おやぢの部屋2
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TCHAIKOVSKY/Symphony No.6 Pathétique
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Teodor Currentzis/
MusicAeterna
SONY/88985 40435 2


先日、BSでクレンツィスとムジカ・エテルナが今年のザルツブルク音楽祭でモーツァルトの「レクイエム」を演奏していた映像が放送されていましたね。この曲はCDも出ていますから、どんな表現をしているのかは予想出来ていましたが、やはり実際の姿を見るとそれがとても説得力に富んでいることがよく分かります。一番驚いたのは、彼らはチェロとコントラバス奏者以外は、合唱もオーケストラも立って演奏していたことです。休みのところでも立ったままなんですよ。というか、そもそも椅子が用意されていないのですね。ですから、「Tuba mirum」でのトロンボーン奏者などは、ソロが始まるとステージの前に出てきて暗譜で吹き始めたりします。まるで、ジャズのビッグバンドでソロを取る人が前に出て来て演奏するというノリですね。コンサートマスターも横を向いたり後ろを向いたりと、ほとんど踊りながらヴァイオリンを弾いていました。
そのモーツァルトでは、もちろん全員がピリオド楽器を使っていました。しかし、今回はチャイコフスキーですから、同じ「ピリオド」とは言ってもモーツァルトの時代とはかなり異なる、ほとんどモダン楽器と変わらないものを使っているはずです。ですから、この「ムジカ・エテルナ」という、クレンツィスがオペラハウスのオーケストラのメンバーを集めて作った団体では、そんな、モダンもピリオドも両方の楽器に堪能な人を揃えてるな、と思ったものです。
今回の録音は、2015年の2月にベルリンのフンクハウスで行われました。その時のメンバーがブックレットに載っているので、同じ年の10月から始まった「ドン・ジョヴァンニ」の録音の時のメンバーと比較してみると、やはり木管楽器あたりはほぼ全員他の人に変わっていましたね。確かに、木管では両方の楽器のそれぞれにスペシャリストになるのは大変です。ただ、トランペットやトロンボーンは、大体同じ人が演奏していました。弦楽器でも、何人かは「両刀使い」がいるようで、ここでは、半分ぐらいは別の人のようでした。ですから、やはりこの団体は、曲の時代によって大幅にメンバーを入れ替えて演奏しているのですね。そして、きっと「悲愴」の時は、みんな座っているのではないでしょうか。
それと、そのメンバー表を見ると、弦楽器の人数が16.14.12.14.9と、低弦がやたら充実していることが分かります。しかも、先ほどのモーツァルトは普通にコントラバスが右端に来る配置でしたが、どうやらここでは対向配置をとっているようで、コントラバスが左奥から聴こえてきます。そんなこともあって、第1楽章の序奏での低弦は、巨大な音の塊がのっそりと迫ってくる、というとてつもなく不気味なインパクトがありました。
さらに、続く主部のテーマは、本当はとても美しい女性が、あえて醜さを装って他人との接触を拒んでいる、みたいな不思議な思いが込められたものでした。もうそれだけで、この演奏が従来のイメージを破壊した上に成り立っているものであるのかが分かります。
おそらく、クレンツィスは今までの慣習を完全にリセットしたうえで楽譜を読むという、これまでに見せてきた手法を「悲愴」にも用いただけなのかもしれません。ですから、第2楽章で、ちょっと聴いただけでは軽やかなワルツに聴こえなくもないものを、あえて5拍子という変拍子を強調することで、その中にあるはずの複雑な情念を表に出そうとしていたのでしょう。
とはいっても、ここまでやられるとそもそもこの時代の音楽とはいったいなんだったのか、という根源的な疑問にまで立ち向かわなければいけないのでは、という思いにもかられます。正直、それはとても辛いことのような気がします。
そう思えたのには、なんとも圧迫感の強い、あまり美しくない録音にも責任があるはずです。この録音会場であれば、もっとのびやかな音で録ることはそんなに難しいことではありません。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2017-10-31 23:01 | オーケストラ | Comments(0)
まだ水道が通ってないんですって
 定期演奏会も終わったので、久しぶりに髪を切ってきました。いつも行っている旭ヶ丘の美容室なんですけど、そこの店長さんがもう少ししたら新しくできるお店に移ってしまうというので、たぶんこれが最後になるかもしれない、というタイミングでした。私は無口で暗い人間ですから、こういうところでは店員さんとの会話がとても苦手、話題が続かなくて間が持たないことがよくあります。でも、その人はとても話し好きで、どんどん話を振ってきますから、つい話が弾んでしまいます。無口な私でも会話が維持できるという、なかなかお目にかかれないような店員さんなんですよ。角田出身なので、その話で話で盛り上がったりしたこともありましたね。
