おやぢの部屋2
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スモークの店でした
 きのうは、朝の10時から夜の10時まで、ぶっ続けでオケ関係の行事が詰まっていました。まずは、旭ヶ丘で「杜の都合奏団」の練習です。他の団体の行事もこの日は多かったようで、かなり欠席者が目立ちます。前曲をやっている時などは、木管の2列目(クラリネットとファゴット)なんか誰もいませんでしたからね。もちろん、弦楽器もかなり少なめ。それでも、みっちりと、間にたった20分の昼食休憩をはさんでハードな練習は午後2時半まで続くのでした。
 そのあとは、3時半からニューフィルの団員総会です。会場は街中なので、車は駐車場に置いて(最大800円)地下鉄で向かいます。そのあとは新年会も控えていますからね。
 総会が終わって少し時間があったのですが、そんな時いつも一緒にお茶を飲んだりして時間をつぶす相手が出席していなかったので、一人で本屋さんなどに入った後、新年会の会場に向かいます。
 ビルが立ち並ぶ商店街の裏側に、終戦直後にでも建てられたような、いずれは再開発でなくなってしまいそうな建物がひしめき合っていますが、そんな中の2階建てのお店です。ここに10分前に着いたら、もう夕方だというのにライトアップもされておらず、「CLOSE」なんて看板が出ていますから、本当にここでよかったのか不安になってしまいます。そのドアも、いくら引っ張っても鍵がかかっているみたいで開きませんし。仕方がないので、しばらく前でブラブラしていると、同じメンバーがやってきたので一緒に入ろうとしても、やはり開きません。でも、中にはちゃんと人がいましたね。と、その扉を横にスライドさせたら、簡単に開きましたよ。これは「引き戸」だったんですね。引っ張っていたのでは、永久に開くことはできませんでした。
 ここを入って狭い階段を上がった2階が予約席、テーブルは3つぐらいありますが、その中の1つだけに6人、もうすでにメンバーが座っていましたよ。ちゃんと入れたんですね。でも、私は最後の一人だったようで、結局今年の新年会はテーブル一つだけ、たった7人の出席者というコンパクトなものになっていました。
 そんなメンバーですから、いきおい、話は団内の「秘め事」に集中します。得難い情報がたくさん聴けましたね。
 料理は、なかなかのものでした。コースできちんと人数分持ってきてくれます。

スペイン風オムレツ。

自家製ベーコンと燻製卵のシーザーサラダ

丸ごと玉ねぎロースト。ピクルスが乗ってます。

自家製スモーク盛り合わせ。砂肝、レバー、スズキでしたかね。

石巻産ムール貝の白ワイン蒸し 。

彩菜鶏のスモークチキンBBQグリル。

最後は魚介と鶏肉のミックスパエリアです。
 最初は貸し切り状態だったのですが、しばらくすると別のお客さんの一団も入ってきました。その人たちはタバコを喫っているんですよね。せっかくおいしい料理を出しているのに、ここは「喫煙可」なのでした。残念。
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# by jurassic_oyaji | 2018-01-14 20:07 | 禁断 | Comments(0)
BERNSTEIN, SCHOENBERG, STRAVINSKY, ZEMLINSKY/Sympnonic Psalms & Prayers
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David Allsopp(CT)
Nigel Short/
Tenebrae
BBC Symphony Orchestra
SIGNUM/SIGCD492


