おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
新しいピッコロのお披露目でした
 きのうは久しぶりの本格的な雨でした。夜になっても雨は降り続いている中、ニューフィルの練習が行われます。今週は木管のパート練習なので例によって一回外に出て晩御飯を食べてから、また職場に戻ってくるというパターンです。いつもの「とらの子」の駐車場からお店まで歩く間に風が強かったので傘をさしていてもずぶぬれになってしまいました。
 帰ってくると駐車場は他のメンバーのために空けておかなければいけないので、私の車はもう少し先に置いておきます。そこから練習場に戻ろうと歩いていると、今走ってきた道の真ん中になにかが落ちてます。近づいてみるとそれはかなり大きなカエルでした。最近見かけなくなっていたし、今年は卵も見当たらないのでもういなくなったのかと思っていましたが、まだちゃんと生きていたんですね。でも、この道を車で通ったのですから、運が悪ければ轢かれてしまっていたかもしれませんね。「ヒキガエル」になってしまうところでした。でも、もしそうなってもしぶとく起き上がってきたりして(イキカエル)。
 きのうは序曲と「運命」だけだったので、私の出番は「運命」の終楽章だけでした。でも、最初の序曲が始まっても1番担当がまだ来ていなかったので、最初に通しをやった時には私が代吹きです。ピッタリ最後までやったところで本吹きが到着したので私は別室で時間つぶし。一応ピッコロの音出しをやってみましたが、特に問題はなかったので、そのあとは読書の時間です。
 今読んでいるのはこれ。だいぶ前に買ったものですが、読み始めてもあまり面白くなさそうな感じだったので、そのままほったらかしておいてありました。もうすっかりこの本の存在も忘れていましたね。ところが、今度始まるドラマのタイトルが、なんだかこれとよく似ていて、もしかして、と思って書斎をひっくり返してみたら、やはりそれだったのですね。ですから、一応ドラマを見る下準備として読んでいるところです。
 しかし、やはり最初の印象は間違っていなかったようで、本当につまらない小説です。というか、この人、ほんとにプロの小説家?と思えるほど、文章がへたなんですよね。登場人物もやたら入り組んでいて入っていくのに苦労します。こんな原作をどうやったら面白いドラマにできるのか、脚本家は苦労するでしょうね。もちろん、ドラマは見ますよ。相葉くんですから。
 そこで、朝ドラです。私は某所では「朝ドラ評論家」として知られているようですから、とりあえず新作が始まれば何らかのアクションは期待されるようです。でも、「ご当地」のそばの出身者が茨城弁にかなりのツッコミを入れていましたから、それでもういいかな、と思ってましたね。高校の先生が「イバラケン」と発音していたのは、ただ訛っていただけなのでしょうか。
 今回の脚本は、あの大御所、朝ドラでは「ちゅらさん」と「おひさま」を書いていた人ですね。「ちゅらさん」は本当に面白かったのに、「おひさま」はイマイチだったので、今回はどうなのかな、と思っていましたが、今のところは様子見という感じでしょうか。ただ、「あまちゃん」などは始まった時からひきこまれてしまったので、それほどのインパクトはなかったということにはなりますね。カスミちゃんもそのうちもっとかわいくなるのでしょうから、勝負はそうなってからです。
 今のところ気になるのが、宮川彬良(この人、本名は「晶」なんですね)の音楽です。オリンピックの年だというのに、万博のテーマソングがいきなり聴こえてきたのにはびっくりしましたね。しかも、アレンジが宮川泰風というか、それこそ「クレージーキャッツ」の萩原哲晶のテイストですから、ちょっとふざけ過ぎという気がします。正直、この人には何も期待はしていません。
[PR]
# by jurassic_oyaji | 2017-04-12 22:35 | 禁断 | Comments(3)
MAHLER/Das Lied von der Erde
c0039487_23085421.jpg



Roberto Saccà(Ten), Stephen Gadd(Bar)
Jonathan Nott/
Bamberger Symphoniker
TUDOR/7202(hybrid SACD)




