Eugene Goossens/
The London Symphony Orchestra
EVEREST/KKC-4026(hybrid SACD)
「エヴェレスト」というのは、ステレオ
LPが開発された
1950年代後半にアメリカに登場したレーベルです。何よりも、最初からステレオによる優秀な録音を目指していましたから、発売当初から音の良さには定評がありました。日本でもオーディオ・マニアの間でその音は高く評価されています。
初期のものは普通の録音テープを使って録音されていましたが、やがて「
35mm磁気フィルム」を使うようになると、その音のクオリティはさらに高まることになります。これは、当時映画のために開発されたもので、映画用の
35mmフィルムのベースに磁性体を塗布して、録音用のテープとして使ったものです。標準の録音テープより幅も広く、走行スピードも速いので、当然音のクオリティも上がります。さらに、両端に穴が開いていますから、回転ムラも軽減されます。当時はマーキュリーやコマンドといったレーベルもこの究極のアナログ録音方式を採用して、多くの
LPが世に出たのですが、いつの間にかこのシステムは世の中から消え去っていましたね。
そんな新興レーベルを演奏面で支えたのが、
19世紀末に生まれたイギリスの作曲家でもあった指揮者、ユージン・グーセンスです。「春の祭典」のイギリス初演を行ったり、アメリカやオーストラリアのオーケストラで常任指揮者を務めるなどして「サー」の称号まで授与されたのですが、晩年にちょっとした問題を起こしたために、楽壇から半ば追放された状態になってしまいます。いえ、別に他人に曲を作らせて、それを自作と偽って大儲けしていたというわけではないのですけどね。
そんな「干された」巨匠がいたからこそ、エヴェレストは今日まで語り伝えられるほどの価値のあるレコードを数多くつくることが出来たのです。彼がいかがわしい女性と関係を持ったりしていなければ、半世紀以上前のアナログ録音が、最新の
SACDとなって今日の市場をにぎわすことはなかったでしょう。
もちろん、もはやエヴェレストというレーベルは存在していませんから、そのようなトランスファーを行ったのは別の会社です。しかし、それに関して販売元のキング・インターナショナルは「オリジナルの
35ミリ磁気テープから
SACDマスタリングを施した」と言っていますが、それは正確ではありません。調べてみたら、
2007年に「
HDAD」という耳慣れないフォーマット(もはや完全に消滅した「
DVD-Audio」の進化系)で発売されたアイテムと全く同じマスターが今回使われていたことが分かりました。その時のスペックは
24bit/192kHzの
PCM、つまり、もはやヴィンテージものとなってしまった
35mm磁気フィルム再生用のプレーヤー(
Westrex-1551)からデジタル変換を行った時には、
PCMにトランスファーされていたのですね。したがって、この
SACDは、それをさらに
DSDに変換したものなのですよ。したがって、「磁気テープ→
SACD」としているさっきのキングの表記は全くの嘘っぱち、それは、「マス」を「サケ」と表示するのよりたちの悪い偽装に他なりません(こんな、すぐにばれる嘘は、ふつうの人は
避けます)。
確かに、ここからは最良のアナログ録音ならではの、たっぷりと「実の詰まった」音を味わうことは出来ます。音場設定も、第2楽章の冒頭で聴こえる2台のハープの位置関係までしっかり分かるものでした。そして、なんと言っても圧巻は第5楽章に登場する「鐘」の音です。その存在は、まさにその場で叩かれているようなリアルさで迫ってきます。
ところが、オーケストラ全体の音が、なんとも鈍いのですね。特に、ピッコロの音は絶対聴こえてほしいところでは全く聴こえてきませんし、第4楽章のトロンボーンのペダルトーンも、全然聴こえません。はっきり言って、これは音楽に必要な音がなくなってしまっている欠陥商品です。鐘の音に惑わされてこんなものをほめちぎるオーディオ評論家は、音楽をきちんと聴き取れるだけの耳は持っていないのでしょう。
SACD Artwork © Countdown Media GmbH