 今日は、新しくできたそのお店の話で、やはり盛り上がりました。まだ全然完成はしていなくて、開店は12月になるそうなんですね。富沢というところにできるのですが、そこは私も土地勘があるので、「新しくできた〇〇タウンの中」と言われたら、すぐその場所が分かりました。この間、久しぶりに地下鉄の富沢駅あたりに行ったら、昔あった公団アパートみたいなのがすっかりなくなっていて、その跡地に新しい道路が出来ていてちょっと迷ってしまったなんて話をしていました。そこに、〇〇タウンがあったことも思い出しました。
 でも、なんだか話を続けていると、「田んぼの中」とか、「ちょっと駅から離れて」とか言っているので、なんだか変だな、とは思いましたけど、結局深くは追及しないで、そんなところにできるんだったら、行けないこともないな、なんて思ってましたね。
 帰ってきて地図を調べてみると、確かに話の中では、その「〇〇タウン」は「ヨークタウン」と言っていたはずなのに、そこだと思っていたところには「イオンタウン」という建物しかありませんでした。しかも、ストリートビューで見てみたら、もうそこはかなり前に開店しているような風に見えましたね。ですから、「ヨークタウン、富沢」で調べてみたら、駅の反対側の、ず~っと奥まったところにそれが建設中だということが分かりました。
 この地図の右の赤丸が「イオンタウン」で、そのそばの赤い長方形が地下鉄の富沢駅です。そして、左の赤丸が「ヨークタウン」なんですよね。確かに、「田んぼの真ん中」でしたね。ですから、まだ番地も「〇番〇号」ではなく「字〇〇」なんですって。でも、こんなのが出来れば、あっという間に建物で埋まってしまって、すぐに地番も決まってしまうんでしょうね。
 そのお店の中にも、ハロウィンの飾りが飾ってありましたが、ハロウィンって、まだ終わってなかったんですね。もうこのところ全国の繁華街にはコスプレの集団が出没しているので、とっくに終わっていたと思っていたら、まだ本番は先の話なのでした。土曜日に街に行ったら、笹かまの顔出し看板もハロウィン・バージョンになってましたね。笹かまにパンプキンって発想が、ある意味すごいですね。
 まあ、発想を変えることは大切です。このところ、スーパーの店頭のお菓子のパッケージを見ていると、別な発想でネーミングをやってみたい商品がいくつか見つかりました。
 これは、「あん たっぷり」のどら焼きなんですけど、簡単に文字を入れ替えることが出来て「あんたったら、どら焼きばっかり食べてると、デブになっちゃうよ」という警告文に変わります。
 そしてこれは、ゆず味は「だしがうまい!」んですが、塩味だと「だしがまずい!」ので、あまり買いたくなくなりますね。まあ、甘いものも塩味が濃いものも控えた方が健康的だ、ということですよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-29 21:29 | 禁断 | Comments(0)
STRAUSS/Also sprach Zarathustra, MAHLER/Totenfeier
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Vladimir Jurowski/
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
PENTATONE/PTC 5186 597(hybrid SACD)


辻井伸行をソリストに迎え、首席指揮者を務めるロンドン・フィルを率いての日本ツアーを終えたばかりのユロフスキですが、彼の現在のポストはその他にロシア国立交響楽団(正式な英語表記は「State Academic Symphony Orchestra of Russia ''Evgeny Svetlanov”」)とブカレストのジョルジェ・エネスク音楽祭の芸術監督ですし、少し前まではベルリンのコミッシェ・オーパーとグラインドボーン音楽祭のチーフも務めていたという売れっ子です。そして、今年の9月からは、マレク・ヤノフスキの後任としてベルリン放送交響楽団の首席指揮者兼芸術監督にも就任しました。
ユロフスキは、就任以前にもこのオーケストラとこのレーベルに録音を行っていました。それは2014年7月のシュニトケの「交響曲第3番」のスタジオ録音です。その時の会場がベルリン放送局(RBB)の本部の建物「ハウス・デス・ルントフンクス」の中にある放送用の大ホールだったのですが、ユロフスキはその録音の編集の時に聴いた音をとても気に入ったのだそうです。確かに、このSACDを聴くと、いかにも、シュニトケのこの作品にふさわしいあらゆる音がきっちりと聴こえてくる精緻な録音だという気はします。
そこで、ユロフスキは、普通のレパートリーをこのシュニトケと同じ状態で録音してみたいと、提案したのだそうです。その結果、この「ツァラ」と、カップリングには同じメッセージが込められているマーラーの「葬礼」が選ばれ、2016年6月に同じ場所、同じエンジニア(POLYHYMNIAのジャン・マリー・ヘイセン)による録音セッションがもたれることになったのです。このあたり、単にコンサートのライブ録音だけでお茶を濁している最近のレコーディング状況とは一線を画した、一本芯の通ったポリシーが感じられませんか?
