おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2016年 12月 ( 27 )   > この月の画像一覧
WAGNER/Die Walküre
c0039487_23070859.jpg
Stuart Skelton(Siegmund), Heidi Melton(Sieglinde)
Falk Struckmann(Hunding), Matthia Goerne(Wotan)
Petra Lang(Brünhilde), Michelle De Young(Fricka)
Jaap van Zweden/
Hong Kong Philharmonic Orchestra
NAXOS/NBD0051(BD-A)




トータルの演奏時間は3時間56分18秒ですから、CDでは4枚組になってしまって5,602円なのですが、それがBD-Aでは1枚に収まるので2,483円(いずれも税込希望小売価格)で買えるという、ちょっと納得のいかない価格設定です。いや、BD-Aを聴ける環境にある人はうれしいでしょうが、それと全く同じ内容で格段に音が悪いCDが倍以上の価格だというのが問題なわけでして。まあ、NAXOSですから。
そのレーベルのお膝元、香港フィルが毎年1月に行っている、コンサート形式によるワーグナーの「指環」ツィクルス、前回の「ラインの黄金」に続き、2年目となる今年は「ワルキューレ」の登場です。
香港、あるいは中国全土のオーケストラにとっては初めての挑戦となる「指環」全曲の上演を成し遂げようとしているこのオーケストラは、他のアジアのオーケストラ同様、ヨーロッパ系の外国人のメンバーをたくさん抱えています。ソロのパートを任される管楽器セクションではその比率は非常に高く、フルートなどは全員外国人ですし、金管も、ホルンの3人を除いてはすべて外国人です。
ただ、トゥッティとなる弦楽器では、逆に外国人が少なくなっています。ヴァイオリンなどは、全体で2人しかいませんからね。
このような構成員によるオーケストラですから、前回の「ラインの黄金」を聴いたときの全体の印象としては弦楽器は繊細で管楽器はパワフルだ、というものでした。ですから、ワーグナーではやはり、弦楽器がちょっと非力に感じられてしまっていました。しかし、それから1年後のこの録音では、その弦楽器がかなり頑張っています。まだまだドイツあたりのオーケストラには及ばないものの、例えば日本のオーケストラに比べたらはるかに魅力的なサウンドを奏で始めているような気がします。
ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンの指揮も、そんなオーケストラの長所を最大限に引き出そうと、決して勢いだけには終わらない緻密な表現を心掛けているのではないでしょうか。中でも、ライトモティーフの扱いがとても巧みなので、リブレット(あいにく、BD-A本体には付いていません)を見なくても物語の進行が手に取るようによく分かります。いつもは、ちょっと冗長なところがあるので退屈してしまう第2幕も、ずっと集中して聴いていられましたよ。
録音も素晴らしく、コンサート形式の利点を存分に生かして、ソリストたちの声がとても明瞭に聴こえてきます。そんな中で最もインパクトを感じたのは、ジークムント役のスケルトンです。今まで、宗教曲では聴いたことはありましたが、オペラでは初めての人、一応は「ヘルデンテノール」というカテゴリーに入っているのだそうですが、もっと大きな可能性を秘めているように思えます。正直、「ヘルデン」にしてはあまりに声がきれいすぎて、それほどの力は感じられないのですが、この役の場合はそれがとてもいい方に作用しています。確かに、ジークムントは「英雄」とは言えませんからね。「Wälse!」という叫びなどは、例えばカウフマンなどに比べるとあまりにおとなしいのでびっくりしてしまいますが、スケルトンだとなぜか許されてしまいます。
ですから、ジークリンデ役のメルトンがあまりに立派過ぎるので、この二人の力関係が変わって感じられますが、まあそれもありでしょう。
ただ、ブリュンヒルデ役の、今年バイロイト・デビューを果たしたというラングは、ちょっと勢いだけで歌っているようながさつなところが気になります。発声も、中音と高音の切り替えがうまく行ってないところもありますから、この先どうなっていくのでしょうか。
次回の「ジークフリート」では、メルトンがブリュンヒルデで、タイトル・ロールはサイモン・オニールですって。楽しみです。常連のフリッカ役のデ・ヤングとヴォータン役のゲルネも出るね
これもぜひBD-Aでリリースしてくださいね。

BD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-20 23:10 | オペラ | Comments(0)
オーディオにはグライコまで付いてました
 寒いですね。左足の薬指がしもやけで痒くてしょうがなかったのですが、いつの間にかそれは治っていて、代わりに1本飛ばした人差し指が痒くなり始めました。まあ、別にそれで歩けなくなっり運転できなくなったりするようなことはありませんが。
 とは言っても、これまで乗っていた車では、左足ではサイドブレーキを踏まなければいけないようになっていましたから、あまりしもやけがひどくなれば、運転に支障が出てきたかもしれません。いや、11年前にその車に乗った時には、サイドブレーキがなくなったので、シフトレバーまわりがずいぶん広くなったように感じましたし、ずっとサイドブレーキを足で踏んでいたら、そんな習慣が付いてしまっていましたから、新しい新車でまた昔ながらの「手」で操作するサイドブレーキだったのには、驚きましたね。まあ、そのおかげで、オートマチック車ならではの、右足だけでの運転がまた復活して、別に左足は何の用もなくなってしまったのでした。
