おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
<   2017年 08月 ( 27 )   > この月の画像一覧
ELGAR/The Dream of Gerontius
c0039487_20251202.jpg

Catherine Wyn-Rogers(Sop)
Andrew Staples(Ten), Thomas Hampson(Bar)
Daniel Barenboim/
Staatsopernchor Berlin, RIAS Kammerchor
Staatskapelle Berlin
DECCA/483 1585


最近、DECCAからダニエル・バレンボイムが指揮をしたエルガーの作品が継続してリリースされています。オーケストラは彼の現在の手兵、ベルリン・シュターツカペレです。ちょっと意外なレパートリーのような気がしますが、実はバレンボイムは、過去には集中的にエルガーの作品を録音していた時期がありました。
それは1970年代のこと、CBSのために、主だったオーケストラの作品をLPで8枚分ほど録音していたのです。この時代、イギリス人の指揮者以外がこれほど熱心にエルガーに取り込んだのは、極めて異例のことだったのではないでしょうか。彼はかねてよりの筋金入りのエルガー・ファンだったのです。
これらの録音はほとんどロンドン・フィルを指揮してのものですが、一部はイギリス室内管弦楽団、そして、ジャクリーヌ・デュプレとの共演での「チェロ協奏曲」は、フィラデルフィア管弦楽団とのアメリカでのライブ録音でした。これらの録音は、その「チェロ協奏曲」以外はおそらくCD化もされずに入手困難な状態でした。
それが、ごく最近、SONYからバレンボイムのこのレーベルへの全録音がボックスでリリースされた際に、エルガーの選集もオリジナル紙ジャケットでCD化され、容易に入手できるようになりました。
それを予言していたかのように、バレンボイムはまず2012年に、アリサ・ワイラースタインのソロで「チェロ協奏曲」を録音、2013年には「交響曲第2番」、2015年には「交響曲第1番」も録音しました。そして、それに続いて今回初めて録音したのが、この「ゲロンティアスの夢」です。ただ、CDとしては初めてですが、ライブ映像としては、2012年にベルリン・フィルと演奏したものがDCHのアーカイヴには収められています。これは、オーケストラだけでなく、ソリストや合唱団も全て今回のCDとは異なっています。
「ゲロンティアスの夢」は、それまではアマチュアの作曲家程度の扱いしか受けていなかったエルガーが、1899年に発表した「エニグマ変奏曲」によって一躍一流作曲家として認められることになった直後の1900年に、バーミンガム音楽祭で初演され、その初演こそ不評だったものの、やがて各地での再演では大好評を博してその名声を確固たるものにしたという、いわばエルガーを「ブレイク」させることになった作品です。
そもそもは、1898年にこの音楽祭から、大規模のオラトリオを作ってほしいという委嘱を受けて作ることになったものです。そこでエルガーが選んだテキストが、1865年にカトリックの枢機卿、ジョン・ヘンリー・ニューマンによって作られた長編宗教詩「ゲロンティアスの夢」です。エルガーは若いころにこの詩に出会い、長いことこれに音楽を付けるための構想を練っていたのでした。
その詩は、ゲロンティアスという男が今まさに死に瀕している場面から始まり、やがて死が訪れるとその魂だけが天上でさまよい、様々な試練を受けた末に救済される、といったような、「死後の世界」が描かれています。なんちゃって(それは「死語の世界」)。
ソリストは、ゲロンティアス役のテノール、天使役のソプラノ、そして、司祭と苦悩の天使役のバリトンの3人、そこに、様々な設定(天使から悪魔まで)を演じる混声合唱が加わります。まるで、ワーグナーの「パルジファル」を思い浮かべるような前奏曲から、最後の感動的な天使の合唱までの1時間半、何も身構えなくても心の中から共感できるような音楽が続きます。特に、ベルリン州立歌劇場の合唱団とRIAS室内合唱団の混成チームが、バレンボイムの重みのある指揮に応えて、とても豊かな表現力で、物語を雄弁に伝えてくれています。
それに対して、テノール・ソロの声が軽すぎるのが、ちょっとした瑕でしょうか。ソプラノ・ソロももう少し可憐さがあってもよかったかもしれません。合唱団の席で歌っているバリトンのハンプソンは、さすがの貫録です。

