おやぢの部屋2
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LIGETI/Concertos
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Christian Potéra(Vc)
Joonas Ahonen(Pf)
Baldur Brönnimann/
BIT20 Ensemble
BIS/SACD-2209(hybrid SACD)


リゲティの最新アルバム、作曲順に「チェロ協奏曲」、「室内協奏曲」、「メロディエン」、そしてと「ピアノ協奏曲」、という、「協奏曲」の形態をとった作品が演奏されています。リゲティのアルバムは、つい最近こちらのロト盤を聴いたばかりなのに、またまた新録音の登場です。なんで今頃?と思ったら、去年2016年はリゲティ没後10年という記念年だったのでした。どちらのアルバムも確かに去年のうちにリリースされていましたね。
両方のアルバムに共通しているのが、「室内協奏曲」です。「室内」というぐらいですから、編成も室内楽的で、5声部の弦楽器はそれぞれ一人ずつしかいません。ロトたちはそこでは木管五重奏の作品を録音していたので、編成的には全て「室内楽」ということになります。でも、今回は普通に「協奏曲」というタイトルが付けられている作品が2曲演奏されていますから、普通のサイズのオーケストラと独奏楽器、という編成なのかな、と思ってしまいますよね。しかし、それは名ばかりのことで、そんな「協奏曲」でも、弦楽器は5本しか使われてはいないのです。言ってみれば「一つのパートに一人の奏者」となりますね。これって、ちょっと前まで世の中で騒がれていた「OVPP」ではありませんか。ピコ太郎じゃないですよ(それは「PPAP」)。いや、どちらも「一発屋」という点では同じことでしょうか。
いや、考えてみれば、リゲティが世に知られるようになったのは、まだYoutubeなどがなかった時代に、「動画」によってその作品が多くの人の間に広まったからだ、という見方だってできなくはありませんから、「一発屋」という点ではリゲティその人も当てはまるのではないでしょうか。その「動画」というのは、ご存知「2001年宇宙の旅」というスタンリー・キューブリックの映画です。公開されたのは1968年ですから、もう少しで「公開50周年」を迎えることになりますね。この中で、キューブリックは「映画音楽」としてリゲティの作品を何曲も使っていました。それらはまさに、当時の最新の「現代音楽」ばかりでした。なんせ、公開の1年前にミュンヘンで演奏されたばかりの「レクイエム」の音源を、この映画のとても重要な場面でのライトモティーフとして使っているぐらいですから、キューブリックのリゲティに対する嗅覚には驚くほかはありません。この映画のクライマックスともいうべきボウマン船長のトリップのシーンは、「アトモスフェール」を聴いてもらうために作ったのではないか、とさえ思えてきますからね。
今となっては、この映画でリゲティの曲が使われていなければ(当初は、別の作曲家に新曲を作らせるつもりでした)、彼の作品はごく一部のマニア以外にここまで広く知られることはなかったと断言することが出来ます。そんな「2001年~」で使われた曲のようなテイストを色濃く残しているのが、このアルバムの最初の3曲ではないでしょうか。「チェロ協奏曲」などは、まさに「アトモスフェール」の小型版、といった感じです。
しかし、リゲティは次第にこのようなクラスターを主体にした作風を変えていきます。そして、ここで最後に収録されている「ピアノ協奏曲」では、例えばミニマル・ミュージックの影響などを受けたとされる作風を見せていますし、第4楽章では武満徹が使った音列まで登場します。しかし、全体としてはバルトークなど、彼が作曲家としてスタートした時にモデルとした作曲家の影響が見て取れます。それは、「ムジカ・リチェルカータ」という、初期のピアノ曲集にとてもよく似たテイスト。つまり、リゲティは一回りして「過去の自分」に戻っていたとは言えないでしょうか。
キューブリックが1999年公開の「アイズ・ワイド・シャット」で、この「ムジカ・リチェルカータ」からの曲を使ったのも、それで頷けます。彼は、本物の「リゲティおたく」だったのでしょう。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-02-28 23:53 | 現代音楽 | Comments(0)
これが完結編ですって
 「さくら野」が自己破産ですってね。私にとっては「丸光」の方が通りがいいんですけど。学生時代、ここで真夜中のアルバイトをしたことがありましたね。商品の入れ替えかなんかだったんですけど、その時に使っていた階段がまだあるみたいですから、もう相当昔に建った建物なんでしょうね。あんだけ広い敷地なんですから、この際立て替えて、それこそ立派なコンサートホールなんかが入るぐらいの建物を作ればいいと思いませんか?駅前にコンサートホールなんて、素敵ですね。金沢とか川崎で出来たことが、仙台に出来ないはずはありません。とはいっても、行政の長がその方面に何の関心もないのですから、まず無理でしょうけどね。
 ただ、ニュースでは、この敷地は地権者が入り組んでいて、再開発が難しいのだそうですね。たしかに、裏側に回ると、なんだか雑然としたお店なんかがあるみたいですね。かつては、「八重洲書房」というマニアックな本屋さんなんかもあって、ある時期通い詰めていたこともありました。もうなくなってしまったようですけど。今は、どんな本でも簡単に買えるようになっていますが、それは知らなければ買えませんよね。でも、こういう本屋さんに行けば、何かしら面白そうなものが見つかったりするんですよね。あとは、古本屋さんも少なくなりましたね。