 ただ、オートマとは言っても、その右足では2種類のペダルを操作しなければいけませんでした。走っている車のスピードを緩めるためには、アクセルを離してブレーキに踏み変えなければいけません(それが出来なくなると、大参事を招くことになります)。曲がりくねった道などは、その踏み変えが頻繁に行われるようになり、いつしかそれも習慣として身についてしまいます。ところが、新しい新車では、極端な話、全くブレーキペダルを踏まなくても運転が出来てしまうのですよ。つまり、この車の場合は、アクセルペダルを緩めると、今までモーターとして回っていたものが発電機に変わり、そこに負荷が生じて、その力によって減速する、という仕組みになっているのですね。
 その様子は、実際にメーターで目に見えるようになっていました。アクセルを緩めてブレーキがかかった状態になると、このゾーンのタイヤのマークから青いバッテリーに向かって青い矢印が動くようになるのです。つまり、普通の車はブレーキペダルを踏むことによってタイヤに摩擦力をかけ、運動エネルギーを熱エネルギーに変換させて、その結果減速されるのですが、ここではその熱エネルギーを発電のエネルギーに変えているのですね。
 最初に試乗した時などは、その減速の程度がなかなか理解できなくて、急に止まったりしてしまったのですが、おとといから3日間乗っているうちに、だんだんその微妙なペダルの感覚が分かるようになってきました。これを一度マスターしてしまうと、もうブレーキペダルは全く必要なくなってしまいます。アクセルを次第に緩めて、それを戻すだけで目的の場所でピタリと止められるようになるのは、ある意味ものすごい快感です。
 他社のハイブリッド車だと、スピードメーターがデジタル表示になっていたりしますが、この車ではきちんとアナログのメーターになっているのも、いいですね。ただ、真ん中に表示される数値が、今までの車では全く体験したことがなかったものでした。ボタンで何種類かに切り替えるようになっているのですが、一番役に立つのが燃費計です。それが、今走っている状態の燃費と、リセットしてからの平均の燃費の2通りが出ます。まあ、どんな走り方をしていても、今まで乗っていた車の倍にはなっているので、とても気持ちがいいですね。そして、かなり長い坂道を上ったり下りたりしてみると、下り坂ではものすごく燃費が良くなっているのが分かります。それだけブレーキをかけて発電している時間が長くなるので、そういう結果が出るのでしょうね。
 そして、これは本当に未体験だったアラウンドビュー・モニターです。前後左右に付いているカメラの画像を合成して、自分が乗っている車を真上から眺めたような画像を作り出しているのですが、駐車をするときにとても役に立ちます。ソナーも全方向に付いているので、隣の車に近づきすぎるとアラームが鳴ったりして、まるで「2001年」に出てきた宇宙船のドッキングのシーンみたいな体験が出来ます。
 でも、ナビなどは、マニュアルを読む気にならないほど機能が多すぎます。まあ、必要になったらなんとかマスターしようと思うのでしょうが、まだそんな気にはなれません。でも、前回、「エンジンを切っても明かりがついていた」という点は、マニュアルを読んで解決しました。簡単に消すことが出来たんですね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-18 22:04 | 禁断 | Comments(0)
ADAMS/Scheherazade.2
c0039487_20354016.jpg


Leila Josefowicz(Vn)
David Robertson/
St. Louis Symphony
NONESUCH/7559-79435-1




アメリカの作曲家ジョン・クーリッジ・アダムズ(今までは「ジョン・アダムズ」だけでよかったのですが、最近「ジョン・ルーサー・アダムズ」という、似たような名前で似たような作風の作曲家も活躍しているので、ミドルネームが必要です)の最新作です。ニューヨーク・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、シドニー響の3つのオーケストラからの共同委嘱によって作られ、2015年の3月26日にアラン・ギルバート指揮のニューヨーク・フィルによって初演されたばかりの曲が、もうCDになってしまいました。ヴァイオリン・ソロは、初演と同じリーラ・ジョゼフォビッツです。彼女はアダムズの曲を数多く演奏しているパートナーで、この作品でもお互いに意見を出し合って作曲を進めるという共同作業が行われていたそうです。
アダムズが取り上げたモティーフはアラビアン・ナイトの世界です。同じくアラビアン・ナイトを題材とした有名なリムスキー・コルサコフの「シェエラザード」を意識していたことは間違いないのでしょうが、もちろんその作品のコピーでもなければパロディでもありません。全く新しい視点で、現代的な問題意識までも盛り込んで作り上げたのだ、という意志を明確にするために、タイトルは「シェエラザード・バージョン2」。元ネタから大きくアップデートされていることを強調しているのでしょうね。
