おやぢの部屋2
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まだ、新宿駅の西口からは外に出られません
 この間東京に行った時には、新しい道が見つかったり、前もって調べておいた隠れルートに実際に行ってみたりと、オペラ以外にも楽しいことがありました。
 まずは、朝に東口の駐車場に車を置いて、駅に行こうとしたら、いつものエスカレーター(写真に左端)の前に新しくオープンしたばかりのホテルの入り口があって、その中にエスカレーターが見えました。「仙台駅」と書いてあるぐらいですから、ここから駅まで行けるはずです。
 予想通り、仙台に初めてできたという「成城石井」の横を通って、中央通路に出ました。
 そこからは、この、前からある新幹線改札への直行入口からまたエスカレーターに乗れば、最短で行けます。
 一方、終点の東京駅の方では、前から気になっていることがありました。八重洲口の改札口は北、中央、南と3つあるのですが、それ以外にも「日本橋口」というものがあるのです。ただ、確かにこれは看板は目にしたことはあるのですが、実際にそこから出たことはありません。というか、新幹線を降りて普通にホームから下に降りると、そんなところに行く案内は全然ないのです。
 構内図で見るとこんな感じ。ピンク色の構内からは左上の「日本橋口」は完全に隔離されているんですよね。いったい、ここから出るには、どこを通ればいいのでしょう。
 それは、そこにもう1枚の構内図、ホームの配置図を重ねれば分かります。日本橋口は、新幹線のホームの北の端から直結しているのですね。
 ですから、私も、降りたらまっすぐホームを北に向かって歩きました。他のお客さんはみんな階段やエスカレーターで下に行ってしまいましたから、この案内があるあたりには誰もいませんでした。
 その先、本当にホームの端っこが、改札口への入り口でした。こんなところがあるなんて、知ってました?
 そこから出てくると、右手にはすぐキッチン・ストリートの看板があります。
 これで、今まで謎だったことが一つ解明されました。おそらく、これで東京駅の通路は、ほとんど手中に収めたことになります。もう、どこからでも出たり入ったりできるようになっているはずです。
 でも、それで喜んでいてはいけません。来月は渋谷駅のあたりに行くことになっています。道玄坂ではないですよ。あそこは東京駅以上に複雑ですから、いったいどうなることでしょう。というか、埼京線のホームって、あれはいったいなんですか。ほとんど隣の駅じゃないですか。まあ、東京駅の京葉線よりはましでしょうが。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-09 21:39 | 禁断 | Comments(0)
SIBELIUS/Kullervo, KORTEKANGAS/Migrations
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Lilli Paasikivi(MS), Tommi Hakala(Bar)
Osmo Vänskä/
Ylioppilaskunnan Laulajat(by Pasi Hyökki)
Minnesota Orchestra
BIS/SACD-9048(hybrid SACD)


シベリウスには7曲の交響曲がありますが、「交響曲第1番」が作られる7年ほど前に完成した「クッレルヴォ」というタイトルの2人のソリストと男声合唱とオーケストラのための作品も、時には「クッレルヴォ交響曲」と呼ばれて交響曲の仲間として扱われることもあります。
「クッレルヴォ」というのは、おなじみ、北欧叙事詩の「カレヴァラ」に登場する人物の名前です。その悲劇の主人公が描かれた部分をテキストに使っていますが、そのお話は主人公が鍛冶屋に奉公に出されるとか、死んだはずの妹が実は生きていて、それとは知らずに関係を持ってしまうとか、なんだかワーグナーの「指環」とよく似たエピソードが登場します。このあたりのルーツは一緒なのでしょうね。そんなテキストの中のクッレルヴォのセリフをバリトンが歌い、クッレルヴォがナンパする女性3人のセリフをメゾ・ソプラノが歌います。3人目の女性が、実は妹だったんですね。そして、それ以外の情景や感情の描写が、男声合唱で歌われます。ですから、基本的にこの作品は劇音楽としての性格を持っています。ただ、全く声楽の入らない楽章もあって、それぞれがソナタ形式をとっていたり、スケルツォ的な性格を持っていることから、交響曲としての要素もあります。ここには、後のシベリウスの音楽のエキスが、数多くちりばめられています。ちょっと辻褄があわないところはあるにしてもこの涙を誘う物語は、まるで大河ドラマのような(@新田さん)壮大な音楽に彩られて、深い感動を誘います。
