おやぢの部屋2
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C. P. E. BACH/Quartette
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Linde Brunmaryr-Tutz(Fl)
Ilia Korol(Va)
Wolfgang Brunner(Fortepiano)
HÄNSSLER/CD HC16016


バッハのヴァイマール時代、1714年に最初の妻との間に次男として生まれたのがカール・フィリップ・エマニュエルでした。彼は作曲家、チェンバロ奏者として大成し、1740年から1768年まではベルリンでフリードリヒ大王の宮廷につかえ、それ以後はハンブルクで活躍、1788年に没します。そんなエマニュエルの、フルートとヴィオラとフォルテピアノのための作品を集めたアルバムです。
ベルリン時代の主君フリードリヒ大王は、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツにフルートを師事し、自身のフルート作品もあるフルーティストでしたから、1755年にエマニュエルは大王のために普通のフルートではなく「バス・フルート」のための曲を作りました。バス・フルートと言えば、現代でもそれほどなじみのある楽器ではありませんし、そもそもそんな時代にこの楽器があったのか、という疑問が最初に湧いてくるのではないでしょうか。写真でその姿を見れば、それはいかにも近代の工業技術が産んだもののように思えます。頭部管はきれいにU字型に曲がっていますから、18世紀の木管の楽器ではこんな形に出来るわけがありません。
ところが、あったんですね、そんな楽器が。この時代の楽器のコピーを作って販売しているこちらのサイトでは、1750年ごろに作られたバス・フルートのコピーが紹介されています。
サイトの写真をクリックするともっと詳細に部分的にアップされた写真も見ることが出来ます。普通のフラウト・トラヴェルソと同じ7つの音孔が開いていますが、人差し指と薬指で押さえるべき音孔は指が届かないのでキーを押さえて穴をふさぐようになっています。そして、やはり頭部管はU字型に曲がっています。その曲がっている部分だけが木製ではなく、金属(真鍮?)で作られていますが、このあたりは金管楽器の技術が使われているのでしょう。
ここで演奏されているのは、バス・フルート、ヴィオラと通奏低音のためのヘ長調のトリオ・ソナタです。ただ、ここでライナーノーツを書いているフォルテピアノ奏者のヴォルフガング・ブルンナーによれば、この曲には2つのヴァイオリンと通奏低音、そしてバス・フルートとファゴットと通奏低音という、他の楽器編成のバージョンもあるのだそうです。
これが、このアルバムで使われている楽器です。バス・フルートを演奏しているリンダ・ブルンマリル=トゥッツは、そんな珍しい楽器をいともやすやすと演奏していました。それは確かにフラウト・トラヴェルソの1オクターブ下の音ですが、その音色はきっちり保たれたまま、より幅広い深みのある音で迫ります。これは、モダン楽器のバス・フルートのちょっとハスキーな音とは明らかに異なる、とても魅力的な音です。曲自体はアンダンテ/アレグレット/アレグロという教会ソナタのような形式、特に、最初のゆったりとした楽章でのヴィオラとバス・フルートの対話と中低音の安らかな響きのハモリが素敵です。
アルバム・タイトルの「四重奏曲」は、作曲家の最晩年、1788年に作られたト長調、ニ長調、イ短調の3つの作品です。「四重奏曲」という割には楽器は3人だけ、つまり、フォルテピアノの右手と左手で「二重奏」分を賄っている形です。バロック時代にはこのような編成では左手のパートが始終チェロなどで補強されていたものですが、この曲の場合はそのような楽器は要求されておらず、あくまで3人だけでの合奏で、よりクリアなサウンドが目指されているようです。まさに、音楽の様式が変わりつつあった時代を象徴するかのような楽器編成なのではないでしょうか。
いずれも3楽章形式、真ん中の楽章はゆったりと歌い上げるというイタリア風の作品です。その、アダージョもしくはラルゴ(ニ長調では「Sehr langsam」というドイツ語表記)の楽章の深い味わいはとことん魅力的、これらの曲のどこをとってもエマニュエルでなければ作れなかったセンスであふれています。

