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フルート四重奏曲をやる予定
 来週は新しい「かいほうげん」を出す予定なので、その準備もピークを迎えています。いや、本当は今週発行予定だったのですが、その時点ではまだ決まっていなかったことが次週だとはっきりする、という事情もあったので1週間遅らしていたのでした。予想通り、その予定は決まったのでそれは載せることができるのですが、その先のことがはたして発行までに間に合うかどうか。
 さらに、もう1つの原稿が、やはりギリギリになって入ってくることになっているので、それも届いたら即刻仕上げなければいけません。ということで、私がやらなければいけないのは、週末までに残りのページを全て仕上げておく、というミッションだったのでした。
 それは1週間延ばした時点で楽勝のように思えたのですが、やはりそのような隙があると人間は怠惰に流れることになっていますから、私もギリギリまで手を付けることはありませんでした。その結果、きのうと今日とでそれを片付けなければいけないというタイムリミットになっていたのです。
 まあ、内容はすでに決めてあって、あとは画像を作ったりするルーティンですから、すぐにできてしまうはずでした。しかし、とんだところでつまずいてしまいましたね。
 それは、今年も8月に開催することになった「アンサンブル大会」の告知記事なんですけど、せっかくホールを取ってやることになったので、できればその画像を付けたいと思ったんですね。でも、ネットを探してもろくな画像がありません。その公式サイトのページにあるのは、こんな感じ。
 横幅が250PXしかありませんよ。PCで見る分にはそんなに遜色はありませんが、こんな小さなサイズではとても印刷物には耐えられません。そうしたら、ギリギリ使えそうな640PXある画像が見つかりました。
 これでも、まだまだ不足してますが、なんとか雰囲気ぐらいは印刷しても分かるはずです。ただ、ご覧のようにこれは何かのコンサートのセッティングの時の写真のようですから、そのまま使うのはちょっとはばかられます。そこで、ここにある余計なものをすべて消すことにしました。
 どうです。みごとにステージの上や下に立っていた人、そして客席でカメラを構えていた人が消えましたね。でも、こんなことに時間を使っていたので、結局目標は達成することは出来ず、未完成のページが残ってしまいました。ですから、それはこれから手を付けることになります。明日中には終わらせたいものですが、どうなりますか。
 ところで、これは、次の定期演奏会の曲目。指揮者は別の版のスコアを使うということが伝わって来ていたので、簡単に手に入るこの版とどこか違っているのか確かめたかったのですが、結局指揮者の使うNOVELLO版は手に入りませんでした。でも、これは間違いなく、それをそのままリプリントした版ですから(ブルックナーなども、そのようになっています)何の問題もなく使えるでしょう。そういうことも、今度の「かいほうげん」には書いてあります。
 そして、そのパート譜がこの間の練習の時に配られたので、さっそく全部のパートをコピーしておきました。
 私の場合は製本しないで、少し縮小したものをこのようにA4のルーズリーフに両面コピーします。それをバインダーに入れておくと、どのパートでもすぐに吹くことが出来ますし、他の人が急に代吹きをしなければいけない時にも、即座にパート譜を渡すことが出来ます。
 それを、3曲、8パート分をコピーしたら、全部で32枚にもなってしまいました。久しぶりに大量の楽譜と格闘しなければいけません。しかも、今まで一度もやったことのない曲ばかりですからね。並行してマーラーもやらなければいけないでしょうし、それこそさっきの「アンサンブル大会」でのモーツァルトもさらわなければいけないし、今年の夏はハードです。
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by jurassic_oyaji | 2017-03-31 22:14 | 禁断 | Comments(0)
GENZMER/Works for Mixture Trautonium
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Peter Pichler(Mixturtrautonium)
Jan Kahlert, Tschinge Krenn(Volkstrautonium)
Manfred Manhart(Pf, Cond)/
Orchestra
PALADINO/pmr 0081


第一次世界大戦後、テクノロジーをベースにした「電子楽器」が次々と発明されました。1920年にロシアで誕生した「テルミン」、その流れを汲んで1928年にフランスで作られた「オンド・マルトノ」、そして同じころにドイツで発明されたのが「トラウトニウム」です。
それはプロシアの文化大臣が1928年にベルリンに設立した「ラジオ実験センター(Rundfunkversuchsstelle)」のエンジニア、フリードリヒ・トラウトヴァインが中心になって開発された電子楽器です。そこでは作曲家のパウル・ヒンデミットも協力していました。そして1930年にヒンデミットの「3つのトラウトニウムのための7つのトリオ」という作品が作曲者自身ともう2人のピアニストによって演奏されて、この楽器は初めて公の前に姿を現したのです。この楽器には鍵盤はなく、オンド・マルトノのような「リボン・コントローラー」で音階やグリッサンドを操作します。
