おやぢの部屋2
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SCHIFRIN/Piano Works
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Mirian Conti(Pf)
GRAND PIANO/GP776


ラロ・シフリンと言えば、点の場所を間違えると大変なことになる(それは「ラロ氏・不倫」)名前の人ですが、「ミッション・インポッシブル」のテーマを作った人として、映画界ではとても有名な作曲家です。今年でもう85歳になりますがまだまだ元気。半年間に「新作」を10曲近くも作り上げて、こんなアルバムが出来ることになりました。
1932年にアルゼンチンのブエノス・アイレスで生まれたシフリンは、最初はクラシック音楽と法律を勉強していました。1950年代の前半に、専門の音楽家となるためにパリのコンセルヴァトワールに留学、そこであのオリヴィエ・メシアンの生徒となります。彼は同時にジャズのピアニスト、作曲家、編曲家としてヨーロッパで演奏と録音活動を行っていました。1950年代後半にはアルゼンチンに帰り、ブエノス・アイレスで自分のバンドを結成します。そこに訪れたジャズ・トランぺッターのディジー・ガレスピーに自分のバンドの作曲家と編曲家になってほしいと頼まれ、1958年にアメリカに渡ります。
それからのシフリンは、ジャズの世界にはとどまらず、映画音楽の分野でも売れっ子の作曲家として大活躍するのですが、それだけではなく彼のルーツであるクラシック音楽でも多くの作品を残すことになります。たとえば、1990年に行われた最初の「3 Tenors」のコンサートで、ズビン・メータの指揮によって演奏された「グランド・フィナーレ」あたりで、クラシック・ファンもシフリンの名前を聞くことになりました。
LAで1993年に初演された「ピアノ協奏曲第2番『The Americas』」もそんな1曲、そこで、作曲家の指揮のもと、ソリストを務めたのが、このアルバムのピアニスト、同じアルゼンチン出身のミリアン・コンティだったのです(と、ブックレットに彼女自身が書いていますが、シフリンの公式サイトでは初演はワシントンDCで1992年に行われていて、その時のピアニストはクリスティーナ・オルティスだということになっています。多分、コンティの時は「西海岸初演」だったのでしょう)。
そんな、シフリンとは縁のあった彼女が、2016年の1月にシフリンに電話をかけて、「アルバム1枚分のピアノ曲はないかしら?」と聞いたのだそうです。彼はすぐ「そんなに多くはないけど、なにか書いてあげるよ」と返事をくれて、6か月後にはこのアルバムに収録された曲が出来上がったのです。
その中には、1963年に作られた「ジャズ・ピアノ・ソナタ」を改訂したものや、「ミッション・インポッシブル」のように過去の映画音楽をピアノ・ソロのために書き直したもののほかに、新たに作られた「オリジナル・テーマによる10の変奏曲」という、それぞれの変奏は1分程度で終わってしまうかわいらしい作品がありました。
この変奏曲のテーマは、まるでベートーヴェンのようなロマンティックなメロディとハーモニーを持っていますが、それに続く変奏曲は、それぞれ有名な作曲家の作風を模倣している(つもり)という、粋な作り方になっています。それが誰の模倣なのか考えるのも楽しいのではないでしょうか。第9変奏などはウェーベルンみたいな無調の世界のように聴こえます。
「ジャズ・ピアノ・ソナタ」は、3楽章から出来ていて、全曲演奏すると24分という超大作です。タイトルに捕らわれると「どこがジャズ?」と思ってしまうかもしれませんが、これはシフリンならではのジョークなのでしょう。実際はメシアンの和声や旋法がふんだんに盛り込まれた、まぎれもない「現代音楽」です。
そして最後には、これも新作の「ジャックへの子守唄」という、シフリンのお孫さんのために作った、まさに赤ちゃんが聴いても喜ぶような曲が入っています。シフリンは、コンティに「この曲を録音したら、まず孫に聴かせたいので送ってくれ」という「ミッション」を与えました。もちろん彼女はそれを完遂し、赤ちゃんは毎日これを聴きながらスヤスヤ眠っていたのだそうです。

CD Artwork © HNH International Ltd.

