おやぢの部屋2
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Leuchtende Liebe
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Elisabet Strid(Sop)
Ivan Anguélov/
Bulgarian National Radio Mixed Choir
Bulgarian National Radio Symphony Orchestra
OEHMS/OC 1882


スウェーデンのオペラ歌手、エリーザベト・シュトリッドのデビュー・アルバムです。しゅとりで(一人で)ベートーヴェンとワーグナーのオペラの中の曲を歌っています。しかし、写真を見る限り、彼女はとてもオペラ歌手とは思えない、まるでモデルか女優さんのような美貌の持ち主ですね。どことなくシャロン・ストーンのような顔立ちだとは思いませんか。彼女がスウェーデンのマルモに生まれたのは1976年ですから、もう40歳は超えているのに、とてもそうは見えませんね。
彼女がオペラ界で世界的なデビューを果たしたのは2010年ですから、やはりもはや若くはない年齢(34歳)の時でした。そもそも、ストックホルムの音楽大学に入ったのは24歳の時でしたからね。その前からオペラの勉強は始めていましたが、それまではなんと看護婦さん(死語)だったのだとか。人生経験は豊かだったようですね。
現在では、バイロイトにも2013年に「ラインの黄金」のフライアでデビュー、さらに2015年にはライプツィヒ歌劇場で「ジークフリート」のブリュンヒルデを歌うなど、ワーグナーのロールも次々にレパートリーになりつつあります。シュトラウスも、2016年には「エレクトラ」のクリソテミス、2017年には「サロメ」のタイトルロールと、着実に実績を重ねています。ただ、彼女が最も数多く歌っているのは、ドヴォルジャークの「ルサルカ」のタイトルロールなのだそうです。
まずは、曲順(作曲順に並んでいます)に従って、「フィデリオ」でレオノーレが第1幕で歌うレシタティーヴォ「極悪人め!どこに急ぐの!」と、それに続くアリア「来て 希望よ 最後の星の輝きを」です。バックのオーケストラはそれほどの重量感はありませんが、プレーヤーの腕は確かで、木管のアンサンブルなどはとても美しく響きます。しかし、ここでの彼女の声にはなにか精彩がありません。
そんな感じは、続くワーグナーの曲でもついて回ります。まずは、なかなか聴くことのできない初期のオペラ「妖精」第1幕からアーダのカヴァティーナ「いったいどうして悲しまなければならないの」ですが、曲自体にも魅力がないことも手伝って、やはりちょっと、という感じです。
「さまよえるオランダ人」からの「ゼンタのバラード」では、ブルガリア国立混声合唱団の女声が加わります。その合唱はとても素晴らしいのですが・・・。
そして、「タンホイザー」からは第2幕の「殿堂のアリア」と、第3幕の「エリザベートの祈り」です。後者では、まずさっきの合唱団の男声による「巡礼の合唱」が入りますが、とてもきれいな声とハーモニーなのに、あまりに人数が少ないので、かなりしょぼく聴こえます。次の「ローエングリン」第1幕の「エルザの夢」ともども、やはりシュトリッドの声にはなにか中には入っていけないもどかしさを感じないわけにはいきません。
ところが、「トリスタンとイゾルデ」第3幕の「イゾルデの愛の死」になったとたん、彼女の声はガラリと変わってしまいました。それまで、同じスウェーデンの歌手、ビルギット・ニルソンにちょっと似た感じはあったのですが、それがここでは全開、まさにニルソンの再来のような張りのある声が聴こえてきたのですよ。そのあとの「ワルキューレ」第1幕のジークリンデとジークムントのデュエットから、ジークリンデだけのパートを抜き出した、「身の上語り」と、「あなたこそ春」、さらに「ジークフリート」第3幕でブリュンヒルデが歌う「愛の幸福」と、それはもう至福の時間が待っていました。
前半は、本当にもう聴くのをやめてしまおうかな、と思っていたのに、最後までちゃんと聴いてよかったですね。
あ、アルバムタイトルの「Leuchtende Liebe(輝く愛)」というのは、このブリュンヒルデ(とジークフリート)のナンバーの最後の歌詞ですが、途中で終わっているので、彼女は歌ってはいません。そもそも、このCDには歌詞がどこにもありません。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-09-30 23:15 | オペラ | Comments(0)
ヴァイオリンはエキストラがたくさん
 先日、台風の影響で指揮者練習が無事に時間通りにできるのか、と大騒ぎになった時に、「もし予定が変わるようなことがあれば連絡してください」と言われていたのが、河北新報さんの取材でした。結局、練習は予定通りに始まったので連絡の必要はないな、と思っていたのですが、果たして本当に来てくれるのかどうかはちょっと不安でした。その時は若林のホールでやっていたので、客席にそのような感じの人が入ってこないかずっと見ていたのですが、いつまで経っても誰も来ませんでしたからね。