 鎌倉に今でも営業をしている古本屋さん、という設定のお店が出てくるのが、「ビブリア古書堂の事件手帖」というシリーズですが、その第7巻がやっと出ました。本当に首を長くして待っていたんですよね。いろいろネットで調べたりすると、かなり執筆に手間取っているようなことが書いてありましたから、まだまだ先のことだろうな、とは思っていました。ですから、いきなり新聞にでかでかと広告が出ていたのには、びっくりしましたね。逆に、こんなにメジャーだったのか、と思ってしまいました。それこそ、本屋さんに行っても、これを置いてないお店の方が多かったような気がしますから。
 ただ、待っていたのは事実ですが、最初のうちはとても面白かったこのシリーズが、最後の方になってくるとなんだか話があまりに入り組んできて、ちょっと入っていきづらくなっていました。私は、ですが。第6巻などは、人間の続き柄なども頭に入らないで、結局なんか消化不良で読み終わった、という印象がありました。ですから、果たしてこれが楽しめるかどうかは、あまり自信はありませんでした。
 確かに、最初のあたりはやたら「今までの説明」が続きます。これを初めて読む人のためでしょうが、もうこの時点でなんだかわけがわからなくなりそう。でも、そんなところを超えると、急に物語が軽やかに流れるようになってきました。こうなったらもうしめたもの、最後まで一気に読めてしまいましたよ。こんな読み方が出来たのは久しぶりのこと、本当に面白かったんですね。
 ネタバレはまずいので、細かいことは一切書きませんが、なによりも昔の本の作られ方が面白かったですね。それと、同じ本でも版によって違いがあるなんてあたりは、「版マニア」の私にはたまりません。ただ、最後の仕掛けは、私は終わりまで読まなくても分かってしまいました。というか、これは文章で書かれても理解できない部分がありますから、困りますよね。現物を見れば分かるような気がするのですが。
 もちろん、これは推理小説なのですが、その周りを彩る主人公の物語がほんとに素敵ですね。栞子さんの喜んだ姿、私もうれしくなってきます。
 この帯にもあるように、映画化が決まったようですね。アニメはともかく、実写ではだれが彼女を演じるのかがとても気になります。以前テレビドラマでは剛力彩芽が演じたそうですが、もし映画でも彼女だったら絶対に見ないでしょうね。こんなミスキャスト、誰が考え出したんだか。かといって、とっさに思いつくような適役の人はいませんね。なんせ、現実にもうこの人しかいない、という人に出会ってしまっていますからね。強いて挙げれば、その人に良く似ているPerfumeの樫野有香さんでしょうか。でも、彼女、お芝居なんか出来たかな?
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by jurassic_oyaji | 2017-02-27 22:15 | 禁断 | Comments(0)
スキンを少し直しました
 このブログは、ページのデザイン(スキン)がいろいろあって、その中から自由に選ぶことが出来ます。それだけではなく、それぞれのスキンの細かいところ、例えばタイトルの画像とか、文字の大きさ、色、フォント、さらには、文章を書くスペースの大きさなども、細かく指定することが出来ます。スキンというのは要するにスタイルシートなわけですから、それぞれの数値や自分で作った画像を使う時にはそれを保存してある場所などを指定してやればいいだけの話です。とは言っても、HTMLやスタイルシートの書き方をある程度知っていないと、なかなか自分の思ったようには変えられませんから、これをやるためにはその方面の基礎知識は欠かせません。
 私の場合も、それほどの知識はありませんが、とりあえずスタイルシートの書き方ぐらいは分かるので、いろいろ手を加えて今のスキンを使っています。最初に素材を選んだ時にも、その時点で最も文章のスペースの幅が広く取れるものを選びました。画像を載せる時に、できれば幅が500PXぐらいの大きさのものが、たとえば楽譜などでは必要になってきますからね。
 でも、やはりそこには限界があって、ちょっとこれでは小さすぎて、その幅にすると見えにくくなってしまったりします。ですから、1段の楽譜を2段に分けるなどして対応してきました。あ、実は、その幅以上の画像でも縮小されて掲載され、それが実寸の画像にリンクする、という機能はあるのですが、私としてはあくまでも同じ画面の中で見てもらいたい、ということがあって、それは避けたいと思っていましたから。
 それが、最近になって大幅に横幅が広く使えるスキンがリリースされました。それに伴って、今までのスキンもずっと幅の広いものに書き換えることが可能になりました。今回、それを利用させていただいて、ブログの全体の幅を200PXほど広くさせていただきました。そこで、画像も最大幅が500PXから700PXに拡大されることになりました。つまり、今まではこの大きさだったものが、
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ここまで大きくなった、ということです。
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 これは、きのうのブログに使った画像ですが、上の画像ではいまいち分かりずらかったのですが、下ぐらいの大きさになれば、少しは違ってくるのではないでしょうか。