この作品は完成直後の1892年4月に作曲家自身の指揮によって初演され、大好評を博しました。しかし、彼の生前には出版もされず、全曲の演奏も長い間行なわれませんでした。ブライトコプフから楽譜が出版されたのは、1966年のことです。日本で初演されたのは1974年、渡邉暁雄指揮の東京都交響楽団による演奏でした。余談ですが、今年はフィンランド独立100周年ということで、同じ東京都交響楽団が11月にハンヌ・リントゥの指揮でこの作品を演奏するのだそうです。もちろん、2015年には新田ユリさん指揮のアイノラ交響楽団も演奏していたのは、ご存知の方も多いことでしょう。いずれにしても、演奏される機会は非常に少なく、録音でも北欧系の指揮者以外でこの曲を取り上げているのはコリン・デイヴィスとロバート・スパノぐらいしかいないのではないでしょうか。
そんな珍しい曲を、2度録音してくれた人がいます。それは、フィンランドの指揮者オスモ・ヴァンスカ。1回目は2000年のラハティ交響楽団との録音、そして今回2016年のミネソタ管弦楽団との録音です。どちらもレーベルは同じ、さらに、合唱団(YL=ヘルシンキ大学男声合唱団)とメゾ・ソプラノのソリストまで同じです。演奏時間もほぼ同じ、第5楽章だけ、今回の方が1分ほど早くなっていますが、別に聴いた感じそんなに違いはありません。ただ、録音は今回の方がワンランク上がっています。それに伴って、合唱の表情などがより生々しく伝わってきているでしょうか。
これが演奏されたのは、フィンランドから北アメリカへの移住が始まってから150年を記念するコンサートでした。そこでは、ミネソタ管弦楽団とヴァンスカが1955年生まれのフィンランドの作曲家オッリ・コルテカンガスに委嘱した「移住者たち」という作品が初演されています。どこかの国の大統領や総理大臣ではありませんよ(それは「異常者たち」)。この作品では、その「移住150周年記念」というテーマの他に、このシベリウスの「クッレルヴォ」との相似性も追及されていると、作曲家は言っています。ここでも、男声合唱は大活躍、ア・カペラの合唱だけで演奏される楽章もあります。
そして、最後にもう1曲、シベリウスの「フィンランディア」でもこの男声合唱団があのテーマを高らかに歌い上げています。

SACD Artwork © BIS Records AB

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-08 20:38 | 合唱 | Comments(0)
カンブルランは新国に来てました
 最近、仙台のFM局が音楽づいていますね。タワーレコードとのコラボで「No Music No Date FM!」などという、恥ずかしすぎるコピーまで作って、盛り上がっているようです。そこで、色んな番組でゲストがやってきた時にも、パーソナリティが音楽がらみの質問などを交えてトークが進む、というような場面をよく耳にするようになってきます。そんな時にゲストに「あなたのルーツミュージックは何ですか」聞くと、「荒井由美でしたね」とか答える、なんてことが起こります。彼の根っこ(ルーツ)となっている音楽(ミュージック)、という意味で使ったのでしょうが、普通はこういう時に「ルーツミュージック」という言葉を使うのは明らかな誤用です。この言葉は、音楽用語としてきっちり定義されているもので、歴史的にポピュラー音楽の元になった音楽、という意味が与えられています。具体的にはゴスペルとかディキシーランド・ジャズ、ブルーグラスといったジャンルの音楽ですね。そのようなものが進化、あるいは変化して、今の音楽になったと考えられるものです。そう考えれば、「あなたのルーツミュージック」というような言い方は出来ないことは容易に分かります。もちろん、「荒井由美がルーツミュージック」などということは、絶対にありえません。
 クラシックの場合は、「ルーツミュージック」に相当するものは何になるのでしょうか。まあ、中世やルネサンスあたりの音楽なのでしょうか。それらは、脈々とその後の音楽の底辺を支え、現代の音楽にまでしっかりその影響を残しています。
