おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2017年 01月 ( 28 )   > この月の画像一覧
HIMMELRAND
c0039487_20243843.jpg


Ingel-Lise Ulsrud(Org)
Elisabeth Holte/
Uranienborg Vokalensemble
2L/2L-126-SABD(hybrid SACD, BD-A)




オスロにあるウラニエンボルグ教会には立派なオルガンもあり、定期的にコンサートが開催されています。大雪が降っても、お客さんはやってきます(それは「ウラニホン」)。
2002年にこの教会の音楽監督に就任した合唱指揮者のエリサベト・ホルテは、付属の合唱団「ウラニエンボルグ・ヴォーカルアンサンブル」を設立しました。この合唱団は、教会の行事やコンサートの他に単独のコンサートやツアーも行い、アルバムも今までに2枚リリースしています。3枚目となるアルバムが、この「HIMMELRAND」です。ここでは、この教会のカントール(オルガニスト)、インゲル=リーセ・ウルスルードも参加して、伴奏やソロの即興演奏を披露しています。
このアルバムのコンセプトは、ノルウェーに古くから伝わる聖歌や最近作られた聖歌、さらには、ここで委嘱されて新たに作られた聖歌という3つの成り立ちを持つものたちを、同じ地平に並べてそれぞれの魅力を伝える、ということなのではないでしょうか。聴いている者は、とてもシンプルな讃美歌にどっぷり浸かって癒されることと、現代作曲家のある意味挑戦的ともいえる尖がった音楽に真剣に立ち向かうことの双方を交互に体験する中から、「聖歌」の持つ意味を深いところで知ることができるようになるのです。
タイトルにある「HIMMELRAND」というのは、「地平線」という意味なのだそうです。それは、今回の委嘱作の中の一つ、1979年に生まれたオルヤン・マトレの「日の光が『地平線』に沿って広がるところ」という、5世紀のテキストに12世紀のメロディが付けられた聖歌を元にした作品に由来しています。その聖歌のメロディ・ラインは、まさにプレイン・チャントといった趣があるとても鄙びたものですが、音楽の方はクラスターを多用してとても聴きごたえのあるものに仕上がっています。
さらに、合唱団のソプラノのメンバーでもあるマリアンネ・ライダシュダッテル・エーリクセン(1971年生まれ)に委嘱したのは、「雨よ来い、平和よ来い、慰めよ来い」という作品、それぞれの歌い出しで始まる3つのテキストが使われています。曲は、フライリングハウゼンという18世紀の作曲家が作った12声部の合唱曲のモティーフの断片と、エーリクセン自身が作ったモティーフが絡み合って、とても刺激的な音楽となっています。ソプラノのソロは、作曲者自身が歌っています。
もう一人、こちらは有名な作曲家オーラ・ヤイロに委嘱したのは「日の出への賛美」という聖歌です。これは、他の2曲に比べるといともまっとうでシンプルな編曲ですから、安心して聴いていられます。この曲の前には、オルガンによって同じ聖歌のモティーフによる即興演奏が聴かれます。
もう一つ、マグナム・オールによってかなりぶっ飛んだ編曲が披露されているのが「おおイエスよ、あなたは溢れるほどに満たしてくれるお方」という、19世紀に作られた聖歌です。ここではソリストが2人登場します。少し低めの声で、オリジナルのメロディを歌っているのが、この合唱団のかつてのメンバーだったソプラノのマティルダ・ステルビュー。そして、それに絡み付くように、甲高い声でまるで無調のような全く融けあわないメロディを歌うのが、先ほどのエーリクセンです。面白いのは、3度繰り返されるオリジナルのメロディが、3回目になるとあのニューステットの「イモータル・バッハ」のように微妙に不思議な音程に変わってしまうことです。
ステルビューのソロはもう1曲あって、デンマークの作曲家カール・ニルセンが作った「イエスよ、私の心を受け止めてください」という聖歌が、別の「年の終わりは深まる」というノルウェー語のテキストで歌われています。このメロディは、ニルセンの木管五重奏曲の最後の変奏曲の楽章のテーマになっていますね。
録音は、いつものDXDで、それがSACDとBD-Aになっています。繊細なSACD、コクのあるBD-Aと、全く異なる音が聴けます。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-19 20:28 | 合唱 | Comments(0)