まず、この会場にはオルガンは設置されていないので、オルガンのパートだけは別の教会で後日録音された、という点まで同じようにして作られた「ツァラ」の方は、冒頭のそのオルガンのペダル・トーンのあまりのしょぼさにはがっかりさせられます。ただ、その後のトランペットのファンファーレの後のクライマックスで、トライアングルの音がとてもはっきりと聴こえてきたのには驚きましたね。
というか、確かにスコアにはトライアングルは書かれていますが、改めていくつかの録音にトライしてみても、それは全く聴こえることはありませんでした。こんな、ちょっとお上品ではあるけれど、聴こえるべき音ははっきり聴こえて、音楽全体の構造がはっきり分かってくる、というのが、このホールと録音クルーが作り出したサウンドなのでしょう。おそらく、ユロフスキはこんなところが気に入ったのでしょうね。
ですから、この「ツァラ」は、冒頭を聴いただけで判断されるようなスペクタクルなものではなく、本来はもっと繊細で室内楽的な響きが良く似合う作品であったことも、よく分かります。エンディングの全く無関係な調の掛け合いも、しみじみと味わい深く感じられます。
そして、カップリングが、マーラーの「交響曲第2番」の第1楽章の初稿として知られている交響詩「葬礼」です。ユロフスキは、2011年1月にも、この曲を別のオーケストラと録音していました。そのCDのレビューで、後の改訂版との違いなどを見ることが出来ます。そこでは、今回、UNIVERSALのサイトで、スコアがPDFで提供されていたので、それを参考にしてさらに細かく手直ししてあります。そのスコアでは、交響曲は4管編成ですが、「葬礼」は3管編成だったことも分かります。
こちらの演奏も、丁寧なセッション録音のおかげでしょう、前のものより深いところまで踏み込んだ表現が見られます。
もう1曲、マーラーがブルックナーのもとで学んでいた頃の習作とされる「交響的前奏曲」も演奏されていますが、そこにはマーラーらしさは全く感じられません。それは、こういう録音だから、なおさらくっきりとそのように聴こえたのかもしれません。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-10-28 20:19 | オーケストラ | Comments(0)
ロビーで飲食もできないホールって・・・
 この間の、定期演奏会が終わってからの初めての練習日には、次の演奏会に向けての反省会のようなものがありました。そこで話された内容を録音して議事録にまとめるのが、やはり私の仕事になっています。こんなこと、最初はやっていなかったのですが、ついつい出来心でテープを回し始めてそれを文字に起こしたら、結構好評だったので毎回やるようになってしまいました。墓穴を掘った、というか。もちろん、最初は「回して」いましたが、いまではICレコーダーになってますけどね。それと、「回す」のも、テープレコーダーではなく、MDレコーダーでした。
 それで、今回も話の録音を聴きとって文字に起こす作業を始めました。もちろん、そのまま一語一句書き写すのではなく、ちゃんとした文章に直しながら書き取っていくことを心がけています。中には、「わたし、そんなこと言ってなかったわ」と思われる方もいるかもしれませんが、それは仕方がありません。おそらく要旨は間違ってはいないはずですから。
 ですから、発言があってもそれが「雑談」程度のものだと判断したものはカットさせていただいています。私自身も、指名されないのに口をはさんだことがあったので、それは最初は記録するのをやめました。そこでしゃべっていたことは、録音した時に、ホールのスタッフが出力の左右のチャンネルを逆にしていた、という事でした。その前に何かとホール側に不手際があったという話があったので、それを受けて付け加えた、という形ですね。でも、それは結局編集で直すことが出来たので、わざわざ残すほどのものではないと判断して、書きませんでした。
 そんな話があったあとなので、まだちゃんと聴いてはいなかった今回の録音のCDとハイレゾの音源を、両方きっちりチェックしてみました。そうしたら、明らかに左チャンネルの方が録音レベルが高くて、アンバランスな音場になっているんですね。これは、リハーサルを録音した時にも気が付いていました。その時はチャンネルが逆でしたから、右チャンネルの方がメーターのレベルも高かったので、レコーダーの録音レベルもきちんとチェックしたのですが、問題はありませんでした。結局、本番の録音でも、やはりバランスは悪かったですね。その出力の前にはフェーダーが入っていましたが、それは左右とも同じdBの場所でしたね。本来なら、マイクの状態などで左右同じになることはあまりありませんから、モニターしながらそれを微調整するのがスタッフの役目なんでしょうね。我々はそれをもらってそのまま録音するだけですからね。
 ということが分かったので、さっきの私の発言はしっかり生かすことにして、さらにこのバランスのミスの件も、発言はしていませんが、記録に追加することにしました。まあ、あとでCDを聴いて不審に思った人のために、責任の所在をはっきりさせておく必要がありますからね。というか、このホールでこういう録音をさせてもらったのは初めてのことでしたから分かりませんでしたが、ここではそういうことまではやってくれないので、自分たちで調整をしなければいけなかったのかもしれませんね。もしかしたら、またここを使うこともあるでしょうから、その時には相手のミスをカバーできるだけの余裕を持っていなければ。なにしろ、今回はいろいろ焦って時間がありませんでしたからね。
