おやぢの部屋2
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BRITTEN/War Requiem
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Sabina Cvilak(Sop), Ian Bostridge(Ten), Simon Keenlyside(Bar)
Gianandrea Noseda/
London Symphony Chorus(by Joseph Cullen)
Choir of Eltham College(by Alastair Tighe)
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0719(hybrid SACD)


大分前にリリースされていた、2011年録音のブリテンの「レクイエム」ですが、資料的に面白いものがブックレットに載っていたので、紹介してみることにしました。
それは、こんな、この録音に参加した合唱団のメンバーの一人が持っていた、この曲のヴォーカル・スコアです。たくさんの人数の合唱が必要ですから出版社はうれしいでしょうね(それは「儲かるスコア」)。ここには多くの人のサインが書き込まれていて、この楽譜の持ち主が今までにいかに多くのこの曲の演奏に携わってきたことがよく分かりますが、それはさておいてまず気が付いたのが、このスコアのためのリダクションを行ったのが、イモジェン・ホルストだということです(そこ?)。
ご存知でしょうが、彼女は「惑星」で有名なグスターヴ・ホルストの娘さんです。父親の影響でしょう、音楽学者、指揮者、作曲家として生涯独身で過ごした方で、もちろん父親の作品の編曲や管理なども行っていました。そのイモジェンさんは、ブリテンの親友でもあったのですね。ただ、ブリテンには別の「恋人」がいましたから、それ以上の関係に進むことはなかったのでしょうね(でも、彼女のお墓はブリテンのお墓の脇にあります)。彼女がブリテンの合唱曲にオーケストラの伴奏を付けたのは知っていましたが、こんな形で「戦争レクイエム」にも関わっていたのですね。
サインの話に戻りますが、なにしろ皆さん達筆ですから、写真では誰のものかは分かりません。でも、ちゃんと注釈が付いているので、誰が書いていたかは分かります。その中には、もちろんこの録音の時のソリストの名前もありますが、中にはピーター・ピアーズとかガリーナ・ヴィシネフスカヤなどといった、1963年の初録音の時のメンバーなどもいるので、このスコアの持ち主はそんなころから合唱をやっていたのでしょうね。持ち主の名前も分かるのでメンバー表を見てみたら、確かにベースのパートにいましたね。おそらく、彼はピアーズと共演したころは少年合唱として参加していたのでしょう。
彼が所属しているのはロンドン・シンフォニー・コーラスですから、オーケストラはほとんどロンドン交響楽団だったのでしょう。確かに、ヴィシネフスカが歌ったDECCA盤はロンドン交響楽団でしたからね(指揮はブリテン自身)。ただ、その前に行われた初演では、オーケストラはバーミンガム市交響楽団でした。ですから、その時のソリストだったヘザー・ハーパーのサインもあったので、そちらにも出ていたのかな、と思ったら、その後にロンドン交響楽団がリチャード・ヒコックスの指揮でCHANDOSに録音した時に、彼女は歌っていたので、サインはその時のものだったのでしょう。
ということで、このSACDはこのオーケストラが「戦争レクイエム」を録音した3枚目のアルバムということになります。もちろん、指揮者は全て別の人です。
この曲は、全曲演奏すると80分以上かかります。ですから、普通はCD2枚が必要になっています。先ほどの初録音のDECCA盤も、LPはもちろん2枚組でしたし、1985年にCD化された時も2枚組でした。その頃は、まだ1枚に74分しか入りませんでしたからね。しかし、2013年BD-Aによるハイレゾ音源がリリースされた時は、同梱されていたリマスタリングCDでは全曲が81分22秒が1枚に収まっていましたね。
今回のSACDでは、演奏時間は83分48秒ですから、シングル・レイヤーのSACDでしたら楽々収まるのですが、ハイブリッド盤でCDの規格に合わせると、ギリギリのところで1枚には入りません。仕方がありませんね。