「四季」をやるそうです
 土曜日のニューフィルの総会での模様は、録音してあったのでそれを元に議事録を作る、という作業をこのところやっていました。なんせ、今年の総会は時間が長かったので、録音を聴くだけでまず時間がかかってしまいます。それを、そのままの言葉ではなく適宜言葉を置き換えて文章として成立させるだけでなく、読んで楽しいもの変えるのが、私の仕事・・・だったかな。
 面白いのは、総会の時にはそんなこと言ってたかな、というようなことが、録音を聴くとたくさん出てくるんですよね。あるいは、最初に聴いたときとは細かいところで意味を間違えてその人の発言を受け取っていたこととか。まあ、そんなことを調整しながら、何とか仕上げましたので、一安心です。これをやらないことには、気になって次の仕事に入れませんからね。
 その議事録を聴き返していると、楽器を運搬している会社のことが出てきました。それで、ちょっと職場の方で気になっていたことを思い出しました。毎年5月末に開催している、職場の方の「総会」で、アトラクションとしてコンサートを行っているのですが、今年はさる女声合唱団に出演をお願いしてありました。ですから、例えばニューフィルの金管アンサンブルにお願いした時のように、普通は屋外で演奏してもらうのですが、ちょっと合唱では聞こえにくいので、屋内でやることになっていました。それで、伴奏のピアノも使えるように頼まれていたのです。ピアノは、アップライトだったら職場に置いてあって、前に別の合唱団が出た時にはそれを運んで使ったので、今回も、その運搬をどこかにお願いしなければいけなかったのですよ。ですから、その運搬会社もどんな感じなのか、ちょっと調べてみました。そうしたら、そこでは楽器の運搬だけではなく、ピアノなどのレンタルもやっていたことが分かりました。確かに、練習ならともかく、コンサートの伴奏がアップライトではちょっとしょぼくなってしまうのは、前の合唱団の時にもわかっていましたから、もしグランドが使えるのなら、ここに借りるのも一つの手だな、と思えてきました。なんせ、今度の合唱団は、合唱だけではなくヴァイオリンのソロも入るという曲も演奏するそうですから、それならなおさらちゃんとしたグランドを使ってもらいたいですよね。その方は、もちろんちゃんとしたプロですから。
 そこで、さっそく電話をして聞いてみたら、グランドは2種類用意してありました。値段が違いますが、安い方でも十分な楽器だったのでそれをお願いすることにしました。運搬はもちろん、調律もやってくれるというのですから、これでもう私の仕事はなくなりました。
 あ、でも一つだけ、やらなければいけないことがありました。なんせ、その会場は畳敷きですから、楽器をそのまま置くわけにはいきません。前にアップライトを置いたときにはコンパネを1枚下に敷いたのですが、今回はグランドですから、もう1枚買ってこないといけませんね。そこで、そのコンパネを買ってきた時に、ホームセンターから車に乗せて運んできたことを思い出しました。この前の間抜けな夫婦とは違って、私はちゃんと車の中の寸法を測っていったので、間違いなく乗せられることは分かっていたのですが、いざ入れてみると、それは運転手の頭で支えなければいけないことに気づきました。そうすると、加速の具合で頭の上で板が動いて結構大変だったんですよね。今度買いに行くときには、もう一人乗せてちゃんと支えてもらうか、動いても大丈夫なように厚い帽子をかぶっていくことにしましょう。いや、ヘルメットかな。
 そのコンサートの前には、もちろんニューフィルの定期演奏会があります。そのためのチラシなどが、ぼつぼつできかけています。そこで、ニューフィルのFacebookページのカバーを、その素材を使って作ってみました。
 こんなに早くから演奏会モードのカバーに替えたのは初めてですが、個人のFacebookで使う場合は、少しレイアウトを変えないと情報が欠けてしまうので、私の場合は今の「杜の都合」のカバーを使い終わったら(そのコンサートが終わったら)、そういうのも作って差し替えるつもりです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-18 21:43 | 禁断 | Comments(0)
REINECKE, IBERT, NIELSEN/Flute Concertos
c0039487_23212928.jpg


