おやぢの部屋2
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SIBELIUS/Kullervo, KORTEKANGAS/Migrations
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Lilli Paasikivi(MS), Tommi Hakala(Bar)
Osmo Vänskä/
Ylioppilaskunnan Laulajat(by Pasi Hyökki)
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-9048(hybrid SACD)


シベリウスには7曲の交響曲がありますが、「交響曲第1番」が作られる7年ほど前に完成した「クッレルヴォ」というタイトルの2人のソリストと男声合唱とオーケストラのための作品も、時には「クッレルヴォ交響曲」と呼ばれて交響曲の仲間として扱われることもあります。
「クッレルヴォ」というのは、おなじみ、北欧叙事詩の「カレヴァラ」に登場する人物の名前です。その悲劇の主人公が描かれた部分をテキストに使っていますが、そのお話は主人公が鍛冶屋に奉公に出されるとか、死んだはずの妹が実は生きていて、それとは知らずに関係を持ってしまうとか、なんだかワーグナーの「指環」とよく似たエピソードが登場します。このあたりのルーツは一緒なのでしょうね。そんなテキストの中のクッレルヴォのセリフをバリトンが歌い、クッレルヴォがナンパする女性3人のセリフをメゾ・ソプラノが歌います。3人目の女性が、実は妹だったんですね。そして、それ以外の情景や感情の描写が、男声合唱で歌われます。ですから、基本的にこの作品は劇音楽としての性格を持っています。ただ、全く声楽の入らない楽章もあって、それぞれがソナタ形式をとっていたり、スケルツォ的な性格を持っていることから、交響曲としての要素もあります。ここには、後のシベリウスの音楽のエキスが、数多くちりばめられています。ちょっと辻褄があわないところはあるにしてもこの涙を誘う物語は、まるで大河ドラマのような(@新田さん)壮大な音楽に彩られて、深い感動を誘います。
この作品は完成直後の1892年4月に作曲家自身の指揮によって初演され、大好評を博しました。しかし、彼の生前には出版もされず、全曲の演奏も長い間行なわれませんでした。ブライトコプフから楽譜が出版されたのは、1966年のことです。日本で初演されたのは1974年、渡邉暁雄指揮の東京都交響楽団による演奏でした。余談ですが、今年はフィンランド独立100周年ということで、同じ東京都交響楽団が11月にハンヌ・リントゥの指揮でこの作品を演奏するのだそうです。もちろん、2015年には新田ユリさん指揮のアイノラ交響楽団も演奏していたのは、ご存知の方も多いことでしょう。いずれにしても、演奏される機会は非常に少なく、録音でも北欧系の指揮者以外でこの曲を取り上げているのはコリン・デイヴィスとロバート・スパノぐらいしかいないのではないでしょうか。
そんな珍しい曲を、2度録音してくれた人がいます。それは、フィンランドの指揮者オスモ・ヴァンスカ。1回目は2000年のラハティ交響楽団との録音、そして今回2016年のミネソタ管弦楽団との録音です。どちらもレーベルは同じ、さらに、合唱団(YL=ヘルシンキ大学男声合唱団)とメゾ・ソプラノのソリストまで同じです。演奏時間もほぼ同じ、第5楽章だけ、今回の方が1分ほど早くなっていますが、別に聴いた感じそんなに違いはありません。ただ、録音は今回の方がワンランク上がっています。それに伴って、合唱の表情などがより生々しく伝わってきているでしょうか。
これが演奏されたのは、フィンランドから北アメリカへの移住が始まってから150年を記念するコンサートでした。そこでは、ミネソタ管弦楽団とヴァンスカが1955年生まれのフィンランドの作曲家オッリ・コルテカンガスに委嘱した「移住者たち」という作品が初演されています。どこかの国の大統領や総理大臣ではありませんよ(それは「異常者たち」)。この作品では、その「移住150周年記念」というテーマの他に、このシベリウスの「クッレルヴォ」との相似性も追及されていると、作曲家は言っています。ここでも、男声合唱は大活躍、ア・カペラの合唱だけで演奏される楽章もあります。
そして、最後にもう1曲、シベリウスの「フィンランディア」でもこの男声合唱団があのテーマを高らかに歌い上げています。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-06-08 20:38 | 合唱 | Comments(0)
カンブルランは新国に来てました