CD Artwork © Decca Music Group Limited

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-19 20:27 | 合唱 | Comments(3)
おでんもあります
 「杜の都合」の本番が終わって、やっと休日の練習がなくなることになりました。いや、ニューフィルでも指揮者練習は休日なので、まるまるなくなることはないのですが、「杜」はほぼ毎週でしたからね。というか、こうなるともう休みの日に練習というのがほぼ日課になっていましたから、それがなくなると逆になんだか物足りなくなってしまいます。こういう緊張感があと1回あるかもしれないという感じなのですが、その前提となっているニューフィルの指揮者練習の日程が、今のところ全くの白紙状態というのが、なんとも宙ぶらりんでもどかしいですね。
 ただ、今度は団内の「アンサンブル大会」の予定が1週間後に迫ってきています。これが終わらないと、やはりなんだかいつもの日常は戻ってこないような、緊張した日々は続きます。とはいっても、実際に練習があるのはそんなに多くはありません。今回も私は2つのグループでエントリーしていて、モーツァルトのフルート四重奏曲を演奏するグループは、もうすでに2回の練習をこなし、あとは本番の2日前に仕上げればOKという状態です。ただ、もう一つのフルートだけの四重奏のグループは、実はまだ曲目すらも決まってはいません。なかなかみんなが集まれる日が見つからないんですよね。結局、1日だけ、火曜日の木管トレーナー・レッスンが始まる前にやっと時間が取れたので、そこだけで候補曲(これは、一応楽譜が揃っています)を初見で演奏してみて、何をやるのか決める、さらには、それを本番向けにアンサンブルを磨き上げる、という作業を行うという、なんともタイトな予定が出来てしまいました。そんな程度の合わせでも、本番にはきちんと吹ける、という腕を持っている4人ならではの綱渡り、というか、やっつけ仕事ですね。どうなることでしょうか。
 実は、このアンサンブル大会、去年は15チーム出場していたものが、今年は9チームしかエントリーしていないのだそうです。この時期は何かと職場での行事が入っていて、参加できない人がたくさんいるみたい、せっかく普通のホールを借りたというのに、なんだかもったいない感じですね。大昔にやはり同じような行事が企画されていたのですが、それは結局3回か4回で終わってしまっていました。こちらの方はそんなことにはならずに、この先もしっかり続いて行ってほしいものですね。フルート四重奏曲も、ニ長調、ハ長調とやってきましたので、せめてイ長調まではやっておきたいですから。
 今回も、演奏が終わったあとには打ち上げが予定されています。その案内もすでに届いているのですが、なんでもデパート屋上のビアガーデンで行う予定なんだそうですよ。私は、そもそも飲めないので、ビアガーデンも大昔に何回か仕方なく行ったきり、最近は全くのご無沙汰なのですが、どうやらあの頃とはかなり様子が変わっているようですね。昔は、それこそ生ビールがメインで、おつまみはせいぜい枝豆に串カツぐらいしかなかったような気がしますが、いまは飲み物も食事もバイキングで、和、洋、中と揃っているんですってね。サイトには、こんな写真がありましたから、間違いないでしょう。
 まあ、一度くらいは経験しておきたいものです。お天気も、この日あたりからまた暑い日が戻ってくるような「予想」が出ているので、きっと雨は降らないでしょうし。
 私としては、この打ち上げがしっかり1時間半で終わる、というのが魅力です。この間の指揮練の後の歓迎会では、2時間で帰れると思っていたら、とうとう3時間半も粘ってしまいましたからね。というのも、私はこの日のアンサンブル大会の様子を掲載した新しい「かいほうげん」を、3日後に発行しなければいけないのですよ。一応2ページだけあけておいて、それ以外のページが全部出来上がった状態で土曜日の本番に参加、あとは、その写真を使ってページを作って、できれば月曜日には印刷する、というのが今のところの「皮算用」です。現時点で素材は揃っていてもまだ手を付けていないページが6ページありますから、突発的な事故(入院とか)が起こらないように願うばかりです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-18 22:25 | 禁断 | Comments(0)
GADE/Symphonies Nos. 3 & 4
c0039487_20521076.jpg