ソリストは、テノールのボストリッジは今までに何度もこの曲を録音していますが、ソプラノのツビラクとバリトンのキーンリーサイドはこれが初めてなのではないでしょうか。二人ともなかなかの好演、特にキーンリーサイドは、とても懐の深い歌い方が印象的で、正直あまり面白味のないアンサンブルのパートを、意外なほど魅力的に感じさせてくれました。それと、少年合唱のレベルの高さにも、驚かされます。

SACD Artwork © London Symphony Orchestra

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# by jurassic_oyaji | 2017-11-04 20:33 | 合唱 | Comments(0)
「監獄のお姫様」も結構疲れます
 今までのブルーレイディスクレコーダーがほぼ死にかけているので、そのハードディスクに残った番組を何とか保存しておこうという作業は、やっと目鼻が付きました。まずはもう1台の、ほとんど使っていないレコーダーを、今までの場所から取り外して、私の部屋の、そのダメになったレコーダーと入れ替えます。まるで、心臓移植のような作業になりますね。アンテナ(実際はCATVからの信号)とテレビの間にレコーダーが入っているので、ケーブルは入力と出力の2本、そして、テレビとの間にHDMIケーブル、さらに電源コードと、全部で4本のケーブルを外して、レコーダーを体外に、ではなく、ラックの外に出します。そして、それを私の部屋のラックに入れる時には、音声だけは別のオーディオシステムにつないでいるので、それ以外にアンプへのケーブルへの接続も必要です。
 そんな面倒くさい「手術」を無事終えて、録画は今までどおりにできるようになりました。あとは、ダメになったレコーダーに残っている番組の扱いです。もはや操作系のプログラムがどうしようもなくなっているようなので、起動にやたら時間と手間がかかるようになってしまいましたが、まあ、ハードディスク自体は何とか生き残っていたようですので、こちらはHDMIだけをテレビにつないで、音声はちょっとランクが下がってしまいましたが、ドラマを見るぐらいだったら何とかできるようになりました。ですから、とりあえず、必ず残しておかなければいけない、METのオペラなどは、BD-Rに焼きますし、連続ドラマも、こちらは保存はしないのでひたすら見続けます。
 しかし、今回移植したレコーダーは、あくまで一時しのぎですから、その方にたまってきた番組も見れるものは見ておかないと行けません。なにしろ、最終工程である新品のレコーダーとの移植のために、すでに、1TB、ダブルチューナーのレコーダーを、今日買ってきましたから、早急に「再手術」をしないことには、また取り外したレコーダーから見たり焼いたりしなければいけなくなってしまういますからね。このあたりは、本当に時間との戦いになってきます。とにかくドラマがすぐたまってしまうのに、見る時間がなかなか取れませんからね。
 今の時点では、続けて見ているのは外国ドラマ2本と日本のドラマ4本です。外国の「クリミナル・マインド12」と「エレメンタリー5」は、かなり気を入れて見ないと登場人物の名前が分からなくなってしまうので、もっと楽に見れる「奥さまは取り扱い注意」とか「刑事ゆがみ」なんかを先に見てしまっていて、だんだんたまってしまい、今回はその面倒くさい方の外国ドラマを連続して見る羽目になってしまいました。
 今のクールが始まった時には、「陸王」とか「先に生まれただけの僕」なんかも試しに見てはみたのですが、ちょっとこんなものに時間を取られるのは無駄だな、と思って、続けてみるのはやめました。そんな風に、あるところで切り捨てないと、本当に時間が無くなってしまいますからね。
 今のところ、一番面白いのが「刑事ゆがみ」でした。これの原作は、最近までずっと立ち読みしていた「ビッグコミックオリジナル」に連載されていたのですが、これはもう絵がとても入っていけなくて最初から読むことを拒否していましたから、それがドラマ化されても大したことはないだろうと思っていたら、予想に反してとてもいいんですね。原作は読んでないので分かりませんが、脚本が素晴らしいし、それを演じている2人もテンポ感も絶妙です。そして、なんと言っても音楽が菅野祐悟だというのが、たまりません。いつもの通り、この人の音楽は、絶対にドラマの邪魔になりません。ですから、最初に見て、「もしかしたら」と思って最後のクレジットを見たら、菅野さんだったので、やはり、と思ってしまいました。
 反対に、もう邪魔しまくり、うるさくてたまらないのが、今の朝ドラの音楽です。実話なんでしょうが、脚本が悪いのか、あまりに現実離れのプロットですし、そこにこの最悪のセンスの音楽では、ちょっと見続けるのは辛いかも。