 最近、仙台のFM局が音楽づいていますね。タワーレコードとのコラボで「No Music No Date FM!」などという、恥ずかしすぎるコピーまで作って、盛り上がっているようです。そこで、色んな番組でゲストがやってきた時にも、パーソナリティが音楽がらみの質問などを交えてトークが進む、というような場面をよく耳にするようになってきます。そんな時にゲストに「あなたのルーツミュージックは何ですか」聞くと、「荒井由美でしたね」とか答える、なんてことが起こります。彼の根っこ(ルーツ)となっている音楽(ミュージック)、という意味で使ったのでしょうが、普通はこういう時に「ルーツミュージック」という言葉を使うのは明らかな誤用です。この言葉は、音楽用語としてきっちり定義されているもので、歴史的にポピュラー音楽の元になった音楽、という意味が与えられています。具体的にはゴスペルとかディキシーランド・ジャズ、ブルーグラスといったジャンルの音楽ですね。そのようなものが進化、あるいは変化して、今の音楽になったと考えられるものです。そう考えれば、「あなたのルーツミュージック」というような言い方は出来ないことは容易に分かります。もちろん、「荒井由美がルーツミュージック」などということは、絶対にありえません。
 クラシックの場合は、「ルーツミュージック」に相当するものは何になるのでしょうか。まあ、中世やルネサンスあたりの音楽なのでしょうか。それらは、脈々とその後の音楽の底辺を支え、現代の音楽にまでしっかりその影響を残しています。
 20世紀を代表する作曲家、オリヴィエ・メシアンも、そんな「ルーツ」を大切にしていた人なのではないでしょうか。決して頭でっかちにならずに、どんな時代でも通用するような感覚にあふれた彼の音楽は、多くの人を魅了してきました。シェーンベルクの後期の音楽はもうしばらくしたら完全に忘れ去られることでしょうが、メシアンの作品はこれからも愛され続けるはずです。
 そんなメシアンの唯一のオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」は、今まで国内では全曲が演奏されることはありませんでしたが、今年11月に、コンサート形式で全曲の日本初演が行われることになりました。東京では19日と26日にサントリーホール、そして、23日には滋賀県のびわこホールと、全部で3回のコンサート、シルヴィア・カンブルラン指揮の読売日本交響楽団です。このニュースを聴いたときには、絶対に聴きに行きたい、と思いました。これも、この間の「ジークフリート」と同じぐらいの時間がかかるオペラですけどね。
 何を隠そう、私はメシアンと、この作品の大ファン、今まで出ていた録音と映像は全て(と言ってもCDが2種類とDVDが1種類だけですが)持っています。DVDはオーケストラがステージの上で演奏する限りなくコンサート形式に近いものでしたが、それでも十分に楽しめましたから、この読響のステージも期待が出来ます。これはもう、発売初日には「ぴあ」で買ってやろうと、虎視眈々とその日を待ちました。
 発売日が発表されたのは、それからしばらくしてのこと、その日はお昼から「杜の都合」の練習がありましたが、発売は10時からなので間に合うでしょう。ところが、時間になってぴあに行ったら、まずはネットがつながりません。アクセス過多でパンクしていたんですね。それでも5分ぐらいでつながりましたが、なんと座席指定が出来るのは11時からなんですって。そんなこと、きいてませんよ。というか、ぴあの場合劇団四季のように最初から座席指定はできないようですね。そして、もちろんその時点で、数日前から始まっていた先行予約のため、BC席はすべて売り切れていました。
 ここは、焦る気持ちを抑えて11時まで待つしかありません。私にとって、座席指定はマスト、できれば2階席のBブロックで聴きたかったので、そこがなければ買わなくてもいいかな、ぐらいに思ってました。ところが、やっと座席指定のところまで行ってみると、なんと2階席はどのブロックもすべてなくなっていたではありませんか。もちろん、東京の両方の日をチェックしましたが、どちらも同じでした。日本のオーケストラでこんなことがあるなんて、信じられませんでした。それでも、やっぱり聴きに行きたいので、まだ残っていた1階席を買いましたけどね。
 それをニューフィルの友人に話したら、彼(彼女?)も行きたがってチケットを買おうと思ったのだそうですが、サイトでその日のうちに完売したことを知って、がっかりしていましたね。

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by jurassic_oyaji | 2017-06-07 22:13 | 禁断 | Comments(0)
60TH ANNIVERSARY
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Duke Aces