この時に演奏に加わっていた、ヒンデミットの生徒のオスカル・ザラは、その後もこの楽器と関わり続けます。翌年にはドイツの電機メーカーTELEFUNKENとの共同開発によって出来上がったコンパクトな「フォルクストラウトニウム」という商品が販売され200台ほど売れたのだそうです。
ザラは、この楽器を多くの場所で演奏、さらには映画音楽にも携わります。最も有名なものはヒッチコックの「鳥」のサントラに使われた、鳥の大群の効果音でしょう。さらに彼は、この楽器を高機能のものへと改良することに情熱を注ぎました。オシレーターやバンドパス・フィルター、エンヴェロープ・ジェネレーターなどのモジュールも組み込み、リボンも2段装備して、2声部での演奏も可能にしました。これが「ミクストゥーアトラウトニウム」という楽器です。これはまるでモーグのモジュール・シンセサイザーのような外観ですね。それに対して、さっきのフォルクストラウトニウムはミニモーグそっくり。これは単なる偶然なのでしょうか。
そしてもう一人、この楽器の魅力に取りつかれた人がいました。それが、やはりヒンデミットの生徒だった作曲家、ハラルド・ゲンツマーです。ゲンツマーはザラからのサジェスチョンを受けながら、この楽器のための作品を数多く残したのです。
しかし、オスカル・ザラは、弟子を育てるということは全く行わなかったため、彼が2002年に亡くなった後はこの楽器の奏法を習得していた人は誰もいなくなってしまったのです。そんな時に、全くの独学で、この楽器の奏法をマスターしていたのが、このアルバムの演奏家、ペーター・ピヒラーです。彼は多数の楽器を演奏できるだけでなく、作曲家、編曲家としても活躍しています。彼が使っている楽器は、上の写真のドイツの「トラウトニクス」というところで作られたカスタムメイドの楽器です。
彼は、この写真のように楽器と同時にミキサーも操作して、それぞれの声部の音を左右に振り分けたり、リバーブをかけたりしています。そのようにして録音されたゲンツマーの作品から聴こえてきたこの楽器の音からは、大戦間の古色蒼然としたノスタルジーなどは全く感じることはできません。そこには、最新のデジタル・シンセサイザーをも凌駕する新鮮なサウンドがありました。
中でも衝撃的だったのが、1958年に作られた「電子楽器のためのダンス組曲」です。これは、そもそもはザラのスタジオでテープに音を重ねて作られたものです(その音源によるLPは、1972年にERATOからリリースされました)。
それを、ピヒラーは1台のミクストゥーアトラウトニウムと2台のフォルクストラウトニウムでライブ演奏ができるように書き換えました。これはもう、「電子音」がまさに「踊って」いるかのような新鮮な音楽です。4つの曲で出来ていますが、最後の「Ostinato accelerando」などは、その「オスティナート」がまるで低音のリフのようで、今のダンス・シーンでも立派に通用するほどのポップな作品です。

CD Artwork © paladino media gmbh

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by jurassic_oyaji | 2017-03-30 20:54 | 現代音楽 | Comments(0)
仙台フィルは1000円では聴けないと思いますが
 しかし、今回のニューフィルの定期演奏会に関しての電話での問い合わせは、群を抜いていますね。「今回は」と書いたのは、別にいつもと変わることはなく、私の番号を露出していただけなのに、という意味です。毎回、演奏会の広報の一環として、「企画書」というものを作って、それに招待券をくっつけてフリーペーパーの編集部に送っているのですが、そこには連絡先として私の住所と携帯の番号が載せてあります。殆どのメディアは、記事を出すときにその番号を、やはり連絡先として公にしているのですね。ですから、別にその記事を見て私に電話をしてくることは何の不思議もないことなのですが、今までだと来てもせいぜい2、3通、全く何の連絡もないことがほとんどでしたから、今回はいかに特別なのかが分かります。なんせ、このところほぼ1日に1回は電話がかかってきますからね。
 ただ、前にも書いたように、そのような電話がかかってきた時に最初に先方が口にするのが「仙台フィルの演奏会」という言葉なんですよね。これが、すべての電話に共通しているというのが、とてもヤバいのではないか、という気がするのですよ。同じように、もう一人、連絡先が公になっているのが団長で、彼のところにもやはり問い合わせがたくさん来ているようで、それ自体はうれしいことなのですが、そこでも「仙台フィル」と間違えてかけている人がかなりいるようだ、ということでしたから、やはり、と思ってしまいます。
 話の内容から、電話をかけてくる人たちは、仙台市内ではなく、名取とか、さらに南に住んでいる方のような気がします。ですから、そもそもその人たちは仙台にあるオーケストラといえば「仙台フィル」しかないと思っているのではないでしょうかね。よもや、それに非常によく似た「仙台ニューフィル」などという団体があることなどは、全く眼中にないのでしょう。それで、「仙台」何とかというりっぱなオーケストラが、わざわざ名取まで来てくれるのだし、入場料も安いので、これは行ってみてもいいかな、と思って、とりあえずチケットはどこで手に入れられるのか電話で聞いてみる、というパターンなのでしょうね。
 まあ、別にどこを見ても「仙台フィル」なんて書いてはいませんから、あちらが勝手にそう思っているだけなので我々に落ち度は全くないのですから、なんと思われようとしっかりいつもの通り全力で演奏することに変わりはありません。もしかしたら、聴きに来た人は最後までプロオケの「仙台フィル」だと思って帰ってくれるような演奏ができるかもしれませんからね。
