おやぢの部屋2
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ブルートゥースも初体験
 前の機械がダメになったので、新しく買い替えたブルーレイ・レコーダーには、アナログ音声出力のRCA端子が付いていないという驚愕の事実に対応すべく、なんとか前と同じようにオーディオ・アンプを通して年季の入ったスピーカー(NS-1000)から音声を出そうという悪あがきは、結局1週間以上経ってやっと最終的な形を見せることになりました。
 その、テレビのスピーカーだけで番組を見るという、おそらく何十年ぶりに強いられた体験は、想像以上につらいものでした。一応我が家には2台テレビがあって、リビングにあるテレビは普通に内蔵のスピーカーで聴いているのですが、それは別に苦にはなりません。まあ、普通はご飯を食べたり、こんなブログを書きながら見たり聴いたりしているので、そんなに音は気にはならないんでしょうね。番組もクイズ番組みたいなバラエティばかりですからね。
 ただ、私の部屋で見る時には、テレビに対する私のスタンスはガラリと変わります。そこでは、「テレビを見る」ではなく、「テレビを通して作品を味わう」という体験になるのです。まあ、コンサートやオペラの映像を見る、というのがメインになるからでしょうね。ですから、リアルタイムで「番組」を見るということはまずなくて、録画された「ソース」を見る、というのがメインです。さらに、普通のテレビドラマも、「作品」として味わうにはCMほど邪魔くさいものはありませんから、必ず録画した後にCMを飛ばしながら見ています。
 今回、ちゃんとしたスピーカーが使えなくなったので、とりあえずは音楽ものはすぐには見ないで、ドラマだけ見るようにしてみようと思いました。ドラマだったら、そんなに音を気にしなくても十分見られるはずですからね。ところが、実際に見始めてみると、やはり全然物足りないんですね。今まで聴いていた音にすっかりなじんでいましたから、ドラマでさえも、例えば人の声がぜんぜんウソっぽく聴こえてしまうんですよ。そうなると、バックの音楽なんて、もうしょぼくて聴いていられなくなります。ストリングスが入った音楽なんて、まるで弦楽器の音に聴こえないんですからね。やはり、こんなのを聴き続けるのは耐えられません。少しでも早く以前の環境を取り戻さないことには。
 それで、まずは最小の出費で済ませられるようにと、レコーダーからのHDMI出力を2つに分けて、1つはテレビ、もう一つは、さらにHDMIからRCAに変換できるコンバーターがあるというので、それを通してオーディオ・アンプにつなごうと思いました。ただ、ネットで調べると「確実な動作は責任を持てません」とか「電源が必要」みたいなことも書いてあるので、果たしてそんなものでちゃんと聴けるようになるかは分かりません。それでも、一応機材を揃えてセッティングをしてみたら、電源は確かに供給されているのに、見事に画面も音も出てきませんでしたよ。どうやら、HDMIというのは思った以上に設定が厄介なもののようでした。
 仕方がないので、「プランB」です。HDMIしかないのなら、それに対応したAVアンプを用意してやろうじゃないか、というプランです。アマゾンで中程度の機種が半額で売られていたので、それを買ってきました。そして昨日、ラックにあったDVDレコーダーとVHSレコーダーを「排除」して、そこに新しいアンプを押し込み、ラックの裏側に回って同軸ケーブルやらスピーカーケーブルなどを配線、これで大丈夫だろうと、テストでWOWOWをかけてみました。確かに、画面も音も出てきたので、これで一安心、と思ったら、なんだか音が変です。その時間は映画をやっていたのですが、確かに音はスピーカーから聴こえてくるのに、人がしゃべる言葉が全然聞こえません。アメリカの映画なので、日本語の字幕が出ているのにですよ。やっぱり、もう今のAVの世界では、こんなスピーカーはそもそも役に立たなくなっているんじゃないか、と思ってしまいましたね。
 でも、取説を読んでみたら、どうやらこのアンプはデフォルトで5.1サラウンドの設定になっていたようですね。ですから、それを「2.1 サブウーハー無し」に変えたら、見事にセリフがちゃんと聞こえるようになりました。まずは大成功です。今までサラウンドには手を染めたことがなかったので、センタースピーカーの役目がいまいち分からなかったのですが、どうやら映画の場合は、セリフが全部センターに入っていて、フロントのLとRだけだと、聴こえなくなってしまうのですね。