 そうしたら、いつの間にかステージの袖に、なんか新聞記者のような風貌の方が来ていました。いや、別にそんな風貌の人がいるわけではなく、単にニューフィルの団員ではない人がいたので、たぶん記者さんだな、と思っただけですけどね。その方は、ずっとそこに座って練習を聴いているようでした。ニューフィルでは以前もいろいろなメディアから取材を受けたことが何度かあるのですが、そんな時には決まって演奏しているところを写真に撮っていたのですが、その方はそんなそぶりを見せていませんでした。というか、カメラ自体も持ってきていないのではないか、というほどの軽装でしたね。
 練習が終わってから、その方のところに行って挨拶をしてみたら、やはり記者の方でした。そこで、私にインタビューをしたいようなそぶりを見せたので、そばにいた団長さんにそれはお願いして、さっさと帰ってきましたよ。ご存知のようにあの日は大腸内視鏡検査の前の日でしたから、そんな心の余裕なんかありませんでしたから。どうやら、記者さんは団長だけではなく、指揮者の橘さんにも話を聴いていたみたいですね。
 次の練習の時に団長から報告があって、「来週の前半に新聞に載る」ということになったと伝えられました。つまり、今週の前半ですね。自宅では河北新報はとっていないので、今週初めから職場で朝刊をチェックです。でも、「前半」を過ぎても一向にそんな記事は見つかりません。ついに「後半」に入ってしまって、今日になってもそれはありません。その代わりに、火曜日にその記者さんが書いた仙台フィルの定期演奏会のレビューが載っていたので、ボツになってしまったのかと思いました。
 でも、もしや、と思って、一応「夕刊」の方もチェックしてみましょう。確かに団長は「朝刊」と言っていたような気がしたのですが、それは私の聴き間違いだったのかもしれませんからね。そうしたら、ありましたよ、火曜日の夕刊に。こんな写真までしっかり撮っていたみたいですね。客席から撮ってくれれば、私も写っていたかもしれないのに。
 この記事の全文は、こちらにアップしておきましたから、興味がある方はご覧ください。
 演奏会の準備は着々進んでいて、今日はプログラムのゲラが送られてきました。印刷屋さんが団員なので、そのあたりのアクションがとても速いのがいいですね。細かいところまできっちりチェックを入れていますし、こちらから指摘したことも、すぐに取り入れて直してくれますからね。今回も、このまま印刷したらちょっと恥ずかしいのでは、というところがあったのでさっそくツッコミを入れてみました。意外と、本当の意味が知られていないこともあるんですね。
 でも、私自身も、とんでもないミスを犯してしまいました。その印刷屋さんは一応ニューフィルの「友の会」に入会されているので、会員向けのチケットなどを送って、そこに会費納入のための受取人払いの振替用紙を同封してありました。そうしたら、その会社の経理の人から、「送金したいので、振替番号を教えてください」と電話がかかってきました。え、なんで、と思いましたが、どうやら、いつもは用紙にきちんと番号と受取人を印刷していたのに、それのない空欄の用紙を送っていたようなんですね。あわてて、印刷した用紙を手配しましたが、そうなると他の人に送った分もそうだったのかもしれない、と思ってしまいますね。これは、入金すると私のところではなく会計係の人に払込票が送られてくるので、聞いてみたら、「ちゃんと送られてきましたよ」と言ってくれて、そのあと実物も送ってきましたが、そこにはちゃんと番号が印刷されていましたよ。どうやら、たまたま印刷屋さん向けのだけ、印刷していないのが届いてしまったのでしょうね。あぶない、あぶない。
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by jurassic_oyaji | 2017-09-29 21:41 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Mass in B Minor
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Christina Landshamer (Sop), Elisabeth Kulman (Alt)
Wolfram Lattke (Ten), Luca Pisaroni (Bas)
Dresdner Kammerchor(by Michael Alber)
Herbert Blomstedt/
Gewandhausorchester Leipzig
ACCENTUS/ACC10415BD(BD)


毎年ドイツのライプツィヒで開催されている「ライプツィヒ・バッハ音楽祭」は、今年も6月9日から18日までの日程で行われました。期間中はコンサートなど120のイベントが繰り広げられましたが、その最後を飾ったのが、バッハゆかりの聖トマス教会にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を迎えて行われた「ロ短調ミサ」のコンサートです。今年は、現在90歳とおそらく現役の指揮者としては世界最高齢のヘルベルト・ブロムシュテットが指揮をしています。
