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ザ・ビートルズ・LPレコード・コレクション/No.1 Abbey Road
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デアゴスティーニ・ジャパン刊
ISBN978-4-8134-2163-1



「デア・ゴスティーニ」ではなく、「デ・アゴスティーニ」だったんですね。最近知りました。いずれにしても、今までこの会社の製品にはなんの関心もありませんでした。例えば「オペラ全集」などを出したとしても、そこには何の価値も見いだせなくて、通り過ぎていましたね。最近、「ジャズ全集」を出した時にも、まあ、このところLPに対する再評価が高まってるので、そんな波に乗って、テキトーにライセンスを取って、国内の工場でプレスしたものを出しているのだろう、と思っていましたね。
そこに、なんとビートルズのオリジナル・アルバムなどというものが登場したではありませんか。ビートルズの音源に関しては、とても厳しい管理がなされていますから、正規にリリースされるものは全てかつてはEMI、今ではUNIVERSALの中のCalderstoneというディヴィジョンからのもの以外は認められないことになっているはずです。それが、こんな畑違いの会社から発売されるなんて、いったい、実体はどんなものなんだろうという興味だけで、初回発売の「Abby Road」を買ってみました。
宣伝媒体では、そもそもジャケット自体がこんな感じになっていたので、そういう「雑誌仕様」のデザインなのかと思っていたら、これはあくまで全体のカバーで、その中身はこんな感じでした。
このほかに、しっかりシュリンク包装されたLP本体が入っていましたよ。2012年に出たこれの「正規盤」は持っていましたから、それと比較してみると、全く同じもののように見えました。ジャケットもレコード盤も中袋もレーベルも、正規盤と同じ大きさ、重さ、材質、匂い(?)ですから、これは正規品と同じ製造工程で作られたものに間違いありません。

ただ、裏ジャケットにあるクレジットを見ると、EMIからCalderstoneに変わっているほかに、「©2016 Licensed by Universal Music group to De Agostini Publishing S.p.A.」という一言が加わっています。したがって、レーベルの周辺に印刷されているテキストも変わっています。左がEMI、右がデアゴスティーニです。
ですから、クレジット上の表現では、「2009年にデジタル・リマスターを行って、2012年に製造されたLPを、デアゴスティーニが販売している」ということになるのでしょう。つまり、EMI(今ではUNIVERSAL)が製造したものと全く同じLPが、本屋さんで簡単に手に入る、ということですね。値段も輸入品を定価で買うよりはるかに安いですからね。そもそも、これは日本だけではなく、イタリアやイギリスですでに出ていたものだったのです。世界的なマーケットに向けられていたのですよ。ですから、付属のブックレットは、英語版を翻訳したものです。
もちろん、これはEMIが製造したLPの在庫をそのまま流用したのではなく、今回ジャケットは新たに印刷され、LPも新たにプレスされています。それは、マトリックス・ナンバーを見れば一目瞭然。

上がEMI、下がデアゴスティーニです。マトリックス表記のシステムが全然別物ですね。
つまり、今回はカッティングも新たに行われたことになります。そのマスターは2009年に作られたデジタル・マスターですが、おそらくカッティングのエンジニアも2012年とは別の人なのでしょう。その違いが、音の違いとなって実際に現れています。結論から言うと、今回のデアゴスティーニのカッティングの方が、以前のEMIのものより良い音になっています。具体的には、カッティングのレベルがほんの少し高いので、音にメリハリが増していますし、特に内周に行くにしたがって音が劣化する「内周ひずみ」がほとんど感じられません。ですから、A面後半の「Octopus's Garden」、B面後半の「Polythene Pam」や「She Came in through the Bathroom Window」でのコーラスや「Golden Slumbers」でのストリングスなどは、比較にならないほど生々しく聴こえます。
これはすごいことです。さらに、「1」や「サージェント・ペッパー~」のように今ではLPでもジャイルズ・マーティンのリミックス盤しか入手できなくなっているものでも、オリジナル・ミックス盤が手に入るはずですから、これもとても貴重です。CDの音には飽き足らず、それなりのLP再生装置を持っている人には、絶対のおすすめ品です。

