おやぢの部屋2
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プログラムノーツを公開します
 8月6日に開催される杜の都合奏団のプログラムノーツが出来上がりました。毎回、私が書いている、こんな曲を演奏します、ということを会場に来た皆さんに知っていただくためのコメントです。もし興味がわくようなことがあれば、ぜひ演奏会にいらしてみてください。

 私たち杜の都合奏団は、創設時から小人数の弦楽器による室内オーケストラとして活動を行ってきましたが、今回は弦楽器のメンバーを大幅に増やして、グスタフ・マーラーの大作「交響曲第5番」に挑戦することになりました。それに先立って、マーラーより6年早く、1854年に生まれた作曲家、エンゲルベルト・フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」の前奏曲をお聴き下さい。
フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲
 この作曲家の名前を聞いて、1960年代から1970年代にかけて「Man Without Love(愛の花咲く時)」とか「Love Me With All of Your Heart(太陽は燃えている)」といった曲を歌って大ヒットを飛ばしていたイギリスのポップス・シンガーの名前を思い出す人もいらっしゃるかもしれません。もちろん、それはこの作曲家にちなんだ芸名です。ただ、芸名を付けるにしても、ふつうのアーティストだったら、たとえば「グスタフ・マーラー」などのようにクラシックの作曲家としてきちんと認知されている人の名前なんか絶対に名乗りたくないでしょうから、そのあたりからこのフンパーディンクさん(作曲家の方)の微妙な立ち位置が分かろうというものです。生前は作曲家、あるいは教育者(あのクルト・ワイルの先生でした)として名声を博していたフンパーディンクでしたが、現在ではこの「ヘンゼルとグレーテル」1曲しか知られていませんから、まさに「一発屋」です。さいわい、この歌手はそうはなりませんでしたが。
 当時は偉大なワーグナーによって「ニーベルンクの指環」のような巨大なオペラが作られてしまった後でしたから、作曲家がその偉業を引き継いで新たにオペラを作ろうとした時には、かなりの困難が待ち構えていました。一部では、実際に同じような大規模なオペラも手掛けられますが、もっと別な道、ワーグナーの「指環」の中でも「ジークフリート」が色濃く残していた「メルヒェン」としてのオペラを目指す作曲家が数多く出てきます。フンパーディンクもその一人、多くの「メルヒェン・オペラ」を世に送りました。
 彼は若いころ実際にバイロイトでワーグナーのアシスタントを務めていたこともありますから、その音楽は師匠を正当に継承するものでした。彼が作った「メルヒェン・オペラ」は、確かに良く知られたドイツの子どもの歌の引用はありますが、それらはワーグナー風の厚いオーケストレーションで彩られ、無限旋律の中に埋め込まれているのです。
 開幕前に演奏されるこの前奏曲は、オペラの中で登場する重要なモティーフを使って、このお話の内容を簡潔に語っています。最初にホルンで演奏されるとても美しいコラールは、まさにこのオペラのテーマとして何度も何度も繰り返し劇中に現れます。それが最初に登場する時にはグレーテルによって、「お父さんから教えてもらった讃美歌よ」という説明の後に、「本当に困った時には、神が手を差し伸べて下さる」という、その讃美歌のテキストが歌われます。
 このコラールが朗々と何度も繰り返されたあと、音楽はアップテンポに変わります。その瞬間にトランペットで登場するのがお菓子の魔女のモティーフです。それに絡む半音階の進行が、魔女の不気味さを表現しています。と、そこに流れるように澄み切ったようなモティーフが現れます。これは、第3幕での霧の精がヘンゼルとグレーテルを目覚めさせる時に歌う歌の中に出てくるうメロディです。そして、途中で断片的に表れていた浮き立つようなモティーフが、終わり近くで完全な形で出現します。これは終幕で魔女に眠らされていた子供たちの魔法が解けて元気に歌う合唱のモティーフです。これに先ほどの目覚めのモティーフが加わって盛り上がったのち、最初の讃美歌のモティーフが静かに流れて、この前奏曲は終わります。

