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おやぢの部屋2
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MAHLER/Titan, Symphonic poem in symphonic form(Weimar version, 1893)
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Zsolt Hamar/
Pannon Philharmonic Orchesra
HUNGAROTON/HCD 30338



前回の「おやぢ」に続いて、マーラーの「巨人」がらみのCDです。
この作品については、3種類の稿が存在していることが知られています。「第1稿」は1889年にブダペストで初演された時の形。これは、2部、5つの楽章から出来ている「交響詩」で、タイトルは付いていませんでした。
次の「第2稿」は、1893年にハンブルク、そして1894年にヴァイマールで演奏された時に改訂されたもので、楽章の数は変わりませんが第1部と第2部、そしてそれぞれの楽章にタイトルが付けられ、さらに作品全体も「巨人」と呼ばれるようになっています。
そして「第3稿」は、1896年にベルリンで演奏された時に改訂されたもので、そこでは全てのタイトルが削除され、さらに第2楽章もカットされています。つまり、曲全体も単に「交響曲ニ長調」と呼ばれることになりました。これが、さらに「交響曲第1番」と改名されて出版されるのです。現在では、さらに細部で校訂が行われ、最終的には1992年に刊行されたマーラー協会の「新全集版」が最も新しい楽譜になっています。
このように、マーラー協会の全集は、常にアップデートされて「最新」の情報が盛られたものに置き換わるというポリシーが貫かれているようですね。
確かに、作曲家としては最後に残ったものを「決定稿」としたいという気持ちはあるのでしょうが、後世のリスナーにとっては、やはりそこにたどり着くまでのすべての過程を見てみたいという気持ちもあるでしょうし、結果的にはそこまで示されたときに初めて、その作曲家の全体像が明らかになるはずですから、そのような創作の全過程を明らかにするのは必要なことなのです。
ですから、マーラー協会も、この「交響曲第1番」の初期の形態の楽譜も出版しようとしたのでしょう。ただ、「第1稿」は、現在では自筆稿が失われてしまっているので、「第2稿」でその作業に着手し、2014年ごろにその校訂作業がほぼ終わった時点で、ヘンゲルブロックと北ドイツ放送交響楽団(現在のNDRエルプ・フィル)によって録音され、その全容が明らかになりました。
実は、マーラー協会がそのような作業に取り掛かるはるか前から、その「第2稿」の現物である1893年のハンブルクでの演奏で使われた自筆稿のファクシミリをそのままコピーした楽譜がTHEODORE PRESSERから出版されていて、それに基づく録音も何種類か出ていました。
ところが、マーラー協会が作った楽譜は、その自筆稿とは、多くの部分で異なっていました。そもそも編成も大きくなっていますし、聴いただけではっきり違いがわかる個所がたくさんありました。それは、ハンブルクでの演奏に際して手直しをした部分や、さらに翌年のヴァイマールでの演奏に向けて改訂を行った部分などが含まれた、別の楽譜をもとにしていたのです。ですから、その出版譜では「ハンブルク/ヴァイマール稿(1893-94)」という呼び方がされていました。つまり、現時点では「第2稿」には「ハンブルク稿」(THEODORE PRESSER)と「ハンブルク/ヴァイマール稿」(UNIVERSAL)という、全く異なる2種類の楽譜が存在しているのです。
さあ、そこで今回のCDです。これは新譜ではなく、2004年に録音されたものです。そもそもタイトルに「Weimar version, 1893」という表記があることからして怪しげなCDなのですが、これが発売された当時の代理店のインフォでは、その「ヴァイマール稿」というのを真に受けて「同じ第2稿とはいっても"ハンブルク・ヴァージョン"とは異なるらしいので、マーラー好きには見逃せないアルバムの登場といえるでしょう」などというコメントが載っていました。
実際に聴いてみると、これは「ハンブルク・ヴァージョン」そのものでした。つまり、現代のリスナーは、「ヴァイマール稿」がどんなものなのか知っているので、そういうことが即座にわかるのですよ。
このCDはすでに廃盤になっているので、騙されて買う人がいないのが救いです。そもそも、この演奏はなんとも気の抜けた、魅力に乏しいものでしたし。

CD Artwork © Hungaroton Records Ltd

# by jurassic_oyaji | 2019-04-26 21:04 | オーケストラ | Comments(0)
いつも専用のドライバーを持ってます
 新しく入手したアルトは、本当に吹きやすく、長い時間吹いていてもそんなに右手が疲れません。前のサンキョウはこれがとても辛かったのですが、そんな思いはほとんど感じられないのは、なぜなのでしょう。楽器のサイズは全く同じなのですが、音が出しやすいと自然に腕も楽になるのでしょうね。
 そんな感じで、それこそ「ダフニス」とか「ハルサイ」のパート譜をDLして吹きまくっていたら、いきなり音が出なくなってしまいました。最初は、あまり吹いたので口がおかしくなってしまったのかな、とおもって、アンブシャーをいろいろいじってみたのですが、全く変わりません。ということは、もしや壊れた?やはり安物は壊れやすくなっているものなのでしょうか。ちょっとがっかりです。
 確かに、キーを調べると、左手の親指で押さえるキーがなんだか動きが変で、キーの開きが狭くなっています。そこには、スプリングがきいていない感じ、外れてしまったのでしょうか。よく見てみると、そのキーをポストに固定するネジが、飛び出していましたよ。
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 つまり、反対側のポストからネジが外れている、ということですね。たしかに、ここは全く固定されいない状態になっていましたから、キーが閉まらないのは当たり前でした。