「詩篇」というのは、旧約聖書のコンテンツで、神をたたえた150の詩が集められたものです。元々はそれ自体が実際に歌われていたのでしょうが、現在ではそのオリジナルを知る手立てはありません。しかし、それぞれの時代の作曲家たちは、これらの詩をテキストにして様々な音楽を作ってきました。それは、歴史の中で大きくスタイルを変えてきた西洋音楽に、まるで地下水脈のように普遍的なテキストを提供し続けていたのです。
このアルバムを聴けば、いずれも20世紀に活躍した4人の大作曲家の作品を通して、「詩篇」がどのような音楽として結実したかを繙くことができるはずです
タイトルには「交響的な詩篇」と、「祈りの歌」という2つの言葉が入っています。この中で最も早い時期、1907年に作られたアルノルト・シェーンベルクの「地には平和を」という曲だけは、その「祈りの歌」の範疇に入るものです。つまり、この曲は「詩篇」ではなく、スイスの詩人コンラート・フェルディナント・マイヤーが1886年に作ったドイツ語の詩をテキストにしています。さらに、この曲だけは合唱だけのア・カペラで歌われているので、「交響的」というカテゴリーからも外れています。実際は初演の時の合唱団(某ウィーン楽友協会合唱団)のスキルが低かったため、「音取り」が出来なくて演奏できなかったということがあり、補助として1911年にオーケストラの伴奏も作られていました。しかし、確かに、無調的なテイストは多分に含まれてはいるものの、基本的にバッハからブラームスまでの西洋音楽の流れに沿った作品ですから、今ではアマチュアの合唱団でもオリジナルのア・カペラで楽々歌えるぐらいまでに、合唱界のレベルは上がっています。
同じころ、シェーンベルクとは親しい関係にあり、妹がシェーンベルクの最初の妻でもあったアレクサンダー・ツェムリンスキーは、音楽的にはグスタフ・マーラー(彼が恋焦がれていた女性を妻にしました)に近いものがありました。この、1910年に作られたドイツ語訳の歌詞による「詩篇23」は、奇しくもマーラーの「交響曲第8番」と同じ年に初演され、両者には明らかな類似点を見出すことが出来るはずです。色彩的なオーケストラが、スペクタクルに迫ります。
イーゴリ・ストラヴィンスキーが、「詩篇交響曲」を作った1930年には、生涯に何度も作風を変えていた彼はもはや「春の祭典」のようながむしゃらな曲を作ることはありませんでした。そもそも「交響曲」というタイトルも、額面通りに受け止めることはできない、アイロニカルなものだったのです。オーケストラの編成からはヴァイオリンとヴィオラが取り除かれ、ピアノ2台が加わっていました。詩篇の歌詞はラテン語です。
そして、この中では唯一20世紀後半の1965年に作られたのが、レナード・バーンスタインの「チチェスター詩篇」です。これは、ユダヤ人であるバーンスタインのこだわりで、そもそもの形であるヘブライ語のテキストによって作られています。ミュージカル作家としてのキャリアがまだ影を落としていて(というか、生涯その作風は変わらなかったような・・・)リズミカルな明るさと、メロディアスな抒情性(彼の代表作「Tonight」そっくりのメロディですが)にあふれています。
そのような、なんとも多彩なラインナップで、確かに「詩篇」がいかに多様性をもって扱われているのかはとてもよく分かるアルバムです。ところが、肝心の合唱がいまいち期待外れなんですね。今まで聴いてきたこの合唱団のすばらしさが、ここでは全く感じられないのですよ。特に悲惨なのがソプラノ・パート。余裕のない声は、聴いていて辛くなってしまいます。
それと、合唱だけの「地には平和を」では、およそプロのエンジニアとは思えないようなお粗末な歪みが2か所(5:19と9:44)もありました。商品としては、リコールものの欠陥ですよ。サイズが違ったブラみたいに(それは「ワコール」)。

CD Artwork © Signum Records

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# by jurassic_oyaji | 2018-01-13 22:34 | Comments(0)
写真の加工が大変でした
 前回行った「ビッグボーイ」には、サラダバーの使い方についての注意書きがありました。それは、お代わりをするときには、容器を新しくしろ、というものです。以前はそんなことは別に言われていなかったような気がしますね。ですから、お皿が空いたら、そこにまた別のサラダを取ってくる、ということを繰り返していました。でも、そんなことをするなと言われれば、仕方がありません。その結果、食べ終わった時にはこんなにお皿がたまってしまいましたよ。まるで回転ずしみたいですね。
 ここに行ったのが8日の月曜日、成人の日の休日でした。その前の日にお願いしてあった原稿が届いたので、その連休にはまずそれを編集していましたね。ざっと見たらそのヴォリュームはほぼ10ページ、そのまま作ったら「かいほうげん」の半分以上を占めてしまうので、そうなると他の記事が入りませんから、それは避けなければ。というわけで、2日がかりで7ページにまで絞り込みました。もちろん、いただいたテキストは全てノーカットで使いましたよ。それを、フォントを変えたりレイアウトを工夫したりして、そこまでのダイエットに成功させました。
 そして、週明けから残りのページを作って完パケを完成させ、水曜日には印刷が出来ればいいな、というのが、皮算用でした。でも、やっているうちに手を加えたいところがたくさん出てきて、結局印刷は配布当日の木曜日にずれ込んでしまいました。でも、今までの経験で、印刷と製本は2時間かからないで終わることは保障されていましたから、お昼前には終わらせようとさっそく印刷を始めました。
 いつもの手順で、両面印刷が終わったものから順に二つ折りにして、それを4枚重ねてホチキスで綴じるという作業が始まります。その行程の繰り返しだと、全く無駄な時間がないんですね。印刷される速度と、折って綴じる速度とが見事にシンクロしているので、それをたった100回繰り返すだけですべての作業が終わってしまいます。もうやっている時は殆どトランス状態、何も考えなくても体が自然に動いて一連の作業を行うという、まるでロボットになったような気分を味わうことが出来ます。
 ところが、それが何サイクルか繰り返された時にふと見ると、印刷されたもののまわりの余白に、何やら薄くスジのようなものが入ってるではありませんか。あわててジョブを削除してプリンターを止め、チェックしてみると、かなり前からそんな現象が起こっていたことに気づきました。最初はなにもなかったものが、5セット目ぐらいから目につくようになっていましたよ。
 これは、以前にも経験したことがありました。両面印刷をやっていると、ドラムに転写されたトナーが完全に落ち切らずに、裏面にそのまま転写されてしまうんですよ。ここは、サービスを呼んで修理してもらうしか方法はありません。どんなに遅くてもその日の営業時間のうちには必ず来てくれますから、最悪でも練習の途中には出来上がるはずです。さいわい、私は前半は降り番でしたからね。
 結局、サービスは午後一番で来てくれました。20分ぐらいで調整と清掃は終わり、さっきまでのスジは全く消えましたから、あとは安心です。余裕を持ってすべての印刷が終わりました。
 実は、新入団員の写真が1枚撮れていませんでした。ですから、最初はその人が練習に来た時に写真を撮ってから発行しようと思っていました。ただ、そうなると間に団員総会が入ってさらにコンテンツが増えることになってしまうので、結局こんなスケジュールに落ち着いていました。写真も、この間の「第9」の時に撮ったのをチェックしてみたら、おあつらえ向きにはっきり顔が分かるアングルのものがあったので、それが使えました。なにより、その人はその日の練習には出席していなかったので、発行を先送りにしていたら、後悔していたでしょうしね。
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# by jurassic_oyaji | 2018-01-12 21:31 | 禁断 | Comments(0)
GENZMER/Wie ein Traum am Rande der Unendlichkeit
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Emmanuel Pahud(Fl)
Margarita Höhenrieder(Pf)
SOLO MUSICA/SM 159