サブタイトルも付いていて、それは「Dramatic Symphony for Violin and Orchestra」というものです。「交響曲」ということで、全体は4つの楽章から出来ています。そして、その中には「ドラマティック」の要素があるのだぞ、ということを分からせるために、それぞれの楽章には「賢く若い女性のお話-信じていた人たちから追いかけられる」、「宿望(ラブシーン)」、「シェエラザードと髭面の男たち」、「脱走、戦い、聖域」というタイトルが付けられています。これを見ただけで、安直なテレビドラマのシーンが浮かんでくるようですね。もちろん、作曲家としてはこれはあくまで解釈への一つの可能性としての指針を示してるのだ、と思いたいものです。
ヴァイオリンが常にシェエラザード役で登場するのは、リムスキー・コルサコフと同じアイディアですが、アダムズはそれに加えてアラブ世界を想起させるアイコンとして、「ツィンバロン」をフィーチャーしました。「真田丸」に出てくる衣装(それは「陣羽織」)ではなく、ハンガリーが起源で、中東方面で広くそのヴァリエーションを見ることが出来る、言ってみればグランドピアノの弦を叩いて音を出す楽器です。ハンガリーの作曲家コダーイがオペラ「ハーリ・ヤーノシュ」の中で使って、広く知られるようになりましたね。
ここでツィンバロンを演奏しているのは、アメリカの打楽器奏者のチェスター・イングランダー。彼は普通のオーケストラの中の打楽器だけではなく、ツィンバロンのスペシャリストとして知られていて、アメリカ中のオーケストラが、この楽器が必要な時には彼を呼んでいます。
そんな、いかにもアラブっぽいサウンドに導かれて、「交響曲」は始まります。作曲家自身のコメントによるとここではシベリウス、プロコフィエフ、バルトーク、そしてベルクなどの先人の技法が見られるそうですが、確かにヴァイオリン・ソロの書法はベルクのヴァイオリン協奏曲を思わせるものがあります。そして、第1楽章の混沌とした気配はシベリウスでしょうか。第3楽章や第4楽章のバーバリズムや変拍子はバルトークなのかもしれません。しかし、第2楽章の甘い雰囲気を醸し出す和声はもしかしたらメシアンあたりが起源なのかもしれませんし、全体になんとなくラヴェルの「ダフニスとクロエ」のモティーフが顔を出しているような気がしないでもありません。
いずれにしても、他の「現代作品」と同様、この曲が広く世界中のオーケストラで頻繁に演奏されるということは、きっとないでしょうね。

CD Artwork © Nonesuch Records Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-17 20:39 | 現代音楽 | Comments(0)
タイヤ交換には欠かせません
 11月2日に発売された新しい新車に11月5日に試乗して、翌日は色見本を見に行き、それで満足してその翌週には注文をしてしまいました。その時には、納車までには最低1か月半はかかるので、年末ぎりぎりになってしまう、と言われたのですが、それが今日届きました。1ヶ月ちょっとしかかからなかったのですね。だいたい、そういうものは最初は長めに言っておいて、実際はそれより早くなるというのは、営業の基本なのでしょう。早くなって文句を言う人はまずいませんからね。そういえば、この間ドイツに楽譜とCDをセットで注文したら、一番送料の安いものだと1か月かかると言われたものが、10日も経たないうちに届いてしまいましたよ。これなんかは、あまりに早すぎて怖くなってしまうほどです。というか、これだったらそれの何倍もの送料を払っている人とそんなに違わないじゃないですか。私はありがたいと思っても、そういう人は逆に「騙された」と思うかもしれませんね。
 実は、最初に納車の日にちの連絡が来た時には、明日の土曜日を提案されました。なんでも、お休みの日に家族そろって営業所まで行って車を受け取ると、その時には「納車式」というセレモニーをやってくれるそうなのですよ。私が前の車を買った10年前にはそんなことは全然言われませんでしたから、これはそれ以降に広まった風習なのでしょうね。どうやら、営業所のスタッフが勢ぞろいして、写真を撮ってくれたり、花束を渡してくれたりするんですって。まあ、そんな珍しいものなら、一度ぐらいは体験したいと思ったりもしますが、やはりそれはちょっと異常な風景に思えてしまって、お断りしました。というより、営業所に行くより職場まで持ってきてもらう方が、荷物を積み替えたり、積んできた夏タイヤをしまったりと、なにかと便利ですしね。
 ということで、駐車場に並んだ初代ノートと、最新のノートe-POWERです。こうして並べてみると、車のデザインはもろ流行に流されていることがよく分かりますね。最近はライトなどがあちこち尖がった形になっているのが流行なのでしょう。どのメーカーの車でもこんな感じですから、初心者だと見分けがつかないんじゃないでしょうかね。とは言っても、やっぱりかっこいいな、って思ってしまいますね。
 セレモニーをやるぐらいですから、引き渡し自体はそんなに時間はかからないだろうと思っていたら、書類にサインしたり、なんせ今までの車とは全く違う仕組みで動く車ですから、その細かい説明を受けたり、さらにはいろんな危険防止の機能や、それをキャンセルするスイッチのありかの説明とか、結局1時間ぐらいかかってしまいましたね。もし営業所に愚妻と行ってたりしたら、その間散々待たされてブーブー言われたことでしょう。やはり、「納車式」をやらなくて正解でした。