その模様を収録した映像は11月にはBDでリリースされるのですが、共同企画がNHKだったため、おそらくBDと同じであろう映像がすでにNHK-BSで放送されてしまいました。せっかくですので、正式なリリースを待たずにそのレビューを書いてしまいましょう。映像は同じグレードですが、音声に関してはBSはAACですがBDではハイレゾのPCMではるかにクオリティは高いはずですから、音にこだわる方はBDもしくはDVDをご購入下さい。
教会でのコンサートですから、演奏家たちは祭壇の向かい側のバルコニーにあるオルガンの前に座っています。つまり、お客さんの大半は演奏家に背を向けて座っている、ということになるのですね。当然、普通のコンサートとはかなり異なった環境での鑑賞となります。ごく一部、周りを取り囲むバルコニーからだったら、ホールのような視野が開けるのでしょう。
そこで、映像ではあくまでお客さんの視点ということで、はるかかなたの演奏家を見上げる、というアングルからスタートします。もうすでに演奏家はスタンバイしていて、何の前触れもなくまさに指揮者がタクトを振り上げる(いや、ブロムシュテットは指揮棒は持っていませんでした)瞬間からいきなり始まってしまいます。コンサートの映像としては、ちょっと余裕のない編集ですね。
編集ということでは、これはそのコンサートのライブ録音ということですから本番をそのまま収録したもののように思ってしまいますが、実は全く別の機会に収録されたと思われるカットが1ヵ所混じっています。それは「Christe eleison」の途中。そこではコンサートマスターの横の譜面台に本来はあるはずの楽譜がなく、さらにバルコニーのお客さんまで別の人になっていますよ。ということは、おそらく本番の前に公開のGPがあって、その時の映像を差し替えて編集していたのでしょう。


モダン・オーケストラが演奏するバッハですが、編成はとても小さく、弦楽器は6.6.4.3.2でしょうか。ただ、これはコーラスなどの場合だけで、アリアのオブリガートではプルトが少なくなっています。音色もとてもまろやかなので、ガット弦が使われているのでしょうか。管楽器も必要な人数だけで、通奏低音はポジティーフ・オルガンのみです。ピリオド・オーケストラでありがちなチェンバロやリュートなどは使われていません。ホルン奏者などは、休憩なしで全曲が演奏されていたため、出番が終わってからもずっと座っていましたね。
合唱はラーデマンが作ったドレスデン室内合唱団。40人程度の人数で、とてもピュアな声が魅力的でした。演奏も完璧、メリスマは楽々とこなしますし、「Et resurrexit tertia die」に出てくるベースのパート・ソロも信じられないほどの軽やかさです。ソリストたちも、それぞれにいい味を出していました。特にアルトのクールマンが、全く力まずに深い情感を伝えていたのは感動ものです。ブロムシュテットの独特の「タメ」が気になるものの、とても気持ち良く聴ける演奏でした。
ただ、BSで使われていた磯山雅さんの字幕では「Et incarnatus est de Spiritu sancto ex Maria virgine, et homo factus est. 」の「incarnatus」を、普通は「御からだを受け」とか、「肉体を受け」と訳すところを「肉に入られました」ですって。宗教的にそのような表現があるのかもしれませんが、一般の人が見る映像としては受け入れにくい字幕です。製品のBDでは別の字幕が使われることを、切に望みます。

BD Artwork © ACCENTUS Music GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-09-28 20:58 | 合唱 | Comments(0)
もちろん、食べてません
 結構前から近所のほか弁の前に出ていたこのタペストリーのコピーが気になっていました。
 たかが天丼に対して「そうきたか」と突っ込んでいるのですから、いったいどんな天丼なのか、とだれでも思ってしまいますよね。ですから、インパクトから言ったらこれほどすごいコピーはちょっと見当たらないのではないでしょうか。ただ、写真を見る限りそれほどおいしそうではないのは、なぜでしょう。なによりも、天丼には欠かせない海老天の姿がどこにも見当たらないせいでしょうか。あとは、色合いもなんだか全部茶色っぽくて変化に乏しいですよね。よく見ると、真ん中にあるのはカニカマの天ぷらではないでしょうかね。そういう「ニセモノ」を入れた時点で、この天丼は終わっていますよ。ですから、実際に食べてみようという気には全然なりません。いくら素晴らしいコピーで飾っても、実物に魅力がなければどうにもなりません。
 あと、困るのは、このフレーズは1回使ってしまったらあとはもう使えない、ということですね。
 ただ、これが弁当屋ではなく他のジャンルだったらあくまで1回限りですが使うことは出来そうです。とりあえず、「ニューフィルよ、そうきたか。」というヴァリアントはいつかは使ってみたい、とは思いませんか?