マーラー:交響曲第5番
 1860年にボヘミアのカリシュトという村に生まれたグスタフ・マーラーは、その50年の生涯で11曲の交響曲を手掛け、そのうちの10曲を完成させました。彼が作った交響曲たちは、それまでのこのジャンルのしきたりを大きくはみ出した、とてつもない様相を呈していました。特に顕著なのが他のジャンルである歌曲との相互乗り入れと、規模の大きさです。
 そんな交響曲の中で、おそらく今日最も頻繁に演奏されているのが、この交響曲第5番ではないでしょうか。もちろんここにも、彼の歌曲からの引用はありますし、合唱こそ入っていませんがオーケストラの編成はかなり大きなものですから、その特徴は端的に継承されています。しかし、この交響曲がここまでの人気を獲得したのは、ひとえにその5つから成る楽章の4番目、「アダージェット」という表題を持つ楽章のお蔭でしょう。これは、トーマス・マンが自分自身とマーラーをモデルにして1912年に出版した小説「ヴェニスに死す」が1971年にルキノ・ヴィスコンティによって映画化された時にサウンド・トラックとして使われて、広く知られるようになりました。さらに、あの大指揮者カラヤンの死後、1994年にこの曲がメイン・チューンとして収録された「アダージョ・カラヤン」というコンピレーション・アルバムがドイツ・グラモフォンからリリースされ、全世界で500万枚もの売り上げを記録するに至って、「アダージェット」はヒーリング・ピースとしても多くの人の心をつかむことになったのです。
 マーラーがこの交響曲の製作を始めたのは、1901年ごろとされています。その年の11月には、彼にとって人生の転機ともいえる出来事が起こります。それは、アルマ・シントラーとの出会いです。その時のアルマは22歳、マーラーは41歳でした。いわゆる「ひとめぼれ」というやつで、二人は会った瞬間にお互いを好きになり、翌年3月には結婚します(その時、新婦は妊娠3か月でした)。アルマはとても聡明な女性で、それまではツェムリンスキーの元で作曲の勉強もしていました。結婚を機に、彼女は夫の命令で作曲をすることは禁じられますが、その分、夫の片腕として尽くすようになります。具体的には夫の楽譜の浄書、いや、時にはラフな下書きを渡されてオーケストレーションを施すようなことまで行っていたとされています。この交響曲第5番では、その初演前のリハーサルをこっそり聴きに行って、オーケストレーションが変えられていることに落胆したという彼女の回想録が残っています。
 単にそのようなアシスタントとしての実務ではなく、彼女の存在自体がマーラーの作曲意欲を盛り上げたのは間違いありません。いわば、アルマはマーラーにとってのミューズだったのです。ただ、アルマにとってのマーラーは、単なる「最初のオトコ」でしかありませんでした。マーラーと彼女との結婚生活は彼が亡くなる1911年まで続きますが、そのころにはヴァルター・グロピウス(バウハウスを創設した建築家)との不倫が発覚しての泥沼状態でしたからね。
第1楽章「葬送行進曲」(正確な歩みで、厳格に、葬列のように)
 「交響曲第5番」というタイトルで最も有名なものは、俗に「運命交響曲」と呼ばれているベートーヴェンの作品でしょう。それをマーラーが意識したのかどうかは分かりませんが、この交響曲の冒頭には、ベートーヴェンが使っている「タタタ・ター」というリズムのモティーフがソロのトランペットによって現れます。同じ音が続いた後、短三度上の音に跳躍するのですが、同じタイミングで半音高い長三度上の音になると、これは有名なメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の中の「結婚行進曲」になってしまいます。単なる偶然なのかもしれませんが、こんなところにもマーラーのアイロニカルな視点を感じてしまいます。
