おやぢの部屋2
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本物のホールを使ってました
 雪が降りましたね。同じ東北地方でも日本海側の県では今年はものすごい積雪なのに、太平洋側ではそれほどでもなくて、そんなニュースを見るたびに心苦しく思っていましたから、やっと降ってくれたな、という感じでしょうか。ただ、朝出かける時には車には結構な雪が積もってはいたものの、道路の雪は殆ど融けていたので、大したことはないと思ってました。職場までの急な坂道も楽々登れましたからね。
 でも、職場の駐車場は、新雪がたっぷり積もっていましたね。これが車で踏み固められて凍ったりすると大変なので、まずは雪かきです。そのうち、なんだか空が明るくなって青空まで見えてきましたから、そのまま融けてしまうんだと思いましたね。天気予報でも午後には雪はやむようなことを言ってましたからね。
 しばらく部屋にこもって、今年のニューフィルの最後の仕事、1月に行われる団員総会のための資料作りに励みます。新しく入団した人、諸事情で退団した人と、今年もたくさんの人が出たり入ったりしてましたね。つまり、「私の前を、多くの人が通り過ぎる」といった情景ですね。「上を・・・」じゃないですよ。
 それも仕上がったので窓の外を見ると、なんと大吹雪のよう。いつの間にかまた雪が降り始めていたではありませんか。もうしっかり降ってきて、結局もう1回雪かきをしなければいけませんでしたよ。その頃は、もう地面が凍り始めていましたね。帰りに坂道を降りるときは、ちょっと怖かったですね。でも、e-Powerの場合、ブレーキを踏まなくても坂の途中で完全に停まれることが分かって、安心しました。これが昨日でなくてよかったですよ。昨日はここで木管の分奏をやっていたので、終わってからこんな状態だったらかなり怖かったでしょうね。今年最後のニューフィルが分奏、しかもかなり欠席者がいたので、何ともさびしい練習でした。エアコンを全開にしても部屋がなかなか暖まらなくて、寒かったせいもあるのでしょう。
 おととい録画で見たのは、「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」でした。元題は「Florence Foster Jenkins」という、主人公のフルネームだけなのに、相変わらずおせっかいでセンスのない邦題です。まあ、我々だったら彼女のことはよく知っていますが、一般の人にはほとんどなじみのない名前だからかもしれませんが。「我々」というのはおこがましい言い方ですが、クラシック・ファンでこの名前を知らない人はまずモグリでしょう。というかだいぶ前に筋金入りのクラシック・ファンに、「なんでそんな名前知ってるの」と言われて、いたく傷ついたことがありましたからね。その人の場合は、ごく限られた人しか知らないと思っていたことが、私のようなシロートでも知っていることが分かって、逆にプライドを傷つけられたのかもしれませんけどね。
 ということで、そういう名前の超オンチの癖にレコードを出したりカーネギーホールでリサイタルを開いたりしていたあの女性を主人公にした映画です。
 おそらく、これはかなり史実に忠実に作られているのでしょう。彼女が録音したレーベルまできちんと押さえていましたからね。その上で、たぶん史実とはかなり異なる心情やエピソードを交えて、「感動的」な物語に仕上げている、といったものなのでしょう。「アマデウス」ほどのデタラメではないものの、思想としては通じるものがあるのではないでしょうか。
 ですから、ここには彼女の専属伴奏者だったピアニストも実名で登場しています。リアル彼女の録音を聴いていて、いつも感心しているのが、その伴奏者の演奏だったりしますから。彼は、完全に彼女のデタラメな歌にきっちり寄り添って、完璧な伴奏を弾いているように聴こえますからね。そんな彼の姿が「動いて」見えるのですから、これは感激ものです。しかも、ここではそれを演じている人(サイモン・ヘルバーグ)が、実際に演奏しているんですよね。確かに、彼はちゃんとした音楽家でした。これだけで、映画そのものに確かなリアリティが生まれていましたね。もちろん、メリル・ストリープも、「本物」をしっかり聴いて完璧にコピーしていたように見えました。それだけで十分です。あとの、夫の存在などは、余計なもののようにさえ思えます。彼は、邦題のような「夢」なんか見てはいなかったのではないでしょうか。