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# by jurassic_oyaji | 2017-11-03 21:08 | 禁断 | Comments(0)
WOOD/Requiem
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Rebecca Bottone(Sop), Clare McCaldin(Alt)
Ed Lyon(Ten), Nicholas Garrett(Bas)
Paul Brough/
L'inviti Sinfonia & L'invini Singers
ORCHID/ORC 100068


2012年に初演と同時に録音された、新しい「レクイエム」です。正確には2012年12月12日というゾロ目の日に録音セッションがもたれ、その日の夕方に同じ場所でお客さんの前で初めてのコンサートが行われました。
この曲を作ったのは、1945年生まれのクリストファー・ウッドというイギリスの「作曲家」です。いや、この方は決してプロフェッショナルな作曲家ではありません。「本職」は腕のいい外科医、さらには癌の新薬を開発する製薬会社の社員として、世の中のため働いている人なのです。
そんな人が2002年に仕事でアメリカに行った時にテレビで報道されていたエリザベス王太后の崩御を伝えるニュースを見て、何千人という人たちが悲しみにくれている情景に心を打たれ、こういう時に歌うものとして自らの手で「レクイエム」を作ろうと思い立ったのです。
それはあくまで彼自身が満たされるための作業でしたから、いつまでに作り上げる、といったような期限もありません。一日の仕事が終わった夜中にピアノに向かって心から湧き出てきたメロディを奏でて楽譜に書き起こすという時間は、まさに至福の時だったのでしょう。結局、彼は8年かかって「レクイエム」の全てのテキストにメロディをつけ終わりました。
もちろん、そんなものは世間に公表するつもりはさらさらなく、単に作曲上の誤りを指摘してもらってこれをさらに良いものに仕上げるために、知り合った音楽コーディネーターのデイヴィッド・ゲストという人にこの楽譜を見せました。ゲストは、自分で「こうでないといけないよ」というような助言はせず、彼に作曲家でオーケストレーションの仕事をしているジョナサン・ラスボーンという人を紹介してくれました。ところが、ラスボーンはこの楽譜を見るなり、いきなりオーケストレーションのプランを語り始めたのです。彼はこのメロディの中に、しっかりとした可能性を見出したのですね。
それから2年かかって、オーケストレーションは完成しました。ここでゲストが実際のレコーディングを仕切りはじめます。BBCシンガーズの首席客演指揮者のポール・ブローを指揮者に招き、この曲を録音するだけのために、イギリス国内からオーケストラと合唱団のメンバーを集めてしまったのです。
全曲を演奏すると1時間ほどかかるこの「ウッド・レクイエム」は、通常の典礼文のテキストをもれなく使って、全部で10の曲によって構成されていました。混声合唱に4人のソリストと、フル編成のオーケストラが加わります。
何よりも魅力的なのが、その、1度聴いただけで心の底に響いてくる豊かなメロディです。それを彩るハーモニーも、まさに古典的、5度圏や平行調の範囲を超えることはまずない、予定調和の響きが続きます。唯一、「Sanctus」と「Libera me」で出現するのがエンハーモニック転調ですが、それはフォーレのレクイエムの中で印象的に聴こえるものですから、おそらく作曲者はそのあたりを参考にしていたのでしょう。
全体の印象は、もちろんそのフォーレの雰囲気もありますが、ジョン・ラッターの作品にもとても似通ったセンスを感じることが出来ます。何よりも、そのオーケストレーションの甘美なこと。時折金管楽器のファンファーレで華やかになるところもありますが、基本のサウンドはハープと弦楽器が織りなす繊細なサウンドです。さらに、そんなオーケストラや合唱をシルキーにまとめた録音も手伝って、そこにはまさに天上の音楽が鳴り響きます。
ただ一つの欠点は、普通の「レクイエム」ではちょっとありえないほどのスペクタクルなサウンドで盛り上がって終わるというエンディングです。ただ、ウッドはしっとりと消え入るように終わるエンディングも考えていたのですが、その両方を彼の妻に聴かせたところ、即座に「賑やかな方!」という答えが返ってきたので、この形になったのだそうです。
その時、コンスタンツェやアルマと並ぶ「悪妻」が誕生しました。