Book Artwork © K.K.DeAgostini Japan

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by jurassic_oyaji | 2017-08-31 22:22 | ポップス | Comments(2)
CD面は手書きです
 「アンサンブル大会」では、私は録音を担当していました。いや、別に私ではなく、しっかりホールのスタッフがステージ上のマイクを使って録音してくれるというサービスは利用していたのですが、いつものようにLINE出力も提供してもらえたので、そこに私のレコーダーをつないで、こちらはハイレゾで録音をしていました。リハーサルが始まる前にそんなセッティングをしていると、私が持ち込んだヘッドフォンは、ホールに備え付けのものと同じでした。そんなところから、スタッフは私が只者ではないことを知って、いろいろ話をしてきましたよ。
 私の予定としては、ハイレゾで録っていると1時間を超えると新しいファイルが出来てしまい、あとで編集するのが面倒なので、1時間以内にちょっと立ち寄って曲の間で切れ目を入れるぐらいで、あとはほったらかしておこうと思っていました。ですから、まずLINEの出力を決めてもらって、それでリハーサルをテストの意味で録音を始めてみます。ところが、私たちの四重奏が終わった後に打楽器の出番になったら、あまりに音が大きいので、とてもその設定では対応できなくなってしまいました。スタッフはあわてて上の調性卓まで走って行って、なんと12dBもゲインを下げてしまいましたよ。それに合わせて、私のレコーダーも録音レベルを上げておきました。ちょっと低すぎるかな、とも思ったのですが、それで打楽器がピークを超えることはなかったので、これでずっと録ることにしました。スタッフも、私の横で同じ出力でCDレコーダーを操作しています。
 本番でも、私は結構レコーダーのチェックで、そのあたりを行き来していると、そのスタッフが、「CD-Rが足らなくなりそうです」なんて言ってます。一応2枚用意してあったようですが、確かに、タイムスケジュールを見ると、休憩前は間に合いますが、休憩後がそのままでは1枚のCDには収まりそうもありません。いや、出入りの時間などをカットすれば、ギリギリ間に合うはずなんですが、そういうことはスタッフとしては出来ないのだそうです。あくまで、休憩から休憩までをベタで録る、というだけで、それ以外の操作は「お客様にやっていただく」ことになっているのだそうです。仕方がないので、前半は少し余裕があったので、後半の最初の曲をすぐそのあとに入れてみようと、提案してみました。どうせ、最後の曲は収まらないのですから、一か八かでその「セプテット」を入れてみよう、ということです。その時点で録音の残り時間は「17分」でしたから、一応各チーム「15分以内」となっているので、ギリギリ間に合うはずでしたからね。最悪、ダメでも、私のレコーダーのバックアップもありますし。
 でも、「セプテット」は、とても17分では終わりませんでした。その時点で、もうCD-Rは使えないことになったので、私のデータが頼りです。さいわい、こちらはしっかり全部の演奏が録れていました。
 その日は、Sさんに撮っていただいた写真にNさんの写真も加えて、Facebook用のアルバムを仕上げ、次の日曜日はほぼ丸1日かかって、「かいほうげん」の残ったページを作っていました。
 月曜日には、出来上がった「かいほうげん」の印刷(今回は1時間半で製本まで終わりました)、そして、火曜日に、録音の編集に取りかかります。
 それを聴いてみたら、やはり、打楽器に合わせてしまったので録音レベルがあまりに低すぎました。最初のMCなんか、全然聞こえません。仕方がないので、編集ソフトでダイナミック・レンジを操作して、打楽器以外のレベルを大幅に上げて、CD用のマスターにすることにしました。そして、余計な部分を削ったりして、マスターが出来上がりました。その勢いで、そのままCDを焼いて、「かいほうげん」に使った写真を使いまわしてジャケットを印刷、ケースはこの前の合唱の時のが残っていたのでそれに入れて、それで前半、後半それぞれ10枚のCDが出来ました。こんなことは予定してなかったんですけどね。
 それを、練習場に持っていき、こんな風にお金と引き換えに勝手に持っていけるようにしておきました。ほぼ、完売したようですね。これを見ていた人が、「野菜の産地販売みたい」と言ってましたね。あんな感じ、というか、私としては定義山の線香売場をイメージしていたんですけどね。
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by jurassic_oyaji | 2017-08-30 22:11 | 禁断 | Comments(0)
IRELAND/Music for String Orchestra
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Raphael Wallfisch(Vc)
David Curtis/
Orchestra of the Swan
NAXOS/8.571372


