おやぢの部屋2
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Baltic Runes
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Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
HARMONIA MUNDI/HMU 807485(hybrid SACD)




エストニア・フィルハーモニック室内合唱団の首席指揮者は、2008年にポール・ヒリヤーからダニエル・ロイスに替わってしまいましたが、ヒリヤーがまだ指揮者だった頃の2008年1月から2月にかけての録音が新譜としてリリースされました。彼が2001年にこの合唱団のシェフに就任してから手がけていた「Baltic Voices」というシリーズが、3集まで出たところで、なんだか尻つぼみになってしまったような感があったのですが、おそらくそれに関連した企画なのでしょう。しかし、今回はタイトルが「Baltic Voices」ではなく「Baltic Runes」、「声」ではなく「ルーン文字」になっていますね。「ルーン文字」というのは借金ではなく(それは「ローン」)、このジャケットや、ブックレットの中にも描かれている北欧の古代象形文字のことです。それは、あのワーグナーの「指環」に登場する神々の長ヴォータンが持つ槍に刻まれたものとして、ファンにはお馴染みのものです。話の中では登場しても、それがいったいどういうものなのかは誰にも分からない、というのが、その「ルーン文字」の実態でしたが、それは「指環」から連想されるようなおどろおどろしいものではなく、こんなかわいらしいものだったんですね。
そんな文字のように、北欧に昔から伝わる民族音楽などをモチーフにした合唱曲が、ここには集められています。メインの作曲家はエストニアのトルミスで3曲、そして、同じエストニアのクレークと、フィンランドからシベリウスとベリマンが、それぞれ1曲ずつ取り上げられています。
録音会場やスタッフは「Voices」と同じですが、あちらはCDだったものが、今回はSACDに変わっています。その違いは歴然たるもの、以前はちょっと硬い感じがしたものが、ここではなんともまろやかでふくよかな音に満ちています。全く何のストレスも感じることなく、最初から最後まで身を任せて聴いていられる無伴奏の混声合唱、こんな幸せな思いに浸れたのは、久しぶりのことです。
トルミスの作品は、素朴なモチーフをほとんどそのまま使っているにもかかわらず、作品としての「力」がみなぎっているということが、ここでも改めて確認できることでしょう。キングズ・シンガーズのために作られた「司祭と異教徒」という作品は、前にこちらでその合唱版を聴いたことがありました。その時は、繊細な演奏には感心しながらも、オリジナルのカウンター・テノールのパートの処理に、ちょっと苦労をしている印象を受けていましたが、今回は女声がそのパートを歌うことで、なんの無理もないクリアなサウンドが実現、この曲の透明な魅力がさらに増して、その「力」の存在感もより大きくなっています。
エリク・ベリマンの作品はBaltic Voices 3でも取り上げられていました。ここでも、そのとんがった作風は、この1975年に作られた「Lapponia」という曲によってまざまざと体験することが出来ます。4つの部分から成る24分にも及ぶ長大な作品ですが、そこにはテキストはおろか、メロディすらも現れないという、徹底した非西欧の世界が広がります。そこでは、ラップランドの自然と、伝承音楽の「ヨイク」(フィンランドの作曲家マンティヤルヴィに、「ヨイクもどき
Pseudo-Yoik」という作品がありましたね)が、表層的な描写ではなく、エネルギッシュな「表現」によって描かれています。そんな、「地声」と「クラスター」しか与えられない作品からも、この合唱団はなんという音楽性と、そして、「歌う」という行為の根源に迫るほどの「力」を見せつけていることでしょう。
それは、シベリウスの名曲「恋する人 Rakastava」で見られるリリシズムとは対極にある表現、彼らの懐の深さには驚かされます。ちなみに、ここで演奏されているのはオリジナルの男声版ではなく混声版、ジャケットには作曲年が「1893/1911」とありますが、後者は弦楽合奏に編曲された年で、合唱版にはなんのゆかりもない年号です。

SACD Artwork © Harmonia Mundi USA
by jurassic_oyaji | 2010-08-30 20:44 | 合唱 | Comments(0)