Sébastian Jacot(Fl)
David Björkman/
Odense Symphony Orchestra
ORCHID/ORC100054




2013年に開催された第8回神戸国際フルート・コンクールで優勝したスイスのフルーティスト、セバスチャン・ジャコーは、その翌年の第5回カール・ニルセン国際音楽コンクールでもめでたく優勝し、輝かしい経歴の持ち主となりました。使っている香水はジャコウ(ウソです)。今回のソロ・アルバムのタイトルは、そのコンクールの「Premiere!(優勝者!)」となっています。その時にバックを務めたオーデンセ交響楽団と一緒に、そのニルセンのフルート協奏曲とライネッケとイベールの協奏曲を録音しています。
このジャケットを見て、なんだかフルートがすごく小さく見えませんか?やはりライネッケの協奏曲が収録されているアルバムで、同じようなポーズをとっているゴールウェイのジャケ写と比べてみると、それがはっきりしますよね(フルートの長さを同じにしてあります)。


神戸のコンクールの時の写真も見つかったのですが、確かにかなりの長身であることが分かります。ゴールウェイをはじめ、シュルツとか、フルーティストには小柄な人が多いようですから、なおさら目立ってしまうでしょうね。

彼が優勝したカール・ニルセン国際音楽コンクールは、1980年にヴァイオリンのために創設され、4年に1回のペースで開催されています。もちろん、課題曲はニルセンのヴァイオリン協奏曲です。彼の協奏曲はあと2曲ありますから、1997年にはクラリネット、1998年にはフルートのコンクールも開始され、それらも4年に1度開催されています。現在ではさらにオルガン部門も加わっているのだそうです。
ご参考までに、その第1回目のフルート・コンクールの入賞者は、1位が現在のウィーン・フィルの首席奏者カール=ハインツ・シュッツ、3位がやはり現在のバイエルン放送交響楽団の首席奏者で、楽譜の校訂者としても知られるヘンリク・ヴィーゼなのですから、そのレベルの高さが分かります。なお、この時の第2位は瀬尾和紀さんでした。彼も小柄ですね。
シュッツは1975年生まれ、瀬尾さんは1974年生まれですから、彼らより1世代若いことになる1987年生まれのジャコーの場合も、やはり着実にランクの高いポストへと登ってきたようです。2006年には香港フィルの副首席、2008年にはサイトウ・キネン・オーケストラの首席、そして、2015年にはついに名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者に就任しました。
今回のCDでは、録音にちょっと難がありました。まるで1対のマイクだけしか使われていないような、なんともバランスの悪い音なんですね。それも、シロートがセッティングをしたのかと思えるほどのひどさ、オーケストラの打楽器ばかり騒々しく聴こえてくる中で、肝心のフルート・ソロは完全にオケの中に埋没しています。確かに、コンサートで実際に聴こえるのはこんな感じのバランスかもしれませんが、いやしくもフルーティストをメインに据えて制作されたアルバムであるのなら、とてもありえない措置です。
最初に演奏されていたのはライネッケ。フルートが冷遇されていたドイツ・ロマン派に於いては、フルーティストのレパートリーとしてはほとんど唯一といえるフルート協奏曲です。まず、ちょっとしたイントロのような形で聴こえてくるソロが、そんなバランスの中ではとても繊細なもののように感じられました。コンクール・ウィナーにしてはあまりにおとなしすぎる吹き方だったので、ちょっと拍子抜け。しかし、やがて現れる技巧的なフレーズでの正確無比な音の粒立ちには、さすが、と舌を巻いてしまいます。
イベールの協奏曲は、そんな彼の滑らかな技巧が存分に発揮されていて、すがすがしささえ感じられます。その分、第2楽章でのちょっと平板な歌い方は、録音とも相まって物足りません。ニルセンはさすが、オーケストラも堂に入ったものです。
ジャケットではゴールドの楽器ですが、ここではもしかしたら神戸で使っていたヘインズの木管を吹いていたのかもしれませんね。