 そんなメディアでは、出来上がった雑誌の現物を送ってくれることもあります。中には、「フリー」ではなくしっかり書店で販売されるようなものを送ってくれるところもあったりするので、とてもありがたいですね。それを「かいほうげん」に載せれば、誌面が華やかになりますし。
 そういうものを送ってもらう時のために、企画書には広報係としての私の自宅の住所を入れてあります。つまり、「仙台市〇〇町〇番地〇号室 〇江方 仙台ニューフィル」という書き方をしてあります。ニューフィルには特にオフィスとしての建物などはないのですから、こういう書き方が普通なのではないでしょうかね。つまり、「〇江」さんのお宅に届ければ、そこにはニューフィルの広報の仕事をしている人に届くのだ、ということを意味しているわけです。
 ところが、それを読んだうえで送られてきた雑誌が入った封筒と、同封されていた発送文には、こんな宛名が書かれていました。
 これを出した人は、「〇江方」の「方」を、私の名前だと思ったのでしょうね。信じがたいことですが、その人は、出版のお仕事に従事されているにもかかわらずこういう「方」の使い方をご存知ないのかもしれませんね。
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by jurassic_oyaji | 2017-03-29 22:19 | 禁断 | Comments(0)
SCHUBERT, REINECKE, FRANCK/Flute Sonatas
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Noémi Györi(Fl)
Katalin Csillagh(Pf)
HUNGAROTON/HCD 32767


ハンガリーの若い音楽家、1983年生まれのフルーティスト、ノエーミ・ジェーリと、1981年生まれのピアニスト、カタリン・シーラグのデュオによる、ロマン派のフルート・ソナタ集です。フルーティストの楽器はミヤザワの14Kだそうですが、頭部管だけは「ラファン」なのだとか。その楽器、ブックレットには「ミヤザワ・ボストン」とあったので、このメーカーもボストンに工場を作ったのかな、と思ったら、そんなことはなく、単にハンガリーの国内で販売されるときに、ハンドメイドのグレードが「ボストン・クラシックス」と呼ばれているだけのようですね。
そんな情報はCDを入手してから分ったのですが、そもそもシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」、ライネッケの「ウンディーヌ」、フランクのソナタというありふれたカップリングのアルバムをわざわざ聴いてみたいと思ったのは、こちらのキングインターナショナルのインフォに、「アルペジョーネ」が「ゴールウェイ編曲」となっていたからです。ご存知のように、この作品は「アルペジョーネ」という弦楽器のために作られたものですが、現在ではその本来の楽器で演奏されることはまずなく、普通はチェロやヴィオラで演奏されています。それをランパルあたりがフルートで演奏し始め、今ではフルーティストのレパートリーとして完全に定着しています。
ただ、オリジナルの楽譜をそのまま演奏すると、フルートの音域をはみ出すところが出てくるので、その部分をオクターブ移動したり、音型を変えたりして吹かなければいけません。そんなわけで、いろいろな人がフルート用にアレンジ、というか、トランスクリプションを施した楽譜がたくさん出ています。そのようなものの一つに、1983年にジェームズ・ゴールウェイがこの曲をRCAに録音した時に彼自身でトランスクリプションを行い、その時のピアニストのフィリップ・モルが校訂を行って、同じ年にアメリカのSchirmer社から出版された楽譜があります。これを使って演奏した時に、それは「ゴールウェイ編曲による演奏」ということになります。
ゴールウェイが「編曲」を行った楽譜は数多く出版されていますが、彼は自分自身が吹いた時に最も美しく響くようなスタイルで編曲を行っています。具体的には、第3オクターブの音域を多用しているのです。ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲も、フルート版では冒頭を2オクターブ高く編曲していましたね。この音域は指使いも難しくなりますし、何よりも息のコントルールにはとことん繊細さが要求されます。彼はそのために、公開レッスンでは生徒が後悔しないように、この音域を徹底的に練習することを要求していました。
この「アルペジョーネ」にも、そんな高音を使ったところがあります。それは第2楽章の後半、下の楽譜の部分です。
39小節から始まるフレーズが47小節から繰り返されるところの先では最高音はハイCのロングトーンになっています。ここをピアノで美しく伸ばせるかどうかで、ゴールウェイのようなフルーティストになれるかなれないかが決まってしまいます。
しかし、残念なことに、ジェーリ嬢はこの部分へのチャレンジを自ら放棄してしまいました。彼女は47小節の2つ目の音から、62小節までをこの楽譜より1オクターブ下で演奏していたのです。そもそも彼女の演奏には曲が始まった時からなんとも伸びのない音とシロートっぽいフレージングで失望させられていましたから、これは当然のことでしょう。
いや、ブックレットには「ゴールウェイ版とグラーフ版に基づいてノエーミ・ジェーリが校訂を行ったバージョン」とあるのですから、「ゴールウェイ編曲」というキングインターナショナルの表記そのものがすでに間違っていたのでした。録音場所が「フンガロトン・ラジオ」というのもウソですね。でも、フランクが「グラーフ編曲」というのは「正解」ですから、落ち込まないでくださいね。

CD Artwork © Fotexnet Kft.