Jonas Kaufmann(Ten)
Jonathan Nott/
Wiener Philharmoniker
SONY/88985389832


一人の指揮者が別のソリストとオーケストラで同じ年に別のレーベルにマーラーの「大地の歌」をレコーディングするという、ありえない「事件」が起こりました。その指揮者はジョナサン・ノット。2016年の2月に、まだ首席指揮者のポストにあったバンベルク交響楽団と、そして6月にはウィーン・フィルと録音を行ったのです。さらに、ウィーン・フィルとの時にはソリストはカウフマン一人、本来は2人の歌手が必要なのに、それを一人で歌ったというのも、やはり「事件」です。
バンベルクとの録音でも、2人のソリストはテノールとバリトンという、ちょっと珍しい組み合わせです。全集版で表記されているこの曲のタイトルは、「Das Lied von der Erde/Eine Symphonie für eine Tenor- und eine Alt-(oder Bariton-) Stimme und Orchester」ですから、歌手は「テノールとアルト又はバリトン」なのですが、ほとんどの演奏では、バリトンではなく女声のアルトが歌っていますからね。初めてではないにしても、そんな「男声だけ」の可能性を世に知らしめたバーンスタイン盤では、フィッシャー・ディースカウがそのバリトンのパートを歌っていましたね。ここでのバリトン、スティーヴン・ガッドが、まるでそのフィッシャー・ディースカウのような歌い方をしていたのには、ちょっと引いてしまいました。初めて聴いた人ですが、この人は普段でもこんな歌い方なのでしょうか。もちろん、ドラムを叩いたりはしません(それは「スティーヴ・ガッド」)。
それよりも、ちょっと違和感があったのはテノールのサッカの方です。以前モーツァルトで聴いたときにもあまり良い印象はなかったのですが、ここでのなんとも甘ったるい歌い方にもがっかりさせられてしまいます。
ノットがこのオーケストラと進めていたマーラー・ツィクルスの録音は2011年に完了し、2016年には全9曲入りのボックス・セットもリリースされていました。ですから、「大地の歌」はもはや録音はしないのだろうと思っていたのですが、やはりノットはこのオーケストラへの「置き土産」として、録音していたのですね。
それまでの交響曲同様、たっぷり時間を取って入念に作られたセッション録音、クリアな音でそれぞれの楽器がくっきり浮かび上がってくるため、ノットの意図はとてもよく伝わってきます。
そして、その4か月後に録音されたのが、ウィーン・フィルとの演奏です。ただ、情報ではこのコンサートとレコーディングはダニエレ・ガッティが指揮をすることが決まっていたものが、彼のアクシデントで急遽ノットが代役を務めた、ということのようですね。
もちろん、カウフマンの方は、もう一人の歌手がキャンセルしたので二人分歌ってしまった、というわけではなく、最初からこの大胆な企画に照準を合わせて準備を進めていたのでした。
当然、これはカウフマンがメインのアルバム、ブックレットにはいつものように彼の伝記作家のトーマス・フォークトとの対談が掲載されています。彼が「大地の歌」に初めて接したのは20代のころ、クレンペラー指揮のアルバムでのヴンダーリッヒの声に魅了され、すぐにスコアを入手してテノールのパートの勉強を始めたのだそうです。
そして、実際にこのパートをコンサートでも歌うようになるのですが、その時にもう一人の歌手たちには嫉妬感を抱くようになりました。特に最後の長大な「告別」の楽章は、ぜひ自分でも歌いたくなったのでした。彼の声は、元々バリトンのような音色を持っていますから、それはいとも容易に実現できたのではないでしょうか。その結果がどうなのかは、この素晴らしいアルバムを聴けば分かるはずです。
この楽章のフルート・ソロは、バンベルク盤はあまりにもオフ過ぎて、ほとんど聴こえません。これがノットのバランスだったのかもしれませんが、ウィーン・フィルは聴こえすぎ。普通のライブ録音だとディーター・フルーリーの音はこんなに目立ちませんけどね。

CD Artwork © Tuder Recording AG, Sony Music Entertainment

[PR]
# by jurassic_oyaji | 2017-04-11 23:12 | オーケストラ | Comments(0)
帰りはつばめグリルのお弁当
 仙台ではまだ桜は咲き始めたばかりですが、新幹線が東京に近づくにつれて車窓からは満開の桜が見えてきます。おとといときのうは、泊りがけで東京方面に行ってきて、そんな桜を満喫してきました。
 もちろん、お花見のために東京に行ったのではなく、愚妻のたっての希望で「劇団四季」の最新の演目、「ノートルダムの鐘」を見るためです。ついでに横浜まで足を延ばして、そこでやっている「オペラ座の怪人」も一緒に見ようというツアーでした。
 まずは、横浜からみなとみらい線に乗って神奈川芸術劇場まで。この間下見に来たところですね。
 