CD Artwork © Orchid Music Limited
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-17 23:24 | フルート | Comments(0)
練習はハードでした
 寒気の真っただ中だった週末、新しい新車で走っていると、あることに気づきました。今までの車に比べて、暖房がきき始めるまでにすごく時間がかかるんですね。これは別に寒気のせいではなく、そんなに寒くない日のころからうすうす気づいていたことでした。ご存知のように、車の暖房というのは、エンジンの冷却水によって行っています。エンジンはガソリンを爆発させて回転力を発生させる装置ですから、その時には大量の熱が放出されます。そのままではエンジンが融けてしまうので、その周りに水を流して冷やしているのです。逆に言えば、水がエンジンから熱をもらってお湯になっているのです。それもそのままでは沸騰してしまいますから、ラジエーターで外気に当て、冷却してまたエンジンに戻すのですね。ですから、その温水はそのまま暖房にだって使えるのですよ。
 ところが、e-Powerの場合は、エンジン自体はそんなに動きませんから、それほどは暖まらないのでしょう。それがもろに暖房がきくまでに時間がかかることにつながっているのでしょうね。たぶん。今のところ、これが唯一の欠点です。
 そんな車で、土日連続のオケ関係の行事に向かいます。土曜日はニューフィルの総会と新年会のワンセット。いつもなら、総会が終わって新年会までかなりの時間があるので、その間に軽く「喫茶店」などに行ってたりしているのですが、今回はなぜか総会が予想以上に長引いてしまったので、そのまま宴会場に直行という珍しいケースでした。総会で話題になったのは、正規の議案ではなく、付け足しで単なる了解事項として「お知らせ」程度のノリで提案されていたもので、何の問題もなくそのまま承認されるだろうという執行部の目論見は完全に裏切られてしまった形です。今まで当然のことのように続けていたことでも、ちょっと視野を広げて考えてみると見直しが必要だ、ということが分かることがあります。たしかに、これはニューフィルが始まった時からずっと続けていたことなのでしょうが、現実的にそれなりのスペースが確保できなくなって、それを団員の「善意」に頼ろうとした時には、別の方策を模索する必要が出てくることは必須です。
 新年会の会場は、前にも使ったことがあるお店でした。細長い部屋に見覚えがありました。私は、一番端に座っていたら、反対側の端に座った人がいきなりタバコを吸い始めました。信じられませんね。距離的にはかなり離れているので、直接煙をかぶるということはありませんが、あの忌むべき臭いは充満しています。こういう会でなければそのまま席を立っていたところですが、これにはひたすら耐えるほかはありません。何とも理不尽なことですが、これが今の居酒屋の現状。なんせ、お役所が飲食店の全面禁煙を進めようとしているのに、彼らは猛反対しているのですからね。そもそも、他の人の迷惑を考えてたった3時間タバコの我慢も出来ないような人は、人間として終わっています。
 でも、初めて食べたセリ鍋は、とてもおいしかったですね。地元でありながら、なぜか今まで食べる機会がありませんでしたが、根っこがあんなにおいしいものだったとは。
 ↑これは向かいに座っていた人が撮った写真を拝借しました。奥に私が写っています。鳥の唐揚げも絶品でしたし、飲み物もてきぱきと注文を受けてくれて、そういう点では合格だったのですが。
 日曜日は、「杜の都合」の初練習です。最近口内炎が出来たためにコンディションは最悪、少しでもポイントを取り戻そうと、3時間前からパフォーマンス広場にこもって特訓です。いつも使っている穴倉はいっぱいだったので、外で吹いていると、だんだん照明が暗く感じられるようになってきました。そんな時に穴倉に空席が出来たようなので、さっそくにそこに移動です。ここなら、楽譜もちゃんと見えます。
 しかし、隣でクラリネットを吹いている高校生の女子が、とんでもない音を出して練習していました。なんか、楽器がかわいそうになるような力任せの吹き方、立ち上がって全身の力を込めて吹いているんですね。とても集中して一生懸命やっているようなのですが、なんだかまったく報われない努力をしているような気がしてなりませんでした。高校のブラバンの子は、みんなこんな風な体育会系の吹き方をしているのでしょうかね。なんか、こんなんで音楽を楽しめるのかな、と、要らぬ心配をしてしまいましたよ。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-16 20:48 | 禁断 | Comments(0)
仙台に豊田さん設計の音楽ホールを?
 今朝の朝日新聞に、こんな記事が載ってました(クリックすると、大きな画像が開きます)。
 それは、ハンブルクに新しいコンサートホールがオープンしたことを知らせる記事だったのですが、その内容のメインは、そのホールの音響設計を担当したのが日本人の豊田泰久さんだ、ということでした。豊田さんといえば、日本ではサントリーホールやミューザ川崎の音響設計をなさった方としてよく知られていますが(いや、もしかしたら、あまり知られていなのかも。実際、音楽業界の方でも知らない人を見かけたりします)、永田音響設計という会社の社員で、今では世界中から引く手あまたの方、言ってみれば世界最高峰の音響設計家です。彼が世界中で手掛けたコンサートホールは数知れず、有名なところではLAのウォルト・ディズニー・コンサートホールとか、ヘルシンキのミュージック・センターなどがありますが、いずれのホールも基本的な形はほとんど同じです。もちろん、今回オープンしたホールも、まさに「豊田スタイル」を踏襲するものでした。新聞記事の中にもありますが、豊田さんはこういう形で「ツボ」を完全に抑えることが出来たのでしょうね。
 ホール全体の形と同じく「豊田スタイル」を取っているのが、ステージの山台です。この山台自体が、すでに彼の設計の骨子となっていて、音響的に重要な意味を持っているのだそうです。豊田さんとはとても親しい指揮者の篠崎靖男さんが、京都のホールで豊田さんが設計したのに今では使われていない山台を、設計通りに使ったら、音が全く変わったとおっしゃっていましたからね。
 今回のハンブルクのホールには、もちろんオルガンも設置されています(白丸の中)。ただ、それはデザイン的に非常に巧妙なものになっていました。場所はステージの斜め後ろの客席の中なのですが、オルガンの本体がある場所は、たくさんの「パイプ」で覆われています。もちろんこれは単なる飾りで音は出ませんが、そこはお客さんが自由に触っても構わないようになっているのだそうです。
 そして、実際のパイプは、その裏にこんな感じでその裏側に配置されています。
 このホールの名前は、「エルプフィルハーモニー」、そう言えば、3月に仙台にもやってくる「NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団」は、このホールが本拠地になっいて、こけら落としではこのオーエストラが演奏したそうですね。かつては「北ドイツ放送交響楽団」と言っていたオーケストラですが、このホールが出来るということで、名前を変えたのだそうです。なぜ「エルプ(Elb)」なのかわかりますか?それは、このホールが「エルベ川」に面して建っているからです。かつて倉庫だった建物をそのまま復元して、その上に新しい建物を重ねるという、「新丸ビル」とか「KITTE」みたいな発想の建物なんですね。