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by jurassic_oyaji | 2017-03-28 23:10 | フルート | Comments(0)
渋滞はどちらも同じぐらい
 このところ、ラジオの交通情報では名取付近で新しい道路が開通する、という情報を流していました。「館腰線とバイパスを結ぶ1キロの道路で、東北本線と立体交差する」というものです。地図で調べてみると、まだこの道路は反映されておらず、Google Earthでは用地買収が済んだ空き地と、立体交差のための橋梁が見えますね。
 矢印の左端が館腰線(THE MALLの前の道路)、右端が仙台バイパスです。真ん中辺に東北本線と旧4号線が並走していますね。仙台バイパスの先からは、アクセス鉄道の下を走る道路になります。
 ということは、今度の定期演奏会の会場、名取市文化会館のすぐそば、ということになります。右上の丸の中がその建物ですね。そうなると、ここに行くときにバイパスではなく館腰線を使うと、渋滞が少ないかもしれませんね。それで、きのう開通するというこの道路を実際に走ってみることにしました。
 館腰線(県道258号線)を南下すると、こんな新しい看板が出来ていました。
 ここから左折すると、目指す新しい道路です。
 まずは、住宅地の間を通る道路が続きます。
 しばらくすると交差点、その先の道路が上り坂になっているのが分かります。
 この下を旧4号線(県道273号線)が走っています。
 開通する前に、この付近で開通のセレモニーが行われているそうです。そこに来た人たちが写真を撮っていたりしました。
 この信号はまだつかわれていませんが、旧4号線からのランプウェイとの交差点です。前の方には、アクセス鉄道が見えます。
 道路はほぼ地平まで下がってきました。左手にアクセス鉄道の高架があります。
 そして、鉄道は中央分離帯の上に移ります。この先の信号が仙台バイパスとの交差点です。直進すればイオンモール名取方面に行きます。そして、信号を超えて最初の交差点を左折すると、名取市文化会館の駐車場があります。
 上の方の写真は、見て分かりますが助手席から撮っています。愚妻にiPhoneを渡して録ってもらったのですが、使いなれないので連写になってしまいました。そのあと、私が撮った分はノーマルだったので、なぜか写真の順番が時間通りになっていませんでした。不思議ですね。
 ここに行く前は、まだ配り終えていなかったチラシを置きに、美術館に行ってきました。今は大きな展覧会をやっているので正面の駐車場はいっぱいでしたから、裏手にある臨時駐車場に車を停めて、裏庭を通って中に入ります。その途中に大きな池があるのですが、そこの階段の壁面に何か書いてありました。
 こんなのがいるんですね。

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by jurassic_oyaji | 2017-03-26 21:22 | 禁断 | Comments(0)
Vers la Lumière
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Jens Harald Bratlie(Pf)
David Bratlie(Ele)
2L/2L-132-SABD(hybrid SACD, BD-A)


フランス語で「光へ向かって」という意味を持つ言葉がタイトルになったアルバムです。なんでも、ここでは「闇」と「光」がテーマになっていて、普通にピアノ・ソロの作品を演奏する間に、電子音でこのタイトルと同じ「光へ向かって」という作品が演奏(録音)され、結果的に頭から終わりまで音楽は全く途切れずに聴こえてくることになっています。クラシックのアルバムとしては珍しい構成ですが、これは最近では「リミックス」というカテゴリーで広く使われている技法です。
ここでの演奏家は、ノルウェーのイェンス・ハーラル・ブラトリというベテランピアニスト(1948年生まれ)ですが、その「つなぎ」の部分を作ったのが、彼の息子のダーヴィド・ブラトリ(1972年生まれ)です。
最初の曲は、ノルウェーの現代作曲家(故人)アントニオ・ビバロのピアノソナタ第2番「夜」という、15分ほどの単一楽章の作品です。とは言っても、それに先だってやはりダーヴィド・ブラトリが用意した電子音のイントロがまず聴こえてくるので、そこでイメージが予測できることになります。そのイントロがまだ続いている中から、おもむろにピアノ・ソロが始まる、という仕掛けです。それは、ピアノの鍵盤をフルに使って音の粒子がちりばめられた、まるで万華鏡のような情景を見せてくれる音楽でした。その音の粒立ちを、この2Lのエンジニアは、細大漏らさずマイクでとらえてくれました。もう、ピアノの弦の一本一本が生々しく迫ってくる有様は、ほとんど奇跡です。
