おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
MOZART/Requiem_c0039487_2122451.jpg
Ruth Ziesak(Sop), Monica Groop(Alt)
Thomas Cooley(Ten), Thomas Laske(Bas)
Karl-Friedrich Beringer/
Windsbacher Knabenchor
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
SONY/88697574752




このCDのジャケットには、曲のタイトルが「Requiem in D Minor, K.626(Unfinished)」と書かれていましたよ。長年この曲を聴いてきましたが、「未完成」という「副題」が付けられていたのには初めてお目にかかれました。いや、確かにこれは盲点でしたね。これからはこの曲を「未完成鎮魂曲」と呼ぶことにしましょうか。
もちろん、その後にはしっかり「Completed by F. X. Süssmayr」と続きますので、そんな「未完成」なものをそのまま演奏しているのではないことは分かります。しかし、確かネットで見たメーカーのインフォでは、このCDは「バイヤー版」である、と明記されていたはず、大半はその版であることが購入の動機だったのに、実際に手にしてみたらジュスマイヤー版だったのですから、ちょっとだまされた気がします(どうきてくれる!)。こういうメーカーのインフォ、「素晴らしい演奏!」みたいな主観的な感想は決して鵜呑みにすることはありませんが、こんな基本的な情報が間違っているのはなんともお粗末な話です。いや、そもそもそんなものを信用すること自体が、大きな間違いなのでしょうがね。これは、どのメーカー(代理店)にも言えること、とても情けない現状です。さる代理店では、毎月リリースされる膨大な量の新譜のインフォを、たった一人の人が書いているのだとか、それではまともなものなど出来るわけはありませんね。
と、商品を扱っている人はまともではありませんが、このCDの演奏自体はなかなか「素晴らしい」ものでした。歌っているのがウィンズバッハ少年合唱団、女声パートを少年が歌い、男声パートはたぶん声変わりしたOBの男声が歌っているという「混声合唱団」です。1946年にハンス・タムによって創られたこの合唱団は、1978年に現在のベリンガーが指揮者を引き継ぎ、その体制はすでに30年以上経過しているのだそうです。そんな長い時間をかけて彼が築き上げたものは、しっかりとした表現力をもつ少年パートでした。ここで聴くことの出来るそのパートは、音色や音程は幾分拙さが残るものの、音楽を表現する力に於いては大人の合唱団にひけをとらないものがあります。特に、「Kyrie」のフーガや、続く「Dies irae」のような切迫したシーンでのテンションの高さには圧倒されてしまいます。指揮者の指示なのでしょう、フーガのテーマのアクセントの付け方などはちょっと不自然な形になっているものを、彼らは見事に必然性のある表現として歌いきっています。ただ、その分だけ「成人」に対しては要求が甘かったのか、あるいは彼らはもはや少年の頃のような集中力は持てなくなっているのか、同じフーガの出だしがなんともいい加減になっているのには笑えます。
その「少年」も、おそらく綿々と歌い上げる、といったような場面ではやや力が不足していることを、指揮者は認識しているのでしょうか、「Lacrimosa」あたりは敢えて「お涙」を排したイケイケの音楽として作ろうとしています。結果的にはそれは大成功、決して湿っぽくならない、硬質な表現で心を打たれるものが出来あがりました。
Recordare」冒頭のチェロを聴けば分かるように、ベルリン・ドイツ交響楽団のメンバーも、渾身の仕事をしています。どのパートもしっかり自分の役割を主体的に演じていることが良く分かる好演です。なんと言っても、合唱と一緒に盛り上げるときのハイテンションはさすが。
Kyrie」の再現である終曲のフーガ「Cum sanctis tuis」の最後(つまり、曲全体の最後)では、ベリンガーはちょっとした味付けを行っています。オーケストラは最後の小節の頭だけを演奏したあとはフェイド・アウト、その後は無伴奏の合唱だけが響いている、という、ちょっとショッキングなシーンを作ったのです。そこで現れる「声」だけの空虚五度の美しいこと。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
by jurassic_oyaji | 2009-11-13 21:03 | 合唱 | Comments(0)