CD Artwork © Profil Medien GmbH

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-17 20:33 | フルート | Comments(2)
かつどんが最高でした
 このところ、差し迫っての必要な仕事(「かいほうげん」の発行とか)はないので、もっぱら先の予定の下調べのようなことに精を出しています。とりあえずは来月行くことになっている渋谷駅周辺の情報収集です。目的地は駅前の「ヒカリエ」ですが、実はここが出来てすぐに行ったことはありました。確か、鎌倉で親戚の結婚式があった時に、前日に鎌倉駅前のホテルにチェックインしたらあとはヒマだったので、渋谷のタワーレコードにでも行こうかと思って、その前に食事に寄ったのでした。その時は、普通にハチ公前の改札から出て、そのまま地上を歩いてヒカリエの1階から入ったのですが、今回調べてみたら、どうやら駅から直通の歩道橋のようなものが出来ているみたいなんですね。渋谷駅から道路をまたいで、直接ヒカリエまで行けるという、仙台駅だったらヨドバシみたいになっているようなのです。それで、どこからその通路に続いているのか、色んな構内図を探して見たら、JRだと「中央改札口」からそのまま行けるようなんですね。その改札は、なんだかずいぶん高いところ、建物の3階あたりにあるようでした。
 昔、東京近辺に住んでいた時には、確かそんなところに改札なんかなかったような気がします。だいたい行ったのはNHKホールでしたから(N響の定期会員でした)普通にホームから階段を下に降りてハチ公前に出て、そのまま公園通りまで歩くというコースです。でも、最近は渋谷駅に行くとそんな単純なことではなく、上の方に行く階段やエスカレーターがあるようになっていましたから、そこを上るとその「中央改札口」に出るのでしょうね。そういえば、前に埼京線で渋谷で降りた時も、ホームからとてもとても長い通路を歩いた末にそんなところに出たような記憶があります。おそらく、埼京線が出来たころにこの改札口が出来たのではないでしょうか。ですから、今度は山手線のホームから上に上って、果たしてそこにたどり着けるか、試してみることにしましょう。
 そんな地図を見ていたら、そのJRの改札口の真向いに、地下鉄銀座線の改札(出口専用)があることが分かりました。銀座線というのは、地下鉄のくせに渋谷のあたりでは高架になっていて、そのままビルに突っ込んでいる、というイメージがあったのですが、こんなところに出口があったんですね。というか、何度かそこまで実際に乗ってきたことがあるはずですし、渋谷駅からも何階分か階段を上って銀座線の乗り場まで行っていたはずなのですが、そんな記憶もあいまいになっていました。もしかしたら、そんな記憶のかなたにあった改札口にまた出会えるかもしれませんね。まあ、お互いだいぶ変わっているはずですから、もう昔の面影はなくなっているのかもしれませんけどね。
 渋谷での目的地は、ヒカリエの中にあるシアターオーブです。そこで、ブロードウェイ・キャストの「ウェストサイド・ストーリー」が上演されるので、見に行くつもりです。これも、いろいろサイトを調べていくと、同じ演目がこの劇場のこけら落としでやってきた時のことを書いたブログがたくさん見つかりましたが、なんだかカットされていたところがあったようですね。確かに、上演時間も劇団四季だと3時間近くかかるものが、2時間半しかかかっていないみたいでした。まあ、私だったらどこがカットされているかはすぐ分かりますから、逆にそんなところを見つけるのも楽しみです。
 今回の上演に関しても特設サイトが出来ていて、さる有名指揮者がこんなインタビューを載せていましたね。実は、プロモーション用の番組(「番宣」ですね)が放送されていたので見ていたのですが、それがそのまんまここに転載されていたのでした。写真もその時のもの、なんだか別人のようにたるんだ顔になっているな、という印象を受けましたね。このインタビューの中で彼はこのミュージカルの音楽的なことを語っているのですが、その中で重要なモティーフとして「ド、ファ、ソ」という音型を述べています。ですから、普通の人が聴いたらそれは「C,F,G」だと思ってしまうでしょうね。でも、そんな単純な音型では、何の面白味もないのでは、とも思うのではないでしょうか。本当は、これは「C,F,G」ではなく、「C,Fis,G」なんですよね。まあ、彼の頭の中では「ファ」にシャープが付いていたのでしょうが、テレビを見る人でそんなことが分かる人なんかいませんって。それよりも、どうせ移調されているんですから「ファ、シ、ド」と言った方が正確に最初の増4度とそのあとの半音がきっちり伝わるはずなのに。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-16 22:44 | 禁断 | Comments(0)
