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アロマのにおいでもありません
 我が家では、こんな空気清浄機を使っていました。
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 パナソニックの、正確には「次亜塩素酸 空間除菌脱臭機」というものものしい名前の機械です。色々調べて、これがにおいを取るのだったら一番いいだろうということになって、去年の7月に買いました。10万円近くしましたね。
 なんでこんなものを買うことになったのかというと、少し前に長い入院生活を送っていた愚妻が退院して自宅に戻ってきたら、なんか、耐えられないような悪臭があるというので、それを軽減するための措置でした。ただ、不思議なことに、私は別にそんな変なにおいは全く感じなかったんですよね。というか、私自身はかなりにおいには敏感だと思っていたので、愚妻が感じているにおいを感じることが出来なかったときは、ちょっとショックでしたね。
 でも、とにかくくさい、というので、まずは換気扇を点検、全部分解してダクトの中まで掃除しましたが、その時も別に変なにおいは感じませんでしたね。そのあと、換気扇自体を新しくしたのですが、それでもやはり愚妻は悪臭を感じているのだと言い張ります。
 ですから、こんなたいそうな名前のする高価な機械も買ってみたのですね。確かに、これを動かしていれば、いくらかはにおいが薄れているような気がするのだそうでした。でも、それがすっかりなくなることはなかったようですね。
 とにかく、原因がなにかを知りたかったので、ダメモトで、ネットで調べた、テレビなどでもとても有名な石川英一という「臭気判定士」という肩書がある人にコンタクトをとって、実際に調査をしてもらうことにしました。なんでも、これまでに数多くの臭気に関するトラブルを解決されてきた人だということで、なにか解決のヒントぐらいは得られるのでは、ということでお願いしたのですね。
 作業服姿でやってきた石川氏は、家に入るなり「魚を焼いた匂いがしますね」と言いました。確かに、前の日にニシンを焼いていたので、そんなにおいはありましたが、それは誰でも分かる匂いですから、そんなんで大丈夫かな、と思いましたね。その時には、さっきの「脱臭機」も置いてあったので、それを見て「これが一番効きますね」なんて言ってました。
 色々調べた結果、きちんと外気が入るように換気口を開けて(それが全部閉まっていました)、常に換気扇を動かしておけば、においはなくなるでしょう、と断言したので、それを実行してみたのですが、しばらくそうしていても何にも変わらない、と愚妻は言ってました。結局、その石川氏にも解決は出来なかったのですよ。それで、そんなことを書いたペラペラの報告書を送ってきて、要求されたのは新幹線代込み(横浜在住)で8万円ですって。ぼったくりですね。
 それが4ヶ月ぐらい前でしたね。もうこれ以上私もできることはないので、あきらめていたのですが、最近になって愚妻は、匂いは精神的なストレスからきているものではないか、と思うようになったのだそうです。それで、そういう専門の病院を探して薬を処方してもらったら、悪臭も消えてきた、というのですね。いや、私は最初からそういうことではないかとは思っていたのですけどね。
 ということで、空気清浄機は、今日限りでその役目を終えて、押し入れにしまわれることとなりました。この機械、結構お手入れが大変なんですよね。毎日水を取り替えなければいけませんし、週に1度は中を掃除しなければいけません。さらに、次亜塩素酸を発生させるためのタブレットも、消耗品ですから、時折加えなければいけません。でももう、これから先はこれを使うことはないでしょう。
# by jurassic_oyaji | 2022-12-04 21:47 | 禁断 | Comments(0)
SMETANA/Má vlast
SMETANA/Má vlast_c0039487_19274227.jpg