 劇場は5階から上なので、そこに行くまで延々とエスカレーターが続いています。
 ホールに入ると、なんだか楽器の音が聴こえてきます。もしかして、と思ったら、やはりオケピットがあって生オケが演奏するようになっていました。これはラッキー。最近は「劇団四季」ではほとんどカラオケになってしまいましたからね。「オペラ座」も、だいぶ前に生オケで観たことがありますが、今ではカラオケになっていたと思っていましたから。
 ピットを覗いてみたら、木管は4人、ファゴット、クラリネット+バスクラ、フルート+ピッコロと、マルチリードが一人いましたね。フルート、クラリネット、オーボエを一人で持ち替えているようでした。
 私の席は1階ですが、休憩時間に3階席に行ってみたら、こんなに高いんですね。そして、このホールは演劇やダンス専門のようでしたが、プロセニアムがずいぶん低いんですね。それこそ仙台の県民会館でやった時よりずいぶん下がっていたので、ちょっと窮屈でしたね。
 もう何回も見ているのに、ロイド・ウェッバーの音楽はいつ聴いても新鮮ですね。今回気が付いたのは、ファントムのマスクというのはさっきの看板にあったように顔を隠す「お面」の部分に、「カツラ」が一体化していることでした。マスクを外されると、オールバックだった髪がなくなってしまうんですよ。でも、最後に椅子の上に残っているのはお面だけなんですね。カツラはどこへ行ってしまったのでしょう。
 みなとみらい線の構内に、こんなでかいポスターが貼ってありました。「笹かま」、「ズンダ」、「牛タン」、「はらこ飯」ですって。
 この後は、湘南新宿ラインを使って新宿に行ったら、西口の出口が分からなくなってパウエルに行くまでずいぶん時間を食ってしまいました。無事フルートのタンポ交換も終わり、ピッコロも試奏して、この日のミッションは終わりです。
 きのうは浜松町の「秋」に行く前に、東京駅の大丸の中の蕎麦屋さんで天ざるを食べたら、海老天がなんだか舌にざらざらしたものが残りました。よく見てみると、「背ワタ」を取ってなかったんですね。信じられません。私のだけでなく、愚妻のもやはり「背ワタ」が残っていました。上がその残骸です。こんないい加減なお店が堂々と営業しているんですから、東京は油断が出来ません。
 浜松町を降りたら土砂降り。劇場の前の看板のガラスに、傘が写ってますね。
 非常に欺瞞的なタイトル、もちろん原作はユゴーの「ノートルダムのせむし男」です。ディズニーでアニメ化された時にこういう邦題になって、そのままミュージカルでも引き継がれたんですね。そのアニメは、カジモドの声優が「アマデウス」のトム・ハルスということだけは知っていましたが、見ていません。ですから、どの程度音楽が使われているのかも全然分かりません。
 ミュージカルでは、16人編成の混声合唱団が、しっかり「合唱曲」を歌っていました。テキストはほとんど「レクイエム」のもの、「ディエス・イレ」とか「リベラ・メ」というおなじみの歌詞がミュージカルから聴こえてくるのはなかなか新鮮でした。そんなことに気づくような人が、これを見ている人の中にどのぐらいいるのかな、と思うと、軽い優越感が湧いてきます。これもアラン・メンケンが作曲したのでしょうが、これだけ抜き出して「ノートルダム・レクイエム」とか言って演奏したら売れそうですね。
 お話は、なかなか感動的でした。というか、「感動」のツボがうまく押さえられているという感じ。というのも、あちこちで「こんなオペラ、どっかで見たことがあるな」と思わされました。「カルメン」とか「トスカ」、終幕は絶対「椿姫」を参考にしてますね。ですから、そのシーンでは客席のあちこちからすすり泣きの声が聞こえてきましたね。私も、もう鼻水だらけ。
 これは絶対おすすめですが、チケットを取るのは難しいでしょうね。
[PR]
# by jurassic_oyaji | 2017-04-10 21:59 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Johannes-Passion
c0039487_21021821.jpg