JOHAN BOTHA
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小澤, Welser-Möst, Young, Runnicles,
Sinopoli, Bychkov, Thielemann/
Orchester der Wiener Staatsoper
ORFEO/C 906 171 B


1965年8月に南アフリカに生まれ、1998年にはオーストリアに帰化したオペラ歌手、ヨハン・ボータは、ウィーン国立歌劇場の宮廷歌手という称号も与えられ、数少ない「ヘルデン・テノール」として世界中のオペラハウスで活躍していました。しかし、51歳になったばかりという2016年9月に、ガンを患って亡くなってしまいます。同じ年の10月に来日公演を行うウィーン国立歌劇場に同行して、シュトラウスの「ナクソク島のアリアドネ」でバッカスを歌う予定でしたが、急遽ステファン・グールドが代役を務めることになりましたね。
そこで、ウィーン国立歌劇場のライブ録音を行っているオーストリア放送協会の音源を多数CDでリリースしてきたORFEOから、彼の追悼の意味が込められたアルバムがリリースされました。1996年2月にこのオペラハウスにデビューしたボータは、2015年の4月にここでの最後の公演を迎えるまで、全部で222回もの出演回数を誇っています。そこで歌った役も、全部で21種類にのぼっています。そんな膨大なアーカイヴの中から、1997年の「ローエングリン」に始まって、2014年の「ナクソス島のアリアドネ」に至るまでの8つのシーンが、ここには集められています。
曲順は年代とは関係なく収録されていますが、録音された年代を意識しながら聴いていくと、ボータの歌の変遷がよく分かります。というか、この人は年齢を重ねていく中で、こんなに変わっていってしまったのかと、驚かされます。最も若い時の「ローエングリン」とか、1999年に録音されたシュトラウスの「影のない女」のカイザーなどでは、本当に若くて伸びのある声を聴くことが出来ます。そこにはほのかな甘さがありますから、音だけ聴いているとどんなにスマートなイケメンが歌っているのだろう、と思ってしまうほどです(彼は、外見ではだいぶ損をしていました)。ただ、幾分線が細く、あまり力強さは感じられません。
それが、2004年のベートーヴェンの「フィデリオ」のフロレスタンやシュトラウスの「ダフネ」のアポロ、そしてパルジファルになると、その声に俄然張りが出てきます。表現力もさらに高まってきて、おそらくこのあたりがボータの最も輝いた時期なのではないか、と思えてしまいます。これは間違いなく当時の「世界一のヘルデン・テノール」でした。
余談ですが、この「フィデリオ」は、2002年から2010年まで音楽監督を務めていた小澤征爾の指揮で歌っています。ボータが小澤と共演したのは、この年の「フィデリオ」が5回と、翌2005年の「さまよえるオランダ人」のエリックの3回しかないのだそうです。「オランダ人」はあいにく録音が残っていないので、この「フィデリオ」の2004年の録音が唯一の記録となりました。ただ、この演奏はボータの声には圧倒されるものの、バックの小澤がなんとも緊張感の薄い音楽に終始しているのがとても気になります。ワーグナーなどは途中で拍手が入る隙はありませんが、ベートーヴェンはジンクシュピールですから、アリアの切れ目がちゃんとあります。そこで、ボータが歌い終わるやいなや、まだ後奏が演奏されているというのに盛大な拍手が起こります。お客さんは、小澤ではなくボータを聴きに来ていたのでしょうね。
ところが、2010年の「タンホイザー」や2012年の「マイスタージンガー」(ヴァルター)、そして2014年の「ナクソス」あたりになると、声がかなり重たくなってきます。明らかにペース配分を考えて力を抜いているところも見られますし、ちょっと歌うのが辛いのでは、と思えるようなところまで出てきます。それは、2008年に別のところで録音された「ローエングリン」を聴いた時にも感じていたこと、どうやら、このあたりで彼のピークは終わっていたのでしょう。