CD Artwork © Orchid Music Limited

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# by jurassic_oyaji | 2017-11-02 20:22 | 合唱 | Comments(0)
今度はもっと容量のあるレコーダーを買いましょう
 今月の「コラム」は、「ジュラシック・レフト」でした。もはやここまで来ると元が何だったのか分からなくなりそうですが、いいんです。とにかく意味のある3文字か4文字の言葉であればいい、ぐらいの制約しかなくなっていますから。
 もちろん、この「レフト」にはきちんとした意味があります。コラムの中では最近起こった「レフト」に関するエピソードが語られていますからね。この間ご紹介した、演奏会でホールのマイクを使って録音したら、左と右のチャンネルが反対になっていた、というお話です。ところが、こういう「ミス」は、これが初めてではありませんでした。憶えている方もいらっしゃるかもしれませんが、4月に行われた定期演奏会では、名取市文化会館の職員がケーブルの配線を間違えて、レコーダーに接続したケーブルが逆チャンネルになっていたのですよ。そして、そんな「事故」が10月の川内萩ホールでも起こってしまいました。確かに、いずれのホールもスタッフの対応はちょっと満足には程遠いものでしたから、そんな緩みが反映された結果なのでしょうか。
 ところが、実はそれだけではなかったのです。8月に戦災復興記念館で行われた「アンサンブル大会」の時の録音を、ちょっと必要があって聴き直してみました。そうしたらそれもチャンネルが逆になっていたことに気が付きました。最初にCDを作るためのモニターをしている時にもなんだか変だな、という気はしていたのですが、そんな間違いもあるということを知ってから改めて聴いてみると、明らかに定位が反対になっていることははっきり分かります。私が出たフルート四重奏でも、フルートが右側、チェロが左側と、全く反対方向から楽器が聴こえてきますからね。
 このホールのスタッフさんは、とても気持ちのよい方でした。客席の照明まで気を使ってくれて、こっちに使いやすいようにわざわざ上の調整室まで行って声を出しながら調節してくれましたし、ホールのレコーダーで使うメディアが、こちらで用意したのでは足らないことが分かった時には、真剣にあせってくれましたからね。でも、やはり私のレコーダーに送り込んだケーブルは、左右が逆だったのですよ。
 つまり、今年は私がD-100を使って録音した3つのホールが、すべてライン出力のチャンネルを逆にしていた、という、非常に珍しいことが起きていたのでした。そうなると、当然ながらレコーダーの方には何らかの異常はないのか、ということになりますよね。ですから、まずその疑いを晴らすために、何度もCDを同じ条件でライン入力を使って録音して、モニターしてみましたよ。予想通り、定位は何の異常もありませんでした。念のためマイク入力でも試してみましたが、こちらも問題は全くありませんでしたよ。まあ、見ていると、ホールでは別にチャンネルを色分けしているようなことはなかったので、その辺はあんまり気を使わないで、「出せばいいんだろう」ぐらいのスタンスなのでしょうかね。ああいうところは。今まで問題のなかった県民会館、イズミティ、楽楽楽ホールでも、これからはしっかりチェックをしなければいけませんね。
 そんな災害が、我が家でも勃発してしまいました。長年使っていたBDレコーダーが、突然動かなくなってしまったのです。なんか、聴いたこともないようなまるでブザーのような異音がして、操作不能になってしまいました。どうやらハードディスクが壊れたようですね。いや、だいぶ前からBD-ROM、つまり買ってきたBDがかからなくなっていたので変だとは思っていたのですが、録画やBD-Rへのダビング、再生はなんともなかったので使い続けていましたが、もう6年ぐらいになりますからね。
 たまに、思い出したように起動する時もあるので、その時をねらって必要なものをダビングしておきましょう。完全にくたばるまでに、必要なものが全部ダビングできればいいのですが。幸い、もう1台、別の部屋にあまり使われていないものがあったので、当座はそれでしのげますし。
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# by jurassic_oyaji | 2017-11-01 22:31 | 禁断 | Comments(0)
