おやぢの部屋2
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BACH/Flute Sonatas
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Joshua Smith(Fl)
Jory Vinikour(Cem)
DELOS/DE 3402




ジョシュア・スミスは、1990年に20歳という若さでアメリカの名門、クリーヴランド管弦楽団の首席奏者に就任した、あの「パユさま」そっくりの華麗な経歴(おでこの上がり具合もそっくり)を持つフルーティストです。もちろん首席ですから、演奏する時は一人、助手は要りません。彼の演奏は、今までにハープとの共演での武満やドビュッシー、あるいは内田光子のバックなどで耳にしていたはずですが、特に強烈な印象が感じられたわけではありませんでした。しかし、内田とのモーツァルトのコンチェルトなどは、木管全体の中にきれいにとけ込んで、とても爽やかな演奏を聴かせてくれていたのではないでしょうか。
今回は、彼のリーダー・アルバム。バッハの無伴奏パルティータと、オブリガート・チェンバロとの3声のソナタが4曲というラインナップです。ソナタのうちのロ短調とイ長調は「真作」ですが、あとのト短調と変ホ長調は「偽作」とされています。さらに、イ長調のソナタの第1楽章の欠損部分は、ベーレンライター版のアルフレート・デュールの修復ではなく、ヘンレ版のハンス・エプシュタインによる短めのものを使っています。ただ、楽譜については、ヘンレ版に忠実に演奏しているというわけでもなく、適宜他の原典版の解釈を取り入れているようですね。
しかし、実際に聴いていて興味があるのは、そんな細かな版の問題ではなく、どのような楽器を使って、どんなスタイルで演奏しているか、ということなのではないでしょうか。彼が今回のバッハでとったスタンスは、あくまでモダン楽器によるアプローチ、ピッチもモダン・ピッチです。しかし、ここで彼が使っている楽器は、中古楽器屋さんの棚で偶然見つけたという、ルーダル・カルテの木製のフルートです。その時にはかなりひどい状態だったものを、きちんと修復してもらい、さらに頭部管はルイ・ロットの複製に取り替えて使っているそうです。その音色は、モダン・フルートにもかかわらず、木管のふくよかさをたたえた、とても暖かいものです。高音はあくまでまろやか、低音も、倍音をあまり含まない軽やかな音色となっています。
そんな柔らかな響きのフルートに、繊細なチェンバロが加わります。 モダン・フルートとヒストリカル・チェンバロという編成では、とかくフルートだけが目立ってしまいがちですが、ここでのチェンバロの音像は、かなり大きめに設定されているので、ぼやけてしまうことはありません。逆にフルートのほうがあまり輪郭がはっきりしないような録られ方なので、バランスとしては少し物足りないかもしれません。しかし、録音会場である教会の長い残響時間のおかげで、全体の響きはとてもゴージャスな、まるで王侯貴族のサロンのようなたっぷりとしたものが感じられます。
そう、この録音は、もしかしたらバッハ時代の音楽のありようを、オーセンティックな側面からではなく、あくまでメンタルな意味で再現しようと試みたものだったのではないのでしょうか。オリジナル楽器の演奏家たちが目指してきたのは、当時の演奏習慣の忠実な再現だったはず、確かにそれは意味のあることですが、現代の聴き手にとってはそれはもしかしたらかなり煩わしく感じられるものなのかもしれません。そんな外見的な煩わしさをある意味スルーして、もっと直接的に当時の聴衆が感じていたはずのリッチな雰囲気を味わってもらおう、そんな風にスミスたちは考えていたのでは、というのが、この優雅極まりない演奏を聴いて感じたことです。
なめらかな運指と心地よい音程、そしてあくまでソフトな音色、スミスの演奏は、確かにそんな雰囲気を存分に再現したものです。そこからは、バッハの持つ穏やかな側面を、メッセージとして受け取ることが出来るのではないでしょうか。それは、あくまで押しつけがましいものではない、心地よさを伴うものでした。

CD Artwork © Delos Productions, Inc.
by jurassic_oyaji | 2010-05-08 20:33 | フルート | Comments(0)