 直前に打ち合わせをした時に、新しい車にはジャッキが付いていない、ということが初めて分かりました。というか、必要な人はオプションとして別途購入しなければいけないのだそうです。そんなものは最初から当然付いているものと思っていましたから、全く気にも留めませんでしたよ。もちろん、営業の人も何も言いませんでした。ですから、そこは、前の車についていたジャッキをそのまま使ってもいいよ、ということで話は付きました。後でオプションのカタログをよく見てみたら、「その他のパーツ一覧」という表の中に、確かに、「ジャッキ7,636円」と、本当にに小さな字で書いてありましたね。もちろん、「その他」ですから写真なんかもありませんから、誰も気が付かないでしょうね。
 新車には、他の工具(クランクとボックススパナ)は付いていて、そのためのスペースもトランクの床下にちゃんとあり、さらにジャッキが入るスペースもちゃんと用意してあるのに、それがオプションだというのですから、なんともみみっちい話です。というか、私が最初に車を買った時には、ちゃんと工具箱に入った工具一式が付いていたような気がするのですけどね。
 一度試乗しているので、運転はそれほど戸惑うことはありませんでした。ディスプレイに、この車を象徴する青いラインが明るく浮かび上がるのがかっこいいですね。そして、駐車場に入ってエンジンを切ったのですが、なぜかその明かりが消えません。そんなことは教わらなかったので、焦ってしまいましたよ。どこかほかにスイッチがあるのかと探しましたが、何をやっても消えないし。そうしたら、それはしばらくすると自動的に消えるものだったのですね。最近はそういうのが当たり前になっているのでしょうかね。「納車式」みたいに。もう付いていけません。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-16 21:24 | 禁断 | Comments(0)
BACH, PENDERECKI/Concertos
c0039487_20190260.jpg


Tatjana Ruhland(Fl)
Rger Norrington, Alexander Liebreich/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
COVIELLO/COV 91610(hybrid SACD)




シュトゥットガルト放送交響楽団の首席フルート奏者、タチアナ・ルーラントが、自分のオケをバックに従えて録音したバッハとペンデレツキです。とは言っても、こんなカップリングを最初から目指していたわけではないのでしょう。たまたま彼女の録音がたまってきたのでまとめて出してみようか、ぐらいのノリだったのでは。そもそも、元の録音はSWRで個別に行っていたものを、なぜかCOVIELLOがコンパイルしてリリースした、というような形態ですから、企画そのものの主体がいまいちわかりませんし。
ただ、ルーラント自身はどちらの作曲家にもシンパシーをもって演奏しているようですね。バッハはフルーティストでしたら当たり前ですが、ペンデレツキとも個人的に交流があって、演奏する時には彼とも曲について話し合ったりしていたそうです。ここで彼女が使っている楽器は、ペンデレツキの場合はムラマツの14K、バッハではパウエルの木管と、それぞれの様式に応じて使い分けています。ジャケットにはムラマツを持った写真が使われていますが、ブックレットの中ではパウエルのEメカ付きのH管と一緒に撮った写真です。
まず、2010年に録音されたバッハの「組曲第2番」が演奏されていますが、ここでの指揮者は当時の首席指揮者のノリントンです。ピリオド奏法などに造詣が深いと思われているノリントンですが、意外なことに彼の指揮するバッハの録音はほとんどありません。ですからこれはとても貴重なものではないでしょうか。そこでのノリントンは、他の作曲家で見せているような奇抜なアイディアはほとんど見せず(見せられず?)、いとも「平穏」なバッハを聴かせてくれています。テンポはかなりゆったりとしていて、思いっきりソロに歌わせるという、ほとんどロマンティックと言っても構わないほどの表現に終始しているようにさえ思われてしまいます。そんな中でルーラントが「序曲」などで取り入れている装飾音の音価の扱いなどは、今ではちょっと時代遅れのような感じのするものでした。「ブーレ」の中間部の装飾も、ちょっと機械的であまり閃きのようなものは感じられません。しかし、彼女のパウエルは、特に低音で得も言われぬ味を出していますね。
そして、2009年に録音されていたペンデレツキの「フルート協奏曲」では、指揮者はリーブライヒでした(いくらなんでも、ノリントンには無理でしょう)。ペンデレツキが作ったフルートとオーケストラの作品としては、初期の「前衛」時代の「フォノグラミ」が知られていますが、「穏健」時代になってからの作品では1992年にランパルのために作ったこの「フルートと室内オーケストラのための協奏曲」しかありません。これは、そのランパルによる録音(SONY)を始めとして、1997年のペトリ・アランコ盤(NAXOS)、2001年のデイヴィッド・アギラー盤(DUX)、2010年と2014年のウーカシュ・ドウゴシュ盤(NAXOS, DUX)などがありました。
