おやぢの部屋2
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LUTHER Collage
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Calmus Ensemble
CARUS/83.478


ドイツの5人組コーラス・グループ、「カルムス・アンサンブル」のニューアルバムです。同じ人数のグループと言えばイギリスの「キングズ・シンガーズ」が有名ですが、こちらはドイツのグループ、かつてバッハが勤務していたライプツィヒの聖トマス教会聖歌隊のOBが集まって1999年に作られました。
デビュー当時は男声5人だけだったのですが、そこに女声が一人加わって6人編成となります。その後、男声が一人減って、現在では女声1、男声4という5人編成になりました。女声が一人いることでサウンド的には無理なく高音まで音域が広がって、とてもソフトな音色が得られるようになっています。このあたりが、「キングズ・シンガーズ」との違いでしょうか。
今回のアルバムのジャケット写真を見て、いつの間にかみんな年を取ったな、という思いに駆られました。最初に買った、まだQUERSTANDからリリースされていたアルバムの写真(左)と比べると、ほとんど別人のようになっている人もいますね。昔は左端、今は真ん中のカウンターテナーのクラウゼとか(昔は頭が黒いぜ)。
さらに、本当に「別人」になってしまったパートもあります。ベースのパートが、2015年にレスラーからヘルメケという人に替わっています。どちらも右から2番目、今は一番背の高いメガネの人ですね。
ただ、他の4人も、創設メンバーはクラウゼとバリトンのベーメ(右端)の2人だけ、テナーのペッヒェは2006年に加入しています。彼はソプラノのアニャ・リプフェルトと「団内結婚」(どちらの写真も並んでいます)、2010年と2016年にはお子さんも生まれています。その間彼女は産休を取り、別のソプラノがメンバーとなってアンサンブルの活動は続けていました。どんなグループでも、いろいろと出入りがあるものですね。
毎回、ユニークな企画で楽しませてくれているカルムス・アンサンブルですが、今回は「ルター・コラージュ」というタイトルのアルバムです。「ルター」というのは、宗教改革でおなじみのマルティン・ルターのことですが、今年はその宗教改革から500年という記念の年なのだそうです。音楽史の上では、彼は多くのコラールを作ったことで知られています。そのコラールは、プロテスタントの作曲家の素材として用いられ、「ルター」という名前は知らなくてもそのコラール自体のメロディは多くの人に親しまれています。バッハのオルガン曲や、教会カンタータ、受難曲には頻繁に登場していますね。
このアルバムのコンセプトは、そのようなルターの元のコラール、あるいはもっとさかのぼってルターが引用したグレゴリア聖歌から始まり、その後の作曲家がそれを用いて作った曲を一緒に演奏するという、まさに「コラージュ」の手法によって、その時代を超えた広がりを体験する、というものなのでしょう。
1曲目は、まさに宗教改革のシンボルともいえる、有名な「Ein feste Burg ist unser Gott」が、ルターが出版したそのメロディだけがソロで歌われます。そのオープニングのソロを任されたのが新加入のバス、ヘルメケだというのも、なんか思いやりのようなものが感じられませんか?コーラスではなかなか聴くことのできないこのパート、彼の声はとてもやわらかですね。それに続いて、同じ時代のハプスブルク家に仕えていたカトリックの作曲家ステファン・マフの合唱バージョンが歌われます。
そんな正攻法ではなく、それ以降の選曲には、それぞれユニークな工夫が加えられています。次の「Nun komm, der Heiden Heiland」では、まずルターの200年後に生まれたバッハのオルガンのためのコラール前奏曲が、ヴォカリーズで歌われます。それが、別のコラール前奏曲では、まるでスゥイングル・シンガーズのように、軽快なベースラインに乗ってスキャットでコラールの変奏が歌われます。このコーナーにはまだご存命のグンナー・エリクソンという人の、ちょっとニューステッドの「Immortal Bach」のようなテイストの曲も入っています。
そんな感じで、どのコーナーも驚きの連続、最後にはペルトなども登場しますから、油断はできませんよ。