TCHAIKOVSKY/Symphony No.6 Pathétique
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Teodor Currentzis/
MusicAeterna
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先日、BSでクレンツィスとムジカ・エテルナが今年のザルツブルク音楽祭でモーツァルトの「レクイエム」を演奏していた映像が放送されていましたね。この曲はCDも出ていますから、どんな表現をしているのかは予想出来ていましたが、やはり実際の姿を見るとそれがとても説得力に富んでいることがよく分かります。一番驚いたのは、彼らはチェロとコントラバス奏者以外は、合唱もオーケストラも立って演奏していたことです。休みのところでも立ったままなんですよ。というか、そもそも椅子が用意されていないのですね。ですから、「Tuba mirum」でのトロンボーン奏者などは、ソロが始まるとステージの前に出てきて暗譜で吹き始めたりします。まるで、ジャズのビッグバンドでソロを取る人が前に出て来て演奏するというノリですね。コンサートマスターも横を向いたり後ろを向いたりと、ほとんど踊りながらヴァイオリンを弾いていました。
そのモーツァルトでは、もちろん全員がピリオド楽器を使っていました。しかし、今回はチャイコフスキーですから、同じ「ピリオド」とは言ってもモーツァルトの時代とはかなり異なる、ほとんどモダン楽器と変わらないものを使っているはずです。ですから、この「ムジカ・エテルナ」という、クレンツィスがオペラハウスのオーケストラのメンバーを集めて作った団体では、そんな、モダンもピリオドも両方の楽器に堪能な人を揃えてるな、と思ったものです。
今回の録音は、2015年の2月にベルリンのフンクハウスで行われました。その時のメンバーがブックレットに載っているので、同じ年の10月から始まった「ドン・ジョヴァンニ」の録音の時のメンバーと比較してみると、やはり木管楽器あたりはほぼ全員他の人に変わっていましたね。確かに、木管では両方の楽器のそれぞれにスペシャリストになるのは大変です。ただ、トランペットやトロンボーンは、大体同じ人が演奏していました。弦楽器でも、何人かは「両刀使い」がいるようで、ここでは、半分ぐらいは別の人のようでした。ですから、やはりこの団体は、曲の時代によって大幅にメンバーを入れ替えて演奏しているのですね。そして、きっと「悲愴」の時は、みんな座っているのではないでしょうか。
それと、そのメンバー表を見ると、弦楽器の人数が16.14.12.14.9と、低弦がやたら充実していることが分かります。しかも、先ほどのモーツァルトは普通にコントラバスが右端に来る配置でしたが、どうやらここでは対向配置をとっているようで、コントラバスが左奥から聴こえてきます。そんなこともあって、第1楽章の序奏での低弦は、巨大な音の塊がのっそりと迫ってくる、というとてつもなく不気味なインパクトがありました。
さらに、続く主部のテーマは、本当はとても美しい女性が、あえて醜さを装って他人との接触を拒んでいる、みたいな不思議な思いが込められたものでした。もうそれだけで、この演奏が従来のイメージを破壊した上に成り立っているものであるのかが分かります。
おそらく、クレンツィスは今までの慣習を完全にリセットしたうえで楽譜を読むという、これまでに見せてきた手法を「悲愴」にも用いただけなのかもしれません。ですから、第2楽章で、ちょっと聴いただけでは軽やかなワルツに聴こえなくもないものを、あえて5拍子という変拍子を強調することで、その中にあるはずの複雑な情念を表に出そうとしていたのでしょう。
とはいっても、ここまでやられるとそもそもこの時代の音楽とはいったいなんだったのか、という根源的な疑問にまで立ち向かわなければいけないのでは、という思いにもかられます。正直、それはとても辛いことのような気がします。
そう思えたのには、なんとも圧迫感の強い、あまり美しくない録音にも責任があるはずです。この録音会場であれば、もっとのびやかな音で録ることはそんなに難しいことではありません。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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# by jurassic_oyaji | 2017-10-31 23:01 | オーケストラ | Comments(0)