 ただ、その設定を見ていると、「4.1 サブウーハー無し」という設定もありました。これは、昔懐かしい「4チャンネル」ではありませんか。音楽を聴く分にはそれで十分なので、その辺に転がっていたブックシェルフをリアの端子につないでみたら、1つのスピーカーからは全然音が出てきませんでした。これは、スピーカーが壊れていることがわかったので、当分はサラウンドを体験することはできません。そんなところまで突っ込んでどうするの、と言われそうですし。
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# by jurassic_oyaji | 2017-11-10 22:07 | 禁断 | Comments(0)
Christmas Deluxe/
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Pentatonix
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これまで毎年素敵なクリスマス・アルバムを贈ってくれていたペンタトニックスは、今年のアルバムについても、もう数か月前からリリースの情報を伝えていました。ただ、具体的なタイトルやジャケット写真などはなかったので、ちょっと不思議な気がしました。それでも、大好きなアーティストですから、注文はしておきました。
そして、予定通り手元にはそのニューアルバムが届きました。そのタイトルは「PENTATONIX/Christmas Deluxe」、これは、去年のアルバムの後に「Deluxe」を付けただけのものではありませんか。写真も、おそらく去年撮影されたものなのでしょう、というか、今年の写真の方が先に撮られたもので、去年のジャケットではこの椅子の上のプレゼントを、メンバーが開けてよろこんでいる、という構図になっています。そして、曲目も、全く同じです。ただ、いちおう「Deluxe」というだけあって、去年の11曲に加えてもう5曲、新たに録音された曲と、別バージョンのテイクが収められています。つまり、これは決して「ニューアルバム」ではなく、単なる「ボーナス付きのリイシュー」だったのですよ。ペンタトニックスともあろうものが、なんとも小賢しいことをやってくれたものです。
と思って、ブックレットの写真を見ると、なんと、そこにはメンバーが4人しか写っていません。ベースのアヴィ・キャプランがいなくなっているのですね。もしや、と思って調べてみると、アヴィは今年の5月ごろにこのグループからの脱退を表明していたことが分かりました。そんなことがあったなんて、知りませんでしたよ。これではファン失格ですね。
元々、このグループはミッチ、スコット、カースティンの3人でスタート、そこにアヴィと、ヴォイパのケヴィンが加わったという経緯がありますから、アヴィはグループに対するプライオリティがすこし違っていたのでしょうかね。公式には「あまりに多忙すぎて、家族との時間が取れない」ということなのだそうですが、それはあくまで表向きのコメントのように感じられます。
まあ、そんなことがあったのでは、フルのクリスマス・アルバムを作ろうとしても苦しみますね。そんなモチベーションなんか湧かないのでは。ですから、ここでの、アヴィがいなくなってから録音されたトラックは、そのあたりを象徴するような微妙な仕上がりになっています。
まず、その5曲のボーナス・トラックのうちの2曲では、メンバーは4人だけで歌っています。映画「ドリームガールズ」で一躍注目を集めたジェニファー・ハドソンをフィーチャーした「How Great Thou Art」というゴスペル・ナンバーでは、ベースのパートはおそらくスコットが歌っているのでしょう、ごく平凡なベースラインしか聴こえません。もっとも、これはあくまでジェニファーの圧倒的なソロを聴くべきトラックでしょう。「Away In A Manger」という伝承曲でも、あっさりとしたアレンジで、ハーモニーはベースを欠いています。
そして、別の2曲、いずれもクリスマスの定番曲では、ベースにサポート・メンバーが入っています。「Deck The Halls」にはマット・サリーという人、そして「Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow! 」ではレノ・セルムサーという人です。いずれも、いかにもサポートに徹した正しいピッチとリズムの持ち主ですが、決して前に出てくることはないスタンスをとっているのが感じられます。残りの1曲は、昨年のアルバムの中のレナード・コーエンの「Hallelujah」のトラックに、トリッキーなストリングスを加えたバージョンです。
確かに、これらのボーナスだけでもこのアルバムを聴く価値はありますが、やはり、5人目の正式なメンバーが決まって、それぞれの個性が新たな次元でぶつかりあって作られる彼らの本来のサウンドを、早く聴いてみたいものです。でも、カースティンはすでにソロ・デビュー、ミッチとスコットも「スーパーフルーツ」名義で活動を行っていますから、どうなってしまうのでしょうね。

CD Artwork © RCA Records

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# by jurassic_oyaji | 2017-11-09 20:22 | Comments(0)
冷え切った体育館では、ピッコロにすぐ水が溜まりました
 風邪が流行っているようですね。きのうも、ニューフィルのフルートパートでは今回の「第9」の1番担当が風邪をひいてお休みだという連絡が朝のうちにあったので、私はとっても緊張してその日を過ごし、いつもより早く練習会場に着いてしまうぐらいでした。私が2番目でしたね。別に早く行ったとしても、逆に椅子並べなどの雑用が入ってくるので、それだけ練習ができるというわけではないのですが、やはり余裕を持って練習に臨みたいじゃないですか。つまり、私はその日は「第9」の全楽章の1番フルートのパートと、ピッコロのパートを全部吹かなければいけないのですからね。
 なんたって、「第9」は大変な曲です、私はもう20回は本番で吹いていますし、その大部分は1番のパートですから、今さら、というかもしれませんが、やればやるほどその大変さが身に染みてくるようになるんですね。ですから、この曲の1番を吹く時にはまず気合いをちゃんと入れておかないととても乗り切ることはできません。なんせ今回は1番のアシとピッコロですから、もう最初から楽勝モードに入っていましたから、それをいまさら本気モードの切り替えるなんて、なかなかできませんよ。せめて、早めに来て1番の席になじむ、ぐらいのことしかできませんね。
 でも、吹き始めるともう体が覚えているのか、それほど苦労せずに演奏できるようになっていることに気づきました。今まで何回やっても引っかかっていたところが、いともすんなりと出来てしまうんですね。やはり、このところエルガーやらマーラーといったややこしい楽譜と格闘してきて鍛えられた成果なのでしょうか。3楽章なんか、前は最後にはコントロールできないほど消耗してしまうものが、けっこう楽に終われましたからね。
 あとは、自分で言うのもなんですが、ピッコロがこのところ格段の進化を遂げていることが実感できるのも、楽に吹けた要因でしょうね。本当に、試奏で吹いてみた第一印象があまりに素晴らしかったので衝動買いしてしまったパウエルのシグネチャー、それもウェーブタイプの頭部管のモデルは、今まで味わってきた苦労は何だったのかと思わせられるほどの馴染みを見せています。前の楽器だと、たまにポイントが定まらなくて、いろいろ考えないとうまく行かないことが多々あったのですが、この楽器はそんなことは全くありません。ちょっと具合が悪いな、という時でも、なんか楽器の方で正しいポイントに導いてくれるようなところがあって、それに従っているとどんどん楽に吹けるようになっていくのですね。これは、フルートのシグネチャーの時にも感じたことでした。
 ですから、ピッコロにとっては最大の難所、4楽章の最後のプレストなども、面白いように音が出て、吹いていて楽しくなってくるほどです。ただ、これに関しては、一つだけ、この楽器でも出しにくい音がありました。それは高音のFisなのですが、これだけはちょっと苦手、というか、うっかりしていると外してしまうことが多かったりしていました。そこで、この音を出すときには右手の薬指を押さえるのが正しい運指なのですが、それを中指に変えてみました。昔、なにかで読んだことがあったんですよね。そうしたら、今まで苦労していたFisが、とても簡単に出るようになりました。ピッチも別に問題はありません。そうすると、エンディング近くの「A-Fis」と下がる音型を16回繰り返すときでも、今までは殆ど出なかった下のFisが、とても明瞭に出るようになっていました。たった1つの音が出るか出ないかで、全く吹く時のイメージが変わってしまいましたよ。ただ、これは私の楽器だけの特性なのかもしれないので、マネはしないでくださいね。