 このトランペットのソロに続いて、音楽は一気に盛り上がり、約30秒後にはとてつもないクライマックスを迎えます。これも見当外れかもしれませんが、マーラーの4歳年下で、ある意味ライバルだったリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」の冒頭のファンファーレ(こちらはスタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」で有名になりました)と同じ種類のカタルシスを見る思いです。
第2楽章(嵐のように激しく、一層の激しさをもって)
 この交響曲は5つの楽章から成っていますが、マーラーはさらに第1楽章と第2楽章をまとめて「第1部」、第3楽章を「第2部」、第4楽章と第5楽章をまとめて「第3部」として、第3楽章を中心にしたシンメトリカルな構造を提起しています。したがってこの第2楽章は「第1部」の後半という位置づけになり、前の楽章で現れたモティーフが変形されて現れています。コンサートでは、第1楽章から続けてそのまま演奏されます。
 冒頭のまさに「嵐のよう」な場面が収まった時にフルートで現れるのが、お馴染みの「タタタ・ター」のリズム、しかも、ここではメロディまで「運命」と同じ長三度の下降になっています。そのリズムに乗って聴こえてくるのは、チェロによる第1楽章のゆったりとしたテーマです。楽章の終わり近くになって、金管楽器が奏する、まるでブルックナーのように壮大なコラールにもご注目。
第3楽章「スケルツォ」(力強く、速過ぎないように)
 スケルツォとは言っても、これはもっとテンポの遅い、ヨハン・シュトラウスのウインナ・ワルツのような音楽です。しかし、なんせマーラーのことですから、いつまでもそんな軟弱な音楽が続くわけがありません。クラリネットはまるでニワトリのように啼き叫び、フルートは超高音で悲鳴を上げています(マーラーはフルート奏者が嫌いだったのでしょう、楽章の最後には「あわててピッコロに持ち替えろ」という無茶振りがあります)。
 この楽章ではまるでホルン協奏曲のようにホルン・ソロが大活躍します。ですから、ホルン奏者は立って演奏します。彼の名人芸にも酔いしれてください。
第4楽章「アダージェット」(非常に遅く)
 管楽器は全員お休み、弦楽器とハープだけで演奏される、まさに世紀末(いや、すでに世紀は変わっていましたが)的な頽廃感の中でエロティシズムさえ漂う、濃厚な媚薬のような音楽です。この楽章のために集まった総勢60人の弦楽器奏者が醸し出す、身も心もとろけるような極上の響きをご堪能下さい。
第5楽章「ロンド‐フィナーレ」
 そして、やはり間をおかずに最後の楽章が始まります。ホルンに続き、木管楽器のソロがそれぞれに素朴なメロディの断片を奏でます。この中には、マーラー自身の歌曲集「子供の不思議な角笛」からの引用もあり、その歌詞からマーラーのこの楽章、あるいは交響曲全体への「深読み」が試みられています。それは主に、第2楽章の最後に現れ、この楽章の最後でもさらにパワーアップして金管楽器によって響き渡る壮大なコラールに対する謎解きです。マーラーはそこにブルックナーのパロディという、どす黒い意志を込めているのだとか。
 ここに至るまでのとても長い時間、オーケストラは多くの声部が入り乱れてそれぞれの歌を歌うという複雑なポリフォニーを展開しています。それがこのコラールにたどり着いて、その勢いのままにエンディングを迎えるのかと思うと、最後の最後で現れるのはなんとドビュッシー風の全音音階です。印象派の音楽に対しては何の関心も持っていなかったとされるマーラーは、何を思ってこんなことをしたのでしょうか。


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# by jurassic_oyaji | 2017-07-23 23:07 | 禁断 | Comments(0)
BACH/Messe h -Moll
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Julia Doyle(Sop), Alex Porter(CT)
Daniel Johannsen(Ten), Klaus Mertens(Bar)
Rudolf Lutz/
Chor & Orchester der J.S.Bach-Stiftung
J.S.Bach-Stiftung/B384


