おやぢの部屋2
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「菜の花畑のこちらがわ」とか
 春のテレビドラマの改編で、一応新しいドラマが揃いましたね。そこで、前もってチェックしておいたものを実際に見た後で、それを1クール見続けるかどうかを決めるオーディションが行われました。いや、別の私の中だけの独断的な選別なんですけどね。そんな中で、一番期待していた「ブラックペアン」は、見事に落選となってしまいました。二宮くんは好きなんですが全然その魅力が出せてないし、そもそも台本があまりにもいい加減。残念でした。
 逆に、あまり期待していなかった「コンフィデンスマン JP」は、完全にローテーション入り、間違いなく最終回まで見続けることになるでしょう。こういう話は、かつてイギリスで作られたドラマがありましたが、おそらくそこら辺をモデルにしているのでしょうね。徹底的にありえないどんでん返しがたまりません。
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 そして、朝ドラです。これは、新生児をかわいいのとあまりかわいくないのを2人並べていたあたりからちょっとすごいんじゃないか、という予感がありました。それで、あえて予告などのものを一切読まないで、全くの白紙の状態で見続けようと思っていたら、こちらもきっちり驚かせてもらえてます。なんたって最近の「いつもポケットにショパン」には本当に驚きましたね。見慣れたあの単行本なのに、作者が別の人なんですからね。どうなっているのかと思っていたら、きっちり作者にコンタクトはとっていたみたいですね。今日は「秋風先生」も登場したことだし、面白くなりそうです。
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 このマンガは、単行本になる前の雑誌連載の時からリアルタイムで読んでいました。「キシンくん」というお友達が出てくるのが印象に残っています。当時「キーシン」という本物のピアニストもいましたからね。あ、今もいるか。この頃は少女マンガに凝っていて、月刊誌を2冊定期購読していましたね。ただ、一番好きだったのはくらもち先生ではなく樹村みのりさんでした。それこそ、「こんな見方ができるんだ」というような驚きに満ちてましたね。樹村さんの作品は。
 そんな昔の話ではなく、最近の関心事はもっぱら今年のタケノコの伸び具合です。桜がとても早く開花したので、もしかしたらと早めに竹藪に行ってみたら、確かにありえないほど早い時期にもう収穫できるようなタケノコが見つかりました。ですから、今年は恒例の「たけのこ掘りたいかい?」もいつもの連休の頃ではなくもっと早くなってしまうだろうと思っていたのですが、それ以降ピタッと伸びが止まっていたんですよね。
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 それが、ここ2,3日のうちに続々出始めてきて、これだったら今週末ぐらいにはみんなが集まって掘っても大丈夫なぐらいのタケノコが出ているのではないか、と思えるようになってきました。そこで、今度の日曜日に集まって、伸びすぎる前に掘ってもらうという、いわば竹林のメインテナンスのお手伝いをしてもらうことにしました。もちろん、掘り出したタケノコはそのまま持って帰っていただけますよ。
 Facebookを通じて、主にニューフィルのメンバーに声をかけてみたら、どうやら毎年の常連さんは楽しみにしていたみたいで、続々出席の連絡が入っています。去年は参加できなかったNさんなどは、また焼きそばやフランクフルト持参でやってくるそうですから、楽しみですね。
 別に、ニューフィル人でなくても、実際にタケノコを掘る作業を体験してみたい方は、ぜひご参加を。場所はこちらです。午後3時ごろスタートの予定。あまり遅く来ると、もう掘るタケノコが残っていないかもしれません。でも、大量に獲れるはずですから、十分にお持ち帰りは出来ますよ。
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# by jurassic_oyaji | 2018-04-25 21:35 | 禁断 | Comments(0)
FOLKETONER
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Anne Karin Sundal-Ask
Det Norske Jentekor
2L/2L-144-SACD(hybrid SACD)


アルバムタイトルの「FOLKETONER」というのが、ちょっと曲者でした。「Folkemusikk」が「民族音楽」という意味のノルウェー語なのは分かったのですが「Toner」が分かりません。でも、おそらく英語の「Tone」ではないかということで、勝手に「民族の音」とすることにしました。
それを、日本の代理店は「人々の心の調べ」と訳しました。これは、元の言葉の直訳ではなく、それこそその「心」までも含めて意味を伝えようとした気持ちのあらわれなのでしょう。半世紀前に「I Want to Hold Your Hand」というタイトルを「抱きしめたい」と訳した精神が、この業界には時代を超えて脈々と伝えられていることがよく分かる事例です。