 当然、そのピッコロは1番の席で吹いたのですが、終わってから打楽器の人に「ピッコロ、真ん中だったんですね」ととても珍しいものを見たように言われました。確かにこれはなかなか珍しい光景でしょうが、私がニューフィルに入って2回目の定期演奏会が「第9」だったもので、やはりピッコロ担当だった私は、よくこの位置で休んだ本吹きの代わりに1番とピッコロを吹いていたものでした。なんせ、その本吹きはGPの時にも休んでいたのですからね。その時も、合唱団の知り合いに「ピッコロ、そこで吹くんですか?」と言われたことを、思い出しました。
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# by jurassic_oyaji | 2017-11-08 22:09 | 禁断 | Comments(0)
蓮見律子の推理交響楽/比翼のバルカローレ
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杉井光著
講談社刊(講談社タイガ/ス-A-01)
ISBN978-4-06-294083-2


リアル書店で文庫本の棚を見ていた時に、なにか「呼ばれて」いるような気がしたので読んでみることにしました。「交響楽」という、今のクラシック界では絶えて使われることのない古めかしい言葉がタイトルになっていたせいでしょうか。
著者の名前も全く聞いたことのないものですが、そんなことは気にせずに読み始めると、その内容は音楽的にはけっこうヘビーであることに気づきます。「推理~」というタイトル通り、これは推理小説の範疇に入るべきものなのでしょうが、そんな「推理小説」らしい「事件」が起こるのは、半分近くまで読み進んだ時でした。
つまり、それまでに行われていたことといえば、登場人物たちの単なる「日常」でした。とは言っても、著者はその登場人物たちにとんでもない「非日常的」な設定を与えていますから、まずはそのぶっ飛んだ生態を味わうだけで、けっこうな刺激が与えられたりします。そして、その最もぶっ飛んだ人物が「音楽家」であるところが、この作品の最大の魅力となっています。
タイトルの蓮見律子というのが、その音楽家。映画音楽などで多くの作品が世に出ている作曲家で、その収入で21階建の高級マンションを所有、その最上階に住んでいます。
そして、彼女に絡むのが、音楽に対しては特にマニアックな嗜好はないものの、普通に音楽を楽しめる感性はもっている、ニートのブロガーです。一応大学生ですが留年を繰り返して、講義を聴くこともなく、ただPCに向かって刺激的なブログを書き続け、そのアフィリエイトで生活しているという設定です。彼がひょんなことからその音楽家が作った曲の作詞を依頼されるというところから物語は始まり、その一部始終を彼が一人称で書き綴る、という体裁、これはまさに推理小説の古典に登場するシャーロック・ホームズとジョン・ワトソンとの関係そのものです。ワトソンを女性にしたテレビドラマがありますが、こちらはホームズが女性になっていますね。
そんな律子が、その「日常」の中で語り手のブロガーに対して自らの音楽観を披露しているのが、個人的には最も興味深いポイントでした。そこには著者自身の音楽観と共通するものがあるのか、あるいは単にネットからそれっぽいものを拾って来てコピペしただけ(こちらの方が可能性は高いでしょうが)なのかもしれませんが、それをほとんど日本一の作曲家に言わせているというところで、不思議な存在感が生まれます。
まずは、ブロガーが律子の曲の作詞に挑戦するところで、彼女は「歌詞」というか「詩」についての持論を展開します。曰く、「韻文であることが必要条件の一つ」と。「韻文」!なんと懐かしい言葉でしょう。これを見て、即座に対義語である「散文」という言葉も思い出しました。それで、最近の歌が歌詞の面からとてもつまらなくなっている理由が突然分かったような気になりました。今の歌では、圧倒的に散文の歌詞が多くなっているのですね。それらは、韻文のようにメロディに馴染むことはなく、違和感ばかりが募ることになっていたのでした。さらに、ただ韻を踏むだけの日本語ラッパーに対しても、彼女は「息苦しいほどの必死さで、楽しめない」と切り捨ててくれますから、爽快ですね。
結局、ブロガーの歌詞は完成し、出来上がった曲を音律の専門家に聴かせるのですが、そこで「詞だけを集中して聞こうとしましたができませんでした。どうやっても、声と楽器と言葉とが混然一体となって流れ込んできてしまいます。本来、詞とはこうあるべきなのでしょう」という言葉が返ってきた時には、涙が出てきましたね。
いや、本当に号泣したくなるほどの感動が訪れるのが、「事件」が解決した時です。「音楽」を、これほど見事に小説の中に取り入れたものを、知りません。
もしこれが映像化される時には、律子は絶対シシドカフカでしょう。それは不可

Book Artwork © Kodansha Ltd.