Václav Luks/
Collegium 1704
ACCENT/ACC24378




チェコのプラハで毎年開催されている「プラハの春音楽祭」は、チェコの国民的な作曲家スメタナの命日である5月12日に、彼の代表作「わが祖国」が演奏されて、その幕を開ける、というのが恒例になっていますね。1946年それが始まった時の指揮者はラファエル・クーベリック、オーケストラはチェコ・フィルでした。
そのような、「チェコ」にこだわった音楽祭でしたから、当然、そこではチェコ人の指揮者とチェコのオーケストラ(そのほとんどはチェコ・フィル)によって演奏されるのが当たり前でした。
しかし、歴史を重ねる中で、それ以外の演奏家によって「わが祖国」が演奏されることもポツリポツリと出てくるようになったようです。その口火を切ったのは、1996年のロジャー・ノリントンとロンドン・クラシカル・プレイヤーズという、指揮者もオーケストラもチェコとは無縁の組み合わせだったのでしょうね。しかも、その時は、モダン・オーケストラではなく、ピリオド・オーケストラだった、というトピックスも加わっていました。
今回の、昨年、2021年のオープニング・コンサートのライブ録音では、確かに指揮者もオーケストラもチェコに属しています。ただ、そのオーケストラはピリオド楽器を使う団体ではあっても、ノリントンの時とは違って、本来はバロック音楽を専門に取り上げている小編成のアンサンブルの「コレギウム1704」でした。指揮者はその団体の創設者であるヴァーツラフ・ルクスです。ルックスはイケメンです。
ボヘミアの作曲家ヤン・ディスマス・ゼレンカが初めて自分の曲を作った年をアンサンブルの名前にしているこの団体のレパートリーは、そのゼレンカの周辺の音楽から、せいぜいハイドンあたりをカバーしてきていたのですが、それがいきなり19世紀後半に作られた「わが祖国」を演奏するというのですから、正直それはあり得ない、と思ってしまいましたね。
そもそも、オーケストラのサイズが全く違います。普段は20人を超えるかどうか、というところで勝負している団体が、100人近くのメンバーが必要なオーケストラのレパートリーを演奏するのですからね。それに、ピリオド楽器と言っても、やはりゼレンカとスメタナでは楽器そのものが全く違います。弦楽器などはかなり多くのエキストラが加わっていたはずです。
それでも一応、楽器に関しては、可能な限り19世紀後半のものを使ってはいるようです。とりあえずチューバなどは、現在ではまず見ることのないユニークな形体の楽器でした。
実際にこの演奏を聴いてみると、ルクスたちは、普段の自分たちのスタイルはひとまずどこかに置いておいて、ここではあくまでチェコ人としてのアイデンティティをよりどころに、この作曲家がこの作品に込めた「愛国心」に真摯に立ち向かおう、というスタンスで演奏に臨んでいたのでは、ということが、強烈に感じられました。
この、6つの交響詩の集まりである長大な音楽は、その中にチェコの民族を鼓舞するような自然の美しさや、壮大な歴史絵巻がてんこ盛りになっていて、それらを讃えるメッセージは彼らにはストレートに届いているのでしょう。実際、その中でのエネルギッシュな金管楽器の彷徨や打楽器の猛打には、直接的に人間に訴えかける、言葉を変えれば「煽る」要素は満載です。
そのようなシーンでのルクスたちは、まさにあらん限りの情熱をもって、そのエネルギーを放出しているように見えます。それはそれで、ある種の「感動」を与えていることは間違いありません。
ところが、それとは正反対のシーン、例えば、有名な2曲目の「ヴルタヴァ」のテーマがヴァイオリンで歌われるようなしっとりとした部分では、何か物足りない感じがするのですね。そんなところで、とりあえずよそに置いておいたはずのバロック・アンサンブルのアイデンティティを示し始めるのですよ。そのあまりにもストイックなノン・ビブラートからは、チェコの魂のようなものは感じることは出来ませんでした。
もしかしたら、本当はそれが彼らの目指したものだったのかもしれませんけどね。

CD Artwork © note 1 music gmbh

# by jurassic_oyaji | 2022-12-03 19:28 | オーケストラ | Comments(0)
JVCでのマスタリング
 最近、レコードのことばかり調べていたら、15年ほど前に実際にそんなレコードを作る現場に行ったことがあることを思い出しました。それは、その時に私のサイトに写真とともに掲載したのですが、なぜか、その関係者の関係者みたいな感じの人から、写真を勝手に載せられたのは不愉快だと言っていたよ、というようなことを聞かされたので、削除してありました。まあ、それは直接のクレームでもなく、もうかなり時間も経っているので、また掲載しても構わないだろうと判断して、その時のレポートを再現してみます。
 行ったのは、こんなところでした。