UNIVERSAL/UPCY-7060


先日、「デューク・エイセス解散!」というニュースが日本中を駆け巡りましたね。いや、それほど大袈裟なものではありませんでしたが、この、結成されてから60年以上経っているコーラスグループがなくなってしまうことは、一部の人にはかなりの衝撃だったはずです。
結成されたのは1955年ですが、その時のメンバーで今日まで歌い続けているのはバリトンの谷道夫さんだけです。ただ、1958年までにセカンドテナーの吉田一彦さんとベースの槇野義孝さんが加入した後は、この3人は2014年までの57年間変わることはありませんでした。これは驚異的なことです。イギリスの「キングズ・シンガーズ」などは、やはり50年近くの歴史を誇っていますが、メンバーの中で最も長く在籍したデイヴィッド・ハーレイ(カウンターテナー)の在籍期間は「たった」26年ですからね。
何度も代わっていたのはトップテナーのパート。初代(最初はセカンドでした)の和田昭治さんは1960年に小保方淳さんに代わり、さらに1964年には谷口安正さんに代わって、ここからこのグループの黄金期を迎えます。永六輔といずみたくのチームが作った「にほんのうた」シリーズが次々にリリースされたのはまさにこの時代ですね。この中からは、「女一人」とか「いい湯だな」といった、今にまで伝えられる名曲も生まれています。「筑波山麓合唱団」も、ある意味男声合唱の定番ですね。
さらに、トップテナーの人事異動は続きます。1991年からは谷口さんの急逝を受けて飯野知彦さん、そして2010年からは大須賀ひできさんに代わっています。
2015年に60周年、つまり「還暦」を迎えるにあたって、デューク・エイセスはその前年に「感謝還暦」というアルバムをリリースします(「還暦」が「感激」もじりだということは説明の必要はないでしょう)。ここでは、彼らの鉄板のレパートリーであるニグロ・スピリチュアルズやジャズ・コーラスのスタンダードの他に、かつて永六輔が作詞、中村八大が作曲をし、永自身が歌った「生きるものの歌」の、永のセリフ入りバージョンと、新曲の「友よさらば」が加わっていました。それを引っさげてのツアーが、同じ年の10月から始まるのですが、そのステージにはセカンドテナーの吉田さんの姿はありませんでした。彼は体調を崩して療養中だったので、代役の岩田元さんがそのパートを務めていたのです。翌年の3月には吉田さんの引退が発表され、岩田さんが後任となることが決まりました。
そして、それから2年後に、デューク・エイセスの解散が告げられました。今年の末には、この男声カルテットは62年の歴史に幕を下ろすのです。決して19(ジューク)年で終わることはありませんでした。
岩田さんが加入してから最初の、そしておそらく最後となるアルバムが、この「60周年記念盤」です。5年前にも55周年記念アルバムhttp://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/oyaji2/oyaji_84.htm#dukeを出していましたが、これも同じような内容のベストアルバムです。何曲か、55周年盤と同じ曲が収録されていますが、「おさななじみ」の続編と続々編、そして「ここはどこだ」を除いては全て別テイク、オリジナルではなく、1992年にリリースされた「新世界」というタイトルのセルフカバーアルバムのために録音されたものです。ただ、それはいろいろ調べて分かったことで、このアルバムにも55周年盤同様録音データは一切記載されてはいません。
そして、新録音として、2015年の3月の、最後のメンバーによるライブ音源が2曲入っています。これを聴いて、デュークはトップテナーが大須賀さんに代った時点ですでに終わっていたことを強く感じました。先ほどのセルフカバーでは、飯野さんは極力谷口さんのコピーに徹しようとしていましたが、この人は最初からそんな努力とは無縁だったようです。そこに素直な声の岩田さんが加入して、この異質な声はより際立って聴こえます。なぜこんな人を入れたのか、理解に苦しみます。悔やまれてなりません。

CD Artwork © Uninversal Music LLC

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by jurassic_oyaji | 2017-06-06 22:57 | 合唱 | Comments(0)
つばめKITCHENのメニューは、つばめグリルとちょっと違います
 きのうは、一人で旅に出てきました(探さないでください、とか)。
 いえ、そんな青いものではなく、単なるかっこつけなんですけどね。とにかく、まるまる6時間同じ場所に座り続けるという苦行のために東京に行ってくるだけのことです。まあ、途中で休憩はありますけど。