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by jurassic_oyaji | 2017-02-26 21:24 | Comments(0)
LOHSE/Hieronymus Bosch Triptychon
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Christoph Maria Moosmann(Org)
Robert Hunger-Bühler(Voice)
Aldo Brizzi/
Bamberger Symphoniker
NEOS/11604(hybrid SACD)


15 世紀のオランダの画家、ヒエロニムス・ボッシュの「七つの大罪と四終 」という作品にインスパイアされた曲なのだそうです。その絵の現物はこれ。
真ん中に大きな円が描かれていますが、これは人間の「眼」を描いたものなのでしょう。「瞳孔」中にいるのはイエス・キリスト一人です(同行する弟子はいません)。その周りは7つに分割されていて、それぞれに「大罪」を現す絵が描かれています。さらに、その外側にはもう4つの円があって、それが「四終」と呼ばれる、人間の最後の出来事です。左上は「死」、右上は「最後の審判」、左下は「地獄」、右下は「天国」です。
その「七つの大罪」と「四終」に、もう一つ、さっきのイエス・キリストのすぐ下に書かれている文字も、この音楽のモティーフになっています。そこには「Cave cave Dominus videt」と書かれているのですね。それは「気をつけよ、気をつけよ、神は見たまう」という意味です。だから、「眼」の中に書かれているのですね。
この三つのモティーフを使って「三部作」を完成させたのは、1943年に生まれたドイツの作曲家、ホルスト・ローゼです。作曲をヘルムート・エーダーとベルトルト・フンメルに師事したそうで、その作品は多岐にわたっています。多くの詩人の歌詞による声楽曲を始め、実験的な劇場音楽や舞踊音楽、さらには哲学や神話、絵画などとのとのコラボレーションによるアンサンブルやオーケストラの作品など、膨大なものです。
とりあえず、このアルバムを聴く限りでは、彼の作風は、あくまでドイツの「正統的」な流れを汲むもので、決して聴きやすいとは言えませんが、昨今の軟弱な「現代音楽」に慣らされた耳には、適度の緊張感が与えられるものであるような印象を受けました。
ローゼは、まず1989年に、オルガン独奏のために「七つの大罪」を元に7つの曲から成る作品を完成させます。それは、先ほどのキリストの真下にある「憤怒」から始まって、反時計回りに「虚栄」、「淫欲」、「怠惰」、「大食」、「貪欲」、「嫉妬」の順に曲が並んでいます。それぞれが2分ほどの短いものですが、そこにはとても切りつめられた極限的な表現が見られます。そこでは、オルガンの機能を最大限に発揮させたダイナミック・レンジと、多彩な音色が駆使されています。「怠惰」では、鐘の音の連打が聴こえますが、ここで使われているオルガンには、そのようなストップが備わっているのですね。さらに、この録音が行われたロッテンブルクの大聖堂には、祭壇の向かい側に設置された大オルガンの他に、祭壇の右上の壁面に設置されたクワイヤ・オルガン、さらに、持ち運びできる小さなチェスト・オルガンと、全部で3つのオルガンがあって、この録音ではそれらをすべてシンクロさせて演奏されていますから、その表現力はハンパではありません。
音楽としては、ボッシュの絵の持つニヒルな側面ではなく、もっと暖かい視点を感じることが出来ます。「淫欲」の音楽からは、なにか恍惚感のようなものが感じられてしまいます。
「四終」では、大オーケストラとオルガンの共演が楽しめます。これは、1997年の初演の時のライブ録音、バンベルク交響楽団のホームグラウンド、「ヨーゼフ・カイルベルト・ザール」には、立派なオルガンが備えられていますが、それが大活躍です。この曲では「Sinfonia da Requiemのような」という注釈がついています。最後の「天国」の楽章は、そんな「救い」の音楽になっていて、エンディングのリコーダー・ソロが不思議な魅力を醸し出しています。
最後の2012年に作られた「Cave cave Dominus videt」は、ミヒャエル・ヘルシェルという人が書いたそのイエスの言葉に対する問いかけから始まるテキストが、ナレーターによって朗読され、そのバックにオルガンが流れる、という作品です。
いずれも、これが世界初録音(「四終」以外は初演ではありません)、SACDならではの精緻な音色が堪能できます。

SACD Artwork © NEOS Music GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-02-25 20:44 | 現代音楽 | Comments(0)
脱稿しました
 「杜の都 合奏団」のコンサートの本番まであと2週間となってしまいました。演奏に関しては、まあいつもの調子で本番までには万全のコンディションを整えることは出来そうですが、私にはその前にやっておかなければいけないことがありました。この前にも書きましたが、それはプログラム用の原稿を書くことです。これが出来上がらないことには気がかりでしょうがないので、少し早目に仕上げて、さっきマエストロに送ったところです。この前のコンサートの打ち上げの時に、「本番前に読んでおきたかった」といううれしいことをおっしゃってくれた方がいたので、こちらに公開してみます。
 まだまだチケットには余裕がありますので、こんな曲を聴きに来ていただければ、とても嬉しいです。
 杜の都合奏団のコンサート、第6回目を迎えた今回はまるでコース料理のように、前菜(オードブル)は「序曲」、魚料理(ポワソン)は「協奏曲」、そして肉料理(ヴィアンドゥ)はボリュームたっぷりの「交響曲」の3品をお召し上がりください。もし興が乗れば、「アンコール」という名のデセールもご用意させていただきます。

ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
 カール・マリア・フォン・ウェーバーは「ドイツ国民オペラの創始者」と言われています。彼の業績は、たとえばモーツァルトの「魔笛」や「後宮からの逃走」のような、間にドイツ語のセリフを挟んで音楽が進行する「ジンクシュピール」という昔からある形は踏襲した上で、ドイツ的な素材を前面に出して代表作である「魔弾の射手」のようなオペラを作った、ということになるのでしょう。
 その「魔弾の射手」の成功はヨーロッパ中に知れ渡り、ロンドンのロイヤル・オペラ(コヴェントガーデン歌劇場)からも作曲の依頼が舞い込むようになりました。そこで、かの地で上演するために英語の台本によって作られたのが、ウェーバーの最後のオペラとなった「オベロン」です。「オベロン」というのは、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」に登場する妖精の王として知られていますね。この物語にはパックなどの妖精も登場します。さらに、船が難破し、異国の海岸に打ち上げられるという、同じシェイクスピアの「テンペスト」のエピソードも付け加えられていますし、モーツァルトのそれこそ「魔笛」や「後宮」とよく似たプロットもあります。依頼から2年後の1826年にこのオペラは完成し、作曲家自身の指揮によって初演されました。しかし、ウェーバーはその直後、長らく患っていた結核のためイギリスで亡くなってしまいました。
 代表作である「魔弾の射手」でさえ、最近ではめったに上演されなくなっていますが、この「オベロン」も台本があまりにハチャメチャなこともあって、実際に取り上げるオペラハウスはほとんどありません。ただ、その序曲には、いかにもコンサートの幕開けにふさわしいワクワク感と甘美なメロディ、沸き立つようなクライマックスがぎっしり詰まっていて、オーケストラのコンサートには欠かせないものとなっています。
 最初のゆったりとした序奏の部分では、まずホルンが妖精の王オベロンをあらわす角笛のモティーフを演奏します。オペラの中では、オベロンがフランスの騎士ヒュオンに恋人探しを命じるときに、この角笛を「困ったときはこの角笛を吹いてわしを呼べ」と差し出します(まるで「魔笛」!)。その後にフルートとクラリネットで奏でられる細かい音符の煌めくようなモティーフは、妖精たちをあらわしたものです。それに続く金管の荘厳なファンファーレはオペラの終幕、ヒュオンが国王となるシーンで鳴り響く音楽です。
「ジャン」という全合奏をきっかけに軽やかなテンポの主部になると、そこでまずヴァイオリンによって低音から高音までめまぐるしく動き回るテーマが出てきます。これは、バグダッドの宮殿から恋人のレイザを救い出したヒュオンと、それぞれの従者のファティマとシェラスミンという4人の登場人物が船に乗って逃げようと歌う「暗く青い海の上Over the dark blue waters」という四重唱の中間部に現れるものです。そのあと、対照的にクラリネットで甘く歌われるのが、ヒュオンがレイザを思って歌う「少年時代から戦場で鍛えてきたFrom boyhood trained in tented field! 」というアリアの、やはり中間部分から取られたモティーフです。そして、最後に出てくるのが、レイザが乗っていた船が嵐で難破したあとに歌う「海よ、巨大な怪物よOcean! thou mighty monster」という、これだけは独立して演奏される機会も多いアリアの最後の部分に出てくる、まさにロマン派特有の倚音(非和声音)を多用した勇壮なテーマです。さらに、後半には主部の最初のテーマに、妖精パックが歌う「空気と大地と海の聖霊よSpirits of air, and earth and sea!」という歌の中の付点音符のモティーフが絡み付きます。

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
 フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲は全部で3曲あります。20代のころに作られた2曲の協奏曲は、「第2番」と呼ばれている協奏曲の方がまず1858年に作られましたが、初演されたのは1880年と、ずいぶん後になってしまいました。これは、若さの息吹きにあふれたすがすがしい作品、ハープの伴奏で歌われる第2楽章のテーマの美しさには魅了されます。「第1番」は、1859年に作られた、楽章が1つしかないラプソディ風の作品で、やはりキャッチーなテーマには惹きつけられます。
 ただ、いずれの曲も、それから20年以上経って円熟度を増した作曲家の手になるこの「第3番」の堂々たる佇まいの前には、影が薄くなってしまいます。実際、今では彼のヴァイオリン協奏曲と言えばこの曲しか頭に浮かばない人がほとんどなのではないでしょうか。作曲されたのは1880年、「1番」と同じくサラサーテに献呈されており、当然彼のソロによって初演されています。この曲は、どの部分を切ってみても、魅力にあふれたメロディで出来ているといういかにもサン=サーンスらしい音楽です。
 第1楽章では、神秘的な弦楽器のトレモロに乗ってソロ・ヴァイオリンが奏でるちょっと暗めでインパクトのあるテーマが、全体を支配しています。しばらくして現れる、夢見るような美しいテーマとの対比も絶品です。
 第2楽章では、波打つゴンドラのような6/8拍子のバルカローレ(舟唄)のリズムに乗って歌われるテーマがとても魅力的です。これが最初に出てくる時はソロ・ヴァイオリンで始まり、それがファースト・ヴァイオリン、オーボエと受け継がれ、さらにフルートが締めくくるというパターンですが、その後は担当楽器が替わって別の味わいも楽しめます。やがて、ゴンドラの漕ぎ手が歌うようなこぶしのきいたフレーズも現れ、ソロ・ヴァイオリンのフラジオレットとクラリネットとのユニゾンの夢見るような響きの中で終わりを迎えます。
 第3楽章の冒頭は、さっきの「こぶし」を用いたソロ・ヴァイオリンの序奏で始まります。やがて、軽快なテンポのタランテラのリズムに乗って現れるテーマはとってもおしゃれ。そして、その後にソロ・ヴァイオリンで現れる流れるようなテーマと、しばらくしてから弱音器を付けた弦楽器によって奏でられる、まるでオルガンのような敬虔なテーマが、入れ代わり立ち代わり登場して、この華麗な楽章を盛り上げます。