新田ユリ/
愛知室内オーケストラ
AICHI CHAMBER ORCHESTRA/ACO-001, 002


今年、2017年は、デンマークの作曲家ニルス・ウィルヘルム・ゲーゼが生まれてから200年という記念の年です。しかし、例えばバッハやモーツァルトの記念年のように盛大にお祝いされるということが無いのは、ひとえにこの作曲家が一般の人にはほとんど知られていないからです。なんせ、名前すら最近でこそきちんと「ゲーゼ」と呼ばれるようになっていますが、少し前までは「ガーデ」とか、もっとひどいのは「ガーゼ」でしたからね。お前は救急箱か。
つまり、ゲーゼさんは1817年に生まれたことになります。時代的にはメンデルスゾーン(1809年)やシューマン(1810年)といった有名なロマン派の作曲家と同時代、ということですね。
実際、ゲーゼはメンデルスゾーンとは深い関係にあって、1842年に作られた彼の「交響曲第1番」をライプツィヒで初演してくれたのは、ほかならぬメンデルスゾーンだったのです。ゲーゼはそのままライプツィヒへ赴いてメンデルスゾーンの弟子となり、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の副指揮者として1845年には、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」の初演の指揮を任されるほどになります(この時、本来指揮をするはずだったメンデルスゾーンは、体調不良でした)。さらに1847年にメンデルスゾーンが亡くなると、その首席指揮者のポストを引き継ぎました。しかし、1848年にデンマークとプロイセンとの戦争が勃発したために、ゲーゼはデンマークに戻ります。それ以後は、故国の音楽発展に寄与、さらにニルセン、ノルウェーのグリーグといった、多くの北欧の作曲家を育て、「北欧音楽の父」とも呼ばれています。
彼の交響曲は、全部で8曲あります。いずれも演奏時間は20分から30分のもので、古典的な4楽章形式をとっていますが、「5番」だけにはソロ・ピアノが加わっているのがちょっとユニークなところでしょうか。
今までに、その8曲全部が録音されたセットは、おそらく3種類あります。それは、1980年代のネーメ・ヤルヴィ指揮のストックホルム・シンフォニエッタ(BIS)、1990年代のミハエル・シェンヴァント指揮のコペンハーゲン・コレギウム・ムジクム(DACAPO)、そして2000年代のクリストファー・ホグウッド指揮のデンマーク国立放送交響楽団(CHANDOS)です。
そこに、史上4番目の交響曲ツィクルスを目指して、新田ユリさんと愛知室内オーケストラとの録音のリリースがスタートしました。新田さんは、かつてフィンランドでオスモ・ヴァンスカの薫陶を受け、現在は日本シベリウス協会の会長を務められているというまさにシベリウスのスペシャリストですが、シベリウスだけには限らない、北欧音楽全般に対する広範な視野をお持ちになっている方です。その一端はこちらの著書に反映されています。
新田さんは2015年にこのオーケストラの常任指揮者に就任されましたが、その就任記念演奏会として2月27日に開催された第14回定期演奏会で演奏されたのが、「交響曲第3番」(ACO-001)です。さらに、就任前の2012年9月28日の第11回定期演奏会で演奏されたのが「交響曲第4番」(ACO-002)です。
先ほどの書籍の中では、新田さんは「正直なところ『第1番』と『第8番』の間に、大きな変化は見られない...8曲とも同じような色合いに聞こえてしまう」と書かれていますが、どうしてどうして、「3番」の持つまるでチャイコフスキーのような哀愁、そして「4番」が醸し出すとても甘美で上品なテイスト、それらはこの録音ではそれぞれに印象深く伝わってきます。
ただ、これはCDではなく、NML、Spotify、iTunesなどでの配信によるリリースで、品番もそれらのアートワークのものです。ですから、音源はAACレベルで、ちょっと物足りないところはあります。ハイレゾでの配信は期待出来るのでしょうか。それとも、裏切られる?(それは「背信」)。
今年3月の第18回定期演奏会では、「交響曲第1番」が演奏されました。この堅実な歩みが続きますように。

AAC Artwork © Aichi Chamber Orchestra

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-17 20:54 | オーケストラ | Comments(0)
コーラ類は全く売れませんでした
 しかし、今年の夏はひどいことになってしまいましたね。確か、「長期予報」では今年は猛暑になるんじゃなかったんですか?まあ、これはあくまで「予想」ですから、こういう「予報」を出した人には何の罪もありません。いけないのは、それを真に受けてさもそれが真実であるかのように世の中に広めたメディアです。
 私も、そんな「フェイク」を信じてしまった口、「猛暑」ときいて、こんなに自販機用の飲み物を用意してしまっていました。
 ところが、その結果は、こんなものでした。
 売れたのは綾鷹だけ。これは暑さには関係なく、お墓にお供えするために購入する人が多いので、普通に売れましたが、それ以外はこんなに寒ければ売れるわけがありませんね。こうなれば、お彼岸だけが頼りです。
 それでも、お墓参りの人たちは雨にも負けずにやってきます。私も、一応お墓参りには行ってきましたが、そこでちょっとした事故が。我が家のお墓に花を供えたりして帰る途中で、全然花が上がっていないお墓がありました。ちょっと気になったので、誰のお墓なのか見ようと思って外柵の石に上ったら、そこで足を滑らせてしまいました。いや、普通はこのぐらいの滑り方だったら私の運動神経をもってすれば簡単に立ち直れるのですが、あいにくその時には片手に水の入ったバケツを持っていたので、バランスが狂ってしまったんですね。そのまま石の角に太ももをぶつけてしまって、ものすごい激痛が襲ってきましたよ。もしかしたら大腿骨骨折?などと思ってしまうぐらいの、激しい激痛でした。でも、しばらくしたらなんとか立ち上がれそうだったので立ってみたら、ただの打撲のようでしたので一安心。ただ、穿いていたジーンズは泥だらけになってしまっていたので、それからの予定を変えて一旦家に帰らなければいけませんでしたけどね。そこで見てみたら、そこは軽いかすり傷も出来てました。
 確かに、最近はいろんなところでやたらと滑りやすくなっていました。まあ、そんなものだろうとは思っていたのですが、靴の底を見てみたら、こんなことになっていましたね。
 かかとの部分がほとんどすり減ってまっ平らになっているではありませんか。これでは滑るのも当たり前ですね。確かに、今までの滑っていたシーンを思い出して見ると、かかとから足を着いたときに滑っていたような。この雨はまだまだ続きそうですから、早急に新しい靴を買わないことには。
 結局、足の傷の方はガーゼを当てる必要もないほど軽いもので、傷口は完全に塞がってしまいました。
 ガーゼといえば、そんな名前の人がいたはず、と思っていたら、それはデンマークの作曲家のゲーゼでした。今年はその人の生誕200年ということで、割とあちこちで名前を聞く人ですが、「Gade」というスペルなので昔は「ガーデ」、あるいは「ガーゼ」と呼ばれていましたね。
 そういう北欧の作曲家に詳しい指揮者の新田さんが、そのニルス・ゲーゼの交響曲を演奏したライブ録音が、最近NMLで配信されるようになった、という情報が伝わってきたので、さっそくニューフィルのFacebookページで紹介したら、結構速いペースでリーチが高まってきましたね。そして、なんと新田さんご本人のコメントまでいただいてしまいました。そうしたら、リーチの増加のスピードが急に上がってきましたね。よく分かりませんが、単純にリーチが増えるのはうれしいものです。というか、これも「かいほうげん」のコンテンツに使えますし。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-16 21:53 | 禁断 | Comments(0)
WAGENSEIL, BONNO, GASSMANN, MONN/Flute Concertos
c0039487_21390926.jpg




