Herbert Kegel/
Dresdner Philharmonie
CAPRICCIO/50 000(hybrid SACD)
もう消滅したはずのレーベルの商品なのに、ネット通販のランキングですごいことになっていたので買ってみました。
ケーゲルのベートーヴェンといえば、CDが実用化された直後に、おそらく世界初のデジタル録音によるベートーヴェンの交響曲全集のCDとして発売されたものとして、記憶に残っています。録音は
1982年から
1983年にかけて行われ、このジャケットの左下に「
MADE IN JAPAN」とあるように、輸入盤であるにもかかわらず日本でプレスされたものだったという、当時のCD製造の状況を物語るものでした。なんせ、世界中にCDを作れる工場は5つしかなかったのに、そのうちの4つまでが日本にあったというのですからね。(↓
10 006-7)
それから
20年近く経って、CDの上位フォーマットであるSACDが発表されたときにも、このレーベルは高い関心を示したようです。その力の入れようは、
2003年にリリースされたこのボックスセットを見れば分かります。外側を覆っているのは、普通のCDのようなスチレン樹脂によるペナペナなケースではなく、なんと3㎜もの厚さを持つアクリル板を貼り付けたものなのですからね。これだったら、
飽きられることはないでしょう。さらに、その際に行われたSACDのためのマスタリングに使用された機材の詳細なリストにも圧倒されてしまいます。ただ、肝心の録音ソースが「1/4インチテープ」というのは分かりますが、その後の「DATとCD」というのが、なんとも不可解です。マスターテープ以外にDATやCDをいったいなんの用途で使ったのでしょう。ロケーションが記載されていないのも不思議ですが、これは音を聴けば録音を担当したドイツ・シャルプレッテンのスタッフがいつも使っていたドレスデンのルカ教会であることは分かります。それらしい写真がさっきのCDには付いていましたし。
そのCD、なんせ最初に買った何枚かのうちの一つですから、ある意味愛聴盤、何回も聴き込んで隅々まで頭に入っているものでした。それがSACDになってどれほどの変化があったのか、この、いかにも「よい音」を目指しているはずの機材のリストを前に、期待はいやが上にも高まります。
確かに、このSACDの音は、かつてのCDとははっきり変わっていました。それはまさに「別物」と言っても構わないほどの変化です。なによりも、個々の楽器の音色の生々しさと言ったらどうでしょう。CDではなにか1枚カーテンのようなもので仕切られていたものが取り払われて、リアルな音があらわれた、そんな感じでしょうか。
しかし、その「生々しさ」が、何か人工的で不自然な感じを伴うものであることには、とまどいを感じざるを得ません。弦楽器など、「リアル」ではあるものの、決して「美しい」とは感じられません。さらに、ここからは、このスタッフのほかの録音、そしてもちろんこのSACDと同じ音源によるCDでは常に感じられていたルカ教会のアコースティックスが、まるで伝わってはきませんでした。豊かな残響に包まれて、まさにいぶし銀のような渋い響きを醸しだしていたオーケストラの音は、まるで化粧をはぎ取られた熟女のような、醜い姿をさらし出していたのです。柔らかに溶け合っていた各々の楽器たちが、むりやり引き裂かれて裸にされてしまった様子は、例えば「第9」のフィナーレのチェロとコントラバスのユニゾンによるレシタティーヴォを聴けば良く分かるはずです。そういえば、機材の中にはコンプレッサーやイコライザーも含まれていましたね。
ケーブルを変えただけでガラリと音が変わってしまうのが、マスタリングの恐ろしさです。どんな立派な機材を揃えたところで、エンジニアの耳、あるいは趣味が悪ければはるかに低スペックのCDからでさえ感じとることが出来た繊細な雰囲気が、まるで台無しになってしまうこともあるという、これはそんな実例です。
ビートルズのデジタル・リマスター盤が出る前に、今のCDを買っておこうという人がたくさんいるのだそうです。同じような危惧を抱く人は、ジャンルを問わずに多いようですね。
SACD Artwork © Delta Music GmbH