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# by jurassic_oyaji | 2018-01-02 20:54 | ピアノ | Comments(0)
あけましておめでとうございます
 あけましておめでとうございます。今年もサイト、ブログ、Facebookをよろしくお願いいたします。
 もう、この年になってくると、新しいことへの挑戦というよりは、これまで積み上げてきたものをいかにクオリティを落とさずに維持するか、という、ある意味ネガティブな姿勢に変わっていくものです。とはいっても、そんな一見消極的に見えることでも、続けてさえいればいつの間にかレベルが上がっているかな、と感じることが出来たのが、この数年間です。そんな、自分を甘やかす姿勢を、今年も貫いていきたいものです。
 去年の締めくくりに、久しぶりにテレビで「N響の第9」を見てみました。ネットの記事や、実際に聴いていた人の話などで、「今年のピッコロはすごい」という声を何度も聞いていたものですから。いや、正確には「ピッコロには笑えた」という言い方だったかもしれませんが、それだったらなおさら気になってしまうじゃないですか。それと、今回、知り合いのフルーティストで、ニューフィルの指揮者練習の時に代吹きをやってくれて一緒に吹いたことがある人が、エキストラとして出演する、という情報もあったものですから。
 そのエキストラのパートが「2アシ」だということで、木管楽器は「倍管」だということは分かっていました。普通、そういう編成だとピッコロはその「2アシ」の人が吹くものですが、N響の場合はピッコロのオーソリティの菅原さんが担当していました。つまり、フルートパートは5人という、まるでマーラーの「9番」のような人数になっていました。同じ事情がファゴットの場合、終楽章だけコントラファゴットが加わるという事情があるのですが、そこでは2アシの人が持ち替えてコントラを吹いていましたけどね。つまり、木管のパートは全部で17人、その中で一人だけ、ピッコロの菅原さんだけが、1楽章から3楽章までの間は、何もしないで座っているだけだ、ということになります。でも、そんなことを言えば、合唱団員だって、同じことですけどね。
 今年の指揮者はエッシェンバッハ、もはやすっかり「巨匠」という風貌に変わっていましたね。そして、その音楽の作り方も、まさに「巨匠」のそれでした。最近のベートーヴェンの演奏は、ピリオド楽器、ピリオド奏法が幅を利かせていますから、そもそも「倍管」で演奏することなどはまさに「時代錯誤」と言えそうなやり方なのですが、最近はそんな動きの反動として、こんなN響みたいなことも起こっています。実際、ここでのエッシェンバッハの演奏を聴いていると、とても人間的な息吹が感じられますからね。
 そうなると、どんな楽譜を使っているのか気になります。私が聴いた限りでは、いくらそんな「懐古的」な演奏ではあっても、楽譜に関しては最近の原典版が使われているようでした。第4楽章のマーチが終わったあとのオケだけの長い間奏が終わろうかという時に現れるホルンのフレーズが、ベーレンライター版で初めて提唱された不規則な形になっていましたからね。この楽章で、テーマのオブリガートとして最初に出てくるファゴットのリズムも、微妙にベーレンライター版っぽかったですし、「vor Gott!」のフェルマータも、オーケストラがガンガンなってましたから、そこをオケだけディミヌエンドにしているブライトコプフ新版ではありえません。ただ、厳密なベーレンライター版でもないような。
 ですから、いかにエッシェンバッハが「巨匠的」だからといっても、それは、原典版やピリオド・ブームを乗り越えたところにある「ネオ巨匠」ということになるのではないでしょうか。
 ピッコロに関しては、楽譜の問題だけでは済まないところがあります。フルートもそうですが、ベートーヴェンの時代の楽器では高い音が出ないので、本当は高い音が欲しいところを楽器の性能に合わせて低く直してある個所がたくさんあるのですよ。ですから、現代のオーケストラのピッコロ奏者は、そんなところをきちんと「高く」吹いたりします。弦楽器の人数も増えていますから、それは妥当な判断です。
 ですから、私が今まで聴いたときには、菅原さんは以前からピッコロのパートで1オクターブ下げて書いたのでは、と思えるところは全部「高く」演奏していましたね。私も、この間の角田第9では、ちょっと無理なところはそのまま吹きましたが、極力「高く」吹いていました。ただ、マーチの最後だけは、合唱とのバランスを考慮して意図的に「下げ」ましたけど。
 菅原さんの場合、それだけでは済まず、なんと最後の「D」の音まで、1オクターブ高く吹いていた、という噂がありました。こんな音、私では絶対に出せません。ただ、私が地デジをサラウンドで聴いた時には、それは確認できませんでしたね。きちんとNHKの録音を聴いてみると、かなりワンポイント的な録りかたなので、それぞれの楽器は幾分ぼやけて聴こえます。ピッコロも、最後は他の楽器に隠れて聴こえなかった可能性があります。放送された日と別の日に実際に聴いた人の話では「ちょっと低めだけど確かに高い『D』が聴こえた」ということですから、吹いてはいたのでしょうね。
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# by jurassic_oyaji | 2018-01-01 20:59 | 禁断 | Comments(0)
Jurassic Awards 2017