なんとなく、ソロの書法などはニルセンのフルート協奏曲を思わせるような、とりとめのないスタイルをとっているようにも感じられますし、やはりニルセン同様、他の楽器との絡みが随所に表れて、オーケストラとのアンサンブルの妙が感じられる作品です。技巧的にもかなり高度のものが要求されていますから、フルーティストにとってもとってもやりがいのあるものでしょう。このルーラントの演奏では、フルート・ソロに絡み付くピッチのある太鼓のような楽器の音が、他の録音とはちょっと違って聴こえてきます。もしかしたら、これは太鼓ではなくチューバフォンだったのかもしれません。
最後に、本来は通奏低音が付くバッハのハ長調のソナタが無伴奏で演奏されていますし、そのあとに、こちらは最初から無伴奏だった「パルティータ」も演奏されています。これらは2014年の録音、いずれも、スケールの大きな伸びやかさが感じられます。

SACD Artwork © SWR Media Services GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-15 20:22 | フルート | Comments(0)
パスワードが多すぎて覚えきれません
 この間、東京に行く時に早めに家を出たら、駅に早く着きすぎました。でも、東口のヨドバシはそんなに早い時間でも開いてますから、ちょっと冷やかしに行ってみました。ヘッドフォン売り場に行ったら、なんだか大々的に「ハイレゾ」関係の商品が展示されていましたね。それは主にウォークマンタイプのものだったのですが、こんなところまでハイレゾ化は進んでいるのですね。というか、これこそ過剰スペックなのでは、と思うのですが、売る方はまたとない商機だと思って売り込んでいるのでしょうね。そこにはデモ用の音源なども用意されていて、ヘッドフォンで聴けるようになっています。正直、こんなものをハイレゾで聴いたって、絶対違いなんか分からないだろうという機材とソースなのですが、まあ、そのつもりになればいい音のように聴こえるのでしょう。「信じる」ことは大切です。
 そこでは比較のために「ハイレゾ用ヘッドフォン」と「一般用ヘッドフォン」が用意されていて、同じ音源で聴き比べることができるようになっていました。そこで音源を検索してみたら、なんとシンガーズ・アンリミテッドの「セサミ・ストリート」なんてのが入っているではありませんか。
 これは、オスカー・ピーターソンのアルバムとしても有名ですから、そちらの方面から採用されたのかもしれませんね。とにかく、そんな聴きなれた音源があったので、さっそくその2種類のヘッドフォンで聴き比べてみましたよ。やはり、明らかに違いますね。ハイレゾ用と言っているものでもそんなに高いわけではないので、これで十分にハイレゾを楽しめそうですね。でも、これだったら私のところで聴いてみたくなります。シンガーズ・アンリミテッドのハイレゾ音源はお気に入りのものだけ買ってあったので、これはまだでしたから、これも購入することにしましょう。
 こんなところでデモに使っているぐらいですから、それこそmoraあたりで売っているのかと調べてみたのですが、扱ってはいないようですね。それなら、と、前にほかのアルバムを買ったドイツのサイトに行ってみることにしましょう。そうしたら、前にはほとんどのアルバムがあったのに、そこには3アイテムしかなくなっていましたよ。どういうことなんでしょうね。配信ならば、別に「在庫」のことを考える必要はないような気がするのですが、権利の問題などが絡んでいるのでしょうか。そして、その中には「セサミ・ストリート」が入っている「In Tune」というアルバムはあったので一安心、さらに、前はなかった「Christmas」までもがあったのには、感激です。
 さっそく買ってダウンロードしようとしたら、なぜかパスワードが通りません。つい最近ログインしたことがあったというのに、どうしたことなのでしょう。一応、メールアドレスが分かっていれば別のパスワードを登録すればいいようになっているので、それをやってみたら、やたら制約が厳しくなっていました。以前は普通にアルファベット7文字ぐらいで大丈夫だったのに、やれ「大文字を入れろ」とか、「数字を混ぜろ」とか大変なことになっています。前のパスワードは簡単すぎたのでもう使えないから、新しくもっと複雑なものに変えろ、ということなのでしょうね。でも、それならそれで、最初にパスワードを入れた時に「こんな簡単なのでは今の時代、通用しないので、新しいのを作りましょうね」ぐらいのメッセージでも出せばいいじゃないでしょうかね。いきなり、「IDかパスワードが間違っていますっ!」では、いったい何が起こったのかわからなくなってしまいますよ。
 結局、新しいパスワードを使ってダウンロードは無事に終わり、宿願だったハイレゾの「Christmas」と「In Tune」を満喫しているところです。ただ、こうして聴くと、そもそもの録音の時のオーバーダビングの歪みとか、経年変化によるマスターテープの劣化なども分かってしまうので、痛し痒しですね。
 そのあと、今度はそれこそmoraで聴きたいものがあったのでダウンロードしようと思ったら、これもパスワードが使えないようになっていました。例えば、FTPなどでは「パスワードを変えた方がいいですよ」という警告は出されますが、こんな風にいきなり使えなくなるようなことはありませんよ。確かに、最近は簡単にFacebookが乗っ取られたりしていますから、必要性は分かりますが、もうちょっとやり方を考えてほしいものですね。というか、最近のネットはヤバすぎ。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-14 21:23 | 禁断 | Comments(0)
NIIGAKI/Symphony -Litany-