CD Artwork © Carus-Verlag
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# by jurassic_oyaji | 2017-04-18 23:19 | 合唱 | Comments(0)
どちらもペータース版です
 ニューフィルの定期演奏会まであと1週間、きのうとおとといはそれに向けての最後の指揮者練習でした。広瀬文化センターで午後2時半から、という予定なのですが、その前に木管パートは「搬出当番」なので、朝9時までに旭ヶ丘まで行って、大型楽器をエレベーターで下におろす手伝いしなければいけません。なんでそんなに早く?12時頃でいいんじゃないの?と言われそうですが、これには深いわけがありまして。
 市民センターに置かせてもらっている楽器は、それを運び出すときにはその部屋を前もって使えるように予約しなければいけません。それが、最初に申し込んだときは抽選に外れてしまったんですよね。そのあと再度挑戦できる日になって予約システムをのぞいてみたら、その時は午前中はどの時間帯でも空いていました。ですから、しかるべき人に連絡して取ってもらったのですが、なんと、その人が取ろうとした時には9時からの時間帯以外はすべて他の人に借りられていたのでした。そんなこともあるんですね。そんなわけで、こんなに時間が離れたところで搬出しなければいけなくなったというわけです。
 その前の練習の時に、そこに来れる人を確かめたら、かなりの人数の人が手をあげました。ですから、私は一応手は上げたものの、まあ、早起きできなければ行かなくてもいいかな、と思っていましたね。たぶん、他の人もそう思っていたのでしょう。そこに来ていた木管の人は私ともう一人だけでした。そんなこともあるんですね。
 指揮者練習は、とても密度の濃いものでした。時には、一つのパートだけが同じ個所を何十回も練習させられていたりしましたね。でも、それをやったあとでは確実に音が変わっているのですから、すごいものです。私も、ピッコロで一言注意を受けて吹いてみたら、その部分はあとで録音を聴いてもはっきり分かるほど変わっていましたね。
 何よりも、そんな練習に対して、団員がとても積極的に参加している姿勢が、そこにはありました。
 2日目に、最初に「運命」の通しがあるというので、私はかなり早めに会場に着いたのですが、その時にはチェロパートの人たちは殆ど集まっていましたね。ですから、一瞬この時間にパート練習でもやるのかな、と思って、早く来ても私が音を出すことはできないなと思ってしまいましたよ。
 その通しの時には、本番通り頭からずっと座っていて、4楽章から吹き始める、というのをシミュレーションしてみたのですが、途中で完全に落ちてしまって、どこを吹いているのか分からなくなってしまいました。これが必要だったんですね。本番にこんなことになったら大変なことでした。いや、ピッコロの場合は殆ど聴こえないので、そんなに影響はないのかもしれませんけどね。目立つところでは絶対に落ちたりはしませんから。
 「新世界」の方も、その日の最後に全曲通しました。これもあとで録音を聴いてみたら、反省点は数知れず。本番までに微調整です。
 その録音、全然録るつもりはなかったのですが、「録音をアップしてほしい」という希望があったので急遽いつも持っているM-10で録って、丸2日分を公式サイトにアップしました(これは、団員以外は聴けません。聴きたい方はコンサートにいらしてください)。聴いてみると、やっぱりいつも使っているD-100に比べると物足りないですね。
 そんなわけで、指揮者練習も終わり、あとは本番を迎えるだけとなりました。そして、本番が終わると、エルガーとマーラーを並行して練習するという怒涛の3か月が始まります。そのマーラーのパート譜も渡されました。ただ、その譜面は前にニューフィルで使ったのとは別のもので、ものすごく窮屈で見にくい楽譜でした。
 左が今回渡されたもの。IMSLPでもダウンロードできるKALMUS版ですね。右が新しい版、左の6段目までが1ページに広々と印刷されていて、とても見やすくなっています。ですから、私は右のパート譜を使うつもりです。
 そのコンサートのチラシがもう出来てきました。ぜひ聴きに来てほしいのですが、できれば「弾きに」来ていただけると、とてもありがたいです。やはりマーラーは大人数でないと。
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# by jurassic_oyaji | 2017-04-17 22:44 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/String Quintets
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今井信子(Va)
Auryn Quartet
TACET/S 223(hybrid SACD)


