おやぢの部屋2
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次回はマーラー?
 きのうは「杜の都合」の本番でした。いつものことですが、この団体は本番までの時間が本当に短くて、練習を始めたと思ったらもう本番というスケジュールです。今回も、私は練習の前にはほぼ毎回、パフォーマンス広場で1~2時間の音出しをやっていましたね。そのぐらい曲と付き合っていないと、とてもニューフィルと同等のレベルまでにはなれませんから。要は、本番前には楽譜を見なくても自然に指が動いてくれる、というぐらいのコンディションを作っておきたいんですよね。そこまでやっておけば、決して本番になって裏切られることはありません。いや、もちろん完璧な演奏などできるわけもないので、これはあくまで本番で何かがあってもそれに対応できるだけの余裕が持てるための「保険」なのでしょうね。
 会場はこんなところ、キャパは700人ですから、この前のように「二けた」のお客さんしか来ないと、悲惨なことになってしまいます。私も、そして団員の皆さんも、かなり熱心に宣伝を行っていたようですね。
 ここは、ニューフィルの指揮練で使ったことはありますが、その時は確か反響版は使わなかったような気がします。このホールはちょっと不思議な構造になっていて、後ろの反響版が極端に前に来ています。ですから、オケがステージに乗るためには前の客席を撤去しなければいけません。
 その、取り除いた客席は、というと、
 こんなところにありました。
 なんと、反響版の裏側の方が表のステージよりずっと広くなっていたんですね。初めて知りました。なんと無駄なことをやっているホールなのでしょう。
 私は、今回は録音も頼まれてしまいました。なんでも、このホールの設備ではCDに録音するすることはできないそうなのです。ですから、提供されるのはカセットテープかDATなんですって。これも、いまどき、ですね。ですから、いつものようにステージ上のマイクからの入力をもらって、私のレコーダーで録音することになったのですよ。ですから、せっかくなのでハイレゾ(24/96)で録音しておいて、それをCDフォーマットにダウンサイジングしてマエストロに渡すことにしました。
 そんなことをホールの係員さんにお願いしたら、すぐに変換ケーブルを用意してくれましたね。ラインで送られてくるので、そのレベルも調節してくれるそうです。これは、レコーダーの方でリハーサルを録音して決めようと思っていましたから、大丈夫ですけどね。レコーダーをセットする場所も、きちんと用意してくれましたし。
 いよいよ本番が始まります。これがフルメンバー、結構多いですね(写真は、完全復帰したN岡さん)。前半は私はピッコロを吹かなければいけないので、かなり緊張していました。リラックスさえできればなんと言うことはないのですが、それが難しくて。でも、サンサーンスの決め所、最後のヴァイオリン・ソロと一緒になるハイHが見事に決まったので、とりあえず満足です。これは、ステージ脇ですぐモニターしてみたら、きれいに録れていましたよ。
 後半のブラームスは、なんと言っても第4楽章のソロが命です。これだけは、絶対にしくじるわけは行かないのでどんなことがあってもコントロールが出来るようになるまで作っておきました。その成果はこちらで聴けますよ。もちろん24/96です。
 お客さんはなんと300人近く入っていました。しかも、そのうちの80人は当日券を買って入った方なのだそうです。これはうれしい誤算でした。たしかに、ホールの中は適度に埋まっていましたからね。心配だった音響も、吹いていてはそんなにまずいところはありませんでした。録音を聴いてみても、十分に美しい音が出ていたようです。
 半年後の次の演奏会では、もっと広いホールで、なんとも無謀な曲に挑戦するそうです。弦楽器と練習時間が今の2倍あれば、十分に可能でしょうけどね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-03-13 22:00 | 禁断 | Comments(0)
Karl-Heinz Schütz plays BACH Solo
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Karl-Heinz Schütz(Fl)
CAMERATA/CMCD-28329



今一番気に入っているフルーティスト、カール=ハインツ・シュッツのCDで、今頃になって気が付いたものがあったのでご紹介。国内盤は殆どチェックしていないので、こんなこともあります。このレーベルは伝統的にウィーン・フィルのフルーティストのアルバムを作っているようですね。
2015年に録音されたこのアルバムは、フルート1本だけで演奏される作品だけが集められていました。タイトルは「バッハ」とありますが、ただ「バッハ」とだけ書いてあるところがミソ、普通に「バッハ」という時に意味するヨーハン・ゼバスティアン・バッハのオリジナルは「無伴奏パルティータ」しかありません。それ以外は、限りなく偽作に近い「フルート・ソナタ ハ長調」と、真作ではありますが、オリジナルはチェロのための曲だったものをフルートに編曲した「組曲第1番、第2番」、それに、息子カール・フィリップ・エマニュエル・バッハが作った「無伴奏ソナタ イ短調」というラインナップです。
有名な無伴奏チェロ組曲をフルートに編曲したものとしては、1980年に録音されたオーレル・ニコレの録音が有名です。チェロの最低音は「C」なので、チェロの楽譜をそのまま2オクターブ高く吹けば、それで全く同じ調で演奏できることになります。あとは、重音などを適宜アルペジオに直せば、それで「編曲」は完成します。確かに、音域がこれだけ違えば音色や肌触りは全くの別物に変わりますが、フルートでも低音と高音の使い分けをうまく行えば、チェロと同等の音楽は出来上がるのではないでしょうか。
