポーズをとっているのを集めて、それをロールさせる、というのが今までのやり方でした。たとえば、Nさんが持ち込んだパツキンのヅラをかぶらせて、素顔と重ねる、とか。
 ただ、今回の打ち上げの会場は、非常に狭いところだったので、写真一つ撮るにもたいへんでした。ですから、なかなかそういう組み合わせで作るだけの十分な素材が集まりそうもありませんでした。そもそも、みんなごく普通の顔をして、お面やヅラなんかを付けている人は誰もいませんでしたからね(そんなのを持ち込む人がいなかっただけですが)。ところが、そんな中に1枚だけ、とっておきの変顔を披露してくれている人がいたのです。せっかくなので、それを使わせていただくことにしましたよ。顔の部分だけを抽出して、それをほかの人の写真の上に貼り付けたものを作れば、ポインターを載せた時点でその人が変顔にかわる、という仕掛けです。
 ちょっとやりすぎたかな、という気もしますが、これでHさんの思い出は永遠にサイトに残せたな、ということで、なにとぞご勘弁を・・・。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-19 21:24 | 禁断 | Comments(0)
RILEY/In C, Sunrise of the Planetary Dream Collector
c0039487_20544251.jpg


Ragazza Quartet
Slagwerk Den Haag(Perc)
Kapok(Jazz Trio)
CHANNEL/CCS 37816




まず、このパッケージが秀逸。インフォの写真では文字情報も入っているようになっていますが、現物はこれだけ、写真では何のことか全然分からないでしょうが、これを実際に手に取ってみるとその意味が分かります。



CD本体が入ったデジパックがさらに筒状のカバーの中に入っているのですが、そのカバーには斜めに細いスリットが無数に入っています。その中でこのデジパックを動かすと、こんな風に「モアレ効果」で大きな波が動き出すのですね。

「モアレ」というのは、30過ぎではなく(それは「ハダアレ」)「ミニマル・ミュージック」を語るときによく使われる言葉、それを、このパッケージで実際に体験できるということなのです。こればっかりは音源配信では全く伝わらないでしょう。
これは、その「ミニマル・ミュージック」の代表的な作曲家テリー・ライリーの、まさに代表的な作品「In C」が収められたアルバムです。1964年に作られたこの作品の楽譜には、53個のメロディの断片が書きつけられているだけ、それぞれは、最も短いもので半拍(十六分音符2つ)、最も長いものは休符も含めて32拍もあります。それを、任意の楽器を演奏する任意の人数のメンバーが、それぞれ最初から順番に、あるいは途中を飛ばしたりしてそれぞれの断片を好きなだけ繰り返す、というのが「ルール」です。この「楽譜」はIMSLPでも公開されていますから、探してみてください。
今回のCDのアーティストは、オランダの巨乳の女性ばかりの弦楽カルテット「ラガッツァ・カルテット」。これまでにこのレーベルから2枚のアルバムをリリースしていますが、それぞれにとてもユニークなアプローチが評判を呼んでいたようです。今回はライリーの作品が2曲取り上げられていて、そこに他の団体も参加しているというのが、やはりユニークさを際立たせています。その「他の団体」というのは、「デン・ハーグの打楽器奏者たち」という4人のメンバーによる打楽器アンサンブルと、「カポック」という名前のジャズ・トリオです。「トリオ」とは言っても、オーソドックスな編成ではなく、なんとホルンとギターとドラムスという、こちらもユニークなメンバーが集まった団体です。ですから、このアルバムの本当のタイトルは「Four Four Three」という、それぞれの団体の人数を羅列しただけというとてもシンプルなものでした。
「In C」では、「Four」と「Four」、つまり、弦楽四重奏に打楽器が加わった編成で演奏されています。そもそもライリーが指定した「音」は、その楽譜にあるフレーズだけですが、もちろん打楽器の中にはマリンバなども含まれていて、そこではきちんとそのフレーズが演奏されているものの、ここでは「リズム」としての参加が目立っています。もちろん、それは単なるメトロノーム的なパルスではなく、それ自身がライリーの指定を超えた自由なフレーズを作り上げているという、とても積極的な関わり方です。
ラガッツァ・カルテットのメンバーも、彼女たちの楽器だけでなく、「声」まで動員して、フレーズに彩りを添えています。それが、とても正確なソルフェージュなのには、感心させられます。こんなのを聴くと、合唱だけで「In C」を演奏したくなってきますね。
久しぶりにこの「古典」(実は、初演から半世紀経っています)で、「モアレ効果」を体験してみると、同じ「ミニマル」とは言っても、もう一方の雄、スティーヴ・ライヒとは根本的なところで音楽の意味が異なっていることに気づきます。そもそも、あちらは楽器も、そして楽譜も厳格に指定されていますし。
もう1曲は、1980年にクロノス・カルテットのために作られた「Sunrise of the Planetary Dream Collector」。この頃になるとライリーの作風もだいぶ変わってきて、これは北インドの民族音楽が素材となっています。これも、ホルンやコルネットが入ったジャズ・トリオとのコラボで、クロノスのものとは全く別の世界が繰り広げられています。