古典派の作曲家の弦楽四重奏や弦楽五重奏といった、まさに室内楽のエキスのような音楽は、もちろんほとんどのものは聴いたことがありますが、それらはごく自然にいつの間にか記憶の一部に残ってしまっていたものばかりです。正直それらと改めてしっかり対峙して聴きたいという気にはなれませんでした。かつてそのジャンルでは最高峰と言われているベートーヴェンの後期の弦楽四重奏を、スメタナ弦楽四重奏団の演奏で聴いたことがあるのですが、聴きとおすにはスタミナが不足していたのか、そのコンサートの間中ほとんど眠り続けていた、という苦い経験が、強烈なトラウマとなっているせいでしょう。
そんな、わざわざ買ってまで聴くことはなかったモーツァルトの弦楽五重奏曲を聴いてみたいと思ったのは、ひとえにこのレーベルのSACDの音を確かめたかったからです。あの「2L」と同じく、一人の人が録音から制作まですべて行っていて、サウンドに関しては確固たるポリシーを貫いているこのTACETレーベルは、最初にLPを聴いたときこそその盤質のあまりのひどさにがっかりさせられましたが、そのあとに聴いたBD-Aで本来の録音のクオリティをまざまざと知ることになりました。最近は普通のCDでのリリースの方が多くなっているようで、なんともったいないことを、と思っていたのですが(こちらなどは、CDでは全然物足りません)、以前CDで出ていたものがSACDでリイシューされたので、さっそく聴いてみました。
曲目は、モーツァルトの弦楽五重奏曲の全集から、ハ短調(K.406=K6.516b)とハ長調(K.515)の2曲のカップリングです。モーツァルトが作ったヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ1という編成の弦楽五重奏曲は、完成されたものが6曲残されています。K.174の変ロ長調の曲だけはザルツブルク時代の1773年のものですが、それ以外は1787年から1791年の間のウィーン時代に作られています。この2曲は、その2番目と3番目に作られたものです。
演奏しているのは、このレーベルの顔、アウリン弦楽四重奏団にヴィオラの今井信子が加わったメンバーです。アウリン弦楽四重奏団はマティアス・リンゲンフェルダーとイェンス・オッペンマン(ヴァイオリン)、スチュアート・イートン(ヴィオラ)、アンドレアス・アルント(チェロ)という、ドイツとイギリスの4人の奏者によって1981年に結成されました。リンゲンフェルダー、オッペンマン、アルントの3人は、いずれもECユース管弦楽団のメンバーで、1981年にクラウディオ・アバドが結成したヨーロッパ室内管弦楽団の創設時のメンバーとなります。イートンは、アバドに誘われてスカラ座のオーケストラの首席ヴィオラ奏者を務めていましたが、やはりヨーロッパ室内管弦楽団の創設メンバーとなります。1982年に2つの大きなコンクールで優勝して一躍その名を知られるようになり、それ以来今日までずっと同じメンバーで活躍しています。
かつてはCPOレーベルからシューベルトの全集などをリリースしていましたが、2000年からはこのTACETレーベルと契約、ベートーヴェンやハイドンの全集をはじめ、膨大なレパートリーの録音を行っています。
このSACDの音は、期待通りでした。5つの楽器の音が良く溶け合って、それでいて個々の楽器の表情まではっきり伝わってくるという素晴らしいものです。全体がとても柔らかな響きに包まれていて、うっとりするほどのサウンドに仕上がっています。こういう音だったら、決して眠くなることはなく、いつまでも聴いていたい、と思えてしまいます。
四重奏団の音色はもちろん統一されていますが、そこに加わった今井さんのヴィオラもどちらのパートを弾いているのか全く区別がつきませんでした。
特に、ハ短調の曲は、渋い表情に引き込まれてしまいます。ハ長調の方はそれに比べるとほんの少し散漫に思えますが、それは大したことではありません。久しぶりに室内楽の悦びを感じさせてもらったSACDでした。

SACD Artwork © TACET

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# by jurassic_oyaji | 2017-04-15 21:27 | 室内楽 | Comments(0)
ナクソス・ジャパンの不審な行動
 きのうの「おやぢの部屋」で取り上げたCDで、ジャケット(バックインレイ)や帯の間違いを指摘したら、どうやら代理店サイドでの動きがあったようです。「ようです」というのは、別の私のところに「間違えてごめんなさい」みたいなコメントが届いたわけではなく、明らかに「おやぢ」を見たので行ったと思える行動があったからです。
 まずは、一応きのうのおさらいを。これが、「間違った」帯原稿です。
 当然、これと同じものがインフォとしてネットにアップされているはずです。たとえばHMV。
 これは初めて見たのですが、間違っている箇所は同じですが、微妙に内容が違いますね。ブックレットにあった初演の情報なども入っています。普通はそのまま使いまわすのに。帯では字数制限があるので、少し短くしたのでしょうか。ただ、この文章と、下にあるデータを一緒に読むと、曲が出来る2年前に「初演」を行ったことになりますね。この時点で気が付かなかったのでしょうか。それと、楽譜の行方などはブックレットを参考にしたのでしょうが、こんなことは書いてありません。
 この、販売店向けのインフォは、当然代理店自身のインフォでも同じものを使います。そこで、代理店のサイトに行ってみると、NMLにリンクされていました。「社内」ですから、同じことなのでしょう。
 このように、赤線の部分だけ変わっていました。これは、「おやぢ」を書く前に確かめたわけではないので確証はありませんが、この日付の時点で「19歳」と書いていたはずはまずありませんから、おそらく今日の朝にでも書き直したのでしょう。HMVの方までは直すことはできませんからね。
 さらに、驚いたことに、ここではブックレットやバックインレイのPDFが見られるようになっているのですが、そこまで「正しく」なっていました。
 私が買ったCDでは、こうなっていました。
 これはどういうことなのでしょう。代理店には「正しい」インレイがあったのだとか。でも、それだったらHMVのインフォで作曲年代を間違えることはありませんよね。これは、間違いなく画像を加工したのでしょう。ご苦労様、としか言えません。というか、せっかく加工したのなら、モットルの没年の後の余計な「)」も消せばよかったのに。
 でも、ここまでやったからには、今後販売するこのCDでは、帯とインレイがこのような「正しい」ものに差し替えられているのでしょうか。いや、逆に、ここまでやって間違ったものを買わされたりしたら、それこそ「偽装」になってしまいますよね。ですから私は、もう一度このCDを買ってみるつもりです。この代理店は、自分で自分の首を絞めてしまいました。お気の毒に。
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# by jurassic_oyaji | 2017-04-14 22:35 | 禁断 | Comments(0)
WAGNER/Symphonies
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Jun Märkl/
MDR Leipzig Radio Symphony Orchestra
NAXOS/8.573413


