おやぢの部屋2
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コーラ類は全く売れませんでした
 しかし、今年の夏はひどいことになってしまいましたね。確か、「長期予報」では今年は猛暑になるんじゃなかったんですか?まあ、これはあくまで「予想」ですから、こういう「予報」を出した人には何の罪もありません。いけないのは、それを真に受けてさもそれが真実であるかのように世の中に広めたメディアです。
 私も、そんな「フェイク」を信じてしまった口、「猛暑」ときいて、こんなに自販機用の飲み物を用意してしまっていました。
 ところが、その結果は、こんなものでした。
 売れたのは綾鷹だけ。これは暑さには関係なく、お墓にお供えするために購入する人が多いので、普通に売れましたが、それ以外はこんなに寒ければ売れるわけがありませんね。こうなれば、お彼岸だけが頼りです。
 それでも、お墓参りの人たちは雨にも負けずにやってきます。私も、一応お墓参りには行ってきましたが、そこでちょっとした事故が。我が家のお墓に花を供えたりして帰る途中で、全然花が上がっていないお墓がありました。ちょっと気になったので、誰のお墓なのか見ようと思って外柵の石に上ったら、そこで足を滑らせてしまいました。いや、普通はこのぐらいの滑り方だったら私の運動神経をもってすれば簡単に立ち直れるのですが、あいにくその時には片手に水の入ったバケツを持っていたので、バランスが狂ってしまったんですね。そのまま石の角に太ももをぶつけてしまって、ものすごい激痛が襲ってきましたよ。もしかしたら大腿骨骨折?などと思ってしまうぐらいの、激しい激痛でした。でも、しばらくしたらなんとか立ち上がれそうだったので立ってみたら、ただの打撲のようでしたので一安心。ただ、穿いていたジーンズは泥だらけになってしまっていたので、それからの予定を変えて一旦家に帰らなければいけませんでしたけどね。そこで見てみたら、そこは軽いかすり傷も出来てました。
 確かに、最近はいろんなところでやたらと滑りやすくなっていました。まあ、そんなものだろうとは思っていたのですが、靴の底を見てみたら、こんなことになっていましたね。
 かかとの部分がほとんどすり減ってまっ平らになっているではありませんか。これでは滑るのも当たり前ですね。確かに、今までの滑っていたシーンを思い出して見ると、かかとから足を着いたときに滑っていたような。この雨はまだまだ続きそうですから、早急に新しい靴を買わないことには。
 結局、足の傷の方はガーゼを当てる必要もないほど軽いもので、傷口は完全に塞がってしまいました。
 ガーゼといえば、そんな名前の人がいたはず、と思っていたら、それはデンマークの作曲家のゲーゼでした。今年はその人の生誕200年ということで、割とあちこちで名前を聞く人ですが、「Gade」というスペルなので昔は「ガーデ」、あるいは「ガーゼ」と呼ばれていましたね。
 そういう北欧の作曲家に詳しい指揮者の新田さんが、そのニルス・ゲーゼの交響曲を演奏したライブ録音が、最近NMLで配信されるようになった、という情報が伝わってきたので、さっそくニューフィルのFacebookページで紹介したら、結構速いペースでリーチが高まってきましたね。そして、なんと新田さんご本人のコメントまでいただいてしまいました。そうしたら、リーチの増加のスピードが急に上がってきましたね。よく分かりませんが、単純にリーチが増えるのはうれしいものです。というか、これも「かいほうげん」のコンテンツに使えますし。
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# by jurassic_oyaji | 2017-08-16 21:53 | 禁断 | Comments(0)
WAGENSEIL, BONNO, GASSMANN, MONN/Flute Concertos
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Sieglinde Größinger(Fl)
Ensemble Klingekunst
CPO/555 078-2