 ワーグナーのオペラの全曲は、だいぶ昔のバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演で「ワルキューレ」を見たことがあるだけ、こればっかりは仙台で見ることなど全くあり得ませんから、この前新国で「カルメン」を見た時に、これをやることを知って、チケットを買ってみました。時間も、マチネだったら2時に始まって8時に終わりますから、最終のはやぶさで帰ってくることが出来ますし。
 ただ、問題はありました。ご覧のように幕間に休憩が2回ありますが、それがそれぞれ45分も取ってあるのですよ。まあ、なんたってワーグナーですから、歌手もオーケストラもそのぐらいの休憩は必要なのかもしれませんが、普通のコンサートでは20分ぐらいの休憩が1回あるだけですから、お客さんにとってはあまりに長すぎます。
 もっとも、おそらくこの時間に食事をしようという人も見込んでいるのでしょう。しかし、それだったらグラインドボーンやバイロイトのように1時間半ぐらい取ってもらいたいものですね。どこか近くでちゃんとした食事を摂ろうと思ったら、これでは短かすぎます。私は、仕方がないのでお隣のオペラシティの地下のロッテリアに行きましたけどね。
 でも、帰ってきたら、ホワイエにはいつの間にかたくさんの「屋台」が出ていたではありませんか。飲み物やサンドイッチ、さらには「ミーメのキッチン」とか言って、ちゃんとしたハヤシライスなんかも出していましたよ。1皿600円ですって。オペラハウスのホワイエでこんな値段は、安すぎます。こんなことをやっていたんですね。ただ、ここで買ったはいいけど、それを食べる場所を見つけるのにちょっと苦労しそうですね。最悪、立ったままお皿を左手に持って食べなければいけないかもしれません。
 さらに、入るときには無かったものがもう一つありました。
 ここは、モギリの前のエントランスで、開演前はこのようにシャッターが下りてます。「カルメン」の時には、このあまりにオペラハウスらしからぬ閉鎖的な態度の物証を撮り忘れていました。これが、休憩時間には、モギリの場所をもっと前に持ってきて、この空間にスタッキング・チェアをずらりと並べて、そこに座って時間をつぶせるようにするのですよ。たしかに、ロッテリアから帰ってきたらここにみんな黙々と座っていましたから、ものすごい違和感がありましたね。ここはオペラハウスのロビーではなく、病院の待合室か、と思ってしまいましたね。いや、いまどきの病院だったら、もっとふかふかのゆったりしたソファーを用意しているところだってありますよ。この前のクロークの不手際といい、ここは絶対何か勘違いを犯しています。
 オペラの方は、やはり勘違いをしている客がすぐ前の席に座っていたために、視界を遮られて腹が立ちましたが、演奏は素晴らしい歌手たちの歌に、まさに酔いしれてしまいました。最初のミーメ役のアンドレアス・コンラッドからして、ジークフリート役のステファン・グールドよりもすごい声を聴かせてくれていましたからね。もっとも、おそらくグールドはこのあたりは少し声をセーブしていたのかもしれませんね。もう、しり上がりに声の伸びが増していって、完全に圧倒されました。ヴォータン役のグリア・グリムスレイはちょっと軽めの声ですが、それが狡猾さを出していたのかもしれません。後半になって登場するエルダ役のクリスタ・マイヤーと、ブリュンヒルデ役のリカルダ・メルベートもすごかったですね。メルベートはずっと寝ていたせいでしょうか、立ち上がりはちょっと不安でしたが、最後はグールドともども、ホール一杯に声を響かせていました。
 最悪だったのは小鳥役の日本人のキャストたち。そもそも、なんで4人も必要なのか、全く理解できません。そして声がお粗末なだけではなく、体型もお粗末な人もいましたね。場末のストリッパーのような安っぽい肌襦袢を着ていますが、もろに三段腹が見えてしまうのは醜悪すぎます。
 それと、このプロダクションは故ゲッツ・フリードリヒが最後にフィンランドの歌劇場で手掛けたものなのだそうですが、装置もそこで使われたものをそのまま使っているためでしょうか、新国のプロセニアムの上半分がふさがれていました。「カルメン」の時の広々としたステージを期待していたのに。第3幕の第1場などでは、ヴォータンの乗ったステージがせり上がるのですが、そうなるとさらに圧迫感が強まってしまいます。それと、些細なことですが、第1幕のセットでは、2階席からは歌手が後ろに降りていく階段の手すりが丸見え、興ざめです。「共同制作」というのは、このような不具合を強制されるものなのでしょうかね。
 そんなアラ探しばっかりやっていたのは、オーケストラが何か違うな、という感じがあったからなのでしょうか。とにかく淡泊すぎて、ワーグナーらしいドロドロとしたものが全く感じられないのですよね。編成はハープは4台(楽譜の指定は6台)しかありませんでしたが、あとはしっかり16型の弦楽器がピットに入っていたのに。