 あとは、発言の中では、あのホールではロビーで飲食は出来ないのだということが初めて分かった、というのもありました。これも初耳、というか、なんか違和感がありましたね。私が知る限り、どんなホールでも客席では原則飲食は禁止されていますが、一歩外に出れば当然飲み食いは出来るようになっているはずですよ。現に、最近私が行った東京近辺のホールでは、そんな制約は全然ありませんでしたからね。新国立劇場では休憩時間にはロビーに屋台が出て、ハヤシライスなんかを売ってますからね。もちろん、それはみんなロビーで当たり前のように召し上がってますよ。サントリーホールでも、休憩時間にロビーでお弁当を食べている人がいましたし、ミューザ川崎でも広々としたお食事コーナーがありましたから。
 ですから、そもそもロビーで飲食もできないようなホールは、ホールとしての体をなしていないのですよ。だったら、なんで自販機なんか設置しているのでしょう。そこで買った缶コーラを客席で飲んでいたアホな客を目撃したこともありますからね。
 そこまで言うのなら、客席のバルコニーの上に積もったホコリを、ちゃんと掃除してもらいたいものです。あんなみっともないものはありませんよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-27 22:15 | 禁断 | Comments(0)
L'OPÉRA
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Jonas Kaufmann(Ten)
Sonya Yoncheva(Sop), Ludovic Tézier(Bar)
Bertrand de Billy/
Bayerisches Staatsorchester
SONY/88985390762


カウフマンの最新アルバムのタイトルは「 l'Opéra」。フランス語で「オペラ」ですが、このように固有名詞として使われると「パリのオペラ座」のことを指し示します。このオペラ座を舞台にしたガストン・ルルーの小説「オペラ座の怪人」の元のタイトルが「Le Fantôme de l'Opéra」ですからね。
もっとも、「怪人」が出てくるのはその小説が書かれたころの「オペラ座」、シャルル・ガルニエが設計して1875年に完成したオペラハウスで、「ガルニエ宮」とも呼ばれている建物です。今ではパリにはオペラ座は2つありますから、「バスティーユではなく、ガルニエの方」という注釈が必要になってきます。
ジャケットは、そのガルニエ宮の客席の写真。天井にはシャガールによる天井画も見えますね。ブックレットの裏表紙には、それこそロイド=ウェッバーのミュージカル「オペラ座の怪人」にも登場する大階段の写真もあります。いずれも、その前でカウフマンがポーズをとっている、という構図ですから、これだけを見るとあたかもカウフマンがパリのガルニエ宮まで行って録音してきたのかと思ってしまいますが、あいにく実際に録音が行われたのはミュンヘンのバイエルン州立歌劇場でした。ですから、これらの写真も当然合成です。まあいいじゃないですか。そこまでして「オペラ座」の雰囲気を出そうとしているのですから。
カウフマンと言えば、一応ドイツものを得意としている歌手とはされていますが、イタリアものでも、そしてフランスものでもレパートリーになっていて、それらを収録した映像なども、数多くリリースされていますね。ですから、今回、全てフランスで活躍した作曲家によるフランス語で歌われるオペラだけをまとめたアルバムが出たことに関しては、何の違和感もありませんでした。というより、彼のフランス・オペラをじっくり味わえることに、大いなる期待を抱いていました。
そして、その期待感は、ほぼ満たされました。カウフマンは、まさに彼にしかできないやり方で、これらの作品に命を与えていたのです。
正直、彼のフランス語の発音はネイティヴのフランスの歌手とは比較にならないほど、ゴツゴツとしたものです。ですから、彼の歌が始まると、そこからは「おフランス」の肌触りなどというものはほとんど感じることはできません。それは、バックのオーケストラも同じこと、ド・ビリーの巧みな指揮ぶりでいとも繊細な表情は出しているものの、肝心の木管の音色があくまでドイツ風なんですからね。フルートソロの素っ気なさったら、あきれてしまうほどです。
しかし、聴きすすむうちに、別にフランス語のオペラだからといって、すべてをフランス風に仕上げる必要もないのではないか、という気持ちになってくるのが、カウフマンの凄さです。そう、彼が歌えば、そこからはまさに「国境」を超えた真の音楽が聴こえてくるのですよ。
彼が持つ圧倒的な武器は、その強靭な声です。これさえ聴ければ、まず裏切られることはありません。その上に、彼はこのフランス語のレパートリーでは「抜いた」声を織り交ぜて、対比を明確にした表現を試みています。これは、彼がヴェリズモのようなレパートリーの時に「泣いた」歌い方を取り入れているのと同じやり方なのでしょう。そのあたりの様式による歌い分けも徹底されていて、ここでそのヴェリズモ風の歌い方は決して聴くことはできません。
これで、彼が手がけていないのは、旧東欧やイギリスのレパートリーだけになりました。彼のピーター・グライムズぐらいは、聴いてみたいとは思いませんか?