 仮に、このコピーを使うとしたら、ではいったいどういうコンサートになるのか、というのを考えるぐらいは、簡単に出来そうですね。「第9」以外は殆ど合唱付きの曲などは演奏していませんから、合唱団を雇って「レクイエム」なんかはどうでしょうかね。でも、ヴェルディぐらいではもう何のインパクトもありませんから、ここはリゲティあたりをやったりすれば、確実に「そうきたか。」となるのは間違いありません。まあ、そこまで行かなくてもブリテンぐらいだったら何とかなるかもしれませんね。いくらなんでも無理でしょうが。
 ところで、あんまり夏が涼しかったので大量のコーラ類が売れ残ってしまったことはお伝えしましたが、もういくら頑張ってもこれからの季節はそういうものは売れっこありません。そこで、残った3品目については大幅な値下げを敢行することにしました。なんせ、賞味期限が来年の6月ですからね。
 コーラ、コーラ・ゼロは100円、アクエリアスは120円にしてみましたよ。もちろん、こういう価格設定の変更などは、私は簡単にできるようになっています。まあ、この程度ではそんなに影響が出るとは思えませんが、「自販機よ、そうきたか。」ぐらいのことは思ってもらえるのではないでしょうか。
 本当はもっと安くしたかったのですが、付属の値札シールが最低で100円のしかなかったものですから。
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by jurassic_oyaji | 2017-09-27 21:27 | 禁断 | Comments(0)
ROLLE/Matthäuspassion
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Ana-Marija Brkic(Sop), Sophie Harmsen(Alt)
Georg Poplutz, Joachim Streckfuß(Ten)
Thilo Dahlmann, Raimonds Spogis(Bas)
Michael Alexander Willens/
Kölner Akademie
CPO/555 046-2


ヨハン・ハインリッヒ・ローレという、バロック後期に活躍したドイツの作曲家が作った「マタイ受難曲」の世界初録音です。ローレという人は1716年に生まれて1785年に亡くなっていますから、あの大バッハ(最近は、そういう呼び方はしないんだい)の息子のカール・フィリップ・エマニュエル・バッハの生涯(1714年~1788年)と見事に重なっていますね。それどころか、ローレはその生涯で何度かエマニュエル・バッハとは実際に関わっていますし、さらに父親の大バッハとも少なからぬ関係があったのでは、とも言われています。
というのも、音楽家の家系に生まれたローレは、小さいころから父親による音楽教育を受けていて、教会のオルガニストを務めるまでになっていましたが、10代後半の3年間はライプツィヒで法律学を学んでいるのです。その頃は大バッハがその街の教会のカントルでしたから、彼が主催していた「コレギウム・ムジクム」や、教会の楽団に参加して演奏していた可能性は否定できないとされています。
その後、ローレはベルリンで法律の仕事に携わるようになるのですが、縁があって24歳の時(1741年)にフリードリヒ大王の宮廷楽団のメンバーとなり、そこで、エマニュエル・バッハの同僚として6年間を過ごします。当時の宮廷にはエマニュエルの他にもクヴァンツ、ベンダ、グラウンといったそうそうたるメンバーがいましたから、ローレは彼らから多くのことを学んだことでしょう。
その後は父親が住むマグデブルクで教会のオルガニストとして、さらに父親が亡くなると、その後を継いで1752年からはアルトシュタット・ギムナジウム(中学校)の音楽監督を晩年まで務めます。その間、1767年にハンブルクでテレマンが亡くなってその後任者を選ぶ選挙があった時には、エマニュエル・バッハとローレが候補者になったのですが、ローレは1票差で負けてしまいました。
ローレは数多くのカンタータやオラトリオを作りましたが、受難節で演奏される受難曲は、全部で8曲作っています。今回録音された「マタイ受難曲」は1748年に作られ、彼の父親によって演奏されました。これは、バッハが作ったのと同じ様式の「オラトリオ風受難曲」で、その形でもう3曲作られていますが、残りの4曲は当時の主流であった聖書のテキストを使わない「受難オラトリオ」の様式で作られたものでした。
この作品は、演奏時間に100分ほどを要する大曲です。とは言っても、大バッハの「マタイ」に比べたら半分程度の長さしかありません。たしかに、テキストはオリーブ山のシーンから始まりますからバッハより少し短くなっているのですが、それだけではなく全体の構成がかなり異なっています。最も顕著な違いは、ソリストによるアリアの比率です。オリーブ山以降で歌われるアリアは、バッハでは11曲ですが、ローレの場合は5曲しかありません。
そして、エヴァンゲリストの語りやイエス、ピラトといった登場人物のセリフで綴られる聖書からのテキストは、バッハと同じようなレシタティーヴォ・セッコの形を取っていますが、それが時折「アリオーソ」という形に変わってメロディアスな歌ときちんとした伴奏による音楽に変わる、という場面はバッハには見られないものです。これは、現代のミュージカルで普通にセリフをしゃべっていた役者さんがいきなり歌い出す、というようなシーンが連想されて、なかなか楽しめます。音楽全体も、やはりバロックというよりはクラシックの様式がそろそろ世の中に広がって来たな、と感じられるような、滑らかな進行のメロディや和声を聴くことが出来ます。合唱などにはロマンティックのテイストさえ漂っていますよ。