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 こんなトラブルだったら、別にお店に持っていかなくても自分で直せます。抜けているネジをもとに戻せばいいだけですからね。
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 ただ、直接そこにドライバーは当てられないので、邪魔になっていたトリルキーをまず外します。
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 後はそのままネジを締めるだけですから、すぐに直りました。
 もちろん、吹いてみたら前と全く変わらない状態になっていましたよ。
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 もしやと思って、前回載せた写真を拡大してみたら、その時にはすでにネジが飛び出していたんですね。全然気が付きませんでした。出荷時にこの状態だったのでしょう。それが、急に過酷な使われ方をしたので、振動で緩んできて、とうとう外れてしまったのでしょう。
 さるアジアの国の人だったら、これを持ち込んで新しいものに代えてくれ、とか、工場見学をさせろとか言うのかもしれませんが、私は慎み深い人間ですから、そんなことはしませんよ。というか、この程度のことができないような人は、フルートを吹く資格はありません。自分の楽器なんですからね。
# by jurassic_oyaji | 2019-04-25 21:32 | 禁断 | Comments(0)
MAHLER/Titan Eine Tondichtung in Symphonieform
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François-Xavier Roth/
Les Siècles
HARMONIA MUNDI/HMM 905299



ロトとレ・シエクルの最新アルバムは、なんとマーラーでした。これまでの彼らのレパートリーは、まずはフランス物でしたから、ほとんどフランス音楽のピリオド演奏に命を懸けている団体だと思っていたところに、いきなりドイツ音楽の登場です。
ということで、彼らが使っている楽器をチェックしてみると、確かに管楽器からは、かつてのフランスのメーカーのものは一掃され、ドイツ系と思われるもので占められていましたね。オーボエあたりはどうやらウィンナ・オーボエのようですね。なんたって、マーラーはウィーンで活躍したのですからね。もちろん、以前は「バソン」だけだったファゴットパートは、見事に「ヘッケル」に入れ替わっていましたよ。ウィーンと言えばモーツァルトですからね(それは「ケッヘル」)。いやあ、よくこれだけの楽器を集めたものだと、それだけで驚いてしまいます。
そして、そのマーラーの曲が、「交響曲形式による音詩『巨人』」です。これは、今ではよく「交響曲第1番『巨人』」というへんてこな名前で呼ばれている作品の元の形であることは、ご存知でしょう。マーラーが1889年にブダペストで初演したこの作品は、2つの部分、5つの楽章から出来ている「交響詩」で、タイトルはついていませんでした。それを、改訂して、1893年にハンブルクで演奏されたものが、さっきのようなタイトルが付いた作品でした。これには、さらに改訂が施され、1894年にヴァイマールでも演奏されます。
そして、この中から第2楽章の「花の章」がカットされ、さらに改訂が施され、「巨人」というタイトルも外されたものが、現在普通に演奏されている「交響曲第1番」ということになるのですね。
ハンブルクのコンサートのために使われた自筆稿は、現在はイェール大学に保存されていますが、それはこちらで見ることが出来ます。そして、それはその自筆稿のコピーという形で世の中に出回っており、その形で録音されたものが何種類もリリースされています。たとえばこちらのデ・フリエントのSACDなどです。
それが、最近になってマーラー全集の一環として、UNIVERSALからクリティカル・エディションが刊行されました。実は、実際にそれが出版される前に、その楽譜を使って録音されたものがあり、それがこちらのヘンゲルブロックのCDとして2014年にリリースされていました。その時には、その楽譜は「ハンブルク稿/1893年」と呼ばれていました。その演奏は、当然現行の「交響曲第1番」とは大きく異なってはいましたが、先ほどの自筆稿とも微妙に異なった部分も見つかりました。
実際にUNIVERSALからその「ハンブルク稿」が刊行されたのは、2018年になってからです。それはこちらで入手できます。さらに、そのサイトではその楽譜の現物も途中までですが見ることが出来ます。そこには、
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という文字がありました。
つまり、ここでマーラー協会が採用した資料は、「ハンブルク稿」そのものではなく、翌年のヴァイマールでのコンサートで使われたであろう、いわば「ヴァイマール稿」だったのです。これは、楽器編成も3管から4管に増えていますし、聴いてはっきりわかる違い(例えば第3楽章の冒頭のティンパニの有無)も数知れずです。
今回のロトのCDでは、この出版譜が使われました。実際、今回のジャケットにも「HAMBURG/WEIMAR 1893-94 VERSION」という表記が見られます。「ハンブルク/ヴァイマール稿」ですね。そして、出てきた音は、「ハンブルク稿/1893年」とされていたヘンゲルブロック盤と全く同じだったのです。ですから、そのSONY盤の表記は明らかに不正確です。
おそらく、「ハンブルク/ヴァイマール稿」としては2番目の録音となる今回の演奏は、ピリオド楽器ということもあって、とてもユニークな響きが聴こえました。フルートなどは全く聴こえないこともあります。それが「ドイツの楽器」なのでしょう。表現も、かなり極端。正直好きにはなれませんが、「レコード芸術」あたりでは絶賛されるのでしょうね。

CD Artwork © harmonia mundi musique s.a.s.