ただ、チェロには必要ありませんが、フルートには絶対に欠かせないのが「ブレス」です。管楽器は途中で息を吸わないことには演奏を続けることはできません。ですから、ニコレはここで「循環呼吸」という「技」を使って、音をつなげてチェロのように演奏することを可能にしていました。ただ、そのLPを最初に聴いた時には「すごいな」と思いましたが、今聴きなおしてみるとなんとも不自然に聴こえてしまいます。ニコレは音を切らないことだけに腐心して、自然なフレージングが消えてしまっているのです。あくまでも個人的な感想ですが、それはまるでロボットが演奏しているようでした。
今回のシュッツの場合はごく普通にブレスして吹いている分、とても表情が豊かになっていて、別に音が途中で切れることに何の違和感もありません。音楽としてはこちらの方がより質の高いものが提供できているような気がします。そういえば、このニコレの録音は、まだCDが出来る前のDENONのオリジナル技術によるデジタル録音によるものでしたね(フォーマットは16bit/47.25kHz)。そんな、デジタルの黎明期、これに比べると、シュッツの時代はハイレゾも登場してもっと余裕のある音が楽しめるようになっていますから、演奏も録音技術の変化と呼応していたのかもしれません。
シュッツは、全ての曲に細やかな表現を駆使して、とても1本のフルートで演奏しているとは思えないほどの色彩感を与えてくれています。もちろん、バッハならではのがっちりとした構成は決して崩すことはありません。それが、息子のエマニュエルの作品になると、大幅に自由度を増した大胆な演奏に変わります。その結果、これまであまり魅力を感じることのない退屈な曲のような気がしていたものが、一変してとても立体的で起伏に富んだものに変わっています。
録音は、豊かな残響のある建物の中で行われたものでした。そのホールトーンはあくまでも心地よく響いているのですが、肝心のフルートの直接音が右チャンネルで時折ほんの少し歪んでいることが分かります。チャンネルを変えてみたり、別の機器で再生しても同じように聴こえるので、これは録音時のミスなのでしょう。いかにハイレゾになったからといって、エンジニアの耳が不確かだったら、オイソレとよい録音ができることはありません。

CD Artwork © Camerata Tokyo Inc.

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# by jurassic_oyaji | 2017-03-11 20:22 | フルート | Comments(0)
原作でもまだ結末は分からないみたいです
 そろそろ番組の改編期、新しく始まったドラマも、もはや終盤になってきましたね。結局、私が今シーズン地上波で見続けたのは「タラレバ」と「カルテット」、そして「お母さん、娘をやめていいですか?」だけでした。「お母さん」は、よもやあんな「ホラー」だったとは。斉藤由貴、ほんとに怖かったですね。あと、壇蜜も。でも、一番怖いのは案外波瑠だったりして。「カルテット」も予想外の怖さ、今週の最後にとんでもない展開になって、いったいどうなってしまうのか予想もできません。これは、台本がとてもしゃれていて素敵ですね。もう「音楽」はどうでもよくなっているのが、ちょっと気になりますが。
 結局、一番ハマったのが「タラレバ」でした。吉高由里子に対する違和感がなくなることはありませんが、こうなってくると結構我慢できるようになってくるから不思議です。榮倉奈々は予想通りの活躍ぶり、あと、坂口健太郎がいいですね。こちらもヘンな展開になってきましたが、どういう形で収拾されるのか、とても楽しみです。
 その吉高が、レストランで鈴木亮平と食事をしている時に(余談ですが、この二人は朝ドラで夫婦だったんですよね)、ナイフを左手に持っていました。なんか変だな?とは思ったのですが、まあ左利きの人だったらそれもありかな、と納得しました。とは言っても、こういうフルコースの場合、テーブルにあらかじめ使う予定のナイフとフォークが何本か置いてありますよね。外側から使うのが正しいマナーだとかね。それはもちろん、例外なく右にナイフ群、左にフォーク群がありますから、左利きの人は持ち替えるのでしょうね。
 と思ってネットをのぞいてみたら、これはそんな単純なことでは済まされない事態だったことが分かりました。このナイフ=右手、フォーク=左手というのにはしっかり理由があって、それを踏まえて出来上がったのが「テーブルマナー」なのだから、それを破ることはとても恥ずかしいことだ、みたいなことを堂々と書き込んでいる人がたくさんいるのですよ。そんなにマナーって大げさなものなんでしょうかね。私なんかは、ナイフで肉を切ったあと、右手にフォークを持ち替えて食べたりしますけど、そんなのはまさに「不作法」の極みなんでしょうね。その書き込みの中には「オバマ大統領は左手にナイフを持っていた」というのがあって、ちょっと救われましたけどね。
 まあ、物わかりの悪い人はどんな世界にもいるわけでして、さるレーベルのFacebookページを見ていたら、似たような書き込みを見つけてしまいました。そこでは、先日亡くなったスクロヴァチェフスキの追悼CDの案内をしていたのですが、担当者がコメントの中で1ヵ所「スクロヴァ」と書いてしまったのですね。それを目ざとく見つけた人が、こんな書き込みをしていました。
こういう表記の仕方は、故人に対して失礼とは思わないのかな?