CD Artwork © Channel Classics Records bv
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-18 20:58 | 現代音楽 | Comments(0)
打ち上げの料理は少なすぎ
 10月15日土曜日、いよいよ「井﨑劇場」の開幕です。もう泣いても笑ってもこれしかないという最後のリハーサル(ゲネプロとも言う)は、逆順ということで私がトップを吹くマーラーから始まりました。ただ、その前日の練習で初めてハープが入ってからというもの、何かと不安が付きまとっていた私でした。別にそのハープ奏者が悪いわけではなく、いつもと違う音が入っていたので戸惑ってしまったのですね。さらに、わたしのどソロの時に、指揮者は今までやったことのないチェロパートへの大げさな指示などを始めましたから、その時点でほとんど「パニック」状態になってしまいましたよ。こういうことに瞬時に対応できなくなったということが、もしかしたら「老化」の始まりなのか、などという不安がよぎります。結局、ソロのところでは全く自信のないままに入ったりしたのですが、それが正しいところだったのかどうかも分からないというひどい状態でした。こんなことで、本番が吹けるのでしょうか。
 そんなことにはお構いなく、井﨑さんはまさに「マーラー・モード」丸出しでメンバーに前に現れました。
 裏もこんな感じ。よくぞこんなものを用意してくれたものです。
 実は、最初の「表」の写真は、私の席から真正面の位置にいた井﨑さんに、堂々とiPhoneを向けて撮ったものです。そうしたらすかさず、「このタイミングで写真ですか」と突っ込まれてしまいましたよ。それで、小心者の私の腕が震えて、ちょっとピンぼけになってしまいました。ですから、マーラーのリハーサルが終わったあとのシューベルトの時に、今度は普通の使い慣れたデジカメで打楽器の位置からちゃんとした写真を撮りました。これで、表と裏が完璧に揃いました。
 何のことはない、リハーサルの間中、前日のパニックは何だったのかというほど、リラックスして吹けましたね。それがこのパフォーマンスのお蔭だ、などと安直なことは言いませんが、こういう心のつかみ方を見せてくれたのは井﨑さんが初めてでしたね。本番は、適度の緊張を保ちつつ、最大限の力を発揮させてやろうという気持ちは間違いなく起きていたでしょう。それが実際の演奏に現れたか、というのを判断するのは、お客さんです。私の知ったことではありません。それにしても、本番のステージは暑かった。
 リハでも写真は撮っていましたが、本番でもシューベルトは降り番なので客席まで行って写真を撮ることにしていました。その前に、まずステージ裏で各パートの集合写真を撮っておいて、演奏が始まる前に2階席でスタンバイです。その時点でここはほぼ満席、そして前まで行って下を見ると、こんな感じ。今回もチケットの売り上げは必ずしも芳しくなかったのですが、そこそこ入っています。やはり、ニューフィルの固定客みたいな層がしっかり出来上がっている感じですね。やはり、恥ずかしい演奏なんかできないな、という気持ちが強くなります。
 これを撮って後ろに戻ってきたら、大きな声で「〇〇さ~ん」なんて声で私を呼んでいる人がいます。それは、今来たばかりのOさんご夫妻。そういえばチケットをあげてあったのでした。もちろん私はステージ衣装姿でしたから、「なんでこんなところに」という感じだったでしょうね。さらにもうお一人、元ニューフィルのメンバーにも遭遇。
 このシューベルトも、こうやって客席から聴いていると、出だしの低弦のフレーズがとても「明るく」聴こえました。このあたりに、井﨑さんのキャラクターが反映していたのでは、と、思ってしまいましたね。
 実は、マーラーのステージは降り番の人が全然いないと思っていたので、お友達のお友達に、とりあえず何枚か座席から撮っていただけるように手配をしていました。でも、実はお一人だけ、写真を撮ることだ出来るメンバーの方がいたのです。そこで、急遽カメラをお預けしたいと申し出たら、いとも心よく引き受けていただいて、たくさんの貴重なショットが手に入りました。
 そのほかに、たまたま2階席最前列の真ん中に座ったメンバーのご家族がいらっしゃって、その方が撮られた写真も多数入手できました。これで、今回もバラエティあふれる写真集が出来上がるのではないか、という予感です。これはいずれ全部集まったところでアップします。
 そのほかに、このところずっとやっているハイレゾ録音も、うまくできました。「うまく」というのは、私のレコーダーではハイレゾ(24bit/96kHz)で録音していると、ファイルが一定の大きさを超えると、そこで新たにファイルが作成されてしまうという迷惑な機能が付いているために、1時間を超えるとそこで別のファイルに移ってしまうので、あとでその部分をつながないといけないのですが、今回はうまい具合にマーラーの交響曲が終わって、拍手をしている間にその「新規ファイル」が出来て、そのあとアンコールはしっかり頭からその新しいファイルの中に入ってくれた、ということです。おかげで、拍手をカットするなど編集作業は、演奏会が終わって打ち上げが始まる前に終わってしまいましたよ。ですから、これはすでに掲示板からリンクされるところにアップしてあります。
 その打ち上げは、なんだか変な会場で、狭いうえに入り組んだ造りだったので、人の流れが澱んでしまって反対側にいる人の顔すらよく分からない状況でした。恒例の、指揮者を囲んでの集合写真も撮れず、なんか残尿感がありましたね。こうしてみると、今まで使っていたあの中華料理店は、得難いスペースだったのですね。
 ついさっき、WさんからBDが届いたので、きのうの余韻に浸っているところです。三次会が終わって、「お世話になりました」と去って行ったHさんの姿が、さびしかったです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-16 22:34 | 禁断 | Comments(0)
ORGANISM
c0039487_00274264.jpg