 横浜にあった日本ビクター(JVC)の工場の中にあるマスタリングセンターです。私も長年レコードを聴いてきましたが、この会社の作るLPレコードがその音の良さで好評を博していたことはまだ記憶の片隅に残っていました。確か、かつては世界的に有名な最新のカッティング・マシーンを購入して、独自の高品質のレコードを作っていたはずでね。
 その時訪れたこのセンターには、その流れを今にまで伝えるこのような場所もまだ健在でした。当時はもはや瀕死の状態にあったLPレコードですが、やはりこの魅力を捨てがたいと思っている人はたくさんいるのでしょう。
 もちろん、当時ではレコードと言えばCDということになってしまっていますから、ここではもっぱらそれを作るためのエンジニアが働いているのでしょう。入り口近くには、このようにそのエンジニアの一人が作ったCDの中で、200万枚という売り上げを記録したもの(ダブルプラチナ・ディスク)が展示してありました。


 同じ所にあったのが、CDを作る時に用いられる「マスター」や「マザー」や「スタンパー」などと、LPを作る時と同じような名前のものが置いてありました。今のCDも、LPと同じように煎餅を作るようにこれらの金型を用いて大量生産しているのでしょうね。
 私たちは、「コール青葉」のライブ録音をCDにするためのマスタリングのために、ここに来てました。ですから、もちろん最新の設備で行うのでしょう。このセンターではそれぞれのエンジニアが専用の部屋を持っており、好みの機材をその中に入れて作業を行っていました。私たちの担当はS氏という、この世界では名の知れた人でした。これが、彼の仕事場です。
 ここには、そもそものホールでの録音を行ったK氏という、やはりこの世界では名の知れたレコーディング・エンジニアの方が立ち会っていました。その2人が話している言葉は、とても専門的、クロックがどうのこうの、ケーブルがなんのかんのと話しながら、そのケーブルを何度も入れ替えて聴き比べていました。その度に、はっきり分かる程スピーカー(ジェネレック)から出てくる音が変わって来るのですから、面白かったですね。
 ここにはこんな名器も置いてありましたね。私たちはDSDのデータ(DAT)を持って行ったので、これは使いませんでした。
JVCでのマスタリング_c0039487_22420893.jpg

 これが、マスタリングの機材とモニターです。S氏はこれを駆使して元の録音に入っていた雑音を取り除いたり、取り除いたあとを滑らかにつなぎ合わせたり(クロスフェイド)していました。我々には全くつないだあとが分からない程の仕上がりになっていたのですが、同席していたK氏などにとっては、それでも満足のいくものではなかったようで、何度も何度も繰り返し作業を行わせていました。プロというのは、このような厳しい耳をもって、妥協のないものを作り出す人たちのことを指し示すものなのでしょう。
 S氏は、出来上がった完パケをCDにして聴かせてくれましたが、それはそれまで聴いていた音とは全然違う、しょぼいものでした。S氏は「なんせ、CDだからね」と、こともなげに言っていました。そのころ私は、まだ「ハイレゾ」というものを知りませんでした。
 今ではマスタリングセンターも代官山に移転したようで、スタッフも変わっているのでしょうね。そちらにも、しっかりアナログレコードのマスタリングの設備があるようです。
# by jurassic_oyaji | 2022-12-02 22:42 | 禁断 | Comments(0)
MOZART/STOCK/The Magic Flute
MOZART/STOCK/The Magic Flute_c0039487_20580750.jpg

Actors, Singers
Leslie Suganandarajah/
Augsburger Domsingknaben
Salzburg Mozarteum Orchestra
DG/486 3534