これは、いつもの通り教会の豊かなアコースティックスの中で録音されたもの、そのレコーディングの時の写真を見ると、メインはDPAのマイクが9本設置された9.1サラウンド用のアレイですが、ピアノの屋根は取り外されていて、そのむき出しになった弦のすぐ上にもう1本マイクが立っています。これが間近で弦の音を拾っているのでしょう。それと、その写真ではペダルの周りの床の上に、薪のような木片が何本も並べられています。想像ですが、これは固い床からの反響を抑える意味があるのではないでしょうか。
正直、斬新なサウンドではあっても手の内が分かってくると多少退屈さが襲ってくるこのソナタが終わると、そこに重なって電子音による「光へ向かって1」が始まります。と、今度はそれとは全く異質なリストの「オーベルマンの谷」が始まります。確かに、超絶技巧の粋を凝らしたこの作品からは、ピアノの機能を最大限に引き出した成果は感じられますが、そのあまりに秩序立った古典的なたたずまいには、この流れの中では違和感しかありません。ここはひたすら、押し寄せる極上の音の洪水に身を任せて時が過ぎるのを待つしかありません。と、突然現れる燦然たる光。それまでホ短調を基調としていた音楽が、ここでホ長調に変わったのですね。ほう、なんというサプライズでしょう。
この後の「光へ向かって2」では、この長調のテーマがサンプリングされてその変調されたものが流れます。そして現れるのがこのアルバムのメイン、メシアンの「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」です。まずは第10曲の「喜びの精霊のまなざし」。メシアン特有のギラギラとした和声がこれでもかというように襲いかかります。そこに広がるのは、もはやピアノという楽器を超えた極彩色の世界、それは聴く者の理性さえ奪い去ってしまうほどのものです。
「光へ向かって3」で一息ついた後に訪れるのは、1曲目の「父なる神のまなざし」による、この上ない癒しの世界です。ここまで来るとちょっと予定調和という感じもしてきますが、アルバム全体で語りたかったことは明白に伝わってきます。
このようなゴージャスなサウンド・メッセージは、BD-Aでははっきり聴き取れますが、同梱のSACDではそこから「くどさ」が失われ、ありきたりのものに変わります。それがDSDのキャラクターなのかもしれません。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS

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by jurassic_oyaji | 2017-03-25 20:40 | ピアノ | Comments(0)
個人情報は隠さないと
 今日の郵便受けにはたくさんの郵便物が入っていました。その中に大きな袋に入ったものが3通。どれも同じ封筒なのですが、中身が微妙に違っていました。それは、同じ出版社が発行している3種類のタウン誌、予想通りのものでした。実は、毎回この会社には演奏会の企画書とプレゼント用の招待券を送っているので、案内記事を掲載してくれるんですよね。だいぶ前にそのゲラが送られてきて校正などもやったのですが、それが発行されたので送ってくれたのです。
 これまでは「名取」と「富谷」だけだったのですが、最近「大崎」が加わったようですね。それぞれに地元の情報が盛りだくさんですが、そんな貴重な誌面を割いて、こんな案内を掲載してくれました。
 送ったチケットも活用してくれて、こんなプレゼントの告知もあります。
 おそらく、これはうちに届くより前に地元ではすでに配布されていたのでしょう。2,3日前に、私の携帯に2通、問い合わせの電話がかかってきました。どちらもまず、「今度名取で行われる『仙台フィル』の演奏会に付いてお聞きしたいのですが」と言っているのがちょっとおかしいというか、悲しいというか。やはり、パッと見ると「仙台フィル」が名取で「運命」や「新世界」をやってくれるのなら、聴きに行きたいな、と思われてしまったのでしょうか。ですから、私としてはまず「『仙台フィル』とおっしゃいましたが、私どもは『仙台ニューフィル』というアマチュアなんですが」と一言付け加えないわけにはいきません。まあ、単なる読み間違えで、別に「仙台フィル」を期待していたのではないような感じだったので、そのまま前売り券の売り場や当日券の案内をして電話を切ったのですけどね。
 ただ、これがもし本当に「仙台フィル」だと思って聴きに来る人がいたりしたら、ちょっと困ったことになりますね。まるで、うちが「仙台フィル」と間違えてほしいためにわざと「仙台ニューフィル」という名前を付けていると思う人がいないとも限らないじゃないですか。この前WOWOWを見ていたら三谷幸喜の新しい芝居をやっていましたが、それが「エノケソ一代記」という、まさに、下手をすると「エノケン」と間違えそうなネーミングで、エノケンのものまねをやっている男の物語でしたからね。うちの場合、実際は「仙台ニューフィル」の方が先にあって、あちらの方があとから「宮城フィル」だったものを「仙台フィル」に変えてしまったのですから、なんのやましいこともないのですが、そんなことを知っている人は少なくなってしまいましたからね。