恣意的な略称を用いていれば、いかにも通、みたいな輩がライターとしてはびこっているから、排他的な空気が醸成され、クラシック音楽受容は一定の数のファン層から外へ広がっていかないのだ。
反省してほしい。
 なんか、とんでもない難癖をつけている、という感じですよね。確かに、略称を使うのはあまり気持ちのいいものではありませんが(私は「ハクチョウコ」は絶対に許せません)それがクラシックの普及の妨げになっているというのは明らかな事実誤認です。だって、クラシック以外のジャンルではこの「略称」は大はやりじゃないですか。それこそ朝ドラの「ミスチル」とか。そもそも、この方はご自分が使っている機械を「パーソナル・コンピューター」とでも呼んでいるのでしょうかね。
 元のコメントを書いた人は、即座に訂正していたようです(履歴を見ればわかります)。こういうアホには、逆らわないのが一番です。
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# by jurassic_oyaji | 2017-03-10 21:59 | 禁断 | Comments(0)
SHOSTAKOVICH/Cello Concerto No.1, Symphony No.5
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Xavier Phillips(Vc)
David Grimal/
Les Dissonances
DISSONANCES/LD 009



最近、あちこちで話題になっているフランスのアンサンブル「レ・ディソナンス」がショスタコーヴィチを録音したというので、思わず触手が伸びてしまったざんす。ヴァイオリニストのダヴィド・グリマルが2004年に結成した、この「不協和音」という名前のオーケストラは、指揮者は置かずにグリマルを中心に演奏を行うという、あのアメリカの「オルフェウス室内管弦楽団」のようなスタイルをとっている団体です。最初はNAIVEなどに録音を行っていたようですが、2013年に自主レーベルを発足させ、ベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトなどの有名どころのライブ録音をどんどん行なってきました。
今回はショスタコーヴィチということで、本当に指揮者なしでも大丈夫なのか気になってしまいますが、彼らはすでにコンサートではラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲や、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」などもすでに演奏(もちろん指揮者なしで)しているそうですから、こんなのだったら楽勝なのでしょう。
この団体は、演奏する曲によってメンバーも増減させています。メンバーでもあるチェリストのグザビエ・フィリップスがソロを担当した「チェロ協奏曲第1番」では、かなり小さな編成、弦楽器は8.6.5.5.3のようですね。演奏している写真を見ると、木管楽器の最前列(フルートとオーボエ)の前には弦楽器は配置しないで、コンサートマスターであるグリマルとの距離を最小にしています。これで、弦楽器と管楽器とのコンタクトは密になるのでしょう。これは、もっと弦楽器が増えている「交響曲第5番」でも同じこと、フルートとオーボエは、もろにお客さんの前に全身をさらしています。
「チェロ協奏曲」の演奏は、なにかとても和やかな雰囲気が漂っているものでした。ソロもオーケストラもあまり声高にしゃべることはなく、しっかりお互いのやることを聴き合いながら合奏を楽しんでいる、という感じでしょうか。大活躍するホルンのソリストも、とても伸び伸びと吹いているようです。
「交響曲」では、それだけでは済まされない、かなり周到なリハーサルで方向性を決めてきたような形跡がうかがえます。第1楽章などは、弦楽器はほとんどビブラートをかけていません。これはかなり効果的、この曲の性格を的確に伝えるのには十分なものがあります。もちろん、管楽器も極力ノン・ビブラートを心掛けているようです。ソロ・フルートなどは、間違いなく木管の楽器を使っているのでしょうが、とても暗い音色でアタックも全くつけないで吹いていますから、暗澹たる情景を演出するにはもってこいです。
おそらく、管楽器のソロは基本的に奏者の自由に任せているのでしょう。ここではそれぞれのソリストの個性がはっきり伝わってきます。彼らは、それらを大切にしつつ、全体としては大きな流れを設定する、といった姿勢なのでしょうか。
第2楽章では、アンサンブルは完璧、とても軽快なグルーヴ感が味わえます。