確か、バッハのカンタータの全曲録音を目指して2006年にスタートしたはずの、この「バッハ財団」のプロジェクトですが、その後の進捗状況はどうなっているのでしょう。公式サイトによると、カンタータのCDは第20巻までリリースされているようですが、それぞれ3曲入っているとしてまだ60曲しか完成していませんね。200曲以上あるカンタータが全曲手元に届くのは、そんなにカンタンなことではありません。
ただ、このプロジェクトでは、カンタータは実際の公演のライブ録音ですが、それ以外の宗教曲のスタジオ録音も行っていました。その第1弾が、2012年に録音されたこちらの「マタイ受難曲」でしたが、今回のCDはそれに続いて2016年に録音された「ロ短調ミサ」です。
まず、楽器や合唱の成り立ちから。オーケストラの楽器はピリオド楽器、弦楽器はヴァイオリン11人、ヴィオラ4人、チェロ3人、ヴィオローネ2人で、通奏低音はチェンバロとオルガン、リュートなどは入っていません。合唱はソプラノ12人、アルト7人、テナー6人、ベース8人、ソリストは合唱とは別に4人です。合唱でソプラノだけ多いのは、かなりの曲でソプラノのパートが2つに分かれているためでしょう。おそらく、現代ではこのぐらいの人数が、ストレスなくきっちりピリオドっぽいサウンドを味わえるスタンダードなのではないでしょうか。もはや「1パート1人」のブームは完全に終わっているようです。
ここで指揮をしているルドルフ・ルッツは、オルガニストやチェンバリストとして即興演奏には定評のある人です。この録音ではそれらの楽器は他の演奏家に任せていますが、特にクレジットはないものの、この中でそんな即興演奏を披露しています。1枚目のCDを聴き始めたら、普通はオーケストラと合唱で「キーリエ」と始まるはずのものが、なぜかチェンバロの独奏が聴こえてくるのです。いわば「前奏」を即興演奏で弾いていたのですね。さらに、2枚目のCDの頭でも、今度はオルガンで「クレド」の前奏を弾いています。ライブでは、そのあとですぐ指揮をしなければいけないので、これはちょっと難しいでしょうが、スタジオ録音ということでこんなお茶目なことをやってくれたのでしょう。なかなか粋なアイディアです。
ただ、これはライブの時こそ役にたつやり方なのかもしれませんね。「キリエ」も「クレド」も合唱は何も音がないところから歌い始めなければいけません(「クレド」はたいてい休憩後の最初の曲になります)から、前もって音を取っておかないといけません。あるいは、なにかの楽器で演奏前に音を出すとか。これは、かなりみっともないことですが、こんな風に「前奏」を付けてしまえば、堂々とそれで音取りが出来るのですから、これはもしかしたら新しいブームになるかもしれませんね。
もちろん、この合唱団には、そんなことは必要ないでしょう。長年オーケストラと一緒にバッハのカンタータを歌ってきたこのメンバーは、オーケストラとの歌い方を完璧にマスターしているように思えます。自分のパートが、今オーケストラのどの楽器とユニゾンになっているのかを知って、その楽器にしっかり寄り添って歌っていますから、まるでそれは一つの楽器のように聴こえてきます。こんなすごいことができる合唱団なんて、なかなかいないのではないでしょうか。
テキストの歌い方も、しっかり揃っているのがうれしいですね。「グローリア」の「グロ」をしっかり前に出して歌うのは、日本人にはなかなかできません。
オーケストラでも、ソロ楽器はあまり目立たないで全体の奉仕している姿が心地よく聴こえます。トランペットなどは、全く出しゃばらないのにしっかりとその存在感は伝わってくる、というセンスの良さです。しっかり装飾も入れてますし。ただ、これは好みが分かれるでしょうね。もっとバリバリ吹いてほしいと思う人もいるでしょうから。

CD Artwork © J.S.Bach-Stiftung St.Gallen

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# by jurassic_oyaji | 2017-07-22 22:22 | Comments(0)
マーラーの5番です
 今週は、練習漬けの1週間になろうとしています。火曜日、木曜日、そしてあさっての日曜日がニューフィル関係、そして明日の土曜日は杜の都合です。