Sieglinde Größinger(Fl)
Ensemble Klingekunst
CPO/555 078-2


このジャケットに使われているのはマリア・テレジアの肖像画。彼女は、父のカール6世が亡くなった1740年にハプスブルク家の後継ぎとして神聖ローマ帝国の皇后となり、自身が亡くなる1780年まで文字通り「女帝」として君臨していました。人見知りが激しかったそうですね(それは「テレヤ」)。ウィーンでは東京からの新婚さんや恋人たちがいちゃいちゃするので有名な観光地、シェーンブルン宮殿は、彼女が在位中の1748年に完成させたものです。ま、毎年テレビで見れますから、別に行きたいとは思いませんが。
そんな、今となっては観光資源としてこの都市に多大の貢献をしている豪華な施設を建設できたほどの財力を誇ったハプスブルク家でしたが、マリア・テレジアの王位継承が発端となった戦争によって、軍事予算が増えたことに反比例して、文化的な面での予算は徐々に削減されていったのです。宮廷の楽団も、カール6世の頃にはそのメンバーは150人ほどいたものが、マリア・テレジアの代になると次第に減っていき、たとえば、このアルバムにも登場する宮廷バレエ作曲家だったフローリアン・レオポルド・ガスマン(あの有名なアントニオ・サリエリの前任者)が1772年に宮廷楽長に就任したときには合唱も含めた楽団員は40名ほどになっていたそうですからね。
さらに、この18世紀というのは、それまでの絶対主義に代って、啓蒙主義が台頭してきた時代です。芸術面にもその影響はあらわれ、音楽もそれまでの「バロック」から「古典」へと、徐々に変貌していった頃になるのです。
このアルバムには、そんな激動の時代のウィーンで活躍していた4人の作曲家による5曲のフルート協奏曲が収録されています。それらは1740年から1760年までの間に作られたもので、いずれも楽譜は出版されてはおらず、各地の図書館に保存されていた自筆稿を使って演奏されています。当然のことながら、これらは全て世界初録音です。
唯一、2曲の協奏曲が取り上げられているゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイルは、宮廷音楽家。いずれも1750年に作られたト長調とニ長調の協奏曲は、バロックの様式を色濃く残した中にも、例えば長調と短調の間をめまぐるしく行き来するパッセージなど、斬新な面も顕著な作品です。
彼と同じ時期にやはりウィーンの宮廷に仕えたジュゼッペ・ボンノのト長調の協奏曲は、どこかC.P.E.バッハを思わせるようなパッショネートな面が感じられます。
この中では最も初期、1740年に作られた、ウィーンの教会オルガニスト、ゲオルク・マティアス・モンの変ロ長調の協奏曲は、フルートとともにチェンバロもソロ楽器として大活躍する、いわば「トリオ・ソナタ」のような形態をとっています。
そして、先ほどのガスマンの作品からは、作られたのが1760年という時期のせいなのか、あるいはハ短調という調性のせいなのか、あのモーツァルトの出現まではあと少し、という期待が感じられてしまいます。
そんな、様々な作品を、それぞれのキャラクターを際立たせながら見事に演奏しているのが、バロック時代のワンキーの楽器から、マルチキー、さらにはベーム管まで、あらゆるタイプの楽器の演奏に長けた美しすぎるフルーティスト、ジークリンデ・グレシンガーです。もちろん、ここで吹いているのはバロック時代から使われていたワンキーの楽器でしょうが(さらにキーが増えた楽器が使われるようになるのは、もう少し先のこと)、その密度の高い音色は他の奏者の追随を許しません。この楽器ならではの調性によるピッチの変化の機微も存分に楽しめます。なによりも素晴らしいのは、彼女の装飾のセンスでしょう。完璧なテクニックで飾り立てられた旋律は、ゾクゾクするほど魅力的です。彼女自身と、チェンバリストのマヤ・ミヤトヴィッチが中心になって2009年に創設された「アンサンブル・クリンゲクンスト」の自発的なサポートも、これらの珍しい作品に命を吹き込む、素晴らしいものです。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-15 21:41 | フルート | Comments(0)