Terje Winge(Org)
2l/2L-123-SABD(hybrid SACD, BD-A)




このレーベルでは、今まではもっぱら合唱曲を中心に楽しんできましたが、実はずっとオルガンの録音も聴いてみたいと思っていました。おそらく、これまでもオルガンを録音したものは出ていたのでしょうが、今回のような大々的に「オルガン」を前面に出したアルバムには始めて出会えました。ただ、この「ORGANISM」というタイトルを「ORGASM」と見間違えて、ちょっと恥ずかしくなってしまいましたけどね。
録音されたのは、ノルウェーの西側に面した島にある港町、オーレスンにある教会です。そこはオーレスンでは最初に建設されたという三角屋根の古い教会で、外側は石造りですが、内装は天井に木が使われていて、なかなか鄙びた雰囲気を醸し出しています。ここにはオルガンが2台設置されています。祭壇に向かって左側のバルコニーにあるのが、1909年に最初に作られたオルガン。これはそもそもはストップが22という小振りのクワイヤ・オルガンでした。
しかし、1940年に教会に多額の寄付があったため、祭壇の向かい側に新たにJ.H.ヨルゲンセンによって、70のストップと4段の手鍵盤を持つ大きなオルガンが設置されます。その時に、このクワイヤ・オルガンは、ファサード(外側のケースで、この楽器の場合は音の出ないパイプで飾られている)だけを残して、オルガン本体は売り払われてしまいました。いや、この大オルガン自体も、第二次世界大戦中は別の場所に保管されていたのだそうです。
戦争が終わった1945年に、大オルガンは元通りに教会の中に設置されます。その時点で、これはノルウェー国内では3番目に大きなオルガンでした。それからは、教会の礼拝の時に演奏されるだけではなく、ラジオ放送やレコードで多くの人に聴かれるようになりました。
さらに、2009年までに、オーストリアのリーガー社によって、大幅な修復が施されます。その際には、空っぽだったクワイヤ・オルガンにも新たにパイプとコンソールが設置され、この教会のオルガンは94ものストップ(パイプ数は8000本近く)を持つ、国内で最大の楽器の一つとなったのです。

写真で見る限り、この大オルガンのアクションはマニュアルではなく電気アクションのようですね。ですから、もしかしたらクワイヤ・オルガンとも連動して、同じコンソールで演奏できるのかもしれません。それを確認するためには、サラウンドで聴いてみればいいのでしょうが、あいにく2chの環境しかないので、それはかないません。オリジナルの録音は「9.1 Auro-3D」という、全部で10のチャンネルを使うもので、録音用のメインのアレイには下に5本、上に4本のマイクがそれぞれの方向を向いてセットされています。これで、「高さを立体的」に表現できるのだそうです。
でも、この録音の凄いところは、そんな大げさな再生装置ではなく、たった2chでも十分に距離感、そして「高さ」までが感じられてしまうということでしょうか。もちろん、それはほんの些細なこと、それよりも、今まで聴いてきたオルガンの録音ではほとんど体験できなかったことなのですが、オルガンが「機械」ではなく「楽器」として聴こえてきたのには、感動すら覚えてしまいました。もしかしたら、天井が木の板で出来ていることで過剰な反響がうまい具合に減っているのでしょうか、金属のパイプから生まれた音は、とてもまろやかにミックスされて耳に届いているようでした。
演奏されているのは、シェル・モルク・カールセン、トリグヴェ・マドセン、シェル・フレムという、いずれも1940年代に生まれたノルウェーの作曲家の作品です。それぞれに、オルガン音楽の伝統をしっかり受け継ぎながら、現代でも通用するような確かな語法を持ったものです。特に少ないストップでしっとりとした情感を歌い上げる部分が心に染みます。日本で学んだこともあるというフレムの作品で、お琴の調律法である「平調子」のスケールが用いられているのも、懐かしさを誘います。「フロム・ジャパン」ですね。