今回もデュエット曲には豪華なキャスティングがなされています。マスネの「マノン」のタイトル・ロールを歌っているのがソーニャ・ヨンチェヴァなんですからね。せっかくだから、このノーマル・エディションのブックレットにも彼女のポートレートの1枚も載せてほしかったものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment

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by jurassic_oyaji | 2017-10-26 21:02 | オペラ | Comments(0)
オリジナル楽器ともいいます
 ニューフィルの定期演奏会の時の私の仕事の半分、バックアップのためのハイレゾ録音は、まさにその「バックアップ」の役目を十分に果たして終わりましたが、もう一つの仕事、スティル写真の公開はまだ手つかずでした。一部は公式Facebookに上げたり、多少手を加えて「写真集」を作ったりはしたのですが、全体の写真に関してはすぐにアップというわけにはいきませんでした。なにしろ枚数が膨大ですから、その整理が必要ですからね。
 それでも、この間の週末と、この2,3日の間に少しずつ作業を進めていて、夕べの深夜、日付が変わる頃に何とか全部の写真をアップすることが出来ました。リンク先などは公式サイトの掲示板でお知らせしてありますので、ご覧になってください。もちろん、その掲示板のパスワードをご存知の方しかアクセスは出来ませんから。
 今回は、今までのものをリニューアルして、サンプルの画像を少し大きめ(1.3倍)にしてみました。私の場合、ウェブデザインなんて全然勉強してませんから、プロが作るようなスマートなサイトは作ることはできません。ただひたすら、HTMLで出来ることを自分なりにアレンジして作っているだけです。ですから、こういうダウンロード用のページも、サンプル画像の一覧表から単純にリンクを張ってあるだけです。その一覧表には100枚ほどのサンプルが表示されていますから、その特定の部分からリンクが出来るような「イメージマップ」というものを作らなければいけません。これは、手持ちのエディターにそれを作る機能があるので、実際にその画像を四角形で指定して、その場所が特定できるようになっています。
 その一覧表というのが、エクスプローラで表示されるアイコンそのものなんですよ。つまり、フォルダーに100枚の写真を入れて、その写真に001.JPGから100.JPGまでのファイル名を付けてやれば、それがそのままエクスプローラの画像の下に番号としてついてくれます。あとは、それをプリントスクリーンで画像に直して(6枚ぐらいの画像を貼り合わせます)縦長の画像が出来上がります。ただ、縦はいくら長くても構いませんが、横幅はあんまり広くしたくはなかったので、今まではそれを1000pixで抑えていました。でも、それだとちょっと小さくて細かいところまで見ることが出来ないので、それを1280pixまで広げたのですね。
 それと、今までの写真はカメラによって縦横比が異なっていたので、画像の間隔がまちまちでしたが、それに合わせてイメージマップも作っていましたから、それをほかのフォルダーで使う時には、細かい補正が必要でした。それを、今回は、一覧表の画像を作る時点で、すべて同じ間隔になるように補正してあるので、そのサイズに合うように画像を配置してやれば、イメージマップは1種類作るだけで全部に使えることになりました。
 おそらく、何のことを言っているのか分かる方はほとんどいないでしょうが、そもそも文章で説明するのは非常に難しいことを伝えようとしているので、無理を承知で書いていますから、無理に理解しなくても結構ですよ。要するに、今まではページごとに別のイメージマップを用意していたものが、今回は1つだけですむようになった、ということです。
 ですから、そこから先はもう単にソースの一部を置換するだけで済みますから、あっという間に6つのページからリンクした565枚の写真がアップされてしまいました。これで、次回からは仕事がずっと楽になるはずです。
 その前には、久しぶりの練習です。まずは12月の「角田第9」のためのリハーサルですね。椅子を並べ終わってさっそくピッコロの音出しをしていたら、後ろのトランペットの席からにぎやかな声が聴こえてきたので見てみると、なんとみんなでバロック・トランペットを吹いているではありませんか。
 ついにニューフィルにもピリオド楽器の波がやって来たようですね。
 私は、と言えば、ピッコロを変えて(こちらはモダン楽器ですが)初めての「第9」なので、ちょっと緊張しましたが、最後の「うちのごはん」あたりまででも結構ちゃんと音が出ていたようで、一安心。「第9」の後も「禿山」、「常動曲」でのピッコロが待ってます。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-25 22:06 | 禁断 | Comments(0)
KARAJAN/The Second Life
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Eric Schulz(Dir)
DG/073 4983(DVD)


半年以上前に録画だけしておいたものをチェックしていたら、NHK-BSで放送されたオペラの余白にこんなドキュメンタリーが見つかりました。これは、2012年に作られ2013年に放送されたものの再放送、同じ年にはDVDも販売されています。
タイトルの「セカンド・ライフ」というのは、カラヤンが引退した後のんびりと「第二の人生」を送っていたわけではなく(そんなものはカラヤンにはありませんでした)、この映像の中でいずれは自身も死を迎えることを悟った彼は、まだまだやり残したことがあるので、死んだ後も別の肉体を手に入れて、新たな人生を送りたい、と述べていたことに由来しています。