ブラームス:交響曲第1番
 サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲が作られるちょっと前の1876年、ヨハネス・ブラームスが43歳の時に作られたのが、彼の最初の交響曲でした。ブラームスの交響曲は、ベートーヴェンのあとにドイツ、オーストリアで作られたシューベルト、メンデルスゾーン、シューマンたちの「新しい」交響曲よりもずっとベートーヴェンの流れと精神を正当に継承した、その意味では「古い」形の交響曲と言えるでしょう。だからこそ、同じ時代の「最新鋭」の音楽であったワーグナーやブルックナーにはついていけなかった人たちには、歓迎されることになったのです。しかし、ブラームスは決して懐古趣味で「古い」音楽を目指したわけではありません。形は伝統的ではあっても、そこで繰り広げられる音楽の中には未来を予見するようなものを見出すことだってできるのです。
 第1楽章は、まず、ティンパニの重苦しい連打に乗って、ハ短調という、ベートーヴェンが交響曲第5番で使った暗い調で始まります。ヴァイオリンが奏でる半音進行を交えたテーマは、かなり印象的。しかし、そのあと管楽器で出てくるモティーフは、さらに意表をつくものでした。それはなんと「減7度」の下降音、つまりそれは、1オクターブの中の12の半音を三等分した時に出来る4つの音の中の音程です。そして、そのあとはその半音下でやはり「減7度」が出現します。その結果、ここにはブラームスが意識したかどうかは分かりませんが、それからしばらくして出現する「12音音楽」、つまりすべての半音を平等に扱う「無調」のテイストが色濃く漂うことになるのです。これは、まさに時代を先取りした音楽です。それと同時に、偉大なベートーヴェンからの引用もあちこちで見られます。この楽章の中ほどで弦楽器に「タタタン」というリズムが何回か出てきますが、それはやがて「タタタター」という、あまりにも有名な交響曲第5番のテーマのリズムに変わり、それが縦横にさまざまの形で出現することになります。さらに、もう少しすると、ベートーヴェンの交響曲第6番(田園)の第4楽章の嵐の部分から、第5楽章の羊飼いの歌に移る場面の「ソラソファミ」というモティーフも聴こえてきますよ。
 第2楽章は、流れるような三拍子に乗って、穏やかな音楽が聴こえてきます。その間を縫って、オーボエやクラリネットが華麗なソロを聴かせてくれるのにもご注目、弦楽器と管楽器とが絶妙の掛け合いを見せる中、ヴァイオリンのソロに乗って静かに曲は終わります。
 第3楽章では、最初にクラリネットで奏でられるテーマがちょっと不思議なリズムになっています。古典的な曲では、大体4小節がテーマの単位になっていて、その単位が繰り返されて音楽が作られることが多いのですが、ここではそのテーマが5小節で出来ているために、最後の1小節でちょっとした「字余り」感があるのですね。それを、わがマエストロは前半は2/4拍子が2小節、後半は3/4拍子が2小節、ということで見事に解決しました。でも、そうなるとこれは「変拍子」になるので、いずれにしても古典音楽からは脱却した手法です。中間部には、「タタター」という、やはりベートーヴェンのリズムが現れます。
 最後の楽章は、長い導入の部分がとてもドラマティック。始まってしばらくは第1楽章のような重苦しい短調の部分が続きますが、ティンパニのロールを合図に突然霧が晴れたように曲は長調に変わります。その瞬間、聴こえてくるのがホルンのテーマです。その、まるでアルプスの山々に響き渡るような雄大なテーマは、ブラームスが実際にスイスで聴いたアルプホルンが奏でていたメロディだったのだそうです(彼は、これを採譜して歌詞をつけ、密かに想いを寄せていたクララ・シューマンの誕生日に贈っています)。このテーマはそのままフルートに受け継がれます。そして次の瞬間、トロンボーンとファゴットのコラールによって、「神」が現れます。さらにもう一度アルプホルンのメロディが出た後にテンポが変わって、やっと主部に入ります。ここでのテーマはなんとものどかな唱歌風のもの、後半がベートーヴェンの交響曲第9番の最後の楽章に現れる「歓喜の歌」とそっくりです。もちろん、これはしっかりブラームスのベートーヴェンに対するオマージュが込められてのことなのでしょう。曲の最後ではまた「神」が出現、壮大に全曲を締めくくります。

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by jurassic_oyaji | 2017-02-24 20:59 | 禁断 | Comments(0)
L'inverno degli flauti
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Die 14 Berliner Flötisten
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なんか、最近は仙台と言えば「電子タバコ」のメッカになったような感がありますね。「グロー」という最新のものは仙台市内でしか買えないだけでなく、仙台に住んでいる人でなければ購入が許されないのだそうですよ。その、日本に一つしかないショップの前に行くと、警備員が「今日の販売予約は終了しました」という看板を持って立ってました。なんでも、朝早くから並ばないと、その日の割り当ては入手できないのだそうです。そんな苦労までしてタバコを吸いたいという人がいるということ自体が、異常です。タバコがこの世からなくなってくれる日など、あるのでしょうか。
先日ベルリン・フィルをめでたく定年退職したアンドレアス・ブラウが、ベルリンのオーケストラの団員や、元団員、あるいはフリーランスのフルーティストなどを集めて結成した「14人のベルリンのフルーティスト」の、最新アルバムの中には、そんな「タバコ」がらみの曲が入っていました。
それは、ロシアの作曲家アナトーリ・リャードフが作った「Une Tabatiére à musique」というタイトルの曲です。そのまま訳すと「音楽仕掛けのタバコ箱」ですから、タバコを収納する箱がオルゴールになっているものなのでしょう。ふたを開けるとオルゴールが動き出して音楽を奏でる、というものですね。ライナーノーツには、「かつては栄えたタバコ文化も、今では健康問題で見る影もない。管楽器奏者にとっては、これはとてもありがたいことだ」みたいなことが書かれています。この曲、なぜか日本では「音楽の玉手箱」という名前が付けられているピアノ・ソロのための曲ですが、そのシンプルなワルツはなんだかどこかで聴いたことがあるような懐かしさを秘めていました。終わりごろにはテンポがだんだん落ちていくのは、オルゴールのゼンマイが切れた様子を描写しているのでしょう。
これは、昨年の末にはリリースされていたクリスマス・アルバムです。メンバーは名前の通り「14人」のはずなのに、今回は全部で18人のフルーティストと1人の打楽器奏者が参加しています。
アルバムのタイトルが、イタリア語で「フルートたちの冬」となっていますが、それはこの中で取り上げられているヴィヴァルディの「冬」からのもじりなのでしょう。有名な「四季」の中のヴァイオリン協奏曲をフルート族のために編曲したものです。ソロ・ヴァイオリンのパートも、一人で吹くのではなく何人かでかわるがわる吹いているみたいですね。なかなか楽しく聴ける半面、ちょっと生真面目すぎるようなところもありますが、まあドイツの人たちのことですから、あまり融通が利かないところは我慢しましょう。
そんな、ちょっと堅苦しいところがもろに見えてしまうのが、「Have Yourself a Merry Little Christmas」という歌のアレンジ。ジュディ・ガーランドやフランク・シナトラが歌った元の曲を知っていてもいったい何が始まったのか、と思わせられるようなものすごい複雑なことをやっています。ラテンっぽいリズムでまとめてはいるのですが、軽やかさは全く感じられないという、恐ろしい仕上がりです。
でも、元々クラシックだったものには、きちんと敬意を払って原曲の味がきっちり味わえるようになっています。コレッリの「クリスマス協奏曲」などは、とても素直なアレンジで、しかもフルートの味がよく出ています。ピッコロが2本使われていて、左右に分かれて呼び交わしているのが素敵です。これは、エゴルキンとデュンシェーデという、ベルリン・フィルの現役とOBの競演なのでしょう。
でも、やはり一番しっくりくるのは、この団体のために作られた新しい曲でしょう。1974年生まれのスイスのオーボエ奏者で作曲家のゴットハルト・オーダーマットという人が作った「Perseus」という作品は、このフルート・アンサンブルの特性をしっかり見極めたうえでちょっと新し目の和声とリズムで、最大限に彼らの魅力を引き出しています。