イギリスの作曲家、ジョン・アイアランドって知ってますか?スーパーヒーローじゃないですよ(それは「アイアンマン」)。先日、さるアマチュア・オーケストラの飲み会でその名前が出た時に、彼のことを知っていた人は20人ほどの出席者の中に3人ぐらいしかいませんでしたね。
ジョン・ニコルソン・アイアランドは、1879年に生まれて、1962年に亡くなっています。ですから、年代的にはヴォーン・ウィリアムズ(1872年生まれ)やホルスト(1874年生まれ)といった作曲家と近い世代になります。王立音楽院(RCM)で学びますが、のちに母校で教鞭を執ることになり、ベンジャミン・ブリテンが彼の生徒となっていたりします。
ただ、彼の作風は、いわゆる「イギリス風」というものとは少し違っているのだそうです。彼は、フランスの印象派やバルトーク、ストラヴィンスキーといった作曲家にも興味を示していて、その影響は作品の中に見られると言われています。それでいて、なにかとても洗練された味わいが感じられるのが、彼のアイデンティティなのだとか。
そんな作曲家の作品ばかりを集めたアルバムが、なぜか手元にありました。1年以上前にリリース(録音は2015年)されたものですが、おそらく誰かから譲り受けたものなのかもしれません。その存在自体、すっかり忘れていたものが、それが、もうすぐ、所属する団体がこの中にある曲を演奏することになったとたん、未聴CDの山の中から顔を出したのですから、何か不思議な力が働いているような気がしてなりません。
このジャケットにある作曲家のイラストは、彼の写真を元に描かれたものなのでしょうが、その、日本の作曲家Nさんにとてもよく似た顔立ちは、そのNさんと同じように、なにか育ちの良さと、それとは裏腹に何かびっくりさせれられるような「秘密」を抱えているように見えてしまいます。
このアルバムは、アイアランドの弦楽オーケストラのための作品を集めたものです。ただ、ここで演奏されているものは、すべてオリジナルは別の形だったものが、弦楽合奏、あるいは弦楽合奏とチェロ独奏のために編曲されているのです。ですから、ほとんどはこれが世界初録音となります。ただ、最後の「牧草地組曲」だけは、何種類かの録音が出ています。でも、それらはすべてイギリスの演奏家によるものですから、レアな曲目であることに変わりはありません。
最初に演奏されているのは、1923年に作られた「チェロとピアノのためのソナタ」をチェロと弦楽合奏のために編曲したものです。3楽章から成る堂々たるソナタで、かなり骨太なダイナミックさが感じられる作品です。その中に、フランス風のテンション・コードや、哀愁を帯びたテーマが現れます。
そのあとには小品が6曲続きますが、後半の3曲はヴァイオリンとピアノのための作品だったものを、チェロと弦楽合奏に編曲したものです。これらはかなり若いころ、1902年から1911年にかけて作られていますが、軽快なたたずまいはまるでルロイ・アンダーソンの一連の作品のようなテイストを持っています。中には、それこそイギリスの作曲家エルガーの代表作、「愛のあいさつ」を思い起こされるようなものもありました。
そして、最後が4つの曲から成る「牧草地組曲」です。そもそもは1932年に、ブラスバンドのコンテストのための課題曲として作られたものですが、そのうちの2曲目の「エレジー」と3曲目「メヌエット」が、作曲家自身の手によって弦楽合奏に編曲され、残りの2曲が彼の死後、弟子のジェフリー・ブッシュによって同じ編成の曲に仕上げられています。「エレジー」は、まるでマーラーの「アダージェット」のような息の長い美しいメロディを持つ、情感深い作品です。これが吹奏楽のために作られたものだとは、信じられないほどです。「メヌエット」は、とても都会的で上品な佳曲、オーケストラのアンコール・ピースなどには最適なのではないでしょうか。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-08-29 22:29 | オーケストラ | Comments(0)
カレーやお蕎麦もありました
 きのうはニューフィル恒例の「アンサンブル大会」、これまでは交流ホールというただのベタなホールでやっていたのですが、3回目にしてちゃんとステージと客席のあるホールでやることになっていました。いや、単に交流ホールの倍率が高くて取れなかったためなんですけどね。でも、収容人員300人という、普通にコンサートでも使っているホールですから、こうなるとしっかり「発表会」というノリになってきますね。
 街中ですが車で行きたかったので、近くの駐車場をストリートビューで調べてみたら、こんなところがありました。
 ところが、実際に行ってみると、
 100円上がってましたね。ストリートビューは去年の8月にキャプチャーしたものですけど、もはや正しい情報を伝えることは出来なくなっていたのでした。ですから、その手前にあった「最大900円」に駐車しましたけど。
 会場は戦災復興記念館、ロビーにはしっかりニューフィルのポスターが貼られていましたよ。
 ここに持ってきたのは私ですから、うれしくなりましたね。
 コンサート(そう、もはやコンサートでした)は、しっかりホールのスタッフも付いて、照明なども本番あかりになってました。録音も、私が持ち込んだいつものレコーダーに使えるようにライン端子が用意されていました。それと並行して、スタッフがCD-Rへの録音をやってくれているのですが、2枚しか用意していなかったので、そのままでは足らなくなってしまいそうだ、と、そばにいる私に相談してきました。そもそも3枚は必要な予定だったので、ギリギリ1枚目まではこの曲まで、と指示したのですが、それが予定よりちょっと長かったので、最後は録音できませんでした。でも、私のレコーダーには全部入っていますから、何の問題もありません。
 そのほかにも、打楽器の音量が想像以上だったので、スタッフと一緒にレベルを下げたり、結構大変でしたね。
 私は今年もモーツァルトのフルート四重奏曲を演奏しましたが、去年のようにボロボロになってしまうことがなかったのは、進歩でしょうか。やっぱり、ちゃんとしたホールはいいですね。
 それが終わると、いよいよビアガーデンです。少し早目に行ってみると、こんな掲示がありましたよ。
 やはり、きのうは久しぶりの「夏の日」でしたから、みんな殺到したのでしょう。我々はちゃんと幹事さんが予約していたので、すぐに座れましたよ。
 これが、料理や飲み物などを持ってくるところ。普通のヴァイキングですね。チケットを持っていくとグラスとお皿とお箸が渡されます。それをもってここに来て好きなだけ持っていく、というシステムですね。正直期待にははるかに及ばないクオリティでした。なんと言っても、かつてのビアホールの定番の「串カツ」がなかったのは、致命的ですね。スイーツも品ぞろえはとても貧弱、ただ、ソフトクリーム(もちろんセルフ)があったので、少しは救われましたかね。
 屋上の会場では、建物の壁にプロジェクターを映写して、楽天戦を見せていました。9回裏でオコエのホームランが出た時には、みんなで拍手してましたね。結局負けちゃいましたが。
 コンサートも含めて、この打ち上げの模様が、こちらで見れますよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-08-27 21:12 | 禁断 | Comments(0)
RZEWSKI/The People United Will Never Be Defeated!
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Daan Vandewalle(Pf)
ETCETRA/KTC 1589