このジャケットに使われているのはマリア・テレジアの肖像画。彼女は、父のカール6世が亡くなった1740年にハプスブルク家の後継ぎとして神聖ローマ帝国の皇后となり、自身が亡くなる1780年まで文字通り「女帝」として君臨していました。人見知りが激しかったそうですね(それは「テレヤ」)。ウィーンでは東京からの新婚さんや恋人たちがいちゃいちゃするので有名な観光地、シェーンブルン宮殿は、彼女が在位中の1748年に完成させたものです。ま、毎年テレビで見れますから、別に行きたいとは思いませんが。
そんな、今となっては観光資源としてこの都市に多大の貢献をしている豪華な施設を建設できたほどの財力を誇ったハプスブルク家でしたが、マリア・テレジアの王位継承が発端となった戦争によって、軍事予算が増えたことに反比例して、文化的な面での予算は徐々に削減されていったのです。宮廷の楽団も、カール6世の頃にはそのメンバーは150人ほどいたものが、マリア・テレジアの代になると次第に減っていき、たとえば、このアルバムにも登場する宮廷バレエ作曲家だったフローリアン・レオポルド・ガスマン(あの有名なアントニオ・サリエリの前任者)が1772年に宮廷楽長に就任したときには合唱も含めた楽団員は40名ほどになっていたそうですからね。
さらに、この18世紀というのは、それまでの絶対主義に代って、啓蒙主義が台頭してきた時代です。芸術面にもその影響はあらわれ、音楽もそれまでの「バロック」から「古典」へと、徐々に変貌していった頃になるのです。
このアルバムには、そんな激動の時代のウィーンで活躍していた4人の作曲家による5曲のフルート協奏曲が収録されています。それらは1740年から1760年までの間に作られたもので、いずれも楽譜は出版されてはおらず、各地の図書館に保存されていた自筆稿を使って演奏されています。当然のことながら、これらは全て世界初録音です。
唯一、2曲の協奏曲が取り上げられているゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイルは、宮廷音楽家。いずれも1750年に作られたト長調とニ長調の協奏曲は、バロックの様式を色濃く残した中にも、例えば長調と短調の間をめまぐるしく行き来するパッセージなど、斬新な面も顕著な作品です。
彼と同じ時期にやはりウィーンの宮廷に仕えたジュゼッペ・ボンノのト長調の協奏曲は、どこかC.P.E.バッハを思わせるようなパッショネートな面が感じられます。
この中では最も初期、1740年に作られた、ウィーンの教会オルガニスト、ゲオルク・マティアス・モンの変ロ長調の協奏曲は、フルートとともにチェンバロもソロ楽器として大活躍する、いわば「トリオ・ソナタ」のような形態をとっています。
そして、先ほどのガスマンの作品からは、作られたのが1760年という時期のせいなのか、あるいはハ短調という調性のせいなのか、あのモーツァルトの出現まではあと少し、という期待が感じられてしまいます。
そんな、様々な作品を、それぞれのキャラクターを際立たせながら見事に演奏しているのが、バロック時代のワンキーの楽器から、マルチキー、さらにはベーム管まで、あらゆるタイプの楽器の演奏に長けた美しすぎるフルーティスト、ジークリンデ・グレシンガーです。もちろん、ここで吹いているのはバロック時代から使われていたワンキーの楽器でしょうが(さらにキーが増えた楽器が使われるようになるのは、もう少し先のこと)、その密度の高い音色は他の奏者の追随を許しません。この楽器ならではの調性によるピッチの変化の機微も存分に楽しめます。なによりも素晴らしいのは、彼女の装飾のセンスでしょう。完璧なテクニックで飾り立てられた旋律は、ゾクゾクするほど魅力的です。彼女自身と、チェンバリストのマヤ・ミヤトヴィッチが中心になって2009年に創設された「アンサンブル・クリンゲクンスト」の自発的なサポートも、これらの珍しい作品に命を吹き込む、素晴らしいものです。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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# by jurassic_oyaji | 2017-08-15 21:41 | フルート | Comments(0)