↑外観

↑断面図
 どうです?仙台でも、どうせ作るならこのぐらいのものを作ってみたいとは思いませんか?でも、豊田さんが音響設計を受注したのは2004年のことだったと言いますから、完成するまでには13年もかかったことになりますね。ですから、今から彼に交渉したとしても、仙台にホールが出来るのは2030年になってしまいます。今、この運動を進めている人たちは、そこまでの覚悟を持っているのでしょうかね。私だって、その頃まで生きているかどうか・・・。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-15 14:11 | Comments(2)
TYBERG/Messes
c0039487_22423252.jpg


Christopher Jacobson(Org)
Brian A. Schmidt/
South Dakota Chorale
PENTATONE/PTC 5186 584(hybrid SACD)




1893年にポーランド系のヴァイオリニストの父親とピアニストの母親との間にウィーンで生まれたマルセル・ティーベルグ(これが、ブックレットにある表記、日本の代理店による表記とは微妙に違います)は、簡単にお茶が飲めるようにした(それは「ティーバッグ」)のではなく、作曲家、指揮者、ピアニストとして活躍し、多くの作品を残しました。1927年に作られた彼の「交響曲第2番」は、友人だったラファエル・クーベリック指揮のチェコ・フィルによって1930年代に初演されています。
しかし、彼の4代前の高祖父がユダヤ人だったということから、第二次世界大戦が勃発して身の危険を感じたティーベルグは、親しい友人だったイタリア人医師のミラン・ミークに、全ての作品の自筆稿を託します。案の定、ティーベルグはナチスによってアウシュヴィッツに送られ、1944年に処刑されてしまいます。ミラン・ミークは1948年に亡くなりますが、彼が預かった楽譜は息子でやはり医師となったエンリコ・ミーク(彼は、ティーベルグその人に和声学を学びました)に受け継がれ、1957年に彼がバッファローの癌研究所の所長となって渡米した際にも、一緒にかの地へ運ばれていったのです。
エンリコ・ミークは、1980年代になって、アメリカでティーベルグの作品を演奏してもらおうと、活動を始めます。1990年代の中ごろには、ヨーロッパに戻ってラファエル・クーベリックの元を訪れ、ティーベルグの楽譜が無事に残っていることを伝え、演奏を打診しています。しかし、クーベリックは楽譜がきちんと保管されていたことを非常に喜んだものの、しばらくして亡くなってしまったので、彼が演奏する機会はありませんでした。
最近になって、そのプロジェクトはやっと実を結びました。現在のバッファロー・フィルの音楽監督、ジョアン・ファレッタが、ティーベルグの作品を演奏して録音する価値を見出し、その成果が、NAXOSから2枚のアルバム(8.5722368.572822)となってリリースされたのです。
2008年5月に行われたそのアルバムのための最初のセッションでは「交響曲第3番」が録音されましたが、その時のレコーディング・プロデューサーが、サウスダコタ・コラールのこれまでのアルバムを手掛けてきたブラントン・アルスポーでした。そこで、アルスポーはミークの保存していた楽譜の中から、ティーベルグが残した(残せた)すべての宗教曲である2曲のミサ曲を、この合唱団によって録音したのです。
それは、1934年に作られたト長調のミサ曲と、1941年に作られた「簡単なミサ」という表記のあるヘ長調のミサ曲で、いずれもオルガンと混声合唱のための作品です。一部でソリストが出てくるところがありますが、それはこの合唱団のメンバーによって歌われています。作品はどちらもフル・ミサの6つの楽章から出来ていて、「ト長調」は演奏時間が40分ほどの大曲ですが、「へ長調」は25分しかかかりません。それが「簡単な」といわれる所以なのでしょう。実際、「ト長調」はフーガなども出てくる複雑な形をとっていますが、「へ長調」はすべてホモフォニーで作られていて、とてもシンプルです。いずれからも、ブルックナーの宗教曲にとてもよく似たメロディとハーモニーが聴こえてきます。例えば、「へ長調」の最初の「Kyrie」のテーマは、へ長調→変ホ長調→変ニ長調という全音ずつ下がるコード進行ののち、さらに半音下のハ長調となって解決するという、まさにブルックナーそのものの和声ですからね。とはいえ、この「へ長調」に漂う何とも言えない安らぎ感には、なにか安心して身を任せられる空気が漂っています。「Agnus Dei」での、涙が出そうになる美しさには、胸が締め付けられます。
この合唱団、今までのアルバムほどの精度はありませんが、初めて音となる作品の魅力を伝えられるだけのしっかりとしたスキルは確かに持っていました。さらに、スウェルを多用して表現力を最大限に発揮しているオルガンも、とても素敵です。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-14 22:47 | 合唱 | Comments(0)
新入団員が来てましたが、転勤で退団する人もいました
 「今年は暖冬だ」とか、つい最近誰かが言っていたような気がしますが、とんでもありません。このところの寒さときたら、とても立派な冬がやって来たではありませんか。とは言っても、このあたりはまだ雪が降ってもちょっと空が晴れればすぐに融けてしまいますから、かわいいものですけどね。今朝職場に行ったら、裏手の墓地のあたりが雪でとても美しい風景を作り出していました。そこで、さっそく写真を撮ります。それは、職場のサイトに載せるためのものですが、撮ってみたら結構良いものだったので、こちらでも披露させてください。
 それで、きのうの夜はそんな雪は殆ど道路からはなくなったものの、なんだかところどころ凍結しているのではないか、というようなコンディションのところを走って、今年初めてのニューフィルの練習に向かいます。新しい新車で凍結路を走るのは初めてですから、あくまで慎重に走っていると、交差点で停車した時にいきなりアラームが鳴り出しました。この車にはしつこいぐらいの安全装備が施されていて、近くに何かがあるとそれを知らせてくれるようになっています。その距離に合わせて、最初は「ピッ、ピッ」から始まって、近づくにつれて「ピピピピピ」、もうぶつかる!ということろまで来ると「ピーーーー」と連続したアラームが鳴るのです。ですから、単に駐車場に入れるようなときでも、後ろに車がいるとかなり前から「ピッ、ピッ」が始まります。ところが、その時に鳴ったのはその最終段階の「ピーーーー」だったのですよ。ナビがディスプレイになっていて、前方に物があることが表示されているのですが、もちろん、目の前にはそんなものはありません。
 走り出すと、そのアラームは止まりました。でも、そこから駐車場に入ると、やはり何度も何度も同じアラームが出ます。きっと、こういう気候だったので誤作動だとは思うのですが、なんかうるさいですね。あとでディーラーさんに聞いてみましょうね。
 練習場に入ったら、1年ぶりに再会する人がすでにたくさんいました。その中に、去年私が車を買い替えることを話していた人もいて、「なんでリーフじゃなくてノートe-POWERにしたんですか?」と聞いてきました。確かに、普通の人だと電気自動車だったら、わざわざガソリンエンジンを積まなくても充電すればいいのでそっちの方が合理的なのでは、と考えるのでしょうね。そこで私は、その件について考えていたことを教えてあげましたよ。こんな感じです。
 