ルネ・コロのように、長生きをして醜態をさらすことなく、コロッと亡くなったのは、彼にとって幸せなことだったのかもしれません。

CD Artwork © ORFEO International Music GmbH

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-15 20:23 | オペラ | Comments(0)
まだ続編が作られそうな予感
 おととし公開された「ジュラシック・ワールド」は、映画館に行って見てました。それがやっとWOWOWで放送されたので、その時にどんな感想を持っていたのか、その時の「禁断」で確認しておこうと思いました。バックナンバーを繙いてみると、それが8月17日の書き込みであることが分かりました。封切られたのが8月5日だったのに、そのあたりはちょうど職場が一番忙しい時で、この頃になってやっと見に行けたんでしたね。そのころはまだ駅前には映画館が出来てなかったので、長町のMOVIXまで行ったのでした。その書き込みを読み返してみると、肝心の映画の感想はほとんどありませんでしたね。それよりは、その映画館で本編が上映される前に流されるCM映像についての苦情が書かれていました。いや、あれは本当にお金を出して見に来ている人に対してはとんでもない仕打ちだとマジで思っていましたからね。でも、最近、駅前の新しい映画館に行った時には、たしか予告編以外のものはやっていなかったような気がします。でも、MOVIXではまだ平然と流しているんでしょうね。
 正直、映画館で見終わった時には、数々の疑問点がありましたね。一番の疑問は、最後に「9番ゲート」を開けて出てくる恐竜はなんだったのか、というものでした。でも、それはそのバックナンバーを見ると解決されていたようなので、きっと見た後にネットを調べて、疑問が解けていたのでしょう。
 そんなことはすっかり忘れて、WOWOWで録画したのを見ていたら、やはりあの最後の恐竜はなんだったんだ、と思ってしまいました。というより、自宅で見ていたら途中で睡魔が襲ってきて、そのあたりの細かいところを見落としてしまったんですね。仕方がないので、もう1度、その寝込む前から見直してしまいましたよ。
 なんにしても、やはりあの映画は、辻褄が合わないところとか、登場人物たちの不可解な行動はいっさい気にしないで、ひたすらカタストロフィーを味わうことに徹した見方をしなければ全然面白くない、ということがしっかり確認できました。というか、それ以上のものは何も期待できないのが、最近のこういう大作映画なのではないか、という気さえしてしまいます。
 さっきのバックナンバーでは、「1作目へのオマージュ」なのではないか、ということが書かれていましたが、今回見直してみるとそれは間違いないことのように思えてきました。それどころか、実際に前作から連続しているような物がありましたからね。もちろん、それの最大のものが最後に登場するT-レックスなんでしょうね。実は、そんな単純なことが、最初に映画館で観た時には思いつかなくて、あれは共食いでいなくなってしまった新種の恐竜が、実は生きていたという設定なのかな、と思ってしまっていたことを、今思い出しました。
 CGで作られた生き物たちはとてもリアルでしたが、たまに「本物」のロボットが出てくるというのも、前作と同じこと、技術は進化しているように見えても、実際にやっていることは大して変わってはいないのですね。
 最近、職場の近くに、まるで映画のセットのような建物が出来ました。


 それこそ、中にT-レックスが住んでいそうな建物ですが、これはどうやらアパートのようなのですね。別のアングルで、入り口のドアが何個か付いていましたから。ところが、ご覧のとおり、外側に窓が一つも付いていません。たぶん、このアパートは墓地の真ん中に建っているので、住む人のことを考えて外が見えないようにしたのでしょうが、なんか不気味ですね。洗濯物や布団なんかはどうやって干すのでしょう。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-14 23:07 | 禁断 | Comments(0)
RAVEL/Daphnis & Chloé