実際は、ここではとても素晴らしい女声合唱団によって、ノルウェーのまさに「民族音楽」から、ロマン派の作曲家によるクラシックの「作品」、あるいは中世から伝わる聖歌など、様々な曲が歌われています。その女声合唱団は、初めて耳にした「ノルウェー少女合唱団」という名前の団体です。
この合唱団の起源は、1947年に作られた「ノルウェー放送局少女合唱団」まで遡れるのだそうです。やがて合唱団は放送局からは独立した団体となり、今に至っています。その間には、多くの音楽家、芸術家がここから巣立っていき、それぞれの分野で活躍しています。そもそも、ここは音楽だけではなく芸術全般に関するプロフェッショナルなスキルを身に付けるという目的を持った教育機関としての側面もあるのだそうです。さらに、そのような啓蒙はここで学ぶ少女たちだけではなく、その演奏を聴く聴衆に対しても行われているのだとか。
この合唱団のメンバーは6歳から24歳までの年齢層で成り立っています。そして、その中にはそれぞれのスキルに応じて4つの合唱団があります。それは、初心者のための「リクルート合唱団」、もう少し高いレベルの「アスピラント合唱団」、そしてメインの合唱団、さらに、おそらくそこから選抜されたメンバーによる「スタジオ合唱団」です。このSACDで演奏しているのは、その「スタジオ合唱団」です。
いつものように、DPAのマイクを使ってDXD(24bit/352.8kHz)で録音されたこのレーベルの音は、2.8MHzDSDというしょぼいフォーマットにダウンコンヴァートされたSACDであっても(今回はBD-Aは同梱されていません)、とびっきりのインパクトを与えてくれました。バランス・エンジニア、モーテン・リンドベリが選んだ録音会場の教会の豊かな残響に囲まれて、この合唱団の瑞々しいサウンドは、まるで乾ききった砂地に水がしみ込むようにたっぷりの潤いを届けてくれていたのです。彼女たちの声は、普通は「無垢」という言葉で表現される透明性を持ちつつも、そこにはほのかな「汚れ」すらも漂っていて、それがえも言えぬ味わいを出しているのですね。サラウンドで体験するこの音響空間は、まさに至福のひと時を与えてくれます。
歌われているのはさまざまなソースをア・カペラに編曲したものですが、ノルウェーの大作曲家、エドヴァルト・グリーグが作った曲も4曲歌われています。その中から、いきなり弦楽合奏のための「2つの悲しい旋律」からの「過ぎにし春」が聴こえてきたのには驚きました。おばあちゃんの名前(それは「杉西はる」)ではありません。これは、オリジナルは「ヴィニエの詩による12の旋律」という歌曲集を編曲したものですが、それがさらに合唱に編曲されていたのでした(ここでは同じ曲集からの「ロンダーネにて」も歌われています)。
弦楽合奏バージョンには、いかにもな濃厚な表現の正直うざったい曲のような印象があったのですが、このア・カペラ・バージョンはそれとは全然異なる爽やかさと明るさを持っていました。歌詞には、「これが私にとって最後の春だ」みたいな深刻な心情が現れているようですが、少女たちにとってはそこまで踏み込まずともこの音楽の神髄は伝えられるだろうという解釈なのでしょう。そう、明るさの中に込められた哀感の方が、時として鋭く伝わることもあるのです。

SACD Artwork © Lindberg Lyd AS

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# by jurassic_oyaji | 2018-04-24 23:46 | 合唱 | Comments(0)
どちらも、出版元はウィルヘルム・ハンセン
 前回のニルセンの「交響曲第4番」のパート譜の間違いは、単にピッコロのパートをフルートのままにしていたというちょっとした不注意が招いたものでしたが、それ以外にも音そのものが間違っているところも見つけてしまいました。それは、練習番号「18」の2つ前の小節(231小節)から始まるピッコロのトリルの音です。下のスコアの赤枠で囲った部分の後半ですね。
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 そこを拡大すると、こうなります。
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 このトリルは、上に♯が付いているので、「E-Fis」という全音のトリルです。
 ところが、パート譜ではそれが「E-F」の「半音」のトリルになっています。
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 これは、前後の和声などを考えても、「Fis」の方が正しいのは明らかです。ここはこのトリルを吹いているのはピッコロだけなので、間違えたままで吹いたりしたらかなり恥ずかしいことになりそうですね。合奏が始まる前にちゃんとチェックすることが出来て本当によかったな、と思いました。
 でも、これは本当にピッコロだけの音ですから、他の誰とも重なっていないので間違っていても本人は気が付かない可能性もありますよね。もしかしたら、指揮者もそれに気が付かないなんてこともあったかもしれませんから、ちょっと今までの録音を調べてみました。
 最初は、おそらく最も最近のアラン・ギルバートとニューヨーク・フィルが2014年に録音したSACDをチェックしてみました。でも、なんだかこれが「半音」のように聴こえるのですよね。まあ、このオーケストラや指揮者がニルセンを演奏することなどあまりないので、そんなことになってしまったのでしょうかね。