リーフのような電気だけで走る電気自動車は、かつて原発が全国で稼働していて、電力が余っていた時代にその電気を無理にでも使わせるために開発されたものでした。当時はやった「オール電化」という思想も、そういう流れから来ています。それは、原発はずっと安全に大量の電気を生み出してくれる、という前提に立った思想です。しかし、今は時代が変わり、そのようなことは意味を失いました。言ってみれば、リーフはもはや時代にそぐわない「失敗作」となっているのです。今「1ヶ月乗り放題で電気代が2000円」というキャンペーンが行われていますが、これなどは最後の悪あがきにしか見えません。現実に、充電を行うためのステーションは普通のガソリンスタンドに比べたら微々たるものですから、充電そのものも手軽にできるとは限りませんし。だったら、リーフで培ったノウハウを、ノートのような形で実現させる方が、現実的です。
 まあ、結局ガソリンで発電するのですから、資源を食いつぶしていることに変わりはないのですが、少なくとも原発に頼っている電気を使うよりはましだろう、ということで、同じ電気自動車だったらこっちの方がいいな、と思っているところなんですけどね。
 どこまでが本当に言ったことなのかは分かりませんが、一応私としてはそんなことを考えているのだ、ということです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-13 21:53 | 禁断 | Comments(0)
ビートルズは眠らない
c0039487_23225513.jpg