テーマ曲のサビは「パフ」ですし
 今日はお盆なので出勤、ラジオをつけていると、さる製薬会社がスポンサーの番組が流れてきました。声優の山寺さん(仙台市出身)がDJの番組ですが、ひとしきり前説があった後に、そのスポンサーのCMが始まりました。オーケストラを使った重厚な音楽がバックに流れていますが、そのメロディがなんか気になりました。とても甘ったるく、いかにも製薬会社らしい癒されるメロディなのですが、なんか別のシチュエーションで聴いたことがあるんですよ。しばらくして、これは、往年のヒット曲、カスケーズが1962年にリリースした「Rythm of the Rain」のメロディではないかと気が付きました。邦題は「悲しき雨音」、毎年梅雨の季節になるとラジオなどではよく流れる、永遠の名曲です。では、実際にそれを聴いてみてください。こちらから音源がリンクしてあります。最初がCM音楽、続いて「悲しき雨音」です。
 CMにはアウフタクトが入っていますが、それ以降のメロディは全く同じですよね。あとは、最後のフレーズだけは別物ですね。しかし、これはおそらくCMを作った人はこの「元ネタ」を全く知らなかったのではないか、という気がします。いくらなんでもこんな有名な曲のメロディをそのまま使うなんて、まっとうな作曲家だったらありえませんからね。もちろん、「パロディ」で使ったという可能性もあるでしょうが、この場合はそこに意味を見出すことなんてできませんから。そもそも製薬会社と「雨音」なんて、なんの関連性もありませんから、たまたま思いついたきれいなメロディを素直に使っただけのことなのでしょう。
 ただ、作った人はそうでなくても、例えばこの会社の関係者などで、このことに気が付いた人はいなかったのでしょうかね。もし私が社員だったら、こんな恥ずかしいことは即刻やめるために「稟議書」にハンコをもらおうと奔走しますけどね。「ツカポン」みたいに。
 でも、全く同じメロディなのに、こうして並べて聴いてみると全然雰囲気が違ってきますね。メロディ、というか、「音列」には、それ自体ではあまり意味は持たない(持てない)ということなのでしょうか。全く同じ音列でも、テンポや和声、オーケストレーションが変わってくると、実はそれが同じ音列だったことすら気が付かない、ということもあるのですよ。
 そんなことが、今練習しているエルガーの交響曲第1番では起こっているのだ、ということを、この間の藤岡さんのブログで初めて知りました。「かいほうげん」に載せようと思って許諾をもらったのも、それをみんなにも知ってもらいたいと思ったからなんですけどね。もちろん、これはエルガー・マニアの間では有名な話だったようで、そんな一人に聞いてみたらちゃんと知ってましたけどね。ですから、橘さんから、この間の練習の時にバラされたら、あのコンテンツはボツになってしまうな、と心配していたのですが、さいわいそれには触れていなかったので一安心です。
 それは、第2楽章と第3楽章の始まってすぐのところです。第2楽章のファースト・ヴァイオリンで出てくる、おそらくとても苦労されているであろうフレーズが、こちらです。
 一応、音源もこちらで聴けます。
 そして、こちらが第3楽章の頭。音源はこちらです。
 どうです。両方とも、「音列」は全く同じですよね。それが、こんなまったく異なる形で聴こえてくるのですから、ちょっとすごいことですよね。
 ですから、朝ドラのBGMが、「世界に国からこんにちは」や「故郷を離るる歌」にメロディがとてもよく似ていても、それは決して宮川さんがそれらの曲をマネしたのではなく、そもそもそんな曲は聴いたことがなかったからなのですから、そっとしておいてあげてくださいね。いずれにしても、恥をかくのは宮川さんご本人なのですから。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-13 22:38 | 禁断 | Comments(0)
BETWEEN THE SEASONS
c0039487_20381861.jpg




