Robin Ticciati/
Scottish Chamber Orchestra
LINN/CKD 400(hybrid SACD)
最近あちこちで大評判のイギリスの若い指揮者ロビン・ティチアーティのことは、実はすでに
こちらで取り上げていたことを、バックナンバーを調べて知りました。5年も前に「これからも期待できそう」なんて書いていたのですが、まさかそれが的中するなんて。もう指揮者の名前すら忘れていたのですがね。「教授」なら覚えていましたが(それは「
モリアーティ」)。
1983年生まれ、まだ「
20代」のティチアーティは、指揮者としてデビューしたのはなんと
19歳の時でした。
2005年には史上最年少でミラノのスカラ座に登場、
2006年にはザルツブルク音楽祭に、やはり音楽祭史上最年少でデビュー、さっきの「シピオーネの夢」を指揮したのですね。すでに数多くの世界的なオーケストラやオペラハウスとの共演を行ってきています。
2009年には今回共演しているスコットランド室内管弦楽団の首席指揮者、
2010年にはバンベルク交響楽団の首席客演指揮者のポストを獲得していますし、
2014年には「グラインドボーン音楽祭」の音楽監督に就任することが決まっているのですから、まさに「期待」通りの活躍ぶりですね。
ここでは普通は大編成のオーケストラで演奏されることの多い「幻想交響曲」を、室内管弦楽団の編成で演奏するという、かなりの挑戦を行っています。具体的には弦楽器の人数が本当は
60人必要なところを
34人で頑張る、ということになりますね。もちろん、管楽器や打楽器は正規の人数を確保した上のことですから、バランスが悪くなって下手をしたらブラスバンドみたいな安っぽい音になってしまうかもしれません。
しかし、そんな心配は、この天才指揮者にとっては無用でした。彼は、人数の少なさを逆手にとって、大人数では難しい細かな表現を目いっぱい盛り込むことに成功していましたよ。
第1楽章の序奏などは、ほとんどビブラートをかけないで、フレージングだけで表情をつけるという、まるでピリオド楽器のような奏法を行っています。しかも、フレーズとフレーズの間にとてもたっぷりとした隙間をあけて、聴く人の心を一瞬解き放すような工夫を施しています。これで、これから始まる「幻想」が、人数に物を言わせて力で押し切るものでは決してないことを予感させているのでしょうか。
うれしいことに、そんな予感は的中、今まで聴いてきた「幻想」に、こんな場面があったのかと初めて気づくところは数知れず、そして、それはいとも自然に受け入れられるようなお膳立てが揃っていたのでした。例えば、第3楽章でフルートとヴァイオリンのユニゾンで歌われる部分では、双方のパートが、まさに水も漏らさないほどの緊密なアンサンブルで、全く同じ表情をつけています。室内オケならではのそんな配慮によって生まれる表現力は、とても密度の濃いものです。そこからは、まるですすり泣くような情感が、知らず知らずのうちに心の中にしみわたっているという、恐るべきことが起こっていたのです。
第4楽章と第5楽章では、同じように細やかな表現が、単なるバカ騒ぎからは決して生まれない確かな味わいを与えてくれます。「力」ではなく「技」によって確かな感動を与えるというクレバーさを、この指揮者はしっかり身に着けているのでしょう。
このレーベルならではの音の良さも、その「感動」に花を添えています。最近の録音は、
SACDであってもなにか上っ面だけをとらえたものが多く、これだったら昔のLPの方がはるかに中身の濃い音がしているのでは、と感じられることが多いのですが、これは違います。弦楽器のふっくらとしたテクスチャーが見事に再現されているうえに、しっとりと潤いのある音色に包まれて、本当に無理なく幸せになれる音、それがノイズが全くないところに広がるという、まさにこれがデジタル録音の一つの到達点なのではと思わせられるような、ものすごい録音です。
SACD Artwork © Linn Records