SACD & BD-A Artwork © Lindberg Lyd AS
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-16 00:39 | オルガン | Comments(0)
チケットはけっこう売れてました
 おとといiPhoneにインストールした「ラジコ」ですが、なんだか調子が良くありません。何度か聴いていると、いつの間にか「データの採取に失敗しました」みたいなメッセージが出てどうしようもなくなったり、ほとんどフリーズしてしまったみたいに、全く操作が出来なくなってしまいます。それがあまりにひどいので、一応OSも最新のものに変えてみようと思いました。最近は、ほとんどアップデートをしないようになっていますから、もうOSも「10」なんてのになっていましたね。前にアップデートを行った時のことなんかはすっかり忘れていましたから、とりあえず「設定」に行ってみたら、もうダウンロードは終わっていて、あとはインストールするだけだということになっていました。それだったらそんなに時間がかからないだろうと、軽い気持ちでインストールを始めたら、その間は電話もメールも使えない状態になってしまいました。確かに、前もこんな風になったのでした。ですから、何も用事がない時にやらなければいけないことだったことに、気づきました。
 実は、それを始めたのはそろそろ帰宅しようかな、という時でした。それが、昨日は愚妻が街に出かけていて、帰りに地下鉄まで迎えに来るように電話をよこすことになっていたのですよ。そのインストールをしていた時間帯は、まさに、愚妻からの電話がかかってくる可能性が極めて高い時だったというのに、私のiPhoneは携帯電話としての機能が剥奪された状態だったのですよ。これには焦りましたね。私に電話をかけてもつながらないでしょうから、もう怒り狂っているはずです。機転を利かせて職場にでも電話をかけてくればいいのですが。
 そんな、焦る気持ちをあざ笑うかのように、インストール表示のバーはなかなか進みません。このペースで行ったら、いったい終わるのはいつになるのやら。そうしたら、半分を過ぎたあたりで急にペースが上がって、それからは見る見るうちにバーが進み、インストールは終わってしまいましたよ。これで一安心、と思ったら、なんだか「パスコードを設定してください」という指示が出ました。もしかしたら、これはキャンセルできることだったのかもしれないのですが、なんせ急いでいましたから、早く終わらせようと適当にその設定をしてなんとか使えるようにしてみたら、そのパスコードはスタートさせる時に毎回必ず入れなければいけないものだったのですね。今まではただスライドさせるだけでよかったものが、いちいちこんなことをやらされるようになるなんて。まあ、一番簡単な「4ケタの数字」を選択していたのが、不幸中の幸いでした。
 それで、着信履歴などをチェックしてみたら、まだ誰からも電話は来ていないようなので、ホッとしましたね。しばらくして本当に電話がかかってきたので、最大のピンチは回避することが出来たことになります。
 そんな思いまでしてOSをアップデートしたのですが、ラジコの調子はほとんど変わりません。何事もなく動いているようにも思えるのですが、やはり途中で操作が出来なくなったりしますから、これはやはりアプリのバグなのではないでしょうかね。おそらく、あちらもまだ慣れないことなので、戸惑っているのでしょう。
 そして、今日はいよいよ定期演奏会の前日、本番会場での練習となりました。この日のために、私はあたらしい「かいほうげん」を作って持ってきたのですが、当初の予定とは大幅に違う内容のものになってしまいました。原稿を依頼していた方のうちの一人が、あまりに多忙で締切に間に合わなかったのですよね。それが分かったのが月曜日のことでしたが、まあそんなこともあろうかと予備のネタも用意してあったので、予定通りに印刷を仕上げることが出来ました。あとは、会場に少し早目に着いたので、プレイガイドで精算をしたりと、いろいろ雑用をこなして、これで練習がいつも通りにできれば完璧だったのですが、そこが本番会場の罠、とんでもないところで小節の頭が分からなくなってしまって一瞬パニクってしまいましたよ。ですから、明日はそれも想定して臨めば、いつものような本番になることを期待するだけです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-15 00:09 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/Le Nozze di Figara
c0039487_21582983.jpg
Luca Pisaroni(Figaro), Christiane Karg(Susanna)
Sonya Yoncheva(Contessa), Thomas Hampton(Conte)
Angela Brower(Cherubino), Roland VIllazón(Bartolo)
Yannikc Nézet-Séguin/
Chamber Orchestra of Europe
DG/00289 479 5945