松村雄策著
小学館刊(小学館文庫 ま19/3)
ISBM978-4-09-406388-2




2003年にロッキング・オンから刊行された書籍の文庫化です。そのロッキング・オンという、著者の松村さんと渋谷陽一さんが創設した雑誌に掲載されていたエッセイの他に、CDのライナーノーツなどが収められ、1991年から2003年までにビートルズに関して書かれたものが、執筆順に並べられています。このように、初版から文庫化までに長い年月が経っている時には、よく「後日談」のようなものが書き加えられているものですが、ここには一切そのようなものはありません。あるのは、別の人が書いた、文庫本にはお約束の「解説」だけです。ただ、その中に、著者の近況についてとんでもないことが書かれていたので、びっくりしてしまいました。
松村さんのことは、ロッキング・オン誌に連載されている(されていた?)「渋松対談」での、社長の渋谷さんの「相方」としてずっとなじみがありました。それだけですでに何冊かの単行本になっているのだそうですが、その二人のやり取りは、軽妙なものに見せかけて、実はロックへの深い愛情が感じられる、とても面白いものでした(本当は「対談」ではなく、対談という形をとって一人で書いていたエッセイだったようですね)。
その対談の中でもよくビートルズについて「語って」いたように、松村さんといえばおそらくこのバンドについて語らせたら右に出る人はいないのでは、というほどの知識と、そして実体験を持っている方です。
まず、なんと言っても彼は実際にビートルズの最初で最後の日本公演に行って、彼らの演奏を実際に聴いているというのが、すごいことです。ご自身もそれは誇りにされていることは、文中からくっきりとうかがえますが、そういう方がライターとしてその体験を公に出来たという事実に、まず感謝しなければいけません。というのも、この武道館で行われた公演の模様は、当時からずっと報じられていたのは、「観客の悲鳴にかき消されて、演奏などは聴こえなかった」というものでした。ですから、まあそんなところだったんだろうと、かなり最近までずっとそれを信じ切っていたのですが、実際にその場にいた松村さんには、しっかりビートルズの演奏が「聴こえて」いたのだそうです。コーラスがハモらなかったところまできちんと分かったそうですから、それは決して「悲鳴にかき消された」という状況ではなかったようですね。確かに、最近になってその頃の映像とかライブCD何かを聴いてみても、別に「悲鳴」はそんなに邪魔にならないな、と思うようになっていましたから、これが正しい情報なのでしょう。つまり、当時はそんな状況を正しく伝える人などだれもいなかったので、メディアが捏造した情報をみんなが真に受けていたことになるのでしょうね。
同じような情報で、その来日公演のあたりに中学生ぐらいだった世代の人たちが、「当時はクラス中の人がビートルズのファンだった」と言っていることも、真っ赤なウソであることが暴かれます。本当はほとんどの人はビートルズなんかは大嫌いだったのですよ。それが、彼らが大人になってビートルズの人気が確固たるものになった時点で、みずからの思い出をやはり「捏造」していたのですね。そんな指摘には、なんともスカッとさせられます。
そんな昔の話だけではなく、エッセイが書かれた当時に起きていたビートルズ関連の事柄に対する正直なリアクションも新鮮です。「イエロー・サブマリン・ソングトラック」がリリースされた時に、それが「リミックス」だと知った松村さんの思いには、おもいに(大いに)共感できます。彼はそこにはっきりと、ビートルズの音源の将来あるべき姿を見ていたのですね。それが「1」が出た時にはオリジナルだったので失望していましたが、今ではその「1」もリミックス・バージョンに変わっていますから、彼の「予言」は当たっていたことになります。

Book Artwork © Shogakukan Inc.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-12 23:25 | 書籍 | Comments(0)
ニューフィルのサイトでは「かいほうげん」がPDFでリンクされています(団員のみ)
 去年の11月ごろに、「政宗ワールド」というサイトを作っている人が、職場に来ていろいろ取材を行っていたのだそうです。住職へのインタビューとか。なんでも、その母体となっている団体は、仙台城の本丸などを再建して、観光資源として活用しよう、みたいなことをやっているのだそうですが(正確に把握できていないので、詳細はこのサイトを見てみてください)、そこで伊達家に関係のある職場のことをコンテンツにしたいようでした。12月の半ばごろに、そのサンプルが出来上がったということで、PDFファイルが送られてきました。正確には、インタビューを行った住職あてに、ということだったのですが、IT関係に疎い住職はその取扱いを私に任せてくれました。
 それを見てみると、インタビューを行った時に撮った写真をたくさん使った、とても見やすいものでした。紹介の文章も親しみやすく、職場の成り立ちなどを分かりやすく説明してくれていました。ただ、その中には私の目から見るとかなりの訂正が必要な個所が見つかりました。こういう、他人の文章に手を入れるのはよくやっていますから、さっそくそれにも「校閲」を行ってみましたよ。
 まず、誤字や言い回しの違いなどを直しましたが、その他にフォントがちょっとヘンなところがあったので、それもきちんと直すように指示を出しました。それは「一」という漢字です。縦書きの文書なのですが、それがまるでアンダーバーのように、すぐ下の字にくっついているのですよね。何を使ってその文書を作ったのかは分かりませんが、それをちゃんとしたものに直すのは、簡単なことのように思えました。翌日には、「できる限り要望に沿えるように直したいと思います」というメールが届き、翌日にはそれがサイトにアップされました。それがこちらです。
 確かに、こちらが指摘した誤字などは全てきれいに直っていました。しかし、さっきの「一」だけは、相変わらずアンダーバーのままなんですよね。
 なんでこんな風になってしまうのか、私にはとても不思議に思えます。普通にテキスト処理をすればこんなことはまず起こらないはずなのに。というか、逆にこんな風にしろと言われても出来ませんってば。
 これは、ご覧の通りHTMLではなくPDFでした。まさかとは思ったのですが、サンプルで送ってきたPDFをそのままリンクさせていたんですね。それはそれでサイトのポリシーなのでしょうが、これだとちょっと困ったことが起こりませんか?これはトップページからリンクされていますが、ターゲットに「_blank」が入っていないので、同じウィンドウで開かれてしまいます。そうすると、このPDFからはトップページに戻ることが出来なくなってしまうのですよ。ブラウザで戻ればいいのでしょうが、さっきのようにこのページからリンクをたどっていくと、トップページには行けません。というか、トップページから行くのはかなり面倒くさいので、あえて直リンクにしたんですけどね。
 このサイトは、ほとんどのコンテンツがこんな感じでPDFとしてトップページからリンクされています。まあ、そういうものに慣れている人はいいのですが、私のように、トップページへのリンクをほぼすべてのコンテンツに付けるか、あるいはPDFへのリンクではきちんと別ウィンドウが開くようにしている人にとっては、なんともなじみにくいサイト構成なんですよね。
 とか言ってますが、私のサイトももしかしたらどこかで戻るためのリンクがなくなっているかもしれませんね。なんせ、一番古いものは20年近く前に作ったものですから、もう、今さらきちんと点検しようなどという気にもなれません。もし、そんなところを見つけた方は、ぜひご一報くださいね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-11 21:22 | 禁断 | Comments(0)
SHOSTAKOVICH/Violin Concerto No.2, TCHAIKOVSKY/Violin Concerto
c0039487_21300215.jpg