 20世紀を代表する作曲家、オリヴィエ・メシアンも、そんな「ルーツ」を大切にしていた人なのではないでしょうか。決して頭でっかちにならずに、どんな時代でも通用するような感覚にあふれた彼の音楽は、多くの人を魅了してきました。シェーンベルクの後期の音楽はもうしばらくしたら完全に忘れ去られることでしょうが、メシアンの作品はこれからも愛され続けるはずです。
 そんなメシアンの唯一のオペラ、「アッシジの聖フランチェスコ」は、今まで国内では全曲が演奏されることはありませんでしたが、今年11月に、コンサート形式で全曲の日本初演が行われることになりました。東京では19日と26日にサントリーホール、そして、23日には滋賀県のびわこホールと、全部で3回のコンサート、シルヴィア・カンブルラン指揮の読売日本交響楽団です。このニュースを聴いたときには、絶対に聴きに行きたい、と思いました。これも、この間の「ジークフリート」と同じぐらいの時間がかかるオペラですけどね。
 何を隠そう、私はメシアンと、この作品の大ファン、今まで出ていた録音と映像は全て(と言ってもCDが2種類とDVDが1種類だけですが)持っています。DVDはオーケストラがステージの上で演奏する限りなくコンサート形式に近いものでしたが、それでも十分に楽しめましたから、この読響のステージも期待が出来ます。これはもう、発売初日には「ぴあ」で買ってやろうと、虎視眈々とその日を待ちました。
 発売日が発表されたのは、それからしばらくしてのこと、その日はお昼から「杜の都合」の練習がありましたが、発売は10時からなので間に合うでしょう。ところが、時間になってぴあに行ったら、まずはネットがつながりません。アクセス過多でパンクしていたんですね。それでも5分ぐらいでつながりましたが、なんと座席指定が出来るのは11時からなんですって。そんなこと、きいてませんよ。というか、ぴあの場合劇団四季のように最初から座席指定はできないようですね。そして、もちろんその時点で、数日前から始まっていた先行予約のため、BC席はすべて売り切れていました。
 ここは、焦る気持ちを抑えて11時まで待つしかありません。私にとって、座席指定はマスト、できれば2階席のBブロックで聴きたかったので、そこがなければ買わなくてもいいかな、ぐらいに思ってました。ところが、やっと座席指定のところまで行ってみると、なんと2階席はどのブロックもすべてなくなっていたではありませんか。もちろん、東京の両方の日をチェックしましたが、どちらも同じでした。日本のオーケストラでこんなことがあるなんて、信じられませんでした。それでも、やっぱり聴きに行きたいので、まだ残っていた1階席を買いましたけどね。
 それをニューフィルの友人に話したら、彼(彼女?)も行きたがってチケットを買おうと思ったのだそうですが、サイトでその日のうちに完売したことを知って、がっかりしていましたね。

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-07 22:13 | 禁断 | Comments(0)
60TH ANNIVERSARY
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Duke Aces
UNIVERSAL/UPCY-7060


先日、「デューク・エイセス解散!」というニュースが日本中を駆け巡りましたね。いや、それほど大袈裟なものではありませんでしたが、この、結成されてから60年以上経っているコーラスグループがなくなってしまうことは、一部の人にはかなりの衝撃だったはずです。
結成されたのは1955年ですが、その時のメンバーで今日まで歌い続けているのはバリトンの谷道夫さんだけです。ただ、1958年までにセカンドテナーの吉田一彦さんとベースの槇野義孝さんが加入した後は、この3人は2014年までの57年間変わることはありませんでした。これは驚異的なことです。イギリスの「キングズ・シンガーズ」などは、やはり50年近くの歴史を誇っていますが、メンバーの中で最も長く在籍したデイヴィッド・ハーレイ(カウンターテナー)の在籍期間は「たった」26年ですからね。
何度も代わっていたのはトップテナーのパート。初代(最初はセカンドでした)の和田昭治さんは1960年に小保方淳さんに代わり、さらに1964年には谷口安正さんに代わって、ここからこのグループの黄金期を迎えます。永六輔といずみたくのチームが作った「にほんのうた」シリーズが次々にリリースされたのはまさにこの時代ですね。この中からは、「女一人」とか「いい湯だな」といった、今にまで伝えられる名曲も生まれています。「筑波山麓合唱団」も、ある意味男声合唱の定番ですね。