 でも、その他にもカラヤン/ベルリン・フィルとか、メータ/LAフィルなどを聴いてみても、やはり「半音」にしか聴こえないんですよ。カラヤンやメータって、そんなに耳が悪い指揮者だったのでしょうか。
 その謎は、すぐに解けました。私が持っているこの曲のスコアは2000年に出版された最新のニルセン全集による新しい楽譜なのですが、この曲が出版されたのは初演と同じ年、1916年で、その楽譜は今の楽譜と一緒にIMSLPで見ることが出来ます。その初版のスコアでは、しっかりここが「半音」のトリルになっているのですよ。
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 今回のニューフィルが使っているのは、この初版を元に作られたパート譜のリプリントであるKALMUS版ですから、間違っていたのは当然だったのですね。新しいパート譜は入手できなかったのでしょうか。
 つまり、カラヤンやメータの時代には、スコアそのものが間違っていたのでそれ以外に演奏のしようが無かったんですね。ニューヨーク・フィルの場合には新しい楽譜はもう出ていましたが、オーケストラのライブラリーにはまだ古いパート譜しかなくて、それを使ったからこうなったのでしょう。指揮者のギルバートも古いスコアしか持っていなかったのか、新しいスコアでも気が付かなかったのか、どちらかなのでしょうね。
 こんな間違いは、他のパートでもたくさんありそうですね。一応前もってスコア(もちろん新版)と見比べて、チェックしておいた方がいいのではないでしょうか。
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# by jurassic_oyaji | 2018-04-22 21:49 | 禁断 | Comments(0)
FELD, WEINBERG, THEODORAKIS/Flute Works
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Kathrin Christians(Fl)
Ruben Gazarian/
Württembergisches Kammerorchester Heilbronn
HÄNSSLER/HC19099


カトリン・クリスティアンスという、全く聞いたことのないフルーティストのアルバムです。甘いお菓子ですね(それは「カリント」)。演奏しているのがフェルトとワインベルクの協奏曲というので聴いてみることにしました。まあ、このジャケットもインパクトがありましたけどね。何しろ、海の中の桟橋で、裸足になってフルートを吹いているのですから。もうしぶきが当たるぐらいのほとんど海の中、楽器に悪影響はないのか心配になってしまいます。まっ、合成かもしれませんがね。
彼女の現在のポストはハイデルベルク交響楽団の首席奏者ということなので、そのサイトに行ってみたのですが、なぜかメンバー紹介のページがどこにもありませんでした。アマチュアならいざ知らず、プロのオーケストラで全員のメンバーが公開されていないサイトもあるんですね。なんでも彼女は23歳でこのポストに就いたのだそうです。
ここで共演しているのは、そのオーケストラではなく、ハイルブロンにあるヴュルテンベルク室内オーケストラという団体です。ここは、かつてゴールウェイと一緒にバッハ親子やクヴァンツなどのアルバムを作っていたところですね。
余談ですが、ゴールウェイの場合、デビュー・アルバムこそケネス・ウィルキンソンという大物エンジニアが担当していたものの、その後マイク・ロスという人がメインで録音を行うようになると、なんともポリシーが見えてこない残念な録音ばかりになっていました。そんな中で、このヴュルテンベルク室内オーケストラとの録音では、リリンクのカンタータ全集などを手掛けていたテイエ・ファン・ギーストがエンジニアだったので、いつものゴールウェイとは一味違う納得のいく音が聴けたような印象があります。
それは1989年から1993年にかけてのこと、今では指揮者も変わっていますから、音も全然違っているようでした。というより、最初に聴こえてきたインドルジッヒ・フェルトの「協奏曲」が、弦楽合奏にピアノとハープと打楽器が加わるというユニークな編成だったので、そんな風に感じてしまったのかもしれません。フェルトと言えば、そのゴールウェイも録音していた「フルート・ソナタ」が有名ですが、こちらの「協奏曲」の方は初めて聴きました。
この協奏曲は1954年に作られているので、1957年に作られたソナタとは作曲時期はそんなに違っていないのですが、その作風はかなり異なっているような印象を受けます。なによりも、この変な編成で特にピアノや打楽器がもたらすリズムが、彼が影響を受けたというバルトークとそっくりなんですね。これはソナタには見られないものです。さらに、第2楽章になるとティンパニの連打に乗って弦楽器がねっとりとした音楽を奏でるという、ほとんどブラームスの交響曲第1番の冒頭のような重々しさがあります。3楽章になってやっと、ソナタと同質の軽さが見られるようになるでしょうか。それは殆どハチャトゥリアンやプロコフィエフを連想させるテイストです。