それでも、最後近くにおなじみの「O Haupt, voll Blut und Wunden」のコラールが聴こえてくると、なにかホッとします。これこそは、まさに受難曲の地下水脈のようなものなのですね。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2017-09-26 00:00 | 合唱 | Comments(0)
2階から見ている人もいました
 お彼岸も中日を過ぎてピークは終わったので、今日は午前中だけ出社して帰ってきました。しかし、お盆の最中が冷夏だった影響はまだ残っていて、結局お彼岸中に売れた自販機の飲み物はお茶ばかりで、コーラ系は殆ど売れていませんでしたね。こういうものはもうガンガン暑い日でないとそうそうは売れるものではないので、もう今年はあきらめるしかありませんね。来年の夏になる頃には賞味期間が過ぎてしまいますから、廃棄、でしょうか。もし、どこかでケース単位で欲しいというところがあれば、お安くお譲りしますよ。コカコーラ、コカコーラ・ゼロ、の350ml缶と、アクエリアスの500mlPETがそれぞれ2ケース(24本/ケース)ご用意できますから。
 それで、午後はフリーになったので、それこそ「ナミヤ雑貨店」でも見に行けるかな、と思っていたら、いつもお世話になっている仙台フィルの木管の人たちのアンサンブルが、泉のタピオでミニ・コンサートを開く、という情報が入ってきました。なんでも、3時と4時にそれぞれ行われる、ということなのですが、どのぐらいの時間で、何を演奏するのか、といった情報は全くどこにもありませんでした。でも、特にフルートのMさんは、まだ実際に生でフルートを演奏しているところを聴いたことがなかったので、これは聴いてみたいな、と思いました。仙台フィルの中では聴いたことはあるのですが、大体ピッコロか2番ですから、ちゃんとした音はなかなか聴く機会がないんですよね。
 でも、そうなると映画とコンサートのどちらを取るか、判断が迫られることになります。映画についてここであれだけ盛り上げていたので、その流れだったらなるべく早い段階で見ておきたいですからね。でも、時間を調べてみると結構間が離れていて、ちょうどいいのがありません。それに、座席の売れ具合を見てみるとかなり早い時間でも結構ふさがっているような状態でしたから、良い席で見ることは出来ないかもしれません。やはりこれは少し日にちが経って空いてきたころに行った方がいいのでは、と納得して、タピオに行くことにしました。
 勝手知ったるタピオですから、どこでコンサートがあるのかは分かっていました。真ん中にある「センター・コート」というスペースですね。吹き抜けになっていて2階と1階を結ぶ階段が真ん中に2本あるという、素敵な場所です。その階段の途中にちょっとした踊り場があるので、ちょうどそこがステージのようになっていてよくそこで歌を歌ったりしていましたね。
 でも、行ってみたらその階段は閉鎖されていて、その前に譜面台が立っていました。そこを囲むように2列にスタッキング・チェアが並べてあったので、それが客席なのでしょう。いつもそこに置いてあるテーブルと椅子は、そのさらに外側に移動されていました。でも、私はその客席はちょっと座るのが恥ずかしかったので、後ろにあるテーブルのまわりの椅子が空いていたので、そこに座ってみました。そこには4つの椅子があって誰も座ってなかったのですが、一つの椅子には荷物が置いてあったので、だれか「席取り」をしていたのでしょうか。でも、取ってあったのはその一つだけだったので、他は空いていると判断して座っていました。
 あたりを見回すと、ニューフィルの関係者が2人ほど座っていましたね。なぜか1人はヴァイオリンの方でした。そのうちに、3人の出演者がやって来て、階段の下の隅っこで楽器を組み立てていました。
 演奏が始まると、予想通りお店の中の雑音はかなりのものだったので、楽器の音はそれほどはっきりとは聴こえてきませんでした。でも、かえって集中して聴いていたので、そんなに雑音は気になりませんでしたね。Mさんのそばの席だったので、フルートの音は割とはっきり聴こえます。予想していたのとはちょっと違って、かなり芯のある音のようでした。ベートーヴェンやハイドンの間に愛唱歌をはさんだりして、とても楽しめましたね。というか、帰ったらいつでもあのぐらい、滑らかに吹けるようになれればいいなぁ、と、無性に楽器が吹きたくなって、しばらくモーツァルトなどをさらってしまいました。
 結局、置いてあった荷物のところには誰も来なかったので、これは忘れものだと思い、インフォメーションに届けておきました。無事、持ち主に届いたのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2017-09-24 21:25 | 禁断 | Comments(0)
BEETHOVEN/Symphonies No. 1 & 4
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Rafael Kubelik/
London Symphony Orchestra
Israel Philharmonic Orchestra
PENTATONE/PTC 5186 248(hybrid SACD)