 火曜日は、来月行われる「ニューフィル夏のアンサンブル大会」の初練習でした。去年結成されたニューフィルの精鋭を集めたカルテットです。ただ、メンバーには年齢制限があるというのがユニーク。その条件を満たしている人はほとんどいないので、必然的にこのメンバーになってしまった、というものなんですけどね。モーツァルトのフルート協奏曲は全部で4曲あるのですが、それを4年かけて制覇しようという、いわばツィクルスの完成を目指しています。去年はD Durをやったので、今年はC Durにしようと、去年のうちに楽譜を配って今年の大会に備えていました。
 私は、4曲ともフルートパートはいつでも吹けるようになっているのですが、それをアンサンブルで合わせるということになると、これが全くの初めてになります。テンポなどもちょっと遅すぎるぐらいでやってみると、それがなかなかしっくりくるので、それで行こうということになります。ただ、それだと息が持たないので途中でブレスが入ってしまって、ちょっとみっともないので、そこをどうするかが課題です。でも、やっぱりアンサンブルは楽しいですね。特に、こういう弦楽器の人たちとはなかなか機会がないので、これは貴重な経験です。
 木曜日はニューフィルの定時の練習、今週は火曜日が市民センターの休館日だったのでこの日にシフトしてました。エルガーもだいぶ馴染んできて、とても吹けないと思っていたような面倒くさいスケールなども克服できるようになってきましたね。最後までてこずるのではないかと思っていた4楽章頭のファゴットとのユニゾンの超絶パッセージも、ちゃんと吹けないのはただ走っているせいだということが分かってからは、すんなり吹けるようになっていました。ですから、残る課題はいかに他のパートの間に収まるか、です。エルガーのオーケストレーションはとてもヘンで、ユニゾンなのにずれて演奏していても、それが間違っているようには思えないところがありますから、よっぽど注意していないとその「罠」にハマってしまいます。きのうはまさにそれをやってしまいました。なんか変な感じなのに、妙な充足感もあったのでそのまま吹いていたら、確実に他のパートと一緒になるところで1小節早く出ていたことに気づいてしまいました。これは、もう場数を重ねるしかないですね。
 でも、今度の日曜が、初めての指揮者練習ですから、そんなことを言っている余裕なんかありません。指揮練とは言ってもスケジュールの関係で夜の3時間しかありませんから、通すだけで精一杯、そんなところで間違えたりしてはいられません。
 早いもので、その演奏会のチラシの原稿が出来上がってきました。
 これを見ただけで、コンサートに行きたくなるようなチラシですね。小さくて見えないかもしれませんが、「イギリス音楽界の巨人」というコピーは、私がオヤマダさんの著作からパクったフレーズです。
 指揮練の前の日には、杜の都合です。この前の練習の時に、5楽章でオーボエとユニゾンなのにいつもリズムが合わないので変だと思ってスコアを見たら、
 なんと、フルートだけが別のリズムでした。でも、手元のCDを聴いてみたら、全部オーボエの形で演奏しているようでしたね。前に末廣さんとニューフィルでやった時には、こんなことは気づきませんでした。同じ楽譜、というか、今回はその時のパート譜をそのまま使っているのに、何の書き込みもありませんでしたよ。不思議です。
 こちらは、演奏以外にも期限までに間に合わせなければいけないものがあったのですが、何とか出来上がりました。それを、明日の練習で全曲の通しを聴いて、忘れていたことがなかったか確認すれば、晴れて納品できます。
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# by jurassic_oyaji | 2017-07-21 21:55 | 禁断 | Comments(0)
The Venice Concert
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Sergej Krylov(Vn)
Ezio Bosso/
Orchestra Filarmonica della Fenice