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# by jurassic_oyaji | 2017-11-07 23:04 | 書籍 | Comments(0)
とりあえずHDMIスプリッターとダウンコンバーターを買ってきました
 新しく買ってきたブルーレイ・レコーダーは、今までと同じメーカーのものでした。やはり、機能とか操作方法などがあまり変わらない方がストレスがなくていいですからね。ただ、そのスペックは、6年半前に買ったものとは、ずいぶん変わっていましたね。なにより、ダブルチューナーが一般的になっているのがうれしいですね。その上のトリプルチューナーというのもあるのですが、別にそこまでは必要ないので、ダブルで手を打ちましょう。
 大きさは、逆に小さくなってました。幅は42センチぐらいと変わらないのですが、奥行きが前は27センチあったものが、20センチまで短くなっていました。まあ、それだけ、中身の集積化が進んでいるのでしょう。でも、確かに躯体は鉄ですから、資源を無駄遣いしないというつもりなのでしょうが、こんだけサイズが小さいと、他のコンポと重ねて使う時には困ることもあります。この上にもっと大きなボディの機材を乗せるのは、ちょっと大変。さらに、フロントを他のものと揃えると、後ろの端子などが奥に行ってしまいますから、裏側から配線をやり直す時などは面倒くさそうですね。
 今回これを入れ替えた時に、それを実感してしまいました。一応機材は自作のラックの中に入っていて、そういう作業はラック全体を引っ張り出して(キャスターがついてます)後ろの狭いところに入って行うのですが、やりにくかったですね。それでも、アンテナのケーブルとHDMI、そして音声だけオーディオに接続するためのRCAケーブルと、すべてのケーブルをセットし終わりました。
 それと、もう一つの設定がありました。それは、B-CASカードです。私の場合、WOWOWと契約しているので、前のレコーダーに入れてあるカードをそのまま使おうと思っていたのですが、今回の新製品の取説に、「カードは最新のものをお使いにならないと、放送が受信できなくなることがあります」なんて書いてありますから、ここはちゃんと更新をしておきましょう。
 こんな風に、新しいカードには「星」が2つありますから、やはり古いのは使わないほうがよさそうですし。
 なにしろ、専用のデコーダーを借りて受信していた時代からのユーザーですから、B-CASカードに変わってその番号を電話で伝えるだけで手続きが済んでしまった時には、簡単になったものだと感激したものでした。それが、今回はもはやネットで更新できるようになっていますから、ログインして前のカード番号(これも、すぐに出てきます)と新しい番号を書き込んで終わりです。「反映までに15分ぐらいかかります」とありましたが、もう即刻デコードされてましたね。
 ところが、音が出てきません。いや、普通にテレビからは音は出ているのですが、いつものようにそれを消音してちゃんとしたスピーカーで聴こうとしても、音が全く出ていないんですよ。あわててまたラックを引っ張り出してレコーダーの後を見たら、なんということでしょう、そこにはアナログ出力端子がなかったのです。さっき接続したのは入力端子だったのでした。これでは、音が出るわけがありません。
 そんなわけはない、これは何かの間違いだろうと他のメーカーのカタログを調べてみたら、もはや、よっぽどの高級機種でないかぎり、アナログ出力端子が付いた機種はきれいさっぱりとなくなっていましたよ。いつごろからなくなってしまったのかは分かりませんが、確かに、今のAVアンプだと もれなくHDMIの入力と出力が付いているので、そうなってくるとレコーダーのアナログ出力は必要ないと決めつけられてしまったのでしょうかね。でも、現実には私のように普通のプリメインアンプにつないでAVを楽しんでいる人も、まだまだ健在のような気がしますけどね。だいたい、出力端子を削ってもそんなにコストダウンにつながるとも思えないんですけど。そういう愚かなことを、すべてのメーカーが一斉に行っている、というのが、なんとも不気味ですね。
 とりあえず、今まで通りにAVを楽しめるように、何種類かの方策を検討中です。ドラマぐらいなら我慢できますが、映画でさえテレビのスピーカーではあまりにしょぼすぎますからね。とんだことになりました。
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# by jurassic_oyaji | 2017-11-05 21:47 | 禁断 | Comments(0)