Lothar Odinius(Ev)
Christian Immler(Je)
Marc Minkowski/
Les Musiciens du Louvre
ERATO/0190295854058


ミンコフスキのオーケストラである「レ・ミュジシアン・デュ・ルーヴル」は、グルノーブル市からの援助を受けられなくなって、解散の危機に瀕していましたね。
この「ヨハネ」のCDも、最初はNAÏVEからリリース(↓)されていたものが、その販売権がWARNERに移って、こんな形でやっとERATOからリリースされるようになりました。
NAÏVEの方は、完全に倒産したという報道がありましたが、一部のカタログは手放したのちに細々と制作は行っているようです。どうなることでしょう。こんな欠陥商品を出していながら何の対応もしなかった時点で、このレーベルはすでに終わっていたのでしょう。
そんなわけで、このCDに関しては、それぞれのタイミングで発表された2種類の代理店のインフォが出回ることになりました。そのいずれにも「1724年版」という表記があるのですが、ジャケットにはそんなことは全く書かれていません。特に、NAÏVEの方のインフォはあのキングインターナショナルが作っていますから、またいい加減なことを、と思ったのですが、ブックレットを読んでみると「For the recording itself he has chosen to adhere strictly to the original text of 1724...(そもそも彼はしっかりオリジナルの1724年のテキストにこだわって録音を行った)」と書いてあるのですね。この文脈では「テキスト」というのは「楽譜」という広い意味を持つこともありますから、この文章から「インフォ・ライター」は「1724年版」と判断したのでしょうか。しかし、最後のクレジットで「使用楽譜:ベーレンライターの新バッハ全集」とあるので、普通だったら「1739/1749年版」だと思いますよね。でも、この楽譜には最後に「おまけ」として、すべての稿のヴァリアントが印刷されていますから、そこから「1724年版」を持ってきたと考えられないこともありません。
などとごちゃごちゃ言う前に現物を聴いてみればはっきりするのでしょうが、インフォを書く時点では「音」を聴くことが出来ないこともありますから、つい憶測でこのようなことを書いてしまうのでしょう。そして、ほとんどの場合、その憶測は間違っているものですが、今回も見事に「ハズレ」でしたね。ミンコフスキがここで演奏していたのは、まぎれもない「1739/1749年版」だったのですから。ただ、このCDのためのセッション録音はその楽譜の通りなのですが、それに先立ってコンサートで演奏した時に歌われていた、1725年に再演された時に書き加えられた2つのアリアのライブ録音が1枚目のCDのボーナス・トラックとして収録されています。先ほどのブックレットの文章は、そのことに関するコメントの前半だったのです。ですから、「the original text of 1724」というのは、単に「初演の時と同じ構成の楽譜」程度の意味だったのでしょう。
そもそも、ミンコフスキはそんなチマチマとした楽譜の違いなどにはあまりこだわってはいなかったことは、1749年の演奏のための楽譜(第4稿)で加えられたとされるコントラ・ファゴットが使われていることからも分かります(その時バッハは「今度は加えよう」と思ったのでしょう)。
彼は、この作品には何が必要だったのか、ということだけを真剣に考えているのでしょう。事実、このコントラ・ファゴットが加わった効果は絶大で、冒頭の合唱で聴こえてくる低音の迫力からは、真の悲しみが伝わってくるようです。
そして、歌手は全部で9人、全員がソリストとしてアリアを歌い、エヴァンゲリストのオディニウス以外の8人で合唱の部分を演奏しています。各パート2人ずつとなっているので、コーラスとしての質感は十分、時折ソリになったりして立体的な表情が付けられています。エヴァンゲリストとイエス(イムラー)はとてもドラマティックな歌い方、そして、合唱が、とてつもなく速いテンポで一糸乱れずポリフォニーを歌うさまは痛快そのものです。
最後のコラールでは、始まった時には低音だけのほとんどア・カペラだったものが、次第に楽器が増えて盛り上がっていくというアイディア、これは、とても心に残ります。

CD Artwork © Parlophone records Ltd.