この映像の目玉は、DGのエンジニア、ギュンター・ヘルマンスがカラヤンと電話で交わした会話が聴けるということです。なんでも、ヘルマンス自身が録音していたそうなのですね。あのカラヤンと仕事をするのだったら、このぐらいの「保険」は必要だったことでしょう。それが、今となってはとても貴重な「資料」になりました。
おそらく、ここで初めて公になったこの会話録によって、今までうすうすとは感じていたカラヤンの録音のやり方が直接的に分かるようになったのは、何よりの収穫です。ヘルマンスは、この時期16チャンネルのマルチトラックで録音を行っていたのですね。それを駆使して、ミキシングの段階でカラヤンの思い通りのバランスを作り上げることが出来たのでしょう。
このあたりで、ドキュメンタリーの流れは、このようなプロセスで作られた音源を絶賛し、「生演奏の音よりも、録音された音の方が優れている」という立場から、カラヤンの業績をほめたたえるものになっています。「録音でなければ、作曲家の意図は完全には伝わらない」とまで言い切っていますからね。
ところが、後半に、EMIのエンジニア、ヴォルフガング・ギューリヒが登場すると、その流れが全く逆の方向に向かいます。カラヤンは1970年代にはDGとEMIとを二股にかけて録音を行っていましたが、確かにそのサウンド・ポリシーは明らかに別物でした。そもそも、ギューリヒはこのインタビューでは「生演奏の方が録音されたものより優れている」という考えを明らかにしていますからね。彼は、コンサートのサウンドに近づくために、ヘルマンスとは全く異なるマイクアレンジを採っていたのでした。
カラヤン自らがコンソールのフェーダーを操作して、編集を行っているという「貴重な」シーンも登場します。しかし、それより貴重なのが、休憩になってカラヤンがいなくなったら、残っていたエンジニアたちがそれを元に戻してしまっている場面です。
さらに、コンソールに向かって、カラヤンの右側にヘルマンス、左側にミシェル・グロッツという、ある時期の彼らの指定席の映像も見ることが出来ます。ここで大はしゃぎのグロッツの姿は、なにか異様、しかし、それは確実にカラヤンの信頼を勝ち取った男ならではの驕りきった態度のように見えます。それに続くDGのエンジニアたちのコメントは意味深ですね。
微妙なのが、オープニングの映像。そこには、カラヤンのLPで埋め尽くされたフィルハーモニーのステージが現れます。バックで流れるのはシュトラウスの「ツァラ」の冒頭部分、そこで目に入るのが、このカラヤンとベルリン・フィルがその曲を録音したLP(右上)です。さらに、その前にはキューブリックの「2001年」のサントラ盤も見えますね。
しかし、確かにこの映画の中で使われている「ツァラ」を演奏しているのはカラヤンとウィーン・フィルですが、こちらにあるように、このジャケットのアルバムに入っている「ツァラ」は、カール・ベーム指揮のベルリン・フィルによる録音なのですよ。いや、同じアルバムにはカラヤンが指揮をしたもう一人のシュトラウスの「青きドナウ」も入っていますから、そちらの方だったのかもしれませんね。どなうもんでしょう。

DVD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-10-24 23:25 | 映画 | Comments(0)
ベーシック認証といいます
 この週末は、ニューフィルの演奏会の写真と格闘していました。とは言っても、まっとうな写真はとりあえずあとでやることにして、少し道を外れるようなものを先に仕上げてしまうことにしましょう。こっちはいろいろ手を加えなければいけないところもありそうですから。
 それは、いわゆる「禁断の写真館」という写真集です。その名の通り、部外者には決して見せられないようなハードな写真を集めたものになるはずです。こういうことに命をかけているNさんが、打ち上げなどで、時には宴会アイテムなどを駆使して撮りまくった写真が、その素材となります。それを、私がいろいろ手を加えて、基本的にwebでは「ロールオーバー」と呼ばれている、写真にポインターを乗せると画面が変わるという技法を使って、メッセージを表現することになります。
 とは言っても、今回はNさんにしては珍しく、あまりインパクトがある写真はないように見えました。いつもは16枚ぐらいの写真を作っているのですが、そんなにたくさん集められるかどうか、ちょっと心配でした。でも、その写真の中に、一つ、光るものがありました。
 ここに、後ろから首を絞められて、上を向いている人がいますが、そこに絡み付いた指のピースサインが、もう少しで鼻の穴に届きそうになっています。ですから、せっかくなので、その指をちょっと伸ばしていただいて、鼻の中まで突っ込んでもらえば、と思って、そんな画像を作ってみました。
 これを「ロールオーバー」のプログラムに従って挿入すれば、上の写真にポインターを置くと、指が鼻の穴に届く、というアニメーションみたいなことが起こるようになるのです。こんな感じで、宴会グッズのカツラをかぶる前と後を表示したりとか、普通にピースサインを出している人がいきなり変顔になる、などといった写真を片っ端から作っていって、一遍の写真集が完成しました。
 これは、こちらにアップしてありますから、興味がある方はご覧ください。ただ、写真の性質上、むやみに流出させるのは大変危険なので、このページは認証がないと開かないようになっています。ニューフィルのメンバーでしたら、そのIDとパスワードはご存じのはずですから、それを使えば開くことが出来ます。
 ただ、PCでは問題がないのですが、iPhoneやiPadでは認証が求められる前にエラーが出てしまうことがあるようです。それと、タップをしても画面が変わったままで、他の写真をタップしないと元には戻らないようですね。まあ、あくまでPC用の仕様で作っていますので、ご容赦ください。というか、あんまり手軽に見られるのはまずいので、このぐらい面倒くさい方がいいかもしれませんからね。