 あ、余談ですが、その三谷幸喜の芝居は、ほんとにつまらなかったですね。もうこの人は「笑い」を作り出す才能が枯渇してしまっているのではないでしょうか。ここではなんと「役者」としても出演しているのですから、もう目を覆いたくなってしまいました。
 今日来た郵便物の中には、カードでガソリンや灯油を買っているスタンドの支払い明細も入っていました。毎月届くものなのですが、先月まではさるタレントの写真が封筒に印刷されていました(下)。この人がメディアで騒がれてからかなり経っていたのに、まだこんなところで使われているのか、と思ったのですが、今月の封筒(上)では、見事に写真がカットされていましたね。もう、今頃はすっかりこの人のことなんかみんな忘れているというのに。
 もっと大騒ぎになっている、この国で一番エラい人のしたことや言ったことも、1ヶ月も経てばみんな忘れてしまうんでしょうね。いや忘れたふりを強要される、というか。
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by jurassic_oyaji | 2017-03-24 21:51 | 禁断 | Comments(2)
MOZART/Posthorn Serenade, Eine kleine Nachtmusik
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Michael Alexander Willens/
Die Kölner Akademie
BIS/SACD-2244(hybrid SACD)


このBISレーベルではブラウティハムとのフォルテピアノの共演で録音されたモーツァルトのピアノ協奏曲集が人気を博しているウィレンス指揮のケルン・アカデミーですが、彼らはその他のレーベル、CPOやCARUSでも宗教曲など珍しい作品を数多く録音しています。
今回はこのアンサンブルがメインのアルバムで、モーツァルトの有名なセレナーデが2曲演奏されています。それぞれ「ポストホルン」と「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」という愛称で親しまれている作品です。「アイネ~」の方は、例えばベートーヴェンの「運命」のように他人が勝手につけたものではなく、モーツァルト自身が付けた名前なので堂々と口にしても恥ずかしいことはありません。というか、このドイツ語のタイトルを丸暗記して他人に伝えるのは、いかにも「私はクラシックに詳しい人間です」と宣言しているようなもので、そういう意味ではやはり「恥ずかしい」ものです。そういう人に限って、「ナハトムジーク」を「ナハトム」と「ジーク」に分けて発音したりしますから、恥ずかしさは一層募ります。
現在ではアレグロ/アンダンテ/メヌエット/アレグロという4つの楽章の形で親しまれていますが、本来は2曲目にもう一つのメヌエットが入っていたのだそうで。なぜかそれだけ楽譜がなくなってしまって今ではこの形で何の疑いもなく演奏されるようになっています。この方が、普通の交響曲と同じ構成になっているので、聴いていておさまりが良いのかもしれませんね。しかし、このCDではそこにわざわざ弦楽四重奏からのメヌエットを付け加えていました。
このアンサンブルはピリオド楽器を使っていますから、ピッチも半音ほど低いものでした。表現もいかにもピリオドっぽい素っ気ないもの、速めのテンポでサクサクと迫ります。ただ、アンダンテの楽章でもそれを貫いて、潔いほどのインテンポで進められると、ちょっと居心地が悪くなってしまいます。呼吸をしないで歌を歌っているような気になってくるのですね。この辺はいろいろな主張があるのでしょうが、同じモーツァルトでゆったりとしたアリアをこんな風に歌われたりしたら、誰でも「ありゃ?」と感じるのではないでしょうか。
終楽章は予想に反してかなりゆったりとした、というか、野暮ったいテンポ、しかも律儀にすべての繰り返しを行っていますから、とても退屈です。
「ポストホルン」という名前は、単にそういう楽器が使われているということで呼ばれているだけで、モーツァルト自身は関与していません。その楽器は、6曲目のメヌエットの第2トリオで登場するだけなんですけどね。それよりも、この曲ではフルートが3曲目と4曲目に加わり、大活躍しているのに注目です。モダン楽器での演奏はさんざん聴いてきたのですが、ピリオド楽器はこれが初体験、期待というよりは不安が先立ちます。残念なことに、モーツァルトでモダンを超えるトラヴェルソなんて聴いたことがありませんから。
しかし、ここでのフルートは、2番はちょっと、でしたが1番の人はピッチに関してはとても素晴らしいものを聴かせてくれていました。これだったらモダンと比べても何の遜色もありません。逆に、オーボエのピッチの悪さが目立ってしまいますけどね。ただ、指揮者は相変わらずインテンポで音楽を進めているので、フレージングがいかにも窮屈なのがもったいないですね。実は、ポストホルンが登場する6曲目でも、最初のトリオではピッコロがユニゾンで加わっています。