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最近、センセーショナルなほどの注目を集めている音楽家、エツィオ・ボッソは、1971年にイタリアのトリノに生まれ、最初はバンドのベーシストとして音楽活動を始めます。その後、クラシックの音楽家を目指して、ウィーンで学び、現在では指揮者、作曲家、ピアニストとして大活躍、映画音楽でも、2003年に公開された「ぼくは怖くない」などで高い評価を得ています。
初期のアルバムでは、ベーシストとしてボッテシーニの室内楽を集めたものが1995年にSTRADIVARIUSからリリースされていますし、映画音楽のサントラ盤もありました。ピアニストとしては、2015年にリリースされた「The 12th Room」という、自作を含む多くの作曲家の名曲を集めたアルバムでデビューしています。さらに2016年には、SONYから2004年から現在までの音源を集めた2枚組のアンソロジーが、最新の映像のDVDと一緒にリリースされています。
今回のアルバムは、2016年10月17日にヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で、そこのオーケストラを指揮したコンサートのライブ録音です。1曲目のバッハの「ブランデンブルク協奏曲第3番」では、自らチェンバロを弾きながら指揮をしています。2曲目は2006年の彼の作品「ヴァイオリン協奏曲第1番」を、初演者であるセルゲイ・クリロフのヴァイオリンで、そして最後はメンデルスゾーンの「交響曲第4番(イタリア)」という、ヴァラエティに富んだプログラムです。
最初のバッハは、ドイツ風の厳格なものではなく、まさにバッハがお手本にしたイタリアの協奏曲のような明るく自由な雰囲気に満ちていました。彼はクラウディオ・アバドとも親密な関係にあったそうで、彼のスタイルには心酔していたようですから、このあたりの演奏家の自発性をとことん重視するという姿勢が現れることになるのでしょう。ただ、アバドの場合はこの「ブランデンブルク」もソリスト級の人が集まっていてアンサンブルも完璧でしたが、このイタリアのオーケストラではそこまでのスキルはないようです。第3楽章になるとテンポもかなり速くなり、ちょっと収拾がつかなくなるところも出てきますが、ノリの良さでカバー、でしょうか。楽章間のカデンツァは、アレッサンドロ・マルチェッロの「オーボエ協奏曲」をバッハがクラヴィーア用に編曲した「協奏曲BWV974」の第2楽章を、そのまま移調して演奏していました。このあたりが、ボッソの作曲家としての立ち位置を象徴しているように感じられます。
次に演奏される彼の「ヴァイオリン協奏曲」は、全3楽章、演奏時間は30分という大作です。とは言っても、時間的な長さに比べて、そこに用いられている素材があまりにも少ないのには、ちょっとひるんでしまいます。言ってみれば「ミニマル・ミュージック」の世界、そうなると、聴く者としては身を構えて音に込められた作曲家の思いを受け止めるというよりは、ひたすら意識を殺した音の流れの中に身を任せる、という姿勢が求められるはずです。中でも、真ん中に置かれたゆっくりした楽章はそれだけでほぼ半分の時間を費やしていますから、これはもうほとんど極上の「ヒーリング」の世界です。途中でトイレに行きたくなるかもしれません(それは「ご不浄」)。いつの間にか無意識のかなたに連れて行かれそうになると、突然元気のよい第3楽章が始まって、目を覚ます、という体験が待っています。
メンデルスゾーンの「イタリア」も、良く聴くことが出来る引き締まったスマートな演奏には程遠い、まるで晩年のチェリビダッケのような持って回った表現です。おそらく、もっと上手なオーケストラだったら、この気まぐれな指揮に順応して素晴らしいものが生まれていたのでは、という感慨だけが残ります。
彼は、2011年に筋萎縮性側索硬化症(ASL)を発症したのだそうです。現在ではピアノを弾く時にはとても高い椅子に座って、ほとんど立った状態で演奏していますし、指揮もやはり椅子に座ったまま、指揮台には車椅子のためのスロープが設けられています。

CD Artwork © Sony Music Entertainment Italy SpA

