最近は、「レコード」が再評価されているようですね。いや、今では「レコードってなに?」というような世代も増えていますから、そもそもこの言葉に対する説明が必要になってくる時代ですけど。もちろん、これは「record」という動詞が名詞として使われている言葉です。「記録する」という意味を持っていますが、このあたりの文脈では「音を記録する」、つまり「録音する」という意味に限定して使われます。その中でも、特に「音楽」を録音するときにもっぱら使われるのではないでしょうか。ですから、「recording」といえば、音楽を記録する作業のことになります。そのように記録されたものが、様々な工程を経て「音楽を再生する」物体に変わった時に、その物体は「レコード」と呼ばれることになります。
しかし、歴史的には、「レコード」と呼ばれる物体は、平らな円盤に溝を掘って音の信号を刻んだ形で「記録」したものに限られています。同じ溝で記録するものでも、もっとも初期の形の円筒に記録するものは「シリンダー」とは呼ばれますが「レコード」とは呼ばれませんし、ごく最近(といっても、30年以上前)発明された、音の信号をデジタル・データに置き換えて、そのデータを「穴」として円盤に刻んだ「コンパクト・ディスク」も、やはり「レコード」と呼ばれることはありません。
その「レコード」は、材質の違いにより、2つの種類に分けられます。初期のものは「シェラック」という天然成分の樹脂が使われていました。これが「SPレコード」です。78rpm(revolutions per minute/1分あたりの回転数)という高速で回転させるため、演奏時間が短く、割れやすい材質でした。
それが、材質をポリ塩化ビニールとポリ酢酸ビニールの共重合体に代えることによって、音の溝を細くすることができ、低速の回転数でもSPレコードをしのぐ音質が確保でき、割れたりすることもないという革新的なレコードが誕生しました。その最初のものはSP(standard playing record)に対して「LP(long playing record)」と命名されています。それは、直径が12インチ(30㎝)、回転数が33 1/3rpmという規格でした。
それに対して、競争会社が、直径が7インチ(17㎝)、回転数が45rpmという別の規格を提唱、それを「EP(extended playing record)」と称して、LPに対する覇権争いが始まります。これは、例えば後のVHS vs ベータのような、規格の独占を狙う不毛な戦いの始まりでした。幸いにも、LPとEPは、より長時間の演奏が可能なLPは「アルバム」、コンパクトなEPは「シングル」と、それぞれに適したフォーマットとして、共存することになります。この2つのフォーマットは、材質に由来する「ヴァイナル(vinyl=ビニール)という名称で統括されています。
このあたりの用語に関しては、誤解が多いのですが、このようにEPというのはあくまで7インチ/45rpmという規格のレコードに対する名称です。片面に7分以上の音楽が収録できますから、当初は「ミニアルバム」的な使い方が想定されていました。この流れで、現在のCDでも「ミニアルバム」的な収録時間の短いものを「EP」と呼ぶ習慣が、アメリカあたりではまだ残っています。ただ、レコードとしてのEPの用途が、以前のSP同様ほとんど片面に1曲だけを収録するものだったために、「シングル・レコード」という言い方が定着します。さらに、これはジュークボックスなどで使われるように中心の穴が大きく開けられていましたから、「ドーナツ盤」とも呼ばれていました。つまり、「シングル盤」と「ドーナツ盤」は同義語、そしてそれらは「EP」の一つの形態、というのが、用語としての正しい使い方です。
もう一つ、混乱しているのが「12インチ」という呼び方です。実はLPには標準の12インチのほかに、少し小さめの10インチのものもありました。ですから、「12インチヴァイナル」と言った場合は単に「標準的なLP」という意味しかなかったのですが、最近になって少し事情が変わってきています。かつては存在していなかった「クラブDJ」の出現により需要が生じた、最も音がよい最外周だけに1曲だけを収録した、いわば「シングルLP」、さらには、もっと高音質の45rpmで演奏する「12インチEP」のことを特化して「12インチヴァイナル」、または単に「12インチ」と呼ぶ習慣が出来つつあるのです。
「ヴァイナル」の再評価が高まっている昨今、このぐらいの基礎知識があれば、困りません。
2022/6/29追記
この記事の中の「EP」に関する認識が、正確ではなかったことが判明しました。
こちらに、その正確な意味と、資料を掲載してあります。