c0039487_22592786.jpg



新垣隆/
東京室内管弦楽団
DECCA/UCCD1443




2年以上も前に勃発したあの「佐村河内事件」のようなことは、クラシック音楽の歴史の中ではそれほど珍しいことではありません。クライスラーやベルリオーズが、日頃自分たちの作品に否定的な評論家たちを欺くために、別人の名前で作品を発表し、それがその評論家たちに絶賛されるさまを見てひそかにほくそ笑んでいた、というのは、よく知られたエピソードです。
あの「交響曲」の場合は、佐村河内氏は完全に社会から抹殺されてしまいましたが、実際にそれを作った作曲家は、「ある意味被害者」的な扱いを受けて何の咎も受けなかったばかりではなく、それがきっかけとなって瞬く間に「人気作曲家」の地位を獲得してしまいました。その背景には、件の「交響曲」が、作品としては感動を呼びうるすぐれたものだった、という受け取られ方があったからかもしれません。そのような評価は、偽作の事実を見抜けず、その「交響曲」をべた褒めして赤っ恥をかいた「評論家」たちの格好の言い訳になったのです(そんなんでいいわけ?)。
その作曲家が、このたび他人から強要されてではなく、自分の意志で新たな交響曲を作ったのだそうです。そのタイトルは「連祷」。そこに、かつてその作曲家が作らされた「交響曲」の当初のタイトル「現代典礼」との関連性を感じるのは、単なる錯覚でしょうか。
作曲家が自ら綴ったものによると、この新しい交響曲「連祷」は、「前作」同様、広島(さらに長崎)の原爆がモティーフとなっている上に、同じ原子力による惨禍である原発への思いも込められているのだそうです。従って、その作品はまず広島で初演され、その後東京で再演された後、福島でも演奏されました。その、福島でのコンサートのライブ録音が、このCDです。
この新しい交響曲を作るように強く勧めたのが、広島のさるアマチュア・オーケストラなのだそうです。このオーケストラは以前の「交響曲」も演奏していて、贋作に関しても好意的な見解を持っていたのでしょう。「今度こそ、あなたの手でぜひ同じような『感動』を与えてください」とでも言ったのでしょうか。
しかし、作曲家は、以前その著書の中で、「私が行ったことのいちばんの罪は、人々を陶酔させ、感覚を麻痺させるいわば音楽のもつ魔力をうかうかと使ってしまったことです」とまで言っているのですよ。そこまで言われても、そのような作られ方をされた「交響曲」を崇めていた人たちが実際にいたことに驚いてしまいますが、そんな言葉を真に受けてまた「罪」を重ねてしまった作曲家の方が、その何倍も悪質であることは明白でしょう。
いや、もしかしたら、作曲家はその「罪」に真摯に向き合い、まっさらな気持ちで新たな創作に邁進していたのかもしれません。それがまっとうな人間の行いですよね。ですから、まずはきちんとその「成果」に対峙するのが、やはりリスナーとしての道でしょう。
しかし、そんな思いとは裏腹に、作曲家は全然懲りていなかったようですね。いや、逆にその「魔力」こそが自分の最大の武器だと悟ったのでしょうか、そこには聴いていて恥ずかしくなるような「陶酔感」がてんこ盛りだったのですよ。実は、前の「交響曲」は全く聴いたことはないのですが、聴いた人の話ではどうやら過去の作曲家のいいとこ取りみたいな感じのようでした。「連祷」でも、聴こえてくるのはシューマンだったりブラームスだったり、ちょっとひねったところではシベリウスだったり、「元ネタ」がはっきり分かるものばかり、さらに、先ほどの作曲家の言葉の中にあったのが、「大木正夫の交響曲第5番『HIROSHIMA』」へのオマージュですが、それは「オマージュ」などという可愛げのあるものではなく、ほとんど「借用」に等しいものなのではないでしょうか。
やはり、作曲家として一度味わってしまった快感は、なかなか断ち切ることはできないものなのでしょうか。悲しいことです。

CD Artwork © Universal Music LLC
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-13 23:01 | 現代音楽 | Comments(0)
武満徹の合唱曲は素晴らしかったのですが
 忙しく過ごしている間に気が付いてみると、もう4か月も髪を切っていなかったことに気づきました。夏場だと後の髪が邪魔になってきてすぐわかるのですが、寒い時にはあまり気にならないので、ついついこんなに放ってしまっていました。そこで今日、いつもの美容室に行って、いつものスタイリストさんに見てもらうと、「後ろで束ねられますね」なんて言われてしまいましたよ。
 このスタイリストさんはまだ若いのに店長さんをやってます。腕はともかく、いつも明るく何かと話しかけてくれて、シャイな私でも全然緊張しないでやってもらえるので、とても気に入って、いつもお願いしています。今日も、「今年は忘年会に行かれますか?」などと、他愛のない質問を投げかけてくれて、和ませてくれます。私は適当に相槌を打っているだけなのですが、絶妙のタイミングでどんどん話題を振ってくるので、退屈しませんね。
 その忘年会ネタで、「私、小学校の同級生と毎年忘年会をやってるんです」なんて言い出したので、まあ、それこそただの相槌で「小学校、仙台ですか?」と聞いてみました。毎年忘年会をやるぐらいですから、まずこの辺に住んでいるのでは、と思うじゃないですか。しかし、彼女はなんだか一瞬ためらった末に、ちょっと恥ずかしそうに「実は、角田なんですよ」なんて言い出しました。いやあ、奇遇ですね。もちろん私は「この間、行ってきたばかりですよ」と、「第9」や新しくできたホールのことなどを話し始めましたよ。彼女は、地元には最近は帰っていないようで、そんなことになっているとは全然知りませんでしたね。結局、それからずっと角田の話題で盛り上がってしまいました。角田にある唯一のホテルも、別の同級生のお父さんが社長さんなんですって。世の中、狭いですね。