ジェフスキの「不屈の民」変奏曲は、新しい録音が出れば必ずチェックしています。大昔に買った楽譜がいくら探しても見つからないようになっていたので、最近新たに買い直したりもしていました。なんせ「全音」が出版元ですから、簡単に入手できますからね。たった2,000円(税抜き)ですよ。
今回のCDは2016年の10月に録音されたもの、国内代理店の帯には、ほぼ定訳と化している「『不屈の民』変奏曲」と並んで、元のタイトルの直訳である「(団結した民衆は決して敗れることはない)による36の変奏曲」という表記が併記されているのがうれしいですね。余談ですが、有名なエルガーの「威風堂々」というタイトルも、元の「Pomp and Circumstance」を忠実に訳したものではなく、誤訳とは言えないもののかなりの意訳とされていますね。罰金が必要です(それは「違約金」)。
演奏しているのは1968年生まれのベルギーのピアニスト、ダーン・ファンドヴァールです。アイヴズやメシアンといった古典的な「現代音楽」から始まって、まさに同時代の音楽まで幅広く演奏している方で、ジェフスキ本人の作品の初演を行ったこともあるのだそうです。さらに、プロフィールを見ると、あの「大作」、カイコシュル・ソラブジの「オーパス・クラヴィチェンバリスティクム」を全曲演奏したことがある数少ないピアニストの一人だということで、それだけでも只者ではないことが分かります。
そんなヴィルトゥオーゾですから、さぞや切れの良い演奏をするのでは、と思って聴き始めると、最初のテーマはいともゆったりとしたテンポで、たっぷりルバートをかけたリリカルなものであったのが、ちょっと意外でした。確かに、全体の演奏時間は、「カデンツァ」の部分を引くと58分34秒ですから、かなり「遅い」テンポの部類に入ります。以前、そんなリストを作りましたが、それ以降の録音も含めて、改訂版を作ってみましたので、比較してみてください。

演奏家       全演奏時間/カデンツァ/カデンツァ抜き時間(録音年/レーベル)
オッペンス     49:17-00:00=49:17(1978/PIANO CLASSICS)
高橋悠治      58:01-01:22=56:39(1978/ALM)    
ジェフスキ     61:04-07:42=53:22(1986/HAT HUT)
ドゥルーリー    54:54-00:00=54:54(1992/NEW ALBION)
アムラン      57:22-06:24=50:58(1998/HYPERION)
ジェフスキ     63:47-05:56=57:51(1998-2001/NONESUCH)
ファン・ラート   62:30-06:00=56:30(2007/NAXOS)
シュマッハー    64:50-04:00=60:50(2009/WERGO)
キーレリチ     59:46-04:31=55:15(2009/BRIDGE)
オッペンス     50:43-02:38=48:05(2014/CEDILLE)
レヴィット     62:18-04:44=57:34(2015/SONY)
ファンドヴァール  61:20-02:46=58:34(2016/ETCETRA)

楽譜を見ながら続く変奏を聴いていると、かなり難しいそれこそセリー・アンテグラル風の変奏でも、ファンドヴァールはしっかり「歌って」いることがよく感じられます。その結果、今までの演奏ではちょっと分かりにくかった、そういう難しい変奏の中にちりばめられた「テーマ」が、しっかり浮き上がって聴こえてくることにも気づかされます。この作品は、そのようにしっかり「テーマ」が聴こえてきてこそのもの、単なる超絶技巧の見世物ではなかったのでしょう。
さらに、楽譜を見て初めて気づいたのが、この変奏曲の中で最も長い第27変奏の複雑な変拍子の世界です。この変奏自体がいくつものパーツから成っていますが、その中で延々と続く単調な左手のパルスに乗って右手が醸し出す変拍子や後半の執拗なオスティナートの応酬は、まさに「ミニマル・ミュージック」そのものです。ジャズの影響が強いことはよく知られていますが、こんな「最新」のファッションまで、ジェフスキは取り入れていたのですね。
ピアニストの個性がもろに出てくるのが、最後の第36変奏の後に設けられた「カデンツァ」の部分です。ここでは、ファンドヴァールは「前衛」とか安易な引用(バッハのコラールを引用している人もいます)には走らず、とても生真面目な、彼自身の「変奏」を聴かせてくれています。

