Gaby Pas-Van Riet(Fl)
Johannes Moesus/
Südwestdeutsches Kammerorchester Pforzheim
CPO/777 724-2
様々なレーベルからちょっと気になる
CDをリリースしているシュトゥットガルト放送交響楽団の首席フルート奏者ギャビー・パ=ヴァン・リエトの最新アルバムは、
CPOからのフリードリヒ・ハルトマン・グラーフのフルート協奏曲集です。なんともレアな作品を引っ張り出してきたものです。そもそも、そんな作曲家の名前自体、ほとんどの方が聞いたことはないのではないでしょうか。
フリードリンクや
ナルトマキだったらまだしも。
1727年、グラーフはドイツ中部チューリンゲン州のルドルシュタットという街に生まれます。父親はその街の宮廷楽団のコンサートマスター(のちに、楽長となります)を務めていたヨハン・グラーフという人で、グラーフ少年はこの父親から音楽教育を受けます。特にフルートの演奏については、彼のもっとも得意とするものとなりました。
長じて、グラーフはフルーティスト、あるいは歌手として、ヨーロッパ各地で演奏を行います。晩年はモーツァルトの父親、レオポルドの生地であるアウグスブルクの楽長として、コンサート協会の設立などに尽力、
1789年にはイギリスのオクスフォード大学から、ドイツ人としては初めての名誉音楽博士号を授与されています。これは、その2年後にあのヨーゼフ・ハイドンが授与されたものと同じです。生前はそれほどの「名誉」を獲得した割には、今日ではハイドンほどの知名度がないのはどうしてなのでしょう。
いや、実は彼は別の面では、かなり「有名」な人ではありました。先ほどのモーツァルトは、
1777年にマンハイムを訪れる途中に、アウグスブルクに
10日間ほど滞在していますが、その時にこのグラーフと会っているのですね。その様子が、モーツァルトがレオポルドに出した手紙には克明に描かれているのですよ。まず、その第一印象は「彼は実に上品な人で、ぼくなら街のなかを歩いていても恥ずかしくないような寝巻を着ていました(講談社学術文庫:吉田秀和訳、以下も同じ)」という、皮肉たっぷりのものです。そのあと、グラーフが持ち出した自作の「2本のフルートのための協奏曲」を、一緒に演奏することになります。その曲の感想はというと
「この協奏曲ときたら、耳ざわりも悪いし、自然でもない。むやみと音のなかを行進するだけで―大袈裟で、しかも魅力というものがまるでないのです。曲が終わると、ぼくは大分ほめてやりました。ほめるだけの価値はあるのです。かわいそうにこの曲を作曲するためにはさぞかし苦労もし、くそ勉強もしたことでしょう」
これが手紙という「私信」だからよかったものの、この時代にブログなんかがあって、世間知らずのモーツァルトがこんなことを書き込んでいたりしたら、誹謗中傷のコメントが殺到したでしょうね。あぶない、あぶない・・・
そんな、「天才」モーツァルトにしてみればまったく魅力の感じられない作曲家だったグラーフでしょうが、今聴いてみる分にはそんなにひどい出来とも思えません。もちろん、様式的には当時の古典派初期の範疇を一歩も出ていない穏健なものですが、真ん中の緩やかな楽章などはとても歌心にあふれています。最後に収録されているト長調の協奏曲では、それは短調になっていますから、それまでずっと長調の世界が聴こえてきた中ではかなりのインパクトに感じられますし。その前のニ長調の協奏曲が、当時のフルートでは最もよく響く調性とあいまって、とてものびやかな印象を与えられました。
もしかしたら、そのように感じさせてくれたのは、演奏していたリエトのおかげではなかったのでしょうか。彼女のゆるぎないテクニックは、ソロのすべての音符に生命を与えていますし、恐らく彼女の自作であるカデンツァには、曲本体が持っている以上の魅力が込められていましたからね。
CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück