おやぢの部屋2
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パート譜もダウンロードできます
 そろそろ次の「かいほうげん」のネタを考えなければいけない時期になってきました。そんな時に、どこからともなくネタの元がやってくるというのがいつものパターンです。まずは、今度の定期のメイン、エルガーの「交響曲第1番」を先日東京で指揮をした藤岡幸夫さんが、ご自身のブログにその曲についていろいろ書いていたものを、直接交渉して転載の許諾をいただきました。これで3ページ分のコンテンツが出来上がりました。
 もう一つ、これは「かいほうげん」に使えるかどうかは微妙ですが、ちょっと私好みのネタが見つかったので、忘れないうちに書いておきますね。
 さるレーベルのFacebookに久しぶりに行ってみたら、鼻持ちならないマニアックなスタッフがヒンデミットのことを書き込んでいました。そこで紹介していたのが、彼の弦楽四重奏のための「Ouvertüre zum "Fliegenden Holländer" wie sie eine schlechte Kurkapelle morgens um 7 am Brunnen vom Blatt spielt」という曲です。聴いたことがある人もいるかもしれませんが、ワーグナーの「オランダ人」序曲を、へたくそな楽団が演奏しているという想定で編曲した、とても愉快な曲です。もちろん、ドイツ語でそのままタイトルを書いたのでは誰も分かりませんから、このスタッフは日本語のタイトルで紹介していました。それが、普通目にするのとはちょっと違っていたのですね。そこにあったのは
「午前7時に村の井戸端で 二流楽団が初見で演奏する「さまよえるオランダ人」序曲」

 というものでした。私が知っているのには、「村の井戸端」なんて言葉はありませんでしたよ。それよりも、確か「湯治場」というのがどこかにあったような。
 調べてみると、これは、このサイトと関係の深いNMLでのCDの表記であることが分かりました。そのCDは手元にあったので、ブックレットを見てみると、英語では「Overture to "The Flying Dutchman" as Played at Sight by a Second-Rate Spa Orchestra at the Village Well at 7 O'Clock in the Morning」ですから、「Spa」という言葉が入っていますよ。だったらやっぱり「湯治場」じゃないですか。いったいどこから「村の井戸端」を引っ張り出してきたのでしょうね。あっ、「Village Well」か。だとしたら、ここはいったいどういう地形の場所なんでしょうね。
 実は、私はこの珍しい曲のCDをもう1枚持ってます。それは、この曲の楽譜が出版された直後にリリースされたもので、世界初録音でした。

WERGO/6197-2(1991)
 そのブックレットの英訳だと「The Overture to the "Flying Dutchman" as Played at Sight by a Second-Rate Concert Orchestra at the Village Well at 7 O'Clock in the Morning」、ここには「Spa」はないですね。
 実は、ニューフィルとも2回共演された指揮者の下野さんは、こういう曲が大好きで、2011年7月19日に、サントリーホールで読売日本交響楽団を指揮して、これを弦楽合奏用に直して演奏していました。その時のタイトルは
「〈さまよえるオランダ人〉への序曲 ~下手くそな宮廷楽団が朝7時に湯治場で初見をした~」
 ですから、やはり「湯治場」系ですよね。なんでも、この時にはこのホールのオルガンの前に「読響温泉」という看板が立っていて、メンバーは頭に手拭いを乗せたり、うちわを持ったりして登場したのだとか。ただ、ここでは「宮廷楽団」となってますね。そんな格式の高い楽団が湯治場なんかに来るでしょうか。
 こういう混乱を一掃するために、私は原点のドイツ語に帰って考えてみることにしました。まず「Kurkapelle」という単語。「Kur」は「クアハウス」などに使われる言葉で、「保養所」の意味ですが、もう一つ、「宮廷」という意味もあります。下野さんはこちらを取ったのでしょうね。しかし、NMLで「井戸」と訳した「Brunnen」という単語には、まさに「湯治場」という意味があるので、それだったら「保養所」とリンクできますよ。つまり、演奏しているのは「湯治場の保養楽団」ですね。そこで、私の「定訳」はこうなります。
「朝の7時に、湯治場の二流の保養楽団が初見で演奏しているような、『さまよえるオランダ人』の序曲」
 どうです。もう、その情景が目に浮かびませんか?観光客を相手に適当な演奏をして生活している楽団が、何を思ったのか早起きをして、「オランダ人」を初見で演奏しているんですよ。これが「森の井戸端」だったら、具体的なイメージが全く浮かんできませんよね。
 まさかと思ったのですが、この曲の楽譜は、IMSLPで見ることが出来ます。
 とりあえず最初のページを見ただけで、これはきっちり作為的に「へたさ」を演出していることが分かります。オリジナルはD-Aの空虚5度なのに、ここではその上にそれぞれ長7度の「ずれた」音が入っていますからね。このあとは、ユニゾンになるはずの同じ音型を音符1個分だけずらしたりして、とても「初見」では演奏することはできない「難曲」です。ヒンデミットという人は、こういうものを作って喜んでいたんですね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-08-04 22:58 | 禁断 | Comments(0)
GLANERT/Requiem for Hieronymus Bosch
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David Wilson-Johnson(Voice), Aga Mikolaj(Sop)
Ursula Hasse von den Steinen(MS), Gerhard Siegal(Ten)
Christof Fischedder(Bas), Leo van Doeselaar(Org)
Markus Stenz/
Netherlands Radio Choir(by Edward Caswell)
Royal Concertgebouw Orchestra
RCO/RCO 17005(hybrid SACD)