Linus Roth(Vn)
Thomas Sanderling/
London Symphony Orchestra
CHALLENGE/CC72689(hybrid SACD)




チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の最新のSACDには、販売している日本の代理店によって「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の最初の形はこうだった!」という大げさなキャッチが付けられていました。確かに、HENLE(2010年)とBREITKOPF(2011年)からは新しい楽譜が出版されています。これらは両社の共同作業(校訂者はベートーヴェンの楽譜の校訂で知られるエルンスト・ヘルトリヒ)によって作られ、ピアノ・スコアは双方から、フル・スコアとパート譜はBREITKOPFから販売されています。おそらくその楽譜を使って初めて録音されたのが、このSACDなのでしょう。
一応、この曲の楽譜に関しての状況を調べてみると、1878年にロシアのユルゲンソン社からまずピアノ・スコアが出版され、それに続いてオーケストラのパート譜も出版されました。初演は1881年に行われたのですが、ご存知の通りこの時はあのハンスリックによってこてんぱんにけなされてしまいます。
そして、1888年になってやっとフル・スコアが出版されるのですが、そこではヴァイオリン・ソロのパートがかなりの部分で改変されていました。ただ、現在の演奏家は、その改変が反映されていない、1878年の形のものを主に使っているのではないでしょうか。
今回のヘルトリヒの校訂も、基本は1878年版を主な資料として採用しているようでした。ただ、その楽譜の断片がブックレットに引用されていますが、その中には一部で「ossia」という但し書きで、初版のスコア(1888年版)での音符が少し小さな楽譜で掲載されています。これは、原典版にはよく見られる措置、校訂者自身もどちらの資料を採用したらいいのか自信がない時には、このように「あるいは」ということで両方の資料を載せることがあるのですね。もちろん、本音では大きな楽譜の方を採用してほしいと思っているのでしょうね。

ところが、ここでのヴァイオリニスト、リナス・ロスは、その「小さな」(上の)楽譜の方を演奏していました。例えば第1楽章の163小節目と165小節目のそれぞれ2つ目の十六分音符を、1オクターブ上げて弾いているのです。参考までに他の人の録音を何種類か聴いてみましたが、そのように弾いている人は誰もいませんでした。そういうとても珍しい演奏になっているのですが、それは果たしてこの楽譜の校訂者の意思に沿ったものであるかは疑問です。もちろん、それはキャッチにある「最初の形」ではありませんしね。
次に引用されているのは第2楽章の楽譜です。これも初版のピアノ・スコアとフル・スコアでは違っています。これはIMSLPでも見られますから、比較してみましょう。

↑ピアノ・スコア

↑フル・スコア

このように、フル・スコアからはヴァイオリン・ソロの「con soldino」という文字が消えています。さらに、もっと先の新しいテーマの最初にある「con anima」という文字もなくなっています。もちろん、今回の原典版では、このピアノ・スコアの形を採用していて、そこには「ossia」はありません。ですから、ロスはこの楽章の間はずっと弱音器を付けて演奏しています。これは「最初の形」ですから、何の問題もありません。

と、ずっとピアノ・スコア版に則った楽譜を提示していたヘルトリヒなのに、この楽章の、頭のテーマがもう1度帰ってくる部分の直前で、この「B♭」の音を「C」に変えています。これはフル・スコア版に見られる形です。

でも、この後にクラリネットが同じ音型を繰り返す時には、しっかり「B♭」(この楽譜はinB♭)を吹いているんですよね。この「C」はチャイコフスキーのミスなのではないか、という気がするのですが。ピアノ協奏曲第1番の第2楽章の頭でも、フルート・ソロとピアノ・ソロでは音が違っているところがありますが、これも最近はミスだと言われていますからね。もちろん、ここを「C」で弾いている録音など、本当に珍しいはずです。もしかしたらこのSACDだけかもしれません。それは、誰もそれが「最初の形」だとは思っていないからなのではないでしょうか。

SACD Artwork © Challenge Classics
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-01-10 21:34 | ヴァイオリン | Comments(0)