Henning Kraggerud(Vn)/
Arctic Philharmonic Chamber Orchestra
SIMAX/PSC1356


ヴィヴァルディの「四季」は、もちろんイタリア・バロックの傑作ですから、イタリアの団体の演奏がまず「お手本」のようなものにはなっていたのでしょう。「イ・ムジチ」とか「イ・ソリスティ・ヴェネティ」といった名前のアンサンブルが、「の一番」に挙げられるはずです。しかし、そんな時代はそれほど長くは続きませんでした。やがてピリオド楽器(オリジナル楽器)の時代がやってくると、そのようなムーヴメントには後れを取ったイタリア勢に代わって、イギリスとかオランダのピリオド勢が、大手を振ってのし上がってくることになりました。もちろん、その頃には元のヴァイオリン協奏曲の形すら解体された編曲なども登場してきます。さらには、「クラシック」というジャンルを超えたところでの勝負まで始まります。DJリミックスの「四季」などというものも登場しましたね。
ただ、どのように外見が変わっていても、この作品の中に流れるイタリアならではの晴れ上がった空のような明るい開放感は、決して失われることはありませんでした。凍てつくような「冬」の描写でも、そこにはすぐにやってくる「春」の予感さえ感じられたものです。
という、世の中の一般的な「四季」事情(これは、あくまで「個人的な感想」です)を根底から覆すような「四季」が現れました。演奏しているのはその名も「北極フィル」というノルウェーの団体、ソロ・ヴァイオリンと指揮を担当しているのも、同じくノルウェー生まれのヘンニング・クラッゲルードです。
2009年にノルウェーに創設された「北極(アークティック)・フィルハーモニック」という組織は、演奏するシチュエーションによって様々な形態をとるという、フレキシブルな団体です。通常のシンフォニー・オーケストラのレパートリーを演奏するのが、「アークティック・フィルハーモニック交響楽団」で、指揮者はクリスティアン・リンドベリです。それが、20世紀以降の新しい音楽を演奏する時には「アークティック・フィルハーモニック・シンフォニエッタ」となり、芸術監督のエイヴィン・ビウロが指揮をします。さらに、クラッゲルードが芸術監督を務めているのが、この「アークティック・フィルハーモニック室内管弦楽団」です。彼は2012年にこのポストに就任、2020年まではその契約が継続しているのだそうです。さらに、オペラのピットに入る時には「アークティック・オペラ」と名前を変えます。
そんな、「北極」のオーケストラが、「もし、ヴィヴァルディが北極で『四季』を作ったら」というコンセプトで演奏したのが、ここで聴かれる「四季」なのだ、というのであれば、この異様にデフォルメされたヴィヴァルディの音楽にも、それほど驚くことはないでしょう。クラッゲルードたちは、隙あらばそんな冷え冷えとした描写をフレーズの中に込めようと、手ぐすねを引いていたに違いありません。その結果出来上がったものは、絶対に「北極」の人にしかできないとても新鮮な魅力に満ちていました。「春」の第3楽章の頭でいきなり聴こえてくるハーディ・ガーディ風のドローンなどは、そんな要素のほんの一例にすぎません。
それだけで、充分にインパクトのある演奏を成し遂げているというのに、クラッゲルードは4つのヴァイオリン協奏曲の後に自作を挿入するという愚行(これが、タイトルの由来)で、全てを台無しにしてしまいました。彼は作曲家としても200曲以上の作品を持ち、多くの団体からの委嘱も引きを切らないという売れっ子なのですが、ここで演奏されている4つの作品は、どれもまるでグリーグのような寂寥感が漂うかのように見えて、その実単に甘ったるいだけの、まるでテレビドラマのバックで流れるような陳腐な音楽なのですから。「冬」の後に演奏されている「復活祭の生贄」という曲などは、ラテン語の歌詞が付いた合唱バージョンもあるそうですが、とてもそんな敬虔なものとは思えません。