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# by jurassic_oyaji | 2017-12-27 21:57 | 禁断 | Comments(0)
STRAUSS/Salome
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Emily Magee(Salome), Wolfgang Koch(Jochanaan)
Peter Bronder(Herodes), Michaela Schuster(Herodias)
Andrés Orozco-Estrada/
Frankfurt Radio Symphony
PENTATONE/PTC 5186 602(hybrid SACD)


フランクフルト放送交響楽団が、現在の首席指揮者のアンデレス・オロスコ=エストラーダの指揮でこのレーベルに録音した3枚目のアルバムは、シュトラウスのオペラ「サロメ」でした。
このオーケストラ、最初に掲げたような呼び名で、例えばエリアフ・インバルとの、おそらく世界初のデジタル録音によるマーラーの交響曲全集を作った団体としておなじみですが、その後2005年に「hr-Sinfonieorchester(hr交響楽団)」という名前に変わっていました。しかし、2015年からは、国際公式名として「Frankfurt Radio Symphony」を採用することになったため、日本語では以前と同じ呼び方でも構わなくなりました。
指揮者のオロスコ=エストラーダは、1977年にコロンビアに生まれたという若手です。主にウィーンで指揮の勉強をしたそうです。勉強をおろそかにしなかったので、今では立派なオーケストラのシェフになれました。
彼がこのオーケストラの首席指揮者になったのは2014年。それまではウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席奏者でした(2015年まで兼任)。つまり、現在の指揮者、佐渡裕の前任者ということになります。
この「サロメ」は、2016年9月10日に行われた、コンサート形式の上演をライブ録音したものです。会場は先ほどのマーラー全集で一躍有名になったフランクフルトの「アルテ・オーパー」です。
レーベルもエンジニアも違いますが、まずはあの時のようなヌケの良い明晰なサウンドを存分に楽しむことが出来ます。シュトラウスの、多くの種類の楽器を使った色彩豊かなオーケストレーションが、とても高い精度で再現されているのではないでしょうか。それだけではなく、ソリストとともにバランスも完璧、目くるめく官能的な音楽が眼前に広がります。
ここで主役のサロメを任されたのは、アメリカ人のエミリー・マギーです。1965年生まれと言いますから、もはや「おばさん」の年齢に達していますが、その強靭な声は年を感じさせないものがあります。スタミナも充分、最後の長大なソロまで、楽々と、そして表情の豊かさを失わず歌いきっています。
オロスコ=エストラーダの指揮は、とても腰の据わった堅実なものでした。最大の聴かせどころである「7つのヴェールの踊り」でも、表面的な派手さはねらわず、じっくりと深いところから情感を滲み出していくような作り方で、圧倒されます。そんな渋さを演出しているのが、フルートのソリスト。極力ビブラートを抑えた暗めの音色が、逆に新鮮な味わいを出しています。
このオペラでは、地下牢に閉じ込められたヨカナーンの扱いが一つのポイントです。さすがにコンサートでは舞台下に潜り込むことはできないので、ここでは客席の一番後ろで歌っていました。いや、もしかしたらもっと後ろ、客席との扉を開けて、ロビーで歌っていたのかもしれません。
つまり、このSACDにはマルチチャンネルも含まれているので、その環境で再生してみるとヨカナーンの声は後ろの方から聴こえてくるのです。そして、次の場で地上に出てくる時には、ロビーからステージまで歩いて行ったのでしょうね。時間はたっぷりありますから。
もちろん、普通のステレオで聴いていたのでは、ヨカナーンの声にはたっぷりエコーがかかって、「遠くから」というのは分かりますが、それが後ろなのかどうかまでは、分からないはずです。