1450年に生まれて1516年に亡くなったネーデルラント(オランダ)の画家、ヒエロニムス・ボス(「ボッシュ」とも表記)は、昨年没後500年を迎えました。それに合わせて、オランダでは財団が設立され、この画家の業績を広く知らしめるイベントが盛大に行われているのだそうです。その一環として、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との共同委嘱で、こんな作品が出来上がりました。タイトルは「ヒエロニムス・ボスのためのレクイエム」です。亡くなってから500年も経ってから「レクイエム」でその死を悼む、という発想がすごいですね。
委嘱を受けたのは、1960年生まれのドイツの作曲家で、これまでに10曲以上のオペラを作っているデトレフ・グラナートです。コーヒーには欠かせません(それは「グラニュー糖」)。
彼が作った「レクイエム」は、2016年11月5日に、コンセルトヘボウで初演を迎えました。このアルバムは、その世界初演の録音です。演奏時間は83分と、かなり長大な作品ですが、それがなんとハイブリッドSACD1枚に収まっているのですから、すごいですね。CDレイヤーにそんなに収録されているのですからね。これで、こちらを抜いて、今まで聴いたCDでは最長記録となりました。
そんなに長くなったのは、この作品の構成のせいです。ここでは、通常のレクイエムの典礼文の間に、ボスにちなんで、こちらにも登場した彼の代表作である「七つの大罪と四終 」の「七つの大罪」からインスパイアされた曲が7曲(「大食」、「憤怒」、「嫉妬」、「怠惰」、「虚栄」、「淫欲」、「貪欲」)挿入されているのです。そのテキストは、なんと「カルミナ・ブラーナ」、カール・オルフの作品で有名な写本ですが、もちろん、オルフが使ったものは避けて、歌詞が選ばれています。
編成も巨大です。4人の歌手と、もう一人歌わないバリトンのナレーターのソリスト、2つの混声合唱、オルガン、そして多くの打楽器が入ったフル編成のオーケストラです。空間的な配置にも工夫があって、ナレーターは「高いところ」から語り、合唱はステージの上と客席のバルコニーの2か所に配置されています。
第1曲目はやはりカルミナ・ブラーナのテキストによる「De Demonibus(悪魔の)」というタイトルの曲。まず、バリトン歌手デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソンの「声」で始まります。それは「ヒエロニムス・ボス!」という叫び声(彼は、常に叫ぶだけす)。それに続いて、ボスの名前を音名に変換したモティーフがチューブラー・ベルで現れます。かなりのこじつけですが、それは「HERSBCH」で「H,E,D(=Re),Es,B,C,H」というドイツ音名の音列になり、この曲のいたるところに顔を出しています。そして、合唱が始まると、それはまさにオルフの「カルミナ・ブラーナ」とそっくりな音楽が展開されます。それはそれで、キャッチーな「ツカミ」としての役割は十分に果たすものでした。
次の「Requiem Aeternam」は、ガラリと雰囲気が変わって、バルコニーの合唱とオルガンだけで、しっとりと歌われます。そんな感じで、まるで「聖」と「俗」が交互に現れるようななんとも感情の起伏が激しい音楽は続きます。
「7つの大罪」は、決まりきったパターンで、最初に叫び声、その後は合唱は入らずソリストとオーケストラだけで演奏されます。ソリストはローテーションで、重唱も含めて同じ回数だけ登場しています。ここでも、やはりオルフの作品の影が見え隠れしてしまいます。
典礼文の部分も、時折無調のテイストが感じられるところもありますが、大半は派手なオーケストレーションで、ショスタコーヴィチやジョン・ウィリアムスを思わせるような迫り方の曲も。
でも、最後の「In Paradisum」は、とても安らかで美しい曲でした。それまで何度となく怒鳴られ続けていたボスも、ここでやっと安息の地を見つけられたことでしょう。