CD Artwork © Quintessence BVBA

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by jurassic_oyaji | 2017-08-26 22:50 | 現代音楽 | Comments(0)
アイアランドの「牧草地組曲」が入ってます
 「あいみょん」という名前のアーティストが歌う「君はロックを聴かない」という曲が、このところヘビー・ローテーションでON AIRされています。最初聴いたときには、ずいぶん高い声の出る男だな、と思いましたね。小田和正の音域あたりを軽々と歌っていますから、なかなかのシンガーが出てきたのだな、と。なにしろ、歌詞を聴く限り1人称は「僕」、2人称は「君」で、もちろん曲のタイトルも「君」ですから、普通は男が歌っていると思うはずです。いや、最近は女性が2人称を「君」というのは、もはや日常化していますから、それはあり得ますが、なかなか「僕」と歌う女性はいませんからね。ウィスキーのCMで吉高由里子がそんなことをやっていますが、あれは完全に非日常のウケ狙いですから、問題外ですし。
 でも、ネットで調べたら、この人は女性でした。それだったら、何のサプライズもない声ですね。「僕」と「君」にしても、単に女性が男の立場になりかわって歌っていただけのことでした。「♪わたしばかよね~」みたいな、逆のなりかわりはいくらでもありますからね。もうすっかり興味がなくなってしまいました。
 そのアーティスト写真がこれですが、小道具は割れたEPをセロテープで貼りあわせたものなのでしょうね。まあ、それこそ歌詞の「世界観」とやらを表現しているのでしょうが、実際にこういうレコード盤を日常的に手にしていた私にとっては、これはなんともウソくさい表現にしか見えません。そもそも、EPってこんなに簡単に割ることなんか出来ませんからね。そして、その割れたところがこんな白い線になるなんて、ありえません。ですから、こういうのを見てしまうとさっきの「なりかわり」の歌詞も、とてもつまらないものに思えてしまいます。
 そんな巷の出来事とは無関係に、ニューフィルのスケジュールは進んでいきます。
 まずは、明日必要な「アンサンブル大会」のプログラムが、無事に出来上がりました。最終チェックを行った時に、そもそものタイトルを間違えていたことに気が付いたときには、焦りましたね。まあ、去年のプログラムに上書きして作ったので、そこを直すのをすっかり忘れていたんですね。それと、タイトルページのコラージュをよくよく見てみたら、何人かの顔が隠れていることも分かって、その修正もしなければいけませんでした。
 それですっかり完成、もう間違いはないしこれでやることはなくなったはず、と思って、フォルダーの中を点検してみたら、去年作ったプログラムのファイルがなくなっているではありませんか。やっちまいましたね。いつもはきちんと新しく名前を付けてから上書きをしていたのに、それをすっかり忘れてしまったので、元のファイルが消えてしまったのですよ。最近はこういうミスはまずなくなったというのに。ただ、WORDファイルはなくなっても、それをPDFにしたものはネットにアップしてあったので、プログラムそのものはなくなってはいませんから、まずは一安心です。
 印刷は、去年使ったピンクの紙が少し残っていたのですが、ちょっと足らなかったので、ここは心機一転、レモン色の用紙を買ってきて、それを使います。ちょうど半分使ったので、これは来年も使えるでしょう。まあ、来年もあれば、の話ですが。
 そして、もう一つの宿題が、「2ページ分残してかいほうげんを完成させる」というものです。これも予定通りに出来上がっています。いや、もしかしたら予定以上のものが出来たのかもしれません。まあ、単なる自惚れですけどね。というのも、一応大体のページ割りだけを決めてあるだけで、どんなふうに入れていくのかはもう出たとこ勝負なんですよね。それで、最初のページは来年春の定期演奏会の曲目が決まったことをまだきっちり載せていなかったので(前回の発行の時には既に分かっていたのですが、まだ解禁になっていませんでした)、それを載せるつもりでした。それで、当初はその3曲の作曲者の写真でも入れて紙面を埋めようと考えていました。でも、それはもう今まで何度となく使っていた手なので、なんとなく避けたいな、という気はしてましたね。そこで思いついたのが・・・まあ、火曜日(これも、予定通り出来上がれば、ですが)になったらわかりますから。
 さらにもう一つ。家にはまだ聴いていないCDが山積みになっているのですが、それをチェックしてみたらこんなCDが出て来たではありませんか。こんなの買った覚えがありませんよ。いったいどこから紛れ込んだのでしょう。このタイミングでこんなCDが見つかるなんて(これも、まだ解禁になっていないので、これ以上は・・・)。
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by jurassic_oyaji | 2017-08-25 21:58 | 禁断 | Comments(0)
ストラディヴァリとグァルネリ/ヴァイオリン千年の夢
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中野雄著
文藝春秋刊(文春新書1132)
ISBN978-4-16-661132-4