クーベリックが1970年代に、ベートーヴェンの9つの交響曲を、それぞれ別のオーケストラを使って録音したという、とても今では考えられないような企画は、現在でもその存在価値を失ってはいません。もちろん、最初はLPのボックスでリリースされたものでした。それは繰り返し聴いたのですが、やがてCDが登場すると、あまりにノイズの多いLPには見切りをつけ、それまで持っていたLPをほとんど処分してしまいましたね。当時は全くノイズのないクリアなCDの音を聴いて、愚かにももはやLPの時代は終わったと本気で思ってしまったのですね。取り返しのつかないことをしてしまったと思い知らされるのは、このベートーヴェンの交響曲全集がCDボックスでリイシューされた時でした。それは、LPとは似ても似つかない雑な音だったのです。結局、かつて聴いていた音に出会えるのは、DGによってリマスタリングが行われたSACDが出るまで待たなければなりませんでした。
それは、しかし、第6番「田園」1曲だけでした。その、CDとは全く異なる繊細な音を聴くにつれても、全部の交響曲がSACDで出る時など、果たしてあるのだろうか、とも思ってしまいましたね。その、ユニバーサルのシングル・レイヤーのSACDは、あまりにも高額でしたしハイレゾの配信もなかったようですから。
そうしたら、なんとPENTATONEから、全集からの何曲かが分売でリリースされるようになりました。おそらく、これは全曲分がすでに用意されているはずです。このレーベルは、基本的にPHILIPSの昔の音源をSACDにしてきていましたが、今では同じUNIVERSAL系列となったDGの音源も扱うようになっています。そんな中に、このクーベリックの全集が選ばれたということに、喜びを隠せません。
そこで、まず初回リリースのこのロンドン交響楽団との「1番」とイスラエル・フィルとの「4番」がカップリングされたアルバムを聴いてみることにしました。それぞれのオーケストラは、いつも演奏している本拠地のホールで録音するというのが、この一連のレコーディングのコンセプトなのですが、ロンドン交響楽団はロンドンのブレント・タウン・ホールなのにイスラエル・フィルはテルアビブのホールではなく、ミュンヘンのヘルクレス・ザールで録音されています。
しかし、このSACDを聴いた時には、これはDGの音ではないのでは、と感じました。この交響曲全集では全ての録音はハインツ・ヴィルトハーゲンという、有名なギュンター・ヘルマンスと並んでこの時代のDGを代表するエンジニア(特にピアノ録音を数多く手がけている人)が担当しています。彼らは、このレーベルのトーン・ポリシーをしっかり継承していて、彼らの録音からはいかにもドイツ的な鋼のように強靭なサウンドが体験できます。もちろん、それはLPでも、そしてCDでさえもしっかり感じることが出来ました。それが具体的にどのようなものかは一言で述べられるようなものではありませんが、個人的にはオーケストラの録音では管楽器の音の分離の良さと、トゥッティの弦楽器の豊かなエネルギー感に特徴があるような気がします。
しかし、ここで聴こえてきた音は、とても繊細で魅力にあふれるものではあったのですが、そこからは強靭さがかなり失われているように感じられてしまったのです。こういうサウンドは、DGではなくかつてのPHILIPSで味わえたもののような気もしました。実際、このレーベルでリマスタリングを行っているのは、そのPHILIPSの元エンジニアが作ったPOLYHYMNIAというチームですからね。彼らは、まさにPHILIPSのトーン・ポリシーに則って、DGの音をPHILIPSの音に変えてしまっていたのです。
以前この逆のパターンを、こちらで体験したことがありました。レーベル固有の音まで変えてしまうこういうリマスタリングってなんなんだ、と思ってしまいます。
ま、それでもこれはオリジナルとは別の味で楽しめますから、結局全部入手することになるのでしょう。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-23 21:01 | Comments(0)
嵐チームが勝ちました
 「ナミヤ雑貨店」は、いよいよ明日から公開されますね。とは言っても、私は当面は映画館に行く暇もないので結局はWOWOWに下りてくるまで待つことになるのかもしれませんね。
 そんな時ですから、テレビでの番宣なども盛んに行われているようですが、きのうは「VS嵐」にそのキャストたちが出演するというので、見てみようと思いました。木曜日のこの番組は毎週見ているのですが、別にそんなに気を入れてみているわけではなく、PCで原稿を書きながら横目でチラ見、という感じです。でも、なぜかきのうはニューフィルの練習日だったので、わざわざ録画しておいて、帰ってからきちんと見てみましたよ。もちろん、録画ですからCMはきれいに飛ばせます。
 私が一番見たかったのは、松岡克郎役の人でした。原作では「REBORN」を作ったミュージシャンですが、実はまだデビューも果たしていない「ミュージシャン志望」という設定です。その人が作った歌が、なぜか彼が亡くなった後に大ヒットする、というのが、原作の一つのクライマックスになっているので、この人については私の中では確固たるイメージが湧いていました。実際のミュージシャンだったら、小田和正みたいな感じでしょうかね。彼も下積みが長くても、結局は大ブレイクを果たしたわけですから、あんな、ちょっとストイックな見た目の人だったらいいな、と思っていました。
 でも、そこに出てきた役者さんは、なんだかイメージが違います。なんか、ちょっと「小者」といった感じの、あまり存在感がないように見えてしまう人だったんですね。まあ、そこは役者さんですから、演じる時には全然違った印象を与えられるようになっているのでしょうが、こういうバラエティでの彼はなんとも「薄い」イメージしかありませんでしたね。
