Emily Beynon(Fl)
上野真(Pf)
CRYSTON/OVCC-00014ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席フルート奏者、エミリー・バイノンの日本制作による2枚目のソロアルバムです。レーベル名が
1枚目と微妙に違っていますが、もちろんこれは実体は全く同じ、なんでも管楽器関係ではこのようなサブレーベルを使用するということです。
1枚目での、まさにソリストの顔に泥を塗りまくっていた粗悪なピアニストのことが念頭にありますから、このアルバムでも最大の関心事は、伴奏者の良否になってしまうのは、致し方ないことなのでしょう。しかし、ご安心下さい。昨年このレーベルからリストの「超絶技巧練習曲」でCDデビューをしたピアニスト上野真は、そんな確かなテクニックをひけらかすこともなく、しっかりソリストに寄り添った、絶妙な伴奏を聴かせてくれていました。録音会場のせいなのか、楽器のせいなのかは分かりませんが、そのピアノの音色もとてもソフトなもので、それはしっかりバイノンのフルートと溶け合っていたのです。
例えばフォーレの「子守歌」というよく知られている曲で、ソリストと伴奏者との間の的確なバランスを見て取ることが出来ることでしょう。このシンプルなメロディーに込められた様々な仕掛けを、バイノンはていねいに掘り起こしていきます。それはちょっとしたルバートであったり、あるいは意識されないほどの音色の変化であったりするのですが、そこから導き出される、それこそ「ファンタジー」あふれる音楽はどうでしょう。それを支えるゆりかごのようなピアノの音型が、決してフルートに媚びることなく、冷徹なほどのビートをキープしているからこそ、それは際だって聴き手に伝わってくるのでしょう。
先日
ルーランドで聴いたケックランの作品が、あのアルバムとは全くダブらない曲目で収録されているのも、嬉しいことです。ここで聴けるのは、「ソナタ」と「
14の小品」。「ソナタ」で広がる霧の中のような世界は、バイノンの信じられないようなピアニシモでリアリティあふれるものになりました。ほんと、この人のピアニシモは、どんな弱い音でもしっかり生命力が宿っているのですからすごいものです。現実には、他のオーケストラの首席奏者クラスでも、ただ「弱い」だけで、完全に「死んだ」音しか出せないプレーヤーの、何と多いことでしょう。もう一つ、屈託のないテイストが心地よい「小品」では、彼女の低音の豊かな響きを満喫することにしましょう。最後から2番目の「葬送行進曲」というタイトルの曲が、日本の子守歌のように聞こえるのも、ご愛敬。
今回のアルバムの選曲は、一見するとかなり脈絡のないもののように思えます。サン・サーンスの「白鳥」や、ラヴェルの「ハバネラ」のような「名曲」があったかと思うと、ケックランのようなかなりコアなレパートリーが入っていたり、一体どういう聴衆に向けて作られたのか分からなくなるような曲の配列になっています。今、クラシック音楽の作り手が一様に抱えているターゲットの設定の難しさと言う問題が、図らずも露呈してしまった形で、結局どっちつかずのものになってしまったという印象は免れません。その結果、収録時間は
80分近くになってしまい、フルートも、そしてバイノンも大好きな私でさえ、一気に聴き通すのはかなり辛いものがあったことを白状しなければなりません。これだけのアーティストが用意されていながら、それを用いて芯の通った密度の高いアルバムひとつ作ることが出来ないのが、今のクラシック界なのです。ポン・デ・ライオンには芯はありませんが(それは「
ミスド」)。