# by jurassic_oyaji | 2019-04-24 23:09 | オーケストラ | Comments(0)
タピオ
 定期演奏会が終わったので、その曲目がデザインされていたFacebookのカバーを更新しました。
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 つまり、この焼肉屋さんの壁に貼ってあった3人の作曲家の写真を貼り換えた、というだけのことなんですけどね。
 このお店は、泉パークタウンにあるショッピングモールの2階のフードコートの一角にありました。数年前そこの写真を撮って、このような使い方をしていたのですね。
 ところが、つい最近久しぶりに同じ場所に行ってみたら、このお店はもうなくなっていました。そもそも、ここがオープンした時にはモスバーガーだったのですが、今では、次のテナントも決まっていないようで、なにもない状態になっていましたね。そういえば、1階にあった「ローラ・アシュレー」も、いつの間にか別のお店に変わっていましたね。
 ただ、駐車場からすぐのところにある楽器屋さんは、開店当時からずっと変わらないでそこにありました。お隣の本屋さんは、まだ本は売ってますが、その中には本屋以外のスペースの方が広くなってしまったようですから、そろそろ本屋さんもなくなりそうな気配ですけどね。
 その楽器屋さんでは、フルートも売っているので、ちょこっと冷やかしにのぞいてみました。そうしたら、そこにいた店員さんが「なにかお探しですか?」みたいな感じで声をかけてきました。いつもは相手にしないのですが、最近ちょっとアルトフルートが欲しいな、と思っていたので、「アルトはありますか?」なんて答えてしまいましたよ。そうしたらその人は、ずいぶん熱心に、別のお店にはないかどうか調べたりしていましたが、そんな特殊なものはそもそもこのお店では店頭にあるわけがないので、「なんだったら、見本をご用意しましょうか」などと言ってきました。「決して、それでお買い上げいただこうなんて思ってませんから、取り寄せだけでもいかがでしょうか」とまで言ってくれたので、その熱意に押されて、軽いノリでお願いしてしまいましたよ。
 というのも、実はアルトで安いものはないかネットで調べたら、パールの製品が他のメーカーに比べて大幅に価格が低く設定されていました。その中には、管体まで銀製の製品まで揃っていましたし、ここのフルートは評判が良かったので、それを実際に吹いてみたかったのですよね。まあ、7月には東京に行くことになっているので、その時にでも大きな楽器屋さんに行って試してみようかと思っていたのですが、ここでそれが出来るんだったら手間が省けますからね。
 彼は、すぐにでも手配できそうだったのですが、一応こちらの定期演奏会が終わるまではここまで来るような暇がないので、それが終わったら、ということにしておきました。そうしたら、演奏会が終わった次の日に「品物が届きましたので、いつでもいらして下さい」という電話が来ました。実は、その方は店員さんではなく、そこの音楽教室でフルートを教えているインストラクターだったんですね。それで、実際に彼もその楽器を吹いてみたいというので、昨日の午後に行ってきました。
 楽器は、まだ梱包されたままだったものを、その場で開いてくれました。そして、レッスン室に案内されて、そこで好きなだけ吹いてくださいと言われました。実は、楽器を試奏するスペースなんかなかったようだったのでちょっとその点が心配だったのですが、ちょっと裏手に、たくさんのブースがあったんですね。
 そこで、本当に好きなだけ試奏してみたら、この楽器はそんな値段とは思えない素晴らしいものであることが分かりました。アルトフルートは前から「仙台フルートの会」の楽器をずっと持っていた時期がありました(今は、もう会自体がほぼなくなってしまったので、そちらの会員さんに返してあります)。ですから、ニューフィルでも時折「惑星」なんかで吹いていたのですが、そのサンキョウの楽器より吹きやすいし鳴りはいいしピッチも正確だし、値段を考えればもうこれ以上のものはないと判断して、その楽器を買ってしまいましたよ。
 まあ、このところ大変な思いをしてきたので、それに対する「ご褒美」でしょうか。もしかしたらニューフィルでまた使う機会もあるかもしれませんしね。
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 さっそく、ジョリヴェの「呪文」なんかを吹いてみました。前は出せなかった高音のG(というか実音D)がちゃんと出たのには感激です。そう、前の楽器と、その頃の私の腕では、高音のE♭(実音B♭)以上はまともな音が出ませんでしたからね。