今では、このようにマルチチャンネルで録音して「サラウンド」の効果を出すことは、オーディオ・ビデオの世界ではもはや当たり前になっていますが、ピュア・オーディオではなかなか味わうことはできません。そもそも、SACDでサラウンドを聴くためのオーディオ機器は、今ではほとんど市場から姿を消していますからね。さらに、LINNのように、あれだけのスキルを持ちながらSACDから撤退してしまったレーベルもあります。さまざまな事情があるのでしょうが、これは非常にもったいないことです。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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# by jurassic_oyaji | 2017-12-26 23:17 | オペラ | Comments(0)
お昼ご飯も15分で済ませました
 杜の都合奏団が、最後のコンサートを目指しての活動を開始しました。正式なチラシも出来上がってきましたね。
 「フェアウェル・コンサート」ということで、泣いても笑ってもこれ以上は続けないぞ、という決意が込められたタイトルになっています。これまでなかなかに大変な曲を、かなりの短時間で仕上げていたので、まさに集中力の塊のようなコンサートになっていましたね。そんな得難い体験も、これで終わってしまいます。
 今回も3月の本番へ向けて10回ほどの練習日が設けられていますが、その最初の日が今日、なんと、クリスマス・イブの日なんですよね。それも、朝の9時から夕方4時までという長丁場です。そんな日に家庭も顧みず練習に参加する人は、はっきり言ってヘンタイです。ですから、フルート・パートの5人のうちの4人までは、午前の部には不参加という、「ノーマル」な対応でした。つまり、たった一人の「ヘンタイ」である私だけが、午前中に行われた最初の大初見大会に出席した、ということです。
 そう、まずは、参加者は期待できないものの、取り合えずマーラーの「交響曲第9番」を全曲止まらないで最後まで初見で通して観ようというのが、今日の午前中の練習の趣旨だったのでした。そこに集まったのは、弦楽器はやはり少な目でしたが、木管などはきちんと必要なメンバーは揃っていましたよ。フルートは私だけですが、この曲の場合ユニゾンが非常に多いので、なんとか間に合います。まあ、ピッコロがいれば完璧だったのですが、それは仕方がありません。
 私は、この曲はニューフィルでやったことはありますが、その時は2番のパートでしたから、1番を吹くのは初めてです。それなりに下準備をしていたので、まあボロが出るところはあまりありませんでしたが、個人的にはまだまだやりきれていないところが見つかったので、これからの練習の目標が見つかりました。なんせ第3楽章は初めから本番のテンポでやったので、それにきちんとついていくにはもうちょっと頑張らないといけません。
 弦楽器も、初見でこれだけ弾けるのだったら、きっと練習を重ねれば素晴らしい演奏が出来上がるのではないでしょうか。
 それにしても、第3楽章と第4楽章に出てくる「ホワイト・クリスマス」のメロディは、なんとタイミングの良いことでしょう。知ってます?あの有名なメロディが、マーラーの交響曲の中にちりばめられているのですよ。いや、実際に作られたのはアービング・バーリンの方が後ですけどね。
 午後からは、会場を変えて細かい練習です。ここで、フルートはフルメンバーが揃いました。やはり、きちんとユニゾンになると、吹いていて楽ですね。そして、マーラーの前半が終わったところで、あとは前曲のヨハン・シュトラウスです。こういう曲をやるのは久しぶりなので、なんか新鮮ですね。
 そんな、とても楽しい練習に丸1日出るために、この時期の毎年の恒例行事である年賀状の印刷はきのうのうちに終わらせておきました。全部出来上がって、今朝投函してきましたよ。このあたりは、毎年繰り返される綱渡りです。
 この年賀状、なぜかハガキの値上げがあったのに、これだけは今まで通りだったんですね。まあ、年に一度のおめでたい行事ですから、特別にサービスしてくれたのでしょうかね。いやいや、そうではなく、ただでさえ年賀状を出す人が減っているのに、値上げでこれ以上少なくなることは避けたいという、単なる「朝知恵」だったのでしょう。ですから、「サービス」だったら絶対にありえないこんなコメントを年賀状に印刷することになるのです。
 こんなみみっちいコメントを載せなければいけないのだったら、最初から普通に62円で販売すればいいじゃないですか。1月8日を過ぎたって、年賀状を出す人はいるんですからね