CD Artwork © Musikproduktion Dabringhaus und Grimm

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by jurassic_oyaji | 2017-02-23 20:14 | フルート | Comments(0)
設定が出来なくてあきらめてしまう人もいるでしょうね
 我が家で使っているWIFIルーターは、光を導入した時に一緒にNTTからレンタルしたものでした。それが2004年の11月、それ以来何の疑問も抱かずに、12年以上使い続けてきました。これを入れた時には、設定がとても面倒くさく、とても私の手には負えなかったのでちゃんとサービスの人に来てもらって設定を行ってもらっていました。その時の様子を見ていると本当に大変そうだったので、こんなことは2度とやりたくないと思ったのも、使いつづけた要因だったんでしょうね。
 でも、それからルーターも進化して、最近のものは全部自動的に設定が出来るようになっているようでした。考えてみたら、そのルーターと、今では全く使っていませんが、そのころは「LANカード」というのをPCに入れないと、つながりませんでしたから、そのレンタル分も合わせると月額1200円も払っていたのですね。そんなんだったら、半年で新しいルーターを買えてしまいますから、だいぶ損をしていたような気がします。
 思い立ったら少しでも早くと、迷わずにamazonで最初にあったものを注文したら、きのう職場に届きました。それを開けて、まずはマニュアルを見て設定のシミュレーションです。いや、そんなことをするまでもなく、ざっと読んだ限りではいともあっさり出来てしまいそうでした。これだったら、練習が終わって夜遅く帰っても、それから5分もあれば設定は完了するはずですね。
 その前に、晩御飯を食べてから行かないといけませんから、久しぶりのフォレオのモスに行ってみました。冬場のお汁粉が目当て、それだけではちょっと足らないので、ポテトを付けようと思いますが、ちょっと塩分は控えめにしている身、できれば塩をかけないでもらいたかったので、店員さんに「塩、抜いてもらえますか?」と恐る恐る聞いてみたら、あっさり「塩なしですね、かしこまりました」ですって。レシートを見てみたら、
 こんな感じ、ちゃんとレシートのフォーマットに含まれているんですね。つまり、こういう注文があることは、しっかり想定されているのですよ。出てきたら、こんなシールまで貼ってありました。
 楽しい練習が終わって家に帰り、そのまま着替えもしないでルーターの入れ替え作業を始めます。VDSLモデムはそのまま使いますから、そこにつながっているLANケーブルを外し、新しいルーターにつなぎ、電源を入れます。PCを開いて、SSIDを探すと目指すルーターのものがあったのでそれを指定、パスワードも分かっていたのでそれを入れたら、見事にルーターとはつながりました。しかし、ブラウザを開いても、インターネットにはつながっていません。そういえば、マニュアルにはインターネットが開かない時にはどうのこうの、という説明があったような。そんな場合は想定していませんから、もうパニックです。どうやら、その先にはプロバイダーの情報を入れてやるという作業が、私の場合は必要だったのですね。そういうプロバイダーからの資料は職場に置いてありますから、どうにもなりません。かろうじてパスワードだけは覚えていたので、それを頼りに設定してみたのですが、全然だめです。こうなったら、次の日に職場から資料を持って帰るまでは作業はお預けですね。
 でも、念のため、光を入れた時の資料はあったので見てみたら、そのプロバイダーの情報がありました。というか、それはそこのサイトにしっかり表示してあったものでした。ですから、落ち着いてサイトを調べてみればそれは簡単に入手できたのですよ。それに気が付いたのはもう夜も更けるころですから、もう寝てしまい、今朝、再挑戦。そうしたら、そのプロバイダーの情報を記入するページがなかなか出てきません。それでも、なんとかそこを見つけて、設定が終わり、「接続に成功しました」という表示が出た時はうれしかったですね。というか、こんなに苦労するとは思っていませんでしたよ。
 やっぱり、12年間の技術の進歩は著しかったようで、写真のダウンロードなどは見違えるように早くなりましたね。
 右が新しいルーター。真ん中がモデムで左の大きいのが前のルーターです。これがなくなって、やっとスッキリしました。邪魔なものはさっさと片づけないと。今日、解約の電話をしたら、そのうち引き上げ用の「荷造りパック」が届くそうです。もちろん着払いの伝票も付いています。
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by jurassic_oyaji | 2017-02-22 21:34 | 禁断 | Comments(0)
WEBER/Oberon
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Jonas Kaufmann(Huon), Steve Davislim(Oberon)
Hillevi Martinpelto(Reiza)
John Eliot Gardiner/
Monteverdi Choir
Orchstre Révolutionaire et Romantique
DECCA/478 3488