 今年最後の「おやぢの部屋」は、恒例の「ジュラシック・アウォード」の発表です。まずは、今年1年のエントリーの件数の分野別のランキングです。

  • 第1位:合唱(今年47/昨年55)→
  • 第2位:オーケストラ(33/33)→
  • 第3位:フルート(18/14)↑
  • 第4位:オペラ(15/13)↑
  • 第4位:現代音楽(15/22)↓
  • 第6位:書籍(11/5)→

■合唱部門
いつものことながら、やはり合唱関係のCDを聴く機会が最も多くなりました。ただ、絶対数がいくらか少なくなっているのは、今年はブログの「毎日アップ」をやめて、週1回のお休みを入れるようになったからです。部門賞は最新のエントリー、ジョン・スコット指揮の「ニューヨーク五番街聖トーマス教会男声と少年の合唱団」によるデュリュフレの「レクイエム」です。ノーマークのアメリカの団体ですが、思いがけないところで素晴らしい演奏が聴けました。
■オーケストラ部門
「チネケ! オーケストラ」という、マイノリティのメンバーによる団体のアルバムから、強烈な問題意識を受け取ることが出来ました。クラシック音楽は果たして「国際的」広がりを持てるのか、あるいは持てないのかという問題を突き付けられた思いです。
■フルート部門
特にこれといったインパクトはないものの、とても安らぎが感じられたのが、ベルリンのフルーティスト、ウルフ=ディーター・シャーフを中心としたメンバーによるモーツァルトのフルート四重奏曲のアルバムです。楽譜も、最新のものが使われていて、これからのスタンダードとなりうる演奏でした。
■オペラ部門
今年は、昔のアナログ録音をハイレゾに変換したものが数多くリリースされました。そんな中で明らかになったのが、マスターテープの経年劣化です。仕方のないこととはいえ、無残にも劣化した音をハイレゾで聴かされるのは、言いようのない苦痛です。そんな中で、カール・ベームのバイロイトでのライブ録音による「トリスタン」は、そんな劣化の跡がほとんど感じられない、信じられないほどの素晴らしい音でハイレゾ化されていました。これが、今年の「大賞」です。
■現代音楽部門
「現代音楽」というものの範疇が曖昧になっているために、この部門のアイテムも少なくなってしまいました。そんな中で、ハラルド・ゲンツマーが、「トラウトニウム」という楽器のために作った作品が、最新の録音で登場しました。しばらく忘れ去られていた電子楽器を知ることが出来たことが、大きな収穫です。
■書籍部門
こちらは、電子楽器としては生まれてからずっと主流であり続けた「モーグ・シンセサイザー」の初期の動向を克明に綴った部分が出色の、「ザップル・レコード興亡記」という本が、新たな事実を明らかにしてくれました。