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# by jurassic_oyaji | 2017-12-24 22:35 | 禁断 | Comments(2)
POSTCARDS
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Jean-Louis Beaumadier(Pic)
6 Piccolists, 4 Pianists,
Basson, Kaval, Vibraphone, Casseroles
SKARBO/DSK4149


LPしかなかった時代からピッコロのための作品を集めた珍しいアルバムをCALIOPEなどで数多く作っていたピッコロ奏者のジャン=ルイ・ボーマディエのキャリアは、フランス国立管弦楽団のピッコロ奏者としてスタートしました。1978年にはそのオーケストラとともに来日してメシアンの「主イエス・キリストの変容」の日本初演を行っています。その時のフルートの首席奏者はパトリック・ガロワでしたね。同じ年に、デビューアルバム「La Belle Époque du Piccolo」を録音していました。そのオーケストラには12年間在籍し、その後はソリストとして世界中で活躍するようになります。かつては小澤征爾の指揮するサイトウ・キネン・オーケストラにも参加していましたね。
最近はあまり名前を聞くこともなくなっていたと思っていたら、つい最近このSKARBOレーベルから「World Piccolo」というシリーズの「第3集」がリリースされるというニュースが伝わってきました。彼の正確な生年はどこを探しても見つからないのですが、おそらくもう70歳近辺なのではないでしょうか。まだまだ頑張っていたのですね。
せっかくなので、そのシリーズを全部入手しようと、マルチ・バイでまとめて3枚注文したら、なぜか2015年にリリースされていた(録音は2014年)この「第2集」だけが「対象外」ということではじかれてしまいました。たしかに、インフォを見てみるとすでに「販売終了」になっていましたね。仕方がないので、他のものを入れて注文を完了させたのですが、その直後にインフォでは「在庫有り」になったので、あわててこれだけを購入してしまいましたよ。その直後にやはり「販売終了」になりましたが、いまでは「メーカー取り寄せ」に変わっています。いったい、どうなっているのでしょうね。そう言えば、このインフォの案内文も「フランスを代表するフルート奏者ジャン=ルイ・ボーマディエ。近年はピッコロの名手としてレパートリー開拓に積極的」なんて、アホなことが書かれていましたね。彼は40年近く前から「積極的」だったというのに。それを書いた代理店はもちろんキングインターナショナルです。
このシリーズでは、タイトルの通り世界中の作曲家によるピッコロのための作品が紹介されています。ここで取り上げられている人はフランスのダマーズ以外は全く知らない人ばかりです。アルメニア、トルコ、コスタリカ、エジプトといった珍しい国の名前も見られます。おそらく、その人たちはボーマディエがコンサートで訪れた時に知り合った友人たちなのでしょう。
演奏しているのも、やはりボーマディエの「仲間」たち、彼以外に6人のフルート奏者(アンドラーシュ・アドリアンなどという大物もいます)がピッコロで参加しています。ナンシー・ノースというカナダトロント交響楽団のピッコロ奏者が作った「Quelque chose canadienne」という曲では、ピッコロだけの三重奏が聴けます。ピッコロがこんなことをやっていていいのか、と思えるような異様な響きですね。
もう一人、「カヴァル」というブルガリアやルーマニアあたりで使われている民族楽器の演奏家もいます。イザベル・クールワというそのフランスの「カヴァル奏者」は、元々はガストン・クリュネルやボーマディエに師事したまっとうなフルーティストでしたが、カヴァルの魅力に取りつかれて今ではこの楽器のスペシャリストとして大活躍をしているのだそうです。彼女が作ったこの「Baïpad」という曲ではバルカンのテーマが使われていて、後半には5拍子のダンスが登場します。刈上げの人が踊るのでしょうか(それは「バリカン」)。カヴァルというのは、斜めに構える縦笛で、ものすごい息音を伴います。ここでのピッコロとのバトルは、このアルバム中最大の聴きどころでしょう。