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# by jurassic_oyaji | 2017-07-20 22:50 | オーケストラ | Comments(0)
駅の番号も付きました
 宮城県のPR動画が、評判になっているようですね。もちろん、「評判」には「よい」ものと「わるい」ものがあるわけで、これは当然「わるい評判」の方ですよね。宮城県知事は「目に付けばそれが成果」みたいなことを言ってましたが、彼はそれが自身のアホさ加減を世間に知らしめることになるとは全く気が付いていないようですね。いくら見られても、その結果全国の人に宮城県人はセンスがないと思われてしまっては、何にもならないとは思わなかったのでしょうか。
 こんな恥ずかしいことをやっているのは宮城県だけだと思っていたら、仙台市でも同じようなCMをやってましたね。こちらはネットではなくテレビCMですから、普通のお茶の間で見られてしまうという点でその害毒は大きくなっています。それは、今行われている市長選挙への投票を呼び掛けるCMです。おとなしそうに座っていた女子高生が、いきなり立ち上がってラップで「選挙、行ぐすぺ」などとがなり立てはじめるんですから、悪趣味も極まります。ネットならPCやスマホを開かない限り目につくことはありませんが、これは何の前触れもなくテレビの画面に現れますから、気が付いたらこの忌まわしいラップが聴こえてくるという最悪の露出です。正直、こんなのを聴いてしまうと選挙になんか行きたくなくなってしまいますよ。ラップ、特に日本語のラップは大嫌いという人も、世の中にはいるということを知ってもらいたいものです。
 そんな、宮城県や仙台市といったイナカではなく、大都会の東京でも、なんだかわけのわからないことをやっているみたいですね。この間東京に行った時に山手線に乗ったら、かつて広告が貼られていた場所が全部モニターになっていました。中吊りだけはまだ残っているようですけど。そのモニターには、広告以外にいろいろ案内が出てきて、次の停車駅とかそこでの乗換案内などが分かるようになっています。そこで、乗換路線の前になんだか「J〇」という2文字の記号が付いていることに気づきました。今まで、地下鉄ではそれぞれの路線にアルファベット1文字の記号が付いていましたから、それをJRも取り入れることにしたのでしょう。おそらく、オリンピック目当てでしょうね。
 ただ、そこで湘南新宿ラインは「JS」なのに、なぜか埼京線は「JA」になっているのがおかしかったですね。これでは「農協」と間違われてしまいそう。これは地下鉄にも使われた法則で、同じアルファベットが他で使われている時には、2文字目以下が使われる、というやり方なんですね。
 こんな感じ。でも、法則は分かりますが、それが果たして理にかなっているかどうかは疑問です。「JT」とか「JY」はそのまま頭文字ですからすぐわかりますが横須賀線が「JO」だということが感覚的に分かる人なんかいないのではないでしょうか。悲惨なのは鶴見線の「JI」でしょうか。TURUMIの最後の字になって、やっと使えるようになっているんですからね。分かりやすくするための略号なのに、これではかえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。なんだか、世の中がすべて、普通の感覚が通用しないようなおかしな方向に進んで行っているような気がしてなりません。
 こういうものは、あんまり使いづらいと淘汰されることもあるんですけどね。こういう、首都圏を走っている電車のことを、昔は「国電」と言っていたものが、民営化で「E電」になったのに、そんな言葉は誰も使わなかったので、結局自然消滅した、ということもありますから。
 ということは、こういう電車は、今ではなんて呼ばれているのでしょう。あるいは、そういう名前を作る出すのはもう面倒くさいので、特に名前はないのかもしれませんね。この「J〇」だって、オリンピックが終われば自然消滅しているかもしれませんね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-07-19 22:47 | 禁断 | Comments(0)