 ちょうどこれが完成してアップし終わったころ、愚妻は青年文化センターのコンサートホールで、今度のコンサートのリハーサル(本番は3週間先ですが)があったのですが、送って行ってまた迎えに行くのは面倒くさいので、リハーサルをやっている間、地下のパフォーマンス広場で練習していることにしました。これから春にかけて、3つの本番を控えていますから、それに向けて、かなりの量のパート譜と格闘しなければいけないので、もう寸暇を惜しんでさらうしかありません。
 こんな夜遅くだと、誰もいないのでは、と思ったのですが、けっこう来てましたね。相変わらず、ブラバン系の、とくにサックスがでかい音を出しまくっていました。でも、そんな音よりももっと大きな、私は行ったことはありませんがクラブの中で鳴り響いているような、強烈なビートと歪みきったサウンドの音楽鳴り出したのには参りましたね。それは、ここでダンスを練習しているやつらが鳴らしているものだったのですが、見ていると別にその音楽に合わせて踊っているわけではなく、単に自分たちのテンションを上げるためだけに鳴らしているように思えました。まあ、我々が楽器で出している音だってはっきり言って他人には迷惑なものですが、この音はもっと悪質で暴力的な迷惑ですね。なんせ、休む間もなく延々となり続けているのですからね。彼らのダンスが、そういう環境の中でしか盛り上がらないものなのだったとしたら、それは決してこんな「公共」の場所で練習すること許されることはありません。もうこんなことはやめててもらいたいものです。いや、本心は「てめえら、とっととここから出ていけ!」と叫びたい気分でしたね。でも、そんなことをしたら、やつらにフルートをへしおられてしまいそうなので、やめましたが。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-22 21:21 | 禁断 | Comments(0)
MENDELSSOHN/Symphony No..2 'Lobgesang'
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Lucy Crowe(Sop), Jurgita Adamonyte[](MS)
Michael Spyres(Ten)
John Eliot Gardiner/
Monteverdi Choir
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0803(hybrid SACD, BD-A)


ガーディナーとロンドン交響楽団によるメンデルスゾーンの交響曲ツィクルスは、声楽が入っていないものだけで完結していたと思っていたら、ちゃんと「賛歌」も出してくれました。もはやこの曲は最新の目録では「交響曲」のカテゴリーには参加を許されなくなっているのですから、原典志向を貫くのなら「出してはいけない」ものになるのですが、やはり今のガーディナーにそこまでの偏屈さはありません。
とは言っても、この曲のタイトルは「Sinfonie-Kantate Lobgesang」、普通は「交響的カンタータ」などと訳していますから、あくまで「カンタータ」の仲間だと思ってしまいますが、「Sinfonie」と「Kantate」の間にハイフンがあることを考えれば、「交響曲とカンタータが合体したもの」と解釈することもできます。実際、これは前半は紛れもなく交響曲の第1楽章から第3楽章までの形をとっていて、その後に9曲から成る「カンタータ」をくっつけたものなのですから、これを「交響曲」から外してしまったMWVはちょっと荒っぽいやり方をとったな、という印象はありますね。ですから、この曲を聴く時には、「交響曲」と「カンタータ」の両方の魅力を一度に味わえるものとして接する方が、より楽しみが広がるのではないでしょうか。
メンデルスゾーンは、この曲を1840年に初演を行った後にすぐ改訂しています。1841年に出版された時は、もちろんこの改訂稿が印刷されているので、この曲の場合その「第1稿」はほとんど話題にはなりませんが、そういうゲテモノが大好きなリッカルド・シャイーが2005年にそれを録音してくれていました。しかも、NMLで簡単に聴くことが出来るようになっているので、どんなものなのか聴いてみましたよ。
そうしたら、なんとすでに第1楽章の5小節目でトロンボーンのテーマが変わっていて「交響曲」の部分でもかなりの改訂個所が見つかりましたが、とりあえず「カンタータ」の部分の方がより大きな改訂がなされているようですから、しっかり比較してみました。その結果、この部分の改訂箇所はどうやら5箇所ほどあるようでした。
3曲目:テノールのレシタティーヴォとアリアですが、第1稿にはアリアがありません。
6曲目:これもテノールのアリア。全く別の音楽です。最後のソプラノの一言も第1稿にはありません。
8曲目:最初のア・カペラのコラールは、第1稿にはオーケストラが加わっています。
9曲目:テノールのソロの後ソプラノのソロになりますが、第1稿ではテノールの部分だけで終わっています。
10曲目:終曲の合唱ですが、後半のフーガが第1稿ではちょっと違います。
もちろん、この改訂に関するWIKIの記述は、かなり不正確です。
メンデルスゾーンの場合、改訂を行うと元のものよりつまらなくなってしまう、という、他の交響曲における真理は、この曲の場合は全く通用しないことが分かりました。シャイーの録音の場合、合唱があまりにひどいということもあるのですが、特に6曲目のテノールのソロによるナンバーが、現行の改訂稿に比べると全く魅力が欠けているのですよね。