ボーマディエのピッコロはテクニックも確かですし、高音のピアニシモなどさすが第一人者というところも見せてくれますが、ちょっとビブラートが強すぎるかな、という思いは、どのアルバムでもついて回ります。

CD Artwork © Scarbo

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# by jurassic_oyaji | 2017-12-23 16:55 | フルート | Comments(0)
愛があれば、年の瀬なんて
 角田で「第9」を演奏してきたのは先々週の土日でした。そのあと、この様子が地元の新聞(自宅ではとってません)には必ず掲載されるので、毎朝職場でチェックしていました。去年は確か、演奏会の2日後の新聞に載っていたので、そのあたりは見落としがないようにしっかり見ていましたよ。でも、毎日そんな風にチェックしていても、とうとう金曜日になるまでに「角田第九」の見出しを見つけることはできませんでした。ということは、もう今年はこの行事を取り上げるのはやめることになったのだな、と、あきらめましたよ。いくらなんでも1週間以上もたってから載せたって何の意味もありませんからね。
 ところが、今週になって、角田第九のFacebookページに、あの演奏会の記事の写真がアップされたではありませんか。「月曜日の新聞」とありましたから、もう私はチェックをやめたころですね。あわてて古新聞の山をひっくり返して記事をスキャンしましたよ。この写真は「かいほうげん」に欠かせませんからね。
 さっそくこれもニューフィルの公式Facebookにアップしました。
 この記事を見ると、「角田に年の瀬」という見出しになっていましたね。1週間前ではさすがに「年の瀬」という感じはしなかったので、もしかしたらこの見出しが先にあって、それを使ってもおかしくない時まで掲載を延ばしていた、なんてことは考えられないでしょうかね。うがった見方ですが。
 いずれにしても、「年の瀬」などという言葉を聴くと、もう今年も終わりだという気になってしまいますね。まだ年賀状も書いていないというのに。
 ただ、私あたりはこの言葉には別の意味で反応してしまいます。そこで、この見出しでもこんな風にしたくなってしまいました。
 こうすると、この写真が全く別の意味を持ってくるから、面白いですね。子ども合唱団と、その前にいるニューフィルのメンバーにはかなりの「年の差」がありますし、後ろにいる合唱団の皆さん(特に男声)だったらもっと「年の差」があることになりますからね。
 この写真を、今度は「友達」以外には見ることが出来ない私のFacebookにアップしたら、その「友達」から、「大人の合唱団は楽譜を見ているのに子どもたちは暗譜なのは、『年の差』だね」みたいなコメントが寄せられました。そうか、私は気が付かなかったけど、そんな意味合いだってこの見出しからは受け取ることが出来たんですね。
 まあ、我々のようなオーケストラでは、「暗譜」で演奏することはまずありませんから、年をとったとしてもそんなことで「差」が付くことはありません。とはいっても、実際には「暗譜」に近い状態にまで持っていかないと、満足の行く演奏はできません。楽譜は見るけれど、そこからは自動的に指が動いてその音符が吹けるようになる、というのが理想ですね。そこに行くまでの時間が、やはり昔よりは長くなっているな、という感じはあります。というか、きちんと合奏で吹けるように準備をするには、かなり早い段階から譜読みを始めることが必要になってきました。
 そんな個人練習の成果は、ニューフィルの今度の定期演奏会の曲ではしっかり表れていましたね。まあ、たまに落ちることはありますが、とりあえず合奏に支障があるような事態にはなりませんでした。そうなると、次はあさってから始まる「杜の都合」ですね。これなんかはそれこそ楽譜を渡される前から、昔使った楽譜を使ってさらい始めていましたから、なんとかなるはずなのですが、なにしろ初練習の日がクリスマスですから、出席者はそんなにいないことが予想されていますから、どうなることやら。
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# by jurassic_oyaji | 2017-12-22 21:24 | 禁断 | Comments(0)