 でも、バンダでコール・アングレ(ジークフリートの葦笛)を吹いていた人が、ニューフィルにトラで来たこともあるMさんでした。とっても「ヘタ」で、すごくよかったですね。
 幕が下りたのが19:44、予定より早く終われば、ギリギリ最終の一つ前のはやぶさに乗車変更しようかなと思っていましたが、これでは絶対無理です。予定通り、ゆったりと夜の東京を一人で楽しんできましたよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-06-05 21:34 | 禁断 | Comments(2)
FJELLHEIM/Northern Lights
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Frode Fjellheim(Vo)
Tove Ramlo-Ystad/
Cantus
DECCA/481 4814


ノルウェーの女声合唱団「カントゥス」のアルバムで、ノルウェーの2Lレーベルから2015年にリリースされた「SPES」については、以前にご紹介していました。その後、このアルバムはグラミー賞の録音部門にノミネートされていましたね。受賞は逃したようですが。そのアルバムは、この合唱団にとっては7枚目となるものでした。ただ、それ以前の6枚はすべてインディーズ・レーベルのもので、インターナショナルに流通されるCDとしてはその2L盤が最初となっていたはずです。
1986年に、現在の指揮者トーヴェ・ラムロ=ユースタによって創設されたこの合唱団のメンバーは、全員がアマチュアですが、それぞれの音楽に対する真摯な姿勢は、とても熱いものがあるのだそうです。世界各地で行われた合唱コンクールでも堂々たる成績を収めていて、その実力は折り紙つきです。もちろん、それだけでは単なる「上手な合唱団」で終わってしまい、全世界でリリースされているレーベルからアルバムがリリースされるほどの「商品価値」はありません。彼女たちは、先ほどのレビューにもあったように、ディズニーのアニメのサントラに起用された、という幸運によって、一夜にして世界を相手に出来る合唱団になっていたのです。
その、「Frozen」のオープニングで、まるでミュージカルのオーバチャーのような扱いで登場するのが、彼女たちによって歌われた「ヴェリイ(Vuelie)=歌」というア・カペラの曲でした。この曲を作ったのが、指揮者のラムロ=ユースタとは音楽大学時代からの知り合いで、自身も サーミ人でノルウェーの民族音楽の伝承者である作曲家のフローデ・フェルハイムです。彼は、この合唱団とは創団時からなにかと相談を受けていたそうで、1996年に彼女らの2枚目のCDとなるクリスマス・アルバムのために「Eatnemen Vuelie(大地の歌)」という曲を作りました。これは、サーミ人独特の民族的な唱法である「ヨイク」のフレーズと、ヨーロッパ全土で親しまれている讃美歌が一緒に歌われるものです。これを聴いたディズニーの制作者から、「Frozen」のバックボーンであるスカンジナビアの世界を現すものとして、この曲を使わせてほしいというオファーが届いたのです。最終的に、その曲は少し手直しされて彼女たちによって歌われ、「Vuelie」というタイトルでサントラに流れることになったのです。冒頭ではア・カペラだったものが、最後に呪いが解ける部分でリプリーズとして再現されるときには華やかなオーケストラがバックに流れ、見るものに感動を与えるという重要な役割を果たしています。
元々力のあったこの合唱団は、この曲で大ブレイク、2LからはSACDとBD-Aというハイレゾメディアがリリースされますし、アメリカへのツアーも行われるようになりました。そして、さらにワンランクのアップが、このDECCAというメジャー・レーベルからのアルバムのリリースです。もちろん、メインタイトルは「Vuelie」、さらに、全ての曲がそれを作ったフェルハイムの作品(1曲だけは彼の編曲のみ)となっています。
「Vuelie」では、2L盤では入っていたフェルハイムのダミ声はなくなっています。さらに、編曲もキーボードとパーカッションというシンプルなものではなく、もっと大規模なオーケストレーションが施されています。その他にも何曲か同じ曲が歌われていますが、一番変わったと思えたのが、元々はヨイクだったものがベースになった「Njoktje(白鳥)」という曲です。2L盤とは歌い方も違っていて、民族的な味わいがすっかり消え去っていました。