と、長々と改訂稿について語ってみたのは、もちろん改訂稿で演奏されている今回のガーディナー版では、この6曲目からのインパクトがとてつもないものだったからです。ここでのマイケル・スパイアーズのソロの素晴らしいこと。カンタータというよりはまるでオペラのような豊かな表現力です。そして、それに続く合唱は、たとえばさっきのシャイー盤の合唱に比べたら全く別の次元のものでした。こちらもほとんどオペラかと思えるほどのドラマティックな歌い方、8曲目のコラールでもその生々しい表現はこの曲全体のイメージまで一新させてしまうほどのものでした。
そんな合唱の豊潤さは、SACDよりもBD-A(24bit/192kHz)の方がより顕著に味わうことが出来ます。やはりこれは、SACD(DSD 64fs)では元の録音のDSD128fsは完全には再現できないからでしょう。

SACD & BD Artwork © London Symphony Orchestra

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by jurassic_oyaji | 2017-10-21 22:39 | 合唱 | Comments(0)
景品を希望する人は、名前を書かなければいけません
 ちょっと前に、こんな郵便物が届きました。「仙台都市圏パーソントリップ調査」というものです。
 何年かに1回行われる調査なのだそうで、仙台市周辺の住民が対象なんだとか。仙台市と宮城県が共同で行っているみたいです。確か、前の調査の時にもやらされたような気がするのですが、どんなことをやっていたのかは全く覚えていません。もちろん、国勢調査みたいなものではありませんから、ある程度サンプルを抽出しているはずなので、調べてみたら、調査対象が70万世帯に対して、実際に調査したのは10万世帯なのだそうです。倍率は14パーセントぐらいですか。それほど高い倍率ではないので、「当たった」と喜ぶべきなのでしょうかね。
 これは、平日の10月11日と休日の10月15日の2回にわたって、家族全員の1日の動向を調べる、というものです。そのために、調査用紙には何時から何時まではどこにいて、そこまでの移動にはどんな交通手段をつかったのか、など、こまごまとしたことを記入しなければいけません。そのために、おそらく担当者は今までの経験とか、親切心などを総動員して、できるだけ間違いなく記入できるように質問用紙を作っていたつもりなのでしょうが、実際に書いてみるとそれは見事に煩雑極まりないものになっていました。これに比べたら、確定申告の方がはるかに分かりやすいのでは、と思えるほどの分かりずらさです。
 そんな、とても間違いやすいものなのに、そこには黒インクのペンで記入しろ、とあるのですね。1回間違えたら、もう消せないじゃないですか。なんか、いかにもお役所のやりそうな、自分の都合だけを押し付けて、記入する人のことを全く考えていない調査票でしたね。
 別に、強制でもないようですから、よっぽど出すのはやめようと思いましたが、これはある意味面倒くさいことを克服する訓練になるものだ、と思うことにして、一生懸命書いてみましたよ。
 うちの場合は愚妻と2人分ですから、平日などは愚妻が病院に行ったりデパートで買い物をしたりしていたので、それを書かなければいけません。そうしたら、その行先を正式名称で、細かい住所まできちんと書かなければいけません。アホか、と思いますよね。そんなもん、そっちで調べればいいことじゃないですか。私はネットで調べましたが、そんな住所(番地までですよ)まできちんと分かって買い物をしている人なんか、いるんでしょうかね。さらに、バスを使った時には、停留所の名前も正確に書かなければなりません。そんな具合ですから、移動の時間も分単位できっちり書くことが要求されています。
 私の場合は、休日はニューフィルの本番でした。ですから、最初に行ったのは「劇場・ホール」になるんでしょうね。そのあとに「そこに行った目的」というのを、選択肢の中から選ばなければいけません。そこで、ハタと迷ってしまいましたよ。もし私がプロの音楽家だったら、当然「1.仕事」になるのでしょうが、あいにくアマチュアの音楽家のコンサートをやりに来たのですから、ここは候補として2種類のものが考えられるんですよね。「4.習い事」と、「7.娯楽・行楽・レクリエーション・スポーツ」です。まあ、月謝を払って楽器の演奏を習っているようなものですから、「習い事」が一番当たっているような気がするのですが、その「具体的な内容」には「茶道、華道、料理などのおけいこ、学習塾での勉強など」としか書いてありませんよ。
 もう一方の7番だと、「スポーツ観戦、音楽、美術、映画鑑賞、カラオケ、ボーリング、パチンコ、ハイキング、ゴルフ、野球、運動会、登山、名所・旧跡などへの観光など」とありますよ。これも、見事に脈絡のないリストですね。一応「音楽」とはあるので、これにしましたが、この流れではどう考えても「音楽を聴く」方になってしまうように思うのですがね。
 そんな理不尽なアンケートを、丸3日かかって仕上げて、ポストに投函しました。そうしたら、次の日にこんなハガキが届きました。
 いくらなんでもまだ着いてないだろうにと思いました。そもそも、こちらの名前は記入しないで出しているので、こんな「返事」が届くわけがありません。でも、裏を見てみると、
 要するに、これは「お礼」ではなく「催促」のハガキだったんですよね。なんだか、やっぱり書く人の気持ちが全然分かっていないなあ、と思ってしまいますね。正直に、「まだ出していない方は、早く出してください。もしすでに出された方は、入れ違いになってしまい申し訳ありません」ぐらいの文面は思いつかないのでしょうかね。次回からは、もし「当たって」も絶対に書くものか、と思ってしまいましたよ。
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by jurassic_oyaji | 2017-10-20 22:33 | 禁断 | Comments(0)