DGのモーツァルト・オペラのセミ・ツィクルス、順調に回を重ねて4作目となりました。全7作の予定ですから、ちょうど折り返し点ということで、これから場踏ん張りどころ、何か問題があれば今のうちに修正しておいた方が良いという時期ですね。
このプロジェクトが始まった時の告知では、指揮者がネゼ=セガンだということ以外は決まっていないような感じでしたが、今回のブックレットを読むと、「ネゼ=セガンとヴィリャゾンのプロジェクトだ」と書いてありました。これには驚いてしまいましたね。確かに、これまではキャストはほとんど重なることはなかったのに、なぜかヴィリャゾンだけが全ての演目で歌っていたので変だとは思っていたのですが、そういうことだったとは。
幸いなことに、今回の「フィガロ」ではテノールはあまり活躍しません。一応第4幕にアリアがあるのですが、実際のステージではその前のマルチェリーナのアリアとセットでカットされることが多くなっています。さる指揮者のご意見では、この2曲は「ほんとうにつまらない」からなのだそうです。とは言っても、やはり最近の原典主義の流れの中では、きちんと全曲演奏されるようになっていますから、このCDでもヴィリャゾンは歌っていますが、そんなものは慣例に従ってスキップしてしまいましょうね。
ただ、それ以外のアンサンブルでは何か所かの出番がありますから、そこではもう彼の異質なキャラの歌がはっきり聴こえてしまいます。困ったものです。ヴェルディやプッチーニだったら少しは我慢できるのかもしれませんが、モーツァルトでこういうことをやられると、どうしようもありません。
ですから、このシリーズの残りの3つの作品では彼がイドメネオとタミーノとティトゥスを歌うことなのでしょうが、それはいくらなんでもちょっとヤバいのでは。今ならまだ間に合います。どうか、そんな無茶なことはやめてください。というか、せっかくだから最後まで付き合ってやろうと思っていましたが、そういうことだったら、もうこれでお別れにしてもいいかな、と思い始めていますから。
メインキャストでは、ハンプソン以外の人はここで初めて声を聴きました。最近は、どんどんフレッシュな人が活躍を始めていますから、付いていくのが大変です。特に、伯爵夫人のソーニャ・ヨンチェヴァはいい感じでしたね。ありがちなちょっと重ためな声ではなく、とても若々しいすがすがしさに惹かれます。スザンナのクリスティアーネ・カルクと、ケルビーノのアンジェラ・ブラウアーも、やはり素直で軽快な歌い方が心地よく感じられます。こんな素晴らしい人がいくらでもいるのに、なぜヴィリャゾンなんかにこだわっているのか、本当に不思議です。
そして、オペラ全体を支えていたのが、いつものように思いっきりピリオド感を前面に押し出したネゼ=セガン指揮のヨーロッパ室内管です。もちろん、やはりいつものようにジョリー・ヴィニクールのフォルテピアノによる通奏低音が奏でる即興的なパッセージが、ここそこに新鮮な味を演出していました。
それと、合唱が素晴らしかったですね。これは、コンサート形式のメリットでもあるのでしょうが、芝居をしたりせずにオーケストラの後ろにきちんと並んで歌っていますから、本来の力が更にしっかり発揮できています。
そんな中で、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターがマルチェリーナというのも、やはり時代の流れなのでしょうか。写真で見ると、まるで魔女のようになってしまった彼女にとっては、もはや第4幕のアリアは荷が重いものになっていたのでしょう。
いつものことですが、これはコンサートのライブなので、お客さんの笑い声などはしっかり入っているのに、最後の拍手だけはきれいにカットされています。それがとても唐突に思えます。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-13 22:02 | オーケストラ | Comments(0)
らじる★らじるもインストールしました
 いつも車ではラジオをつけっぱなしにして、ほとんどFM仙台を聴いていますが、最近やたらと「ラジコ」という言葉が聴こえてきます。つい最近、そのようなサービスを始めたのだとか。インターネット経由でスマホでもラジオが聴けるというものなのだそうですが、何をいまさら、という感じでした。というか、そういうものにはもうすでにこの放送局も参加していたはずです。ドコデモFMとか。でも、それは有料のようですが、ラジコの方はどうやら県内で聴く分には無料のようですね。さらに、昨日あたりからは、以前放送した番組を自由に選んでもう1度聴くことができるようなサービスも始まった、というのですね。もちろん無料で。そういうことであれば、ちょっと食指が動きます。
 実は、ちょっと前まで、この放送局で放送されていた山下達郎の番組は、毎回欠かさず聴いていました。ただ、それはリアルタイムではなく「留守録」で聴いていたんですね。自宅だとまずその時間は家にはいないし、たとえいても、もはやまともにFMを聴くことが出来ないような環境になっていますからね。それで、職場で、大昔のFMチューナーと、留守録用のタイマーを組み合わせてMDに録音するという、もはやほとんど見られないようなシステムで録音したものを聴いている、という状態がずっと続いていたのです。それが、最近は、チューナーが悪いのか、電波状態が悪いのか、あるいは、これも昔ながらのフィーダー線で作ったアンテナが悪いのか、とてもひどい音でしか録音できないようになっていました。そもそも、ステレオで受信すると感度が落ちるので、モノラルにしていたぐらいだったのに、なんせダイヤル式のチューナーですから、チューニングも狂ってきたりして、ノイズが多くてとても聴いてられない状態になっていました。いや、もはやノイズしか聴こえてこないようなときもありましたね。
 ですから、もうこれは使い物にならないと分かったのですが、それ以外の方法が見つからないので、結局聴くのをやめてしまいました。いや、タイマー付きのラジオ、みたいなものもあるようですが、なんともイマイチの仕様のものばかりですからね。
 という状況だったので、今回FM仙台がラジコで聴けるようになって、そこの「タイムフリー」というサービスが使えるとなれば、別に留守録が出来なくても好きな時に聴くことができるようになるじゃないですか。ですから、勇んでiPhoneにアプリをインストールしてみました。
 でも、確かにラジオの音はしっかり聴こえてきますが、肝心の「タイムフリー」の操作が全くできません。そうしたら、「お知らせ」というところに、「PCやアンドロイドでは対応できるが、iPhoneのアプリはまだアップデートされていない」とあるではありませんか。あれだけ大騒ぎして、そういうことだなんて、ちょっとがっかりです。でも、少し経ったら「お待たせしました」と、アップデートの告知があったので、さっそくアップデートしてみたら、もう表示画面がすっかり変わっていて、「タイムフリー」もすぐわかるようになっていましたね。
 それで、さっそく日曜日に放送された達郎の番組を、久しぶりに聴いてみました。
 その中で、達郎は、「48Kで作ったデータを放送局の出力の44.1Kで流したので、ピッチが下がっていた」なんて話をしていましたね。サンプリング・レートのことなんですが、そんなことって、本当にあるのでしょうかね。ただ、FM放送のフォーマットがそんなに立派なものだったとは知りませんでした。でも、それにしては、実際に今聴いている音はあまり良くありません。と思って調べたら、ラジコの場合の出力はAACだったそうで、それならこの程度の音は納得です。でも、ノイズの心配を全くしないで聴けるのは気持ちいいものですね。
 ただ、これは全てのプログラムに対応しているわけではなく、聴けないものもあるようです。
 なぜ達郎が聴けて福山がダメなのか、誰か教えてください。さらに、もう一つ制限があって、同じプログラムは3時間しか聴くことはできないのだそうです。ですから、しばらくしてさっき聴いていた達郎のところに行ってみたら、