 これまで、ハイレゾ音源などを、様々な形態で一通り体験してみましたが、ビジネスとしてのネット配信がいまだにデタラメな状態であるのには、がっかりさせられます。「世界初」と銘打って、ビートルズの「サージェント・ペッパー」のハイレゾ配信が始まりましたが、これをアルバムとして購入しようとすると、アウトテイクまでも含んだ2枚分の形でかなり高額のものしか買えないのですからね。こんなぼったくりをやっているうちは、まだまだパッケージ(CD、SACD、BD-A)のお世話にならないわけにはいきません。
 来年は、このあたりの改善は進むのでしょうか。
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# by jurassic_oyaji | 2017-12-31 22:20 | Comments(0)
ついでに、私の料金も見直し
 年も押し迫ったというのに、愚妻はケータイの修理のためのスケジュールを入れてしまいました。7年使ったガラケーのバッテリーがもうダメになったようで、フル充電してもすぐ電源が切れてしまうというのですね。ですから、バッテリーさえ交換すれば簡単に治ると思ってショップに行ってみたら、「もうこのバッテリーは製造されていません」と言われてしまいましたよ。ひどい話ですね。でも、機種は違っても新しいガラケーに交換することはできるのだそうです。そして、もう一つの選択肢が「スマホに機種変更」というやつでした。愚妻はすっかり乗せられて「今さらガラケー」ということになって、「らくらくスマホ」というのに替えてしまいましたよ。
 やはり、まわりの人はみんなスマホになっているので、肩身が狭かったみたいですね。そうやって、みんな料金の高いスマホに流れていくのです。でも、この「らくらくスマホ」は、OSはアンドロイドなのだそうで、普通の人でも結構使えそうなんですね。でも、iPhoneとはいろんなところで「思想」が違うみたいで、なかなか興味があります。
 さて、本年最後の「禁断」なので、恒例の今年のコンサートです。私が出演した今年のコンサートからは、ついに合唱がなくなりました。それでも、大変な曲が並んだために、いつものオーケストラのスケジュールだけで本当に手一杯、という感じでしたね。
  • 3月12日(日):杜の都合奏団(楽楽楽ホール)
    ウェーバーの「オベロン序曲」、サン・サーンスの「ヴァイオリン協奏曲第3番」、ブラームスの「交響曲第1番」という、この合奏団らしからぬノーマルなプログラムのせいでしょうか、今までより少し広めの会場になったのに、たくさんのお客さんにいらしていただけました。前半は2番とピッコロ、後半は1番、けっこうピッコロが大変で、なんとか吹ききりましたが楽器の限界も感じてしまいました。ブラームスはとても気持ちよく吹けましたね。
  • 4月23日(日):仙台ニューフィル定期(名取市文化会館))
    初めての名取での演奏会だったので、集客には不安があったのですが、宣伝活動の甲斐あってか(自画自賛)、満員のお客さんが集まりました。「フィガロ」、「運命」、「新世界」という超名曲というプログラムも喜ばれたのでしょう。私は「運命」のピッコロと「新世界」の1番を担当。本番2週間前に「ガラケー」から「スマホ」に替えたピッコロが大活躍でした。
  • 8月6日(日):杜の都合奏団(日立システムズホール仙台コンサートホール)
    「合奏団」から、フル・オーケストラに変身して、マーラーの「交響曲第5番」です。指揮者が仙台から離れてしまい、これが最後の演奏会になってしまうということで、多くのメンバーが集まり、この難曲に挑戦しました。結局、これだけでは終わらず、半年後にはさらに大曲での「フェアウェル・コンサート」が開催されることになりました。私のポジジョンは1番です。
  • 8月26日(土):ニューフィル・アンサンブル大会(戦災復興記念館ホール)
    ついに普通のホールに進出した、ニューフィルのアンサンブル大会です。私は、フルートパートの4人のメンバーでのアンサンブルと、昨年同様弦楽器と一緒モーツァルトのハ長調のフルート四重奏曲を演奏しました。
  • 10月15日(日):仙台ニューフィル定期(川内萩ホール)
    オール・エルガー・プログラムというマニアックな演奏会になりました。「威風堂々第4番」、「チェロ協奏曲」、「交響曲第1番」です。マーチの2番と交響曲の1番を吹きました。
  • 12月10日(日):角田第9(かくだ田園ホール)
    毎年の恒例行事ですが、角田の合唱団は指導者やソリストを一新していました。合唱は見違えるように立派になっていましたね。でも、2日連続で角田まで往復というのは、ちょっと辛いものがあります。

 「出る」方ではなく「聴く」方では、東京で新しいホールを2か所体験できました。まずは、1月28日(土)に行った新国立劇場です。今まで一度は行ってみたいとずっと思っていたのですが、やっと行けました。それに味を占めて、6月4日(日)には、「ジークフリート」まで見てしまいました。もう1ヵ所はクラシックではありませんが7月16日(日)に行ったミュージカルの専門ホール「シアターオーブ」です。まあ、ここはもう行かなくてもいいかな、という感じ、ホールはともかく、カンパニーのレベルが低すぎ。
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# by jurassic_oyaji | 2017-12-30 21:46 | 禁断 | Comments(0)
ZENDER/4 Canciones nach Juan de la Cruz
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Angelika Luz(Sop), Ernst Kovacic(Vn)
Sylvain Cambreling, Susanna Mälkki, Marcus Creed, Emilio Pomàrico
Chor des Bayerischen Rundfunks, SWR Vokalensemble Stuttgart
Klangforum Wien, Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks,
SWR Sinfonieorchester Baden-Baden und Freiburg
WERGO/WER 7336 2


