おやぢの部屋2
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CHIHARA/Canticum Sacrum
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伊東恵司/
なにわコラリアーズ
GIOVANNI/GVCS 11010


日本を代表する男声合唱団、なにわコラリアーズが歌っている千原英喜の作品集です。千原さんといえば最近の合唱界の、まさに「売れっ子」ですね。2、3年前に公開された「うた魂」という高校の合唱団員を主人公にした映画は、「ブラス」に比べたらいまいちマイナーな感はぬぐえない「合唱団」の劣勢を跳ね返そうという気概に満ちた映画でしたが、そこでちょっと気になっていたのが、千原さんの曲でした。映画の中で、「本物」の合唱団を使って歌わせているシーンがあったのですが、そこでさる高校の男声合唱団が歌っていたのが、千原さんの「リグ・ヴェーダ」という曲だったのです。正直、日本人の合唱作品というのは、なにか頭でっかちで面白みに欠けるところがありますが、この曲には、なにか根源的なところで迫ってくるインパクトがあったのです。それはチマチマした合唱曲を聴き慣れた耳にはとても新鮮に感じられました。これだったら、外国の作品とも肩を並べられるのでは、とさえ思ったものです。
1957年生まれの千原さんは、東京芸大であの間宮芳生の教えを受けています。その間宮の「コンポジション」に見られるような、日本民謡を素材として新しい世界を構築するという方法論を取りながら、そこにさらにエンタテインメントとしての要素を盛り込んでいるあたりが、この世代の作曲家の「性」なのでしょうか、そこには、間宮とはまた一味違う確かな完成度を感じることが出来ます。
このCDには、なにわコラリアーズが最近の定期演奏会で取り上げてきた千原さんの作品の中から、「カンティクム・サクルム」第1集と第2集、そして、もともとは混声合唱として作られた「おらしょ」が収録されています。実は、「カンティクム~」第1集は、2004年にこの合唱団の委嘱によって作られたものなのですが、ここではボーナス・トラックとして、その初演の録音も聴くことが出来ます。ちなみにこのときのタイトルは「カンティクム・サクルム・ニッポニクム」、ラテン語で「日本風聖歌」とでもいうような意味なのでしょうが、まるで動植物に付けられる「学名」のようですね。出版に際しては「ニッポニクム」が「日本憎む」に通じるということで(ウソです)削除され、いくつかの改訂が加えられました。ですから、ここでは「初稿」と「改訂稿」の双方を比較することが出来ます。
この曲は、「Dixit Dominus」とか「Magnificat」といった、お馴染みの詩篇や福音書からのテキストを用いたキリスト教の「聖歌」という体裁をとっていますが、聴いていくうちに次第に日本民謡風の音楽に変わっていく、という痛快な作られ方をしています。ラテン語の歌詞による日本民謡、これはとても不思議な世界、そこには宗教も民族も超越した一つのエンタテインメントが広がっていました。
「第2集」もその仕組みは同じ、テキストに「Ave Maria」などの聖母を讃えるものが使われているのが特徴です。ここでは打楽器が加わり、まるで盆踊りのような、原初のリズムが強調されています。
「おらしょ」は、もちろん隠れキリシタンの間で脈々と歌い継がれてきた、まさに「日本風聖歌」です。最初に現れるのはいとも美しいプレーン・チャント、その間に、「おらしょ」をモチーフにした悲哀に満ちた音楽が繰り広げられたあと、最後に同じチャントが再現されるころには、この巧みな千原ワールドに涙していることでしょう。
思うに、日本の合唱団の特色として自慢できるのは、「繊細さ」なのではないでしょうか。全体の音色を支配するトップ・テナーの声が、とても「繊細」なのですね。トルミスなどの場合はそれがなんとも女々しく感じられてしまいますが、ここではそれが良い方に作用しています。ただ、「第2集」の2曲目のようなホモフォニックな音楽の場合、トップ・テナーだけが異質に聞こえてしまうあたりが、ちょっと馴染めないところです。

CD Artwork © ARLMIC Company, Limited
by jurassic_oyaji | 2010-09-19 22:37 | 合唱 | Comments(0)