[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-12 21:25 | 禁断 | Comments(0)
POULENC/Complete A Capella Choral Works -Sacred music-
c0039487_20570822.jpg




harmonia ensemble
BRAIN/OSBR-33002




記憶が確かなら、harmonia ensemble(ハルモニア・アンサンブル)は2010年の合唱コンクールの全国大会で、初出場でいきなり金賞を取ってしまい、翌2011年にも連続して金賞を取ったあとは、すっぱりと参加をやめてしまったのではないでしょうか。そして、いつの間にか「プロフェッショナルの室内合唱団」になっていたことを、このアルバムのプロフィールを見て知りました。それで、合唱コンクールには出なくなったのも納得です。はるもにあ(去るものは)追わず。
もっとも、この、毎年日本合唱連盟が開催している「合唱コンクール」というのは、ちゃんとした「コンクール」とは似て非なるものなのではないでしょうかね。だって、学生ならいざ知らず、メンバーがずっと変わらない「一般」の合唱団だったら、1回金賞を取ってしまえば、あとはもう参加する必要なんかないはずなのに、毎年毎年出てくるんですからね。
このアルバムは、今年の3月に行われた定期演奏会に先だって、同じプログラムをスタジオで録音したものです。ここではプーランクの1937年の「ミサ」から、1959年の「聖アントニウスの賛歌」まで、無伴奏の混声、男声、女声合唱のために作られたすべての宗教曲が演奏されています。
一応、品番はBRAINからリリースされたCDのものになっていますが、録音を行った「Sound Inn」名義でハイレゾ音源も同時に配信されていましたから、そちらの音を聴いてみました。ただ、それを購入する時に配信サイトに行ってみると、そこには24bit/96kHz PCMと1bit/5.6MHz DSDの2種類の音源が用意されていました。業界では、24bit/96kHzPCMは1bit/2.8MHzDSDと同等だ、というような基準が一般的なようですから、これだとDSDの方が上位のフォーマットになっています。ただ、両者は同じ価格で販売されている、というのがちょっと気になります。良心的なサイトでは、上位のフォーマットではそれ相応の価格が設定されているはずですから、それが同じだということは、どちらかがアップサンプリングである可能性が強くなってきます。何とも判断に苦しむところですね。
それを決めるために、オリジナルの録音フォーマットを知りたいと思ったのですが、どこにもありません。そこで、BRAINの公式サイトのメールフォームと、harmonia ensembleのFacebookページに「教えてください」と投稿したら、しばらくしてほぼ同時に「32bit/96kHzのPCMです」という答えが返ってきました。BRAINなどは直接電話がかかってきましたよ。今まで他のレーベルではこういうことはほとんど無視されていたので、全く期待していなかったのですが、なんという素晴らしい対応なのでしょう。ということは、配信音源はDSDの方がより元のデータに近いものが得られるのでは、という感触ですから、それにしましょう。
DSDで購入したのは、やはり正解でした。参考までに、単売されていたうちの「クリスマスのための4つのモテット」だけPCMでも購入して聴き比べてみたのですが、いくらか音の輪郭がざらついて、輝きがなくなっていましたね。
この録音では、狭いスタジオの写真からは想像できないような豊かな残響が付いているのには驚きました。それでいて声はニュアンス豊かにしっかりと聴こえてきます。音の肌触りなど、ゾクゾクするほどのすばらしい録音です。
ただ、あまりにリアルな音であるために、全体のハーモニーがサウンドとしてあまり溶け合っていないような気がします。プーランク特有のテンション・コードの味が、あまり感じられないのですね。それと、「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り」のフランス語のディクションがちょっとフランス語には聴こえない、というあたりも少し物足りません。でも、以前のアルバムでのプーランクではなんだか借り物のようなところがありましたが、ここでは見事な流れが感じられるものに変わっています。
次回には、教会のような優れた音響の会場で、5.6MHzDSDの一発録りなどに挑戦されてみてはいかがでしょうか。絶対に買いますよ。