こちらの、「トラウトニウム」という電子楽器のための作品を作った人として注目していた作曲家、ハラルド・ゲンツマーには、フルートのための作品もあることが分かって、急遽取り寄せたのがこのアルバムです。演奏者はエマニュエル・パユ。メジャー・レーベルへのおびただしい録音がある彼が、こんなマイナーな作品をマイナーなレーベルに録音していたのには、なにかホッとする気持ちです。彼のEMI(今ではWARNER)への録音には、ほとんど心を動かされることはありませんでしたからね。
ゲンツマーという人は、1909年に生まれていますが、つい最近2007年までご存命だったのですね。ヒンデミットに師事したという経歴は、先ほどのトラウトニウムのアルバムでも紹介されていましたが、彼は師と同じく多くの作品を残していて、それは交響曲から室内楽曲までの広範なジャンルをカバーするものでした。彼自身はピアノとクラリネットを演奏していましたが、作品の上で好んで用いたのはフルート、ピアノ、ハープ、そしてチェロだったのだそうです。
フルートとピアノのための「ソナタ」は3曲、フルート・ソロのための「ソナタ」もやはり3曲作られています。このアルバムの前半に収録されている、その3番目のフルート・ソナタと、やはり3番目のソロ・フルート・ソナタは、ともに彼の晩年2003年に作られました。
そして、翌年2004年に作られたのが、アルバム・タイトルとなっている「無限の縁での夢のような」というサブタイトルの、フルートとピアノのために「別れの幻想曲」です。この曲は、ここでパユとともに演奏しているピアニスト、マルガリータ・ヘーエンリーダーのために作られたものです。彼女はゲンツマーとは30年来の友人なのだそうです(へー)。
初演は彼女とパユによって2009年にローマで行われています。もちろん、このアルバムのために2011年にバイエルン州のポリング修道院で行った録音が世界初録音となります。
ヒンデミットにも、ピアノとフルートのためのソナタと、フルート・ソロのための「8つの小品」という作品がありましたが、ここで初めて聴いたゲンツマーの同じ編成の2つの作品は、そのヒンデミットの、フルーティストにとっては馴染みのある曲と非常によく似たテイストを持っていました。一見古典的なようで、その実かなり屈折した和声とハーモニーで、聴くものにある種の緊張感を与えるかと思えば、緩徐楽章ではとことんロマンティックに迫る、といった感じでしょうか。おそらく、20世紀の前半だったらもてはやされたはずのものですが、21世紀にこのスタイルは、ちょっと辛いような気はします。
それに続いて、ヘーエンリーダーのソロでピアノのための「6つの小品」が演奏されています。これは、まるでバルトークの「ミクロコスモス」を思わせるような、かわいらしい曲が集められた曲集でした。時折民族的なメロディも見え隠れして、とても楽しめます。それぞれはほんの1分足らずの曲なのですが、最後の「死の音楽」というタイトルの曲だけは4分ほどの「長い」もので、これはその名の通りとても重たい楽想にあふれています。
そして、アルバムの最後に置かれているのが、メインの「別れの幻想曲」です。作られたのは先ほどの「ソナタ」たちとたった1年しか違わないのに、その作風は劇的に変わっていました。タイトルからしてなにやら哲学的なものがありますが、もっとストレートに受け止められる確かなメッセージが感じられます。
曲は5つの部分から出来ていますが、4番目の「終わりのない安らぎとともに-夢のかけら」というタイトルが付けられている部分は、フルートの瞑想的な歌と、それと対話するピアノとが、深い「安らぎ」を与えてくれます。
ここでのパユは、他の曲でこれをやられると鼻に付いてしまう彼の得意技である超ピアニシモで、切ないほどの情感を伝えています。