 その彼は、初めて聞く名前だったので今まで映画やテレビで見たことはなかったはずなのに、なんだかどこかで見たことがあるような気がしました。思い出そうとネットで調べたら、私が見たドラマでは「べっぴんさん」と、「火花」に出ていたことが分かりました。朝ドラの方は全く記憶にありません。でも、その役を見て納得、彼が出てくるころには、もうこのドラマを見るのはやめていたんですよね。あまりにひどかったので、こんなものに貴重な時間を使いたくはなかったのでした。ただ、「火花」の方は、これも1回目だけ見てあとはもういいや、と思った口ですが、確かに主役で出ていたことを思い出しました。あの人だったんですね。だったら、やっぱりこの役とはちょっと合わないな、と思ってしまいましたね。
 もう一人は、その彼が作った歌を実際に歌ってヒットさせる「アーティスト」役の人です。この人は、最近までやっていた「悦ちゃん」に出ていたので、知ってました。でも、この人もそのドラマの中ではとことん地味で、こんな「アーティスト」役なんて全く想像できない女優さんでしたね。この人は、トレーラーでも、その歌っているところが見られるので、それは確かに「アーティスト」然とした存在感はありました。この人だったら、たぶん「泣ける」な、とは思いましたね。でも、「嵐」で見た彼女は、そのどちらとも違った、ただの「小娘」でしたけどね。
 一応主役扱いの矢口敦也役の人は、もうよく知っている人ですから、なかなか適役だな、とは思っていました。おそらく、映画では原作以上の重要な役どころになっているのではないでしょうか。トレーラーを見ただけでも、原作にはないようなシーンがありましたからね。
 一応、他のキャストなどもチェックしてみると、原作のエピソードが一つ映画では使われていないようでしたね。それはビートルズのファンだった少年の話、これも実写で見てみたい気持ちはありますが、確かにこれを入れてしまうと映画の尺としては散漫になってしまうでしょうね。
 ああ、やっぱりすぐにでも映画館に行って、見たくなってしまいましたよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-09-22 22:05 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/Flute Quartets
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Ulf-Dieter Schaaff(Fl), Philipp Beckert(Vn)
Andreas Willwhol(Va), Georg Boge(Vc)
PENTATONE/PTC 5186 567(hybrid SACD)


クラシックの音楽家が演奏する時に使う「楽譜」には、正確には作曲家の意図がそのまま書き込まれているわけではありません。印刷された楽譜には多くの人の手が関わっていますから、その途中で誤植などの間違った情報が紛れ込む可能性は避けられません。あるいは、演奏家などが良かれと思って、演奏効果を上げるために意図して作曲家の指示ではない自らの解釈を楽譜に書き加えるようなことも、頻繁に行われています。
そこで、作曲家の考えを最大限尊重するために、自筆稿だけではなく初期の出版譜やその他のあらゆる資料を動員し、正しいと思われる情報だけを反映させた楽譜を作ろうという動きが出てきます。その結果出来上がった楽譜が「原典版」と呼ばれるものです。
そんな原典版が、なんと言っても一番重きを置くのは作曲者自身が書いた楽譜、自筆稿です。しかし、人間が手で書いたものですから、そこには間違いがないとも限りません。ですから、原典版の作成の過程では自筆稿以外の資料も参考にしながら校訂作業を進めることになります。そこで、それぞれの資料の重要性の判断は、校訂者に委ねられることになり、結果として「原典版」と謳っていても内容の異なる楽譜がいくつか存在することになります。
モーツァルトの場合、その全ての作品の原典版は「新モーツァルト全集」として、ベーレンライター社から出版されました。フルート四重奏曲も、ヤロスラフ・ポハンカの校訂によって1962年に出版されています。それ以来、この曲を演奏する時にはこのベーレンライター版を使う、というのは、もはやフルーティストにとっては「義務」と化したのです。それは、ごく最近までの新しい録音では、この原典版で初めて加えられた第2楽章の18小節と19小節の間にあるタイをほとんどすべてのフルーティストが演奏していることからも分かります。
ところが、1998年にヘンリク・ヴィーゼによって校訂されたヘンレ社による原典版では、そんなタイは見事になくなっていました。
自筆稿を見ると、このタイはページにまたがっていて、18小節の最後にはタイはないことが分かります。
このあたりが、「解釈」の違いとなって現れていたのでしょう。実際にここを演奏してみると、このタイはモーツァルトにしてはなんか不自然な気がしてなりませんでした。どうやら、これはタイを付けたいとは思わなかったヘンレ版の方が正解のような気がします。
今回の、ベルリン放送交響楽団の首席フルート奏者、ウルフ=ディーター・シャーフを中心としたメンバーが2016年5月に行った最新の録音では、このヘンレ版が使われているようでした。いままで、ピリオド楽器での録音したものではこちらがありましたが、モダン楽器ではおそらくこれが最初にこの楽譜で録音されたものなのではないでしょうか。とは言っても、このSACDには明確なクレジットがあるわけではなく、あくまで推測の域を出ないのですが、先ほどのニ長調の第2楽章以外にも、ハ長調の第1楽章の157小節(上がベーレンライター版、下がヘンレ版)とか、
イ長調の第2楽章トリオの11小節(やはり上がベーレンライター版、下がヘンレ版)
では、明らかにヘンレ版にしかない音で演奏されていますから、まず間違いないでしょう。もちろん、ハ長調の第2楽章の第4変奏でも、9小節から12小節のヴァイオリンとヴィオラのパートが入れ替わって、フルートと平行に低いF♯の音が聴こえてきます。