かつての「現代音楽」の生き残りのようなスタンスで、現在も難解な音楽を作リ続けているのが、1936年生まれの作曲家、ハンス・ツェンダーです。彼は指揮者としても活躍していて、1978年にNHK交響楽団の定期演奏会を指揮するために来日した時には、「Muji no kyo」という自作も演奏していました。「ムジノキョ」っていったいなんだろう?と思ったのですが、それは日本語で「無字の経」だということが分かった時には、なにか親近感が湧いてきました。彼は西洋音楽の「現代」理論だけではなく、「禅」のような東洋思想にも造詣が深く、それも作曲のツールとしていたのでした。とは言っても、やはりその曲は難解でしたね。何回聴いても
このアルバムのタイトルは、「十字架の聖ヨハネの4つの賛歌」です。それは、2008年から2014年にかけて作られた4つの作品がまとめられたもの。それぞれは編成も異なり、別々の機会に作られているのですが、そのテキストは同じところから取られています。
テキストというのは、16世紀のスペインのカトリックの司祭で、思想家でもあったサン・ホワン・デ・ラ・クルス(十字架の聖ヨハネ)の著書、「Cántico espiritual(霊の賛歌)」です。有名な旧約聖書の「ソロモンの雅歌」と並び称される、愛の歌です。
全体は40のスタンザ(連)から出来ていますが、ツェンダーはその中から14の連を選びました。4つの作品のタイトルは、それぞれの連の最初の言葉が使われています。
1曲目の「どこへ?」には第1連から第3連までが使われました。ここでは、ソプラノ・ソロとヴァイオリン・ソロに小編成のアンサンブル(クランクフォルム・ウィーン)が加わっています。指揮はシルヴァン・カンブルラン。ウィーンのコンツェルトハウスでのライブ録音ですから、お客さんの咳払いなども聴こえてきます。そんな中から始まったソプラノのソロは、今ではなかなか聴くことのできない無調のメロディ、それに対してヴァイオリンからはいくらかリリカルなメロディが聴こえてきます。
とは言っても、この刺激的なサウンドはかなり緊張感を強いられるもの、こんな敵対心をあらわにした音楽は久しぶりに聴きました。
2曲目の「おお、森よ」は2011年の作品。ここでは「霊の賛歌」の第4連から第8連までが使われています。楽器の編成は少し大きくなって、バイエルン放送交響楽団が演奏しています。そして、バイエルン放送合唱団も加わります。指揮はスザンナ・マルッキ。これも、ヘルクレス・ザールでのコンサートのライブ録音です。合唱はやはりある意味「素材」として使われているようで、相変わらずの人を寄せ付けない雰囲気が漂います。
3曲目、2011年に作られた「どうして?」は、無伴奏の合唱だけによる演奏。テキストは第9連と第10連で、これだけスタジオでの録音です。演奏しているのはSWRヴォーカルアンサンブル、指揮はおなじみ、マーカス・クリードです。無伴奏のはずなのに、最初のあたりでピアノのような音が聴こえるのは、ちょっとした錯覚でしょう。ツェンダーの合唱の書法は、半音をさらに6分割した微分音程が使われていると言われていますが、それを合唱でやるとただのクラスターにしか聴こえないのではないでしょうか。ただ、その微妙なピッチの差で、なにやら不思議な感覚を味わうことはできます。
その後の第11連はカットされていて、第12連から第15連が3つの曲になっている「水晶のような泉」が始まります。これは、1曲目は第12連と第13連の前半、2曲目は第13連の後半、3曲目は第14連と第15連が使われているからです。
ここではSWRバーデン=バーデン&フライブルク交響楽団がさっきの合唱に加わって、ドナウエッシンゲンでライブ録音されています。指揮はエミリオ・ポマリコ。2曲目に電子音が左から右にパン・ポットしているのが聴こえますが、これはライブではどのように聴こえていたのでしょう。

CD Artwork © WERGO

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# by jurassic_oyaji | 2017-12-28 21:14 | 現代音楽 | Comments(0)