ここでは、このセレナーデと一緒に演奏されたとされる2曲の序曲が、前後に演奏されています。「前」の方は最初の楽章のモティーフがちょっと現れますし、「後」ではなぜか「アイネ・クライネ」のアンダンテ楽章、というよりは、フルートとハープのための協奏曲の第3楽章とよく似たテーマが聴こえてきます。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-03-23 21:46 | オーケストラ | Comments(0)
弦楽器は60人必要です
 この間の「杜の都合」のコンサートでは、いつもの通り当日配られるプログラムには、次の演奏会の予定の日や曲目などが書いてありました。我々はそれを見るまではその内容は分からないのですが、それを見た時は本当に驚いてしまいましたね。そこには「マーラー:交響曲第5番」とあったのですから。いや、これまでの演奏会での打ち上げでは、マエストロは何度かこの曲目を口にはしていましたが、まさかそれを本気でこのアンサンブルで取り上げるとは思っていませんでしたよ。モーツァルトの交響曲を演奏することでスタートしたこのアンサンブルは、大体その編成に見合った曲目を取り上げてきました。ですから、この間のブラームスだって、やっぱりちょっと弦楽器が少なくて物足りないところはありました。それを、いきなり、弦も管もその倍は必要な編成の曲をやるというのですからね。打ち上げの時だって、みんなマエストロには「本気じゃないでしょうね?」と言ってましたね。
 でも、彼は本気でした。コンサートが終わってすぐに、きっちりこれだけの人数が必要なので、ご協力をお願いします。というメールが、メンバーに届いていましたよ。練習の予定もすでに決まっているようで、今までの倍の量の日数がそこにはありました。ここまで周到に準備が進んでいるのでは、私も乗らないわけにはいきません。フルートパートは4人必要なので、まずはニューフィルのメンバーにこの予定をそのまま転送してみました。いろいろ忙しい人たちですから、ちょっと無理かもしれないな、と思っていたのですが、ほぼ全員が参加してもいいような返事をくれたので、まずは私のノルマは完了、あとは弦楽器で果たして16型に必要な人数が集まるのか、様子見です。今の10型だって、いつも苦労しているみたいですからね。実際、これはかなり大変そうで、かなり広範囲に募集をかけないと人員は埋まりそうもないようです。もし、マーラーを演奏されたいと希望される弦楽器の方がいらっしゃいましたら、私までご一報ください。本番は8月6日(日)です。
 まあ、最終的にどうなるかは分かりませんが、とりあえず私としてはこの先の予定が決まったので、その間を縫って東京のコンサートのチケットを取ることにしました。いや、実はもうすでに6月の新国で上演される「ジークフリート」は、おそらくこの時期にはまだ練習は始まっていないだろうという見通しで買ってあったんですけどね。その、まさかと思っていた時期に、すでに練習が始まることが分かって一瞬焦りましたが、うまい具合に1日違いになっていたので、ダブルブッキングはかろうじて避けられました。
 実はもう一品、7月に渋谷のシアター・オーブで行われる「ウエストサイド・ストーリー」にも行きたいと思っていました。このホールは、5年前に出来たばかりの新しいミュージカルの専用劇場です。そのこけら落としに、この「ウエストサイド」のプロダクションが出演していたのですね。つまり、この劇場は基本的にそのような外国のプロダクションの引っ越し公演を行うというスタンスで運営されているのだそうです。もちろん、きっちり字幕も付きますから、オペラの引っ越し公演と同じパターンですよね。さらに、今はどうなのか分かりませんが、当初はピットに入るオーケストラも来日して、生で演奏していましたね。それこそ劇団四季のバージョンだったら何度も見ているのですが(そもそも、日生劇場での初演を見てますから)、やはりきちんとした(別に劇団四季がいい加減だ、というわけではありませんが)英語版で見てみたいじゃないですか。もちろん、生演奏だったらこれ以上のことはありません。
 なんせ、この作品は映画版だったら字幕を見なくてもすべてのセリフが分かるぐらいになってますから、それを劇場でオリジナル版を見る時でも、字幕は必要ないはずです。音楽も、普通のミュージカルとは次元の違う完成度の高さですからね。それはもちろん、バーンスタインとソンドハイムという二人の天才の成し遂げたものです(私は、ほとんどのナンバーは音楽も含めてこの二人の共作だと思っています)。
 ですが、発売日のころにはまだこちらの練習予定が決まってなかったので、チケットを買うわけにはいきませんでした。7月だったら確実に重なりますからね。案の定マチネの日は殆どが重なっていて、行ける日は3日しかありませんでした。その中から座席を見てみると、もうバルコニーはすでに全部完売、2階席もほとんどなくなっていた中で、奇跡的に最前列が残っている日があったので、それを取りました。これでまた、まだ行ったことがないホールをもう一つ開拓することが出来ます。