テーマ曲のサビは「パフ」ですし
 今日はお盆なので出勤、ラジオをつけていると、さる製薬会社がスポンサーの番組が流れてきました。声優の山寺さん(仙台市出身)がDJの番組ですが、ひとしきり前説があった後に、そのスポンサーのCMが始まりました。オーケストラを使った重厚な音楽がバックに流れていますが、そのメロディがなんか気になりました。とても甘ったるく、いかにも製薬会社らしい癒されるメロディなのですが、なんか別のシチュエーションで聴いたことがあるんですよ。しばらくして、これは、往年のヒット曲、カスケーズが1962年にリリースした「Rythm of the Rain」のメロディではないかと気が付きました。邦題は「悲しき雨音」、毎年梅雨の季節になるとラジオなどではよく流れる、永遠の名曲です。では、実際にそれを聴いてみてください。こちらから音源がリンクしてあります。最初がCM音楽、続いて「悲しき雨音」です。
 CMにはアウフタクトが入っていますが、それ以降のメロディは全く同じですよね。あとは、最後のフレーズだけは別物ですね。しかし、これはおそらくCMを作った人はこの「元ネタ」を全く知らなかったのではないか、という気がします。いくらなんでもこんな有名な曲のメロディをそのまま使うなんて、まっとうな作曲家だったらありえませんからね。もちろん、「パロディ」で使ったという可能性もあるでしょうが、この場合はそこに意味を見出すことなんてできませんから。そもそも製薬会社と「雨音」なんて、なんの関連性もありませんから、たまたま思いついたきれいなメロディを素直に使っただけのことなのでしょう。
 ただ、作った人はそうでなくても、例えばこの会社の関係者などで、このことに気が付いた人はいなかったのでしょうかね。もし私が社員だったら、こんな恥ずかしいことは即刻やめるために「稟議書」にハンコをもらおうと奔走しますけどね。「ツカポン」みたいに。
 でも、全く同じメロディなのに、こうして並べて聴いてみると全然雰囲気が違ってきますね。メロディ、というか、「音列」には、それ自体ではあまり意味は持たない(持てない)ということなのでしょうか。全く同じ音列でも、テンポや和声、オーケストレーションが変わってくると、実はそれが同じ音列だったことすら気が付かない、ということもあるのですよ。
 そんなことが、今練習しているエルガーの交響曲第1番では起こっているのだ、ということを、この間の藤岡さんのブログで初めて知りました。「かいほうげん」に載せようと思って許諾をもらったのも、それをみんなにも知ってもらいたいと思ったからなんですけどね。もちろん、これはエルガー・マニアの間では有名な話だったようで、そんな一人に聞いてみたらちゃんと知ってましたけどね。ですから、橘さんから、この間の練習の時にバラされたら、あのコンテンツはボツになってしまうな、と心配していたのですが、さいわいそれには触れていなかったので一安心です。
 それは、第2楽章と第3楽章の始まってすぐのところです。第2楽章のファースト・ヴァイオリンで出てくる、おそらくとても苦労されているであろうフレーズが、こちらです。
 一応、音源もこちらで聴けます。
 そして、こちらが第3楽章の頭。音源はこちらです。
 どうです。両方とも、「音列」は全く同じですよね。それが、こんなまったく異なる形で聴こえてくるのですから、ちょっとすごいことですよね。
 ですから、朝ドラのBGMが、「世界に国からこんにちは」や「故郷を離るる歌」にメロディがとてもよく似ていても、それは決して宮川さんがそれらの曲をマネしたのではなく、そもそもそんな曲は聴いたことがなかったからなのですから、そっとしておいてあげてくださいね。いずれにしても、恥をかくのは宮川さんご本人なのですから。
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# by jurassic_oyaji | 2017-08-13 22:38 | 禁断 | Comments(0)
BETWEEN THE SEASONS
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Henning Kraggerud(Vn)/