[PR]
# by jurassic_oyaji | 2017-04-09 21:04 | 合唱 | Comments(2)
西口から徒歩5分
 ニューフィルの「名取定期」への問い合わせは、まだまだ続いています。やっと一人だけ、「仙台ニューフィルで間違いないですね」と聞き返しても、「そうです」と答えてくれた人が現れました。「今度の指揮者は田中さんですね」とか「何人ぐらいで練習されているのですか?」と、なかなか関心が高そうな方でした。その方も「名取市文化会館でもチケット入手できますか?」と言っているのですから、やはり名取周辺の人たちの関心はかなり高いことがうかがえます。実際、この会館でのチケットの売れ具合はちょっとすごいことになっていました。
 最初は2月に、普通のプレイガイドと同じ枚数の30枚を置いてきました。その時には「もし足らなくなったらいつでも連絡をください」と言ってきたのですが、もちろんこれは社交辞令というか、かっこつけというか、実際にそんなことがあるなどとは全く考えてもいませんでした。なんせ、だいぶ前に多賀城でやった時には散々な集客でしたから、そもそも仙台以外でやる演奏会のお客さんが来るわけがないと思っていましたからね。
 ところが、3月に入ったら、その30枚がほとんど売れてしまった、という連絡が入りました。これはうれしいと、即、今度は40枚持っていきました。このぐらいあれば、十分間に合うだろうと。そうしたら、おととい、その40枚も残り少なくなった、という電話がかかってきましたよ。すでにこの会館だけで70枚近く売れてしまっていたのです。それでも問い合わせはたくさん来ているので、この分では本番前に売るチケットがなくなってしまう、と言うのですよ。
 これは予想を裏切る事態です。こうなったらとことん売ってもらおうと、さっそくチケットを持っていこうと思ったのですが、週末は仙台にはいないし、そもそもチケットが全然手元にないので、少し時間がかかるかな、と思いました。でも、チケット係の人に連絡を取ったら、「朝7時までなら自宅にいる」ということだったので、さっそく今朝早起きしてもらってきました。30枚ぐらいでいいかな、と思ったのですが、「多くても困らないでしょう」と80枚も渡されてしまいましたよ。
 今日は午前中は5月末の職場でのコンサートの打ち合わせがあったので、そちらの対応を済ませ、お昼過ぎに名取へ向かいます。この間通った新しい道を使ったら、すぐ着いてしまいましたね。チケットはいちおう50枚にしておきました。それでも担当の方はびっくりしていましたね。これが全部売れれば120枚ですが、おそらく100枚近くは売れそうな気がします。なんせ、名取市の広報誌で宣伝してくれているのですからね。というか、もしかしたら、このあたりの人は本気でこういう機会に飢えているのではないか、という気までしてきました。曲目も親しみやすいものばかりですし、こんなのがちゃんとしたオーケストラでたったの1000円だったら、ぜひ行ってみたいと思うのではないでしょうかね。多賀城のころは、もしかしたら会場ではチケットは扱ってはいなかったような気がしますから、今回のように積極的に売ってくれるのはありがたいですね。最初は、ここでも扱ってはもらえないような話だったので、チラシにも載せていませんでしたが、たぶん私が総会で「扱ってくれないんですか?」と言ったのがきっかけになって動き出したのかもしれませんね。だとしたら、これは私のお手柄、というのは手前味噌。なんせ、団内では全然売れていないようですからね。
 せっかく名取まで行ったので、写真も撮ってきました。
 チラシと、
 ポスターです。
 明日と明後日は、ちょっと東京までお泊りで行ってきます。「劇団四季」の連荘ですが、ついでに私の楽器の修理にも行ってくる予定です。
 こんな具合で、タンポの皮が完全に破れてしまっているのですよ。見つけたのは秋の演奏会の前で、本当にあせって本番ではスペアの楽器も用意していたのですが、別に何の異常もなく吹けていました。とりあえず仙台でのクリニックまでは持つかな、とは思ったのですが、せっかく東京へ行くので新宿のパウエルに持っていきましょう。予約は6時から7時の間。待ってる間に、この前から気になっていたピッコロも試奏してみたいものです。
[PR]
# by jurassic_oyaji | 2017-04-07 21:53 | 禁断 | Comments(0)