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by jurassic_oyaji | 2017-03-22 21:21 | 禁断 | Comments(0)
MENDELSSOHN/Symphonies Nos. 1&3
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Andrew Manze/
NDR Radiophilharmonie
PENTATONE/PTC 5186 595(hybrid SACD)


最初はケンブリッジ大学で古典学を学んでいたのが、その後ヴァイオリンを学び始め、瞬く間に「古楽のスペシャリスト」になってしまったのがアンドルー・マンゼです。
以前はリチャード・エガーとこんなアルバムを作って、ヴァイオリニストと鍵盤奏者として活躍していましたが、最近はそれぞれ指揮者としても大活躍、しっかりしたポストも獲得するようになっています。エガーの方は、クリストファー・ホグウッド亡き後のアカデミー・オブ・エインシェント・ミュージックの指揮者という、これまでの実績の延長線上のフィールドですが、マンゼの場合は指揮者としてのキャリアのスタートこそは、1996年に就任したその同じ団体の副指揮者、2003年から2007年まではイングリッシュ・コンサートの芸術監督という「エインシェント・ミュージック」の世界でしたが、その後は普通のシンフォニー・オーケストラを相手に仕事を進めていっているようです。2006年からはヘルシングボリ交響楽団の首席指揮者、そして2014年からはかつては大植英次も首席指揮者だったこともあるこのNDR放送フィル(ハノーファー北ドイツ放送フィル)の首席指揮者に就任します。
このオーケストラは北ドイツ放送(NDR)が持っている2つのオーケストラのうちのハノーファーにある方です。もう一つはハンブルクにある、最近「NDRアルプフィルハーモニー管弦楽団」と改名した、ヘンゲルブロックがシェフを務めるオーケストラです。
ただ、彼の「指揮者」としての力量は、2007年に録音された殆どデビュー盤とも言えるヘルシングボリ交響楽団との「エロイカ」を聴いた限りでは、それほど際立ったものとは思えませんでした。それから10年、今のオーケストラとの初めてのPENTATONEへの録音では、どのような姿を見せてくれているのでしょうか。というか、実はこの間のエルガーのチェロ協奏曲のアルバムで、彼はスイス・ロマンド管弦楽団を指揮していたのですけどね。その時はあくまで的確なサポートに徹していた、という印象でした。
このメンデルスゾーンの交響曲集では、「1番」と「3番」が取り上げられています。お判りでしょうが、これは彼の「大きな」交響曲の最初と最後の作品ということになります。その「1番」が始まると、まずその音がいつものこのレーベルの音ではないことに気づきます。クレジットを見るとどうやらこれは北ドイツ放送のスタッフが録音したもののようですね。それは、POLYHYMNIAの音に慣れた耳には、いかにもどんくさいものに感じられます。特に弦楽器が全く輝きを欠いているのですね。人数も少ないようで、バランス的にもちょっと不満が残ります。
ただ、良く聴いてみると、もしかしたらここではマンゼの意向でガット弦を使って演奏していたのかとも思えてきます。ビブラートも全くかけないというわけではありませんが、かなり控えめになっていますから、そのようなピリオド的なアプローチを、このオーケストラではやろうとしていたのでしょうか。ただ、木管管楽器あたりはごく普通の吹き方で朗々と歌っていますから、全体的にはなんだか中途半端なスタイルになっている感は否めません。それは、かつてノリントンが指揮をしたSWRのシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏で味わっていた違和感と同じ種類のものです。
とは言っても、このメンデルスゾーンはなかなか新鮮な味わいをもっていました。特に早い楽章でのきびきびとしたテンポ感と、かなり鋭角的なリズム処理はなかなかのインパクトです。緩徐楽章でも、あまり思い入れを加えずにあっさり仕上げているあたりは好感が持てます。一番感心したのは、「3番」の終楽章のコーダの部分。これ見よがしに堂々と演奏する指揮者が多い中にあって、マンゼはほとんど冗談のような「軽さ」で迫っています。そんな彼の持ち味が、今後のこのオーケストラとの共演の中でどう生かされていくのか、まんず見守っていきたいものです。

SACD Artwork © Norddeutscher Rundfunk

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by jurassic_oyaji | 2017-03-21 20:27 | オーケストラ | Comments(0)