さらに、トップテナーの人事異動は続きます。1991年からは谷口さんの急逝を受けて飯野知彦さん、そして2010年からは大須賀ひできさんに代わっています。
2015年に60周年、つまり「還暦」を迎えるにあたって、デューク・エイセスはその前年に「感謝還暦」というアルバムをリリースします(「還暦」が「感激」もじりだということは説明の必要はないでしょう)。ここでは、彼らの鉄板のレパートリーであるニグロ・スピリチュアルズやジャズ・コーラスのスタンダードの他に、かつて永六輔が作詞、中村八大が作曲をし、永自身が歌った「生きるものの歌」の、永のセリフ入りバージョンと、新曲の「友よさらば」が加わっていました。それを引っさげてのツアーが、同じ年の10月から始まるのですが、そのステージにはセカンドテナーの吉田さんの姿はありませんでした。彼は体調を崩して療養中だったので、代役の岩田元さんがそのパートを務めていたのです。翌年の3月には吉田さんの引退が発表され、岩田さんが後任となることが決まりました。
そして、それから2年後に、デューク・エイセスの解散が告げられました。今年の末には、この男声カルテットは62年の歴史に幕を下ろすのです。決して19(ジューク)年で終わることはありませんでした。
岩田さんが加入してから最初の、そしておそらく最後となるアルバムが、この「60周年記念盤」です。5年前にも55周年記念アルバムhttp://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/oyaji2/oyaji_84.htm#dukeを出していましたが、これも同じような内容のベストアルバムです。何曲か、55周年盤と同じ曲が収録されていますが、「おさななじみ」の続編と続々編、そして「ここはどこだ」を除いては全て別テイク、オリジナルではなく、1992年にリリースされた「新世界」というタイトルのセルフカバーアルバムのために録音されたものです。ただ、それはいろいろ調べて分かったことで、このアルバムにも55周年盤同様録音データは一切記載されてはいません。
そして、新録音として、2015年の3月の、最後のメンバーによるライブ音源が2曲入っています。これを聴いて、デュークはトップテナーが大須賀さんに代った時点ですでに終わっていたことを強く感じました。先ほどのセルフカバーでは、飯野さんは極力谷口さんのコピーに徹しようとしていましたが、この人は最初からそんな努力とは無縁だったようです。そこに素直な声の岩田さんが加入して、この異質な声はより際立って聴こえます。なぜこんな人を入れたのか、理解に苦しみます。悔やまれてなりません。

CD Artwork © Uninversal Music LLC

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-06 22:57 | 合唱 | Comments(0)
つばめKITCHENのメニューは、つばめグリルとちょっと違います
 きのうは、一人で旅に出てきました(探さないでください、とか)。
 いえ、そんな青いものではなく、単なるかっこつけなんですけどね。とにかく、まるまる6時間同じ場所に座り続けるという苦行のために東京に行ってくるだけのことです。まあ、途中で休憩はありますけど。
 ワーグナーのオペラの全曲は、だいぶ昔のバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演で「ワルキューレ」を見たことがあるだけ、こればっかりは仙台で見ることなど全くあり得ませんから、この前新国で「カルメン」を見た時に、これをやることを知って、チケットを買ってみました。時間も、マチネだったら2時に始まって8時に終わりますから、最終のはやぶさで帰ってくることが出来ますし。
 ただ、問題はありました。ご覧のように幕間に休憩が2回ありますが、それがそれぞれ45分も取ってあるのですよ。まあ、なんたってワーグナーですから、歌手もオーケストラもそのぐらいの休憩は必要なのかもしれませんが、普通のコンサートでは20分ぐらいの休憩が1回あるだけですから、お客さんにとってはあまりに長すぎます。