CD Artwork © Brain Music
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-11 21:00 | 合唱 | Comments(0)
後半は楽譜を見ていたので、少しホッとしました
 きのうは、日帰りで東京まで小旅行、三鷹まで行ってきました。こんなところです。
 三鷹市芸術文化センター。「風のホール」という名前の中ホールと、「星のホール」という小ホールの2つのホールが入った施設です。「風のホール」は600人収容のシューボックス・タイプ、まわりにバルコニーの付いた音楽専用のホールですが、そこで大学の合唱団の後輩Pくんのリサイタルがあったので、聴きに行きました。Pくんは、私が以前東京まで通って参加していた、その合唱団のOBを中心にした合唱団の指揮者、音楽監督です。合唱指揮者として、その「コール青葉」という合唱団を率いて10年以上東京オペラシティのコンサートホールを満席にするコンサートを続けています。
 彼は、私の2学年下で、新入団員として大学の合唱団に入ってきた時には合唱のセンスとともに、その素人離れしたピアノの腕に驚かされてしまいました。確か、「枯れ木と太陽の歌」を練習していた時に、ちょこっとそのピアノ伴奏を頼まれて弾いたときには、「これはプロだ」と思ってしまいましたからね。それもそのはず、彼は5歳の時からピアノを始めて、一時は音大を目指していたのだそうです。
 でも、結局は普通の大学で私と同じ学部ですから全く音楽の専門とは縁のない道を選んだのですが、ピアノをやめることはなく、就職してもずっと弾き続けていたのだそうです。そして、数年前定年退職をしたのを機に、本格的なリサイタルをやることにしたのだそうです。それも、かなり難易度の高い曲をみっちり2時間演奏する、という、妥協のないものでした。
 今回は3回目となるリサイタルですが、その曲目はスカルラッティのソナタから5曲、バッハのパルティータ第6番、リストのハンガリー狂詩曲第2番、そしてベートーヴェンのピアノソナタ第17番「テンペスト」ほかという、ものすごいもの、もちろん全曲暗譜で演奏するという、どこに出しても恥ずかしくないフォーマットです。
 このホールに入る前には、こんなに長く広々とした廊下があります。とても落ち着いた雰囲気が、まず建物の中に入っただけで味わうことが出来ます。
 ホールは、見ただけで音の良さが分かるような、とても響きのよさそうな素材がふんだんに使われた内装です。本当はバルコニーに座って聴いてみたかったのですが、そこにはカメラなどが置いてあって一般のお客さんは入れないようになっていました。
 椅子もすべてのパーツが木製という、まるで工芸品のような手のかかったものでした。
 Pくんのピアノは、まさにそんな会場全体に響き渡っていました。完全にコントロールされたダイナミクスとニュアンス。それは、それぞれの音楽の持つ情感をとてもロマンティックに表現していました。彼は間違いなく、生涯続けてきたピアノを通して、多くのお客さんの心をつかむという夢をかなえていたのですね。
 実は私も、別のツールで音楽を伝えることができるように、少なからぬ精進をしているつもりでした。でも、それは彼が成し遂げたものには遠く及ばないことにも、気づかされてしまいますね。だから、もう少しだけ彼のレベルに近づけるようになりたいな、と、ほんの少し気持ちを引き締めることが出来ました。それが、ここまで聴きに行って得られた最大の収穫です。
 きのうの東京は雨模様、ちょっと肌寒いお天気でした。もちろん仙台も、帰ってきた時にはひんやりするほどでしたね。確実に冬の足跡が聴こえてきたので、今年は新しく暖かいコートを買ってみようと、今日は1日走り回っていました。そこでタピオにいったら、ミニチュア模型の展示会が開かれていました。こんなのなんか、すごいですね。
 でも、一番受けたのは、さりげなく書かれた「らくがき」です。「イタリヤ コンマ」って、誰も知らないでしょうね。