 この「第9」では、土日がまるまるつぶされますから、もちろんラジオなんかは聴いている暇はありません。ですから、この間中から紹介している「タイムフリー」は本当に重宝していて、例えば最近は職場で宛名印刷や袋詰めなどのような単純作業の時には、これを聴きながらできますよ。そこで聴いたのが、月に1回やっている仙台フィルの番組です。
 今回は、特にフルートのTさんもゲスト出演するというので、初めて聴いてみました。オンエアは日曜日の7時からでしたから、確か「第9」が終わって家に帰る途中で晩御飯を食べていたころですね。番組は、最近の仙台フィルのライブ音源を聴きながらいろいろ話す、というものでした。ただ、その前にしっかりCMが入るのがちょっと邪魔ですね。地元を代表する企業で、それこそ「仙台に音楽ホールを」などと騒いでいる人たちの先頭に立っている人が社長を務めている会社なのですから、それなりにこのクラシック音楽の番組にふさわしいCMを流すのかな、と思っていたら、なんとも田舎くさい、品位のかけらもないようなCMが聴こえてきたんですからね。こんな美意識しか持っていない会社がいくら「音楽ホールを」なんて言っても、何の説得力もないですよね。
 仙台フィルの音源は、この間の定期演奏会でのブラームスの交響曲第4番でした。ゲストとの関連で第4楽章が全部聴けましたが、それが始まる前にTさんは「いつもこのソロで吹いているのとは全く違う吹き方を指示された」と言っていましたから、とても興味がわきます。そのソロが始まると、確かにそれはなんとも居心地の悪い感じでした。Tさんも心なしか吹きずらそうに聴こえてきます。私も本番で3回ほどこのソロを実際に吹いたことがありますが、おそらくこんな指示を受けたらちょっとその指揮者に対する考え方が変わってしまっていたでしょうね。ですから、今までいろいろ聴いてきてこの指揮者は何かとびぬけた才能があるのではないか、とずっと思っていたのですが、このブラームスのフルート・ソロの歌わせ方に関してだけは、「いったい、どうしてしまったんだろう?」と思わずにはいられませんでした。まあ、どんなに才能豊かでも、それですべてのものをカバーすることは難しいのかもしれませんね。
 この人も、特に才能が豊かだとは思ってはいないのですが、ラジオの番組だけはとても面白くて好きです。それが、やっとタイムフリーで聴けるようになったようです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-11 20:54 | 禁断 | Comments(0)
PUCCINI/La Bohème
c0039487_19532049.jpg
Mirella Freni(Mimì)
Luciano Pavarotti(Rodolfo)
Nicolai Ghiaurov(Colline)
Herbert von Karajan/
Berliner Philharmoniker
DECCA/483 0930(CD, BD-A)




このカラヤンの「ボエーム」は、1972年に、なんとDECCAの録音チームがベルリンのイエス・キリスト教会でベルリン・フィルとのセッション録音を行ったという、後にも先にもこれしかない、まさに「伝説」とも言うべき「記録」です。ここでの録音エンジニアのクレジットでは、ゴードン・パリー、ジェームズ・ロック、コリン・モアフットの3人の名前がありますが、もちろんチーフはゴードン・パリーだったのでしょう。彼らが、それまではDGがカラヤンとベルリン・フィルとのおびただしいセッションを行っていた、いわばDGの牙城に「デッカ・ツリー」を持ち込んだのですから、それだけで大事件です。それが、ついに24bit/96kHzのBD-Aで登場しました。
もちろん、キャストは最高。フレーニのミミにパヴァロッティのロドルフォなのですから、何も言うことはありません。かくして、これは「ベルリン・フィルの最も優秀な録音」(クラシック名録音106究極ガイド)とまでたたえられるようになっていたのです。
さらに、ここではそのベルリン・フィルの当時の首席奏者だったジェームズ・ゴールウェイのフルートまでが堪能できるのですから、なんという素晴らしさでしょう。実は、ゴールウェイ自身が日本で行われた何回かのマスタークラスの中で、ここで共演していたパヴァロッティについて語っていたことがあったのです。その公開レッスンでは、普通にフルートの演奏についての助言などが聴けると思っていたところが、まず彼が開口一番に言ったのが「パヴァロッティ」だったのですよ。要は、フルートを演奏する時には、パヴァロッティのように歌いなさい、ということなのでしょう。そこで受講していたフルーティストたちは、フレーズの歌い方が不十分なときには必ず何度も何度も「パヴァロッティ!」と叫ばれていましたね。
ちょっと記憶が曖昧なのですが、多分その時にゴールウェイが言っていたことで、この「ボエーム」の録音セッションでは、パヴァロッティは自分の出番を1回だけ歌うとそのまま帰ってしまったというのですね。それほど、自分の歌には自信があったのでしょう。
