Mantovani and his Orchestra
GUILD/GLCD 5110前回取り上げた黛敏郎は、彼の「題名のない音楽会」で、マントヴァーニ・オーケストラのアレンジについて取り上げたことがありました。「イージー・リスニング」と言うよりは、昔ながらの「ムード・ミュージック」といった方がしっくりくる、厚い弦楽器の響きが売り物のこのオーケストラ、そのサウンドは、「カスケイディング・ストリングス」と呼ばれるもので、その名の通り、まるで滝が流れ落ちるような華麗な効果を持ったものです。このアイディアは、マントヴァーニとともに彼のオーケストラを支えてきたロナルド・ビンジというアレンジャーによって考案されたもので、ヴァイオリンを多くのパートに分けて、少しずつ音をずらしながら演奏することによって、芳醇なエコーがかかったように聞こえるというものなのです。黛は彼の番組の中で、「魅惑の宵」か何かのヴァイオリン・パートの楽譜を拡大して吊りカンにぶら下げ、そこにいた東京交響楽団(だったかな)に実際に演奏してもらい、マントヴァーニと寸分違わないサウンドが再現されることを確認してもらう、というプレゼンを行ったのでした。そう、ビンジのアレンジは、後のイージー・リスニングのオーケストラが、エコーやディレイなどのエフェクトをPAに頼り切っていたのとは対照的に、アレンジだけで、ということは、クラシックのオーケストラのように一切電気的な処理を施さない場でも、たっぷりしたエコー感を与えられるものだったのですね。さらに、マントヴァーニの場合、録音を行っていたのが英
DECCAという、昔から録音技術に関しては卓越したノウハウを持っていたレーベルだったことも幸いします。特にステレオ録音になってからは、その華麗なサウンドはまさに生き生きと花開くのでした。
ところで、このアルバム、レーベルは
DECCAではありませんね。これはなんと
GUILDという、ヒストリカル録音専門のレーベルではありませんか。実は、ここに納められているのは、全てSPレコードから「ディジタル・リストレーション(修復)」を施されたものなのです。録音されたのが
1943年から
1953年、
DECCAの権利が及ばない音源を集めたら必然的にこうなったのかもしれませんが、ビンジが「カスケイディング~」の手法を確立したのが
1950年頃と言われていますから、はからずも、まさにその前後のアレンジの変遷がまざまざと味わえる貴重な記録にもなっているのです。
最初のトラック、
1943年録音のコール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン」という、「最初はやっぱりきれいな人とだな」という虫のいい男の歌(それは、「
ビギン・ザ・美人」)から、これが本当にSPの音だなどとは到底信じられない、ノイズも全くなく音の粒立ちもクリアな録音にびっくりさせられます。ただ、これはストリングスはほとんど目立たない、後のマントヴァーニの姿など全く感じられないただのダンスバンドのアレンジと演奏です。ところが、
50年をすぎたあたりから、明らかにストリングスを前面に押し出したアレンジに変わっていきます。それはまさに劇的と言えるもの、そして、そのストリングスの音はなんと艶やかなのでしょう。コンチネンタル・タンゴの名曲「青空」(
53年録音)などは、生々しさから言ったら、下手なデジタル録音など遙かに凌ぐものです。
元の録音がちゃんとしていれば、SPからでもこれほどの音が再現できるのが、最近のデジタル技術なのでしょう。クラシックでもこんな良い仕事がしてあるものがあれば、是非聴いてみたいものです。