SACD Artwork © Koninklijk Concertgebouworkest

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# by jurassic_oyaji | 2017-08-03 20:45 | 合唱 | Comments(0)
一色正和も・・・
 「鎌倉ものがたり」の新刊が出るという案内がAmazonに出ていたので、予約注文していたら、それが間違いなく届きました。いや、間違いなく届くのは当たり前のことなので、別に驚くようなことはないのですが、なんせ、最近同じところでひどい目に遭ったものですから。
 それは、厳密にはAmazonではなく、マーケットプレイスという、いわば「店子」みたいなところなのですが、もう店頭では買うことが出来なくなった化粧品を(私が使うんじゃないですよ)そこでは扱っていたので、今まで何度か利用していました。ただ、注文した時に、Amazonではなく、そのお店から直接メールが来て、「ただ今欠品しておりますが、入り次第送らせていただきます。もしキャンセルする時にはご連絡ください」ということを伝えられました。まあ、急いで使うものでもなかったので、キャンセルはしないで待っていましたが、入荷予定日を過ぎても一向に連絡がありません。もうその時点でAmazonの配送状況の通知は使えなくなっていたので、何の情報も入ってきません。それがあまりに遅いので、とうとう今使っているその化粧品がなくなりそうになってしまい、「どうしてくれるのよっ!」という厳しい追及が始まっていましたね。
 仕方がないので、少し値段は高いのですが、別のところから1本だけ買ってみたら、それはすぐに届いたので、とりあえずは追及は免れるようになりました。そして、待望の「出荷しました」という連絡が入りました。どうやら詐欺まがいのものではなかったので、まずは一安心。それは西濃運輸で届くそうで、そこの追跡コードもちゃんと知らせてくれました。検索すると確かに発送はされているようですね
 しかし、それからがまたイライラが続く日々が始まります。その検索を見ていても、一向に先に進まないのですね。結局、発送から10日近く経って、やっと現物が届いたときには、もうどうでもいいような気になっていましたね。最終的に、注文してから届くまで1ヶ月かかってしまったことになります。もうここに注文するのはやめましょうね。
 ところが、届いた荷物の伝票を見ると、またまたおかしなことが分かりました。
 なんと、出荷日が、私が注文した日ではありませんか。その時点ではまだ品物は「欠品」していたのですから、こんな伝票が作れるわけがないじゃないですか。この「インフィニティビューティー」という会社は、限りなく疑惑に包まれています。
 ですから、「鎌倉ものがたり」がごくまっとうな配送で届いたので、少し驚いたというわけです。
 ただ、その帯を見た時には本当に驚きましたね。
 なんと、このマンガが実写で映画になるのだそうですよ。まあ、監督が同じ作者の「三丁目の夕日」を映画化させて大ヒットを飛ばした人ですから、予想は出来たことですがね。さらに、こちらの方がよりSF的な要素は多くなっていますから、監督の本領発揮となるはずですし。
 映画のサイトでは、もうトレーラーも流れていたのでさっそく見てみました。うーん、これだけでは分かりませんが、このマンガの世界(こういう時に「世界観」と言う人を、私は軽蔑します)とはかなり違うような気が。なによりも、亜希子ちゃん役の高畑充希にはかなりの違和感がありますね。いや、彼女は大好きな女優さんですけど、彼女には亜希子の持っている天然なところがないんですよね。彼女が天然を演じているのが、まさに今やっている「カホコ」なんですが、そこには悲壮感が漂ってはいませんか?亜希子にそういうものがあってはだめなんですよ。
 なんせ、このマンガは全巻そろえていますから、まさに30年以上の付き合いなんですよ。「三丁目」以後の作品がことごとく駄作だった監督に、その大切なものを壊されてしまうのが、たまりません。ぐらい言っておけば、実物を見た時にはそんなにがっかりしないでしょう。結局絶対見ることになりますからね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-08-02 21:05 | 禁断 | Comments(0)
MAHLER/Symphonie Nr.5
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Mariss Jansons/
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900155(hybrid SACD)


ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団のマーラーでは、この前の「9番」で日本向けにだけSACDが提供されるというサービスがありましたが、今回の「5番」でもやはりSACDのスペシャル・イシューです。ただ、ハイレゾ配信だと、フォーマットが24/48のFLACなのでオリジナルの録音がその程度なのでしょうから、SACDとCDとの差はそれほど大きくはありません。まあ、そのほんの少しのところに命を懸けるのがオーディオ・マニアなのでしょう。
ただ、このレーベルは音そのものはとても生々しくて厚みのある豊かなものなのですが、ギリギリのゲインで勝負しているために時折入力オーバーで音が歪んでしまっているところが出てきます。それが、SACDではCDに比べてより「生々しく」聴こえてしまうのですね。もともとハイレゾとは言えないものを、こんな風に歪みだけが目立つようにしているのでは、SACDとしてのメリットはほとんどありません。
しかし、ヤンソンスの演奏は素晴らしいものでした。なによりも、第1楽章の「タタタター」のテーマとペアになっていて、最初はヴァイオリンとチェロで出てくるゆったりとしたテーマでのアウフタクトの扱いが絶品です。小節線を超えるところでの絶妙の「間」、そこには確かに「愛」が感じられます。ハープと弦楽器だけで演奏される、有名な「アダージェット」というタイトル(殺虫剤ではありません・・・それは「アースジェット」)の第4楽章も、よくある甘ったるい歌い方ではなく、まるですすり泣くような演奏を、ヤンソンスは弦楽器に要求しています。
マーラーがこの交響曲を完成させたのは1902年のこと、1904年には初演が行われ、同じ年に出版されます。しかし、その出版に際しては、マーラーは妻アルマの意見も取り入れて楽譜を改訂しています。さらに、出版後も亡くなる1911年まで、しつこく改訂を行っていました。現在では、その最終稿を後の人が校訂した形で出版されているはずです
その1904年の初版は、インターネットで容易に見ることが出来ます。それは1ページ目からすでに、同じパッセージでも今の楽譜と比べると演奏する楽器が違っているところが見つかるのですから、全体では膨大な量の訂正が行われていたはずです。さらに、同じサイトではパート譜も見られるようになっていますが、それがすでにスコアとは違っているのですから、ひどいものです。
マーラーの楽譜そのものは、とっくの昔に著作権は切れているのですが、「後の人が校訂」した場合に、その校訂楽譜に対しての著作権が発生します。ですから、それを避けるためにお金のないアマチュアのオーケストラが、原則パブリック・ドメインのインターネットの楽譜をダウンロードして使うような場合は、注意が必要です。この「交響曲第5番」での訂正箇所は膨大ですから、指揮者は貴重な練習時間を楽譜の訂正のような無駄なことに使わなければならなくなりますからね。
もちろん、プロのオーケストラの場合は、きちんとそれなりのお金を払って最新の楽譜を用意して演奏なり録音なりを行っていることでしょう。今回のヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団も、メンバーの譜面台にはちゃんと購入するか、レンタルしたパート譜が乗っていたはずです。
それでも、場合によっては楽譜に問題があることもあります。第4楽章の113小節目(赤枠、02:22付近)では、木管楽器のユニゾンのはずなのに、フルートとそれ以外の楽器が微妙にリズムが違っています。
ですから、普通聴かれる演奏では、この部分はオーボエとクラリネットのリズムに合わせています。というか、フルートだけ楽譜通りに吹いたとしても、まず分かりません。
ところが、このヤンソンスの録音では、そこが「楽譜通り」に演奏されているのがはっきり分かるのですよ。ちょっとびっくり。でも、それでマーラーのヘンテコなオーケストレーションの一端が感じられたような気がします。