最近、ウェーバーの「オベロン」序曲についてちょっと調べていたら、全曲盤を聴いてみたくなりました。でも、たとえばNMLあたりでは恐ろしく古い録音のものしかないんですよね。序曲だけは有名だけど、全曲はめったに演奏されることはない、という噂は本当だったのです。NML以外でも、クーベリック盤などは割と最近のものですが、それでも1970年の録音でした。なんせ、ビルギット・ニルソンなんかが歌っていますからね。そうしたら、もっと最近、2002年に録音されたものもあることが分かりました。探して見たら2012年にリイシューになっていたものが、お安く入手できました。
録音のクレジットを見てみるとプロデューサーはイザベラ・デ・サバタですから、この頃は彼女がガーディナーとともに「SDG」を起こす前で、まだDGに籍があったのでしょう。2005年にしっかりDECCAからリリースされましたし、同時に国内盤でも発売されていました。
実は、買ってまでこのCDを聴きたかったのは、カウフマンがこの中で主人公のヒュオンを歌っていたからなのです。確かに、こちらのカウフマンの「自伝」の巻末にあるディスコグラフィーにも載っていましたね。ただ、そこでは録音されたのが「2004年」となっているのが情けないところですよねん
いずれにしても、これが最初にリリースされた時には彼は全くこの業界では無名だったのは、「レコ芸」の広告でこんな表記がされていることからも分かります。
さらにこの雑誌の月評を執筆した國土さんという有名な音楽評論家でさえ、「歌手陣は筆者にとっては未知の名前ばかり」と、正直に述べていますからね。そもそも、このCDを作ったDECCAでさえも、その時のジャケットにはカウフマンの名前は2番目に載せていました。それが、このリイシュー盤では、順序が変わって一番先になっていますし、こんなシールまで貼られてましたよ。
「今を時めくカウフマンが、かつてはこんなアルバムにも参加していました」というノリで売り込もうというレーベルの魂胆がミエミエですね。
このオペラは、元々はロンドンのコヴェント・ガーデンからの委嘱で作られたもので、台本は英語で書かれています。しかし、そのストーリーは支離滅裂の極みです。「オベロン」というのは、シェークスピアの「真夏の夜の夢」に登場する妖精の王で、そこでの狂言回しのパックなども出てきます。さらに、同じ作者の「テンペスト」の要素も加わっていますし、どういうわけかモーツァルトの「魔笛」と「後宮」のプロットまで紛れ込んでいるのですからね。今では、実際に上演する際には、ほとんどの場合英語ではなくドイツ語に直して演奏されています。それを、本来の英語で歌わせているのは、おそらくこのガーディナーの録音が最初なのではないでしょうか。
ただ、このオペラはそれこそ「魔笛」などと同じジンクシュピールですから、物語はセリフで進行し、その間にアリアやアンサンブルが入るという形を取っています。それを、ガーディナーは全てのセリフをカットして、その代わりにあらすじの要約をナレーターが語るように直しました。そのため、本来なら2時間半以上かかる全曲が2時間足らずで終わってしまうほどの長さに切り詰められています。まあ、そのために、ここでは多数出演することになっている「歌わない」セリフだけの出演者は全く出番がなくなるので、ストーリー展開としてはスカスカなものになってしまいますが、そもそもいい加減なプロットなのでなくてもいいだろう、という判断なのでしょう。
2002年のカウフマンといえば、チューリッヒ歌劇場専属の歌手として、世界的にブレイクし始めたころなのでしょう。ここでは、もちろんあの張りのある強固な声も聴けますが、第2幕の12番のアリアでは「抜いた」声も駆使して幅広い表現力を見せています。彼のファンにとっては思いがけない掘り出し物でしょう。