こちらでは、こんな本やこんな本などを紹介させていただいていた中野雄(たけし)さんの、新しい著作です。中野さんは、音響機器メーカーのトップという財界人としての顔の他に、アマチュアのヴァイオリニストとして、大学オーケストラのコンサートマスターを務められていた、という顔もお持ちの方です。さらに、個人的にお知り合いの演奏家も、世界的なオーケストラのコンサートマスターなど信じられないような顔触れがそろっていますから、この方の書いたものにはそれだけでしっかりした重みがあると感じられてしまいます。
この本の帯の表には、「なぜ、これほどまでに高価なのか!」というコピーが躍っていました。実は帯の裏のコピーは「なぜ、これほどまでに美しい音色なのか!」なので、この2つのコピーが対をなしていることが分かるのですが、店頭で表だけを見た時には、その「高価なのか!」というところだけが目に入って、それなら読んでみようと思ってしまいました。つまり、だいぶ前にこういう本を読んで以来、ヴァイオリンの価格に関してはそれが「単なる骨董的な価値」でしかないという認識を持つようになりましたから、それに対しての中野さんの見解が分かるのではないかと思ったからです。
その件に関して中野さんは、「最近の高騰ぶりは異常だ」というコメントの後に、過去に行われたブラインド・テストの結果を披露してくれています。その結果は、誰にも高額な楽器とそうではない楽器との違いは分からなかった、というものでした。やはりそうなのか、と思っていたら、中野さんはそのあとにとんでもない隠し玉を持ち出してきました。ヴァイオリンという楽器は、いきなり弾いたこともないものを弾かされても、その楽器本来の音を出すことはできないのだそうです。それは、名演奏家でも、いや、名演奏家だからこそ、「本物」の楽器との相性があり、それは長い時間をかけないと解決することはできないものだ、というのですね。
ということで、ブラインド・テストの結果が全否定されたところから、中野さんのヴァイオリン談義が始まる、ということになります。それが、裏帯のコピー「なぜ、これほどまでに美しい音色なのか!」だったのですね。こちらの方が本論、表帯の方は、単に購買意欲を煽るためだけのものでした。
それからあとは、アントニオ・ストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェスという2人の天才に関しての、詳細な情報の紹介となります。しかも、それは、場合によっては実際にその楽器をご自身で弾いたことがあるものだったりするので、とても説得力に富む言及です。最も興味深かったのは、本物の楽器は演奏家の腕がそのまま音に反映される、ということが分かったという彼の体験談です。ウィーンのホテルの一室で、アントニオ・ストラディヴァリの1710年代の楽器の買い手を探している人に会った時に、元ウィーン・フィルのヴィルヘルム・ヒューブナーも同席していて、中野さんとヒューブナーがそれぞれその楽器を試奏すると、部屋の外からは中野さんの音は全く聴こえなかったのに、ヒューブナーの音ははっきり聴こえた、というのですね。
結局、現在に至るまで、その2人を超える楽器製作者は出ていない、というのが、中野さんの結論です。そんな貴重なものですから、価格が異常に高くても納得しなければ、と言われているような気持ちを抱かせるのが、彼の本心だったのかもしれませんね。
それにしても、バブル期に一気に高騰したものが、その後も全く下落しなかったというのは、経済学の常識を超えたことなのではないでしょうか。これらのヴァイオリンには、「骨董品」を超えた価値がもしかちたら、あるのかもしれませんね。しかしそれは、一般人とはまるでかけ離れた世界の「価値」であることだけは明白です。

Book Artwork © Bungeishunju Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2017-08-24 21:17 | 禁断 | Comments(0)
コンクールに出れない人もいるんですね
 最近あちこちで目にする竹内涼真が出ていた映画をWOWOWでやっていたので、見てみました。
 こんな感じで出演していたのですが、高校の野球部員という設定なので髪も短く、なんだか、朝ドラなんかで見ていたイメージとは全然違ってましたね。はっきり言って「イモにいちゃん」という感じ、かなりがっかりです。ただ、この映画の主役は竹内クンよりはその同級生の土屋太鳳の方だったみたいで、彼女が属している吹奏楽部での出来事が大半を占める、という感じでしたから、そういう面では見ごたえがありましたね。いろんな意味で。
 まずびっくりしたのが、「吹部」という言葉。まあ、昔は「ブラバン」とか言っていたものが、最近ではそんな言い方はすっかり影をひそめたということぐらいのことは知っていましたが、まさか「スイブ」とはね。知り合いにこの関係者はたくさんいますが、そんな言葉は彼らの口からはきいたこともありませんでしたからね。いや、単に私の前では口にしなかっただけなのかもしれませんが。まあ、そんなことを言ったら、「部活」という言葉だって私が高校生の時にはありませんでしたからね。あのころは「クラブ活動」と言っていたような。
 その「吹部」の日常も、そのようなことには全く関係のない高校(大学も)生活を送ってきたものにとっては、驚くことばかりでした。指揮者の先生の言うことに、いちいち全員が大きな声で「ハイ!」などと答えているのは、まるで軍隊のようですね。その練習風景も、音楽を作っている、という感じが全くしないんですよ。みんなが心を合わせていい音楽を作りましょう、みたいな発想は全くなく、ひたすら他のパートの悪口を言い合っているのは、正直信じられませんでした。それはどうやら、「コンクール」で「金賞」を取ることが、至上目的になっているからのようなんですね。「金管が木管の足を引っ張るから、金賞は取れない」なんてことを、本気で言い合っているんですけど、あんな醜いことが彼女たちの日常だと思うゾッとします。
 それと、この巨大なメトロノームもなんか異様でしたね。こんなものを指揮者の横に置いて、いったい何をしようとしているのでしょうか。まさか、合奏の時に実際にこれを使う、なんてことはないですよね。そんなことをして出来上がったものは、とても音楽とは言えないんじゃないでしょうかね。いや、もしかしたら、そんな上っ面だけ整えたものが、今の「コンクール」では最も重要なことなのかもしれませんね。
 全くの門外漢の私にとっては、ここで描かれている「吹部」には、違和感以外のものは湧いてきませんでした。ですから、これはあくまで映画(というか、原作)の中だけの架空の出来事、物語を面白くするための誇張に満ちた世界なのだ、と思いたいものです。
 この高校の音楽の先生役は上野樹里、かつて「スイングガールズ」の時には生徒の立場だったのが、12年経って先生になれたんですから、なんかうれしくなってしまいます。あ、その前に彼女はピアニストにもなってましたね。
 いずれにしても、このような無意味な「訓練」は大人になってからはやるようなものではありません。ニューフィルのような大人のオーケストラでそんなことをやっていたのでは、私のようなぐうたら者はとても30年も続けることなんか出来なかったでしょうね。
 そんな私は、演奏だけではなくいろいろな雑務も任されているので、今週中に仕上げなければいけない仕事を2つ抱えています。その一つが、今度の土曜日の「アンサンブル大会」のプログラム作りです。きのうの練習で実行委員の人から原稿をいただいてきて、それをきちんと仕上げるのが私の去年からの役目です。その原稿が、久しぶりに「手書き」だったのも、新鮮ですね。私にとっては、日々タイピングの腕は磨いていますから、手書きでもデータでも仕上げる時間は変わりません。それよりも、まずは外見から仕上げようと思って、表紙に使う画像を作る方にかなりの時間がかかってしまいました。前の年の大会の時の写真を集めて、それをコラージュにする、というものなのですが、大量の写真を使うのでその配置に手間取ったからです。でも、当日までには十分に間に合いますから、ご安心ください。
 ここで、それぞれのチームの名前を最初に書くのですが、フルートパートのアンサンブルの今までの名前がダサかったので、独断で変えておきました。それは「ジュラシック&ガールズ」。もちろん、元ネタは「ジュラシック・ワールド」です。似てない?
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by jurassic_oyaji | 2017-08-23 21:27 | 禁断 | Comments(0)
KLEINBERG/Mass for Modern Man
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Mari Eriksmoen(Sop)
Johannes Weisser(Bar)
Eivind Gullberg Jensen/
Trondheim Symphony Orchestra and Choir
2L/2L-136-SABD(hybrid SACD, BD-A)