そんな中でソリストのクリスティアンスは、ちょっと不思議な音を聴かせてくれています。なんか焦点のぼけた芯のない音なんですね。高音には変な倍音が混ざっていてクリアさがないというか。逆に低音は殆どサインカーブのようなピュアな音なので、迫力がまるでありません。指はとても回るので爽快感はありますが、なにかイマイチ物足りません。
ミェチスワフ・ヴァインベルクの「フルート協奏曲第2番」は、今まで何度も聴いてきましたが、ここではそれを弦楽オーケストラのために書き換えたバージョンが演奏されています。なんでも、その形での世界初録音なのだとか。この曲には、ソロのフルートがオーケストラの中の管楽器と絡む場面が数多く登場しますが、ここではそれらが全て弦楽器に置き換わっているので、かなりの違和感があります。それが、このソリストのモノクロームな音色には合っているのでしょうが。

CD Artwork © Profil Medien GmbH

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# by jurassic_oyaji | 2018-04-21 21:00 | フルート | Comments(0)
クーラウの「妖精の丘」
 定期演奏会が終わっても、ニューフィルの活動は続きます。今週こそはお休みでしたが来週の火曜日にはもう普通に練習が始まりますからね。そこでやるのが、おそらくほとんどの人が弾いたことがないと思われるニルセンの交響曲ですよ。下手をしたら「弾いたことがない」だけではなく「聴いたことがない」という人さえいるでしょうからね。
 私の場合はさすがに聴いたことはありましたが、もちろん演奏するのは初めてです。ですから、渡されたパート譜をまずはしっかりさらっておかなければいけませんね。その最初の練習の時には、おそらく他の人たちもしっかり譜読みをしてきているはずですからきっと1回で通ってしまうでしょう。そんな中で弾けなくて取り残されるなんて最悪ですからね。
 と思って譜読みを始めてみましたが、私の場合は今回は3番フルートでピッコロ持ち替えというポジションですから、意外と楽。2回ぐらい全部通して吹いてみたらそんなに大変なところはないことが分かってしまいました。この間のニューフィルのエルガーなんかは、いつまで経っても全体像がつかめなくて大変だったのに、こんなに簡単に出来てしまうのは、私のスキルが上がったせいではないはず、本当にあまり「ヘン」なことをやっていないので、きちんと読みさえすればすぐにできるようになってしまうからなのでしょう。ですから、その「きちんと読む」というのが大事なんでしょうね。確かにちょっと変わったシンコペーションとかがありますから、いい加減に数えていたのではいつまでかかってもマスターできないでしょうね。ただ、休みが異常に長いので、それを数えてきちんと入るのがちょっと大変そうな気はします。
 あとは、なにかとっかかりがあると、親しみがわいてやる気になってくることってありますよね。エルガーの時はそれが「ダースベイダーのテーマ」でしたが、今回のニルセンは「そだね~」です。
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 これは1番の譜面ですが、第3楽章(実際は切れ目なく全曲を演奏するようになっています)に相当する部分でフルートがソロで「そだね~」と言ってますよ。これがもうちょっと先に行くと、
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 もう「そだね、そだね、そだね・・・」のオンパレード。ここはちょっといやかも。というか、ピッコロの場合はこういうところはありませんから。
 譜読みが結構進んだので、スコアもちゃんと読んでみようと思って読み始めたら、なんだかピッコロに吹いたことのないような部分があるのに気が付きました。パート譜と見比べると、スコアでは「Piccolo」と指定されているところが、パート譜では「Fl. grande」になっているではありませんか。このパート譜は手書きですから、写譜屋さんが間違えたのですね。早く気が付いてよかったです。あるいは、知らないふりをしてパート譜の通りにフルートを吹いてみて、練習指揮者がそれに気が付くかどうか試す、という手もありますね。やりませんけど。
 ニルセンを演奏する定期では、北欧特集で序曲にはデンマークの作曲家の、これこそ絶対に誰も演奏したことがない曲が決まっています。それも一緒に譜読みをする前に小節番号を入れておこうと、ちゃんと調べてくれた人がいたのでそれを元に数え始めたら、なんだかどう数えてもその資料と合わないところが出てきました。資料では練習記号事の小節番号が書いてあるのですが、その「D」だけが1小節違うんですよね。
 それは、やはりピッコロのパート譜でしたが、2番フルートのパート譜だときちんと資料通りのところにあります。ですから、これも写譜屋さんが記号の場所を間違えたんですね。それだけではなく、1番フルートのパート譜だと、それは30小節近く前に付いてましたよ。長いことオーケストラをやってますが、これほどいい加減なパート譜は初めてです。
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# by jurassic_oyaji | 2018-04-20 21:15 | 禁断 | Comments(0)