[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-09 22:30 | 禁断 | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique
c0039487_21330166.jpg



Daniele Gatti/
Royal Concertgebouw Orchestra
RCO/16006(hybrid SACD)




前にも書きましたが、このレーベルの品番は、最初の2ケタがリリースの年、そのあとの3ケタがその年のアイテムの番号となっているはずです。ですから、これは2016にリリースされた6番目のアルバム、ということになります。このレーベルが年間にリリースするものはせいぜい多くて2ケタでしょうから、見栄を張って3ケタも用意しているのかな、と思ったら、最初の1ケタには映像ソフトの時には「1」が入るようでした。それだったら十分に間に合いますね。まあ、1年に多くても10タイトルというのは、作る方にしてもちょうどいいペースなのではないでしょうか。
そんな厳選されたリリースを貫いているRCOレーベルのジャケットデザインが、「地味に」リニューアルしたようです。今までは全体を水平に横切る何本かの帯に演奏情報が記入されていたものが、ここではセンターの正方形の中にまとめられています。これは、このオーケストラの首席指揮者が変わったことを強烈に印象付ける意図が込められたデザイン変更なのではないでしょうか。
これまで11年に渡って首席指揮者を務めてきたマリス・ヤンソンスの後を受けて2016/2017年のシーズンからロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のシェフとなったのは、ダニエレ・ガッティでした。これは、この新しいチームによる最初のSACD、まだ正式に就任する前の2016年3月と4月に渡って行われた3日間の同じプログラムによるコンサートでのライブ録音です。
この、新しい門出を象徴するようなアルバムのリリースでは、SACDだけではなく、DVDとBDという映像ソフト、さらにはLPまでも動員するという力の入れようです。ただ、映像ではコンサートでのすべての演奏曲目が入っていますが、SACDとLPでは「幻想」だけです。LPではそれが2枚組になっていて、かつてのLPには必ずあった。第3楽章の途中で再生を一旦中断してA面からB面に裏返さなければいけないという「欠点」を解消しています。もちろん、外周だけでカッティングを行っていますから、SACDに匹敵する音質も確保されているのでしょう。ついでですが、このアルバムのあたりから、録音フォーマットもそれまでの96kHzからDXD(おそらく384kHz)へとグレードアップしているようですね。
ガッティの演奏は、前任オケであるフランス国立管弦楽団と同時に音楽監督を務めていたロイヤル・フィルとの録音で何種類か聴いたことがあります。最初に聴いたのはマーラーの5番だったのですが、その、聴く者をいつの間にか音楽の中に引きこんでしまう、まるで魔法のような語り口にはとても感心した記憶があります。ただ、その後、一連のチャイコフスキーの交響曲を聴いた時は、曲によってはちょっと疑問を感じるようなところもありました。
今回の「幻想」の演奏も、そんな語り口のうまさが裏目に出てしまっていて、なんとも居心地の悪いもののように感じられます。特に、第1楽章の前半「夢」の部分が、あまりにも作為的過ぎるんですね。気持ちはわかるけど、そこまでやることはないだろう、という感じ、おそらくオーケストラもちょっと嫌気がさしていたのではないか、と思えるほど、全員の気持ちが一つにはなっていないようなアンサンブル上の齟齬を感じる場所が多々ありました。実は、このあたりの演奏について、ブックレットの中のインタビューでガッティはその意図を「詳細に」語ってしまっているのですね。いわば「確信犯」なのですが、結果がこんなものでは興ざめです。
同じインタビューで、第3楽章の冒頭のコールアングレとバンダのオーボエの掛け合いの部分を、ビブラートをかけて演奏していたプレーヤーに指示をしてもっと「ナチュラル」なノン・ビブラートにしてもらった、というようなくだりも、わざわざ他人に話すようなことではないように思えるのですが。というか、最近のオーケストラでは、どこでも同じようなことをやっているのではないでしょうか。

SACD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-10-08 21:35 | オーケストラ | Comments(0)