Arctic Philharmonic Chamber Orchestra
SIMAX/PSC1356


ヴィヴァルディの「四季」は、もちろんイタリア・バロックの傑作ですから、イタリアの団体の演奏がまず「お手本」のようなものにはなっていたのでしょう。「イ・ムジチ」とか「イ・ソリスティ・ヴェネティ」といった名前のアンサンブルが、「の一番」に挙げられるはずです。しかし、そんな時代はそれほど長くは続きませんでした。やがてピリオド楽器(オリジナル楽器)の時代がやってくると、そのようなムーヴメントには後れを取ったイタリア勢に代わって、イギリスとかオランダのピリオド勢が、大手を振ってのし上がってくることになりました。もちろん、その頃には元のヴァイオリン協奏曲の形すら解体された編曲なども登場してきます。さらには、「クラシック」というジャンルを超えたところでの勝負まで始まります。DJリミックスの「四季」などというものも登場しましたね。
ただ、どのように外見が変わっていても、この作品の中に流れるイタリアならではの晴れ上がった空のような明るい開放感は、決して失われることはありませんでした。凍てつくような「冬」の描写でも、そこにはすぐにやってくる「春」の予感さえ感じられたものです。
という、世の中の一般的な「四季」事情(これは、あくまで「個人的な感想」です)を根底から覆すような「四季」が現れました。演奏しているのはその名も「北極フィル」というノルウェーの団体、ソロ・ヴァイオリンと指揮を担当しているのも、同じくノルウェー生まれのヘンニング・クラッゲルードです。
2009年にノルウェーに創設された「北極(アークティック)・フィルハーモニック」という組織は、演奏するシチュエーションによって様々な形態をとるという、フレキシブルな団体です。通常のシンフォニー・オーケストラのレパートリーを演奏するのが、「アークティック・フィルハーモニック交響楽団」で、指揮者はクリスティアン・リンドベリです。それが、20世紀以降の新しい音楽を演奏する時には「アークティック・フィルハーモニック・シンフォニエッタ」となり、芸術監督のエイヴィン・ビウロが指揮をします。さらに、クラッゲルードが芸術監督を務めているのが、この「アークティック・フィルハーモニック室内管弦楽団」です。彼は2012年にこのポストに就任、2020年まではその契約が継続しているのだそうです。さらに、オペラのピットに入る時には「アークティック・オペラ」と名前を変えます。
そんな、「北極」のオーケストラが、「もし、ヴィヴァルディが北極で『四季』を作ったら」というコンセプトで演奏したのが、ここで聴かれる「四季」なのだ、というのであれば、この異様にデフォルメされたヴィヴァルディの音楽にも、それほど驚くことはないでしょう。クラッゲルードたちは、隙あらばそんな冷え冷えとした描写をフレーズの中に込めようと、手ぐすねを引いていたに違いありません。その結果出来上がったものは、絶対に「北極」の人にしかできないとても新鮮な魅力に満ちていました。「春」の第3楽章の頭でいきなり聴こえてくるハーディ・ガーディ風のドローンなどは、そんな要素のほんの一例にすぎません。
それだけで、充分にインパクトのある演奏を成し遂げているというのに、クラッゲルードは4つのヴァイオリン協奏曲の後に自作を挿入するという愚行(これが、タイトルの由来)で、全てを台無しにしてしまいました。彼は作曲家としても200曲以上の作品を持ち、多くの団体からの委嘱も引きを切らないという売れっ子なのですが、ここで演奏されている4つの作品は、どれもまるでグリーグのような寂寥感が漂うかのように見えて、その実単に甘ったるいだけの、まるでテレビドラマのバックで流れるような陳腐な音楽なのですから。「冬」の後に演奏されている「復活祭の生贄」という曲などは、ラテン語の歌詞が付いた合唱バージョンもあるそうですが、とてもそんな敬虔なものとは思えません。

CD Artwork © Grappa Musikkforlag AS

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# by jurassic_oyaji | 2017-08-12 20:42 | 禁断 | Comments(0)