SACD Artwork © BRmedia Service GmbH

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# by jurassic_oyaji | 2017-08-01 22:49 | オーケストラ | Comments(0)
パウエルでしょうね
 今日は午後からコンサートに行く予定があったので、その前にちょっと仙台駅まで行って、今飾ってある七夕の吹き流しを撮ってきました。あと1週間もすれば撤去されてしまいますから、撮れる時に撮っておかないと。もちろん、それは、今度のニューフィルの演奏会のチラシを貼りつけるためです。もう、恒例行事になりつつありますね。
 でも、実際に見てみると、前の「嵐」ほどはピッタリとハマるような部分がありませんでした。ちょっとこの吹流しでは、相性が悪いようです。でも、1個だけ何とかなりそうなのがあったので、それにニューフィルと、その前の「杜の都」の両方を貼り付けて、こんなのに仕上げてみました。
 ただ、相対的にあまりにも小さくなってしまったので、これではよく分からないでしょうから、赤枠の中を拡大しておきましょう。

 とりあえず作ったものをFacebookにはアップしたのですが、いかにもやっつけ仕事で精度がいまいちで納得できなかったので、これはもう少し手を入れています。これだったら「かいほうげん」にも対応できるでしょう。
 そして、午後には、萩ホールまで行ってきました。知り合いがたくさん所属しているさる合唱団がバッハの「マニフィカート」を演奏するというのですが、そのチラシには
 と、「BWV243a」で、しかも「挿入歌付き」とありますね(でも、やはり「マニフィカト」にはなじめません)。となると、これは第1稿の変ホ長調版ではありませんか。現行のニ長調版は「BWV243」ですからね。まだ、第1稿は生では聴いたことがないので、これはぜひ聴きたいと思っていました。ですから、同じ日にあったフルートのコンサートも行きたかったのですが、やはりこちらの方になってしまいました(Sさん、ごめんなさい)。
 でも、当日のプログラムには
 これが、今回の版の正しい表記ですね。基本は現行版で、第1稿の挿入歌だけ「移調」して歌う、という形です。確か、おそらくヘルムート・リリンクが最初に録音した時には、この形だったはずです。もっとも、2回目に録音した時にはちゃんとした「第1稿」で演奏していましたけどね。まあ、オーケストラもモダン楽器ですし、そこまでこだわることはないのでしょう。でも、私としては8曲目の「Deposuit」で、イントロのヴァイオリンが1オクターブ低く始まるのも聴いてみたかったような。
 いつものことながら、ここの合唱は素晴らしいですね。かなり人数が多いのに、それぞれのパートがとてもきれいにまとまっている上に、きっちり主張し合っています。真ん中にあったシュッツの「音楽による葬送」では、ソリストと合唱が交代に出てくるのですが、合唱の部分になると安心して聴いていられます。二重合唱も素晴らしかったですね。ただ、ソリストが色々で、素晴らしい人がいる半面、ちょっと、という人がいたりして。
 「マニフィカート」でも、その「ちょっと」の人がかなり耳障りでしたね。オーケストラは、こんなものなんでしょうか。お隣にトランペットを目当てに聴きにこられたNさんがいたのですが、家に急いで帰らなければいけなかったので、感想は聴きそびれました。1曲目のカンタータに入っていたホルンも、なんだか高音でかなり苦労していたような気がするのですが。それと、フルートのAさんは、前から木管でしたっけ。なんか、前と違うな、と感じたのは楽器のせいでしょうか。
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# by jurassic_oyaji | 2017-07-30 21:42 | 禁断 | Comments(0)