第3楽章では、それまでのノン・ビブラートからはガラッと変わって、弦楽器はとてもねちっこく迫る「熱い」音楽に変わります。それに対してフルート・ソロはとても冷静にそれを見渡している、という感じ、そこからは、何か醒めた視線すら感じることが出来ます。
フィナーレでは、オープニングのテンポの変化などはそれほど劇的なものではありません。あくまで、表面的な効果を狙うよりは、内面的なもので訴えようという姿勢でしょうか。それが恐ろしいほど伝わってくるのが、最後の盛り上がりの前のとても美しい弦楽器の部分(練習番号119から)です。楽譜ではずっとピアニシモのまま淡々と演奏するような指示ですが、そこで彼らはほんの少しのダイナミックスの変化を付けています。それが絶妙の極み、まるでその後に続くバカ騒ぎをあざ笑っているかのように感じられたのは、ただの思い過ごしでしょうか。

CD Artwork © Dissonances Records

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# by jurassic_oyaji | 2017-03-09 20:10 | オーケストラ | Comments(0)
昔のシールは剥がせません
 きのうのニューフィルの練習では、日曜日のコンサートの時にプログラムに挟むためのチラシを用意しなければいけなかったので、チェックしてみたら、もうほとんど残っていませんですた。何とかかき集めて200枚ぐらい用意しましたが、おそらくこれでは足らないでしょうから、私の配布分のチラシも一緒に持っていきましょう。それが必要になるぐらいお客さんが来ればいいですね。今回は、名取方面にかなりばらまいたので、もう残り少なくなってしまいました。つまり、現在4000枚近くのチラシが、この近辺に出回っている、ということになるのです。
 ポスターだって負けてません。今回はこんなところに貼らせてもらいましたからね。
 この間横浜に行った時に、ここに貼ってもらえたらいいな、と思ったところがあったので、そこにお願いしてこんな風にしてもらいました・・・なんてね。いや、これは前に仙台駅とか東映ビルにやったのと同じことですから。なんたって、ニューヨークのタイムズスクエアでも貼ってもらったことがありますからね。
 これは、その他の「作品」と一緒に、ニューフィルのFacebookページにもアップしてあります。公式ページでそんなことをやっていいのか、と言われそうですが、まあこんなのは「かいほうげん」でもやっていますからね。でも、慣れていない人は戸惑うかもしれませんね。そのFacebookページの「いいね!」が確かに400人まで行ったのに、その直後に少し減ってしまいました。どういうことなんでしょうね。もしかしたら、すでに「いいね」をした人がさらにクリックしてしまったので、取り消しになってしまったのかもしれません。心当たりの方は、再度クリックし直してくださいね。
 ところで、この間から始めてみたCD棚の「ソフト化」ですが、その成果には目を見張るものがありました。私の場合、合唱関係とそれ以外、という大きな分け方をまず行って、それぞれ別の棚に収納します。そして、「合唱以外」のものは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、メシアン、リゲティ、ペンデレツキ以外の作曲家のCDは全てレーベル順に並べています。そこで、まずそこにたくさんある同じレーベルのものから手を付けることにしました。最初はなんたってNAXOSでしょう。これが最初の状態。もうパンパンですね。NAXOSは下から3段目。
 それが、こんなに隙間が出来ました。
 実際にやってみると、2枚組で普通のハードケースと同じ厚さのものだったら、そのまま1枚のソフトケースに収まります。CDを2枚重ねて袋に入れればいいんですからね。なんせ、これは2枚組のSACDではよく見られるやり方ですから、メーカーでも何の問題もないと思っているのはずなので、大丈夫なんでしょう。ただ、3枚組とか、紙ケースで包まれているものはだめですから、そのままにしておきます。国内盤でデジパックのものもありましたから、それもそのままです。
 次に、一番上の段にあるDGです。
 こんな感じ、思ったほど多くなかったですね。こちらもデジパックが結構あったのでそれは対象外です。
 ここまでやったら、ソフトケースは126枚使いました。当然、最初に買った100枚では足らないので、追加でもう100枚買いました。まあ、それを使い切ったら、また様子を見ることにしましょうかね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-03-08 22:16 | 禁断 | Comments(0)