パクチーの乗った唐揚げはちょっと、でしたが
 この前、大量の飲み物を自販機用に購入した写真を載せましたが、これが大量に売れ残ってしまいそうな予感がしてなりません。お盆だというのに、この寒さは何なのでしょう。雨まで降ってますしね。
 ですから、おとといの職場のイベントで、「暑くなくて楽だった」みたいなことを言ってましたが、来た人を集計してみるといつもの年よりかなり少なくなっていましたね。やはり、雨をおしてまでやってこようという人は少ないのでしょうか。確かに、受付をやっていてもいつものように人が押しかけて対応が滞る、という場面はほとんどありませんでしたからね。おそらく、それで丁寧にチェックが出来たのでしょう、きのうその時に受け取った会費などの集計をしてみたら、現金とぴったり同じ額になっていましたね。これは、非常に稀なこと。普通は、お金を受け取った時のチェックがどうしても行き届かないことがあっていくらかの誤差が出るのは避けられませんでしたからね。
 その勢いで、いつものように、イベントに来た人にだけ配っていた会報を、残りの顧客に発送するために、あて名シールの印刷を行いました。それがほぼ1000人分だったので、シール貼りはきのう中には終わらず、今日になって残りのシールを貼って、発送する、という段取りになっていました。
 ところが、けさ早く、思いがけない自体が勃発。ちょっとした書類に私のハンコを押して届けなければいけなくなってしまいました。それから職場に戻って残りの郵便物を仕上げて、それの集荷を手配、そのあとは、変な祝日が出来てしまったために、来客の対応をする人がいなくなってしまう、という事態になっていたので、そのアシスタントをお昼までやっていました。そこに、本来のスタッフが戻ってきたので、それから私は指揮者練習に向かいます。
 今回の橘さんとの2回目の指揮者練習は、午前中から予定されていました。うまい具合に午前の部は私が乗らない協奏曲だけだったので、午後に来ていればよかったのですが、最初のマーチには間に合いそうもなかったので、代奏はすでにお願いしてありました。それでも、乗り番の交響曲は、1時15分から始まる予定なので、それまでには若林の文化センターに着いていなければいけません。
 そんなタイトなスケジュールは分かっていたので、お昼ご飯はすでに買ってありました。ホールの駐車場に着いたのがすでに12時半を過ぎていたので、そのまま車の中でお昼を食べて、ホールへ行ったらまだマーチの練習中でしたから、まずはその写真を撮ります。
 客席の後ろとか、ステージの奥などいろんなところから撮っていたらもう汗だく。そんな汗も引かないうちに、交響曲が始まります。考えてみたら、今日までの3日間、私は全く楽器に触れていませんでした。それどころではない忙しさだったんですね。最初のうちは、ブレスがなかなか伸びなくて、苦労していましたね。
 橘さんの練習は、いつもながらの充実したもの、きちんと磨き上げられたところと、できないところが露わになって、課題がはっきりしたところとがはっきりする、というものでした。でも。「この前よりはよくなってますね」とは言われましたけどね。
 そのあとは、この間は時間がなくてできなかった、指揮者を囲む飲み会です。会場は東口の「土風炉」、私は初めてのところです。とりあえずメニューにジンジャーエールがあったので、私はそれを頼みましたが、これが今までこういうところで出てきたのとは全然違います。メニューを見ると、なんだか自家製のようですね。確かに、生姜の切り身などが入ってますね。これがおいしくて、4杯ぐらい飲んでしまったでしょうか。こういう飲み放題では、注文を取りに店員さんが近くに来た時に、飲み物を頼むのでしょうが、今日は、一人の店員さんが、わざわざ私のところに来て、「ご注文はありませんか?」と聞いてくるんですね。こんなのは初めてです。なんか、うれしくなってしまいます。ですから、その人にカメラを渡して、集合写真を撮ってもらいましたよ。

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# by jurassic_oyaji | 2017-08-11 23:37 | 禁断 | Comments(0)