1958年生まれ、現代ノルウェーを代表する作曲家ストーレ・クライベルグの最新作、「現代人のためのミサ」というタイトルの「ミサ曲」のアルバムがリリースされました。
この作品は、ミュンヘン大聖堂からの委嘱によって作曲されたもので、世界初演は2015年の7月28日に、ノルウェーのトロンハイムでの「聖オーラヴ音楽祭」のオープニングコンサート(会場はニーダロス大聖堂)で行われました。さらに、同じ年の11月15日には、委嘱元のミュンヘン大聖堂でドイツ初演が行われました。世界初演はノルウェーの演奏家たちによるものでしたが、この時は、ソリストも合唱団もオーケストラも別の演奏家でした。
そして、2016年の8月に、トロンハイムのオーラヴホール(先ほどの音楽祭のメイン会場)で、世界初演のメンバーも参加しての2Lへの録音セッションで製作されたのが、このアルバムです。もちろん、これが世界初録音となります。それはこのレーベルのお家芸であるDXDで録音され、それが2.8DSDのSACDと、24/192PCMのBD-Aの2枚のパッケージになっています。今までの経験から、BD-Aの方がSACDよりも元の録音に近いものが体験できていたので、今回も聴いたのはBD-Aのディスクです。
世界初演と同じメンバーなのは指揮者とソリストだけ、初演での合唱はBISの一連の録音でおなじみの「ノルウェー・ソリスト合唱団」でしたし、オーケストラは「トロンハイム・シンフォニエッタ」でした。これは想像ですが、この合唱団が今回の録音で使えなかったのはレーベル間の契約の問題があったからなのかもしれません。さらに、もしかしたら、メンバーはかなりの人が両方の合唱団を兼任しているのではないでしょうか。
このミサ曲は、「現代人のための」という注釈がある通り、伝統的なミサのテキストだけではなく、この作品のために作られた「現代」のテキストも使われています。それは、この作曲家と以前共同作業を行ったことのあるイギリスの作家、ジェシカ・ゴードンによって書かれた、英語のテキストです。ノルウェー語ではなく英語を用いたというところで、この作品がインターナショナルな視点(あるいはマーケット)を目指したものであることがうかがえます。
この「現代」のテキストによる音楽は3曲用意されています。「Kyrie」と「Gloria」の間には、バリトン・ソロによる「祖国の喪失-難民」、「Gloria」と「Credo」の間には、ソプラノとバリトンの二重唱による「子供の喪失」、そして、「Credo」と「Sanctus」の間にはソプラノ・ソロによる「未来への信頼と希望の喪失」という、それぞれ「喪失」をテーマとした内容のテキストが歌われます。それらは、もうこのタイトルのまんま、現代社会が抱える深刻な問題が、やはり深刻な語り口によって演奏されます。
そして、その周りをミサ通常文によるお馴染みのタイトルの曲が、こちらは合唱だけによって歌われます。この対比がこの曲の魅力の一つでしょう。合唱はあくまでピュアな響きで「理想」を歌い上げているのに対して、ソリストのうちでも特にバリトンは深刻極まりない歌い方で「現実」を嘆きます。ただ、もう一人のソプラノのソリストは、とても可憐な歌い方なので、この暗い詩の世界を歌ってもなにか救いが感じられます。それは、全体の終わり、「Dona nobis pacem」のあまりに美しい合唱の響きの中へと終息していくはずのものだったのでしょう。
オーケストラは7.7.5.4.2という弦楽器とフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンがそれぞれ1本ずつにハープというシンプルな編成、それが、サラウンドに対応した11本のマイク・アレイを囲むように2列の同心円状に並んだ間に、16人の合唱が挟まれる、という特殊な並び方をしています。そのためなのか、合唱はア・カペラでは澄んだ響きが聴こえるのに、楽器が入ると途端に音が濁ってしまいます。このレーベルの録音としては、ちょっと期待外れ。もっとクリアな音で聴きたいな。