リヒャルト・ワーグナーは、もちろんオペラの作曲家として広く知られています。しかし、それ以外のジャンルでも多くの作品を残しています。
そんな中には、「交響曲」だってあります。かなり若いころに作られたハ長調とホ長調の2曲です。ただ、完成したのはハ長調の交響曲だけで、ホ長調の方は第2楽章の途中までピアノ譜が作られただけで、オーケストレーションもされていません。
ハ長調の交響曲はワーグナーがまだ作曲の勉強をしていた1832年、彼が19歳の時に作られました。完成したのは6月ですが、その年の11月にはプラハで試演、さらに12月にライプツィヒで公開の演奏が行われます。その時の評判が良かったので、名門ゲヴァントハウス管弦楽団で演奏してもらおうと、ワーグナーはスコアとパート譜を当時の指揮者だったメンデルスゾーンに送ります。しかし、メンデルスゾーンはあまり乗り気ではなく、結局楽譜もどこかに行ってしまうんですよね。ワーグナーは、これはメンデルスゾーンが悪意でやったのでは、と、恨んだのだそうです。
ワーグナーは晩年にこの交響曲の楽譜を探し出そうとしましたが、パート譜だけがかろうじて見つかっただけでした。1878年に彼はそこからスコアを復元するのですが、その際に少し音を変えたりカットを施したりします。その改訂稿が、このCDでは演奏されています。これは、ワーグナーが亡くなる前年、1882年の妻コジマの誕生日にヴェネツィアのフェニーチェ座で、作曲家の指揮によって演奏された後は、出版もされず、演奏されることもありませんでした(出版されたのは1911年)。
ホ長調の交響曲は、1834年に作りはじめられますが、完成されることはなく、未完のピアノスコアはやはりコジマの許に渡され、作曲家の死後フェリックス・モットルの手によって第1楽章のオーケストレーションと、途中までしかなかった第2楽章の最後に何小節かの終結部を加えてオーケストレーションが施されました。というのが、このCDのブックレットの情報です。
実際にこの2曲を聴いてみると、最初に作られたハ長調の交響曲では、一応先人をお手本にしたことはうかがえますが、かなり大胆なチャレンジも見受けられます。例えば、ソナタ形式で作られた第1楽章などは、提示部に入る前の序奏がものすごく長くなっています。14分ほどかかるこの楽章のうちの3分半が序奏に費やされているのです。これはかなりの冒険ではないでしょうか。第4楽章でも、ポリフォニーを多用するなど、それまでの交響曲とはちょっと毛色が変わっています。
しかし、それに続いて作られるはずだったホ長調の交響曲は、もっとまっとうな形が見られます。それこそシューベルトあたりを髣髴とさせる穏健なたたずまいです。これは全くの想像ですが、ワーグナーは「交響曲」という形に縛られてこんなものを作り出したことに耐えられず、これ以上作り続けるのをやめてしまったのではないでしょうか。自身の進む道は交響曲ではなく劇音楽だと、その時はっきり気づいたのです。
ところが、このCDのバックインレイの情報では、こんなことになっていますよ。これだと、ブックレットとは逆で、最初にホ長調(断片)を手掛けてから、フルサイズのハ長調を作った、ということになってしまいますね。もちろんワーグナーの交響曲が作られた年代などはどこでも見つかるので、こちらの方が間違っていることはすぐに分かります。
しかし、代理店の「帯」を書いた人は何の疑いもなくこれを転載、その結果出来上がったのが「ワーグナー21歳の時に書き上げられた『ハ長調交響曲』」というハチャメチャなコメントです。こんな珍しい曲なのですから、とりあえず頼りにするのはジャケットの情報です。それが間違っていたのではシャレになりません。というか、本国のデータを鵜呑みにしている帯原稿をチェックする人は、まわりにはいなかったのでしょうか。最悪です。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.

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# by jurassic_oyaji | 2017-04-13 22:36 | オーケストラ | Comments(0)