 もっとも、おそらくこの時間に食事をしようという人も見込んでいるのでしょう。しかし、それだったらグラインドボーンやバイロイトのように1時間半ぐらい取ってもらいたいものですね。どこか近くでちゃんとした食事を摂ろうと思ったら、これでは短かすぎます。私は、仕方がないのでお隣のオペラシティの地下のロッテリアに行きましたけどね。
 でも、帰ってきたら、ホワイエにはいつの間にかたくさんの「屋台」が出ていたではありませんか。飲み物やサンドイッチ、さらには「ミーメのキッチン」とか言って、ちゃんとしたハヤシライスなんかも出していましたよ。1皿600円ですって。オペラハウスのホワイエでこんな値段は、安すぎます。こんなことをやっていたんですね。ただ、ここで買ったはいいけど、それを食べる場所を見つけるのにちょっと苦労しそうですね。最悪、立ったままお皿を左手に持って食べなければいけないかもしれません。
 さらに、入るときには無かったものがもう一つありました。
 ここは、モギリの前のエントランスで、開演前はこのようにシャッターが下りてます。「カルメン」の時には、このあまりにオペラハウスらしからぬ閉鎖的な態度の物証を撮り忘れていました。これが、休憩時間には、モギリの場所をもっと前に持ってきて、この空間にスタッキング・チェアをずらりと並べて、そこに座って時間をつぶせるようにするのですよ。たしかに、ロッテリアから帰ってきたらここにみんな黙々と座っていましたから、ものすごい違和感がありましたね。ここはオペラハウスのロビーではなく、病院の待合室か、と思ってしまいましたね。いや、いまどきの病院だったら、もっとふかふかのゆったりしたソファーを用意しているところだってありますよ。この前のクロークの不手際といい、ここは絶対何か勘違いを犯しています。
 オペラの方は、やはり勘違いをしている客がすぐ前の席に座っていたために、視界を遮られて腹が立ちましたが、演奏は素晴らしい歌手たちの歌に、まさに酔いしれてしまいました。最初のミーメ役のアンドレアス・コンラッドからして、ジークフリート役のステファン・グールドよりもすごい声を聴かせてくれていましたからね。もっとも、おそらくグールドはこのあたりは少し声をセーブしていたのかもしれませんね。もう、しり上がりに声の伸びが増していって、完全に圧倒されました。ヴォータン役のグリア・グリムスレイはちょっと軽めの声ですが、それが狡猾さを出していたのかもしれません。後半になって登場するエルダ役のクリスタ・マイヤーと、ブリュンヒルデ役のリカルダ・メルベートもすごかったですね。メルベートはずっと寝ていたせいでしょうか、立ち上がりはちょっと不安でしたが、最後はグールドともども、ホール一杯に声を響かせていました。
 最悪だったのは小鳥役の日本人のキャストたち。そもそも、なんで4人も必要なのか、全く理解できません。そして声がお粗末なだけではなく、体型もお粗末な人もいましたね。場末のストリッパーのような安っぽい肌襦袢を着ていますが、もろに三段腹が見えてしまうのは醜悪すぎます。
 それと、このプロダクションは故ゲッツ・フリードリヒが最後にフィンランドの歌劇場で手掛けたものなのだそうですが、装置もそこで使われたものをそのまま使っているためでしょうか、新国のプロセニアムの上半分がふさがれていました。「カルメン」の時の広々としたステージを期待していたのに。第3幕の第1場などでは、ヴォータンの乗ったステージがせり上がるのですが、そうなるとさらに圧迫感が強まってしまいます。それと、些細なことですが、第1幕のセットでは、2階席からは歌手が後ろに降りていく階段の手すりが丸見え、興ざめです。「共同制作」というのは、このような不具合を強制されるものなのでしょうかね。
 そんなアラ探しばっかりやっていたのは、オーケストラが何か違うな、という感じがあったからなのでしょうか。とにかく淡泊すぎて、ワーグナーらしいドロドロとしたものが全く感じられないのですよね。編成はハープは4台(楽譜の指定は6台)しかありませんでしたが、あとはしっかり16型の弦楽器がピットに入っていたのに。
 でも、バンダでコール・アングレ(ジークフリートの葦笛)を吹いていた人が、ニューフィルにトラで来たこともあるMさんでした。とっても「ヘタ」で、すごくよかったですね。
 幕が下りたのが19:44、予定より早く終われば、ギリギリ最終の一つ前のはやぶさに乗車変更しようかなと思っていましたが、これでは絶対無理です。予定通り、ゆったりと夜の東京を一人で楽しんできましたよ。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-05 21:34 | 禁断 | Comments(2)