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François-Xavier Roth/
Ensemble Aedes
Les Siècles
HARMONIA MUNDI/HMM 905280


ロトとレ・シエクルのアルバムのレーベルが、これまでのActes SudからHarmonia Mundiに変わりました。とは言っても、制作スタッフは以前と同じですし、今までもディストリビューションはHMが行っていたのですから、それほど重要なことではないのでしょう。前回の「レ・ディソナンス」と同様、音源はレーベルではなくアーティストがしっかり管理している、ということなのでしょうね。
ですから、彼らは今までとは何ら変わらない、非常に価値のあるコンサート、そしてそのライブ録音によるアルバムのリリースに邁進することになるのです。最初に耳にした「幻想交響曲」こそ、演奏も録音もいまいちでしたが、その後バレエ・リュスのレパートリーに着手したあたりから、彼らはどんどん進化を始めていますからね。ただ、ジャケットのデザインは確実につまらなくなりましたし、彼らの新しいロゴマーク(右)からも、以前(左)のスタイリッシュな味はなくなっています。
今回のラヴェルの「ダフニスとクロエ」も、ストラヴィンスキーの「春の祭典」が上演される1年前の1912年にバレエ・リュスの公演で初演されています。現在では3部から成る全曲から、部分的に連続して切り取った2種類の「組曲」が用意されていますが、なんと言っても第3部の冒頭を少しカットして最後まで演奏される「第2組曲」がオーケストラの重要なレパートリーとなっていて、頻繁に演奏されます。もうひとつ、やはり全曲からの第1部の最後と第2部の最初の部分を抜き出した「第1組曲」は、古い録音がいくつかあるようですが、現在ではまず演奏されることはありません。コンサートでは「全曲」か「第2組曲」という選択肢しかないようですね。
もちろん、ロトたちは全曲を演奏してくれています。例によって、楽器に対するこだわりはハンパではなく、弦楽器はガット弦、管楽器も極力20世紀初頭にフランスで作られたものが集められています。ちょっと興味深いのが、キーボード・グロッケンシュピールの表記です。ラヴェルの楽譜には「Jeu de Timblesジュ・ド・タンブル」と書いてありますが、このCDの楽器リストでは「Glockenspiel à clavier Mustel」つまり「ミュステル製の鍵盤グロッケンシュピール」となっています。私見ですが、「ジュ・ド・タンブル」といった場合には、普通はトイ・ピアノのような外観の平べったい楽器を指し示すような気がしますが、ミュステルの楽器はそうではなく、チェレスタと同じような縦型なので、そのあたりを正確に記したかったのではないでしょうか。
さらにロトは、楽譜そのものもきっちり検証し、多くの間違いを正しています。さらに、合唱の位置に対する細かい指示(「ステージの後ろで」、「ステージの上で」、「近づいて」といったもの)も、ステージの両翼を使って実現させているのだそうです。ただ、この録音では合唱が「ステージの後ろ」で歌っている部分でも、とてもくっきりと聴こえてきますから、おそらく実際の音響ではなく視覚的な効果によってその位置を表現していたのでしょう。第1部の最後で合唱がア・カペラで歌われる時には、ステージは真っ暗になっていたのだそうです。
おかげで、コンサートホールを埋め尽くした聴衆も、その録音をこのDCで聴いている人たちも、このアンサンブル・エデスという2005年に結成されたばかりの若々しい合唱団の卓越した演奏を存分に味わうことが出来ることでしょう(とてもええですよ)。この曲で、合唱がこれほど重要なパートだということに、初めて気づかされました。
オーケストラでは、管楽器は言うまでもありませんが、弦楽器のなんとも言えないソノリテはやはりこの曲からは初めて味わえるものでした。
フルート・ソロのマリオン・ラリンクールは、いつものルイ・ロットから甘い音を引き出しています。ただ、「パントマイム」の大ソロは、あくまで、アンサンブルの中のフルートという感じで、それほどの存在感はありません。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-13 23:00 | オーケストラ | Comments(0)