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by jurassic_oyaji | 2017-02-21 23:55 | オペラ | Comments(0)
あまりにモロで・・・
 WOWOWで「もう」あの映画をやってました。ついこの間、この地方ではかなり評判になった映画です。
 なんせ、すぐ近くの町がモデル、というか、実際にあったと言われる話が元になっていますから、盛り上がるのは当たり前でしたね。私も、機会があったら映画館で見てみたいと思っていましたからね。でも、それをBSで見てしまったら、映画館に行かなくてよかったな、と思ってしまいました。
 とにかく、お話自体は面白いはずなのに、それが画面からは全然伝わってこないのですよ。あまりにも「いい人」しか出てこないとか、予定調和があまりにも多いとか、ドラマとしての盛り上がりがほとんど感じられませんでしたね。なんか、話題性だけ先走りして、肝心のことが何もできてないな、という感じです。
 でも、羽生クンはよかったですね。あんなにセリフや芝居があったのに、全然見劣りがしませんでした。というか、まわりの「プロ」があまりにふがいないのでこんなシロートがかえって素敵に見えてしまったのでしょうね。本間ちゃんも出ていたらしいのですが、こちらは全く気づきませんでした。
 こちらの録画を見ていたら、11時を過ぎていました。しまった、達郎の番組があったんだ。と、あわててラジコを立ち上げてみると、そんな番組はやっていないような感じでした。
 確かに、先週この時間に「夜」の「サンデーソングブック」をやります、という予告があったはずなのに、と思って聴き始めると、それは確かに、その時に予告していたような怪しげな音楽でした。プレイリストを開くと、「鈴木敏夫」とか「ジブリ」とは全く無縁なタイトルですから、これはダミーだったのでしょうね。なんせ、タイムフリーもやらないということでしたから、あくまで「深夜」にリアルタイムで聴くしかないのでした。
 その曲目の、ラジコでの表示がこちらです。
 機会があったら、検索してみたらいいんじゃないでしょうか。「ピエール~」なんて、まさに「R-18」ですね。そう、これは、達郎の番組でたまにやっている「珍盤奇盤特集」の、「深夜放送」バージョンだったのですよ。ですから、もちろんタイムフリーなんかにできるわけはありませんね。
 でも、まあ、これは言ってみれば中学生レベルの楽しみ、という感じはしませんか?いい大人がこんなものでニヤニヤしているなんて、ただのえろおやじですよ。私だって嫌いじゃありませんが、正直途中で飽きてしまい、最後まで聴かないで寝てしまいましたからね。夕べの映画とラジオは、どちらも中身の薄いものでした。
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by jurassic_oyaji | 2017-02-20 21:31 | 禁断 | Comments(0)
UR
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Eva Holm Foosnæs/
Kammerkoret Aurum(hybrid SACD)
2L/2L-129-SACD(hybrid SACD)



今年も、「グラミー賞」の発表が行われ、受賞作を巡って悲喜こもごもの報道が世間をにぎわせていますね。あの賞は基本的にポップスのアルバムに対するものなのでしょうが、一応クラシックにも義理立てをして、最後の方に申し訳程度にクラシック関係の部門が設けられています。そんな「付け足し」に対して、業界はことさら大袈裟に騒ぎ立てていますが、それはなんとも無益なことのように思えてしまいます。
とは言っても、実際に自分で買って聴いたアルバムがそんな賞は取らないまでも、ノミネートでもされていたりすれば、なんか得をしたような気分にはなりますね。
この2Lレーベルなどは、そんな賞とは全く無縁なところでコアなファンを相手に勝負をしているように思っていたのですが、昨年リリースされた3枚のそれぞれソロ・ボーカル、合唱、室内楽のアルバムがノミネートされていたことに気づきました。録音関係の部門がほとんどですが、そのうちのこちらの合唱のアルバムは「Best Choral Performance」という演奏部門でのノミネートです。
今回のアルバムは、来年ノミネートされることはあるのでしょうか。タイトルの「ur」とは、ノルウェー語で「ウル」と発音します。意味は「時間」とか「起源」とか「野生」といった様々な内容が含まれているようです。ジャケットに使われている北欧の針葉樹林の写真が、それをイメージとして伝えているのでしょう。勝手な想像ですが、原初のころからの自然の持つ野生のエネルギーが、時間を超えて現代の音楽家の創造の源となり、その結果出来上がった作品がこのアルバムには収められている、といったほどの意味合いなのではないでしょうか。
ここでこのアルバムのために新しい作品を提供しているのは、現代ノルウェーの5人の作曲家です。それらは、ここで演奏している2006年に創設されたというアウルム室内合唱団の指揮者を2012年から務めているエヴァ・ホルム・フースネスを始め、オイヴィン・ヨハン・アイクスン、マッティン・アイケセット・コーレン、ガイル・ドーレ・イェルショーといったほぼ30代の若手の作曲家たちと、彼らの一世代上のオッド・ヨハン・オーヴェロイという、完璧に知名度の低い人たちです。
ラテン語で「金」をあらわす言葉を名前に持つこの合唱団は、24人編成の室内混声合唱団、との説明がありますが、ブックレットのメンバー表を見ると30人以上の名前がありました。実はこのアルバムのための録音セッションは、2015年の2月と2016年の3月との2回に分けて行われています。それぞれのセッションでメンバーが各パートで2~3人別の人に替わっているのですね。1年の間にメンバーが辞めて別の人が加わったのか、あるいは常時30人以上のメンバーがプールされていて、コンサートやレコーディングはその時に適宜ピックアップされたメンバーで行っているのか、いずれにしてもこの国の合唱人の底辺はたいへん広いことが分かります。どの曲がどのメンバーで歌われているかはちゃんと分かるようになっていますが、もちろんそこで違いを見出すことなどできません。いずれも、「金」というよりは「いぶし銀」に近い、深みのある輝きを持った音色の合唱が、いつもながらの卓越した録音で圧倒的に迫ってきます。
作品は、古典的な和声を逸脱しない程度の、ほんの少しの「現代的」な響きが混じった中で、民族的なイディオムも垣間見られる、という心地よいものばかりです。中でも、野生動物をテーマにした、最年長のオーヴェロイの3つの作品がかなりのインパクトを与えてくれます。「マッコウクジラ」では、クジラの鳴き声の合成音、「アンコウ」では低音のドラムが加わります。それまでずっとア・カペラだったものが、最後のトラックでそのドラムの音が聴こえてきた時には、心底びっくりしてしまいました。それは恐ろしいほどのリアリティをもって、一瞬でまわりの風景を変えてしまいました。

SACD Artwork © Lindberg Lyd AS

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by jurassic_oyaji | 2017-02-18 20:31 | 合唱 | Comments(0)