SACD, BD Artwork © Lindberg Lyd AS

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by jurassic_oyaji | 2017-08-22 22:56 | 合唱 | Comments(0)
新しい靴も買いました
 この前の「アンサンブル大会」の続報ですが、その後参加チームが2つ増えて、全部で11チームになったのだそうです。まずは2ケタ参加となってよかったですね。打ち上げも、この日はどうやらお天気は良くなって気温も高くなりそうなので、ビアガーデンを楽しむことが出来そうですから、まずは一安心です。
 しかし、油断をしていると「急な強い雨」が降ったりすることがありますから、注意は必要でしょう。なにしろ、関東地方あたりではものすごいことになっているようですからね。今日なども、東京の花火大会で絶対に雨なんか降りそうにないと思って浴衣姿でやってきたバカップルが、急な雷雨にあって困り果てている、という映像が放送されていましたが、こいつらはいったい何を考えているんだ、と思ってしまいますね。なんせ、真っ黒な雲が広がって近くで雷が落ちているというのに、そこから動こうとしていないんですからね。このあたりが、都会人の愚かさ、自然に対する無知さ加減を象徴している出来事なのではないでしょうか。
 この週末は、こちらはそれほどのひどい天気ではなかったものの、冷たい小雨がしとしとと降り続く、といった憂鬱な空模様だったので、地味にチラシ配りに励むことにしました。今回から、私の担当を3か所ばかり別の方が引き受けてくれることになったので、かなり楽にはなっていますから、先週ほとんど行けてしまったのですが、まだちょっと残っていたものがあったので、そちらを片付けます。
 まずは川内周辺の美術館や博物館に行ってみました。美術館は駐車場はガラガラだったのに、博物館の前では駐車場が「満車」ということで、「臨時駐車場」に誘導されてしまいました。それがいったいどこにあるのかと思ったら、なんと、かつては住宅地だった「追廻」が広大な更地になっていて、その真ん中あたりなんですよ。駐車場とは名ばかりの泥んこの土が丸出し、水たまりだらけの場所でした。降りてからが大変、雨の中を10分ぐらい歩いてやっと博物館の入り口ですからね。
 博物館ではこんな展示があったんですね。これだったら人気も高そうです。帰りもまたさっきの道を歩いていくのは大変だと思ったら、このあたりは確か仙台城の三の丸だったことを思い出しました。なんたって、ここのレストランが「三の丸」という名前ですからね。ということは、裏手に本丸に続く道があったはずで、そちらを通ればさっきの駐車場に近いところに出られるのではないかと思いました。確かに、さっき来た道の反対に行ってみると、道が二手に分かれていて、右は本丸方向で山の上に向かってますし、左に行くとすぐ目の前に駐車場がありましたよ。長年仙台に住んでいて、こんな大切な道を初めて知ることが出来ました。
 地図で見てみると。
 真ん中が博物館、その右のオレンジの区画が「追廻」の臨時駐車場です。私は、最初はそこから上(北)に向かって歩いてしまったので、遠回りだったんですね。
 このあたりは、いずれは広大な公園になるのだそうです。ここと博物館の間にある堀(長沼)も、なんだか水を抜いて補修工事をやってました。
 この間、ランチに髪の毛が入っていたのでタダにしてくれたレストラン「ティーズ」にも置いてきたし、これで、チラシはほぼ全部配り終えました。
 あとは、録画してあったこんなものを見ていました。
 WOWOWのドラマですが、タイトルに引っ掛かったものですから。1回目は見たものの、2回目を再放送まで録画し損ねて、それだったらいずれ再放送されるはずなのでそれまで待っていようと、それ以降は見ないでいたら、6話までをまとめて再放送していたので、それを録画して、一気に見てしまいました。斎藤工はあまり好きではなかったのですが、意外といい芝居をしているので、ちょっと見直しました。
 まあ、「下町ロケット」の作者ですから流れは読めてしまいますが、「悪役」が非常に分かりやすい人たちなので、結構楽しめます。榮倉奈々のダンナがそんな悪役サイド、というのがちょっとかわいそうですけどね。
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by jurassic_oyaji | 2017-08-20 21:30 | 禁断 | Comments(0)