ただ、このエピソードは、今回のパッケージのブックレットの中にある、もう一人のエンジニア、ジェームズ・ロックの証言によって、別の意味を持つことになります。カラヤンはオーケストラだけのリハーサルは入念に行っていましたが、ソリストたちはその間は別室でピアノ・リハーサルをしていたというのですね。そして、役の歌を完璧に自分のものにした時点でカラヤンとの録音に臨み(そこでは楽譜を見ることも許されません)、カラヤンはワンシーンを途中で全く止めないで録音してしまった、というのですね。パヴァロッティだけではなく、全ての歌手が、そこでは「1回」しか歌っていなかったのです。そうやって、カラヤンは劇場音楽としての激情の高まりを大切にしていたのでしょう。ちょっと意外ですね。
そんな細かいことを観察していたゴールウェイのフルートは、もうその一吹きだけで音楽に命を与えてしまっているという、驚くべき存在感を随所で主張していました。パヴァロッティのアリアのバックで同じメロディを重ねているところなどは、まさにパヴァロッティをしのぐほど「歌って」いますよ。そして、ミミの有名なアリア「Si. Mi chiamano Mimì」でのトリルのついたオブリガートなども絶品です。これは、さっきのマスタークラスでは、別の人の録音を聴かせて、「普通は、オペラの伴奏というとみんなこんな風につまらなく吹くんだ」と言っていましたね。それを、ゴールウェイは、フレーニの歌に酔いしれている時でも思わず耳をそばだててしまうような見事なトリルを聴かせてくれているのです。
ただ、ハイレゾの音は確かに素晴らしいのですが、ヴァイオリンのトゥッティあたりでは明らかにマスターテープの劣化と思えるような歪みが認められるのが、残念です。

CD, BD Artwork © Decca Music Group Limited
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-10 20:02 | オペラ | Comments(0)
それこそ、アクアの色なんですが
 おとといの夜に、仙台では少し雪が積もったようですね。でも昨日の朝になって外を見てみても、道路が少し濡れているぐらいでそんな痕跡はありませんでした。でも、
 駐車場は日陰だったので、車の屋根に積もった雪はまだ全部は融けないで残っていましたね。この程度では、「雪おろし」なんかは必要ありません。職場に着くころには、すっかりなくなっていました。もちろん道路もなんともありませんから、せっかく交換したタイヤも、威力を発揮することはできませんでした。ということは、おそらくこのタイヤは、今シーズンは1度も雪を体験しないままに、他の人のものになってしまうのでしょうか。
 そうなんですよ。新しい車を買ったのはいいのですが、納車のタイミングですでにスタットレス・タイヤにした状態で私の元へやってくることになっているので、もはや、今のタイヤを私が使うことはないのですよ。というか、全く同じ車種なのですが、タイヤのサイズが微妙に違っていて、そもそも新車には使えないんですけどね。
 今度買った車は、私としては以前から狙っていたものでした。ずっとハイブリッドに乗りたかったのに、なぜか私の愛車を作っている会社はあまりそれに乗り気ではありませんでした。電気自動車みたいな、ちょっと時代錯誤のようなものにはいたく熱心だというのに。とは言っても、もう私が車に乗り始めてからずっとこの会社とお付き合いしていますから、いまさら別のハイブリッドを積極的に作っている会社の車に乗り換えるという気にもなりません。ですから、この会社がハイブリッドを作るようになれば、すぐさまそれを買おう、と心に決めていたのですよね。
 結局、この会社は、ちょっと予想は裏切られましたが、まさに、期待を超えるような形で新車を発表してくれたので、もう迷いはありません。発売された次の週にはもう契約していましたね。
 おそらく、そういう人はたくさんいたのでしょう。数日前の新聞に、この新しい車が、11月の売り上げでトップに躍り出た、という記事が出ました。なんでも、この会社の車がトップになったのは30年ぶりなのだとか。それで、実際にその様子を調べてみようとしたら、「自販連」というところが、毎月の新車販売台数を公開しているサイトが見つかりました。そこでは、2012年からのデータが見れるようになっていたので、その数値を拾い出して、グラフを作ってみましたよ。サンプルは2012年1月のトップ3と、私の買った車種です。
 どうやら、車ってのは3月に一番たくさん売れることになっているみたいですね。あとは、モデルチェンジの時期と売り上げとが見事に連動していますね。プリウスは一時アクアにずっと負けてましたが、モデルチェンジした瞬間に追い抜いていますからね。
 ですから、ノートが1位になったのも、まさにそのせいなのでしょう。2015年の11月から12月にかけてのプリウスと、2016年の10月から11月にかけてのノートの伸び具合は全く一緒ですね。その後プリウスはまたトップの座をキープすることになりましたが、はたしてノートはどこまで頑張れるのでしょうか。別にどうでもいいことなのですが、ほんのちょっと気になります。
 それと、その新ノートの色別の売り上げ、というのも別のサイトにありました。私が選んだ色は、13色ある中での12番目の人気なのだそうです。これは、正直とてもうれしいですね。走っていて同じ色の車に出会うほど恥ずかしいことはありませんから。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-12-09 21:47 | 禁断 | Comments(0)