CD Artwork © Solo Musica

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# by jurassic_oyaji | 2018-01-11 23:05 | フルート | Comments(0)
「チキングリル」は「チキンステーキ」になってました
 かつて、自宅のすぐ近くに「ビッグボーイ」というファミレスがありました。北環状線と、北四番丁大衡線との交差点です。今では、そのあたりの再開発のためにそのお店も、まわりにあった本屋さんもすっかりなくなって広い更地になっていますね。そうなってからもう何年も経つのに、新しい建物が建つ気配は全くありません。いったい何があったのでしょう。
 その「ビッグボーイ」は、かつては「ミルキーウェイ」という名前のお店でした。お店に入ると、店員さんが「ようこそ、ミルキーへ!」と言って迎えてくれましたね。さすがに恥ずかしかったのか、しばらくするとやめてしまいましたけど。
 そのお店が、いつの間にか「ビッグボーイ」という名前に変わっていました。ただ、変わったのは名前だけで、メニューなどには殆ど変化がなかったのではないでしょうか。目玉はサラダ・バー。料理を注文すると、必ずついてきて、サラダが食べ放題でしたし、スープ・バーもありましたね。そのうち、「カレー・バー」というのも始まりましたね。おなかがいっぱいになりたいときには、これほどありがたいお店もありませんでした。
 おそらくその時点で、仙台市内では「ミルキーウェイ」は全て「ビッグボーイ」に名前が変わってしまったのではないでしょうか。でも、その、よく行く近くのお店がなくなってからは、とんとその名前のお店自体にも足を運ぶことはなくなっていました。
 それからしばらくすると、今度は、「『ビッグボーイ』は、すべて『ミルキーウェイ』と名前を変える」というような情報が出回るようになりました。たしかに、たまにそんなお店の前を通るとしっかり看板を変えているところが続々出てきていましたね。でも、中には、いつまでたっても「ビッグボーイ」のままでいるお店もあることにも、気づきました。例えば、愛宕橋のそばにあるお店などはそうでしたね。でも、それは、単に経費のやりくりの都合で変えないだけなのだと思っていました。そして、おそらく名前を変えても変えなくても、やっぱりメニューはずっと同じだろうとも思っていましたね。
 ですから、久しぶりにサラダ・バーを食べたくなって、かつての「ビッグボーイ」だった「ミルキーウェイ」のお店に行ってみました。ところが、そこは以前の「ビッグボーイ」とは全然違っていたのです。まず、オーダーは全てタブレットで行うようになっていました。まあ、これは回転ずしでもやっていますから、こういうお店の一つの流れなのでしょうね。でも、お店の中を見ると、めざすサラダ・バーはどこにも見当たりません。当然のことですが、メニューも全く別のものに変わっていました。メインはハンバーグ、私がよく食べていたチキングリルは、もうここにはありませんでした。
 見た目がちょっとおいしそうだったので、ハンバーグとコロコロステーキのセットを頼んでみたのですが、そのステーキはひどいものでした。固くて噛み切れないのですよ。ハンバーグも期待していた味には程遠いものでした。
 さらに、料理の鉄板と、ご飯が一緒のプレートになっているのですが、ご飯とサラダが載っているのはプラスティックのトレイ、まるで学校給食のような味気なさです。ご飯なんか、すぐに冷めてしまってましたね。ですから、今までの慣例とは違って、今回は名前を変えるとともにその内容を大きく変えたお店に「生まれ変わって」いたのですよ。もちろん、それは全くダメな方へ向かった変化でした。肝心の料理がおいしく無くなったのですから、全く意味のない変化です。
 あんまりがっかりしたので、別の日にさっきの、まだ名前を変えていない愛宕橋の「ビッグボーイ」に行ってみました。そこは、メニューは多少は変わっていましたが、サラダ・バーやカレー・バーは健在でした。もちろん、ボタンを押せばちゃんと店員さんが来て注文を取ってくれます。まあ、サラダ・バーの中身は確実にしょぼくなっていましたが、カレーにはしっかりお肉も入ってましたから、満足できましたよ。
 どちらのお店も同じ会社が経営しているはずなのに、この違いは何なんでしょうね。
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# by jurassic_oyaji | 2018-01-10 21:22 | 禁断 | Comments(0)