CD Artwork © Grappa Musikkforlag AS

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-12 20:42 | 禁断 | Comments(0)
パクチーの乗った唐揚げはちょっと、でしたが
 この前、大量の飲み物を自販機用に購入した写真を載せましたが、これが大量に売れ残ってしまいそうな予感がしてなりません。お盆だというのに、この寒さは何なのでしょう。雨まで降ってますしね。
 ですから、おとといの職場のイベントで、「暑くなくて楽だった」みたいなことを言ってましたが、来た人を集計してみるといつもの年よりかなり少なくなっていましたね。やはり、雨をおしてまでやってこようという人は少ないのでしょうか。確かに、受付をやっていてもいつものように人が押しかけて対応が滞る、という場面はほとんどありませんでしたからね。おそらく、それで丁寧にチェックが出来たのでしょう、きのうその時に受け取った会費などの集計をしてみたら、現金とぴったり同じ額になっていましたね。これは、非常に稀なこと。普通は、お金を受け取った時のチェックがどうしても行き届かないことがあっていくらかの誤差が出るのは避けられませんでしたからね。
 その勢いで、いつものように、イベントに来た人にだけ配っていた会報を、残りの顧客に発送するために、あて名シールの印刷を行いました。それがほぼ1000人分だったので、シール貼りはきのう中には終わらず、今日になって残りのシールを貼って、発送する、という段取りになっていました。
 ところが、けさ早く、思いがけない自体が勃発。ちょっとした書類に私のハンコを押して届けなければいけなくなってしまいました。それから職場に戻って残りの郵便物を仕上げて、それの集荷を手配、そのあとは、変な祝日が出来てしまったために、来客の対応をする人がいなくなってしまう、という事態になっていたので、そのアシスタントをお昼までやっていました。そこに、本来のスタッフが戻ってきたので、それから私は指揮者練習に向かいます。
 今回の橘さんとの2回目の指揮者練習は、午前中から予定されていました。うまい具合に午前の部は私が乗らない協奏曲だけだったので、午後に来ていればよかったのですが、最初のマーチには間に合いそうもなかったので、代奏はすでにお願いしてありました。それでも、乗り番の交響曲は、1時15分から始まる予定なので、それまでには若林の文化センターに着いていなければいけません。
 そんなタイトなスケジュールは分かっていたので、お昼ご飯はすでに買ってありました。ホールの駐車場に着いたのがすでに12時半を過ぎていたので、そのまま車の中でお昼を食べて、ホールへ行ったらまだマーチの練習中でしたから、まずはその写真を撮ります。
 客席の後ろとか、ステージの奥などいろんなところから撮っていたらもう汗だく。そんな汗も引かないうちに、交響曲が始まります。考えてみたら、今日までの3日間、私は全く楽器に触れていませんでした。それどころではない忙しさだったんですね。最初のうちは、ブレスがなかなか伸びなくて、苦労していましたね。
 橘さんの練習は、いつもながらの充実したもの、きちんと磨き上げられたところと、できないところが露わになって、課題がはっきりしたところとがはっきりする、というものでした。でも。「この前よりはよくなってますね」とは言われましたけどね。
 そのあとは、この間は時間がなくてできなかった、指揮者を囲む飲み会です。会場は東口の「土風炉」、私は初めてのところです。とりあえずメニューにジンジャーエールがあったので、私はそれを頼みましたが、これが今までこういうところで出てきたのとは全然違います。メニューを見ると、なんだか自家製のようですね。確かに、生姜の切り身などが入ってますね。これがおいしくて、4杯ぐらい飲んでしまったでしょうか。こういう飲み放題では、注文を取りに店員さんが近くに来た時に、飲み物を頼むのでしょうが、今日は、一人の店員さんが、わざわざ私のところに来て、「ご注文はありませんか?」と聞いてくるんですね。こんなのは初めてです。なんか、うれしくなってしまいます。ですから、その人にカメラを渡して、集合写真を撮ってもらいましたよ。

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-11 23:37 | 禁断 | Comments(0)
DVOŘÁK/Symphony No.9
c0039487_21274235.jpg




Kevin John Edusei/
Chineke! Orchestra
SIGNUM/SIGCD515


「チネケ! オーケストラ」という、聴きなれない名前のオーケストラのデビュー・アルバムです。熱血漢が集まっているのでしょうか(それは「血の気」)。
最初、このジャケットを見た時には、この10人ぐらいのメンバーだけで「新世界」などを演奏しているのかな、と思ってしまいました。実は普通の編成のシンフォニー・オーケストラだったんですね。ブックレットにはメンバー表もありますが、きっちり14型、2管編成で、総勢71人です。
「チネケ」は、英語では「Chineke」という表記、これは、ナイジェリアあたりで使われている言語「イボ語」で、「神」という意味の言葉なのだそうです。「神!」なんですね。そもそもは、2015年にイギリスで設立された「チネケ!財団」というNPOが母体になっていて、そこにはこの「チネケ! オーケストラ」と、「チネケ! ジュニア・オーケストラ」の2つの団体が所属しています。
そして、最も重要なのは、ここに属するのは全て「黒人と少数民族」だということです。そのような人たちがイギリスのみならず、ヨーロッパ全土から集まって、これらのオーケストラのメンバーになっています。最近では、有名なオーケストラでこのようなマイノリティの奏者を見かけることは良くありますから、以前は確かにあった「壁」というか「差別」は少なくなっているのでは、と思っていたのですが、実情はそんなに甘いものではないのでしょうね。なんとしてもマイノリティだけによるオーケストラを、という切実な思いがあったのでしょう。
この財団の創設者は、ナイジェリア人とアイルランド人のハーフ、チチ・ンワノクというコントラバス奏者です。なんでも幼少のころはスプリンターとして世界大会にも出場したこともあるアスリートだったのだそうです。彼女は、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の創設メンバーの一人でもありました。もちろん「チネケ! オーケストラ」でも首席コントラバス奏者を務めています。
指揮者のケヴィン・ジョン・エドゥセイも、もちろんマイノリティの方。ミュンヘン交響楽団と、ベルン市立劇場オーケストラの首席指揮者のポストにあります。
このCDは、彼らが2016年9月4日にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行ったコンサートのライブ録音、収録されている「フィンランディア」と「新世界」には、それぞれ彼らのルーツに寄せる思いと共鳴するところがあるのでしょうか。
1曲目は、そのシベリウスの「フィンランディア」です。まずは、録音がなんとも乾いた音になっていて、弦楽器の響きがとても薄っぺらなのが気になります。それと、全体の演奏が盛り上がっても、なにか方向性がバラバラで音としても、音楽としても目指すものが良く見えてこないようなところがあります。ですから、この曲でよく見られる熱い思いのたぎるさまは、まず感じることはできません。
メインとなるドヴォルジャークの「交響曲第9番(新世界より)」も、なにか全体のアンサンブルがちぐはぐなような感じが付いて回ります。というより、この曲を演奏する時に絶対に外せないようなポイントで、ことごとく予想外の歌い方やパート間のバランスのとり方が出現しているのですね。たとえば、第1楽章でのフルートのソロなども、普通のヨーロッパのオーケストラだったら絶対にやらないような、ちょっとした「いい加減」なところがあったりします。
たとえば、われわれ日本人は、西洋音楽に関しては紛れもない「マイノリティ」です。そんな人が集まったオーケストラは、見事に「西洋風」の演奏を聴かせてくれます。ところが、同じ「マイノリティ」でも、この「チネケ!」はおよそ「西洋」のしきたりとはかけ離れた音楽を聴かせてくれました。「マイノリティ」の進むべき道は、本当はどちらが「正しい」のか、そんなことを考えさせられるという意味で、これは興味深いCDです。