# by jurassic_oyaji | 2019-04-23 23:18 | 禁断 | Comments(0)
あの時は「レリオ」でした
 ニューフィルの定期演奏会は、滞りなく終了しました。もうすでに録音も手元にあって、それを何度も聴き返したところですが、なんかとてつもなく完成度の高い演奏を聴いているように感じるのは、錯覚なのでしょうか。
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 これが、公式BDとCDのセットです。もう出来上がりました。このカバーの画像は、この記録担当のWさんのリクエストで、前にチラシを加工したものにさらに手を加えたバージョンです。こんな素敵なセットが一夜にして届いてしまうのですから、相変わらずのWさんの神業です。
 私などは、今回は何のトラブルもなく録音は出来たものの、最後の曲の長さを見誤ってハイレゾの最大録音時間を超えてしまって2つのファイルにまたがって録音されてしまったので、その修復作業で四苦八苦していて、やっと先ほど全曲を公式サイトの掲示板からリンクできるようにアップしたところです。
 そんなことになったのは、当日になって「幻想」の前にナレーションを入れることになったからです。私がゲネプロに間に合うように車を走らせていると、突然団長からメールが届いて、指揮者の指示で急遽ベルリオーズがこの曲の前に付けたコメントを陰アナにしゃべらせる、というプランが実行されることになったというのです。ついては、その役目を同じフルートパートの降り番の人にお願いしたいので、根回しをよろしくお願いしたい、というものでした。早速本人に連絡したのですが、当然のことながらそんな依頼には戸惑っていたようです。
 それでも、会場にやってきたらすぐに原稿を渡されて、「幻想」のリハーサルの前にぶっつけでそのMCをやらされてしまいました。そのあとは、出番前のギリギリまで、着替えもしないで練習していましたね。
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 今回は私は全乗りで、しかも1曲目から、曲の最初にほとんど裸で音を出さなければいけないという、とても緊張する場面がありました。さっきの「幻想」のリハーサルでは、そのMCが終わると、何の合図もなしに指揮者が曲を始めようとしたために、楽器を構える暇もなく、慌てて音を出さなければいけませんでした。でも、それでも何とかまともな音は出せたので、逆にそれで自信みたいなものが付きましたね。本番では、MCの最後の言葉も覚えましたから、余裕をもって構えられました。
 そのオープニング、篠崎さんは、いったん出てきてお辞儀をした後、オーケストラに向いたところで照明をおとすという演出をとりました。真っ暗な中でMCが流れ、それが終わった瞬間に明かりが入り、曲が始まるという段取りですね。これをやっている時に、私は3年前のサントリーホールを思い出していました。その時も、この曲は暗いところから始まっていたんですよね。もちろん、私はステージではなく、オルガンの前の客席の合唱団の中にいたんですけどね。
 その時に、最後に受けた拍手を、とても感銘深く味わっていたことを思い出しました。なんか、ちょっと隙間はありましたが、きのうの県民会館のお客さんは、あの時のような温かい拍手を送ってくれていたような気がします。
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 なんて、今になって振り返るとそんな感慨にも浸れますが、現場ではいつになく緊張していたような気がします。なんと言っても、第3楽章の最後のあたりのソロを、もしかしたら完全に落としていたかもしれないと思うと、ぞっとします。前の小節までちゃんと数えていたのに、なんかそこでソロを始めるのが間違っているような気になってしまいました。でも、瞬間的にそれが間違っていることに気づいて、慌てて吹き始めたんですよね。ですから、私の中では完全に頭の1拍は出遅れたと思っていたのですが、録音を聴いてみるとそんな躊躇のあとはほとんど分かりませんでした。ですから、「録音を聴いてがっかり」するよりは、ほっとすることの方が多いような気が、私はするのですけどね。
# by jurassic_oyaji | 2019-04-22 00:07 | 禁断 | Comments(0)