例えば、古くは1975年のイングマル・ベルイマンのものや、最近では2006年のケネス・ブラナーのものなど、モーツァルトの「魔笛」を映画にしたものはいくつかありました。この2作品では、基本的にオリジナルの音楽はほぼそのままで、そこに少し設定を変えるというスタイルで作られていましたね。
今回、ローランド・エメリッヒがエグゼクティブ・プロデューサーとなって製作されたドイツ映画の「魔笛」は、それらのものとはちょっと毛色が違っているようです。現時点では劇場での公開ではなく、インターネットによる配信という今どきのスタイルのリリースとなっているようですが、とりあえずそのサウンドトラック盤というのが出ましたので、それを聴いてみました。
そのキャストを見てみると、ほとんどがオペラ歌手ではなく、普通の役者さんのようだ、というところで、この映画の製作意図がうかがえますが、これは決してモーツァルトのオペラをそのまま使ったものではなく、普通の劇映画の中に、「魔笛」からのナンバーをいくつか挿入したという、いわば「ミュージカル」のような作られ方になっているような気がします。
実際には、オープニングではオリジナルの序曲の冒頭だけが演奏されて、そのあとにこの映画のためにマルティン・ストックという、映画音楽を主に作っている作曲家の曲が流れて来たかと思うと、そのあとに序曲の主部がまた始まる、といった感じですね。
どちらの曲も、演奏しているのはザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団のようですし、指揮者もスリランカ出身のオペラ指揮者、レスリー・スガナンダラージャですから、モーツァルトの音楽の部分ではほぼオリジナルと同じものを味わうことはできます。一応、夜の女王はザビーヌ・ドゥヴィエル、ザラストロはモリス・ロビンソンと、「プロ」のオペラ歌手が歌っていますし。
でも、ほとんどのナンバーは俳優さんが歌っているので、音楽的な完成度は全く期待できません。というか、初演の時のシカネーダーの劇団の上演でももしかしたらこんな感じではなかったかな、と思えるような素朴さではあります。実際、パパゲーノやモノスタトスなどは結構いい感じに仕上がってましたね。ただ、パミーナ役の人などは、果敢に「Ach, ich fühl's es ist verschwuden」のメリスマに挑戦していますが、ちょっと聴いていて辛くなってしまいます。そもそも、原曲を全音下げて歌っていますし。
モーツァルトの間に入っているストックの音楽は、このようなサントラの常で、それだけを聴いたのでは何の価値もない、というものでした。メインテーマになっているものの音型が、なんだかクイーンの「Radio Ga Ga」とよく似ているというのも、なんだかなあ、という感じです。おしなべて、例えば「ハリー・ポッター・シリーズ」のようなミステリアスなテイスト満載の音楽でしたね。ただ、途中で何の脈絡もなくジャクソン5の「I'll Be There」が歌われるのは、ミスマッチ
映画のクレジットにはローランド・ビリャソンの名前がありますが、このサントラ盤には彼の出番はありませんでした。もしかしたら、ここには映画のすべての音楽が入っているわけではないのかもしれませんね。モーツァルトの2幕の音楽がちょっと少なめなような。
トレーラーは見られるのでちょっと見てみました。
これが、タミーノに襲い掛かる「大蛇」なんでしょうね。いかにも映画的。そのあと、それこそハリー・ポッターのようなシーンが登場しますが、そこで音楽教師(たぶん)を演じていたのが、F・マーリー・エイブラハム、あの「アマデウス」のサリエリ役の方です。
あと、気になったのは、トレーラーによっては、同じ画面でも英語ではなくドイツ語でセリフをしゃべっていることでした。おそらく、英語版とドイツ語版の両方があるのでしょうね。ただ、このサントラでは、モーツァルトの歌も全部英語で歌われていました。これはものすごい違和感。たぶん、ドイツ語で歌っているバージョンもあったのでしょうに。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH

# by jurassic_oyaji | 2022-12-01 20:59 | 映画 | Comments(0)
「EP」と「land」と「オートチェンジャー」
 このところ、ここでも何回か取り上げて、それを編集して「かいほうげん」にまで載せてしまった「EP問題」ですが、あれは締め切りギリギリになって大幅な改訂を行っていました。今回の発行日は22日の火曜日だったのですが、1ヶ所だけちょっと確かめたいことがあったので、その前の18日の金曜日にダメモトでレコライに行ってみたのですよ。つまり、そこで扱っている「EP」の現物を私は実際に見たことがなかったので、そこでもしかしたら手に入れられるかもしれないと思ったのですね。そして、ご存知のようにめでたくそれを手に入れることが出来ました。
 そこで確かめたかったのが、レーベルの外周部についている盤面のふくらみです。つまり、あの「トーク」の中では、ネットで見つけたとても画期的な手法で「EP」が最初に世に出た時の雑誌記事を教えてくれたブログを参考にしていて、その英文を日本語に訳したものではEPの特徴としてそのふくらみをなくして、そのスペースに溝(グルーヴ)を彫っている、とあったので、そうなのだろう、と思って最初は原稿もそのように書いていたのですよ。
 ところが、その、入手したEPでは、別にふくらみが平らになっていることもありませんし、レーベルの大きさもシングル盤と全く同じでした。それで、私なりに、元の英文を読み直してみました。それが、この文章です。
The additional playing time on the disks has been made possible by reducing the thickness of the lands (the raised portions of the disks), thereby permitting more grooves per inch, and by cutting the grooves farther into the center of the record.
 下線の「land」という単語が問題ですね。このまま読めば「ディスクでの盛り上がった部分」ですから、確かにレーベルのふくらみに違いないのですが、そうなると、その後に続く文との整合性が取れません。いきなり「インチ当たりの溝がもっと彫れる」ですからね。
 ですから、私は、もしかしたらこの「land」というのは、溝を彫った周りのことではないかと考えました。
 顕微鏡写真で見ると、レコードの溝はこんな風に凹んでいます。そして、そのわきの、もとは平らだったところが、まさに「land」の様相を呈していますよね。そうすれば、先ほどの英文は、しっかり「溝の深さを浅くしたので、よりたくさんの溝を彫れるようになった」と、ぴったり事象に当てはまりますね。
 そんなことも含めてまず「かいほうげん」の原稿を手直しして、その日に書いたのが、こちらのブログです。そうしたら、そこに、私が参考にしたブログ(リンクを張ってありました)を書いたご本人がコメントを寄せられたのですよ。びっくりしましたね。でも、せっかくの機会なので、この「land」のことを聞いてみました。そうしたら、先方もやはりちょっとあの英文には納得がいかなかったようで、お互いに色々コメントをやり取りすることになってしまいました。それはおそらく、私のブログにとっては最長のコメントのスレッドになったのではないでしょうか。その中で、先方はこんな文献まで紹介してくださいました。
 なんでも、1952年に出版された専門書なのだそうです。ここでの「land」の定義を読めば、私の考えが正しかったことが分かりますね。自分でも、こんな画像を見つけてみました。
 これは姿は逆ですが、溝の間が「land」と呼ばれていることは分かります。これで、全ての疑問が解けました。
 それにしても、このコメントは、私が書くと次の日にはしっかり返事が届いたりしていたので、ちょっと検索したら、このブログの主のMさんという方は、なんと、インスタグラムの日本語版を一人で作り上げたというものすごいITエンジニアさんだったことが分かりました。著書も多数上梓されています。そもそも、ビルボードのアーカイヴの山の中からあれだけの記事を探し出しただけでただものではないと思っていましたが、やはりすごい方でした。
 ところで、さきほどのレーベル周辺のふくらみは、「オートチェンジャー」を使う時に盤面の溝の部分が当たらないような配慮だとMさんはおっしゃっていたようです。そんなものを知らない人もいるでしょうから、その写真をお見せします。
「EP」と「land」と「オートチェンジャー」_c0039487_22415732.jpg
 このように、レコードを1枚かけ終わると、アームが外に戻って、ターンテーブルの上にあるレコードの上に長いスピンドルで保持してある一番下のレコードが落ちてきて、そこにまたアームが動いてきて演奏が続けられる、という機械です。ですから、最初に聴いていたレコードの次には、その裏ではなく2枚目の上面を演奏することになります。つまり、オペラの全曲盤などは、例えばベームの「トリスタン」などは5枚組だったので、1枚目のA面の裏側は、10面目になっていましたね。5枚演奏が終わったところでまとめて裏返してセットするので、そのようになっていたのです。普通のプレーヤーだと、逆に面倒くさかったですね。
# by jurassic_oyaji | 2022-11-30 22:42 | 禁断 | Comments(2)