もしかしたら、今回のアルバムも2Lのリンドベリによる録音では、と思ったのですが、そうではありませんでした。まずは、音圧が異常に高いポップス仕様のものでした。もちろんハイレゾではありませんからその音は2Lとは比較にもなりません。明らかに、そのような需要を狙ったものなのでしょう。メジャー・デビューというのは、そういうことなのです。

CD Artwork © Decca, a division of Universal Music Operateion Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-06-03 20:19 | 合唱 | Comments(0)
朝ドラでも解雇されましたね
 この間のお寺のコンサートの録音をCDにしている時には、当然プレイバックもしていますから、演奏前の住職さんの法話なども何度も聴き返していました。一部の方はご存知でしょうが、この法話はコンサートの名物のようになっていて、以前仙台フルートの会が続けて出演していた時には、いつも「今度はどんなお話が聴けるのかしら」と、みんな楽しみにしていたものでした。もちろん、「法話」と言っても堅苦しい内容ではなく、とても親しみのあるお話ですから、かしこまって聴く必要なんかは全然ありませんからね。
 まずは、本題に入る前に、コンサートのためにわざわざレンタルしたグランドピアノについてのお話から始まります。「グランドピアノは、本当はこんな室内ではなく、屋外で使われるものなんですよ」ですって。「グランド」って、野球とかをするところですからね。え?と思われました?「法話」とは言ってますが、ここの住職の場合は「抱話」、つまり、腹を抱えて笑うようなお話なんですよね。私たちは慣れていますが、初めて聴く人はびっくりするでしょうね。なんせ、自分の娘の結婚式でも、そんなことを言う人ですから。鎌倉でその式があった時には、「鶴岡八幡宮には鳥居が3つあって、1つ目には水、2つ目にはお酒が祀られています。では、3つ目は何でしょう」なんて真顔で挨拶してましたからね(答えはウィスキーです←3鳥居=サントリー)。
 そして、本題に入ると、今回の出演者が合唱団だということで、朝ドラで主人公の職場の合唱団(やはり女声合唱団)が登場するという最新の話題に絡めての「法話」となります。朝ドラではロシア民謡が歌われていました。「トロイカ」ですね。もちろん、そこではベタに「トロ」と「イカ」で迫ります。でも、その先がすごくて、それは寿司ネタの高いものと安いものの代表で、そのあとに「鈴の音高し」を持ってきて、かつては寿司の値段はセリで決めていて、ストップ値が出ると鈴を鳴らして、そこで金額が決まる、というのです。強引ですね。
 そのあとに、本当はトロイカは3頭立てのソリのことで、それから「トロイカ体制」という言葉が生まれたのだ、と、割ときちんとした話になるのですが、「その3人は、大統領と首相と、町内会長」と言ったところで、みんなが腹を抱える、というわけです。そのあと、「ソ連時代にペレストロイカという言葉があったが、それもトロイカから来ている」と言ったので、確かにそうだな、と、その時は思いました。でも、後で調べたら、この言葉は「ペレス・トロイカ」ではなく、「ペレ・ストロイカ」という2つの単語の集まりだったんですね。ほんとうですよ。これは。なんでも、「再構築」という意味なのだとか。「3人」とも「トロイカ」とも全く無関係だったんですね。私も初めて知りました。まあ、たまにはそういうこともあります。
 話は、そこから富岡製糸場に飛びます。去年、お寺の旅行会で行ってきたんですね。そこにもかつては女工さんが集まって女声合唱団があったのだそうですが、すぐに退職してしまうので、解散してしまったそうなのです。なぜ退職するのかというと、まわりは蚕(解雇)だらけ、というオチでした。
 そんな楽しいコンサートで、進行もスムーズに行ってまずは大成功だったのですが、一つだけ失敗したことがありました。合唱団の控室は本堂の横の書院を準備してあって、そこで着替えて本堂の裏手に並んで出を待つという段取りでした。それで、結構暑い日だったので、暑い時はその部屋のエアコンを付けるように言ってありました。でも、演奏の間にそこに行ってみると、障子が開けてあって、暑いので風を入れたような感じでした。エアコンはもったいなくてつけなかったのだと思い、スイッチを入れて、障子をしっかり閉めてきました。歌い終わって戻ってきたら、きっと涼しくなっていることでしょう。
 ところが、後で話を聞いてみると、蒸し風呂のようだったというのです。確かめてみたら、エアコンのリモコンはまだ「暖房」になったままでした。しばらく使っていなかったので「冷房」に切り替えていなかったのですよ。蒸し風呂になるのは当たり前でした。
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by jurassic_oyaji | 2017-06-02 23:05 | 禁断 | Comments(0)
Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band/Anniversary Edition
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The Beatles
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今日、6月1日はこのビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という長ったらしいタイトルのアルバムが発売された記念日なのだそうです。それは1967年のこと、ですから、本日は発売50周年記念日となります。ところが、それはイギリスでの発売日で、日本で発売されたのは7日5日なんですよね。それなのに日本盤の帯に「イギリスと同時発売!!」とあるのは笑えます。なんせ、半世紀も昔のことですから、別に動じることはありません。

The Beatles Album Visual Book(2000年リットーミュージック刊)より

その頃はEMIのアーティストだったビートルズも、今ではユニバーサルに移っています。しかし、彼らのアルバムの大部分は、EMI時代の2009年に新しくリマスタリングされたものですから、もうそれで十分と思っているユーザーに対して、ユニバーサルとしてのアイテムを用意したいという動きはあったのでしょうね。そこで、ジョージ・マーティンの息子のジャイルズ・マーティンに新たにリミックスを行わせて、「1」のリミックス盤とか、長らく廃盤になっていた「ハリウッドボウル・ライブ」のリミックス盤をリリースしてきたのでしょう。そして、「サージェント~」の50周年という「大義名分」を後ろ盾に、ついにオリジナルアルバムのリミックスに手を付けることになりました。
ジャイルズが行ったのは、現代のリスナーにとって聴きやすい音に仕上げる、ということだったのでしょう。半世紀前はまだステレオというのは特別なものでしたから、このアルバムもイギリスやアメリカではステレオ・ミックスとモノラル・ミックスの2種類が用意されていました。ステレオにしても、今聴くと単純に「右」、「真ん中」、「左」とヴォーカルや楽器を割り振った、というものでした。それが、ここではすべてのメイン・ヴォーカルは真ん中に定位させています。そして、コーラスはその周りに広がりを持って定位、ということまで行われていて、真の意味での「立体感」が表現できるようになっています。もちろん、それぞれの音のクオリティも格段に向上しています。
それはそれで、初めてこれらの作品に触れる人にとってはありがたい配慮なのですが、長年聴きなれたファンにとっては、ちょっと納得のいかないところもあるのではないでしょうか。たとえば、「A Day in the Life」では、ジョンのヴォーカルは右から始まって真ん中、左と移動するという形が曲の印象として刷り込まれていますから、それを真ん中に固定されてしまうと戸惑ってしまいます。
そして、もっと重要な問題も。このアルバムでは何曲か、ミキシングが終わったところで、全体のテープスピードを少し操作してピッチを変えているものがあります。その、最終のカッティング用のマスターでリマスタリングを行っていた分には何の問題も出てこないのですが、ジャイルズの場合、元のスピードのままのテープでミックスを行って、それを最終的にデジタルでテープスピードを変化させているために、オリジナルとはピッチが変わってしまっているのですよ。それは、同梱されていたCDの中に入っていた「When I'm Sixty-Four」で最終的に採用されたテイクと聴き比べて分かったことです。オリジナル、つまり2009年のリマスター盤ではほぼ6%早くなっていたのに、今回のリミックス盤では4%しか早くなっていませんでした。実際に聴いてみると、オリジナルでは半音高く聴こえますが、リミックス盤ではとても微妙、製作者の意図とは別物になっています。
正直、「With a Little Help from My Friends」でのポールのベースを聴いた時には、そのクリアな音に狂喜してしまいました。しかし、こんないい加減なことをやっていたのには、本当にがっかりです。おそらく、これからも他のアルバムのリミックスは行われるのでしょう。しかし、非常に残念なことですが、それを聴く時にはオリジナルとは別物であるという意識で接する必要がありそうです。

CD Artwork © Calderstone Productions Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-06-01 21:05 | ポップス | Comments(0)