CD Artwork © Signum Records

[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-10 21:31 | オーケストラ | Comments(0)
元ネタはアルチンボルド展
 当初、新しい「かいほうげん」は8月の半ばごろには出せるような気がしていました。しかし、練習のスケジュールをよくよく確認してみると、15日の火曜日はお休みになっていましたね。一応13日から15日は「お盆」ですので、その中の日ということで、休日になる人が多いでしょうから練習も休みましょう、という発想ですね。私の実感としては、もはや15日はお盆は終わっているので、何も休まなくてもよいのでは、という気がしますが、世間一般の「お盆休み」には逆らえません。しかし、最近では「山の日」という意味不明の休日が8月11日に制定されてしまったので、実質的にはその日から「お盆」が始まることになり、15日頃にはもはや「お盆」でお墓参りに行く人もいなくなってしまうんですよね。
 ということで、この日あたりに「かいほうげん」を発行しようという目論見はもろくも崩れ去ってしまった結果、そのあとに行われる「アンサンブル大会」の後でなければ発行できないということになってしまいました。ですから、当然その中にはこのイベントのコンテンツも入ることになりますから、もはや紙面はほとんど埋まってしまっていたのですね。そうなると、前回取り上げた「湯治場のオランダ人」のネタは、今回は使わなくても済む。ということになります。まあ、これはストックしておけば、いつかは使うことがあるでしょう。
 その他にも、演奏会のチラシが出来たので、それを使った「作品」も用意してありますから、これは載せられるでしょう。一応「仙台駅」と「上野公園」の2パターンが出来ているのですが、前にご紹介した「仙台駅」はいまいちインパクトがないので、使うのは「上野公園」バージョンになるでしょうね。こういうのです。
 これは、細かいところですが看板の下の植木にまできちんと神経を通わせて、よりリアル感が高まるようにしたつもりです。初出はFacebookですが、これを見て「東京にいらっしゃっていたのですか?」と書き込んでくれた方がいましたからね。
 しかし、このような人工的なものではなく、何の加工もしていない自然の営みの中に、びっくりするような造形が潜んでいることがあります。もうすでに「山の日」を待たずにお盆に突入している私の職場では、その行事が行われて受付のために待機していたのですが、そばにある庭の植木を見ていたら、それが突然子供の顔に見えてきましたよ。
 すごいのは、最初私が見えていた顔の他に、もう一つの顔も見えていた、ということです。これも初出はFacebookですが、そのコメントでなんだか私が思っていたのと違うな、と思っていたら、よく見たら確かにそういう顔もあったんですよ。
 しかし、この毎年の行事の時には、きまって猛暑に襲われて大変な思いをするのですが、今年は逆に寒いぐらいでしたね。まあ、この方が参加する人にとっては楽でしょうから、ありがたいのですが、これでそのまま本格的なお盆に突入したりしたら、なんだか間抜けなことになってしまいそうですね。お盆ぐらいは暑くないと。
 つまり、毎年のこの期間の状況を見て、先週は自販機用の飲み物をこのぐらい用意していたのですよ。去年も同じぐらい注文してあったのに、最後には「綾鷹」が足らなくなってしまいましたからね。
 この写真も初出はFacebookです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-08-09 22:10 | 禁断 | Comments(0)