シャーフは、アンドレアス・ブラウ、ペーター=ルーカス・グラーフ、アンドラーシュ・アドリアンなどに師事したフルーティストで、ベルリン・フィルでエキストラとしてトップを吹いていたこともありましたから、映像などで残っているものも有ります。こちらでは、ブラウのアンサンブルにも参加していましたね。日本の「ザ・フルート」という雑誌に寄稿もしています。彼のフルートはとても端正、ソリスティックに主張するのではなく、他の3人と一体となって、モーツァルトをチャーミングに作り上げています。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-21 22:37 | フルート | Comments(0)
1時間で全部終わりました
 きのうは、大腸の内視鏡検査を受けてきました。去年初めて、集団ガン検診で引っかかったので、半強制的に受けることになったんですね。その時には結局ポリープが見つかって、検査と同時にその切除手術も受けて、組織検査の結果では何の問題もなく一安心、という結末でした。その時に、1年後に経過を見せて下さいということで、今年もまた受けることになっていたのです。
 ご存知のように、この検査は丸2日「下準備」が必要になってきますから、休みの日と続いている日に受けたいと思って、予約に行ってみると、近い日の月曜日はみんなふさがっていました。ただ、「休みの次」ということできのうの火曜日は空いていたのでその日にすることにしました。後で予定を見てみると、その休みの日にニューフィルの指揮者練習が入っていたのですね。まあ、前の日は指定された検査食を食べていればいいので、そんなに問題はないでしょうね。うまい具合に、お昼ご飯は家で食べられるような練習日程でしたし。
 その、18日の練習は、指揮者の橘さんが福岡から飛行機で仙台までやってくる、ということで、台風でかなりの欠航が出ている中でひたすら情報を収集です。ですから、予定された飛行機がほんの少し遅れただけでちゃんと仙台空港に降りられたとネットで分かった時にはうれしかったですね。
 ただ、私のコンディションは最悪でした。その前の日は普通に食事が出来たのですが、夜にまず下剤を飲まなければいけませんでした。それが、その指揮者練習の日になって効いてきたのですよね。午前中は、こんなんでは練習の間中座っていることなんて出来ないんじゃないか、と思ってしまいました。ですから、昼食の検査食はかなり早めに済ませて、出来るだけ便意が起きないようにして、練習に臨みます。
 まあ、おおむね影響はなかったのですが、やはり心配だったので、休憩の時には誰よりも早くトイレに駆け込みましたね。それで、なんとか無事に指揮練が終わりました。
 そして、次の日は休みを取って、ひたすらまず~い洗浄剤を飲み続けます。これは、腸で吸収されずにそのまま出てきますから、体としては「異物」と感じるものなのでしょうね。飲み終えることには、なんか頭も痛くなってきましたよ。
 そして、予定時間になったので病院に向かいます。去年やったことがあるので、手順はもう飲み込んでいます。ただ、今年はちょっとした決心がありました。去年は苦痛を感じないように麻酔を使ってもらったのですが、今年はそれをやめてもらうことにしてあります。というのも、去年終わってから写真を見せられて、ものすごい仕事をしていたことが分かったので、それを実際に見てみたかったのですよね。去年は、目が覚めたらすべてが終わっていましたから。話では、かなり痛みを伴うみたいですが、ここでは麻酔なしでやっている人もいるそうなので、それは決して我慢できないほどのものではないだろう、と思いましたからね。ただ、検査を受ける前には看護師さんからは何度も「なしでいいんですか?」とは聞かれましたけど。
 まずは、ベッドに横向きになって待機します。そこに先生がやってきて「去年もいらしてますね?」とか、軽い挨拶などもありました。そして、検査が始まります。肛門にはゼリーをべったり塗ってあるので、挿入しても全然痛くありません。モニターを見ていると、なんだかトンネルの中を突き進んでいる感じ、そのうち、「仰向けになってください」と言われます。このあたりは、去年はもう意識がなくなってますから、あちらで体位を変えたのでしょうね。あ、安心してください。検査の前に着替えをさせられて、これ用の後ろに穴の開いた特製のパンツを穿いてますから、別に仰向けになっても何の問題もないんですよ。
 そうすると、看護師さん(女性)が先生のお手伝いで、私の上に覆いかぶさって、大腸を伸ばしたりするようになります。カメラが入っていきやすいようにしているのでしょう。当然、彼女の胸のあたりが私の体に接触しますから、なんかいいですね。というか、そんな余裕が感じられるほど、苦痛なんて全然ありませんでした。カメラの先が腸の中にあるのだな、という感じはよく分かるのですが、痛みは全くありません。
 先生も、「ここにポリープがありますね」とか、私に話しかけてくるので、私も「今日は取らないんですか?」とか、会話も弾みます。いやあ、なんだかとても楽しい体験でしたね。
 結局、まだ切除が必要なほどの大きさのポリープはなかったので、今回は手術はなし、あとは2年後にまた来てください、ということでした。本当は、ポリープを切るところや、そのあとのクリップをかけるところなども見てみたかったのですが、残念でした。それは、2年後の楽しみに取っておくことにしましょう。
 唯一、楽しくなかったのは、静脈注射が下手なこと。
 去年もこんな感じでした。他の病院ではなったことはなかったのに。
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by jurassic_oyaji | 2017-09-20 19:32 | 禁断 | Comments(0)